『 冬がきた ― (2) ― 』
― その朝。
わ〜〜い お日様〜〜〜 おはよ〜〜
元気 くださいね〜〜
フランソワーズは ますます高くなってゆく空を仰ぎ大きく手を振った。
「 いってきま〜〜す ! 」
「 おお 気をつけてな 」
「 はい 」
玄関先で博士に手を振って 元気に家を出た。
わあ〜〜 空気 冷たいけど、気持ちいい!
さあ 今日は頑張るわ!
うふふ〜〜 お気に入りのレオタードだし
ポアントも ちゃんと点検したわ。
さ〜〜あ 今日は ぶんぶん回っちゃう♪
ふんふんふ〜〜〜ん♪
ハナウタ混じりに 家の前の坂を降りた。
「 う〜〜ん 足の具合もいいし♪ ふふふ〜〜ん♪
あ ちょうどいい時間ね〜〜 」
いつもの バスがやってきた。
朝は さすがに寝過ごすこともなく電車を乗り継いだ。
「 ふんふ〜〜ん♪ いつもより一本早いメトロに乗れたわ。
よゆ〜〜で〜す 」
毎朝走っている道も ちょっと周りを見回す余裕もあった。
ふう〜〜ん ・・・ 街中でも紅葉、キレイね〜
・・・ あ? なんか実が生ってる〜〜
赤いのと 紫もあるわ!
あれ なんだろ?
いつもの道にも 小さな発見があった。
「 おはようございま〜す 」
元気よく更衣室のドアを開ける。
「 あ おはよう〜〜 フランソワーズ 」
「 おはようございます〜〜 」
「 フランソワーズ〜〜〜 おはよっ 」
隅っこからみちよも手を振っている。
「 おはよ〜〜 みちよさん。 」
「 元気になったね〜〜 」
「 ウン! 昨日のね〜 がりがりくん、また食べましょ 」
「 あはは ほんと 好きなんだね〜 」
「 大好きよ〜〜 青っていうのがびっくり、だったけど 」
「 そう? ソーダって なんか青ってイメージだよ? 」
「 そうなんだ〜〜 あの味 好き〜〜 」
「 皆 好きかもね 」
「 そ〜ね あ 急がなくちゃね 」
「 うん 」
二人は 手早く着替えスタジオに入った。
「 おはよう。 さあ 始めましょう 」
マダムはいつだってどんな時だって 元気に、情熱をもって
クラスを始める。
ダンサー達は クラス・レッスンを通し、バレエのテクニックと共に
彼女の情熱も身に着けてゆく。
・・・ フランソワーズは まだまだ元気をもらえる程度だけどれど。
きゅ。 バ― を軽く握るといつだってなんとなくドキドキする。
フランソワーズは 髪のピンを刺し直し、気を引き締めた。
はい! 今日こそ ・・・ !
・・・ 失敗しない よね・・・?
頑張れる ・・・ よね
「 二番から〜〜 」
ピアノの音が流れだし ダンサー達が一斉に同じ動きを始める
いつもの光景。
勿論 フランソワーズも深呼吸して ― バー・レッスンを始めた。
嫌な気分 リセット〜〜〜
わたしの 脚さん お願いね
身体のあちこちに話しかけ 集中したつもりだ ― けれど。
は あ ・・・
なんか 緊張してる? わたしってば
いつもと同じレッスンなのに・・・
あ だめだめ そんなこと、気にしてたら・・
いつもと一緒でしょ
フランソワーズ、ず〜〜っとやってきたことよ?
ほら いつもの通りに !
意識すればするほど、動きがぎこちなくなってゆく気がする。
いけない いけない ・・・ !
気分を変えようと 何回もタオルで顔を拭った。
・・・ 決して短くはないバー・レッスン、 あっという間に
終わってしまった。
・・・ は あ ・・・
なんかちっとも引き上がってない ・・・?
バランス ・・・ どうなんだろ?
バー・レッスンは 上手くいったのかどうか・・・ それも
わからなかった。
順番を間違えたり 派手にバランスを崩したわけでもないので
バーの前後の仲間たちも 気付いてはいないだろう。
− でも。
・・・ 身体 ちっとも温まってない・・・
足先が 冷えてる・・・
ダメじゃん フランソワーズ !!
