『　　ＨＯＭＥ　　―　あるいは未来都市　―　（４）　　』

 

 

 

 

 

 

 

　　　サワサワサワ　・・・・　　　ここちよい風が　木々の葉を揺らす。

 

テーブルの上の落ちる木漏れ日も　ちらちらと華やかな模様を描いている。

　　

　　　　　ふうん　・・・　光のカットワークね　・・・　

　　　　　ああ　だからスワトウにしたのね　　・・・　きれい　・・・・

 

フランソワーズは先ほどから　ぼんやりとテーブル・クロスに視線を落としているのだ。

何回もカフェ・オ・レのカップを口に運んでいるけれど　味なんてまるでわからない。

ミントンの皿にはクッキーもプチ・ケーキも乗っているけれど　手を伸ばす気にもならなかった。

　

　　　　　・・・・　だって　・・・・　　　ああ　もう顔が強張りそう・・・！！

 

いい加減　微笑を浮かべているのも疲れてきた・・・　気がついて！　ジョー　！

 

　　それなのに！　　目の前で　ジョーは談笑している　　―　　通りかかった美女と。

 

 

「　　―　　あら？　あなた・・・ジョー　？　　ジョー　じゃない？　」

オープン・カフェの一隅で楽しくティー・タイムを始めたとたん　・・・　高声が降ってきた。

「「　　・・・？　」」

見つめあっていた二人は同時に顔をあげ　その声の方を見た。

凝った身なり　・・・　リゾート地にはあまり合わない最新流行と思われる服の女性だった。

「　・・・　はあ　・・？　」

ジョーは曖昧な笑顔で　気の抜けた返事をしている。

「　・・・　どなた？　」

「　・・・　あの〜？　」

「　まあ　やっぱり！　　あなた、ちっとも変わっていないのねえ・・・　

　うふふ　・・・　相変わらずステキ！　　ううん、あの頃よりももっと魅惑的になったかしら。　」

「　はあ　・・・　」

「　いやねえ、忘れたの？　　私　よ　・・・　」

　　―　ふわり。　　強い香水にかおりが漂い　・・・　件の美女は空いた椅子に座った。

「　いきなりごめんなさい？　　でもこんなトコロでまた会えるなんて・・・　うふふふ・・・　」

美女はジョーの顔しか見ていない。　

フランソワーズのことも十分視界に入っているはずなのだが　―　完全に　＜シカト＞　だ。

「　ねえ　あれからどうなさっていたの？　　全然連絡もないから・・・がっかりしていたの。

　私　？　ええ　あの後ねえ　〜〜　」

実ににこやかな笑みを浮かべ　美女は嬉々として話続けている。

そして　ジョーは。

「　え　・・・あ　　ああ　・・・　そうなんだ・・・？　」

実に曖昧な微笑をうかべ　一応は相槌を打っている。

 

　　　　ジョー　〜〜〜〜　・・・・！　　　

　　　　・・・え？　もしかして　　これもお芝居なの？　

　

　　　　でも　・・・　でも　わたし　・・・

 

　―　ガタン。　　　フランソワーズは唐突に立ち上がった。

 

「　だからね　〜〜　」

「　・・・あ？　どうした、きみ？　 」

「　あの。　ごめんなさい、わたし。　　・・・　ちょっと用事を思い出したの。

　すぐに戻ってくるわ。　　すぐに。　　だから少しだけ失礼するわね。　」

美女とジョーの会話を、というよりも美女の一方的な話に　彼女は強引に介入した。

「　―　あら？　」

「　用事って・・・　あの、よかったらぼくが行ってくるけれど　・・・　 」

「　あ　　いいのよ、ジョー。　　ジョーはお客様のお相手をしていらして？　」

「　そ　そうかい　・・・　　いいのかい、きみは。　」

「　ええ。　すぐにもどりますから。　　じゃあ　・・・　」

ジョーだけにこぼれる笑みを見せて　フランソワーズはテーブルを離れた。

美女は一瞬　ほんの一瞬、　フランソワーズに視線を移したが　すぐにまたジョーの方を向いた。

「　ねえ　ねえ　ジョーったら。　あの時ねえ　ジョーが　〜〜　」

「　・・・え　　あ？　　はあ　・・・　」

 

　　　　もう　〜〜〜　知らない　・・・！

 

　　コツコツコツ　・・・　！　　　　ローファーを履いているのが実に残念だったけれど。

フランソワーズはできるだけ靴音も高く　カフェのスペースから遠ざかっていった。

 

 

　　　サワサワサワ　・・・・　　風の爽やかさは　変わらない。

 

「　・・・　なんなの〜〜〜　　あの女！　それにジョーも　ジョーだわ！

　誰よ〜〜　　う〜〜ん　・・・私には見覚えがないのだけれど　・・・　」

当てもなく歩きつつ、フランソワーズは周囲の景色などまるで目に入っていない。

ジョーの曖昧な微笑がやたら目の奥に残っているのも　　―　なんだかしゃくに障る。

 

　　　・・・　もしかして　　これも作戦のつもり？　だったらちゃんと言ってよね？

　　　でも・・・！　　こんな不愉快なのって　・・・　あり？？

 

　カツンカツンカツン　・・・　　足の下の感触が少し変わってきた。

「　―　　あら？　ここ　・・・・　？　」

やっと気づいて周囲に視線を巡らせれば　　―　何時の間にか木立の中は抜けていた。

「　ここ　・・・　街なの　・・・？　　あらこの路、石畳ね　・・・懐かしいわ　パリと同じ感触　・・・　」

行き交う人々もぽつぽつと現れ、どうやら街のエリアに入ったのかもしれない。

「　ふうん　・・・　こんな場所もあるのね。　

　あら　この街並み　・・・　知ってるかも。　　ううん　そんなはず、ないわよね、偶然よね。

　でも　・・・　あの角に見えるのは　―　ほうら　やっぱり本屋さん！　 」

　コツ　コツ　・・・　コツ　・・・

彼女の歩みはだんだんとゆっくりになってゆく。

 

　　　　この街　・・・　似てるもの。　この舗道、よく歩いた道と同じだわ。　

 

角までくれば、そこには古びた本屋が店を開けていた。

「　あら・・・　フランスの雑誌がある！　　うわ〜〜懐かしい・・・　」

彼女の脚は自然に店内に向かってゆく。　

小さな店だが本や雑誌の他に　キャンディやタバコを置く一角もあった。

「　・・・　ふふふ　・・・　兄さんがよくこんな店でタバコを買っていたっけ　・・・　」

レジに向かう途中でカシスのキャンディの袋も手に取ってしまった。

 

