『 幻 ― まぼろし ― (2) 』
ダ ダ ダ ダ ・・・・ ダ ダ ダ ・・・
海は案外と凪いでいた。 フランソワーズは舳先に立ってじっと海原をみつめている。
使い込まれた渡しの船は 迷い無く着実に海面を分けて進んでゆく。
・・・ この航路を 再び通ることができるかしら。
ずっと波を追っていたら ふと、そんな気持ちになった。
それは悲観とか願望ではなく、 しごく単純な気持ちだった。
「 のう〜 嬢ちゃん どうしても行くんかね ・・・・ 」
「 ・・・ 船長 ・・・ 」
渡し船の ― ボートに近い ― 船長は呆れたよ、という声で聞いてきた。
「 あ ・・・ はい。 」
「 あそこの島はのう〜 五年くらい前に大きな火事があってのう〜 」
「 まあ そうなんですか。 」
「 そんでのう ・・・ 天辺の辺りに建っとったなんたら言う研究所が燃えてしもうたんよ ・・・
それっから ず〜〜っとだあれも住んでおらんとよ。 」
「 へえ ・・・ わたし、スケッチにゆくだけですもの。
ステキな景色とやさしいお日様の光があれば それだけでいいんです。 」
フランソワーズはことさらのんびり応えた。
彼女は 新進女流画家であの沖にある島までスケッチ旅行にきた、という振れ込みなのだ。
「 そんりゃ 景色とお天道様だけはた〜〜んとあるけんどのう〜 」
「 楽しみですわ。 」
船長はちょっと肩を竦めたが それ以上はもう根問いしてこなかった。
フランソワーズの足元には スケッチブックやらイーゼルやら絵の具箱・・・ といった、
いかにも 画家です! といった風な荷物が置いてある。
「 誰も住んでいない島・・・ってステキですわよね・・・・ 写真も沢山撮らなくちゃ♪ 」
カメラを持ち上げて 彼女は大いに上機嫌な様を見せていた。
「 ま ・・・ 気ィつけてのう〜 ・・・ 」
「 ありがとうございます。 あら ・・・ ちゃんと船止まりは残っているんですね・・・ 」
「 ああ まあなあ・・・ 昔なんたらいう研究所があった時分には住んでいるヒトも結構おってな。
生活物資とか届ける船が定期的に通っていてのう〜〜 」
「 そうなんですか。 あの・・・ 火事って・・・落雷かなにかが原因ですか? 」
「 うんにゃ。 あ! 表向きはなあ 漏電っつ〜コトになっとるけんど・・・ 実はのう〜 」
「 実は・・・? 」
フランソワーズは好奇心の負けた若いオンナノコといった風に振る舞う。
「 嬢ちゃん、これはヒミツやで? ・・・ 実はのう〜 焼却 じゃったんだと。 」
「 焼却 ??? え ・・・ 建物ごと、ですか? 」
「 そういう話じゃのう〜 なんかその・・・ 表にだされん研究じゃったとか・・・ 」
「 まあ。 あ! 伝染病とか・・・そんな怖い話じゃないでしょうね? 」
「 あ そりゃ平気だわな。 立ち入り禁止、にはなっとらんもん。
ただな〜〜んもないから だ〜れも来んだけや。 」
「 へえ ・・・ じゃあ・・・今でも その・・・ 焼け跡 とかあるのですか? 」
「 うんにゃ。 きれ〜に 焼却 しての、灰は海に飛んでいっちまった ・・・ らしいのう〜
ま 土台くらいは残っとるかもしれんがのう〜 」
「 まあ ・・・ あ でもワタシ、綺麗な景色を描きたいんですもの、そんな焼け跡とかは
見たくないですわ。 」
「 ああ それがええ。 きれ〜な海と きれ〜な空でも描いたらええ。
ほんじゃ そこに上陸しいや ・・・ 」
「 はい ありがとうございました。 あの ・・・ 明日の ・・・ 」
「 おう、帰りのことも任せんさい。 ちゃ〜んと明日の今頃 迎えに来てやるけ・・・ 」
「 あ いえ ・・・ あの、その時にもし私がここにいなかったら そのままお帰りください。 」
「 な〜んでね。 そげなこと、できん! 」
「 ・・・でも ・・・ 」
「 ちゃ〜んと嬢ちゃんを本土の港まで帰すのがオレの仕事じゃけ。
もし ここにおらなんだらオレが島中探すよって。 ほんなら 気ぃつけてなあ〜〜 」
「 はい ありがとうございます 〜〜 」
おんぼろ渡し船の船長は 意外な気骨をみせて大きく手を振って帰っていった。
「 ふう ・・・ ま それまでには決着はついているはずよ。
