『 いそしぎ ― (2) ― 』
ぱちん・・・
軽い音がして 日傘はぴん、と優しい色の翼を広げた。
海辺の強い日差しを受けて カット・ワークの花々が繊細な影模様を彼女の足元に落とす。
・・・ 綺麗 ・・・!
そうだわ・・・ ちっちゃい頃、ママンの他所行きの日傘が こんなのだったっけ。
わたし、地面にうつる花模様を拾いたくてしょうがなかった・・・
「 ファンション? 地面を撫ぜたらお手々が汚れますよ。 」
「 ・・・ このお花 ほしいの。 とって、ママン ! 」
「 え? なんのこと? お花? ・・・ ああ、これはねえ、拾えないのよ。 」
「 どうして。 」
「 ほら・・・ 見てごらんなさい? このお花はママンの日傘とお日様が作った模様なのよ。 」
「 わあ・・・わあ〜〜 きれい・・・! 」
母がくるくると日傘をまわすと、地面の花模様も華麗に踊った。
「 花のわるつ ね、ママン。 」
「 そうねえ。 いつか ファンションもこんな風に踊れるかしら。 」
「 うん! 」
ぽん・・・と飛びついた母の手は いつもと同じに白くていい香りがした・・・
あれは ・・・いくつの時?
パパとママンと お兄ちゃんとわたし。 いつまでも一緒だと信じていたわ・・・
さわさわと海風が 亜麻色の髪を梳いてゆく。
ちょっとレトロな日傘だけれど、効果はバツグンで海辺の陽射から彼女の白い肌を護ってくれている。
・・・ やさしいのね、 日傘さん。 アナタを贈ってくれたヒトと同じ・・・
そうよ・・・ ジョーは ・・・ ジョーは すこしも悪くない・・・
悪くない、どころじゃないわよね、 とってもやさしい ・・・やさしいのに・・・
くるり、と日傘を回す。
足元の砂地に花達がゆるりと舞う ・・・ 爪先でこそっと突いてみる。
彼は両親の顔も知らないのだ、と言っていた ・・・
< お母さんにプレゼントですか > って言われちゃってさ・・・ 彼はなんだか嬉しそうだった。
彼が お母さん なんて言うの、初めて聞いた・・・
そう・・・よね。 お母さんのために、なんてすごく憧れてたのかもしれないわ。
・・・ そう よ ・・・ ジョーは 全然悪くなんかない ・・・
わたしが勝手に ・・・ 自分ひとりで考えすぎて・・・ でも でも
― ぽたり。
透いた花模様の脇に またまた水玉が落ちた。
・・・ 帰りたい・・・ あの街に パリに ・・・帰りたい ・・・
わたしの居場所はもうないんだって 思い知らされるよりも
いっそ 何にも知らない異国の方がいい・・・って思ってたのに。
・・・ でも ・・・ でも ・・・
ぱた・・・ん 日傘を背負ったまま、フランソワーズは抱えた膝に突っ伏してしまった。
そんな彼女の頭上はるか、今日も鳥たちがゆっくりと飛び交っている ―
ざ ざ ざざ・・・ ざざ ・・・ざざ
さっきから足跡だけが にぎやかに砂だらけの道に行ったり着たりしている。
― はあああ ・・・・・
ジョーはまたまた風に溜息を飛ばす。
今はちょうど海から風が吹いているので彼の足音も、そして盛大な溜息も彼女の耳には届かないはずだ。
ここでうろうろしていても何の役にも立たないことはようく判っている。
気の利く男なら つかつかと彼女に近づき誠意を込めて謝罪をするだろう そして お愛想のひとつも
言って彼女の気を惹くにちがいない。
そんなこと・・・! ぼくに ・・・できるわけ、ないじゃないか。
ああ もう! なんだってあんなコト、言っちまったんだ〜〜
ジョーはもう自己嫌悪の海にどっぷりと首まで浸かっていた。
今朝、思いがけずに泣き出してしまった彼女 ・・・ 日傘をしっかり握りしめたまま・・・
しばし、彼はどうしたらよいかまったく判らずにただ呆然と彼女を見つめていたのだが。
凍りついた空気はのんびりした足音が 解凍してくれた。
「 フランソワーズ、コーヒーじゃがな・・・ おお、お早う、ジョー。 どうかしたのか。 」
テラスから麦藁帽子をばふばふ仰ぎ、博士が戻ってきた。
「 あ・・・ 博士 あ・・・あの。 お、お早うございます・・・ 」
「 なんじゃ? 朝っぱらから喧嘩でもしたのか、お前たち。 」
「 え・・・ あ。 そ、そんなんじゃ・・・ 」
「 ・・・ はかせ ・・・ご、ごめんなさい コーヒー・・・ですよね・・・ 」
フランソワーズは顔に手を当てたまま 急いで立ち上がった。
「 うん? ・・・ ああ、よいよ、自分でやるから。 ジョー? 早く出かけんと遅刻なんじゃないか。 」
「 え・・・ あ! で、でも・・・ 」
ジョーは博士と時計と。 そしてシンクに向かったきりのフランソワーズとを交互に見つめ
ひとり キッチンをうろうろしている。
「 いいから。 早く行け。 」
ここは任せておけ、と博士はうんうんとジョーに頷いてくれた。
「 は・・・ はい ・・・ それじゃ ・・・イッテキマス ・・・ 」
「 おう、気をつけてな。 」
ジョーはばたばたと出て行った。
・・・ やれやれ。 まァ なにを言ったかしらんが。
多感な少年・少女のお守りも大変じゃわい・・・
博士はのんびりコーヒーをいれると、フランソワーズの背中に声をかけた。
「 ほい、お前もどうじゃ? ああ・・・ カフェ・オ・レがよかったかな。 たまにはブラックもいいだろ。
うん ・・・ ? これは 日傘か。 ジョーが買ってきたのかい。 」
「 ・・・ え ・・・ええ・・・ 」
「 ふふふ・・・なかなかヤルな、あいつも。 ほう・・・ カット・ワークか。 懐かしいのう。 」
椅子の上に転がっていた日傘を 博士は手に取り生地の細工を眺め目を細めている。
「 ・・・ご ごめんなさい ・・・ 博士。 コーヒー・・・淹れて頂いて・・・ 」
ようやっとシンクの前の乙女が振り返った。
?! おやおや・・・ 随分と腫れぼったい目をして・・・ それに なんじゃ?
