『  扉をあけて  −(2)−  』 

 

 

 

 

2−3日、しょぼしょぼと小雨模様の灰色の空が続いたあとは 思いっきりの秋晴れの日だった。

家中に、街中に、いや大気全体に澱んでいた湿気は さっぱりと吹き払われ、

ぴかぴかの晴天がやってきた。

 

 

 − わぁ ・・・ いい気持ち !

 

フランソワ−ズは 洗濯物を干しに庭にでてうん・・・っと伸びをした。

ジョ−と子供たちを送りだした後、山をなしている洗濯物と格闘しやっと全部洗いおわった。

朝方のひんやりした空気はお日様のもとで 透明でからりとした大気に変わっている。

 

 − さ! 頑張って干しちゃいましょ。 

 

この分だったら 午前中にお買い物にでられるわ。

食料品だけじゃなくて ・・・

 

ひゅ・・・っとちいさな風が亜麻色の髪を揺らして空に舞い上がる。

捲り上げた腕が すこしすうすうした。

 

そうだわ、ちょうどいい。 みんなの冬物を見てこようかしら。

ちょっと早いけど、セ−タ−なんかも買いたいし・・・

 

秋風に翻る洗濯物をちらり、と見直してから

島村家の主婦は かたかたとサンダルを鳴らして家にもどっていった。

 

 

 

《 ウ〜ン ・・・ ヒトリデ行ッテモラエナイカナ・・・ 》

一緒に買い物に行こう、とク−ファンから抱き上げたとき、

イワンの言葉がアタマの中に響いてきた。

 

「 ・・・ あら。 お出掛けはいや? こんなにいいお天気なのよ、

 お日様と遊びながら街まで行ってみない? 」

《 マタニスルヨ。 昨日マデノ実験デ−タニツイテ 博士ト論証シタインダ。 》

「 そうなの? それじゃ・・・仕方ないわね。 お腹はどう? ミルクの用意をしておくわ。 

 博士、そんなわけで・・・ お願いします。 」

「 あ、ああ。 ゆっくり行っておいで。 昼メシの心配はせんでいいから。 」

フランソワ−ズからイワンを抱き取ると、ギルモア博士はぱちぱちと瞬いた。

 

「 ・・・ じゃあ。 行って来ます。 」

「 ああ、気を付けて・・・ 」

 

サブリナ・パンツにカットソ−、ざっくりした薄手の長袖ジャケットを羽織って

フランソワ−ズは はずんだ足取りで研究所の前の坂道を降りていった。

風がいい気持ちだから、と車は使わずにバスで街まで出るつもりらしい。

 

「 いいのかね? イワン 」

《 ウン。 タマニハふらんそわ−ずヲ ヒトリニシテアゲナクチャ。

 イツモ 僕ヤすばる達ト一緒ノ買物ジャ、可哀想ダヨ。 》

「 そうじゃな。 お母さんは忙しいものなあ・・・ さて、ワシらは

 予告どおりに昨日の続きをやろうじゃないか。 」

《 ソウダネ。 博士、オ昼ニハチャントみるくヲオネガイスルヨ。 》

「 ほいほい。 ついでにワシも昼飯を忘れんようにせんとな。 」

にんまり、と笑った・・・ように見えたイワンを抱きなおし、博士は地下の研究室へと降りていった。

 

 

 

 

「 ・・・わぁ・・・。 もうすっかり秋・冬ものなのねえ ・・・ 」

街外れのギルモア邸からバスで最寄の駅に出た。

そんなに規模の大きくはない駅前なのだが 居並ぶ商店街は衣類も食べ物も秋色一色だ。

 

食料品は重たいから最後にして・・・。

え〜と。 まずはイワンと子供達の下着でしょう、 それから。

ああ、博士に秋向きの軽いコ−トが欲しいわね。 来週コズミ博士とお出掛けだって仰ってたし。

そうそう、ジョ−のジャケットも・・・ もう随分同じのを着ているわ・・・

 

大型店舗やら個人商店やら、あちこち覗いて歩くのも楽しくてフランソワ−ズは夢中になっていた。

 

 − ・・・ あら。 毛糸屋さんね。

 

