『  フェーヴ  − feve −  捜しものはなんですか  (2)  』

 

 

 

 

 

 

 

 

パタパタパタ ・・・・

もう何回も いや何十回も小さな足音がキッチンの入り口までやってくる。

戸口で止まって ― そう・・・っと中をのぞいて。 しばらくし〜んとしているがやがてまた 

 パタパタパタ ・・・  小さな音は遠ざかってゆくのだ。

 

   ふふふ・・・ファンったら。 今朝っから同じことばっかりね。

   そんなに ケーキが気になるのかしら・・・

 

母親はくすくす笑い、オーブンの中を窓越しに覗いてみた。

「 うん、いいわ。 いい感じに焼けてきているわ。   ― ねえ、ジャン?

 ファンにそう伝えておいてくれる? もうちょっとよ、って。 

彼女は戸口に背をむけたまま、キッチンの入り口近くの壁にこっそり張り付いている息子に声をかけた。

「 わ・・!?  ・・・ あ うん、ママン ・・・ わかったよ。 」

どうしてわかったのかなァ〜と首を捻りつつ少年はしぶしぶキッチンから出ていった。

「 ふふふ・・・ もう 兄妹そろっておんなじことをするのだから。  ― あら? 」

「 いい匂いだなあ〜 もうすぐ焼きあがるのかい? 」

バタン とドアが開き、彼女の夫がにこにこ顔で現れた。

「 まあ・・・ あなたったら。  うふふ・・・ もうこれは我が家の遺伝のようね。 」

「 なにが遺伝なんだい?  ・・・う〜〜ん いい匂い! 君のアーモンド・ペースト・パイは絶品だもの。

 ああ 楽しみだ♪  もう 腹の虫がうるさくてさ。 」

「 ふふふ・・・ 今年も大成功だと思うわ。  あなた、お茶の用意をしておいてくださる? 」

「 おう。 ジャンとファンにも手伝わせるよ。 二人ともさ、リビングでウロウロ ちょろちょろ・・・・

 ま、この匂いが流れてくれば無理もないがね。 」

彼は鷹揚に笑うと、料理上手な細君を抱き寄せ軽くキスをする。

「 ・・・ お。 パイの味がするぞ?  もう試食したのかな 」

「 まあ、いやだわ、あなた。  ・・・ちょっとアーモンド・ペーストの味見をしただけです。 

 ねえ 今年は誰に当たるかしらね。 」

「 うん? ああ、フェーヴかい。  去年は俺だったな。 その前は・・・ ジャンか。 」

「 ええ。  もうね・・・・ファンがあたしも あたしも〜〜って大変なのよ。 」

「 ははは・・・ ファンらしいなあ。  ま、でもこればっかりは。 」

「 そうです、こればっかりは。 神様にお任せ、ということね。 」

「 違いないな。  うう・・・ これ以上ここに居たらダメだ、 お茶の仕度、してくる。 」

「 お願いします、あなた。  さあ〜て・・・と。 あとは最後にブランディを一刷け・・・っと。 」

白いエプロンを揺らしキッチン・ミトンを填めて母親はオーブンの前に立った。

 

 

「 ― んんん ・・・?  あ〜 あったァ〜〜 ほら〜 フェーヴ ・・・ ! 」

「 おう、今年はジャンか。  やったな。 」

「 まあまあ よかったこと。  どこかに紛れてしまったのかしら・・・って心配してたのよ。 」

少年は得意気に小さな陶器の人形を ケーキ皿に置いた。

「 えっへん。 今年はァ 僕がおうさま・・・ 」

「 ・・・ うう うぇ〜〜〜〜ん えぇ 〜〜〜  」

少年の言葉を 大きな泣き声がかき消してた。

エプロンをかけて、口の回りをパイのカケラだらけにしていた幼い女の子が泣き出した。

「 あらあら ファン ・・・ どうしたの? お口の中でも噛んでしまった? 」

女の子はぶんぶん亜麻色のアタマを振っている。

「 ええェ〜〜ん ・・・ あ、アタシ・・・ ふぇ〜ぶ なかったァ〜〜 」

「 ・・・ あら ・・・・ 

「 あは。  ・・・ そうだねえ・・・ 」

両親は顔を見合わせ ― 父親はすぐに小さな娘を抱き取った。

「 ファン 残念だったな。  今年はジャンの番だったんだ、 神様がそうお決めになったのさ。 」

「 そうよ、ファン。  来年は ファンかもしれなくてよ? 楽しみねえ・・・

 でもね、 これはだ〜れにも判らないことなの。 」

「 ・・・ え〜ん ・・・・うううっく ・・・ アタシ ・・・ 」

「 ほらほら もう泣かないで?  ね、ママンのパイ、美味しかったかしら。 

 ねえ、ファン 教えてちょうだい ・・・ 」

母は涙でべたべたの娘の頬にキスをする。

「 美味しかったよなあ〜 ファン。  ファンのママンは最高のパティシエさ。 」

「 うう ・・・ うっく ・・・・ おいちい・・・ うっく ・・・・ 」

 

   カチン ・・・  なにか固い小さなものが妹のケーキ皿に飛び込んできた。

 

「 ・・・ やるよ。 今年は ファンが王様・・・じゃなくて女王さまさ。 」

「「 ジャン ・・・ ! 」」

同じ髪の色をした兄は 少し怒ったみたいな顔をして じ・・・っと妹の皿を睨んでいる。

「 ・・・ お兄ちゃん ・・・ 」

「 ジャン ・・・ いいの?  」

「 ・・・ん。  いい。 今年のフェーヴは ファンのものだよ。 」

「 お兄ちゃん ・・・ お兄ちゃん〜〜 わァ〜〜 ふぇ〜ぶ ・・・! 」

妹はちっちゃな指で 陶器の人形をおそるおそる摘まみ上げた。

「 よかったな ファン。 ジャンにちゃんと お礼をいいなさい。  ジャン、偉いぞ。 」

「 めるし・ぼく  お兄ちゃん・・・! 

