『 扉をあけて  −(1)− 』

  

 

**** はじめに ****

この作品は 【 Eve Green 】様(めぼうき様宅)の <島村さんち> の

設定を拝借しております。 平ゼロベ−スですが、ジョ−とフランソワ−ズは

めでたく結婚して 博士やイワンと一緒に暮らしています。

二人の間には 双子の姉弟・ すぴか と すばる が生まれました。

・・・これは 子供達が小学2年になったころの おはなし・・・。

 

 

 

 

 

「 ええと・・・ これがベビ−科さんたちの<お花の精>でしょう・・・ それで・・・ 」

「 ああ、こっちが <カッコウワルツ>です。 」

「 ありがとう・・・。 あ、フランソワ−ズ、あなたに直しをお願いしたのはどれ? 」

「 こちらです、えり先生。 小鳥さん用のチュチュが ・・・ えっと 5着。 」

「 はいはい ・・・・   あらぁ 〜・・・」

「 ・・・ なにか ・・・ 違ってました? 」

ブル−の小さなチュチュをフランソワ−ズから受け取り、ひっくり返していたえり先生の

頓狂な声に フランワ−ズは思わずびくり、と身をすくめた。

 

広いお稽古場の中は 今、色とりどりの可愛いお衣装でいっぱいである。

どれもこれも ミニチュアのようにちまちまとしていてキャンディ−ボックスをぶちまけたみたいだ。

そんな色彩の洪水の中、二人の女性がせわしなく行き来している。

 

フランソワ−ズが 再び踊りの世界の門を叩いてから 一年が過ぎようとしていた。

 もう一度踊りたい・・・

そんな彼女の密やかな望みを そっと後押ししてくれたのはジョ−だった。

 

「 ・・・ ねえ、 これ。 どうかな。 」

「 え? まあ、なあに。 」

「 うん・・・ 今日、仕事で行ったデザイン事務所の近くでみつけたんだけど。

 綺麗なところだったよ。  ちょっとウチからは・・・遠いかな。 」

ジョ−は ジャケットのポケットから折りたたんだチラシを差し出した。

彼の体温で温まっているチラシをひろげ、フランソワ−ズは目を見張った。

「 ジョ− ・・・ これって・・・。 」

「 ・・・ また、やってみたら。 子供たちも もうそんなに手が掛からないだろ? 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ ! 」

ぽとん・・・と大粒の涙が フランソワ−ズの手元のパンフレットに落ちた。

 

 【 ○○ バレエ・スタジオ      生徒募集中 】

 

涙でいっぱいの瞳には 優雅に踊る白鳥姫の写真がにじんでぼやけて映った。

 

 

 − いつか、もう一度踊りたい ・・・

 

一度も口に出したことはなかった。

興味はないだろう、と思いジョ−の前でそのテの話をしたこともない。

 

「 ・・・ どうして 」

「 え? ああ、だから、たまたま通りかかったから・・・ 」

「 ・・・ううん、そうじゃなくて。 ジョ−、あなた、どうしてわかったの。

 その・・・ わたしがまた踊りたいって思っていること・・・ 」

なんだか恥ずかしくて 彼の顔が見られなくて、フランソワ−ズは俯いてチラシを眺めているフリをした。

 

 − カサリ ・・・

 

二人の間に挟まれて、チラシが微かな音をたてた。

「 きみのことなら。 なんでも知りたいから。 きみの好きなこと、きみが望んでいること、

 ・・・ きみが懼れていることも。 なんでも。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

引き寄せられた彼の胸は 相変わらず広くて温かだった。

おでこをこすり付けて フランソワ−ズはそっと涙も一緒にぬぐった。

「 ・・・ なんてカッコ付けすぎかな? バレエの放送とか、いつも熱心に見てるだろ。

 それに ずっと前に ・・・ ちょっとだけ話してくれたよね、パリで。 その・・・ 子供のころのコト。 」

ジョ−は言い難そうに コトバを濁した。

 

 − 気にしてくれてるんだわ。 ・・・ ありがとう、ジョ− ・・・

 

日頃は忘れている、いや、忘れているつもりの 自分が飛び越えてしまった年月を

フランソワ−ズは改めて思いおこさせられた。

でも、いまそれは 思い出 に変わりだしていた。

あえて目を逸らせ 忘れた風を装って 記憶の底に封じ込めて。

いつか風化してしまえばいい・・・ とまで思ったことが、すこしづつ、大切なものに変わってきていた。

 

・・・ どうしてなのか。 フランソワ−ズ自身は まだそのことに気がついていない。

今 を生きることで精一杯だったから。

 

 

「 嬉しいわ! 早速問い合わせてみるわね。 ありがとう、ジョ−。 」

「 気に入った? ・・・ よかった ・・・ 」

伸び上がってキスした彼の顔は いつもの穏やかな笑みでいっぱいだった。

 

