『 ウチの庭には ― (1) ― 』
とある晴れた冬の朝 ― 天使が二人、ジョーとフランソワーズの元に舞い降りてきた。
待ちに待っていた天使は 碧い瞳の女の子 と 茶色の瞳の男の子。
若い父親は 泣き笑いしつつ我が子達をしっかり両腕に抱いた。
若い母親は そんな夫を世界で一番ステキな男性だ、と誇りに思った。
そして ― 島村さんち の 育児戦争 が勃発した !
オムツとミルクと寝不足と ・・・ ぷにぷにの笑顔! との格闘の日々だった。
クリスマスもお正月も遠慮がちに こそっと脇をすり抜けてゆき
気がつかないうちに 桜は葉桜になり ミンミン蝉の声も気にならず・・・
カレンダーをめくることさえ 忘れ ― というよりそんなヒマなどなく。
島村さんち の おと〜さん と おか〜さん は 二人のチビとの闘争に
明け暮れた。
ジョーは 仕事がちょうど忙しい年代、というより 彼は仕事の方でも
< 波に乗った > 時期と重なり、 帰宅が深夜に近くなることが多くなった。
編集部勤務 ということで朝は若干遅いのであるが ・・・
ある日、 もう深夜に近い時間、 ジョーとフランソワーズはリビングで
ぼそぼそ話し合っていた。
遅い晩御飯 − というか夜食が終わり、ジョーはほっと寛いでいる。
「 あ〜〜・・・ 美味かったぁ〜〜 こんな時間にゴメン 」
「 あら いいのよ ジョーこそお仕事、ご苦労さま。
ねえ このごろジョーってばちょっと楽しそうね? 」
「 あは そんな雰囲気するかな〜〜 ウン、実は忙しいんだけど・・・
なんか さ。 あ〜 これってぼくがやりたかったことなんだ って
感じるんだ 最近ね 」
「 まあ それって ジョーの天職ってことじゃない?
」
「 そうかな・・・ 」
「 そうよぉ〜 これだっ! って思える仕事に巡りあえるって
最高にシアワセなんだな〜〜って思うわ 」
「 ウン・・・ かもしれない。 」
「 頑張って! いい仕事、してください。 」
「 ありがと♪ ・・・ けど チビたちに会える時間がさあ・・・
う〜〜〜 ああ 可愛い寝顔だ ・・・ 」
彼は リビングに置いてあるベビー・ベッドを覗きこむ。
木製のちょっと古風な、そして広めのベッドには 色違いの小さなアタマが
並んでいる。
「 あは ・・・ すぴか〜〜 すばる〜〜〜 お父さんだよぉ〜〜〜 」
ジョーは そう・・・っと彼の娘の髪をなで 彼の息子のホッペに触れた。
「 ふふふ ・・・ おと〜さん おかえり〜〜って 」
「 あ〜〜〜 もう天使だよなあ 」
「 眠っている間は ね。 起きてる時は ― 小悪魔よ! 」
「 そうかもなあ・・・ 最近 破壊戦線に従事してるんだろ? 」
「 そ! ハイハイしてって 手当たりしだいに ― 引きちぎってるわ!
