『 明日もいい天気 ― (2) ― 』
ふう ・・・
フランソワーズは 溜息をもらすと、食器類を食洗機に入れた。
セットしておけば 明日の朝にはきっちり乾燥・除菌まで
済ませてくれる。
「 ・・・ なにかあったのかなあ ジョー ・・・
仕事のこと、ね 多分 ― 」
カチン。 ピッ ・・・。
彼が食べない、と言ったイチゴにラップをして
冷蔵庫にしまった。
「 イチゴ いらない なんてね〜〜〜 ふうん ?
ま ジョーだっていろいろ あるわよねえ 」
エプロンを外すと 戸締りを確認し、彼女はゆっくりと
二階の寝室に上っていった。
「 ― なんで 」
なにかあったか、 と聞けば 夫は静かに訊ね返した。
穏やかな茶色の瞳が じっと彼女を見ている。
あ ・・・ こりゃ なにかあったわねえ〜
相当 キツいことがあった のかな
直観的にわかったけれど 素知らぬ顔をした。
「 ・・・ だって イチゴ いらないっていうから 」
「 あは ・・・ 晩メシ 食べ過ぎたかな ・・・
美味しすぎてさ 」
「 あらあら じゃ 明日にとっておくわね 」
「 うん 頼む。 ― 風呂 入ってくる 」
「 はい。 ゆっくり温まっていらして 」
「 ― ウン あ 先に寝てなよね
いつも 遅くてごめん 」
「 ごゆっくり〜〜 じゃあね お休みなさい 」
「 ウン おやすみ〜〜 」
ジョーは ひらひら手を振り出ていった。
先に寝てる か ・・・
大丈夫、ちゃんと起きてますよ
ちょいと肩を竦め フランソワーズはテーブルの上を
片づけ始めた。
カタン ―
寝室のドアが閉まった音で 目が覚めた。
・・・ あ ・・・
やだ わたし 本当に眠ってたわ
ジョー・・・?
フランソワーズは 羽毛布団の間からそっと夫の様子を伺った。
ばさ ばさ ・・・
彼は バスタオルでがしがし ・・・ 髪を拭いている。
気持ちよさそう で 機嫌もいいカンジだ。
「 ふんふんふ〜〜〜〜ん♪ っと〜〜 」
ハナウタ混じりに 軽くストレッチなんかをしている。
髪もざっと乾いたらしい。
「 おやすみ〜〜〜 フラン〜〜 」
ジョーはこそっと呟くと 彼女の隣にすべり込んできた。
フランソワーズは ぐっすり眠っている フリ をし続けていた。
あ ・・・ 元気になったのかな
よかった ・・・
ふぁ〜〜〜 ゆっくり眠れるわあ
・・・ あ ?
カサ ― リネンの間から腕が伸びてきた。
「 フラン ・・・ 起きてる だろ? 」
「 ・・・・ 」
「 わかってるよ ・・・ なあ ? 」
「 ・・・・ 」
「 ぼくの フラン ・・・・ 」
「 ・・・ うふふ 」
白い腕がするり、と ジョーの首に巻き付いてきた。
「 ! フラン ・・・ ああ フラン〜〜〜 」
「 ジョー ・・・ あ い し て る わ ♪ 」
「 ・・・ ! 」
― 二人は言葉を封じた。 ベッドの中は熱い吐息で満ちていった。
「 ・・・ ふ う ・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ あ ・・・ 」
二人が 言葉の世界に戻ってきたのは どれほどの時間の後だったろうか。
ジョーは まだその大きな手を彼女の身体から離してはいない。
「 ・・・ ねえ なにか あった・・・? 」
フランソワーズは まだ少し波だつ息をもてあましていた。
「 ・・・ え なに 」
「 なにか あったの? 」
「 なんで そう思うのかい 」
「 ・・・ いつもとちがうから 」
「 ふ うん ・・? 」
「 よかったら ・・・ 話して? 」
「 あ ああ ― 負けたなあ って さ 」
「 負けた?? お仕事 ・・・? 」
「 ん 完敗 だ 」
「 あなた自身が認めるほど の完敗? 」
「 あ〜〜 ホントに! 自分自身が情けない 」
「 そう ? 情けなくなんかないわ 」
「 ・・・ なんで 」
「 負けを認められれば 次のステップを見つけられる かも 」
「 ・・・ う ん 」
「 次の一歩の位置、 見えてくるんじゃない? 」
「 ・・・ あ うん ・・・ 」
「 うふふ 負けたァ って すっきり認めるって 凄いわ 」
「 え そうか なあ 」
「 ・・・ 潔い っていうの? す て き♪ 」
「 ・・・ そっか ・・・ 」
「 うん。 さすが わたしのジョー♪ 」
「 ・・・・ 」
カサ ・・・ まだ少し火照った唇が ジョーの頬に触れた。
「 Je t`aime ・・・ 」
「 めるし ・・・ 」
ジョーは ほっとした表情ですう〜〜っと眠りに落ちていった。
・・・ 手の焼ける大きな赤ちゃん♪
ま そこが可愛いってとこもあるけど。
ふふふ お休みなさい わたしのジョー♪
フランソワーズも 満ち足りた気持ちで彼の温もりを感じつつ
夢の世界に入っていった。
妻で 恋人で。 母で 娘で 主婦で。 そして ダンサーで!
