『 想い出 ほろほろ  ― (2) ―  』 

 

 

 

 

 

   かた かたかた ・・・・

 

ジョーは 自分の腕が震えるのを止めることができない。

手にとった大判のフレームを 落とさないようにするのが精一杯だった。

 

「 ・・・ な なんだよ ジョー! だらしない。

 さ サイボーグが震えるなんて ・・・ そんな有り得ない ・・・ 」

 

自嘲めいて自分を叱咤してみたが 手の震えは止まらない。

いや それは手の問題ではなく 心が震えているからだろう。

それでも 彼は手にしているものを 元の場所に戻すことができないのだ。

どうしても どうしても その写真から目を離せない。

 

 ― その写真は

 

わりとありふれた年配の男性と女性が門の前に並んでいる。

門は いつもの見慣れた・はずの ウチの門 なのだが

アイアンレースに 少し錆が浮いてみえる。

そして その前にいる男女は 二人とも髪は白く 顔には多くの皺が刻まれ

それでも  朗かに微笑んでいるのだ。

 

「 で でも ・・・ これ ・・・ この写真 ・・・

 この男性は ・・・ああ ぼくがもし年とったらこんな感じになったかな・・・

 フランもこんな風に年齢を重ねたんだろうなあ 」

 

ジョーは そうっと 深い深い愛情をこめて

その写真を その二人の顔を 撫でる。 

愛しい温かい想いが溢れ ・・・ それは透明な雫となって頬を伝い落ちる。

 

「 すぴか ・・・! すばる ・・・

 ああ お前たちは二人とも 幸せに生きたんだ ね 」

 

やっと震えが止まった手で 彼は丁寧に写真を戻した。

 

 

「 こっち側は ・・・ 知らないのばっかだ ・・・ 」

 

思い切って先に視線を転じてみた。

ジョーは一瞬 引き返そう、としたけれど 足は勝手に前に進んでしまう。

脚は 彼自身より遥かに 彼の欲望に正直なのだ。

 

「 ・・・ あ ・・・ 」

 

一枚 一枚の写真に 彼は食い入るように見つめる。

 ― だって 一番知りたくて 一番見たい光景 が並んでいるのだから。

 

写真の中のコドモ達は どんどん成長してゆく。

すんなり伸びた脚を出した姉 と まだぷっくりしている弟が

  に・・・っと笑って並ぶ 校門の前。

二人の肩には 白い花びらが散っている。

 

「 ・・・ 卒業式  か?  小学校だな  

 あは ・・・ こんなに大きくなるんだ ・・・ 

 

この二人はついさっき ジョーの腕に飛び付いてきたのだ。

まだ 飛び付かなければ届かない。  背丈はジョーの腰くらいまでだ。

ふっと 柔らかい笑みが唇に上ってきた。

もうやめよう! と思いつつも ジョーは並ぶ写真を見続けてしまう。

 

ぶかぶかの制服姿 ・・・ すぴかはスカートが気に入らず 

すばるは ネクタイをしきりに弄っている。

ぐん、と背が伸びた弟、姉は相変らずぎちぎちに編んだお下げ髪だ。

 

「 お〜〜 青春! だなあ。 あ やっと姉貴の背に追いついたか

 いやあ ・・・ お母さん似だねえ すぴか 

 

初めて見るのにこんなに懐かしい。 温かい気持ちがこみ上げてくる。

見てはいけない、 見るべきではない と思いつつも

ジョーの視線はどんどん先に進んでしまう。

 

「 だめだ、ここでお終いにするんだ! ・・・ ああ でも・・・

 お。 この制服は・・・ 高校生か! すばる、デカくなったなあ

 ふふふ 強気の面構えは変わらないねえ すぴか 

 

微笑つつ眺めていたが 一瞬、視線が浮いた。

ここにあるのは 確かに家族の写真なのだが ― 途中からは

< 二人 > だけのものばかり。 

つまり 彼らの両親の姿が写っているものが 一枚もないのだ。

 

「 最初は ああ ぼく達の結婚式 とか チビ達が生まれた頃のには

 ぼくもフランも写っているよなあ ・・・?

 なんでアイツらだけの写真ばかりなんだ? 」

 

ジョーは 少しだけ暖炉から離れて眺め直してみた。

中央に大きなフレームがあり 左右に多くの小型の写真が並ぶ。

彼はしばらくしげしげと全体の光景を見ていたが ・・・

 

「 ・・・ これ ・・・ もしかして。

 アイツらが 並べたのかも。 ぼくらに見せるため に・・・? 