― 負けるわけにはゆかないわ。 009 はね、そんなヤワじゃあないのよ。 」
フランソワーズは 目の前の島を見渡すと、大きく深呼吸をした。
「 ― さあ。 来たわよ! プロフェッサー・フリードキン。 」
その日 ・・・ 砂漠を背後に抱えた小さな町は大騒ぎ いや 御祭り騒ぎになっていた。
「 おめでとうございます!! 大発見ですねえ〜〜 」
「 凄いです〜〜 ありがとう! これでこの町も発展しますよ! 」
「 いやあ〜〜 記者のカンですか? すばらしい〜〜 」
町長を始め町議会議員やら商工会議所の委員、そして町の有力者らが茶髪の若者を囲んでいる。
皆 やたらとハイ・テンションで 超 がつく上機嫌だ。
しかし当の本人は ・・・ というと・・・
「 は はあ・・・ しかし その ・・・ 」
「 いえ! 全くの偶然で ・・・ 」
「 いやいや ・・・ プライベートでして ・・・ 」
困惑の極み、というか かなり苦戦をしていた。
う〜〜〜 ・・・・ 早く解放してくれえ〜〜〜
「 とにかくめでたい! のひと言ですよ〜 あの岩屋に温泉が湧き出すなんて! 」
「 左様 左様〜〜 これでスパとして有名になれます! 観光客がきます!
町の財政が潤います! いやあ〜〜 めでたい! 」
「 これも全て君のおかげですよ、 ミスタ・シマムラ〜〜! 」
「 おう 本当にそうです、ありがとう〜〜 ! 」
ばん ばん ばん! 陽気なおっさんたちのでかい手が彼の背や肩を叩く。
「 は はあ ・・・ あの〜 助けていただきましてありがとうございました。 」
「 いやいやいや〜〜 ともにかく めでたい! 」
「 で あのう〜〜 ・・・・ こちらの地域誌の記者で ミズ・クローデル という方ですけど
ご存知ですか? 」
「 あ〜? ・・・ ああ ああ 知ってますよ。 確か・・・パックのとこの雑誌だよなあ?」
「 へ? ・・・ ああ あの女史ですよね。 ウチの記者です、今日も来てますよ〜 」
「 ・・・ 来てる のですか? 」
「 ええ。 いやあ〜〜〜 あの雑誌もこれからはがんばってもらわなくちゃ!
スパ特集をして がんがん観光客誘致してもらわんと! 」
「 は はあ ・・・ あの それでミズ・クローデルはどちらに? 」
「 え〜〜 ああいうのがお好みですかあ〜 へえ〜〜〜? 」
「 こ〜ら ジム、 ひとそれぞれ だろ。 あ〜 あそこにいますよ。
お〜〜い マーリサ〜〜 ちょっと! 」
茶髪の青年はさりげなく身構えた。
「 ほいほい ・・・ お偉いさん方〜〜〜 御用ですかぁ〜〜 」
「 わが町の救世主さんが お呼びだよ! 」
「 こりゃ光栄ですゥ〜〜 初めまして! デイリー・〇〇 の マリサ・クローデルでっす! 」
青年の目の前に赤毛のおばちゃん がにこにこ・・・ 立っていた。
「 !? ・・・ あの ・・・ ミズ・クローデル? 」
「 はいナ。 ああよかったぁ〜〜 実はね、取材でちょいと出張してて・・・
朝イチの便で帰ってきたトコだったんですゥ〜〜〜 ね! ミスタ・シマムラ〜〜〜
インタビュウさせてください〜〜 ね! 彼女、いらっしゃいます?
ブロンドとブルネットと赤毛と ・・・ どれがお好み? ね!? 」
「 ・・・ あ いや ・・・ あの ぼく、急いでますんで・・・ 」
青年はほうほうの態で 人垣の中からジリジリと脱出していった。
― この大騒ぎ・・・ 元はといえば。
とあるごく平凡な日 町はずれのそのまた先で 大爆発が起きた。
その衝撃音は町中に響き 砂漠に近い地域ではびりびりと窓ガラスが震えた。
「 な なんだ!? 」
「 落雷? だってそんな予報は ・・・ 」
「 いや 竜巻かも ? 」
「 ! なあ ちょっと前にもなにか音がしたぜ? 」
「 そうかあ? 全然気がつかなかったが ・・・ 」
「 いやさっきのほどじゃなかったし ・・・別口かなあ・・・ 」
多くの町民が驚いて外に飛び出し、空を仰いだのだが異変はない。
のんびりした町も、さすがにびっくり仰天、消防団を先頭におっとり刀で駆けつけてみると・・・
町外れに広がる砂漠で ―
ドドドド ・・・・ シュワ 〜〜〜〜 ・・・・!
