『  雨のち ・・・ 晴れたらいいな!  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

§ フランソワーズとジョー  ( こんどはフランソワーズも )

 

 

 

「 ・・・うっそ ・・・ ! 」

フランソワーズが掲示板の前で固まっている。

何回読み直しても ― 苦手な<読み>、一文字一文字声に出してみたけれど、それでも 同じ。

耳から入る自分の声にこっそり こっそり自動翻訳機を作動させたが― やっぱり 同じ。

 

     『 チャイコフスキ−・パ・ド・ドゥ  』 より ヴァリエーション    フランソワーズ・アルヌール

 

「 ・・・ う わ・・・ なに、これ・・・・ うそぉ〜〜  」

自分でも気がつかないうちに 泣きそうな声になっている。

「 おっはよ〜〜  あ〜〜 もう発表になってるんだ? 」

後ろからぽん、と背中を叩かれ仲良しのみちよがどれどれ・・・と割り込んできた。

「 あ・・ おはよう、みちよ。   これ・・・ でしょ?  はっぴょうかい ・・・

 あの・・・わたしの名前も あるの・・・ 」

フランソワーズは張り出してある紙を指差した。  白い指はちょっとだけ震えている。

「 そうよォ〜  全員参加って言ったでショ。  

 えっと・・・・ アタシはな〜にかなあ  ・・・  げ★ やられたァ〜〜 」

一声、叫ぶとみちよは ごとん・・・と手にしていたポアントの袋を落とした。

「 大当たりね、みちよ〜 」

「 あらァ いいじゃない? 素敵よ〜  これ。 」

 クスクスクス ・・・  一緒に眺めていた仲間達が笑った。

「 ひ〜〜ん・・・ 今年もまた ひらひら〜 だァ・・・ 」

「 え なになに?? みちよは何を踊るの? 」

フランソワーズは慌ててその紙を見直したが なにせ全部日本語 ・・・

お喋りに不自由はないが 読み書きはまだ不得手な彼女、目がウロウロしてすぐには捜せない。

「 え・・・ え〜〜と・・・ ? 」

「 ・・・  ここ。 」 

ご本人が指差してくれた。

「 え あ ありがとう。  え〜と  『 ぱ ど かとる 』 より たりおーに の V.

 ・・・・わあ! やったわね!  素敵じゃない、みちよ! 」

「 ・・・ あのね。 あ〜ゆ〜優雅なふわ〜〜 アラベスク〜〜〜〜 っての

 アタシ、いっちばん苦手なの・・・! 

「 あ そ そうなの?  」

「 そうなの。  去年は 『 レ・シル 』 のワルツだったしさあ・・・ くすん。 」

「 そっか。 みちよはアレグロとか、得意だもんね。 」

「 そ〜なのよォ ・・・ あ、 それでフランソワーズは? 

「 ・・・ う うん ・・・ こ これ ・・・ ! 」

「 うん?  ・・・ おおお〜〜〜 チャイコのVじゃんか〜 

 あのめっちゃ速い瞬間芸みたいなヤツか やりましたな、オヌシ! ああ いいなあ〜〜  」

「 よ、 よくないわよ ・・・  あんなの、わたし 出来ない〜〜〜 」

「 おお 友よ、 コレは運命だと諦めようではないか〜〜 」

「 え ・・・ でも ・・・ 」

「 言ったでしょ、 皆不得意なモノを振られるって。 

 マダムの決定は絶対だもん、拒否権も変更願いも 無理なの。 」

「 ・・・ そ ・・・ そうなの ・・・ 」

ふと 気がつけば、周りの仲間たちも一様にこわばった顔をしていた。 にこにこ顔など、 ない。

「 ともかく 死に物狂いで取り組むっきゃないわけ。 」

「 ・・・ わかりました ・・・ 」

「 さ ・・・ スタジオ、行こ。  アタシ、ポアント慣らさないと ・・・ 」

「 あ  わ わたしも ・・・・ 」

二人はとて〜〜〜もマジメな顔で すごすごとスタジオに入っていった。

 

   ・・・ 死に物狂いって ・・・ そんな。

   誰だって出来るコトと出来ないコトがある・・・と思う わ 

 

   だって あんな速い振り 〜〜〜 わたしには無理よ〜〜無理!

 

クラスの間中、 そんな言葉がフランソワーズの頭の中でがんがん響いていた。

  ― で。 

 

「 そこ、 はじめにプリエ。 」 「 脚 反対。 」 「 ファースト・ポール・ド・ブラ。 そういいました。 」

「 ルルベ じゃありません、ピケ! そんなところ、間違えたらオーディションなんて

 一発で落ちますよ!  」 「 音! 音よく聞いて! 」 「 グラン・パディシャ!何回、間違えるの?

