『 ごめんください − (1) − 』
古い港街の高台の 緑に埋もれる古い古いアパルトマン
貧しいが才能と野心と希望だけは山ほどの芸術家の卵たちが住んでいた
夢と希望と若さを喰べて 明日への杞憂など嗤いとばした・・・
そんな 青く・香しい想いが 家の中いっぱいに満ちていた
古い港街の街はずれ その家はぽつんと建っていた
人は去り 時は流れ 海は遠くなり ―
それでも夢だけは そこにいた
カッツン ・・・・! 蹴っ飛ばした小石は 植え込みの中に入ってしまった。
「 ・・・ ふん だ。 も〜〜 石まで勝手にどっか行っちゃうのね ・・・! 」
フランソワーズは ひどく不機嫌に小石が飛んでいった方向をにらみつけた。
「 いいも〜〜ん。 わたしは海を見ながらランチするもん! 」
誰も聞いているヒトはいなかったけど ― いや いなかったからわざわざ声に出して宣言した。
「 せ〜〜っかく美味しそうなオレンジ買って。 青りんごだって見つけたのよ。
・・・好きだって言うから 卵サンドつくって・・・わたしハムとチーズの方が好きなのに
そうよ! お握り だって準備したのに〜〜〜 」
ふん! もう一回 ハナを鳴らすと、彼女は両手の荷物を抱えなおした。
「 いいもん、素敵なランチにするんだも〜〜ん ! 」
ふぁさ −−−− ・・・ むせ返るほどの緑の香を乗せた風が 抜けてゆく。
「 ・・・ ふうん? 海は近くないのかなあ〜 」
かつてはおそらく整備されていたであろう坂道は ― 敷石は疎ら、階段が残っているのは
道の端だけだ。 要するに ただの土の道 に成り果てていた。
「 え〜〜〜 だってここを上がりきると ・・・ 公園があって、って書いてあったのに。
あ〜〜〜 やっぱりスマホ、置いてきちゃったんだ・・・ 」
ガサガサとバッグの中をもう一度丹念に探ってみたけれど、あの小さなナヴィゲーターの姿はなかった。
「 ふん ・・・ いいわよ〜だ。 どうせ一人のランチなんだもん、好きな場所で
好きに食べるわ〜〜 海 みえなくてもいいもん。 」
ぼこぼこの道をしばらく登ってゆくと 少しだけ開けた場所に出た。
「 ここ ・・・ う〜〜ん でも なんかちょっとな〜 〜〜 あ こっちにも道があるわ
ちょっと行ってみましょ♪ 」
フランソワーズはえいやっと荷物を持ち上げると 灌木の間に続く小道に入っていった。
「 え〜〜〜〜〜 だって 待ち合わせようって言ったの、ジョーよぉ? 」
駅の改札口を少し離れた所で 金髪美女が公衆電話の受話器に齧り付いていた。
あの緑色の電話は かつては駅頭にいくつもあったがいつの間にか目立たぬ場所に追いやられ数も減った。
そんないつもは淋しい場所が ・・・ 今、久々に賑やかになっていた。
「 ・・・ だから。 ちゃんと時間通りに駅にいます。 ジョーが決めたでしょう? 」
美女は受話器を握りしめ 碧い瞳はきっ!と一点を睨み付けている。
「 ・・・ え ・・・ 仕事? ・・・ そう ・・・
でももうちょっと早く連絡くれたら ・・・電話した? え〜〜〜 あ ・・・ スマホ? 」
ごそごそごそ。 受話器を持ち替え、空けた手でバッグをかきまわす。
「 ・・・ 忘れた みたい ・・・ 誰も出ない? そりゃそうでしょ ・・・
・・・ わかったわ。 ・・・ お仕事、頑張ってね。 じゃ ・・・ 」
白い頬がぷっくり膨れたが見る人もなく ・・・ 彼女は静かに受話器を置いた。
「 ・・・ ふ ん ・・・ だ。 いいもんね〜〜 わたし一人でランチするわ。 」
足元に置いたバスケットは なんだか急に重く感じた。
― 昼ご飯 一緒に食べないかい。
珍しくもそんなコトを言いだしたのは ジョーの方だった。
「 え・・・ ど どうして? 」
「 どうして・・・って。 たまにはいいかな〜〜って思ったんだけど。
お天気もいいし きみにさ、ヨコハマとか案内しようかなって思って ・・・
港街だから気持ちいいよ きっと。 」
「 ・・・・ 」
大きな碧い瞳が ますます大きく見開かれじ〜〜〜っとジョーを見つめている。
「 あ 予定、あった? ごめん〜〜 」
「 !!!! 」
ぶんぶんぶん。 だまって亜麻色の髪が左右に大揺れしている。
「 え? どうか ・・・ した ? 」
「 あ あの! ううん ううん! ランチ〜〜〜 」
「 あ? 」
「 だから あの! 時間、決めて! わたし お弁当、作るわ! 」
「 あ は ・・・ 弁当? 」
「 そうよ。 お天気いいし ・・・ 海があるのでしょう? 」
「 海? あ 〜〜 うん、ヨコハマ港 見ようか。 」
「 だからね お弁当つくります。 ジョー リクエスト ある?