岩屋の一部が大きく崩れ、そこから水が、 いや 熱湯が勢い良く噴き上げていたのだ。
「 !?!?? せ 石油か?? 」
「 いや ちがう・・・あれは 水 ・・・ いや 熱湯だよ! 」
駆けつけた警察も消防団も 噴き上げる湯柱?を ただただ呆然と見上げていた。
「 ・・・ ん? なんか 声が聞こえないか? 」
「 え? ・・・・あ! そ そういえば ・・・ 」
「 どこだ? 誰かあの爆発に巻き込まれたのか? 」
「 ・・・ 洞窟だ! この中 ・・・ いや 地下だ! 」
人々は湯柱から離れた場所に駆け寄った。 洞窟の床が地下に崩れ落ちていた。
「 ・・・ お〜〜い ! 手を貸してください、ここです〜! 」
「 誰かいるのか〜〜 ! 」
「 お〜い! あ! あれは・・・ メルボルンから取材にきた記者さん?! 」
「 え?! おい! 今助けるからな〜〜 ロープ、持って来い! 」
「 オッケー! レスキュー隊、呼べ〜〜 」
たちまち救出作戦が開始された。
ほどなくして 洞窟の下に落っこちていた青年は無事に救出された。
たいした怪我もしておらず、彼は至極元気だった。
「 いやあ〜〜 あんなにびっくりしたことってなかったですなあ〜〜 」
警察署長は 内容とはうらはらにのんびりとした口調だった。
「 で 本当に大丈夫なんですか? ミスタ・シマムラ・・・ 服がまあ〜 ぼろぼろですなあ〜 」
「 大丈夫です。 たまたま取材に来ていて、妙な地鳴りた聞こえたもので・・・
調査しようと、洞窟の中にいました。 ええ ですから爆発には直接は巻き込まれませんでした。
ただ足元が崩れたので ずるずる落ちてしまったんです。 」
「 いやあ〜 不幸中の幸いでしたなあ〜 どうぞゆっくり休んでください 」
「 いえ! 早急に連絡を取りたいので あの通信機器を拝借できますか ?」
「 いやあ〜 これでこの町も安泰ですワ。 スパの町 として脚光を浴びますなあ〜 」
「 あの! ぼくはこれで失礼します。 」
「 いやあ〜 どうぞゆっくり ・・・ あ? ああ 都会のヒトはせっかちですなあ〜 」
茶髪の青年は早々に現場を立ち去ろうとした。
しかし 彼は町中に戻ったところで < 捕まって > しまった・・・!
「 ああ! ちょっと ちょっと記者さん! 」
「 そうそう、君ですよ〜〜 待ってましたよ〜〜 」
どどど・・・っと寄ってきた町の人々に囲まれてしまったのだ。
― 半時間後 ・・・
町中の片隅で茶髪の青年、いや ジョーの姿が 消えた。
防護服だけは不測の事態を懼れ、別口で保管しておいたのだ。
赤い特殊な服を纏うと 彼は物陰で加速装置を ON にした。
くそ 〜〜〜 謀られた・・!
爆発を恐れて加速しなかったのに!
もとから爆破する気だったんだ! しかし ・・・ <マリサ>はどこだ?
ジョーは焦っていた。 マリサを巻き込むことを避けようと、加速装置を使わなかったのだが
彼女の方があの岩屋を爆破した。
「 普通の人間ならとても助からないはず ・・・ 生き埋めか爆死だぞ。
しかしそんな話はなかった・・・ ということは <マリサ> もサイボーグだったのか?? 」
ともかく仲間達と連絡を取らねばならない。
大騒ぎの町中で、なんとか研究所に向けて一報は送った。
所在地を告げるだけのありきたりの連絡に留め、 とりあえず現場を離れた。
「 フリードキン ・・・! アイツに娘がいたなんて・・・
いや それよりも研究所が心配だ。 別の手口で襲っているかもしれない・・・! 」
ジョーは最も近距離にある都市を目指し最大レベルで加速装置を稼働させた。
≪ ・・・ ジョー? 聞こえるか? ≫
突如 脳波通信が飛んできた。
≪ !? ジェット? ≫
≪ ああ〜 今どこだ? オレ様はメルボルン上空! ≫
≪ 助かった! 現在位置は ・・・・ ≫
≪ オーライ! すぐにピック・アップするぜ! ≫
数分後、 ジョーはなんとか空飛ぶ赤毛と合流 ― そのままドルフィン号へ <飛んだ>。
ドルフィン号の中で ジョーは仲間達に詳細を報告し、例の話も聞いた。
「 ふむ・・・ そのフリードキンの娘を名乗る女は 計画的にジョーに近づいたのだろう。 」
「 多分 ・・・ 」
「 手が混んでいるね。 こっちには挑戦状 さ。 」
「 なんだって??? フリードキンからの かい? 」
「 ああ。 研究所に届いたんだとさ。 これだ。 」
「 ・・・・! 」
ジョーは差し出された手紙に目を落とし ― 唇を噛んだ。
「 博士? これは 本当にあの・・ プロフェッサー・フリードキンからですか。 」
「 確かじゃな。 あの島での一件を知るものはワシらとアヤツだけじゃ。 」
「 そうですか ・・・ それではこのままあの島へ向かいましょう!