 

彼女はクラスの間中 お小言を喰らい続け ―

 

   「 フランソワーズ!! あなた、 今日はどうかしてますよ!? 恋煩い? 」

 

最後の最後にスペシャルに叱り飛ばされてしまった。 

汗まみれの仲間たちが どっと笑う。

「 す すみません〜〜〜 」 

汗と涙で フランソワーズのタオルはぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

「 ・・・ ど〜したの、 具合 悪い? 」

クラスが終ると みちよがこそ・・・っと寄ってきた。

「 ・・・ ううん ・・・ ショックがず〜っと ・・・ 」

「 ?? ショック?? 」

「 あれよ、あれ。  今朝の ・・・ あれ! 」

「 あれ・・・って。  え、 もしかして発表会のキャスト のこと? 」

「 そ ・・・ 」

はあ〜〜・・・ と再び、フランソワーズはふか〜〜い溜息を吐いた。

「 なんで。  チャイコ、まわってくるなんて凄いじゃん。 いいな〜〜 

 代わってほしいくらいよ、アタシ。 」

「 そりゃみちよは!  アレグロ得意だからいいわよ〜〜 でも わたしはァ・・・ 」

バサ・・・ ついに彼女はタオルに顔を埋めてしまった。

 

  ― チャイコフスキー ・ パ ・ ド ・ ドゥ  

花の都でフランソワーズがまだ夢見るバレエ少女だった頃、 海の向こうで発表された。

新大陸に活躍の場を求めたロシアの高名な振り付け家の作品で、特にストーリーはない。

軽快なテンポの曲にのったパ・ド・ドゥ で 男女ともテクニックの見せ所満載な作品である。

そして 女性ヴァリエーションは  ― 滅茶苦茶に速いテンポなアレグロ。

みちよの言ではないが、観客には瞬間芸・・・的にも見えるけど 踊リ手は大変!!

( いらぬ注 :  振り付けは G.バランシン  1960年の作品 )

 

「 う〜〜ん ・・・ ま、これでアレグロも得意になりなさい、ってことさ。  」

「 ・・・ ・・・・・・・ 」

「 事務所でさあァ DVD借りて、よ〜くみておけば。 」

「 ・・・ ウン ・・・ でも でも ・・・ できない ・・・ かも。 」

「 やってみる前にできないっていわな〜い。  ちびっこみたいだよ?

 アタシだって超〜〜〜苦手な ひらひら〜 に挑戦なんだから 」

「 ・・ そ ・・・ね ・・・ ありがと、みちよ。 」

「 な〜んて顔 してるのさ。  あ 帰りにまたお茶してく? 」

「 ・・・ ううん ・・・ 今日はやめとく。 はやく帰ってDVDみなくちゃ・・・ 」

「 そっか。  じゃ また今度ね〜〜 」

「 ・・・ ウン・・・ みちよ  ありがと ・・ 」

「 やっだなあ〜〜 元気だしてってば 」

「 ウン ・・・ 」

 

朝の元気は何処へやら  ― 帰リ道、 フランソワーズはまた俯いてとぼとぼ歩いていた。

バッグの中には 事務所で借りたDVDがしっかり入っている。

「 『 チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ 』 ・・・ か ・・・・ 」

ふうう〜〜〜・・・・ もう何十回目かもわからなくなった溜息が 梅雨空に消えてゆく。

   ―  あの頃。  かの新作についてはウワサばかり流れてきて 実際の踊りはなかなか

みられなかった。

DVDなど勿論 まだなかったし、個人でビデオを楽しむ時代ではなかった。

映像は限られた専門家だけのもので、翌年になってやっと見たのはバレエ学校の視聴覚教室。

それもたった一回、大勢で見ただけだ。

それでも ものすごく、ものすごいインパクトだった。  新しい時代の若いバレエ・・・そんな気がした。

 

「 ・・・ アレをわたしが踊れる・・かしら ・・・ 」

過去からきた自分が あの振りを踊れるだろうか・・

折角忘れていたことが ぼわ〜〜んと意識の中心に湧き上がってくる。

バレエ用品のバーゲン・セールに寄ることも 毎日楽しみにしている商店街での買い物も 

すっかり忘れてしまった・・・

いつもよりも数倍、おも〜〜い足取りで 亜麻色の髪の乙女は崖っぷちの家まで帰ってきた。

 

 

 

