『 黄色いマフラ− −(2)− 』
霙まじりの雨は夜半に、やはり雪となった。
芦ノ湖畔はうっすら白く雪化粧をほどこし初春を祝うのに相応しい装いである。
新春 3日。
昨日の熱気をそこここに残し、箱根駅伝は復路のスタ−トを待っていた。
このスタ−ト地点からの第六区は昨日とは逆に急坂を下って行く。
今日のように雪の翌日は転倒を心配して必要以上に脚に力がはいるため、
全体のペ−スを整えるのが難しい。
この区間にはより柔軟なバネのある走りが要求されるのだ。
午前8時。
芦ノ湖畔に花火の音が響いた。
復路は往路の成績順に選手たちは出発してゆく。
トップを切って雪の箱根路に踏み出したのはJ堂大、1分弱遅れて出発するのは
例の<特別チ−ム>である。
往路での特別チ−ムの記憶は ・・・ 各地区を走った選手やらタイムやらそんなモロモロの
<関係物件>はきれいさっぱり人々のアタマから消えていた。
もちろん、映像にも紙にもひとかけらも残ってはいない。
・・・で、あるが・・・。
そして、今日の復路。
スタ−ト地点には当然ごとく特別チ−ムの走者の姿が見られた。
皆が、大会の関係者も参加するランナ−たちも。 応援ギャラリ−もマスコミ関係までもが
<了解済み>(のつもり・・・)のコトとして特別チ−ムを眺めていた。
・・・そのことを だれひとり、不思議には思っていなかった。
本当ニサ。 誰ガ一番大変ダト思ッテイルノカナ〜・・・
走ッテイル皆ヨリ、ズ〜〜〜ット僕ハ疲レルンダカラネ・・・
応援に集まった人々の中には、銀髪の赤ん坊を抱いた大層年若い母親がいた。
赤ん坊はなにやらあまりご機嫌が良くなかったが、その当たり前の赤ん坊らしさが
皆の微笑みを誘っていた。
「 あれ・・・ ボクも応援かい? 将来はココまで走って来れるといいねえ・・・ 」
「 いやあ、エキデンも国際化しましたね〜 応援団にも外国の方がいらして嬉しいですな。 」
正に新春に相応しい朝、人々はスタ−トの時をわくわくして待っていた。
箱根路は雪の朝を迎えました。 箱根駅伝・復路戦はたったいまその火蓋がきられました。
まずは往路優勝のJ堂大が凍て付く坂道を踏みしめ、箱根の山を下ってゆきます。
次いでは・・・ああ、特別チ−ムですね。 スタミナのありそうな選手・・・中国人です。
往路を走った選手達が応援にまわっているようです。
アナウンサ−の息が白くみえる。
走路はもちろん雪かきをして整えられているが路面は凍結している。
下り坂であるから、選手は細心の注意を払って駆け下りてゆく。
アイヤ〜 気持ちのいい朝アルね〜♪ 故郷の冬を思い出すネ・・・
道が凍ってるアルな・・・ワテが一吹きすればたちまち解凍するんやけどネ〜
ま、せいぜい転倒( こけ )んように気をつけて・・・ほな、行きまっせ〜〜
「 ・・・大丈夫かしら。 かなり寒いでしょう ? 」
「 おい、何言ってるんだ? 彼だって・・・ 」
「 そうだけど・・・。 でもこんなに走ったことってないんじゃない? 」
「 まあな。 だが、結構巧くやるんじゃないか。 いろいろと経験豊富だろうし。 」
「 そうだといいのだけれど・・・ 」
「 ・・・それよりアイツは? そろそろ受け持ちの地区に出発しないとマズイぞ? 」
「 ・・・ええ。 それが、ね。 まだ・・・寝てるのよ。 」
「 寝てる?! とっくにウォ−ミング・アップでもしてると思ってたぞ! 」
「 それが、その・・・ 睡眠不足、なんですって・・・ 」
「 ・・・アイツぅ〜〜 オレは知らんぞ。 」
「 ・・・だから ・・・ もうやめてって言ったのに ・・・ 」
「 え? なんだ? 」
「 ・・・ なんでもない。 」
「 とにかく、起こしてこいよ! なんならオレが・・・
復路はオレがコ−チ兼監督だからな 」
「 いいわよ! わたしが行くわ。 」
彼女はあわてて銀髪の青年を制した。