フランソワーズは 毎日大忙し ― 元気いっぱい駆け抜けている。
けど。 毎日が < ぐっど♪ > の連続では ないのだ。
そう! 彼女だって ニンゲン なんだもの!
― その日の朝
フランソワーズは 深くふか〜く深く眠っていた。
気持ちよく く〜〜く〜〜〜 ・・・ 仔鳩のように眠っていた。
隣のジョーは これはもういつも意識不明の熟睡 というか・・・
朝は 妻か子供達が 起こしにこない限り ― 彼は 眠り姫 だ。
トン トントン ・・・ トン ?
遠慮がちなノックが聞こえてきた。
それは遠い潮騒の音みたいに響いていて 彼女はしばらく睡眠の海に
ゆらゆら 身を委ねていた が。
フランソワーズ・・・?
「 ・・・ あ? なに・・・? 」
やっと意識がはっきりしてきた。 誰かが呼んでいる・・!
「 フランソワーズ? いいかい・・・・?
散歩から戻ったら チビさん達が起き出して玄関におってなあ
フランソワーズ? 具合が悪いのか? 」
がばっ !!! 飛び起きた。
反射的に振り返ったら 枕元の時計は信じられない時間を示していた。
「 ! え こんな時間??? 」
うそ〜〜〜〜〜〜 ッ!
彼女は瞬時に奥歯のスイッチを噛んだ! カチッ。
003 の天然加速装置 は 009に搭載されているものよりも
遥かに優秀で頑丈で耐久性に富んでいる らしい。
「 今!! 起きますっ !!! 」
だだだだだ −−−−− 数秒後、彼女は階下のキッチンに
駆け下りていた。
「 すぴか〜〜〜 すばる! ごめんなさいね〜〜
ほら 朝ご飯ですよぉ〜〜〜 」
「 おか〜さ〜〜ん おはよ〜〜〜 」
「 おか〜さ〜〜〜ん 」
チビ達は 子供椅子からすべり降り 母にひっついてきた。
「 おか〜さ〜〜ん ごはん〜〜〜 」
「 おか〜さ〜〜ん♪ 」
「 はいはい ごめんなさいね〜 博士 すみません 」
「 いやいや 二人ともお利口さんで待っていたよ。
いつもの ちびっこグルト を飲んだところじゃ。 」
博士は チビ達の相手をしていてくれたのだ。
「 あ 今 オレンジを ・・・ 」
「 ああ よいよ、チビさん達の朝ご飯を先にしておやり。
ワシはシャワーを使ってくるから 」
「 はい ありがとうございます
あ お弁当も作らないと 〜〜 」
「 おか〜さん ごはん〜〜〜 」
「 ごはん〜〜〜 」
「 ああ はいはい えっとパンとミルクと卵・・・ 」
フランソワーズは 子供達の相手をしつつ、てきぱきと
朝の支度を始めた。
「 ねえ ねえ おか〜さん 」
「 おか〜さ〜ん♪ 」
「 はいはい ちょっと待ってね〜〜 今 ガスを使ってるから
ちょっと離れててね 」
「 う〜〜〜〜 」
「 やだ ・・・ おか〜さん 」
いいコでいた二人は なんだか雲行きが怪しくなってきた。
ヤバ ・・・ 泣くな、泣かないでよ〜〜
ぐずらないでよ〜〜〜
「 おか〜さ〜ん ・・・ 」
「 おか〜さん 」
小さな手が フランソワーズのエプロンを左右から引っ張っている。
「 あらら ・・・ ちょっと離してね〜〜 」
「 やだ! 」
「 ・・・ やだ ・・・ おか〜さん おか〜さん 」
すばるはもはや 涙声、 すぴかもそろそろ鼻が詰まったみたいな声に
なってきている。
