『  落下  ― (1) ―  』   

 

 

 

 

 

 

 

  ザワザワザワ 〜〜〜

 

その日  陽が落ちる前からなにやら海風が強くかった。

すこし先の海岸線にずっと並ぶ松並木が 夏の潮騒にも似た音を高く響かせていた。

目路はるか広がる大海原にも 白波がすこし目立つ。

「 ・・・ なんだかお天気が荒れそうね ・・・ 嵐でもくるのかしら。 

フランソワーズはしばらく海を眺めていたが ―  やがてカーテンを静かに引き 

窓辺から離れた。

 

「 今夜は 暖かくし早く休みましょうか ・・・ 」

「 −  うん?   そうじゃなあ  ・・・  ときにジョーはいつ帰るのじゃったかね。 」

博士もソファで分厚い書籍から顔あげた。

「 ええ  ・・・ 予定では明後日なはずなのでしたけど ・・・ 」

「 ?  遅れるのか  」

「 はい。  なにか調整に思いもよらず時間がかかった、とかで ・・・・

 はっきり予定が決まったらまた連絡します って ・・・ 」

「 ほう?  アイツはメカニックにでもなる気なのか。 そもそも取材目的じゃったのだろうが。 」

「 ええ 出かける前にはそんなこと 言ってましたけど ・・・  現場に立ってみると

 え〜と ・・・・ ? なんでしたっけ?  血が走る? 」

「 ???  ・・・ あ  ああ ・・・ 血が騒ぐ  じゃよ。  

 ふっふっふっ ・・・ アイツはやっぱり車が好きってことだよ。 

 ま ・・・ 好きにさせておけ。 」

「 はい。  ジェロニモJr. も居てくれますし ・・・ 今 特に問題もあませんし ね。 」

「 おいおい フランソワーズ ?  ウチには < 預かりモノ > の客人がおるだろうが。 」

「 ええ  はい ・・・ でも ・・・ その 客人サンは 明日にでもお暇します、って

 言ってますわ。  ええ 若いのですもの、やり直しは十分に可能ですよね。  」

「 ・・・ そう願いたいものじゃ。  なにはともあれ 生きておればなんとかなる。 」

「 そうですよね!  生きていれば ・・・ 生きてさえ いれば。 」

「 なにか言っておったのかい。  ・・・ その ・・・ あんなことをした理由 ( わけ ) を 」

「 ぽつぽつ 話してはくれましたけど ・・・ 自分は 毒 をもっている・・・って。

 だからそんな自分が許せなかった って。 」

「 ふむ ・・・ まあな。 人間 誰しもなんらかの 毒 を持っているさ。

 ソレとどう付き合ってゆくか が人生そのものの課題 かもしれんよ。 」

「 ・・・ 人生の課題 ・・・ 」

 

  ―  ガタン ・・・  リビングに寡黙な巨人が戻ってきた。

 

「 温室のイチゴ  ・・・ 残っていた。 」

大きな手がそっと竹かごを差し出す。  中には季節外れの不ぞろいな果実が幾つか ・・・

 それでも深紅色の輝きを見せている。

「 まあ きれい! ありがとう、ジェロニモ Jr.  熱いお茶、淹れましょう。 

「 そうじゃな ・・・  おっと本当に冷えてきたな。 」

「 客人 呼んでくる。 」

「 お願いね。  お部屋いるはずよ。 」

「 むう ・・・ 」

「 どれ ・・・ ワシはイワンの様子をみてくるか ・・・ 」

「 ありがとうございます。 」

皆 それぞれ自分の仕事に取り掛かり ― 崖っぷちのギルモア邸に穏やかな夕べが訪れた。

 

 

「 ・・・ お休みなさい。 」

青年はぽつり、と言うと静かにソファから立ち上がった。

「 あ もうお休みになるの?   バス・ルーム、自由に使ってね? 」

フランソワーズは トレイにカップなどを集めていた。

「 はあ ・・・ ありがとうございます。   あ  イチゴ 美味しかったです。 」

彼はぺこり、とアタマを下げるとそのまま出ていった。

「 そう? よかったわ。  ・・・ おやすみなさい  」

フランソワーズの声が彼の背中を追いかけたが ドアに阻まれた。

「 ・・・ まだ どこか具合が悪いのかしら。  」

「 うむ?  身体の不調よりも精神的なダメージから回復できんのだろうよ。 」

博士も 青年を見送りつつ呟いた。

「 精神的なダメージ ですか ・・・ 」

「 ああ。  部分的な記憶の欠損、 とでも言うべきかの? 」

「 ・・・ 記憶の欠損?  あの ・・・ よく言う記憶喪失 とは違うのですか? 」

「 あの青年は自分自身の名前やら 今までの経歴をお前に話したのだろう?

 画家だった いや 画家を目指していた と ・・・ 」

「 え ええ ・・・ パリで暮していたことがあるんだって。 

 住んでいた場所とか話してくれました。  ウソじゃないと思いますわ。 」

「 無論、 嘘じゃあないだろう。  そうやって部分的には思い出しているわけだろう?  」

「 あら  そうですねえ。  でも どうしてあそこから落ちたか ・・・ は覚えていないみたい。

 自殺しようとしたんじゃないか・・・って 自嘲気味に言ってましたわ。 」

「 ふむ ・・・ しかし 本気で自殺したいのなら もっと 他に <効果的> な場所があるだろう?