　　カラン　・・・　　古ぼけたドア・ベルの間の抜けた音を後に　ぼんやりと外に出た。

 

結局買ってしまったのはフランスのファッション雑誌とカシス・キャンディ一袋。

ぱらぱらページを繰ってみれば　―　なんとなく見覚えがある。

「　・・・　やだ、　この雑誌　・・・　もう読んだわねえ、わたしったら〜〜　」

フランソワーズは　肩を竦めると雑誌を小脇に抱えて本屋を出た。

 

　　　　　サワサワ　　・・・・　　サワ　・・・・

 

風が足元を気持ちよく吹きぬけてゆく。

「　・・・　少し歩きたくなっちゃった。　　だってこの道　・・・　懐かしい音がするのですもの・・・　」

彼女は行き先を決めずに石畳の道を歩き出した。

 

　　　コツ　コツ　コツ　・・・　コツ　コツ　・・・

 

行き交う人々はそんなに多くないのだけれど、誰もの足元から違った音が聞こえてくる。

「　・・・　ふふ　・・・　ちょびっと楽しい気分・・・　

　その　あの街でもこんな音に満ちていたわ　・・・　わたしの生まれ育ったあの街では　・・・　」　

懐かしい音を聞いて　懐かしい雰囲気の店に入り　少し心が揺るてしまったのかもしれない。　

　　―　　ぽとん。　　涙がひとつ、足元に水玉模様を描いた。

「　あら　や・・・だ　・・・　バカなフランソワーズ！　なんで泣くの？

　アンタは今　・・・　幸せ　なのでしょう？　　＜　しんこんりょうこう　＞　中のはず。　」

一人でこんな散歩をしているはずじゃないのに・・・　ううん、でもあれはお芝居でしょ・・・

・・・　ううん　・・・　そんな偶然だって　・・・でも　・・・　」

自分で自分の気持ちがよくわからなくなり　彼女はぼんやりと歩いていた。

　　―　カツン　・・・！　　敷石の端に爪先を引っ掛けてしまった。

「　もう・・・　だらしない　・・・　しっかりしなさい、フランソワーズ！　　ミッション中でしょ！　」

ハンカチを出して　目尻を拭った。

「　さあ。　　注意して！　少し歩いて情報収集しなくちゃ。　」

ぱん。　　自分の頬を軽くたたき、再び歩き始めたのだが。

 

　　　カツカツカツ　　−−−　！

 

「　お〜い　・・・　！　ちょっと待ってください〜〜　　」

速い足音と男性の声が追いかけてくるのに気がついた。

「　・・・？　へえ　この街でも走るひとがいるのねえ・・・　」

すこし道を空けようと、足を緩めた。

「　・・・　君！　　ああ　よかった・・・　やっと追いついた！　」

「　　―　　え？　　わたし　・・・？　」

ぽん、と肩を叩かれ　驚いて振り向くと　　―　　一人の青年が息を吐き　・・・笑っていた。

「　　・・・　あの？　　」

「　ふう〜〜〜　・・・　ははは　だらしないな　・・・俺・・・　」

「　・・・　大丈夫ですか？　　あの　〜〜〜　？？　」

「　あ　・・・　ははは　みっともないな。　かっこいいとこ、見せようと思ったのに　・・・　」

　はあ〜〜・・・と大きく息をつき、青年はぱっと背筋を伸ばした。

「　・・・　これ！　君の落し物。　　」

「　・・・え？　」

差し出されたのは　―　　カシスのキャンディの袋。

「　あ　　・・・　ら　」

「　あの本屋を出て　・・・　君、落としたでしょう？　　俺、丁度タバコを買いに寄ったとこでさ　」

「　まあ　・・・　すみません！　これ・・・わざわざ？　」

「　あ・・・　うん。　これ、結構ウマイんだよね、俺も時々買うし・・・　」

「　ずっと追いかけてくださったのですか？　ありがとうございます。　」

「　いやあ　・・・　すぐに追いつけると思ってたんだけど・・・　君、　歩くの速いですね。　」

「　あら　・・・　なんかぼんやりしてて・・・　」

「　ふうん　？　　ともかく、はい、これ。　今度は落とさないように。　」

　　―　とん。　　小さな袋が彼女の手に乗っかった。

「　ありがとうございます。　　・・・　おひとつ、いかが？　」

白い指先が　赤紫のキャンディの袋を開ける。

「　え・・・　ああ　・・・　じゃあ　遠慮なく。　　ありがとう！　」

「　いいえ　・・・　ふふふ　じゃあわたしも。　」

「　・・・　うん　ウマイなあ　」

「　・・・　懐かしい味だわ。　」

二人はキャンディを口に入れて　―　なんとなく見つめ合い　・・・　笑いだしてしまった。

「　ははは　・・・　なんか・・可笑しいですね、俺たちって　」

「　ふふふ　・・・　ええそうね。　道端でキャンディなんか食べて　・・・　子供みたい。　」

「　ふふふ　でも楽しいな　・・・　」

「　ええ　本当に　・・・　」

「　あ　ごめん　・・・　なにか予定があったんじゃないですか。　急いでいたし・・・　」

「　・・・　ううん　別に　・・・　ぷらぷら散歩してて　あの本屋を見つけただけ。　」

フランソワーズは抱えていた雑誌を見せた。

「　ふうん、　じゃあ俺と同じかあ。　　・・・　あ　そうだよね、ここはリゾート地だもの。　」

「　ええ　・・・　皆　のんびり歩いていますものね。　」

「　うん　　・・・　あ　あの〜〜〜　君、　一人？　」

「　え？　・・・え　ええ　・・・　」

「　よかった！　　あの　・・・　そのう〜〜もしこの後、予定とかなかったら　・・・　」

「　？　 」

青年は足を止めて　ごそごそ・・・ポケットを探っている。

シャツにラフなジャケットを引っ掛け、見かけはごく普通の青年らしい。　

クセッ毛の金髪が跳ねている。　　彼はあちこちのポケットに手を突っ込む。

 

　　　　　・・・　あ。　　この香り　・・・　！

　　　　　兄さんとおなじタバコ　・・・　　そうね、タバコを買いにって言ってたわ

 

