『  いそしぎ  ―(1)―  』  

 

 

 

 

******  花林さまへ ☆ 【 309393 】キリリク作品 ******

 

 

 

 ・・・ それで頼める?   ええ、いいですよ〜   それじゃ。〇日にお願いします。  は〜い。

 あれ、急ぎ?   うん! もう始まってるんだ〜、リハ   どこ?   〇〇〜!  

 

ぱたん ぱたん とドアが絶え間なくスウィングし、似た背格好の女性達が出たり入ったり忙しない。

シャワーの水音、洗面台に氷を捨てるおと。 キャリッジを引いてゆく音・・・・

そんな音の合間にぼそぼそ話し声が混じる。

華やかな雰囲気と熱気がその部屋全体から零れでてきていた。

しかし大層賑やかなその一角も もうあと、そう5分もすれば潮が引いたごとく人影は疎らになり

やがて ・・・・ し・・・んと静まりかえるはずなのだ。

そして 廊下を隔てた大きな空間からは優雅なピアノの音が流れだす・・・ 

 

   それが。  この都心近くの中規模なバレエ・カンパニーの稽古場の いつもの風景 ―

   朝のレッスンが終わり、 次のクラスが始まってゆく。

 

しかし その日は

更衣室の隅で まだやっとハタチ・・・位かと思われる女性がふたり、額を寄せ合い

ぼそぼそナイショ話を続けていた。

「 え〜〜 ・・・ それはさ、カレシと一緒に行きなよ。 」

小柄の黒髪が 大きな瞳をますます丸くしている。

「 ・・・え ・・・ そんなコト ・・・だめ、できないわ ・・・ 」

「 どうして。 だって一緒に海・・・ 」

「 そ、そうなんだけど。  そんな 一緒に買いにゆく、なんて。 

「 だ〜から! カレシの好みのを着てあげたらいいじゃん。 ふつ〜そうだよ? 」

「 え・・・そ、そうなの?? だって わたし ・・・ 」

消え入りそうな声の亜麻色の髪は ますます俯いてしまっている。

「 え〜〜 だってさあ? フランスとか皆そうナンじゃないのぉ? 

 あ・・・ ナシ、の方がいいのかなあ。 ほら トップレ ・・・ 」

「 し! や、やめてよ、みちよ。 皆に聞こえるわ・・・ 」

「 もう誰もいないってば。 でも、聞こえても誰もど〜も思わないと思うけど? 」

「 そ・・・そうなの? ねえ、お願い・・・一緒に行って選んで・・・ 」

「 いいけどさ。 でも〜 フランソワーズならどんなのでも似会うんでない? いっそさあ、ビキ・・・ 」

「 だめ! 絶対にだめなの。 普通の、当たり前のが いいの。 」

「 普通の、ねえ? ・・・ フランソワーズの <普通> と売り場の <普通> は

 か〜なり違うんじゃないかなあ。 」

「 え・・・だってどうして? トウキョウにはレオタードだってすごく可愛いのが沢山あるでしょう?

 あんなので ・・・ 素材が違っていればいいの。 シンプルなのがいいわ。 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ あなたってさ、どういう育ち? お固いミッション・スクール出のお嬢様なの。 」

「 なに言ってるの。 わたしは普通の女の子よ。 ねえ、だから。 お願い! 」

亜麻色の髪は パン・・・!と両手を合わせて頭を下げている。

「 ・・・  あなたさ。 ますます日本人みたくなってきたのねえ・・・ いいよ、一緒に行くわ。

 フランソワーズの スクール水着 を選びにね〜 」

「 ・・・ スクール・・・なに? 」

「 あ〜 こっちのコト・・・ だけど・・・今時の水着売り場に <普通の>ってあるかなあ?