「  ・・・ ん。  ファン ・・・ 」

兄はちょっとばかり泣きそうな顔で でも誇らし気に妹のちっちゃなキスを頬にもらっている。

「 さあさ・・・ みんな、もう一杯美味しいお茶はいかが? ミルクもお砂糖もたっぷり入れてね。

 今年の 王様のお菓子 は今までで一番美味しかったってママンは思うわ。 」

「 ああ パパもさ。  なあ、お前たち・・・ 」

「「 うん !!  」」

 

一月の、まだまだ凍て付く午後。  その家族はどこよりも温かい時間を過していた。

父と母と兄に囲まれて ―  小さな妹はこの温かさがず〜っと続くと信じていた・・・明日も そのまた明日も。

兄に貰ったフェーヴ ― それは小さな陶器の人形を模ったものだったけれど、

妹はずっとタカラモノとして大事に 大事に ハンカチに包んでチェストに仕舞っていた。

 

 

 

 

冬晴れの昼時、 パーキングにはちらほらしか車は入っていない。

ジョーは出入り口の近くに車を止めた。

フランソワーズは ジョーが手渡したコピーを胸にじっと目を瞑ったままだ。

「 ごめん。 余計なこと、しちゃったかな。 」

「 ・・・ ううん  ううん ・・・  ありがとう ・・・ お兄さん。 」

「 ・・・! 」

ジョーは ちらり、と外を見てから助手席に向き直った。

「 フランソワーズ。 しっかりしろよ。 ぼくは  ― ジョーだよ。 」

「 え ・・・? なあに、なにを言っているの。 

 そんなこと、当たり前じゃないの。 ・・・ 可笑しなジョーねえ・・・ 

 それよりも このコピー ・・・ 嬉しいわ、ありがとう・・・ 本当に嬉しい・・・ 」

フランソワーズはしっかりとジョーを見つめると伸び上がって抱きついてきた。

 

    ・・・ うん ・・・ 一応 現実の把握はできているんだな・・・

    ただ 時々  ごっちゃになっちゃうみたいだ。

    仕方ないよなあ ・・・ ショックの連続だもの・・・

 

「 あは・・・・こんなトコじゃなかったら大歓迎なんだけどな。  ・・・ んんん ・・・ 

 ステキな思い出なんだね。  大切にするといい。 」

「 うん ・・・ ありがとう。  あの ・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 あれ なんで謝るのかな。 きみこそ可笑しいなあ。  気にするな。

 誰だってさ、青春の甘酸っぱい思い出のひとつやふたつ、あるだろう? 」

「 ・・・ ウン ・・・ 」

微笑みを滲ませつつも 涙がほろほろと大きな瞳から零れ落ちる。

 

    あ ・・・ この涙 ・・・ ぼく、弱いんだよなァ・・・

    ・・・ ごめん・・・! 実はちょっぴり・・・この画家が妬ましかったんだけど・・・

 

ジョーのヤキモチ気分は 彼女の涙で幾分かは洗い流された ・・・ らしい。

「 う〜〜ん・・・ よし! もう一緒に帰るぞ〜〜 午後は早退するよ、ぼく。 」

「 え・・・ いいの。 だってお仕事、忙しいのでしょう? 」

「 きみの方が大切だもの、いいさ。  あ、ケーキでも買って帰ろうか。 昨日は梅干だったから・・・ 

 ほら・・・あっちのケーキ屋ならそんなに高くもなさそうだよ。 」

「 そうね ・・・ ごめんなさい、 またウチでも ケーキ、焼くわね ・・・ 

「 いいって。 きみだって忙しいんだからさ。   じゃ. ちょっと待っていてくれる? 」

「 ええ ・・・ 」

ジョーは車からすべり出ると 大急ぎで道の向かいに見えるケーキ屋に足を運んだ。

 

昨日二人で寄った店よりも大分庶民的な値段なので 店内は結構込んでいた。

ショーケースを 人の後ろから伸び上がり 間からのぞきこむ。

「 ・・・ わあ・・・ いろいろあるなあ・・・ あんまり甘そうじゃないのがいいか。

 う〜ん・・・?  お これ、中身充実って感じだけど。 王冠なんか飾ってあって可愛いな。 

 そうそう・・・ 昨日見た ぎゃれ・・・なんとか、にも王冠が着いてたっけ。

 うん! それにこれなら持って帰るのも楽だぞ。 」

ジョーはさんざんウロウロした後、パイみたいなケーキをホールで買った。

 

「 お待たせ。  さあ 帰ろう。 ウチの辛党姫にも食べられそうなケーキを見つけたよ。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ ありがとう・・・! 」

「 うん・・・ なあ。 話してくれよ。 あの、なにか ― そのう・・ 抱え込んでいることがあるのなら。

 ぼくじゃ 解決できないことかもしれないけど。 聞くだけでも できるから。 」

「 ジョー・・・ ごめんなさい、心配かけて。  

 ちょっと ・・・ ちょっとだけ、ね。 昔のことを思い出したら・・・いろんなことが次々に浮かんできて・・・ 」

「 そうか・・・ きみの大切な思い出だもの、大事にしなくちゃな。 

 そのデッサンも きっとずっときみを待っていたんだよ。 」

ジョーは車をだしつつ、さり気なく言った。

「 待っていた・・・? 」

「 うん。  その絵はさ、今やっと役目を終えたわけだろ。  

 ぼくが報告する ― 島村ジョーが このヒトを見つけました、って。 」

「 そうね ・・・ 本当に そうね。 ・・・ ありがとう、 ジョー ・・・  」

フランソワーズはデッサンをしっかりと抱え、 ジョーの肩にことん、とアタマを寄せた。

 

   ― 彼女を捜してください ・・・ !

 

ロベールの そして 兄の。 悲痛な叫び声がフランソワーズのアタマの中で響く。

 

   ・・・ ロベール  ・・・ お兄さん ・・・

 

ガタン ・・・! 車が大きく揺れた。

「 あ! なあ、 ケーキ! しっかり持って帰ってくれ〜〜 」

「 了解。 ・・・! ドライバーさん?? しっかりお願いします。 」

「 了解。  ったくなあ・・・年中どこかが 工事中 だものなあ。 よォし・・・ 」

悪路にぶつくさ言い、ドライバー氏は 追い越し車線に出た。

 

 

 

 

「 お帰り。  おや ジョー。 今日は早引けか。 」

「 ただいま帰りました。 博士 ・・・ へへへ・・・ちょいとズル休みですよ。 」

博士は玄関を開け、並んで立つ夫婦にすこし驚いた顔だ。

「 ほう? ま・・・ たまにはよかろうて。  お前、近頃忙しすぎじゃからなあ。 」

「 ただいまもどりました、博士。  あの ・・・ 子供たちは? 」

「 ちびさん達は 昼御飯のあと公園まで遊びにいったぞ。 あのなんたらいう坊主・・・ 

 え〜・・・ほれ、すばるの <しんゆう> と すぴかのぼーいふれんど が誘いにきての。 」

「 ぼーいふれんど?  す、すぴかの、ですか?!

「 あら、わたなべ君と 颯君ですわね。  ジョー、ほら、すぴかの蝉取り仲間よ。 」

「 ァ・・・・そ、そうか。  なんだ・・・ハァ 〜〜 」

「 なんだな、ジョー。 今からそんなに慌てておってどうする? 10年後が思いやられるなあ。 

 すぴかは モテるぞ〜〜 なにせお母さんそっくりの美少女だからの。 」

ひとりで焦って、溜息をつく 未来の花嫁の父  に 博士もフランソワーズも声を上げて笑った。

「 まあ 博士ったら・・・ わたし達だけでお茶にしません?  お土産がありますの。 」

「 ほう? 昨日も美味い逸品を味わわせてもらったばかりじゃが ・・・ なにかな。 」

「 ケーキなんです。 ジョーが選んでくれて・・・実はわたしもまだ見てないのですけど・・・ 」

「 おやおや・・・それはちょっと・・・楽しみというか恐ろしい、というか。 」

「 博士ってば 〜〜 ヒドイですよ〜〜 ぼくだってケーキくらい選べます! 