サンドイッチでいい? あ ・・・ え〜と おにぎり が いい ? 」
「 あは ・・・ どっちも好きだからどっちでも 」
「 両方とも好きなの? それなら ― どっちも作るわ! 中身、なにが好き?
ハム? チーズ? それとも〜〜 オムレツ? 」
「 ・・・ え あ〜〜 なんでも ・・・ 」
あ〜〜〜 張り切ってる・・・ 参ったなぁ〜
ブラセリー とか ビストロにでも誘おうと思ったんだけど
ま 彼女の手作りランチ もいいかもな♪
「 ね? お気に入りはなあに。 」
それはそれは熱心な瞳にジョーはついに根負けして、 卵サンドとオカカお握り の
メニュウが決定したのだった。
( 勿論! らんちぱっ○ に コンビニお握り などではない ! )
それなのに。 フランソワーズは大きなバスケットを抱え 一人でガサガサ・・・
路地に近い道を歩いている。
激動の年月の果てに 極東の国の首都に近い海沿いの崖っぷちの洋館に住み着くこととなった。
まったくの他人が 寄り集まりぎこちない <家族>として暮らし始め ・・・
昨今は<普通の日々> が 当たり前に流れている。
そして 住人は、といえば。
老人と赤ん坊は 日々研究・開発・実験に没頭しているし、ワカモノな二人は ―
< 仲の良い同居人 > といったところ・・・らしい。
ガサリ。 大きめの植え込みの脇を抜けると少しだけ道幅が広がった。
「 ふうん ・・・? ここは高台の裏手になるのね〜〜
海は見えるかしら〜〜 ・・・ ああ 埋め立ててあるぅ ちょっとがっかり ・・・ 」
期待していた海は望めなかったが 人通りがないのが気に入った。
道の端に転々と 同じ大きさの石が並んでいる。
花壇の縁取り石の名残かもしれない。 彼女は端っこにちょんと腰を下ろした。
「 あ〜〜〜 お腹 空いちゃった・・・ ちょっとだけ・・・いいわよねえ
あれを食べたいわ〜〜 えっと・・・どこに入れたかしら 」
バスケットを置いて中をさぐり リンゴを取りだした。
「 これこれ。 ずいぶん探したのよね〜〜〜 青りんご♪
うふふ〜〜〜 キレイな色〜〜〜 これね、ちょっぴり酸っぱいけどオイシイのね〜 」
リンゴを手にしばらくその瑞々しいグリーンを眺めていて ― がぶ!っと齧ろうと大口を開け ・・・
「 ぁあ〜〜〜〜 ちょっとまったぁ〜〜〜 」
「 ・・・ はい? 」
突然 後ろから声が掛かった。
「 今のアングル 最高なんだ〜〜 もうちょい、でクロッキー終わるから ちょい待ち ! 」
セーターにジーンズ、そして長めの髪を無造作にヒモで括った青年が現れた。
手には大判のスケッチ ブック、 そして木炭を握っている。
「 は ・・・ あ ・・・・? 」
「 ありがとう! じゃ そのままで頼みます〜〜 」
「 は ・・・ 」
フランソワーズは リンゴを片手で宙に持ち上げ動きをとめた。
「 ん〜〜〜 そう! そのアングルがいいんだ〜〜 ん 〜〜〜〜 んん〜〜〜♪ 」
「 ・・・・??? 」
青年の熱心さに押され、彼女は口を噤み、ともかく同じ姿勢を保っていた。
「 ・・っと! あ〜〜〜 ありがとう!!! いや〜〜〜 久々いいのが描けたな〜
いやぁ ありがとうございました! 」
彼は スケッチブックを抱えてぺこり、とお辞儀をした。
「 あは ・・・ いえ そんな ・・・ あ もしよければ 見せていただけませんか?」
彼女はそのスケッチブックを指した。
「 あ これ? いいですけど・・・ 面白くないかもなあ〜〜 」
「 自分自身の姿ですもの、 < 面白い > に決まっています。 」
「 ん〜〜〜 ほら これ ・・・ 」
「 ありがとうございます! ・・・ まあ ・・・ 」
フランソワーズはスケッチブックのページを開いたまま 立ち尽くしている。
「 あ 〜 あのぉ 気を悪くしたら ・・・ ごめん!
