『 サイレント・ワールド ― (2) ― 』
・・・・・・・・・・・・
音のない空間は 茫漠としてフランソワーズを取り巻いている。
時間 ( とき ) は ごく正常に流れている ・・・らしい。
ソファの上で身体を丸めながらも 彼女の感覚は光の動きを感知していた。
ああ 今朝 いつもと同じくらいの時間に 目覚めてたんだわ わたし。
リビングに差し込む光の角度が ゆっくりと移ってゆく。
朝ごはんの時間が おわったころ ね ・・・
・・・ 食べたい とか 飲みたい とかも感じない
ふふふ ・・・
本当に < 壊れて > しまったんだ わたし。
もう どうにもでもなれ ・・・と捨て鉢な気分が湧きあがってくる。
泣くのも 喚くのも ― どもでもいい ・・・
もう ずっとここでこのまま 丸まっていたい ・・・
・・・ このまま 呼吸もとまってしまえば いい ・・
なんにもわからなくなってしまえば いい !
涙もでなくなった瞳は ぼんやりと部屋を映しているだけだ。
その時 ― ふと。
・・・! ・・・・ !
視界の端で なにかが動いているのを感じた。
「 ・・・ ? 」
そっと顔を上げてみる。 周囲には相変わらず 鎮まり返った世界が
どこまでも広がっている のだが。
「 ・・・? 」
テラスへのサッシの端で 茶色っぽい影が動いているのだ。
「 ・・・ ! あ ミケちゃん! 」
フランソワーズはソファから滑り下り サッシの前に座りこんだ。
「 ミケちゃん ・・・ 朝ご飯 まだもらってないのね? 」
「 ・・・ ・・・ 」
サッシの外で茶色毛の多い猫が ちんまり座っている。
「 ちょっと待ってね。 今 カリカリ 持ってくるから 」
彼女は小走りでキッチンにゆくと 買い置きのにゃんこのご飯の袋を
みつけた。
「 ・・・ 持てるかしら 」
おそるおそる伸ばした手は カサコソ。 軽い袋をちゃんと
掴むことができた。
「 ! 持てる のね ・・・ よかった ・・・
あ ミケちゃんのお水も ・・・ 」
そっと持ったコップは 水を満たしてもしっかり彼女の手の中にあった。
「 ・・・ ああ ・・・ 神様 ( モン・デュ )感謝します ・・・ ! 」
フランソワーズは 短い祈りの言葉を口にしつつ リビングに戻った。
カラリ。 サッシを開ける。
「 み〜〜 にゃあ〜〜〜ん 」
茶色っぽい猫が 甘え鳴きしている。
「 ミケちゃん ・・・ ごめんね〜〜 遅くなって・・・
はい 朝ご飯。 それと キレイなお水よ〜〜 」
「 ・・・ み〜〜 」
フランソワーズは おずおずとカリカリの皿と水容れを差し出した。
「 ・・ にゃ? 」
最近 この庭に立ち寄るようになった三毛猫、茶色毛が多い三毛猫なのだが
彼女は じ〜〜〜〜っと フランソワーズを見上げている。
「 ミケちゃん ・・・ ほら ごはんよ? 」
「 みいにゃあ〜〜 」
猫はすぐに茶色の鼻づらを エサの器に突っ込んでぱりぱり・かりかり・・・
食べ始めた。
「 うふ ・・・ おいしい? 」
「 ・・・ にゃ にゃあ〜〜 」
「 今朝も元気でよかった ・・・ あら ? 」
やっと気が付いた ― 猫の鳴き声 や 鳥たちの囀りが 聞こえる。
「 ・・・ うそ ! な 直ったの かしら !? 」
意識して < 耳 > のスイッチを オン にした。
もう朝から何百回 繰り返してきた動作を 丁寧にゆっくりと < 意識 > する。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・
戻ってきたのは 静けさ だった。
「 ・・・ ああ やっぱり ・・・
?? でも どうして ミケちゃんの声が聞こえる の?