 ここいらだってもっと高い崖は沢山ある。  」

「 ええ。  彼を見つけた場所は木やら岩だのが多く突出してましたわね。 」

「 ふむ ・・・  まあ 自殺の線もあり、という所じゃな。

 欠損部分が減ってゆき ある日完全に <思い出す> か。  あるいは何らかのショックで

 突然全て思い出すか。  どうなるか ― それは誰にもわからんよ。 」

「 ・・・ ヒトは ・・・ 人間の記憶はジグゾー・パズル みたいですね。 」

「 ふふん、上手いことを言うなあ。  そう ・・・ パズル  じゃな。

 どれか欠けても完全ではないし。 無理に違うパーツをはめ込めば ― 全体が破滅する。 」

「 破滅 ・・・・ 」

「 まあ ものの喩え じゃが ・・・ 」

「 俺、 見回りしてくる。 外周りの戸締り する。 」

のそり、と巨躯の持ちぬしも立ち上がった。

「 ありがとう、ジェロニモ Jr. 」

「 むう ・・・ 悪いがイワンのクーファンを俺の部屋に入れておいてくれるか。 」

「 ええ  いいけど ・・・ 」

「 彼、話たがっている。 」

「 まあ そうなの? それじゃ お願いします。 」

「 うむ。 」

ジェロニモ Jr. は静かにリビングから出ていった。

「 どれ ・・・ワシもそろそろ休むとするか。  ああ 邸の戸締りは見ておくから ・・・ 」

博士もよっこらしょ・・と立ち上がった。

「 すみません、博士。  あ ・・・ 熱いお茶、お部屋にお持ちしておきますね。 」

「 おお すまんな ・・・ うむ 日本茶というものは冷えても十分美味しいからのう ・・・

 一杯 置いておくととても重宝する。 」

「 そうですねえ ・・・ わたしも お砂糖ナシでも美味しいお茶って・・・ はじめは不思議だなあ

 って思ってましたけれど。 」

「 ふむ ・・・ この国はほんに不思議な国じゃな  ・・・  お休み、フランソワーズ。 」

「 お休みなさい 博士 ・・・ 」

 

      あら。  博士って。 ずいぶん ・・・

 

老いた後姿が 思っていた以上に小さく見えて、フランソワーズは少し慌ててしまった。

「 ・・・ ううん ・・・ そんな。  あんなにお元気ですもの ・・・

 あ そうだわ。 明日はお好きなロシアン・ティ を淹れましょう。 」

 

   カチャン ・・・  カップ類を乗せたトレイを取り上げた。

 

 カタタ  カタタ  ―  キッチンの小窓が微かに音をたてる。

「 あら? 結構風が出てきたのね ・・・  ジョー ・・・ 寒くないかしら ・・・ 」

彼女は ふ・・・っと旅先の恋人の顔を思い浮かべていた。

今晩 彼は帰ってはこない。

 

 

 

 

  ―  カサリ  ・・・   リネンの海が揺れる。

 

「 ・・・  ん  ・・・?  」

フランソワーズは ぼう ・・・っと半分眠りつつ ・・・ のろのろと視線を動かした。

 

     ・・・ まだ  起きているの ・・・?

 

隣に居るはずの存在が いつもなら深く寝入っているはずの 彼なのだが。

さきほどから 遠慮がちにもぞもぞ・・・寝返りを打っている。

 

 

明日から 一週間の予定でジョーは出かける。

国内での最大のカー・レースの前の調整への協力を乞われていた。

< ハリケーン・ジョー > は事故による負傷で 現役を引退 ― 現在は車関係の記事を

書いたりするいわゆる カー・ジャーナリスト、島村ジョー として知られていた。

ジョーは極力 人前には出ず、濃いサングラスをかけ地味な格好をしているので

< ハリケーン・ジョー > もすでに中年になった ・・・ と業界では思われていた。

 

     うん それでいいんだ。  そしてある日 < 彼 > は人前から 消える。

     ・・・ それが 一番 さ。

 

ジョーは一人納得し、ごくたまにレースの観戦などに行く程度の係わり合いだった。

 

 

「 あら。  なあに、大掃除でもしているの? 

フランソワーズは少し驚いてジョーに声をかけた。

彼は珍しく昼過ぎに帰宅し なにやらゴソゴソ ・・・ クローゼットやら地下のロフトにもぐりこんでいた。

「 ・・・ ふ〜〜〜 あった あった ・・・ もう捨ててしまったかと思ったよ〜 」

ホコリだらけになり もっとホコリに塗れた包みを手に、彼はリビングに入ってきた。

「 え・・・ やあだ〜〜 ちょっと・・・ それ! テラスでホコリを叩いてよ〜 」

「 あ ・・・う  うん  ごめん ・・・ 」

ジョーは彼女の剣幕に恐れをなし、とっととテラスに出ていった。

「 ふうう〜〜 中身はなんとか無事 だったよ ・・・ 」

「 ?? なあに?    ・・・ え。  それって 工具? 」

「 うん。  レーシング・カー専用の さ。  ああ 取っておいてよかった ・・・ 」

「 使うの? 」

「 ああ  うん。  午前中に社の方に 昔の知り合いから連絡があってね。

 急病でメカニックが足りなくなって ・・・ ピンチ・ヒッターできてくれないかって誘われた。 」

「  臨時?  え・・・ じゃあ レース会場までゆくの?  フジサンの方? 鈴鹿? 」

「 鈴鹿。 」

「 ふうん ・・・ 久し振りねえ 」

「 うん まあ ・・・ でもな あの ・・・ 大丈夫かなあ。 」

「 え ・・・ なにが。  新幹線のチケットなら 多分 ・・・ 」

「 あ〜〜 そうじゃなくて。  その ・・・ 多分1週間以上 留守にすると思うんだけど ・・・

 レース当日だけじゃなくて 事前に工場に行って技術担当さんと打ち合わせしてほしいって ・・・  」

「 まあ。  あのね、 ジョー。 わたしだって003なのよ?