  ― カシャン ・・・ 

「 あ ごめんなさい ・・・ 」

「 大丈夫? 怪我 しなかった? 」

「 え ・・・ええ。  ああ 割れてないわ。 よかった ・・・ 」

フランソワーズは屈みこんでカップを拾った。

「 そうかい、よかった・・・ 」

「 ごめんなさい。  」

「 なあ フランソワーズ?  なんかあったの? 」

「 ・・・ え? 」

「 あのさ。 言いたくないけど ・・・ お皿二枚 湯呑いっこ。 あと ・・・割れなかったけどカップ。 

 きみがおっこどした食器 の数。 」

ジョーはシンクの前で ちょっと呆れた顔をしている。

夕食後、 いつものごとく二人で後片付けをしていた。

フランソワーズが洗ってジョーが拭く。  これもいつも通りなのだけれど。

どうも人間の方がいつも通り じゃなかった。

「  ・・・ ごめんなさい。 ちょっとぼ〜っとしてて・・・ 」

「 なんか ・・・ 気になること、あるのかい。 」

「 え ・・・ あ  う ううん ・・・  」

「 そんならいいけど。  あのさ、 手、 怪我しないようにしなよ。 」

「 え ええ ・・・・  あ! 」

「 うわ ・・・びっくりしたァ〜〜  なんだい。 」

「 あ ・・・ あの・・・ DVD。 DVD,見たいの。 あとで使い方、教えてくれる? 」

「 いいよ。 でも使い方ってほどのこともないさ。 入れて押すだけ。 」

「 まあ そうなの? あ、ジョー、今晩みたいTVある? 」

「 別に ・・・ 」

「 そう、それじゃ・・・あとでリビングのTV、使ってもいいわよね。 」

「 うん。  博士はもうすぐ休まれるしね。 どうぞ? 」

「 ありがとう・・・!  わたしね、 DVDみて 覚えなくちゃならないのよ。 」

「 覚える?? 」

「 そうなの。  振り。バレエの ・・・ あ。 振り付けを ね。 」

「 ふうん ・・・ あ、もしかしてこの前 言ってた舞台の? 」

「 そうなだけど。  ・・・ 苦戦しそう 」

フランソワーズは肩を竦めておどけてみせたけど、笑顔はやっぱりぎこちない。

「 ― 始めっから 苦戦 って決めないほうがいいよ? 」

「 ・・・・え? 」

「 あは・・・ ぼくが言えたコトじゃないけどさ〜

 あ  ぼくもね、毎日苦戦中。  」

「 ・・・ 学校 ・・・ 難しいの? 」

「 う〜ん ・・・ ぼくには、ね。  なにせ基礎知識がぜんぜんないから・・・

 苦戦だけど ・・・ 楽しみでもあるんだ、今日はどんな内容かなあって。 」

ジョーは最後のお皿を食器棚にしまっている。

後ろ向きになっているのは そのためだけではないらしい。

彼は自分の言葉に ちょこっと照れているのかもしれない。

「 だから さ。 きみも楽しもうよ?  苦戦したっていいさ。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

DVDの操作、すぐに出来るようにしておくね・・・・とジョーはそのまますたすたリビングに行ってしまった。

フランソワーズが ぼ〜っと思い悩んでいる間にキッチンの後片付けはきれいに終っていた。

 

   ごめんなさい・・・ジョー ・・・ ありがとう ・・・

 

この頃 ちょっぴり頼もしく見えてきた彼の背中に フランソワーズはそっと呟いた。

 

   そうよね! ・・・ 頑張るわ、わたし・・・!

 

そう! 落ち込むのは まだ早いってもんだ。

 

 

 

 

「 ― ん? まだ 誰か起きておるのかな。 」

博士は一階の廊下でふと、脚をとめた。

トイレに起きて、ついでにお茶でも・・・とキッチンに回ろうとしたのだが。

リビングへのドアから 細く灯りが廊下にはみ出していた。

「 ど〜れまたジョーが深夜アニメでも見てるのじゃろう ・・・ 」

いい加減で休めよ、と声をかけようとした。   ・・・ が。

「 ・・・ ありゃ? 

TVの画面は真っ白 ・・・ 灯りの落ちたリビングには誰の姿も見えない。

おやおや・・・と博士はTVのところまでやってきた。

「 点けっ放しとは ・・・ おわ??  あや〜〜 こんなところで・・・ 」

TVの前、ソファと低いテーブルの間に 人形が落ちていた ・・・

 いや! フランソワーズがぐっすりと寝入っていた。

テーブルの上にはノートとペン、そして彼女はリモコンをしっかり握っていた。

どうやら なにか見ていてそのまま沈没してしまったらしい。

「 ・・・ これ? フランソワーズ。  こんなところで転寝すると風邪をひくぞ? 」

軽く肩を揺すってみたのだが ・・・ 一向に起きる気配はない。

「 随分よく寝て ・・・ うん? なんじゃ こりゃ 」

テーブルの上には 空とおぼしき缶が2〜3コ、 飲み差しのコップもあった。

「 これ・・・ 缶チューハイ に カクテル ・・ これは 梅酒、か・・・

 フランソワーズ、 お前、これ・・・全部飲んじまったのか・・? 」

おい、ともう一回、肩をゆすれば ―

「 ・・・ う〜〜ん ・・・ オイシイ じゅ〜すぅ〜〜 でェすゥ〜〜 」

呂律が回らない声が聞こえ、彼女はまたことん、と寝入ってしまった。

「 ・・・ あ〜あ・・・ こんなに一度に飲んで ・・・ 

 こりゃ 明日は完全に二日酔いじゃなあ ・・・  どれ 寝室までつれてゆくか。 」

どっこいしょ・・・と博士は <一人娘> を抱き上げると階段を昇っていった。

 

 

 

 

    ―  トントントン ・・・! トントン ・・!!

 

「 ・・・フランソワーズ?  入ってもいいかい。 」 

「 ・・ う〜〜〜〜〜  ノック しないでェ・・・ 」

フランソワーズはベッドの中で頭を押さえて呻いていた。

 

    ― トントントン!!  トントン !!

 

「 起きてるかい。 フランソワーズ!? 」

「 ううう ・・・ それ以上大きな声、ださないで ・・・・ 」

「 ? 入るよ! 」

ダン! 凄まじい音と共にドアが開き ― いや 彼女がそう感じただけなのだが  ― 

ジョーが顔を出した。

「 おはよう!  ・・・ 具合、 どう? 」

「 ・・・ だ 大丈夫 ・・・ じゃ  ない ・・・ かも ・・・

 アタマ ・・・ いたァ 〜〜 い ・・・ 」

「 だ〜いじょうぶさ、 二日酔いで死んだヤツ、いないから。 

 はい、これ。 博士が二日酔いの薬、だって。 」

ジョーは彼女の枕元に ミネラル・ウォーターのボトルも一緒に置いた。

「 あのさ。 できるだけ水とか飲んだ方がいいよ? 」

「 ・・・ ウン ・・・ 」

「 ぼく、学校ゆくけど。  朝ゴハン 作ってあるからね。 」

「 ・・・ い いいわ・・・  とても食べられる気分じゃ・・・・・ 」

半分もぐりこんだ布団の中で 彼女はもごもご言った ・・・ううう 吐き気が・・・

「 平気だよ〜 お昼すぎには元気になるよ〜〜 じゃあね。 

  あ 鍵は掛けておくからさ。  安心して寝てなよ。  」

「 ・・・ ジョー・・・ 」

「 ごめん ・・・ あのさ、缶チューハイとか他のジュースと一緒に冷蔵庫に入れておいたの、

 ぼくなんだ。 まぜこぜにしておいて ・・・ごめんね。 」

「 ・・・ ウウン ・・・ わたし ・・・ ラベルとか読むのって苦手なの・・・日本語 ・・・ 」

「 あ〜 そうだっけ?   じゃ・・・イッテキマス。 」

彼はひらひら手を振ると出て行ってしまった。

 

    ・・・ なんか ・・・ 随分冷たいじゃない?

