『  この木  なんの木  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

春になるとソレはわりとのんびりと 葉を芽吹かせた。

温かくなる陽射しを待ちきれずに新芽をだす植物が多いなか、 ソレはいかにものんびり・・・

鷹揚で愉快だった。

初めの年こそ 心配し、枯れてしまったのでは ・・・と気を揉んだけれど・・・

いつしか そのペースを覚え 慣れ ―  時には忘れていることもあった。

 

干し終わった洗濯物を見上げ フランソワーズは大きく伸びをした。

「 う〜〜ん ・・・!  いいお天気ねえ〜〜     あ? 」

視界の隅に 稚い緑の、その割りにはしっかりした輪郭が入ってきた。

洗濯モノの翻る中  それはやはり目立っていた。

「 あら  < 楽しい草 > さん ね!   ああ ・・・ もう新芽がでたの?  

 ってことは ― あらあら・・・そんな時期なのねえ〜 」

日々の暮らしに忙しくなり、 その < 友達 > の変化に季節の移ろいをやっと思い出す ― 

サイボーグ達はそんなごく平凡な生活を送るようになっていた。

 

フランソワーズは エプロンで手をぬぐうと 友達の側に近寄った。

「 ・・・わあ ・・・ なんだか茎が太くなったわよねえ?  あ ・・・ 茎 じゃなくて幹かしら。

 ふうん ・・・ もう < 楽しい草 > じゃあないかな。  < 楽しい木 > さんかしら。 」

もうソレの側に屈みこむ必要はない。

< 楽しい草 > は そろそろ彼女の背の半分くらいの高さになっていた。

丈はまだ低いけれど 幹は一人前にごつごつとしていて、枝も数本 伸ばしている。

「 ・・・ ふうん ・・・ 本当に  木   になってきたわねえ ・・・ 

 はやく〜〜 大きくなってね。    それで美味しい実を沢山生らせてほしいわ〜〜 」

つやつやした葉は すこしばかり冷たくてすべすべで ・・・ 気持ちがいい。

 

    けど。 まだ 実 は生らない。  

 

そもそも新芽が吹き肉厚の葉っぱは次々に出てくるのだけれど ―   花が咲かないのだ。

「 今年はどうかなあ・・・  こんなにキレイな葉っぱがどんどん出てくるのに ・・・ 」

彼女は そっとその大きな葉を撫でるのだった。

< 楽しい木 > は ―  つまりは 柿の木だが ― すっかり我が家 ・・・ 

いや 我が庭 の一員となっている。

 

 

柿 ・・・ という果物も しっかりと味わった。

秋になると店先にも出回り さまざまなカタチでさまざまの大きさだった。

「 ・・・ うわあ〜〜 キレイねえ〜〜 」

買い物のついでに よく飽かずに八百屋の店先で眺めていた。

ジョーが荷物持ちについて行った日も 彼女は柿をしげしげと見ていた。

「 え? あ  じゃあ 柿 買ってく? 」

「 あ・・・ う  ううん ・・・いいの。 わたし、あの実のカタチと色も好きなの。

 味は ・・・ まだ いいわ。 」

「 ふうん?  結構美味しいんだよ?  そりゃ 中には渋柿もあるけど ・・・ 」

「 そうなの?   こんなにステキな肌触りの果物って ・・・ すてき♪

 ねえ この国の果物なの? 」

「 あ〜 そう  かな?  けっこうどこのウチにも柿の木ってあってさ。

 自分ちの庭の柿を 登って取る・・・・なんて憧れだったな。 」

「 まあ そうなの?  ふふふ〜〜 大丈夫よ。 」

「 は?? なにが。 」

「 だからね、 ジョー。 あなたのその望みはいつか叶います♪ 」

「 え・・・ ?? 」

何がなんだかよくわからずに ジョーは目をぱちくり している。

 

     あら♪  うふふふ ・・・・ カワイイわ このカンジ

 

フランソワーズは にこにこ・・・意中のヒトを眺めるのだった。

 

       ねえ?  楽しい草さん?

     アナタを真ん中に ジョーと二人で笑っている写真 とか ・・・

     たくさんの実を収穫しているわたし達 とか・・・

     きゃ〜〜〜〜♪ そんなシーン あんなシーン〜〜

     考えるだけでわくわくしちゃうわ♪

 

  ふるるん ・・・  小さな ・ 楽しい木  は元気に揺れている。

「 ふう〜〜ん ・・・ でもねえ あんなに大きな実が生るには ― アナタはまだ細すぎ、ね。

 もっともっと大きく太い幹になって 枝ものばさなくちゃ ・・・  頑張ってください♪

 ね? お水もね〜 肥料も沢山あげるからね 待っててね〜 」

< 応援メッセージ > を送り、 彼女は如雨露を取りに戻っていった。

 

