『 ふれ〜〜 ふれ〜〜 ― (1) ― 』

 

 

 

 

 

 

   カサ ・・・・  こそっと ベッドを離れる。

 

彼は パジャマのまま そうっとそうっと部屋を横切って行く。

  キシ。  ドアが微かに音をたててしまる。

 

「 ・・・ ん ・・・?  あ〜〜 ジョギング いったのね〜

 はい いってらっしゃ ・・・ い ・・・ がんばっ ・・・・ て 」

 

ベッドに残っている女性は 寝ぼけマナコをちらっとだけ

閉まったドアに向けると  ―

 

「 ふぁ・・・  」

 

くるん、とタオルケットの下に潜りこみ 幸せ〜〜な寝息をたてはじめた。

 

 

  ― そして 彼の方は といえば。

 

「 ・・・ 〜〜〜〜ん〜〜〜 !! 

まだ 明け初めていない空の下 シャワーで濡れたアタマを ぶるん、と振っている。

「 さ  む 〜〜〜〜 ・・・ !  ほかろん、貼ってくるべきだったか な

 いや!  ここは 自力発熱  だ  いけっ  009〜〜〜 ! 」

 

   ちゃかちゃん !  たららったた〜〜〜♪

 

口の中でBGMのイントロを歌い  < ふきすさぶ〜〜 >  なんて

ハナウタ混じり、 彼は茶髪をなびかせ走りだした。

 

「 くにんの せんきとぉ〜〜〜♪ っと〜〜 

 今日は 海岸線を二往復だ〜〜 そして  波と戯れる・・・じゃなくて!

 波との一騎打ちさ  いくぞっ ! 」

 

    そうさ!  ぼくは 009 なんだ!

    二度と  二度と〜〜 

 

    娘の下敷きになんかならないからっ!!!

 

 たたたたた −−−−−  スウェット姿のおと〜さんは

軽快に走り去っていった。

その頃  彼の人生での戦友、そして 彼の最愛の女性 ( ヒト ) は

しあ〜〜〜〜わせに 二度寝を楽しんでいた。

 

 

 

             ***********

 

 

 

「 ― たのむ〜〜 !  島村さんっ 

その男子はそう言うと すぴかの前に がばっと土下座した。

「 わ ・・・  や やめてください〜〜〜 ハヤテ先輩〜〜 」

すぴかは 大慌て・・・必死で彼の体操服を引っ張った。

「 ね〜〜 そんなの、やめて〜〜 普通に話してください〜〜 

「 ・・・ ごめん。 でも 足 挫いてるんだろ?

 無理すんな 座ってろよ 」

「 あは 大丈夫。 もう歩くのは平気です〜〜

 ・・・ 走れないけど 

「 っとになあ〜〜  島村さんがいれば女子のリレーは楽勝〜〜

 だったのに〜 」

「 すいません ・・・ 

「 リレーの練習で?  その足 」

「 あ ・・・ ちがって ・・・ あのぅ ・・・ 木から降りる時

 着地に失敗して 」

「 木??  木って  あの・・・ 生えてる木か?? 」

普通の姿勢に戻った男子は 呆れて校庭の木を指した。

「 ウン。 あの ・・・ ウチの裏庭にある木に 登ってて・・・

 飛び降りたら  ―  下におと〜さんがいて 」

「 ひえ〜〜〜 おと〜さんの上におっこちた・・?

 で おと〜さん  ・・・ 骨折 とか? 」

「 あ おと〜さんは  いてっ・・! って。 いちお〜 アタシを

 受け止めてくれたんだけど ・・・ 足が ぐりん〜〜 」

「 あっちゃ〜〜〜 ・・・ で 頼めるかな? 

 俺が 走ってる時の応援団長。 」

「 ― はい ハヤテ先輩! 

島村すぴか 引き受けさせていただきまっす! 

金色お下げが ぶんぶん跳ねている。

「 ありがと〜〜〜〜〜 島村さんっ!!! 」 

「 そのかわり!  リレー ・・・ 赤組ぶっちぎりで一位、

 約束してくださ〜〜〜い  」

「 おう  まかせとけ!  