 それに 005も居てくれるわ。  この家は中にいれば一種の要塞だから  

「 う  うん ・・・ そうだよ  ね ・・・ う〜ん ・・・ 」

「 旅行にはいい季節よねえ。  途中できっとフジサンが見えるのじゃない? 」

「 ああ。  この時期は 大概よく見えるはずさ。 まだ雪がないから真っ黒は姿だけど・・・ 」

「 え〜〜〜 白くないフジサンもあるの?? 」

「 ・・・ あのなあ。  夏場には雪はほとんど消えるし 残っている部分もみえなくなるんだよ。 

 うん。  ・・・ よし、 あとはこの工具をケースに入れればおわり さ。 」

「 ジョーこそ気をつけてね。  そして楽しんできて。 」

「 ありがとう。  えへへ  やっぱりね〜 久々ホンモノを見られると思うとさ、

 ちょっとワクワクするよ。 」

「 明日でかけるのね、 何時に起こせばいいのかしら。 」

「 あ ・・・ 早いから いいよ。 ぼく、 自分で起きてゆくから。 」

「 あ〜ら それこそ大丈夫? 寝坊した、じゃ済まないでしょ。

 ちゃんと朝御飯もつくりますから。  時間教えて。 」

「 う ・・・ ありがとうゴザイマス。 お願いします。 」

ジョーはペコリ、とお辞儀をした。

「 了解です〜〜  さてと、今晩はなににしようかな。 

「 あ 手伝うよ。  ジャガイモ剥きでもなんでもするよ。 」

「 ジョー。 明日からの支度、してきてよ。  荷物って工具だけじゃないでしょ。

 着替えとか ・・・ 」

「 あ  ・・・  ごめん。 」

「 しっかり準備してね。  それからジャガイモむいてください。 」

「 りょ〜〜うかい! 」

ジョーは自室へと ドタバタ ・・・ 階段を上っていった。

 

 

 

 カサ ・・・ ゴソ ・・・ 

 

ただの寝返りではない ― らしい。  先ほどからずっと起きているのだろう。

 

      ・・・  時間、 気にしてるのかしら ・・・

 

普段は眠ってしまえば 起こすまで絶対に! 目覚めない彼なのだが。

フランソワーズは そっと訊ねた

「 ・・・  ねえ。 どうしたの ジョー。 」

「 ・・・ え ?   あ  ごめん、起こしてしまったかい。 」

「 ・・・ ちょっとうとうとしてたから ・・・ ねえ どうしたの。 まだ ・・・ 夜よ? 」

「 ああ ・・・ うん  ・・・ なんか さ ・・・ 気になって。 」

「 仕事のこと ? 」

「 いや ・・・ 」

「 え  じゃあ なあに。 ウチのことなら心配 ないわよ? 」

「 ・・・  うん ・・・ そうなんだけど  ね ・・・ 」

「 ・・・ ? ・・・ 」

「 ぼく 自分でもよくわからないんだけど。  なんか こう ・・・ 不安で さ。 

 晩御飯の後、 ジェロニモ Jr.にも言われてしまったよ 」

「 え ・・・ なんて。 」

「 ジョー  落ち着け・・・って。 」

「 まあ ・・・ 」

「 なんかそんなにソワソワしてたのかなあ ・・・・ 」

「 ・・・ ね?  安心して。  ここは ― ジョーのお家は大丈夫。

 ジェロニモ Jr. と わたしがしっかり留守を守っているわ。 」

「 ・・・ うん ・・・ ありがとう。 」

「 だから。  ジョーはお仕事に集中して?  メカニックさんがミスったら大変よ? 」

「 そうだね。  睡眠不足は大敵だ ・・・ 」

「 ね?   おやすみなさい ・・・ 」

「 ・・・ うん ・・・ ごめんね、 起こして ・・・ 」

「 ・・・・・・・・ 」

フランソワーズは返事の替わりに するり、と白い腕を絡め 彼にキスをした。

「 ・・・ ん 〜〜〜 ・・・・ あは  ・・・ 目が冴えそう ・・・ 」

「 うふふ ・・・ だめよ、もう。   明日から忙しいのでしょう?