庭にくる鳥さんたちの声が 聞こえるの? 」
「 み〜〜にゃああ〜〜〜ん 」
三毛猫は カラになったお皿の前で じ〜〜〜っと彼女を見ている。
「 あら ・・・ もう食べちゃったの? それじゃ・・・
今朝はトクベツに追加ね〜 あ そうそう ちゅ〜○ も
あったんだわ。 」
「 み〜〜にゃあ〜〜〜 」
「 はい どうぞ 」
「 みにゃ♪ 」
猫は大喜びで お皿に顔を突っ込む。
「 ・・・ なんで聞こえるの? ミケちゃんの声 ・・・ 」
「 にゃあ? 」
「 ミケちゃん ・・・ わたし、音が聞こえないの 」
「 にゃ? 」
「 あなたの声は ― あ。 もしかしたら。 」
「 ・・・・ 」
三毛猫さんは金色の瞳で じ〜〜〜っとフランを見つめている。
「 ! ・・・ みけちゃん わたしが 見える の ・・・? 」
「 みにゃあ〜〜ん 」
「 ・・・ もしかしたら。 あなたの声・・・ わたしのココロに
響いているの かしら ・・・ 」
チ〜〜〜 チチチ ・・・・
気付けば 鳥のさえずりもちゃんと耳に届いている。
おそらく 日々の記憶がココロの中で蘇っているのかもしれない。
目覚めた時とは すこしづつ状況が変わってきている ・・・ らしい。
「 み〜〜にゃあ〜〜 」
「 ミケちゃん 」
満足して日向に寝そべる猫の 頬やら背中を撫でてみる。
ふわふわ・もふもふ ・・・ 温かい感触にほっとした。
「 ヒトには触れられないけど アナタはちゃんと撫でられるのね
ああ ああ ・・・ 嬉しいわ ミケちゃん ありがと・・・ 」
「 ・・・ にゃあ ・・・ ん 」
三毛猫はテラスの日溜りでうとうと・・・居眠りを始めた。
「 うふふ・・・そうだわ あの箱をあげる 」
彼女はキッチンにもどると、空き箱とタオルを持ち出してきた。
「 ね ・・・ このタオル あげるわ。 わたしのだけど・・・
もう使えないかもしれないから。 ほら どうぞ? 」
「 に あ〜〜 ? 」
ふん・・・? と顔を上げた猫は
すん すん ・・・?
箱の縁を嗅ぎ タオルを嗅ぐと 彼女はぽん、と箱に入った。
ふみ ふみ ふみ 〜〜〜〜
タオルの上で足踏みをし、そのままくるん、と丸くなった。
「 うふ? 気に入ってくれた? ゆっくり寝ててね・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
三毛猫は すうすう・・・寝入ってしまった。
「 いいわねえ ・・・ わたしは ― どうしたら いいの? 」
ふかふかした背中に そっと手を当てる。
「 ・・・ うふ ・・・ もふもふ〜 温かいのね 」
茶色の多い毛並は かつてこの庭をかけまわっていたあの犬を思い起こさせる。
「 そう だわ ・・・ 全然手触りは違うけど・・・
あのワンコも 茶色の多い毛並だったっけ 」
わんわん わん〜〜〜〜
あはは〜〜〜 ようし こんどはこっちだ〜〜
わんわん〜〜〜〜
茶色毛の犬と茶色毛のアタマが一緒くたになって駆けまわっている。
「 よ〜し すごいぞ〜 」
「 わ わん♪ 」
「 よしよし・・・ じゃあ 今度はこっちだ〜〜 ほらッ 」
「 わん! 」
「 お〜〜 すっげ〜〜〜 」
一人と一匹の 楽し気な声がひびく。
「 クビクロ〜〜〜 ほっとに賢いなあ〜〜 よしよし・・・
ほら ビスケット な〜〜 」
「 わ わん♪ 」
パクパクパク 〜〜〜〜
ジョーの掌に 鼻づらを突っ込んで茶色毛の犬はオヤツにご満悦だ。
「 うふふ・・・・楽しそう・・・ 兄弟みたいね〜 」
そんな < 二人 > のやりとりに、フランソワーズは家の中でも
自然ににこにこしていた。
「 あら もうこんな時間。 晩御飯の支度しないと・・・
あ そうだわ お使い 頼んじゃおっと 」
カタン。 庭に面した窓をあけた。
「 ジョー ぉ〜〜〜 お使い、 お願いできる〜〜 」
「 ん? なに〜〜 フラン〜〜 」
「 あのねえ 調理用のワイン〜〜〜 あ お酒でもいいわ、買ってきてくれる?
