『 まぼろしの沼 ― (1) ― 』

 

 

 

   サワ サワ サワ −−−−−− ・・・・

 

木立を揺すり 透明な風が吹き抜けてゆく。

疎らに立つ細い木々は その冷たさに震えているかのようだ。

あちこちに固まっている草も 寒さのために身を寄せ合っているのかもしれない。

なんとか真ん中だけ舗装した道には 行き来するクルマも 人影すら 見えない。

 

 

  ブゥ 〜〜〜〜   なんとも旧式なバスが一本道を進んできた。

 

          キキキ。    ― ガタリ。  

 

目印もなにもない道端に止まると ・・・  ガッタン。

数人の客を下ろし 再び ガタクリ ―  去って行った。

 

   カタカタ   トントン  ・・・ ガサリ。

 

バスから降りた人々が 動き始めた。

「 うわあ〜〜〜〜〜  涼しい〜〜〜〜〜 」

一番さきに降りてきた女性が 声を上げる。

帽子の大きなつばが 風に煽られ 金色の髪が零れでる。

空を写し取ったかのような 瞳が きらきらと輝く。

「 きゃ・・・ あ〜〜〜 いい気持ち! 

 ねえ ぜんぜん汗 かかないわあ〜〜 」

「 ・・・ ああ そうだねえ  東京とは別世界だあ 」

彼女のすぐ後から降りてきたのは 茶髪の青年で両手に大きなバッグを持っている。

ひょい ひょい と彼は荷物を纏めて持ち、歩きだす。

「 さあ ・・・あとは歩きだよ〜〜 」

「 うん。  ね! 避暑には最高だわ〜〜  あ 博士〜〜〜

 お荷物 これとこれ・・・ですよね 」

金髪美人が 最後に降りてきた老人を振り返る。

「 ・・・ ふう やれやれ ・・・ はあ ・・・

 おお 涼しいのう〜〜  」

老人は 白い顎鬚を蓄えているが元気そうな顔色だ。

習慣なのか、さかんにハンカチと扇子を使っている。

「 ふむふむ ・・・ これはいいなあ  生きかえる・・・ 」

彼は背をのば〜し思い切り深呼吸をした。

「 ほんとうに ・・・ 空気 美味しいですよね 

「 うむ うむ・・・ あ ここからは歩きじゃったな。

 では 行こうか〜 

ひょい、と小型のボストン・バッグを持ち上げすたすた歩き始めた。

「 あ 博士〜〜 お荷物 持ちます〜〜 」

「 平気 平気。 これくらいなんでもないよ・・・

 フランソワーズ ・・・ 荷物、少ないなあ 」

金髪美人は 薄めのショルダー・バッグに ヴァニティ・ケースを

下げているだけだ。

「 え? ・・・うふふふ〜〜  残りはジョーが持ってくれてまあす 」

ねえ ジョー?? と 振りかえれば ―

 

「 え? ・・・ これで全部 だよね〜〜 」

 

ごろごろごろ。 イチバン後ろから コロコロに大きなスーツ・ケース二つ

括り付け 背中にはぱんぱんの巨大リュック、さらに特大ショルダー・バッグも

肩からかけた 茶髪青年がついてきた。

「 そうね〜〜 ジョー わたしのスーツ・ケース、ありがと♪ 」

「 あ べつにこれくらいは ・・・ 」

「 ねえ この先は こっちでいいの? 」

「 え〜と ね・・・ うん その先に左に入る道がある はず。 」

ジョーは スマホを睨みつつ案内をする。

「 博士〜〜 こっちですって〜〜  ・・・ ねえ 遠いの?