店構えは小振りだけれど、間口一杯にとったショ−ウィンドウに色とりどりの毛糸玉が飾ってある。

後ろには ブルゾンやらカ−デイガンやら 帽子に手袋・・・といった小物までもが

配色よく並んでいた。

どれもこれも 温かそうな色合いで見ているだけで気持ちがほっこりとしてくる。

 

「 ・・・ こんにちは。 」

フランソワ−ズの足は たちまちその小さな店に吸い寄せられて行った。

 

 

 

ふふふ。 ふわふわ・もこもこ♪ いい気持ち。

 

あれこれ存分に吟味したあげく・・・ 半時間ほど後に フランソワ−ズは嵩張る大きな紙袋を

抱えて その店を後にした。

 

えへへ・・・ なんだかいっぱい買っちゃった。

 

まだ毛糸に馴染む季節には間があるかともおもったけれど、

新しい色合いを見たら むずむずと編み物がしたくなってきた。

 

この茶色濃淡は・・・ そうね、ウチにあるオレンジ色をちょっと足して、博士のひざ掛けになるわ。

地下の研究室は 冷えるでしょう・・・

ジョ−のセ−タ−には これよ、これ! 日本の冬は晴れた空がとても綺麗だもの、

きりっと冷える朝には濃紺のセ−タ−がすごく映えると思うの。

ふふふ・・・ すばるは、ジョ−のよりちょっと薄い群青色。 雪の結晶を編みこんでみようかな。

ふわふわモヘアのベイビ−・ブル−は勿論イワンのおくるみ用。

去年、ベイビ−・ピンクで編んで・・・さんざんご機嫌ナナメだったものね。

スモ−ク・ピンク。 すぴかに。 これは絶対に雪の日なんかに合うのよね。

そうだ! ポンポンを襟ぐりに付けてみよう。

わたしも・・・むかし、こんな色のマフラ−をママンに編んでもらったわ・・・。

 

 

子供のころ。

父が暖炉の掃除をはじめると母はすぐに編み物の籠を持ち出した。

あなたたち、どんどん大きくなるからママンは毎年大変だわ・・・

そんなことを、でもにこにこして母は言って毎晩リズミカルに編み棒を動かしていた。

お前のセ−タ−が一番温かいよ・・・ 今年は何色かな?

父は楽しげに母の手元をのぞきこんでいた・・・・

 

ほんとうね、ママン。

子供たちは あっと言う間に大きくなってどれもこれも着られなくなってしまうわ。

毎年、本当に たいへん・・・・

 

結局、自分のものは何も買わないまま、

フランソワ−ズは地元の商店街まで バスに揺られて帰ってきた。

 

魚屋さん 八百屋さん お肉屋さん。

馴染みに店を 次々にまわる。

亜麻色の髪の奥さんは 地元でも人気者のようだ。

 

「 へえ? 毛糸ですか〜 いい色ですねぇ。 お宅の坊ちゃんも嬢ちゃんも

 いつも可愛い服、着てますよね。 ご自分で編まれるの? 」

「 奥さん、マメだなあ。 ウチの女房なんて・・・編み物、できませんよ〜 」

大きな包みから顔を出している色とりどりの毛糸玉に 視線が沢山集まった。

「 お! 手編みのセ−タ−ですかい? 今時珍しいね! オタクの旦那は果報者だねぇ。

 〜 あなた、変りィはないでェすか〜 ♪  涙ァこらえて 編んでます〜 ♪ なんてねぇ 」

雑貨店のオヤジさんに至っては妙な調子で唸りだした。

「 ちょっと・・・アンタ! ごめんなさいね〜 奥さんはこんな歌ご存知ないわよ。 」

「 あはァ! そうだそうだ。 お若い向きじゃないよなァ 古臭くていけねぇ・・・ 」

割って入ってくれたおカミさんも一緒に なんとなく笑ってすませたけれど・・・

 

  − 古臭い ・・・?  手編み・・・も・・・?

 

こちん、と冷たいモノがフランソワ−ズの心に落ちた。

ふと、さっき駅前の量販店の店先が思い浮かんだ。

 

賑やかな音楽と派手な人目を惹くディスプレイ。

店頭に山と積まれた派手な 蛍光カラ−の子供用セ−タ−

SALEの赤い値札は 信じられないような安価を示していた。

 

関心はないはずなのだがふと、目がゆく。 

昨日、すぴかが持っていた紙袋の絵と同じ顔をみつけた。

 

アニメのキャラクタ−入りであの絵を同じ蛍光ピンク主体のセ−タ−だ。

 

・・・こういうのが ・・・ いいの? これが、普通?