ヤツの通告してきた日にちには遅れてしまうってのが悔しいなあ!
あ・・・ 皆を巻き込んでしまって悪いけど ・・・ 」
「 おい ボーイ? 今更なんだってんだ? 」
「 そうだよ。 そもそも・・・5年前の時点で僕達を巻き込むべきだったのさ。 」
「 ああ。 独断専行は よせ。 」
「 そうアルね〜 それに遅刻にはなってへんアルね。 」
「 え?? でも ・・・ 」
「 ジョー。 ここに 全員 はいない。 」
「 ? ・・・ あ ・・・でも 彼女はイワンと残って 」
「 ― いね〜んだ。 あの跳ねっかえりはよ、一番乗りで行っちまったんだと! 」
「 な! なんだってェ??? 」
ザ ザク ・・・ ザク ・・・
船着場の跡から 島の中へと岩の多い坂道を登る。
時折 頭上をカモメが横切ってゆく。
耳に届くのは 波の音と 遠く近くひびく鳥たちのおしゃべり、 そして 彼女自身の靴音 のみ。
「 ふうん ・・・ 本当になんにも無いのねえ ・・・ 」
最初の坂を登りきると ある程度平坦な地に出た。
― そこにはひよひよした低木が数本 ・・・ 海風に負けて捻じ曲がっていた。
「 ・・・ 確かに絶海の孤島、ね。 ここなら邪魔が入らずに研究に没頭できるってことか・・・ 」
上陸したときから <目> も <耳> も 最大レンジで展開している。
しかし なにも反応しない。 見えるのはごく当たり前の <島の風景> だけなのだ。
「 ふふん ・・・ わざとらしいわねえ・・・
わたしの能力を知っていて シールドを張った、ということね。 」
フランソワーズは立ち止まり さらに精度を上げて周囲を見回す。
― チ ィ −−−−−− ・・・・・ !
「 ― みつけた。 」
彼女は呟くと、コートの下からスーパーガンを取り出し 狙いを定める。
「 ふふん ・・・ そこだけ 草が風上に向いて靡いているわよ!
ふん 単純な作画ミス! ほら 見なさい。 行くわよ! 」
― ぱ ぁ 〜〜〜〜 ん ・・・・ッ
透明ななにか ・・・ 空気の膜みたいななにかが 弾けた。
「 お〜〜い 誰だ!? 」
岩場の向こうから 声が聞こえた。
「 !! ・・・ ジョー ??? 」
一瞬 わが耳を疑った。 そして有頂天になりかけたが ― 理性が水をぶっかけた。
「 ううん。 そんなはず、ないもの。 しっかりしなさい、フランソワーズ! 」
油断なく身構え 彼女は声の主の出現を待った。
「 ・・・・・・・ 」
ガラ・・・ッ ! 岩場から欠片がひとつ、 海に転がり落ちた。
「 誰だ?! え・・・ フランソワーズ !? そんな まさか・・・ ! 」
角から茶髪の青年が こちらへ飛び出してきた。
「 ・・・ ジョー。 」
「 気をつけろ!! アイツ、どこから攻撃をしかけてくるか、わからないからな! 」
「 ええ ちゃんとサーチしているわ。 でも ・・・ 」
「 でも? なんなんだ。 おい こっちへ来たほうがいいよ、そこは危険だ。 」
青年は彼女の手をとると、岩場の陰に引っ張ってゆく。
「 ・・・ ええ ありがとう。 あの? 」
「 うん? なんだい。 」
「 あの ・・・ どうしてここにいるの? アナタはメルボルン近辺にいるって・・・ 」
「 え?? なにを言っているんだ? この件を知らせてくれたのは君じゃないか! 」
「 ・・・・・・ 」
「 メルボルンに戻って君にメールを読んだ。 それでこの島まで直行したってわけさ。 」
「 そう ・・・ 」
「 きみは皆と一緒にドルフィン号で来ると思っていたんだけど ・・・
どうして一人で先にここに来たのかい。 ドルフィン号になにか あったのか? 」
「 ううん なにも。 ただ ― 遅刻はイヤだったのよ。 」
「 遅刻 だって? 」
セピアの瞳が彼女を覗き込む。 その暖かい大地の色合いは いつもと同じだし、
彼の笑顔も少しも変わりはない。
「 ええ そうよ。 メールにも書いたでしょう? 挑戦状が来た、って。 」
「 あ ああ ・・・ そうだったっけ? 」
「 そうよ。 だから指定の日時に間に合わせるために わたしが一足先に来たのよ。
皆も すぐに来る予定よ。 」