「 きゃ〜〜〜 かっけ〜〜 」

「 君は 足を治せ 」

「 はい♪ 」

 

   たらら〜〜〜ん♪  すぴかのアタマの上では天使たちがラッパを吹いていた・・

 

 

 

  ― そうなのだ。

 

あの時。  ジョーは 彼の愛するたった一人の娘を受け止め損ねたのだ。

 

 

「 おと〜さ〜〜ん  洗濯もの、 取れたよ〜〜〜う  」

裏庭にある樫の大木、 そのてっぺんに近い高みから声が飛んできた。

「 お〜〜 サンキュ。 よく取れたなあ すぴか 」

「 あっは  わ〜〜 こんな上まで登ったの 初めてかも〜〜〜 」

「 おい 気をつけろよ? すぴか〜〜  上の方は枝も細いだろ  」

「 ま〜ね  あ なげるよ〜〜う 洗濯もの 」

「 わ やめろよ、バランス崩すぞ。 洗濯ものは腹に巻きつけろ 」

「 え〜〜  首じゃだめ? マフラーみたく〜〜 」

「 だ だめだよっ 降りる途中でひっかかったら ・・・ 

 すぴか 首吊りになるぞ 」

「 あ ひえ〜〜〜 それはちょっとイヤかも・・・

 あ〜 これ おと〜さんのワイシャツじゃん? アタシ 着てもいい 」

「 いい いい。 しっかり着てからおりてこい 」

「 お〜〜っけ〜〜  わ〜〜〜 いい眺め〜〜〜

 ねえ 裏庭からも 海が見えるだ 〜  」

 

   ぱら ぱら ・・・ 小枝がジョーの上に落ちてきた。

 

「 おい すぴか  なんかぱきぱき・・音がするぞ??

 枝 折れてるじゃないのか 」

「 え?  あ ・・・ そうかも〜〜 このへん、枝細いな〜〜 」

「 はやく!  慎重に降りてこいよ  」

「 うん。  あ  おか〜さんだあ〜〜〜  おか〜さ〜〜〜ん 」

すぴかは 木のてっぺんでわさわさ〜〜〜 手を振っている。

「 フラン?  」

「 ウン  屋根うらのてっぺんの窓からこっちみえるよ〜〜

 へえ〜〜〜 おか〜さん あそこまで登ったんだ〜〜 すっげ 」

「 すっげ なのはお前だよ すぴか。  はやく降りろよ 」

「 うん。  おか〜さ〜〜ん   え?  なに?  おと〜さん? 

 ねえ おと〜さん おか〜さんがなんか言ってるよ〜〜

 おと〜さんに用みたいだよ 

「 え フラン?  すぴか ちょっとそこで待ってろ。

 フラン ・・・・ なんだい?   え??   」

 

   ≪  ジョー !!!!   すぴか  おちるっ  ≫

 

「 え?? 」

 

    バキ ッ !!  バキバキバキ 〜〜〜〜〜 ッ !!

 

ジョーが振り向く 一瞬前、 樫の木の天辺は音を立てて折れたのだ。

「 ??  う  わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  」

「 すぴか?! 」

 

  < きゃあ〜 > とは決して言わないのが すぴか であるが。

 

「 きゃあ〜〜〜〜〜  すぴかっ  ジョー っ うけとめてっ 」

すぴかの代わりに  フランソワーズの悲鳴が響きわたった。

「 す すぴかっ !!!   くっそ〜〜〜 ヤバいっ 

 う〜〜〜〜 娘の前で 加速そ〜ち なんか使えないじゃないかあ〜〜 」

ジョーは細君に気をとられていて ほんの一瞬、出遅れた。

 

     どすん。 ぐぇ ・・・・  いって〜〜〜〜〜

 

樫の木の下で 父と娘は折り重なって倒れてしまった。

 

