『 包丁と万年筆 ― (2) ― 』
崖の上に建つ洋館 ― ギルモア邸
そこには ごく普通の家族が わいわい・がやがや・どたばた・ごそごそ・・・
暮らしている。
さて。 島村家の長女・すぴか嬢は ― 毎日元気いっぱい外で活躍することが多く
お日様の友達だ。 焦げたトーストみたいな顔色をしている。
だけど 彼女にはもうひとつ、 < 好きなこと > がある。
「 ただ〜いまあ〜〜〜 」
その日、すぴかは遊び行っていた公園から帰ってくると リビングに顔を出した。
「 アタシだよぉ〜〜 ただいまあ〜 ね〜〜〜 おか〜さん オヤツぅ〜〜〜 」
リビングには 誰もいない・・・ いや肘掛椅子で博士がなにやら書きモノをしていた。
「 ・・・ おお すぴか。 お帰り〜〜 お母さんは今 買い物だよ 」
「 ふ〜〜ん ・・・? 」
いつも好奇心満々〜なすぴかは 博士の手元に視線、くぎ付けだ。
「 おじいちゃま それ なに? 」
「 ・・・ うん? それ ? 」
「 ウン。 それ・・・ ぼーるぺん とちがうよね? 」
「 ああ これかい? 」
博士は手を止め 今の今までレターペーパーの上に滑らせていた筆記用具を示した。
「 そ! それ ・・・ さいんぺん? 」
「 いいや。 これはな 万年筆 というのさ。 」
「 まんねんひつ???
」
「 左様。 ワシは手紙なんぞはやはり紙にペン、が都合がよくての・・・ 」
「 あのね おじいちゃま。 その先っぽ・・・ 鳥さんのくちばしみたい 」
「 あ〜 そうか そうだのう すぴかは万年筆を見るのは初めてかい。 」
「 ウン! ・・・ きれい・・・・だね ・・・ 」
「 そうかな? このペンの中になあ インクが入っているのさ。
嘴みたいなのは ペン先 という。 」
「 ぺんさき ・・・ 」
「 すぴかも使ってみるかい 」
「 え いいの? おじいちゃまの大事 でしょう? 」
「 かまわんさ。 すぴかは丁寧に扱える子だもの。 ほら 持ってごらん 」
「 わ・・・? 」
すぴかは こわごわ・・・手を出した。
「 普通に、 鉛筆と同じに持ってごらん。 しっかり握って。 」
「 う うん ・・・ こう? おじいちゃま 」
小さな手が しっかりと軸の太い万年筆を握った。
「 そう そう。 じゃ こっちになにか書いてごらん? 」
博士は手元にあったメモ用紙を出してやった。
「 え ・・・ 」
「 鉛筆と同じだと思いなさい 」
「 ウン ・・・ 」
すぴかは ゆっくりく〜るくる・・・曲線を書いた。
「 おお 上手いぞ〜〜 」
「 えへ ・・・ おじいちゃまとおんなじ字 かいた〜〜 」
「 同じ字? ・・・ おお そうじゃのう 」
博士は 先ほどから自分自身が書いていた手紙を眺め思わず笑ってしまった。
「 これはなあ アルベルトへの手紙でなあ この字はドイツ語・・・
彼の国の言葉なのさ。 」
「 え アルベルトおじさんの?? にょろにょろ〜〜〜 ? 」
「 あはは・・・ そうだなあ。 じゃ すぴか 名前でも書いてごらん。 」
「 アタシの? にょろにょろって? 」
「 いやいや 普通に、いつもすぴかが書くとおりにさ 」
「 う うん ・・・ 」
すぴかは真剣な面持ちで それこそ息まで詰めて ―
し ま む ら す ぴ か
多少 < にょろにょろ > しつつ 自分の名前を書きあげた。
「 おお 上手に書いたな。 うむ うむ 綺麗な字じゃ。 」
「 えへ・・・ そ そう?? おじいちゃま。 」
「 ああ。 もう少し大きくなったら すぴかも万年筆を使ってみるといい。
どんな世の中になっても 手書きの文字はいいもんじゃ。 」
「 アタシ いっつも手で じ、かくよ? 足でかくの? おじいちゃま 」
「 あ いやいや そういういみじゃなくてな・・・ ほら メールとかあるじゃろ 」