すぴかはもう 破りまくりだし すばるはまず! 舐めて見るのよ 」
「 うへェ・・・ まさか 博士の文献とかには手を出してないよね?? 」
「 それは大丈夫。 まだ分厚い本を破れる力はないの。
けど ― 手近な紙類は 二人の餌食よ 」
「 まあ 新聞とか雑誌なら ・・・ 仕方無いよなあ 」
「 それですめば ね。 」
「 ― すまなかった・・・・? 」
ジョーは恐る恐る聞いてみた。
「 はい。 我が家では今後チビ達は大きくなるまで 和室には入れません。 」
「 ・・・ 連れていったのかい? 」
「 な〜んにもない空間なら安全かな〜って思ったんだけど。
チビ達は安全だったわ。 でも お部屋は < 安全 > じゃなかったの。 」
「 ― チビ達の 魔の手に かかった?? 」
「 ぴんぽ〜〜ん☆ 」
「 うは・・・ それで和室は出入り禁止 なんだ? 」
「 そ。 最初はね 〜 畳が気持ちよかったらしくて ころころ〜〜〜
転がりあって 喜んでいたわ。 」
「 うわ〜〜〜 可愛いなあ〜〜〜 仔犬みたいだね 」
「 ええ でもね 転がってきゃっきゃ言ってたのはほんの5分くらい ・・・
すぐにすぴかは ふすまのところに這っていって 」
― 以下 実況中継☆
「 ほうら 〜〜 気持ちいいでしょう? 」
「 きゃわ〜〜〜 おか〜しゃ〜〜ん ころころころ〜〜〜 」
「 ・・・ 僕もぉ ころころころころりん 」
「 きゃわ きゃわ〜〜 す〜ばる〜〜 」
「 うにゃ〜〜 すぴかぁ〜〜 」
双子たちは 歓声をあげてタタミの上を転げまわっている。
「 ほほう・・・ 二人ともご機嫌じゃなあ 」
博士も一緒に子供たちを連れてきてくれたが 安心した様子だ。
「 はい 気に入ったみたいですわ。 」
「 タタミはほんに気持ちがいい。 適度にクッション性もあるし安全じゃろう 」
「 そうですね。 あ わたし一人で見ていますから・・・ どうぞ
お仕事に戻ってくださいな 」
「 そうかい? 実はちょいと急ぎの事案があってな ・・・
書斎にいるから ― なにかあったらすぐに声をかけておくれ 飛んでくるからな 」
「 はい。 お願いします。 」
博士は もう一回、和室を覗くとにこにこ顔で書斎へ引き上げていった。
「 ふふふ ・・・ ここならいくら転げまわっても安心よね〜〜 」
「 おか〜〜しゃ〜〜〜ん ♪ 」
「 あら すぴか。 端っこまで行っちゃったわね〜〜 」
「 ウン! わ〜〜〜い 」
フランソワーズの小さな娘は うんしょ・・・っとつかまり立ちをすると
小さな手が ― 襖に伸び。
ぷすん。
「 !!! 」
落ち着いたクリーム色とセピア色のツートン・カラーの襖には 無残にも
ちっこい穴が 五コ、一遍に穿たれた。
軽い方がいい、と 簡易仕様な襖にしていたのだが ― アダとなった。
「 びりびりびり〜〜〜 か? 」
「 そ。 だめ〜〜っていう暇なんかなかったわ。 すぴか、手先が効くじゃない?
あっと言う間に 指っこんで穴あけて ぴ〜〜〜〜って 」
「 うへえ・・・ 今度の日曜に ぼくが張り替える 」
「 しばらく無駄かも。 大急ぎで だめですよ〜 って離したら 今度は障子よ。 」
「 障子? ・・・ ああ 窓に飾り障子が一枚あったな 」
「 ええ ・・・ すごくいい雰囲気出してて大好きなんだけど ・・・ 」
「 あは・・・ たちまちすぴかの魔の手が伸び〜〜〜ってことか
」
「 そ。 」
― 再び・実況中継
「 すぴか! だめよっ 」
フランソワーズは すばるを抱っこしていたので すぐに動けない。
「 おか〜〜しゃ〜〜〜ん♪ ぷっすん ぷっすん ぷっすんすん♪ 」