 競泳用だって あのぱっつんぱつんだもんねえ・・?  う〜ん・・・ 」

小柄の黒髪はくるくると大きな瞳をめぐらしている。

「 み〜ちよ! 早く行きましょう〜〜 わあ〜〜暑そう・・・ 」

亜麻色の髪は さっさと荷物を纏めてもう廊下に出ようとしていた。

「 はいはい・・・ちょっと待つ! フランソワーズ、 そのままなの? 」

「 え・・・ なにが。 」

「 顔、よ! 化粧直しとかせめて日焼け止めくらい塗ってよ〜〜 」

「 化粧って・・・わたし、口紅とマスカラちょこっとだけだもの。 」

「 あ〜あ・・・美人はいいよねえ! でも! お願い、日焼け止めは塗る! 白鳥が踊れなくなるよ。 」

「 え・・・ そんなことないわよ、街中の陽射しではそんなに焼けないでしょう? 」

それでもフランソワーズはみちよと鏡の中に並んだ。

一応 さささ・・・っと手で髪を梳き、頬をぴしゃぴしゃ叩いてみる。

白い頬にほんのり桜色が広がって どんな紅にもまさる色合いだ。

天然の美女に敵う化粧品などはありはしない・・・ みちよは同性ながら見とれてしまう。

「 ・・・ あ〜あ ・・・ もう、女の目からでも溜息がでちゃうよ、フランソワーズ・・・

 一緒に歩くの、イヤだなあ〜〜 アタシって完全に引き立て役?? 」

みちよは 大袈裟に天井を仰いで溜息をつく。

「 え・・・そ、そんなコトないわ! みちよは可愛いし・・・ この髪もとってもきれいだし・・・

 あ・・・でも、一緒に行きたくないなら言ってね? ・・・ごめんなさい ・・・ 」

「 えええ〜〜 ウソウソうそ〜〜 冗談だってばさ! ヤダ、フランソワーズ〜〜

 なんて顔してるのよ 〜〜 」

シュン ・・・ として俯きそっと荷物を持った彼女に みちよの方が大慌てしてしまった。

「 ちょっとジョークよ! ちょっとからかってみただけだってば〜〜 も〜 そんな顔、しないで? 」

「 あ・・・な、なぁんだ・・・ もう〜〜みちよってば〜〜 」

「 あはは ・・ごめんごめん。 だってさ〜 こんなにキレイなのにちっとも構わないからよぉ〜

 でもね、トウキョウの夏ってマジでかなり日焼けするから! パリの比じゃあないよ。

 ほら・・・日焼け止め。 ちょこっと塗っておいてよね。 

みちよはズイ・・・っと化粧品のチューブを差し出した。 

「 あ・・・ありがとう。 そうねえ・・・ そういえばウチでも帽子をかぶれって言われたわ。 」

「 でしょう? そんなキレイな肌、大事にしなくちゃダメだよ〜う。 」

「 は〜い。 それじゃ・・・ちょっと貰うわね。 」

フランソワーズは素直に日焼け止めを腕に塗り始めた。

「 そうそう・・・ アタシはちょいと目を化けてっと。 水着なら・・・銀座にでようか? 」

みちよも並んで、熱心にマスカラを使っている。

「 銀座?? だって普通の水着よ? そんなトコ ・・・高いんじゃない? 」

「 ともかく、こんなカンジ?って見てみようよ。 わ〜アタシもちょっと楽しみだなあ。

 今年の流行りとか知りたいし。 見るだけでもいいじゃん。 」

「 え・・・ええ、いいけど。  あら、みちよ。 そのマスカラ、凄いわねえ・・・ 新製品? 」

「 これ?? や〜だ、違うよ、通販かなんかで買った <普通の> よ。 」

「 そうなの? 日本製ってすごいのねえ・・・・ こんなにくっきりと黒くなって。 

 とてもいいわ、みちよの大きな眼がますます可愛いくみえるわね。 」

「 ?? くっきり・・・ってほどでもないと・・・   あ! あ・・・ああ、や〜だ〜 あははは 」

「 ・・・なに? わたし、なにかヘンなこと、言った? 」

急に笑いを弾けさせたみちよに フランソワーズは驚いてしまった。

「 ふふふ・・・・ ううん、全然。 あはは・・あのねえ、フランソワーズ。

 アタシ達はね、もともと! な〜んにもしなくても睫毛は黒いの! これ・・・マスカラのせいじゃないのよ。 」

「 え、 あ・・・あら・・・ やだ・・・そ、そうよねえ・・・ ごめんなさい。 黒髪って素敵ねえ ・・・ 」

フランソワーズはそっと手を伸ばしてみちよの髪に触れた。

「 え〜 そう?? ふうん・・・アタシ達は薄い色の髪に憧れて、染めたり脱色したりしているのにね。 」

「 まあ! そんなこと、勿体無いわ。 綺麗な黒い髪に綺麗な睫毛・・・ いいなあ。

 ねえ、そのマスカラ、ちょっと借りてもいい? 」

「 どうぞどうぞ。 でも微弱だよ?  ・・・ はい。 」

今度はフランソワーズが熱心に鏡に向かっている。

「 マスカラだけはね、いつもちゃんと塗っているの。 だって・・・ 

 ジョーがね! きみの眼って白いわんこみたいだねえ、って言ったのよ! 」

「 白いわんこ・・・?  ・・・ああ! そっか〜〜 白っぽい毛並みのわんこって睫毛も白いよねえ。

 そうそう・・・ウチの前のワンコもそんな睫毛してたっけ。 ふふふ・・・ちょっとオジイサンっぽくなるのよね。」

「 でしょう! だから・・・イヤなのね。 ・・・うん・・・ なかなかイイカンジに黒くなったわ。 

 ありがとう、みちよ。 わたしも今度、これにするわ。」

「 そだね〜  ふふふ・・・・睫毛の色がわかるほど♪ カレシと接近してるってことね〜〜

 あの茶髪の彼でしょう? 何回か迎えにきたものね〜 」

「 え・・・ あ・・・ま、まあ・・・カレシ・・・ってことも・・・ない、のだけど・・・ 」

「 な〜に言ってるのよ? 彼のために水着を選びに行くんじゃない? 

 ま、いっか。 へへへ・・・いつか紹介してよね〜〜 」

「 カレシなんかじゃ・・・ 紹介って、ええ勿論。 今度 挨拶させるわね。 」

「 お〜お・・・そういう仲ですか♪ ふふ〜ん♪ 別に〜〜  とか オトモダチです って 力説するのって

 実はカレシなんです〜って告白しているようなモンよ。 」

「 も〜〜・・・みちよったら〜〜 」

「 あはは・・・ ま、今日は許してやろう。  そんじゃ行く? 」

「 ええ。 うふふ・・・お友達とショッピングなんて久し振り。 わあ・・・あつぅ〜〜い・・・! 」

「 あ・・・ちょっと待ってよ〜〜 」

ひらひら軽い足取りのフランソワーズを みちよは慌てて追いかけていった。

 

 

運命の度重なる大逆転の果てに 亜麻色の髪の少女は。

この ― アジアの東、それも隅っこにある島国に住むことになった。

脱出した当初は 敵を振り切り迎え撃つことだけで精一杯・・・ そしてやっとこの<安住の地>を得た。

なにもかもが自由な日々に ぽ〜ん・・・と放り出され 当初メンバーの全員は面食らっていた・・・らしい。

人間らしい感覚・表情 ・・・ そしてこころ・・・

そんな当たり前のものを自分自身のものとして取り戻すのには しばしの時間が必要だった。

 

  ― そして

 

やがて 彼らはひとりひとり手探りをしつつ己の道を歩き始めた。

故国に帰るもの、この地に留まり新しい生活を開拓するもの・・・ みな様々な道を選んだ。

決して平坦な道ではなかったが、彼らはやっと自分の意思で生きる自由を得、嬉々として散って行ったのだ。

 