これは そのう〜〜 クロッキーに近くて〜〜 そのぅ 忠実な描写とはちょっとまた
違って だな〜〜 う〜ん なんて言ったらいいのかなあ〜 」
「 ・・・ ステキ! 」
ホンモノの美女は ため息をつきほれぼれと見入っている。
「 へ?? 」
「 ステキ すぎだわ〜〜 わたし、こんなにシックじゃないもの。」
「 し しっく? ・・・ ああ chic か ・・・ え そ そう?? 」
「 そうよ〜〜 このスケッチは素敵過ぎ です。 」
「 あはは ・・・ そんなことないって〜 モデルがいいからさ。 」
青年は爽やかな笑い声をたてた。
「 まあ アリガトウ。 ・・・ ねえ? もうリンゴ齧ってもいい? 」
「 へ?? り りんご?? 」
「 ええ そうよ。 オヤツのリンゴをね〜〜 ここで食べようと思ってたの。 」
「 あ そっか〜〜 ごめん〜〜〜 どうぞ召し上がれ。 」
「 ありがとう〜〜〜 ・・・ むぐ。 〜〜〜 」
白い歯を見せて青いリンゴを齧りはじめた。
「 あの〜〜〜 君。 もし時間があれば ・・・ 頼みたいんだけど。 」
側でもじもじしていた青年が 思い切った風に言いだした。
「 なに か? あ リンゴならまだあるから ひとつ、いかが? 」
「 い いや! リンゴじゃなくて。 そのう〜〜〜 」
「 はい? 」
「 ・・・ウン。 あの 〜〜〜 モデル やってくれないかな〜〜 」
「 モデル???? 」
「 うん そうなんだ。 僕ら そこの家にね、仲間達と一緒に住んでいるんだけど 」
「 ああ シェア・ハウスしていらっしゃるの? 」
「 しぇ・・・ なんだって? 」
「 シェア・ハウス。 一軒のお家に家族じゃないヒトが何人か住むってこと。
わたしの祖国の街では よくみたもの。 」
「 あ〜〜〜 そんなモンかな〜〜 え ・・・ どちらのご出身ですか 」
「 パリから ・・・ 」
「 おお〜〜 やっぱり♪ ぼんじゅ〜〜る まどもあぜる? 」
スケッチブックを抱えていた青年は 少し大仰にレヴェランスをした。
「 まあ ・・・ うふふ ・・・ Bonjour Monsieur ? 」
「 そっか〜〜〜 パリジェンヌなんだね〜〜 それならぜひぜひ! 日本語 上手ですね〜
あ 旅行中ですか? 」
「 いいえ、 この国に住んでます。 ・・・ そうね〜〜 わたしもシェア・ハウス
かしら。 仲間達と暮らしているの。 」
「 わ〜〜お♪ 芸術家さんかな〜〜 ・・・ でも僕らとはちょっとちがうな。
音楽家? 声楽家? ・・・ ちがうなあ〜〜〜 」
「 うふふ・・・ わたしはね ・・・ 」
フランソワーズは食べかけのリンゴを片手に握ったまま 大きく両腕を上下させてみせた。
「 わかった! 君 バレリーナだろ? 白鳥姫〜〜〜
」
「 うふふふ 当たり。 」
白鳥姫は 青年に向かって丁寧にレヴェランスをした。
「 わぉ〜〜〜 ホンモノのバレリーナさんだ・・・!
それならますます〜〜 お願いしたいなあ というより ご招待したいです
僕たち皆のアトリエへ。 」
「 ・・・ お邪魔ではなくて? 」
「 ぜ〜んぜん! ・・・あ でも 滅茶苦茶に散らかってるけど・・・ 」
「 あら そんなの芸術家には関係ないでしょ? 」
「 もっちろん♪ さあさあ どうぞ〜〜〜 Mademoiselle〜〜 えっと? 」
「 フランソワーズ。 Francoise よ。 」
彼女はにっこり最上の笑みを浮かべると 青年は差し出した手にするり、と自身の手を乗せた。
ガサ ・・・ 最後の植え込みを廻ると ― その家は あった。
「 ま まあ ! ここにはこんなに大きなお家があったのね ・・・ 」
「 あれ? この辺りに来るの、初めて? 」
「 ううん。 前にね 一度、ほら展望台があるトコがあるでしょう? あそこに
連れて行ってもらったわ。 ・・・ けど海が見えなくてがっかり。 」
「 あ〜 あの公園ね〜〜 え〜 海、見えなかった?