ジョーは  いや ジョーも!  ― とてもとてもご機嫌な日々だ。

なにせ ず〜〜っとずっといつでも目で追い こっそり想っていた < 彼女 > に告って ― 

めちゃくちゃに勇気が必要だったけど ―  な〜んと ちゃんとオツキアイをすることになったのだ。

「 ふんふん〜〜〜♪  あ〜〜〜 こんな毎日〜〜 しんじらんない〜♪ 

 こんなにキレイなひとと一つ屋根の下に暮しているだけだってしんじらんないのに〜〜 ♪ 」

彼自身だって未だに どうもピンとこなくて ― こっそりほっぺたをつねってみたりしている。

「 お〜っと・・・ 今日は海岸通りの商店街へ行くんだよね。

 へへへ ・・・ この前、 『 よ! 新婚さんかい?  』 な〜んて聞かれちゃったしな〜♪ 」

彼は自主的に 買い物カートの具合を調べたりしている。

「 な ・・・ んか さ。  いいよな〜〜 こういうの ・・・

 『 ねえ ジョー。 晩御飯、 なにがいい? 』  なんて〜〜 聞いてくれるんだ。 そんで

 『 え ・・・ きみの作ってくれるものならなんだっていいよ 』 な〜んて答えるとさ・・

 『 あら 食べたいモノ、言って? 』 な〜んてあのキレイな瞳でじ〜っと見て・・

 『 そ そうかい?  じゃあ・・・ カレー 』

 『 カレー?  好きなのねえ・・・ いいわ 腕にヨリをかけて美味しいの、作るわ 』 なんて♪ 」

 妄想会話に にこにこ・・・ いや にやにやしている。

 

「 ジョー?  なにか楽しいことでもあるの? 」

「  へ!?  あ ・・・ あ ううん なんでも〜〜   あ!  買い物! 買い物行くんだろ?

 荷物持ち するよ〜〜 」

「 そう?  商店街だけだから・・・ わたし一人でも平気よ? 」

「 え ・・・ い いいよ、ぼく 付いてゆく!  ほら、ウチの前の坂! 結構急だもん。 」

「 まあ そう・・・ありがとう。  それじゃお願いします。

 あ 晩御飯、 なにか食べたいもの、ある? 」

「 え  ・・・ あ ・・・ き  きみが作ってくれるものなら 」

「 う〜〜ん だから具体的に言って欲しいのよね。 毎日の御飯つくりって ・・・ 結構大変なの。」

「 あ  そ そう?  そうだよね〜〜  あ  うん ・・・ 」

「 ええ。 だから〜 献立のリクエスト、 ある? 」

「 あ う う〜ん   じゃ  ・・・ カレー 。 」

「 カレー?  ・・・ また? 」

「 ・・・あ  う うん ・・・ 」

「 いいけど ・・・  ねえ 本当にカレーでいいの? 

「 うん!! ぼく、 カレー大好きなんだ〜 特にきみがつくっ 」

「 あ そう。 う〜ん  それなら買い物に行かなくても大丈夫だわ。

 ジョー?  荷物持ち任務は解任されました〜 晩御飯まで 遊んでいていいわよ。 」

「 え ・・・ そのう〜〜 だってさ ほら じゃがいも〜  とか にんじん〜〜 とか。

 たまねぎも必要だし。  あ チキン・カレーでもいいよ?  」

「 大丈夫。   チンするだけ♪ 豪華・絶品カレー   がまだあるから。 」

「 え ・・・・ 」

「 だからお手伝いも 今日はいいわ。  」

「 え ・・・ でもその ・・・ 食器 ならべる とか そのう〜〜 」

「 あらあ〜 今日は博士はコズミ先生と外食でしょう?  ジョーとわたしだけですもの。

 ならべる・・・ってほとじゃないし。  

 あ〜〜 そうだわ。 後片付け! お皿洗いを手伝ってね? 」

「 え ・・・ あ   うん ・・・ いい  よ ・・・ 」

「 ありがとう!  それじゃ〜 御飯 できたら呼ぶから。 遊んでいらっしゃいな。 

「 え ・・・ あ   うん ・・・・ 」

彼女は超〜〜〜ご機嫌で キッチンに入っていってしまった。

 

   遊んでらっしゃい ・・・ って。

   虫捕り とか 探検ごっこ とか してこいってか??

   ガキんちょじゃないんだぞ〜〜〜

 

   ・・・ う〜〜〜  ぼ ぼくの夢があ〜〜〜

 

ジョーは 薔薇色の夢の端っこが少しずつ浸食されてゆく気分だった。

「 うう ・・・ きみと一緒に買い物に行ってさ。  うん ぼくは荷物持ち要員だから

 こう・・・ がらがら買い物カートとか引っ張って・・・ フランのお供なんだ。 」

 

   ガラガラガラ ・・・ 茶髪の青年が 買い物カーとを引いてゆく。

彼の半歩先には金髪美人が ぷらぷら・・・ あちこちを眺めつつ歩いている。

「 ねえ ジョー。  あれはなあに?  ほら・・・同じような袋が沢山ならんでいる・・・ 」

「 え ・・・ ああ あそこはね お茶屋さんだよ。 」

「 お茶? ・・・ 日本のカフェなの? 日本のお茶を飲むところなの?  」

「 あ〜〜 お茶ってね つまりその ・・・ お茶のモト、茶葉を売っているのさ。 」

「 お茶のモト ??  ふうん ・・・ 日本の紅茶屋さんなのね。 」

「 う〜〜 ・・・多少違う気もするけど ・・・ まあ そんなトコかな。 」

「 ねえ 日本のお茶を飲むカフェはどこ? わたし 日本のお茶、好きなのよ。 

 ちょっと寄ってゆかない? 」

「 え ・・・ あ〜〜 ・・・ 日本茶カフェ ・・・ かあ ・・・ そ〜ゆ〜のって ・・・

 う〜〜ん 都心とかオシャレな街にはあるかも・・・ 」

「 ここにはないの? 」

「 あ う〜ん ・・・ 日本茶は基本、ウチで飲むんだ。  好きなの、あったら買ってゆこうよ。」

「 ふうん ・・・ ジョーと一緒にお茶 したいのに ・・・ 」

「 え なに? 