    なにかあると いつだってすご〜〜く心配してくれるのに・・・

 

    あ  あれ? わたし ったら・・・

 

彼のことを日頃、いちいち煩いなあ・・・と思いつつも 心のどこかで安心している・・・ 

そんな自分自身にフランソワーズは 今やっと気がついていた。

 

 

「 ・・・ う〜ん ・・・ なんとか・・・頭痛は治まった・・・かしら。 」

そろそろ正午も回ろうという頃、 フランソワーズはようやっとリビングに降りてきた。

シャワーを浴びて 幾分すっきりしたけれど ― 

コメカミをしっかり押さえつつ キッチンへゆき、冷蔵庫からお気に入りのミネラル・ウォーターを出した。

半世紀近く経っても そのボトルは変わらぬデザインで、フランソワーズには嬉しかった。

 

    ふふふ ・・・ お友達がここにもいるのよね ・・・

    ひとりぼっちじゃないわ  ね?

 

つん・・・とオデコをくっつければ つめたいボトルが重いアタマをちょっぴり軽くしてくれた。

キャップをとって半分くらいイッキに飲んだ。

「 ・・・ あ〜〜〜 美味しい ・・・! 」

小さなペット・ボトルを抱えると 彼女はソファにぼすん、と腰を降ろした。

「 昨夜見た DVD ・・・ ほとんど覚えていないわあ・・・

 チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ ・・・ か ・・・  」

フランソワーズはDVDのレーベルを眺めつつ ぼんやり昨晩のことを思い出していた。

 

皆が寝静まり、彼女もお風呂をすませ TVの前に陣取った。

リビングの明かりを落とし、ローテーブルの上にノートをひろげリモコンを操作した。

「 ・・・ うわぁ ・・・・・ 」

記憶の奥にあった踊りを確かめる気持ちで DVDを見始め ― 夢中になった。

ほんの短い踊りなのに 振りが読めない。

メモしようと広げたノートはいつまでたっても白いまま ・・・・

「 ・・・ う〜〜・・・ダメだわ ・・・ ううん もう一回! ほら 焦らない! 」

どんどんボルテージがあがり用意していたミネラル・ウォーターのボトルはあっという間に空となり 

キッチンに駆け込んで 冷蔵庫を開けた。

 

「 ・・・ そうなのよね。 それで ・・・ いつもジュースやコーヒーを入れてあるところに

 キレイな缶がいくつかあって ・・・  」

 

「 あら?  ・・・ 新しいジュース? え・・っと・・・ ぐれ〜ぷふる〜つ 

 こっちは らいむ。 これは うめ? まあ嬉しい♪ これ ・・・ 飲んでもいいわよね。 」

小さめな缶だったので、3〜4本、持ち出した。

「 さ〜あて と。 これでアタマを冷して。 さあ もう一回・・・! 」

プシュ・・・! っとプルタブを持ち上げ、彼女は張り切ってぐ・・・っと飲み干した。

 

「 ・・・う〜〜〜 ・・・ その後・・・なんだかすご〜〜くいい気持ちになって・・・

 よォ〜し、やってやる、こんなの、覚えるのは簡単よ! って意気込んだのよねえ・・・ 」

意気込んだ割には どうもその後の記憶が不鮮明なのだ。

「 その後・・・ 酔っ払って眠ってしまったのね・・・ あ〜あ・・・ 

 もう〜〜  わたしってば ・・・ 」

こつん・・・! と自分のアタマを叩けば ― いったァ〜〜・・・・

二日酔いムスメは コメカミを押さえ唸っていた。

「 ・・・くゥ〜〜〜 ・・・ ああ でもなんだか気が晴れたわ。 

 開き直ったってことかな・・・ ふふふ ・・・ ともかくやるっきゃないってことね。 」

溜息まじりだけど、フランソワーズはともかく < 前を向いた >。

 

   〜〜〜♪  〜〜〜♪ 〜〜♪♪

 

「 あら? ・・・あれ みちよ?  え ・・・ あ そっか 」

仲良しから急なお休みを心配してメールがきていた。

「 ありがとう〜〜 みちよ ・・・  えへへ・・・実はね・・・っと 」

梅雨の合間、キラ・・・っと覗く夏の日差しが リビングを明るく照らしている。

二日酔いムスメはそんな中で少しだけ気をとりなおしメールを打っていた。

 

 

 

 

§ ジョーとフランソワーズ ( こんどは ジョー )

 

 

 

   はっ  はっ   はっ ・・・・・!

