『 落下 ― (1) ― 』
ザワザワザワ 〜〜〜
その日 陽が落ちる前からなにやら海風が強くかった。
すこし先の海岸線にずっと並ぶ松並木が 夏の潮騒にも似た音を高く響かせていた。
目路はるか広がる大海原にも 白波がすこし目立つ。
「 ・・・ なんだかお天気が荒れそうね ・・・ 嵐でもくるのかしら。 」
フランソワーズはしばらく海を眺めていたが ― やがてカーテンを静かに引き
窓辺から離れた。
「 今夜は 暖かくし早く休みましょうか ・・・ 」
「 − うん? そうじゃなあ ・・・ ときにジョーはいつ帰るのじゃったかね。 」
博士もソファで分厚い書籍から顔あげた。
「 ええ ・・・ 予定では明後日なはずなのでしたけど ・・・ 」
「 ? 遅れるのか 」
「 はい。 なにか調整に思いもよらず時間がかかった、とかで ・・・・
はっきり予定が決まったらまた連絡します って ・・・ 」
「 ほう? アイツはメカニックにでもなる気なのか。 そもそも取材目的じゃったのだろうが。 」
「 ええ 出かける前にはそんなこと 言ってましたけど ・・・ 現場に立ってみると
え〜と ・・・・ ? なんでしたっけ? 血が走る? 」
「 ??? ・・・ あ ああ ・・・ 血が騒ぐ じゃよ。
ふっふっふっ ・・・ アイツはやっぱり車が好きってことだよ。
ま ・・・ 好きにさせておけ。 」
「 はい。 ジェロニモJr. も居てくれますし ・・・ 今 特に問題もあませんし ね。 」
「 おいおい フランソワーズ ? ウチには < 預かりモノ > の客人がおるだろうが。 」
「 ええ はい ・・・ でも ・・・ その 客人サンは 明日にでもお暇します、って
言ってますわ。 ええ 若いのですもの、やり直しは十分に可能ですよね。 」
「 ・・・ そう願いたいものじゃ。 なにはともあれ 生きておればなんとかなる。 」
「 そうですよね! 生きていれば ・・・ 生きてさえ いれば。 」
「 なにか言っておったのかい。 ・・・ その ・・・ あんなことをした理由 ( わけ ) を 」
「 ぽつぽつ 話してはくれましたけど ・・・ 自分は 毒 をもっている・・・って。
だからそんな自分が許せなかった って。 」
「 ふむ ・・・ まあな。 人間 誰しもなんらかの 毒 を持っているさ。
ソレとどう付き合ってゆくか が人生そのものの課題 かもしれんよ。 」
「 ・・・ 人生の課題 ・・・ 」
― ガタン ・・・ リビングに寡黙な巨人が戻ってきた。
「 温室のイチゴ ・・・ 残っていた。 」
大きな手がそっと竹かごを差し出す。 中には季節外れの不ぞろいな果実が幾つか ・・・
それでも深紅色の輝きを見せている。
「 まあ きれい! ありがとう、ジェロニモ Jr. 熱いお茶、淹れましょう。 」
「 そうじゃな ・・・ おっと本当に冷えてきたな。 」
「 客人 呼んでくる。 」
「 お願いね。 お部屋いるはずよ。 」
「 むう ・・・ 」
「 どれ ・・・ ワシはイワンの様子をみてくるか ・・・ 」
「 ありがとうございます。 」
皆 それぞれ自分の仕事に取り掛かり ― 崖っぷちのギルモア邸に穏やかな夕べが訪れた。
「 ・・・ お休みなさい。 」
青年はぽつり、と言うと静かにソファから立ち上がった。
「 あ もうお休みになるの? バス・ルーム、自由に使ってね? 」
フランソワーズは トレイにカップなどを集めていた。
「 はあ ・・・ ありがとうございます。 あ イチゴ 美味しかったです。 」
彼はぺこり、とアタマを下げるとそのまま出ていった。
「 そう? よかったわ。 ・・・ おやすみなさい 」
フランソワーズの声が彼の背中を追いかけたが ドアに阻まれた。
「 ・・・ まだ どこか具合が悪いのかしら。 」
「 うむ? 身体の不調よりも精神的なダメージから回復できんのだろうよ。 」
博士も 青年を見送りつつ呟いた。
「 精神的なダメージ ですか ・・・ 」
「 ああ。 部分的な記憶の欠損、 とでも言うべきかの? 」
「 ・・・ 記憶の欠損? あの ・・・ よく言う記憶喪失 とは違うのですか? 」
「 あの青年は自分自身の名前やら 今までの経歴をお前に話したのだろう?
画家だった いや 画家を目指していた と ・・・ 」
「 え ええ ・・・ パリで暮していたことがあるんだって。
住んでいた場所とか話してくれました。 ウソじゃないと思いますわ。 」
「 無論、 嘘じゃあないだろう。 そうやって部分的には思い出しているわけだろう? 」
「 あら そうですねえ。 でも どうしてあそこから落ちたか ・・・ は覚えていないみたい。
自殺しようとしたんじゃないか・・・って 自嘲気味に言ってましたわ。 」
「 ふむ ・・・ しかし 本気で自殺したいのなら もっと 他に <効果的> な場所があるだろう?