「 ・・・ なんでもないわ。 」

 

「 なあ〜〜んて ・・・ ぽっと赤くなってさ〜〜♪

 ちゃんと聞こえていても とぼけてわざわざききかえしたりしてみるんだ〜〜 うふふふ・・・ 」

「 で もって 八百屋とか肉屋とか行くだろ〜〜 そうすると ・・・ 」

・・・ ジョーの妄想はどんどん広がってゆく。

 

 

「 じゃがいもはねえ ・・・ えっと これとこれと ・・・ これと ・・・ ああん ジョー持って〜 」

「 ほら落とすよ〜  このザルに盛ってあるの、買えばいいだろ。 」

「 あ そうなの?  じゃ それ。  あとは人参にタマネギでしょ・・・ きゃあ 大変・・・

 サラダも作るから トマトにレタスにきゅうりに〜〜〜 」

「 はいはい ・・・ 全部持つから。 好きなの、選んでくれよ。 」

「 うふ♪ ありがと〜〜〜  ( cyu♪ ) 」

金髪美女とイケメン青年が 店先でいちゃいちゃ買い物をしていればイヤでも目立つ。

「 よ〜〜 お熱いねえ〜〜 新婚さん♪ 」

さっそく八百屋のオヤジに冷やかされてしまった。

「 え いや〜〜 ぼく達はそんな〜〜 」

「 おう〜 美人の嫁さんで羨ましいぜ!  せいぜい頑張んなよ〜〜若旦那! 」

「 あ  は ・・・ (  がんばる ってなんなんだよ? ) 

 あの〜〜 これ全部でいくらですかあ 〜 」

「 おう 毎度あり〜〜  ・・・ ってウチは嬉しいけどよ、兄ちゃん、持てるかい。 

 よかったら配達するよ?  あの 岬の一軒家だろ? 」

「 あ〜 ありがとうございます。  ぼく チカラ持ちですから〜〜 」

「 お 頼もしいねえ・・・ その分じゃ じきにちっこいのが2〜3人 出現するな〜 」

「 え? あ ・・・ えへへへ ・・・・ だと嬉しいな 〜 」

 

   な〜〜んてさあ・・・  カートに野菜とかいろいろ・・・山積みにして帰るんだ。

えっほ えっほ ・・・ あの坂を登るだろ?  サイボーグだってちょっとホネだぜ?

でもぼくは黙々とカートを引く  ― と あれ?  急に軽くなったよ?

 

「 うん?  ・・・ やあ 手伝ってくれてるのかい。 」

振り返れば フランソワーズがカートを押していた。 

「 ・・・ ジョー? 大丈夫?  ごめんなさい・・・ 沢山お買い物、しちゃって。 手伝うわ! 」

「 フラン〜〜  ぼくは 009だよ? このくらい、なんてことないさ。 」

「 え ・・・ でも。  この坂道、本当に急だから ・・・ 」

「 へ〜きへ〜き。  あ・・・じゃあさ 一足先に戻ってお茶の用意、たのむ。 」

「 あ そうね♪  それじゃ ・・・ さっき買ったワッフル、持ってゆくわ。 」

「 うん 頼む。  ああ 美味しいお茶、淹れておいてくれよ〜 」

「 ええ 任せて!  あ・・・ ジョーはミルク・ティ でしょ。 お砂糖もたっぷりね。 」

「 ははは 頼むよ。 」

 

  な〜〜んてさあ ・・・ ぼくは駆け登ってゆくフランの後ろ姿を堪能するんだ。

しなやかな脚ときりっとカタチのいいオシリをじっくり見られるぞ〜〜 へへへ・・・

で もって。  荷物ひっぱって帰って。  まずはティー・タイムだろ?

それから 晩御飯の用意 さ。  フランのエプロン 借りてさ・・・ えへ・・・

 

「 え〜と まずはじゃがいも ・・・っと。  あれ? これ 途中なのかな〜 」

「 あ・・・ 剥き始めたんだけど ・・・ う〜〜ん  なんか上手くできないっぽくて ・・・ 」

フランソワーズの前には ぼろぼろと落ちた芽だの 千切れたみたいな皮の断片が散乱している。

ジョーはわらって彼女の手から剥きかけの芋と包丁を もらった。

「 あ これはぼくが剥くよ。 みてろよ〜〜 ほら・・・ 」

するするする ・・・

「 わあ〜〜〜 上手よねえ ・・・ ジョーってなんでも上手なのねえ? 

 お家でお母様のお手伝いとかしていたの? 」

「 あ ぼくさ。 施設育ちなんだ。  チビの頃から食事当番とかあってね・・・

 いろいろ・・・ 慣れているんだ。 」

「 あ ・・・ ご ごめんなさい ・・・  」

「 いいよ〜 別に。 気にしてないよ〜  ほら じゃがいも、全部剥いたよ? 