フランソワ−ズは自分の蒲団の中でなぜか自分の浴衣をしっかりと抱きしめたまま
寝こけている彼を誰にも見せたくなかった・・・
出発地点での後方のごたごたなど気に留める様子もなく、
特別チ−ムの第六走者は軽い足取りで山道をくだってゆく。
一見長距離走にはまるで不向きな身体つきなのだが、彼のペ−スはかなり速い。
先頭との距離も後続集団との距離もほとんど変らない。
各チ−ムともハイペ−スのなか、彼は十分互角に戦っている。
ホッホ〜〜 これは楽しいアルね〜〜♪♪
往路の<山上り>を果たした巨人とは対照的なまるまっちい身体の第六区の走者は
ゴムまりのごとく弾んで芦ノ湖畔を後にした。
とてもアスリ−トには見えない体格だが、そのバネとスタミナで勝負をしそうである。
うねうねと下り坂が続く。
まだ標高が高いのでレ−ス前にきちんと除雪した路面はすぐに凍結する。
アイヤ・・・コレは危ないアル。 いくら山下りのテクニック、いうてもなぁ・・・
お若いお人らが怪我しはったら気の毒やし。 ココはワテが一丁気張ったるで。
先頭のJ堂大が駆け抜けると・・・
一瞬誰もが路面を炎が走った・・・ような気がした。
− まさか。 そんなコト、あり得ないし・・・ 見間違えにきまっている。
紅蓮の煌きはたちまち消えてしまったので、皆そう思い込んだ。
− お屠蘇がみせた幻だろう。 正月に相応しいなぁ・・・
思わすTVの前で目を擦ったそんな暢気な輩も多かっただろう。
カ−ブごとに自慢の炎を噴きつつ、太っちょのアスリ−トは悠々と箱根の山を降りてゆく。
特別チ−ムの背後では熾烈な3位争いが展開していた。
山道をおりてからが 実は第六区の最大の難所である。
平坦な道が続くのだが、坂道を降りてきた脚にはまるでのぼり坂のように感じるのだ。
小田原中継所です!
箱根駅伝・復路、その箱根の山に別れを告げてタスキは第七区へと繋がれてゆきます。
先頭は相変わらずJ堂大、二番手には特別チ−ム、元気です、楽しそうです。
いや〜〜いいですねえ。 和やかなム−ドです。
にこにことタスキを渡す、例のまるまっちい走者にアナウンサ−も思わず
頬が緩んでいる。
雲が薄くなってきて、淡い陽射しが照らし始めた。
コ−スは全体の中ではもっとも走りやすいといわれる第七区にはいる。
「 はいな〜 お?! 何方はんかとおもったアルよ〜 」
「 ふふん。 確かに承った。 」
特別チ−ムの第七走者は ・・・ あの特徴あるつるつる頭ではなかった。
上位陣に目立った変化はまだないが、その後ろ、シ−ド権争いはそろそろ
加熱しはじめていた。
各走者とも比較的平易といわれるこの区間で体勢を整え、勝負にでる。
小田原中継所をすぎまして、各チ−ム安定した走りになってきました。
太陽が顔を覗かせ、気温がだんだんと上がってきたようです。
第七区先頭を守るのはJ堂大・・・続くは特別チ−ムの黄色いタスキが見えてきました。
・・・お? これは・・・ 第七走者〜〜
これは! う〜ん・・・ 随分と整った顔立ちの選手です!
え・・・イギリスの選手ですね〜 陸上界のベッカムか はたまた 駅伝界の琴欧州か♪
沿道からも熱い声援が飛んでおりますっ
・・・ふん。 いくらなんでもつるっぱげが走っては興を削ぐだろうよ。
よろしい、我輩は本日は北人正直としてこの20キロを駆け抜けようではないか。
沿道の諸君はまたとない観客。 応援と熱い視線が・・・我輩のパワ−となるわな。
白皙の頬に淡い微笑みを浮かべ・・・特別チ−ムの第七走者は
うらうらとした陽射しの中を 悠々と走ってゆく。
三位集団からY学院大が飛び出したが特別チ−ムとの距離はまだ縮まらない。
<駅伝の琴欧州>は堅実な走りを続けている。
ねえ??ちょっと・・・素敵じゃない?
え〜・・・ どれ。 あら〜〜〜♪
ちょっとぉ・・・ どこの大学? え・・?特別チ−ム?