 その・・・ 別荘 」

「 ・・・ いやあ? そんなはず ない ・・・と思うけど 」

「 博士〜 大丈夫ですかあ 」

「 もちろんじゃ! ワシを年寄扱いするな 

「 ふふふ 失礼しましたあ〜〜

 あ ・・・ ねえ あの赤い屋根かしら 」

フランソワーズはサンダルで背伸びをしている。

目の前には檜や杉の林が広がっているのだが・・・

「 え どこ? ・・・ ん〜〜〜 ああ あれ かあ 」

「 ね? ステキね〜〜〜 博士〜〜 あれですよね? 」

「 おいおい ワシには見えんよ 残念じゃが・・・

 うん?  ああ でも確か 赤い屋根の建物のはずじゃよ 」

「 わあお  さあ 行きましょ〜〜 ね ジョー 

「 おっけ〜〜  あ 博士、ほら どうぞ? 」

「 わほ? 」

ジョーは 博士をひょい、と持ち上げるとコロコロの荷物の上に座らせた。

「 さあ しっかり掴まっててくださいよ〜〜 

「 お?  おわわ〜〜〜 ・・・ 」

  

   ゴロゴロゴロ〜〜〜〜  

 

ジョーは涼しい顔で荷物を引っ張ってゆく。  

「 フラン〜〜〜 ナヴィ たのむね〜 」

「 はあい 了解♪  こっちの道がちかいみたいね 」

「 ふふふ  ぼくさ 避暑地の別荘なんて初めてなんだ〜〜

 すっげ〜〜 楽しみ♪ 」

「 今年の夏は最高ね♪  あ〜〜 本当にいい気持ち・・・

 空気が美味しい ってこういうことなのね 」

「 うん ・・・・ ふ〜〜〜 は〜〜〜〜 ああ 美味しい 」

「 うふふ・・・  」

「 へへへ  深呼吸〜〜   さ  いこ! 」

「 はあい  こっちで〜す 

 

     コツコツコツ   ゴロゴロゴロ〜〜〜

 

 

 

八月上旬 ― 彼らは小さな旅に出ることになった。

 

東北の奥地へ ・・・ 避暑を兼ねてコズミ博士の友人の故郷へ

やってきた。 研究所を兼ねた別荘がある、という。

家主の御仁は考古学が専門で 近くに発掘された遺跡に夢中になっていた。

 

その夏は なかなかの猛暑で都会では終日クーラーが唸りを上げ。

海に近く比較的過ごし易いはずの この地域でも ・・・

 

    いやあ〜〜〜 暑いですなあ〜

 

    本当に・・ ぶっ倒れんよう 気ィつけて・・・

 

    お互いになあ〜  ああ あっつ・・・

 

こんな挨拶が 頻繁に交わされるようになっていた。

 

その町外れに建つギルモア邸 ― 巧みな建築方法で抜群の通風 ―

なのだが 住人たちはネを上げ始めていた。

 

  ふう〜〜〜   フランソワーズは何十回目かのため息をつく。

 

「 ・・ ねえ ジョー ・・・ 日本の夏って いっつもこんななの? 」

「 ・・・ う〜〜ん ・・・ 今年はちょっと猛暑かも 

「 ちょっと ・・・? 」

「 ・・・ かなり かな。 ああ クーラー もっと強くすれば 

「 外に出られらなくなっちゃうわよ。

 それに 冷やし過ぎは身体に悪いわ。 」

「 あ〜 ・・・ ぼく達は ・・・ 」

「 わたし達でも よ。  勿論 博士に冷房漬けは禁物だわ 」

「 ・・・ そうだよなあ ・・・ う〜〜ん ? 」

「 ねえ 9月になれば涼しくなる? 」

「 9月すぐ ・・・ はちょっと無理かも 

 あ そうだ 暑さ・寒さも彼岸まで っていうから 

「 ヒガンってなに 」

「 ・・・ え〜〜〜 ・・・ 秋のお彼岸は9月の下旬かな 」

「 9月の下旬! それまで暑いの!? 」

「 いや その・・・ 朝晩は少しは 

「 少しってどのくらい?  何℃くらいになるの? 」

「 フラン〜〜 ぼく 気象庁じゃないんだよぉ 

「 だって・・・ 自分の国のことなら詳しいはずでしょ。

 ・・・ あ〜〜〜  パリに帰ろうかなあ〜〜 」

「 ・・・ この夏 ヨーロッパは熱波だって ・・・

 アルベルトがボヤいてきたよ ・・・ 」

「 ・・・ あ  そ ( ふう 〜〜〜 ) 」

 