 ぼくらが去った後お二人の人生を 生きざまを

 ぼくらに見せてくれるための写真 なのか 」

 

   そうか ・・・ そうなんだ ね?

   ・・・ すぴか  すばる !

 

熱い熱い想いが ほろほろと湧きあがりそしてこぼれ落ちてゆく。

あのチビ達は こんなにも温かい気持ちを残していってくれたのだ。

 

「 わかってくれたんだ ・・・ ああ こんな親だけど 

 ホントに本当に 愛しているよ 大好きなんだ!

 ぼくらのところに生まれてきてくれて  ありがとう !! 」

 

ジョーは かっきりと顔を上げまた一枚 一枚 写真を見つめてゆく。

不意に 彼はくしゃ・・・っと顔を歪めた。

悲しいのではない 悲しむ必要などないのだ けれど・・・

嬉しさと切なさと そして 一抹の淋しさがいっぺんに押し寄せた。  

その写真は ― 

 

 「 ・・・ お  おめでとう ・・・ !! 」

 

確かに知ってる面影がある女性の幸せな花嫁姿。 

そして 次に並ぶ写真は ― 

かちこちに緊張して でも 喜びにあふれた花婿さん。

 

    こ れ ・・・   

    ああ  絶対に見られないだろうなって思ってたけど 

 

    ああ ああ  なんて 可愛い・・・!

    ああ ああ  なんて 凛々しい ・・・!

 

「 よかった ・・・!  おめでとう おめでとう おめでとう

 ぼくは、父さんは いつでもどこでもいつまでも お前たちのこと、

 大好きだよ〜〜 お前たちの幸せを心から祈っている ・・・! 」

 

オトコが泣くなんて と一生懸命抑えてきた。

サイボーグが泣くなんて 滑稽だよ 有り得ない〜 と自嘲もしていた。

だけど もう限界だった。

 

     ・・・ うう ・・・

 

島村ジョー は 滂沱と流れ落ちる涙を拭うこともなく

その幸せの二枚を 見つめ続けた。

 

「 !  ・・・ ここに長居するわけには 行かないぞ!

 ぼくは いつもの < ウチ > に戻って フランと協力して

 チビ達を育てて行かなくちゃならないんだ! 

 そうだよ こんな幸せな人生を送らせなくちゃ! 」

 

その部屋から引き上げるのには かなりの意志のチカラが必要だった。

「 くっそ〜〜〜〜  ここで思い出に埋もれるわけには

 いかないんだよ〜〜〜  ジョー  立つんだっ ! 

必死の思いで その部屋のドアを閉めようとした その時 

 

     ありがとう!  おとうさん。

    

「 ・・・ あ 

彼はたしかに その声を聞いた。  よおく知った二つの声を 聞いた。

 

      ・・・ お前たち ・・・

     ありがとう!  すぴか  すばる 

 

 

   キィ ・・・ パタン。  トン トン トン ・・・

 

くらくら眩暈を感じつつ ジョーは屋根裏に戻った。

― いや 逃げ帰った。

 

幸いにも その部屋は先ほどとは寸分も変わってはいない。

「 ・・・ あ  よかった・・・ ここは  

ほ・・っと胸をなでおろし 彼は古いソファに崩れ落ちるみたいに座った。

 

    そう ・・・ か・・・

    そうなんだね  幸せに ・・・

 

    ぼく達が いなくなっても

    二人きりになっても

 

    まっすぐに 明るく 生きてくれたのか

 

温かい想いと共に それをおおきく超える切なさが襲ってきた。

 

 いつかは ― それもそう遠くはないうちに ― あの子達の前から

姿を消さなければならない。

 

年を取らないバケモノは いつまでもこの普通の世界に居ては

ならないのだ。

そのことは 細君との間に子供を授かった時から 覚悟してきたはず

なのだ が。    

 

    わかってる  わかってるんだ ・・・

    でも。  見たくない。 

    気付かないフリを していたい・・・!

 

 

「 ・・・ ああ また一年 経ってしまったのね 」

「 フラン ・・・ 」

子供たちが誕生日を迎えるたびに 心からその成長を祝しつつも

彼の細君はぽつり・・・と 嘆く。 

それも 彼の胸の中で 彼だけに聞こえるように。

「 あの子たちと一緒にいられる時間が また一年減ってしまったわ

 ああ ああ ずっとこのままだったら  いいのに! 」

「 ・・・ フラン 」

「 わかってる わかってる わ・・・

 そんなこと、あの子たちがお腹の中にいる時から わかってるの!