う〜〜 おねがい! あとちょっとでオムレツ できるから
泣かないでよぉ〜〜〜
「 ほうら いいにおいでしょう? すぐにごはんよ〜 」
「 ・・・ アタシぃ ・・・ 」
「 おか〜さ ・・・ うぇ 〜〜〜 」
チビ達は そろって泣き声になり始めた。
うわあ 〜〜 ヤバ〜〜〜
わたしも泣きたい 〜〜〜
うぐ。 でも でも そんなヒマない〜〜〜
カチャン カチャン。 とにかく朝ご飯・らしきモノ が出来上がった。
「 ほうら すぴか すばる〜〜 ごはんですよ〜 」
「 わあ〜〜〜い おむれつ すき〜〜〜 」
「 ごはん〜〜 じゃむ は? おか〜さん 僕 じゃむ・ぱん! 」
「 はいはい オムレツよ すぴか。
すばる 今 トーストにジャムを塗るからね 」
「「 わい♪ 」」
コドモたちは小さなフォークでなかなか器用に食べ始めた。
やれやれ ・・・・
あ この間に お弁当の用意 !
・・ えっと 昨夜のハンバーグ、 残りを冷凍してあるし
卵焼きと あと ・・・ プチトマトに
ぶろっこり〜〜〜 !!! 決まり!
さささっとアタマの中でシュミレーションをし
さささっと食材を取りだして ちっこい弁当箱を取り出し並べて
「 えっと 御飯! ・・・ は タイム・スイッチしてあったわ〜
よかった〜〜〜 とりあえず御飯、詰めて 」
「 あ〜〜〜 ! 」
「 ・・・ う ・・・ 」
ぼと。 ばしゃ。
ヘンな声と一緒に ヘンな音がして ―
・・・ やだ〜〜〜 イヤな予感 ・・・
う〜〜〜〜 ・・・
フランソワーズは おそるおそる食卓を振り返った。
「 おか〜さん アタシのパン・・・ 」
「 う ・・・ 僕のぎゅうにゅう 〜〜〜 」
「 !!! あ 〜〜〜〜〜〜 」
すぴかは バターが付いた面を下にトーストを床に落とし
すばるは 見事に牛乳がたっぷり入ったカップをひっくり返していた。
「 パン アタシの パン〜〜〜〜 」
「 ぎゅうにゅう〜〜〜〜 」
う うぇ ・・・ ひ ひっく ・・・・
「 あ〜〜 泣かない! 泣かないでよ 〜〜〜
・・・ お母さんも 泣きたくなっちゃうから ・・・ 」
「 おか〜さん ・・・ アタシ アタシぃ〜〜〜 」
「 僕ぅ〜〜 おか〜さ〜〜ん 」
うわあ〜〜〜〜ん えぇ〜〜〜ん
ついにチビ達は 声を上げて泣き始めた。
「 あ もう ・・・ 泣きたいのはこっちだわ ! 」
でも 泣いてるわけには行かない。
フランソワーズは 涙が滲んでくるのを押さえ 押さえ
床から トーストとカップを拾いあげた。
「 ふう ・・・ 拭かないと・・・ ウェット・テイッシュでいいか・・・
とにかく 拭いておかないと 」
バターに牛乳 は 最悪である。
汚れとしても そして 少しでも残しておいたら
あの! Gさん うぇるかむ〜 になってしまう。
もう〜〜〜 時間がない時に限って〜〜
「 ・・・・ 」
フランソワーズは無言で 床を拭う。
「 ・・・ あ おか〜さん これ たべて いい? 」
「 僕ぅ〜〜〜 ぎうにう ほしい 」
チビ達は 母の不機嫌さを敏感に感じ取ったのか、とにかく
泣き声だけは 静まった。
「 え なあに 」
「 これ たべて いい? 」
「 ・・・ ぎうにう〜 」