「 あ〜〜 ぱそこんやすまほでかくやつ? 」
「 そうじゃよ。 仕事には便利だがな。 」
「 ふうん ・・・ すぴか達はえんぴつでかくよ 」
「 学校ではそれがよいよ。 すぴかは書くことが好きなのかな? 」
「 う〜〜ん ・・? わかんないな〜〜 えにっき とか さくぶん は好き! 」
「 そうか そうか。 すぴかはなかなか綺麗な字を書くしなあ。
そうじゃ いいことを思い付いたよ。 ちょっと待っていておくれ。 」
「 ?? 」
「 ほら この万年筆でなにか書いていていいよ。 」
「 わ・・・ いいの? おじいちゃま! 」
「 ああ。 ほら この紙を使ってよいよ。 」
「 ありがと〜〜 おじいちゃま〜〜 」
すぴかは またそう・・っと万年筆を握ると、じ〜〜〜っとペン先を眺めていた。
「 ・・・ん ・・ そだ! まんねんひつさん のこと かく。 」
彼女はす〜っと息を吸ってから ゆっくり万年筆を動かしだした。
「 やれ お待ちどう〜〜 うん? すぴかや? 遊びに行ってしまったかな? 」
15分以上経ってから 博士が汗なんぞ少々かきつつもどってきた。
「 いや〜〜〜 探しものはどうも苦手じゃわい。 待たせすぎてしまったなあ 」
博士は やれやれ・・・とため息をつきつき肘掛椅子の方にやってきて ―
「 ! おや。 すぴか ・・・ そこにおったのかい。 」
「 ? あ おじいちゃま〜〜 アタシ、かいてたの。 」
すぴかは 顔をあげると に・・・っと笑った。
「 おお おお〜〜 万年筆は上手く使えたかな? ・・たくさん書いたなあ 」
「 えへ・・・ なんかあんましじょうずくない かも ・・・ 」
「 そうかい? なにを書いていたのかい。 ワシが見てもいいかな。 」
「 ウン いいよ、おじいちゃま。 アタシね〜 まんねんひつさん のこと、書いた。」
「 万年筆さんのこと? ・・・ どれどれ 読ませておくれ。 」
「 えへへ はい これ 」
すぴかはちょっと恥ずかしそう〜に笑って 紙を差しだした。
そこには ペン先をひっかけた跡があちこちに見えたが 案外きちんと行を守って
書いてあった。
「 ・・・ わたしは まんねんひつ です いろいろなくにのことばをかきます
にょろにょろ かくかく こつこつ かきます ・・・
すぴか。 お前は ・・・ スゴイのう ・・・ 」
博士はざっと読み終えると 孫娘の頭に手を当てて彼女の顔をつくづくと眺めた。
「 え〜〜〜 なにが〜〜〜 あ 字、まちがえてる? 」
「 いやいや 間違えておらんよ 全然。 これは・・・ 詩かい? 」
「 し? ・・・ あ〜〜〜 ううん し じゃないかも〜〜
まんねんひつさんの おはなし かな〜〜 」
「 ふうん ・・・ これ、ワシにしばらく貸してくれるかな。 」
「 いいよ〜 あ でも返してね? お父さんにも見せるんだ 」
「 おお 勿論さ。 父さんと母さんにもぜひ読んでもらおうな 」
「 えへへ〜〜 あ アタシ 遊びにいってくる〜〜 」
すぴかは ぽ〜ん・・・と肘掛椅子から飛び降りた。
「 あ! そうじゃ そうじゃ〜〜 忘れとった! これを すぴかに使ってもらおうと
思ってなあ 」
博士は かっちりした形の厚手のノートを差し出した。
「 これ・・・ ご本? 」
「 いいや。 ノートじゃよ。 中身はほれ・・・白い紙さ。 」
「 ・・・ つるつるのひょうしだね〜〜 きれいないろ〜〜 」
すぴかの小さな手が 厚紙の表紙をそっと撫でる。
「 アタシ 水色ってだいすき。 ひんやり・・・きもちいい〜〜〜 」
「 気に入ったかい。 これをすぴかにあげる。 好きなことを書いたらいい。 」
「 え アタシが ・・・ これ? 」
「 うむ。 このノートにな すぴかの思い付いたことをなんでも書いてごらん?