 う〜ん ・・・でも正直、 あまり甘くなさそうなのに決めただけなんだけど。 」

「 あら・・・ わたしも恐くなってきたわ。 」

「 フランまで!  ああ〜〜 ぼくって信用ないんだなあ〜〜 」

三人は 笑い声をあげつつ、リビングに行った。

 

「 ・・・・ ほう・・・?  La Gallet des roi か。 これは懐かしいのう・・・・ 」

「 まあ ・・・ 博士、 よくご存知ですわね。  ジョー、コレを買ってきたの・・・ 」

「 え。  これって。 あれ・・・ この中にも紙の王冠が入ってるなあ。 これがその ぎゃれ・・・なんとか?

 この前、 きみが言ってたね。 」

テーブルに広げられたケーキには 金色の紙製クラウンが添えてあり、 < 王様のお菓子 > と

書いてある。

「 ははは・・・ ジョー、 このケーキの中にな、フェーヴという小さな陶器の人形が入っておっての。

 それを当てたヒトがその年の キング になるのさ。 幸せがやってくる、というわけだ。

 ワシもな、子供の頃楽しみにしておったよ。   もともとはフランスの行事のはずじゃ。 」

「 へえ・・・ フェーヴ、ねえ。  じゃ この中にも入っているのかな。 」

「 ああ そうだよ。  さてさて・・・ ウチでは誰に当たるかのう。 」

「 そうなんですか。 ちょっとどきどきしますね。  

 なあ フラン。 きみの家でもこんなのを切り分けて食べたのかい。  ・・・ ん? どうした・・・ 」

ジョーは 隣の細君にちらり、と目をやった。

  ― 彼女は ずっと手にしていたデッサンを抱えたままじっとケーキを見つめていた。

 

「 ・・・ そうよ。 フェーヴ ・・・!  ほしくて ほしくて。 でもわたしのケーキには入ってなくて。

 パパが笑って頬ずりしてくれて ・・・ ママンがキスしてくれて そうしたら お兄ちゃんが

 ・・・ やるよ!って。 今年のフェーヴはファンのものだって・・・ お兄ちゃん・・・メルシ・・・お兄ちゃん・・ 」

だんだんと彼女の声は小さくなると ゆらり・・・とジョーに凭れかかってきた。

「 ・・・ おい?  大丈夫か。 フラン・・・フランソワーズ・・・! 」

ジョーは少しばかり強く 彼女の肩をゆすった。

「 ジョー。 ・・・ フランソワーズは 少々疲れているようじゃ。  そっとしておいておやり。 」

「 なにか どこか 不具合が・・? あの ― メンテナンス ・・・が必要なのですか。 」

彼女を抱きかかえつつ ジョーの表情は強張っている。

「 いやいや・・・ その心配はいらんよ。  

 まあ なあ・・・ いろいろあったようじゃし。 チビさん達が帰るまで寝かせておけ。 」

「 はあ・・・ じゃァ  ちょっとここで・・・。 あ、今 毛布を持ってきますよ。」

「 うむ、そうしてやっておくれ。 お茶は後にしような。 」

「 はい。 」

ジョーは大急ぎで二階に上がっていった。

 

「 さあ ・・・ ちょいとここで昼寝でもするといい・・・ 母さんは忙し過ぎじゃよ。 」

博士はそっと彼女をソファに寝かせた。

「 ・・・うん? なにを後生大事に抱えておるのかの。  ・・・ デッサン? いや、これは複製か。

 ・・・ おお ・・・ よう描けておるのう・・・ 活き活きとしていてそっくりじゃな。 」

満面の笑みを浮かべ舞う その笑顔は 今の彼女とほとんど変わりはない・・・・

「 どこぞで描いてもらったのかな。   おや・・・ 」

何気なく裏返し ― 博士の目は そこの文字にくぎ付けになってしまった。

 

      ・・・・・ 捜してください ・・・!

 

最後に記されていた日付が いっそう博士を打ちのめす。

「 ・・・ すまん ・・・ すまん ・・・ ワシは ・・・! 」

博士は彼女の乱れた髪をそっとなで、侘びの言葉をいつまでも繰り返していた。

真冬の午後、お日様はもうリビングの中央にまでその光を届けてくれるようになった。

外は北風 ・・・ でも 家族のリビングは ほっこりと温かい・・・

 

 

 

「 ・・・ うんてんみあわせ だって。 みあわせってなに。 」

「 しばらくお休みってこと。 ・・・ 電車、 こないよ。 」

「 え〜〜〜 どうすんの? え〜〜 もんげん までに帰れないじゃん! ね〜ね〜すばるってば。 

「 ・・・ うん。  えっと 〇〇えき で  のためうんてんをみあわせております、 だって。 」

「 だから〜〜 どうするのよ〜 」

改札口の前で 色違いの髪を寄せ合い姉弟はじ・・・っと 駅の <おしらせ> を見上げていた。

「 うん ・・・ 歩いてかえろうよ。 

「 え〜〜〜 歩いてェ〜〜 だって ・・・遠いよ? 」

「 だいじょうぶ。 ほら・・・いつかお父さんの車でず〜〜っと来たよね。 せんろといっしょに

 ウチの駅まで道があったよ。  だから あるいて帰れる。 」

「 ・・・ いいけどぉ〜 ・・・ はやくかえらないとしかられるよ? 」

「 だからさ〜  あるいてかえろう。 」

「 いいけどぉ〜〜 」

「 行こうよ すぴか。 」

「 ・・・ すばるゥ〜〜 」

いつもは はきはきお話ができて、弟を従えずんずん行動するすぴかなのだが。

今日は大人しく すばるの後について歩き始めた。

  ― なにせ すばるはよちよち歩きの頃からの電車好き ・・・ 所謂 テツなオトコのコなのだ。

家中のヒト達が 電車 に関することではすばるに一目置いていた。

もちろん すぴかも ・・・

 

   でんしゃのことはね〜 アタシ、よくしらないもん。 すばるの せんもん なの。

 

読めない漢字の方が多い掲示板からでもすばるはちゃんと <運転見合わせ> は判るのだ。

「 いこ。 」

「 うん。 」

しっかり手を繋いで 二人は線路に沿った道を歩き始めた。

  ひゅるる 〜〜〜  北風も小さな姉弟を後押ししてくれた。

 

 

