『  王子サマの条件  − (1) − 』 

 

 

***** はじめに *****

このお話は平ゼロ設定ですが

 【 Eve Green 】様宅の <島村さんち>設定を拝借しています。

めでたく結婚したジョ−とフランソワ−ズ、二人の子供達・双子の姉弟の

すぴかとすばるはただ今小学二年生です。

 

 

 

 

ばたん・・・

玄関のドアが勢い良くあいて ・・・ もっと勢い良く閉まった。

そしてすぐに最高にご機嫌な声が響いてきた。

 

「 ただいま 〜  」

 

・・・ お父さんだ! 

 

すばるはぱっとソファの上から飛び起きた。

 

・・・ あ。

 

向かい側で編み物をしていた母の姿はとっくに消えている。

今日だけは絶対にお母さんよりも先にお父さんを迎えに行こうと思っていたのに。

いつものお休みなさいの時間をとっくに過ぎても、一生懸命起きていたのに。

 

・・・ 僕、どうして眠っちゃったんだろ。

あ! そんなコト、言ってる場合じゃないんだ・・・!

 

すばるはごしごしとセ−タ−の袖で顔をこすると、大急ぎで玄関ホ−ルに駆け出していった。

 

 

「 お帰りなさい、ジョ−。 」

「 フラン、ただいま・・・ 」

 

交わす言葉はほんのちょびっと・・・・ すぐに待ちかねた二人は腕を絡めあい、

しっかりと抱き合って熱い・熱い口付けを交わす。

 

   ・・・・ ただいま。 今日は疲れちゃったよ ・・・

 

   お帰りなさい・・・ お仕事、ご苦労さま。 今日は素敵よ?

 

   え・・・どうして。 ぼく、ヨレヨレなんだけど・・・

 

   あら。 一生懸命働いたジョ−って素敵だわ。 ・・・いい顔、してるもの

 

   ふふふ ・・・ だって早くきみに会いたくて・・・

 

   わたしも。 早くジョ−が帰ってこないかな〜って ずっと・・・・

 

言葉はなくても、二人は一点だけの触れ合いで充分に<会話>をしていた。

夫婦だからこそ交わせる <会話> なのかもしれない。

 

「 ・・・ ん? ・・・ どうしたんだい、すばる。 まだ起きていたんだ? 」

「 え・・・ あら、イヤだわ。 なにをそんなにじ−っと見てるの。 」

 

島村さんちのお父さんとお母さんは、自分達のすぐ横でしげしげとコチラを見上げている

彼らの息子に気がつき、ちょっぴり顔を赤らめた。

 

島村さんちの子供たち、双子の姉弟のすぴかとすばるは物心ついた時から らぶらぶの両親を

見慣れている。

ことに、<お帰りなさいのキス> はお父さんとお母さんの大切な時間なので

邪魔しちゃいけないコトくらい、とっくに心得ているのだが・・・

 

「 ・・・ お父さん。 」

 

自分の目の前で熱く抱き合っている両親に、すばる少年は大真面目な口調で問いかけた。

 

「 うん? なんだい、すばる。 」

「 お父さん。 お父さんは お母さんのおうじさま? 」

「 ・・・・ ああ? なに ・・・ おうじさま ・・・? 」

「 それで ・・・ お父さんはお母さんを持ち上げてくるくるくる〜〜って回らせてあげるの? 」

「 ・・・ はい〜〜〜??? 」

 

自分と同じ色の瞳にまっすぐに見つめられ、 ジョ−はいつになくどぎまぎしてしまった。

 

・・・ おうじさま ・・・・?