日記でも 詩でも 作文でも なんでもいい。 」
「 わ! すご・・・ なんか四月のきょうかしょのにおい〜〜〜〜 」
開いたノートに すぴかは顔を近づけくんくん・・・匂いをかいでいる。
「 ほう ・・・ 四月の教科書 か。 新刊本の匂いかな ・・・
すぴか お前はおもしろい子だなあ 」
「 アタシのいったこと、ヘン? 」
「 いやいや すばらしいということさ。 さあ これに好きなこと 書きなさい。 」
「 ・・・ うん ! ありがとう〜〜〜〜 おじいちゃま〜〜〜 」
すぴかは 水色のノートをきゅう〜〜っと抱きしめぴょん ぴょん 跳ねている。
「 あ ・・・ すばるは 」
「 おお すばるにもな あとであげる。 すばるにはセピア色の表紙にするよ。 」
「 すご〜〜〜 ありがとう〜〜 おじいちゃま〜〜
アタシ、これ・・・ お部屋においてくるね 」
「 うむ うむ それから公園にいっておいで。 」
「 ウン! 」
すぴかは たたたたた・・・っとたちまち階段を駆け上っていった。
すばるも博士から動揺に立派なノートを貰い ― すでに立派な 小鉄 な彼は
びっしり・・・ < 鉄 > 関係の情報を書きこんだ。
曰く じこくひょうのしらべ方。 ぱそこんのろせんずのしらべ方。
JRのひょうしきの読み方と意味 など など ・・・
「 あ〜〜 すばる? よかったらワシに君のノートを ちょこっとだけでいいんだ
覗かせてくれるかい 」
「 いいよ おじいちゃま ほら! 」
すばるも得意気に見せてくれた。
つやつやしたセピアの表紙のノートの中には
か〜なりドガヒョガした字が アヒルさんの行列みたいによれよれ並んでいた。
しかしどの字もしっかり書いてあり 書き手の熱意が伝わってきた。
「 ありがとう。 ほほう〜〜 すごいなあ 〜〜 これは ・・・
この表は ・・・ おお 時刻表だな? 」
「 ぴんぽ〜ん♪ これ えへへ・・ 僕の ひみつじょうほう なんだ〜〜 」
「 ほう〜 すばるは将来電車の運転手になりたいのかな? 」
「 う〜ん?? まだきめてない〜〜 でもでんしゃ すき! 」
「 そうだなあ お前は赤ん坊のころから電車好きだったものなあ 」
「 そうだよ! 僕達ね〜 あ 僕とわたなべクンだけど〜 テツ だから。
二人でいっぱいじょうほうきょうゆう してるんだ。 」
「 なるほどなあ ・・・ 」
「 そんでね〜 この本は僕たちのひみつきち! あ〜〜 そろばんの時間だからね〜 」
すばるはパタン、とノートを閉じるとそろばんの道具と一緒にリュックにいれた。
「 いってきま〜す おじいちゃま 」
「 おお いっておいで。 わたなべクンによろしくな。 」
「 ウン! よろしく っていうね〜 じゃね〜〜 」
手を振り振り すばるはご機嫌ちゃんでソロバンの稽古に行った。
「 ふうん ・・・ 面白い姉弟じゃなあ ・・・ 双子でも全然興味の
持ち方が違う。 まあ もっともだが ・・・ 」
博士は幼い孫たちを 両親とはまたちがった大きな愛情で包んでいた。
「 博士〜〜〜 お茶 如何ですか〜〜 」
その日の夜 フランソワーズは紅茶のカンを手にリビングに声をかけた。
子供たちは夕食をすませ もうとっくにベッドの中・・・ 夢の国 だ。