「 あ あああああ ・・・ 障子がア 」
障子は たちまち穴ポコだらけになっていった・・・
「 すぴ〜〜〜か〜〜〜 僕もぉ〜〜〜 」
フランソワーズの腕の中で すばるがばたばた脚を動かしている。
「 こらあ すばるぅ〜〜 」
「 うっきゃ〜〜〜 ぷっすん ぷっすん ぷっすんすん〜〜〜 ばりりん♪ 」
「 僕もぉ〜〜 僕もぉ〜〜〜 」
「 ああ ああ やめてちょうだい〜〜 すぴか 〜〜〜 」
フランソワーズはもう半ベソだった・・・。
ギルモア邸は 基本は玄関で靴を脱ぎ 室内ではスリッパ・・という現代日本風だ。
個室はほぼベッドとシャワーがつく洋風なのだが 一間だけ和室がある。
二階の奥にあり いつも静かな雰囲気を湛えている空間だ。
床の間を置き 襖で出入りをし あえてなにも家具を置いていない。
「 ほう ・・・ これは いいのう ・・・ そうじゃ アレを・・・ 」
博士は 相好をくずし、床の間にはコズミ博士から頂いた掛け軸を下げた。
「 あ いいですねえ・・・ なんかほっとするな ぼく 」
さすがというか やっぱり日本人なジョーの感想だ。
「 ふうん ・・・ これが 日本式のお部屋なのね 〜 いい匂い・・・ 」
「 うん? ああ これはね〜 畳の匂いさ。 ふんふん〜〜〜 いいなあ 」
「 タタミッて このマット? そうなの・・・ 枯草みたいな匂いね
秋の収穫祭の後みたい ・・・・ ふう〜〜〜ん 」
フランソワーズもイグサの香が気に入った様子だ。
「 ふむ ふむ・・・・やはり一間和室にして正解だったのう 」
「 そうですね〜〜 ああ いいなあ〜 」
ジョーはさっそく畳に顔を押し付け そのままつっぷした。
「 へえ 日本のお部屋って そうやって香をかいで横になるものなの? 」
「 いやいや・・・ 彼はただ行儀が悪いだけじゃよ 」
「 まあ そうなんですか? ああ でも ・・・うふふ ちょっと脚を伸ばして
みてもいいですか? 」
「 もちろんじゃよ。 いやあ・・・・ なんともほっとする空間じゃな 」
「 ね〜〜 ・・・ ああ 寝ちゃいそうだよう〜〜〜 」
ジョーは本当に昼寝をし始めてしまいそうだ。
「 あらら・・・ ジョーってば・・・ でも・・・不思議なマットですねえ
タタミって。 適度にやらわかくて・・・ 植物のやさしさかしら。 」
「 ふむ・・・ 健康にもいいな。 高温多湿の時期にも気持ちがいいだろうよ 」
そして この和室は皆の休息の空間となった。
博士は 時に静かに瞑想し フランソワーズは脚を伸ばしタタミの香を楽しみ
ジョーは ごろ〜〜んと大の字になり昼寝をするのだった。
しかし。
そんな平和な日々は ― 二人の天使によってあっけなく、文字通り 破られたのだった・・・
「 あちゃ ・・・ 障子張りも ― ぼくがやるよ 」
「 ごめんなさい、お願いね。 もうね・・・ あっと言う間に 」
「 指 つっこんだ? 」
「 そ。 それも 両手。 」
「 うはは ・・・さすが すぴか ・・・ 」
「 もう豪快っていうか破壊的っていうか ・・・ 」
「 へえ ・・・ あれ すばるは? 」
「 すばるはね 気がついた時にはタタミを舐めてたの! 」
「 え なめる? 」
「 そ。 まあね すばるは普段から なんだって初めてのモノはかならず
口にいれてみるんだけど 」
「 味見 するのか ・・・・ 」
「 味・・・ってか舌で確かめているのかもね 」
「 う〜〜む〜〜 」
「 この前ね〜 ほら海岸通りの外れに神社があるでしょう? 」
「 あ ああ・・・ 初詣にゆくとこだろ 」
「 そうよ。 あそこまでお散歩に行ったときに ・・・ 猫さんがいたの。 」