 ・・・ でも  でも ね  」

「 ・・・・ 」

そんな時、ジョーは 黙って彼女を抱きしめるしか ない。

 

    ごめん ・・・ すぴか すばる

    お父さん達は こんなバケモノは

    コドモを持つべきでは なかったのかも・・

 

何回も 心の中で謝ってきた。 謝ってすむことではないけれど・・・

だけど ― この魅惑に日々を返上しよう なんて思ったことはない。

どんな結果が待ちうけようと それまでの輝ける愛おしい日々を

手放すことなんか できない。

だって 二つの命と共に 笑ったり泣いたり 時には怒ったり

懸命に生きる日々は  なんと素晴らしいことか!

それはなにものにも 代えがたい。

 

「 ・・・ ごめんなあ  ・・・

 こんな親を許してくれ ・・・ ごめん、本当に 」

 

ジョーは ぼんやりと屋根裏部屋の梁を見上げた。

見慣れた光景だなあ、と ぼ〜〜っと眺めていたが。

 

    !  ここは  < いつものウチ > だぞ?

    この部屋は ドアの外とは別次元なの か?

 

がばっと立ち上がり 改めて部屋の外に向かい感覚を研ぎ澄ませる。

003ほどではないが 009も常人を遥かに超えた聴力を持っている。

 

    ・・・ 聞こえる ・・・!

    リビングからだ  これは  ああ

    鳩時計の音だ!  

 

    さっきは 静まり返っていたのに

    ということは 今 この部屋の外は ・・・

    さっきとは違う世界 ってことか

 

    パラレル・ワールド??

    そんなコトは 小説の中だけだろ??

    だが 現実にぼくは ・・・ 違う世界を見た

   

    夢かって?  とんでもない! 

    どれもはっきりした現実だった・・・

 

    ・・・ じゃあ なんなんだ??

 

 

「 ! いつまで ここでぐずぐずしてるワケには行かないぞ。

 とにかく 行動を起こさなければ。

 おい しっかりしろ ジョー!  

現状認識がまず第一、と 彼は腹を括った。

周囲をしっかりとサーチしてから、

もう一回 そ・・っとドアを開け廊下に出た。

 

    カタン  ―  案外ドアはスムーズに開いた。

 

「 ・・・うん?  あ  れ ・・・ 

 

先ほどとは また様子が違っていた。

隅々にあんなに 積もっていた埃はどこにも見られない。

廊下のカーテンは ちゃんと洗濯してあるし、窓も輝いている。

なにより ― 空気が 生きていた。

 

   ととと  わいわい  あははは〜〜〜 うふふふ

 

階下からは 人の気配がし子供の高声が聞こえてくる。

家中が活気のある雰囲気に包まれているのだ。

温かい空気が この三階にまでほんわり・・・と漂ってきている。

 

「 誰か いる?  下のリビング・・・?

 女性と子供の声も するぞ。  これは  」

 

    キシ ・・・  足音を忍ばせつつ階下への階段の方に向かう。

 

         トントントン ! 

 

突然 軽い足音が駆け上ってきた。

「 !  」

ジョーは 素早く元のいた場所、屋根裏部屋へと立ち戻った。

そ・・・っとドアを閉め ほんの数秒の後 ―

 

    ガタン  バンッ  !

 

それはそれは 勢いよくドアが開いて ― 一人の女性が顔を突っ込んだ。

 

「 やだ すばる!  こんなトコにいて〜〜

 掃除すませて お客さん用のクッション 出してね! 」

「 ・・・へ? 」

「 古雑誌なんか めくってないでよ〜 歌穂ちゃんに言い付けるからね!」

「 ・・・ は あ 」

「 しっかりしてよ 年末で忙しいのよ ぼけっとしてるヒマないわ

 ま〜ちゃんが呼んでるよ!  はやくね! 

 

     ドン  バタン!  