この大遠征のそもそも ― 切っ掛けはすぴかの発言だった。

「 ねえねえ。  となりまち、いってみようよ。 新しいとしょかん、できたんだって! 」

「 え。 となりまち?  電車にのって? 」

「 え〜〜 としょかん〜〜  ゲームとか禁止なんだろ〜〜 」

「 ・・・ 新しい本、 あるかな・・・? 」

 

その日、 お昼御飯を食べた後、すぴかとすばるは公園に遊びに行った。

すばるの<しんゆう> わたなべ君と すぴかの<なかま> 颯君も一緒だ。

その公園は地域の子供たちがいっつも遊んでいる場所なのだ。

安心だけど ・・・ あんまり面白味はない。

ひとしきり だるまさんがころんだ  をやったあと、すぴかが言い出した。

冒険好きの彼女は 新しいわくわくすることがやりたくしていつもうずうずしている・・・らしい。

 

「 本、いっぱいあるよ、きっと。  ねえねえ〜〜 行こうよ〜〜 」

「 ・・・ としょかん ・・・ にがて〜〜 」

「 電車に勝手にのったら しかられるかもしれないよ。 」

「 え〜〜 としょかん、おもしろいじゃん。 まんがもあるかも〜〜 電車くらい平気だよ〜〜 

 すばる〜あんた、ウチの駅のそばのとしょかん、じどうしょ はぜ〜〜んぶよんじゃったっていったじゃん。

「 う・・ うん ・・・・ すぴかは? 

「 アタシ。 あのまちの写真、さがすの。 雪がふってて・・・ せきゆすと〜ぶがあって。

 あつあつの栗、食べたでしょ! あのまち ・・・ お母さんがうまれたトコ。 」

「 たばこ、かいに行ったよね。 ・・・ 雪がぴゅう〜〜って・・・  お母さん、にこにこしてた。 」

「 うん ず〜っとず〜っと にこにこしてた。 すごく にこにこしてた、 ね?! 」

「 うん。 ・・・行こう。 」

「 うん! 」

 

北風の中で、まだお日様も真上からほんのちょっと動いた時分、四人の一年生達は

ぼそぼそと謀議にふけっていた・・・!

 

 

 

 

   ポッポウ ・・・ ポッポウ ・・・  ポッポウ  ・・・ ポッポウ ・・・・

 

ギルモア邸のリビングで 年代ものの鳩時計がの〜んびりと時を告げた。

「 ・・・ あ ・・・・ あら。  わたし ・・・・? 

ソファの上から ゆっくりと亜麻色の頭が起き上がった。

「 ・・・ ヤダ・・・・ こんなとこで眠ってしまったのかしら・・・ あら、毛布? 

フランソワーズは身体にすっぽりと掛けてあった毛布に すこしびっくり顔だ。

頭を巡らせてみれば ― いつもごたごたしているその部屋には誰も居らず・・・・

一杯に差し込んでいたお日様も もう随分と遠くなってきていた。

胸に抱えていたはずのあのポートレイトのコピーは きちんとテーブルの上に置いてある。

 

   ・・・ え ・・・ さっきの音 ・・・ 鳩時計よね ・・・・

   うそ・・・! もう4時じゃない・・・! いっけない!

 

お茶の用意をしましょう・・・と言ったことは覚えていたが・・・

フランソワーズは大慌てでソファから立ち上がった。

「 あら・・・? 子供たちは? まだ帰ってないのかしら。  すぴか〜〜 すばる? 」

くしゃくしゃの髪を撫でつけつつ、彼女はリビングを見回し、キッチンを覗いた。

ランチの食器はきれい洗って水切り籠に上げてあったけれど、誰もいない。

「 ・・・ あ。 ジョーは・・・一緒に帰ってきたのよね。 仕事しているのかしら・・・

 博士は ・・・多分 書斎よね。  」

いやに し・・・んとした家の中を フランソワーズは二階へと駆け上がっていった。

 

 

「 え。 子供たち?  ・・・ 遊びに行ったって博士が仰ったよね。 

 ああ ・・・ きみ、顔色、随分よくなったなあ。 よかった・・・ ! 気分はどうかい。」

果たしてジョーは寝室でPCを広げ仕事をしていたが、彼女の姿をみてほっとした様子だ。

「 え・・・ええ。 随分すっきりしたわ。 ねえ、それよりも もう4時なのよ? 」

「 うん? あ・・・ そうか〜 全然気がつかなかった・・・ 

 結構熱中して仕事してたからな。  あ。 あれ。 それじゃ アイツら・・・・ 」

ジョーはやっと 気がついた。  もう二人のチビ達はウチにいなければならない時間だ、ということに。

「 ええ、そうなの。  きっとね、遊びに夢中で・・・お約束を忘れているのね。 」

「 しょうがないなあ・・・ でもきっともうすぐ帰ってくるさ。

 すぴかが すばるを引っ張って・・・ ハアハアいって坂道を駆け上がってくるよ。 」

「 ・・・ そう だといいのだけど。  陽が落ちると急に寒くなるでしょ。 」

「 うん、でもその前には帰ってくるだろ。  今晩、ちょびっとお灸を据えておこう。 」

「 ・・・ おきゅう ・・・? 

巴里生まれの妻は 不思議な顔をしている。

「 あは・・・ あの〜 う〜ん・・・ちょいとぎゅ!っと叱っておくってこと。 」

「 ああ・・・そうなの。 お願いね〜 二人ともそろそろわたしの手には負えなくなってきたもの。 」

「 おう、任せておけ。 父親の権威で ばっちりアイツらを躾るよ。 」

「 まあ 頼もしい・・・ さすが〜お父さんね。  ステキよ、ジョー・・・ 」

「 ふふふ・・・ こんな可愛い奥さんを心配させるチビ達はけしからんよな〜〜 」

ジョーはするり、と細君の腰に腕を絡める。

「 ・・・ ジョーってば。  あの ・・・ 昼間、ごめんなさいね。 なんだか ぼうっとしてしまって・・・

 わたし ・・・だらしないわね。 」

「 いいって・・・ 誰だってな、ショックなことがあれば仕方ないさ。 」

「 うん ・・・ ありがとう ・・・ ジョー ・・・ 」

「 フラン ・・・ ああ、きみのそんな瞳を見ると、さ ・・・ 」

二人は茜いろの光が差し込む寝室で夕焼けの色よりもずっとずっと熱いキスを交わしていた。

 

   ― ところが。

 

4時半になっても。  西の空に残照を残し、夕闇がどんどん迫ってきても。

双子達の元気な足音は聞こえてこない。

「 ジョー・・・ やっぱりわたし、ちょっとその辺りを見て来るわ。  もうすぐ暗くなるし・・・ 」

「 そうだな。  ・・・待てよ、博士が確か・・・ 友達と一緒だって教えてくださったよね。 」

「 ええ。 わたなべ君を颯君 ・・・ あ! わたなべ君のお母様に伺ってみるわね! 」

「 うんうん ・・・ 案外 彼の家で遊んでいるのかもしれないしな。 」

「 そうだといいのだけれど・・・  えっと・・ わたなべ君の御宅は・・・? 」

フランソワーズは リビングの固定電話を取り上げた。

 

「 ・・・ はい、 はい・・・ あら そうなんですか。 ・・・いえ お騒がせしまして・・・

 あ。 わたなべ君?  うん、 明日またね。  ・・・え? 図書館? 隣街の?

