『 しっあわっせ わぁ〜♪ ― (2) ―  』

 

 

 

 

    よっせ よっせ う〜〜〜ん ・・・・

 

「 ・・・えっとぉ これでいっかな〜〜 」

ジョーは雑巾で 最後にぎゅう〜〜〜っと目の前の机を拭いた。

「 うん きれいになったよん 」

彼はその部屋にならんでいる小ぶりの机の列を 満足気に見回した。

 

    へへへ  ぴっかぴかだよ?

    がっこうの机よか ボロいけど

    ず〜〜〜っとキレイだぜ

 

    皆 びっくりするよね〜〜

 

ふんふんふ〜〜ん♪  ジョーはハナウタ混じりに 今度は床の掃除を始めた。

チビた箒を なかなか上手に扱ってそこいら辺りを掃いてゆく。

「 さっさっさ〜〜 ゴミ〜〜 収集〜〜 」

彼は楽し気に ゴミを集めている。

 

  ガラ −−−   古ぼけた引き戸が開いた。

 

「 おお 綺麗に整頓できましたね ジョー君。 」

「 あ 神父さま〜〜  えへへ あとちょっと・・・ そうじ 」

「 ありがとう 助かります。 大学生のお兄さん お姉さん達も

 喜んでくれますよ 」

「 あは そっかな〜〜 」

「 そうですとも。  きちんとした部屋で 皆の勉強をみてくださいますよ

 あ ジョーくん 宿題は? 」

「 えっへん! もう終わったです! 」

「 さすがですね ジョー君。 りっぱな皆のお兄さんですよ 」

「 神父さま ・・・ ぼく じゃないです 

「 え? 」

「 ぼく達のお兄さん や お姉さん は もうすぐ来てくれるヒトたち 」

「 あはは そうでしたね。

 では 私は皆のオヤツの準備をしておきましょう。 」

「 ・・・ ぼく てつだいます。 」

「 ありがとう ジョー君。 」

ジョーは ちょんちょん跳ねながら 神父さまの後をくっついて

台所の方に行った。

 

ここ ― ジョーがず〜〜っと 物ごころ付いた時から暮らしている施設には

20人近い子供たちが暮らしていた。

現在は 小学生がほとんどで年嵩の子供はいなかった。

衣食住に困ることはないけれど 決して豊かというわけでもなく

子供たちは 質素にひっそりと暮らしていた。

 

そんな中で 毎週週末は 皆が、子供たちも職員も神父さまも楽しみにしている。

大きなお兄さん達 お姉さん達 が 来る!

カトリック系の大学から ボランティアで学生たちが訪問し

子供たちと一緒に遊んだり 勉強の相手をしてくれるのだ。

社会福祉や幼児教育などを専攻している学生たちだったのだろう、

皆 熱心で真摯に子供達に対峙してくれた。

淋しい環境にいる子供たちには  ―  最高に楽しい時間なのだ。

 

「「 こんにちは〜〜〜〜 

 

施設の玄関で 大きな声がたくさん聞こえる。

「 あ お兄さんたちだあ〜〜〜 」

「 わああ〜〜〜い  

子供たちは皆駆け寄ってきて お出迎えだ。

「 おお いらっしゃい。 どうぞ 入ってくださいな 」

神父様も笑顔で彼らを迎える。

「「 失礼しまあ〜す 」」

お兄さん達は にこにこ笑い お姉さん達は なとなくいい香がする。

 

皆が 一週間待ち焦がれている・大好きな週末 が始まるのだった。

ジョー達 子供達は皆 ほっぺを真っ赤にして最高の笑顔で

< 大きなお友達 > を迎えるのだ。

 

    わあ〜〜い♪ 大好きな時間が始まるよぅ〜〜〜

 

 

 

   週末には青いマル と 赤いマル。

 

ジョーは 壁のカレンダーをぼんやり眺めている。

「 ・・・ うん ・・・ すご〜〜く楽しみにしてたなあ 

 だって  数少ない楽しいイベントだったんだ ・・・

 ・・・ そうだよ 大学生のヒト達、 皆 いいヒト達だった 」

自分自身の家庭と家族を持った今。  この幸せには比べることはできないが

 ― でも。

「 うん ・・・ すごい幸せ〜って思ってた な ・・・

 かぞく ってこんなものかなあって 思ってたし 」

 

     ちくん。  甘酸っぱい想いが ジョーのココロを刺す。

 

「 皆  どうしている・・・?