彼の服からほんのり漂う香り　　―　　馴染んだ匂が彼女の鼻腔をくすぐる。

「　・・・ああ　あった！　　あの　これ　・・・　コンサートなんだけど　・・・　

　よかったら一緒に行きませんか？　」

「　―　え？　」

差し出されたのは　少しくしゃ・・・っとしたチケット。

リゾート地でよく開催される　　プロムナード・コンサート　の類らしい。

「　・・・　あら　どなたかとの予定があったのではありませんか？　」

「　いや〜〜　コテージのフロントに頼んだら　勝手にペアで用意してくれて　・・・

　一枚でいいんだ、と言ったんだけど　・・・　押し付けられた。　」

「　まあ　・・・　」

「　まあいいか・・・って時間まで散歩でもしてようかな、と思ってたんだけど　」

「　あら・・・それじゃ貴重な散歩時間に走らせてしまったわけね？　ごめんなさい。　」

「　え　ああ　別に　・・・　」

「　あの。　　・・・　それじゃ　ご一緒させてください。　」

「　え！！　本当に？　い　いいのですか？　　君こそなにか予定が・・・？　」

「　ううん　・・・　わたしもリゾートに来たのですもの。　

　ぷらぷら散歩していただけ。　　ねえそのチケット、拝見してもいいですか？　」

「　うん！　　あ　・・・　はい、どうぞ。　」

「　メルシ。　　　・・・　あら　モーツァルト特集ね？　うれしいわ、大好きよ。　」

「　わあ　よかった・・・！　それじゃ　・・・　あ　俺　アンリ。　」

「　わたしは　フランソワーズ。　」

「　では　―　マドモアゼル？　ご一緒に　どうぞ？　」

「　メルシ、ムッシュウ？　」

差し出されて腕に軽く手をのせて。　二人は笑いながら歩き始めた。

「　ホールは　・・・　こっち？　」

「　うん。　　・・・　このナヴィ・ウォッチによると、だけど。　」

「　じゃあ間違いはないわね。　　　ああ　・・・いい風ね　・・・　 」

「　・・・　ふう　〜〜　・・・　　ホントだ　・・・　　こんなのんびりしたの、久し振りだな・・・　」

「　わたしも　・・・　　　あの、お仕事、忙しいのですか？　」

「　まあ　ねえ　　だから息抜きにきたんだけど。　　きみも？　」

「　え　ええ　・・・　たまには違う環境もいいかなあ・・・って思って　・・・　」

「　皆　そんなものだよ。　　あ　ほら　・・・あそこがコンサート・ホールだって。　」

アンリが腕のナヴィ・ウォッチを覗き込む。

「　あら　ほんとう。　案外近いのね。　　楽しみだわ。　」

「　俺も　さ　」

二人は自然に寄り添って　木立の中に見えるホールを目指してゆく。

 

　　　サワサワサワ　・・・・　　　風が二人の髪を揺すり気持ちを揺すり　―　　吹きぬけていった。

 

 

 

「　〜〜〜　でしょ？　　それでジョーはどうしていたの？　 」

「　・・・え　　あ　　ぼく？　」

目の前の女性はやっと言葉を切り　―　手元のカップを口に運んだ。

話をやめた、というよりも、飲み物を口にするために仕方なく喋ることを中止したにすぎない。

「　・・・　んん　〜〜　　・・・　なに、これ。　ちっとも熱くないわ？　」

「　あ　・・・　そう　？（　だってず〜〜〜〜っと喋っているほうが悪いんじゃん　）　

　あの　・・・　よかったらぼくの　・・・　も冷めている　か・・・　」

自分の前のカップを押しやってみて　ジョーはその冷え具合に苦笑した。

「　ふふふ　ありがと。　いいの、もう一杯いただくわ。　ギャルソン！　」

彼女は高声をあげ　給仕を呼んだ。

「　カフェ・オ・レ　を。　　これは冷めてしまってもう飲めないわ！　」

「　はい、　マダム。　」

給仕は無表情にテーブルからカップを下げる。

「　ねえ　ねえ　それでね　」

「　あ　じゃあ　ぼくはこれで。　　連れが待っているから。　」

ジョーはやっとのことで口を挟み、彼女のお喋りを中断した。

「　―　え？　 」

「　あの。　ぼく達　こらから予定があるんで　・・・　君はここでゆっくりしてゆきたまえ。　」

「　・・・　お連れって。　さっきここに座っていた女の子？　」

ぴりり・・・と彼女の片方の眉がつりあがった。

「　女の子・・・って・・・　あの！　彼女　―　ぼくの妻です。　」

「　―　　？？！　　ジョー　・・・　あなた、結婚したの？？　」

「　ウン♪　いま〜〜新婚旅行中〜〜　」　

「　・・・　そう　・・・　」

カチン。　　彼女の手からスプーンがテーブルに落ちた。

喋りつつ　彼女はずっと砂糖壷を手にしてそのスプーンを玩んでいたのだ。

「　でも　・・・　彼女、　いないわよ？　さっき席を立って―　」

「　うん　わかってる。　でもすぐにみつかるから。　彼女のことはよくわかってるし。

　じゃあ　ぼく　これで。　　君もいい休暇を過してください。　」

「　・・・　ジョー　・・・　あなた　・・・　」

ぺこり、とお辞儀をすると　ジョーはギャルソンに合図をして立ち上がる。

「　勘定を。　　・・・　はい、　じゃあこれ。

　あの　どうぞ元気で。　　君の健康と幸せと祈っているよ。　」

もう一度　にっこり笑って　―　彼はすたすたカフェから出て行った。

「　・・・　な　なんなの・・・　？　彼　ほんとうにあのジョーなの？？？　」

彼女は呆然と見送り　新しく来たカフェ・オ・レをじっと眺めているばかり・・・

 

　　　ふう　〜〜〜　・・・　　カフェから離れると　ジョーは深呼吸をした。

「　・・・ああ　〜〜　もうやんなっちゃうなあ・・・

　年寄りの思い出話って　ほっんとうに長いんだよねえ〜〜　中断するのも失礼かな〜って

　黙って聞いていたけど　・・・　ああ　もうほとんどボランティアだよな〜　

　―　でも　彼女　・・・　誰だっけ？？　　年配の女性って皆同じに見えるんだよねえ・・・　」

うん！　と伸びをすると、彼は改めて左右を見回す。

「　え〜と・・・？　どこに行ったのかなあ〜　・・・　≪　フラン〜〜　　≫・・・　あ　っと・・・

　脳波通信の周波数、変更するんだっけ　・・・　よし　・・・　 」　

ジョーはジャケットのポケットを探ると　なにやらゴソゴソしばらくいじくっていた。

「　・・・　これでよし・・・っと。　　≪　え〜〜〜　フラン？　どこにいるのかい　 ≫

　・・・　あれ？　　なんだ、スイッチ・オフにしてるよ・・・　もう　〜〜　」

まあ　いいか　・・・と　彼は気を取り直し歩きはじめた。

そんなに広くないエリアだ、すぐにみつかるだろう・・・　彼は気楽に考えていた。

 