「 ちょっと待ってちょうだい。 お母さんがなにをやってるか
すぴかもすばるも 見えないのかしら?? 」
思わず 強い口調で答えてしまった。
あ ・・・・ う ・・・・
うぇ〜〜 うっく うっく 〜〜〜
「 あ〜〜〜 もう 泣かない! 泣かないでよ 」
フランソワーズも本気で泣きそうになった その時 ―
カタン。 キッチンのドアが開いた。
「 ほうら・・・ どうした? すぴか すばる 」
「 う・・・? 」
「 ・・・ うぇ ・・? 」
コドモたちの声が変わった。
「 さあ おいで〜 ほら 」
「「 おと〜〜さん!! 」」
ジョーは ゆったりとした表情で 子供たちを抱き上げた。
「 ジョー ! あ ごめんなさい、起こしてしまったわね 」
「 ああ フラン おはよう〜
すぴか すばる、さあ おいで。
フラン ぼくがチビ達に朝ご飯食べさせてから弁当、作るから。
そこ ざっと掃除できたら きみは出掛ける用意しろよ 」
「 ジョー ・・・ 」
「 さ 行動開始! ほらほら 時間、ないだろ? 」
「 ジョー ・・・ ごめんなさい 」
「 いいってば。 さあ〜〜 二人とも朝ごはん ちゃんとたべよう。
お父さんといっしょに おいしい・おいしい朝ご飯だよ 」
「 わあ〜い ごはん ごはん〜〜〜 」
「 ごはん〜〜〜 ♪ 」
「 ありがとう〜〜〜 ジョー !! 」
「 急げば間に合うよ あ 車で送って 」
「 いい いいの。 とにかくチビたちをお願いシマス。
お弁当はね もう詰めるだけよ
」
フランソワーズは エプロンを外しつつキッチン・テーブルの上を指した。
「 お〜〜 了解 ! あ 美味そうだなあ〜〜 」
「 メルシ〜〜 ジョー ! 」
「 フランソワーズ。 チビさん達の制服はこれでいいかな 」
「 博士! 」
リビングでは 博士がソファに子供たちの園服を並べていてくれた。
「 ソックスは白、じゃったな? 」
「 はい〜 ありがとうございます〜〜 」
「 ほれ 急ぎなさい。 あとはジョーとワシに任せて な 」
「 はい〜〜 」
彼女は 二階へと駆け上がった。 嬉しい涙を吹き飛ばしつつ・・・
焦りまくって準備をして家を出て ―
坂道を駆け下りぎりぎりいつものバスには間に合ったけれど。
「 ふう ・・ ああ なんとか間に合った・・・ 」
どうにか座れたバスで 大きなバッグの中身を点検した。
あ。 置いてきちゃった ・・・!
アタマ・セット〜〜〜 !
髪を結いあげるためのピンやらゴム、そしてバレッタなど一式を
小さなポーチに入れているのだけれど・・・
しまった〜〜 と思ったけれど取りに帰る時間は もうない。
稽古着もタオルもあるし、靴もちゃんと入ってる。
「 ・・・う〜〜 なんとかなる か 」
がたごとバスに揺られつつ なんとか解決策? を思い巡らす。
「 しょうがないけど。 う〜〜ん あ 向うの駅の側の
あのドラッグ・ストア! あそこで買えば・・・ 」
とにかく今は レッスンの時間に間に合うのが先決である。
「 う〜〜 どっこも遅延しないでください〜〜〜 」
バスで地元駅まで行き、JRとメトロを乗り継ぎ 目的駅で地上に出た。
「 え〜〜っと ドラッグ・ストア ・・ あ あそこ! 」
たたたた ・・・・ !