 逢うこともできないけど ― 皆 幸せになっててほしいな 

あまり楽しいコトがなかった幼少時代だけれど

この < 大きなお友達 > との交流は 心がほっこりできる思い出だ。

「 ・・・ あ ・・・ マモルお兄ちゃん だっけか・・・

 いつも いつも にこにこ遊んでくれたよ

 ! そうだ ヒカリお姉さん ・・・ 宿題 みてくれたんだ・・

 きちんとやっていると とても褒めてくれて・・・

 ぼくは 彼女の褒めてほしくて宿題コンプリートを続けていたっけ 」

 

珍しく子供の頃の思い出を辿ってみるが ―

不思議と 彼らの顔をはっきりと思い浮かべることができなかった。

 

「 ・・・ う〜〜ん ・・・? なんでだろ?

 すごくすごく好きだったんだけど なあ ・・・ 」

ジョーはぼんやりとした記憶を辿り 自分自身、首を捻っていたが。

 

      あ。  そうだ ・・・ そうだった !

 

           つきん。

 

不意に あの冷たい淋しい感覚が蘇った。

 

大好きだった お兄さん達とお姉さん達・・・

その中でも いつもいつもジョーの相手をしてくれて

学芸会  や 運動会 にも ちゃんと! 来てくれて写真もばしばし

撮ってくれたお兄さんがいた。

ジョーは 初めはおずおずと微妙〜〜な笑顔を見せていたが

だんだんと 弾けるような笑みで応えられるようになった。

 

「 ・・・ マモルお兄ちゃん ・・・ うん そうだった。

ジョー いつも一生懸命やるんだよ って教えてくれて・・・

 サッカー 教えてくれたっけ。 とても上手だったよなあ

 ヒカリお姉さん ・・・ いつもにこにこ でもウソやごまかしには 

 ぴしっと 叱ってくれたんだ・・・

 ジョー だめ。 やってはいけないことよ って。

 ぼくは 背筋がぴ・・・っと伸びた気持ちがしたんだ ・・・ 」

 

温かい想いが やっと湧き出してきた。

それにしても ― なぜこんな楽しい思い出を仕舞いこんでいたのだろう。

 

「 う〜ん ・・・?   ―   あ。 」

 

特に親しくしていたお兄さんとお姉さんの顔が はっきりと脳裏に

浮かび ― 次の瞬間 痛み も蘇った。

 

あの二人は いつも一緒に施設に来てくれた。

子供心にも お兄さんとお姉さんは仲良しなんだな と感じてた。

二人の間に挟まっている時 ジョーはもう最高に幸せ だった。

< 週末 > は まさに幸せの時間 となった・・・

 

そんな年月がしばらく続き 子供達も学生たちも進級・卒業の時期を迎えた。

学生たちは メンバーが入れ替わったりしたが 子供たちとの

週末ごとの楽しい交流は 続いた。 

もちろん ジョーも笑顔の週末を送っていた。

 

そして ― 

 

  マモルお兄ちゃん と ヒカリお姉ちゃん けっこんするんだって。

 

そんな ウワサが流れてきた。

「 ― ホントかあ? 

「 ウン! お兄ちゃんがさ〜 神父様と話してるの、聞いちゃったんだ 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

仲間一 ウワサに敏感なジロウが得意気に耳打ちした。

 

      !  そっか!

