『 この向う側 ― (2) ― 』
ぼすん ぼすん ・・・
襖が妙な音をたてている。
「 あの ・・・ 失礼いたします、 入ってよろしいですか 」
その音のあとから 涼やかな声がきっちりと挨拶をしてきた。
「 おう お入り 」
「 はい。 失礼します ・・・ 」
す・・・ 静かに襖が開き、敷居際には金髪美女が座っている。
「 コズミ先生。 ようこそいらっしゃいました 」
彼女は 手を揃えゆっくりと身体を前に折り挨拶をした。
「 おお お嬢さん ・・・ お邪魔しとりますよ 」
「 お好きな珈琲を淹れてまいりました。 」
トレイをささげ 彼女はすり足で入ってきた。
「 これは・・・ よい香ですじゃなあ ・・・ ふ〜ん♪
おお おお
お嬢さん お手数を・・・ 」
「 フランソワーズ ありがとうよ 」
囲碁盤を挟んでいたギルモア博士も 相好を崩している。
「 いえ ・・・ あ コズミ先生。
先日は この掛け軸をありがとうございました。 」
「 おう ・・・ いやいや ああ ほんに これはこれは・・・
この部屋によう合っていますなあ 」
「 それは嬉しいなあ。 コズミ君。
うん この部屋の格もあがるというものじゃよ 」
「 あの・・・ 不思議な カケジク ですのね 」
「 そうですかな お嬢さん 」
「 ええ ・・・ この絵・・・ いつまでもじ〜っと
眺めていたくなります。 」
「 ほう・・・? 」
コズミ博士は フランソワ―ズの言葉が気になったのか
床の間にきっちりと向き合った。
「 ・・・? 」
博士は じっと見つめている。
「 はて ? こんな絵柄じゃったかのう …? 」
「 君の家にあったものだろうが 」
「 いや そうなんじゃが・・・
ウチの家内がなあ この掛け軸はあまり好きではない、と言って
ずっと仕舞って置いたのじゃよ 」
「 ほう ・・・ 奥方はなにがお気に召さんかったのかなあ 」
「 さあ ・・・ 詳しくは言わんかったがなあ
眺めていると なにもできなくなるから などと言っておったが
ふむ・・・? 」
コズミ博士は 矯めつ眇めつ件の掛け軸を眺めている。
「 あの なにか・・・? わたし 汚してしまいましたか?
お掃除するとき そっとハタキをかけましたけど 」
フランソワーズが こそ・・っと尋ねた。
「 ああ? おお お嬢さん そんな心配は無用じゃよ。
いい状態を保っておいてくださっていますよ
」
「 よかったです 」
「 ・・・ ただ なあ 」
「 ただ・・・? 」
「 ふむ この絵柄がな 」
「 絵柄? 掛け軸の絵 ですか 」
「 随分昔に見ただけ、なのだが ・・・
こんな絵柄だったかなあ と思ってね 」
「 ? どういう意味ですか? 」
「 ・・・ 絵が 増えてる ような気がして なあ
ま 気のせいだと思うが・・・ 」
「 絵が増えてる??? どなたかが描き足したのでしょうか
」
「 それは 可能性はない、と思いますな。
ほれ ・・・ この絵はどこも重なりあった部分があります。
後から描き足したら こうはできません。 」
「 ・・・ はあ それでも 」
「 ふむ ・・・ 私の記憶違いだと思いますが ね 」
「 ・・・ はあ 」
「 由緒あるものには 不思議がつきもの、ということかなあ
この国には 不思議が多い 」
「 ふぉ ふぉ ふぉ・・・ ギルモア君、キツネに化かされたのかもしれんな
おや お嬢さん 気になることでもありますか 」
「 いえ ・・・ ただ ず〜っと見ていたい気持がして 」
「 ふぉ ふぉ・・・ ウチの家内もそんなコトを言っておりましたよ
なにか 女性を引き付ける力でもあるのかもしれん 」
「 え ・・・ そんな ・・・
でも とっても素敵な絵だと思うんです。
なんか ・・・ 見る度に違う風に感じて 」
フランソワーズは じっと掛け軸を見つめていた。
あ ほら また。
あの木の向うで 黄色い葉が揺れるの ・・・
あれは マロニエの樹 ・・?