それと ・・・ あ できたらトマトも〜 」
「 おっけ〜〜 ついでにコイツの缶詰も買ってくるね 」
「 ええ お願いしま〜す 」
「 りょ〜かい☆ おい クビクロ〜〜〜 出かけるぞ おいで。 」
「 わん? 」
「 商店街までさ。 さあ リードつけるぞ〜 」
「 ・・・ わん 」
「 そんな顔するな。 ・・・さあ よし、と。
お前の好きな缶詰、買ってやるからさ〜〜 さあ 行くぞ 」
「 わん♪ わんわん〜〜〜〜 」
「 ! わあ〜〜〜 そんなにひっぱるなあ〜〜〜 」
わんわんわん〜〜〜 あははは ・・・
< 二人 > はじゃれ合いつつ 門を出ていった。
「 ふふふ ・・・ 本当に 兄弟 だわねえ
いいなあ わたしもわんちゃんか猫さん、ほしいなあ 」
「 ほ〜 賑やかじゃなあ 」
「 博士 ・・・ 楽しそうですよね 」
「 うむ うむ あの犬は あ〜〜 クビクロか? たいそう賢いな 」
「 ええ ジョーがいろいろ教えているみたいです 」
「 ああ 聞いていたよ それにしても クビクロは本当にアタマがいい。
ジョーが教えたことを 一回で覚えている。 」
「 一回で? まあ すごい ・・・ ! 」
「 うむ ・・・ 凄すぎる ・・・ 」
「 え? 」
「 いや ・・・ ワシの取り越し苦労じゃろう て。 」
「 そう なんですか? 」
「 ああ あれはただ ただ 賢い犬なんじゃろう・・・
そして ジョーのことが大好きなのだろうね 」
「 それはもう〜〜 二人は兄弟みたいですもの。
ジョーったらね オヤツは分けっこしてますし
テラスで一緒になって昼寝したり・・・すっごく楽しそうです。 」
「 ははは いいことさ。 アイツのあんな無邪気な笑顔をみせるのじゃな。
うん アイツのためにもいいことだ。 」
「 そうですね。 ああ ・・・ ずっと・・・こんな日が続けば
いいのに 」
「 続くさ。 ・・・ この日々は本当にありがたい 」
「 ええ 」
光の中で 博士と二人、 ほっとした気分で庭を眺めていたっけ・・・
― ジョー と < 相棒 > には 哀しい別れが待っていた。
冷えた空気は いつも素っ気ない顔をしているわ ・・・
フランソワーズは 冬がくるといつもそう思う。
この前の冬には その素っ気なさも賑やかな声と鳴き声で吹き飛ばされて
いたものだった。
今年は ― 鈍色の空のもと、ジョーはぼんやり外を眺めている。
「 冷えるわね 」
「 ・・・ え あ うん ・・・ 」
「 ジョギング 行くの? 」
「 ・・・ ああ うん ・・・ 」
彼の返事は どこか遠くを漂っている。
「 ねえ? あの 春になったら仔犬ちゃん、飼ってみる? 」
「 ・・・え? 」
「 一緒に走れるでしょ? わんちゃんと 」
「 ・・・ ううん ・・・ ぼくの相棒は アイツだけ なんだ
アイツしか いない。 」
「 ご ごめんなさい ・・・ 無神経なこと、言ったわ わたし 」
ジョーは 黙って首を振る。 セピアの瞳はくぐもったままだ。
「 ・・・ アイツはさ ・・・ 今 自由に空を駆けまわってる・・・ 」
「 そう そうね 」
「 ・・・ そうなんだ うん・・・ 」
ふう ・・・・ 雪も落ちてこない空に 溜息が揺蕩う。
「 ・・・ 普通のヒト のとこにいたほうが いいんだ・・ 」
「 え? 」
「 ぼくら、また闘いの世界に飛び込まなくちゃならないかもしれないし・・・
望まなくても ね。 」
「 ・・・ そうなってほしくないわ 」
「 勿論だけど ― 避けることはできない 」
「 ・・・ そう ね 」
「 巻き込まれるのは ぼく達だけでいい。 」
「 そうね ・・・ 」
彼の瞳は いつもいつもどこか冷たく澄んだ影が潜んでいる ・・・
さみしい さみしい ・・・ !