「 いって・・・ お おい すぴか?? 大丈夫か?? 」

「 って〜〜〜〜〜  あ   う  うん  あし も て もあるよぉ

 ・・・・ おと〜さんは?  アタシ けっこう重いしィ 」

「 ちょっと衝撃だったけど 大丈夫さ。 ・・・ 立てるか 

ジョーはすぴかを抱いたまま ゆっくりと身体を起こした。

もぞもぞ動いていたすぴかは ぽん、と父親の腕から飛び出した  が。

「 う ・・・ ん   あ いてっ!! 」

すぴかの顔が 歪んだ。

「 !? どうしたっ?? どこが痛い? 」

「 ・・・う う〜〜ん ・・・ あし。 えっと あしくび かなあ 

 いって〜〜〜 

すぴかはちょんちょん 跳んでいるのだ。

「 おい みせてみろ 右側かい 」

「 ん〜〜 だとおもう   あ けんけんすればへいき〜〜 

「 平気 じゃないよ〜  ああ 挫いたかなあ 触ったらいたいか? 」

ジョーは 娘の足にそうっと触れてみた。 

「 ん〜ん なんともないよ〜 ねえ おじいちゃま ならすぐに

 なおしてくれるよね〜〜 

「 おじいちゃま 出張だろ。  山田医院にゆくか  

「 え〜〜 びょういん〜〜〜 やだ〜〜 」

「 やだ じゃないよ  フラン〜〜 」

「 すぴかっ! 」

  

   さっ !!!   ジョーが振り返る前に旋風がやってきた。

 

「 うきゃ  おか〜さん 〜〜  」

「 すぴか !! 大丈夫??  足? 足首をどうかしたの?? 」

フランソワーズが家から飛び出してきて がっちり娘を抱きしめている。

「 へ へいきだよ〜〜 おか〜さん  ちょ・・・っといたいけど・・・

 けんけん〜〜 すれば ・・・ 」

「 だめっ  すぐに治療すればね、捻挫はじきに治るわ。 

 ほら この中に足いれて 」

 

   ぼん。 母は氷いりのバケツを娘の前に置いた。

 

「 こ れ ・・・?  つめたい よね ? 」

「 そうよ 冷やすの。 あ その前にね〜〜 足 だして 

「 うん 」

「 すぴか ・・・ 」

ジョーはさっとすぴかを抱いてやる。

「 ありがと ジョー。 こうやって・・・ビニールで包んでから

 はい じゃぽん。 」

「 え ・・・ じゃ ぽん  うわ つめた〜〜〜〜〜 

「 ガマンね。 速く冷やせば冷やすほどいいの。

 ジョー このまま車で病院までお願いね。  」

「 了解〜〜  フラン、 なんかスゴイね 」

「 あら  そうね、 捻挫とか骨折は よくあるのよ、稽古場で 

「 あ そっか〜〜〜  で ? 」

ジョーはすぴかの足を見てから ちらっと彼女をみた。

「 ・・・ 折れてません。 捻挫だわ 

「 おか〜さん すっご〜〜〜  わかるの??? 」

「 え ・・・ ええ。 すぴかはどうやって着地したの? 」

「 え〜〜??  おっこちてぇ〜〜 ちゃくちっ! っておもったら

 なんか下にあってさ ごろん〜〜 ぐに〜 って 

「 ごろん? 」

 

    あ・・・!  ジョーは多に思い当たった。

 

おっこちてきた娘の下に滑り込み、抱き留めた勢いで座り込んだ。

 その時 なにかが脚の上にのっかったのだ。

 

    あの時〜〜 滑って・・・ 捻挫か?

 

    ごめんよ〜〜〜 すぴか〜〜〜〜〜

 