トントン ・・・ 廊下に足音がした。
「 失礼します。 ジョーです〜 コズミ先生 いらっしゃいませ 」
襖の外で声がした。
「 おお ジョーくん お邪魔しておりますよ 」
「 庭の温室でイチゴが採れたんです どうぞ 」
カラリ。 襖を開けて彼は お盆をささげ入ってきた。
「 ほほう 苺ですかな、 この季節に 」
「 はい。 日当たり良好なので 裏庭の温室、収穫物がいっぱいです。
ちょっち ちっこいですけど 甘さは保証です 」
こと こと。 ガラスの器が机の上に並んだ。
「 ああ ・・・ この器の中は 春 ですな 」
「 君は詩人じゃのう コズミ君
」
盛り上がる老博士たちを 座敷に残し、ワカモノ二人は
静かに退出した。
「 ・・・ ねえ ジョー 」
「 うん なに 」
「 あの カケジクなんだけど 」
「 うん? 」
「 なんか 不思議だと思わない? 」
「 不思議 ? 」
「 ええ。 あのね ・・・ なんていうのかしら
ず〜っとず〜〜っと見ていたい気分になるのよ 」
「 え ・・・? 」
「 それにね ・・・ あの絵は 木がたくさん描いてあるでしょ 」
「 ・・・ うん 」
「 紅葉した木もあるし 奥の方は緑の木が多いわね 」
「 ・・・ うん・・・ 」
「 そこをね ず〜〜っと見てると ・・・ 黄色になった葉っぱが
揺れてる・・ いえ 揺れてるみたいに見えるの。
あれは ・・・ マロニエの木 って思えるのね 」
「 まろにえ? 」
「 そ。 パリの街路樹なんかになってるのよ。
秋になるとね 葉っぱが黄色になってとてもきれいなの 」
「 紅葉? 」
「 そうね〜 でもね 日本のとはちょっと違う黄色 なのよ。
えっと・・・ いちょう でしたっけ・・・ 黄色になるの 」
「 あ うん そうだね。 銀杏だね。
ほら コズミ先生んとこの庭にも でっかいの、生えてるよね 」
「 ああ ああ そうね! あれも素敵だけど・・・
マロニエの黄色はね なんかこう〜 透き通ったみたいなの 」
「 ふうん ・・・ 」
「 その葉っぱが ね ・・・ 見えるの 」
「 え あの掛け軸の絵に? ・・・ 黄色の葉っぱって
描いてあったかなあ? 」
「 奥の方なの。 最初はわたしも気が付かなくて ・・・
お掃除の時とか 何回か見てて・・・ 見つけたのよ 」
「 ふうん 」
「 そしてね その黄色い葉が揺れてるの。
だれかに拾ってください・・・って言ってるみたいに 」
「 ・・・ ヒト は 見えないよね 」
「 ジョー? しっかりしてよ、 あの絵の中には
ヒトは描かれていないでしょう? 」
「 あ ・・・ うん そうなんだけど・・・
でも さ。 あの奥をだれかが すすす・・っと歩いていっても
ちっともヘンじゃないよ? 」
「 そう ・・・ ジョーもそう思う? 」
「 なんとなく ね。 ぼくもさ ついついあの掛け軸 眺めちゃうんだ。 」
「 ・・・ 不思議ねえ 」
「 それに ヘンなこともあってさ。 まあ これは多分夢だと思うけど
」
「 夢? ああ ジョーって あのワシツでよくお昼寝してるわね
なにか 夢 みたの? 」
「 多分ね だからアテにならないけど さ。
でも ・・・ ぼくのサボテンコ も出てきて ・・・
なんか 妙〜〜な気分になっちゃった 」
「 え 夢にサボテンの鉢植えが出てきたの? 」
「 ・・・ そうなんだ。 手入れしてゴハン あげて
床の間に置いて 出掛けてから帰ってきたら消えてて さ 」
「 消えてたって・・・サボテンが? どうして??? 」
「 ウン。 わかんないんだ ・・・
でもさ それで 居眠りしちゃったら夢みて・・・
夢で サボテンコ、 見つけてもらったんだ 」
「 ?? よくわからないけど ・・・ カケジクも出てきたの? 」
「 う〜ん ・・・ そういうワケじゃないんだけど さ
ってか ぼく あの絵の中に居たのかも 」