  ― なんてやりとりに ジョーが辟易しているころ・・・

 

コズミ博士から 提案があった。

博士の旧友からの 頼み だそうだ。

 

あるあつ〜〜い日の午後・・

「 はい ・・・ あ コズミ博士〜 コンニチハ 

ジョーが取った固定電話の受話器からは いつもののんびりした声が聞こえてきた。

「 ジョー君ですかいな。 皆さん 元気ですかな 

「 はあ ・・ 暑さにヘバってますよ〜〜  

 あ ギルモア博士につなぎますね 」

「 頼みます。 」

  

「 いやあ・・・ ワシの旧い友人からなんですが 」

・・・ その電話でのコズミ博士のハナシによると ― 

 

「 コズミ君や すまんがのう〜〜 ちょいと手伝いを頼まれてくれんか 

「 てつだい?  家事の、か? 」

「 いやいやいや〜〜  発掘の だ  」

「 はへ? そりゃ学部の学生たちや院生に頼んだらどうかね 

「 ―  いやいや 昨今のワカモノは 辺鄙な田舎には

 行ってくれんのじゃよ 」

「 はあ・・・  おお それではうってつけの人物がおるよ。

 君も知っている御仁とその家族じゃ 

「 家族?? 」

「 そう ワカモノが二人おるから 手伝ってもらえばよいよ 

「 息子さんかね 」

「 あ〜 息子さんと娘さんがおるんじゃ。

 この暑さだもの、ちょいと避暑ついでに頼んでみよう 

「 頼むよ〜〜  うん 涼しいことは保証する! 

 

「 ― ということがあってのう〜〜〜

 どうですか 東北の奥の奥なんじゃが。 涼しいですぞぉ

 ジョー君やフランソワーズさんと 一緒に  

「 東北か・・・  それはいいですなあ 

 三人でおしかけていいのかな 」

「 ちょいと作業を頼みたい、とのことでね 」

「 作業?? 」

「 はいな。 彼は考古学の大家でして ―

 ほれ つい最近 発掘された東北最大の遺跡・・・ 」

「 ああ ああ 新聞で読んでおるよ  あの近くか

 そりゃ涼しくていいな 」

「 その遺跡から 結構発掘の成果がありましてな

 発掘そのものはおおまかには重機、あとは人の手 だそうな 」

「 ふむふむ ・・・デリケートな作業じゃからなあ 」

「 そうなんです。 発掘品の洗浄などもあるそうな 」

「 な〜るほど〜 そりゃ ウチのワカモノ達にぴったりですな。

 重機が入れないところは ほれ・・・ジョーが片手で 」

「 そりゃいい! 

「 フランソワーズも細かい作業、好きそうじゃし・・・

 ああ そうだ 年代の特定に便利な機器があるんじゃ

 それを持参して使っていただけると嬉しいですな。

 こりゃ ご好意に甘えていいですかな 」

「 お〜 ありがとう!  では早速先方に連絡します。 」

「 ありがとう コズミ君。 

 ウチのワカモノ達に話しておきましょ 

 なあに 奴らもこの暑さにネを上げている日々ですからなあ 」

「 ほうほう ・・・ それでは 北国の涼しい夏を堪能してくだされや 」

 

  ― という経緯があり ギルモア邸御一行は

その 東北の奥の奥 までやってきたのだ。

 

「 わあ ・・・ ステキな別荘ね〜〜〜 」

「 うん 古風な洋館風だけど内部は最新式だね〜〜 

 あ 博士、コズミ博士のご友人は・・・? 」

「 ああ 彼は別棟の研究棟に籠りっきり、ということじゃ。

 今から挨拶してくるよ。 」

「 ぼく達もご一緒しますよ。 お手伝いする作業のこととか

 伺っておきたいし 」

「 ああ そりゃいい・・・ ありがとうよ ジョー 」

「 じゃあ わたし こちらで荷物を片しておきますわ。

 キッチンとか使ってよろしいのですよね 」

「 うむ 全てご自由に、とのことじゃよ 」

「 はあい♪  ああ なんて気持ちのいい空気なのかしら・・・

 クーラーいれずにキッチン使っても平気ね 

 ・・・ あ  あれって百合かしら 

 すご〜い お庭に百合!  素敵〜〜〜 

フランソワーズも 別荘の設えがおおいに気に入ったらしい。

「 あ じゃあ 頼めるかな?