 

 

弾んでいたはずの足取りは だんだんと遅くなり、

研究所前の坂を登りきるころには かなり重くなっていた。

 

 − ・・・ ただいま ・・・

 

がちゃり、とドアを開けたのは もうお昼を大分すぎた時間だった。

 

・・・ああ、いけない。 もうすぐ子供達が帰ってくるわ。

あ!お洗濯モノも 取り込まなくちゃ・・・!

 

時計の針の位置に驚き、とりあえず毛糸入りの大袋を居間のソファの隅に放り出すと、

フランソワ−ズはそのまま 庭に直行した。

 

 

 

 ・・・ カチン ・・・ カチカチ ・・・

スプ−ンが陶器と触れて 澄んだ音が微かに聞こえる。

ギルモア邸の居間には 紅茶の香りが馥郁と漂っていた。

 

「 夜になると さすがに少し冷えるようになったね・・・ 」

ジョ−は 気軽にすこし引ききっていなかったカ−テンを直しに窓辺に立った。

「 そうじゃなあ。 明け方も結構冷え込むな。 」

「 あら ・・・ 毛布をもう一枚、出します? 」

「 そうしてもらおうかの。 ・・・ さて、年寄りはもう休むとしよう。  」

「 いま、毛布をお持ちしますね。 」

「 ああ、ありがとうよ、フランソワ−ズ。 チビさん達は ・・・ 大丈夫かね? 」

「 ぼくが見てきますから。 イワンもね。 フラン、博士に毛布を・・・ 」

「 ええ。 ジョ−、お願いね。 」

「 お休み、ジョ−。」

「 お休みなさい、 博士。 」

静かで穏やかな ・・・ いつもの夜がこの邸にも訪れていた。

 

 

「 ジョ−。 子供たちは ・・・ ? 」

「 ああ。 もうすぴかは盛大にはみ出していたし、相変わらずすばるはぐるぐる巻きになってた。

 イワンだけだね〜 大人しくいい子なのは・・・ 」

くつくつ笑って ジョ−はテ−ブルに散らばるティ−セットを片寄せた。

「 ほんと・・・。 あ、ねえ? ジョ−。 今度のお休みに ・・・ お買い物に行かない? 」

「 いいよ。 食料の買出し? 」

「 ううん ・・・。 あなたの冬モノを見に行きましょうよ。 街はもう秋・冬モノでいっぱいよ? 」

「 冬物って ・・・ セ−タ−とか? 」

「 そう。 あとジャケットとか・・・ あなた、随分長く同じモノ、着ているでしょ。 」

「 ・・・ うん、まあね。 気に入ってるから・・・。 でも・・・セ−タ−って ・・・ 」

ジョ−は フランソワ−ズの肩ごしにソファの隅に置きっ放しになっている毛糸の包みに目をやった。

 

「 あれ。 毛糸買って来たんだろ? あれで・・・ ああ、忙しくて無理なのかな。 」

「 ・・・ ううん。 本当はみんなの編もうと思ったんだけど。 」

「 編んでよ? もし、無理じゃなければ。 ・・・ わァ、この紺、いい色だね〜 」

ジョ−はや・・・・っと長い腕を伸ばして紙袋を引き寄せた。

袋をのぞきこみ、こそっと一巻き取り出している。

 

 ・・・ なんだかとっても嬉しそうね、ジョ− 

 

「 そう? その色、気に入った? ジョ−に絶対似合うと思うわ。

 あの・・・ でも、ね。

 街にはもっと素敵な既製品が手ごろな値段でたくさんあるし。

 それに ・・・ 手編み、なんて流行らないんでしょ? 古臭くて ・・・ 今は ・・・ 」

「 ・・・ そんなこと、ないよ。 」

ジョ−はちょっと驚いた風に手元の毛糸から視線を上げて フランソワ−ズを見つめた。

「 もっとも ぼくにはそういう流行とか・・・よくわからないけど。

 ぼくは きみが編んでくれるのがいいな。 ・・・一番温かいよ。 」

 