 

  きっと 二人が ぼくを迎えにきてくれるんだ!

  ぼくのおとうさんとおかあさんになってくれるんだ

 

ジョーは なぜかそう信じ込んだ。 信じ込みたかった のかもしれない。

そして 彼はひたすら ひたすら ―  待った。

あの二人は 卒業後も週末ごとに訪ねてくれていたが

最近は 途切れがちになっていた。

 

      きっと忙しいんだ ・・・ うん。

      大丈夫 ぼく ちゃんと待てるから!

 

小学生のジョーは 実に辛抱強く待っていた。

その間 何回もの週末が巡り違う学生たちが訪問してくれた。

彼らは 皆 優しくて真摯でちゃんと子供たちの話に耳を傾け・・・

ジョーも 笑顔で迎えることができていた。

 

      うん。 ぼく イイコで待ってるから。

     ちゃんと ・・・ 待ってるから・・・

 

彼のそんな縋り付きたいほどの願いは ある週末 ―

 

「 皆さん ステキなお知らせがありますよ 

 さあ どうぞ ? 」

神父様はにこにこ顔で 子供たちに告げた。

側には最近いつも来てくれるお兄さんが やはり笑顔で立っていた。

「 はい。 皆〜〜 元気で勉強したり遊んだりしているかい?

 僕達の先輩 マモルお兄さんとヒカリお姉さん ですが

 結婚して新しい家庭を持ちました。 」

 

  わあ〜〜〜  パチパチパチ〜〜〜 

 

子供たちは自然に拍手をした。

「 それで ― お仕事の都合で遠くの街に引っ越すことに・・・

 皆とは 今までみたいに会えなくなるけど ―

 でも ずっと皆のこと、思ってます。 そして 落ち着いたら

 また 一緒に遊んだり勉強したり しましょう!って 」

 

        え。

 

         引っ越した ・・・?

 

     ・・・ もう あえない ・・・?

 

騒いでいる子供たちの後ろで ジョーは ひとり、固まっていた。

「 そして 今日から新しい仲間が増えます!

 ○○君 ◇◇君 そして ××さん です。 」

「「「 よろしく〜〜〜〜〜 」」」

元気いっぱいなお兄さんやお姉さんが にこにこしていた。

「 皆さん。 皆さんもご挨拶しましょうね 」

神父様に促され ― 子供たちも元気いっぱい ・・・

「 よろしくおねがいします〜〜 」

  ― さあ また楽しい週末が始まるぞ!

子供たちは わくわく・・・皆 自然にほっぺが赤くなってきた。

 

 ― そんな騒ぎの後ろで。

 

      ・・・ 待ってた のに ・・・

      ずっと待ってたのに ・・・!

 

      お兄ちゃん お姉ちゃん・・

      ずっと待ってたのに ぼく!

 

ジョーは 仲間たちの輪の外れで一人、呆然と立っていた。

 

      −  おいていかれた   

      皆 ぼくを 捨ててゆくんだ 

 

      マモルお兄ちゃん !

      ヒカリお姉ちゃん ・・・

 

      お か あ さん ・・・ !!

 

 

その想いは強烈で いつのまにか 元気なジョー を 

いつも黙っているジョー に 以前の彼に戻していった。

神父様に甘えて縋り付いてゆくことも なくなってゆく。

「 ジョーくんも オトナになったきたのかな? 」

神父様は 少し淋しそうな、でも ほっとした顔をしていた。

ますます < ひとり > になったジョーは

いつしかその状態に慣れ 手足を縮め身体を丸くし ・・・

自分の内側に引きこもることが多くなった。

 

「 ― いつも 皆の後ろにいたっけ ・・・

 楽しいこと や わくわくすることは ぼくと関係ないんだって 

 ・・・ 諦めてた  いろいろ ・・・ 」

 

あのころの 乾いた気持ちが、干上がってしまった想いが

 忘れていたはずなのに 強烈に蘇ってきた。

目の前に 背中を丸め脚を引き寄せ縮こまっている 小さなジョー が

見える。

 

「 ・・・ なあ。 こっち見てくれよ?