 

とっくに最終バスは出てしまっていた。

それでなくても本数の少ないローカルな循環路線、 飲んで帰ればタクシーか徒歩・・・なのだ。

「 ・・・ タクシー・・・ だめだよ、あそこまでだったらどんだけかかる? 」

ジョーは駅前ロータリーで しばし呆然としていた。

飲み会をしていた繁華街ではまだまだ夜もたけなわ、だったけれど、地元駅では深夜にちかい。

「 よォし ・・・・ 加速そ〜ち・・・って ダメだァ〜〜 普通の服だもんなあ・・・ 」

人目のすくない辺鄙な場所、とはいえ ― 家にたどり着いた時には衣服は全て燃え落ちている。

とんでもない姿で 玄関前に立ち尽くすことに ・・・ はなりたくない。

「 ・・・くそ〜〜〜 !!! 」

ジョーは財布をしっかりポケットにねじ込むと ― 二本の脚でふつ〜に走りはじめた。

 

   ごめん〜〜〜 フラン!  れ 連絡しなくて ごめん!

   すっかり忘れてた ・・・  ごめん、 ホントにごめん〜〜

 

ぶつぶつ言いつつジョーは走った。

加速に達する寸前のぎりぎりまで速度をあげた。  車の行き来すらほとんどない辺鄙な場所なのだ。

たとえ目を留めるものがいたとしても  吹きぬける一陣の夜風 ・・・ と思っただろう。

 

「 ・・・ さすがに ・・・ コレは ・・・ きっつゥ〜〜! 」

家の前の急坂、その麓でジョーは大息ついていた。

はあああ・・・・っと深呼吸をして。 やれやれと眺める坂道はいつにまして急に見えた。

なんとかここまで来た なんとか日付の変わる前に来た なんとか・・・服も燃えていない。

こんなトコでもたもたしているわけには行かない。

「 くそ〜〜 あともうちょっとォ〜〜  よし、ゆくぞ! 」

う〜〜〜ん! ともう一回深呼吸をして ジョーは再び走りはじめた。

 

 ・・・ なんとなく うれしかった。

もちろん夜中のマラソンは二度とゴメンだけど、ジョーはウキウキ気分を隠せない。

 

    あんな風にさ。  帰りが遅いって心配してもらえるって・・・えへ・・・

 

門限を守れ、と叱られたことはある。 決まった時間に帰ってこないと怒られた。

でもそれは 規則を破ったから怒られたのであり、次の作業に影響がでるからの叱責だった。

  ― 彼自身のことを心配して、の怒りではなかった。

「 ・・・ フラン ・・・ すげ〜声だったなァ・・・ 

 姉さん、なんて言ってゴメン。  でも ・・・きみは本当に頼り甲斐のある 姉さん だ♪ 」

 

ハァ・・・!!! ザ! ・・・ やっと門までたどり着いた。

門は彼を認識し、音もなく開いた。

 

   ・・・ ただいま ・・・

 

そ〜〜〜・・・・っと足音を忍ばせて リビングのドアをあけた。

ほんのり明るい、と感じたけれど 灯りはすべて消えていた。

「 ・・・ あ   あのォ ・・・  あ。 そうだよな もう寝てるよなあ・・・ 」

ジョーはなんだかがっかりした思いで 戸口に突っ立ったまま眺めていた。

灯りはついていないけれど、なんとなく部屋全体がほの明るい。

「 ・・・あ 月 かあ・・・  カーテンが、開いてる・・・ 」

もぞもぞ窓際まで歩き、煌々と照らしている月を見上げる。

「 そっか・・・ 月 だったんだ・・・

 走っている間 ず〜っと明るいな、と思ったけど・・・ あは 今ごろ気がついた・・・ 」

ゆっくりカーテンを閉め、なんとなくソファに座った。

「 なんか な 〜〜  ・・・ そうだよな、もうこんな時間だもん、寝てるよな うん。 」

電話の勢いで また怒鳴られるかな・・・とほんのちょっと期待していた。

やっぱり そんなワケ、ないよな。 

そうさ ・・・ 彼女だって。 ほら、キッチンが片付かないから さ。

ほら なんかを覚えなくちゃ・・・って言ってたもの、忙しいんだよ。

それだから 決まった時間に晩御飯とか片付かないのは困るだろ? 

 ・・・だから。   あんなに怒ったの  さ。

そうさ そうに決まっているじゃないか。  ジョー? お前、なにを期待してんだ?

なんにも期待しない ―  それがイチバンってわかっているうはずだろ?

  ・・・ ふふん ・・・ やっぱ甘チャンだよな 

ジョーは苦い笑いを浮かべ ど・・・っと溢れてきた疲労感を持て余す。

ふん、と自分自身に悪態をつき、なんでもないさ、と嘯いて伸びをして。

 えいや!と立ち上がった。

「 ・・・ 寝よ。    ・・・ うん・・? 」

薄闇の中に なにかがしらじら浮き上がる。 彼は手を伸ばしてみた。

「 ・・・なんだ?  あ ・・・ ゴミか・・・  」

手に当たった紙をくしゃっと潰そうとして 気がついた。

「 ― え?  これ・・・って。 」

 

    お帰りなさい。  夜食、冷蔵庫です。

    ・・・ 怒鳴ってごめんなさい ・・・ でも心配したのよ

 

何気ない走り書きだったけど。  ほんの数行のメモだったけれど。

ジョーは じんわりお腹の底から身体全体が温まってくるのを感じていた。

不覚にもハナの奥がつ〜んとしてきて ― 彼は慌ててごしごし顔を擦る。

「 ・・・ あは ・・・ な、なんなだよ? こんなの、ただのメモじゃないか・・・

 こ こんなの ・・・ さ ・・・ 」

 ・・・ は ははは・・・ 低く笑いつつジョーその場にへたり込んだ。

「 ば ばかだな、ジョー。 お前ってば ナニやってんだよ? 」

ぺたん、と床に座り込み、手にしたメモを読み返す − 何回も何回も。

なんの変哲もない、<家族あてのメモ> ・・・ でも それが自分宛なのが嬉しい。

「 ・・ は はは ・・・ ば、ばかだな ジョー ・・・ 」

膝を抱えて腕に顔を埋め ― 勿論メモはしっかり握っている。

「 ・・・ は ははは ・・・ はは ・・・ 」

泣いてなんかいないぞ! これは ・・・ ほっとして疲れただけなんだから・・・! 