少女 − いや、フランソワーズは この地に残った。

彼女の選択について首を傾げ、揶揄し、意味有り気な目線もあったが、彼女自身にとってはそれが一番自然だった。

 

   ・・・ わたしは。 ここに 居たいの。 ・・・ ここに ・・・ 彼の側に。

   ええ、居るだけで いい。

 

淡いはずの想いは 秘めているうちにどんどん大きくなっていったけれど・・・表に出すこともなく、

彼女は この極東の地で微笑みのある日々を送り始めているのだった。

踊りに世界にも 再び足を踏み入れた。

おそるおそる、遠慮がちに門を叩いたフランソワーズだったけれど、一度稽古場に立ち

バーに手を置けば ― たちまち夢中になってしまった。

 ― そんなわけで彼女は毎朝海辺のギルモア邸から 都心ちかくにあるカンパニーに

レッスンに通っている。

 

 

 

カツカツカツ ・・・

乾いた石畳に サンダルの音が甲高く・固くひびく。

濃い影が短く、ひょこひょこ揺れている。

「 はあ・・・ やっと追いついた!  もう〜〜 フランソワーズったら・・・フランソワーズ! 」  

「 あ ・・・ みちよ ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

みちよは、大きなバッグをどさっと肩から外して、大息をついている。

「 もう・・・ そんなに急がなくても大丈夫よ。  あ、日傘は? 」

「 え ・・・ あ。 ・・・忘れて来ちゃった・・・ 」

「 忘れてって あの店に? 」

「 ・・・多分。 銀座に着くまでは持っていたもの。 ・・・ でも、もういいわ。 」

「 いいの? ・・・ あの。 ごめんね。 」

「 みちよ? わたしがお願いしたのよ? 一緒に行って、って・・・ 」

「 うん ・・・ そうなんだけど。 銀座に出ようって言ったのはアタシだし。 

 もうちょっと地味目なトコにしておけば良かった ・・・かな。 」

「 ・・・ ううん ・・・ みちよのせいじゃないわ。 ごめんなさい ・・・わたしが ・・・ 」

フランソワーズも荷物を下ろし、俯いている。

「 ね。 どっかでお茶してこ? そんな顔で帰ったらお家のヒト達が心配するよ。 」

「 え・・・ な、なんか着いてる? 」

「 ・・・ もうすぐ雨が降りそう〜って顔だよ? 」

「 あ・・・ヤダ・・・  」

フランソワーズはごそごそとハンカチを引っ張り出し、目尻に当てている。

「 え〜と? ほら、ファースト・フード店なら 皆無関心だから。 ね? 」

「 ・・・ うん  ありがとう・・・ 」

「 ほら、日傘。 気になるのでしょ。 これで陰にすれば? 」

「 みちよは? だって日焼けするわよ? 」

「 いいよ、そんな。 それにすぐそこだもの。 さ・・・行こ! 」

「 え・・・ええ。 」

先ほどとは逆に 小柄な黒髪が先に立って大通りからわき道に逸れていった。

 

 

「 はい、アイス・コーヒー。 あ、ミルクだけでいいの? 」

「 ええ・・・ ありがとう、みちよ。 」

「 あはは・・・さすがに暑かったねえ・・・ ははは・・・いつもはキライなクーラーが気持ちいいわあ。 」

「 え・・・ああ、そうねえ。 ・・・ ごめんなさい、気がつかないで・・・ 」

「 ほらほらほら・・・ そんな顔、やめ。 ね? あのヒト達だって悪気があったんじゃないと思うよ?

 フランソワーズがあんまりキレイだからさ。 つい・・・ いろいろ・・・強引っぽく進めたりしたんだよ。

「 ・・・ そんな。  わたし、キレイなんかじゃ・・・ 」

「 キレイだよ〜 本当に。 ね? もう気にするの、やめなってば。 コーヒー、飲も。 」

「 え ・・・ ええ ・・・ あ・・・美味しい・・・ 」

「 うん ・・・あは〜〜〜 イッキ飲みしちゃえるわねえ。 」

「 ふふふ・・・ たまにはガム・シロップ、入れてみようかしら。 カロリー・オーバじゃないわよね? 」

「 そうよ、あんだけ走ったんだもの、オッケーよ。 」

「 ・・・・ なんか。 わたし ・・・ バカみたいね。 」

「 いいからさ。 あ♪ たまにはアイスでも食べようか。 」

「 まあ、いいわね! わたしね、あのくりんくりんって捻じれたのが食べたいなあ。

 ソフト・クリームってトウキョウで初めて食べたの! あれ、あるかしら。 」

「 うん、ほら。 それじゃ・・・ でかいの、食べようよ♪ 」

二人は荷物を置くと 席を立ってレジに並んだ。

 

   あ・・・ よかった〜〜 やっと笑ったよ・・・

   まっさおになって固まっているんだもの。  心配しちゃったよ・・・・

 

みちよはフランソワーズの笑顔に ほっとする思いだった。

 

都心の華やかな水着売り場で。 <ちょっと見るだけ> の二人はかなりしつこく店員に付き纏われたのだ。

フランソワーズの容姿に目をつけられ、次々と派手で最小面積な ― フランソワーズ風に言えば 

全然普通じゃない ― 水着を並べ 是非試着してみろ、と言い張った。

最初は二人とも穏やかにかわしていたのだが、だんだん強引さが目立ってきて ・・・

周囲の人々もちらちら視線を向け始めた。

 

「 勿体ないですぅ〜 是非、これ〜試着して! 店長、呼んできますからぁ〜 」

「 ・・・ あの ・・・ 結構です。 」

「 え〜そんなこと、言わないでぇ〜 」

「 いいです、今日は見るだけ・・・ 」

「 あ、着てみるだけでいいのよ〜 予約ってことで。 ねぇねぇ 是非! これ、新作だし〜 」

「 あの・・・いいです・・・ 」

 

押し問答をしつつも フランソワーズは額に汗びっしょり、顔色も悪くなってゆく。

「 あのね! 彼女、イヤだって言ってるでしょ!  さあ、帰ろうよ! 」

「 ええ。 」

「 あ・・・ちょっとぉ〜〜 」

みちよはフランソワーズの手をむんず!とつかむと ずんずん水着売り場を横切っていった。

 

  なあに? モデル ・・?