目の周りが ・・・ 隈 ・・・? ともちがうようだが・・・
さり気無く視線をはずしつつ、博士はまたまた首を捻るのだった。
お日様がきらきらと明るいキッチンで。 そのまた隅っこで ― フランソワーズは
だまってマグカップを傾けていた。
ミルクなしのコーヒーはいつにも増してゆっくりと咽喉を通りぬけていった。
・・・ に ・・・ が ・・・い ・・・
きゅ きゅきゅきゅ ! スニーカーが悲鳴を上げている。
「 やっぱりさ! 絶対ちゃんと 謝る・・・! これはぼくの最重要ミッションだ。 」
ジョーはがしがしと大股で歩いていた。
走り出したい・・・ でも 落ち着くんだ! 落ち着くんだ! と自分自身に言い聞かせつつ
彼は一歩一歩 やたらしっかりと踏みしめていたのだ。
いつものようにバイトには行ったものの、どうしても どうしても 気になり、
何をやっていても浮かぶのは彼女の涙いっぱいの瞳ばかりで。
― ジョーは結局午前中で早退してしまった。
「 ごめんね ・・・じゃだめだ。 すみません・・・ じゃヨソヨソしいよな。 う〜ん・・・ 」
誰も居ないのを幸い、ジョーは ぶつぶつと<ごめんなさい> の練習を続けている。
「 ・・・ よし。 まずは ぼくが悪かったです! って言って・・・ ん? あれ・・・れ? 」
ぱたり。 彼の脚が止まった。
我が家への帰り道、例の坂道途中で 彼はみつけた、いや 見つけてしまった。
誰もいない海岸で ぽつん、と座っている彼女を。
日傘を背負ってひっそりと、おそらく膝を抱えているに違いない。 ほっそりした後ろ姿が
なぜか ジョーの心に ずき・・・ん・・! と不思議な痛みを突き刺した。
日傘の白が ・・・ 目に痛い。
「 ・・・フ フランソワーズ ・・・ ! 」
一瞬、 ジョーは躊躇ったが すぐに ざ・・・っと進路を変え海辺へと降りていった。
「 ・・・・? 」
かなり手前の位置まできたときに 白い日傘がくるり、と振り返った。
「 ・・・ ジョー ?? ど・・・どうしたの。 」
「 や・・・やあ。 あ・・・ あの。 なかなか気持ちがいいね、ここ・・・ 」
「 え? ええ・・・ あの。 なにかあったの? 」
見上げる顔はどこか蒼白く、いつも輝いている瞳は ・・・ 水っぽくぼうっとしてみえた。
「 え・・・ あ、いや。別に。 あ、バイト、ちょっと早く終ってさ・・・ それで その。
途中で見えたから・・・あの、きみが。 」
おい、ジョー! そうじゃないだろ〜〜 なにを支離滅裂なコト、言ってんだよ!
あんなに練習したじゃないか。 まず・・・まず・・・最初に ・・・!
ジョーは ごくん・・・!と唾を飲み込み 意を決して口を開け ―
「 そうなの? なあんだ・・・ なにか起こったのかと思ってびっくりしちゃった。 」
「 あの! ・・・え? あ、ああ・・・ ごめん。 別になにも特別なコトは・・・ 」
「 ああ よかった・・・ ね? この日傘、どうもうありがとう。 ほら・・・素敵よね〜とっても綺麗。
あの・・・今朝は・・・ごめんなさい。 あの ・・・ 気にしないでくださる。 」
「 え・・・ええ? え〜と。 う・・・ あ〜 ぼ、ぼくが悪かったです! 余計なこと、言いました! 」
ジョーはざ・・!とアタマを下げた。
「 まあ・・・ どうしてジョーが謝るの? 折角のプレゼントなのに失礼なコト、したのはわたしだわ。
わたしこそ ごめんなさい。 気を悪くしたでしょう? 」
「 あ・・・い・・・いや・・・ 」
フランソワーズは静かに立ち上がると 実に優雅にお辞儀をした。
「 この日傘ね。 本当に ・・・ 昔、 わたしの母が持っていたのとよく似ているの。
すごく嬉しいわ。 こんな優しい日傘に また・・・会えるなんて・・・ 」
「 あ・・・ そ、そうなんだ? 気に入ってくれて・・・嬉しいデス。 」
ジョーはこっそり 本当にひっそりと 溜息を吐いた。
・・・ はあ ・・・ よかった・・・! 気を回しすぎちゃった、かな・・・
「 ・・・ 海は。 いいわね。 鳥は。 いいわね。 あの鳥ね いそしぎ っていうのですって。 」
「 いそしぎ? へえ・・・ カモメじゃないのか。 」
「 あら、カモメはもっとこう・・・クチバシの形がちがうでしょ。 ・・・ 鳥に なりたいわ。
いそしぎになって ・・・ どこか ・・・ 飛んでゆきたい・・・ 」
「 ・・・ ? ・・・・ 」
フランソワーズは まだじっと海を眺めている。
いつもなら 今日あったことなどあれこれお喋りをするのだけれど。
大概 ジョーは聞き役であり、 相槌をうつ程度なのだが、 彼にはそれも楽しい時間なのだ。
なにか・・・変だ、どこか・・・ちがう。
ジョーの心の中で アラームがどんどん大きくなってきた。
「 ・・・ あの ・・・さ? 」
「 ・・・ はい? 」
やっと振り向いてくれた顔に ― 微笑みは印してはいたけれど ― ジョーは言葉を失った。
・・・ 笑ってるけど。 笑ってなんかいないじゃないか・・・!