Gパンの膝の辺が妙〜に熱くしめっぽくなるのを感じつつジョーは自分自身に精一杯言い訳をしていた。

 

 

  その頃 ―

 

「 ・・・ あ よかった ・・・ジョー、ちゃんと帰ってきたのね。 」

二階の寝室で フランソワーズが ほう・・・っと溜息をついていた。

ずっと 耳と眼 を稼働させていた。

 

   ・・・ 反則だけど。  緊急事態なんだもの! 

   そうよ! まったく〜〜 どこでなにしてきたの〜〜!

   ふ ふふん! 

   べ べつに  し 心配なんかしてません? 

   オトコノコは駅のベンチでだって寝ちゃうのでしょ!

   ( ・・って博士が言ってたけど? )

   ・・・ そ そうよ! キッチンが片付かないから・・・

 

彼女も自分自身に言い訳しつ、とても眠るどころではなかったのだ。

 

「 ・・・ああ これで眠れるわ〜〜 ・・・よかった・・・

 おかえりなさい、 ジョー。 あのね バナナ、冷してあるわ。  好きでしょう? 」

フランソワーズは聞こえるはずもないのに 本当に小さな声で呟く。

「 さ! 早く 寝なくちゃ!  もう〜〜睡眠不足は美容の大敵!

 わたしは とんだおばあちゃん なんですからね・・・! 」

ばさ・・・っと上掛けの中にもぐりこみ  ― もう一度 < 目 > を使った・・・ちょっとだけ。

ぐるっとウチの中を一周して リビングにたどり着く。

ジョーは ちゃんとリビングに  いた。  なんか座りこんでいるけど怪我をしている風ではない。

ともかく元気で ( ちょっと疲れたカンジに見えたけど ) 帰宅した!

それだけで、今はそれだけで 十分、と思った。

 

    お休みなさい ジョー。  ・・・ もう イヤよ、こんな心配は・・!

 

  !  ・・・ 彼女は<スイッチ> をオフにすると、う〜〜ん・・・と伸びをひとつ。

カーテンの端っこから お月様の光が溢れてきている。

「 綺麗なお月さま・・・ さあ〜〜! 明日っからまた頑張るわ! 

 お休みなさい。 明日もきっといいお天気ね♪ 」

一緒に眺める相手が欲しい、とか ロマンチックな場所で ( 崖の上、とか♪ ) で眺めたい、とか

そんなことにはとんと気が向かない、 彼女はやっぱりまだ19歳のオンナの子なのだ。

 

  ― 一番笑って眺めていたのはお月様ご本人 かもしれない。

 

 

 

「 いたわよ!  今日もきっちり左前方の席! 」

「 わお♪ それじゃ・・・学食で何気に接近しちゃお♪ 」

「 おっけ〜  あ、聞いた? この前、機械科の連中でコンパやったって。 」

「 え!!! 合コン!? 」

「 ちゃうちゃう・・・ 一年のヤローオンリーだって。 」

「 ふうん ・・・ 」

お昼時のちょっと前 ―  そろそろ交通量の増えてきたキャンパスで女子学生たちが盛り上がっている。 

話題の主は  あの・島村くん。  機械科一年 ・・・ の聴講生。

この節、聴講生だろうが留学生だろうが留年生?だろうが ちょっと見・イケメンは

すぐに話題の主になる ・・・らしい。

「 大抵学食利用、よ。 だからそこで何気に〜 」

「 何気に・・・ どうするのよ? キッカケってもんがいるでしょ〜 」

「 ・・・ ノート コピらしてくれるゥ? 」

「 あんた、機械科? ってか あそこの一年生に女子、いる? 」

「 兄がおなじクラスなの〜 ・・・? 」

「 ・・・ 同じ学年のアニキがいるの? すげ〜〜〜〜不自然、」

「 ああ 気分が・・・ って側で座り込む! 」

「 ・・・ バカじゃない? 」

「 う〜〜〜む ・・・ 」

彼女らはおおマジメに額を寄せて議論しているうちに 当の島村クンご本人はスタスタ学食に

入ってしまった。  そして ―  

 

  それ・・・!と後を追った彼女らが目撃したモノは ・・・

 

「 ・・・ 恵みの御神は誉むべきかな〜  アーメン・・・ 」

きちんと食前の祈りをささげ十字を切る ・ 彼。

そして いそいそと目の前に置いた小さな包み、その青いチェックのクロスを開く。

中にはどう見ても手作りのボリュームたっぷりなサンドイッチが出てきた。

彼は大口あけて じつにじつにシアワセそうにかぶりついている。

合間に パックの牛乳なんぞを飲みつつ ・・・ 島村クンは優雅なるらんち・タイムを終えた。

そして大きめなトート・バッグを肩に すたすた・・・次の教室に向かって行った。

 