 今夜はこのままお行儀よくお休みなさい。  」

「 は〜い ・・・ お休み、 フラン ・・・ 」

「 お休みなさい、 ジョー ・・・ 」

もう一回 ちょん・・・と軽い口付けを交わし 二人は今度こそゆったりと寝入ったのだった。

 

 

 

 

     ヒュウウ −−−−    風は まだ止みそうにない。

 

「 ・・・ やっぱり ジョーがいないと ・・・ 淋しいわ ・・・ 」

独り寝の淋しさ、だけではない。  やはり家族の一人が居ないのはどこか ・・・

空気が薄くなった気分がする。

「 ふうん ・・・ いいわ、帰ってきたら。 報告したいことがた〜〜くさん よ。

 そうそう ・・・ ユウジのことも相談しなくちゃね。  行方不明のヒトのリストとかあるのかなあ・・・

 日本ではどういうシステムになっているのかしら。  ・・・ 家族だっているかもしれないし。  

  ・・・ か  家族 ・・・  」

 

   家族  ―  この言葉はいまだに彼女の心の奥を ツーーーン と打つ。

 

「 探しているヒト、 いるかもしれないわ。  必死になって ・・・

 そうよ、彼女だっているかも ・・・  恋人は捨てた、なんて言ってるけど。

 カッコつけてみただけかもしれないし。 」

気がつけば ― 上空には星々が散らばりはじめ、 その硬質な光を瞬かせている。

つよい風で 雲も空気中のホコリも追いやられたらしい。

彼女はしばらく星の瞬く空を眺めていたが ―  やがてカーテンを引いた。

「 ・・・ さ。  もう休みましょう。  冷えてゆくばかりだもの。

 < 彼 >  ・・・ 寒くないかしら。  毛布、毛一枚 ・・・持ってゆこうかしら。 」

納戸の前で彼女は少し足をとめたが すぐに歩き出した。

 

    部屋にも予備が置いてあるもの、わかるはず。  

    ・・・ レディ はみだりに男性の部屋を訪れるものじゃありません よね?

 

ふ ・・・ っと小さく笑うと、フランソワーズは自室へと引き上げていった。

 

 

 

 現在、 この邸には < ヨソモノ > の青年が一人、 滞在している。

招待したわけでも 彼が訪ねてきたわけでも  ― ない。

フランソワーズが  発見 ( みつ ) け   ジェロニモ Jr. が 拾った。

 

ジョーが出かけた翌日 ―  よく晴れた、そして相変わらず風の吹きぬける空だったが ―

午後の一時を過していたリビングで  突然 彼女が立ち上がった。

ドサリ、と膝から縫い物が床にちらばった。

 

     「  ―  !    お ちる ・・・!  

 

「 !?  どうした。 フランソワーズ。 」

ソファの後ろで木切れ細工をしていた巨人が 驚いた。

「 ・・・ なにか あったかね。 」

床暖房に足を伸ばしていた博士も 顔をあげた。

「 !  だれか ・・・!   おちる ! ・・・  ああ  おちた わ ! 」

「 どこだ。 」

ざ! ・・・っと ジェロニモ Jr. は立ち上がった。

「 すぐに救助する。 場所 ・・・ 教えろ。 」

「 ええ !  こっちよ! 」

フランソワーズもなにもかもそのままにして 駆け出した。

 

   そのオトコは  ―  崖の途中にひっかかっていた。

 

「 大変 ・・・!  救急車、呼びましょう。 

「 いや。 このオトコ 死なない。 」

「  ―  え? 」

ジェロニモ Jr.は 助けてきた青年を抱き上げつつぼそり、 と言った。

 

  ―  結局 ジェロニモ Jr. の言葉は正しかった。

崖の途中から助け出した青年は 外科的な怪我は軽症の範囲だった。

彼はほどなく回復し、ベッドから離れることができた。  しかし ・・・

「 どこから来たか どうしてあんなところに引っ掛かっていたか ― 全然わからない って 」

「 ふむ ・・・ 部分的な記憶欠損  か ・・・ 」

「 あの怪我の後遺症 ですか? 」

「 わからん。  だいたい怪我の回復も驚異的じゃしな。 」

「 あの・・・ 普通のヒト ですよね? 」

「 無論じゃ。  お前も < 見た > のだろう? あの青年は100% 生身の肉体を

 もったごく普通の日本人 ・・・ だと思う。 」

博士にしては 歯切れが悪い。  フランソワーズはピンと来た。

「 ・・・ じゃあ  やっぱり 超能力とか・・・?  あのう ・・・ どこか怪しい点がありますか。 」

「 いや。 それはワシにもわからん。  ただ ・・・あまりに軽症すぎる ・・・・

 まあ しばらく様子を見よう。  回復が早いに越した事はないからな。

 ジョーが帰ってきたら いろいろ相談すればよかろう て・・・ 」

「 そう ですね。  ウチには部屋は沢山ありますし ・・・ 養生も兼ねて滞在してもらいますわ。」

「 そうしてやっておくれ。 」

「 はい。  ・・・  あら 探しているみたい ・・・  」

フランソワーズは そそくさと席を立ち庭に出ていった。

 

 その青年 ―  ユウジ と行ったが ― は すぐに日常生活には支障ないまでに

回復した。  

彼は家の雑用などを手伝い フランソワーズの買い物の荷物持ちなども買ってでた。

その日の午後も 急な雨に二人でてんてこ舞いをしたり ・・・ した。

「 ふふふ ・・・ ありがとう〜〜 ユウジ 助かったわ〜〜 」

「 ・・・ うわ ・・・  っと。   はい 洗濯モノ。 」

「 まあ こちらもありがとう〜〜 ユウジは気が効くのね。 」

「 ・・・ すこし 濡れてしまったかも ・・・  通り雨 だと思うけど ・・・ 

「 そうねえ ・・・  あ ジャガイモ  剥ける? 」

「 はあ なんとか ・・ 」

「 じゃ お願いね。  ありがとう! すごく嬉しいわ。  なんでも出来るのね。 」

「 ・・・ いえ ・・・ 僕はなにもできません。 」

「 え〜〜 なんで? いろいろ手伝ってくれるじゃない? 