 

　　　　パタ　パタ　パタ　・・・・　パタ　パタ　・・・・

 

ジョーが歩くたびに靴の下で、草地が踏み固められた道がボケた音をたてる。

「　・・・　ふうん　・・・足元が固くないなと思ってたら　・・・　ここは舗装してないんだ　・・・　」

ぷらぷら歩きつつも　ジョーは周囲に注意をめぐらせていた。

　　―　そして　　ついには少々焦り始めた。

 

なぜならば　　・・・　歩いている小道は行けども行けども林の中で一向に都市部に抜けない。

カフェのあった区画では　談笑するヒトやら散策するヒト　・・・　と同じリゾート都市への

訪問者に出会っていたのだが　・・・

気がつけば　ジョーはいつの間にか木立の間の一本道をたった一人で歩いていた。

「　・・・あれえ・・・？　ヘンだなあ・・・　一応地図の通りに・・・というか道なりに歩いてきたのだけど　・・・　？　」

木立の中、といっても鬱蒼とした森林ではなく、木々の間を透かしてみれば遠くには建物らしき影も

見える。　　だからジョーもそんなに気にとめてはいなかったのだ。

   　しかし　―　

「　いくらなんでも　これは・・・　オカシイな。　　あ　・・・？　」

 

　　　ざっ　ざっ　ざっ　・・・・　ざっ　ざっ　・・・

 

前方から足音がして　すぐ先の角から人影が現れた。

「　・・・ああ　ジョギング中なのかな　・・・　よかった　・・・　 」

 

　　　ざっ　ざっ　ざっ　　・・・　　はっ　はっ　はっ

 

赤いパンツのジョギング姿のオジサンが　荒い息をはきはきやってくる。

ぼたぼた汗を振り撒いているわりには　足取りは確かだ。

 

　　　へえ　・・・　ジョギングには慣れているのかなあ・・・

 

「　あ　あの〜〜　ジョギング中にすみません　〜〜　」

ジョーはできるだけ　恐縮です！　といった態度で声をかけた。

「　はっ　はっ　はっ　・・・　ん〜〜〜　？　　なんっすか　 」

中年氏は　足踏みをしたまま・・・それでも走るのをやめて応えてくれた。

「　すいません〜〜　あの！　街に出たいのですが　・・・　この道でいいのですか？　」

「　はっ　はっ　はっ　・・・え？？　道？　　さあ〜〜　ボクにはちょっと・・・　」

「　え。　で　でもずっと走っていらしたのでしょう？　 」

ジョーは中年氏のやってきた方向を指した。

「　あ〜〜〜　よくわからんのです。　ボクはコイツのナヴィ通りに走ってるだけなんで　〜　」

彼は腕を上げると　・・・　例のナヴィ・ウォッチと耳のイヤホンを示した。

「　あ　・・・　そ　そうなんですか　・・・　」

「　すまんね〜〜　　じゃ！　　はっ　はっ　はっ　・・・・　」

中年氏はまた走り始め　あっと言う間にジョーの後ろの木立の中に消えた。

「　ふうん　・・・　皆　コイツに頼っているのか　　じゃあ　・・・　ぼくもひとつ　？

　え〜と　・・・　これだな。　都市部へ案内せよ　　と。　」

ジョーは　ナヴィ・ウォッチを操作した。

「　あ・・・画面が変わった　・・・　え？　　直進せよ　　　―　一本道だもんな！　」

少々バカにされた気もして　彼は珍しく不機嫌に歩き始めた。

 

　　　　ふん　・・・！　どうせぼくは　・・・　　あれ？　

 

　　　　なにか　・・・誰か　いる　・・・？

 