 

  さあ。 芸能人の新人かもね・・・・ 新手のキャンペーン?

 

  お♪ すげ〜 じゃん〜 

 

好奇の視線を振り切り、二人は外に出たのだが。 今度はフランソワーズが脚を速めだしたのだ。

 

 

 

「 う〜ん ・・・ 美味しい♪ 」

「 そだね〜〜 うん♪  ねえ、パリにはないの? 」

大きなソフト・クリームを舐めつつ やっと二人は <いつもの笑顔> になっていた。

「 こういうのはねえ ・・・あるかもしれないけど。 街で売ってるのはシャーベット風な方が一般的なの。 」

「 ふうん ・・・ あ、イタリアのジェラートみたいなの? 」

「 そうそう。 ソルベっていうんだけど。 カシスとかレモンとか、ね。 」

「 へえ? 美味しそうだね〜 ・・・ コレもいいけど。 」

「 いまはこっちがいいわあ、わたし。 あ〜 美味しい・・・ 」

「 ・・・ ねえ? ごめんね。 あんなとこ誘ってさ。 随分強引な店員だったけど。

 でもね、皆 本当にフランソワーズがあんまりキレイだから 思わず見ちゃうんだ。 本当よ? 」

「 みちよ・・・ 今日はありがとう。 わたしこそ ・・・ ごめんなさい。 

 お友達とショッピングって 本当に久し振りで嬉しかったわ。 本当よ! 」

「 うん。  水着だけどさ。 今度はもっとマイナーなとこ、行こうよ。

 か〜なりオバサンっぽくなるけど、ショッピング・モールとかにも いっぱい並んでいるし。

 あはは・・・なによりお手ごろ価格♪ 」

「 あら素敵♪ それは歓迎ね。  あ〜・・・ 美味しかったぁ〜〜 」

フランソワーズはにっこり笑って コーン部分の最後のシッポを口に放り込んだ。

「 よかったあ・・・ ねえ、やっぱりさ 」

「 え、なあに。 」

「 どんな美人だっても。 笑ってたほうがいいよ、ず〜〜っとね。 」

「 あ・・・ ご ごめんなさい ・・・ 」

「 ほらほらほら〜〜 そんな顔、ナシ。 それに ごめんなさい、も ナシ。 

 今日はソフトが美味しかった♪ ― それでいいじゃん。 」

「 ええ そうね!  今日の収穫 : ビッグ・ついすた〜・みっくす・そふと♪ 」

「 あはは・・・そういうコト。 」

ばいば〜い・・・と屈託なく手を振り合って すこし斜めになってきた陽射しの中、右左に別れた。

 

  カツカツカツ ・・・

 

威勢のよかった足音が だんだん だんだん 静かになってゆく。

亜麻色の髪の女の子は 少しづつ道の端に寄り始めた。  

 

   ・・・ やっぱり・・・ わたしって。  わたし ・・・ ヘン なのよね、きっと。

   どんなに普通のフリをしても ほら ・・・ あのヒトも このヒトも・・・

   チラチラ こそこそ ・・・ 見てるわ ・・・ わたしのこと・・・

 

   やっぱり ヘン だから。 ・・・ この時代のヒトじゃないから。

   ・・・ 人間じゃないから!  サイボーグだから・・・!!

 

俯きがちに・そうっとこっそり。

建物の陰を拾い拾い、 彼女は街をすり抜けていった。

 

 

 

 

    ザザザ −−−−−  ザザザ −−−−−

吹きぬける風が規則正しい波音と 潮の香りを運んでくる。

夕焼けまでにはすこし時間があるらしく、太陽はまだしっかりと照りつけていた。

 

   ああ ・・・ ここに帰ってくると ・・・ ほっとするわ・・・

 

岬の洋館への坂道、登り切るほんの少し手前で フランソワーズは足を止めた。

海に向かって 深呼吸をひとつ・ふたつ。

バッグの中から鏡を探りだすと、そっと覗きこむ。

 

   目 ・・・ 赤くなってないわよね。  マスカラも落ちてないし。

   髪もオッケー。  ・・・ 顔色 ・・・ 頬紅なんて持ってないしなあ・・・・

   

きゅ・・っと自分自身で頬を抓り、口の端を無理矢理上げて笑ってみる。

彼女は はっきりとした足取りで歩き始めた。

 

「 ただいまもどりました・・・! 」

 