 ああ・・・。 パパと同じコト、言ってくれるのね・・・

 

フランソワ−ズは温かい想いがぐっと胸に詰まって俯いてしまった。

顔をあげたら・・・ 涙と一緒に気持ちも零れそうだった。

そんな彼女を、ジョ−は毛糸の袋をかかえたまま抱き寄せた。

 

「 きみ、言ってたじゃないか。 すぴかにさ。

 お友達はお友達、すぴかはすぴかよ、って。 」

「 ・・・え、ええ。 」

明るい茶色の瞳が いたずらっぽい微笑みを含んで覗き込んできた。

 

 ジョ−の・・・目。 大地色の、暖かい瞳・・・

 

フランソワ−ズはなんだか 身体が芯からほんわりと温まってきた気分だった。

 

「 ぼくには きみが選んでくれて きみが一目一目編んでくれたセ−タ−が

 最高だよ。 ・・・ 最高の贅沢だと思ってる。 」

「 ・・・ 贅沢? 」

「 そうさ。 <ぼくだけのため>で出来上がっているんだもの。

 きみが費やしてくれた時間や、編み物のテクニックや。 みーんなぼくが独占するんだよ?

 ・・・これは、子供たちにだって譲れないさ。 」

「 まあ・・・ ジョ−ったら。 」

「 つくづく思うんだけど。 ひょっとしてぼくの最大のライバルは ・・・ すばる、かも・・・。

 アイツは・・・ きみの弱点をよ〜く知ってるし。 ウケもいい。」

「 やだわ〜 ジョ−、自分の息子に焼餅やいてどうするの。 」

くす・・・っと小さな笑い声を上げたフランソワ−ズを ジョ−はきゅっと抱きしめた。

・・・がさ。

嵩張っている紙袋が二人の間で 無粋な音をたてた。

 

「 ふふん・・・ でも、きみを独占できるのは 永遠にぼくだけ、さ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

 

袋から色とりどりの毛糸が ころころと零れ落ちる。

・・・ それを拾ってくれる手は ・・・ 今はともに塞がっているようだった。

 

 

 

 

「 ・・・ あのう。 ちょっと教えて頂けませんか。 」

「 はい? 」

お母さんの一人が遠慮がちにフランソワ−ズに声をかけてきた。

広いはずの稽古場は 衣装の試着をする子供たちでぎゅうぎゅうだ。

 

「 はい、次〜! 『 カッコウ・ワルツ 』の〜 えみちゃん、るかちゃん、まいちゃん。

 え〜と・・・みちよちゃんに、あやちゃん。 はい、こっち来て・・・ 」

衣装の山と子供達の前で えり先生が声を張り上げている。

 

「 みちよちゃん、ほら、呼ばれてるわよ。 ・・・ああ、ごめんなさい、

 なんでしょう? えっと・・・れいかちゃんのママ 」

「 あのう・・・。 れいかのお衣装なんですけど。 ちょっと大きいから詰めて、って

 えり先生が・・・。 わたし、お裁縫とか全然出来ないので判らなくて・・・ 」

フランソワ−ズと大して変らない年頃と思われる若いお母さんはおずおずと

娘のピンクのチュチュを差し出した。

「 ああ。 簡単ですよ。 あの、ね・・・ 」

れいかちゃんのママは それはそれは真剣に耳を傾けていた。

 

「 ・・・で、お終いです。 簡単でしょ。 」

「 え、ええ・・・。 なんとか ・・・ 出来る・・・かしら? 」

「 大丈夫。 れいかちゃん、喜びますよ。 ママが縫ってくれた〜って。」

「 そうですね。 手作りって本当にいいですね。

 私の母もよくセ−タ−とか編んでくれたんですけど・・・ 私はどもう不器用で。

 下の子が小さくて手がかかって・・ 時間もないし・・・ 」

「 あら、大丈夫ですわ。 編み物なら途中でいつでも放り出せますし・・・

 わたしもしょっちゅう、どこまで編んだかわからなくなってます。

 も〜子供達は 年中なんだかんだ騒いでますものね。」

「 ・・・え? あの・・・ お子さん・・・いらっしゃるんですか?? 」

れいかちゃんのママの目が まん丸になった。

どうも フランソワ−ズせんせい は独身のマドモアゼルに思われていたらしい。

「 ええ、いますよ〜。 ウチは双子なんです。 」

「 ふ、双子〜〜〜 ?? 」

 