能力に頼ったのではなく　ジョーのカンがアラートを発した。

道は少しづつ広くなってきているが　木立の陰はまだ相変わらず視線を遮る時もある。

前方の茂みの陰に　人影がみえた。

「　・・・　動かない。　　座っているのかな　・・・　あの茂みに向こう側　・・・　」

ジョーは速度は変えずに歩いてゆく。　　

「　やっぱり　・・・　うん？　女性、か？　　地面に座ってる・・？　　あ！　」

次の瞬間　彼はぱっと駆け出した　―　　茂みの脇に女性が蹲っていた。

「　・・・　あの！　どうしたのですか？　大丈夫　？　 」

「　・・・　え　？　　あ　・・・　あのォ〜〜〜　」

茂みに半分寄りかかりまだ歳若い女性が　涙の跡の残る顔でジョーを見上げた。

「　あ　　あの　・・？　」

「　アタシィ〜〜　あのォ〜〜〜　足が痛くてェ〜〜　。

「　はい？　あ　あし？　　転んだのですか？　」

「　はい〜〜〜　そこの石にひっかかってェ〜　アタシってェ　ドジなんですぅ〜〜　」

裏返った声が　ぷりぷりとジョーに纏わりつく。

「　転んだ？　あの　・・・　怪我でも？　」

「　うう〜〜ん　・・・　でも痛くてェ　歩けなくてェ　〜　」

「　そうですか。　あの〜〜　お一人なんですか？　お連れの方は？　」

「　え　・・・　アタシィ〜　一人ですぅ〜〜　カレシ、いません〜〜　」

「　？？　ああ　介護の方もいないのですか？　　・・・危ないなあ〜〜　一人にして・・・　」　

ジョーはさっと彼女の前にまわり、マフラーを直したり道に放り出してあったバッグを

手元に持っていったりしている。

「　足　・・・歩けないですか？　あの　・・・　救急車、呼びますか？　」

「　え！？　あ　きゅ　救急車　？　そ　そんなこわい〜〜〜　いいです〜〜　

　あの〜　医療ブースまで連れていってくれません？　」

怖い〜　・・・と涙声を出しておき、直後に彼女は甘ったれて彼にしなだれかかる。

するり、と彼の首に腕をまきつけてしまった。

「　え・・・　ぼくにはちょっと自信、なくて。　　じゃあすぐ！　すぐにこの都市のスタッフを呼びます！

　あ　あの！　担架も持ってきてもらいますからね〜〜〜　気をしっかりもって！　」

「　・・・　は　はあ・・・？　」

「　連絡先、わかります？　　すぐにオウチの方に迎えにきてもらいますから！　」

「　・・・　え〜〜　？？　」

「　じゃ　・・・　立ってみましょう？　ぼくが支えますから。　ここに座っていると冷えますよ。　

　いいですかあ〜〜　　ほら　？　」

「　あ〜〜ん　・・・　もっとそうっとやってェ〜〜　」

「　すいません・・・ぼく、ヘルパーの資格とか持ってなくて　・・・　抱き上げるの、下手でした？

　いやこれじゃ介護もできませんよね、だらしないよなあ〜　」

「　・・・　かいごォ？？　」

「　ほら　これでいいかな〜〜　　あの　眩暈とかしませんか？　水、もらって来ましょうか　

　いやそれよりも　車イス、借りてこようかな　・・・　」

「　く　車イスゥ〜〜〜？？　　・・・　ちょっと！？　どういうつもりよ？　」

「　あ　すいません〜〜　気に障ったらごめんなさい。　

　ぼく〜〜　お年寄りの介護ってよくわからなくて　・・・　もっとそうっと運びますから。　」

「　お年寄り、　ですってェ　〜〜　！？　―　　失礼ねっ　！！　　触らないでよッ　！　」

 

　　　　ぱっち　　−−−−−−　ん　・・・・！

 

ジョーの頬に　女性の平手うちが炸裂した。

「　！？　ウわあ〜〜〜　・・・・　！　すげ　・・・　ば〜ちゃん・・・　」

「　な　なんですってェ？！　このォ〜〜〜　生意気なクソガキがア〜〜　！　。

　　　　―　　どごん。

ぴらぴらのスカートを派手に翻し、女性は痛ァ〜い・・・　はずの脚でジョーに一発ケリを入れると、

一目散に逃げていった。

「　うわ！？？　　　・・・　ば〜ちゃんに蹴られちゃった　・・・　すげ〜〜〜　」

ジョーはひたすら目をまん丸にして　道の真ん中でシリモチを突いていた。

 

　　　カ　−−−　ン　　　カ　−−　ン　・・・

 

前方から鐘の音がきこえてきた。

「　・・・　ん？　　ああ　きっと教会の鐘だよね！　　じゃあ　こっちに行けば　・・・　」

ジョーは立ち上がると　ぱんぱん・・・と尻を払い歩き始めた。

「　もうこっちに行くしかないよなあ　・・・　今　何時なんだ　いったい？　」

ナヴィ・ウォッチをチラっと眺めて空を仰いだ。

まだ正午までには間がある。　焦る必要はないのだ。

「　・・・　ふん　・・・　もともと偵察が目的だからな。　　行くぞ　・・・　！　」

ジョーの歩みは相変わらずのんびりとしていたが、　長めの前髪の下で

彼の赤味を帯びた瞳は油断なく左右を警戒していた。

 

　　５分ほど進むと　ぽっかりと木立が途切れた。

「　！　　ああ　〜〜　やっと市街地に出られるかなあ　・・・　　　あ　　れ　・・・？　」

足元が固い音をたて始めたとき　急に周囲に人影が現れ始めた。

鐘は　もう鳴っていなかったが、教会の扉開きぞろぞろと大勢が出てきた。

　　皆　黒服を着、伏し目がちだ。　　黒いヴェールで顔を隠している夫人もみえる。

「　・・・　あ　　あそこ　は　・・・　教会　・・・　ぼ　ぼくが　ずっと　・・・　いた　・・・？　」

ジョーの脚は自然に重くなり、　いつしか止まってしまった。

「　これ　　は　・・・　　　神父様の　・・・　」

突っ立っている彼の前を　誰もが振り向きもせずに通り過ぎる。

皆　一様に顔を伏せ固い　・・・　苦い表情だが。　　ぼそぼそと低い声がする・・・

 

「　・・・　それで犯人は　・・・？　」

「　ええ　容疑者を特定して　・・・　逮捕　・・・　」

「　え。　　誰なんです？　」

「　ほら　・・・　あの　・・・　 」

「　・・・ええ？？　だって　あの人はあのコを一番　・・・　」

「　そうなですよ　だから　・・・　恐ろしい　・・・　」

 

　　―　　タッ　！　　　彼は後ろも見ずに駆け去った。

 

「　―　なんだって　　どうして　・・・　こんな光景をみなくちゃならないんだ・・・！　

　ぼくじゃない　・・・　犯人は　ぼくじゃない　〜〜〜　！　」

　　

　　　サワサワサワ　−−−−　・・・・　　　彼の足音を　風がそのまま持ち去っていった。

 

 

 

ホールのドアが開き　ふわ・・・っと楽しい雰囲気がホール全体からこぼれでてきた。

　　・・・　ああ　楽しかった　・・・　　あれ、好きなんだ〜　うれしいな　・・・

　　レベル高いね。　恐れいったな　　　　いい音だった。　ホールの設計もいい　・・・

人波から拾えるのは　ほとんどが賛辞だった。

「　う〜〜ん　　・・・　予想外だったなあ〜〜　」

「　・・・　え？　」

ホールのエントランスを出てから　アランはぼそ・・・っと言った。

一応は屋外だったけれど、周囲は今の今まで同じ空間を共有していた人達ばかりだったので

フランソワーズは彼の方をしっかりと振り返った。

 

　　　・・・　し。　　こんなに人の多いところで批判はだめ　・・・

 

そんな想いを込めて、彼の手をぐい・・・っと引いた。

「　ふ〜ん　・・・　うわぁ　〜〜〜〜　！？　　すごい〜〜〜　って怒鳴ろうか？」

「　・・・　もう。　　アランってば　」

「　いや　いや　これは姫君〜〜　失礼をいたしました。　 」

「　アラン　〜〜〜　」

「　ごめん、ふざけてるんじゃないよ。　　実はさ、そんなに期待してなかったんだ。

　まあ・・・　気持ちよく昼寝できるかなあ〜・・・くらいな気分だった。　」

「　へえ？　　それで昼寝の相棒にわたしを誘ってくださったわけ？　」

「　あ・・・　いや　それは　その・・・　　あ〜〜　参ったア〜〜　」

クス　・・・　　アランの表情にフランソワーズは小さく笑みを漏らした。

「　うふふ　・・・　冗談よ。　　実はね、わたしも　　へえ〜〜凄い・・・！　って思っていたの。　」

「　あ　〜〜　なあんだぁ〜〜　」

「　ね？　マチネーには惜しいわよねえ　　普通のちゃんとしたコンサートだって十分にオッケー

　なのに　・・・　」

「　そうそう！　　選曲もよかったし。　　勿体無いよな、　俺は特に三曲目の　〜〜　」

「　ええ　・・・　」

二人はコンサートの余韻に酔いつつ、おしゃべりを続けてゆく。

 