ああ、<王子様> か。  なんだ? なにか童話の本でも読んだのかな・・・

 

ジョ−はなんだか自分でも判らずに顔を赤らめてしまった。

いくら小さな頃からの習慣で慣れている・・・とはいえ、小学二年にもなった息子に

妻とのキス・シ−ンをしげしげと見つめられては やはりちょびっと照れてしまう。

彼自身には <家族> というものの規範がなかったから果たしてこれでいいのか・・・

と余計な心配も沸きあがってくる。

 

「 そうよ、すばる。 お父さんはお母さんの、お母さんだけの大事な王子さまなの。 」

 

棒立ちになっているジョ−の耳元から、柔らかいけどはっきりとした声が

助け舟を出してくれた。

 

  ・・・・ フランソワ−ズ ・・・・ やっぱりきみはぼくの 戦友 だ。

 

そうなのだ。 

彼女は 硝煙漂う数々の戦場を共に潜り抜け・・・ 

そして今。 

人生という長く・厳しく ・・・ そして時には甘い戦場をともに歩んでいる彼の最高の戦友なのだ。

 

「 そうなんだ〜♪ 」

彼女の小さな息子は にっこりと笑い安心した顔でうん!と頷いた。

「 さ。 もういいでしょ。 早くお休みなさい。 明日、起きられませんよ。 」

「 はあい。 お父さ〜ん お休みなさい。 」

「 お休み〜 すばる。 」

ジョ−は息子を抱き上げてキュっと頬ずりをした。

「 お休みなさい、お母さん。 」

「 はい、お休みなさい。 」

母は 彼のすべすべのほっぺにキスをひとつ。

 

  おと〜うさんは おうじさま♪ おか〜さんのおうじさま〜〜

 

すばるはみょうちきりんな節回しでそんなハナ歌を歌って

子供部屋へ駆けていってしまった。

 

 

「 ・・・ どうしていきなり おうじさま なのかい? 」

「 ふふふ ・・・ あの、ね。 」

自分そっくりの彼の後姿を見送って、ジョ−はこっそりフランソワ−ズに尋ねた。

彼の奥さんは すでにくすくすと笑い始めている。

「 ゆっくり説明するわ。 まずは ・・・ 温かい晩御飯ね。 」

「 うん♪ ・・・ 今日は寒いしおなかぺこぺこだし。 ・・・ デザ−トは き ・ み ♪ 」

「 ま・・・ すばるに聞こえるわよ。 」

「 いやいや、あいつはあっという間に夢の国さ。

 おうじさま はお姫サマと < そしていつまでもしあわせにくらしました > にならなきゃ。 」

「 あらら・・・ さ、手を洗っていらして。 」

「 うん。 」

ジョ−はもう一度、軽くフランソワ−ズにキスをすると、ハナ歌まじりにバス・ル−ムにむかった。

 

  あら・・・ やだ、あの歌ってすばるそっくり・・・・

 

フランソワ−ズは受け取ったコ−トを玄関のクロ−ゼットに仕舞う間もずっと

くすくすと笑い続けていた。

 

 

 

 

「 はい、はい・・・ あら〜〜 いえ、どうぞお大事になさって・・・

 こちらの事はご心配なさらないでくださいね。 ・・・ ええ。 」

それじゃ・・・とフランソワ−ズは静かに電話を切った。

 

   ・・・ う〜ん ・・・ さあ、困ったな・・・

 

気をつけてはいたのだが、自然に溜息が漏れてしまった。

あ・・・っと思った時には ジョ−と同じセピアの瞳がじっと自分を見上げていた。

「 どうしたの、お母さん。 」

すばるはソファに本やらミニ・カ−をひろげ、お気に入りのバッグにあれこれ

入れたり出したりしていたのだ。

彼の宝物、<しんゆう>にどれをみせようか 真剣な吟味の真っ最中だったのだが・・・

「 あのねえ・・・。 わたなべ君、お熱が出ちゃったのですって。 」

「 え〜・・・・ 昨日は元気だったよ〜 」

「 そうねえ。 今朝、急に、ですって。 多分 お風邪じゃないかな。 

 だから・・・ね。 わたなべ君のお母さんがすばるにうつしたら大変だから

 今日のお呼ばれは またにしましょう、って。 」

「 ・・・え〜〜〜 ・・・ 」

「 しょうがないでしょ。 わたなべ君だってがっかりしてるわ。

 お熱もあって可哀想ね。 だから・・・ 今日はすばるも我慢しましょう? 」

「 ・・・ う ・・・ン ・・・ 」

ちょびっと滲んできた涙を すばるはセ−タ−の袖でこっそり拭いている。

 