フランソワーズは 一人、焦りまくっていた。
ザワザワザワ ・・・
移動バーを片づけささっと水分補給をしてから センター・ワークに移る。
「 はい いい? まずねえ 」
ダンサー達は さっとマダムの言葉に、動きに集中する。
せ センター 頑張らなくちゃ・・・
集中 集中 〜〜〜
ほら このアダージオ、 好きな振りだわ?
先輩たちの動きを見て フランソワーズも少し笑顔になった。
「 〜〜〜で ・・・ あ ラスト・・・なんだっけ? 」
「 アラベスク バランス! じゃない? 」
「 あ そか。 ありがと フランソワーズ 」
「 さあ 次ね 」
隣のみちよと コソコソ・・・っと言葉を交わし
ラスト・グループのメンバーとして センターに出た。
さあ この振り、得意でしょう?
ふ ・・・っと。 なにか冷たい風が心に差してきた。
・・・ あ また失敗したら どうしよう・・・
回れないかも しれない・・・・
「 はい どうぞ 」
すぐに前奏が始まり フランソワーズ達のラスト・グループが
踊り始めた。
・・・ で ・・・ エカルテ・デリエール から
ここで 脇を戻して ・・・
― あ。
カタン。 ポアントのカカトが落ちてしまった。
ダブル・ピルエットで勢いをつけなくてはいけないのに・・・
当然 次のフェッテには入り遅れてしまった。
・・・ う〜〜〜 なんで???
ここ 得意なのに〜〜〜
フランソワーズはあわてて 仲間たちの振りの追いつき
なんとか 最後まで踊り終えた が。
「 フランソワーズ どうしたの、腰が 引けてるわよ! 」
マダムの声が飛んできた。
え ・・・?
思わず 両手で腰を触ってしまった。
「 どっちの意味でも ね。 みちよ、首の返し、もうちょっと早くね
じゃ 次ね〜 」
クラスは どんどん進んでゆく。
腰 ・・・? わたし、どうかしているかしら
え ・・・ どっちの意味 って どういうこと?
後ろに下がってからも 彼女は首をひねっていた。
バレエ、特にクラシック・バレエは 根本が アンディオール
つまり 股関節を外側に回す、という動作なのだ。
そのためには 腰が、背中が真っ直ぐになっていなければ不可能。
後ろに腰を引いた状態では 決してアンディオールはできない。
これは バレエを始めたチビの頃から最初に叩き込まれ
レッスンを続けてきている。
アンディオールをしていなければ それは クラシック・バレエとは
別の 違ったモノになる。
「 フランソワーズ ・・・ 次だよ 」
「 あ ・・・ 」
こそ・・っとみちよが声をかけてくれた。
「 ありがと ・・・ ! 」
あわてて ぱっと顔をあげて皆の動きを見つめる。
ああ もう〜〜〜 こんなんじゃ ダメじゃない!
・・・ クラスに出る資格、 ないわよね
「 はい 次〜〜 」
精一杯 笑顔を作ってセンターに出たけれど ―
・・・ ! ああ また 落ちた ・・・
フランソワーズは仲間たちの陰へ 陰へと周っていた。
「 最後まで気を抜かない! いい? 」
どんな些細なコトも 指導者のマダムは見落とさない。
フランソワーズは 顔を伏せたまま後ろに下がった。
・・・ なんで ・・・?
どうして 落ちるの・・・
後ろでタオルに顔を埋めつつ どんどん身体が冷えてゆく、と感じていた。
・・・ なんか 寒い ・・・
ねえ ちっとも脚が温まらないの
ぜんぜん汗が 出ないの
ねえ なんで ・・・?