玄関ドアが開く同時に 明るい声がギルモア邸の中に響いた。

ことん、と荷物を置いて上り框で靴を脱ぐ。

はじめは不便に思えていたこの国の習慣が 何時の間にかフランソワーズにとっても

当たり前なことになってきていた。

ぺたん ぺたん ぺたん ・・・

奥からのんびりスリッパの音が聞こえてきた。

「 お帰り! 早かったんだねえ。 」

「 ジョー。 ただいま〜〜  そう? 遅くなったかなって焦って帰ってきて ・・・ソンしちゃった。 」

「 ゆっくりして来ていいのに。 あ、買い物 ・・・ 持つよ。 」

「 ありがとう・・・ こっちに卵が入っているの、気をつけてね。 」

「 了解〜〜  暑かっただろ? なにか冷たいモノ、飲む? 」

「 そうね〜 それじゃ・・・ むぎ茶、お願い。 ねえ、今日こ〜んなに大きなソフト・クリーム食べたの。

 すご〜く美味しかった♪ ふふふ〜〜これじゃ夏太りしちゃうわねえ。 」

フランソワーズはクスクス笑って ジョーの後からリビングに入ってきた。

「 久し振りにね、お友達とショッピングに行ったのだけど。  結局眺めただけだったの。

 それでね〜 ぼ〜っとしていたので日傘を忘れてきちゃった・・・ばっかみたいねえ、うふふ・・・ 」

「 ・・・ フランソワーズ・・・ ? 」

「 あら、なあに。 」

ジョーが買い物袋を持ったまま、くるりと振り返った。

セピアの瞳が じっと彼女を見つめている。

「 どうか ・・・ したかい。 」

「 ・・・ え ・・・ べ ・・・べつに。 」

「 そうかい? それなら いいんだけど。 」

「 ちょっとお日様にあたりすぎたかな〜って思ってるだけ。 ・・・でも どうして。 」

「 うん・・・ それならいいんだけど。 なんだかちょっと・・・いつものフランソワーズと違うみたいな

 カンジだったから。  日本の夏って油断したら駄目だよ? 」

「 ・・・ ええ。 お友達にも言われたの。 ちゃんと日焼け止めとか塗らなくちゃだめって。

 真っ黒になって白鳥が踊れなくなるよって。 ふふふ・・・黒鳥になっちゃうわねえ? 」

「 女の子は大変だよね。 あ・・・すぐに冷たいむぎ茶、もってくるから。 」

「 ありがとう。 あ、ジョー 卵 たまご〜〜 」

ジョーの後を追って彼女もぱたぱたとキッチンに駆けていった。

 

 

 

「 それじゃ・・・ お休みなさい、博士、 ジョー。 お先に・・・ 」

「 ああ、お休み ・・・ 」

「 お休み〜 フランソワーズ ・・・ 」

パタパタパタ −−−−

いつもと変わらず軽い足音を残し フランソワーズは自室に引き上げていった。

「 ― どれ。 ワシもそろそろ休むかな・・・ ん? どうした、 ジョー。 」

博士はう〜〜ん・・・! と伸びをしてから おや、と向かいのソファにいるジョーを見た。

彼は膝に雑誌を広げたまま、身体を捻じ曲げじっと戸口を見つめている。

「 なにか気になることがあるのかな。 」

「 ・・・ え? あ。 博士・・・ いえ、べつに。 ただ・・・ 」

「 うん? お得意の <べつに> という顔じゃあないなあ。 なにかあったのかね。 その・・・彼女と 」

博士はくい、と二階への階段へ首をめぐらせた。

「 あ・・・ はあ。 彼女 ・・・ なんだか無理に元気っぽくふるまっているみたいで・・・ 」

「 うん? そうかの。 いつもの彼女とあまり変わりはないように思えたが・・・

 ショッピングに行ったとかで、楽しそうだったじゃないか。 」

「 ええ ・・・ でも・・・ 同じことばかり繰り返していたみたいだし。

 街の様子とかいつもいろいろ細かいことを詳しくおしゃべりするのになあ。 」

「 ふふふ・・・ ジョー。 おまえ、彼女のことには なかなか詳しいじゃないか・・・ん? 」

「 え! ・・・ そ、そんなコトないですよ! ・・・ただ ・・・ なんかちょっと・・・? 」

「 ま、本人も言っておったが少々暑さに中ったのではないかの。

 そうじゃ、日傘をなくしたとか言っておったしな。 」

「 はあ・・・ そうだ、博士! なにか強力な対紫外線素材で日傘を作ってください! 」

「 ・・・ ジョー? おまえ、なあ・・・ 」

「 はい? 」

博士は苦笑しつつ・・・ <末息子>の顔を眺めた。

「 お前にはまだ無理かもしれんがな。 ・・・ 女性の、 おんなゴコロ をもっと勉強せにゃあなあ。 」

「 お、おんなごころ?? ・・・ それと日傘がどう??? 」

「 あのな。 いくら紫外線100%カットのスーパー日傘 を作ってもな。

 <可愛い> くなければ ダメなんじゃよ! あのコの好みにあったモノでなければな。 」

「 は・・・ はあ・・・ 」

「 ふふん ・・・ ま、今度買い物に行くときにでも それとなく一緒に選んでおやり。

 お前が選べば フランソワーズはそれが一番・・・と思うじゃろうからな。 」

「 へ・・・・ ぼくが選べば、ですか??? ぼく・・・ <可愛い>ってよくわからないんですけど・・・ 」

「 ・・・ ま、頑張れや。  ワシはもう寝る・・・ お休み、ジョー。 」

「 あ、はあ。  お休みなさい、博士・・・ 」

ジョーの肩を トン と軽く叩き博士は自室に引き上げていった。

 

   おんなごころ??? 

   日傘だって・・・ぼくはこの家で初めて触ってみたのにさ・・?

 

ジョーは雑誌を開いたまま、ひたすら首を捻っていた。

 

 

  ― がたん ・・・!

「 やっぱり! 気になる。 いいさ、迷惑がられたって。 ぼくの考えすぎならそれの方がいいもんな。」

自室で ジョーはベッドから勢いをつけて立ち上がった。

一番最後にリビングを後にし、部屋にもどり寝支度をし。 

いつもの如くぼすん、とベッドに転がったのだが  ・・・

 

   ・・・ うん、ぜったいにいつもの彼女とは 違ってた!

   どこが・・・って聞かれても ・・・ よくわからないケド。 う〜ん ???