  ・・・<お呼ばれ> はまあ、またの機会でいいわよね。 

  でも・・・ さて、今日はどうしよう。

 

「 お母さん? 」

「 ・・・え? なあに。 」

「 お母さん、今日 お稽古 なんでしょ。 」

「 え、ええ・・・。 」

「 ・・・ ぼく。 ・・・ お留守番 ・・・ でき ・・・る・・・から・・・ 」

「 ・・・・ すばる ・・・ 」

小さな拳をきゅっと握って。 両足を懸命に踏ん張って。

フランソワ−ズの小さな息子は切れ切れに語りかける。

あんまり大きく口を開けたら 涙がこぼれそうだから。

あんまり沢山お話したら 行っちゃヤダ って言いそうだから。

彼は きゅ・・・っと口を結んで お母さんの顔を睨みつけるみたいに見つめている。

 

  ・・・ すばる ・・・・!

 

フランソワ−ズは小さな茶色の頭を抱き締めたい衝動に駆られた。

 

「 え・・・ だめよ。 そんな・・・ すばるを一人で置いてなんて行けないわ。 」

「 ・・・ でも ・・・ お母さん・・・ 」

 

そうなのだ。

今日は土曜日だというのに ジョ−はいつもどおり朝早くから仕事に出てしまった。

取材で隣の県まで行くのだと言っていた。

姉娘のすぴかは博士に連れられてメディカル・センタ−のリハビリ科へ行った。

先日の手首の骨折がどうやら治ってきたので、リハビリの相談である。

お出掛け好きのすぴかは、もう大はしゃぎでこれも相好を崩している<おじいちゃま>の手を

ひっぱり、張り切って行ってしまった。

すばるは しんゆう のわたなべ君ちに お呼ばれ の予定だった。

そして

フランソワ−ズ自身は通常の朝のレッスンに加えて リハ−サルの予定が入っていた。

 

みんな留守になるから丁度いいわ・・・って思っていたのに。

 

彼女は口元まで昇ってきた溜息を あわてて飲み込んだ。

いくらセキュリティ−万全のこの邸とはいえ、海辺の辺鄙なココに小さな息子を一人にはできない。

多分、博士とすぴかが帰ってくるのは午後になるはずだし。

さぁて ・・・ 困ったな。

レッスンだけなら休んでしまうが、今日はリハ−サルがある・・・

 

「 ・・・ ぼく。 平気・・・・さ。 二年生だもん・・・ 」

 

懸命に見開いたすばるの瞳に またまた涙がじわ〜〜っと滲んできた・・・

 

  ・・・ そうだ!

 

「 ね、すばる。 お母さんと一緒に行かない? 」

 

 

 

 

 

・・・・ すごい ・・・

 

すばるは息をつめたまま、そのドアの前から動けなくなっていた。

遠くからピアノの音が聞こえてくる。

どこでも探検してきていいのよ、と言われたけれど、

ココはひろ〜くてなんにもないお部屋ばっかりで あまり面白くはなかった。

ただ、どのお部屋も壁はぜんぶ鏡になっていて、その前にず〜っと横木がついていた。

 

・・・ あれ?

 

なにか音がするな〜と思って覗いた突き当たりのお部屋の前で

すばるはまん丸な目をしたまま 突っ立っていた。

 

シュ・・・ッ !

柔らかく床が擦れる音と一緒に お兄さんが跳び上がる。

信じられないくらい高く跳んだお兄さんはそのまま空中でくるくるくる〜〜と回って・・・

・・・シュッ ・・・ スタッ。

また柔らかい音で着地した。

 

ぴったりした変ったズボンにぼろぼろのセ−タ−を引っ掛けたそのお兄さんは

何回も何回も 同じ動作を繰り返している。

 

・・・ 羽が生えてるのかな??