 

その女性は 言いたいことをぽんぽん言うと また突然

ドアを開けて出て行ってしまった。

豆鉄砲喰らった鳩 よりも ぽけ・・っとしているジョーを残して。

 

「 ・・・ あ  あの ・・・ 

 

ジョーは 突っ立ったまま 彼女が出て行ったドアを凝視していた。

 だって 彼女は。 あんまりにも 彼の細君に似ていたから。

ただ一つ、全く異なる点が あった。

だから 彼は彼女を自分の妻だ、とは一瞬でも思わなかったのだ。

 そう あの女性は ―

 

   フランに良く似た ・・・  すぴか!  そうだね。

 

「 は  はは ・・・ 相変わらずなんだなあ ・・・

 もう すぐにわかったさ。

 お前のお母さんは 天地がひっくり返ったとしても

 お父さんに ああいう風には言わないのさ

 ・・・ ふふふ ああ でも すぴかってば ホントに・・・

 お前のその威勢の良さは 誰に似たのだろうねえ 」

 

びっくり、を通りすぎると じんわり・・・温かい想いが押し寄せる。

その温かさに溺れていたくなってしまう。

 

「 いっけない  ダメだぞ ジョー。

 このドアを開けて 踏み出すんだ。 

 そして どうあっても ―  いつもの < ウチ > に帰る! 」

 

彼は全身の感覚をMaxにまで引き上げ ドアの外をサーチした。

「 ・・・ ん。  外の廊下には 誰もいない な。

 でも  人の気配はちゃんと感じる。 

「 よし。 ― 行くぞ! 

ジョーは ドアの前に立つとノブを握りゆっくりと回した。

 

   カ   チャ ・・・   キ −−

 

ほんの少しの音と軋みを残しドアは開き 彼は廊下に滑りでた。

「 あ。 ・・・ ここは  < ウチ > だ! 」

彼は一瞬で 笑顔になった。

足元の絨毯に 足跡のシミを見つけたからだ。

 

     わ お!  戻ってきたぞ!

     さっき この部屋に入った時の 廊下 だ

 

     このシミ! 

     靴下が少し濡れてて ・・・絨毯を汚したのさ

     まだ完全に乾ききっちゃいない

 

     ふふふ  フランに怒られる〜〜

 

「 いや  このシミはずっと残しておくべき かな〜〜

 まあ いいさ。  奥さんの顔、 見に行こっと 」

ほとんどスキップに近い足取りで ジョーはリビングへ

下りていった。

リビングは ―  案の定 というか 相変わらず というか・・

元気な声が響いている。

 

「 だ〜か〜ら〜〜 アタシがふくの 

「 ・・・ 僕 ふく 」

「 ひとりでいいの。 あんたは外そうじ! 」

「 僕も まど ふく〜  」

「 アタシがやる。 」

「 僕! 」

「 アタシったら アタシ! 」

リビングのフレンチドアの前で 姉弟が言い合っている。

「 いい加減にしてちょうだい。 二人で拭けばいいでしょう!? 」

キッチンから フランソワーズの声が聞こえてきた。

「 おか〜さん ・・・ だって先にアタシが 

「 僕も 拭く〜〜〜 」

「 だ〜から〜〜〜〜 」

「 僕 ふくんだ! 」

「 アタシがやるの。 雑巾 ちょうだい。 」

「 やだ。 」

「 すばる〜〜 」

「 やだ 」

 

   ドタン ゴトン ・・・ バタン。

 

「 !! 二人ともっ  止めなさいっ!!

 二人で拭けばいいんです。 すぴかは内側、 すばるは外側。

 はい どうぞ。 」

エプロン姿のまま腕組みをした母に チビ達は逆らえない。

「 ・・・ ふぇ〜〜い 」

「 う〜ん 」

「 ちゃんとお返事しなさい。 すぴかさん すばるくん 」

「「 は い !  」」

「 よろしい。 では 分業開始です。 」

「「 へ〜〜い  」」

 

   カラリ。 フレンチ・ドアを開けすばるがテラスに出た。

 

「 すばる〜〜 いっせ〜のせ で拭くよぉ 」

「 ・・・ なに?? 」

「 だ〜からぁ  いっせ〜のせっ で ふくの! 