「 夢の中で、でしょ 」
「 ・・・ うん。 でもめっちゃリアルだったんだ 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 不思議ねえ
コズミ先生がね お家にあった時より絵が変わってるって
おっしゃるの。 」
「 コズミ先生が? 絵が変わってるってどういうことかい 」
「 そうよ。 絵が ・・・ 増えてるのかもって 」
「 ・・・増えてる? 書き足してある? 」
「 でもねえ どう見ても全部一緒に描いてある風に見えるの。
コズミ先生はご自分の勘違いだろうって笑っていらっしゃったけど・・・ 」
「 そっか ・・・ なんか不思議なんだよね ホントに。 」
「 ねえ 日本では古いモノには そのう〜〜 いろいろと
不思議なことがある って聞いたけど? 」
「 そういう伝説とかはあるらしいけど
でもね 伝説だからね〜 本当かどうかは わからないよ 」
「 ふうん ・・・ 」
「 しばらく外しておこうか 」
「 カケジク? 博士にもご相談しましょう 」
「 そうだね 博士はとても気に入っているらしいから 」
「 わたしもね 気に入るというか とてもとても気になるの 」
「 ・・・ うん ・・・ それはぼくも同じだよ 」
二人ともなんとなく 妙な気分になってしまった。
「 ね! 今晩 カレーにしましょうか? ジョー 好きでしょう? 」
「 わお〜 いいね〜〜 」
「 チキンのね 美味しそうなの、買ってきたの。
あ からあげ とかのが 好き? 」
「 う〜〜〜 どっちも好き! まよう〜〜〜 」
「 ふふふ ・・・ ジャガイモやニンジン たまねぎ も
あるから カレーかなあ〜って思ったの 」
「 はい! では カレーに一票!
あ ジャガイモの皮剥きとか 手伝うよ 」
「 ありがとう! そうだわ、 コズミ先生も
晩御飯にご招待しましょう 」
「 あ いいね〜〜 ウチのカレーを味わっていただこうよ 」
「 そうね そうね 」
「 じゃあ そろそろ下拵え、始めようよ?
煮込み時間もかかるよね 」
「 そうね お肉とか常温にしておくわ
」
「 うん。 あ ・・・っと 座敷にサボテンコ、置いてきちゃった
とってくるね 」
「 あ ねえ コズミ先生を晩御飯にお誘いしてくれる? 」
「 了解〜〜 」
カタン ジョーは静かに襖を開けた。
「 コズミ先生 ・・・ あ・・・ 」
座敷では 両博士が将棋盤を挟み静かに対峙していた。
「 ・・・ ( 勝負中 か ) 失礼しました 」
え・・・ 伝言、置いとくか
彼は メモ用紙に伝言を記すとサボテンの鉢の下に挟み
そのまま 床の間に、掛け軸の前に置いた。
ここなら 目につく よな〜
・・・ サボテンコ、 頼むな〜
― カタン。 彼はふたたび そ・・っと襖を閉めた。
カチャ カチャ ・・・ ザ 〜〜〜
「 ・・・ これで洗いもの、完了かな〜 」
ジョーがシンクの前から報告する。
「 ありがとう ジョー。 片づけもお終いよ。
ふふふ 皆 きれ〜〜に食べてくれたから
片づけも楽だったけど 」
「 あは だってさ〜〜 超〜〜〜〜激ウマだったもん♪
今日のカレー 最高さあ 」
「 わたしもそう思うわ 」
その晩、 コズミ博士も一緒に チキン・カレーに皆で
舌鼓を打った。
「 いやあ まことに結構な晩餐に招いて頂きましてなあ〜
いや ほんに美味しかったですよ 」
コズミ博士は 柔和な顔をいっそうやわやわと笑みほころばす。
「 まあ 嬉しい! ありがとうございます、コズミ先生。
うふふ・・・わたしも 今晩のカレーは驚異的にうまくできた、
と思っています 」
フランソワーズは頬を染めている。
「 ああ 本当に、美味しかったよ、フランソワーズや 」
「 ね! 博士。 う〜〜ん ぼく もう なんか ・・・ 」
ジョーは 二回もおかわりをした!
