『 大潮 − (1) − 』
タタタタ・・・・・ タッタッタッタッ ・・・・
遠くにいつも聞こえている波の音に混じって 坂道のずうっと向こうから
可愛い足音がふたつ。
いつも真っ直ぐ・まっしぐら!な音にのんびりした音が引っ張られ、一生懸命に着いて来る。
ふふふ・・・ ほうら、もうすぐ。 今 ご門を通ったわ・・・ お庭を横切って ・・・
ポ−チに上がったわね・・・ そうして・・・ 次に、 うん・・・!って 手を伸ばすの・・・
ちっちゃな手がね がんばって 頑張って えい!って・・・!
フランソワ−ズは 思わず洗い物の手をとめて、耳を澄ませてしまう。
多分 懸命に伸び上がってチャイムのボタンに ちっちゃな指を掛けようとしているのだろう。
ほら・・・ がんばれ、 がんばれ〜〜
あらら、 すばるクン? ぼ〜っと見てないで お姉さんを手伝ってあげれば?
もちろん 母の目には 玄関前の光景など見えてはいない。
でも。
ちゃ〜んと。 フランソワ−ズには全部の光景が ・・・・ こころの中で見える。
当然、メカの力など不用なのだ。
いや。 どんなメカよりも母の想いの方が格段に優れているに決まっている。
この邸に住む人々は 皆特別な事情のために特殊な能力を具えてはいたが、
ソレを日常生活に持ち込むことはしなかった。
・・・ いや、その存在すら意識の中から消し去りたいと望んでいた。
いま、彼女は能力 ( ちから ) などまったく使わなくてもちゃんと我が子達の姿が目の前に浮かぶ。
ちゃんと <見える>のよ・・・・
ジョ−と あなた達のことならば。 わたしには いつだってちゃんとわかるの。
フランソワ−ズは大急ぎでお皿を洗い上げると手を拭った。
え〜と。 オヤツのいちご・ゼリ−は冷えたかしらね・・・・
ウチのいちごは美味しいのよ〜〜 でもちょびっと上に垂らすのは
すばるはコンデンス・ミルクで・・・ すぴかは普通のミルクがいいのよね。
冷蔵庫のドアに手を掛けた途端に ―
ピンポ〜〜〜ン ・・・!
「 おかあさ〜〜ん! アタシ! ただいま〜〜 あけて〜〜! 」
玄関のチャイムが鳴り、賑やかな声がインタ−フォンから飛び込んできた。
「 はい? どなたですか〜 お名前を どうぞ? 」
「 アタシ〜〜! あけて、あけて〜 おかあさん! 」
「 しまむら すばる で〜す〜〜 」
「 <アタシ>さん? お名前をどうぞ? 」
「 おかあさ〜〜ん! おさとう と おしお かってきたよ〜〜 ねえ、あけて! 」
「 すぴか、 おなまえ、いわなくちゃ。 」
「 え?? だって〜〜 おかあさんじゃん! 」
「 でも おなまえは? って〜〜 」
「 ・・・ し ま む ら す ぴ か !!! 」
「 はい、ありがとう。 今、開けますよ、しまむら すぴかさん。 」
「 はやくゥ〜〜〜 おかあさん〜〜 」
フランソワ−ズはスリッパを鳴らして 玄関へと駆けていった。
島村さんち の双子の姉弟はこの春にめでたく幼稚園の年長さんに進級した。
今までも元気いっぱいの子供達なのだが、さすが年長クラスになるとぐっと行動範囲も広がっていった。
忙しい母のお手伝いで最近は お使い に挑戦することもある。
今日も ―
「 いい? お塩とお砂糖をお願い。 ほら・・・ この袋と同じの、ひとつづつ買ってきてちょうだい。
わかるかしら。 いつもお母さんと一緒にゆくドラッグ・ストアだから売っている場所も知ってるでしょ? 」
「 うん! わかった、おかあさん。 すばる〜〜 おつかい、ゆくよ〜〜 」
「 ちょっと待って、すぴかさん。 それでね・・・このリュックに入れて持って帰ってくるの。
すばると一つづつ、ね。 ・・・ 重いわよ〜〜 背負えるかなあ?? 」
「 へいき! わあ〜 えんそくのときみたいだね。 アタシ、おしお も おさとう もしょえる〜〜 」
「 それは無理よ。 一人、ひとつでいいの。 すばる、わかった? 」
「 おしお と おさとう〜〜♪ 僕はおさとうがすき〜〜♪ 」
すばるは姉の後ろでにこにこ顔だが どうもイマイチ <使命> についての認識は希薄・・・らしい。
・・・ オトコノコはまだまだ赤ちゃんなのねえ・・・
しょうがない・・・とフランソワ−ズはコドモ達の手をにぎって屈みこみ、じっと目を見つめた。
「 いい? すぴかがお塩。 すばるがお砂糖 を持って帰ってきて?
すぴか、お金はね・・・ はい、あなたのお腹のポッケに入れてゆきなさい。 」
「 は〜〜い ・・・ いれていいよ、おかあさん。 」
「 ・・・ ぽん ・・・! はい、それじゃぼたんをはめてくださいな。 」
「 は〜〜い。 」
すぴかはスモックのお腹にある大きなポケットの ぼたん を掛けた。
「 おつりもね、 ここに入れてきてね。 忘れないのよ。 」
「 は〜〜い。 いってきま〜す! すばる、いくよ〜 」
ぽんぽん・・・とポケットを上から叩いて、すぴかは得意気な顔をしている。
「 あ・・・ う、うん。 きんぎょのき〜すけにいってきます、してくる〜〜 」
「 いいよ、そんなの。 おつかいだもん。 アタシ、さきにゆくよ〜 」
「 ・・・ う、うん ・・・ まって、すぴか〜〜 僕のくつした・・・かたっぽ、ない・・? 」
元気ものでちょっぴりせっかちな姉娘は さっさと玄関に出てしまった。
「 あらら・・・ すぴかさん、ちょっと待ってあげて。 すばる、ほら・・・靴下。 ちゃんと履かなくちゃ。 」
「 う、うん ・・・ うんせ・・・ よいしょ ・・・ 」
「 すばる〜〜〜 はやくゥ〜〜 」
「 今、行きますよ。 すぴかさん、お帽子、かぶった? 」
「 ・・・ まだ。 ・・・いま、かぶった! 」
「 はい。 それじゃ。 二人とも〜〜 お使い、おねがいします!