どこの国の人? なんて名前? ・・・サイン、欲しいわ〜〜
え?え・・? G.ブリテン? ・・・だめね、仮名だわよ。
沿道の観衆も、TVの前でも、エキデンではお目にかかれないざわめきが拡がり始めた。
二宮から大磯をぬけ、先頭とその後の集団は気温も上がってきた新春の相模路を
駆け抜けてゆく。
先頭J堂大は安定したペ−スをキ−プ、続く特別チ−ム<駅伝の琴欧州>も堅実な走りである。
ふんふん・・・♪ ギャラリ−からの視線が熱いなぁ。
我らが研究所は・・・ もう少し先か。 アルベルトとジョ−がシ−ルドしていたが
正解だったな。 しかし、日本人ってのはナントカの名誉をかけて、ってのが好きだねえ。
ふふふ・・・わが国の騎士道を真似しておるのかな。
こちら平塚中継所です!
え・・そろそろ・・・ あ、見えてきました〜 先頭J堂大〜〜〜
続くは、この20キロの間ですっかり有名になりました<駅伝の琴欧州>こと、
特別チ−ムの第七走者! イギリスの選手だそうです。
あ! 追いかけてきたC大〜 ラストスパ−トで二位に浮上ですっ
先頭集団はなにやら入り乱れて平塚中継所を通過していった。
日も高くなりはじめ、昨日の往路とは打って変わって気温は上昇してゆく。
「 ほい、ご同輩。 すまんな、最後で抜かれちまった・・・ 」
「 はは、若輩に花道を譲ったんじゃないの? さ、行くよ〜 」
長めの黄色いタスキをうけとったのは精悍な黒い肌の青年である。
第八区はずっと海沿いをゆくコ−スで最後の上りがキ−ポイトになる。
海風が気になるところだが、三位をゆく特別チ−ムの走者はなんだか嬉しそうだった。
ふふん・・・僕に相応しいというか、僕のためにあるコ−スだな、これは。
お〜い・・・海よ! パワ−を頼むよ。 潮風よ! エネルギ−を運んでくれよな〜
彼は周囲の環境にまったく溶け込んで走りはじめた。
自然の方が彼を包み込んだのかもしれない。
往路の山上りを陶然とこなしてしまった巨躯ランナ−と、同種のニンゲンなのだろう。
こちら第一中継車です。
箱根駅伝・復路、陽射しも強くなってきました。 相模湾からの海風も爽快であります。
え・・・中位校、シ−ド権をかけて激烈な争いになってきました。
トップは以前J堂大、順調なペ−スで12キロを通過です。
お・・・特別チ−ム、スパ−トを掛けてきました、現在第三位。
ムアンバ共和国出身とききますが、なかなかの力走です。 いや〜北京(オリンピック)が
楽しみな選手の一人ですね〜。
・・・ふうん・・・ 長距離走っていうのは面白いな。
これはまったく計算ずくで走らないとダメなんだ。 う〜ん・・・これは面白い。
僕自身のデ−タを解析すれば<理想の走り>プログラムができるだろうな。
・・・あれ。 研究所だよ・・・ ああ、どうりで見覚えのある海だと思った。
− さあて。 一応二位をキ−プしておこうかな。 ・・・うん?
特別チ−ムの青年は海風に乗っているかのごとく、軽い足取りで先頭走者をしっかりと
捕らえ始めた。
・・・その時。 先頭をゆくJ堂大の走者に異変がおきた。
それまでの快調なペ−スが突然くずれ足元がふらつき始めた。
先頭です、ハプニングですっ
J堂大第七走者、どうしたのでしょう、突然走りが乱れだしました。
・・・伴走者から監督が走り寄ってなにか声を掛けていますが・・・
どうしたのでしょう?
う〜ん・・・ これは・・・。 多分脱水症状でもおこしたのではありませんか。
急に気温が上がってきましたからね。
二位、特別チ−ムどうでますか??
あれ? どうしたんだ?