ふうん ・・・ 天気が悪かったのかな〜 」
「 え ? う〜〜ん どうだったかしら・・・ 雨は降ってなかったけど ・・・
その時にこの辺りを通ったけど ― この素敵なお家には気が付かなかったわ。 」
「 そっかな〜〜〜 まあ いいや。 さあ どうぞ?
ふふふ 古い家なんでびっくりすると思うけど ・・・ 」
「 あ あの〜〜 ムッシュウ・・・ お名前、教えてくださらない? 」
「 あ〜 ゴメン! 僕は ユウジ です。 これでも画家志望の芸大生さ。 」
「 まあ ステキ〜〜〜〜 芸術家の卵さんね。 」
「 あは ・・・ を 目指している ってことだけどね。
ああ こっちこっち ・・・ あ そこ敷石がはがれてるんだ 気をつけて 」
彼は フランソワ―ズを玄関ポーチと思しき場所に案内した。
ガッタン ― 立てつけの悪いドアが 大きな音をたてて開いた。
「 帰ったぜ〜〜〜 みんな〜 お客さん〜〜〜だよ〜〜 」
彼は ドアを開けるなり、家の中にむかって声を張り上げた。
「 ― あ ・・・ Bonjour ・・・ えっと ごめんくださ〜〜い 」
フランソワ―ズは こそ・・・っと玄関の敷居を跨いだ。
「 あ それって いいね。 」
青年、 いや ユウジがくるりと振り向き小さく笑う。
「 え え?? なにが? 」
「 だから いま君が言ったコトバ。 」
「 ことば? Bonjour ・・・ってこと? 」
「 う〜ん それも素敵だけど いいなって思ったのは ごめんください さ。
よく知ってるね〜〜 君はこの国に長いこと住んでいるのかい。 」
「 え いえいえ ・・・ こちらでお世話になてるご老人の方が ウチにいらっしゃると
< ごめんください > って ・・・玄関でおっしゃるの。 なんか いいなあ〜って思って。
わたしも真似してみたいの。 」
「 ふうん そっかあ〜〜 僕達もあんまり使わない言葉だけど ・・・なんか懐かしいな。
う〜〜ん チビのころお袋とか近所のヒトとか ・・・言ってたなあ ・・・ 」
「 そうなの? 初めて来ましたから < ごめんください > って言いたかったの。 」
「 お〜〜〜う 客ってぇ誰だよ〜〜〜 」
ドスドスドス ・・・・ 大きな足音がして ひょろり、と長身の男性が現れた。
よれよれのズボンにランニング・シャツ ・・・ やっぱり長めの髪を手拭で止めている。
「 あれ? ハニワさん、 制作中じゃ? 」
「 そ〜だけど。 今週の炊事当番なんだ〜〜 客人に 茶! は当番の務め。 」
「 あは そうか〜〜 うん あのさ マドモアゼル・フランソワーズ・・・
モデル オッケ〜〜って言ってくれたから ・・・ ねえ 皆 呼んでくれよ〜〜 」
「 お〜〜〜 素晴らしい〜〜 あ 皆って日本画や陶芸のヤツもか? 」
「 うん。 あ 彫刻のハニワさんもだよ〜〜 勿論。 」
「 お〜〜う。 おっと いらっしゃい〜〜 お嬢さん。 」
巨漢のハニワ氏 は 身を屈めてフランソワーズの手を取った。
「 おっと・・・失礼・・・ 」
彼は差し伸べかけた手をちらり、と見て慌ててひっこめた。
「 あの? 」
「 いや お嬢さんと握手したいのにこんな粉だらけじゃな〜〜 すまんです、ちょいと 」
ぱぱぱ・・っとその手をランニングの裾で払う。
「 粉・・・って? あのぅ〜〜 パンでも焼いていらしたのですか。 」
「 パン???? ・・・ あ〜〜〜 そっちの粉じゃなくて。 これは石の粉。
俺は彫刻家の卵なんだ。 ん〜〜 これならよし。 」
フランソワーズの目の前に大きな掌が ひらひらと踊る。
「 ね? もう粉は払ったから ― ようこそ、マドモアゼル。 」
「 うふふ・・・彫刻家のムッシュウ、 どうぞよろしく。 」