すぴか、すばる。 絶対にお手々を離しちゃ だめよ? いい? 」
「「 は〜〜い! 」」
コドモたちは色違いのリュックを背負いしっかりと手を繋いでギルモア邸前の坂道を降りていった。
目的のお店は坂の下からの公道沿いにある ドラッグ・ストア である。
母と毎日のように一緒にゆく お馴染みの店なのだ。
「 ・・・ 大丈夫かの。 チビさん達だけで・・・ 」
「 ? 博士・・・ 」
玄関からポ−チに出て見送るフランソワ−ズの後ろで ギルモア博士がうろうろしていた。
「 道は危なくないかの。 二人だけで・・・買い物なんぞできるのかな。 」
「 大丈夫ですわ。 一人づつだとちょっと怪しいのですけども・・・
あのコたち、二人一緒だと不思議と なんとか切り抜けてきますの。 」
「 ・・・ そんなものかのう・・ 」
「 ええ。 すぴかはせっかちのお転婆さんですけど、すばると一緒だと自然にペ−ス・ダウンします。
のんびり屋のすばるはなんでもよ〜く見ているので、お釣りを忘れたりしないんです。 」
「 ほう・・・ なるほどなあ。 ふふふ・・・ お前たち二人みたいなもんじゃな。 」
「 え・・・? 二人って ジョ−とわたし、ってことですか。 」
「 そうじゃよ。 ワシはかねがねお前達コンビは最強だと思っておる。
いや、なに。 物騒な話ではないぞ? お前たちは二人ならどんな時でも安心じゃ。 」
「 ・・・ まあ ・・・ そ、そうですか・・・ 」
フランソワ−ズは ぽう・・・っと頬を染め笑みを浮かべている。
「 そうじゃよ。 どれ・・・ それでは後からチビさん達の <おつかい> 話を聞くことにしよう。 」
「 ええ。 お茶の時間に。 」
「 ははは・・・ 楽しみに待っておるよ。 」
博士は愁眉を開き、スリッパを鳴らしのんびりとまた書斎に戻っていった。
そして 30分も経ったころ。
元気な足音がふたつ、ギルモア邸前の坂道を登ってきたのである。
「 おかあさ〜〜ん ! ひおしがり なの! 」
「 ・・・ おかあさ〜〜ん ! 」
「 はい、おかえりなさい、すぴか すばる。 お使い、どうもありがとう。 」
玄関のドアが全部開くのも待ちきれずに 子供たちが飛び込んできた。
「 おかあさ〜〜ん♪ ぼくね〜〜 おさとうさんだよ? ほら〜〜おさとう♪ 」
「 はい、ありがとう、すばる。 うわ〜〜重い! すばるはすごいな〜〜 」
砂糖の袋いりのリュックを受け取り、 フランソワ−ズはよろけてみせた。
「 へへへ〜〜 僕、ちからもちだも〜ん♪ 」
すばるは砂糖と一緒に 母のスカ−トにぴたっとくっついてしまった。
「 おかあさん! あのね! ひおしがり、しよ! 」
「 はいはい、ありがとう、すぴか。 お塩と ・・・ お釣りは? ああ、ポッケね。 」
「 ・・・うん。 はい、おしお。 おつりは ・・・ えっと〜〜 」
すぴかは自分のポケットから数枚の硬貨を一生懸命 つまみ出した。
「 ・・・ はい、ありがとう、すぴかさん。 さ、二人とも〜〜 オヤツが出来ているわ。
お手々を洗ってウガイ、していらっしゃい。 」
「 うわ〜〜い♪ オヤツ〜〜 」
「 ねえ、おかあさんってば! ひおしがり〜〜 ひおしがり、いきたいぃ〜〜〜! 」
「 ・・・ なあに? ひお・・? 」
「 うん! あのね、どらっぐ・すとあ でオジサンがね、みんなでゆこうよって。 」
「 ??? どこへ? 」
「 だ〜から〜〜 ひおしがり! 」
「 ・・・??? どこのこと? 町の名前なの? 」
「 ちがうよ〜〜 つぎのつぎのどようび、なんだって! 」
「 ・・・ はあ??? なにが次の次、なの? 」
息を弾ませている娘の前で 母はひたすら首を捻っていた。
「 ・・・ ははは・・・ わかったぞ。 」
オヤツの時間に、大騒ぎの <おつかい・ほうこく> を聞き、 すぴかの ひおしがり! を聞き ―
ギルモア博士は 腹をゆすって笑っていた。
「 え・・・ 博士、お判りになったのですか? すごい・・・ 」
「 おじいちゃま〜〜 ねえ、おじいちゃまも〜〜 ひおしがり、いこうよ〜〜 」
「 すぴかや。 そりゃ・・・ しおひがり、 じゃ。 あのな、こう書く・・・ 」
博士はテ−ブルの上にあった新聞の隅っこに さらさらと書き付けた。
潮干狩り しおひがり
「 ??? 潮干狩り ・・・ ですか? ひおし・・じゃなくて? 」
「 そうじゃよ。 おそらく、ドラッグ・ストアの主人は東京・下町方面育ちなのではないかな。 」
「 ・・・さあ〜〜〜??? でも、どうしてお判りなのですか。 出身とか・・・ 」
「 いやなに。 以前な、そちら方面のお人は <ひ> と <し> の発音がごっちゃになる、
と聞いたことがあっての。 」
「 まあ・・・ 日本語っていろいろあるんですのね。 発音の違いまでねえ・・・
あ、それで。 潮干狩りって・・・ なんですか? 」
「 うん? ああ・・・ お前の国ではやらない・・・か。 パリは海からは遠いからなあ。 」
「 夏のバカンスには家族と海で過したこともありましたわ。 でも 潮干狩り・・? 」
「 今時分の季節で 大潮の時にな、海辺に繰り出して貝を掘るレクリエ−ションじゃよ。
この国のお人らは幼い頃から海に親しんでおるでの。 」
「 貝・・・ですか?? あのう、アサリ とか アワビ とか? 」
「 アワビ・・・は無理じゃろうが。 アサリやらハマグリなどが獲れるらしいぞ。 」
「 まあ、そうなんですか。 でも ・・・ すぴか、そのことを誰に聞いたの。 」
「 あのね どらっぐ・すとあ のおじさん。 みんなでおいで〜って。 」
「 ??? ドラッグ・ストアの? あ、は〜〜い、今行きます〜〜〜 ! 」
「 おかあさん、だれかきた! アタシ〜〜 おげんかんにゆくよ〜〜 」
ぴんぽ〜〜〜ん・・・! と鳴ったチャイムに、姉娘は鉄砲玉みたいに玄関に飛んでいってしまった。
「 あ・・・待ってちょうだい、すぴか〜〜 」
母も慌てて娘の後を追って行く。
「 ・・・ おかあさんも〜 すぴかも〜 はやいなあ〜 」
