『  黄色いマフラ−   −(1)−  』

 

 

 

新春、2日。

毎日多くの人と車が行き交う都心のこのビジネス街も、

元旦にひき続き今日は森閑としている。

林立するビルの多くはシャッタ−を閉め、通り過ぎるのは一陣の木枯らしだけである。

そんな中で、人いきれと報道の車やらフラッシュでにぎわっている一角がある。

まだ多くの人々がのんびりと家族でお節料理を楽しんでいるであろう時間に、

20名ちかい若者が<時>を待って 最後のウォ−ミング・アップをしていた。

とりどりのユニフォ−ム、そして。 

ひとりひとりが誇りと責任を担って肩からかける一本のタスキ。

この一本に母校の名誉を懸けて10人で往復200キロに余る道程を繋いでゆく。

正式には東京箱根間往復大学駅伝という。

 

 

新春恒例の 箱根駅伝 はスタ−トの時を静かに待っていた。

 

 

その年の大会は例年と趣向が少々かわっていた。

どうしてそうなったのか ・・・ いつの間にかそういうコトになっていた。

だれもそれを不思議に思わないのも、妙といえば妙なのだが・・・

小うるさい報道関係までもが今回はそうなんだ、とアタマから信じ込んでいた。

シ−ド校( 前回大会で10位以内 ) と 予選会から這い上がってきたチ−ム、

そして・・・ <特別参加>が1チ−ム。

一応、順位は付くが正式記録に載ることはない、対象外のチ−ムなのだそうで

さまざまな国籍の選手で構成されているらしい。

今回のみの特別企画なのだろう、と誰もが思い込んでいた。

・・・冷静に考えればじつはソレはまったく根拠がないのだが。

しかし、誰もそんな仔細なコトに拘る様子は ・・・ なかった。

 

 

ビルの間から新春の淡い太陽が射し込んでくる。

その光を合図にでもしたのか、各チ−ムの選手たちは新聞社前の

スタ−ト地点にその勇姿を現した。

TV中継のアナウンスにも リキが入る。

 

・・・ 各チ−ム、第一走者がそろいました。

ああ、今回特別参加チ−ム・・・第一走者は、え〜手元に記録によると・・・

フランスの青年ですね〜 異国の新春を思い切り駆け抜けてほしいものです。

 

 

 − パン ・・・!

 

案外地味な合図とともに20名の若者が一斉に走り出した。

各校伝統色のユニフォ−ムに混じるひときわ鮮やかな赤。 例の特別チ−ムのようだ。

赤い長袖に黄色のタスキが鮮やかなコントラストで人目を惹いた。

第一区を預かるのは ・・・ 短く刈り込んだ金髪の青年、勿忘草みたいな青い瞳が印象的である。

 

ほぼ、予想通りのスタ−トで先頭集団は<お馴染み>の校名がならぶ。

ながい歴史を持つこの大会では 参加する各大学のタスキの色も伝統になっていて

ファンにはその色だけで学校名がわかるのである。

プルシアン・ブル−のY学院大、 臙脂のW大 ・・・ など色が校名の代名詞にもなる。

そんな中で、特別チ−ムの黄色いタスキはおおいに目立っていた。

 

 − なんだってこんなに長いんだ? ・・・妹のだっていってたけど・・・

 

第一走者のフランス人青年はばさばさとまとわり付くタスキに少々閉口していた。

たしかに。

タスキ、というには長すぎて彼はその黄色い布を二重にして肩からかけていた。

「 お兄さん、これってわたしのなんだけど。 御守だと思ってがんばって。 

 みんなも・・・応援しているから。 」

「 おう。 まかしとけって。 伊達に演習で鍛えているのとは違うぜ。 」

スタ−ト前、青年の妹はこころをこめて兄にその黄色いタスキを渡した。

「 妙なことをお願いして申し訳なかったですな。 」

「 いや〜 こんな体験は貴重ですよ、 カントク。 」

白髪の老人がにこやかに青年に握手を求めた。

「 ま、名ばかりの監督ですが。 それじゃ、第一区をお願いします。 」

「 お兄さん、頑張って! 」

「 了解 ! 」

監督に軽く敬礼し、妹にはバチっとウィンクして、青年はスタ−トラインに並んだのだった。

 