「 あ は。 うれしいコト、言ってくれるな〜〜 さ どうぞ どうぞ〜〜〜 」
「 お〜〜い〜〜 ハニワさ〜〜ん、 お茶っぱ どこかなあ〜〜 」
奥から 先ほどの青年・ユウジの声が響いてきた。
「 あ〜〜〜 棚の奥だ 奥! 」
「 ・・・ ふふふ どうぞ お構いなく ・・・ 」
フランソワーズは クスクス笑いつつ、廊下を進んでいった。
その家は もともとはかなり大きな屋敷だったらしい。
フランソワーズを案内しながら ユウジがぽつぽつ話してくれた。
「 え? この家? うん、二階はね、個室が多いんだ。 そこを皆で分け合って住んでる。
で もって。 ここが〜〜 まあ 僕達の作業場というか居場所 かなあ 」
「 作業場? 」
ユウジがドアを開けた先は ― 庭に面した広い部屋だった。
「 まあ ・・・ ステキ。 ここは リビング・ルームかしら 」
「 あ〜 もともとはそうだったのかもなあ。 それで庭の方は サンルームになって
たんだけど 全部繋げちゃった。 あ 外にね テラスもあって ・・・
そこで ハニワさんとか彫刻科の連中が作業したりしてるよ。 」
「 いろいろな分野の方がいらっしゃるのね。 」
「 うん。 僕と同じ油絵のヤツが3人 あと水彩画だろ、日本画だろ。
染色もいるし〜 あ ほら さっきのハニワさんは彫刻だもんな。 」
「 楽しいわね。 皆 ここで描いたりするのね。 」
「 まあね〜 それぞれ自分の作品に没頭しちゃえば 周囲は気にならないし・・・
そんな連中の集まりだから結構うまくいってる。 」
「 ふうん ・・・ 」
「 あ それでね! 君にモデル、お願いしたいんだ。 」
「 モデル・・・って。 わたし、やったことないから・・・じっとしているのは無理かも 」
「 いいんだ、動いてくれて。 君は動いている時が一番魅力的だし。
ほら・・・ 見て さっきの君だ。 」
彼は スケッチ・ブックを広げた。
― そこには 簡潔な鉛筆の線のフランソワーズが 歩いたり 風に髪をなびかせ
差しだした手にリンゴをささげていたり した。
「 ・・・ すご ・・・ い〜〜〜 」
「 あは ・・・ どうかな〜 気に入ってくれた? 」
「 気に入るもなにも ・・・ わたし ってこんなにキレイじゃなくてよ? 」
「 いやいや 君の躍動美は素晴らしいよ! なんていうか ・・・ きらきら輝くよ 」
「 この絵が素敵すぎるの ・・・ 」
「 ありがとう! ああ なんだかすご〜くうれしいな。
皆 〜〜〜 アトリエ集合〜〜〜 あ フランソワーズさん、今 お茶を 」
「 ほい どうぞ。 」
横合いから すっと銀の茶器が差し出された。
「 うわあ〜 ハニワさん〜〜〜 ど〜いう風の吹き回しさあ? 」
「 お招きしたお嬢さんに シツレイがあっちゃならん。 ささ どうぞ〜 」
ハニワ氏は 大きな手で驚くほどなめらかに、のティーセットにお茶を注ぐ。
「 ・・・ ん〜〜 いい香 〜〜〜 」
「 ささ どうぞ。 これは世界を放浪している友人からのプレゼントです。 」
「 〜〜〜 美味しい♪ マスカットみたいな香ね 」
「 セイロン産らしいよ 」
どやどや がたがた ― ドアが開いて複数の青年たちが集まってきた。
「 おお??? ステキなお客さんだね〜〜 」
「 ふんふん〜〜♪ ・・・ あや? こんちわ〜〜 初めまして 」
「 え〜と ・・・あ! 新しいモデルさんかい? 」
皆てんでな質問を フランソワ―ズに投げかける。
「 ね ね 君は パリジェンヌ ? 」
「 ええ そうよ。 」
「 君の国では アーティストの卵たちはどんな活動してるのかな。 」
「 似てるわ。 ここと同じよ。 …モンマルトルってご存知? 」