ちょいと反対側まで駆けてゆけば ― 張り紙が目についた。
開店時間 変更のお知らせ。 10時開店 となります
「 ! うそ〜〜〜〜 どうしよう・・・
みちよ に借りれるかなあ ・・・ きゃ 急がなくちゃ〜〜 」
再び フランソワーズは 天然の加速装置 を稼働させる。
だ −−−−−−−− !!!
バレエ・カンパニーのスタジオまで 金髪を靡かせ疾走していった。
「 お おはよ〜ございます〜〜〜 ふう・・・・ 」
更衣室のドアを開けて フランソワーズはこそっと大息をついた。
「 おはよ〜 」
「 あ おはようございます 」
「 フランソワーズ〜〜 おはよ〜〜〜 」
すみっこで 髪を結っていた丸顔女子が 手を振っている。
「 あ みちよ・・ おはようございます〜 はあ 」
「 焦った方がいいかもよん 」
「 う うん ・・・ 」
彼女の側にゆき フランソワーズも手早く着替え始めた。
「 なに〜 ためいき? 」
「 あ うん ・・・ 寝坊して チビ達がもう先に
起きてたのよ〜 」
「 へ え〜 あ すぴかちゃんとすばるクン 元気? 」
「 え〜ぇ〜 もう元気すぎて・・・ 」
「 可愛いよねえ〜〜 幼稚園だっけ? 」
「 そ。 朝はもう戦争よ 」
「 そっか〜 お母さんは大変だね 」
「 まあ ね あ あの〜 みちよさ〜ん
ゴムとピン、余分に持ってる?? 」
「 あ? うん 多分あるよ〜〜 」
「 あのぅ 貸してください ・・・ アタマセット忘れてきちゃった 」
「 ありゃ うん どうぞ〜 あ でも バレッタとかないよ? 」
「 いいの いいの。 上に結ってあれば ・・
ありがとう〜〜 みちよさん 」
「 みちよ でいいってのに・・へえ フランソワーズでも忘れもの するんだ?」
「 します〜〜〜 もう年中よ 」
「 そう?? あ ピアニストさん、来たよ 急げ〜〜
」
「 え ええ 」
う〜〜〜 上手く結えないよ 〜〜
とりあえず 髪をまとめて結んで ― あとはなんとかなる〜〜と
彼女は 荷物を持って スタジオへ急いだ。
「 はい 始めますよ。 二番からね 」
♪♪ 〜〜〜〜〜 ザ ・・・ッ
ピアノの音と共に ダンサー達の朝のクラスが始まった。
あ なんとかココまで 辿りついたわあ〜〜
バタバタの朝だったけど ・・・
・・・・ やっと いつもの朝 だわ〜〜
しっかりバー・レッスンを始めつつ フランソワーズはやれやれ・・
と ほっとしていた。
レッスンはどんどん進んでゆく。
「 〜〜〜 ね。 はい ファースト・グループから 」
マダムの張りのある声が スタジオに響く。
ん〜〜〜 ・・・ で ピケ・アラベスク ね
フランソワーズは後ろで ぶつぶつ・・・振りを繰り返す。
えっとえっと アンデダン のあとは
あ〜〜 あ! ストゥニュ だった〜
ああ 髪がじゃま〜〜〜
自分のピンやらバレッタを忘れ、借り物でとりあえず結んだけれど。
いつもと違うので結んだ所もぐらぐらしているし
纏めきれていない髪が顔の周りにへばりつく。
〜〜〜 もう 鬱陶しい〜〜〜〜
切っちゃいたい〜〜〜
あ〜〜 もう わたしのバカ!