・・・ああ、 脱水症状か。 この暑さだものな。
ぼくらの国ではこんなのなんでもないけれど・・・
どうしようかな。 抜くのは簡単だけど・・・後味悪いしなあ。
ま、ちょっと距離をつめておこうか・・・
監督から水をもらい、J堂大の走者はどうにか持ち直したようだ。
後ろには特別チ−ムの黒人青年がひたひたと近づいてきているし、
その背後では三位争いが、そしてさらに後方では10位のラインめざして
中位校が必死の追い上げを始めた。
例年ならペ−スを乱しがちな海風が涼風に感じるほど、気温はあがってきている。
なんとか体勢を立て直したJ堂大の第八走者だったが、再び足元が
よろめきだした。 蛇行気味に走り出す。
「 あら・・・ 大変ね。 随分苦しそう・・・・ 」
「 前半、随分手袋で汗を拭ってからな。 お? アイツはどうした。 」
鶴見中継所でモニタ−を眺めていた銀髪の青年は声の主に振り返った。
「 一足先に加速装置で行ったわ。 もうとっくに戸塚中継所に着いているはずよ。 」
普通の車から降り立ってきた少女がにこやかに応えた。
「 加速って・・・あのバカが・・・! 」
「 え? なにか・・・まずいの? 」
「 当たり前だろう? 加速装置ってのは・・・ 」
ああ! ついにJ堂大、トップの座を明け渡しました。
慎重に距離を詰めていた特別チ−ムと連覇をねらうK大、追い上げてきたA大、Y学院大
などがつぎつぎと通り過ぎてゆきます。
戸塚中継所はもう目の前です〜〜
アナウンサ−が絶叫している。
言葉をとぎらせ、画面を見ていた青年はふん、と溜息を吐いた。
「 昨日の抜かれオトコは? 」
「 先に大手町で待ってるって。 彼なりに気にしているのよ。 」
「 ・・・油断大敵ってことだ。 う〜ん・・・ なあ、お前防護服持って来てるか? 」
「 え、ええ。 バンにおいてあるけど・・・ なあぜ? 」
「 そうか、ちょっと・・・ 」
「 なあに? 」
「 ちょっと・・・。 バンの中で話す、さあ・・・ 」
鶴見中継所の裏手に止めてある小型のバンにむかって二人は足を早めた。
「 ・・・ジョ−? 頼んだよ。 」
「 ご苦労様〜 」
余力たっぷりで特別チ−ムは第九走者にタスキをわたす。
次は ・・・ くり色の髪の青年である。
黄色いタスキとともに長めの前髪が さ・・・っと風に流れた。
こちら戸塚中継所!
タスキはつぎつぎと第九区のランナ−へと渡されてゆきます。
K大が先頭で通過、A大、Y学院大、そして特別チ−ムが前後して通過してゆきました。
下り坂ですが距離の長い九区、どんなレ−スが展開するのでしょうか。
さぁて・・・。 最後はぼくの出番だな〜。
ふふん、昨夜 すっきりして コンディションは上々だし。 天気もまずまず・・・
これでぼくらのチ−ムが優勝まちがいナシさ。
ピュンマはいい位置でタスキを繋いでくれたよな。
このまま・・・ってのはつまらないかな。 途中で一回くらい抜かせてやろうか。
特別チ−ムは第九区で先頭に立った。
往路では走者を苦しめた権田坂を今度はゆるゆると下り鶴見をめざす。
距離が長いので安定したペ−スで走らなければならない。
ふうん、この地区でジェットは失速したんだな〜
サ−モスタットの調整ミスだって博士も言ってたっけ。
長距離っていっても・・・ぼくらにはたいしたこと無いよ。 たかが20キロちょっと。
楽に駆け抜けてやるよ。 楽勝もんさ。
・・・そういえば、最終の十区はどうするんだろ? イワンが「考えておく」って言ってたけど。
なんなら ぼくが続けて走ってもいいよな、うん。
「 ・・・え?! そんな・・・ 」
「 だから、な。 加速装置ってのは・・・ 」
「 そうなんじゃ。 ・・・ったくなにを考えとるか!
加速装置をつかっても本人はちゃんと<走って>いるんじゃぞ?
普通以上にパワ−を使うというのに。 アイツはまあ<本番>の前に・・・
それに・・・ 寝不足?? ・・・アスリ−ト失格じゃ! 」
「 でも、なんだか元気に走ってますけど・・・ 」
「 今はな。 だが・・・早晩スタミナ切れを起こす。
本人が意識してないだけに始末が悪い。 往路の二区のヤツと同じさ。 」
「 まあ・・・ だったら脳波通信で教えてあげれば・・・ 」
「 それは、アンフェアってもんだろう?