「 さ 病院 行こう 

「 え〜〜 」

「 ほら コート。 これ 保険証 と お金よ そうそう診察券も。 

「 お サンキュ。 」

「 山田医院、土曜でもお昼までは やってるはずよ。  お願いね 」

「 任せとけ。 さあ すぴか〜〜 車 乗るよ 」

「 あ ばけつ? 」

「 それはお母さんがもって行くわ。 ほら ・・・

 そのワイシャツ 脱いで・・・ コートきて。 」

「 あ そか ・・・ わいしゃつ〜〜  あ こーと いらない 」

「 持ってゆきなさい。 足 冷やしてるから冷えるわ 」

「 ふぇ〜〜い 」

「 よし 行くよ すぴか 」

「 おっけ。 きゃは♪ お父さん だっこだあ〜〜い 

ジョーは小五の娘を抱っこして ガレージまで歩きだした。

彼の細君は バケツとジョーの荷物を持ってとっとと先に行ってしまった。

「 おっとぉ〜 暴れるなよ ・・・ 重くなったなあ 

 こ〜〜〜んなちっちゃかったんぜ?  生まれたときさあ 

「 やっだ〜〜 またそのハナシィ〜〜? 」

「 だってさ ・・・ お父さん も〜〜 嬉しくてうれしくて・・・

 真っ赤な顔して大声で泣いてて・・・ も〜 可愛くて可愛くて  」

「 えへへ〜〜〜 アタシ かわいかった? 」

「 ものすごく可愛いかった!!  今もカワイイよ すぴか〜〜 」

「 えへへ〜〜  あ おと〜さん 服 破れてるよ 

 さっきアタシが おっこちたから ・・ 」

「 うん? あ〜 このくらい平気さ。 それよか すぴか 

 足・・・ ずきずきしないかい  」

「 う〜ん・・・? 別にそんなに痛くないよ 冷たいけど 」

「 そっか。 ごめんな 」

「 え なんで 」

「 ちゃんと受け止められなくて ・・・ お父さん失格だ 」

「 そんなこと ないってば。 」

「 ・・・・ 」

 

     なんてこった・・!  009たるものが !

     空中からおっこちてきた女の子とか

     いつだって きっちり受け止めていたのに ・・・!

 

     おい! 弛んでるぞ 009!!

 

009は心の中で 自分自身を罵倒し、唇を噛み締めていた。

 

 ガレージでは フランソワーズが待機していた。

「 すぴか ・・・  ほら 車 乗るよ? 」

「 すぴか こっちに足、だして。  バケツに足 いれて 」

「 おか〜さん  」

「 ほら コート。  すぴか これ ・・・ 保険証とお父さんのお財布。

 すぴかがもっていてね  タオルも。 」

「 はあい 」

「 じゃ ・・・ ジョー お願いしますね 

「 任せとけ。 それじゃ 車だすよ〜〜 すぴか 」

「 おっけ〜〜 」

 

  ジョーの車は 滑らかに発進していった。

 

 

 ―  山田医院では  捻挫ですね、大丈夫 すぐに治りますよ  と

いうことだった。

 

「 どこから落ちたの、島村すぴかちゃん? 」

お馴染みの老先生は にこにこ・・・聞いてくれた。

老先生は博士の囲碁友達で 

島村さんちの双子はチビの頃からお世話になっているのだ。

先生は話しかけつつ すぴかの足首をくりん、と動かした。

「 ・・・ あれ? 