どうして音がしないの。 あの靴になにかヒミツがあるのかな〜〜

 

すばるは自分でも気がつかないで じりじりとそのお部屋の中に

入っていった。

 

 

とん。

・・・ ふぅ〜〜〜

 

大きな溜息をついて、お兄さんは横木にかけてあったタオルを手に取った。

そして。

 

「 ・・・ おい? 面白いかい。 」

鏡ごしにすばるに笑いかけてくれた。

「 ・・・ うん! 」

「 ・・・ん〜 ? どこのコかなあ?  あ、土曜だから、ジュニア・クラスの誰かの弟か。 

 ・・・君、名前は? 」

「 ・・・ しまむら すばる。 」

「 島村・・・? そんなコってジュニア・クラスにいた・・・かな・・・? 

 ま、いいや。 オレは 山内 拓也。  バレエ、興味あるのか? 」

「 う ・・・ ん  」

「 やってみるかい。 教えてやるよ。 身体、柔らかそうだし。 」

タクヤ、と名乗った青年に手招きされ、すばるはおそるおそる

そのお部屋に足を踏みいれた。

 

ちょっと待ってろ、とタクヤ青年は出て行ったがすぐに戻ってきた。

「 靴脱いで。 これ・・・ 多分履けるだろ。 はい・・・ 」

「 ・・・ これ、うわばき? 」

「 そうさ。 高く跳んで沢山回るための特別の靴なんだ。 」

「 ・・・ へえ・・・? 」

差し出された靴は 学校の普通の上履きみたい、でも随分柔らかかった。

すばるは運動靴をお部屋の入り口に脱ぐと その靴を履いてみた。

 

「 どうだ? 大きくないかな。 」

「 ううん・・・ ぴったり。 」

「 よし。 それじゃ・・・ああ、セ−タ−は脱いどけ。 

 まず ・・・ ストレッチだな〜。 オレの手を握って。 」

「 うん。 ・・・ わ ・・・ 」

二人は床に向かいあって座り込むと引っ張り合いっこをしたり、寝そべったり・・・

背中がう・・・んと伸びて、お膝の後ろがぴん・・・となって なんだかとっても気持ちがいい。

すばるはすっかりこのお兄さんが気に入ってしまった。

 

「 よ〜し。 さっきオレがやってたのは トゥ−ル・ザン・レ−ル。

 空中で何回も回る・・・ってヤツだ。 君は始めてだからまず、一回転な。 」

「 ・・・・ うん。 」

「 まず・・・ 真っ直ぐに立つ。 そうそう。 背中を丸めちゃだめだぞ。

 お腹を出してもダメだ。 それから・・・ 」

他には誰もいないひろ〜いお部屋の中で。

タクヤお兄さんとすばる、そして鏡に映るもう一組の二人が熱心に練習をしていた。

 

 

 

「 ・・・ よし!  やったあ〜〜 出来たじゃないか! 」

「 うん ・・・ えへへへ・・・ 」

すばるは、トン・・・と綺麗に着地して タクヤお兄さんにニ・・・ッと笑いかけた。

「 え〜と・・・ これ・・・ 」

「 トゥ−ル・アン・レ−ル。 空中で一回転ってワザさ。 」

「 とぅ〜る・あん・れ〜る・・・ 」

「 男子のワザの入門 ・・・ う〜ん、一番初め、かな。 」

「 ふうん・・・ 」

「 ほら ・・・ 拭けよ。 汗びっしょりだ。 」

「 うん、ありがとう! お兄さん。 」

すばるはタクヤ青年が放ってくれたタオルでごしごしオデコを拭いた。

 

わあ・・・ ぼく、こんなに汗、かいてた。

 

冬なのにお風呂あがりみたいに身体がぽっぽする。

体育の授業の時・・・とも全然ちがう。

すばるは 自分も鳥さんみたく飛べてちょびっと得意だった。

 

「 ちょっと休憩〜〜、な。 なんか飲もうぜ。 来いよ。 」

「 うん♪ 」

ふたりは大きなお部屋をでると廊下の端っこに肩を並べて座り込んだ。

 

「 ほい。 君はジュ−スな。 オレはコ−ヒ−。」

「 わ〜 ありがとう、お兄さん♪ 」

ころん、と渡されたアップル・ジュ−スは冷え冷えで すばるの火照った手には

とても気持ちがよかった。

 

「 ・・・ おいし〜い ・・・ ♪ 」

「 ふふふ・・・ そりゃ美味いだろ。 」

「 お兄さんは 今日はお稽古? 」

「 うん ・・・ そのはずなんだけど、寝坊しちゃってさ。 この後にリハ・・・

 あ、わかんないよな。 う〜んと・・・本番用の練習があるから自習してたのさ。 」

「 お兄さん、踊るの? 」

「 ああ。 グラン・パ・ド・ドゥ・・・って・・・その〜・・・ 王子サマとお姫サマの

 踊りをやるんだ。 『 眠りの森の美女 』 って知ってるか? 