ここいらだってもっと高い崖は沢山ある。 」
「 ええ。 彼を見つけた場所は木やら岩だのが多く突出してましたわね。 」
「 ふむ ・・・ まあ 自殺の線もあり、という所じゃな。
欠損部分が減ってゆき ある日完全に <思い出す> か。 あるいは何らかのショックで
突然全て思い出すか。 どうなるか ― それは誰にもわからんよ。 」
「 ・・・ ヒトは ・・・ 人間の記憶はジグゾー・パズル みたいですね。 」
「 ふふん、上手いことを言うなあ。 そう ・・・ パズル じゃな。
どれか欠けても完全ではないし。 無理に違うパーツをはめ込めば ― 全体が破滅する。 」
「 破滅 ・・・・ 」
「 まあ ものの喩え じゃが ・・・ 」
「 俺、 見回りしてくる。 外周りの戸締り する。 」
のそり、と巨躯の持ちぬしも立ち上がった。
「 ありがとう、ジェロニモ Jr. 」
「 むう ・・・ 悪いがイワンのクーファンを俺の部屋に入れておいてくれるか。 」
「 ええ いいけど ・・・ 」
「 彼、話たがっている。 」
「 まあ そうなの? それじゃ お願いします。 」
「 うむ。 」
ジェロニモ Jr. は静かにリビングから出ていった。
「 どれ ・・・ワシもそろそろ休むとするか。 ああ 邸の戸締りは見ておくから ・・・ 」
博士もよっこらしょ・・と立ち上がった。
「 すみません、博士。 あ ・・・ 熱いお茶、お部屋にお持ちしておきますね。 」
「 おお すまんな ・・・ うむ 日本茶というものは冷えても十分美味しいからのう ・・・
一杯 置いておくととても重宝する。 」
「 そうですねえ ・・・ わたしも お砂糖ナシでも美味しいお茶って・・・ はじめは不思議だなあ
って思ってましたけれど。 」
「 ふむ ・・・ この国はほんに不思議な国じゃな ・・・ お休み、フランソワーズ。 」
「 お休みなさい 博士 ・・・ 」
あら。 博士って。 ずいぶん ・・・
老いた後姿が 思っていた以上に小さく見えて、フランソワーズは少し慌ててしまった。
「 ・・・ ううん ・・・ そんな。 あんなにお元気ですもの ・・・
あ そうだわ。 明日はお好きなロシアン・ティ を淹れましょう。 」
カチャン ・・・ カップ類を乗せたトレイを取り上げた。
カタタ カタタ ― キッチンの小窓が微かに音をたてる。
「 あら? 結構風が出てきたのね ・・・ ジョー ・・・ 寒くないかしら ・・・ 」
彼女は ふ・・・っと旅先の恋人の顔を思い浮かべていた。
今晩 彼は帰ってはこない。
― カサリ ・・・ リネンの海が揺れる。
「 ・・・ ん ・・・? 」
フランソワーズは ぼう ・・・っと半分眠りつつ ・・・ のろのろと視線を動かした。
・・・ まだ 起きているの ・・・?
隣に居るはずの存在が いつもなら深く寝入っているはずの 彼なのだが。
さきほどから 遠慮がちにもぞもぞ・・・寝返りを打っている。
明日から 一週間の予定でジョーは出かける。
国内での最大のカー・レースの前の調整への協力を乞われていた。
< ハリケーン・ジョー > は事故による負傷で 現役を引退 ― 現在は車関係の記事を
書いたりするいわゆる カー・ジャーナリスト、島村ジョー として知られていた。
ジョーは極力 人前には出ず、濃いサングラスをかけ地味な格好をしているので
< ハリケーン・ジョー > もすでに中年になった ・・・ と業界では思われていた。
うん それでいいんだ。 そしてある日 < 彼 > は人前から 消える。
・・・ それが 一番 さ。
ジョーは一人納得し、ごくたまにレースの観戦などに行く程度の係わり合いだった。
「 あら。 なあに、大掃除でもしているの? 」
フランソワーズは少し驚いてジョーに声をかけた。
彼は珍しく昼過ぎに帰宅し なにやらゴソゴソ ・・・ クローゼットやら地下のロフトにもぐりこんでいた。
「 ・・・ ふ〜〜〜 あった あった ・・・ もう捨ててしまったかと思ったよ〜 」
ホコリだらけになり もっとホコリに塗れた包みを手に、彼はリビングに入ってきた。
「 え・・・ やあだ〜〜 ちょっと・・・ それ! テラスでホコリを叩いてよ〜 」
「 あ ・・・う うん ごめん ・・・ 」
ジョーは彼女の剣幕に恐れをなし、とっととテラスに出ていった。
「 ふうう〜〜 中身はなんとか無事 だったよ ・・・ 」
「 ?? なあに? ・・・ え。 それって 工具? 」
「 うん。 レーシング・カー専用の さ。 ああ 取っておいてよかった ・・・ 」
「 使うの? 」
「 ああ うん。 午前中に社の方に 昔の知り合いから連絡があってね。
急病でメカニックが足りなくなって ・・・ ピンチ・ヒッターできてくれないかって誘われた。 」
「 臨時? え・・・ じゃあ レース会場までゆくの? フジサンの方? 鈴鹿? 」
「 鈴鹿。 」
「 ふうん ・・・ 久し振りねえ 」
「 うん まあ ・・・ でもな あの ・・・ 大丈夫かなあ。 」
「 え ・・・ なにが。 新幹線のチケットなら 多分 ・・・ 」
「 あ〜〜 そうじゃなくて。 その ・・・ 多分1週間以上 留守にすると思うんだけど ・・・
レース当日だけじゃなくて 事前に工場に行って技術担当さんと打ち合わせしてほしいって ・・・ 」
「 まあ。 あのね、 ジョー。 わたしだって003なのよ?