 あなたの彼女はシアワセねえ。  」

「 ― 僕は ・・・  毒なんです。  僕の存在は いつも毒なんだ。 」

「 ・・・え? 」

「 僕の存在が ・・・ ヒトを不幸にする・・・ そう、僕は毒 ・・・ 」

「 なに言ってるの。  さあ 晩御飯の用意 」

「 ・・・ 僕は 僕なんか存在しないほうが いい ・・・ もうすぐアイツが迎にくるさ。 」

「 え。 なにか思い出したの?  ・・・ アイツ ・・・? 」

「 そうです。  僕が ・・・利用してダメにして死なせた彼女  ・・・ 僕を捕まえにくる。

 幽霊になって 僕を・・・連れにくるんだ ・・・  」

青年の声は小さくなってゆき ほとんど独り言に近くなってゆく。

「 ユウジ!  ねえ わたしを見て? 幽霊なんていないの。  ね? 」

「  ―    え  ・・・・? 

彼の視線がゆっくりと動き フランソワーズに戻ってきた。

「 ・・・ あ ・・・ フランソワーズ ・・・ ?  」

「 目が覚めた?  寝ぼけていたのじゃない?  さァ 晩御飯の準備よ。 」

「 ・・・え  あ   は   はい ・・・・ 」

彼はのろのろと立ち上がり キッチンに消えた。

 

    やっぱりどこか ― 打ったのかしら

    明日、博士と相談して 専門の病院に連れていったほうが・・・?

 

    ああ ・・・ ジョー ・・・ 早く帰ってきて ・・・

 

 

  ビュウウ  −−−− ・・・・    今晩 木枯らし一号 が吹くのかも  しれない。

 

 

 

 カタン ―  誰かが ドアの前に いる。

 

         ・・・・    え  ・・・・    ?    だ    れ  ・・・・

 

フランソワーズは 音 よりもその気配で目が覚めた。

寝室には一応内鍵が付いているが ほとんど使うことはなかった。 

   しかし 昨夜 ・・・  彼女は無意識に 自室のキイを捻っていた。

 

   カタン ・・・ コト ・・・    同じ音が続く

 

「 ・・・ だれ か  いるの?  ・・・ ユウジ? 」

素早く起き上がり着替えた。  緊張しているのでボタンがなかなか止まらない。

「 なにか 御用?  」

低い声で応えつつ ・・・ フランソワーズはそっとドアの内側に身を寄せた。

「 ・・・ 僕です。  あの ・・・ さよなら ・・・ を ・・・ 」

「 え?? 」

「 助けてくれて ありがとう ・・・ 僕 行きます 」

「 ちょ・・・!  ユウジ! どうしたの? こんな夜中に・・・ どこへ行くの?

 あ・・・ 思い出したの ね?  お家のこととか ? 」

「 全部じゃないけど。  ・・・ 思い出したくなんか なかった ・・・! 

 忘れたままで いたかった ・・・!  なのに ・・・  なのに ・・・!

 でも ―  ここに居るわけには行かない ・・・ アナタ を ・・・ 守るためにも ・・・ 」

「 わたしを ・・・ 守る? 」

「 ・・・ ああ  もう彼女がやってくる!  さようなら ・・・フランソワーズ。

 僕は 君を  ―  愛してる・・・! 」

「 !  ユウジ ! 」

 

   ―  バタンッ !     彼女がドアを開けたとき、 そこには誰もいなかった。

 

「 !?  ウソ ・・・? だって たった今まで ここに ・・・ 

 ユウジ ・・・!  どこ にいるの !? 」

一瞬 我を忘れたが 彼女はすぐに冷静になった。

「 < 彼女がくる> って ・・・ 仲間がいるの?  彼は完全に生身ですもの、

 そんなに遠くには行ってない  はず ・・・  ・・・・ ・・・・ 」

 ―  003 の目と耳が 最大レンジで稼働し始めた。

 

      ・・・・  ・・・・  ・・・・  ・・・・     !    みつけた!

 

超視覚 が彼の姿をしっかりと捉えた。

フランソワーズはコートを羽織ると ギルモア邸から走り出た。

 

     あ。 防護服 ・・・ ?  ううん、その必要はない はず。

     ともかくユウジを 止めなくちゃ・・・! 

 

     ・・・ ああ また あの崖の方に ・・・     え?

 

彼女は全速力で門を出て 海岸線を伝い、あの崖っぷちへと急ぐ。

深夜に近いし、だいたい辺鄙な場所なので行き合うヒトも車も なかった。

 

     どこ ・・・!?   ああ  ―  

 

「 ・・・ いたわ!  ユウジ !!  ま  待って ・・・・! 」

崖の手前に人影を認め 彼女は駆け寄った。

「 ユウジ!  だめよ!  バカなことをしては だめ・・・ ! 」

息せききって彼の手を取った、と思った  ・・・  しかし。

 

     来た わね。  ふふふ ふふふ ふふふ ・・・

 