「 ありがとう〜〜♪  ・・・ わたし、家事に有能な旦那様って尊敬しちゃうわ〜〜

 ジョーってば 最高の旦那様になれるわ! 」

「 あ〜 そうかなあ〜〜   あ あとは何をすればいのかな。 」

「 え〜とね ・・・ サラダなんだけど〜   あ これはわたし、頑張るわ。

 ねえ ジョーはどんな味のドレッシングが好きなの。 」

「 え〜  ( 大抵 マヨネーズをぶっかけるだけ、なんだけど・・ )

 うん、きみが作ってくれる味 かな。 」

「 え ・・・ 」

「 ぼくにはきみの手作りが最高の御馳走さ。   ホントが きみ自身 だけど♪ 」

「 ・・・ もう ・・・ ジョーったら ・・・  あ ・・・ん ・・・ 」

二人はキッチンであつ〜〜〜く キスをする ・・・

 

   ―   なんてのが ぼくの夢だったのに ・・・・!  あ〜あ ・・・

 

ジョーは手持ち無沙汰になり ぼんやりと庭に出ていった。

「 遊んでいらっしゃい・・・って  ・・・ ここじゃ近くにゲーセンもないし。

 ヒマだからってジョギングする趣味もないしなあ・・・ 庭の散歩 なんてジジイみたいだ・・・ 」

 

   カッツン ・・・コッツン !  小石を蹴飛ばし 蹴飛ばし 裏庭までやってきた。

「 ふうん ・・・ 洗濯物、干すくらいしかこっちこないもんなあ〜  な〜んにもないしな〜 

 あ、 ジェロニモの温室 ・・・ ちょっと覗いてみるか ・・・ 」

ぷらぷら隅っこまで行けば 物干しの側にひょろり〜ん・・・とした背の低い木が あった。

「 ?   ・・・ なんか言ってたなあ ・・・ この木。 楽しいのがど〜とかとか・・・

 でも絶対これは柿だよな。  そ〜いえば裏山にでっかい柿の木があったはず・・・

 今年の秋には実を採りにゆこ。  美味いぜえ〜  」

ジョーは フランソワーズの  < 楽しい木 > さん をチラリ、と一瞥し とっとと温室に

もぐり込んでいった。

「 うわ・・・ やっぱもわもわするなあ ・・・   お♪ いちご み〜〜っけ♪ 」

結局 彼は ―

 

       ≪   ジョー !!!   ごはん !!!! ≫   

 

  ― 最大ヴォリュームの脳波通信で呼びつけられるまで 温室で昼寝をしていたのだった。

 

―  晩御飯のカレーは  本当にお世辞じゃなくとて〜〜〜も美味しかった。

メーカーの飽くなき探究心に乾杯! ってトコだ。

「「 ごちそうさまでした。 」」

向き合った二人は 丁寧に頭をさげた。

「 あ〜〜 美味しかったァ〜〜   えね 本当に便利になったのね・・・

 こんなに凄いプロの味 が ほんの  チン  で食べられるなんて〜♪ 」

「 あ うん  そ そうだね。  美味しいカレーだった ・・・ 」

「 でしょ でしょ?  キッチンもほとんど汚れなかったし。  あ〜〜満足♪

 あ ジョー ? 後片付け 手伝ってね〜〜 」

「 あ  うん いいよ。  じゃあ ぼく、食器運ぶね。 」

「 お願いします。 」

「  はい。 」

ジョーはほんの少しの皿 ・ 小鉢類をトレイにまとめた。

確かに美味しいカレーだった。  煮込み加減はご家庭では出せない正にプロの味。

それを簡単に、しかもまずまずの値段でウチで味わえるのだから  ―  感謝すべきである   が。

 

   でも でも〜〜 ぼくは! フランの手作りの〜〜ごはん ・・・

   ヘタでもいいんだ〜〜 彼女の御飯が食べたいぃぃぃ 〜〜

 

ジョーはこっそり・ちいさ〜〜く溜息をはいた。

フランソワーズは 食卓をきちんと整え終ると リビングに行ってしまった。

「 あ そうそう!  ねえ ジョー。  コンビニでね プリンを買ってきたの。

 デザートにしましょう 〜〜 」

「 あ  うん ・・・ 」

「 ジョー、後片付けが終ったら ・・・ 悪いけど持ってきて〜〜〜 ね♪

 あ ・・・ ドラマ〜〜 始まるわあ〜〜 」

TVの前から 彼女の声だけが  ・・・ 届いた。

 

   ・・・  うん  ・・・ こうゆうのが  < おうち > の御飯なのか  な 

 

夜、 庭のコンポストに生ゴミを捨てに裏庭に出た。

「 ・・・ ふう ・・・ あ  星がキレイだなあ ・・・ 

見上げた空は満天の星。   岬のギルモア邸の頭上には見事な銀河が流れているのだ。

「 ・・・ ふうん ・・・ すごいや ・・・ 本当に < 河 > だなあ・・・ 」

  パサリ ・・・  服の裾が何かに触れた。

「 ?  ああ ・・・ フランの木 かあ ・・・ こんなトコにあったっけか? 」

ジョーは足を止めてその艶やかな葉を触ってみた。  

 

   なあ ・・・ 柿の木くん。  現実って 厳しいね・・・

 

大きめな、そしてふか〜い溜息を吐いてみたけど。 でも やっぱりシアワセだな〜と思った。

そうさ ・・・ これが こんな溜息こそが < 家庭生活 > なんだ! ―  多分。

 

 

 

  サワサワサワ −−−  だんだん濃くなってきた緑が薫風にゆれる。

 