忘れ物をした自分が悪いのだ。 寝坊した自分がダメなのだ。
そんな自分自身に 腹が立つ。
「 はい ネクスト! ラスト・グループ ! 」
「 ( フランソワーズ ! ) 」
みちよが くい、と肘を引いてくれた。
「 あ・・・ う うん ・・・ 」
彼女は あわててセンターに進みでた。
「 さっさと出て。 よそ見しない〜〜〜 」
うひゃ ・・・ 見られてたかしら
こそっと首を竦め でもしっかりプレパレーションのポーズをとった。
〜〜〜♪♪ ピアノが滑らかに鳴り始め ・・・
「 〜〜〜 あき、 爪先〜〜 そうそう ・・・
最後 ピケ アラベスク ! ルルベ じゃなくて ピケ!
ほら 集中して? はい じゃ 次ね 」
・・・ う 〜〜〜 ★
フランソワーズは こそこそっとスタジオの後ろに引っ込んだ。
間違えまくり ・・・ なんで??
ちゃんと覚えたつもり だったのに・・・
「 ( フランソワーズ? アレグロ だよ! ) 」
「 あ・・・ ! 」
みちよが つんつん・・・肩を突いてくれた。
「 ( ありがと・・・! え〜〜と ) 」
フランソワーズは 慌ててマダムの指示に集中した。
パチパチパチ 〜〜〜
「 はい じゃあね お疲れ様〜〜〜 」
優雅なレヴェランスと拍手で 朝のクラスは終わった。
ダンサー達は それぞれの行動に散ってゆく。
フランソワーズは ぺたり、と自分の荷物の前に座り込んだ。
「 はあ〜〜 あれ フランソワーズ、どうしたの? 」
みちよはタオルでごしごし 顔を拭いていた。
「 ・・・ あ ううん ・・ あ〜〜〜 自己嫌悪★ 」
「 どうしたのさ 」
「 も〜〜〜 最低★ 間違えまくり〜〜〜
なんか 振り、全然アタマに入ってこない〜〜。 」
「 そう? そんなに目立たたなかったけど 」
「 うう〜〜ん マダムはきっと呆れてたのよ
なんかさ〜〜〜 覚えた!って思っても 自分の番になると
アタマ 真っ白なんだもん 」
「 ま〜 そんな日もあるよん 」
「 そっかな・・・ もう 今日は朝から寝坊して 最低★ 」
「 終わったんだもん、もう忘れなよ〜〜 」
「 ・・・ そうよねえ もう終わったんだものね 」
「 ね! 笑って〜〜〜 フランソワーズ 」
「 え へ・・・ 」
「 ねえ 時間ある? ちこっとだけでもさ お茶してかない? 」
「 あ ・・・ そうね ほんの少しなら 」
「 わい♪ あのね ちいさなカフェなんだけど
美味しいとこ あるんだ〜 アイスがさいこ〜〜 」
「 ― いく!! 」
「 じゃ 即行で着替えよ 」
「 うん! 」
二人は 笑い合いぱたぱたと更衣室へ駆けていった。
「 ふんふ〜〜ん♪ アイス 美味しかったあ〜〜〜 」
フランソワーズは ハナウタ混じりで電車をまっている。
友人とのお茶たいむ、短い時間だったけど かなりのリフレッシュになった。
「 ふ〜〜ん ・・・ 嫌なこと リセット〜〜〜
さあ 晩ご飯は美味しいモノ つくろっかな〜 あ ! 」
洗濯機 スイッチ押すの、忘れたァ〜〜〜 !!!
ぼとん。 肩から大きなバッグがすべり落ちた。
「 う〜〜〜 洗濯機の中に ぎっちり詰まった そのまま・・・
う〜〜〜 今日もまた同じくらいの量が出るのに〜〜 」
少しだけ浮上した気分が ぷしゅ〜〜〜〜 ・・・・と萎んでしまった。
・・・ 昨日の分、帰ったら即行洗って
乾燥機 使う・・・? イヤだなあ ・・・
お日様に乾したいのよね〜
でも しょうがない か・・・
「 もう〜〜〜 わたしの大バカ! 」
プァ ン 〜〜〜 のんびりと電車が入ってきた。
あ〜あ ・・・ なんか もういろいろ面倒くさくなってきたわ
・・・ 晩ご飯 冷凍 チン! でいっか・・・
のろくさ乗って ガラ空きを幸い、隅っこの座席に縮こまった。
窓の外には 春の気色が流れているが 眺める気にもならない。
・・・ あ〜あ・・・
要するに 朝、 寝坊したわたしが悪い のよねえ・・
はあ ・・・ 自分自身が情けないわ
・・・ん? メール?