「 さ〜 これでもう大丈夫。 じきに足は元通りになるよ 」

「 へ〜〜  」

その他の治療は 若先生がささ〜〜っと手早くやってくれた。

「 で どこから落ちたのかい 」

「 あのぅ〜〜 お庭の かしのき ・・・ 」

「 かしのき?  ・・・ 裏庭のあの大木かい? 」

「 そ。 てっぺんから おちたの 」

「 てっぺんから???  ・・・ なんで登ったのかい 」

「 あのね せんたくもの がとんで 」

「 それ 取ろうと思ったのかい?  すごいなあ〜〜〜 」

「 えへ とったんだけど ・・・ おちたの 」

「 そうか〜〜 でも 捻挫と 擦り剥き傷だけ なんてすごいよ〜 」

「 あの ね・・・ 下におと〜さんがいて 」

「 え!? お父さん ・・・ 大丈夫ですか?? 」

「 あ は なんとか・・・ ただ ぼくの脚の上に着地しちゃって

 滑って ひねったみたいなんです 」

「 ふ〜〜〜ん ・・・ すごいなあ 

「 いやあ 捻挫させちゃって ・・・ 申し訳ないです 」

「 いやいや ・・・すぐ冷やしてるから治りも速いですね 」

「 あのね おか〜さんが氷水にじゃぽん って。 」

「 あ〜〜〜 奥さんもスゴイなあ ・・・・

 あ 所でご隠居さんは元気ですかな 

「 おじ〜ちゃまね〜〜 いま しゅっちょうなの 

「 出張? そうか〜〜 お帰りになったら 是非・・・って伝えてください。 」

 ぱち・・っと 老先生はエア・囲碁をやってみせた。

「 はい 必ず伝えます。  あ どうもありがとうございました。 」

「 ありがと〜〜〜 ございました〜〜〜 」

すぴかはちゃんと ぺこり、とお辞儀をした。

「 さ 抱っこするから 」

「 や〜だ。 けんけん でゆけるもん。 おと〜さん 行くよっ 」

「 あ おい〜〜 大丈夫か  」

ジョーは 慌てて娘を追いかけていった。

 

  けんけん  けんけん けんけん け〜〜〜ん☆  

 

休み休みだけど すぴかは一人で車まで辿りついた。

「 おと〜さん〜〜 」

「 おう ・・・ すぴか スゴイなあ〜〜 」

「 えへへ・・・ あ〜〜どよう日なのに〜〜 縄跳び、できないよ〜う 」

「 そりゃ仕方ないよ。 しばらく大人しくしてないとね  」

「 う〜ん ・・・ あ。

 ね〜〜 おと〜さん。 うんどう会 でれる? 」

「 あ  いつだっけ? 」

「 つぎのつぎのにちよう 

「 う〜〜〜ん どうかなあ・・ 今年もリレー 選手か? 」

「 ウン。 」

「 う〜〜ん?? 今 無理してもなあ・・・ 

 とにかくちゃんと湿布して動かさないこと。 」

「 う ・・・ お外 行きたいなあ ・・・ 」

「 別に走ったりしないなら いいだろ。 

「 そ? そんなら木のぼりいい?  てっぺんっていいね〜〜 」

「 おいおい〜〜 やめてくれよ〜 

 あ じゃあ 海岸、まわってゆこうか。  すこし海 みてくかい 

「 わ〜〜〜い♪ 」

「 じゃ ・・・ ああ ジュースも買ってくかあ 」

「 アタシ うーろんちゃ! 

「 ああ はいはい 」

  ジョーは ハンドルを海岸の方に切った。

 

 

「 そう ・・・ 捻挫なのね。 」

「 そうだって。 シップしてもらった。 」

帰宅してオヤツの時間、 すぴかは大好物のお煎餅を齧りまくり

ジョーとフランソワーズは 香たかい紅茶を楽しんでいる。

「 ・・・ 治療院とか行けばね くり・・っとはめてもらって

 すぐ治るのよ。 ・・・ 山田先生には申し訳ないけど  」

「 へえ? そうなんだ 」

「 ええ。 わたし達は 骨折でなければそうやっているのよ。

 すぴかの足は ・・・ 

 003は オヤツを食べている娘の足を じ〜〜〜っと見た。

「 ・・・ あら ちゃんと填まっているわよ? 」

「 え 」

「 山田先生は そちらの治療もしてくださったようね 」

「 あ〜〜 流石だなあ ・・・ あの先生はず〜〜〜っとこの地域の

 <主治医> さんなんだって 」

「 そうなの・・・ なんでも対応してくださるのね 」

「 うん。 あ〜〜  ほっとしたよ。  だけど ― 」

ジョーは カップを置き 立ち上がった。

「 ?? だけど? 」

「 ぼく、 弛んでるよ。 」

「 は?  あ  パンツのゴム? 」

「 ち が〜〜〜う!!  弛んでるってこと、 心身ともに。 」

「 太ったぁ? 」

「 ちがうってば!  009として  ( ← 小声で )  弛んでる。

 小学生ひとり、きっちり受け止められない なんて ・・・

 009じゃない。 

「 え ま〜 たまにはそんなこともあるんじゃないの? 」

「 あっちゃ困る。 009なんだ、ぼくは! 」

「 はあ ・・・ 

「 明日の朝から トレーニングする。 

 常に鍛えておかなくちゃ いけないんだ !

