『 My Favorite 』
「 ・・・ ふう ・・・・。 こんなに暑い夏って 初めてよ! 」
とん、と洗い上げた洗濯物でいっぱいの籠を フランソワ−ズは足許に置いた。
「 暑いのって 苦手じゃなかったんだけど・・・・今年は特別なのかしら 」
「 そう? 毎年こんなカンジだよ、それにココは海が近いから街中より涼しいし。 」
「 ・・・ そうなの〜 ? 」
「 ああ、 僕が運ぶよ。 庭に干すんだろ? ・・・ほら、帽子被った方がいいよ〜 」
リビングで雑誌を拾い読みしていたジョ−は 気軽にやってきてひょいと籠を持ち上げた。
海に近いこの地に 住み始めて迎える初めての夏。
それは ジョ−にとって新しい仲間とそして新しい自分自身と迎える<初めての日々>でもある。
やっと邸の体裁は整ったが 庭はまだまだ荒地の延長でそこここに夏草が繁茂している。
そのひと隅に設けた洗濯物干し場に 二人して次々と洗い立てのリネン類を広げてゆく。
ぱん・・・っと皺をのばしたシ−ツが 海風に翻る。
「 ・・ああ・・・ なんかいい気持ちだナ・・・ 」
「 そうね、お洗濯って好きよ。 うふふ・・・ ジョ−って・・・ 」
「 ・・なに? 」
シ−ツの影から おおきな蒼い瞳が笑みを含んで見え隠れしている。
「 笑ってごめんなさい。 だって とっても上手よ? お母さまのお手伝いとか・・・よくやったの? 」
「 いや・・・。 あの。 僕って・・・ 孤児でさ、教会の施設で育ったんだ。
慣れてるんだ、こうゆうこと。 なんでも自分たちでやらなくちゃならなかったから。 」
「 ・・・・・ ごめんなさい。 」
しゅん・・・と俯いてしまった蒼い眼に 今度は彼のセピアの瞳が笑いかける。
「 気にしないで? 僕がそうゆう育ちってことは事実なんだからさ。
さ〜 あと少しだね! 」
むっと陽炎がたつ庭での 単調な作業なのに・・・でも、なんか楽しい。
シ−ツの端を引っ張りあって。 洗濯バサミでしっかり留めて。
なんにも言わないのに。 どうしてこんなに上手くゆくの・・・?
知らず知らずにハミングしている自分に フランソワ−ズはちょっと驚いた。
「 う〜ん・・・ 風は通るけど。 やっぱりあつう〜い・・・・ 」
「 もっと薄手のもの、着れば? それじゃ、誰でも暑いよ。 日焼け防止? 」
ふう・・・っと汗を拭う彼女は 長袖のシャツの袖を一生懸命たくし上げている。
そんな自分を笑って眺めているジョ−に、フランソワ−ズは思わず口篭った。
「 あ・・・・うん・・・。 でも、 持ってないのよ、夏服って・・・ 」
「 ・・・・え? 」
「 じゃあ、これ。 僕ので悪いけど、さ。 君の夏服を買ってくるまで、とりあえず。
あは、新品じゃなくてごめん、でもちゃんと洗濯はしてあるからね〜 」
ぱさり、と手渡されたジョ−のシャツ。 水色のストライプが涼しげに揺れた。
「 ・・・・・ ごめんなさい・・・ 」
「 やだなあ。 なんできみが謝るの? 気がつかなかった僕だって悪いのに。
明日、ヨコハマまで出ようよ。 きみの気に入る服がみつかるかもしれない。 」
「 ・・・・ うん ・・・ 」
俯いて 落ちてきた袖をまたたくし上げるフリをして。
フランソワ−ズは 滲んできた涙をこっそりと拭った。
悪夢の場所から逃れるための 必死の日々。
無我夢中の時を なんとか切り抜けてやっと取り戻した<普通の日々>
・・・・でも、それは。
自分がヒトとして生きていた<場所>からは 距離も時間も遥かにかけ離れていた。