博士は リビングで読書を楽しみ、 フランソワーズは帰りの遅いジョーの
夜食を整えていた。
「 うん? ・・・ おお ありがとうよ いただこうかな 」
「 この前 グレートが送ってきたお茶がありますわ。 美味しいうちに
頂きましょう。 」
「 うんうん ・・・ 時にジョーはまだかのう ・・・ 」
「 ええ 最近ずっと忙しいみたいで ああでも今日中には戻れるかな 」
「 大変じゃのう ・・・ 」
「 その分 朝 遅いし ・・・ 彼も好きな仕事ですしね 」
「 それはそうじゃが 」
「 あ 子供たちに立派なノート ありがとうございました。 」
「 いやいや ・・・ すぴかがな 万年筆に興味を示してのう 」
「 万年筆に ? 」
「 そうなんじゃ 」
博士は昼間の出来事を すぴかの母親に聞かせた。
「 ・・・ へえ・・・? すぴか が?? あのお跳ねさんがねえ 」
「 あの子は作文など得意ではないのかね。 」
「 ああ そう・・・ 絵日記とか何もいわなくても書いてますね〜
そうそう 読書感想文は < とてもたのしくよみました > って先生の評が
書いてありましたっけ 」
「 うむ 彼女は彼女だけの視点をもっているようじゃな。
そしてそれを書ける、つまり感じたことを表現できるんだ。 これは才能だよ。 」
「 そういえば 一年生の頃から < かきかた > とかなかなか上手でしたわ
特に教えたりしたこと、ないんですけど。 」
「 うむ うむ なかなかいい字を書いておったよ。
フランソワーズ、お前も子供の頃、 なにか書いたりするのが好きだったかい? 」
「 え わたし ですか? ・・・ え〜〜〜 ・・・ どうだったかしら。
フランス語の時間はキライじゃあなかったけど ・・・ 」
いい香が揺れるカップを前に フランソワーズはう〜〜ん …と考え込んでいる。
― ちっちゃい頃 ・・・ バレエに夢中になるもっと前・・・
わたし なにが好きだったかしら ・・
― あ ・・・
不意に 懐かしい居間の匂いがふわ〜〜〜ん と漂ってきた。
両親と兄と一緒に暮らした、あのアパルトマン ― 少女時代を過ごしたあの部屋
父の煙草と 母のコロン、 そして 兄が好きだったガム やら 彼女自身の好物の
ボンボンの香と そしてその味も!
母はキッチンに立たない時間は 居間で縫い物やら編み物をしていることが多かった。
母の編み物用の毛糸巻きのお手伝いは大好きだった。
学齢に達する前は 母と一緒にこのリビングやらキッチンで過ごした。
「 ファン〜〜 お前、ちゃんと活用形の綴り、覚えないとダメだぞ 」
リセから帰宅した兄が リビングに顔をだした。
「 あたし ちゃんと覚えているわ お兄ちゃん 」
ジャンはガムを噛み噛み 偉そうに宣う。
「 文法のテストだっていつも満点よ。 」
「 へ〜〜 そうかあ〜〜? pouvoir ( できる )の活用形 ちがうぞ 」
「 ?? 」
「 わたしは 編み物ができます〜 レース編みもならいたいです 」
兄はなにやらノートを開き読み上げはじめた。
「 え? ・・・ あ〜〜〜 あたしの ひみつ帳〜〜〜〜 」
「 は? ただのメモ帳じゃね〜のか〜〜 」
「 ちがうわ!!! 返してよ〜〜 」
「 へ〜〜 ひみつ帳 ってな〜にかっな?