「 そうか! それで安心したよ。 皆が来るまで島中をパトロールしておきたいんだ。
例の研究所跡 も探索しておきたいし。 」
「 いいわ 行きましょう。 え〜と ・・? 」
「 ああ この先をもう少し登ればいいのさ。 さあ 行こう。 」
「 ・・・・・・ 」
彼は相変わらず彼女の手を掴んだまま、すたすた歩き始めた。
「 ― ねえ ? もうひとつだけ聞いてもいい。 」
「 なんだい。 」
「 あの。 わたし、どこまで一緒に行けばいいのかしら。 ニセモノ・ジョー。 」
「 ・・・・ な ん だっ て 」
彼がゆっくりと振り返った瞬間、 彼女は渾身の力で彼の手を振りきった。
「 もう一回 言ってほしいの? 」
「 ― いいや。 一回で十分 ・・・! なぜ わかった!? 」
「 だって 違うもの。 アナタは ジョー じゃないわ。
見た目はそっくりだけど ― 少なくとも中身はわたしのよく知っているジョーじゃないわ! 」
バ ・・・ッ ! と彼女は跳び下がった。
「 ふうん <中身> も細胞のひとつひとつまで アイツ と同じなんだけどなあ。 」
「 細胞? ― わかったわ! ジョーのクローンなのね! 」
「 いや、 ぼくが島村ジョーなんだ。 邪魔者は消してぼくが ジョー自身になる! 」
彼はゆっくりとスーパーガンを抜いた。
「 オマエは 必要ない。 別の 003 もちゃんと用意してあるのだから。 」
「 な なんですって!? 」
「 そうよ。 そうして本来のゼロゼロ・ナンバーサイボーグを抹殺するの。 」
岩場の向こうから 若い女性が現れた。
「 !? 誰 !? 」
「 私は マリサ・フリードキン。 プロフェッサー・フリードキンの娘よ。 」
その女性はゆっくりと二人に近づいてくると 青年の側に立った。
「 ! あの手紙は アナタが送ったのね! 」
「 あら。 お前が読んだの? まあ いいわ。
アイツの、ジョー・シマムラの仲間だったら誰だっていい。 」
「 彼は ジョーは 無闇に殺戮はしないわ! 」
「 父は ― 死んだわ。 心血を注いだ研究所と資料を全て破壊されて・・・
失意のうちに死んだのよ。 アイツが殺したのと同じことだわ! 」
「 プロフェッサー・フリードキンの研究は ― 違法なものだった、と聞いたわ。 」
「 違法? 誰が決めたの! 父はそんなことはしていないわ!
そうね、学会のお偉方は父の研究成果を剽窃したのよ!
そして父の存在が邪魔になったから ― アイツに破壊させたんだわ。 」
「 ちがう、 ちがうのよ! 」
「 なにが違うの? ふん ・・・ 機械人間のアンタたちになんか
熱い血潮が流れる人間の心なんて わかるわけないわね。 」
「 ・・・! マリサさん! わたし達は 人間です! 」
「 あら そうなの? それじゃ こうして撃てば赤い血が流れるのかしら。 」
― ビシ ・・・! 女は不意に銃を撃った。
レイガンではなく普通の銃だったが フランソワーズの足元に撃ち込まれた。
「 ・・・ つ ・・・ッ・・・! 」
衝撃で岩が砕け 欠片が飛び散り ― フランソワーズの頬を掠めた。
ぽたり ・・・。 足元に赤い雫が落ちる。
「 まあ〜 一応血は通っているの? それとも血液に模した保護液、かしら? 」
「 ・・・・・・・ 」
「 さあ 茶番はお終い。 わたしが呼び出したのは 009 よ。
彼に この・・・父が創った009 と闘ってもらうつもりだった。 」
「 ジョーは 009は来ないわ! こんなくだらないコトに割く時間はね、彼にはないのよ。 」
「 な んだって!? くだらない だと!? 」
「 ええ そうよ。 クローン技術を玩んでそっくりサンを創って ・・・ 闘わせる、なんて。
それでどうするというの? 」
「 ・・・くだらない だって! なにもわかっていないのだな、お前。
我々の作り出した009がいかに優秀か知らないのか! 」
「 知る必要はないわ。 わたしが闘うから! 」
「 お前が? たいした戦闘能力があるわけではないお前が闘う? 」
「 ええ。 仲間に降りかかった災難ですもの、皆で解決します !