 サッカー話 しようぜ? そうだ サイクリングも行ったよな 」

「 ・・・・ 」

小さなジョーは 首を振って頑なに縮こまる。

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

ジョーは 幼い自分自身に手を差し伸べることができない。

― 少年の心は固く 頑なに 閉じられてしまっていた。

 

       ・・・ いいんだ このままで。

       なんにも いらない。

       なんにも ほしいっておもわない

 

       ぼく なんにも願わない!

 

       ― そうすれば がっかりすること ないもん。

 

一生 控えめにひっそりと過ごすのだ と思っていた。

そして それが自分の運命なら それでもいい ・・・と。

島村ジョーは 自分から しあわせ にふみ出せなくなっていたが

期待しなければ 叶わずに落胆することもないのだ。

 

       なにも 望まない 願わない

       ・・・ シアワセ は自分には関係ない

 

       そうだよ そのほうが・・・ いいさ

 

こうしてずっと生きてゆくのだ と 彼はおぼろ気に思っていた。

 

 

          しかし。  

 

運命は奇想天外な大革命のカードを用意していた。

そして 滅茶苦茶な展開の後  さらに大サプライズが待っていた ・・・!

 

 

     あなたも 私たちと一緒にいらっしゃい

 

 

面喰って絶句しているジョーに あの・美女が呼びかける。

彼女の言葉に 彼女の眼差しに ― ジョーは新たなる一歩を踏み出した。

 

  あの時。  ぼくは  ― 自分の意志で 決めた。

   きみの ほうに歩いてゆくことを。

  そうだよ。 ぼくは自分で決めて自分で行動したんだ。

 

 

「 そうさ。  そしてぼくは  この幸せ  をゲットした。

 ぼくは自分から手をのばし 幸せの掴んだんだ! 」

 

ジョーはいつの間にか しっかりと拳を握っていた。

敵対するヤツを叩き潰すため ・・・ ではなく。

手を差し伸ばし自分から掴みにいった幸せを 握りしめるために。

 

     シアワセは 歩いてこないんだ。  

     ― 自分から 歩いてゆかなきゃ!

 

今 ジョーははっきりとそう言えるしこれは彼の信条にもなっている。

 

「 さあ〜て と・・・ チビ達の寝顔、見てくるかな〜〜

 ふふふ ・・・ 寝顔ってさ ホント天使なんだよなあ 」

そうっと そうっと。  にこにこして二階に上がる。

そうっと そうっと。  ドアを半分 あけてみる。

 

     すうすうすう    もにゃもにゃ・・ う〜〜ん

 

子供部屋の中は 結構一人前の寝息でいっぱいになっていた。

「 ・・ すぴか〜〜  すばる〜〜〜

 いいこで ネンネ、してるかい〜 」

もう最大級の注意力で チビ達のベッドに近寄る。

「 あ  は ・・・  うわああ・・・ 天使 だ ! 」

くっつけた子供用のベッドでは ジョーの子供たちが

もにょもにょ〜〜しつつも ぐっすりと眠っていた。

 

      ・・・ ああ ・・・ !