「 ふ〜〜ん ・・・ いい風♪  お洗濯ものもすっきり乾きそうね〜 」

フランソワーズは う〜〜んと伸びをして干し終わった洗濯物がひらひら・・・しているのを眺めた。

「 ふうん ・・・ 外はいいわよねえ ・・・ あ < 楽しい木 > さん? 元気〜〜 」

彼女は わさわさと姿を現し始めた若葉に ちょん・・・と触れた。

「 キレイねえ・・・ つやつや・つるつる ・・・  いつも楽しそう ・・・ 」

 ぷるん ・・・ 葉っぱは 枝分かれした先で揺れている。

「 アナタは凄いわよねえ ・・・ いつもわたしをびっくりさせてくれるのよねえ ・・・ 」

 

   ふうう ・・・  ちょっとばかり重い溜息がもれる。

 

「 ・・・ ねえ? 男子っていろいろ憧れとか夢、持ってるわよねえ。 

 ジャン兄さんなんて ちっちゃい頃から 空を飛ぶ! って決めてたわ ・・・

 本当よ?  わたし、チビだったけど、いつも飛行機の模型、もってる兄さん見てて

 ステキだなあ〜〜って思ってたわ。 」

 

「 な? ファン。 こう〜〜〜急速上昇して だなあ〜〜 」

 きゅい〜〜ん ・・・!  兄は模型を声で発進させた。

「 どんどん高度をあげてゆくんだ !  最新機だからな〜 垂直上昇〜〜〜 」

妹はソファで大人しく兄をながめている。

「 それでもって!  今度は散開だ!  ロッテ編隊から拡散 〜〜〜 」

「 お兄ちゃん ・・・ 」

「 しゅば〜〜〜〜 ・・・・!   なんだ。 」

「 あのね。  ひこうきでお星様までゆけるの? 」

「 あ〜 ・・・ 今はまだ無理だけど。  僕がオトナになったらきっと! ゆける。 」

「 そうなの? すご〜い ・・・! 」

「 おう すごいぞ〜〜  そうだな〜 一番にファンをのっけてやる。 」

「 ほんとう? うれしい〜〜 」

「 まかせとけって〜 」

妹の尊敬に満ちた視線を受けて 兄は鼻高々だった ・・・

  ― で そんな兄を 妹は滅茶苦茶に尊敬し彼の妹であることを誇らしく思っていた。

そしてそれは  今でも彼女の心の支えともなっている。

 

「 そうよ!  たとえ荒唐無稽でもね!  オトコノコならもっとでっかい夢 あるんじゃいの?? 

 パイロットになる とか レーサーになる! とか  サッカー選手になる とか。  」

  ぽ〜〜〜ん ・・・ 足元の小石を 思いっきり放ってみる。

「 瞳きらきら〜〜 で そんな夢、語るってすごいステキじゃない? いいなあ〜〜って思うわ。

 わたしだって 夢 あるもん。  お互いに頑張りましょうね!って思うじゃない? 」

  ぽ〜〜〜〜ん ・・・ もう一つ 小石が飛んでゆく。

「 だから ― 聞いてみたわ。  好きなヒトのこと、なんだって知りたいじゃない?

 憧れ だっていいのよ〜 夢とか知りたいじゃない?  ―  それが  ね。 」

  ばさり ぱらり。  艶々した葉が誘うように揺れる。

「 ねえ 聞いて、 < 楽しい木 > さん!  わたし、聞いてみたのよ!  そうしたら・・・ 」

 

 

 ぷるるん ・・・  お皿の上でフルーツ・ゼリーが陽気に揺れた。

彼女は慎重〜〜に型から出したゼリーをながめ 満足の吐息をもらす。

 

    うふふ ・・・ 大成功♪  ママンのレシピを思い出してみたのよね〜〜

    コンビニで買うのよりも ・・・ 美味しそう ・・・ に見えるわ!

 

「 わあ〜〜 美味しそうだねえ〜〜 」

ジョーが にこにこ顔で一緒にゼリーを眺めている。

「 えへへ・・・ これねえ、ぜ〜〜んぶ手作りなの。 ちっちゃい頃 ママンが作ってくれたの。 」

「 うわ〜〜〜お♪ すご〜〜〜いなあ〜〜 え じゃあ このフルーツも? 」

「 そうよ。 オレンジとか桃とかキウイも  あ 庭の温室にね、イチゴがまだ残ってたからそれも。 」

「 あ 知ってる。 あのイチゴ 美味いよね〜 」

「 ・・・ ジョー?  摘まみ喰い、してる? 」

「 あ は ・・・ 時々・・・  あ〜でもすごいなあ〜〜 ゼリーの色も三色だよ? 」

「 そうなの。 台の部分がミルク・ゼリー で 上がね レモンと赤ワイン風味のゼリーよ。 」

「 すっげ〜〜 ・・・ ぼく、こんなの、初めてみるよ! うわ〜〜お・・・ 」

ジョーは心底感心したらしく、 ゼリーを四方八方からしげしげと眺めている。

「 うふ ・・・ ね? コンビニのみたいに見える? 」

「 え! ず〜〜〜っとず〜〜〜〜っと美味しそうだよ! ねえねえ〜〜 早く食べたい! 」

「 あ ・・・ そうね。  今日のお茶タイムは二人だけですものねえ・・・ 」

「 えへ ・・・ いっぱい食べちゃう〜〜 ラッキー〜〜♪ 」

「 だめよ〜ゥ 博士の分と 大人とグレートが晩御飯に来るからその分も。 」

「 ちぇ。 まあ いいや こんなにたくさんあるもんね〜〜 」

 

     うふふ ・・・ こんなに感激してくれるなんて ・・・ 

     嬉しいな♪  ジョー・・・とっても嬉しそう・・・

     楽しいな♪  ジョーの笑顔 ・・・ 見てるだけでシアワセ・・・

 

     ―  そうよ。  聞いてみよう・・・!