さあ 正々堂々と闘うのよ ! 」
003はさっと飛び下がると スーパーガンを構えた。
「 ほう・・・? 面白い。 では ― まず手始めに アレ を始末せよ。 」
「 ・・・・・・ 」
マリサの後ろに立っていた <009> が 歩み出てきてこれも銃を抜く。
「 ・・・・! 」
ザザザ ッ !! ザ ・・! バシュ!!
岩場を走る足音と レーザーの音だけが響く。
フランソワーズはレーザーを避け走りつつ 妙なことに気がついた。
・・・・? 003は生身に一番近いからって・・・ 手加減、しているというの?
まさか。 でも・・・・
彼女はよくジョーと射撃訓練をしてきた。
お互いの腕 ― 技量については一番よく知っている。
ニセモノであっても < 009 > であれば射撃の腕は抜群のはず。
どうして? また ・・・ はずした !
― あ ・・・!
クローン ってことは つまり ― 生身の シマムラ ジョー なのね!
つまり サイボーグのクローン は有り得ないのだ。
「 そうか ・・・ それで ・・・ < 009 > はホンモノみたいに強くないのね。 」
この島で出会った時に すぐにわかった。
― これは 彼 ではない ・・・
彼女の、いや 恋する女性の心が直感的に判断した。
理屈ではない。 説明することもできない。 でも 感じた、 ジョーではない、 と。
「 だったらこっちも手加減しないといけないのかしら?? ・・・ あ!! 」
気を回していた分、足元が疎かになり、一瞬、岩場に足を取られた。
「 ・・・ しまった・・・! ・・・・・!! 」
次の瞬間。 後に存在を感じ ― ぐい、と首を押さえられてしまった。
「 ― ・・・・ く ・・・ゥ ・・・・・! 」
片手でしっかりと銃も握られてしまい、首を圧迫する腕はどんどん強くなってゆく。
・・・ だ だめ だ わ ・・・
目の前に紗幕が そして 暗幕が下りてきた ― その時
「 その手を離せ! ニセモノめッ ! 」
誰よりもよく知っている声が ぴん!と響いた。
「 ・・・じ じょ ・・・ ー ・・・ 」
「 オレらもいるぜ〜〜 」
「 ふん。 シロウトは修羅場なんぞに来るな。 」
ジョーの後ろから 見慣れた・そして頼もしい仲間達が姿を現した。
「 み ・・・ ん ・・・ な・・・ 」
「 おう、来たぜ。 お前はこっちに来な。 」
「 彼女を放せ。 ・・・ 聞こえないのかッ ! 」
シュ ― ・・・! 怒号と共に声の主の姿は消え 次の瞬間、彼女も消えた。
「 ! な なんだ??? なにが起きた? 」
マリサが明らかにうろたえている。
「 ふふん ・・・ オレ達のことを随分研究したんだろうが よ、
この程度のことで慌てるとはなあ〜 勉強不足だぜ! 」
「 お〜い ボーイ? 姿 現してやれよ〜 お前が消えてがっかり、だと。 」
グレートがにやにや・・・まぜっかえす。
カチ。 小さな音と共に、怒号の主が忽然と現れた。
「 ?! 」
「 フランは ― 返してもらったよ! おい、 フラン! 大丈夫かい? 」
「 ・・・ え ええ ゴホ ・・・ ッ! 」
「 あんまり無茶するなよ ・・・ ああ! 咽喉がこんなに赤くなって ・・・ 」
「 へ いきよ。 それよりも ヤツら ・・・ クローン ・・・ 」
「 うん。 博士に聞いた。 フリードキン教授の研究はクローン胚の培養だったんだ。 」
「 ったくなあ〜 胸糞わりィ! おい、009、 もう一回 <焼却> しちまおうぜ! 」
ゼロゼロナンバーたちは じわり、マリサとニセ009に迫った。
「 ! く ・・・ そっ〜〜! おい、<009> ! 仲間を呼びなさい! 」
「 了解。 」
「 <009> は無表情のまま頷くと腕時計らしきものを操作した。
「 ? ・・・ アレは 通信機器か? 」
「 ふふん。 ニセモノでございって白状したようなものだ。 」
「 アルベルト・・・ うん。 ヤツらには 脳波通信ができない。
いや、というよりも ヤツらには一切のメカ部分が無いんだ。 」
「 つまり ヤツらは生身の人間ってことか?! 」
「 ああ! 妙な言い方だけど、正真正銘のクローンなのさ! 」
「 ― 来たわ! 」
岩場の向こうから <ゼロゼロ・ナンバー・サイボーグ> 達が現れた・・・!