奇跡にも思えるほどの 穏やかな時間にようやっと慣れてきたとき、
気がつけば 太陽は頭上でぎらぎらと輝く季節になっていた。
着るものにまで 気を廻す余裕は・・・ なかった。
あの特殊な服を 完全に脱いでいられるようになったのは そんなに以前の話ではない。
お日様のにおいのする ジョ−のシャツ。
シワにならないように・・・ ジョ−にわからないように・・・
フランソワ−ズは そっとその軽やかな服を胸に抱いた。
「 ありがとう、ジョ−。 さ!コレを干したら、なにか冷たいモノを作るわね。 」
「 う〜ん、 じゃあね、僕が買出しに行って来るから。 他にも必要なモノがあったら
メモしといてくれる? 」
「 わあ、いいの? 今晩のお食事用のお買い物も頼んでいい? 」
「 はいはい・・・ お姫さま。 なんなりとお言いつけください? 」
「 では、王子様。 お願いいたしますわ。 」
くすくす笑って二人で持つ 空の洗濯籠を夏風がのんびりとゆらした。
「 えっと。 ・・・・ ああ、これなら小さい方のス−パ−で間に合うな・・・ 」
炎天下 街への道をてくてく行くジョ−の手許で フランソワ−ズのメモが翻る。
「 それと、冷たいもの ・・・ うん、アイスだな、やっぱし。 」
買出しなんて好きじゃなかったはずなのに、なんか今日は楽しい。
人通りもまばらな真夏の真昼、道路に落ちる自分の濃い影法師に
ジョ−はウィンクしたい気分だった。
明日は ヨコハマへ出るんだ、モトマチへゆけば。
えへ、みんな振り返るぞ、きっと。 あんなキレイなオンナノコと一緒に歩けるんだ♪
ひとつ年上なんて わかりっこないよな、うん。
・・・・年上・・・? あ・・・・!
思わず小さな声をあげ、ジョ−の歩みはぴたりと とまった。
− そうだよ・・・! <年上>なんだ、本当は!
40年間眠らされていたのだ、と。 とんだオバアチャンでごめんなさい、と。
あの時、傷ついた自分を看病してくれていた彼女は
微笑んで さらりと言ってのけたけど、あの瞳の色は忘れられない・・・・
冷たいものって。
自分は単純にアイスクリ−ムか せいぜいアイスコ−ヒ−を考えていたのだけれど。
彼女が好きなものって・・・・??? いや、とにかく口に合うものって・・・なんだ??
パパパパ〜〜〜ッ !!!
派手なクラクションを鳴らして 閑散とした道を車が走り抜けていった。
あわてて路肩に飛びのいたジョ−のシャツを 追い風がはたはたとゆすった。
その裾を直していて。
− ・・・・ シャツ・・・!!
ジョ−は再び かんかん照りの道の真中で棒立ちになってしまった・・・!
あれは、 あのシャツは。
確かに最近買ったもので 新品に近いし、自分も結構気に入っているんだけど。
そう、あのシャツは・・・・ 通販で買った<お買い得・格安品>!!
ポストに入っていた通販のカタログを眺め、面白半分に買った品なのだ・・・
− まずい・・・! まずいよ〜〜〜
ジョ−は 立ち込める熱気のなかで ひとり冷たい汗をながしていた。
いつもの彼女の姿は・・・・。 え〜と・・・?
必死で想い巡らせば きっちりと襟元の詰まったブラウスや短くも長くもない、要するに
特に眼を惹かない丈のスカ−ト、ロ−ヒ−ル・・・・ が目に浮かぶ。
そうなんだ・・・。 だから。
今日、たくし上げた袖から伸びていた白い腕に 思わず目が行ってしまった・・・・
そんな彼女に 自分は・・・・とんでもない代物を押し付けてしまった!
彼女の 好きな食べ物って。 好みの服装って。 ・・・・?