「 帰りましょ。 ちょっと早いけど・・・お茶にしましょう。 」
「 あ・・・・ あの。 」
「 はい? なあに。 」
「 ・・・ う ・・・いや。 な、なんでも・・・ 」
「 そう・・・ 」
す・・・っとジョーの前を通ると 彼女は日傘をまっすぐに差してすたすたと歩いていった。
振り返るでもなく ― 歩調を緩めるでもなく。
「 ・・・・ ! ・・・・ 」
ジョーは 手も脚も。 そして 声すら 強張って固まり ― なにもできずに海岸に立ち尽くしていた。
ザザザ −−−−−
夏の海は 陽気な音でお日様と戯れている。
風は鳥たちと絶妙なダンスを踊っている。
空は海を誘い 海は空に応え ― 世界は歓喜の夏を謳歌している ・・・ のに。
自然達だって パートナーと一緒に楽しんでいる ・・・ のに。
亜麻色の髪の乙女とセピアの髪の青年は お互いに相手の存在でこころを一杯にしながらも
たった ひとり で立っていた。
「 御馳走さん。 ・・・ う〜ん、なかなか料理の腕を上げたなあ、フランソワーズ? 」
「 え・・・そ、そうですか? いつも大急ぎの晩御飯だから・・・ たまには時間をかけてって思って・・・ 」
「 いや〜 それだけじゃあないだろう? お前の腕というか ふふふ 愛情というか。
なあ、 ジョー? 」
その日の夕食 ― 二人は博士の存在に密かに大いに感謝していた。
黙りこくって箸を運ぶ ジョー ・・・ なのだが、決して不機嫌なのではなく、目は常に彼女を追っている。
フランソワーズは博士にソースを進め、ジョーの御代わりをよそい・・・食卓に気を配っているのが
気がつけば 彼をみつめてばかりいる。
・・・ あ! や、ヤバ・・・!
・・・ きゃ。 ど、どうしよう・・・
それでいて 不意に視線がぶつかればたしまち赤っかになって顔を伏せてしまう。
博士は そんな二人を見比べなんでもない顔をしつつ 呆れかえっていた。
おいおいおい・・? どうした、二人とも?
折角少しは恋人同士らしくなっていたのに・・・ また中学生に逆戻りかい・・・
「 おい、ジョー。 食べてばかりおらんで感想でも言わんかい。 ははは、そんなに美味いか。 」
「 あ・・・ は、はい、博士。 フラン、これ、 すごく美味しいよ! ぼく、ウチの御飯が一番だと思う。 」
「 まあ、ありがとう。 お口に合って・・・ よかったわ。 」
「 すごく! こんな美味しいハンバーグって外では食べられないよ。 全部手作り・・? 」
「 ええ。 わたし ・・・ あんまり出来合いのものって利用したことがないから・・・ 」
「 すごいな〜 昔風の味って最高だなあって・・・ 」
「 ・・・ え ・・・ええ。 」
「 あ ・・・ ご、ごめん・・・! 」
無理して盛り上げた会話は たちまち萎んでしまった。
・・・ あ〜! もう、このヌケサクめ! 本当にコイツのアタマの中は・・・
ワシはどこかコイツの配線を間違えたのじゃなかろうか・・・
博士は慌ててお茶を一口ふくみ、話題を変えた。
「 うん ・・・ 夏も本番じゃなあ。 どうだ、皆でちょいと遠出でもしてみるか? 」
「 え・・・ とおで? 」
「 そうじゃよ。 あんまり代わり映えせんが ・・・ どこか海でも山でも泊りがけで、どうじゃ。 」
「 博士! 海に行きましょう! ・・・ この辺りの海でもいいや。 ぼく達、泳ぎにゆこうって
話ていたんです。 ここの下の海でもいいよねって。 ・・・ ね フランソワーズ? 」
「 ・・・え ええ。 」
「 ほう? そうか。 それなら近場でも・・・そうじゃな、伊豆の方にでも出てみるかの。 」
「 いいですね! あの辺って釣もできるって聞きました。 海も綺麗だし。 」
「 よしよし ・・・ それではいつにするかい、お前達の予定を教えておくれ。 」
「 はい!今度の週末とか ・・・あ フラン、きみは? レッスンに夏休みってあるのかい。 」
「 ・・・ あの。 」
「 うん、いつが空いてる? 」
「 あの。 台風が近づいているのですって。 ― 次の週末・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ そ、そうなんんだ ・・・ 」
やっとすこ〜し 明るくなったリビングの空気が再びぺしゃんこになってしまった。
「 ほう? 予報で言っておったか。 よく気がついたなあ、フランソワーズ。 」
「 え ・・・ええ。 お天気、気にしてましたから。 父や兄は・・・ 」
「 まあ、そんなに急ぐこともあるまい。 では台風の後にしよう。 」
「 ・・・あ そ、そうですね・・・・ 」
「 なんじゃ、 ジョー? 遠足が延期になった小学生みたいじゃぞ。 海は逃げんよ。 」
「 あ、は、はい。 」
「 御馳走様でした。 」
かちり、と箸を置いてフランソワーズが立ち上がった。
「 あ、片付け・・・ぼくがやるから。 新しい食器洗い機ならすぐだからさ。 」
「 いいのよ、ジョー。 三人分ですもの、昔風に手で洗ってもすぐだから。 」
彼女は相変わらず淡い笑みを浮かべたまま ― てきぱきとお皿を下げていった。
― はあ ・・・ ぼくってどうして・・・余計なコト、言っちゃうのかなあ・・・
・・・ どうしたらいいのか・・・ 全然わからないよ・・・
― ・・・ ふう ・・・ なんとも間が悪いヤツじゃな。
しかし こんなにぐずぐず根に持つ娘 ( こ ) じゃったかの?
博士とジョーは 言葉もなく顔を見合わせていた。
カチャカチャ・・・・
お皿や茶碗がくるくると洗い上げられてゆく。
カチャ ! カチカチ!!
気がつけば 手元の食器が大きな音をたてている。
「 ・・・ あ。 いけない・・・ 聞こえてしまうわね・・・ 」
フランソワーズは慌ててスポンジを持つ手の力を緩めた。
― ふうう・・・・
またしても溜息が漏れてしまう。
― 料理の腕を上げたな ・・・ 美味しかった!
二人の素直な感想は本当に嬉しかったし、頑張ってつくってよかった!とも思ったのだ。
それなのに ― ジョーの些細な言葉尻に反応してしまう自分がつくづく嫌だった。
もう・・・なんてイヤなコなの、フランソワーズ!
いちいち突っかかって・・! ジョーがすごく気を使っているの、わかっているくせに
ありがとう、嬉しいわ って。 それだけがどうして言えないの?
博士やジョーに 悪気なんかこれっぽっちもないのよ?