「 ・・・ 寒い わ ・・・」
春の陽射しの中で 彼女は身を震わせた。
「 ミケちゃんの里親さん・・・ 大人のお店で募集してもらうわ
ここには 居ないほうがいいもの。 」
茶色毛の寝姿に優しい視線を送りつつ フランソワーズはそっと
ため息を吐くのだった。
そっと振り返れば リビングにジョーの姿が見えた。
「 ! こっちに出てきたのね〜 ねえ ジョー あのね ・・・ 」
フランソワーズはあわてて リビングの中にもどった。
「 ねえ ジョー 」
「 ・・・・・ 」
彼は 淡い笑みを浮かべているが こちらを見てはいない。
「 ジョー ! ねえ ジョーってば。 こっちを見て、 わたしを見て ! 」
彼の目の前で 声を張り上げた ― つもりなのだが。
「 ・・・・ 」
彼は ポケットの中から何かを取りだした。
そして ― 掌に置き眺めている。
「 ? なにを みてるの? 写真 ・・・わたし の? 」
ジョーは 写真、 フランソワーズの写真に 微笑かけているのだ。
「 ・・・・ ・・・・ 」
彼の笑みは どこまでも優しく温かく そして 淋しい・・・
「 ・・・ ・・・・ 」
ジョーの指が 撫でる。 写真の彼女の顔を 撫でる そっと そっと
とても とても 愛おしそうに ・・・ そして 淋しそうに。
そして ― 彼は キスをした、写真のフランソワーズに。
「 ! ・・・ わたし ・・・ ここに 生きているのに! 」
フランソワーズは 口を押さえ彼の前から 後退りしていった。
わたし ! 生きてる 生きてるのに !
カタン カタン カタン
庭サンダルのままそうっと 庭先に出た。
少し冷たい風が 金色の髪を揺らす。
花壇の沈丁花や 庭の垣根代わりの梅の木も
枝や葉を揺らしている。
「 ・・・ 今朝は少し風が あるのね ・・・
日向は温かいけど ― まだ本当の春には 遠いのかしら 」
ひゅるん −−−− !
うす水色の空は 冬の気配も漂わせている。
「 あ ・・・ 風の音 聞こえる?
梢や葉っぱの音も 聞こえてる ・・・? 」
もしかしたら それは心の中で思い出しているだけかもしれないけれど。
全くの無音の世界 は 少しづつ消滅し始めていた。
ふうう ・・・
見上げれば どこまでも広い 広い 空 ―
「 ふふふ ・・・ このまま 風にのって飛んでゆけたらいいのに ・・・
あ そうよ そうだわ < 飛んだ > こと あるのよね わたし。 」
― そう 仲間には < 飛ぶ > ものがいるのだ。
彼も いつも空を眺めていた。 この家に居る時も いつだって。
「 ジェット〜〜〜 ねえ 買い物、お願いできる〜〜〜
あら? 出かけちゃったのかしら 」
リビングのドアを開けてが 先ほどまで見えていた赤毛が
ソファの向うから消えていた。
「 やだ・・・ なんにも言ってくれないんだから〜〜
あ〜〜 またァ・・・ あら? 」
ぶつくさ言って 散らばった雑誌を片づけていると
視線の先に 赤毛が見えた。
「 ああ テラスに出てたのね〜〜
ジェット? ねえ お願いがあるんだけど 」
「 ・・・ あ? 」
カラリ、 とテラスへのドアをあければ 長身の赤毛が
ぼんやりと空を眺めていた。
「 買い物を ・・・ あら なんかあるの? 」
思わず彼女も空を見上げてしまう。
「 ・・・ ? 」
「 あ〜? なんもね〜よ 」
「 じゃ どうしてず〜〜っと見上げているの? 」
「 ・・・ いい空だな〜って思ってさ 」
「 いい空?? 」
「 そ。 気持ちいいぞってね 」
「 ええ 今朝はいいお天気だし 」
「 だ〜からよ、 こんな日の空は 最高なのさ。 」
「 ?? 」
「 きっもちいいぜぇ〜〜 こう〜〜 ひんやり でも あったか。 」
「 ?? 今朝の空気のこと? 」
「 ま それもあるけど ・・・ 空 さ 」
「 空 ・・? 」
「 いいぜぇ〜〜 空の中 はさ 」
「 空の中?? 」
「 ん。 お いっぺん、フランも体験してみっか? 」
「 体験?? ここにいてもいい空気、いっぱい吸っているわよ? 」