 

  カチン カチン ・・・ つるん ・・・  スプーンの小さな音と感動の溜息だけが

しばし食卓を支配していた。

「 ・・・ ねえ ジョー ? 」

フランソワーズは ゼリーに夢中の彼に 何気な〜〜〜い素振りで聞いた。

 

        「 ジョー。  あなたの夢 って  なあに。 」

 

「 あ〜〜〜 おいし〜〜〜 ・・・!  え  なに?  すごくおいしいよ!! 」

一口含んでは 感嘆の吐息をもらしていた彼は やっと彼女の顔をみた。

「 ええ ありがとう。 気に入ってもらってわたしも嬉しいわ。   それでね ・・・

 ちょっと聞いてみたかったのだけど。  ―  ジョーの夢。  なんなのかな〜〜って。 」

「 え  ・・・ ぼくの夢?  ・・・ う〜〜ん ・・・ そうだなあ・・・? 」

スプーンを手に 彼はしばし考えこむ。

「 ほら ・・・ ちっちゃな頃から憧れてたコトとか 夢見ていたコトとか・・・

 大きくなったら 絶対になるんだ! って密かに決心していたこと とか ・・・あるでしょ? 」

「 ・・・ え ・・・ う〜ん ・・・   あ。  うん!  あるよ〜 」

「 やっぱり?  ねえねえ ・・・ ちょっとだけでもいいから 教えて? 」

「 え〜〜  なんか照れ臭いなあ〜 」

「 いいじゃない?  わたし ・・・ ジョーのこと、もっと知りたいわ  ねえ? 」

「 そ そう?  それじゃ  あの  ね 」

「 ― ええ  なあに。 」

 

   満開の笑顔が出した答えは ―   仲良く暮したいな うん、平和にね。

 

 

 カチャ カチャ カチャ  ・・・  ガラスの器が時々衝突している。

「 ・・・ ! っと  いけない ・・・ これ、博士のお気に入りのガラス皿ですものね・・・

 そうっと洗わなくちゃ ・・・ 」

  ふう 〜〜〜 ・・・・  特大の溜息を吐き フランソワーズはカットガラスになった器をしっかりと持ち直した。

デザートの フルーツ・ゼリー は大成功 ・ 大評判 だった。

我ながらよく出来た・・・とも思っていたけど、 ジョーはもうほとんど熱狂して食べていた。

 

    きみの手作り〜〜♪ こんなの、ウチで食べるなんて〜〜 最高〜〜

 

彼は最初から最後まで賛辞のアラシ で それは本当に心からの叫びだったらしい。

そしてその合間に ―  < ぼくの夢 >  を 語ってくれた。 とても嬉しそうに ・・・

 

   バシャ ・・・!    ガラス器を洗い終り 布巾を濯ぐ。  やたらとゴシゴシ 濯ぐ・・・

 

「 だいたいね? ぴかぴかの18歳がよ?  平和に仲良く暮したい・・・って  どうよ??? 」

宇宙飛行士になりたいな〜 なんて思ってたんだ〜   実はね、へへへ・・・F1のレーサーに憧れててさ。  

え〜〜 恥ずかしいな・・・マジで新幹線の運転手になりたい!って。

チビの頃にはね〜 パイロットとかもう崇拝してたよ・・・

  ― 荒唐無稽な夢でもいい。  そんな答えが返ってくるかな と思っていた。

「 そりゃ・・・わたし達は ・・・ こんな状況にいるけど? 

 でも ・・・ 夢はまだ持てるはずよね?  これからの人生を賭ける夢! 

 わたし・・・わたしだって!  諦めてなんかいないもの! 」

 

     バシャ・・・!   キュッ !  水を切り思いっきり布巾を絞り上げた。

 

「 そりゃ ―  ジョーは優しいわ。 あの優しさが あの笑顔が好きよ?

 で もって。 いざ!って時には滅茶苦茶に強いこと、知ってるわ。  ええ 十分に。

 けど・・・!   う〜〜〜〜ん ・・・  よくわかんないけど ・・・  イラつくのよね! 」

 

     パン ・・・!   布巾を広げ シワをのばす。

 

「 ・・・ パリッと乾かしたいわね。  あ そうだ、外に干そうっと 」

布巾やらタオルを持って 彼女は勝手口から裏庭に出た。

「 ・・・ さむ ・・・  やだ、まだ? 」

夜気はひんやりとしていて 本格的な春はまだもう少し先なのだ、と感じられた。

「 ああ 海の音 ・・・ ふふふ・・・ 夜に聞こえる波の音ってのもいいわねえ・・・

 あ ・・・・ キレイなお月様 ・・・  ふうん ・・・・ 」

中天には蒼白い月が冴え冴えと輝いている。

 

   ふう −−−−− ん ・・・・ !   ああ いい気持ち ・・・!