「 知らない・・・ でも、お姫様の踊りなら見たことあるよ。 」

「 そうか。 オレ・・・ 今度のお姫サマ・・・ 好きでさ。 」

「 ・・・・? 」

「 オレが王子サマやるだろ、その相手のお姫サマなんだけど・・・。

 すばるは 好きなコ、いるかい。 」

「 うん。 わたなべ君。 」

「 ・・・あ? あはは・・・そうじゃなくて、いや、女の子で好きなコ、さ。 」

「 女の子で? ・・・・う〜ん ・・・・   あ、 お母さん♪ 」

「 あははは・・・ そうだよな。 うん、ママが一番すき、か。 」

「 うん。 僕、女の子ではお母さんが一番好き。 」

「 そっか。 ・・・ オレは今な・・・ 今度一緒に踊る<お姫サマ>に真剣に恋してるんだ。

 ・・・ こんな想い、初めてだ。 」

「 ・・・・ ふうん。 」

「 彼女、あ、そのお姫サマ、な。 美人で優しくてバレエもすごく熱心でさ。 

 オレ、ず〜っと憧れてたから・・・ 今度一緒に踊れるってものすごく嬉しかったんだ。 」

「 よかったね〜 お兄さん 」

「 それが ・・・ さ。 」

「 ・・・? 」

 ふう 〜〜〜〜 !

大きく溜息をつくと タクヤ青年はうん・・・っと伸びをし、後ろにひっくり返った。

「 そのお姫サマとのリハ−サルはすごく楽しいし・・・ 二人の息もぴったりだと思うんだ。

 それで・・・ もっといろいろバレエ以外のことも話したいだろ。 だからお茶しよう?とか

 誘うんだけどさ・・・ いっつも ごめんなさい、またね・・・って稽古やリハが終ると

 さっさと帰っちゃうんだよ。」

「 お茶ってなに?  むぎ茶を飲むの?」

「 ああ、 うん、その・・・一緒に美味しいコ−ヒ−やらケ−キを食べに行こうってこと。 」

「 そのお姫様は ケ−キ、キライなの。 」

「 さあ・・・ オレのことも 嫌いなのかな〜って。 落ち込んでるってわけさ。 」

「 お兄さんは カッコいいよ。 僕、あんなに高く跳んでくるくる回るのって

 初めて見た。 僕のお父さんだって ・・・ きっとできないだろうなあ・・・ 」

「 あはは・・・ そりゃそうだろ。 

 うん、だからな。 オレ、今度のパ・ド・ドゥ、う〜んと頑張って彼女にかっこイイとこ、

 見せたいんだ。 さっきやってたトゥ−ル・ザン・レ−ル をばっちり決めてさ。 」

「 ふうん ・・・ お兄さん、かっこいいもん。 きっとお姫様も 素敵ね〜って言うよ。 」

「 お、ありがとうな〜。  ・・・ さ〜 もうちょっと練習しようか?