 

「 お疲れ様・・・ さ〜これでなんとか・・・」

子供達が帰り、やっと片付いた稽古場の真ん中で えり先生は うん・・・っと伸びをした。

「 お疲れ様でした、えり先生。 大丈夫ですか? 声が・・・ 」

「 ははは・・・ちょっと怒鳴りすぎたかな? ま、とにかく衣装合わせ終了〜と。」

「 ・・・無事終わってよかったですね。 」

「 なんとかネ。  ・・・ふふふ・・・・ 今日随分沢山のお母様がたから

 ・・・フランソワ−ズ先生ってお子さんいらっしゃるんですか?? って聞かれたわよ。 」

「 え、ああ。 わたし、自分で言いましたから・・・ 」

「 あは〜そうなの? も〜みんなびっくりしてたわ〜。 

 あなた、ほっそりしてて・・・雰囲気もお嬢さんっぽいし・・・ 」

「 あら、えり先生? ご存知でしょ。 これでも双子のお母さんです? 」

「 そうでした。 あなたのおかげで・・・少しでも縫い物とかやってくれる

 お母さんが増えればいいのに・・・ 。 」

「 ・・・ でも ・・・ この頃って。 そうゆうの・・・ 流行らない・・・んですよね・・・ 」

「 え〜そんなコトないわよォ。 流行はよくわからないけど。

 いつの時代だって いいものは、いいのよ。 そう思うわ、私。 」

「 良い物は・・・良い? 」

「 ホンモノの価値って、そうじゃない? 私達が古典バレエを大事に

 踊り継いで来ているのと同じだと思うの。  」

「 ・・・そう、そうですよね。 」

「 自信を持って! フランソワ−ズお母さん♪ 」

「 ・・・ はい。 」

フランソワ−ズは元気なえり先生の言葉に ほっとする思いだった。

 

 

 

 

「 お休みの日に・・・ お邪魔してごめんなさい。 」

「 あら、全然かまいませんのよ。 ジョ−が ・・・あ、あの・・・しゅ、主人が居て丁度よかったです。」

ティ−カップを並べながら、フランソワ−ズは耳の付け根まで赤くなっていた。

 

 − ・・・ <主人が>って言うの、・・・なんだかすごく・・・恥ずかしいわ・・・

 

「 二人とも・・・凄く熱心ね。 」

フランソワ−ズよりちょっと年上の女性は、リビングの奥に目をやって微笑んだ。

「 ふふふ・・・ 三人とも、ですよ。」

「 ・・・ 本当・・・ 」

 

女性たちの視線の先では・・・

三人の男たちが固まって、熱心に額をよせ語りあっていた。

ジョ−を真ん中に 両側から・・・ すばると同じような背格好の少年が

真剣な面持ちでジョ−の手元を覗き込んでいる。

<オトコたち>には 女性軍のくすくす笑いなどまるで耳に入っていないようだ。

 

 

すばるの仲良し、渡辺君が彼のお母さんとギルモア邸を訪ねて来たのは

その週の日曜日だった。

すばるが渡辺君に<貸したげた>F1バッグはちゃんと翌日戻ってきた。

・・・ 一通の封筒をその中にこっそり納めて。

 

「 ・・・あら。 すばる、何か入っているわよ。 学校からのお知らせ? 」

「 え〜 知らない〜 」

すばるは図書館から借りて来た写真集に夢中である。

知らない、じゃないでしょ・・・とフランソワ−ズは生返事の息子にぶつぶつ言って

その封筒を 改めて見つめた。

 

< 島村君のお母様へ      渡辺 >

 

どうも手作りらしい封筒の上に やさしい文字が記してある。

 

・・・え・・・ これ。 わたし宛・・・?

 

封を開ける指先がほんのすこし緊張してる。

 

なにかしら・・・ 大丈夫かな、読めるかしら・・・

ワタナベ君の・・・ お母さんから? 