「 ほっほ ・・・ うじゃうじゃ登場や。 こんなん、雨後の筍、いうのんやで。 」
「 ジョーの言う通りよ。 彼らは ― 皆生身の・・・普通の人間 なのよ。」
「 ・・・! そうか ・・・ クローンってことは。 我輩らの ・・・ 」
「 ええ。 わたし達の本来の姿 なわけ。 すごい皮肉よね ・・・ 」
「 けっ。 イヤミなヤツ ! 勝手にオレをコピーしやがってよ! 」
短気は赤毛は もう空中に飛び出した。
「 お前たち ! 全力で防戦しろ! 私が脱出するまで時間を稼げ。 」
マリサはそういい捨てると さっと身を翻した。
「 ― 逃がさない・・・! 」
「 追って! ジョー ・・・ 」
「 うん。 」
「 お〜〜っとオレ達を無視するんじゃね〜ぜ! 」
「 ここは俺に任せろ! お前はあの女を追え 」
メンバーズは分散して <ゼロゼロ・ナンバーズ> と対峙する。
ジョー は そのままマリサの後を追う。
「 待て −−−! 」
≪ ジョー! 島の平地部分にヘリが隠してあるわ! アレで逃げられる前に ! ≫
≪ サンキュ フラン。 おい、大丈夫か!? ≫
≪ ちょっと! 誰に向かっていっているの? わたしだって003! ≫
≪ はい はい 了解しましたヨ ≫
≪ ジョー −−−! ≫
久々の彼女の怒鳴り声をちょっと楽しんでから ジョーは通信を切った。
そして ― すぐにマリサを追い詰めた。
島の北端、切り立った崖っぷちにまで彼女を追った。
「 もう観念したらどうだ? 」
「 くそッ ! < 009 >!! すぐに来い! 島の北端の岬だ! 」
マリサは小型通信機に向かって怒鳴っている。
「 あ〜 もう無駄だと思うな。 君の作ったゼロゼロ・ナンバーズは もう ・・・ 」
「 ・・・! それでお前は ― 私を殺すの? 父に続いて娘も殺すのね! 」
「 君は フランを殺させようとした。 ぼく達を抹殺しようとした。
だからぼく達は反撃にでて身を護るんだ。 それだけで ― 十分な理由だと思うけど。 」
「 く ・・・ ! 」
ひとつだけ教えてくれ。 君はどうやってあの洞窟から脱出したんだ?
その後も、 ぼくよりもかなり早くこの島に来ているな。 」
「 洞窟? ハハン・・・ マリサー1 はあの場で自爆させたわ。 」
「 ・・・ じ 自爆?? マリサー1、 だって?? 」
「 そうよ。 私は マリサ-2。 」
「 ・・・ お前たちも クローン なのか ・・? 」
「 ええ。 マリサ‐1の使命は シマムラ・ジョーを呼び出してあの洞窟で始末すること。 」
「 それで 彼女は? あそこからどうやって脱出した? 」
「 だから言ったでしょう? アレはあそこで終わり。 自爆して飛び散ったわ。 」
「 !!! ・・・ 君が指図した ・・ のか? 」
「 これは父の計画に基づいたこと。 だから 父の命令でもあるわ。
マリサ-1 も マリサ-2 も。 シマムラ・ジョーを抹殺するためだけに生まれたのよ。
それは父の遺志でもあるわ。 」
「 父 って ・・・ フリードキン教授のこと か 」
「 そうよ。 」
「 お前たちは ― クローンなんだろう? なぜ 彼を父と呼ぶ? 」
「 ― 私たちを創ってくれたヒト よ。
私たち・・・ マリサ−1も私も ・・・ 廃棄されるはずの胚から生まれた。
彼が命を繋いでくれた・・・ 命への道標をくれたヒトだもの。
わたし達にとっては 父親 だわ。 」
「 ・・・ 廃棄処分 か ・・・ しかし彼の研究は違法はなんだ。 命を ヒトの命を勝手に
操作することは 許されない。 法律云々以前の問題だとぼくは信じている。 」
「 ・・・ それでも。 私は彼から命への道を拓いてもらった。
彼が失意のうちに亡くなった。 だから ― 私が彼の計画を完遂するまでだ。 」
「 だったら尚更 ― せっかくもらった命を大切にするべきじゃないのかい。 」
「 私は ・・・ 父からそんなことは教わらなかった。 」
― シュ −−− ・・・! 空から赤い防護服が降ってきた。