それに 005も居てくれるわ。 この家は中にいれば一種の要塞だから 」
「 う うん ・・・ そうだよ ね ・・・ う〜ん ・・・ 」
「 旅行にはいい季節よねえ。 途中できっとフジサンが見えるのじゃない? 」
「 ああ。 この時期は 大概よく見えるはずさ。 まだ雪がないから真っ黒は姿だけど・・・ 」
「 え〜〜〜 白くないフジサンもあるの?? 」
「 ・・・ あのなあ。 夏場には雪はほとんど消えるし 残っている部分もみえなくなるんだよ。
うん。 ・・・ よし、 あとはこの工具をケースに入れればおわり さ。 」
「 ジョーこそ気をつけてね。 そして楽しんできて。 」
「 ありがとう。 えへへ やっぱりね〜 久々ホンモノを見られると思うとさ、
ちょっとワクワクするよ。 」
「 明日でかけるのね、 何時に起こせばいいのかしら。 」
「 あ ・・・ 早いから いいよ。 ぼく、 自分で起きてゆくから。 」
「 あ〜ら それこそ大丈夫? 寝坊した、じゃ済まないでしょ。
ちゃんと朝御飯もつくりますから。 時間教えて。 」
「 う ・・・ ありがとうゴザイマス。 お願いします。 」
ジョーはペコリ、とお辞儀をした。
「 了解です〜〜 さてと、今晩はなににしようかな。 」
「 あ 手伝うよ。 ジャガイモ剥きでもなんでもするよ。 」
「 ジョー。 明日からの支度、してきてよ。 荷物って工具だけじゃないでしょ。
着替えとか ・・・ 」
「 あ ・・・ ごめん。 」
「 しっかり準備してね。 それからジャガイモむいてください。 」
「 りょ〜〜うかい! 」
ジョーは自室へと ドタバタ ・・・ 階段を上っていった。
カサ ・・・ ゴソ ・・・
ただの寝返りではない ― らしい。 先ほどからずっと起きているのだろう。
・・・ 時間、 気にしてるのかしら ・・・
普段は眠ってしまえば 起こすまで絶対に! 目覚めない彼なのだが。
フランソワーズは そっと訊ねた
「 ・・・ ねえ。 どうしたの ジョー。 」
「 ・・・ え ? あ ごめん、起こしてしまったかい。 」
「 ・・・ ちょっとうとうとしてたから ・・・ ねえ どうしたの。 まだ ・・・ 夜よ? 」
「 ああ ・・・ うん ・・・ なんか さ ・・・ 気になって。 」
「 仕事のこと ? 」
「 いや ・・・ 」
「 え じゃあ なあに。 ウチのことなら心配 ないわよ? 」
「 ・・・ うん ・・・ そうなんだけど ね ・・・ 」
「 ・・・ ? ・・・ 」
「 ぼく 自分でもよくわからないんだけど。 なんか こう ・・・ 不安で さ。
晩御飯の後、 ジェロニモ Jr.にも言われてしまったよ 」
「 え ・・・ なんて。 」
「 ジョー 落ち着け・・・って。 」
「 まあ ・・・ 」
「 なんかそんなにソワソワしてたのかなあ ・・・・ 」
「 ・・・ ね? 安心して。 ここは ― ジョーのお家は大丈夫。
ジェロニモ Jr. と わたしがしっかり留守を守っているわ。 」
「 ・・・ うん ・・・ ありがとう。 」
「 だから。 ジョーはお仕事に集中して? メカニックさんがミスったら大変よ? 」
「 そうだね。 睡眠不足は大敵だ ・・・ 」
「 ね? おやすみなさい ・・・ 」
「 ・・・ うん ・・・ ごめんね、 起こして ・・・ 」
「 ・・・・・・・・ 」
フランソワーズは返事の替わりに するり、と白い腕を絡め 彼にキスをした。
「 ・・・ ん 〜〜〜 ・・・・ あは ・・・ 目が冴えそう ・・・ 」
「 うふふ ・・・ だめよ、もう。 明日から忙しいのでしょう?