 早朝に出るから・・・ ほうっておいていいよ 」

「 あらぁ 起こさなくていいの? 」

「 !  ちゃんと起きる!  009なんだ ぼくは! 」

「 はいはい 期待しています。 」

「 おう。  ・・・ 時に ウチの長男はどうしたんだ? 

 土曜だってのに 朝からいないじゃないか 」

「 ああ すばるはね だいちくんと < 鉄道博物館 > に行ってるの。

 だいちくんのお父さんが連れていってくださったの 」

「 ほえ〜〜 しんゆう君とかあ。 アイツ 喜んでるだろうなあ 」

「 ええ ・・・ ふふ 帰ってきたら  きいて きいて〜〜 の嵐 ね 」

「 そうだねえ  あれ どうした すぴか。 」

いつの間にか 二人の側にすぴかが立っていた。

「 ウン。 ね〜 おか〜さん。 アタシさ うんどう会 ・・・ でれる? 」

「 あ〜〜  そうねえ ・・・ ダンスとかはできるんじゃない? 

「 アタシ リレーの選手なんですけど 」

「 あ そうだったわねえ ・・・ う〜〜ん どうかなあ 」

「 アタシ でたい〜〜〜 」

「 う〜ん ちょっと無理かも・・・走れないのなら 見学だわねえ 」

「 やだ〜〜〜 走るもん! 

「 すぴか。 今 ちゃんと治しておかないと〜〜

 これからずっと ケンケン・・・ じゃ こまるだろ? 」

「 ・・・ う  ん ・・・ 」

「 ね 湿布して右足、使わないこと。 しばらくだけ よ。

 そうすれば治るのも早いし。 来年はぶっちぎりの一番よ 」

「 う ・・・ ん ・・・ 」

すぴかは だんだん涙声になってきてしまった。

「 ごめんな〜〜 すぴか。 お父さんがちゃんと受け止められなくて 

 ホント ごめん。 」

「 ・・・ おと〜さん いいよ ・・・おと〜さんのせい じゃないもん。

 あ アタシ ・・・・ でも  うんどう会 ・・・  」

「 ほら タオル 」

「 ん ・・・ アタシ ・・・ 」

すぴかはタオルでゴシゴシ・・・ 顔を拭いて泣くのを一生懸命で我慢している。

「 学校の先生にはちゃんと連絡するから。

 体操くらいなら体育の授業、出られるわよ 」

「 ・・ ん ・・・ アタシ ・・・ リレー ・・・  」

「 ・・・ おいで すぴか 

「 ・・・ ん  ・・・  わあ 〜〜〜〜〜ん ・・・!  」

大好きなお父さんに抱き寄せられ すぴかはとうとう声をあげて泣き出してしまった。

「 あらら ・・・ 」

お母さんも 優しく背中を撫でてくれた。

「 こういうことも あるさ。 な すぴか 」

「 ・・・ うんどう会 ・・・ アタシ〜〜  うわ〜〜ん  」

「 すぴか ・・・ 」

 

 珍しく大泣きし ―  すぴかは なんとか納得できた らしい。

 

そして 舞いこんできたのが < 応援団長・代行 > だ!!

すぴかとすばるの通う小学校では 運動会 は 最大の念中行事。

昔から地域の人々も加わり 秋に盛大に開催される。

毎年 赤白各組の六年生が選ばれ応援団長として活躍する。

 

当然 応援団長は全校生徒の憧れであり 男子ならば全女子の目は はあと♪

女子ならば全男子は ほにゃ〜〜♪ となる ・・・のである。

 

今年は 赤組はタナカ・ハヤテ君 という男子が応援団長を務める。

彼は 学級委員だしサッカーも上手いし俊足だし  ― で 

も〜〜全女子 そして 一部男子 の < 推し > ☆

白組の応援団長とともに 放課後、練習を続けている。

 