ファンの小遣いがどこにしまってあるか〜〜 とか テストで 」
「 返してったら〜〜 」
妹は飛びかかったが 長身の兄に叶うはずもなく。
「 ママン〜〜〜 お兄ちゃんが〜〜〜ァ 」
「 あらまあ ・・ ジャン、 ファンが泣いているわ、いい加減になさいよ。 」
みかねて母が仲裁に入った。
「 ふん ・・・ 泣き虫〜〜 ママンにくっついた泣き虫〜〜 」
「 ち ちがうわっ! 泣き虫なんかじゃ ・・・ ! 」
妹は袖口で顔をごしごしこする。
「 あらら・・・ファン お顔が真っ赤になっちゃうわよ。
ジャンもそこでお終い。 ノートを返してあげなさい。 」
「 へ〜い だけどね ママン、ファンの文章は綴り マチガイだらけでさ〜 」
「 わかりましたよ。 でもね、勝手にノートとか見るのはダメでしょ? 」
「 ま な ・・・ ほら 返すよ 」
兄は ぽい、っとノートを妹に放った。
「 ・・・! あたしのひみつ帳・・・・ 」
「 ファン、 勝手にみたお兄ちゃんも悪いけど、今朝もリビングのソファに放りだして
あったわよ? そのノート・・・ ママンも誰のかな〜って思いましたよ。
大切なモノならばちゃんとお部屋の引き出しとかに仕舞っておきなさい。 」
「 は〜い 」
「 それと、綴りのマチガイはダメよ? 」
「 はあい 」
「 ちぇ〜〜 甘いなあ ママンってば 」
「 ジャン? あなたも小学生の頃 ・・・ 活用形100回書きの罰、先生から何回もらってきましたか?
ママン、何回 半分以上手伝ったかしらね〜〜 」
「 ・・・ あ〜〜 それは 」
「 へえ〜〜 お兄ちゃんが?? 」
「 ファン〜〜 ほら オレがさ〜 直してやるからさ こっち来いよ 」
「 うん! お兄ちゃん〜〜 」
兄と妹は仲良くノートを覗きこみ始めた。
・・・ あ は ・・・ そうだわ。
花模様の < ひみつ帳 > とっても大切にしてたっけ・・・
今 ― 昔の思い出は ただ ただ 懐かしいだけだ。
以前の 身体が攀じれるほどの切なさは もう感じることはない。
わたし ・・・ シアワセ だから・・・? 今 ・・・
フランソワーズは ゆっくりカップを口に運んだ。
「 そう・・・大切なノート もってましたわ ・・・ 」
「 ほっほ〜〜 やはりの〜 書くことが好きじゃったんだな 」
「 好き・・・というか・・・ほら 子供の頃ってこっそりなにか書いたりしませんでした? 」
「 ワシの時代は皆そうさ。 PCもスマホもなかったからのう 」
「 そうですよねえ ・・・ すぴかも書くことに興味を持ってくれてうれしいです 」
「 うん うん ・・・ ああ どんな娘になるんじゃろうなあ〜〜
そうじゃ ジョーの娘なんだから 文才 もあって当然だよ うん。 」
ジョーは 今 雑誌社の編集部に勤務し猛烈に多忙を極めているが楽しそうだ。
「 さあ ・・・ でも 好きな道をみつけてくれたら って思いますわ。 」
「 そうじゃなあ ・・・ 」
キッ。 カタン ・・・
門の開く音が聞こえた。
「 あ ジョーが戻りましたわ 」
「 うん ・・・ どれ お茶を入れ直そうか。 早く迎えにでておやり。 」
「 はい♪ 」
フランソワーズはぱっと顔を輝かせ 玄関に飛んでいった。
「 ほっほ・・・ いつまでもお熱いことで結構じゃな 」
博士もニコニコしつつキッチンに立った。
「 やだ〜〜〜 やだ〜〜〜 」
「 なによぉ ! 」
ガッタン〜〜 ! ドンっ !