今夜はこのままお行儀よくお休みなさい。 」
「 は〜い ・・・ お休み、 フラン ・・・ 」
「 お休みなさい、 ジョー ・・・ 」
もう一回 ちょん・・・と軽い口付けを交わし 二人は今度こそゆったりと寝入ったのだった。
ヒュウウ −−−− 風は まだ止みそうにない。
「 ・・・ やっぱり ジョーがいないと ・・・ 淋しいわ ・・・ 」
独り寝の淋しさ、だけではない。 やはり家族の一人が居ないのはどこか ・・・
空気が薄くなった気分がする。
「 ふうん ・・・ いいわ、帰ってきたら。 報告したいことがた〜〜くさん よ。
そうそう ・・・ ユウジのことも相談しなくちゃね。 行方不明のヒトのリストとかあるのかなあ・・・
日本ではどういうシステムになっているのかしら。 ・・・ 家族だっているかもしれないし。
・・・ か 家族 ・・・ 」
家族 ― この言葉はいまだに彼女の心の奥を ツーーーン と打つ。
「 探しているヒト、 いるかもしれないわ。 必死になって ・・・
そうよ、彼女だっているかも ・・・ 恋人は捨てた、なんて言ってるけど。
カッコつけてみただけかもしれないし。 」
気がつけば ― 上空には星々が散らばりはじめ、 その硬質な光を瞬かせている。
つよい風で 雲も空気中のホコリも追いやられたらしい。
彼女はしばらく星の瞬く空を眺めていたが ― やがてカーテンを引いた。
「 ・・・ さ。 もう休みましょう。 冷えてゆくばかりだもの。
< 彼 > ・・・ 寒くないかしら。 毛布、毛一枚 ・・・持ってゆこうかしら。 」
納戸の前で彼女は少し足をとめたが すぐに歩き出した。
部屋にも予備が置いてあるもの、わかるはず。
・・・ レディ はみだりに男性の部屋を訪れるものじゃありません よね?
ふ ・・・ っと小さく笑うと、フランソワーズは自室へと引き上げていった。
現在、 この邸には < ヨソモノ > の青年が一人、 滞在している。
招待したわけでも 彼が訪ねてきたわけでも ― ない。
フランソワーズが 発見 ( みつ ) け ジェロニモ Jr. が 拾った。
ジョーが出かけた翌日 ― よく晴れた、そして相変わらず風の吹きぬける空だったが ―
午後の一時を過していたリビングで 突然 彼女が立ち上がった。
ドサリ、と膝から縫い物が床にちらばった。
「 ― ! お ちる ・・・! 」
「 !? どうした。 フランソワーズ。 」
ソファの後ろで木切れ細工をしていた巨人が 驚いた。
「 ・・・ なにか あったかね。 」
床暖房に足を伸ばしていた博士も 顔をあげた。
「 ! だれか ・・・! おちる ! ・・・ ああ おちた わ ! 」
「 どこだ。 」
ざ! ・・・っと ジェロニモ Jr. は立ち上がった。
「 すぐに救助する。 場所 ・・・ 教えろ。 」
「 ええ ! こっちよ! 」
フランソワーズもなにもかもそのままにして 駆け出した。
そのオトコは ― 崖の途中にひっかかっていた。
「 大変 ・・・! 救急車、呼びましょう。 」
「 いや。 このオトコ 死なない。 」
「 ― え? 」
ジェロニモ Jr.は 助けてきた青年を抱き上げつつぼそり、 と言った。
― 結局 ジェロニモ Jr. の言葉は正しかった。
崖の途中から助け出した青年は 外科的な怪我は軽症の範囲だった。
彼はほどなく回復し、ベッドから離れることができた。 しかし ・・・
「 どこから来たか どうしてあんなところに引っ掛かっていたか ― 全然わからない って 」
「 ふむ ・・・ 部分的な記憶欠損 か ・・・ 」
「 あの怪我の後遺症 ですか? 」
「 わからん。 だいたい怪我の回復も驚異的じゃしな。 」
「 あの・・・ 普通のヒト ですよね? 」
「 無論じゃ。 お前も < 見た > のだろう? あの青年は100% 生身の肉体を
もったごく普通の日本人 ・・・ だと思う。 」
博士にしては 歯切れが悪い。 フランソワーズはピンと来た。
「 ・・・ じゃあ やっぱり 超能力とか・・・? あのう ・・・ どこか怪しい点がありますか。 」
「 いや。 それはワシにもわからん。 ただ ・・・あまりに軽症すぎる ・・・・
まあ しばらく様子を見よう。 回復が早いに越した事はないからな。
ジョーが帰ってきたら いろいろ相談すればよかろう て・・・ 」
「 そう ですね。 ウチには部屋は沢山ありますし ・・・ 養生も兼ねて滞在してもらいますわ。」
「 そうしてやっておくれ。 」
「 はい。 ・・・ あら 探しているみたい ・・・ 」
フランソワーズは そそくさと席を立ち庭に出ていった。
その青年 ― ユウジ と行ったが ― は すぐに日常生活には支障ないまでに
回復した。
彼は家の雑用などを手伝い フランソワーズの買い物の荷物持ちなども買ってでた。
その日の午後も 急な雨に二人でてんてこ舞いをしたり ・・・ した。
「 ふふふ ・・・ ありがとう〜〜 ユウジ 助かったわ〜〜 」
「 ・・・ うわ ・・・ っと。 はい 洗濯モノ。 」
「 まあ こちらもありがとう〜〜 ユウジは気が効くのね。 」
「 ・・・ すこし 濡れてしまったかも ・・・ 通り雨 だと思うけど ・・・
「 そうねえ ・・・ あ ジャガイモ 剥ける? 」
「 はあ なんとか ・・ 」
「 じゃ お願いね。 ありがとう! すごく嬉しいわ。 なんでも出来るのね。 」
「 ・・・ いえ ・・・ 僕はなにもできません。 」
「 え〜〜 なんで? いろいろ手伝ってくれるじゃない?