もちろん すぴかだってハヤテ君のファンだ。

サッカー部の練習は いっつも横目でチラチラみていた。

すぴか自身、 陸上部 で 同じ校庭で練習しているのが 嬉しい。

「 わ〜〜〜 ・・・ はや〜〜い〜〜〜 

 へへ ・・・ ハヤテくんって なんかちこっとおと〜さんににてるかも〜〜 」

「 お〜い 女子! スタートの練習するぞ 〜 

「 あ はい  こーち 」

 

    やっぱ〜〜 ハヤテ君 かっこい〜〜〜〜♪

    陸上部に入ればいいのになあ〜〜

 

彼の姿を見ると すぴかは なんか元気ちゃーじ完了〜って気分になれるのだ。

 

  ―  だ  か  ら。

 

運動会の5日前に そのハヤテ君から声を掛けられたときには

  も〜〜〜〜 天にも昇る気持ちだった ・・・ 

ハヤテ君の願いなのだ。  すぴかは すぐにきっぱりと決心した。

 

    アタシ。  応援で がんばる!

 

 

 

 さて ―  島村さんち の すばる君は ・・・ 少し時間は遡る。

すぴか嬢が 木から落っこちたその日の午後遅く―

 

「 ただいまあ〜〜〜  

玄関で のんびりした声が聞こえる。

「 あら  すばる??  駅から電話しなさいって言っておいたのに・・

 すばる〜〜 お帰りなさい〜〜 」

フランソワーズは 満面の笑みをうかべ玄関に飛んでいった。

 

「 ・・・ おか〜さん ごきげんだね〜 」

「 ふ ん ・・・ お母さん すばるに甘いからなあ 」

「 あ おと〜さんもそう思う? 」

「 思う!! 」

「「 ね〜〜〜〜〜  」」

 

夫と娘の会話なんぞ、全く気づかずに フランソワーズはにっこにこ・・・

 愛する息子のほっぺに ちゅ。

「 おかえり すばる。  バスで帰ってきたの? 

 電話くれたら お迎えにいったのに・・・ 」

「 うう〜〜ん  だいちくんのお父さんがね〜 下まで車で送ってくれた〜 」

「 まあああ〜〜  お礼 言わなくちゃ 」

「 だいちくんのお父さんね〜〜 駅前駐車場 に クルマ おいてた 

「 まあ そうなの〜  ありがとうございました、言った? 」

「 ちゃんといった!  ねえねえ おか〜〜さん きいて きいて〜〜 」

「 はいはい  まず 荷物をおいて手洗って うがい。 」

「 あ うん ・・・ あれ??? どしたの すぴか? 」

 

「 おかえり〜〜〜 すばる〜〜 」

 

けんけんしつつ出てきたすぴかに すばるは固まってしまった。

「 あっは〜〜 くじいちゃったよ〜〜ん 」

「 くじいた ??  どこで 

「 え〜 ウチだよ ウチの裏庭  すばる、オヤツあるよ〜 」

「 うらにわ ・・・ なんで。 」

「 え  だから〜 木からおっこちたの。 以上。 手 洗ってきて! 」

「 ・・・ うん おか〜さん どうして?? 」

「 え なにが。 」

「 だから〜〜 なんで すぴかは足 くじいたのさ 」

「 え ・・・ すぴか 話していい? 」

「 だから〜〜 木から落ちたの 以上。 オヤツにしよっ 」

「 ってことです、すばる君、 手洗ってうがいね〜〜 」

「 わかった 」

珍しく すばるはムスっとしてバス・ルームに行った。

 

「 おか〜〜さん オヤツにしよ〜〜 えへ アタシ もう一回 いいよね? 」

「 あ〜〜 もうすぐ晩御飯だから 軽く よ? 」

「 うん いい いい。  すばる〜〜〜 はやくぅ〜〜 」

すぴかが声をかけた途端 ―

 

  だだだだだ ・・・  すばるが珍しくも走って戻ってきた。

 

「 すぴか! つかまって! 」

「 はへ??  アタシ ケンケンしてくからいいよ〜  

「 ダメだよ〜 むりするとはやくなおらないって 保健室の先生、言ってた 」

「 ちゃんと病院 いったもん。 へいき! さ オヤツ! 」

「 もう・・・ 」

 