 

第一区は都会のオフィス街を抜けて東海道を下る。

この辺りではまだ選手達は集団をつくっていて、飛び出すものはいない。

集団は次第に間延びし、幾つもに小分けされてゆく。

先頭集団はお決まりの学校が顔をそろえていた。

特別チ−ムのフランス人青年も なかなかの健脚で第二集団で走る。

シ−ド権の圏内である。

どの選手もともかくこのシ−ド権内を目指して必死になる。

10位と11位の間には おそろしく高い境界線があるのだ。

 

集団がばらけはじめた。

街中をぬけ、六郷橋、といわれる大きな橋付近にかかるとその時を待っていたかのように

先頭に飛び出す選手が出た。

きつい川風に頬をなぶられつつ、みんな懸命に後を追う。

 

・・・ふうん? 案外やるじゃないか。

 

金髪の青年はひどく冷静に他の選手のレ−ス運びを観察していた。

あくまでマイペ−スで走りつつ、彼の意識は前後の選手達に注意深く向けられている。

 

実戦経験もない坊や達の駆けっこかと思ってたが・・・

なかなかどうして。 みんなちゃんと駆け引きしてやがる。

 

一通り前後を観察し終えて、彼はひときわ大きく息を吸った。

 

 ー さあて。

 

ぐ・・・っと一回、例の少々邪魔なタスキをひっぱると。

フランス人青年は猛烈なスパ−トをかけた。

 

「 はい、第一中継車です。 一区、六郷橋を渡りおえまして二番手の集団が完全に

 ばらけました。 え〜特別チ−ムが飛び出して先頭集団を追っています。 」

「 この選手は ・・・ かなり鍛えた身体をしていますね。 フランス陸上界では

 名の知れた存在なのでしょう。 北京が (オリンピックが) 楽しみです。 」

「 こちら ・・・ 先頭集団です。 え〜                  Y学院大、でました。 イッキにスパ−トをかけて

 見る見る二位をつき放しています。 」

 

駆け引きの始まりに 報道関係も興奮気味である。

 

フランス人青年の視界に、先頭集団が入ってきた。

そんなに距離は・・・ない。 

しかし鶴見中継所までもうあまり間がない。

ここはできるだけ、後続集団を突き放しておく方が得策だと

青年は次第に速度をあげ始めた。

タスキを肩から外してぐっと握りしめる。

 

演習とちがって銃を担いでいるわけでもないしな。

身軽でいいわな。

お・・・ そろそろ中継所か。 

約束通りシ−ド校圏内でこのタスキをわたすぞ。

頼んだぞ? 二番手〜〜

・・・なあ?お前が一緒だと思うと・・・不思議に力がわいたよ。

楽しかった・・・お前たちの仲間になったみたいな気分もするし。

・・・ありがとうな・・・ フランソワ−ズ・・・

 

 

鶴見中継所。

応援も報道陣もごった返しているなか、

先頭選手から各チ−ム、どんどんタスキが第二区の走者に渡されてゆく。

曇り空が すこし割れて淡い陽光が新春の走路を照らす。

 

「 ・・・ よろしく! 」

「 オッケ〜 」

 

フランス人青年から陽気な掛け声とともに黄色いタスキを受け継いだのは

・・・ ばりばり・赤毛ののっぽだった。

 

こちら鶴見中継所です。

え〜 ただいま10位までタスキを第二走者につなぎました。

シ−ド権内は概ね予想どおりの顔ぶれでありますが・・・

おっと、特別チ−ムが堂々10位で通過です。 

健脚のフランス青年から・・・今度は赤毛のアメリカ青年であります。

すごい髪ですね〜 アスリ−トには珍しい髪形ですが・・・しっかりと走りだしました。

 

 