あなたの彼女はシアワセねえ。 」
「 ― 僕は ・・・ 毒なんです。 僕の存在は いつも毒なんだ。 」
「 ・・・え? 」
「 僕の存在が ・・・ ヒトを不幸にする・・・ そう、僕は毒 ・・・ 」
「 なに言ってるの。 さあ 晩御飯の用意 」
「 ・・・ 僕は 僕なんか存在しないほうが いい ・・・ もうすぐアイツが迎にくるさ。 」
「 え。 なにか思い出したの? ・・・ アイツ ・・・? 」
「 そうです。 僕が ・・・利用してダメにして死なせた彼女 ・・・ 僕を捕まえにくる。
幽霊になって 僕を・・・連れにくるんだ ・・・ 」
青年の声は小さくなってゆき ほとんど独り言に近くなってゆく。
「 ユウジ! ねえ わたしを見て? 幽霊なんていないの。 ね? 」
「 ― え ・・・・? 」
彼の視線がゆっくりと動き フランソワーズに戻ってきた。
「 ・・・ あ ・・・ フランソワーズ ・・・ ? 」
「 目が覚めた? 寝ぼけていたのじゃない? さァ 晩御飯の準備よ。 」
「 ・・・え あ は はい ・・・・ 」
彼はのろのろと立ち上がり キッチンに消えた。
やっぱりどこか ― 打ったのかしら
明日、博士と相談して 専門の病院に連れていったほうが・・・?
ああ ・・・ ジョー ・・・ 早く帰ってきて ・・・
ビュウウ −−−− ・・・・ 今晩 木枯らし一号 が吹くのかも しれない。
カタン ― 誰かが ドアの前に いる。
・・・・ え ・・・・ ? だ れ ・・・・
フランソワーズは 音 よりもその気配で目が覚めた。
寝室には一応内鍵が付いているが ほとんど使うことはなかった。
しかし 昨夜 ・・・ 彼女は無意識に 自室のキイを捻っていた。
カタン ・・・ コト ・・・ 同じ音が続く
「 ・・・ だれ か いるの? ・・・ ユウジ? 」
素早く起き上がり着替えた。 緊張しているのでボタンがなかなか止まらない。
「 なにか 御用? 」
低い声で応えつつ ・・・ フランソワーズはそっとドアの内側に身を寄せた。
「 ・・・ 僕です。 あの ・・・ さよなら ・・・ を ・・・ 」
「 え?? 」
「 助けてくれて ありがとう ・・・ 僕 行きます 」
「 ちょ・・・! ユウジ! どうしたの? こんな夜中に・・・ どこへ行くの?
あ・・・ 思い出したの ね? お家のこととか ? 」
「 全部じゃないけど。 ・・・ 思い出したくなんか なかった ・・・!
忘れたままで いたかった ・・・! なのに ・・・ なのに ・・・!
でも ― ここに居るわけには行かない ・・・ アナタ を ・・・ 守るためにも ・・・ 」
「 わたしを ・・・ 守る? 」
「 ・・・ ああ もう彼女がやってくる! さようなら ・・・フランソワーズ。
僕は 君を ― 愛してる・・・! 」
「 ! ユウジ ! 」
― バタンッ ! 彼女がドアを開けたとき、 そこには誰もいなかった。
「 !? ウソ ・・・? だって たった今まで ここに ・・・
ユウジ ・・・! どこ にいるの !? 」
一瞬 我を忘れたが 彼女はすぐに冷静になった。
「 < 彼女がくる> って ・・・ 仲間がいるの? 彼は完全に生身ですもの、
そんなに遠くには行ってない はず ・・・ ・・・・ ・・・・ 」
― 003 の目と耳が 最大レンジで稼働し始めた。
・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・ ! みつけた!
超視覚 が彼の姿をしっかりと捉えた。
フランソワーズはコートを羽織ると ギルモア邸から走り出た。
あ。 防護服 ・・・ ? ううん、その必要はない はず。
ともかくユウジを 止めなくちゃ・・・!
・・・ ああ また あの崖の方に ・・・ え?