 ぼくらの荷物はスーツ・ケースを部屋まで運ぶから。

 それっぱでいいよ 」

「 了解。  キッチンとか拝見しているわね 

「 ごめん、お願いします。 」

「 はあい。  ねえ 涼しいからお庭でBBQとかできそうね〜〜

 ふふふ 久々にアップル・パイでも焼こうかしら〜〜〜 」

フランソワーズもすこぶるご機嫌ちゃんだった。

 

― そして 午後のお茶の時間 

 

すこし前に 博士とジョーが帰宅した。

「 ただいま  ああ 汗 かかないっていいねえ 」

「 お帰りなさあい。  ふふふ 本当ね。

 出来立てのパイ、いかが 」

「 わっほ〜〜 手 洗ってくる〜〜 

「 博士 お疲れじゃありません? 熱いお茶 淹れますわ 」

「 ありがとうよ  いや 涼しいのでなあ 元気じゃよ 」

「 それはよかったですわ  

 うふふ・・・ 博士のお好きなアップルパイです 」

「 おお 嬉しいなあ ワシも手を洗ってくるよ 」

 

熱い紅茶と 焼きたてのパイでテイー・テーブルを囲むことになった。

ほんの少しだけ開けた窓から 涼しい風が入ってくる。

その風は 瑞々しい緑の香をのせている。

 

「 打合せ 如何でした? 」

「 うむ  別棟は完全に研究棟になっておったな 」

「 そうですか。 ご挨拶にパイをお持ちしようかと思っていたのですけど 」

「 ああ あの御仁は自分のペースを乱されたくないようじゃ。

 なんでも自分でやる・・・といったタイプじゃな。 」

「 あら そうなんですか。

 あの〜 お手伝いって なにをすればいいんですか? 」

「 うん。 伺ってきたよ。 ここの家主の教授は考古学の大家でさ 」

ジョーは 熱心にパイを食べていたが ふと顔を上げた。

「 とにかく今は ほら、この近所に出土した遺跡に熱中しているんだ 

「 ふうん ・・・ あのぉ 地面を掘ったり するの? 」

「 いや それは専門のヒトがやるんだって。

 ぼくらシロウトは 発掘した土器やらなにやらの洗浄だって 」

「 せんじょう?  ・・・ ああ 洗うことね 」

「 うん。 明日から手伝いにゆくよ 」

「 わたしにも出来るかしら 

「 ああ 大丈夫だよ そんな難しいことじゃない と思うな 

 ね〜〜 このパイ、美味しいなあ 

「 うむ うむ ・・・ 涼しい地で熱いモノを食するとは

 最も幸せな瞬間であるな 」

 

避暑地の午後は 和やかに楽しく過ぎていった。

 

そして  夜。

フランソワーズは  満天の星空  も十分に楽しんだ。

 

     ・・・ すご  い ・・・ !

     降るような・・・って こういうことね!

 

     ―  あ。  流れ星 ・・・

 

     ああ ジョーと一緒に眺めたいなあ

     うふふ ・・・ 今 誘いに行ったら

     ひっくり返っちゃうかも ね♪

 

パジャマにしっかりコートを着てスカーフを巻き

それでも潜んでくる夜気に 手を擦りあわせる。

 

     ―  ね。

 

     いつか 一緒に ・・・ 星 みたいわ

     一緒にいれば 寒くなんかない わよね?