振り向いたのは  ―  女性だった。  その手にはレイガンと思しき銃器があった。

「 !   あ  あなた   誰 ? 」

「 ふふふ ふふふ  ユウジは囮。  お前が目的 なのさ。 」

「 !?   あ  ユウジ! 」

女性の後ろに 青年が  ユウジが項垂れて立っていた。

「 ねえ どういうことなの?  このヒトは  誰。 」

「 ・・・ このヒトは  僕をずっと呼んでいた ・・・ 」

「 そうよ。 私にはテレパスを見つける能力 ( ちから ) があるの。

 強力なテレパスを探していて ・・・ このオトコをみつけた。 」

「 ・・・・・・ 」

フランソワーズはすこしづつ後退りを始めた。 しかし するり、と腕を捕まえられてしまった。

「 おっと。 動かないでね、 003さん? 」

「 ! ・・・ 知っているの ・・・ わたしのこと ・・・! 」

「 あら 有名ですもの。 ふふふ ふふふ ・・・ テレパス狩りに来て凄いお土産を見つけたわ。」

オンナは小気味よさそうに笑う。  イヤな 笑顔だ。

「 ・・・ アナタは  NBG  なの? 」

「 さあ そんな名前 知らないわ。  私達は裏切り者は許すな と教えられているだけ。 

 ともかく 一緒に来てもらうわ。 」

銃口が ぴたり、とフランソワーズを狙っている。

 

     サイボーグ や アンドロイド じゃ ない ・・・ 

     生身の人間だけど  ―  このヒトは ・・・ このオーラは なに?

 

「 ・・・ か 彼女を連れてゆく のか? 」

彼は蒼白な顔で がくがく震えている。

「 そうよ。  私達はテレパスや他の超能力 ( ちから ) を持つ者を集めているの。

 私達の 能力 ( ちから ) を結集すれば ―  」

 

   ―    ドン ・・・!    突如 青年が後ろから女性にぶつかった。

 

「 !? ・・・  な   な   に を ・・・!? 」

ぐらり、と女性の身体が傾いだ。  

「 もう 沢山だ!  こんな能力 ( ちから ) ・・・ 僕の 毒 ・・・

 僕の毒は 皆を不幸にしてきた ・・・ こんな毒を撒き散らす存在は  いらない ! 」

「 は  はなせ! ・・・  く ・・・  背中を ・・・刺した  な ・・・! 」

「 ユウジ!   帰りましょう!  研究所へ 一緒に!  さあ 大人しくしてね。 」

フランソワーズは 身を捻り、女性の手を振りほどくとその手からレイガンを奪った。

「 このヒトからも話を聞かなくては。  さあ ユウジ ・・・ 」

「 フランソワ−ズ ・・・ 君は ・・・ 」

「 このヒトなの? ユウジが待っていたヒトって。 」

「 ・・・・・・・・ 」

彼は力なく首を振った。  

「 ちがう。  このオンナは嘘をついて ・・・ 僕を呼んだんだ。  僕を騙した!

 けど 僕は ―  自分の所業の始末は 自分でつける。 」

「 ・・・ え ・・・? なにを言っているの  さあ 帰りましょう。 」

「 ・・・ ありがとう ・・・ 君に会えて ・・・ 良かった・・・

 

       フランソワーズ −−−−  ・・・!     さよなら ・・・・ 」

 

彼は女性をつれたまま一歩崖の際に踏み出した。

「 ! だ だめよ  !!  ユウジ ッ   あ  ああ 〜〜〜 いけないっ 」

 

    ドサ ・・・・     突然 足元の地盤が崩れ出した。 

 

「 ・・・ さよなら   僕の愛した ひと ・・・ 」

「 ユウジ!  だめ  !!   あ ・・・ だめよっ ! 」

ユウジは女性を羽交い絞めにしたまま眼下の海原へと 落下して行った。

 

   そして    二人を落とすまいと踏み出したフランソワーズも崖から落ちた。

 

 

        ジョー  −−−−−−−−  ・・・・・・     !

 

 

彼女の悲痛な声が虚空に響き  やがて寄せては返す波の音の間に消えていった。

 

 

  叫んだのは 夢の中か ・・・ それとも 現 ( うつつ ) の自分か。  よくわからない。

 

           ゆら   ゆら    ゆら ・・・  おちる

 

深い深遠へと  青と静寂の世界へ  ・・・ おちて ゆく。

 

 

               お  ち    る  ・・・・・

 

 

 

 

   ワ  −−−−−  ン ・・・・!

 