ええ、ちゃんとわかっているわ。 でも ・・・ 口が勝手に喋ってしまうの。
ごめんなさいって言いたいのに・・・ 気にしてなんかいないわって微笑みたいのに・・・
へええ?? そんなに彼のこと、気になるってわけ?
ふう〜ん ・・・ やっぱり好きなんでしょ、もう〜〜滅茶苦茶に!
や、やめて! そんなこと・・・ そんなこと・・・ な・・・
・・・ほうら? その顔はなあに。
ねえ、知ってる? 人間ってね 本当のことを言われると一番怒るんですって!
わ、わたし ! 怒ってなんか・・・!
フランソワーズの心の中で もう一人の彼女がけらけらと笑い声をあげている。
わかってる・・・ わかってる! でも ・・・
彼女は耳を覆って逃げ出したい気分だった。
− カタリ ・・・
「 ? ・・・ ジョー? なあに。 あ・・・ コーヒー? 」
キッチンのドアから セピアの瞳がおずおずと覗いている。
「 あ! ・・・ あの。 ううん、そうじゃなくて ・・・ あの。 これ! 」
「 え・・・? 」
ジョーはさっとキッチンに入ると 彼女の手に小さな袋を押し付けた。
「 ちょ、ちょっと・・・わたし、手がまだ濡れているのよ・・・ 」
「 あ! ご、ごめん。 あの・・・ それじゃ ここにおくから! ここの、好きだって言ってたろ。 」
「 ??? なあに ・・・ ちょっと待って。 手を拭いて ・・・ 」
フランソワーズは慌てて手を拭い ジョーの置いた袋を取り上げた。
「 ・・・あら。 ショコラね。 わあ・・・ 〇〇ドールね! 嬉しいわ〜 」
「 あ・・・やっぱり、好きなの、だよね? 」
「 ええ、大好きなの。 ジョー・・・わざわざ捜してくれたの? ありがとう〜〜 」
「 え・・・へへへ・・・ その包み、面白い絵だから・・・ ぼくも覚えてたんだ。 」
「 そうねえ、もうず〜っと昔からこのデザインなんですって。 フランスでも有名なのよ。 」
「 そうなんだ? よかった・・・気に入ってくれて。 伝統の味なんだね。 」
「 ええ、皆好きなのよ。 ・・・ 一つ、摘まんじゃおうかな。 ジョーもどうぞ? 」
「 あ・・・ぼくはいいんだ。 ・・・じゃ ・・・お休み・・・ 」
「 お休みなさい、ジョー。 ・・・あ! 」
「 な、なに?? 」
「 あの・・・あのね。 あの日傘 ・・・ ありがとう、大好きよ! 本当にすごく好き! 」
「 ・・・ ありがとう・・・! 」
にこっと一瞬笑みをこぼし、ほっとした顔で ジョーはキッチンから出ていった。
まあ ・・・ 一体どういう風の吹き回し?
甘いモノのなんて ついぞ自分から買ってきたこともないヒトが・・・
でも 嬉しいな。 このチョコ、大好きなのよね。
フランソワーズは象の絵柄のついたチョコを一つ、つまみ出して包装を剥き始めた。
「 ・・・ あ。 あ〜〜 ぐにゃぐにゃじゃない・・・ 一体どこに置いておいたの・・・ 」
チョコは気温のせいもあり べっとりと包み紙にくっ付いていた。
・・・ あ。 そうよ! ジョーって大事なものは みんな ・・・
なんでもかんでもポケットに突っ込むヒトなのよね・・・
きっと、彼は見覚えのあるパッケージを見つけて 喜び勇んで買って・・・
後生大事にポケットにねじ込んできたのだろう。
帰宅してすぐに冷蔵庫に入れる・・・などとは思いもよらなかったにちがいない。
大切なものは しっかりポケットに ― 身近に・・・ しっかり守る・・・!
そう・・・そうよね。 ジョーって。 ・・・そういうヒトなのよね。
ぐにゃりとべとつくチョコを 指と一緒に口に突っ込んだ。
懐かしい甘さが 暖まっていたためにいつもより強く口中にひろがる。
夏場のチョコは冷えていなければ 美味しいとはあまりいえない。
でも。
今日の彼女には なによりも美味しい・最高のデザートだった。
・・・・ あま〜い ・・・ チョコって こんなに甘かったかしら
ふふふ ・・・ 美味しい わ ・・・
わたし。 ・・・ このチョコになりたい・・・な
ジョーのポケットの中で・・・ 溶けちゃっても いいわ
べとべとな包み紙を手に フランソワーズはまた目尻をぬぐった。
― もしかしたら 甘い涙だった かもしれない。
ありがとう ジョー ・・・
rrrrrr ・・・・・! rrrrrr ・・・・!
リビングの固定電話が 珍しく鳴りたてている。
「 ほいほい・・・ 今 でるぞ〜〜 ちょいと待っておくれ。 」
博士は大声で答えつつ ばたばたとリビングに駆け込んできた。
「 この時間は留守電にしておくべきじゃったな。 二人とも出かけておるし・・・ 」
ぶつぶつ言ってやっと受話器を取り上げた。
「 ― あ〜 モシモシ。 はい、ギルモア ・・・ は?
・・・おお〜〜フランソワーズのお友達ですか。 ・・・みちよさん。 はいはい、あのコから何回も
お名前を聞いとります、仲良くしていただいて・・・ 」
博士は顔を綻ばせ、どっかりとソファに腰を降ろした。
この邸に フランソワーズ以外の若い女性から電話が入ることなど、もしかしたら初めてかもしれない。
「 ・・・ はあ? あ・・・いや、今日も休んでおるって・・・ いやあ? 今朝はいつも通りに
家を出ましたが・・・ はい ・・・ なにかあったのですかな? ・・・ ほう・・・・?