「 すばるは行かないのかな。 」
「 うん、おじいちゃま。 ぼく、はしるのおそいんだも〜ん。 まってる〜。 」
「 ほう・・・? ま、それぞれの役割があるもんじゃな。 」
博士は くるりん・・・と跳ね上がったすばるの髪を撫ぜた。
「 お父さんによう似ておるなあ。 うん ・・・ お前も将来、男前になるぞ。 」
「 ・・・ おとこまえ?? なにが まえ なの? おとうさんも〜 おじいちゃまも〜 僕、だいすき〜〜 」
「 そうか そうか・・・ 」
ぴょこん・・・とお膝に登ってきた幼子を抱き寄せ、博士はもうくしゃくしゃの笑顔である。
玄関では母と娘が ごちゃごちゃやっている。
「 ・・・ すぴか、すぐに開けないのよ。 」
「 うん、しってるよ。 < はい、どなたですか > 」
すぴかは気取った声で インタ−フォンに向かって喋っている。
「 こんにちは! 町内会の回覧板です〜〜! 」
「 おかあさん、あけていい? かいらんばん、だって。 どらっぐ・すとあ のおばちゃんだよ。 」
「 まあ、すぴか。 どうして判るの? 」
「 だってこのこえ・・・ おばちゃんのこえ だもん。 ねえ、あけていい。 」
「 ・・・ いいわ。 はい〜〜 今、開けますね〜〜 」
がちゃり・・・
見た目、ありふれた木製のドア ― 実はレーザーも通さない鉄壁の防護扉 ― が少々軋む。
すぴかはいっぱいに開け放ち、大きな声でご挨拶をした。
「 おばちゃん、 こんにちは! 」
「 はい、島村すぴかちゃん、こんにちは。 島村さんの奥さん〜〜 こんにちは! 」
< どらっぐ・すとあ > のおばちゃん がにこにこ顔で立っていた。
「 へええ・・・・?? それで ・・・ これが それ、なのかい。 」
「 そうなのよ。 今までポストに お知らせ が入っていたことはあるけど・・・
こういうのって初めてよ。 ・・・ 日本では普通なの? 」
「 う〜ん・・・ そうだねえ。 都会ではもう見られないらしいけど。 この辺りはまだまだ長閑だからな。 」
ジョ−は なんだか懐かしそうに手にした板を眺めている。
そう・・・・ ドラッグ・ストアのおばちゃん が持ってきたのは町内会のお知らせ ― 所謂回覧板だったのだ。
「 そうか〜 町内会、ねえ・・・ うん、今でもちゃんと活動しているんだなあ。 」
最近 彼は帰りが遅く、コドモたちとは <おやすみなさい> も言うことができない毎日なのだ。
その夜も 日付の変わるころにやっと夕食をすませ、やれやれ・・・とリビングのソファに寛いでいた。
フランソワ−ズが彼のお気に入りの玄米茶を淹れ、湯気のたつ湯呑みを運んできた。
「 潮干狩り遠足 海岸通り町内会主催 か。 ああ、これか〜 すぴかの ひおしがり は。 」
「 ええ、そうなの。 博士に伺ったわ。 <ひ> と <し> のことや、アサリ と ハマグリ のことや・・・ 」
「 は?? ひ と し ?? 」
「 あ・・・ううん、それはどうでもいいのだけれど。 すぴかがね、この遠足に行きたい〜〜ってもう大変。 」
「 ははは・・・ それで すばるは? 」
「 すばるはね、すぴかの言うことならなんだって <うん、いいよ> なんですもの。
でもね〜〜 二人とも 潮干狩り がなんだか全然わかってないのよ。 ・・・わたしも、だけど。 」
「 あははは・・・ いいじゃないか、皆で参加しようよ? えっと・・・ 丁度土曜日だし。
場所は ・・・ なんだ、すぐ近くじゃないか。 」
「 ええ、そうなんだけど。 ・・・・ でも、本当にいいの、ジョ−。 この日・・・ 」
「 うん、仕事の予定もないし。 いいね、たまには海辺で遊ぼうよ。 」
「 あの・・・ この日って・・・ 16日なのよ? ジョー、あなたのお誕生日よ。
皆で大人のところへ行こうか・・・って言ってたでしょう。 ケーキ、焼いたり・・・ 」
「 ああ・・・ うん、いいよ。 潮干狩り で楽しんで貝尽くしの晩御飯〜 ってのもいいかも、なあ。 」
「 ・・・ 貝尽くし〜〜 ? え・・・ どうしましょう、わたし、貝のお料理って・・・・
クラム・チャウダ−くらいしか知らないわ〜〜 」
「 いいよ、いいよ。 ぼくがアサリの味噌汁とか酒蒸しでも作るかな♪ ふふふ〜 酒の肴に美味いんだ〜 」
「 まあ・・・ そうなの? でもお誕生日の主役なのに。 本当にいいの、ジョ−。 」
「 モチロンさ。 こうやって・・・ きみとコドモたちが居てくれれば。 それがぼくにとって最高だもの。 」
ジョーはするり、と彼の細君の腰に手をまわした。
「 島村家もさ、どんどんご近所の催しに参加しようよ。 コドモ達だって行動範囲も広がってゆくし・・・
頼りになるご近所さん達と知り合いになっておくことも大切だと思うな。 」
「 そうねえ・・・ なにかあった時にも、ね。 」
「 うん。 ぼく達、普通の家族なんだもの。 ・・・ね? ぼくはぼくの奥さんを見せびらかしたいし♪ 」
「 ・・・ あ・・・ん、もう・・・ 」
ジョーはきゅ・・・っと彼女を引き寄せると 桜ん坊より魅惑的な唇にキスをした。
「 ふふふ〜ん・・・・ そうだ、大人も呼ぼうか? 貝料理とか・・・詳しいかもしれない。 」
「 あ、そうね! それに、お店の宣伝をご近所の方々にしてもいいわね。 」
「 うんうん・・・ ぼくの遠縁の伯父さんってことにすれば。 」
「 ええ、ええ。 うわ〜〜 すごく楽しみだわ〜〜 」
「 ・・・ えっへん♪ ぼくとしましては。 今晩のお楽しみに集中したいで〜す♪ 」
「 あ・・・・ やだ、こんなトコで〜〜 もう〜〜・・・ 」
ジョーはするり、とブラウスの襟元に手を差込み 巧みにボタンを外し始めた。
「 気持ちのいい季節になったし♪ たまには・・・ 違う場所で、ってのも・・・ んんん・・・・ 」
「 ・・・ っ! そ、そんなトコから ・・・ く ぅ ・・・ 」
「 ふふふ〜〜ん♪ なにごとも中途半端ってのは余計にそそられるよな・・・ うん、それじゃ・・・ 」