 

クスクスクス ―  乙女は星空の下で満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

< お手伝い > は翌日から始まった。

家主?の教授に挨拶をし 助手さん達 ( 院生さんと先輩の学芸員さん ) に

作業の要点を教わった。

もちろん 全くのシロウト・初心者であるジョー達は 助手の助手、

下働きの本当に < お手伝い > である。

しかし 必ず押さえておかねばならない要点があるし

本職の助手さん達は 実に熱意をこめて教えてくれた。

 

「 ・・・ ふんふん ・・・ はい! わかりました! 」

ジョーはメモを取りつつ、とて〜〜〜も熱心聞き入っていた。

 

       へえ ・・・ 

       やっぱりジョーって真面目なのね

 

       責任感が強いっていうの?

       ・・・ 日本人ねえ〜〜

 

フランソワーズは 少し離れて彼の様子を観察していた。

「 はい じゃ ぼく達は最初の泥落とし、に取り組みます! 」

彼は嬉々として 泥の塊の山 としか思えないモノを

ゆっくり慎重に運び始めた。

「 ・・・ あ の・・・? 」

「 ああ フラン。  あっちの洗い場でさ

 容器に水をいれておいてくれるかな  

「 え ええ  いいわ 」

 

       ・・・ 水仕事なの・・・?

       それなら 防水スプレーしてきたのに・・・

 

       足元だってレイン・シューズにしたわ

       ・・・ あ 手袋はするのね  

       よかった ・・・

 

若いおにゃのこ としては多少引き気味な彼女なのだが ― 

ジョーは発掘土器の洗浄やら分類に < ハマって > しまい

モノも言わずに 洗い桶の前にしゃがみ込み作業をしている。

 

「 ・・・ ジョー? 」

「 〜〜〜〜 っと あとちょっとだな ・・・ 」

「 ?  ねえ ジョー。 」

「 よおし ・・・  あ ? 呼んだかい フラン 」

何回目かで や〜っと彼は手元から顔を上げた。

「 ウン。 」

「 ごめん・・・ なに? 」

「 ・・・ あの  ジョーってこういうこと、好きなの? 」

「 こういうこと・・?  ああ 発掘作業のことかい 

「 そうよ。  ものすごく熱中してるから ・・・ 」 

「 ぼく さ。 史学科とか 考古学とか勉強してみたかったんだ〜 

 なんかさ ちょっとこう〜〜 憧れてた 

「 そうなの?  ねえ これ ・・・ 土を落とすんでしょ?

 だったら こうやった方が効率 いいんじゃない?  」

彼女は 土がこびりついた土塊を水道の下に持ってゆき ―

  

   じゃ〜〜〜〜〜〜    勢いよく水道の蛇口をひねった。

 

「 あ〜〜〜 すとっぷ すとっぷ〜〜〜〜 !!!

 遺跡はデリケートなんで  こうやって少しづつ・・ 」

ジョーは あわてて土塊を取り戻すと 

水を張った大きなバケツの中に浸け そうっと専用のブラシを使い始めた。

 

     ごし ごし ごし ・・・ご  し ・・・

 

貴重品を扱うがごとき手つきなのだ。

「 へえ ・・・ でもそれじゃ 土 落ちないわよね ? 」

「 ゆっくりやってゆけば 少しづつだけど落ちるんだ。

 焦ったらだめだよ。  すこしづつ丁寧に・・・

 ほうら ・・・ キレイになってゆくよ 」

「 ふうん ・・・ 」

実際にジョーの手の中で土塊に見えていたモノは

まったく別のカタチを見せ始めている。

「 ・・・ へええ ・・・? 」

その情景はなかなか感動的であり 全くの門外漢であるフランソワ―ズも

興味を引かれた。   ― だけど。

 

     そりゃ ・・・ 面白いけど・・・

     ねえ 手袋をしていると

     ネイルが剥げてしまうんだけど・・・

 

     ちょ・・・ やだ ジョー! 

     素手はちょっと〜〜 ヤバいんじゃない? 

     汚い とは思わないけど

     ―  やっぱり指先が汚れるわ

 

     ・・・ 消毒スプレー 持ってくればよかった

 

ちらちら自分の指を眺めては こっそりため息 なのだ。

それに ・・・ 足元がかなりぐちゃぐちゃしてきた。

 

「 あ フラン〜〜 そうっとそうっと な 」

「 あ それはしばらく水に浸けておいたほうがいいかも・・・

 うん こっちのは日陰に乾しておいて ・・・ 」

「 すごいよなあ〜〜  これ 何万年も前 なんだぜ? 