オールド・ファッション ・・・ ははあ・・・ なるほど・・・? 」
しばらく博士は聞き手に徹していたが、 やがて穏やかに礼を述べるとゆっくりと受話器を置いた。
ふう・・・む ・・・ こりゃ ・・・ ちょいと根が深いかもしれんなあ・・・
元はを言えばワシに責任があることじゃ。 ふうむ・・・
電話の相手は ― みちよ、という若い女性で 博士にも聞き覚えのある名前だった ― 今朝も
レッスンを休んだフランソワーズを心配してくれていたのだ。
さて、どうしたものか。
博士はしばし考えこんでいたが、うんうん、と頷きつつ携帯を取り出した。
「 ・・・ え〜と・・・? これはどう操作するのじゃったか・・・ ええい・・・ ちまちまと細かいのう・・・
お。これじゃこれじゃ・・・ あのコのメールアドレスは・・・と。 」
ぴ ぴぴぴ ぴぴぴ ぴ ・・・・
しばし 微かな操作音だけがリビングに響いていた。
「 ・・・よし。 これで・・・送信、と。 ふん、ワシにだって携帯くらい扱えるぞ。 」
よしよし・・・と一人でにんまり頷き、博士は再び書斎へと戻っていった。
― カチャリ ・・・
「 ・・・ ただいま。 」
玄関のドアがそうっと開いて。 呟きみたいな声が聞こえて。
大きなバッグを肩に、そして手には嵩張る箱をもち、フランソワーズが姿を現した。
「 ・・・ ただいまもどりました。 博士? あの・・・? 」
キッチンに向かいつつ、彼女は鍵の手に曲がった奥に声をかけた。
この邸では リビングやらキッチンとは反対の棟に博士の書斎と私室が、客用寝室と並んでいる。
「 ・・・おお、 お帰り。 」
「 あ・・・ 博士。 ただいまもどりました。 」
キッチンに入り、荷物を置いた時に博士がリビングのドアをあけた。
「 早かったの。 あのな、お前の友達から電話があったぞ。
こら。 今朝、レッスンをサボったそうじゃないか。 」
「 ・・・え。 ヤダ・・・ど、どうして・・・ それを・・・? 」
「 なにがあったか知らんが。 なあ、フランソワーズ? 」
「 ・・・ はい。 」
「 お前、 いい友達がおるなあ。 可愛い声のお嬢さんだったぞ。 みちよさんとか・・・
フランソワーズ、具合が悪いのですか・・・って心配していなさった。 」
「 え・・・みちよが、ですか。 まあ・・・ ここの電話教えたかしら。 」
「 なんでもバレエ団のオフィスに聞いた、と言ってらしたぞ。
いくら携帯にかけても 繋がらないので・・・ってな。 」
「 ・・・ あ。 わたし・・・ずっと電源、入れるの忘れてて。 さっきやっとオンにしたんです。
そしたら・・・博士からのメールが入ってて・・・・ あの、 これ。 」
フランソワーズは こそ・・・っとケーキの箱をさしだした。
「 ご注文の ・・・ ガトー・オ・ショコラですわ。 あと・・・ジョーの好きなチーズ・タルト。 」
「 おお、おお。 ありがとうよ。 ふふふ・・・ それで大急ぎで帰ってきた、わけじゃな。 」
「 ええ。 だってここのお店のガトー・オ・ショコラは溶けてしまったらせっかくの ・・・ あ。 」
「 ふふふ・・・ バレてしまったかの。
これを頼めばお前が大急ぎで帰ってきてくれるじゃろうな、と思ってな。
ああ、勿論 ワシはこれが食べたかったのさ。 さあさ、お茶にしよう! 」
「 ・・・ 博士 ・・・ もう〜〜 博士ったら・・・! 」
フランソワーズは思わず博士の大きな背中に ぼすん・・・!と顔を押し付けてしまった。
「 ははは・・・ ちょいと年寄りの悪知恵じゃよ。
さあさあ、美味しいうちに頂こうではないか。 ジョーのヤツにはナイショだぞ。 」
「 ・・・ええ ええ。 ジョーは甘いモノって苦手らしくて。
ここのチーズ・タルトはほとんど甘味がないから好きなんですって。 」
「 ほう? このガトー・オ・ショコラの良さもわからんとは! 情けないオトコだなあ。
そんなヤツに チーズ・タルトは勿体ないかもしれんぞ。 」
「 ふふふ・・・ ナイショで食べてしまいましょうか。 」
「 そうだな。 ああ、ワシがコーヒーを淹れておくから。 お前は手を洗っておいで。
ちょいと早いが ゆっくりお茶の時間にしよう。 」
「 はい。 」
こくん、と頷くと、フランソワーズはバッグを置いてバスルームに上がっていった。
やれやれ・・・ どこに居ったのかわからんが。
ちゃんと帰ってきてくれてよかったわい・・・ やっと笑顔も出るようになったしな。
・・・ どれ、たまには本格的にコーヒーを淹れるか。 アルベルトに習っておいてよかったわい・・・
博士はキッチンの戸棚をがたがた開け、サイフォンを取り出した。
「 それでどこにおったのかね。 街でもぷらぷらしていたのかな。 」
美味しいケーキとゆったりした時間に 二人が満足の吐息をもらした後で 博士は何気なく尋ねた。
ケーキ皿はとっくに空、 リビングにはコーヒーの香りがまだほんわりと漂っている。
フランソワーズは ぴくり、と身体を震わせるとそっとカップをテーブルに戻した。
「 ・・・ いいえ。 あの・・・海に・・・。 」
「 海?? 泳いでいたのか? 」
「 いいえ、いいえ。 ・・・ なんとなく海岸にいて。 あの・・・鳥を、いそしぎを見てました。 」
「 いそしぎ・・・? ああ、あの白い鳥か。 ここいらの海岸には多いのう。 」
「 ええ。 この前、コズミ先生に教わって。 自由に羽ばたく姿が好きで・・・ 」
「 ふうん・・・ ま、たまにはエスケープもいいだろ。 お前、最近忙しかったしのう。 」
「 ・・・ いえ。 あの。 ・・・わたしが 弱虫なんです。 」
「 あのな。 誰だって年がら年中ハイ・ペースで飛ばしてゆけるわけじゃない。
時には 休むことも大切じゃよ。 ま、友達には心配をかけなさんな。 」
「 あ・・・ はい。 ごめんなさい・・・ 博士にも気を使っていただいて・・・ 」