「 へ? エキデン? なんだ、そりゃ? 」

「 走る? ぺたぺた地べたをこの足で20キロちかくもってか? 」

「 じょ〜だんじゃ〜ね〜よ。 そんなトロい話はお門違いだぜ。 」

【特別チ−ム】の話が持ち上がった時、彼は真っ先に不参加を表明した。

二本の足を使って自力で移動するなど、性に合わんというわけだ。

しかし。

なぜか・・・いま、彼はごわごわと赤毛を靡かせて新春の東海道を下ってる。

しかも、二本の足でぺたぺたと地面を蹴って・・・

 

 − 華の二区

 

仲間の地元出身者がなにげなく漏らした言葉が、彼を引き寄せた。

そう、この鶴見中継所から戸塚までの23キロは各チ−ム、エ−ス級の走者を

当てるので<華の二区>という通称がある。

赤毛ののっぽはこの言葉に ・・・ まさに引っ掛けられたのである。

 

駅前の雑踏をぬけると道は緩やかな勾配にはいった。

タスキを受け取ってから大きな順位の変動はない。

俊足ぞろいの各チ−ム、けん制しあってお互いの出方を伺っている感がある。

 

・・・ってタルいよな。 二本の足で行くってのはよ。

ふん・・・みんな互いににらみ合って唸ってるってトコか。

・・・ ようし。

 

権太坂、とよばれるこの地区の難所に入った。

全体としてはかなり長い坂なのだが、その間にアップダウンが繰り返され、

自分のペ−スを守るのが難しいのだ。

第二集団から、すいっと飛び出した赤毛のランナ−はたちまち集団との距離を

置き始めた。

 

はん! なんだよ〜誰も付いて来ねぇのかい?

ほんじゃま、お先ってことで・・・

 

猛然とスパ−トを掛け、特別チ−ムの赤いユニフォ−ムはおなじく燃える赤毛に

彩られあっという間に先頭集団に追いついた。

 

 

すごい、すごいスパ−トです!

あ、こちら第一中継車ですが・・・特別チ−ム、赤毛のアメリカ青年はまさにゴボウ抜き、

え・・・いち、に、さん・・・ 7人を抜き去りまして堂々の二位であります。

先頭をゆくY学院大、さあ振りきるか・・・?

 

アナウンサ−は早々に絶叫していた。

各チ−ム、エ−ス級を投入した地区でのゴボウ抜き、見ているほうにもリキが入るというものだ。

権太坂のアップダウンをようやく越して、戸塚歩道橋にかかるころ。

それまで淡く照らしていた太陽がす・・・っと雲に隠れた。

同時に かなり冷たい風が吹き抜ける。

沿道の応援の人々も思わず襟をかきあわせ、足踏みをしたりし始めた。

 

その瞬間。

しっかりと先頭のプルシアン・ブル−のタスキを射程圏内に納めていた・・・はずの

特別チ−ムにブレ−キがかかった。

急にスピ−ドが落ち今にも手が届きそうだった先頭との距離が広まり始めた。

・・・どうも、足が思うように動かない感で赤毛のランナ−はしきりに焦っている。

腕をこすり、頬を叩き・・・ 懸命にインヴォルブしようとしているのだが・・・

 

先頭は最後の登り坂にかかり、遅れるどころかかえってスパ−トをかけた。

後続集団も それはさすがにエ−スぞろい、続々とスパ−トし、

不調にあえぐ赤毛のアスリ−トをどんどんと抜き返してゆく。

雲は次第に濃くなって来て今にも雨粒が落ちてきそうな気配である。

 

・・・ち! どうしちまったんだ・・・オレは。

たかが・・・走りっこじゃなかったのか。 なんでこう・・・身体が動かないんだ・・・

 

ついさきほど、自分が抜き去ったランナ−達に今度は続々と抜き返され、

赤毛のアメリカ人は歯噛みをし、懸命に先頭集団を追うのだが。

 