彼女は全速力で門を出て 海岸線を伝い、あの崖っぷちへと急ぐ。
深夜に近いし、だいたい辺鄙な場所なので行き合うヒトも車も なかった。
どこ ・・・!? ああ ―
「 ・・・ いたわ! ユウジ !! ま 待って ・・・・! 」
崖の手前に人影を認め 彼女は駆け寄った。
「 ユウジ! だめよ! バカなことをしては だめ・・・ ! 」
息せききって彼の手を取った、と思った ・・・ しかし。
来た わね。 ふふふ ふふふ ふふふ ・・・
振り向いたのは ― 女性だった。 その手にはレイガンと思しき銃器があった。
「 ! あ あなた 誰 ? 」
「 ふふふ ふふふ ユウジは囮。 お前が目的 なのさ。 」
「 !? あ ユウジ! 」
女性の後ろに 青年が ユウジが項垂れて立っていた。
「 ねえ どういうことなの? このヒトは 誰。 」
「 ・・・ このヒトは 僕をずっと呼んでいた ・・・ 」
「 そうよ。 私にはテレパスを見つける能力 ( ちから ) があるの。
強力なテレパスを探していて ・・・ このオトコをみつけた。 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズはすこしづつ後退りを始めた。 しかし するり、と腕を捕まえられてしまった。
「 おっと。 動かないでね、 003さん? 」
「 ! ・・・ 知っているの ・・・ わたしのこと ・・・! 」
「 あら 有名ですもの。 ふふふ ふふふ ・・・ テレパス狩りに来て凄いお土産を見つけたわ。」
オンナは小気味よさそうに笑う。 イヤな 笑顔だ。
「 ・・・ アナタは NBG なの? 」
「 さあ そんな名前 知らないわ。 私達は裏切り者は許すな と教えられているだけ。
ともかく 一緒に来てもらうわ。 」
銃口が ぴたり、とフランソワーズを狙っている。
サイボーグ や アンドロイド じゃ ない ・・・
生身の人間だけど ― このヒトは ・・・ このオーラは なに?
「 ・・・ か 彼女を連れてゆく のか? 」
彼は蒼白な顔で がくがく震えている。
「 そうよ。 私達はテレパスや他の超能力 ( ちから ) を持つ者を集めているの。
私達の 能力 ( ちから ) を結集すれば ― 」
― ドン ・・・! 突如 青年が後ろから女性にぶつかった。
「 !? ・・・ な な に を ・・・!? 」
ぐらり、と女性の身体が傾いだ。
「 もう 沢山だ! こんな能力 ( ちから ) ・・・ 僕の 毒 ・・・
僕の毒は 皆を不幸にしてきた ・・・ こんな毒を撒き散らす存在は いらない ! 」
「 は はなせ! ・・・ く ・・・ 背中を ・・・刺した な ・・・! 」
「 ユウジ! 帰りましょう! 研究所へ 一緒に! さあ 大人しくしてね。 」
フランソワーズは 身を捻り、女性の手を振りほどくとその手からレイガンを奪った。
「 このヒトからも話を聞かなくては。 さあ ユウジ ・・・ 」
「 フランソワ−ズ ・・・ 君は ・・・ 」
「 このヒトなの? ユウジが待っていたヒトって。 」
「 ・・・・・・・・ 」
彼は力なく首を振った。
「 ちがう。 このオンナは嘘をついて ・・・ 僕を呼んだんだ。 僕を騙した!
けど 僕は ― 自分の所業の始末は 自分でつける。 」
「 ・・・ え ・・・? なにを言っているの さあ 帰りましょう。 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ 君に会えて ・・・ 良かった・・・
フランソワーズ −−−− ・・・! さよなら ・・・・ 」
彼は女性をつれたまま一歩崖の際に踏み出した。
「 ! だ だめよ !! ユウジ ッ あ ああ 〜〜〜 いけないっ 」
ドサ ・・・・ 突然 足元の地盤が崩れ出した。
「 ・・・ さよなら 僕の愛した ひと ・・・ 」
「 ユウジ! だめ !! あ ・・・ だめよっ ! 」
ユウジは女性を羽交い絞めにしたまま眼下の海原へと 落下して行った。
そして 二人を落とすまいと踏み出したフランソワーズも崖から落ちた。
ジョー −−−−−−−− ・・・・・・ !
彼女の悲痛な声が虚空に響き やがて寄せては返す波の音の間に消えていった。
叫んだのは 夢の中か ・・・ それとも 現 ( うつつ ) の自分か。 よくわからない。
ゆら ゆら ゆら ・・・ おちる
深い深遠へと 青と静寂の世界へ ・・・ おちて ゆく。
お ち る ・・・・・
ワ −−−−− ン ・・・・!