   元気でにこにこしてたけど。 でも ・・・ う〜ん・・・

   そうだよ! 一生懸命、にこにこしてたってカンジなんだ。

 

さささ・・とパジャマを直し、ちょこっと寝癖の髪の押さえてから ジョーは廊下に出た。

彼女の部屋は角部屋で ジョーの部屋から直接ドアは見えない。

波の音がやけに響く廊下を曲がって ジョーは目的のドアをかなり控えめにノックした。

 

   ・・・ 怒るなら 怒ってくれ! そのほうが ずっと自然だよ。

   うん、そうさ。  無理になんて笑わないでくれ・・・ここはきみの家なんだ!

 

「 ・・・ はい? 」

くぐもった声が 返事をした。

「 あ・・・ あの。 ぼくなんだけど。 ちょっと ・・・ 気になってさ。 あの・・・ 」

「 え? なあに。 なにかあったの? 」

「 え! べ、別に何にもないけど。 ただ ちょっと あの・・・ ごめん・・・ 」

カチャ・・・・

ドアはごく普通に開いた。  ・・・ 鍵をはずした音はしなかった。

「 ごめん ! こんな時間に・・・ もう眠っていただろ? あの・・・ 」

「 ううん、まだ起きていたけれど。 ・・・ それで、御用はなあに? 」

「 うん ・・・ それがさ。 きみ、やっぱり ・・・  うわぁ〜〜?! 」

 

ジョーは本当にちょびっとだけ飛び上がり ずずず・・・っと後退りした。

ドアの中から現れたのは ―  真っ白な仮面  だったのだ!

 

「 だ・・・・ 誰だ!? フランソワーズはどこだ!? 」

「 ジョー? しっかりしてよ? わたしは、あなたの目の前にいるでしょう? 」

「 ウソをつけ・・?  うん? あ・・・ ふ、フラン? 」

「 いや〜だ・・・ これ、顔のパックなのよ。 」

「 ・・・ ぱっく ・・・? 」

「 そうよ。 お肌を休めて栄養を上げるの。 この紙にね、美容液が染み込ませてあるの。

 それを貼り付けてしばらくじ〜っとしているのよ。

 ほら、今日陽に焼けそうだったから ・・・ そんなにびっくりした? 

「 う・・・ うん。 ぼく・・・そういうの、見るの初めてだから・・ 」

「 ふふふ・・・こんな姿はヒトに見せるものじゃないけど。 ・・・ねえ、ご用事はなあに。 」

「 ・・・ え 。 あ・・・ あ〜 うん。 いいや、やっぱり。 うん、安心したから。 」

「 え? ヘンなジョーねえ・・・ じゃあ、お休みなさい。 」

「 あ、うん。 お休み〜 フランソワーズ。 」

「 ジョー? パジャマのズボン。 それって後ろ前じゃないの? 」

「 ・・・え? あ・・・! 」

「 ふふふ・・・お休みなさ〜い  明日、寝坊しないようにね。 

「 あ・・・ ああ、うん。 」

ぱたん・・・とジョーの目の前でドアが閉まった。

 

   ヤバ・・・  全然気がつかなかった・・・

   ・・・ びっくりしたけど。 うん、よかった・・・ いつものフランだ♪ 

 

ジョーはうん・・・!と伸びをすると のんびりスリッパを引き摺って自室に戻っていった。

 

  ―  ぺたん ぺたん ぺたん ぺたん ・・・ カチャ・・・ パタン・・・!

 

   ・・・ はああ・・・・

 

暢気な足音が聞こえなくなったとき、フランソワーズは大きく溜息をついた。

ベッドに座り込むと、顔から紙を毟り取る。

彼女は白い頬とは対照的に 充血した瞳をそっと抑えた。

「 ・・・ ああ ・・・ よかった。  腫れぼったい目、見られたくないもの・・・

 ごめんなさいね、ジョー・・・  女の子には泣きたい夜もあるのよ・・・ 」

カチリと電気を消せば 煌々と白い光が忍び込む。

そろそろ満月も近いのかもしれない。

フランソワーズはタオルを持ったまま、テラスへの窓の下に座り込んだ。

「 ・・・ キレイなお月さま・・・  ねえ? お月さまだけね・・・

 こんなわたしにも 昔と同じに優しい光を注いでくれるのは・・・ 」

ほろり ほろ ほろ ほろ・・・・

月明かりにも輝く頬に 瑠璃の雫が伝い落ちてゆく。

その夜 ― 崖っぷちの洋館の窓辺には いつまでも乙女の影が映っていた。

 

 

 

「 ・・・ あれ? こんなに氷、使ったかなあ? 」

翌朝。 いつものごとく、一番最後に起きてきたジョーは 冷凍庫の前でぶつぶつ言っていた。

朝のはやい博士はとっくに散歩やら朝食を済ませ、研究室に入っていたし、

フランソワーズも朝のレッスンに出かけている。

ジョーは慌ててキッチンに飛び込み、まずは冷蔵庫を開け・・・ 氷用の水タンクがほとんど空になって

いるのをみつけたのだ。 氷保存スペースもからっぽだった。

「 昨夜 ・・・ 氷なんか食べてないよなあ。 あ、博士が実験用にでも持っていったのかもな。

 あ! いけね! バイト・・・ 遅刻だあ! 」

冷蔵庫の中から フランソワーズが作っておいてくれたサンドイッチを取り出すと

ジョーはばたばたとキッチンを出て行った。

 

「 博士〜〜〜 イッテキマス〜〜 ! 」

「 ・・・ おう ・・・ ジョー、気をつけてな ・・・ 」

 

玄関のドアが威勢よく閉まり ― ギルモア邸にはやっと静寂が訪れた。

 

 

 

「 お早うございま〜す・・・ 」

「 あら、お早う。 」

「 お早う〜〜 フランソワーズ! いそげ〜〜 もう始まるよ! 」

「 え、ええ!  もう ・・・ 寝坊しちゃって・・・ 焦っちゃう〜〜 」

一番最後に更衣室に飛び込んできた女性は 大慌てで着替えを始めた。

「 えっと・・・ゴム・・・ゴムは・・・ わ〜ん・・・ピンとかのポーチがない・・・ あ! あった! 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