 

封筒と同じ素材のレタ−ペ−パ−には 大きな判り易い字で

次の日曜日に 訪問してもいいだろうか、と記してあった。

すばるの<F1バッグ>の作り方を教えてほしい、とも書き添えてある。

 

「 すばる? 今度の日曜日、ワタナベ君をご招待しましょ。 お母さんも一緒に? 」

「 ・・・え? うん ・・・・ いいよ〜 」

「 嬉しいわ〜 お客様なんて・・・本当に久し振り・・・ 」

相変わらずこちらへの返事は上の空の息子のことなど もう気にならなかった。

久々に迎えるゲストに、フランソワ−ズはわくわくして自然と頬が上気してしまった。

 

 

 

二人でもう一度、カタマリになっている大小の<オトコノコ>をつくづくと眺める。

・・・ どうも、みんな似たり寄ったりの雰囲気である。

「 ああやって・・・主人が・・・描いた絵をもとにアップリケと刺繍をしたんです。 」

「 ああ・・・そうなんですか。 すごく細かいデザインでしょう、どんな図案集から

 採られたのかって感心していたんですよ。 ・・・ 息子に聞いても全然、わけがわからなくて。」

「 ふふふ・・・ それはウチも同じです。 」

母親どうしは声を上げて笑いあった。

 

ほんとうに。 息子なんて・・・もう。

 

「 下絵は、ジョ・・・いえ、主人が描きますから・・・あとはお好きなように

 作ってくだされば・・・ 」

「 ありがとうございます。 楽しみですわ。 」

フランソワ−ズはそろそろ頃合になったティ−ポットの被いを外した。

「 さあ・・・ 熱いうちに どうぞ? 」

「 あら・・・素敵なティ−・コジ−( Tea  Cozy )ですわね? お手製? 」

ティ−ポットに被せてあった保温用のおおいを見て 渡辺君のお母さんは目を輝かせた。

「 ? ・・・・あ、ああ。 <お茶帽子>のことですね。 へえ・・・ティ−・コジ−って言うんですか〜

 母が ・・・ むかし ・・・ お茶帽子って呼んでいたので・・・ 」

「 可愛い呼び方ですね〜 いえ、フランスでは何て言うのか・・・私は知りませんけど。

 <お茶帽子>って・・・とっても素敵。 」

渡辺君のお母さんは フランソワ−ズ手製の<お茶帽子>を手に取った。

「 まあ・・・ 本当に器用でいらっしゃいますのね。 これってキルトでしょう? 」

「 あんまり見ないでくださいな・・・ ええ、見よう見真似で・・・ 」

「 お若いのに、素敵だわ〜。 なんだか羨ましくなっちゃった。 」

「 ・・・そんな。 子供たちは 流行の既製品の方が好きみたいですもの。

 それに・・・ こんなコト・・・今は ・・・ その・・・ 時代遅れで古臭い・・んでしょう?」

俯いておずおずと口篭るフランソワ−ズに 渡辺君のお母さんは目をまん丸にした。

「 どうして? お母さんの手作りが<時代遅れ>なんて そんな。

 世界に一つしかないものが、なんで古臭いの? 」

「 え・・・ ええ ・・・ 」

「 一番素敵なもの、じゃない? 私だって昔母が作ってくれたポ−チをまだ大切に

 使ってますよ。 もうぼろぼろで・・・何回も修繕しましたけど。 私には宝物ですもの。 」

「 ・・・ ずっと・・・ですか。 」

「 ええ。 自慢の品です。 その人を想って作られたものっていつだって宝物でしょう?

 お母さんの手作りを一杯持っているすばる君は 本当に幸せだと思いますわ、私。 」

「 ・・・ はい ・・・ ありがとう ・・・ございます。 」

 

 

 

「 お母さん! 」

ばんっと乱暴にドアを開けて すぴかがリビングに飛び込んできた。

 

「 すぴか! なんです、お行儀の悪い。 ほら、お客様。

 渡辺君のお母様よ。  ・・・ ご挨拶は? 」

「 お母さん! あのね! ・・・・ え。 あ。 渡辺君のおばちゃん、こんにちは。 」

「 はい、こんにちは、すぴかちゃん。 」

すぴかは急に気取った声で お客様のご挨拶をした。

 

「 あのね、あのね。 ね、お父さん、あたしのお稽古バッグ、

 明日もまたお仕事に持っていっちゃう? 」

「 あら。 あのバッグは お父さんのになったんでしょう?