 うん 土は手で掘るんだ〜〜 シャベルで傷つけないように! 」

     

ジョーは普段 何事にも割とおおらかでむしろ適当なトコまであるのだが。

( フランソワ―ズは そんな緩めな彼に好感を感じているけど )

その彼とは 別人のごとく ・・・

神経質に拘りまくり 細かいことまであれこれ指示を出す。

 

「 ・・・ ん〜〜〜 そんな風にするの?? だって汚れを落とすのが

 目的でしょう? 」

「 それもあるけど。  この出土品をできるだけ そのまま の姿に

 して置かなくちゃならないんだ。

 だから 本当なら歯ブラシをそう・・・っと使うのがいいんだって 」

「 歯ブラシ・・・! 」

 

      泥を落とすのに ・・・ 歯ブラシ!?

      ちょっとぉ〜〜〜 

      わたし ついてゆけないわあ

 

      ・・・ 爪の間に泥が入っちゃうし★

      それにね  ねえ 気付いてる?

      わたし 新しいネイルをしているのよ

 

      せっかく避暑に来たから 記念に・・・って。

 

      ちょっとは気付いて・・・

      ねえ ジョーに見てほしいのに  

 

 

  カタン。  彼女はかなり唐突に立ち上がった。

 

「 ― ランチの用意 してくるわ 」

「 え あ  うん ・・・ ここに持ってきてくれると

 嬉しいんだけどなあ 

「 え ・・・ ここで食べるの?? 」

「 うん なんかさ〜〜 発掘現場って落ち着くよね?

 ああ これって何万年も前の土なのかあ〜〜って さ 

「 ・・・ へ え ・・・ 」

 

      一緒に ランチ 食べたかったのに ・・・

 

      ホントいえば。 避暑地でしょう??

      おシャレして一緒に散歩しよう〜って

 

      お気に入りの水色のフレア・スカート 持ってきたのよ?

      スワトウの日傘 に レエスのブラウス ・・・

      持ってきたのにい

 

      ・・・ 泥んこになりにきた のじゃないわ

 

なんだか涙が滲んできてしまった。

「 ごめんね〜〜 避暑に来ても 食事作りとか頼んで・・・

 あ 晩ご飯はぼくが作るよ! 」

「 ・・・ あら そうなの? 

 とにかく ・・・ わたし 一回お部屋に戻るわね。

 なんか ・・・ 足が濡れてしまったし 」

「 あ そうなんだ?  ああ 長靴 履いてくるといいよ。 」

「 あら ジョーは 」

「 え あ〜〜 ぼくは ビーサン で十分さ。

 ははは こ〜いう時に サイボーグでよかった って思うね 」

彼は 本当に楽しそう〜〜に こそっと言って笑った。

「 ・・・・ 」

かなり引き攣った笑みを返し フランソワーズは発掘現場から

戻ってきた。 

 

   コトコト  コト コト ・・・・

 

村の道はほとんどが土のままで ― 路肩には草がしげり小さな花も見える。

「 ・・・ あ ん  やだあ ヒールが ・・・

 ここにいる間は スニーカーででかけた方がいいみたいね 」

用心しつつ 道の真ん中を歩く。

行き交う車は もちろん無いし ヒトの姿も見えない。

「 ― ここって 過疎の村 なのかしら ・・・

 駅の周辺にはスーパーとかあったと思うんだけど。

 村に 農産物の直売場とかないのかしら ・・・

 新鮮なお野菜、食べられるかなあ って期待してたのよね 」

 

     がっちゃ がっちゃ がっちゃ

 

村落がある方向から作業用の台車を押して 年配の男性がやってきた。

台車にはいろんな野菜が積んである。

「 ― あ〜〜  こんにちは! 」

フランソワーズは 少しためらったが 笑顔で挨拶をした。

「 ・・・ あ 〜〜・・・?  