　　　　ああ　・・・　こんな風に話すのって久し振り・・・

　　　　そうよねえ　よく兄さんとコンサートとか映画についておしゃべりしたっけ・・・

　　　　・・・　シモン　とか　ニコラ　とかとも　・・・　楽しかったなあ　・・・

 

兄やボーイフレンドたちの顔が浮かんできた。

フランソワーズは懐かしい記憶をアタマの隅で辿っていた。

ジョーと付き合うようになって　コンサートやバレエの公演にもひっぱりだした。

彼は機嫌よく一緒に行ってくれるけれど　―　　鑑賞後に深く語り合うことはなかった。

「　ジョーはどう思う？　　ジョーは何が好き？　　今日のプログラムはどう？　・・・

いろいろ意見や好みを聞いてみるのだが　・・・

　　―　ごめん　・・・　ぼく、あまりよくわからないんだ　・・・・

その度に彼はすまなさそうな顔で　そう言うのだった。

「　あ　・・・　ごめんなさい。　」

「　ううん　ううん　いいんだ。　　きみの話を聞いているだけで楽しいから・・・

　その　・・・　いろいろ教えてくれる？　ぼく　・・・　今までこういう世界って縁がなくて　・・・　」

「　・・・え　ええ　・・・　じゃあ　これから　＜　縁　＞　を作ってね？　」

「　うん。　きみと一緒なら♪　」

それはそれで楽しいけれど。　　やっぱり少しだけ　―　淋しいな、と思ってきた。

 

「　〜〜　って思ったのさ。　」

「　なるほどねえ　・・・　詳しいのねえ　アラン。　」

「　いやあ〜〜　受け売りも多いけど。　　・・・　あ　ごめん　べらべら喋りまくって　・・・　」

「　ううん　とっても楽しかったわ。　誘ってくださってありがとう　！　」

「　俺の方こそ・・・いきなりなのに一緒に行ってくれて　ありがとう！　すごく楽しかった。　」

「　お互いにステキな時間を過せたわね。　　じゃあ　・・・　これで。　」

「　うん。　　・・・　じゃ。　ありがとう！　」

アランは差し出されてフランソワーズの手を　素直に握った。

　　―　二人は　気の合った友人として　握手をした　　　が。

 

　　　・・・？　　彼が手を　フランソワーズの手を　　　離さない。

 

「　・・・　？　　あ　　の　・・・　？　」

「　・・・・　　こんなに　・・・・ってるのに　・・・　」

「　え？　なあに？　なんて言ったの？　」

「　・・・　どうして　ボクを拒絶する　・・？　」

「　え？　・・・　あの　・・・　わたし、もう帰らないと　・・・　あの　手を　ね　・・・　」

「　は　なさない・・・　放すもんか。　　オマエはボクのものだ。　」

「　アラン？　何を言っているの？　ねえ　こっちを見て！　」

フランソワーズはじりじりと彼との距離を空けてゆく。　　腕が　―　痛い。

 

　　　おかしいわ。　　これは　・・・今さっきまでのアランとは　　　違う！　　　

　　　目つきが全然別の人だし　・・・　全体の印象も　・・・　キナ臭い・・　

 

　　　―　この目　・・・　この視線　・・・　どこかで見たわ！　どこかで　・・・

 

「　さあ　・・・　二人の世界へ行こう。　　行くんだッ　」

「　！！！　　　あなた　　―　　カール・エッカーマン　！？？　」

「　ふふふ　はははは　　・・・　ボクはスフィンクス。　全知全能の存在〜〜　

　さあ　ボクの愛するヒト、　一緒に行くんだ。　」

「　何をするの！　　放して！！　」

いきなり引っぱられた手に　フランソワーズは激しく抵抗した。　

「　だめだ。　さあ　おいで　・・・　二人の世界へ！　」

「　―　　やめて。　　・・・　仕方ないわね。　　まともになぐっちゃったら大変だし　・・・

　ああ　そうだわ、この腕をねらって〜〜　　　えい　！！！！　 」

　　　―　　バシ　・・・！　　　彼女のアッパーが綺麗に決まった。

　ド　サ　・・・・ッ　　　アランは呷りをくらって仰向けに吹っ飛んだ。　そして同時に　―

 

　　　　　　　・・・　カシャ　−−−−　ン　・・・・　！！

 

「　―　？　なにか飛んでいったけど？　　　・・・　　ああ　あの時計が　・・・　」

彼らから数メートル離れた場所に　金属の製品が落ちた。

ほぼ同時に　吹っ飛んでいた青年が呻き声を上げた。

「　・・・　う　・・・？　う　〜〜〜　ん　・・・？　　ここは・・！？　　いて・・・　　」

「　あ！　　気がついた？　　大丈夫？？　、アラン　〜〜〜　」

フランソワーズは彼の顔を覗き込む。

　

　　　あら　・・・？　　最初に会ったアランだわ　・・・

　　　・・・　さっきの妙な雰囲気は　―　　どこにもない　・・・

 

「　あ　ああ！　フランソワーズ　・・・　俺・・・どうしたのかな・・・

　君とコンサートに行って　とっても楽しくて　・・・　　え　・・と　・・・」

「　ええと　・・・　なんかね、ちょっと混乱しちゃったみたい　・・・　

　ねえ　アラン。　あなた、ずっとナヴィ・ウォッチ、身につけていた？　」

「　え・・・　？　　ああ　あの時計か、　うん。　あれ？　ない　・・・　」

「　あ　ごめんなさい、なんかねえ　誤作動したみたいで　苦しそうだったから外したわ。　」

「　え！？　そうなんだ〜〜　ありがとう！　　うん、フロントに言っとかなくちゃ。　

　あの。　すいません、俺。　実は彼女が来るの、一日遅れて　・・・　がっかりしてて・・・

　彼女も　あのカシス・キャンディ、好きなんで　それで　その〜〜　・・・　」

「　まあ　・・・　うふ　・・・　あのね、わたしもすみません。

　わたしも　・・・　彼とちょっとケンカして　　・・・　」

二人はバツが悪そうに、苦笑いしつつ・・・　見つめ合った。

「「　　ごめんなさい　」」

ぺこり、とお辞儀をしあえば、お互いにまたほほえむことができた。

「　あの　・・・　本当に今日はありがとうございました。　」

「　俺こそ　・・・　」

二人は礼儀正しく握手をしてわかれた。

 