俺たちは<普通の走者>としてこのレ−スに参加しているんだ。 」
「 ま、本人の気力に任せるしかないな。 それで第十区なんじゃがの・・・ 」
「 博士の意見もな・・・ 」
「 ・・・ えええ?? 」
やっとだらだら下りが終わったかな。
ああ、ヨコハマ駅前か。 なんだか後ろはぐるぐる順位が変ってるね。
ま、頑張ってくれ給え。
ぼくの教会・・・ 残ってれば見えたのにな・・・
チビのころ、駅伝に憧れてたっけ。 そうそう、応援に行って、選手について走って
でも50メ−トルも付いてゆけなかったっけ・・・
・・・ 昨夜のフランは・・・可愛いかったなぁ・・・
浴衣って・・・そそられるよ。 今度から寝間着はいつも浴衣にしてもらおうかな。
ふふふ・・・ ちょっと肌蹴たところとか、余計に刺激的だもんね。
うん、それにベッドより蒲団の方がさ〜 その〜なにかと・・・ うふふ・・・
第一中継車です。
第九区、以前先頭は特別チ−ム・・・えっと ・・・シマムラ選手。
おお〜にこにこして余裕がありますね。 すぐ後方では二位争いが過熱しています。
K大、連覇を狙って勝負に出るか?追い上げてきたA大、リズムにのるか??
半分以上行ったな〜〜
・・・あれ・・・? あれれ? なんだか・・・足が?? ど、どうしたんだ??
ちゃんとぼくは体温調整してるよ? 脱水症状なんてありえないし・・・
なんだか・・・急に足が重い・・・ 息が ・・・あがる・・・ふう〜・・・ なんでだ???
加速装置を使いすぎた時みたいだよ?? 戦闘時にはこんなコトなかったのに〜〜
「 ・・・ち! ほ〜ら言わんこっちゃない。 」
「 やはりな。 加速装置使用後に通常の走りで長距離ゆけば
下りのあとの平道が登りに感じるのと同じ原理じゃわい。 」
「 甘くみたな、ジョ−のやつ。 」
「 ま、人生の経験不足というところじゃな。 ・・・大事の前に節制するのも当たり前じゃ。
精進潔斎、身を慎まんと! 」
古風な博士の言い回しに、銀髪の青年はぷ・・・っと吹き出した。
「 今度、よ〜く言っておきましょう。 」
「 うむ。 こういうコトは年嵩の者の務めじゃぞ? 」
「 はいはい。 ・・・あ〜あ、こりゃ、本格的にマズイぜ。 」
なんでこんなに・・・ エネルギ−切れ? ・・・ってエネルギ−なんて入れてないよ〜
なんかマズイこと、やったかなぁ・・・
昨夜・・・ う〜ん ・・・ 二回はいつものコトなんだけどな・・・
あ・・・また抜かれちゃった〜 これで・・・4位かあ・・・
こちら中継車です!
トップでタスキを受けた特別チ−ム、シマムラ選手のペ−スが急に落ちました!
どうしたのでしょう? 先ほどまでの余裕は全く無く、苦しそうな表情ですっ
その脇をK大、A大、J堂大がつぎつぎと抜いてゆきます。
ああ・・・ Y学院大続きます。 第九区も波乱続きであります。
・・・ あと、5キロか・・・
なんとか・・・頑張ってこのタスキをつなげなくちゃ・・・
そうだよ〜 これってフランのマフラ−なんだよね。 ・・・ フランソワ−ズぅ〜〜
・・・ あれ?! な、なんだ???
え・・・! ク・・・クビクロ?? ・・・そんなハズない・・・ だって ・・・
箱根駅伝復路、レ−スはいよいよ終盤戦にはいりました。
先頭はそろそろ鶴見中継所にかかる模様です。
ラスト・スパ−トしたA大がトップ、それにK大、J堂大、Y学院大が続きます。
ペ−スを乱した特別チ−ム・シマムラ選手、それでも懸命の走りであります。
・・・ああ、沿道から声援が飛んでますね〜
ははは・・・歩道を伴走する犬連れの少女も見えます。
人気の走者ですね。
クビクロ? お前なのか? ほんとうに・・・・
ああ、そうだね、こうやって一緒に走ったっけ・・・
お前と過した日々は・・・忘れることなんかできないよ・・・
・・・ ありがとう・・・ なんだか ・・・ 元気がすこし・・・出てきた・・・
・・・あ・・? どこへいった? ・・・ クビクロ・・・?