 稽古が終るまでまだちょっと時間あるし。 すばる、どうだ? 」

「 うん! 僕もまたやってみる。 」

「 お〜し。 それじゃ休憩、終わり! 」

「 終わり〜! 」

「 あ・・・それからな〜 お姫サマのコトは内緒だぞ? すばるとオレとの

 男同士のヒミツの話、だからな。 」

「 うん、。 しんようしていいよ、お兄さん。 ぼく、約束はきっと守るんだ。

 お父さんが ・・・ オトコはどんなことがあっても約束を守れって。 」

「 よし♪ 頼りにしてるゼ。 」

ふふふ ・・・ 大小ふたりの男の子は笑いあってまたあの広いお部屋にもどって行った。

 

 

・・・ すごいなァ・・・ かっこいいな。

このお兄さんは 本物のおうじさまだよ・・・

 

すばるはタクヤ青年の自習をじ〜っと見ていた。

ぼくも やってみよう。 さっき出来たもんな・・・

 

邪魔にならないよう、すみっこで。

すばるは < とぅ〜る ・ あん ・ れ〜る > の練習を始めた。

 

 

「 ・・・あ、クラス、終ったな。 」

「 ・・・ え? 」

ぼそっと呟くとタクヤは自習を止めた。

・・・ そう言えば切れ切れに聞こえていたピアノの音は消え、かわりに賑やかな話し声が聞こえる。

廊下に足音も響いてきた。

 

あ・・・ お母さん、お稽古終ったのかな・・・

 

さっきのうんと大きなお部屋に行ってみようかな〜と思った時、入り口に誰かが現れた。

 

「 タクヤ。 ・・・ また遅刻? もう・・・ <お姫サマ>が心配してたわよ。 」

「 あ・・・ マダム。 おはよ〜ございます〜。 へへへ・・・すんません。 」

入り口には 一人の、お母さんよりもず〜〜っと年上のおんなのヒトが立っていた。

でも。

お背中はまっすぐだし。 あ・・・ お母さんと似た感じに歩くよ?

・・・ そうだ〜 今朝、じむしょで <こんにちわ> した せんせい だ! 

すばるは じ〜〜っとその せんせい を見つめた。

「 さ、10分から始めるから。 準備して。 」

 

「 はい。 」

またな・・・とタクヤ青年はすばるに バチン・・・とウィンクをして出て行った。

「 え・・・っと ・・・ すばる君! もうちょっと待っててね。 」

「 ・・・ はい。 」

「 よし、偉いぞ。 そうだわ、リハ−サル、見る? お母さん踊るのよ。 」

「 うん ・・・ あ、はい。 ぼく、見たいです。 」

「 よしよし。 そのかわりお喋りはダメよ。 」

「 はい。」

すばるは真剣な顔で こっくりと大きく頷いた。

 

 

 

「 ・・・すばる! ごめんね〜 もうちょっと待っていられる? 」

「 うん。 あのね、見てもいいですって。 あのせんせいが。 」

廊下に出ると お母さんがきょろきょろしていた。

すばるはたたた・・・・っと走っていって・・・本当は抱きつきたかったのだけど

はずかしいのでやめた。

だって ・・・

まわりには お姉さん達がいっぱいいたから。

 

「 あら・・・ 可愛い♪ どこのボク? 」

「 きゃ〜〜♪ 超カワイくない? 」

「 素敵な髪! あら〜〜 お目々も綺麗なセピアねえ・・・ 」

「 あら。 ・・・ああ、フランソワ−ズの・・・ 」

「 え・・! うっそ〜〜〜 あんなおっきな・・・? 」

 

きらきら・いろんな声が聞こえてきた。

お母さん ・・・ ぼく、邪魔じゃない?

 

「 そう? じゃあ・・・見ててもいいけど。 大人しくしてね。 お喋りは・・ 」

「 うん、 お喋りはダメ、でしょ。 」

「 おっけ〜♪ 」

お母さんはきゅ・・・っとすばるを抱き寄せ、ほっぺにキスをしてくれた。

 

・・・ お母さん ・・・ 綺麗。

 

濃い青のお稽古着を着て、いつも肩に掛かっている髪をきちんと結い上げて。

ちょっとほっぺがピンクになっているお母さんは とっても綺麗だった。

いつもお家でエプロンをして御飯をつくったりお洗濯モノを干したりしている

お母さんとは ぜんぜん別のヒトみたい・・・だった。

 

ホントに僕のお母さん・・・かな。 周りのお姉さん達の中でいっとう綺麗だ・・・

 

すばるは見慣れたはずのお母さんの顔や 白くて細い腕をじ〜〜〜っと見つめてしまった。

 