 ・・・ まあ〜〜 そうなの。 ・・・ 颯君は? ・・・ そう。 あ、ありがとう! じゃあ またね・・・ 」

   ― カチャ・・・ 。  フランソワーズはしずかに受話器を置いた。

「 おい? チビ達 ・・・ 」

「 ええ。 あちらにはお邪魔してないわ。 わたなべ君や颯君とは別々になったのですって。

 ウチの二人は 隣街の図書館にゆくって言っていたそうよ。」

「 図書館??  隣街の? なでまた・・・わざわざ・・・ 言いだしっぺは すばるか? 」

ジョーはすでにコートをひっかけ 車のキーを手にしている。 すぐにでも出かける構えなのだ。

「 ・・・ 違うわ、誘ったのは多分 すぴか だわね。 あのね、つい最近隣街に新しい図書館が

 オープンしたのよ。  すぴかは新しいモノ好きだから・・・ いってみようよ!って きっと。 」

「 ふうん ・・・ さすが 003 ・・・いや 母親の洞察力だな。

 なるほど・・・ 目新しさに時間も忘れて・・・ってことか。  よし、ともかく車を出すよ。

 あの ・・・ 悪いけど、サーチを頼む。 

「 わたしも一緒に行くわ!  目も耳もフル・オープンにするから・・・ 」

「 いや。  きみは家にいろ。 ここからサーチして結果を脳波通信で送るんだ。

 行き違いになるかもしれないだろ?  それに 今日はあまり無理をするな。 」

「 でも ・・・ ああ、あんなに風が強くなってるわ。 気温も下がってきたし。 

 あの子達に ・・・ もしなにかあったら・・・! わたし・・・! 」

フランソワーズは立ったり座ったり ・・・ すっかり冷静さを失くしてしまっている。

 

    うん・・・? 彼女らしくないなあ。  

    ミッションの時でも まず冷徹に状況をサーチするのに

    子供のことになると 別、なのかな  やっぱり母親だしなあ・・・

 

「 おい。 まずは座れよ。  」

ジョーは彼女の両手を握ると ソファに座らせた。

「 作戦本部がうろうろしてはダメだろ。  ここで サーチとデータの送信を頼む。

 隣街も 充分にきみの <守備範囲> だろ? 」

「 ・・・ え ええ・・・。 全部カバーできるわ。 」

「 それじゃ。 脳波通信もチャンネル・フルオープンだ。  頼む、003。 」

「 ― 了解、 009。  あ・・・ 」

ジョーは さ・・・っと彼の細君にキスをすると 玄関へ向かった。

 

   

 

 

  タッタッタッタッ −−−−   タタタタタ −−−−

 

ちっちゃな足音がふたつ。  もう大分暗くなってきた道にひびく。

その道は結構広くて、電車の線路と並んでいるのだが ― あまり明るくはない。

時折 ザーーーっと車が二人を追い越してゆくが 道端の小さな影に気がつくヒトはいないようだ。

 

   タッタッタッタッ −−−−   タタタタタ −−−−

 

「 ・・・ ねえ〜〜 すばる〜〜 まだァ??  もうずいぶん歩いたよぉ〜〜  」

「 うん ・・・ まだ。 」

「 え〜〜 ねえねえ このみちでいいの?  まちがえてない? 」

「 まちがえて ない。 でんしゃのせんろといっしょだもの。 」

「 ふうん ・・・ あ〜あ ・・・ くらくなっちゃったよ、お母さんにしかられるよ〜〜 」

「 うん ・・・ 」

「 うん、ってさあ。 ねえねえ〜〜 すばるったら! 」

「 すぴか。 くたびれたの? 」

「 ううん!! ぜ〜んぜん。 アタシ、へっちゃらだよ、 こ〜のくらい! 」

「 うん。 こっちだよ。 」

「 ・・・ あんたってさあ〜〜 お父さん そっくり〜〜 

「 うん ・・・ 

ぽつん ぽつんと立っている街燈がぼんやりと光の輪を道路に広げている。 

その間を 二つの小さな影がひたすら ひたすら 線路沿いに進んでゆく ― しっかりと手を繋いで・・・

 

 

 

「 え!? 運休 ・・・ なんですか!? 」

ジョーは地元駅に着いて 電工掲示版を見上げ叫んでしまった。

「 ただいま〜 信号機トラブルで〜 上下線とも運休しとります〜 なお振替輸送実施中です〜

 ご迷惑をおかけして 深くお詫び申し上げます〜 

毎度お馴染みの <定型文> を繰り返す構内アナウンスに溜息をつき、ジョーはすぐに車に戻った。

 

《 003? 電車が止まっているんだ。 隣街までゆっくり車で向かう。 サーチを頼む! 》

《 了解。  多分 あの子たち、歩いているのよ。 ・・・大丈夫、すばるがいるから。 》

《  ・・・ すばる?  》

《 ええ。  あの子、 ここら辺の地図、ほとんどぜんぶアタマに入っているみたい。 

 009? 線路沿いの道を直進願います。  》

《 了解。  最低速度で出発する。  ・・・ ちゃんとアイツらのマフラー、持ってきたから安心しろ。

 あ、駅前でな、ジュースとウーロン茶も仕入れておいた。 》

《 ありがとう・・・・! ・・・ 交通量、少ない模様。 路肩の見落としに注意。 》

《 了解。  しっかしなあ・・・ チビの脚にはかなりの距離だと思うけど ・・・・ 》

《 ・・・ !!  009! 見つけたわ! 現在地から ・・・ 約800メートル前方!

 線路際を歩行中 ・・・ ああ 〜〜〜 よかった 〜〜〜 ・・・ 

《 サンキュ♪ ・・・ おい? ・・・ 003? 大丈夫か。 フランソワーズ!? 

 前線部隊とまだ 合流していません、最後までナヴィ 願います! お〜い・・! 》

《 ・・・ りょ、了解・・・!  はい、かなりペース・ダウンしてますが ・・・ ああ ・・・

 しっかりお手々つないで ・・・・ ええ、泣いてなんかいないわ。 

 すばるは淡々と歩いているし  すぴかは ・・・ お口がへの字だけどちゃんとすばると

 手を繋いでいるわ。  頑張って ・・・! 》

《 ただいま可視範囲内に発見!  ただちに収容します。 ・・・ 003? 脳波通信回路、一時閉鎖。

 以降は ・・・ 一般の携帯で 乞う・連絡!  