「 ・・・ ねえ。 あれ・・・手作りっぽかったよねえ? 」

「 うん。 ハンバーグが挟まってた・・・ 昨夜の残りってカンジの・・・ 」

「 よく見てるね・・・ 」

遠巻きに包囲  いや、眺めていた女子連はぼうぜんと見送った・・・

なにしろ、彼は お食後 のバナナ まで取り出して食べていったのだから。

とて〜〜も嬉しそうにゆっくり剥いて満面の笑顔で齧ってた・・・

「 ・・・か 彼女 いるのかな〜 」

「 う〜〜ん ・・・ カノジョとしては あ〜ゆ〜実用一点張りの弁当、つくるか? 」

「 ・・・ バナナ、ねえ? 」

「 せめてウサギ・りんご にして欲しかったわァ〜〜 」

「 あ あのコら、確か機械科よ? ・・・ あの〜〜 すんませ〜ん? 」

後ろからわやわや男子どもがやってきた。

顔見知り、程度の女子に声をかけられ、ちょこっといい気分になっていたが ―

「 島村ァ?  ・・・ ああ アイツか。 うん、いいヤツだぜ。 」

「 マジメなんだ。  おっかね〜姉貴がいてよ。 」

「 そ〜そ〜  携帯で怒鳴り飛ばされてた〜〜 」

「 アイツ、一瞬マッシロになってさ、 すっとんで帰ってったぜ。 」

だははは・・・と彼らは殊更声を上げて笑った。

女子に人気の島村クン・・・へのささやかな抵抗らしい。

「 え〜〜 カノジョじゃないのォ 

「 まさかァ〜 アイツ 本気でびびってたぜ。 なんかガキの頃、思い出した。 」

「 あははは・・・ おかんに怒鳴られたもんなァ 」

「 きっと美人の姉貴なんだぜ〜〜 

「 あ そ。   さんきゅ。 」

女子らは急速にクール・ダウンしていた。

 

    ― なんだ〜〜 シスコン?  ひょっとしてマザコン ?

 

ジョーは <包囲網> を 自ら知らずに突破したのかもしれない。

そんなことなど露知らず、 島村クンは午後の講義に熱心に聞き入っていた。

 

 

 

 

§ ジョー、そして フランソワーズ ( まだ恋人 以前 )

 

 

 

「 あ  ありがとうございました 」

「 お疲れ様。 」

ぱたん、と下げたアタマ ・・・なかなか上げることができなかった。

  − リハーサルの初日。

フランソワーズは完敗だった。

 

   ・・・!  あんなに練習したのに・・・!

   ずっと残って・・・ウチでも練習して・・・・

   なんとか踊れる、と思ってたのに ・・・ !

 

DVDを 何回もいや何十回も見て必死でフリを覚えた。

そして ― 自分自身の身体に叩き込んだ。

できないパも多かった。 見よう見真似でこれも覚えた・・・と思っていた。

 

「 ・・・ フランソワーズ〜〜 まだ自習してくの〜 」

「 ごめん、みちよ。 わたし、全然できないから・・・ 」

「 そ? また お茶しようね〜 頑張れェ〜 」

「 うん、ごめん・・・ ありがと〜〜またね 」

  ― そんな遣り取りが毎日の定番になっていた。

 

帰宅してからも 時間さえあれば地下のロフトに篭って練習した。

「 ・・・ あの  フラン? ぼく、もう寝るけど・・・ 」

「 フランソワーズ ・・・・ もうお休み。 そんなに根を詰めてはダメだぞ。 」

ジョーや博士が心配して、ロフトのドアを叩くまで練習していた。

 

   なのに ・・・

 

いざ リハーサルになりマダムの目の前に出たら 

 

「 音、よく聞いて 」 「 おそい!」 「 遅い おそ〜い! フランソワーズ!! 」

ほんの短い踊りの間、 言われたことは <遅い> だけ。

   ― まるで脚が動かなかった。

 

「 ちゃんと纏めていらっしゃい。 これはね、もう 古い作品なのよ?

 アレグロといってもそんなに速くはないはずよ。 」

「 ・・・ はい ・・・ 」

悔しさと自分自身への不甲斐無さ ・・・ フランソワーズは涙も出なかった。

 

 

 

「 ただいま〜 ・・・ ? あれ フラン もう帰っているんだ? 」

玄関を開けて、ジョーは思わず足を止めた。

上がり框に フランソワーズのフラット・シューズが並んでいた。

「 へえ・・・ 今日は自習は休みなのかな。  じゃ・・・一緒にオヤツだな〜 」

ふんふんふん 〜♪  ハナウタ交じりにジョーはリビングのドアをあけた。

「 フラン〜〜? ただいま・・・  あれ??? 」

 

   ・・・ くすん ・・・ ひっく ・・・・

 

「 ?? なんだ? フラン?? どこだ〜〜 どこにいるんだ? 」

ジョーはリビング中をきょろきょろ・・・果てはキッチンまで覗きにいったのだが誰もいない。

「 ・・・ ヘンだなあ? 声は聞こえるのに ・・・ 」

「 ・・・ ぐす・・・ どうせ ・・・ おばあちゃんだもん・・・ 」

「 え?? おい、フランってばどこにいるんだ?? 」

「 ・・・ くすん ・・・ くすん ・・・」

「 ! あ〜〜〜  なんだよ、こんなトコで・・・ 」

ジョーはソファと壁の間に 縮こまってベソをかいている彼女をみつけた。

彼女はフランス製のミネラル・ウォーターのペット・ボトルを抱えている。

 

「 フラン、どうしたんだ?? さあ そんなとこにいないで・・ 」

ジョーは屈みこんで彼女の腕を引いた。 

「 ・・・いいの。 どうせわたしってば・・・ サイボーグだもの 機械なのよ!