「 あのう ・・・ こちらには野菜の直売場とかありますか? 」

「 ・・・ああ ? ?

そのおじいサンは しばらくじ〜〜っと彼女を見つめていた が。

 

    ぽん。  手を叩いた。

 

「 あ〜  あんのセンセイのお手伝いの人かね 

「 え ええ ・・・   こんにちは 

「 ま〜〜 キレイさんで・・・ 日本語上手なガイジンさん 」

「 あ  わたし ずっと日本に住んでてて ・・・ 

 あの  この辺りにキレイな場所とか あります? 」

「 キレイなばしょ?? ・・・あ〜 観光すぽっとかいな 」

「 ええ 」

「 う〜〜ん??  ほっんとな〜〜んもねえトコでよぅ

 ・・・ あ  ちっこい池が あるな 」

「 池・・・ ? 」

「 役場のわけ〜もんが 幻の池 なあんて言ってたけんど  」

「 まあ 幻の池 ですか?? すてきですね〜〜 」

「 ステキ・・・? う〜〜  どうかねえ・・・

 ま〜 ただの沼さ。  だけんど いつもみつかるわけでもねえのさ 」

「 え・・・? 消えちゃったり・・・ するんですか? 」

「 ま〜 そんなトコかね    あ これ やるよ 」

おじいさんは ポケットから 案内図 みたいなビラを出してくれた。

どうやら役場が配りまくっているらしい。

「 あ ありがとうゴザイマス・・・ 」

「 あのセンセイの別荘の先 だよ

 あ アンタの言ってた 野菜売り場 はな、 この先・・・

 役場のとなりにあるだよ  ウチのも並べてるだ。

「 まあ ありがとうございます! 伺いますね〜〜 」

「 ま 野菜だけは うめ〜よ〜〜 

 ほんら これ  ど?  もってって〜〜 いま もいできた 」

おじいさんは 曲がり胡瓜 と いびつトマト を

フランソワーズに押し付けた。

「 え え え〜〜〜  わあ すごい美味しそう〜〜〜♪

 あ でも いま お財布 持ってなくて 」

「 へえ?  代金?  あっはっは・・・いらねぇよ 

 売り物になんねぇけど 捨てるのもなあ って持ってきてよ 

 ま 味は保証つきだ  おらが野菜 味わってな〜〜 」 

おじいさんは がはは・・・と笑うと 台車を押して行ってしまった。

「 あ ・・・ あの ・・・ 

 すご〜〜い  このキュウリとトマト おいしそう〜〜 」

両腕に野菜を抱えていると なんだかとっても楽しい気分になってきた。

 

      あは ・・・ 日向の匂いがする〜〜

      お日様の匂い かしら

 

「 ふうん ・・・ なんか すっごい田舎 なわけか・・・

 このままウチに帰っても ひとりでつまらないし・・・

 そうだわ さっき聞いた 幻の池 を探してみようかな・・・ 」

カサリ。 さっきもらったビラを改めて眺めてみた。

 

      幻の池 ですって??

      きゃ〜〜〜 なんか神秘的ですてき!

 

      そう・・・きっと木立の間にひっそりと

      透明な水を湛えた池があるのよ

      いつもは見つからないの

      ある一定の時間しか姿を現さない・・・

 

      きゃ♪  そうだわ〜〜

      冬には 白鳥がくるかも!

      本当の 白鳥の湖 ね・・・

 

「 うふふ ・・・ 午後から行ってみるわ!

 ちょっとオシャレして ― 避暑地の午後〜〜♪ 

 あ。   お腹減ってたんだわあ  ランチ ランチ〜〜〜

 頂いたキュウリとトマト、使ってサンドイッチ にしよ♪ 」

 

とりあえず 昼ご飯作らなくちゃ・・・と別荘に戻って行った。

 

Last updated : 03.29.2022.              index       /      next

 

 

**********  途中ですが

ふふふ ・・・ さあて どのお話が下敷きになっているでしょう?

まあ 気楽に楽しんでいただければ ・・・ (*^^*)