「 ・・・ きゃ・・・! ジョー・・・ったら 急に ・・・ 」
長い指がスカートの裾を捲りあげ、雪白のレースの付いたキャミソールを掻き分ける。
「 ・・・ あ。 ぼく・・・もう待ちきれない ・・・ かも ・・・ ! 」
「 ま。 お行儀のわるい。 ・・・ 続きはベッド・ル−ムで、よ。 ・・・ じゃあね〜 」
「 あ〜〜 ふ、フランソワ−ズぅ〜〜 」
ジョ−のお相手はするり、と彼の腕から抜け出し、ささっと身じまいをしてしまった。
・・・ こうゆうトコ、ほっんとうに <レディ> なんだよなあ〜〜
普段はもうほとんど気にも留めなくなってる < ちがい > を、ジョーはこんな時に感じ取る。
彼女はやはり。 良くも悪くも 少し古風な淑女、なのである。
ふ〜ん・・・ でもさ、 そんなキミが さ。 夜 にはさ 二人っきりの時には さ ・・・
ぼくにだけ見せるあの表情とか〜 へへへ・・・ もう最高だよ〜〜
ジョーは妙な恰好のまま、 ひとりにんまり・・・していた。
「 ・・・ ジョー? お湯呑み、ちゃんと洗ってキッチンの電気、消してきてね〜〜 」
「 はいはい・・・奥さん、 了解ですよ〜 」
廊下から聞こえた声に返事をし、ジョーはよいしょ・・・!とソファから起き上がった。
夜が更けても もう冷たい空気が忍び込むこともない。
ジョーは素足のままキッチンに湯呑みを持っていった。
ざざざざ ・・・・・ ざざざ ・・・
下の海岸縁で 松並木が波の音に負けじ・・・と枝を揺すっている。
五月の夜は すこしばかり艶めいた色をしていた・・・
「 ホッホ 〜〜〜 島村さんちの 嬢やに坊〜〜 元気アルか〜〜 」
「「 うわあ〜〜〜い♪ 張伯父さん〜〜〜 」」
五月の真ん中の土曜日、張大人は軽快な中国服に身をつつみギルモア邸に現れた。
双子達は駆け寄って跳びつき、大歓迎である。
「 ほっほ〜〜 いっつも元気でええなあ〜〜 」
「 いらっしゃい、張大人! ごめんなさいね、土曜日なのにお誘いしたりして・・・
お店・・・忙しいのでしょう? 」
「 フランソワ−ズはん、相変わらず別嬪さんやねえ〜〜 ほっほ・・・ ええってええって。
ワテもたまには自然の中で過したい、思うてたさかい。 今日はな、た〜んとお日さんと遊びまっせ。 」
「 大人〜! ありがとう。 もうチビ達がさ、大騒ぎでねえ・・・ 」
「 ほっほ。 ジョ−はん〜〜 ほんまに騒ぎたいんはあんさんの方やないか〜? 」
「 あは、そうかも。 潮干狩り、なんて小学生のころ教会のボランティアさん達と行っただけ、かなあ。 」
「 わたしなんか生まれて初めてですもの。 コドモたちと一緒にね、も〜〜わくわくしているの。 」
「 み〜んな同じやね。 今日はご近所の衆も見えはるんやろ? 」
「 そうなんだ、ここの町内会主催でね。 だいたい・・・大人・コドモあわせて20人くらいだって。
ここのすこし先に <観光潮干狩りの浜> ってのがあって、そこに繰り出す予定だよ。 」
「 ほい、そんなら ・・・・ コレは皆はんのオヤツやで〜〜 」
よいしょ・・・と大人は大きな風呂敷包みを足元から持ち上げてみせた。
「 え・・・ それって張々湖飯店の? 」
「 はいな。 特製 粽 ( ちまき ) や。 あと・・・ 坊のために桃饅 と 嬢やに胡麻煎餅。
これはおっちゃんとしては忘れるわけにはゆかへんよってな〜〜 」
「 まあ・・・・ ごめんなさい、気を使わせてしまったわね・・・ 」
「 な〜んの なんの。 ワテはな、今日はこの国のお人らのお好みの <貝> について
ぎょ〜さん情報をもってかえろう、とも思ってるさかい。 」
バチン・・・!と大人はちっこい目でウィンクをしてみせた。
「 ほう・・・ さすが、大人じゃな。 ワシはイワンと留守番をしておるから・・・・
土産話をたのむぞ。 」
博士もはや、満面の笑みである。
「 博士・・・ お宜しければお茶の頃にでもお散歩がてらいらっしゃいません?
ほら・・・煙草屋のご隠居さんもお見えになるってことでしたわ。 」
「 ほう・・・ そうか? ま・・・ その時に考えような。 」
「 是非。 さ〜て、そろそろ出かけましょうか。 あなた達〜〜 自分の荷物、持った? 」
「「 は〜〜い♪ 」」
双子はお揃いの水筒と色違いのリュックを背負っている。
・・・ リュックには。 タオルと ・・・ ナイショなのだが ぱんつ が入っていた!
「 おべんとうは? おとうさん。 」
「 ああ、お父さんがみ〜んなの分、もってゆくよ。 お母さんが作ってくれたお弁当さ。 」
「 オヤツは〜〜〜 オヤツ♪ おとうさ〜ん。 」
甘党のすばるは お弁当よりオヤツが気にかかるらしい。
「 オヤツはお母さん。 お父さんは、クーラー・ボックスも持ってゆくからね。 」
「 うわ〜〜い、うわ〜い ひおしがり〜 ひ おし〜がり♪ 」
「 すばる、 しおひがり、だよ。 」
「 え〜 だってすぴかもおかあさんも ひおしがり っていってるよ。 」
「 そりゃ 二人とも間違っているのさ。 しおひがりが正解。 」
「 ジョー? すばる〜? お支度はいいの。 そろそろ出かけましょう?
集合場所はドラッグ・ストア前でしょ。 」
「 あ、 おかあさ〜〜ん ! 」
甘えん坊のすばるは 母の側に飛んでいってしまった。
「 フラン。 それじゃそろそろ行くかい。 ・・・ うわ〜お ・・・ 」
ジョーはリビングに入ってきた細君の姿を見、思わず口笛を吹きかけ・・・慌ててひっこめた。
ヤバ・・・ ウチの奥さんは子供の前では なかなか厳しいんだよな〜
その <ウチの奥さん> は。
バミューダ・パンツにフレンチ袖のTシャツ・・・すんなり伸びた白い脚とほっそりした腕が
五月の光に 余計に眩しく見えた。
う ・・・ ! こりゃ もっとヤバいよ〜〜
おい〜〜 そんな魅惑的な足、お天道様とヨソのオトコ達の前に晒すなって・・・!
・・・うわ〜〜 胸元、ヤバいよ〜〜 くらくらしちまうって・・・!
「 うおっほん・・・! あ〜〜 フラン? 海岸は陽射しが強そうだよ?