「 すばる。 行くわよ。 ちょっと先に準備したいから・・・ 」

カツン・カツン・カツン ・・・・

硬い靴音を響かせて、廊下を歩いてゆくお母さんの後をすばるはあわてて追いかけた。

 

 

 

いつかお家で聞いたことがある音楽が流れている。

今度のお部屋も広いけど、今は鏡の前に椅子があってそこにさっきの

せんせい が座っている。

 

その前で。

お母さんは踊っていた。 

綺麗な白いお稽古着に着替え やっぱりきちっと髪を上げて。

なんだかとっても素敵な気分になる音楽と一緒に ・・・ そして 素敵な<王子サマ>と一緒に。

すばるのお母さんは 優雅にやさしく踊っていた。

 

・・・ あ! さっきの ・・・ タクヤお兄さんだ・・・!

 

そのお部屋の隅っこで、体育座りをしていたすばるは思わず声を上げそうになり、

慌てて自分の口を押さえた。

 

いっけない・・・! オシャベリはだめ・・・なんだよ。

 

タクヤお兄さんは、いや、王子サマは お母さんを、 ううん ・・・ お姫サマを

軽々と持ち上げたり、くるくるくる〜〜〜と目にもとまらない速さでまわしたり。

それで・・・

王子サマとお姫サマは とろけるみたいなあま〜〜い笑顔で見詰め合って。

王子サマは ・・・ とってもお姫サマを大事に抱っこしたりする。

お姫サマは そんな王子サマにやさし〜〜く微笑みかける。

 

・・・ 僕のお母さんなのに。

お母さんを抱っこするのは ・・・ お父さんだけなのに・・・! 

 

すばるは じ・・・ん・・・となんだかヘンな気持ちがしてきた。

気が付いたら手の平が汗だらけで・・・ぎゅう〜〜っとセ−タ−の裾を握っていた。

 

王子サマとお姫サマ、二人の踊りが終ると今度はお母さんが一人で踊る。

きれいな ・・ ゆっくりとした踊りだった。

次に タクヤお兄さんが出てきて ・・・

 

・・・あ! さっきのだ。 さっき、お兄さんが一生懸命練習していたアレだ

そう ・・・ < とぅ〜る ・ ざん ・ れ〜る >!!

 

お兄さん・・・! 頑張れ・・・!!!

 

すばるはいつの間にか 隅っこで立ち上がっていた。

勇ましい音楽と一緒に お兄さんがぱっとジャンプし・・・するするする〜〜〜と何回も回って

綺麗に着地した。

一回 ・・・ 二回、三回。

う〜ん、どれもばっちり決めてお兄さんは こんどはお部屋をジャンプしながら大きく周り始めた。

 

・・・ すごい!

 

ばん・・・!

最後に片膝をついてタクヤお兄さんは かっこよくジャンプから着地した。

 

ハアハアハア ・・・

 

お兄さんの苦しそうな息の音が聞こえるけど、誰もなんにも言わない。

すぐにまたにぎやかな音楽が続いて 今度はお兄さんとお母さんが ・・・ ううん、

王子さまとお姫サマが一緒に楽しそう〜〜〜に跳びながらでてきた。

 

・・・ わ ・・・ あ・・・ 〜〜〜

 

すばるはつったったまま。

もう 目が張り裂けるみたいにおっきく開いてじ〜〜〜っとじ〜〜〜っと見つめ続けている。

大きな音と一緒に 王子サマはお姫サマを ぱっと抱えた。

 

・・・・ タララララララ〜〜〜 ・・・ ジャンッ!!