・・・ もう 踊りたく ない
そんなコトは初めてなのだが ― ここに居たくない、と思った。
「 はい 次ね〜〜 アレグロは〜〜 」
マダムの説明は てんで頭に入らず ・・・
でも クラスから抜ける勇気もなく、彼女はただ ただ
漫然と動いていた。
― カタン。
フランソワーズは一番最後に 更衣室に入ってきた。
シャワー・ブースから出てきたみちよが 明るく声をかけてくれた。
「 ね? アイス 食べてこっか? 」
「 ・・・ みちよ ・・・・ 」
「 は〜げんだっつ もいいかも〜 ぱ〜〜っと さ
美味しいモノ 食べようよ 」
「 ・・・ ありがと 〜〜 みちよ ・・・ 」
さりげない彼女の気遣いが めちゃくちゃに嬉しい。
・・・ トモダチがいるって 幸せ!
みちよ〜〜 ありがとう !
滲んできた涙を ぐっとタオルで拭う。
「 うふ ・・・ だらしないわよね、わたし。
今日は じっくり反省します。 」
「 そう? あんまし 気にしな〜〜い !
皆ね〜 マダムにいろいろ言われて来てるよ 」
「 そうそう 私なんかさ〜 泣き出しそうになったら
泣いても上手くはならないわよって 」
隣で髪を直していた先輩が に・・・っと笑ってくれた。
「 え ・・・ そうなんですか? それで ・・? 」
「 ま〜 確かにクラス中に泣いてもしょうがないしね〜
むりやり営業用にっこり で続けたわ 」
「 すご ・・・い ですね〜 」
「 だあってさあ〜 そうするしかないし ・・・
レッスン続けているうちに 落ち着いたし ・・・
ま〜 ね ホント、あんまり気にしないことよ。
わらって〜〜〜 フランソワーズ 〜〜 」
「 え あ は はい ・・・ 」
「 うん そだね〜〜 今日はさ〜 ゆっくりして
ケーキでも食べて ・・・ また明日 ! 」
「 ・・・ ありがと みちよ ・・・ 」
できるだけ自然に笑顔をつくってみた。
コツコツコツ ・・・ 自分の足音がやけに耳につく。
フランソワーズは 普通に歩いているつもりだったけれど
どんどん視線が落ちてゆき 足元ばかり見ていた。
・・・ 落ち葉 いえ 枯葉だらけ ・・・
冬のコート 出しておかなくちゃ・・・
あ。 手袋とマフラーも
寒いな ・・・ さむい・・・
クラスの後なのに ・・・
さむい なあ ・・・
・・・ ねえ?
腰が引けてる ・・・って ・・・
なにか他にも意味があるのかしら
「 ・・・ 腰って。 この腰 よねえ・・・?
< どっちの意味でも > ってことは 意味が
ひとつじゃない ってことだわよねえ? 」
いくら考えてもわからないので これはもう
地元民に聞くしかない、と 諦めた。
― その夜。
岬の家では晩御飯のテーブルは いつもより静かだった。
シチュウはほかほか湯気をあげ とても丁寧に煮込んであった。
ジョーの好きな ミモザ・サラダに 炊きたての御飯・・・
博士も ジョーも おおいに堪能し大満足・・・ ただ いつもの
フランソワーズの明るいおしゃべりが 少なかった。
「 あ〜〜 美味しかっあ ご馳走さまでした 」
「 うむ フランソワーズ、 料理のウデを上げたなあ
とても美味しいシチュウだったよ ご馳走様。 」
「 あ ・・・ ありがとうございます。 」
フランソワーズは にっこりしつつ食後のお茶を淹れる。
「 ねえ 作り方 教えて〜〜 今度はぼく、作る!