「 ゆっくり煮込んだからかしら。 あ 地元のおいしいチキンが
手に入ったから かもしれません 」
「 ほうほう ・・・ 鶏八 でお求めですか 」
「 あ はい! 海岸通り商店街の ・・・ 」
「 やはり ですなあ。 鶏八は何代も続いた老舗でしてね
ワシが子供の頃から 美味い店ですよ 」
「 そうなんですか! いろいろ鶏の調理法とかも
教えてくださって ・・・ カレーでも全然味が違いますよね。 」
「 ふむふむ ・・・ いやあ ご馳走様でした。 」
「 お話もたくさんできて楽しかったです、ありがとうございます 」
「 ほ・・・・っんと 美味しかったなあ〜〜〜 」
「 ジョー お前はそれだけ かい
」
「 え? だってさいこ〜〜でしたよねえ? 」
「 ・・・ わかったよ 」
「 まあまあ ギルモア君。 ワカモノはいっぱい食べてそれが
全て じゃから・・・ 」
空の鍋を前に 全員がにこにこ・・・ 楽しい夕べを過ごした。
「 さ ・・・ これで完了かな〜〜 」
パンっ ! ジョーは布巾を広げ 窓際に乾した。
「 ありがと〜〜 いい晩だったわねえ 」
「 ウン。 お腹も最高〜〜 」
「 まあ うふふ・・・ あ ら・・・?
」
フランソワーズは 少しばかり首を傾げている。
「 ・・・ ちょっと ヘンねえ
」
「 え なに どうした? 」
「 ジョー。 ねえ 今晩のカレーなんだけど 」
「 最高激ウマだったけど? 」
「 ええ 本当に。 あのね、 わたし6人分くらいの量で作ったのよ。
チキンもお野菜も 沢山用意したわ 」
「 うん・・・? 」
「 そして 4人で食べたわよね? なのに お鍋 ほとんど空だったわ 」
「 あ ぼく お代わりしたから 」
「 ええ それにしても ・・・ 御飯もほぼ カラ。
・・・ わたし達 こんなに食べたかしら 」
「 博士たちは お代わりしなかったよね?
ぼく 二回 お代わり・・・ 」
「 わたしが盛ったから ・・・ ジョーはトータルで二人分くらい
食べたのよ 」
「 あ そうなんだ? きみは 」
「 わたし 一口、ごはんをお代わりしただけよ
だけど カレーも 御飯も ほぼ空よ?
それに ・・・ ねえ お皿。 ・・・ 一枚 多くない? 」
「 え??? 」
ジョーは 食洗器の中を覗いたがまだ稼働中ではっきりはわからない。
「 ・・・ 多分 ・・・ 一枚。 多い
あ スプーンは?? 数えてみる? 」
「 ジョー ・・・ やめて。 多かったら・・・怖い 」
「 ・・・ 別にアヤシイ奴が居たってことじゃないと思うけど
この家のセキュリティーは万全だろう? 」
「 そう なんだけど ・・・ 」
「 気のせい だよ ・・・ きっと ・・・
さあ もう休もうよ あ ぼく、戸締り 見回ってくるね 」
「 お願いね。 わたし キッチンを点検するわ 」
「 了解〜 」
ひとりきりになったキッチンで 彼女はしばらくじっと宙を見つめていた。
誰かが 食べてに 来た ・・・?