この時期の紫外線は真夏なみ・・・っていうからね、そんな恰好だと日焼けするぞ。」
「 え? 日焼け・・? あら、そんなの。 ・・・ いいのよ、わたし、もうオバチャンですもの。
気にしないわ〜 」
「 おかあさんは〜 おばちゃん じゃないよ。 」
「 え? あ、そうだよね〜 すばる。 お母さんはいっちばんキレイなお母さんだよね〜 」
「 うん♪ おかあさん、いちばんキレイ♪ 」
「 ま〜〜 アリガト、すばる。 んんん〜〜〜 」
「 えへへへ・・・・ おかあさ〜〜ん いいにおい〜〜♪ 」
すばるはほっぺに盛大に ちゅ〜〜っとキスをもらって ご機嫌である。
あ、アア〜〜〜! な、なんだよ〜〜〜
ぼくの奥さんのキスをもらって そんな嬉しそうな顔してさ・・・!
ジョーは妻と息子の間にずん・・・!とパーカーを差し出した。
「 ほら・・・ これ。 ちゃんと羽織ってゆけよ。 いいトシして 腕とか・・・胸元とか・・・
剥き出しにするもんじゃないぞ。 」
「 ・・・ え ・・・ 海に入るのでしょう? 濡れてしまうわねえ・・・ 」
ぶつぶつ言いつつも フランソワーズは素直にパーカーに袖を通した。
「 おとうさ〜〜ん おかあさ〜〜ん! はやく〜〜しゅっぱつ、しようよ〜〜 」
玄関の外から 娘の甲高い声が呼んでいる。
せっかちなすぴかは もうとっくに準備万端 張伯父さんをひっぱって玄関前のポーチで待機中だ。
「 お〜う、 今ゆくよ。 さ・・・ 忘れ物はないかな。 」
「 えっと ・・・ オヤツの袋と ・・・ 救急用品とタオルと。 あと ・・・ はい、準備完了♪ 」
「 ・・・僕はぁ〜 りゅっく と すいとう、です。 あ・・・おぼうし・・・どこなあ〜 」
「 あら、もうちゃんとかぶっているでしょう? 」
「 あ・・・ そっか。 すぴか〜〜 いま、いくね〜〜 」
「 すばる〜〜 はやく〜〜!!! 」
「 もう・・・ 本当にあのコはせっかちねえ。 もっとお淑やかになってくれないかしら・・・ 」
「 あはは・・・そりゃ・・・ちょっと無理ってもんだろ。 なにしろ きみの娘だからな。 」
「 あら。 どういう意味ですか、島村ジョーさん? 」
「 え・・・っと。 さ、時間、時間〜〜っと。 それじゃ 出発しよう。 」
「 うわ〜〜い♪ ひ おし〜がり〜〜♪♪ 」
親子と張伯父さんは おじいちゃまに <イッテキマス> のご挨拶をして
ご門からのだらだら坂を 皆で一緒に下りて行った。
「 おはようございま〜す! どらっぐ・すとあ のおじさ〜〜ん! 」
「 おう! お早う! すぴかちゃん〜〜 」
「 あ・・・ お早うございます、島村さん。 」
ドラッグ・ストアの駐車場には <潮干狩り隊>の大半が集合していた。
町内会、といってもなにせ辺鄙なこの地域、かなり広い範囲の地域が含まれている。
<初めまして> のヒトも結構いるのだ。
「 あ・・・ ガイジンさん? あれ〜 ダンナも奥さんも日本語、上手だねえ・・・ 」
「 あ〜、あのすぴかちゃんのお家ね? まあまあ・・・ きれいな奥さんだこと。 」
「 いや〜〜 ワシが町内会長のタナカですじゃ。 どうぞ宜しく。 」
「 島村です。 こちらこそ宜しくお願いします。 これ・・・ウチの女房とコドモたちです。 」
ジョーは年配の <会長さん> にきちんと挨拶をした。
「 初めまして・・・ 島村の家内でございます。 今日は宜しくお願いいたします。 」
「 おお〜〜 よう、いらした。 楽しい一日にしましょうなあ〜 」
「 おう、これはご丁寧に・・・ 別嬪さんの奥さんで、羨ましいですな〜〜 」
深々と頭をさげ、礼儀正しい島村夫人に、町内会のオジサン達は相好を崩している。
「 こんにちは! しまむら すぴか です! これ・・・ すばる。 おとうと です。 」
「 おお おお・・・ はきはきと賢い嬢ちゃんじゃなあ〜 すぴかちゃん、か。 」
「 は〜い。 すばる? こんにちは、した? 」
「 ・・・ あ ・・・ こんにちは。 僕 しまむらすばる。 」
「 おう、おう〜〜 お父さんによく似てるねえ。 さあ〜 これで全員揃ったかな。 」
ジョー達と同じに若夫婦にコドモ連れ・・・という家族も何組かいて、
全員でわらわらと < 観光・潮干狩りの浜 > に向かって出発した。
なにせ ・・・ 海沿いの街である。 遠足、といってもほんの目と鼻の先 ・・・
しかし大勢で繰り出せば また楽しみも全然ちがう、というものだ。
浜に着けば、干潟が大きく広がっていた。
今日は 大潮 ― 普段よりも大きく潮が引き広く浜辺が現れる日なのだ。
「 ・・・ うわぁ〜〜〜 ・・・・ おすなば みたい・・・ 」
「 おとうさん ・・・ うみがいなくなってるよ? どこにいったの? 」
海のすぐ側に暮らし、潮騒を子守唄に聞いて育ったコドモ達なのだが、初めて見る大潮の浜辺に
目をまんまるにしている。
「 お砂場、かあ。 なるほどねえ・・・ 今はね、引き潮なんだ。 そして今日はう〜〜〜んと引き潮になる
<大潮>の日なんだよ。 」
「 ・・?? よくわかんないケド。 ここはず〜っとお砂場になるの? 」
「 いいや。 午後になればまた潮が満ちてきて ・・・ そうだな、 <海が帰ってくる> んだよ。 」
「 ふうん? ここで ・・・ ひおしがり するの? 」
「 なにかいるの? あ、おいもほり なのかなあ〜〜 」
「 あっはっは・・・・ チビさん達や、おっちゃんが一緒に 貝の掘り方 を教えてやろう。 おいで。 」
「 え・・・ <かい>? おとうさん、いっていい。 」
「 ああ、教わっておいで。 すみませ〜〜ん、お願いします〜〜 」
ジョーはコドモ達の < 潮干狩り・コーチ> を 商店街の薬局のオヤジにお願いした。
「 ジョー・・・・? ねえ、貝はどこにいるの? 貝殻を拾う時には波打ち際をさがすけど・・・・
活きてる貝って・・・どこに住んでいるの。 」
「 フラン・・・ ちゃんとパーカーを羽織ったかい・・・ うわわわ・・・・!? 」
ジョーは細君の声に振り返り ― 危うく濡れた浜にシリモチを突くところだった・・・!