これは。 どうしたことでしょう、7人抜きを演じた特別チ−ム、こんどは

じりじりと順位を下げています。 シ−ド権内は危ういかもしれません。

首を捻るアナウンサ−に解説者がコメントを入れる。

多分、この天候の変化が原因でしょう。 あの赤毛の青年は気温差に慣れてないの

かもしれません。 スタミナ切れ、というカンジでもないので・・・

 

 

泣き出しそうな空のもと、各校のタスキは第三走者へと繋がれていった。

その戸塚中継所に12位と大きくおくれて赤毛のランナ−は現れた。

 

「 ・・・ わりィ・・・ 頼むわ・・・ 」

「 まかせて♪ 」

 

第三区を預かる特別チ−ムの選手は颯爽と藤沢の街に飛び出した。

 

戸塚中継所です。

予想通りY学院大がトップでタスキをつなげました。

え〜 ただ今特別チ−ムの第三走者がラインに並びました・・・が・・・

これは・・・随分と細身な選手ですね〜 防寒対策でしょうか、上下赤のユニフォ−ム

着用であります。 口元までマフラ−を引きあげていますが 

なんと申しましょうか・・・紅顔の美少年・・・

 

なんだかすこし妙に熱っぽい視線を受けつつ、その細身のランナ−は落ち着いた足取りで

第三区を走りだした。

藤沢から茅ヶ崎へ。 左手に海を臨みその海風に選手たちは苦労する。

時に冷たい湿った風に翻弄されない、正確な走りが要求される地区なので、

各校ともに冷静・沈着なランナ−、ある意味でのエ−スが起用される。

大きく順位を下げた特別チ−ムは やがてじりじりとその順位を上げ始めた。

 

・・・悪いわね。 お先に。 

さあて、と。 どれくらい挽回すればいいのかな。 前には・・・えっと・・・・

ふうん・・・そんなもん? じゃ・・・ まずは〜 ここいらで2人くらい抜いておこうかな。

 

赤いユフォ−ムに黄色のタスキをふわふわとゆらし、亜麻色の髪をしっかりと襟元に巻き込んで。

<美少年>は地に足が付いてないのか、軽く軽く走ってゆく。

その流麗なフォ−ムに無駄はなく、ながれる赤い線が淡々と先を行くはずの走者を抜く。

抜かれた走者は一瞬、信じられない面持ちをし、やっきとなってその赤い姿を追うが

羽根が生えているのか 宙を舞っているのか・・・ 華奢な赤い姿はどんどん遠のいてしまう。

 

 − な、なんなんだ・・・・?

 

各校の名だたる走りのテクニシャンたちはただただ、呆気にとられていた。

 

・・・あら。 ウチが見えるわ〜〜

お〜い・・・って ・・・ ふふふ、今日は誰もいないんだっけ。

う〜ん・・・ココをこんな風に走るなんて、思ってもみなかったわ。

今日は富士山が見えないわね、残念〜〜

あら・・・このヒト、ぬいたら3位ねえ? これで挽回できたってことかしら・・・

 

相変わらずの海風だが、その風に乗っているのか・・・特別チ−ムのランナ−の

ペ−スは一向に衰える気配はない。

 

すごい・・・これはすごい選手です。 え・・・資料によりますと・・・ああ、フランスの選手ですね。

あ・・・おお!あの第一区の青年の・・・・これは弟さんでしょうか。

これは楽しみなランナ−です。 先頭はY学院大、守っております、まもなく平塚中継所です。

 

もうすぐね ・・・ そろそろタスキを手に持ってもいいのかな?

えっと・・・ お〜い・・・ああ、いたいた・・・

 

<紅顔の美少年>は華麗な足裁きで平塚中継所に姿を見せた。

 

 

「 ・・・はい、お願い。 ちゃんともとの順位にもどしたから〜 」

「 ・・・ダンケ 」

 

平塚中継所、トップのプルシアン・ブル−のタスキについで黄色の少々長目のタスキを

受け取るのは ・・・ 銀髪の青年だった。

タスキを受け取ろうと差し出された右手は 黒革の手袋で覆われていた。

 