 すぴかはいらないって言ったじゃない。 」

「 ・・・う ・・・ん。  でもでも・・・ それって無しにして。 」

流行のアニメ・キャラ入りのバッグが欲しいと駄々をこね、

娘が放り出した母手製の<お稽古バッグ>を ジョ−は本当に仕事に持ち歩いていた。

フランソワ−ズは初めは半信半疑で とにかくジョ−のお弁当を娘のバッグに入れておいたのだが

彼は平然と その花模様満載のロ−ズ・ピンクのバッグを小脇に抱えて出勤した。

 

「 ・・・やっぱり いるの。 アレがいいの。 ね〜 お母さん・・・ 」

「 さあねえ・・・。 すぴか、自分でお父さんにお願いして御覧なさい? 」

「 ・・・ う・・・ん。  」

さんざんもじもじした挙句、すぴかは弟と弟の友達に挟まれている父親の上着をつんつん引っ張った。

 

「 ・・・ お父さん。 お父さんってば・・・ 」

「 え? なに? ああ、すぴか、お帰り〜 」

「 ただいま。 あのね、お父さん。 ・・・あのバッグ。 またすぴかのにしてもいい。」

「 うん? ・・・ああ、お母さんの作ってくれたバッグか〜。 ・・・ どうしようかな。 」

「 え〜 ねえねえ・・・ お願い〜。 すぴか、アレがいいの。 ねえ、お父さん〜 」

「 お父さんも<アレがいい>んだ〜。 お仕事先で会社のお姉さん達が み〜んな

 いいわね〜素敵ね〜って褒めてくれたよ。 すぴかは いらない って言ったもの。 」

「 だって・・・。 玲ちゃんがママのみたい・・・って言うから。

 でもね、ママのみたいって。 素敵だな〜 オトナみたいでいいな〜って思ったんだって!

 玲ちゃんもすぴかみたくなバッグが 欲しいんだって。 」

「 皆が欲しいって言ったから、またすぴかも欲しくなったの? 」

「 ・・・ ううん。 やっぱり・・・あのバッグじゃないと、上手にお稽古できないんだもん。

 お母さんが ・・・ 一緒にいないよ・・・ 」

娘の とつとつとしたコトバはあまり要領を得なかったけれど、

お転婆・すぴかが ちょっと涙ぐんでいる様子だけでジョ−には十分だった。

「 ・・・そうか〜。 残念だな。 じゃあ。 お母さんに<ごめんなさい>しなさい。

 お母さんがすぴかにって一生懸命作ってくれたのに すぴかはいらない、なんて

 言ったんだからね。 」

「 う・・・ん。 ・・・ お母さん ・・・ ごめんなさい。 」

 

 

 

すぴかも加わって 子供達はジョ−を真ん中にわいわいとお茶とオヤツを食べている。

 

 − ジョ−はやっぱり 子供に人気があるわね・・・

 

賑やかな集団をながめ、フランソワ−ズは渡辺君のお母さんにそっと尋ねた。

「 あの、ですね。 わたしも教えて頂きたいことが・・・。

 あの〜 <のり巻き>ってどうやって作るんですか? 」

「 のり巻き?? 」

「 ええ。 今度遠足がありますでしょう? お弁当は<のり巻き>がイイって

 言うんでけど・・・ わたし・・・ 食べたコトないんです。 」

娘とそっくりの仕草でもじもじしている母に 渡辺君のお母さんはにっこりと微笑んだ。

「 ええ、<ウチ流>でよかったら喜んで。 ああ、そうだわ。 

 もしよろしかったら今度 ・・・ 家へいらっしゃいません? ご一緒に作りましょう? のり巻き 」

 

「 え〜 のり巻き? ねえ、いつ作るの、お母さん! ねえ、いつ? 」

渡辺君が くるりとこちらに向き直って声をかけてきた。

「 こら。 今度・・・ 島村君のお母さんと一緒に 作ろうかな〜って

 ご相談してたのよ。 」

「 わ〜〜♪ 僕、玉子焼と〜かにかまと〜カンピョウと〜 え〜と・・・ 」

「 僕、きゅうり! 」

「 あたし、ツナ! 」

「 はいはい・・・ みんな入れてみましょうね〜 」

「「 わぁい♪ のり巻き〜〜〜 」」

少年たちは ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。

 

 