「 ちゃう ちゃう。 あ〜〜 ま 目ぇ 閉じてな〜〜 」
「 ? ・・・ こう? 」
シュ −−−−− シュバ 〜〜〜〜
ふわり、 と 身体が宙に浮いた。
「 う わ〜〜〜〜 」
「 ちょ・・・ 騒ぐなよ〜 こんなこと、よくあるだろ 」
「 そ そりゃ・・・作戦中なら ・・・ 」
「 だろ? 天下の003がいちいち騒ぐなって 」
「 だってぇ〜〜 防護服も着てないし〜〜 」
「 なら もうちょい、目ぇ つぶってな〜〜 」
「 ・・・ ん ! 」
「 ― 雲の上 まで もうちょい だ〜〜 」
「 ( どっひゃ〜〜〜 ) 」
遊びでジェットに連れていってもらった 空中散歩 ―
雲を突き抜け 彼は空中ホバリングしている。
「 ほらよ 〜 よく見てみな〜 」
「 う わ〜〜〜 ・・・ ほんとうに 気持ち いいのね 〜 」
「 だろ? ・・・ この眺めってよ もう な〜〜んも
換えられないさ 」
「 ・・・ そうねえ 」
「 俺よ。 誰かがモトの身体にもどしてやるっていっても
断わるな〜〜 多分。
飛べない俺 なんて 俺じゃね〜もん 」
「 ジェット ― 」
「 あっは〜〜 俺様は < ジェット > さ! 」
赤毛のアメリカンは 陽気に笑いとばした。
「 わたし も ― 飛んでみたい な。 空 へ ― 」
ふわり。 身体が 浮いた。
「 あ? あ〜〜〜 風に乗れる かな ・・・
あ 乗った〜〜〜 きゃあ〜〜〜 いい気持ち 〜〜〜〜 」
彼女は風にのって しゅるしゅると宙に舞いあがっていった。
え? これって ・・・ 夢じゃないの?
雲をぬけると ふわふわしたモノが足元に広がっている。
「 え〜〜 これ って 雲? 」
そっと足を乗せると ― その上に立つことができた。
「 ・・・ やっぱり夢見てるんだわ そうに決まってるわ 」
「 なにが キマッテる んだ? 」
「 ?! ― ! お お兄さん ・・・! 」
目の前に 兄が、 あの頃と寸分も変わらぬ姿の兄が 立っていた。
「 ジャン 兄さん ・・・・ ! 」
「 おう。 なんだ 」
「 兄さん ・・・・ !!! ここに いたの?? 」
「 ファン。 ずっと見ていたよ。 」
「 え〜〜 ほんとう? わあ 兄さあん ・・・ 」
ぎゅ・・・っと抱き付いた兄は 煙草の香まで昔とおなじだった。
「 ・・・ 兄さん 兄さん ジャン兄さん ・・・
」
「 ファン ・・・ 」
兄は少し彼女を離すを ずっと先を指さした。
「 ? なあに
」
「 あっちを見てみろよ
」
「 え ・・・ あ! あ〜〜〜 」
目を凝らすと ― 離れた雲の上には 懐かしい人達がティー・テーブルを
囲んでいる。
「 ! パパ〜〜〜〜〜 ママン 〜〜〜〜 !! 」
声を張り上げ ぶんぶん手を振る彼女に 両親もにこやかに
手を振り返してくれた。
「 兄さん! ここには パパとママンもいるのね!
わたし 決めたわ。 ここに いる! 」
「 ファン。 もどりなさい。 」
「 え? どうして?? どうしてそんなこと、言うの?! 」
兄の胸をどんどん と叩く。 昔の兄妹ケンカの時のように ・・・
「 ファン ・・・ 」
「 お兄ちゃん 意地悪〜〜〜 」
「 ファン・・・ 」
兄は 妹の拳をそっと掌で受け止める。
「 ここにいる〜〜〜〜 」
「 ファン。 帰れ。 まだ お前は来ちゃいけないんだ 」
「 どうして お兄ちゃん!!?
わたし ・・・ 聞こえないの。 誰もわたしのこと、見えないの
だから ・・・ もうここに居させて ・ ・ ! 」
「 お前は まだまだやることが あるだろう ? 」
「 知らない〜〜〜 だってね わたし・・・ 壊れたちゃったの
もう どこにもいないのよ、誰も待っていてくれない ・・・・ 」
「 そうかな? ほら 耳を澄ませてみろよ 」
「 壊れちゃったの。 聞こえないのよ 」
「 いいや ほら ・・・ 」
「 ・・・・え ? 」
兄は 足元よりも下を指している。
「 お前の大切なヒトが ・・・ 呼んでいるのじゃないかい 」
「 ・・・ え ・・・ あ。 」
フラン −−−− フラン !