「 ・・・ もしかして すばるのヤツ? 」
「 当たり。 フレンドリーな猫さんが、近寄って来た時にね ・・・
そしたらすばる、にゃんにゃん〜〜 とかいいつつ − ぺろり。 」
「 げ★ びっくりしたろ? 」
「 猫さんが ね。 すっとびあがって逃げちゃったわ 」
「 だろうなあ ・・・ 」
「 だからね、和室でも 」
「 方々舐めまくり か 」
「 そ。 オマケに柱に歯型を残したわ 」
「 げげげ ・・・ ゲテモノ喰いか 」
「 食べるっていうか・・・口で探索しているらしいだけど ・・・
ホコリもあるし・・・だめよって言っても聞かないのよ 」
「 ふうむ・・・ 腹 壊さなければ・・・ いっか 」
「 そう思うことにしたわ ・・・ 」
「 ・・・ 次の日曜、 和室の全面的な掃除、するよ 」
「 お願いします。 お休みの日にごめんなさいね 」
「 いや・・・ ごめん はぼくの方さ きみだけにチビたちをおしつけてしまって・・・ 」
「 いいの。 ジョーはお仕事、頑張って! だってジョーの夢 でしょう? 」
「 そうなだけど ・・・ でもな < おとうさん > になることだって
夢 だったんだ〜〜 」
「 ちゃ〜〜んと お父さん してくれてるでしょ〜
わたし、辛くなったらすぐにSOS するわ。 だから安心してよ 」
「 う ・・・ けど ・・・ きみだってレッスンとか ・・ 」
「 今は わたし < おかあさん > 役に専念したいの。
だって わたしだって お母さん になるのが 夢だったんだもの 」
「 ごめん 」
「 いやあねえ 謝らないでよ、ジョー。
わたし達 戦友 でしょう? お互いの状況をしっかり認識して
協力戦線を張ってゆかないと ― あの強敵には敵わないわよ 」
「 あ は 確かにね 強敵 だ。 」
「 そうよぉ〜〜 テキは一人じゃないんだもの。
知ってる? あの二人もね〜 共同戦線張ってるの! 」
「 え?? チビたちが・・・? 」
「 そうよ! ミルク〜〜〜!! って泣き出すのも、オムツ〜〜〜って喚くのも。
ちゃ〜んと時間差攻撃なんだから! 」
「 あ は そうだねえ あ? ウワサをすれば〜〜 」
「 あ〜〜〜 ・・・ すぴかが喚き始めたわあ 」
二人は 首を竦め ― 苦笑しあう。
「 ・・・ 頼む。 できるだけぼくも戦線に参加する 」
ジョーは 手を差し伸べると細君の手をきゅっと握った。
「 了解。 」
フランソワ―ズは握られた大きな手をしっかりと握りかえした。
うえ〜〜〜〜〜〜〜ん え〜〜〜〜ん
すぴかは大々的に 吼えだした!
「 はいはい〜〜 すぴか〜 今ゆくわよ〜 」
「 じゃ すばるは引き受けた。 」
「 お願いね〜 」
おと〜さん と おか〜さん は ベビー・ベッドに駆け付けた。
数日後 ― ジョーはいつもより早く帰宅した。
「 お帰りなさ〜〜い ジョー。 今日は早いのね 」
「 あは これが定時帰宅だよ〜〜 ただいま フラン 」
「 んん〜〜〜〜〜 」
二人は玄関であつ〜〜いキスを交わす。
「 ・・・ んふふ あ ご飯が先? お風呂? 」
「 ちび達! まだ起きてるだろう? 」
「 ねんねしてるわ。 」
「 う・・・ 顔みるだけにしとくか ・・・ 」
「 うふふ それじゃ 晩御飯、用意しておくわ。
博士もお呼びしましょ。 皆でご飯 よ♪ 」
「 うん 頼む。 えっと〜〜 まずは手を洗ってウガイして ・・・
そうだ 服も着替えてっと。 外の細菌を持ち込まないようにしないとな〜 」
ジョーはぶつぶつ言いつつ 着替えに行った。
「 へえ〜〜〜 結構気が回るのねえ・・・ ま チビ達大事なのよね 」
クスクス笑いつつ フランワーズはリビングに戻った。