 

　　≪　　ジョー　？？　どこにいるの？　　無事？　≫

フランソワーズは脳波通信を全開にして彼らのコテージへと急いだ。

例の時計は外し　目と耳のレンジをぐっと広げた。

 

　　　　あ　・・・　あら？　　皆　・・・　コテージに集まってる・・？？

　　　　・・・　ジョーは　・・・・？

 

　　　　いたわ！　　・・・え　・・・　なんでそんなに暗い顔をしているの？

 

≪　ジョ　−　−　−　−　！　　聞こえないの！？　返事　して！　 ≫

最大ヴォリュームにしたけれど　一向に返信がない。

「　　もう〜〜〜　わたしが走っていった方が速いわね！　コテージまで　―　　加速装置！！！　」

彼女はひと声叫ぶと　―　　全速力で走り出した。

 

 

　　　　タタタタタタタ　　・・・・・・・！！！！　　　　―　００３は速かった　・・・

 

「　ふんふ〜〜ん♪　　　ああ？　なんだア〜〜　　フラン〜〜　なに急いでるんだア？

　あ・・・　トイレかよ〜〜〜　へへへ　　」

「　・・・　ジェット　！！！！　」

コテージに前庭で赤毛のノッポがまさに　＜飛び立＞　とうとしていた。

「　ナンだよ〜〜　オレ、今から　＜おつかい＞　なんだぜ。　」

　　　ッ　ドドドッ　・・・・！　　　宙に浮き上がりつつ、ジェットが喚く。

「　ねえ！！　どこにいたの？　　・・・　時計、持っている？　」

「　え〜〜？　　時計？　　・・・　あ〜〜　アレかあ・・・　

　オレよ〜　バーボンしこたま飲んじまってさ・・・　ひで〜　回っちまって・・・　

　アレさ、ケツのポケットに突っ込んどいたらよ〜　　ぶったおれた拍子にオシャカさ。　」

ほれ　・・・　と、彼はぐしゃぐしゃの機械のカタマリを　ポケットから引っ張り出し　放ってよこした。

「　きゃ・・・　も〜〜〜　危ないわねえ・・・　　それで　皆は　」

「　中でメシつくり！　お前も早く参加しろよ〜　　んじゃな〜ちょい、酔い覚ましに行ってくら〜　」

 

　　シュバ　−−−−−　・・・・・！　　　　赤毛を靡かせ　彼はたちまち飛んでいってしまった。

 

「　・・・　なんなの〜〜〜〜　・・・　アイツってほっんとに　・・・

　でも　なんの影響もなかったのね、よかった。　　あ〜あ　・・・　　滅茶苦茶　・・・　 」

フランソワーズはナヴィ・ウォッチの残骸をそっと摘まみあげ　ハンカチでくるんだ。

「　ジョーは　・・・　あ　・・・　こっちに向かってるわ。　　≪　ジョー　・・・・　　　

　だめね、まだ回路を閉じているのね。　　う〜〜ん　・・・　」

 

　　　　「　フランソワーズはん！？　　帰ってきよったんやったら　はよ！　

　　　　　はよ、キッチンへおいでェな！　」

 

大人の大声がコテージから響いてきた。

「　うわ・・・すごい迫力・・・　　はあ〜〜い　今行きますぅ〜〜〜　！！　」

彼女も負けずに叫びかえし　コテージのドアを元気良くあけた。

 

 

 

　ジャワジャワジャワ　〜〜〜　　グツグツグツ　・・・・　ゴ　〜〜〜　　　チン！！

　ガタガタガタ　・・・　ゴトン　ゴトゴト　・・・　　トポポポ　・・・　　ガシャン・・・！

 

キッチンの中は大賑わいだった。

「　ほい、あんさん、これを洗うネ　　　たれか！　火ィを細くしてや！　　

　ああ　ああ〜〜　そないに切ったアカンがな〜〜　　菜箸、こっち　こっちにあるデ　」

大勢の人間がキッチンで　張々湖大人の命令下、ゴハンつくりをしていた。

「　あ〜〜　やっと帰ってきよった〜〜　ほい、あんさん、これを炒めるネ。　強火アルヨ　」

「　はい！　　・・・　あの〜〜　大人、　・・・　時計なんだけど　・・・　」

フランソワーズはさっそく押し付けら得た大きな中華鍋と格闘しつつ、こそっと訊ねた。

「　ナニ？　時計？　・・・　あ〜〜　料理には邪魔やさかい、み〜んな外してはるで。　」

「　え・・・　」

大人が指したキッチンの隅っこに　人数分のナヴィ・ウォッチが無造作に放置されていた。

「　そう　・・・　よかった。　じゃあ　わたしのも。　

　さあ〜〜〜て・・・っと。　　　フランソワーズ、炒め物、開始しますっ！　」

「　お〜〜　よろしゅうおたの申します。　　ブリテンはん！　手ェが止まってはるで！　」

　　―　　カタン。　　裏口がそっと開いて　ジョーが顔をみせた。

「　・・・　あのう　・・・　ただいま　・・・　」

「　まあ　ジョー　・・・　　あ　あの　・・・　」

「　フラン！　・・・あ　あの　その　・・・　」

「　お〜〜〜　ジョーはん！　　遅かったやないか〜〜　ほれあんさんはこっちネ！

　ホウレン草の海苔巻き、やってや。　巻き簾、使えるのん、あんさんだけやさかい。　」

「　あの　・・・　ぼく　・・・　でも　・・・　」

「　ハイハイ　デモもストもどっちゃでもええ。　　ほれほれ　手ェ洗うて　はよ　はよ〜〜　！　」

　ぐい・・・と手を引かれ　ジョーはもじもじしつつもキッチンの上がった。

「　ジョー、　もう大変なの〜〜　手伝って？　」

「　あ　・・・　ああ　うん　・・・！　」

「　へ〜〜〜〜い！　買ってきたぜ〜〜〜〜　ついでにビールもなあ〜〜　」

　　　ドドドド　・・・・　空飛ぶ＜おつかい＞　が　騒がしく帰還した。

 

 