「 わあった 〜 」

「 じゃ  いっせ〜の〜〜せっ !!! 」

「 ・・・わああ〜  はやすぎ〜〜〜 すぴか〜〜 

「 アンタが遅くすぎ〜〜 すばる! 」

 

姉弟はぶ〜たれつつ窓拭きを始めたが さっそく外と内で

揉めている。

 

「 声 大きいです。 窓をふくのに そんな大声はいりません 」

またまたキッチンから 母の小言が飛んできた。

「 ふぇ〜い ・・・ も〜 なんで聞こえるわけぇ〜〜  

「 すぴか〜〜  ほら こっち〜〜 」

「 あ まって まって〜〜  今〜〜 」

「 へへへ おもしろ〜〜 」

「 ふふふ たのし〜〜 」

二人は すぐに外と内できゃらきゃら・・・笑い声をあげつつ

実体と影 みたいな恰好で窓拭きを進めてゆく。

 

    へ え ・・・ 息の合ったもんっだなあ

    さっすが 双子・・・ 以心伝心ってやつか

 

ジョーは リビングの入口で彼らの作業を眺めていた。

 

    ああ ・・・ ウチだよ ・・・

    この賑やかさ この騒々しさ が 

    ぼくの、ぼくとフランの ウチ なんだ

 

彼はしばし じ〜〜っと目の前の光景に見とれた、いや 見惚れた。

 

「 やあだ ジョーってば。 どうしたの?? 」

不意に 後ろからよく聞きなれた声が飛んできた。

振り返れば  この世で一番愛している笑顔 があった。

 

    フラン ・・・ !

    ああ  ぼくの女性 ( ひと )

    ぼくだけの ひと!

 

「 え 

「 水でも跳ねたの?  顔。 汚れてるわ 

「 ? ・・・ おわ?? なんだあ  」

つるり、と 顔を拭ってみれば ―

涙の痕に ホコリが付いて筋みたいになっていたらしい。

 

    え ・・・ やだなあ 

    おい だらしないぜ ジョー

 

    オトコだろ お前!

 

「 うひゃあ  カッコ悪いなあ 」  

彼は自分の手に付いたホコリに 驚いたフリをし

掌で ごしごしこすった。  今 滲んでいた涙も拭いた。

「 屋根裏部屋って そんなに汚かった?

 はやく 洗っていらっしゃいよ 」

「 あ  うん  ―  ごめん ちょっとだけ 」

「 え?  ・・・ あら 」

きゅ。  ジョーは彼の細君を抱きしめ す・・・っと唇を盗んだ。

「 ・・・ ん〜〜   やあだ ちゃんと顔 洗ってきてよ 」

「 あはは ごめ〜〜んねえ 」

「 ふふふ キライじゃないわ  ううん 素敵♪ 」

ちゅ。  お返しのキスがホコリを避けてか 唇に降ってきた。

「 わっはは〜〜〜ん  洗ってくる〜 」

 

  バタバタバタ    彼はわざと足音を立て駆けていった。

 

「 もう〜〜 ・・・ 悪戯っこなんだからあ 」

ジョーの細君は にこにこ笑ってキッチンに引っ込んだ。

 

 

「 ふ〜〜んふんふん♪ あれ アイツら まだいるのか  」

ジョーは上機嫌でリビングに戻ってきた。

 

    だか〜ら〜〜  上からふくの!

 

    やだ。 下からじゅんじゅんにふく。

 

    上から!

 

    やだ。 下から。

 

チビ達はガラス戸を挟んで わいわいやっていた。

 

「 ありゃあ お前たち お使いは? もう済ませたのかい 

「 んん〜〜ん  これからいく〜

 あ ねえ おと〜さん  おと〜さんも一緒に行こうよ〜〜〜 」

「 ね おと〜さん  いっしょ〜〜 おつかい〜〜 」

「 あ そうだなあ  じゃあ 三人でゆくかい 

「「 わあお〜〜〜  」」

「 じゃあ すぴか すばる、窓拭き きっちりすませろ 

「 おっけ〜〜  いくよ〜 すばる 」

「 すぴかあ〜  ん ・・ いっ せ〜の〜〜〜 」

  

    あははは  きゃははは  ・・・ 

 

姉と弟はまたしても大騒ぎしつつ なんとか掃除を終わらせた。

「 お〜い お前たち〜〜  手、洗って。 雑巾片して。

 ダウン 着て、帽子 手袋 しておいで 

「「 はあ〜〜〜い 」」

 

     ドタドタ バタバタ ・・・ 元気な足音が子供部屋に向かった。

 

 「 あら ジョーも行くの?  」

キッチンから フランソワーズが戻ってきた。

 「 おう。 しっかり監督するからな  

「 ありがと♪  あ  それじゃ 買い物、追加ね〜〜 

トイレット・ペーパーに テイッシュ。  あと 洗濯洗剤も買ってきて

そうだわ 蜜柑と白菜もお願いね 

「 ・・・ うへえ 」 

「 ね〜〜 おか〜さん! おか〜さんも いっしょ しよ? 」

「 おか〜さん も〜〜 一緒がいい! 」

チビ達が 母親に纏わりつく。

「 え ・・・ あ そうねえ わたしも外に出たいかな 」

「 うん うん それがいいよ!  皆でゆこう。

 自転車 全部手入れはしてあるから!