 − ジョ−・・・。 あなたがいるから。 あなたが側にいてくれるから・・・ わたしは。

 

 

こうして フランソワ−ズはまた踊りの世界に足を踏み入れた。

それは 彼女にとってまったく 新しい世界 でもあった。

 

 

 

「 ・・・あの。 どこか・・・ヘンですか・・・? 」

自分が直した衣装をしげしげとみつめているえり先生に フランソワ−ズはおずおずと声をかけた。

「 すぐ、やり直しますから・・・ 」

「 え? ・・・ううん、ううん、そうじゃないの。 」

フランソワ−ズより少し年上の女性は 顔を上げて微笑んだ。

「 これでO.K.よ。 ・・・ ちょっとね、感心してたの。 」

「 感心・・・? 」

「 そうよ〜 ここんとこ・・・ 普通ならマジック・テ−プですませるのに

 あなた、丁寧にル−プ・ホック付けてるんですもの。 凄いわ〜 今時・・・ 」

「 ・・・ マジック・テ−プ ・・・ ? 」

「 ・・・ああ、フランスでは使わないの? さすがに・・・優雅ねえ。

 日本ではもう、100均で買ってぺたん、でお終いよ。 」

「 あの・・・ それに、マジック・テ−プ・・・に替えます・・・ 」

「 あら、どうして? この方がずっとスッキリしてるし着る子供も楽だわ。

 本当はこういう風に丁寧にするべきなのよね。 私が子供の頃は皆こんなカンジだったけど・・・ 」

今はね、とえり先生は苦笑した。

「 縫い物なんて全然できないお母さんがほとんどだもの。 フランソワ−ズ、あなたが

 いてくれて本当に助かっているのよ〜 ありがとう。 」

「 ・・・いえ、そんな。 わたしこそ・・・ 」

照れくさいような それでいて少々後ろめたいようなみょうな気分だった。

 

 − わたしの・・・ 時代は みんな手縫いだったんです ・・・

 

「 さあて。 これで子供のクラスはお終いね。 今度のお稽古の日にお衣装あわせ、

 やってみて? ・・・ あああ、また大騒ぎねえ。  」

「 ふふふ。 でもみんな楽しみにしてますよ。 」

「 そうね。 ま、発表会まであと少しだもの、頑張りましょうか。 」

「 ええ。 えり先生。 」

 

二人は稽古場一杯にちらばった衣装を 演目ごとにまとめ始めた。

 

ジョ−が持って帰ってきてくれたチラシのバレエ・スタジオを おそるおそる訪ねた

フランソワ−ズだったが − 

そこを主宰する女性は すぐにフランソワ−ズの技量を見抜いたのだろう、

何時の間にか 小さな子供たちのクラスを手伝うようにまでなっていた。

 

 

「 お疲れ様でした。 失礼します、えり先生。 」

「 お疲れさま〜 また、明日ね。 ありがとう、フランソワ−ズ 」

明るく挨拶を交わして、フランソワ−ズは午後の日差しの中に出た。

 

 − さ。 急いで帰らなくちゃ。 え〜と・・・ 駅前のス−パ−に寄って、それから。

 

都心に近いそのスタジオから ギルモア邸はかなり遠かったが

今の彼女には少しも苦ではなかった。

 

さて。

よいしょ、と荷物を持ち直しフランソワ−ズは足を速めた。

海に近い街のあの家で 主婦となり お母さんとなるために。 

都会の華やかな街中、行き交う人々の間をすっと伸びた後姿がすり抜けていった。

 

 

 

「  − ただいま。 」

ちょっと古びた洋館、その実ハイテク技術のカタマリである<我が家>のドアを

フランソワ−ズは勢いよく開けた。

 

《 オカエリ ふらんそわ−ず 》

「 ただいま〜 イワン。 お腹、空いてる? 」

瞬時にアタマに飛び込んできた声に 彼女は微笑んで応えた。

《 ウウン ・・・ マダダイジョウブ。 博士ト研究室ニイルカラネ。 》

「 そう? よかった・・・。 さて 今夜は何にしようかしら・・・ 」

がさり、と帰りがけに寄ったス−パ−の袋を持ち直し フランソワ−ズはキッチンにむかった。

 

「 ・・・ ただいまっと。 」

誰もいないキッチンのドアをあけ、まずテ−ブルの上に目をやる。

 

  − うん。 オヤツも食べて出かけたようね。

 

出掛けに用意していったオヤツは綺麗になくなっており、シンク横の洗い籠には

ピンクとブル−、色違いのおそろいマグカップが伏せてあった。

 

  − オッケ−。 ちゃんと洗えるようになったわね・・・

 

仲良く並んだマグカップにフランソワ−ズは ひとりで笑いかけていた。

テ−ブルの上にぽつんと転がっていたアメを摘んだとき、

かさり、と何かが足先にあたった。

 

  − ・・・? ・・・あら。 これ。 

 

屈んで拾い上げたのは 布製のやや大きめな所謂<おけいこバッグ>

沈んだロ−ズ・ピンクの地にアップリケやら刺繍で色とりどりの花が丁寧に刺してある。

隅に しまむら すぴか のネ−ムがこれも綺麗に刺繍されている。

フランソワ−ズはお手製のバッグを手に 首を捻った。

 

 − 今日はレッスンの日よね・・・ あら、からっぽ・・・ ヘンねえ?