リビングでなにやら大きな音がした。
「 ? どうしたの、 なにがあったの?
」
キッチンにいたフランソワーズは 慌てて飛び出してきた。
リビングには ―
ランドセルをしょったままの 姉と弟が 向き合ってにらみあっている。
すばるのほっぺは真っ赤で 涙が滲んでいる。
そして 騒音の元らしき・・・ ソファの一つが位置を変えていた。
「 どうしたの? ・・・ これ 動かしたの? 」
母は急いで子供たちを見たが 幸い怪我をしている様子はない。
「 びっくりよ、お母さん ・・・ ねえ なにがあったの? 」
「 え〜〜〜 どうもしないよ〜〜 すばるがさ〜 かってにおこって〜 」
「 だって! す すぴかが! ぼ 僕のこと〜〜 かってに! 」
「 ― 勝手に? 」
「 さ さ さくぶんに 書いたぁ〜〜〜〜 」
「 は??? 」
「 かってに じゃないも〜〜ん! しゅくだいだったじゃん〜〜
アンタだって書いたじゃん 」
「 僕〜〜 みんなのこと 書いただけだもん! 」
「 アタシだって 書いただけだもん! ホントのこと、書いただけだもん
先生だって〜 よくかけましたって! ほら〜〜 花マルだもん〜 」
バサっ すぴかはなにやら紙をひらひら揺らしている。
「 で で でも〜〜〜 僕のこと 〜〜〜 」
すばるは 姉の手から紙を奪おうとしたが ― もちろんそんな < 攻撃 > は
易々とかわされてしまう。
「 べ〜〜〜 だ。 アンタなんかにとれるもんか〜〜 」
「 う〜〜〜〜 ッ 」
「 ほらほら・・・・ ケンカしないの。 ねえ どうしたの?
お母さんに説明してちょうだい。 その前に。
すばるクン お鼻 チン! してらっしゃい。 」
「 ・・・ う〜〜〜〜〜 」
「 すぴかさん ソファの位置、直しましょ、手伝って。 」
「 へ〜い 」
母は激していた? 姉弟をともかく引き分けた。
三人で うんしょ うんしょ とソファの位置を直し、ランドセルを部屋に置いて
手を洗いウガイをし ― ようするに いつもの午後 になった。
ことん。 グリーンとブルーのマグ・カップをテーブルに置く。
お煎餅とビスケットをお皿にだした。
その前に 仏頂面が二つ、ならんでいる。
「 で なにがあったの? 」
「 ・・・ すぴかが〜〜〜 かってに僕のこと 」
「 だ〜からかってにじゃないもん! 」
「 かってだもん!! 」
「 ほ〜ら 待ってよ お母さんにもわかるように説明してちょうだい。 」
「 だから〜〜〜 作文なの! 」
「 < おうちのひと > < おともだち > を書いたんだ 」
「 そ。 だから〜〜 アタシはほんとうのこと、書いたの。
ね〜〜〜 お母さん、 作文にウソ、かいたらいけないんだよね〜〜 」
「 おかあさん! ヒトがいやだってこと、しちゃいけないんだよね〜〜 」
同じ学年の姉と弟は またまた一斉にまくしたてる。
「 ちょ〜っと待ってよ。 つまり ― 授業で作文を書いたのね? 」
「「 ウンっ !!! 」」
「 先生が おうちのひと とか おともだち のことを書きましょうって? 」
「「 そ! 」 」
「 それで すぴかは 」
「 アタシの作文。 はい お母さん 」
すぴかは 花マルがついた用紙を得意気に母に渡した。
「 あら すごいわ〜 え ・・・っと
『 あたしのおとうと 』 ? 」
「 すぴかってば〜〜かってに〜〜〜〜 」
「 まあ ちょっと待って すばる ・・・ 」
すばるを宥めつつ 母はすぴかの作文に目を通し ―
「 ・・・ くっ くくく ・・・ふふふ 」
思わず笑いがこぼれてしまった。
うわ〜〜〜 まさに まんま・すばる だわあ〜〜
うふ ふふふふ・・・ すぴかったら〜〜 よく見てるわあ〜
すぴかの作文は あまりに・赤裸々な? 島村すばるクンの日常 が書かれていた!