      神様 !  ありがとうございます 

 

彼は 温かい涙をぼとぼと落として 我が子達の寝顔を見守っていた。

 

 

 

 

  カチャ −−−

 

細めにあけていた寝室のドアを フランソワーズは静かに閉じた。

ジョーが 忍び足で子供部屋に入るのを見届けたから・・・

 

      ふふふ・・・

      邪魔しませんから。

      どうぞ 眠っていれば・天使たち を

      存分に 眺めてくださいね

 

「 ふぁ〜〜〜〜 ・・・ ああ 先に寝ちゃおっと・・・

 夜のチビ守り は ジョーの担当ですものね〜〜

 昼間担当者 は お休みなさあ〜〜い です♪ 」

 

  ぱふん ・・・  

 

羽根布団に潜り込むと 数秒で彼女は健康な寝息をたてはじめた。

 

    すう すう すう ・・・ 

 

しばらくして そう・・・っと隣に入ってきたジョーが

優しさMaxの眼差しで じ〜〜っと眺めていたことに気付くはずもなかった。

 

      ねえ ・・・ フラン。

 

      しあわせ かな。

 

      約束したよね 誓ったんだ ぼく。

      結婚した日に さ。

 

      神様

      フランの笑顔 護ります

      幸せ 一緒に掴みます 掴みにゆきます

       って・・・

 

      ねえ フラン。

      ぼくの奥さん ぼくのコドモ達のおかあさん

 

      しあわせ ・・・ かい?

 

 

「 ・・・ う〜〜ん ・・・・ 」

「 あ ごめん ごめん・・・ 邪魔しちゃったかな・・・

 ふふふ ぼくも寝るよ〜〜  一緒に さ 」

ジョーは こそ・・っと横になると 彼女の側に身を寄せた。

「 お や  す み ♪  フラン ・・・ 」

愛妻の白い頬に 口づけをすると 

彼は 飼い主に寄り添うワンコみたいに 安心した顔で眠りに落ちた。

 

 

 

 

    ジリリリ −−−    ぱし。   

 

鳴り出したアラームを 白い手が伸びてきて  止めた。

 

  う〜〜〜ん   ・・・ 朝 ・・・ かあ ・・・

 

ゴソゴソ ゴソ。 ブランケットを押しのけ、えいやっと身を起こした。

隣には もう完全に熟睡している茶髪ボーイが。

そのなんともシアワセそう〜なヒモが解けたほんわか顔に

なんか笑ってしまう。

 

「 ― あ〜らら ・・・ まあ シアワセそうに眠るのねえ 

 きっと夢に中でも超〜〜シアワセなのね・・・

 ま あとしばらくゆっくり眠っていなさいね 」

 

      ふふふ・・・ ぜったい起きないんだから

 

彼女は茶色のクセッ毛を ちょっとばかり乱暴に指で梳いてみる。

そんなコトでは このオトコは絶対に目を覚ましはしない。

 

「 さ。 じゃあ 昼間担当者 スタートしまあす。

そろそろ チビっこ台風達 のスイッチがonになるからね〜 」

 

    ちゅ。 ほっぺにキスを落としてから ベッドを出た。

 

てきぱきと身支度を整え、洗いたてのエプロンのヒモをきっちり結んだ。

「 ― と。  で〜は。 戦闘開始! 」

 

  パリパリリ ・・・ ノリの効いたエプロンが気持ちのいい音を立てる。

 

フランソワーズは毎朝、この音を聞くのが楽しみだ。

「 さあ〜〜 やるぞ! って気持ちになるし・・・

 それに ― なんだか懐かしいのよねえ ・・・ ねえ ママン? 」

 

朝のルーティーンをこなしつつ 彼女はほっこりした想いに浸っている。

「 この感覚って 子供の頃の思い出なのよねえ・・・

 ウチの朝はママンのぱりぱりのエプロンと パパが挽いているコーヒー豆の

 香・・・ だったなあ・・・ 

 

  かちん かちん かちゃん ・・・ 家族のマグカップを並べる。

 

「 ― ああ パパとママンとお兄ちゃんとわたし。

 ぱりぱりのバゲットに 出来立てのオムレツに 熱々オ・レ。

 ・・・ ふふふ ごく普通の家庭だったのよね ・・・ 」

 

彼女の思い出通り フランソワーズはごく普通のごく当たり前の家庭で

パリジェンヌとしてごく普通に育った。

 