「 ご馳走様でした あ〜〜〜 美味かったぁ〜〜 」
「 ご馳走さん。 うむうむ いい味じゃった・・・ 」
久々に大人三人で 晩御飯のテーブルを囲んだ。
チビっこ軍 は気を使ったのか、珍しくずっとイイコでねんねしていたのもあるが・・・
「 ふふふ ゆっくりご飯食べられてウレシイわあ・・・ 」
「 ほんになあ 今日は静かじゃな 」
「 え ・・・ いつもは ・・・? 」
ジョーは 博士とフランソワーズの会話に 怪訝な顔をしている。
「 ああ あのね、どちらかが必ず ぐずぐずいい始めるから ・・・ 」
フランソワーズは苦笑いしつつ 食器をさげ始めた。
「 そ そうなんだ? 」
「 お母さんが最後まで食卓に座れるのは めったにないんじゃよ 」
「 え ・・・? 」
「 うふふ もうね〜〜〜 起きた〜〜〜 おなかすいた〜〜〜 オムツ〜〜〜
ってね。 それも二人、 時間差攻撃しかけてくるから 」
「 そうなんじゃよ 」
「 ― 大変 なんだね ・・・ 」
「 そうでもないわ。 博士も手伝ってくださるし ・・・ わたしもね〜
手際がよくなってきたし ね。 」
「 でも ・・ 食事もゆっくりできないなんて ! 」
「 もうちょっと大きくなれば 少しは楽になると思うわ 」
「 けど。 あ そうだ そうだ。 ぼく、今日は重大発表があるんだ 」
ジョーは にこにこして 立ち上がった。
「 まあ なあに、ジョー。 」
「 うん あの ・・・ あ チビ達は大丈夫かな〜〜 」
「 え〜〜 ええ すぴかもまだ す〜す〜ネンネしてるわ 平気よ 」
「 よかった。 それじゃ − え〜〜と フランソワーズ。 」
「 はい?? 」
「 来週からさ レッスン 行けよ。 朝のレッスン。 」
「 え いいの? 」
「 いいのって ・・・きみの仕事だろ? 」
「 だけど ― だめ! すぴかとすばるが 」
「 ぼく が世話する。 」
「 ! だって ジョーこそお仕事が 」
「 島村は〜 育休を申請し、認可されました。 」
「 いくきゅう?? 」
「 お〜〜 そうか! それはよかったのう〜〜 」
怪訝な顔のフランソワーズより先に 博士が声をあげた。
「 いくきゅう ってなんですか?? にゃんこの足の裏のこと? 」
「 あ〜れは 肉球! 」
「 育児休暇 のことじゃよ。 フランスにもあるだろう? 」
「 いくじきゅうか・・・ ええ ええ ありますけど・・・日本にも・・
っていうか ジョーの会社でも?? 」
「 ウン。 編集長と部長に言われた。 ちゃんと育休とって子育て戦線に
参加しろって。 」
「 まあ ・・・ 」
「 で さ。 ぼくがチビ達をみてるから きみはレッスン再開しろよ。
そんでもって ぼくの育休明けからは 保育サービス とか利用しようよ 」
「 おいおい ジョーよ? この家には もう一人、人手があるぞ? 」
博士が えっへん、と咳払いをした。
「 はい? 」
「 ワシが! 午前中くらい チビさんたちの面倒をみる!
もうちょいと大きくなれば 母さんオンリーじゃなくても大丈夫じゃろう 」
「 博士! でもそんな〜〜 博士だってお仕事が
」
「 なに、リビングにいろいろ持ち込ませてもらうさ。
そうすれば チビさん達の相手をしつつ・・・ 少し仕事もできる 」
「 でも でも そんな ・・・ 」
「 フランソワーズ? 今しか ない のじゃぞ 」
「 はい? 」
「 こんなに可愛い < 孫 > たちの相手をできるのは 今だけ なんじゃ
ワシにもその特権をすこし分けておくれ ・・・ 」
「 博士〜〜〜〜 」
「 だから きみも。 きみの仕事復帰に向けてスタートしろよ?