かえって きて ・・・
ぼくの フランソワーズ −−−−−−−
それは 実際の声 とは少し違っていた。
彼女のココロに びんびんと直接響いてきたのだ。
んんん ? 誰か 呼んで る ・・・?
「 ほうら ・・・ お前はまだまだ ここに来ちゃいけない。 」
「 で でも お兄ちゃん ・・・・ わたし・・・ 」
「 待ってるから。 ずっと。 」
「 え? ・・・ ほ ほんとう・・・・? 」
「 ああ。 お前のことは忘れたことなんか ないよ。 」
「 ・・・ あ あのね お兄ちゃん ・・・ わたし ・・・
昔のわたしじゃないの ・・・ 」
「 いいんだ。 言いたいことは言わなくていい。
ファン、お前がお前自身の役目を終えるまで ちゃんと待っているから。 」
ほら・・・ と 兄は妹の背を押してくれた。
「 アイツ〜〜〜 一発 殴ってやりたいが!
あんなに呼んでるんだ。 戻ってやれよ 」
「 お兄ちゃん ・・・ 」
「 ファン。 いつまでも愛している 」
「 わたしも ・・・ジャン兄さん 〜〜 」
きゅう 〜〜〜〜 兄妹は固く抱き合い そして 手を離した。
・・・・ ジョー ・・・・ !
突然 目の前が暗くなり ふう〜〜〜っと意識が遠くなった。
わたし ・・・ 消えてしまうの かなあ ・・・
! やだ。 いやだわ!
わたし 生きたい。 ジョーと 生きたい ・・・ !
生きたい の ・・・・
「 ・・・ あ ・・・・ 」
「 !! 博士!!! 目を ・・・ 目を開けましたっ
ああ 〜〜〜〜 フラン フラン 〜〜〜〜 」
「 おお ・・・ こ こら ジョー。 抱き付くな 」
「 ・・・ や やだ ・・・ や めて よ ・・・ 」
「 あは ご ごめん〜〜 ああ でも フラン〜〜〜
ああ よかったぁ〜〜〜
」
茶髪の青年は 彼女を抱き寄せたまま 離そうとはしなかった。
「 え ずっとここに、ベッドに居たじゃないか フラン。 」
「 そうじゃよ。 メンテナンス終了後は ここで療養しておった。
最低源のデータは収集していたからな 」
「 うん。 ぼく、何回も確かめに来てたんだ。 」
ほら・・・と 彼が示すデータは 途切れることなく彼女の状態が
記録されていた。
「 ・・・ でも わたし ・・・ 」
「 あは 夢でもみてたんだよ〜〜 きっと 」
「 ゆ 夢 ・・・? そんなことってあるんですか? 」
「 うむ? お前のメンテナンスは脳内の微妙な部分じゃから・・・
なんらかの影響はあるかもしれんよ 」
「 影響? 」
「 刺激されて 夢を見る ってことですよね 博士 」
「 そういうことも 有り得る、ということだ。 」
「 ・・・・ 」
あ あれは ・・・ あの時間は 夢 だったの・・・?
あの 沈黙の世界 は
「 フラン。 なんでもいいよ こうして ・・・ きみは ここに いる。
ああ ここにいるんだ〜〜〜 」
きゅ。 ジョーは 再び彼女を抱きしめる。
「 ちょっと・・・もう〜〜
あ ねえ ジョー。 わたしの写真 持ってるでしょ? ポケットに 」
「 え。 ど どうして知ってるの? 」
「 ふふふ〜〜〜 な い しょ♪ 」
「 え〜〜〜 」
みゃあ 〜〜〜
サッシの外に 茶色毛の姿が見える。
「 あ ミケちゃん。 ええ 明日 ポスター 作るわ
里親募集 のね。 」
「 え? なに ? 」
「 ミケちゃんもね 幸せになってもらわないとって。 」
「 ― ぼく達 も さ! 」
「 ? きゃ ・・・ 」
ジョーは フランソワーズを高く抱き上げ ― ぎゅうっと抱きしめた。
沈黙の世界 は 消え去った。
************************ Fin.
***********************
Last updated : 03,12,2019.
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************** ひと言 ************
猫さん達は 時に なにもない空間を じ〜〜っと見つめています。
きっと < なにか > が 見えてるのだ、と思います。
はい ラストは あのシーン ですにゃ〜〜〜 (^_-)-☆