とりたてて裕福な家庭ではなかったが 

両親の溢れるほどの愛情に包まれ兄と二人、幸せに育った。

 

「 ジャンもファンションも パパの宝モノだよ。

 そして この世でパパが一番愛してるのは お前達のママンさ 」

 

父はいつもいつも 口癖にように繰り返し ― 実際 その通りだった。

一生懸命働き ヴァカンスには家族で田舎で暮らした。

彼の妻を 子供たちの母を 敬愛し大切にし深く深く愛していた。

母は自分の愛するヒトとの 巣 を 極上の場にすることに

生き甲斐を覚えていた・・・と娘は今 実感している。

そしてそれが 母自身の幸福 だったのかもしれない とも思う。

 

清潔で温かい服に身を包み 母の作る料理はなんでも大好きで・・・

父の器用な手先に感心したり 兄にケンカをふっかけても適当にあしらわれ

笑って 怒って 時には 泣いて。

幼いフランソワーズにとって < うち > は 最高の場所だった。

 

両親が亡くなっても それは変わらなかった。

兄と二人きりになったけど しっかり育ててくれた両親の想いに

護られていた と思う。

 

「 うん ・・・ パパもママンも ず〜〜っと ここにいる、のよね 」

エプロンの胸を とん、と抑える。

「 だから ― 生きてこられら のかもしれないな ・・・ 

 あは ・・・ わたしってホント すごいと思うんだけど? 

 

あの日 ― 

衝撃なんて言葉では表現できない災難に巻き込まれ ・・・

でも その意志は その気持ちは変わらなかった。

 

全て 奪われてしまった ― しかし。

 

    命まで 弄ばれてたまるもんですか!

 

    ・・・ 生きる。 ニンゲンとして生きるわ

    ― 逃げる。 逃げてやるっ!

 

伏せた睫の奥の奥で 彼女は仲間とその機会を狙っていた。

そして   その時 は  来た。

そして   そのヒトは  来た。

 

    やったわ! 彼を引き入れれば ― 

 

あの少年は 完全に彼らの自由へのトリガーともなる 道具 だった。

だから なんとしても自分たちの仲間に引き入れなければならない。

そのためには  なんだってする。 

 

    ええ なんだってやるわ。

    い  色仕掛け だって!

 

    あらあ?  なあに このコ

    ・・・ なんか感情のないヤツね 

 

 ― しかし。

 

 

        つきん。

   

 

なにか ・・・ 甘い衝動が 彼女のハートを撃つ。

「 ・・・なに ?  ・・・ あ。 って気付いたわ。

 あの時。  なんて淋しい瞳なの って思ったのよ 」

 

  カチャカチャ −−−  

 

卵をボウルに割り込み混ぜる。 ほんのちょっと醤油を垂らす。

これは この国にきてから知った裏技だ。

 

「 ・・・ そうだった ・・・機械の眼 なのに、 

 なんだかとっても淋しいのね・・・

 機械なのに ひとりぼっち って雰囲気がすごくて 」

 

  ジュワ〜〜〜〜   熱いフライパンで手早くオムレツにする。 

 

     う〜〜ん ・・・  そうねえ ・・・

 

「 あの時のジョ―の瞳が 忘れられなくて ・・・

 そうねえ だから  うん  って言ったのかもしれないな 

 ふふふ 随分後のことだけど ・・・ 」

 

  カチャカチャカチャ ・・・ 

 

もう一つ 卵を割りお砂糖をほんの少し。

彼女の小さなムスコは 食べるのが遅い いや のんびり食べる。

できるだけ食べやすいものを作っておくことにしている。

 

「 笑ってるんだけど ― 目はいつも冷めてるのね・・・

 優しいんだけど なんだか淋しい印象が残るの。

 なんなんだろう って思ってたなあ ・・・

 ・・・  でもね その奥の奥は ・・・ 」

 