その地 全体が大きな喧騒の坩堝と化していた。
好天に恵まれ 久々の国内での大きなレースとあって スタジアムは観客で溢れている。
レースの前から もう誰もが興奮して笑い叫び滅茶苦茶に盛り上がっていた。
「 ・・・ あ ・・・ コンニチワ。 」
出場チームのブースに キャップを深く被りサングラスをした男性が静かに入ってきた。
「 あ〜 ? すいません〜〜 スタッフ オンリーなんスけどォ〜 」
入り口近くにいた中年のメカニック要員が制止した。
「 ・・・ あの。 島村ですが ・・・ 」
「 へ ・・・? あ! よォ〜〜〜 ジョー! 久し振りだなあ〜〜 」
「 あ はい ・・・ あの? 」
「 やだなあ〜〜 森だよぉ〜 忘れちまったのかい? 」
「 ! あ ああ ・・・! 森さん〜〜 ちゃんと覚えてますよ。 」
「 いやあ〜〜 よく来てくれたな。 お〜〜い ベテラン助っ人の到着だぞ〜〜 」
中年氏は 奥に向かって声を張り上げた。
ジョーは あっと言う間にクルー達に取り囲まれ ― すぐに打ち合わせが始まった。
なにせ時間が切迫しているのだ。
「 ・・・ ってことで。 お願いします。 」
「 全力でアシストします。 こちらこそ 宜しく。 」
ジョーは若いチーフに丁寧にアタマを下げた。
「 いえ こっちこそ。 大先輩にわざわざ来てもらえて感謝してます。 」
チーフも気持ちよく応えた。 若いがなかなかしっかりした人物とみえる。
メカニック・チームの雰囲気は良好のようだ。
「 じゃ ― 30分 休憩〜〜 食事 しといてください〜〜 」
クルー達はてんでにブースから散っていった。
「 ・・・ ジョー。 おい こっち こっち ・・・ 」
「 あ 森さん ・・・ 」
どうしようか、と立ち止まったジョーに 先ほどの中年氏が声をかけた。
「 メシ 一緒しようや。 裏にいろいろ・・・出てるから。 」
「 はあ ありがとうございます。 」
二人は連れ立ってブースを出た。 キッチン ・ カー からバーガーやらチキンを仕入れ
広い休憩ブースに陣取った。
「 元気そうだなあ〜〜 おい〜〜 」
「 はあ 森さんも・・ 」
「 ははは 俺は不死身だからなあ〜 それで ジョー、 今は 書くだけか。 」
「 ええ 一応 ・・・ カー・ジャーナリストってとこで ・・・ 」
「 ふうん あ 家族もいるんだろう? 」
「 ・・・ ええ 。 」
「 ああ ! そんじゃ、あの美人と一緒になったのかあ〜 そりゃよかったなあ。 」
「 ・・・え ええ まあ ・・・ 」
「 ふむふむ オトコはなあ 身を固めてこと一人前! だからな。 」
「 は はあ ・・・ 」
「 うん うん よかったなあ〜〜 ハリケーン・ジョー も 普通の親父ってことか。
う〜ん ・・・ 年月の流れは速いよなあ〜〜 」
どんどん勝手に話を盛り上げているかつての仲間に ジョーは苦笑しつつ付き合っていた。
・・・ そうだよな ・・・ ソレが <当たり前> だもの。
「 ところでさ、 今度の件なんだけど 」
「 はい。 先ほどの打ち合わせで ― 工場の方にも寄ってきました。 」
「 すまんな〜 うん。 ちょいと 厄介なんだなあ。
いや、順調に行けばどうってことないんだが。
万が一 トラブったときにな、 アレの原型を知ってるモンじゃないと なあ 」
「 あ それでぼくに? 」
「 ウン ・・・ 俺と同期のヤツがさ 直前急病でなあ 」
「 だいたいのことは工場で聞いてきました。 でも やっぱり現物 みないと ・・・ 」
「 だよなあ〜 ず〜〜〜っと見回したみたら 以前の技術を持ってるヤツって
ぶっ倒れたヤツしかいなかった。 もうダメか、と思ったよ。 」
「 ・・・ それで ぼくを? 」
「 ああ。 思い出したのさ。 お前がアレに乗っていたことを さ。
思い出してよかったよ〜〜 」
「 あ は ・・・ 思い出してもらって嬉しい ・・・なんて言えないっすよ?
やっぱ実際に触ってみないと どうも ・・・ 」
「 ははは まあ宜しく頼むよ 」
「 了解〜〜 ぼくも久々の現場に興奮してきていますから。 」
― 初めて ジョーが笑った。
「 おうよ。 そんじゃあ 改めてよろしく。 相棒。 」
「 ぼくの方こそ 宜しくお願いします。 で 工場の技師サンとの話なんですけど・・・ 」
「 ふん? 」
二人は 昼食もそっちのけで熱心に打ち合わせをはじめた。
「 ・・・ ああ いいなあ ・・・ 」
ジョーは晴れ上がった空を ちらっと眺め 呟いた。
今回 < 出番 > が ないに越したことは無い。 トラブル時の臨時メカニックなのだ。
うん。 ぼくなんかが出しゃばる必要も ない しな。
忙しく動きまわるメカニック達を見渡し ジョーは邪魔にならないよう、そっと脇に寄った。
やがて イベントは順調にフィナーレを迎えた。
わ −−−−−−−− ・・・・・!