「 なんじゃな、そんな。 お前はな、お前らしく生きていったらいい。
他の誰だって お前にはなれんのだから。 ・・・な? 」
「 ・・・ わたしらしく・・・ 」
「 う〜〜ん・・・実に美味いケーキじゃった! 伝統の味、だな。良いものはどんな時代にも変わらん。
さあて・・・と。 研究室に戻るか。 」
「 あ・・・ お茶、お持ちしましょうか? 」
「 いや・・・ 飲みたくなったら出てくるよ。 閉じ篭っていては思考も篭るだけじゃ。 」
「 ・・・ はあ。 」
博士は ご機嫌でリビングを出ていった。
「 ああ。 フランソワーズ? 」
「 はい? 」
「 うん・・・明日は レッスンに行けよ? 」
戸口でちょっと振り返り ・・・ さらり、と言ってそのまま、鼻歌と共に姿を消した。
「 あ・・・ はい・・・ 」
廊下からも聞こえてくる鼻歌に フランソワーズは返事をした。
・・・ そうよね。 一人で篭っていても 解決にはならないもの。
まず、動いてみなさい・・・って。 マダムも昔の先生も 言っていたっけ・・・
コツン・・・
足元に 置きっ放しの大きなバッグが転がっている。
爪先に 固いモノが当たり乾いた音をたてた。
あ・・・ ポアント・・・ 干しておくのを忘れたわ。 いっけない・・・
明日、ちゃんと履けないわよねえ・・・
彼女のは大急ぎでバッグの中からポアント( 注:トウ・シューズのこと )を取り出した。
ちょっと柔らかくなっているけれど、 まだしばらくは履けそうだ。
・・・ いくわ、明日は。 ちゃんと。
半分擦り切れたトウの部分をそっと撫でてみる。
「 ・・・ わたし。 いつの間にか贅沢になっていたわ。
踊れるだけで幸せ、って思っていたのに・・・ 夢の中だけでも踊れれば・・・って願っていたのに。 」
人間らしく生きたい!と 全てを懸けて絶望と暗黒の日々から脱出してきたではないか。
そして今は。
友達がいて 家族がいて バレエがあって。 ・・・ 心を寄せるヒトがいて。
こんな素晴しい日々に ・・・ どうして自分は涙するのか・・・
− よぉし・・・!
フランソワーズは 勢いよくソファから立ち上がった。
「 もう 泣かない。 わたしは ・・・ わたし、なんだもの。
ふふふ・・・これって開き直り、かしら。 でも それでもいいわ。 とにかく・・・ 」
えっへん! ひとつ咳払いをして。
「 フランソワーズ・アルヌール! 出発しま〜す! 」
誰もいないリビングで亜麻色の乙女は高らかに宣言したのだった。
「 フラン? 出かけるのかい。 」
「 あら、ジョー? 今朝は早起きねえ。 珍しい! あ、だからこんな台風なのね〜 」
彼女が出かける前に ジョーが二階から降りてきた。
「 あ、ヒドイなあ。 ねえ、電車、止まるかもしれないよ? 」
「 え? ・・・う〜ん、でもなんとかメトロに乗ってしまえば大丈夫よ。 」
「 そうかなあ・・・ だって凄いよ、雨も風も・・・ 」
ジョーはリビングのフレンチ・ドアから 灰色の雨空を見上げた。
予報どおりに大型の台風が接近してきている。 海沿いのこの地域への影響は大きそうだ。
「 早めに出るわね。 あ、ジョーは? バイト、お休み? 」
「 うん、丁度休みのシフトだったんだ。 わあ・・・ すごい波だねえ・・・ 」
「 どれ? ・・・うわ〜お・・・ ふふふ ピュンマがいたら喜びそう。 じゃ、いってきま〜す!?」
「 あ! 待てよ。 せめて駅まで送らせて! きっとバスは大遅延だよ? 」
「 そう? ありがとう〜〜嬉しいわ。 」
「 うん、 じゃ・・・クルマ、出してくるから。 」
「 ジョー! 朝御飯は。 」
「 きみを送ってきてからゆっくり食べるよ。 いつもアリガトウ! すごく・・・美味しいよ。
ぼくだけのために 作ってもらえるなんて・・・ 今まで考えてたこともなかったから・・・ 」
「 ・・・え ・・・ 」
ジョーはそそくさと出ていってしまった。
ガタガタガタ −−−
吹きつける風が窓を鳴らしているけれど、フランソワーズはほっこり温かい気持ちに包まれていた。
ジョーに駅まで送ってもらい、電車とメトロを乗り継いで都心近くまでくれば
台風の影響はギルモア邸近辺とは比べ物にならないほど少なかった。
いつもより強い雨と風・・・程度だったのでフランソワーズはほっとしていた。
「 あ! お早う〜〜!! よく来れたね〜〜 」
「 お早う、みちよ。 わりと早く出たから・・・ あ、あの。電話、ありがとう! 」
「 あ・・・ ごめん! 勝手なコトして・・・ 」
更衣室でぱたぱた着替えつつ、みちよはぺこりとアタマを下げた。
「 え? どうして? 博士・・いえ、ち、父から聞いて ・・・ お友達から電話があったよって。
いい友達をもってるなって・・・ すごくすご〜く嬉しかったわ。 得意だったわ。 」
「 え・・・そう? あの・・・ お父さんにさ、叱られなかった? 」
「 ・・・ あのね、 ケーキを買って来てくれって・・・メールが来ただけ。 」
「 ケーキ??? 」
「 そ。 ふふふ・・・でもねえ 反省してマス。 ちょっと注意されただけで、だらしないわよね。 」
「 まあね、皆 来た道、だからさ。 アタシも落ち込んで もうバレエやめる! とか思ったし。 」
「 へええ?? そうなの? 」
「 うん。 ・・・あ、急げ! 始まるよ! 」
「 あ・・・いっけない! 」
仲良しな二人はばたばたと更衣室を出ていった。
外の嵐などにはお構いなく、 今朝もカンパニーの朝のレッスンが始まった。
ピアノが鳴り出し、ポアントが床を蹴る音だけが広いスタジオ内に響いてゆく。
「 そうよ・・・歌ってごらん? 踊りで自分自身を表現するの。
テクニックだけを追いかけたいなら スポーツに転向しなさい! 」
3〜4人づつ、短いフレーズをダンサー達が踊ってゆく。
同じ振り、同じ音で踊っているのだが ― それぞれの醸し出す雰囲気は微妙にちがっている。
・・・ ぱん!