チビ達だって 踊ってるお母さん が好きさ 」
「 でも でも ・・・ 」
「 あは しばらく休みすぎて自信ないのかな〜〜 」
「 ま まあ! そんなこと! ・・・・ ある かも ・・・・ 」
「 あっという間に 幼稚園、小学校さ ― ってのは部長の意見だけど 」
「 ・・・ ほ 本当にいいの? ジョー・・・ ジョーのキャリアにマイナスに
ならない? 」
「 そんなコトくらいでポシャると思ってる? ぼくのこと 」
「 ううん! 」
フランソワーズは ぶんぶん首を振る。
「 新しい視点を見つけるかもしれないな〜 それにね・・・ 本心をいうとぉ〜 」
「 本心をいうと? 」
「 ぼく チビ達と一緒にいたいんだあ〜〜〜〜〜
ぼくにも この特権を分けてくれぇ〜〜〜 ってこと! 」
「 うふふ ・・・ 了解。 じゃ いろいろ・・・特訓よ! 」
「 特訓? 」
「 ジョーがオムツ替えのプロなのはわかったわ。 あとは離乳食の作り方とか
すぴかの行動範囲の認識 と すばるのご機嫌の取り方 とか よ 」
「 うわ〜〜〜 そりゃ 難題だね〜〜〜 しっかりご教授ください 」
「 了解です。 わたしも きゃ〜〜〜 ダイエットしなくちゃ〜〜〜 」
ジョーは 彼の細君の笑顔が フランソワーズは 彼女の夫君の笑顔が
とっても とっても 嬉しかった。 自分のことなんかよりも ずっと。
「 ふむふむ〜〜 協力してチビさん達と付き合おうな。 」
「 そうですね! 」
「 うふふ 美味しい紅茶、淹れます。 乾杯しましょ 」
「 あ いいねえ〜〜 」
「 ほっほ〜〜 ちょいとブランディでも入れるかの 」
「 きゃ♪ 」
< 家族 > は しっかり共同戦線を張った。
キ ・・・・ アイアン・レースの門が少し軋んだ。
足元には 凝った字体の表札が揺れる ― Ballet Studio ―
「 うふ・・・ まだヘンな音がするのね。 た だ い ま ♪
やっと帰ってこられたわ 」
フランソワ―ズは足を止め 蔦が絡まっている建物を見上げた。
朝陽の中 少々年季は入っているが 相変わらず凜として見えた。
「 また 踊れるわ。 踊れるの わたし ! 」
涙が滲み 周りの景色がぼやけてきた。
「 あ〜〜〜 おはよ〜〜〜 フランソワーズ〜〜〜 待ってたよ〜〜〜 」
賑やかな声が聞こえ ぽん、と肩が叩かれた。
「 あ みちよ〜〜〜 おはよう〜〜〜 」
「 おっはよ〜〜 おか〜さん♪ 」
「 うふふ〜〜〜 おか〜さんになって戻ってきたわ。
また今日からね プリエ から始めまあす 」
「 ね〜ね〜 今度 チビちゃん達の写真 みせて〜 」
「 あは 見てくれる? 」
「 見たい〜〜〜 あ 急がないと 」
「 そうね! うふふ 今日は一番後ろからついてゆくわ 」
「 え〜〜〜 よく言うよぉ〜〜 」
「 ホントだってば。 ポアント、恐いわあ〜〜 」
「 まあたまたあ〜〜 さ 着替えようよ 」
「 ええ! 」
二人は笑いつつ 更衣室に向かった。
「 お早う〜 さあ 始めますよ セカンド・ポジション! 」
マダムの声と共にピアノの前奏が始まった。
ああ ・・・ ! またこの空間にいるのね、 わたし・・!
フランソワーズは わくわくしつつレッスンに加わった。
しかし。 シアワセ気分 は たちまち雨散霧消した。
! なんだってこんなに ・・・ 脚が重いの??
え?? どうしてここまでしか上がらないの??
!!! これ ・・・ わたしの身体??
ウソよっ! こんなの ・・・ わたしの身体じゃないっ!
これと似た気分は 以前にも味わったことがある。
あれは ― 悪夢の日々からようやく逃れ完全自由の身になった後だった。
夢にまでみた 踊りの世界 に復帰したとき、 彼女はまったく違ってしまった
自分自身の身体に驚愕したものだ。
子供の頃から訓練してきた筋肉や関節は まったく違うモノに置き換えられていた・・・
・・・ もう一度 やる! それしか ないのよ!
彼女は歯を食いしばり努力し ― 復帰した。
そして 今回は。 幸せな休暇 からの復帰なのだ。 が。
「 はい ネクスト! ?? あと一人だれ? 」
「 あ すみません! 」
フランソワーズは慌てて自分のグループに加わった。
「 集中して! 」
「 ・・・・ 」
こっくり頷き 彼女は踊り始めた。
集中 ・・・ してるつもりなんだけど。
ああ 今 ・・・ いつもならオヤツの時間ねえ ・・
― すぴか すばる〜〜〜 いいコにしてる??