《 了解!  ああ〜〜 ジョー!! はやくあの子たちをだっこしてあげて!! 》

《 了解。 では 一旦切ります。 》

 

 

「 すばる〜〜  車がきた〜 」

「 うん。 」

「 ・・・ こっち くるよ〜 ・・・ あ!!!   おとうさんッ !!!! 」

「 え。 ちがうよ。 お父さん、かいしゃでおしごとだよ。 あ すぴか ・・・ うわッ〜〜 」

すぴかはぎっちり弟の手を握ったまま ・・・突然 駆け出した!  

「 おとうさ〜〜ん! おとうさ〜〜ん !!! ここ、 ここ〜〜〜 !! 」

「 す ・・・ぴか ・・・ わァ・・・ ちょ・・手、はなして・・・ 」

すぴかに引き摺られ すばるはよれよれしつつ夜道を走る。

 

    ― キ ィ −−−−!

 

二人のすぐ前で よ〜〜〜くしってる車が止まった。 そして ・・・ 中から。

「 すぴか!  すばる〜〜 !!!  おいで! 」

二人が よ〜〜〜く知ってる声と よ〜〜〜く知ってる笑顔が 現れた。

「 うわ〜〜〜 おとうさ〜〜ん !!! 」」

島村さんち の双子は どん・・・!と目の前に立つお父さんに抱きついた。

 

 

「 ・・・ それで ず〜っと歩いてきたのかい?  二人で手を繋いで・・・ 」

「 うん!  だってね、すばるがね、 みち、わかるっていうから。 」

「 ・・・ん。 僕、 前〜〜にこの道、お父さんの車できたから・・・ 」

  コクコクコク  −−−  

二人は後部座席でジュースとウーロン茶のペットを あっという間にからっぽにした。

「 そうか・・・ すごいなあ、二人とも・・・ 遠かっただろう? もう暗いし寒いのに。 

「 へっちゃら! すばるといっしょだもん。 」

「 うん。 すぴかといっしょだもの。 」

に・・・っと双子達は笑顔を見合わせる。

 

     あは ・・・ やっぱり双子なんだなあ ・・・

     ・・・ うん ・・・ きょうだい っていいな。  うん、羨ましいな・・・

 

ジョーはバック・ミラーで 子供たちのピンク色のほっぺを確認しほっと一息ついていた。

「 そうか。  ― ああ お母さんからだ。  ちょっと停めるな。 

「 うん! うわ〜〜〜 お母さ〜〜ん、アタシ、出る〜〜 」

「 僕も僕も〜〜 僕も〜〜 」

子供たちは後部席から身を乗り出し ジョーの携帯に手を伸ばす。

「 ちょっと待てってば。  ・・・ よし、ここなら。  あ〜 もしもし? フランソワーズ? 

 うん うん ・・・ 見つけたよ。 ず〜っと隣街から歩いてたんだ。 うん ・・・ 」

「 お母さん お母さ〜〜ん ! 」

「 うん ・・・ いま、替わる。  ほら、お前たち、順番だぞ。 」

ジョーは携帯をすぴかに渡した。

「 うん! ・・・ あ、 すばる?  いいよ、先におはなし、して・・・ 」

「 ・・・ う、うん !  ・・・ お母さん? ・・・ ううう うっく ・・・・ 」

「 あれえ ・・・ お父さ〜ん すばるったら〜〜けいたい もってないてる〜〜 」

「 あは。 じゃあ かわりにすぴか、先にお話しなさい。  」

「 うん♪  ・・・ モシモシ おかあさん? すぴか! 」

携帯を両手に持って泣いたり笑ったりしている子供たちを乗せ、ジョーは再び滑らかに車を出した。

 

  ― さあ! 我が家へ、 あったかくて・美味しい晩御飯へ 出発!

 

こりゃ〜 やっぱりお灸の一つも据えておかなくちゃな。

双子の父親は うんうん・・・と一人頷きつつハンドルを握っていた。

 

 

 

「 それで 二人で隣街の図書館まで行ったわけか。 」

「   ― うん。  でもね でもね! ちゃんと4時にかえる、ってえきまできたの。 

 そしたら うんてんみあわせ だった。 ねえ、すばる? 」

「 うん。  しんごうきとらぶる  で ふっきゅうのみこみはふめい っていってた。

 だから すぴかといっしょに歩いてきたんだ。 」

「 そ〜! ず〜〜っとず〜〜っと歩いてきたの! 」

「 ・・・ そうか。 」

ギルモア邸のリビングで 双子達はお父さんに神妙な顔で報告をしていた。

 

 

ぐっと冷え込んで来た夜気のなか、二人は無事にお家に帰りつき  ・・・・

お母さんに しがみついてわ〜わ〜泣いた。

・・・ お母さんも 泣いていた。

 そして し〜っかりお風呂で温まり 熱々の晩御飯をい〜っぱいお腹に詰め込んで。

「 すぴか すばる。  ちょっとおいで。 」

お父さんは しずかに二人を手招きしたけど とっても真剣な顔だった。

 

  びく・・・! 双子の姉弟は顔を見合わせ しっかり手を繋いで父の前にやってきた。

 

《 ・・・ ジョー! あんまり叱らないでやって。  》

《 フラン。  一応ケジメはつけないと、な。  そうそう甘い顔はできなよ。 》

《 ・・・でも ・・・ あんなに長い距離、歩いてきて・・・ 》

《 ウン。  まあ、聞いておいで。 》

《 わかったわ ・・・ 》

 

こっそりナイショ話を交わす両親の前で子供たちはてんでに冒険談を語り始めた。

 

「 うん、 よく わかった。 」

ひとしきり子供たちの報告を聞くと ジョーはゆっくり頷いた。

「 二人で一生懸命、長い間歩いてきたのは偉かったね。 

 すばるはよく道を覚えていたなあ。  すぴかもしっかり手を繋いでいて えらい。 」

こっくり頷き 二人は父親をじ〜っ見つめている。

「 だけど。 子供たちだけで黙って遠くに行っちゃだめだ。 

 何かあったら どうする? 事故に遭うとか悪いヒトもいるかもしれない。

 でも お父さんとお母さんはいつでも助けに行けるとは限らないんだ。 」

「 うん ・・・・ 」

「 ・・・ ん 」

「 どこか行きたいなら必ず お父さんかお母さんかおじいちゃまに言うこと! 

 一人で電車に乗って遠くまで行くのは ・・・ もっと大きくなってからだ。  いいな。 」

ジョーは 二人の肩にぽん、と手を当てた。

「 わかったかい、すぴか  すばる ? 