あ・・・ そんなに難しくないよね? 」
「 ウン。 大丈夫。 」
「 よ〜し 次の当番の日に ちゃれんじ〜 」
「 そう? ・・・ はい お茶です。 」
「 ほ〜〜 ・・・ いい味だな。 」
「 しずおかのおちゃ ですって 」
「 ふ ん ・・・ ああ 美味しい 」
博士は 満足そうに湯呑みを抱えている。
ジョーも お茶を飲み香りを感じている らしい。
・・・ ・・・
そんなに気づまりではないが 小さな静けさが三人を蓋った。
「 ・・・ あ のさ フラン。 どうか した? 」
「 え・・? 」
「 なんか ちょこっと元気 ない よ? 」
「 そんなこと ない けど・・・ 」
「 風邪っぽいのかい? 」
博士も気になっていたとみえる。
「 いえ 大丈夫ですわ。 あ ・・・ 」
「 ? なに ?? 」
「 ええ あの ・・・ 」
フランソワーズは ちょっと言葉を切ったが、すぐに顔を上げた。
「 なに フラン 」
「 ねえ ジョー。 教えて ・・・
あのね 腰がひけてる って どういう意味? 」
「 こ 腰?? 腰って ここ? 」
ジョーも 自分の腰に手をやった。
「 そう。 レッスンで言われたの。 」
「 こう〜〜〜 なることかなあ 」
ジョーは腰を後ろに突き出し 妙な恰好をしてみせた。
「 そう よねえ? 普通 ・・・ 」
「 多分 ・・・ レッスンで言われたの? 」
「 ウン ・・・ なんかね〜〜 絶不調なの〜 」
「 ・・・ ま そういうコトもあるさ 」
「 そうなんだけど ・・・ 」
「 車だってさ いつでもいつでも快調〜〜 ってわけじゃないし。
どんなに整備してもさ、 ドルフィン号だって不調になること、
あるじゃん? 」
「 そう だけど ・・・ 」
「 あんまし気にするなってことじゃないかなあ 」
「 ・・・ う〜ん 博士? ご存知ですか 」
「 う〜む・・・? 正しい意味は わからんなあ 」
「 そうですか ・・・ 」
「 ね 美味しい晩御飯だったし。 お風呂で温まってさ〜
今晩は早く寝なよ? あ ぼく 明日、 早出だからさ
弁当はいいよ。 」
「 え そうなの? 」
「 うん。 きみにばっかり頼ってごめん。
コンビニ弁当も結構おいしいんだ。 いつもホントにありがとう 」
「 ふふ ・・・ 寝坊しないようにね 」
「 うん。 アラーム、みっつ掛ける! 」
「 健闘を祈る! 」
「 ら らじゃ 」
やっと笑顔を見せた彼女に 博士もジョーもほっこり・・・
皆 穏やかな笑顔で寝室に引き上げた。
チュン チュン ・・・・
次の朝 ― 窓辺の雀たちの声で目が覚めた。
「 ・・・ ああ ・・・ 雀さん ・・・
おはよう 〜〜〜 」
パジャマのまま 窓を開けてみた。
ひゅるる〜〜〜〜 ん ・・・
「 きゃ 寒 ・・・ ! ああ でもイッキに目が覚めたわ
ふ〜〜〜ん ・・・ 」
冷たい朝の空気を ふか〜〜くふかく吸いこんだ。
「 ・・・ いい気持ち ・・・
このまま ふう〜〜っと空気に溶けてしまえたらなあ ・・・ 」
はっくしゅ!!
「 冷えちゃった〜〜 」
くしゃみに促され 慌てて窓を閉めた。
さあ 着替えて出かける用意よ〜っと思った瞬間 ―
・・・ レッスン 行きたくない なあ ・・・
不意に そんな言葉が口からこぼれた。
「 え? そ んなこと ・・・ ない よね?
さあ フランソワーズ。 レッスンできるのよ 〜〜
幸せに思わなくちゃ だめじゃない? 」
ぷるん、とアタマを振って 気分を替えた。
さ 着替えて。 朝ご飯、作ります。
いつもと同じ時間に フランソワーズはキッチンへ降りていった。
「 ・・・? 」
博士は 怪訝な顔で壁の時計を見直した。 リビングの鳩時計も確かめた。
時計は両方とも今朝も正確に時を刻んでいた。
「 ・・・ まだ 家にいるのか・・・?
今日は レッスン、休みなのかのう 」
フランソワーズが キッチンで料理をしているのだ。
いや 朝のオムレツはもうちゃんとテーブルに並んでいて
彼女は どうもランチ用のサンドイッチを作っている らしい。
おや? あの服は いつもの普段着ではないか?
・・・ なにか あったのかの ・・・
「 博士〜〜 朝ご飯 できてますよ〜〜 どうぞ? 」
彼女の声は 妙に明るい。
「 あ ああ ありがとう。 やあ 美味しそうだな 」
「 うふふ・・・ 一緒にいただきます。
」
フランソワーズは にこやかに博士の向かい側に座った。
食後も 彼女は後片付けをきちんとやっている。
ふむ・・・・?