ついさっきまでの弾んだ足取りは何処へやら、ジョ−は真昼の田舎道を溜め息まじりに
のろのろと歩いていった。
「 ・・・・ ふう ・・・・・ 」
よいしょっと 両手のス−パ−の袋を持ち直す。
「 えっと、 ドライアイスは・・・まだ無事だよな。 」
タクシ−を使おうかとも思っていたが結局 帰りも歩いてしまった。
ジョ−は 流れる汗を拭うのも忘れひたすらてくてくと歩いてきたのだ。
どうも身についた貧乏性は そう簡単に抜けるモノではないらしい。
彼女の食べたい <冷たいモノ>って・・・?
考えあぐねたジョ−は 駅の向こうに出来た大型ショッピング・モ−ルまで脚をのばし
むやみやたらと食料品フロアを歩き回ってみたけれど それでもまったくもって思い当たらない・・・。
〔・・・あの・・・ ちょっと聞きたいんだけど・・・・あ、ジョ−です。〕
〔 ・・・・なにネ!? 今一番忙しい昼食時アルよ! ああ、ジョ−・・
ナニ? 冷たいモノ?? 冬瓜のス−プに・・・・え? 点心・・・ 杏仁豆腐!〕
〔 デザ−トの選択は食事の華麗なる終幕・・・・ え? ヨ−ロッパの夏の・・・
ははん・・・マドモアゼルにはロイヤル・ミルクティ−が相応しい。 え、アイスかって?
冗談めさるな。 冷たいものなら、シトロン・プレッセ。 ・・・ああ、レモンスカッシュの
ことであるよ。 〕
思い余って 脳波通信を頼っての【国内滞在組】の返事は
どうもあまり参考にならない気がした・・・・
どうしよう・・・・ ジョ−はじっと手元の携帯を見詰めた。
世界中に散らばっている仲間たちとの<緊急連絡用>に、と全員がもっているのだが。
はたして・・・ コレは<緊急>事態か・・・?
− ・・・・緊急だよ、な・・・ え〜い!! あとは勇気だけだっ・・・!
半ばヤケッパチで ジョ−はドイツへの短縮b押した。
〔 ・・・・? ・・・・・009か。 ??? ビ−ルだっ! お前、時差ぐらい覚えとけ! 〕
どうにでもなれ、とアメリカへ電波を飛ばす。
〔 ・・・・あん? なんだあ〜〜 ・・・・ へ? コ−ク!〕
国際電話は二本ともいとも不機嫌に一方的に切られてしまった。
アフリカとの時差は見当もつかなかったし、寡黙な巨人を呼び出すのはいささか気がひけた。
− 聞かなきゃよかった・・・
食品フロアの隅の階段わきで ジョ−はまたまた溜め息である。
てんでんばらばらの 仲間たちのアドヴァイスは彼をますます迷わせるだけだった。
も〜どうしようもなく 言われたモノを片っ端から買い集め・・・
そのあげくに両手に大荷物、となったワケである。
「 あ〜あ・・・。 あの角までくれば もうちょっと・・・。 あ! そうだ♪ 」
研究所への 最後の曲がり角にちいさな雑貨屋がある。
今時珍しいほどの 古びた店構えでいわゆる生活雑貨をおざなりに並べている。
「 すいません・・・ これ、ください〜〜 」
入り口近くに据えられたこれまたえらく旧式のアイス・ボックスから ジョ−はソ−ダ・アイスの
真っ青な棒をつまみ出した。
「 ・・・・ はいよ・・・ ちょっと、まっとくれ。 」
店の奥から 店番とおぼしきおばちゃんがのっそりと現れた。
屋外の明るさに目を眇め ついでにじろじろとジョ−を眺め回す。
「 ああ、あの岬の洋館の人だね? ・・・あんた達、家族なの? 」
「 ・・・え、ええ。 そ、そうです。 あの、コレ下さい ・・・ 」
「 ふうん・・・・。 そうそう、いつだったか。 まだ暑くなる前だよ、
キレイな外人のお嬢さんがベビ−カ−を押して通ったけど。
彼女はあんたの姉さんかい? 」
「 あ・・・・そ、そうです。 あ、あああ、姉です! あの・・・このアイス・・・ 」
「 ふうん・・・・ ずいぶんと若いのに、子持ちかい。 」