「 知ってる〜〜〜〜 憧れの地だもの。
ふらんすい行きたし とおもへども ふらんすはあまりに遠し なのさ 」
「 ・・・ それ あなたの気持ち ですか ? 」
「 え?? ・・・ そうさなあ・・・ ここにいる皆の気持ち かな〜 」
「 そう ・・・ ね モンマルトルではね やっぱりこんなカンジに
絵描きさんやら デザイナーさん そうね ・・・ 評論家の卵さんたちも
いろいろと腕を磨いていたわ ・・・ 」
「 ふうん ・・・ あ 君は 〜〜 」
「 彼女は バレリーナさんさ。 さあ〜〜 クロッキーするよ〜〜
スケッチブックの用意 いいか? 」
「 お〜〜〜 待ってくれえ〜〜 」
青年たちはどたばたとリビングの中を歩き回り ― すぐにそれぞれの場所にイスを置いた。
「 え ・・・っと ? わたし、ここで ・・・動くの? 」
フランソワーズは 多少面喰らいつつ中央に出た。
「 お好きにどうぞ。 歩いていても走ってもなんでも。 」
「 別に真ん中にいる必要、ないからね 」
「 は はい ・・・ きゃ 緊張〜〜〜 」
「 あはは そんなにカチンカチンにならいで さ ・・・ さっきの笑顔〜〜 」
「 うふふ ・・・ これで いい? 」
にっこり ・・・ は 彼女の < 営業用 >、つまり舞台での笑顔だ。
「 あのぉ〜〜 もっと普通に〜〜〜 」
「 普通っていっても・・・ あ そうだわ〜〜 ちょっと待ってて・・・ 」
彼女は部屋の隅に置いたバッグのところに駆け寄った。
「 今 すぐだから ・・・ やっぱりね、コレを履いているのが一番落ち着くのね〜
え〜〜と ・・・・? 」
フランソワーズは すぐに目的のモノを発掘した。
「 ね? 踊ってもいいかしら。 」
「「 へええええ〜〜〜〜
」」 芸術家の卵たちが目を回している。
「 あの ・・・ 狭いよ? 」
「 大丈夫・・・ そんなに動かないから。 衣装もないけど ・・・
動き を描いて? じっとしているのは苦手なのよ。 」
「 任せるよ さあ どう描くか は俺たちの腕とセンス次第さ 」
「 音楽ないけど ・・・ 」
彼女は手早くポアント ( トウシューズのこと ) を履くとゆっくり動き始めた。
長いしなやかな腕を緩やかにそして優雅に動かす。
スキニーズ パンツに包まれた脚はだんだんと大きく高く動き始めた。
ほう〜〜〜 うわあ〜〜〜 ふ・・ん ・・・ おお〜〜
彼らはさまざまな言葉というか呟きを発しつつ 鉛筆を、木炭を 走らせる。
「 ・・・ マドモアゼル・フランソワーズ? 疲れないかな、少し休んだら? 」
ユウジが声をかけてくれたが 彼自身はスケッチ・ブックに埋もれている。
彼みたいに何枚か クロッキーをし、それをもとにデッサンを起こしているヒトや
気に入ったポーズを 描きこんでいるヒトもいる。
「 わたし ちっとも疲れてませんけど ・・・ でも 皆さんも一息 いれます? 」
「 あ〜〜〜 いいかも〜〜〜 あ 俺、お茶 いれてくる ・・・ 」
筆洗バケツを持った青年が 奥に向かった。
「 あ わたしもお手伝いしま〜す。 」
「 いいんですか ? ありがたいけど・・・ あ こっちです〜 」
「 は〜い 」
彼女もぱたぱた・・・追っていった。
キッチンは意外なほどに広く、大きなオーブンも備わっていた。
「 お客さんに手伝ってもらって ・・・ すんません〜〜 」
「 あら いいえ ・・・ えっと? ああ ガス台はこっちね。」
フランソワーズは慣れた手つきで薬缶をガス台に置いた。
「 じゃあ 俺はカップやらお茶っ葉、出しますから〜〜〜 」
「 はい あ ・・・ ポットもお願いします 」
「 うお〜〜い。 ああ ちゃんとポットで茶、いれるなんざ久々だなあ・・・ 」