その地 全体が大きな喧騒の坩堝と化していた。

好天に恵まれ 久々の国内での大きなレースとあって スタジアムは観客で溢れている。

レースの前から もう誰もが興奮して笑い叫び滅茶苦茶に盛り上がっていた。

「 ・・・ あ ・・・ コンニチワ。 」

出場チームのブースに キャップを深く被りサングラスをした男性が静かに入ってきた。

「 あ〜 ?  すいません〜〜 スタッフ オンリーなんスけどォ〜 」

入り口近くにいた中年のメカニック要員が制止した。

「 ・・・ あの。  島村ですが ・・・ 」

「 へ ・・・?   あ!  よォ〜〜〜  ジョー!  久し振りだなあ〜〜 」

「 あ  はい ・・・ あの? 」

「 やだなあ〜〜 森だよぉ〜 忘れちまったのかい? 」

「 ! あ ああ ・・・!  森さん〜〜   ちゃんと覚えてますよ。 」

「 いやあ〜〜 よく来てくれたな。 お〜〜い  ベテラン助っ人の到着だぞ〜〜 」

中年氏は 奥に向かって声を張り上げた。

ジョーは あっと言う間にクルー達に取り囲まれ ― すぐに打ち合わせが始まった。

なにせ時間が切迫しているのだ。

「 ・・・ ってことで。 お願いします。 」

「 全力でアシストします。 こちらこそ 宜しく。 」

ジョーは若いチーフに丁寧にアタマを下げた。  

「 いえ こっちこそ。 大先輩にわざわざ来てもらえて感謝してます。 」

チーフも気持ちよく応えた。  若いがなかなかしっかりした人物とみえる。

メカニック・チームの雰囲気は良好のようだ。

「 じゃ ― 30分 休憩〜〜  食事 しといてください〜〜 」

クルー達はてんでにブースから散っていった。

「 ・・・ ジョー。  おい こっち こっち ・・・ 」

「 あ  森さん ・・・ 」

どうしようか、と立ち止まったジョーに 先ほどの中年氏が声をかけた。

「 メシ 一緒しようや。  裏にいろいろ・・・出てるから。 」

「 はあ  ありがとうございます。 」

二人は連れ立ってブースを出た。  キッチン ・ カー からバーガーやらチキンを仕入れ

広い休憩ブースに陣取った。  

「 元気そうだなあ〜〜 おい〜〜 」

「 はあ   森さんも・・ 」

「 ははは 俺は不死身だからなあ〜  それで  ジョー、 今は 書くだけか。 」

「 ええ 一応 ・・・ カー・ジャーナリストってとこで ・・・ 」

「 ふうん  あ 家族もいるんだろう?  」

「 ・・・ ええ 。 」

「 ああ !  そんじゃ、あの美人と一緒になったのかあ〜  そりゃよかったなあ。 」

「 ・・・え  ええ   まあ ・・・ 」

「 ふむふむ  オトコはなあ 身を固めてこと一人前! だからな。 」

「 は  はあ ・・・ 」

「 うん うん よかったなあ〜〜  ハリケーン・ジョー も 普通の親父ってことか。 

 う〜ん ・・・ 年月の流れは速いよなあ〜〜 」

どんどん勝手に話を盛り上げているかつての仲間に ジョーは苦笑しつつ付き合っていた。

 

     ・・・ そうだよな ・・・ ソレが <当たり前> だもの。

     

「 ところでさ、 今度の件なんだけど 」

「 はい。  先ほどの打ち合わせで  ―  工場の方にも寄ってきました。 」

「 すまんな〜 うん。 ちょいと 厄介なんだなあ。

 いや、順調に行けばどうってことないんだが。

 万が一 トラブったときにな、 アレの原型を知ってるモンじゃないと なあ 」

「 あ それでぼくに? 」

「 ウン ・・・ 俺と同期のヤツがさ  直前急病でなあ 」

「 だいたいのことは工場で聞いてきました。  でも やっぱり現物 みないと ・・・ 」

「 だよなあ〜  ず〜〜〜っと見回したみたら 以前の技術を持ってるヤツって

 ぶっ倒れたヤツしかいなかった。  もうダメか、と思ったよ。 」

「 ・・・ それで ぼくを? 」

「 ああ。  思い出したのさ。  お前がアレに乗っていたことを さ。

 思い出してよかったよ〜〜  」

「 あ  は ・・・ 思い出してもらって嬉しい ・・・なんて言えないっすよ?

 やっぱ実際に触ってみないと  どうも ・・・ 」

「 ははは  まあ宜しく頼むよ 」

「 了解〜〜  ぼくも久々の現場に興奮してきていますから。 」

  ― 初めて ジョーが笑った。

「 おうよ。 そんじゃあ 改めてよろしく。  相棒。  」

「 ぼくの方こそ 宜しくお願いします。  で  工場の技師サンとの話なんですけど・・・  」

「 ふん? 」

二人は 昼食もそっちのけで熱心に打ち合わせをはじめた。

 

 

「 ・・・ ああ  いいなあ ・・・ 」

ジョーは晴れ上がった空を ちらっと眺め 呟いた。

今回 < 出番 > が ないに越したことは無い。  トラブル時の臨時メカニックなのだ。

 

      うん。  ぼくなんかが出しゃばる必要も ない しな。

 

忙しく動きまわるメカニック達を見渡し ジョーは邪魔にならないよう、そっと脇に寄った。

  やがて   イベントは順調にフィナーレを迎えた。  

 

     わ  −−−−−−−− ・・・・・!

 

大歓声の中 爆音をあげて走行するレーシング・マシン ・・・

久々の懐かしい世界に  ジョーもしっかりのめり込み 夢中になっていた。

彼が助っ人として参加したチームが優勝した。

ジョーの出番は なかった。  それが一番なのだ。 ジョー自身とても満足していた。

 

 優勝 〜〜〜 に 誰もが酔った夜。  

 

ジョーは祝賀会からそっと席を外しホテルにもどった。 そして荷物を纏めていた。

「 ふう ・・・ やれやれ。 ま 何事もなくて大正解ってとこだな。 ぼくも最新の情報ゲットで

 有益だったし。   ・・・ さあ 明日の朝一番で帰るぞ〜〜 」

ジョーは 機嫌よくキャリッジ・ケースの中身を整理している。

少ない荷物なのだが なかなか纏まらない。

「 ・・・ あ〜〜〜 もう・・・ いつもフランにやってもらってるから ・・・   あ。 」

  ― コトリ。

小さな包みがケースのポケットから衣類の上に落ちた。

「 おっと〜〜〜   床に落としたら大変だよ ・・・ 大丈夫 ・・・だよなあ? 」

彼はそう〜〜っとケースを手に乗せて こそ・・・っと揺すってみた。

「 ・・・ 音 しないし。  しっかりケースに入ってるから ・・・ 無事だよ、うん。 」

小さな箱はつやつやした白い紙で丁寧にラッピングされている。

中にはビロードでくるまれたケースが入っていて ― そして。

 