彼の後ろには
特大の 麦藁帽子 ( 博士、愛用のもの ) をかぶり、中に垂らした手ぬぐいでしっかりとうなじをカバー、
あまつさえ、濃いサングラスを掛けた < 完全しおひがりスタイル > の女性が立っていた。
「 なあに? どうしたの。 なにか・・・足元にいた? 」
「 い・・・・いいいいいや。 ちょっとキミのスタイルに驚いた・・・ダケ・・・ 」
「 え? だあって! わたし、もうオバチャンなんだもの、しっかり紫外線を防がないと・・・
さっきジョーもそう言ったでしょう? ドラッグ・ストアの奥さんが教えてくださったの、この恰好。 」
「 あ・・・・ さいですか・・・ ( う〜〜ん・・・きみの顔がみれなくてちょっと残念・・・ )
あ! 貝、だよね。 貝はね、この砂の中にいるから ・・・ こうして・・・ 」
「 あら・・・ な〜んにもいないわよ? 」
「 あれ。 じゃあ・・・この辺りを ・・・ えい・・・! 」
「 ・・・ お留守でした。 ここには住んでいないのじゃない? 」
「 そんなバカな・・・ こうゆうトコはちゃんと養殖しているんだぜ、普通・・・ 」
「 へえ・・・ もともとこの浜に居る貝を捕まえる、のじゃないの? 」
「 うん。 ムカシはそうだったらしいけど。 今はね〜・・・
う〜ん、どうして一個も見つからないのかなあ・・・ ねえ・・・フラン。 ちょこっとだけ、さあ・・? 」
「 ・・・ だめです。 」
「 え〜〜 いいじゃないか、ちょこっと・・・ 方向だけでも〜〜 頼むよ〜 」
「 だめです。 これは 貝と人間との真剣勝負ですから。 ズルは許されません。
自分自身のチカラで見つけてください。 わたしももちろん! 公明正大に勝負いたします。 」
「 ・・・ 貝と勝負、ねえ・・・ ま、いいけどさ。 う〜ん、今晩の<アサリの酒蒸し>分くらいは
堀当てないとなあ〜〜 」
「 ふふふ・・・ ジョ−ってば、釣とかいつだって ぜ〜んぜん・・・ですものね。 」
「 あ〜〜 言ったなあ〜 よし! 見てろよ〜〜 味噌汁にクラム・チャウダー、深川飯にヌタ・・・
今晩は貝尽くしにしてやる〜〜 」
ジョーは猛然と周囲の砂浜を掘り返し始めた。
「 あらら・・・ もう〜ムキになって。 へえ〜〜 貝ってこんなトコに居るのねえ・・・
あ・・・! ほら〜〜 こんなに居たわ〜〜 きゃあ♪ 」
フランソワーズも 町内会備え付けのクマデで足元の砂浜を引っ掻き始めた。
「 わあ〜〜 すごい、すごい〜〜 」
「 おう、すぴかちゃん、上手いぞ。 その調子だ。 」
「 ぼくも〜〜 これ・・・貝? 」
「 そうだよ、坊。 ほれ・・・こっちにも居るぞ。 」
コドモ達の ― いや大人たちも大はしゃぎなのだが ― 歓声が 海辺にひろがっていった。
「 ほうほう・・・? 中華飯店ですか。 」
「 ハイな。 中華街のちょこ〜っと中心からはハズレておますけどな、ちっさい店、やらせてもろとります。 」
「 ほうほう・・・ で、お勧めはなんですかな。 」
「 イチバン人気は当店自慢のラーメンでっせ〜。 もっともっとお客はんのお口に合うようにせな・・・
今日は、地元の皆はんに美味しい貝料理を教えて頂こ、思いましてなあ。
ご一緒させてもらいました。 」
「 貝って アンタ・・・ 地元ではたいがいは味噌汁とか酢味噌の和え物だなあ。
若いヒトらは すぱげてい〜 とか しちゅ〜 とかにもいれてるけど・・・ 」
「 ふむふむ・・・・ そんでも、ラーメンと一緒にはあきまへんやろか。 」
「 う〜〜ん、案外新鮮で美味いかも、ですな〜 この浜のアサリは美味いですよ。 」
張大人は町内会の世話役サンらと話が弾んでいる。
「 お〜〜い! 話し込んでばかりいないで・・・ 浜に出ませんか〜 ! 」
「 おう! 今、ゆくぜ〜〜 さ、どうです? 貝と直に勝負してみては? 」
「 ハイな〜〜 こりゃ、楽しそうでんな〜〜 」
大人もビーサンになると オッサンたちと浜を掘り返し始めた。
「 あ〜〜 張伯父さ〜〜ん! ね、ね、みて〜〜 すぴか、こんなにいっぱい とった! 」
「 あいや〜〜 こりゃ仰山獲れましたな〜〜 」
「 うん♪ ねえねえ うみって〜 いろんなモノがいるんだね〜 」
「 そうやで。 魚だけやないで、こんな貝もおるし、蛸やら烏賊やら、若布も海の<生き物>なんや。 」
「 ふう〜〜ん ・・・ もっとうみのなかに いってもいい? 」
「 ちょっとだけ、やで。 足首が浸かるとこ、まででっせ。気ィつけな、あかん。 海もな、生き物 やさかい。 」
「 は〜い・・・ うわ〜〜 うみ、ぬるい〜〜 」
「 ほっほ・・・ おんや? 坊はどないした。 どこにおるかいな。 」
「 すばる? う〜んと・・・ さっき ・・・ あ〜〜! あんなトコにいる〜〜 」
「 アイヤ〜〜 坊〜〜 すばる坊〜〜 ! 一人でずんずん行ったらあかん! 」
「 すばる〜〜 ! すばるってば〜〜 」
「 ・・・ え? なに〜〜 すぴか・・・ あ!? 」
すばるは貝を捕るのに夢中で、足元しか見ていなかったのだ。
潮干狩りでは誰もがそんな感じだし、遠浅の浜辺なのでそんなに心配は要らないのだが。
すばるは自分のいる位置に びっくりしてしまっている。
「 すばる坊! 今、行くで。 じっとしてるんや〜〜 ! 」
「 ・・・ う・・・うん。 あ・・・僕の ガリガリ は〜 ? ・・・ あ・・! 」
ぼっちゃん ・・・・!
小さな熊手を捜し、キョロキョロした途端に ― すばるはみごと、海にシリモチをついた・・・!