「 なあに、みちよ。 え〜と・・・ ピン、 ピンは・・・? 」

みちよは 大きなバッグをひっかき回しているフランソワーズの隣にこそ・・・っと寄ってきた。

「 よかった! いつも通りのフランソワーズで・・・ 」

「 ・・・え ・・・ あ・・・ あの・・・ うふ・・・ ありがと、みちよ。 」

「 そうそう! そうやって 笑ってなよね。 ちょびっと心配してたんだ。

 今朝、お休みだったらどうしよう・・・ってね。 」

「 あ・・・ あら。 うん ・・・ もう平気。 ありがとう〜〜 気を使ってくれて。 」

「 よかった〜〜 ふふふ またさ、特大ソフト、食べに行こうね♪ 」

「 ええ! 今度はいちごみっくす にしようかなあ〜 」

「 ふふふ・・・ あ! もう始まるよ 先にゆくね。 」

「 わ〜〜 待って〜〜 えっと・・・ポアント ・・・と、タオル。 いま行くわ! 」

フランソワーズはペイル・ブルーの稽古着姿で 慌てて更衣室を飛び出して行った。

 

 ― なんとか氷で抑えた寝不足で腫れぼったい目を 前髪に陰にかくしつつ・・・

 

やがて 優雅なピアノの音がスタジオから流れ始めた。

 

 

 

「 〜〜 で、最後にシェネを入れて。 ダブルのピルエット・アンディオールで抜いて ポーズ。 いい? 」

パン!と手が鳴って それを合図にピアノがゆったりした三拍子を奏で始めた。

ダンサー達は てんでに振りを確認しつつ軽く動いている。

 

朝のクラスはそろそろ後半というところ。

始めは重いアタマを抱えていたフランソワーズも すっかり踊りに熱中していた。

「 はい、それじゃ え〜と・・・三人づつ、ね。 ゆりえとさゆりと・・・ようこ! 」

鏡を背に立つ初老の女性が 再び手を打った。

ささ・・・っとダンサー達が中央に走り出て・・・ ピアノの音と共に踊り始めた。

「 ・・・ っと。 それで アチチュード・・・それから・・・・ 」

「 フランソワーズ・・・ ねえ、最後ってなに、アラベスク? 」

「 ん〜〜〜 ・・・ え、ほら。 ゆりえサンの見てて・・・ ああ、アラベスク 第三、で終わりよ。 」

「 そっか ・・・ うん ・・・ありがと! 」

「 あ、次よ。 」

フランソワーズはみちよと同じ組になり、センターに進み出た。

 

 

「 ・・・ ふうん。 そうねえ・・・ 」

全員が一回踊り終わったところで 初老の女性はちょっと首を傾げほんのり笑った。

「 ねえ。 フランソワーズ?  ちょっと・・・ 」

いきなり名指しをされて フランソワーズはびっくりし・・・ そっと一歩だけ進み出た。

「 あのね。 あなたの踊り方・・・ 決して間違いじゃないのよ。 キレイに踊ってたわ。

 でも、ね。 おそろしくオールド・ファッションね。 」

「 ・・・ え ・・・・ 」

「 私が若い頃、そうね、50年も前には、そんな風に踊ってたわ。

 でもいまはね。 こうやって ・・・ プレパレーション するのよ。 」

彼女は すすすす・・・っとごく自然に中央に歩いてゆき、すた・・!と出だしのポーズを決めてみせた。

「 ね? わかるでしょ。  間違いじゃないのよ、でも 今風じゃないわ。 

 ちょっと考えてみて? 」

「 ・・・あ  ・・・ は、はい ・・・ 」

「 はい、それじゃ アレグロね。  え〜と・・・ シャンジマン・バッチュの・・・ 」

フランソワーズはささ・・・っと後ろに下がり スタジオの隅っこに引っ込んだ。

 

   ・・・ オールド・ファッション ・・・!?

   バレエは ・・・  バレエはいつだって変わらないって思ってたのに・・・

   ・・・ わたしの 帰る場所 が・・・ もう ・・・どこにも・・・

 

きゅ・・・っと水色のタオルで拭ったのは ― 汗だけではなかった。

 

 

「 あれ・・・? ねえ、フランソワーズ、知らない? 」

「 え〜 ・・・さっき いたよ? 」

「 そうだよねえ。 ・・・まだ自習しているのかなあ。 」

みちよは更衣室中をきょろきょろ見回している。

朝のクラスが終って ダンサー達はてんでに着替えたりシャワーを浴びたり賑わっているのだが・・・

「 あ〜 先に帰ったみたいよ〜、彼女。 」

「 あ、そう? ・・・ ふうん ・・・ なにか用事があるのかな。 それならいいんだけど・・・ 

 後でメールしとくかあ・・・ 」

みちよはちょっぴり心配そうだった。

「 彼女さ、家、遠いから 急いでいたんじゃないの。 」

「 うん ・・・ そうだよね、きっと。 うん ・・・ 」

彼女の呟きはたちまち華やかなざわめきに呑み込まれてしまった。

 

 

 

「 あ・・・ あの鳥 ・・・ カモメ・・・とも違うわね。 のんびり飛んで気持ちよさそう・・・ 」

 いいなあ ・・・ 鳥は。 自由にどこまでも飛んで行けて・・・ 」

フランソワーズは思わず小声で呟いてしまった。

今日も ここで ― 家への坂道の途中で 足が止まってしまった。

目路はるか広がる海と空は 彼女のささくれたこころをゆったりと潤してくれる。

風に吹かれて 亜麻色の髪を靡かせ ・・・ フランソワーズはぼんやり立ち尽くしていた。

 

「 おや。 今 お帰りかな。 」

 