　ワイワイ　がやがや　ぺちゃくちゃ　ごそごそ　　うひひひ　わははは　　へへへへ　

大勢で手伝った大人スペシャル・メニュウで賑やかな晩餐となった。

やっと目覚めた博士も勿論、　イワンもミルクをすりおろし林檎を口にして上機嫌。

ナイフもフォークもスプーンも箸も　・・・　忙しく動かし口も食べたり喋ったり大忙しだ。

 

「　うん　・・・　そうだよ。　彼女ともう少し話してみようか　な。　

　そうだ　そうだよ！　うん、迷信の打破も重要な仕事だもんな　　うん！　」

「　大人の腕は確かだ。　食物たち、喜んでる。　料理されて生き返った。　」

「　朗読劇　・・・！　そうだ、その手があったな！　　あの子はいい声をしていた・・・

　感性は抜群だし。　　うんと鍛えれば・・・一流の舞台人になれるぞ。　」

「　ほっほっほ　・・・　皆はんに手伝うてもろて今日のゴハンはエネルギーいっぱいや。

　食材たちが生き返ったワ。　　ほんまにこれが料理の魔法やなあ〜〜　」

「　俺はこいつらと生きてゆくから。　なあ？　坊主を頼むぞ。　俺がそっちゆくまで・・・

　ああ　・・　俺も頑張るから　　な　」

「　・・・　ぼくが帰るところって　・・・　フランや皆がいるとこだけだ　・・・　」

「　思い出は思い出。　　今のわたしには　ジョーがいればいいわ　・・・　」

 

誰もが時々ぼ〜〜っとしていたが　すぐにまた食べ始め話の輪に加わった。

 

　　　「　あ〜〜〜〜　楽しい休暇だった　」

 

　―　誰もがそんなことを言って　サイボーグたちのリゾート都市滞在は終った。

 

 

 

「　・・・　申し訳ありません。　」

空港で　リゾート都市運営部のチーフという男性がサイボーグ達の頭を下げた。

「　あの　・・・　エッカーマン博士はどちらに？　そして　この時計は　・・・　」

「　はい、　このナヴィ・ウォッチは　装着したヒトを最も心地好い状態にする微弱な催眠波が

　常に出るようになっています。　ですから訪問客の方々はみな機嫌よく　・・・

　一種の心地好い夢を見ているような状態になります。　」

「　心地よい？　　しかし・・・ぼくらは　　」

ジョーは少々気色ばんで訊ねた。

「　皆さまのナヴィ・ウォッチは　　エッカーマン博士の特製でして　・・・　」

「　エッカーマン博士にお目にかかりたいのですが。　」

「　・・・　こちらへどうぞ。　」

その男性は低く口篭り　・・・　そっと目を伏せたが、それでも彼らを案内してくれた。

VIPルームの反対側に目立たないドアがあった。

「　ここから　―　ご覧ください。　」

男性はマジック・ミラーの覗き窓を示した。

「　？？？　・・・　まあ　・・・　エッカーマン博士・・・？　」

「　・・・！　」

室内は普通のコントロールルームにみえた。

多くのメカがあり中央にはモニタースクリーン、そして点滅するタッチパネルもある。

中央のコンソール盤の前に座り込みエッカーマン博士が　なにやらぶつぶつ・・・呟いている。

 

「　ふ　ふふふ　　・・・　なあ　カールや。　　お前に酷いコトをしたヤツらにはなあ・・・

　苦い夢　を見せてやったぞ・・・　ふふふ　ふふふ　・・・

　これで気が晴れただろう？　なあ　カール・・・　次はどんな街をつくるかい・・・　」

 

「　・・・　これ　は・・・？　」

「　あの　・・・　この部屋のメカは作動していないのではありませんか？

　点滅しているのはあのパネルだけだし　・・・　それもただのLEDだし　・・・　」

二人の指摘に　チーフだという男性は暗い顔で答えた。

「　はい。　仰る通りです。

　彼　・・・　エッカーマン氏は外ではごく普通に業務をこなせるのですが・・・

　このスフィンクス　という部屋に閉じこもると　ああなのです。

　おそらくこの中で　彼は彼に都合のよい夢に　心地よい夢に浸っているのでしょう。　」

「　・・・　まあ　・・・　」

「　なんとか　・・・　できないのですか？　」

「　彼には　この部屋が唯一のホームなのです。

　　―　我々は　ただ　・・・　じっと見守るしかできないのです。　

　それがたとえ　―　彼の精神的な退行であっても　・・・　」

「「　・・・・・・・・　」」

二人は無言で　その部屋を後にした。

 

「　・・・　あのヒトは　・・・淋しいヒトね。　　見る夢を・・・失ってしまったのですもの・・・　」

「　見る夢　・・・　あの！　ぼくは。　これから　―　一緒に夢をみてゆきたい。　きみと！！　

　に　　苦い夢だってきみと一緒なら　！　ぼくが　」

「　ジョー　・・・　わたしも　わたしもよ。　　わたしのホームは　　・・・　」

「　ぼくに言わせて。　　ぼくのホームはきみ　だ。　」

「　ん　・・・　ジョー　・・・！　」

　空港ビルの片隅で　二人は熱〜〜〜〜く唇を重ねた。

 

「　あれ？　　皆は　・・・？　」

「　え？　だって一緒にドルフィンで帰るはず　・・・　」

「　ヘンねえ・・・さっきまで一緒だったのに・・・　」

出発デッキにはだ〜れの姿も見えず　・・・　突然脳波通信が飛んできた。

 

　　≪　お〜〜〜い　お前ら〜〜〜　　俺たちゃ先に帰るぞ〜〜　≫

　　≪　そうそう！　　オヌシらは　このままハネムーンだろ〜〜　≫

 

「「　　あ〜〜〜〜〜　」」

 

　　　シュバ　−−−−−　・・・・・　！！！

 

呆然と見上げるジョーとフランソワーズの前で　空飛ぶイルカは　＜　未来都市・エデン　＞　を離陸、

そのまま軽やかに上昇していった。

 

 

 

 

******************************     Fin.　　　***********************************

 

Last updated :  18,12,2012.                back       /      index

 

 

 

************　　　　ひと言　　　***********

や〜〜〜〜っと終わりました・・・！

ああ〜〜　全員を一つに話の中で動かすって！

いかに大変か　よ〜〜〜くわかりました★

はい、RE:　で出番の多かった方々は　＜　お休み　＞　です。

（　９３は別です〜〜♪　）

　　　　　　　　　　　　　・・・　ワタシ　もともとえっか〜まん氏って好きくないのよね・・・