「 おか〜〜さん 〜〜〜 」
「 あ ・・・ いえ え〜〜と? なかなかよく書けてます、すぴかさん 」
「 でしょ〜〜 」
「 でも でも〜〜〜 僕のこと、かってに〜〜 」
「 はい そうね。 やっぱりね〜〜 人が嫌だってことは書かない方がいいかも 」
「 でも! 学校で 」
「 ・・・ ! 個人情報の保護 です。 とくに公表する場合には
次からは 事前に了解を得ましょう。 」
「 え なに おか〜さん 」
「 あ ・・・ その〜 < 書いてもい〜い? > って聞いてから ね。
次からは ・・・ 」
「 へ〜〜い 」
「 すばるクンも もう怒らないで・・・ ね? 」
「 ・・・ もうかかない? すぴか。 」
「 書いてもい〜い してから書く。 」
「 だめっていったら かかない? 」
「 ・・・ う うん 」
「 じゃ〜 ・・・ いいよ 」
「 はい それじゃ オヤツにしましょ。 」
「「 わい〜〜〜 」」
やっと本当に < いつもの午後 > が始まった。
「 ぶ・・・わはははは 〜〜〜 」
その夜、コトの顛末を妻から聞き、 ジョーは盛大に吹きだした。
「 その作文〜〜 ぼくも読みたい〜〜〜 」
「 それはすぴかに直接頼んでください。 お父さん。 」
「 はいはい ・・・ いや〜〜 すぴかも油断ならないなあ〜 」
「 ホントよ〜〜 あの子の観察眼はスゴイわあ 」
「 それと文才も な。 うふふふ〜〜〜 さすがぼくの娘〜♪ 」
ジョーはびろ〜〜んと鼻の下が伸びている。
「 ねえ ジョーも < 秘密ノート > 持ってた? 」
「 ひみつのーと? 」
「 そ。 自分だけの、大事なコト書いてたノートよ。 」
「 あ〜 持ってたよ。 今だって さ ・・・ ほら 」
彼はポケットから小型の手帳を出してみせた。
「 え〜〜〜 そんなの、初めて見たわ〜〜〜 」
え ・・・ スマホとかじゃないの???
フランソワーズは少しばかり驚いた。
「 ま な〜 これはオトコの秘密だ。 僕は字書きを生業にしているんだぜ? 」
「 ふ〜〜〜ん? わたし ジョーから手紙、もらったこと・・・あるかなあ? 」
「 あ ・・・ え〜〜 とぉ あいしてます〜〜〜 」
彼は がば・・っと彼の細君を抱きしめた。
その年のクリスマス、サンタさんはすぴかに学生向きの万年筆を届けてくれた。
細い銀色の軸には水色の模様が描かれている。
「 〜〜〜〜〜〜 アタシの宝モノだあ〜〜〜〜〜 」
すぴかは飛び跳ねて喜んだ。
そして 後年 博士愛用の万年筆は彼女に遺された ― 軸には名を入れて。
**************
青年の手元には 年季の入ったペティ・ナイフ。 刃身にはもう薄くなっているけれど
すばる の名前がよめる。
彼の恋人は 今でも旧式の万年筆を愛用している。 太い軸はかつて父とも慕った人が握っていたものだ。
そしてそこには すぴか の文字が刻まれている。
― それは 懐かしい そして 人生で至福の時を送った 遠い 遠い 日々の思い出。
そう これがあるから いつだって生きてゆける。
二人は 穏やかに、そして深く微笑み合うのだ。
************************************** Fin. *******************************
Last updated : 05,31,2016.
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***************** ひと言 ***************
【 島村さんち 】 は どんな話でも いつもどこかに
なんとなく 切ない想い が入ってしまいます (._.)