鏡の前に立っていた女性が 軽く手を打った。
「 ・・・ フランソワーズ? わかってくれたみたいね。
ふわふわ順番を追うのじゃなくて。 意志を持って踊りなさい。
あなたは あなた、なの。 ・・・ それを表現するのが<現代の踊り>なのよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ は、はい。 」
「 大仰にポーズをとることでもないの。 あなた自身を 見せて? 」
フランソワーズはこっくりと頷いて 静かに後ろに下がった。
・・・ わたし、は わたし。 そうよね! フランソワーズ・アルヌールは ・・・ わたしだけ!
踊りたい。 もっともっともっと・・・!
とびきりの笑みを浮かべ フランソワーズは次のプレパレーションを取った。
「 ねえ、みちよ。 やっぱり水着、買うわ! ・・・ あ、ショッピング・モールで。 」
「 え?? なに、なに?? ・・・ああ、水着ね。 」
「 うん! わたし、決めたの。 ・・・小さいの、買っちゃう! 」
「 小さいの・・・? あ! ビキニ〜〜?? 」
「 きゃ・・・ し〜〜〜 ナイショにしてよ・・・ みちよ・・・ 」
「 えへへへ・・・こ〜れはどうしても見たいなあ。 一緒に買いに行っていい? 」
「 是非! ・・・ あんまり過激なのは・・・パスだけど。 」
「 カレシが喜ぶよ〜 ・・・うわ。 すごい雨だよ〜 電車、動いているかなあ。 」
「 どれ? ・・・ ほんと! 雨のカーテンだわねえ。 」
「 メトロの入り口まで辿りつけば、なんとかなるよ。 」
「 うん、そうね。 すご〜い・・・こんなの、初めてよ。 」
「 あはは・・・水着でも着ている方がいいかもね〜 」
二人は傘の陰に縮こまって 帰っていった。
「 ・・・ あら〜・・・ やっぱり。 」
のろのろ電車でなんとか地元の駅まで戻ってきたのだが。
ギルモア邸のある岬方面への巡回バスは 早々に運休になっていた。
駅前のロータリー、しょぼしょぼ植えてあった木々がばさばさと揺れている。
タクシーの姿も当然、どこにも見えない。
「 ・・・ いいわ。 歩いて帰ろう。 濡れるとマズいものは ・・・よし、ビニールで包んだし。
びしょ濡れになっても寒い季節じゃないし。 それでは。 出発しま〜す! 」
フランソワーズは 大きなバッグを抱えなおすとばちゃばちゃと雨の中に出ていった。
大して進まないうちに、レイン・コートも傘も全くの役立たずとなり、レインブーツは貯水槽の如くに
なってしまった。
「 ・・・ うわ・・・ こりゃみちよじゃないけど、水着になった方がいいかも・・・
ふうん・・・考えてみると防護服って凄いわねえ。 大雨の中でもわりと普通に動けたし・・・ 」
こんな日に道路を歩いている物好きも、クルマもいないので、彼女は道の真ん中を悠々と歩いていた。
やがて ― 海岸通りを折れて 岬周辺の町へと入る。
「 ・・・ あら? 橋のたもとに女の子?? あぶないわあ〜 ちょっと・・! 」
海へと流れ込む川があり、その橋のたもとに赤い傘の少女がうろうろしているのだ。
フランソワーズは大急ぎで川岸に下りていった。
「 どうしたの? こんなトコにいたら飛ばされてしまうわよ? 」
「 あ・・・あの ・・・ み〜ちゃんが・・・! み〜ちゃんが・・・ 」
「 み〜ちゃん??? 」
「 ウン。 ほら・・・ あそこのトコで ・・・ ああ・・・鳴いてる〜〜 」
「 え・・・どこ? 」
「 あそこ! 橋の脚のとこ・・・ み〜ちゃん、風にびっくりしてお家から飛び出して・・・ み〜ちゃあ〜ん・・・! 」
川の中州に立つ橋桁に三毛猫がぶるぶる震えてつかまっていた。
あ、あれね! まあ・・・隣に鳥もいるわね。 あれは・・・いそしぎ?
・・・ 羽を怪我してる。 飛べないのね・・・
フランソワーズは素早く目を使い状況を把握した。
大雨でどんどん水嵩は上がってきている。 中洲が水没するのも時間の問題だ。
「 あ〜〜 危ないわ、あなたは上に逃げて! 」
「 だって ・・・ み〜ちゃんが・・・ 」
「 わたしが助けるから。 ・・・ このバッグ・・・重いけど、頼める? 」
「 え?! あ・・・ お姉ちゃん!! 」
フランソワーズはバッグを少女に押し付けると ざぶざぶと川の中に入っていった。
あと ・・・少し ・・・ ! うわ・・・すごい流れ!
もうちょっと・・・ う〜〜〜ん!
半分押し流されつつも なんとか中洲に辿り着きびしょ濡れの仔猫と鳥を抱き取った。
「 ・・・ う〜ん? どうやって戻るか、よねえ。 ねえ、仔猫ちゃんと鳥さん?
ちょっとの間、窮屈だけど・・・ ここに入っててね! 」
フランソワーズはレイン・コートの中に一匹と一羽を抱えこんだ。
「 ようし・・・ 行くわよ! 」
再び 流れに踏み入った瞬間に ―
ゴウ −−−−−−− !!!
一陣の突風が海から吹きこんできて たちまち彼女は脚を浚われてしまった。
≪ ジョー! たすけて・・・! ≫
辛うじて脳波通信を送ったがそれきり ・・・ 目の前は真っ暗になった。
「 ・・・ったくのう・・・ お転婆もほどほどにせんと・・・! 」
次に耳に入ったのは 博士のぼやき声。 そして 目に入ったのは・・・
焼け焦げた服でずぶ濡れになっているジョーだった。
「 ・・・ あ ・・・ わたし ・・・ 」
「 お転婆お嬢さんや。 いかにお前でもな、防護服なしでは危険だぞ!