博士は少し考えていたが 書斎に行き、すぐに戻ってきた。。
「 あ〜 フランソワ―ズ ちょいとコズミ君の研究所に用事があってなあ
もし 時間があるなら一緒に来てくれんかね 」
「 え ・・・ わたしでいいんですか 」
「 ジョーは バイト、早出じゃったし。 コズミ君と久々に
ゆっくり話すのもいいだろうさ。
ほれ 昨日の・・・ あれも彼に聞いてみるといい。 」
「 あれ? 」
「 ほれ あの 腰がどうとか・・・ いう言葉の意味さ。
」
「 あ そうですねえ ご一緒していいですか? 」
「 勿論じゃ というより 一緒に来てくれると嬉しいのじゃがなあ
なにか差し入れを と思っているのだが なにがいいかな 」
「 はい あ 下の和菓子屋さんでお菓子、買ってゆきますね 」
「 おお いいな。 」
「 それと・・・ 裏の柿の木、実をすこしもってゆこう
確か 彼の好物だったはずじゃよ 」
「 あら いいですね〜〜 わたし、取ってきます 」
「 頼む。 」
「 はい! 」
ああ 笑ったな ・・・
午前中の明るい光の中 二人でコズミ邸に出かけた。
案の定 コズミ博士は柿の実を殊の外、喜んでくれた。
「 ふぉふぉふぉ・・・ 柿は大好物でしてな〜〜
生で食するのも、干し柿も 」
「 ほしがき ですか? 」
「 これで作って ・・・ 後日、ご馳走しますよ 」
「 わあ 嬉しい 」
「 フランソワーズ 伺ってごらん? 」
ギルモア博士がそっと口を挟んでくれた。
「 あ・・・ でも 博士のご用事は 」
「 なに、後からゆっくり、で十分じゃ。
なあ コズミくん ちょいと、この子に教えてやってくれんか 」
「 なんですかな? 」
「 はい あの・・・ 実は ― 」
コズミ博士は 相変わらずにこにこ・・・ 話を聞いてくれた。
「 で わたし < どっちの意味でも > ってわからなくて。 」
「 お嬢さん。 もし貴女が綱渡りをするとしたら どんな恰好に
なりますかな
」
「 つ 綱渡り ですか??? 」
「 そう。 細い高い橋でもいい 」
「 う〜〜ん ・・・ 多分 ・・・ こう〜〜 屈んで 」
「 そうじゃね。 そういう時、だれでもそんな恰好をしますな。
腰を後ろに引いて 後退りしそうな感じで 」
「 ええ ・・・ 」
「 そんな時 どんな気分だろうか。 」
「 ・・・ どんなって こう〜〜 気分的にも後ろ向きで
・・・ あ! 」
「 ふぉ ふぉ ふぉ ・・・ お判りかな。
そういう心理的状態を 腰が引けている と言うのじゃよ。
その件についてアイツは腰が引けている とかな 」
「 ・・・ そうなんですか! ・・・
わたし 現実の、身体のことだけを言うのかと思ってました。 」
「 まあ 両方を表現するじゃろうな。
貴女の専門、踊りの世界でも 腰が引ける のはダメなのでしょう? 」
「 はい。 よくご存知ですのね 」
「 踊りはなあ ・・・ どの踊りでも 腰が肝心 だと思っとりますよ。
貴女の先生は 貴女の心理的状態も見抜いておられるな。 」
「 ・・・ そ っか ・・・
マダムは、 あ 先生のことをわたしたちはそう呼ぶのですが・・・
すごい方なんです 」
「 ほう〜〜 ご年配の方かな 」
「 はい。 でも若い頃は フランスに留学してずっとパリやロンドンで
踊っていた方です。 」
「 ほうほう 胆が据わっておられるのじゃな。
いい師と巡り逢われましたなあ〜 」
「 うふふ・・・ とっても怖いんですよ〜 」
「 怒ってくれる人がいるとは 幸せなことです。
いい環境にいらっしゃる・・・ 舞台、楽しみにしていますよ。 」
「 はい ! あ ・・・ ギルモア博士 わたし・・・ 」
「 ああ ああ 先に帰ってよいよ。
今からなら 午後のレッスンに間に合うのではないか 」
「 はい! 」
失礼します、ありがとうございました!