― だあれ ?
・・・ いいわ。
ねえ 美味しく食べてくれましたか?
楽しいひと時 過ごせましたか・・・
おやすみなさい ・・・
パチン。 彼女は キッチンの電気を消した。
その夜 そろそろ日付も変わろうとする頃・・・
「 ・・・ やっぱり気になるのね 」
カサリ。 フランソワーズはベッドから起き上がった。
「 明るい ・・? あ お月様 」
彼女はパジャマのまま 窓際にとんでいった。
カーテンの間から 差し込んだ月の光が くっきりと床に伸びている。
「 わあ〜〜 お月様の光ってこんなに明るいのね ・・・
灯りなんかいらないわ〜〜 ふふふ カーテン、閉めちゃうの、
もったいないわ 」
サ −−−−− 彼女はカーテンを全部払った。
「 ・・・ すご〜〜い ・・・ 光の海 ねえ ・・・
あ 『 白鳥〜 』 の四幕って こんな夜だったのかもねえ 」
しばし見とれていたが ・・・・
「 あ いっけない・・・ 気になること!
ちょっと見てくるわ 」
カーデイガンを羽織ると 彼女はそのまま部屋を出た。
コト コト コト。 真夜中の邸の中は 音が大きく響く
「 うふ ・・・ ちょっと怖いみたい ・・・
ううん 平気よ〜〜 ここは ウチだもん、 こ〜わくないっと 」
フランソワーズは 一階の奥へ 座敷へと入っていった。
カタン。 襖を できるだけそっと開けた。
「 ・・・ あれ ? 」
その途端。
部屋の中央にいたジョーの姿が す・・・っと消えた − 風にみえた。
「 え・・?? 」
彼女が あわてて床の間の前に駆け寄った。
そして。 信じられない光景が見えてしまった。
「 ・・・ え そ そんなことって ・・・ ! 」
床の間に掛かるあの掛け軸の中 茶髪の青年が林の奥へと入ってゆく
「 う ・・・そ ・・・? 」
呆然と見つめる中 彼の姿はどんどん小さくなる。
「 だめ! ジョーをつれてゆかないで!
ジョー 戻ってきて! ジョーの家は ここ よ! 」
ジョー −−−−−−−− !!!
サクサク サク ・・・
ジョーは ひたすら歩いていた。
明るい林の中を ただ ただ まっすぐに進んでゆく。
今は 朝なのか 昼なのか よくわからない。
でも それはたいしたことではない、と感じていた。
そして どうして自分がここにいるのか どこへ行くつもりなのか
― それもよくわからない。
でも。 どうしても 行かなくちゃ!
・・・ だって 待ってるから。
あのヒトが 待ってるから・・・
ぼくのことを。
< あのひと > とは 誰なのか・・・ 彼自身もよくわからない。
でも 彼は歩みを止めない。
紅葉の木々の間を通り 緑濃い枝の側を過ぎ 花散る中を行く。
風もなく 暑い日差しもない。 でも 寒くなんかない。
白い空が 頭上に広がっている。
木々の間から ちらり、と水色のスカートが見えた。
「 えっと・・・ あの木の向う だよね。
・・ あ! やっぱり 待っててくれた ! 」
ジョーは 手に持つ植木鉢をしっかりと抱えなおした。
「 サボテンコ。 ねえ サボテンコ。
ぼくの代わりに あのヒトの側にいてあげてくれる? 」
サボテンは ― ほんの少しトゲトゲを揺らした みたいな気がした。
「 行かなくちゃ。 」
彼は どんどん早足になってゆく。
やがて 木々の並びが途切れ 雑草の茂る空き地に出た。
その先に ― あのヒトが立っている。
にこにこ・・・ 彼を ジョーを ジョーだけを 待っていている。
「 遅くなったけど ・・・ ぼく です! 」
「 ・・・・ 」
彼女は 微笑んでいる。
「 あ ・・・ これ・・・ 持ってきたんです ! 」
「 ・・・・ 」
彼女は 優しい微笑を浮かべている。
「 どうぞ これ・・・ 大切に育ててきました。
・・・ これ ・・ ぼくの代わりに ・・・ 」
「 ・・・・ 」
彼女は 鉢を受け取ってくれたが なにも言わない。
― でも
ありがとう ・・・ 大切にするわ
ねえ しあわせ?