なんとか身体が動くようになるに従って 彼女のアタマの中で
二つの笑顔がちらちら・・・し始めた。
だ だめよっ ! 今はクラスに集中しなくちゃ
彼女はアタマを振って 世界で一番愛らしい笑顔を追いやった。
「 はい いいわね? え〜と 4人づつね〜 」
ぱぱぱっと振りを指定すると マダムはに・・っと笑った。
「 うへぇ 〜〜〜・・・・で パディシャ パドブレ 右 左〜〜 で 」
みちよが隣でぶつぶつ言っている。
「 ん〜〜〜 タン・ド・キュス シソンヌ〜〜 で 」
フランソワーズも宙に視線を据えたまま・・・振りを復習している。
「 はい〜〜〜 ゆくわよっ ファースト・グループから 」
先輩のダンサーたちが さささ・・・っとセンターに並んだ。
「 はい ピアノ お願い 」
〜〜〜♪♪ 八分の六拍子、軽快な曲が始まった。
「 う・・う〜〜〜 そっか ・・・ 」
「 あ ああいう風に取るのね 」
フランソワーズは 今日はラスト・グループなのでしっかり先輩たちの
動きを観察して ・・・
「 はい ラスト・グループよ 」
「 ・・・ ! 」
早足で センターに並ぶ。
大丈夫、振りはしっかり覚えた! 音の取り方もわかった!
フランソワーズは ぐ〜〜〜っと集中した ― が。
おか〜〜〜しゃ〜〜〜〜ん♪
突然 すぴかの声が聞こえた・・いや 彼女の心の中に響いた。
え??? なあに どうしたの すぴか?
その途端 ―
「 ! あ・・・! 」
ステップを間違えた。 アレグロ ( 速いテンポの踊り ) で一つステップを
ミスると その後は完全に乗り遅れてしまう。
「 ・・・・ ! 」
彼女はすごすご・・後ろに下がった。
「 どしたの?? 足 どうかした? 」
一つ前のグループで踊ったみちよが声をかけてくれた。
「 ・・・ ウウン ・・・ 間違えたの ・・・ 」
「 あ はあ〜〜 」
「 だめね 集中力低下! 」
タオルに顔を埋めて・・・涙も一緒に拭きとった。
・・・ クラスはもう散々な結果だった。
「 はい お疲れさま〜〜 」
ダンサー達は優雅にレベランスをした後 拍手をし、クラスを終えた。
「 あ ・・・ もう〜〜〜〜 」
フランソワーズは タオルでも蹴飛ばしたい気分だ。
せっかくクラスに出られたのに〜〜〜
なんでもって集中できないのよ〜〜 わたしってば!
「 あ〜〜 つっかれた〜〜 ねえ フランソワーズ、 久し振りにさ
お茶でもしてかない? 」
みちよがちょんちょん軽い足取りでやってきた。
「 みちよ・・・ 上手くなったわねぇ 」
「 え〜〜 そんなコトないよ〜 グラン・フェッテ、飛んじゃったし〜 」
「 でもちゃんと32回 回ってたじゃない? 」
「 ま〜ね〜 でもガタガタだよ 」
「 わたし ・・・ もう全然・・・ 」
「 そりゃ久しぶりなんだもの、しょうがないよ。 おか〜さん 」
「 ・・・!!!! いっけない! 」
「 なに?? 」
「 のんびりしてられないわ。 ごめんね みちよ。 わたし 帰らなくちゃ! 」
「 あ 予定あるの? 」
「 チビ達が〜〜 ごめんね、また誘ってね〜〜 」
「 あ うん ・・・ またねぇ〜〜 」
ぱたぱたぱた・・・! フランソワーズは荷物をひっつかむと更衣室に駆けこんだ。
い 急いで帰らなくちゃ!
ああ〜〜 二人とも博士を困らせているんじゃないかしら ・・・
すばる〜〜〜 ず〜〜〜っと泣いてるかも・・・
すぴか! カーテン、破っているかも!
ああ ちゃんとお昼、食べたかしら !!
お母さん は 加速装置!! で 帰宅していった。
Last updated : 11,15,2016.
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************ 途中ですが
お馴染み 【 島村さんち 】 シリーズ♪
おか〜さん は どうもなかなか・・・ 大変です (>_<)