青年は戸棚からカップやら大きなティーポットを出してきた。
「 ・・・ これでいいわ。 ああ このキッチン ・・・ なんだか懐かしいわ。
わたしのウチのもね、もっと小さかったけどこんなオーブンがあったのよ。 」
「 あ〜〜 このウチはねえ、もと居留地の異人館らしいんだ。
だからキッチンの設備とかは 外国のものをもってきたんだろうね。 」
「 ああ ・・・ それで ・・・ ふうん 」
「 え〜と・・・ 後は俺がこれを運んでゆきますから。
アトリエへどうぞ? 皆が待っているさ。 俺もすぐ行くよ〜〜 」
「 メルシ〜〜〜 」
ぱちん! とウィンクされたので キスを一つ、投げてからキッチンを出た。
「 お〜〜 舞姫が戻ってきたよ。」
「 そうだわ〜〜 ねえ これ ・・・ 皆さんでどうぞ。 」
「 ?? 」
フランソワーズは 荷物のバスケットを開けた。
「 え〜と・・・ね ほら いっぱいもってきたの。 青りんごでしょう
オレンジでしょ。 キウイもあるわ。 あとは〜〜 サンドイッチにお握りに・・ 」
彼女は次々と小さな包みをだしてゆく。
「 フランソワーズ・・・ 君 なんだってこんなに食べ物をもっているんだい? 」
「 あの ね。 ピクニックに行くはず だったの。
だから いろいろ美味しそうなものを用意したのよ。 」
「 ・・・ で あの道を歩いていたわけ? その ・・・ 一人で 」
「 ええ。 せっかく用意したのに ・・・ 仕事ですって。 」
「 え ・・・ ああ お相手さんが? 」
「 そ。 だから これ・・・ 皆さんで食べてくださいな。
ええ 勿論わたしもいただきます〜〜〜 」
彼女は青リンゴを取り上げると ― かぷ・・・っと一口齧りついた。
「 ・・・・ 〜〜〜〜 ん〜〜〜 オイシイ♪ 」
「 さあ〜〜〜 茶が入ったぞ〜 おっと〜〜 マドモアゼル どうぞ〜〜 」
カチン カチン カチ カチ ・・・ カタン ・・・
茶器の触れる音とともに 先ほどの青年がワゴンを押してきた。
「 お♪ いい香〜〜〜 これは ダージリンですなあ〜〜〜〜 」
「 うわお〜〜〜 腹の虫が鳴いておる〜〜 」
「 みなさ〜ん いろんなモノが少しづつありますので ご自由にどうぞ〜 」
フランソワーズはワゴンの上にバスケットの中身を並べた。
「 おお〜〜〜 これは 卵サンド! 感激〜〜〜 」
「 お? これは ・・・ フランス製お握り? 中身はオムレツかな? 」
「 うふふ ・・・ 中身はオカカよ〜 」
「 うわ〜〜〜 マドレーヌではありませぬか〜〜〜 憧れのシェ―ル型だあ〜 」
わいわい がやがや ・・・ アトリエは即席のティー・ルームになった。
口を動かしつつも さささ・・・っとスケッチをするモノもいる。
彼女とおしゃべりしたり、それを聞くのを楽しんだり ・・・ 彼らは時間の楽しみ方を知っている。
「 想い人は ? マドモアゼル 」
「 ・・・ そんなヒト、 いないわ ・・・ 」
え〜〜〜 わ〜〜〜 ウソだろ〜〜 一斉に抗議の声があがる。
「 あれ? ピクニックのお相手は どうなんだい。 」
「 ・・・ ただのトモダチ。 仕事の方が大切なんだもの。 」
「 こんな素晴らしい美人で 素敵なコを放って置くなんてなあ〜〜! どこのぼんくらか! 」
「 そ〜〜だあ〜〜〜 許せんなあ〜〜 」
「 そうだ そうだ! そんなヤツとは付き合わん方がいいぞ 」
「 賛成〜〜 オトコのことはオトコが一番よくわかる〜〜 」
「 あ ・・・あ あのぅ〜〜〜 あのね あのね ・・・ ホントはとっても優しいの ・・・
でもね でもね あのう〜〜〜 」
「「 ぷ …っ 」」 わはははは 〜〜〜〜〜 !!!