「 うん わかった。 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

「 それじゃあなあ、二人とも? 」

「「 おじいちゃま・・・? 」」

おじいちゃまは肘掛椅子の中から ゆっくり身体を起こすと皆に言った。

「 お父さんとお母さんに ごめんなさい  をしなさい。

 二人とも物凄く心配していたよ?  お母さんは具合が悪かったのに起き出してくれたぞ。 

 今度から どこかへ行きたかったらちゃんとお言い。 」

「 うん ・・・ おじいちゃま。  すばる ・・・ ごめんなさい、しよ。 」

「 うん。  すぴか・・・ 

  ― ごめんなさい  もうしません ・・・

双子は声を揃えると ぺこん・・・とお辞儀をした。

「 よし よし ・・・賢いのう、二人とも・・・ 」

「 ・・・ どうして隣街まで行ったの? 図書館ならウチの駅の向こうにもあるでしょう? 

ずっと黙って聞いていた母が 静かに口を開いた。

「 ・・・ アタシが ・・・ 行こうっていったの。 」

「 僕もいくっていったんだ。 あらしい本 よみたかったから・・・ 」

「 アタシ、 お写真さがしたかったの。 ― あのまちの。 雪が降ってたとこ・・・ 」

「 あの街? 」

「 うん。 さむ〜いかったけど。  せきゆすと〜ぶ があって。

 こんびに なかったけど、たばこかいにいった・・・ お母さん 好きでしょう?  

 にこにこしてたもの、ず〜っと。・・・ あのまちのおしゃしん、見たらまたにこにこするかな・・・って。 」

「 僕、じゃがいも むいたよ。 ちっこいほうちょうで・・・ お母さんのろ〜すと・ぽてと、

 すっごくおいしかった〜〜 」

すぴかとすばるは 一生懸命話している。

傍目には要領を得ない話だけれど フランソワーズはピンときた。

 

「 ・・・ すぴか ・・・!  すばる・・・ 」

 

   このコたち ・・・  あの日のこと しっかり覚えているんだわ。

   あの街 ・・・ イヴのパリを。  ・・・ お兄さんと過した半日を・・・

 

「 ― ありがとう ・・・ すぴか。 すばる・・・ ! 」

フランソワーズは二人を抱き寄せると きゅう・・・・っと抱き締めた。

「 ほら 見て?  お母さん、にこにこしてるでしょう? みんながいるからなのよ。 」

「「 ・・・ お母さん・・・! 」」

 

「 さあ! 皆でケーキを頂きましょう。 お父さんのお土産なの。 」

お母さんはと〜っても元気な にこにこ顔で皆に言った。

「 今日のケーキはね、 特別なの。 二人とも お皿を持ってくるの、手伝って? 」

「「 うん!  」」

お母さんの笑顔に 子供たちはほっとした様子でぱたぱたキッチンに駆けて行った。

「 フラン ・・・ 」

「 ジョー。 ちゃんと叱ってくれてありがとう ・・・ 

 わたしったら ダメね。  暗い顔してるから子供たちも不安だったのよね。 」

「 ・・・ もう 笑えるな? 」

「 ええ、大丈夫!   さあさあ・・・あなた達? お皿を配ってちょうだい。

 お父さん、切り分けてください。  」

「 うわ・・・ これは難しそうだなあ・・・ う〜ん・・・と? 」

「 さあ〜〜 王様のお菓子 よ! 皆で分けて・・・さあ、誰にフェーヴが当たるかしら。 」

「 ふぇ〜ぶ? それがはいっているの? 」

「 そうよ、 気をつけて食べて? かちん・・・と当たるちっちゃなモノがあったら

 そう〜〜っと取り出してみてね。 それが フェーヴなの。 」

「 うん ・・・ふふふ・・・なんだかわくわくしてきたよ。 」

皆 にこにこ顔で パイみたいなケーキを囲んだ。

 

「 ふうん ・・・ パイの中にケーキが詰まっているみたいだねえ・・・ 」

「 これがね、アーモンド・ペーストなのよ。 わたしのママンはレーズンとかも入れてたけど・・・

 まあ・・・あなた達・・・ なんていう食べ方をしているの? 」

「 え〜 だってさ〜 このパリパリ・・・ おいしいも〜ん♪ 」

「 うん、 あまくておいしい♪ 」

すぴかはパイ皮の部分を ― すばるの分も ― ぱりぱり食べている。

すばるはフィリングだけを ― すぴかの分も ― にこにこ頬張っている。

「 ・・・ あらら・・・  」

「 ははは・・・ ケーキも分業して食べてるのか。  」

「「 うん、 おいしい〜〜♪ 」」

「 ・・・ おや。  こりゃ・・・ワシのに入っていたぞ。 

  ― かちん。

博士が 小さな陶器の人形をお皿に置いた。

「 わあ〜〜 おじいちゃま が 当たり だあ〜〜 」

「 おじいちゃま  おうさま だね! 」

双子達は 博士のお皿を熱心に見ている。

「 まあ、 よかったですわ。 博士、 イイコトが沢山ありますわね きっと。 」

「 そうですよ〜 皆、おじいちゃまが今年の 王様だよ。 」

博士は じっとフェーヴを眺めていたが ひょい、と摘み上げると双子達の手と取り、握らせた。

「 いや・・・ これはチビさん達に譲ろう。 わしはよいよ。

 なに、わしはもう・・・充分すぎるほどしあわせじゃから・・・ わしの欲しいモノは全部ここにある。 」

「 ・・・ 博士 ・・・ 」

「 え〜〜 でも おじいちゃま〜〜 おうさま でしょ? 」

「 おうさま って えらいんだよね〜 みんなにめいれいするんだ〜 」

童話の本を読み漁っているすばるは なんだか得意気である。

「 うん? そうか 王様か。 ウン、それもいいな。

 う〜む・・・?  それでは。  キングとしての命令じゃぞ? 」

いいかな? と言うおじいちゃまに すぴかもすばるも眼をまん丸にして うんうん・・・と頷いている。

「 すぴかにすばる。  次の日曜日は。  

 王様のワシと一緒に江ノ島水族館に行くこと! いいな。 」

 

   ― うわ〜〜〜 !!!