こちらは平塚中継所です。

先頭、Y学院大、T洋大に続きいま、特別チ−ムがタスキを繋ぎました。

第三区、特別チ−ムはなんと8人抜きを演じてくれました。

ちなみにこの紅顔の美少年は・・・第一区のフランス人選手の<弟さん>であります。

 

興奮気味なアナウンスを置いてタスキはつぎつぎと第四区に繋がれてゆく。

第四区は相変わらず相模湾を望み進んでゆく。 

前半はわりと平坦だが後半小刻みなアップダウンがあり、華の二区に次いでエ−スが

起用されることが多い。

 

平塚中継所をすぎるころから、天候はますます怪しくなってきた。

 

・・・まさか雷にはならんだろうな? 落雷、なんてごめんだぜ。

せっかくアイツが挽回したんだ、最低でもこの順位で<山上り>に繋げんとな・・・

 

無愛想ともとれるまったくのポ−カ−フェイスで、銀髪のランナ−は淡々と行く。

第三走者のように軽快ではないが、しっかりとした堅実な走りである。

十分射程距離内に先頭をゆく選手が見える。

同じペ−スをたもちつつ、このランナ−は冷静に観察をしていた。

 

・・・ふん。 この気温の下がり具合と、走行距離を考慮すると。

体温は・・・このくらいが妥当か? エネルギ−の消耗率が問題だな。

ヤツの二の舞はごめんだし。

それにしてもこの身体、見事に軽量化だなぁ・・・ さすが<カントク>。

・・・ お? 

 

ぽつり、と雨が落ちてきた。

それを合図にしたのか、赤地のタスキを掛けた選手が俄然スパ−トをかけた。

銀髪のランナ−をとらえ、並び抜きさるころ細かい雨が降りだした。

 

おっと・・・ 坊や、そんなに焦ると転ぶぞ? 足元に注意しろよ。

うん? 大分気温が下がってきたな。 想定内だが・・・

ふん、こんな時に機械ってヤツは不便だぜ。 設定体温を上げたほうが・・・いいかな。

 

何気に彼は黒革の手袋のまま、ぽんぽんと軽く腿を叩いた。

傍目には ・・・ ちょっとしたクセ程度に見えただけだろう。

そんな彼を抜いていったランナ−は先頭にぴたり、とついて力走している。

雨脚がだんだんと強くなってきた。

相模湾の風景も雨に煙ってみえ、沿道の応援の列にも傘の花が開きだした。

 

中継車です。 すっかり雨のレ−スとなりました、箱根駅伝。

先頭はY学院大、T洋大についでC大がすぐ後をおっています。

すこし遅れて・・・というより、これは距離をおいて様子を見ているのでしょうか、

特別チ−ム。 防寒のため手袋をはめるランナ−は多いですが・・・黒革とは珍しいです。

ドイツの選手ですか・・・ これはW杯にでも出場しそうな雰囲気です。

 

・・・べらべらとうるさいテレビ屋だな。

W杯だって? ほざくなってんだ。 ・・・ふん、よし、体温設定変更完だな。

では、行くか。 まずは、さっき俺を抜いた坊やからだ。

 

細かなアップダウンが続くなか、上板橋の交差点を過ぎる頃はかなり激しい雨になっていた。

黒革の手袋をきゅ・・・っと鳴らすと、特別チ−ムの第四走者は徐々にスピ−ドを上げだした。

先をゆく三人を目標に じりじりとその差を詰めだす。

 

 

「 デキデン? ・・・ああ、リレ−・マラソンみたいなヤツだろ? 」

「 一人あたま約20キロか。 ・・・俺? 走りっこには興味ないな。」

この企画に、彼もはやり最初は乗ってはこなかった。

ヨ−ロッパ人の彼にとって<新年>とは1日だけのことであり、2日、3日は

たまたまこの国にいるから、その習慣に付き合ってのんびりしてるだけのことだった。

「 あら・・・だってココは準・エ−スの区間ですってよ?