「 ・・・ あ〜あ・・・ 沈没やなあ・・・ ほい、しっかりせなあかんで。 」
「 ・・・ う・・・っく ・・・ 」
張大人はざぶざぶと海に入り、浅瀬に座り込んでいたすばるをひょい、と摘まみあげた。
「 お。 お父はんと一緒やな〜〜 水もしたたるエエオトコ、やで。 ほい、ほいほい〜〜 っと。」
笑いつつ 張大人はすばるを海から連れ出した。
「 うわ・・・ すばる〜〜 ぱんつまで・・・ぐっちょ? でもつめたくないよね〜 」
じゃばじゃばついてきたすぴかも なんだか笑いだしそうだ。
「 ・・・ うっく・・・! うえ〜・・・うえ〜〜〜 ん ええ〜〜〜ん 」
「 あ〜れえ・・・ またなきむし・すばる がはじまったよ〜う。 なきむし〜〜 ! 」
「 こ〜れ、嬢や。 そんなコト言うたらあかんて。 坊は ちょ〜っとびっくりしてまんのんや。 」
「 え〜 だって じゃぼん、ってやっただけじゃん? あ・・・ お母さ〜ん 」
「 お? フランソワーズはん。 さすがお母はんやな。 すぐに見つけはった。 」
「 すぴか。 どうしたの? すばるの泣き声が聞こえたけど・・・? 」
「 フランソワーズはん。 大事、おへんで。 坊はちょいとこけただけや。 」
「 まあ、そうなの。 な〜んだ・・・ よかったわ。 」
「 ・・・ うえ〜〜〜ん ・・・ おかあさん、 おかあさ〜〜ん・・・! 」
すばるはびしょびしょのオシリのまま、母に抱きついた。
「 あ〜らら・・・ しっかり濡れちゃったわねえ〜 ほら、泣かないのよ、すばる。
泣かなくていいの。 ちょっと転んじゃっただけでしょう? 」
「 ・・・ うっく ・・・ でも・・・ オシリ・・・ ぱんつ つめたい〜〜 」
「 大丈夫♪ お母さんね〜 ちゃ〜んと・・・ 換えのぱんつ、持ってきたのよ。 」
「 え・・・・ そ、そうなんだ〜〜 」
「 そうよ。 海に行くのだもの、転んじゃったりするかな〜って思って。
すぴかのぱんつもちゃんと持ってきたわ。 だからほら・・・もう泣かない。 」
「 ・・・ う・・ん ・・・ うっく・・・ 」
「 あっちに水道があるみたいなの。 ざっと洗ってぱんつ、換えましょうね。 」
「 ・・・ うっく ・・・ うん ・・・ お母さん、いっしょにいって・・・ 」
「 ええ。 すぴかさん、お母さん、ちょっと離れるけど。 張伯父さんの側にいるのよ。 」
フランソワーズは お気に入りの赤いバケツを持っている娘に声をかけた。
・・・ なぜかいつも元気はすぴかは むすっとしていた。
「 すぴかさん? 聞こえたの。 」
「 ・・・おとうさんのも? おかあさんのも? もってきたの? 」
「 え? なあに。 なにが おとうさんの、と おかあさんの、なの? 」
「 ・・・ ぱんつ。 」
「 ・・・え?? お、お父さんの ・・・ ぱ・・んつ? い、いいえ・・・ 」
「 どうして。 」
「 だって ・・・ お父さんもお母さんもオトナだから・・・ 海にシリモチ、ついたりしないもの。 」
「 ・・・・ ふうん ・・・ アタシだってもうあかちゃんじゃないもん。 ぱんつ・・・いらないよ! 」
「 え、ええ、そうね。 すぴかはお姉さんだものね。 偉い偉い。 じゃあちょっと待っていてね。 」
「 ・・・ うん。 」
いけない、いけない・・・ すぴかは <おねえちゃん> なのよね。
双子でも意識の持ち方が全然違うのよねえ・・・ こっちはまだまだ赤ちゃんだし・・・
フランソワ−ズは自分のパーカーの裾をぎっちり握っている息子にちら・・・っと目をやった。
「 ささ、 嬢や? そのバケツ、見せてェな。 貝は仰山とれたアルか? 」
「 うん! 張おじさん。 みてみて〜〜 ほら・・・ こんなにおっきいのもとったよ。 」
「 ほう〜〜 お? コレはハマグリやなあ。 すごいな、さすがに姉さんやな〜〜 」
「 えへへへへ・・・ そっかな〜〜 」
すぴかのご機嫌はたちまち直ったようである。
張大人〜〜〜 ありがとう・・・!
な〜に。 しっかりモノでも まだチビさんや。
う〜んと褒めたってや。 おかあはんの ぎゅ・・・っ!が嬢やも大好きやさかい・・・
<仲間>の二人は目と目だけで ちゃんとハナシが通じるのだった。
「 お〜〜い・・・・! 海岸通り・町内会のみなさ〜〜ん! そろそろお弁当にしましょう! 」
浜辺で町内会会長のタナカ老が ドラ声を張り上げている。
「 ・・・ あらあ。 もうそんな時間なのかしらねえ。 すぴか〜 すばる〜 ??? 」
「 おかあさ〜〜ん! アタシ、ここ! ここ! 」
すぐそばで 娘の甲高い声がした。
「 おかあはん、ダイジョウブやで。 嬢やも坊も ワテの側におるで。 」
「 まあ、大人〜〜 ごめんなさい ! 」
いっけない・・・ 気をつけているつもりだったけど。 つい、貝探しに夢中になっちゃった・・・
浅瀬でも海は危ないって よくママンが言っていたっけ。
「 うんにゃ。 ほんなら そろそろお弁当さんにしまひょ。 ・・・ あれ、チビさんらのおとうはんは? 」
「 え・・・? あら? ジョー?? ・・・どこへ行っちゃったのかしら。
ついさっきまで そこで掘っていたのだけど・・・・ あらあ〜〜 ? 」
うんしょ・・・っと腰を伸ばし、ずず〜〜っと見回したが。 ジョーのセピアの髪は何処にも見当たらない。
「 へんねえ・・・・ 先に上がったのかしら。 ジョーーーーォーーーー !! お昼御飯よぉ〜〜! 」
「 おかあさん。 おとうさんは? 」
「 どこへ行ったのかしらねえ? すぴか、知らない? 」
「 ・・・ しらない。 すばる〜〜 おとうさん、 みた? 」
「 僕。 みない。 ・・・ おとうさん ・・・ おとうさん・・・ 」
「 あ〜〜 またなきむし・すばる〜〜 おかあさん、 アタシがよんでみるね。 」
「 そう? それなら ・・・ お願いするわ。 」
「 うん。 」
すぴかは す〜〜は〜〜 す〜〜は〜〜〜 ってお口を大きく開けて しんこきゅう して。
おと〜〜〜さ〜〜〜〜ん !!! す ぴ か のおとうさ〜〜ん ど こ ?!
「 ・・・ なんだい? 」
ザバ・・・・!