 

布巾類を干し上げてから いっぱいに夜気を吸い込んだ。 

   パサリ ・・・   闇の中で大きな葉っぱが揺れている。

 

「 あ ・・・ こんばんは、 < 楽しい木 > さん。  元気そうね。

 ― ねえ  聞いてよ!  ジョーったらね・・・・! 」

ずっと一緒な同志  ―  に彼女はぶちぶち・・・語りかけるのだった。

 

    う〜〜〜〜ん ・・・・!!  好きよ〜〜  でも! ああ〜〜なんでイラつくの〜〜

 

乙女は もわもわ〜〜な気持ちを 春を迎えた若木にぶつけていた。

 

 

 

   ザワザワ  −−−−  ザ ・・・・ッ!

 

海風に緑濃くなった葉が揺れる。  しっかりと伸ばした枝に今年も肉厚の葉が沢山芽吹く。

枝の数も増え、幹自体も少しは太くなり ―  もう誰が見ても立派な木である。

 

 カッコロ ・・・  庭サンダルを鳴らして 彼女がやってきた。

 

どん。  洗濯籠を側に置く。

「 ふう ・・・ 毎日いっぱいねえ ・・・ 」

ぶつくさ言いつつも 彼女は手際よく洗濯物を干してゆく。

「 ま ・・・ でもいっか。  こうやってお日様に干すのってとっても気持ちがいいし・・・

 ぱりっぱりに乾いて お日様の匂いのするリネン類とか最高ですものね〜〜 」

干し場が満員いなると 彼女はこちらにも洗濯ロープを張る。

「 ちょっと お願いね?  < 楽しい草 > さん。  あ ・・・ 草 じゃなくて 木 よね〜

 ごめん ごめん ・・・ 」

きゅ・・・っとロープの片方を一番太い枝に結びつけた。

「 ・・・ これでよし と。  あ〜 ずいぶん大きくなったわね〜〜

 < 楽しい草 > さんに洗濯物を干す、なんて考えてもみなかったわ。 

 大きくなったね〜〜 背も追い越されちゃったし。  今年こそ花とか咲かせてよ? 」

すこしざらざらする幹に手を当ててみる。

「 あ〜 ・・・ わたしったらここでいっつもぶつぶつ言ってない? ねえ そうでしょ。 」

想いが通じたヒトと共に過し始めて ― かれこれ5年は経っていた。

当初は いつもにこにこ ・・・ の彼の優しさに魅かれつつもイラついたりもしていた。

 

   それが ― 一年経ち 二年が過ぎ 三年目を迎え さらに日々は流れ・・・

 

「 ・・・ 一人でモーターショー に行っちゃったわよ! 」

「 仕事仕事・・・・って。 たまには二人っきりでドライブとか行きたいのに ・・・ 」

「 どうして誘ってくれないの? って聞いたらね!  きみは興味がないだろうと思った だって!

 勝手に決めないでよ〜〜〜 」

「 ・・・ そりゃ ・・・ ジョーはステキよ?  外見に魅かれて・・・・ってのもわかるわ。

 でも。 手紙は 〜〜〜 だめ! わたし がカノジョ なの! はっきり断って! 」

 

 だんだんと そんなグチが増えてきている。

「 ・・・ やだ わたしったら ・・・ 文句ばっかり・・・  < 楽しい草 > さん、ごめんね? 

ふうう〜〜  もう一回 大きな溜息を吐いて洗濯籠に手を伸ばし ―

 

  ひょい ・・・  洗濯籠がいきなり宙に浮いた。

 

「 え?!  ・・・ あ  なあ〜んだぁ  ・・・ 」

黒革の手袋が洗濯籠を掴んでいる。

「 おう?  これ ・・・・ 例のあのちっこい木かあ? 」

「 ええ そうよ。 ずいぶん大きくなったでしょう? 」

珍しく休暇 ・・・と称して来日したアルベルトが ふうん? といった顔つきで木を見上げている。

見上げる、と言っても まだ同じくらいの背丈なのだが 勢い良くつんつん伸びる枝は

どれもこれもきっかりと天を目指していて、実際よりも高くみえるのだ。

「 へえ ・・・ あの草みたいな細っこいヤツがねえ? お前さん、よく屈みこんでぶつぶつ

 言ってたじゃないか。 」

「 ― ぶつぶつなんて 言ってません。  < 楽しい草 >さん とお話していただけよ。 」

「 ふふん?   ま この木が一番よく知ってるだろうよ。 」

「 え ・・・ そ そうねえ ・・・ < 楽しい草 >さん にはウソは吐けないわね ・・・ 」

「 だ な。 お前、いつもにこにこ・・・なアイツにイラついてたりしたな。 」

「 え ・・・ ヤダ・・・判っちゃってた? 」

「 まあ な。  ・・・ あの笑顔はアイツの最強の < 防護服 > だ。 」

「 ぼうごふく???  ジョーの・・・にこにこ が? 」

「 ああ。  ヤツはな ず〜〜〜っとあのにこにこ笑顔 で自分自身を護っていたのさ。

 俺達のあの赤い服以上に強力で 絶対に突っ込まれない <防護服> を纏ってたんだ。 」

「 ・・・ そ  うなの ・・・? ジョーが そう言ったの? 」

「 いいや。  ずっとヤツにことを見ていてわかったのさ。 いつも独りだったって言ってたろ? 」

「 ・・・あ  そうね そんな子供時代だった・・・って ・・・ 」

「 にこにこ顔 は大抵スルーされる。 良くも悪くも。 」

「 ・・・ そう ・・・  でも そんなの ・・・ 淋しすぎるわ・・・ 」

「 ふん  だけど この頃 そんなに始終にこにこ・・・じゃないだろう? 」

「 そう! そうなのよ! 前はね、 なんでも・いつでもにこにこ・・・ はちょっとなあって思ってたのよ、

 でもね! 一人で勝手に < きみは興味がないと思ってさ > とか決めてほしくはないの。 」

「 ふふん ・・・ま  あとはケンカして仲良くなってけ。 」

「 ?? なあに〜〜 それ?? 