あなた いま しあわせ?
「 あの ・・・ ぼく 」
ジョーが その女性 ( ひと ) に 一歩近づいた その時。
ジョー ・・・・ !!
突然 彼の歩みが止まった。 いや 止められた。
「 ??? なんか ・・・ ひっぱられてる・・?
あ あれ・・・? 誰か 呼んでる・・? 」
「 ・・・ ゆきなさい ・・・
」
水色のスカートの女性 ( ひと ) が 言った。
「 え ・・・あの ぼく ・・・ 」
しあわせに ・・・ さよなら ジョー
彼女の微笑とともに そんな言葉ば彼のこころに入ってきた。
え ・・・? ぼくの名前 知ってる・・・?
もう一度、彼が 一歩 そのヒト女性の方向に足を踏み出した とき。
ジョー ! ジョー ・・・・ !!!
さっきの声が また聞こえてきた。
声の主を探そう、と振り返れば その声は耳元で聞こえてきた。
「 ・・・ あ ・・・ ? 」
そこには あの静かな林も 白い空も あの女性も 消えていた。
「 ジョー ・・・! ああ ジョー ・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ フラン ・・・ 」
柔らかな金髪の乙女が 彼を見つめていた。
「 ・・・ ぼ ぼく ・・・ ? 」
「 ああ ジョー ! よかった ・・・
よかったわ 戻ってきてくれたわ ジョー ・・・・! 」
「 え ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ここがあなたの家よ。
ここが あなたのいる場所よ ・・・ ジョー
」
白い柔らかな手が 彼の手をそっと包んでいる。
「 ・・・ ぼく ・・・ の 家 」
「 そうよ。 わたし達の家。 みんなのお家よ 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 」
「 ・・・ フラン ・・・ 」
彼は 泣き出してしまった彼女を こそ・・・っと抱き留めた。
「 ・・・ ここにいる。 きみの側に いる よ 」
座敷は ほんのりと明るい。
隅にある掃き出し窓からも 月の光が差し込んでいるのだ。
ぼくは ・・・ ここで しあわせ です。
ジョーは こころの中で返事をしていた。
二人は 和室の床の間の前で寄り添って座っている。
月明かりの中 ― あの掛け軸の絵は よく見えない。
「 夢 みてたんだ 多分。
林の中で さ。 ・・・ あのサボテンを 預けてきたんだ 」
「 え ・・・ 誰に? サボテン、大事にしてたじゃない? 」
「 ウン ・・・ でもね そのひと・・・好きなんだって。
だから ぼくの代わりに育ててくださいって 」
「 そう ・・・ 」
「 あ ・・・ ご馳走さま って聞こえた ・・・ 」
「 その方が仰ったの? 」
「 ・・・ うん たぶん ・・・ 」
「 そう ・・・ 知ってる方? 」
「 あ ・・・ ううん ・・・ よくわからない や ・・・
でも 知ってた かもしれない ・・・ 優しいヒトだった 」
「 ふうん ・・・ いつか お会いしてみたいわ
あ の ・・・ 一緒に ・・・ 」
「 うん! ・・・ いつか ね ・・・ 」
「 ええ いつか ね 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
あの絵は 眺める人の心の中を 描きだしているのかも しれない。
あれ以来 かけ軸は そうっと仕舞ってある。
そう ギルモア邸のどこかに …
*************************** Fin.
**********************
Last updated : 06,30,2020. back / index
*********** ひと言 *********
ミステリー でも オカルト物 でもありません★
・・・ この国の古いモノには いろいろと ・・・
不思議があるかもなあ〜〜 って ね?
あのヒトは ジョーまま かなあ ・・・