すばるは スクランブル エッグ。 あとは全員 オムレツ。

すぴかは最近 ガーリック入りがお気に入りだ。

ジョーはプレーン・オムレツに どばっとケチャップをかける。

博士はチーズ入りがお好み、フランソワーズは 勿論 プレーン。

 

「 うん ・・・ 彼の 温かさ と 淋しさを知ってるのは

 わたしだけって確信したのよ。  ああ その時かなあ・・・

 ジョーがプロポ―ズしてきたのは ・・・

 ちょっと驚いたけど 考える前に Oui って頷いてたわ  わたし。 

 

野菜庫から キュウリとミニ・トマト、セロリを取りだす。

トントントン・・・ キュウリを乱切りにしてさっと塩揉み。

野菜嫌いなすばるには 胡麻味噌で和えてとにかく食べさせる!

がじがじ齧りたいすぴかには セロリ・スティック。

大人は ミニ・トマトとセロリをレモン・ドレッシングで。

 

「 チビ達が生まれてきてくれて ・・・ 嬉しかったわあ〜

 わたしもママンになれたって。  ジョーのコドモ、生めたって。

 それにしてもね〜〜 あの日 チビ達が生まれた日

 ・・・ ジョーが あんなに喜ぶってびっくりだったなあ・・・

 ホントに泣いてるのよね、生まれたばっかのチビ達、抱っこして。

 わたし 結構冷静に観察してたんだけど・・・ 

 ああ  このヒトを選んで間違ってなかった って確信したわね。」

 

カチャカチャ  トントン  それぞれのお皿に盛りつけて。

あ  博士がお散歩からお帰りね。

― すぴかの足音 ・・・ 今朝も元気ね。

・・・  すばるは   あ まだお布団の中にいる〜〜

ジョーは ・・・ まだまだ夢の時間 か ・・・

 

「 家族なのよ、 ええ み〜んな。

 そりゃ ・・・ いつかは  離れ離れになるわ ・・・

 でも! だから ね。 チビ達 う〜〜〜んと 愛してやるの !

 どっぷりと とね。  もうこってこてに! 

 そうすれば ―  どんな時でも 生きてゆけるわ。

 シアワセの味、知ってれば  自分からゲットできるの。

 自分から 手を伸ばせるのよ。 」

 

   パンパン −−−  フランソワーズはエプロンを叩く。

 

「  さあ〜〜〜 みんな 朝ご飯でぇ〜〜す 」

 

 わいわい きゃわきゃわ ・・・ 皆 集まってくる。

 

「 おはよう フランソワーズ。 おお 美味しそうじゃなあ 」

「 おか〜さ〜〜ん おはよ!  あ せろり〜〜(^^♪ だいすき! 」

「 ・・・ おか〜さん ・・・ 僕のくつした どこ ?? 」

「 博士 おはようございます。 お好きなチーズ入りですよ〜

 すぴか セロリ・スティックよ〜〜

 すばる くつしたは自分のお部屋でしょう?  」

「 ・・・ おと〜さんにきいてくる! 」

すばるははだしのまま かけてゆく。

 

    あら〜〜 ふふふ ・・・ ま いいわ。

    もうじき 寝ぼけマナコのジョーが 降りてくるわね

 

    ねえ ジョー?  

    これが   

    わたし達が一緒に捕まえた シアワセ ね♪

    

フランソワーズは 最高の笑顔で家族たちを見回した。

 

   

      幸せは 降ってくる のじゃない。  

       自分で 捕まえにゆくんだ

 

   しっあわっせ わあ〜〜    あるいてこないよ〜〜〜

       だあから   あるいて ゆくんだよ!

 

 

***********************      Fin.     *************************

Last updated : 03.22.2022.                  back       /      index

 

************    ひと言   **********

ご存知・古典的国民的歌謡 に寄せて・・・ であります。

別にファンではありませんが あの歌は実に 実に

真実である と ヲバサンになりしみじみ思っていますです。