のんびりした声が 坂の下から登ってきた。

ほい、ほい・・・と軽い掛け声と一緒に白髭の老人が姿を現した。

「 まあ・・・コズミ先生。 こんにちは、お元気でいらっしゃいますか。 」

「 はい、こんにちは。 お嬢さん、なにを熱心に眺めていたのかな。 」

「 え・・・ あ、あら・・・ご覧になっていらしたのですか? いやだわ・・・  ほら・・・あの鳥・・・

 あれを見てたのですけど。 あれ・・・カモメ、とは違いますよねえ。 」

フランソワーズは海原の上を羽ばたく群れを指差した。

「 うん・・・? ・・・おお、あれはな、 磯鴫というヤツじゃよ。 」

「 ・・・ いそしぎ・・? 」

「 そうじゃよ。 この辺りの海岸ではよくみる鳥での、なかなか愛らしい。 」

「 そうですねえ。  ・・・あら? あそこに、あの崖の途中に居る一羽・・・

 羽をどうかしているみたいですね。 」

「 ・・・ うん? ああ、そうじゃな。 あの崖の窪地で休んで傷を癒しているのはないかな。 」

「 ・・・ 早く元気になれればいいですね。 」

「 そうじゃなあ。 ・・・ 鳥もヒトも、 傷ついたら休めばよいのじゃよ。 ちょこっと羽を休めて・・・

 傷が癒えたら また大海原の上を舞えばよいのじゃよ、お嬢さん。 」

「 羽を ・・・ 休める・・? 」

「 そうじゃ。 どれ・・・ 行きますかな。 時にギルモア君はご在宅かな。 」

「 あ! はい! ・・・ごめんなさい、途中でお引止めしてしまって・・・ どうぞ! 」

「 ふぉふぉふぉ・・・よい、よい。 ワシも可愛いお嬢さんと話ができて楽しいですじゃ。 」

「 ・・・まあ ・・・ あら、おカバン、お持ちしますわ。 」

「 いや〜 そんなに年寄り扱いせんでくだされ。 ワシはまだまだ現役ですぞ。 ギルモア君と同じにな。 

 では ・・・ お嬢さん、 お手をどうぞ? 」

「 まあ・・・ はい、では・・・ 」

気取って出された腕に フランソワーズは軽く手をかけた。

「 では 参るかの・・・ 」

二人は ゆったりと岬の突端の家へ歩いていった。

 

 

 

「 あれ? 今日は休みなのかい。 」

翌朝、 例によってばたばたとキッチンに飛び込んできたジョーは 驚いて声を上げた。

フランソワーズがエプロン姿でコーヒーを淹れている。

「 ・・・え ええ。 お早う、ジョー。 ほらほら・・・・急がないと遅刻よ? 」

「 あ・・・うん。 えっと・・・ ミルク・・・は  」

「 今 注ぐから。 ほら、サンドイッチ、食べていて? 」

「 うん ・・・あ、ありがとう!  ・・・ そうだ! あの ・・・ ちょっと 」

ジョーは大急ぎのはずなのだが ごそごそ鞄を探っている。

「 ・・・ 帰ってきてからにしたら? 」

「 うん・・・いや。  あ、これ! ・・・どうかな。 」

ジョーはずい!と紙袋に入った棒状のものを差し出した。

「 ・・・ わたしに? 」

「 うん。  あの ・・・ 日傘、失くしたって・・・ だから。 」

「 え・・・ まあ。 ありがとう、ジョー ・・・ あらぁ〜〜 これってカット・ワークでしょ?

 キレイねえ・・・ ねえ、高かったんじゃないの? 大丈夫? 」

フランソワーズは 広げた日傘を見上げその生地の細工にそっと手を触れたりしている。

生成りっぽい生地に 花模様がカットされていて優美な影を映し出す。

「 だ・・・大丈夫だよ! <可愛い>のって ・・・ よくわからなくて・・・

 ほら、きみが大切にしているお客用のテーブル・センター・・・あれと似てるからって思って。 」

「 嬉しいわ、 ジョー! ありがとう! わたし、大好きなの。 」

「 よかった! もうさんざん迷って・・・ これ!って店員に頼んだらね。

 お母さんにプレゼントですか、なんて言われちゃったんだ。 そんな風に見えるのかな  ・・・ あ・・・? 」

 

   ―  ぽとり ・・・ ぽた  ぽた ・・・ 

 

朝食のテーブルに 水玉が落ちてきた。

「 あ・・・ あの・・・ ご、ごめん・・・ ぼく ・・・ なにか・・? 」

「 ・・・ ううん ・・・ ううん ・・・ ジョーのせい・・・じゃない ・・・ の ・・・でも・・・ 」

「 ・・・ あ・・・  あの・・・ 」

 

フランソワーズは真新しい日傘を抱き締めたまま 俯き涙を落とし続けていた。

 

 

 

Last updated: 08,11,2009.                       index          /          next

 

 

*******  途中ですが・・・

すみません〜〜〜 終わりませんでした・・・ <(_ _)>

えっと ・・・ 冒頭に記しましたが これは 花林様へのキリリク作品でございます。

平ゼロ設定、 フランちゃん、周囲とのギャップに悩み引き篭もりっぽくなってしまいます・・・

さあ〜て・・・ 平坊くん? どうする どうする??? (^_^;)

島村さんち 】 とはまた一味ちがった 平ゼロ・カップル話・・・ すみません〜〜〜

あと一回お付き合いくださいませ。

なにかご感想でも一言頂戴できますれば 恭悦至極・・・! <(_ _)>

そうそう、 いそしぎ  はコズミ博士が仰っていますが 鳥の名前。

( 実は映画のタイトルでもあるのですが・・・ これは後半で・・・ )

みちよちゃん はバレエ団でのフランソワーズの仲良しさんです。