 

歓声がリビングに響き渡った。

「 えのでん〜〜 えのでんで ゆくんだ〜 ね! おじいちゃま〜〜 」( 注: えのでん → 江ノ電 )

「 ぺんぎんさん、いるよね! ぺんぎんさんとあそぶ〜〜 」

 

「 博士・・・ いいのですか? アイツら・・・うるさいですよ〜 」

「 わたし達も一緒に行きますわ。  あのコ達をしっかり監督しないと・・・ 」

大はしゃぎの子供たちをながめ 両親は少々心配顔だ。

「 ワシに任せてくれ。  お前達・・・・ たまには夫婦水入らずで のんびりしなさい。 

 えっへん。 これも キング としての命令じゃぞ。 」

博士は バチ・・・・ とウィンクしてみせた。

 

 

 

  次の日曜日も きっぱりとした冬晴れ ―

風は相変わらず冷たかったけれど、日溜りにはお日様の笑がいっぱい集まっていた。

「 もう 着いたかしらね。  二人とも・・・大騒ぎして博士を困らせてないかしら。 」

フランソワーズは窓際にたち 真下に広がる海原を眺めている。

「 ・・・うん?  ああ ・・・ アイツら。

 案外大人しくしてるんじゃないかな。 いや〜〜 すぴかが走り回っているかも・・・ 」

「 そうねえ・・・ やっぱり一緒に行った方がよかったかしら・・・ 」

「 ・・・ 相変わらず 心配性だね、きみは。 

 大丈夫だよ きっと。  三人で楽しんでいるさ、きっと。

 それよりも せっかく博士が時間を下さったのに・・・どこへもでかけなくていいのかい。 」

ジョーは す・・・っと細君の側に寄りしなやかな身体に腕を回す。

「 ええ いいの。 あなたとこうやってゆっくりしていられれば・・・ 

 あ・・・ そうだわ。 ちょっとだけ つきあってくださる? 」

「 うん、いいよ。 ああ、車を出そうか? 」

「 ううん ・・・ 歩いてゆけるところだから。 すぐに仕度してくるから 待ってて? 」

「 あ ああ・・・いいけど・・? 」

フランソワーズは ぱ・・・っと身を翻し軽やかに二階へかけ上がっていった。

 

 

 

  サクサクサク ・・・・

 

足の下で海砂が軽い音を立てている。

ジョーとフランソワーズはギルモア邸から ずっと海沿いに崖を歩いてきた。

「 ・・・ この先って。 岬の突端でお終いだろう? 」

「 ええ。  そのさきっぽの手前に小さな鳥居があるの、知っている? 」

「 ・・・鳥居? ・・・ ああ! あの・・・古い石碑みたいなのだね。 」

「 そうよ。  たぶん 海神さまとかを鎮めるために建てられたのでしょうね。 」

「 へえ・・・ きみって。  ぼくよりずっと日本人だねえ。 よく知ってるなあ。

 でも そこになにがあるのかい。 初詣・・・とはちがうよね。 」

「 ええ ・・・  これ。 届けようと思って。 ロベールに  お兄さんに ・・・ 」

フランソワーズは コートのポケットからあのデッサンを取り出した。

「 ・・・ とどける? 」

「 そうよ。 ここで燃やしたら ・・・ きっと届くわ。 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

「 ねえ、見て。  昨夜ね あのコたちに書いてもらったの。 ほら・・・ 」

「 ・・・ うん?  どれどれ ・・・ ああ ・・・ ! 

フランソワーズが広げた笑顔の彼女のデッサンの横には。  子供たちの字が躍っていた。

 

   みんな にこにこ しています。  しまむら すぴか

 

   みんな たのしい です。   しまむら すばる

 

「 ・・・ そうか。 よし、それじゃ。 」

ジョーはペンと胸のポケットから取り出すと かっきりと記した。

画家の悲痛なメッセージの下に ―

 

   ぼくが 見つけました。 一生 側にいます。   島村 ジョー

 

ジョーの力強い文字が並ぶ。

「 ・・・ ジョー ・・・ ありがとう・・・! 」

フランソワーズは ことん・・・とジョーの背中に顔を押し付けた。

「 ・・・ ロベール・・・! わたし、今 とっても幸せよ。

 どうか もう哀しまないで・・・・  お兄さん ・・・ 

ジョーは背中で彼の細君の呟きを聞き、 張り付いている彼女の手を握った。

  ― 温かい ・・・ 大きな手。  この手と一緒に 生きてゆくわ!

フランソワーズは夫の手の温もりを感じつつ ふと、娘の言葉を思い浮かべた。

 

  ― お母さん。 アタシ・・・・ おかあさんのまちへまたゆきたい。

     大きくなったら 行っても いい? 

 

昨夜 すぴかは真剣な顔で母に訊ねてきた。

すぴか ・・・・

自分と同じ色の、彼女の瞳にはなにが映っているのだろう・・・

フランソワーズは 黙って彼女の小さな娘を抱き締めた。

 

 

苔生した石碑に近い小さな鳥居の前で ジョーはその ― メッセージに火を点じた。

ぺろぺろと赤い炎がたちまち白い紙を舐め尽してゆく ・・・

「 博士がおっしゃったでしょう・・・ 欲しいものはちゃ〜んとここにあるって。

 わたし なにを見ていたのかしら。 

 わたし ・・・ こんなに幸せなのに。 イヴにお兄さんにもちゃんと報告したわよね・・・ 」

「 うん・・・ ぼくも お兄さんに約束した。 」

「 失くしたことばかり 哀しんで・・・ なんにも見えてなかった・・・

 わたし。 ちゃんと持っているのに。  捜していたフェーヴ、もう持っていたのよね。 」

「 ぼくはきみから もらった。  ・・・ 両腕にいっぱい・・・!  」

「 ジョー。  わたしも ・・・ わたしも、よ。 」

「 うん ・・・ フランソワーズ。 」

ジョーとフランソワーズは ぴたりと寄り添い広がる大空を見上げた。

 

   ・・・ ふん。 このオンナはな、俺のオンナなんだからな。

   画家くん? よ〜〜く見ておいてくれよ!

 

「 ・・・ あ ・・? 」

ジョーは彼の細君を引き寄せるとその珊瑚色の唇を 奪った。

熱く抱き合う二人の足元で 炎は次第にか細くなってゆく。 やがて ・・・

 

 

  一筋の白い煙は まっすぐに冬晴れの空へ ― 愛する人々の許へ 昇っていった。

 

 

 

    捜し物 はいつだってすぐ側にある  ただ ・・・ 見えていないだけ。

    ジョーは そのことに気がついた ― ヒトを愛することを知ったとき。

    フランソワーズは そのことを思い出した ― 愛するヒトを見つけたとき。

 

      ―  ねえ、あなた。  捜し物はなんですか

 

 

 

 

************************       Fin.    **************************

 

 

Last updated : 01,19,2010.                      back        /       index

 

 

 

***********    ひと言    ************

や〜〜っと 終りました ・・・ ふへ〜〜〜 ・・・・

今回も完全に めぼうき様との合作です、ネタ〜〜 ありがとうございました<(_ _)>

肝心の 王様のお菓子  はちょこっとしか出てきませんが・・・ (^_^;)

検索してみてください、レシピとかも載ってますよ〜 

高級ぱていすり〜 でしたら1月一杯は飾ってあるかも、です。

・・・・ あんなトコで焚き火なんかしたら 本当はヤバいのですけど ・・・さ 

まあ <お焚き上げ> だと思ってくださいませ<(_ _)>

 

ともかく・・・・! 島村さんち は今日もみんな微笑んで暮らしているのでした♪
                     二週に渡り お付き合いありがとうございました。

      ご感想の一言でも頂戴できましたら 幸せでございます〜〜 <(_ _)>