ぼくは ・・・ なにを見ていたのかな。 幻だったのかな・・・ ぼくの クビクロ・・・
「 大丈夫かね? 走りはなんとかなりそうじゃが・・・
あの目つきは・・・何と言うか。 」
「 夢見る乙女・・・みたいですな。 」
モニタ−を睨みつつ、特別チ−ムの監督とコ−チは溜息の連続である。
「 あ〜 また抜かれおった。 これではシ−ド権も危ないぞ? 」
「 う〜ん・・・ ま、ラスト十区に望みを繋ぎますか。 」
「 そうじゃな。 時に・・・準備は? 」
「 準備万端、いつでもオッケ−だそうです。 」
「 ・・・さすが ・・・ 」
「 ええ、さすが、です。 」
鶴見中継所ですっ
第九区、ラスト・スパ−トで先頭に立ったA大、ここを初めてトップで通過してゆきました。
続きましてK大、J堂大、Y学院大、C大・・・と続きます。
え〜途中アクシデントでペ−スを乱した特別チ−ム、懸命の力走でありますが・・・
シ−ド権外に落ちてしまいました。 11位です、第十区でどうでるか?
・・・あ ・・・ 鶴見だ〜 中継所が見えてきた・・・
あ〜〜〜 よかった ・・・ なんとか・・・
・・・あれ? でも、誰が十区を走るんだ??? 判るようにしておくよってイワンは
言ってたけど。 何の連絡もないぞ?
・・・いったい ・・・ 誰が ・・・
・・・ えっ?????
「 ジョ−−−−−ォ!! 頑張って〜〜〜 あと少しよォ〜〜〜 」
「 ・・・・ ふ・・・・ ふらんそわ〜ずぅ・・・・ 」
「 さ、まかせて! 」
「 ・・・・ ふらんそわぁずぅ・・・・ 」
黄色いマフラ−が ふわり、と風に靡いた。
「 お〜し。 なんとか繋いだな。 」
「 ・・・ あ、あるべると・・・ アンカ−って あ・・・ 」
「 あ〜あ〜 もう黙ってろ。 さ、博士〜 」
「 わかっとる。 さ、バンに運んでくれ。 簡易メンテをしよう。 ・・・ったく! 」
「 ・・・・ スミマセン ・・・ 」
第一中継車です。
鶴見中継所をでまして、予想どおりの顔ぶれに伏兵・A大が堂々のトップをキ−プしております。
え・・・中位校はシ−ド権をかけてここも激烈な争い・・・
お??? これは・・・特別チ−ム、第十区のアンカ−を勤めますは あの!亜麻色の髪の美少年!!
なななななんと、往路・復路両方を走ります!
これは・・・・前代未聞ですね〜
いやあ・・・初めてじゃないですか。 しかし、この選手の走りはすごいです、前日も20キロちかく
走ったとは思えません。 快調そのもの。
おっと 一人・・・いや二人まとめて抜きまして、たちまちシ−ド権内に浮上ですっ!
「 ・・・すげ・・・ 」
「 ああ? あのコは ・・・ やるじゃろ。 」
「 博士、ヤツは? 」
のそり、と<カントク>がモニタ−前に戻ってきた。
「 心配ない。 説教垂れて、栄養剤を一服ぶち込んでおいた。
さあ、わしらは大手町にまわってゴ−ルを待とうじゃないか。 」
「 そうですね。 我らが<ヒ−ロ−>を拍手で迎えなければね。 」
「 うんうん・・・ あのコは立派なヒ−ロ−じゃわい。 」
満足げに頷き交わすカントクとコ−チ。
一方、バンの中では本来のヒ−ロ−が顔をしかめてオシリをさすっていた。
・・・博士〜 ひどいよ・・・ 子供じゃあるまいし、こんなトコに注射す
外では最後の熱戦が続いている。
特別チ−ムの<美少年>は快走そのものだ。
田町ちかくで二番手の集団に追いつき・・・たちまち追い抜いていった。
・・・よ〜し。 これで4位までもどしたわね・・・
ジョ−は大丈夫かしら。 <クビクロ・・・>なんて呟きが脳波通信で聞こえてきたけど・・・
夢でもみてたのかなあ・・・
・・・それにしても。 昨夜のジョ−ったら。 だからもうやめてって言ったのに。
オトコのヒトってものすごく消耗しちゃうのねぇ・・・
すごい、すごい、すごいです〜〜〜
あ、失礼しました。 こちら第一中継車であります。
箱根駅伝第十区、最後の区間で素晴らしいゴボウ抜き!