 最後の山登りに繋げる重要な勝負どころですって。 」

すっかり乗り気の<第三走者>は 巧みに彼の気をそそる。

勝負どころ、という言葉も彼の気持ちを動かしたとみえる。

 

かくして・・・黒革の手袋の走者が出来上がった。

 

よお? 大丈夫か。 なんだか大分消耗してるぞ?

頑張れな〜 ・・・俺は先に行くから・・・

 

冷静・沈着に。

まるで機械が時を刻むがごとく同じペ−スで銀髪の青年は二人を抜いた。

雨脚はどんどん強くなってきた。 路面に雨があたり跳ね返る。

先頭はC大になっており、ランナ−は必死の面持ちである。

ランナ−達は次々と相模湾に別れを告げ、小田原中継所にむかってゆく。

 

 

こちら小田原中継所です。

さて、激しい雨のレ−スとなりました、箱根駅伝往路。

ここからはその往路最終の第五区であります。 

先頭はC大、その後に・・・ おお、特別チ−ムです、黒革の手袋が黄色タスキを

肩から外し手に取りましたっ!

 

絶叫するアナウンサ−を尻目に、銀髪のランナ−はゆうゆうと中継所に姿を現した。

強い雨脚をついて、先頭は一足さきに第五区へタスキをつないだ。

 

「 待たせたな。 ・・・ ほら、よ。 」

「 ・・・・ ムウ。 」

 

のそり、と巨漢が現れた。

受け取ったタスキを丁寧に肩から掛ける。

その巨躯からは考えられない軽いフット・ワ−クをみせ勾配のあるコ−スを辿ってゆく。

 

第一中継車ですっ。 雨脚が激しくなってきました。

箱根駅伝、往路最大の難所<山上り>にやって来ました。

ここは各校、エキスパ−トをそろえていますが・・・ 先頭は変らずC大。

続く特別チ−ムは ・・・ これは大きい! アスリ−トには珍しい体格です!

 

・・・・ここは いい。

木々や空気や ・・・ そう、山の精霊たちの声が聞こえる。

おおい・・・ 少しのあいだ、邪魔をさせてくれ。

 

巨躯の持ち主は 大きく大きく息を吸い込むとまったく気負いのないごく自然な

歩調で<箱根の山>を駆け上がり始めた。

この第五区は箱根駅伝の看板区間ともいわれている。

平地とはまったく違った走行法が求められるし、体力も無論必要なのだ。

各チ−ム、経験者の<山上り>スペシャリストを投入している。

 

・・・そんな<達人>たちに混じって特別チ−ムの大男は淡々と自分のペ−スを

刻んでいる。 

時に周りに視線をとばし、空をちらりと仰ぎ・・・ 彼はまるでこの走りを楽しんでいる

かのようだった。

 

おおい・・・精霊たちよ。 導いておくれ、お前たちの精気を分けておくれ・・・

俺は お前たちに会いたくて。 この霊峰の地に足を踏み入れたくて

この競争に参加したのだよ。  ・・・ おおい、精霊たちよ・・・

 

降りしきる雨は次第に温度を下げてきたが、ランナ−たちの駆け引きは白熱してきた。

後方から 満を持していた山上りの達人たちが猛然とスパ−トを掛け始める。

山の上のゴ−ル目指して数人が大男の脇をすり抜けて行った。

 

注目の第五区です。 氷雨まじりのなか、各チ−ム抜きつ抜かれつが続いています。

・・・ただひとり、特別チ−ムの巨人だけが悠々とマイペ−ス、一歩一歩この山道を

味わっているかのような走りであります。

いやあ・・・実はこの走者が一番実力があるのかもしれませんね。

順位こそ5位と落ちましたが、まったく焦る気配がありません。

 

先頭争いは脱落者も出始め、変らぬペ−スで進む黄色のタスキは悠然と

彼らを抜き返してゆく。

 

・・・俺は来た。 今日の俺の走りは、この山の精霊たちへの捧げものだ・・・

 

相変わらず、時に霙の落ちてくる天を仰ぎ凍て付く大気をいっぱいに吸い込んで

大男は ・・・ 楽しげに走る。

 

箱根のゴ−ルテ−プを切ったのはこの第五区で追い上げてきたJ堂大だった。

大きく手を上げてゴ−ルに飛び込んだJ堂大に続いて ・・・ 黄色いタスキをかけた

大男が悠々と到着した。

 

箱根ゴ−ル地点であります! ただ今第二位で特別チ−ムがゴ−ルしましたっ!