フランソワーズの明るい声が コズミ邸の玄関に響いた。
「 おやおや 元気になりなすったな 」
「 ありがとう コズミ君。 ・・・ オンナノコはいろいろと
ムズカシイな。 」
「 そうじゃのう〜〜 いや いい笑顔じゃった 」
「 うむ うむ 」
彼女を見送り、老人二人はのんびりと語り合っていた。
「 それでね 午後の一般クラス に飛び込んだのよ〜 」
「 あは そっか〜〜 よかったねぇ 」
その夜 ・・・
ジョーの遅い晩御飯に付き合いつつ 彼女は賑やかにおしゃべりをしている。
「 なんかね ・・・ ぱあ〜っと霧が晴れた気分だったの。
ず〜っと いろいろ・・・上手くできなかったんだけど・・・ 」
「 まあな〜 不調の時って 誰にでもあるさ。
気にするなって言っても 無理だよね ・・・
ぼくは 全くバレエのこと、わかんないけど 」
でも と ジョーはしばらく口を噤んでいたが。
「 きみはさ 003の時はミスなんかしないよね。
いつだって冷静で 正確だ。
だけど フランソワーズ は ミスもすれば不調の時もある。
泣いたり不機嫌な時だってあるよ。 」
「 ・・・ そりゃ そうでしょ 」
「 そうだよ。 きみは ううん ぼく達は機械じゃないんだもの。
きみもぼくも ニンゲンなんだから さ。 」
「 ・・・ あ 」
「 泣いて笑って 失敗して ・・・ それが人間だろ 」
「 そ そう ね ・・・ 」
「 調子悪いときだってあるさ。
晴れた温かい日 ばっかじゃないもん。 冬だってくる 」
「 わたし ね。 冬 ・・・ キライじゃないのよ 」
「 え ああ そう? 」
「 ええ。 失敗して 後ろ向きになってたわ
・・・ 腰が引けてる って。 マダムはやっぱりスゴイ方だわ。」
「 あ ・・・ 意味 わかった? 」
「 ウン、教えて頂いたの あの・・コズミ先生に。 」
「 へえ ねえ ・・・ どういう意味なのかな
ぼく 全然わかんないよ。 」
「 あら ジョー。 母国語なのに知らないの 」
「 ・・・ごめん わかりません。 」
「 あとでじっくり説明して差し上げます。
で ね。 コズミ先生に いい環境にいますね って。
わたし ― 忘れてたのよ。
ず〜〜〜っとずっと 踊りたくて 踊りたくて。
もう一度 踊るために 生きてきた ってこと ・・・ ! 」
頬を紅潮させ 瞳を煌めかせ話す彼女は 最高に魅力的だった。
ジョーは 息をひそめて見つめてしまう。
「 ・・・ きみは ステキなヒトだね 」
「 え〜〜 なに それ〜〜 」
「 なんだっていいじゃん とにかく ステキだあ〜〜〜 」
冬がくるね。 冬が来ても ― 一緒さ。
ぼく達は きみも ぼくも もう 一人じゃないんだ。
「 なあに? いきなり 」
「 いや ・・・ きみの笑顔っていいなあ〜って 」
「 え そう? あのね! わたし、 腰が引けないように する、
人生でも ね! 」
「 ??? わかんないよう 」
「 ふふふ ・・ いつか説明して差し上げます。」
「 お願いします。 」
はい。 ちゅ。 ― 不意にキスが降ってきた。
わお!? わっほほ〜〜〜〜〜ん !
ジョー君 一足飛びに 春 になった ・・・ らしい。
**************************** Fin.
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Last updated : 11,12,2019.
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*********** ひと言 ********
不調の時って なんか連鎖的に なにもかもが
不調になったりしますよね〜〜 ★
フランちゃん、 貴女は独りじゃないよ (^^)