 

ひときわ大きな音で二人はぱ・・・・っとポ−ズを決め ・・・ 同時に音楽も消えた。

 

 

「 ・・・ そう ・・・ まあまあ、ね。 ま〜初めてにしては、よくここまでカタチにしたわね。

 よく頑張ったわ、二人とも。 」

鏡の前に座っていたせんせいは 立ち上がってまだハアハアいってる二人に

いくつか すばるにはよくわからないコトを注意していた。

「 そうね〜・・・・ まだまだ宿題は山ほどあるけど。 この調子でやって行きましょ。 」

 「「 ・・・ はい ・・・ ありがとうございました・・・ 」」

 

「 すばる君? どうだった? お母さん、素敵だったかな。 

 じゃ・・・ お疲れ様 〜〜 」

「 ・・・ あ ・・・ さようなら 」

いきなり呼ばれて、すばるはびっくり仰天してしまった。

 

「 ・・・ ふふふ ・・・ すばる〜 どうだった? 」

今度はお母さんがにこにこ顔ですばるを手招きした。

うん、いつもの ・・・ すばるのお母さんだ。

すばるは飛んでいって 汗びっしょりのお母さんに抱きついた。

 

「 お母さ〜ん ! 」

 

「 ・・・え!?」

 

ばさり ・・・ 

タオルが床に落ちて ・・・ タクヤお兄さんが口を開けたまま・・・じ〜〜っと

すばるとお母さんを見つめて ・・・ もしかしたらちょびっと震えていた。

 

「 ・・・ こ ・・・のコ ・・・ き、君の・・・??

 いや、 君って こ、子供がいた・・・んだ・・??? 」

「 あら〜 そうよ、わたしの息子♪ すばる、です。 」

「 う ・・・ だって・・・ このコ ・・・ しまむら すばる って・・・? 」

タクヤお兄さんは なんぜだかぼ〜〜っとしたみたいな顔のまんまだ。

すばるは 胸を張って言った。

「 そうだよ。 僕は しまむら すばる。 ちゃんとさっき言ったよ、お兄さん。 」

「 ・・・ しまむら ・・・って フランソワ−ズ、だって アルヌ−ル・・・ 」

「 ヤダ、アルヌ−ルは娘時代の姓よ。 」

「 え ・・・ 君って もしか・・・その ・・・けっこん ・・・? 」

「 ま〜あ、わたし、10年も前に結婚してるわ。 

 これでも 奥さん なのよ〜。 あ、お母さんもやってます♪ ね? すばる? 」

「 うん♪ タクヤお兄さん、僕たち双子なんだよ〜 」

「 ・・・ ふ ・・・ ふたご ・・・!? 」

「 そうなのよ〜。 このコのカタワレは女の子なの。 」

「 ・・・ そ ・・・ そうなんだ ・・・ 」

タクヤお兄さんは ・・・ ぼんやりして・・・

なんだかやっと立ってる・・・ みたいなカンジだった。

 

  ・・・ お兄さん、 そんなにくたびれたのかな。 うん、きっとそうだよ。

  お母さんとあんなに一生懸命踊ってたんだもの。 すごいな〜

 

すばるは一人で、うんうん・・・と頷いた。

「 じゃあ、お疲れ様〜 今日、注意されたトコ、頑張りましょう。

 タクヤったら今日のザン・レ−ル、決まってたじゃない? 」

「 あ・・・ ああ ・・・ 」

「 わたしも〜〜 ヴァリエ-ション、負けないから♪ 

 じゃ ・・・ また来週ネ  王子サマ♪ 」

 

  ・・・ わ ・・・!

 

お母さんは チュ・・・っとタクヤ青年の頬にかる〜くキスをした。

それは すばるやすぴかにくれるキスと同じで見慣れていたけれど・・・

すばるは ・・・ なんだか ドキン ・・・! と心臓が跳びはねた。

 

  ・・・ お母さん ・・・ タクヤお兄さんが お母さんの おうじさま?

  じゃ・・・ お父さん ・・・は ・・・??

  僕の 大好きなお父さんは・・・?

 

 

 

Last updated : 01,30,2007.                            index       /       next

 

 

*****   途中ですが ・・・

すみません~~~ またまた終わりませんでした (;_;)

どんどん妄想が膨らんでオハナシがどんどん伸びてしまいます・・・ 

子供が初めてお父さんやお母さんの <個人としての姿> を見たとき、

どんな風に感じるのかな。 

後半は 島村さんちのお父さんのハナシ・・・かも・・・・

ぜ〜んぜん さいぼーぐ009 じゃないですけど・・・ お宜しければ

あと一回お付合いくださいませ。 <(_ _)>