 なあ 戸締りとかしとくから フラン、支度しておいでよ 

「 あら そう? じゃあ ・・・ しっかり防寒してくるわね 」

 

 

家族で 商店街にお買いもの  皆揃って お買いもの。

晩御飯のオカズに トイレット・ペーパーに 石鹸に お蜜柑に。

ついでに皆の好きな 焼き芋 をどっさり。

 

  わっせ わっせ〜〜〜

 

  自転車にいっぱい荷物 積んで  坂道 はいほ〜〜♪

 

「 すばる〜〜 ちゃんと押す! 

「 ん〜〜〜 っしょぉ〜〜〜 」

「 すばる ほら ハンドルをしっかりつかめ 」

「 うん ・・・ っしょお〜〜〜 」

「 すぴか 大丈夫かい ゆっくりでいいんだよ 」

「 へ〜〜き! アタシ 先頭〜〜〜 行くよっ 」

「 あ〜〜ら じゃあ お母さんもすぴかさんと! 

 

 先頭を娘と妻の自転車が 進んでゆく。

ジョーは息子と それを追ってゆく。

 

「 わあ〜〜 待ってくれえ〜〜〜  

 すばる ほら 行こう! 

「 ん・・・ ん〜〜〜 が がんばる〜〜〜 」

「 ほら いっちに いっちに 」

「 ん ん  ・・・ いっち に ・・・ 」

 

     あ は ・・・ これが ぼくの家族

     これが ぼくの ぼくとフランの 思い出 

     チビ達の 思い出 ・・・!

 

 シャ 〜〜〜  自転車で風を切り坂道を登る。

 

そうなのだ。 この一つ 一つの光景が あの写真達の後ろに連なっている。

 

     想い出は あとから あとから 溢れ出る 

     ほろほろ ほろほろ ・・・  こぼれおちる 

     ― どこに?   あなたの こころ に。

 

          想い出 ほろほろ   

 

 

 

******  楽しい・オマケ 

 

 

ある年の暮れの ある日 ―

 

すぴかは リビングに降りてきて目を見張った。

「 ?? すばる?? なんで あんた ここにいるのよ? 

「 ?? なに言ってんだよ〜 すぴか。

 僕 頼まれた買い物に行ってきたとこだぜ  ふ〜〜 おも・・・ 」

「 うそぉ〜〜 だってあんた 今さっき物置にいたじゃんか 」

「 へ??  物置 って ・・・ あの三階の? 」

「 そうよ! あそこの屋根裏部屋で 古雑誌とかひっくり返して 

 いたんでしょう?  アタシの姿みて 慌てて部屋に戻ってさ〜 」

「 はあ??  だ〜か〜ら。 買い物に行ってたって。 俺。

 ほら!  これ 証拠! 」

彼は でっかいトートバッグを差し出した。

「 ・・・ ありゃ。  そ だねえ ・・・ じゃあ ・・・

 なんなの あれ だって確かに すばるだった ・・・はず  」

「 ふ  ふん!  え ・・・ あ ・・・?

 なあ ・・ それって・・・  」

「 あ。 なんか髪、茶色だったかも。

 じゃあ  ・・・ もしか して。 

「 ああ。 もしかして 」

すばるは 金茶の自分の髪をわさわさしてみせた。

「 あそこだもんねえ・・・ 屋根裏部屋。 」

「 ウン。  あの三階だからさあ  ありえるな 」

「 ・・・ あれは  おとうさん  か も ・・・ 」

「 ん。 父さん だよ 」

「 だ ね。  お父さん だね 」

 

 姉と弟は 見つめ合い 少しばかりの涙と懐かしい微笑を交わした。

 

 

**********************        Fin.      **********************

Last updated : 01,05,2021.             back      /     index

 

 

**********   ひと言   **********

う〜〜〜  旧年中に書き上げたかったのですが・・・・

新年早々 切ないハナシですみません〜 <m(__)m>

【しまむらさんち】シリーズは いつも切なさが

底に響いているのだなあ・・・と思うのです・・・