 

 ・・・ あっ・・・・・ !!!

 

その瞬間、猛烈な雪風が突風となってゴ−ル地点を襲った。

誰もが・・・選手も応援ギャラリ−も報道関係者も ・・・一瞬目を瞑った。

 

   − そして。

 

再び、皆がレ−スに視線を戻したとき連覇をねらうK大が飛び込んできた。

 

K大、二位で箱根に到着しましたっ!

 

例の大男はもとより、<特別チ−ム>の存在はきれいさっぱり消えており、

その存在だけでなく、誰もの記憶からもまったく消滅していた。

 

 

 

「 オ腹スイチャッタヨ! モットみるくヲチョウダイ。 」

「 そんなに飲んで大丈夫? 」

フランソワ−ズは呆れ顔でイワンを揺すりあげた。

「 ダッテサ。 今日イチバン働イタノハ 僕ダヨ? 」

「 ははは・・・違いないのう。 そりゃ、腹も減るだろうて・・・・ 」

ギルモア博士が大笑いしている。

「 それは・・・そうですけど。 」

「 皆ガ走ッタノト同ジクライ疲レタヨ〜〜 」

「 はいはい・・・ じゃあ、もうちょっとね。 」

 

ここは箱根・芦ノ湖畔の静かなホテルの一室。

<特別チ−ム>の面々が表向き観光旅行で宿を取っている。

夜も更けて、窓ごとの灯りがだんだんと減ってきた。

 

「 まあね・・・ 最後に全員の記憶とあらゆる記録を消滅させるのは

 かなりの大事業だったもの。 」

「 そうね。 ・・・ああ、それにしても静かで本当に素敵・・・! 」

フランソワ−ズは窓辺からすこしカ−テンを開けてみた。

「 これじゃ・・・明日の朝は雪かもね・・・ 」

「 満腹になって、王子様はぐっすりお休みかい? 」

「 ええ。 寝ぼすけ王子様だけじゃなくて・・・ 本日のランナ−たちも沈没のようよ? 」

「 ふうん・・・ きみは? フランソワ−ズ 」

ジョ−は 宿の浴衣姿のフランソワ−ズを抱き寄せた。

「 わたし、そんなに疲れてないの。 いい気持ちよ、楽しかったわ。 」

「 凄いね・・・。 明日のランナ−たちは早寝したしね・・・ ねえ・・・? 」

「 ・・・ ちょっと・・・ ジョ− ・・・? あ ・・・ 」

するするとジョ−の手がたくみに彼女の帯を解く。

「 や・・・ あなただって・・・明日走る・・・ あ・・・」

「 大丈夫。 20キロくらいなんてことないよ。 ・・・それより、さ・・・ 」

「 ・・・やだ・・・ そんな  ・・・ 」

ぱさり、と浴衣は彼女の足元に落ちた。

「 前祝さ。 箱根の夜を・・・ きみのこの白い身体に・・・! 」

「 ・・・ジョ− ・・・ っ! ・・・ 」

 

外は霙が雪に変っていた。

明日、スタ−ト地点からはどんなレ−スが展開するのだろうか。

 

深々と更け行く箱根の夜、シマムラ・ジョ−は恋人に胸に顔を埋め甘い夢に浸っていた。

・・・彼は やがてその夜の過し方をふかく・ふかく後悔することになる。

 

こうして その年の新春恒例・箱根駅伝は往路レ−スを終えた。

明日は ・・・ 各チ−ム、総合優勝をねらう正念場である。

 

 

Last updated:  01,10,2006.                            index   /   next

 

 

******   え〜 オタク極まりないネタで申し訳ありません〜〜〜<(_ _)> (遁走!)