 生身には敵わない ・・・ 敵いっこないのよ 〜〜 」

いや・・・と彼女はジョーの腕を振り払った。

「 フラン ・・・ リハーサル・・・ 苦戦? 」

「 そうよ! 苦戦ってか ・・・ それ以前だわ。 」

「 なんだってすぐには上手くゆかないさ。 ぼくだって苦戦してるって言ったろ? 」

「 ・・・  ジョーは  ・・・ いいわよ。  

 苦戦、っていったって・・・人工頭脳でなんだってすぐに理解できるでしょ。

 すぐになんだって出来るじゃない! 

 そうよね、 ジョーは 最新式の完璧なサイボーグですもんね! 

 ふ ・・・旧いタイプのわたしなんかとは全然デキがちがうもの。 」

「 フランソワーズ。 」

ジョーは彼女の前に立ち まっすぐに見下ろしている。

 

   ・・・・ え?  なに・・?

   なんかいつものジョーと ・・・ちがう・・・?

 

彼の声にびくり・・・として彼女は顔を上げた。 そして 彼を見た。

ジョーは怒っている風ではなかった。 しかしいつもの微笑みはどこにもない。

 

「 フランソワーズ。 

 だったら 言うけど。 今まで誰にも言わなかったけど。 」

「 ・・・・? 」

「 ぼくは ― このままじゃ ・・・ サイボーグじゃなくてロボットなんだ。 」

「 ?? ・・・ どういう  こと・・・? 」

「 ぼくは ロボットだよ、今のままじゃ。

  ・・・ だって。  ミッション中にきみが 瞬時に送ってくれたデータ・・・

 ぼく ほとんど判らなかったんだ・・・! 」

「 ・・・ ええ??  でも ジョー、あなたはちゃんと闘って・・ 」

「 ああ そうさ。 ぼくのアタマの中には ぼくにはさっぱり理解できないデータが

 洪水みたく押し寄せて! ぼくはあっぷあっぷしてたのに・・・

 身体は、サイボーグの部分は勝手に理解して勝手に反応し行動してた。 

 ・・・ こんなの・・・これじゃ・・・ぼくはメカ部分のドレイだよ? 」

「 ・・・ ジョー・・・ そんな ・・・ 奴隷だなんて・・・ 」

「 いや。 自分自身で、この生身の脳でぼくのメカ部分をコントロールできなければ・・・

 ぼくはサイボーグにすらなれないんだ。 」

「 ・・・ だから・・・勉強を始めたの・・・? 」

「 うん。 基礎から、さ。  機械工学の基礎から。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

「 時間はかかるかもしれないけど。  ・・・ ぼくはやる。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ わたし ・・・ 」

フランソワーズはいつの間にかソファの後ろから出てきて ・・・ モジモジしている。

「 ・・・へへへ でもさ、偉そうなコト、言えないよ。

 まだ・・・講義の内容とかチンプンだもん。  ともかく必死でノート取ってるけど。 」

「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

 ぽと ・・・ ぽと ぽと・・・  彼女の足元に新しい涙がおちる。

「 やだなあ・・・ <ごめん> はぼくの専門だろ?

 あ! そうだ〜〜 これ。 買ってきたんだ〜〜 ほら! 」

ジョーはごそごそ・・・スーパーの袋の中からなにやら色鮮やかなものを取り出した。

「 ・・・?  わあ〜〜きれい!  これ・・・って  チェリー・・・? 」

「 うん♪  さくらんぼ さ。  ほら 〜〜 美味しいよ? 」

「 え ・・・わ ・・・ 」

ジョーは一粒 つまみ上げると さささ・・・っと自分のシャツで拭き、彼女の口に押し込んだ。

「 ・・・  美味しい〜〜〜♪ 」

「 だろ〜〜  今 洗ってくるな。  」

「 あ ・・・ わたしが・・・ 」

「 いいよ。  あ ・・・ その間にさ カオ ・・・洗ってくれば? 」

「 ・・・ は〜い。 」

えへ・・・っとちょびっと舌をだし、フランソワーズはバスルームに向かった。

 

 

「 ・・・ 美味しいし とっても綺麗ね〜〜 」

「 うん。 」

二人はテラスの近くに座り込み さくらんぼ を摘まむ。

「 ・・・ わたしも ・・・ もうちょっとがんばってみるわね。 」

「 うん ・・・ えへ・・・でも ちょっとほっとした、かな〜 」

「 え なにが。 」

「 ・・・フランでも落ち込んで泣いたりするんだな〜〜って思って・・・ 」

「 まあ! わたしだって! 」

「 うん、だから。  ・・・ ね  明日は ― 晴れるかな。 

「 ― 晴れたら いいわね。 」

「 うん ・・・晴れたら ・・・いいね。 」

 

ジョーとフランソワーズは 肩を並べて空を見上げる。

 

              雨のち ・・・ 晴れたら いいね!

 

 

 

****************************      Fin.    ******************************

 

Last updated : 06,28,2011.                  back       /      index

 

 

 

***********    ひと言   **********

ええ まだまだまだ・・・・恋人以前、ってか 恋人未満・・・・

気になる存在 ではあるはず、なのですけれど・・・

さ〜〜て こんな二人、どうやって 【島村さんち】 まで

漕ぎ着けるのでしょうね???

             すぴか・すばる 「 おとうさん おかあさん がんばれ〜 」