え〜 特別チ−ム、現在第4位! 11位からの驚異のスパ−トをみせるのは・・・
ああ・・・紅顔の美少年・・・・! なんとも・・・なんとも素晴らしい、のひと言〜〜〜
アナウンサ−氏はそのケがあるのか・・・なんだか怪しい鼻息である。
先頭はオフィス街にもう足を踏み入れている。
沿道の応援もぐっと数を増してきた。
ゴ−ルの新聞社前は もう目の前である。
「 よう、カントク! お〜 コ−チも。 なんだよ〜ラストはアイツかよ。 」
「 ふん、この抜かれオトコが。 」
「 それを言ってくれ
「 当たり前だ。 自己管理も実力のうちだ。 」
「 へいへい。 しっかし。 アイツ、すげ〜な〜・・・ 」
「 そりゃあ、なあ。 フランソワ−ズは日頃からレッスンでちゃんと鍛えておるからの。
それに・・・生身の柔軟性に勝るものはないんじゃよ。 」
「 やはりね。 最後に勝利するのはニンゲンってことですか。 」
「 ニンゲンをつくった神、というところかもしれんな。 」
抹香臭いハナシに辟易した赤毛が割ってはいった。
「 そうそう。 アイツの兄貴も来ているぜ。 」
「 おおそうか。 ちょっとワシは挨拶をしてこよう。 」
<カントク>としての正装、ジャ−ジの上下に着替え、博士はゴ−ル前に向かった。
「 ・・・ お兄さん・・・ そのう。 すみませんっ! 」
「 あ? ああ・・・もう大丈夫かい、ジョ−君。 」
いきなり自分にぴょこり、と最敬礼した<本来のヒ−ロ−>に フランス人の青年は
面食らっていた。
こちら、ゴ−ルのY新聞社前であります。
新春恒例・箱根駅伝、復路のゴ−ルは・・・ もう目前であります。
先頭は ・・・ おお〜〜 すごいすごいすごいです〜〜〜
スパ−トをかけた先頭集団を 後方から赤い旋風がゆうゆうと抜いてゆきます〜〜
・・・どうも競馬のディ−プインパクトを彷彿させますね・・・ いや、失言でした。
<紅顔の美少年>っ! 特別チ−ム、初参加で堂々の優勝、なるかっ!
わ〜い・・・ みんな抜いちゃったわ〜〜
あら! ジョ−〜〜〜ォ! お兄さ〜〜ん!
今、すぐに行くわね〜〜〜
無彩色なオフィス街を 一陣赤い風が吹き抜けてゆく。
タスキをはずし、首に巻き。 黄色いマフラ−が新春の風にたなびく。
亜麻色の髪をゆらし、頬をほんのりと染め ・・・ 美少年は軽快に走る。
その姿に 誰もが見ほれ 目を見張り 言葉を失い・・・
ただただ 感嘆の吐息だけがそちこちからあふれ出る。
・・・ イイモノをみせてもらった ・・・ !
こいつは 新春( はる )から 縁起がいいわな。
見守る人々の心にほっこりした小さな灯りをともし、
紅顔の美少年はみごと先頭で 新聞社前のテ−プを ・・・ 切った!
・・ジョ−−−−−
フランソワ−ズ −−−−
さっと赤い影が走り出て、テ−プを切った美少年の身体を
かき抱くと ふ・・・・っと二人の姿は消えた。
次の瞬間、ビル風が吹き・・・誰もが一瞬目を瞑り再び目を開けたとき。
・・・特別チ−ムは皆の目の前から、そして記憶から きれいさっぱりと消えていた。
新聞社前のゴ−ルには 初優勝に満面の笑顔でテ−プを切る
A大・アンカ−の姿があった。
A大! 見事に初優勝でありますっ ・・・・あれ?
あ・・・イヤ、失礼いたしました。
え・・・ あ・・・ 感激のA大に続きましてY学院大、N大と続きます。
( ・・・なんだかとても大きなコトを忘れているみたいな?? )
ほう、やるじゃないか。
今年の駅伝は面白かったね。
・・・でも。 なんだか見ている最中の方がもっと面白かった・・・気がするんだけど。
− なんだろ???