  今にわかるさ ・・・と、アルベルトは嘯き 若い木をしげしげと眺めている。

「 なあ ・・・ これ。 実、生ったか? 」

「 え?  あ ううん ・・・ まだ。 花も咲かないのよ。今年こそ・・・って期待してるんだけど・・・ 」

「 ほう?  肥料でもふやしてみるか。 」

「 あら でもちゃんと定期的に肥料はあげているのよ? 花屋さんで買ってきたし。

 これ・・・ 実の生らない種類なのかしら。 」

「 そんな果物はないぞ。 これ ・・・ 柿 なんだろ? 」

「 そう・・・ジョーは言ったけど ・・・ 」

「 ふん ・・・? 」

 

      「 桃栗三年 柿八年、 言うのでっせ。 」

 

陽気な声が 二人の後ろから飛んできた。

「 あら 大人〜〜 いらっしゃい♪ 」

「 おう、久し振り。 」

「 ほっほ〜〜  ようお越し、アルベルトはん。  フランソワーズはん、美味し御飯、

 こさえたげまっせ〜〜〜 」

「 きゃ♪  嬉しいわ〜〜   ねえ ジョーはどうせ帰りが遅いから・・・・

 彼の分は皆で食べちゃいましょ♪  」

「 ほっほ〜〜 ご亭主を大切にせな あきまへんで〜〜 」

「 ま だ 亭主 じゃありません〜〜 」

「 おいおい? いい加減で はっきりしろよ? 」

「 ・・・  この  < 楽しい草 > さんに花が咲いたら ・・・ 」

「 ほっほ〜〜 そやから〜 桃栗三年 ― ももさん・栗さんらァは実ぃが生るまでに三年かかる。

 ほいで 柿はんは八年もかかる、いうてんのやで?  」

「 え・・・ そうなの? 」

「 ・・・ そう か。  柿八年 か。  ― まだまだ  だな  俺も。 」

アルベルトは自身でなにか思い当たることがあったのだろう。  

腕組みをしたまま ― じっと柿の若木をながめている。

「 ・・・ 八年 もかかるの?   楽しい草 さんが 実をつけるまで 」

「 そうや。  アンタらも じ〜〜っくり付き合っていったらええ。  」

「 え ・・・ 」

「 ワテらには時間 ぎょ〜さんありますやろ。 」

「 ・・・ え ええ  そうね ・・・  でも ・・・ 

「 あのなあ。  ジョーはんが 笑顔以外を見せたのは、フランソワーズはん、

 あんさんがいっとう初めでっせ。 」

「 え ・・・ そ  そう ・・? 」

「 木ぃでさえ実が生るまで時間が掛かるやで?  人間 − そないにすぐに

 変われるかいな。 」

「 ふふん ・・・ 言われちまったな。  うん ・・・ 

アルベルトが独り言めいて呟き  ぽん・・・とフランソワーズの髪に手を当てた。

「 まあ ― 気長に行こう ? 」

「 ・・・ うふ ・・・ そう ね 」

 

    そっか ・・・ ジョーは やっと 本来の自分を晒すことが出来るようになったのね

    ―  わたし   に。   

 

「 そうよね ・・・!  この < 楽しい木 > さんが た〜くさん実を生らせてくれる頃

 どうなっているかしら。  うふふ ・・・ 楽しみね? 」

「 そやそや。  この木ぃに 皆集ってるかもしれへんで? 」

「 そうね!  大きなどっしりした木になってるかも。 」

なんだかお腹の底から じわ〜〜〜り ・・・ 温かく愉快になってきた。

 

「 よぉ〜〜し♪ それじゃ ― 今晩は大人の美味しい御飯を頂いて。

 ―  遅く帰るジョーとしっかりケンカしてみるわ。 」

「 なんだ ソレ・・・ 」

「 まあ ええやん。  ささ ・・・ まずはお茶タイムやで〜〜 」

「 わあい♪  ほらほら〜〜 アルベルト? 洗濯籠、持ってきてよ〜 」

「 やれやれ ・・・ 」

住人たちは わらわらと邸に戻っていった。

 

 

          この木 ・ なんの木 ?  ― 柿の木だよ。

 

裏庭の隅っこで 時には物干しになったり ・・・ 七夕の短冊が下がったりもした。

初めて実が生った年の冬  ジョーとフランソワーズには双子の子供たちが生まれた。

やがて ソレは大木となり すぴかやすばるの子供達がわいわいと登って実をもいだ。

  ・・・ いつしかその地が荒れ地となった後も 老木は静かに佇んでいた。

 

  崖っ淵に建つ洋館の 裏庭には大きな木がある。

 

          この木 なんの木 ―  皆が集まる・シアワセの木 さ 

 

 

 

 

*********************************    Fin.    *****************************

 

Last updated : 07,16,2013.                     back        /       index

 

 

 

 

*************    ひと言   ***********

なんてことない話なのですが ・・・

その家の歴史?とかをず〜〜っと見ているのは

やっぱり庭の片隅にある樹だったりするのでしょうね。

実際、柿の樹の寿命はどのくらいなのかなあ〜