 

 

 

・・・ ようやく 呼吸( いき )が 静まってきた。

それでもまだ 余韻が波うつ身体でフランソワ−ズはジョ−の傍らに打ち伏している。

こそり、とジョ−の長い指が亜麻色の髪を梳いた。

 

 

「 ねえ・・・ぼくも。 のり巻きが食べたいな。  きみの作ってくれたのり巻きが。 」

「 え・・・ いやぁだ・・・ ジョ−ったら。 すばるたちと同じ・・・ 」

「 同じでもいいさ。 ・・・ま、ね。

  きみを<食べて>いいのは・・・ぼくだけ、だから。 これだけは ・・・ 誰にも渡さない。 」

「 ・・・ジョーったら・・・ 」

すこし火照りが引いてきていた白い身体が また濃く染まった。

 

「 ・・・ね。 セ−タ−、編むわね。

 わたしのが 一番あったかいって・・・言ってくれたでしょ。

 ・・・ すごく嬉しかった・・・

 ・・・ 昔。 パパが同じことを編み物してるママンに言ってたから・・・。」

「 ・・・ねえ。 いろんなこと、話してほしいな。 」

「 ・・・ いろんなコト? 」

「 うん、きみの・・・子供時代のことや、お兄さんと喧嘩したことや。 

 お父さんやお母さんに叱られたこと・・・」

「 ・・・・・ 」

「 ごめん、思い出したくないかもしれない。 でもさ・・・ぼくに話してくれたら、

 ソレは<ぼく達の思い出>にもなるよ? 

 閉じ込めておくより<思い出>たちも嬉しいかもしれない。 」

「 閉じ込めて・・・おくよりも・・・?」

「 うん。それにさ・・・ぼくはお父さんって・・・知らないだろ。

 正直言ってすばるやすぴかにどう向き合ってゆけばいいのか・・・判らない。

 これでいいのかなって不安になるよ。 」

「 ジョー・・・そんなコト・・・」

フランソワーズは思わず身を起こしてジョーの顔を覗き込んだ。

「 教えて欲しいな。 きみのお父さんやお母さんがどういう風にきみやお兄さんを・・・躾てたか。

 どんな風に叱られた? なんて言って怒られた? ・・・ぼくに話して。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 そうすれば・・・ぼくは。ぼくはきみと一緒にあの子達を幸せにしてやれるよ、

 きみときみのお兄さんみたいに・・・幸せな子供時代を過ごさせてやれるよ。 」

 

ジョーはかさり、と身体の向きを替えるとフランソワーズの身体にゆったりと腕を回した。

 

「 教えて。 ・・・ 話して。

 きみが 想うこと、 楽しいことも、悲しいことも。 不安なことも・・・

 扉をあけて・・・ きみの思い出にぼくも入れて欲しいんだ。 」

 

それでね・・・ とジョ−はフランソワ−ズの髪にふわり・・・と顔を埋めた。

 

「 みんなで・・・幸せに過ごしたい・・・ 」

「 ・・・ジョー。 ・・・そうね、そう。

 みんなで・・・しあわせに・・・ 」

 

ジョーの熱い吐息が再びフランソワーズの白磁の肌を染め上げてゆくのに

そんなに時間はかからなかった。

 

 

 

ジョー

そうね・・・ わたしの「思い出」たちがあなたの、子供達の、幸せの手助けになるかしら。

 

そうね・・・ いつまでも閉じ込めて忘れた振りをしていても それは重荷になるだけかしら。

 

・・・ 思い出たち

また、一緒に暮らしましょうか。

扉をあけるわ ・・・ 

さあ、出ていらっしゃい・・・ !

 

 

*****    Fin.   *****

 

Last updated: 10,11,2005.                    back     /     index

 

 

***  言い訳   by   ばちるど  ***

・・・やっと円く収まりました♪  <そして みんないつまでもしあわせに暮らしました>

これが このSSの テ−マ であります(#^.^#)

え〜 ご本家 『 島村さんち 』 と若干設定の違いがあるとも思いますが・・・

ま〜こちらは番外編ですので どうぞ寛大にお見逃しくださいませ。 <(_ _)>

オリ・キャラ使用をご快諾くださった めぼうき様に 重ねて御礼申し上げます。

本当に ありがとうございました。