慌てて言い訳をする彼女に 芸術家の卵達は賑やかに笑った。
「 ・・・え? 」
「 あははは・・ 冗談、冗談だよ、マドモアゼル〜〜 」
「 そうそう。 帰ったらちゃんと仲直りしなよ 」
「 ・・・ え あ ・・・ ヤダ ・・・ 」
真っ赤になって フランソワーズはテラスから庭に出てしまった。
「 お〜い・・・ ごめんね〜 ちょっとからかいすぎたかなあ〜〜 」
ユウジが慌てて追いかけてきた。
「 ・・・ ううん ・・・ なんかちょっと恥ずかしかっただけよ 」
「 ふふふ ・・・ ソイツさ、きっとものすご〜く残念だったに違いないよ。 」
「 え ・・・ そう? 」
「 そうだよ〜〜〜 仕方なく重〜い足取りで仕事に行ったよ、絶対に。 」
「 ・・・ そ う? 」
「 決まってるだろ? だからね、許してあげなよね 」
「 ・・・ え ええ ・・・ 」
庭もかなりの広さがあった。
テラスの前はずっと芝生になっていて 多くの立木が自然の生垣になっていた。
「 あ・・・ あんまり端に行くと危ないよ〜〜 ここは台地の上だから ・・・ 」
「 は〜い ・・・ ほんと〜〜 もうここから斜面になってるわ。
あら ! こっちから海が見えるわ! ねえ ほら・・・ あの木の向こう! 」
「 あ〜 うん そうなんだ、このウチは高台の端っこにあるからね〜 」
「 え でも ・・・ 公園からはこんな海は見えなかったわよ? 」
「 ???? だって見えるだろ。 あ もしかして下の方に降りちゃったんじゃないかな 」
「 う〜〜ん ・・・ そうかしら。 ああ きれいねえ ・・・
ここってとってもとっても素敵なお家なのね。 アーティストの皆さんにぴったり。 」
「 お〜〜〜 うれしいコト、言ってくれるねえ〜〜 」
「 だって本当ですもの。 ・・・ あの ・・・ またお邪魔してもいいですか? 」
だ〜〜いかんげい 〜〜〜〜〜 !!!
テラスの方から 卵達の声が聞こえた。
「 うわあ・・・ ふふふ 皆さ〜〜〜ん ありがとうございます 〜〜〜 」
夕方、中華街を抜けて電車を乗り継ぎ崖っぷちの我が家に戻った。
「 ただいま〜〜〜 」
「 お帰り。 遅かったんだね。 」
玄関を開け声をあげると すぐにジョーが出てきた。
「 あ ら ジョー ・・・? だって仕事なんでしょう? 」
まさか彼がもう帰宅しているとは思ってもいなかったので 彼女はかなり面喰ってしまった。
「 ウン。 でも ・・・ きみとの約束があったから・・・
出来るだけ早く切り上げて ヨコハマに行ってみたんだけど ・・・ どこに居たのかい。」
「 だって! 仕事で今日の約束はキャンセルって言ったじゃない! 」
「 ウン。 でも きみ、すご〜〜く楽しみにしてたし ・・・ ぼくもだけど ・・・
いろいろ準備してたって博士からも聞いたから ・・・ 急いで行ったんだ。 」
「 ・・・だって 来れないっていうから ・・・ 」
「 連絡したくても電話、出ないし。 」
「 ・・・ スマホ 忘れてきたの。 」
「 そっか ・・・ きみが行きたいって言ってた公園の方にも行ってみたんだけど 」
「 あ ・・・ ちょっと・・・お友達のとこにお邪魔していたの。 それだけよ。 」
「 友達? バレエの? 」
「 え〜〜 と ・・・ そんなカンジよ。 ― 晩御飯、つくらなくちゃ〜〜 」
なぜだかジョーの視線が鬱陶しくて フランソワーズは小走りにキッチンに逃げ込んだ。
ふうう ・・・ ええ そうよ、お友達のトコにいたの。
アーティストの卵さん達と ・・・
最新式のキッチンに立ち、冷蔵庫を開け ― 彼女は晩御飯の支度にとりかかった。
「 ふんふんふ〜〜〜ん♪ モデルって初めてだったけど ・・・楽しかったわあ〜
皆の作品、 こんどゆっくりみたいな ・・・ お〜っと ・・・ 」
チン! の音に扉を開けて ― 気が付いた。
あ? あそこのキッチン、電子レンジ、なかった ・・・わね?
オーブン・トースターも ・・・ 湯沸し装置 ・・・ あったかしら
あのお家 楽しかったな・・・ 今度は皆さんに差し入れもってゆくわ♪
「 フラン? あの ・・・ なにか手伝うこと、ある? 」
ジョーがこそ・・・っと入ってきた。
「 え ・・・っと? じゃあね、レタスをちぎってさっと洗って? 」
「 おっけ〜〜 」
― ジョーと一緒に晩御飯を作り <家族>と一緒に食べて ・・・ 静かに一日が終わった。
Last updated : 09,02,2014.
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********* 途中ですが
え〜〜 この家は実在します〜〜〜♪
タイトル は めぼうき様が PIXIV に 掲載されたこの家の絵に
つけられたタイトルを拝借いたしました〜〜 <m(__)m>
93の日 には一日早いですが〜〜 一応 93話です〜