大歓声の中 爆音をあげて走行するレーシング・マシン ・・・
久々の懐かしい世界に ジョーもしっかりのめり込み 夢中になっていた。
彼が助っ人として参加したチームが優勝した。
ジョーの出番は なかった。 それが一番なのだ。 ジョー自身とても満足していた。
優勝 〜〜〜 に 誰もが酔った夜。
ジョーは祝賀会からそっと席を外しホテルにもどった。 そして荷物を纏めていた。
「 ふう ・・・ やれやれ。 ま 何事もなくて大正解ってとこだな。 ぼくも最新の情報ゲットで
有益だったし。 ・・・ さあ 明日の朝一番で帰るぞ〜〜 」
ジョーは 機嫌よくキャリッジ・ケースの中身を整理している。
少ない荷物なのだが なかなか纏まらない。
「 ・・・ あ〜〜〜 もう・・・ いつもフランにやってもらってるから ・・・ あ。 」
― コトリ。
小さな包みがケースのポケットから衣類の上に落ちた。
「 おっと〜〜〜 床に落としたら大変だよ ・・・ 大丈夫 ・・・だよなあ? 」
彼はそう〜〜っとケースを手に乗せて こそ・・・っと揺すってみた。
「 ・・・ 音 しないし。 しっかりケースに入ってるから ・・・ 無事だよ、うん。 」
小さな箱はつやつやした白い紙で丁寧にラッピングされている。
中にはビロードでくるまれたケースが入っていて ― そして。
彼は レース会場に来る前に この中身を求めに脚を伸ばした。
伊勢・志摩地方 ― 風光明媚な地であり、 真珠の有名な産地だ。
「 ・・・ これ。 どうしても買いたくて。 普通はダイヤモンドなんだろうけど ・・・
でも ぼくは。 冷たいダイヤの光より丸くてお日様の雫みたいな真珠が いいなって
・・・ その ・・・ きみに さ。 フランソワーズ ・・・ 」
ホンモノの彼女を目の前にしているみたいに ジョーは真っ赤になりぼそぼそと一人ごちする。
「 なあ ・・・ 先輩にさ、言われちゃったよ〜〜 オトコは身を固めてこと一人前だって。
あの美人と一緒になったのか〜〜 って。
へへへ ・・・ あの頃からそんな風に見えてたのかなあ〜〜 ぼくたち ・・・ 」
ことん ことん ことん。 小さな箱をジョーは掌でそうっと転がしてみる。
これを。 これを彼女に渡すとき どんな顔をしたらいいのだろう。
「 ・・・ う〜ん ・・・ 一緒になってください か? いや そんなのよりストレートに ・・
け 結婚してください! かなあ ・・・ え へへへ ・・・ 」
彼女はどんな顔をするだろうか。 微笑んでくれる ・・・ よな?
「 ・・・ え〜〜〜!? なんて言うなよ・・・言わないでくれ ・・・
で もって。 あらダイヤモンドじゃないの? なんて言うかなあ・・・ フランス人には
やっぱダイヤの方が ・・・ いや! きみには真珠がいいよ うん! 」
おっと ・・・ 大切な小箱を握り締めていることに気がつき、 彼はそう・・・っとその箱を
キャリッジ・ケースのポケットの 奥の奥 ・・・に押し込んだ。
「 ここが一番安全 さ。 ・・・ あ もうこんな時間かあ ・・・ 早く寝なくちゃ・・・
明日は始発だもんな〜 フラン ・・・ 待っててくれよ ・・・ 」
浮かぶのは彼女の笑顔ばかり。 ジョーは一人、ほんわか気分に浸り そのままどたん!と
ベッドに引っくりかえった。
「 ・・・ お休み ・・・ フラン ・・・ 」
ふっと、 心がまっさらになった。 その時 ―
ジョー −−−−−−− ・・・・・・ !
「 ?! 」
聞こえるはずのない、彼女の声が 彼の心に響いてきた。 勿論飛び起きた。
いや 実際彼は宙に飛び上がっていた。
「 な なんだ ?? ≪ フラン ?? フランソワーズ ・・・ ? ≫
距離を考えれば無駄、とわかっているが 彼は咄嗟に脳波通信で呼びかけた。
当然 返事はない。
「 くそ ・・・ しかし なにかあったんだな。 ・・・! 」
防護服を詰め込んできていたのは僥倖だった。 パジャマを脱ぎ捨て赤い服を纏い ・・・
シュ ッ ・・・・・ !
短い音と独特の圧縮された空気の匂いを残し 島村 ジョー、 いや 009 の姿は 消えた。
― バタン ッ !! 深紅の旋風が 部屋に飛び込んできた。
「 フランソワーズ っ !!!! 」
ジョーは彼女のベッドに走りより ― 昏々と眠るその顔を見詰める。
「 ― ジョー。 早かったな。 」
ギルモア博士が ごく当たり前の調子で言うと彼を見上げた。
「 博士!! フ フランソワーズは!? 」
「 ・・・ ああ。 大丈夫じゃ。 命に別状は ない。 」
「 命に ・・・って。 いったい何が!? 」
「 ジョー。 あのオトコ、消滅していった。 追いかけてきたオンナと共に。 」
「 005? なにを言ってる? 何のことかい ? 」
「 静かにせんか。 まだ意識が戻らんのだから。 」
博士はジョーを制止し、ベッド・サイドから遠ざけようとした。
「 すみません ・・・ 静かにしますから ここに居させてください。 」
「 うむ ・・・ お? 」
「 え?! ・・・ あ ・・・ フラン ・・・! 」
枕に沈んでいた蒼白な顔が 少しだけ動いた。 ぴくり と瞼がうごく。
「 ふ フラン ・・・! 」
「 静かに。 ・・・ うん 脈もしっかりしておるな。 」
ゆっくりと瞼があがり 青い瞳が見えた。 すこしだけ頬に血の気がもどった。
「 ・・・ おお 気がついたか。 」
「 フラン ・・・! 」
「 よかった。 フランソワーズ。 」
・・・・ ここ どこ ・・・・・?
白い顔が ベッド ・ サイドのオトコ達を訝しげに眺める。
だれ? ・・・ ここは どこなの
わたし ・・・ どうして ?
深夜の寝室の空気は 文字通り凍りついた。
Last
updated : 08,10,2013.
index / next
*********** 途中ですが
原作・あのオハナシ の < もしも > 版? 補完版 かも。
いや こんなコトもあったかもしれないな〜〜・・・と ・・・