けんけん けんけん 〜〜  してゆく姉の後を弟はすご〜〜く

心配そう〜〜に着いていった。

 

晩御飯の時は < 本日の出来事 > についておおいに盛り上がった。

「 え〜〜と。 では ほうこくしま〜〜す 」

ご飯を食べ終わると まずすばるが話し始めた。

「 おやおや すばるから?  ははあ〜 ものすごく楽しかったんだね? 」

「 そうねえ  ぜひ 聞きたいわ すばる 」

お父さんとお母さんは もうにっこにこ〜〜している。

「 そだね〜〜  すばるがはつげん〜って 超れあ〜〜〜 」

すぴかも ぱちぱち〜〜と拍手をしている。

「 えっと。 僕はぁ きょう〜 わたなべだいち君 と  だいち君お父さんと

 てつどうはくぶつかん にいってきました。

 超れあ〜〜 な 車体とかみれて とて〜〜〜も楽しかったです。

 うんてん手・しゅみれ〜しょん もやりました。 とても楽しかったです。

 屋上では しんかんせん がみれました。

 あのやねにのってみたいなあ〜 とおもいました。 

「 それはよかったなあ すばる。 どんな車体があったのかい? 

「 ・・・以下 つづく。  すぴか? 」

「 はへ? アタシ? 」

「 そ。 すぴかの番。 くじいたってどんなふう? 

 どうしておちたの、ひとりだったの? 」

「 え ・・・ っと。 足くびは もうほとんど痛くないです。

 木の枝が折れて おっこちて お父さんの上におちてくじいたの、以上。 」

「 お父さんの ・・・ 上に? 」

「 そ。  以上 って言ったでしょ おしまい。

 それよか 鉄道はくぶつ館 のこと教えて。 しゅみれ〜しょんって

 どんなかんじ??  アタシもやりた〜〜い〜〜〜 

「 あ う  うん ・・・ あのさ 」

やっぱり好きなコトなので すばるは続きを話しだした。 

 

さて   おやすみなさ〜い をすると ・・・

「 すぴか! つかまって! 」

「 へ? 」

「 い〜から。 さ 行くよっ 」

「 ひえ〜〜〜〜 うっそ〜〜 」

すばるは 同じ日に生まれた < 姉 > に 肩を貸し

うんうん〜〜 いいつつも子供部屋まで 連れて行った。

 

  そして ―

 

 だだだだだ 〜〜〜〜 !!  すぐに居間に駆け戻ってきた。

 

「 ?? あれ すばる? なんだ?? 」

「 おと〜さんっ 

すばるは ジョーの前に立ちまっすぐに見つめた。

「 ・・・ はい? 

「 おと〜さん。  すぴかのこと、ちゃんとうけとめなくちゃだめだよ 」

「 あ そうだねえ 」

「 すぴかは おんなのこ なんだよ? 」

「 うん ごめん ・・・ 」

「 おと〜さん しっかりして。 」

「 すいません 」

「 たのんだよ。  じゃ おやすみ〜〜 

 

   だだだだ ・・・  茶色アタマは また駆け戻っていった。

 

「 ・・・ 息子に 小五の息子に 怒られてしまった ・・・ 」

 

  ぷ ・・・ くくく     ふれ〜ふれ〜 おと〜さん!

 

ソファでは新聞の影でジョーの細君が笑いをこらえていた。

 

 

   ―  それで。 翌朝から・・・

島村氏、 いや 009 は 早朝、誰もいない海岸で

打ち寄せる波を相手に トレーニングを始めたのだった。

 

 

      いよいよ 運動会は目前に迫ってきた !

 

Last updated : 11,20,2018.                  index      /     next

 

**************   途中ですが

お馴染み 【 島村さんち 】 シリーズ〜〜〜

お父さん がんばれ!!!

捻挫は 骨接ぎなどの治療院にゆけば

すぐに治るよ、ホント! あとすぐに冷やすこと。