「 え、えええ、ええ。 まあ、その・・・・ 」
「 ふうん・・・ ま、人それぞれ事情はあるから、ね。 ほら、この袋に入れてきな。」
「 は、はははいい・・・ あ、どうもォ〜〜 」
おつりを受け取ると ジョ−はほうほうの態でその店先から退散した。
「 ・・・・・ ふう・・・ あ、いちばん汗かいちゃったかも・・・ 」
もういちど。
よいしょっと 買い物袋を持ち直しジョ−は研究所めざして歩きだした。
「 もうちょっとだ・・・。 どれか、気に入ってくれたらいいなあ・・・ 」
「 ・・・ ただいま〜〜〜 」
「 あら、どうしたの、遅いから心配しちゃったわ。 」
「 うん、あの。 ほら、きみの・・・・ 」
「 わあ ありがとう、ジョ−!! わたし、コレが食べたかったの〜〜〜
よくわかったわね〜 」
「 ・・・・う・・・え??? あ〜〜〜〜 」
ジョ−のシャツを涼しげに 着こなして。
フランソワ−ズは 彼が手に持っていたソ−ダ・アイスの袋を大喜びで摘み取った。
「 う〜ん・・・! 美味しいわあ〜 日本のグラスって初めてなの。 」
「 ・・・ グラス ? 」
「 ああ、アイスクリ−ムのことよ。 う〜ん、ブル−ってのも可愛いわ 」
「 そ、そう・・・? 気に入ってくれたなら・・・ よかった! 」
ジョ−は バンザイしたい気分だったが・・・・あいにく両手は買い物袋で塞がっていた。
「 あ! そうだ・・・ あの。 そのシャツ、 イヤだったら無理に着ないで。
ごめん、そ、そんな安物、好きじゃないよね、きみに似合わないよね・・・・ 」
またまた 汗がこぼれ落ちてきた・・・
「 あら、どうして? cheap & chic って流行ってたの。 っていうか・・・ 」
うふふ・・とフランソワ−ズは小さく笑った。
「 学生はみんな貧乏だもの。 出来る範囲でいろいろ工夫してたわ。
それに、わたし、よくお兄さんの服をこんな風に着てたのよ。 」
どう?と ちょっと得意気にフランソワ−ズは借り着のシャツを引っ張った。
「 ・・・あ、う・・・うん! とっても似合ってる! ぼ、僕が着るよりよっぽど・・・ 」
「 そう? 嬉しいわ。 」
似合うけど。 僕は。 きみに もっと相応しい服を着て欲しいな・・・・
「 そろそろ、お昼にしましょ。 シトロン・プレッセをう〜んと冷やしておいたのよ。 」
「 う、うん。 ・・・しとろん・・・・あ!レモンスカッシュだね、僕も好きなんだ。 」
「 よかった! ね、このシャツ、とっても肌触りが気持ちよくて。 涼しいし。
同じのが欲しいわ。 明日探すの手伝ってくれる? 」
「 うん! 」
「 ありがと、ジョ−。 さ!まずはお洗濯モノ、取り込みましょう。 ぱりっと乾いたわ! 」
風に翻るシ−ツ類を取り込みにゆく すっきりと真っ直ぐな後姿にちょっと見惚れて。
・・・・・・・ ジョ−はあわてて あとを追った。
海に近いここギルモア邸にも 新しい季節の到来を告げる風が吹き抜けていった。
***** Fin. *****
Last updated:
06,02,2004.
index
***** 後書き by ばちるど *****
はい、思いっきり 【平ゼロ・ジョ−】君であります。
じつは5月上旬にTroika様宅で 素敵絵を拝見しましてむらむら妄想した結果なのです。
「 あのイラスト、ください!」 っておねだりしておいて、駄文のアップが遅れてしまいました。
珍しく?真面目に <服飾史>などで60年代を調べたりしたのですが・・・
あまり生かせませんでした。(涙〜) Troika様の素敵絵はこちら♪
Troikaさま〜〜〜 ありがとうございます〜〜〜\(^o^)/
どうしてジョ−君が買ったシャツがレディース用なのか・・・は見逃してください!!!