「 うわ?? ジェット 〜〜 ああ驚いた。 そっちの状況は? 」
「 ヘン ・・・ ! どうもこうもねェよ 〜〜 アイツら ・・・ 全部自爆しちまったぜ 」
「 え?? ぜ 全部 ? 」
「 ああ。 形勢不利になるとこっちに体当たりしてきて ボン! さ。
ったくなんて作戦だ。 自分と同じ顔に自爆されてみ? 胸糞わりぃ〜〜 」
「 ・・・ なんてことだ ・・・ 」
ジョーは呆然とし 不用意にもスーパーガンの照準が外れた。
「 それでは! 全員が使命を全うした、ということね! 」
マリサ-2は甲高く叫ぶと、 レーザーガンを己が頭に当て ―
「 お父さん! ・・・ 申し訳ありません ・・・ 」
ひと言、ひくく呟き、 彼女はトリガーを引き 崖から飛び降りた。
「 !?? あ あああ ! 」
「 きゃあ ・・・・ ・・・・ 」
ひらり ひら ひら ・・・・ 彼女は白い鳥のように宙を舞落ちてゆき やがて四散した。
「 ! ・・・・・・・ 」
「 ・・・・・ ・・・・・ 」
「 な! なんてこった ・・・! 」
「 ・・・ これで全てが終る のだろうか。 」
ビュウ −−−−− ・・・・ ヒュウ −−−−
海風が全てを吹きとばし吹き上げ ・・・ 全世界へと運んでいった。
帰りのドルフィン号の中で サイボーグ達は珍しく無口だった。
通常ならミッション成功の折には おおいに昂揚し陽気になるのだが ・・・
「 ・・・ なにか こう・・・ 後味の悪い仕事だったな。 」
「 ふん。 ミッションはいつも同じだ。 」
「 けどよ〜〜 自分と同じ顔を撃つのは やっぱちょっとナ〜〜〜 」
自動航行に切り替え ジョーはぼんやりと窓の外を眺めている。
「 ・・・ ジョー ? 」
「 ぼくたちだって あのマリサとあまり変わりはない・・・かも ・・・
創られた命 だから ・・・ 」
「 ちがうわ。 あなたも皆も わたしも ― 彼らとはちがうわ。 」
「 フラン ・・・ 」
「 たとえね 生身じゃない機械の身体でも ― わたし達には心配してくれるヒトがいるもの。 」
「 心配? 」
「 わたし達のことを心にかけて いつだって親身になってくれるヒトが いるじゃない。 」
「 そうだ。 オレたちには ギルモア博士がいる。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーは やっと笑顔をみせた。
「 機械でも ね。 大切に大切に愛してもらうとちゃんと命が宿るって聞いたことがあるの。
あれは 本当よ。 ねえ? 皆! 」
「 ああ そうさ。 さあ〜〜 ウチへ帰って ― 宴会だぁ〜〜 」
「「「「 了解 〜〜〜 」」」」
ドルフィン号は陽気な音を上げて ぐっとスピードを上げた。
― その帰路、後部デッキにて ・・・
「 ・・・ ねえ フラン? 」
「 なあに。 」
「 あの さ。 蒸し返すようだけど ・・・ あの時、 どうやってニセモノを見分けたの?
能力 ( ちから ) を使ったのかい。 」
「 うふ。 違います♪ 」
「 え ・・・ 」
「 あの ね。
たとえ千人のクローンがいても わたしのジョーは この世には一人しかいないもの、
すぐにわかるわ♪ うふふ ・・・ あ い し て る ♪ 」
「 うわ ・・・ んんん ・・・ 」
「 ・・・・んんん♪ 〜〜 」
その後 ジョーはもう例の < ぼく達はべつに そんな > を 言わなくなった らしい。
******************************* Fin.
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Last
updated : 10,23,2012.
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********** ひと言 **********
結局は はっぴ〜えんど なのですが ・・・・
原作ジョーじゃなくて なんとなく平坊っぽいかも