彼は レース会場に来る前に この中身を求めに脚を伸ばした。

 

  伊勢・志摩地方 ―  風光明媚な地であり、 真珠の有名な産地だ。

 

「 ・・・ これ。 どうしても買いたくて。  普通はダイヤモンドなんだろうけど ・・・

 でも ぼくは。  冷たいダイヤの光より丸くてお日様の雫みたいな真珠が いいなって 

 ・・・  その ・・・ きみに さ。  フランソワーズ ・・・ 

ホンモノの彼女を目の前にしているみたいに ジョーは真っ赤になりぼそぼそと一人ごちする。

「 なあ ・・・ 先輩にさ、言われちゃったよ〜〜 オトコは身を固めてこと一人前だって。

 あの美人と一緒になったのか〜〜 って。 

 へへへ ・・・ あの頃からそんな風に見えてたのかなあ〜〜 ぼくたち ・・・ 」

ことん ことん ことん。  小さな箱をジョーは掌でそうっと転がしてみる。

これを。 これを彼女に渡すとき どんな顔をしたらいいのだろう。

「 ・・・ う〜ん ・・・ 一緒になってください  か?  いや そんなのよりストレートに ・・

 け  結婚してください!  かなあ ・・・ え へへへ ・・・ 」

彼女はどんな顔をするだろうか。  微笑んでくれる ・・・ よな?

「 ・・・ え〜〜〜!?   なんて言うなよ・・・言わないでくれ ・・・

 で もって。  あらダイヤモンドじゃないの? なんて言うかなあ・・・ フランス人には

 やっぱダイヤの方が ・・・ いや! きみには真珠がいいよ うん! 」

おっと ・・・ 大切な小箱を握り締めていることに気がつき、 彼はそう・・・っとその箱を

キャリッジ・ケースのポケットの 奥の奥 ・・・に押し込んだ。

「 ここが一番安全 さ。   ・・・  あ もうこんな時間かあ ・・・ 早く寝なくちゃ・・・

 明日は始発だもんな〜   フラン ・・・ 待っててくれよ ・・・ 」

浮かぶのは彼女の笑顔ばかり。  ジョーは一人、ほんわか気分に浸り そのままどたん!と

ベッドに引っくりかえった。

「 ・・・ お休み ・・・ フラン ・・・ 」

 

  ふっと、  心がまっさらになった。    その時 ―

 

 

            ジョー −−−−−−−  ・・・・・・ !

 

 

「 ?!  」

聞こえるはずのない、彼女の声が 彼の心に響いてきた。  勿論飛び起きた。  

いや 実際彼は宙に飛び上がっていた。

「 な  なんだ ??   ≪ フラン ?? フランソワーズ ・・・ ? ≫

距離を考えれば無駄、とわかっているが 彼は咄嗟に脳波通信で呼びかけた。

  当然 返事はない。

「 くそ ・・・  しかし なにかあったんだな。  ・・・! 」

防護服を詰め込んできていたのは僥倖だった。  パジャマを脱ぎ捨て赤い服を纏い ・・・

 

   シュ ッ  ・・・・・ !   

 

短い音と独特の圧縮された空気の匂いを残し 島村 ジョー、 いや 009 の姿は  消えた。

 

 

 

 

  ―  バタン ッ !!    深紅の旋風が 部屋に飛び込んできた。

 

「 フランソワーズ っ  !!!! 」

ジョーは彼女のベッドに走りより  ―  昏々と眠るその顔を見詰める。

「  ―  ジョー。  早かったな。 」

ギルモア博士が ごく当たり前の調子で言うと彼を見上げた。

「 博士!!  フ フランソワーズは!? 」

「 ・・・ ああ。 大丈夫じゃ。  命に別状は ない。 」

「 命に ・・・って。  いったい何が!? 

「 ジョー。  あのオトコ、消滅していった。  追いかけてきたオンナと共に。 」

「 005? なにを言ってる? 何のことかい ?  」

「 静かにせんか。   まだ意識が戻らんのだから。 」

博士はジョーを制止し、ベッド・サイドから遠ざけようとした。

「 すみません ・・・ 静かにしますから  ここに居させてください。 」

「 うむ ・・・   お? 

「 え?!   ・・・ あ ・・・ フラン ・・・! 

枕に沈んでいた蒼白な顔が 少しだけ動いた。  ぴくり と瞼がうごく。

「 ふ フラン ・・・! 」

「 静かに。   ・・・ うん 脈もしっかりしておるな。 」

 

  ゆっくりと瞼があがり 青い瞳が見えた。  すこしだけ頬に血の気がもどった。

 

「 ・・・ おお  気がついたか。  」

「 フラン ・・・! 」

「 よかった。 フランソワーズ。 」

 

            ・・・・  ここ    どこ   ・・・・・? 

 

白い顔が ベッド ・ サイドのオトコ達を訝しげに眺める。

 

            だれ?  ・・・  ここは  どこなの 

 

              わたし   ・・・  どうして ?

 

深夜の寝室の空気は 文字通り凍りついた。

 

 

 

Last updated : 08,10,2013.                  index       /      next

 

 

 

 

***********    途中ですが

原作・あのオハナシ の < もしも > 版? 補完版 かも。

いや こんなコトもあったかもしれないな〜〜・・・と ・・・