あ〜あ・・・こりゃ美人が台無しじゃ・・・ 」
「 ・・・ あの ・・・痛! ・・・ 猫ちゃんと鳥は・・・? 」
「 ああ、ジョーがお前と一緒に助け出したよ。 仔猫は飼い主のことろ、鳥はちょいと羽を
治療してやったら 元気に飛んでいったわい。 」
「 まあ、よかった・・・ 」
「 ・・・ よくないよ!」
「 え? あ・・・ ジョー?? 」
焼け焦げ服で ・・・ 小雨の中 ジョーは仁王立ちになっていた。
「 もっと! きみ自身を大事にしてくれよッ! ぼ・・・ぼくの・・・大好きなきみをさ! 」
「 ・・・ え・・・・? 」
「 ぼくは なんにも持ってなかったんだ。 ぼくだけのものってぼく自身だけ、さ。
だから。
き・・・きみに。 ぼくが・・一番大切に思っているヒトになにかあったら。
きみを護れなかったぼく自身をゆるせない・・・! 」
「 ・・・ ジョー・・・大丈夫か? お前、川の中でアタマでも打ったか? 」
「 きみは ・・・ ひとりぼっちじゃ・・・ない! ぼくはきみの全部が す、好きなんだッ! 」
・・・・ はあああ・・・・!
一大演説を終えると ジョーはがっくりと膝を突いてしまった。
「 ・・・ ジョー ・・・ あの・・・? 大丈夫? 」
「 ははは・・・ うん、お前にしては上出来だぞ?」
「 え・・・・えへへへ・・・・ 」
「 ・・・帰るか。 どうやら台風も通りすぎたようだし・・・な。 」
「 ええ。 ・・・ はい、東の海上に抜けました。 」
「 ・・・ 遠くが見える目って・・・便利だね。 」
「 うふふふ・・・・ そうよ、便利なの。 加速装置って・・・いいわね。 」
「 うん ・・・ 結構気に入っているんだ・・・ 」
「 ほい、お邪魔虫は先に行くから。 ゆっくり帰ってこい、二人とも。 」
博士は笑ってぽこぽこ先に歩いていってしまった。
「 あ・・・ 博士ったら〜〜 」
「 ・・・一緒に行こうよ。 」
「 ええ。 ・・・一緒に、ね。 」
「 うん。 」
ずぶ濡れの二人は 手を繋ぎ小雨の残る道をぶらぶら歩いていった。
「 ジョー! これよ、これ! これがね〜〜美味しいの! 」
「 え・・・ こんな大きなの・・・食べられるかなあ・・・ 」
台風一過の翌日、 二人は地元のファースト・フード店にやって来た。
「 さ! 食べましょ。 ジョーはね、チョコ・ミックス。 わたしはスロベリー・ミックスよ。 」
「 ・・・うわ・・・ 」
ずい!と差し出された 巨大ソフト・クリームに ジョーはくらくら眩暈がしていた。
・・・ 甘いモノ・・・ 苦手かも・・・
「 これね〜〜 もう大好き♪ うふふふ・・・最高に幸せ♪ ね? 」
「 ・・・ う ・・・ うん。 」
ジョーはソフト・クリームの陰から フランソワーズの笑顔を眺めていたがやがてぼそぼそ話だした。
「 あの、さ。 」
「 え。 なあに。 ・・・ああ 美味しい♪ 」
「 あの・・・ この前。 ごめん・・・ ぼく、自分のことばっかり吼えちゃったけど。
こんなヤツ・・・ きみ、イヤかな・・・ 」
「 え・・・? 」
「 ・・・ きみの気持ち、無視したみたいで気になって・・・ 」
「 あのね。 」
「 うん? 」
「 わたしの気持ち、はね。 」
フランソワーズは つい、と手を伸ばすと、ソフト・クリームを持っているジョーの手を引き寄せ・・・
ぱくり・・・とジョーの チョコ・ミックス の天辺を食べた・・・!
「 ・・・あ ! あの・・? 」
「 ふふふ・・・・ チョコレートもソフト・クリームも。 あの日傘も 好き。
でも・・・ ジョーが一番好きなの! 」
「 ・・・フランソワーズ・・・! 」
傷ついた鴫 ( しぎ ) が 羽を癒し、再び大空に大海原に飛び交うように・・・・
フランソワーズはまっすぐに顔をあげて 歩き始めた。
― そう ・・・ジョーと一緒に。
**** オマケ
「 フラン〜〜 まだかい。 」
「 ・・・もうちょっと・・・ え〜と・・・? 」
「 皆 待ってるよ〜〜 遠泳しようって言い出したの、きみだろ? 」
ジョーは部屋の前でイライラ・・・ウロウロしている。
珍しくメンバー全員がギルモア邸に集まったので 近くの海に泳ぎに出ることになったのだ。
「 ・・・ はい、お待たせ。 じゃ〜〜ん♪ おにゅ〜の水着で〜す♪ 」
「 わ・・・ あ、あれ・・・ そ、それ・・・・? 」
目の前に颯爽と現れたジョーの恋人は ― 胸の刳りも浅いワンピース水着姿だった・・・
え・・・ なんか ・・・ ダサ・・・
「 あら。 似合わない? 」
「 う・・・い、いや! すごくいいよ! うん! 」
「 ふふふ〜〜 ナイショだけど。 下にね〜 ・・・ビキニ着てるの〜♪ 海岸で脱ぐわね。 」
「 ・・・! ぬ、脱がなくていいよ! それでいいから。 さ、行くよ! 」
「 あ〜〜ん 待ってよ〜〜 」
はい、『 裸足のザンジバル 』 の舞台裏、でした♪
************************ Fin.
*************************
Last
updated: 08,18,2009.
back / index
************ ひと言 ***********
や〜〜〜っと終わりました・・・・
あんましらぶらぶ・甘々〜〜じゃなくて ごめんなさい <(_
_)>
まあ、まだやっと告白しあった時期ですから・・・いかに平坊とはいえ
大人しくしているのかも・・・しれません(^.^)
タイトル、 あんまり内容とは関係がないのですが、 あの映画音楽が好きで・・・
ぼんやり海を眺めているフランちゃんの姿に ぴったりな気がしたので。
こんなカンジに二人の気持ちは寄り添っていった・・・と思いたい!!!のでした♪
ご感想の一言でも頂戴できましたら幸いです<(_ _)>
リクエスト主の花林さま〜〜 ラブ度未熟で ごめんなさ〜〜い ( ぺこぺこ・・・ )