フランソワーズの少し先の海面から突如 セピアの頭が浮かべあがってきた!
「 ?! き・・・きゃあ〜〜 」
「 ・・・うわ! な、なに〜〜おかあさん?? くじら・・・? 」
「 う・・? うぇ 〜 ん・・・・? あ〜〜 おとうさ〜〜んだぁ♪ 」
「 おとう・・? あ・・・ やだわ、ジョーったら。 いきなり浮上してくるから・・・ 」
「 ・・・ おとうさん ・・・ !? 」
「 わ〜い わ〜い♪ おとうさ〜〜ん♪ おさかなみたいだ〜〜 」
ずぶ濡れで ばしゃばしゃ浅瀬に戻ってきた父に すばるが飛びついた。
「 おう、すばる。 う〜ん、魚はいなかったけど。 結構貝が獲れたぞ。 あと海藻もあった。 ほら・・・ 」
「 ジョー・・・・ 脅かさないでよ。 いつ潜ったの? 」
「 え? 潜ってなんかいないよ。 海面に顔つけて海底をず〜〜っと <ひおしがり> してのさ。 」
「 まあ・・・ ぐちょぐちょじゃない。 あ〜あ・・・ 」
「 おとうさ〜ん すごいなあ。 かい がいっぱいだね。 うわ〜〜 」
「 うん、すごいだろう、すばる? 今晩のおかず、沢山獲ってきたよ。 」
すばるは父の <収穫> を目をまん丸にして覗きこんでいる。
「 すぴか、どうだい。 お父さん、こんなに沢山獲ったぞ。 ・・・ ほら、これなんか大きいな貝だろう? 」
ジョーは なぜかジロジロと自分を眺めている娘を手招きした。
「 お父さんさ〜 すぴかの声ならどこに居ても聞こえるんだ。 さっき、呼んだだろ。
どうしたの。 なんのご用だったのかな。 ん・・・? 」
くしゃ・・・っと亜麻色のお下げ髪をなでようとしたのだが。
「 おとうさん! 」
すぴかは ばしゃ・・・っと父から飛び退いた。
「 ・・・ すぴか? 」
「 おとうさん! おとうさんの ぱんつ、 ないんだよ?! どうするの? 」
「 え・・・ ぱ、ぱんつ ?? 」
「 おかあさんさ、 おとうさんのぱんつ はもってきてないって。 すばるとすぴかのだけだって。
どうするの〜〜 オシリ、つめたいよ・・・? 」
「 あらら・・・ 大丈夫よ、すぴか。 お父さんにはお洋服が乾くまで浜辺にいてもらいましょう。
さあ〜〜 お弁当の時間よ? 皆でいただきましょうね。 」
「 わ〜〜い おべんと おべんと うれしいな〜〜♪ 」
「 ・・・ おかあさん。 おとうさん、かわく? 」
「 ええ、ええ。 お日様がね、すぐにお父さんの服を乾かしてくれますよ。 」
「 ・・・ ぱんつ も? 」
「 え・・・そ、そうね。 ほら、お昼にしましょ。 張伯父様のお土産もあるのよ。 」
「 わあ〜い♪ みんなで おべんとうだね〜〜 」
すぴかもやっと笑顔になって ばしゃばしゃと弟の後を追いかけて浜辺に向かった。
「 ・・・ ジョー。 心配したわよ。 」
「 ごめん・・・ ああ、なんだかウチのお姫様に嫌われちゃったかなあ、ぼく。 」
ジョーはこころなしかしょんぼりとして、 ぐちょぐちょのTシャツを絞っている。
「 ふふふ・・・ 平気よ。 すぴかは本気でジョーのこと、心配してくれたのよ。
すばると一緒だと思ったんじゃない? 」
「 うわ・・・ 息子と同レベルに思われちゃったか・・・ 」
「 でもね、ほら・・・ こんなに収穫があるもの。 尊敬してくれるわよ。 さあ、お昼にしましょ。
ジョーの好きは卵焼きにタコさんウィンナーもちゃんと持ってきたわ? 」
「 ・・・ うん。 きみの弁当は最高さ。 」
二人は手を繋いで 浜辺へと戻って行った。
「 ・・・ お〜お・・・ いつまでもオアツイねえ? 二児の父・母だろ。 」
「 ま、イイコトさ。 夫婦円満 ・ 家内安全 ・ 商売繁盛 ってな。 」
「 違いねぇ! ・・・お♪ この粽 ( ちまき ) ウマイ〜〜〜 ! 」
浜では 町内会の重鎮達が<オアツイ二人>を肴にお弁当を広げていた。
張大人の <お土産> は大絶賛売り切れ・予約満杯 となった・・・!
ざざざ −−−−− ざー ・・・・・
ざー ・・・・ ざざざ −−−−−−
お日様も中天を通り過ぎると 波の音がすこしづつ大きくなってきた。
吹きぬける風はまだ充分に温かく すぴかの心配した <おとうさんのぱんつ> も
どうやら生乾きくらいにはなったらしい。
「 ・・・ 波が大きくなったわね。 」
「 うん・・・? ああ ・・・ そろそろ満ち始めるなあ・・・ 」
「 引いいて ・・・ 満ちて。 そしてまた 引いて ・・・ ふふふ ・・・ なんだか人生みたい・・・ 」
「 ・・・ そう、だねえ・・・・ 引いた、と思ってもいつの間にか満ちてくる。 」
「 ・・・ ええ ・・・・ 」
ことん ・・・と亜麻色の頭がジョーの肩にもたれてきた。
・・・ きゅ。 大きな手が白い指を握る。
・・・ 一緒だよ。 いつだって。 大潮でも満潮でも。
ええ。 ずっと・・・ずっと、ね。
ざざざ −−−−− ざ −−−−−
午後の浜辺に ゆっくりと潮が満ちて ・・・ ゆったりと温かい風が波をゆらし ・・・
人々の想いもいっぱいになってゆく。
「 おとうさん! みて〜〜〜!! 」
と。 平和な浜辺の午後に 少女の甲高い声が響いた。
「 おとうさん、おとうさん! かいじゅうだ! すぴか、かいじゅうをひろった〜〜 」
息を弾ませ。 すぴかはそれでもそう・・・っと愛用の赤いバケツをさげている。
「 かいじゅう? 」
「 うん! なみがね〜 ざば〜ん・・・・って。 つれてきたんだよ! 」
Last updated : 05,12,2009.
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******* 途中ですが♪
え〜〜と。 【 島村さんち 】 では ギルモア邸は 湘南地方に存在します。
しかし! 5/16 が 大潮 ・・・ かどうかは例によって ウソ八百〜〜♪
さて、 ひおしがり はどうなるのでしょうねえ??
ご感想のひと言でも頂戴できましたら 幸いでございます〜〜 <(_
_)>