全国の駅伝ファンは みな密かにこころの中で首を捻っていた・・・。
− ただ新春( はる )の夜の夢のごとし
松の内がおわり、そろそろ受験生たちが目を吊り上げるころになると
ここ、ギルモア邸の周囲には早い春が訪れる。
今日は沈丁花が一つだけ咲いたわ。
あそこの角のお宅の白梅が綺麗なの。
ねえねえ、崖っぷちの陰にね、水仙が群生していたの。
フランソワ−ズは毎日、ちいさな春をみつけて来ては報告する。
・・・ この娘こそが、春の使いじゃわい。
ほんのり頬を染めて話すフランソワ−ズの姿に 博士は目を細めっぱなしである。
「 この冬は随分寒かったですけど。 春がよけいに楽しみですわ。 」
「 ほんになあ・・・・ おや、ジョ−はどうしたね? 」
「 トレ−ニングですって。 」
春の使いは肩を竦めて、ほ・・・っと溜息をついた。
お正月の駅伝参加いらい、ジョ−は突如熱心にロ−ド・ワ−クを始めた。
そのうえ・・・
「 買い物? ぼくがゆくよ。 」
街から遠いギルモア邸だが、最近かれはリュックを背負って
最寄の駅前商店街までジョギングしてゆく。
そして買い込んだ多量の食料品やら日常雑貨をシェルパのように背負い上げ、
また駆けて帰るのである。
・・・ フランの前での失態は ・・・ 二度とゴメンだっ!
一見暢気で、いつでも平和そうな彼も、さすがに・・・オトコの意地があるらしかった。
「 ただいま・・・ ああ、重かった・・・ 」
どさり、とフランソワ−ズは大きなス−パ−の袋をリビングの床に置いた。
ずいぶんと陽射しが差し込むようになった窓辺から 博士が訝しげに尋ねた。
「 おかえり。 おや・・・? 買い物はジョ−の担当ではなかったのかの? 」
「 ええ・・・。そうなんですけど。 」
は〜 ・・・とフランソワ−ズは一息おおきく吐いた。
「 ジョ−ったら何でも一緒に・・・ミルクとかも担いで、街からココまで
走ってきますでしょ。 ミルクはみんなヨ−グルトかチ−ズみたいになっちゃうんです・・・ 」
「 ・・・ まったく ・・・ どうも、ヒ−ロ−になれんヤツじゃの。 」
「 ええ・・・ ほんとうに。 」
うらうらと穏やかな日差しのもと、ギルモア邸には新しい年がゆっくりとその幕を開けた。
*** おまけ ***
「 ・・・ねえ? 開けてくれよ、頼むよ〜 」
「 いいじゃないか・・・ね? 」
「 あの・・・ すぐに退散するからさ。 」
「 ・・・ 一回だけでいいから〜〜〜 」
夜もかなり更けたころ、人気のない廊下でほとほとと低いノックを繰り返す・・・
栗色の髪の青年が、ひとり。
たたずむ扉は無情にも開く気配はまるでない。
「 明日っからドルフィン号なんだよ? ・・・ねえ・・・ 」
「 二人きりは今夜までじゃないか。 」
「 調査だけっていっても一応ミッションなんだしさ。 」
「 大事の前に 心残りはイヤだよ〜ぅ・・・・ 」
「 ・・・ お願い〜〜 フランソワ−ズぅ〜〜〜 」
扉の前での繰言が ついに半ベソまじりになったころ。
− ガチャリ。 ・・・・ ばんっ!
突然、ドアが細目に開き・・・白い手が彼に押し付けたのは なにやら一枚の紙切れだった。
そして・・・あっという間に天岩戸は閉じてしまった。
ぽかん、と立ち尽くす彼氏の手には墨痕鮮やかな半紙が一枚。
精進潔斎 煩悩滅却
「 ・・・ フランソワ−ズ〜〜〜ぅ・・・・・ 」
春の夜、彼氏の 煩悩 はおさまる気配はないらしかった。
*
***** Fin. ******
Last
updated: 01,17,2006.
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*** ひと言 ***
これは完全に平ゼロ・ジョ−ですねェ・・・・(^_^;)
レ−スのだいたいの流れは今年のお正月の第82回大会を
モデルにしました。 みなさん、来年のお正月は
う〜〜んと妄想しながら観戦してみてくださいね〜〜♪