ふと気が付けば 珍しくも博士からメールが来ていた。
「 あら なにかしら ・・・ 」
晩メシ 買ったからな。 心配しなくていいよ
「 ?? ・・・まあ いいわ。 もう今晩はレン・チン なんだから
・・・ あ〜あ ・・・ 」
地元駅で降り さらにバスに乗り。
フランソワーズは なんだかめちゃくちゃ疲れた気分で帰宅した。
家の前の坂の 長かったこと・・・
「 ふう ・・・ ただいまもどりましたァ 」
玄関にバッグを放りだし バス・ルームに直行した。
「 洗濯モノ〜〜〜 ・・・ あら??? 」
洗濯機の中は 空っぽでキレイに乾いている。
「 ああ ジョーが 乾していったぞ。 それで取り込んでおいたよ。 」
博士が子供たちと一緒に 顔をだした。
「 ね〜〜 おかあさん〜〜 アタシがね たたんだ ! 」
「 僕も〜〜〜 たたんだ〜〜〜 」
「 ― え ・・・?! 」
「 ね〜ね〜〜〜 みて みて〜〜 」
「 みて〜〜 おか〜さん 」
彼女はチビ達にひっぱられ リビングに戻ってきた。
「 はい! おか〜さんの。 」
すぴかが 小さな布? をもってきた。
「 ? ・・・あらあ これ・・・ 」
「 あたし たたんだ〜〜 」
すぴかはお母さんの下着類を 丁寧に丁寧に折り畳んでくれた。
「 僕も! おと〜さんの ・・・ 」
すばるはお父さんのぱんつ で やっこさん を折ってくれていた。
「 まあ まあ みんな … ありがとう ・・・ 」
お母さんは 涙がじわ〜〜っと盛り上がってきてしまった。
「 えへへ〜〜 」
「 うふふ〜〜 」
「 じゃ オヤツにしましょ。 いらっしゃい 」
「「 わい〜〜 ♪ 」」
チビ達はわらわら母に纏わりついた。
「 ほい 約束の 晩ご飯じゃよ 」
どん。 博士がキッチンに置いた包みは ―
「 ・・・! わあ〜〜〜 しゅうまい・べんとう!! 」
「 これ ウマいよなあ。 チビさん達のお迎えの前にな
ちょいと駅向こうまで買いに行ってきたよ。 」
「 ― すみません ・・・ 」
「 なあに、ワシも食べたかったのさ。
これは最高傑作だと思うぞ。
」
「 ええ ええ ・・ ジョーもめちゃくちゃに好きなんです。
子供たちも わたしも! 」
「 じゃろう? ま たまにはのんびりしなさい、お母さんや 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
― ピンポーン
「 あら? 玄関 ・・・ だれかしら 」
「 ただいまあ 〜 」
「 え??? ジョー ・・・? 」
フランソワーズは 玄関へ駆けだした。
「 ジョー ! どうしたの?? 」
「 え? あ〜 たまには早く帰ろうかなって思ってさ。
チビたちの相手もゆっくりしたいし・・・ 」
「 ジョー 〜〜〜 嬉しいわ うれしいわ 」
「 わお?? 」
飛び付いてきた妻を ジョーはしっかりと抱きとめてくれた。
「 わたしね ・・・ 今日はもういろいろ・・最低で・・・
落ち込んでたの。 」
「 そうなんだ? 」
「 ええ でも ね。 もう元気!
わたしには 素敵な家族がいるから。
み〜〜〜んなから 元気、もらえたわ。 」
「 あは ぼくもさ。 」
なあ 明日も 好い天気だよ。 きっと ね。
そうね! 明日もいい天気 ・・・ !
いろいろ・・・あるけど。 あなたが・きみが いるから大丈夫 !
************************** Fin. ***********************
Last updated : 04,07,2020.
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*********** ひと言 *********
またなんでも できる日々が くることを信じて!
島村さんち から エネルギーを もらっちゃお(‘◇’)ゞ