    他のバッグに替えたのかしら・・・?

 

ジョ−とフランソワ−ズの双子の子供たち、姉娘のすぴかはこの春から近所の

バレエ教室に通っている。

彼女のあまりのお転婆ぶりにあきれた母が勧めてみた結果なのだが

本人も満更イヤでもなさそうで、すなおにレッスンに通っているようだ。

 

とにかく、稽古には行ったらしい、とフランソワ−ズは買い物袋の中味を取り出し始めた。

 

 

「 ただいま〜 お母さん。 」

「 ・・・あら。 お帰りなさい、すばる・・・ 」

ジョ−とよく似た茶色のくせっ毛アタマが キッチンに飛び込んできた。

両手にいっぱいの本を抱えている。

 

「 お帰り。 図書館に行ったのでしょう、早かったわね。 」

「 お母さ〜ん、あのね。 僕のバッグね・・・ 」

「 え? あら・・・ すばる、そういえば<F1のバッグ>どうしたの? 」

フランソワ−ズは 改めて本をむき出しで抱えている息子に目をやった。

二年生になって すばるはますます本のムシになって来た。

勿論外で遊びまわることも好きだったが、週に2−3回は市内にある中央図書館まで

足を伸ばす。

そして、毎回、バッグいっぱいに本を借りてくるのだった。

彼が本を詰め込んでくるバッグは 勿論フランソワ−ズのお手製である。

 

「 うん、だから。 貸したげたんだ。 見たいってお母さんが・・・ 」

「 誰に? ・・・え、誰が見たいって言ったの? 」

少々口下手な息子のコトバに フランソワ−ズはまたまた首を捻った。

「 渡辺君。 渡辺君のお母さん。 」

「 ・・・ ? ワタナベ君に貸したの? お母さん?? 」

「 だから〜 渡辺君もあのバッグが欲しいんだって。 明日返してもらうの。 」

「 ・・・ ああ、そうなの? それなら・・・別に・・・いいけど。 」

なんだかちっとも要領を得ない息子の発言はこれ以上追求しても無駄のようだった。

 

「 うん。 あ、お母さん、 連絡帳〜 」

「 え・・・ また? ・・・ なにかあるの。 」

「 うん ・・・ はい、これ。 」

「 ・・・ そう。 ってコトは・・・ すぴかも、ね? 」

息子が差し出したノ−トを受け取ってから、フランソワ−ズはキッチンの床にころがっている

娘のランドセルのフタを開けた。

 

 − ・・・ ふう ・・・・ また、か・・・

 

二冊のノ−トを手にそっと・・・ すばるにはわからないように溜息をつく。

 

連絡帳。

 

ソレは、目下フランソワ−ズの悩みのタネであった。

クラスの担任教師と子供の親たちの簡単なやりとりを書くだけのもので

特にややこしい内容ではない。 

むしろ、子供の様子について親と担任が理解し合えて便利な手段なのだが・・・

 

ふう・・・。 島村さんの奥さんは またそっと溜息をつく。

平仮名は書けるようになった、読むのもオッケ−。 ・・・ でも漢字はどうも苦手である。

おまけに ・・・縦書き!

信じられないこの表記方法に フランソワ−ズは悲鳴をあげた。

 

だいたい、どうして???

なんで文字が縦に並ぶの?  信じられない〜 ありえないわ・・・

 

紙面を辿る視線はどうしても横に流れてしまう。

 

「 ・・・すばる。 ・・・お願い。 」

「 え? うん、いいよ。 え〜と・・・ね ・・・ 」

開いたノ−トを 母は小さな息子に差し出してアタマを下げた。

「 え〜と・・・ 今日のとこ・・・ あ、これだ。 え〜と ・・・ えんそくのおしらせ。 」

「 え! 遠足があるの? いつ? 」

「 ・・・・ お母さん。 黙ってて。 僕がこれから読むから。 」

「 ・・・あ、ごめん・・・。 はい、読んでください、お願いします。 」

「 はい。 え〜と ・・・ にがっきがはじまってひとつきが ? ぎました みんなげんきで・・・ 」

淡々と読んでゆく息子の声を フランソワ−ズは真剣に追っていた。

眉間に縦ジワをよせ、・・・ もしかしたら 索敵中よりも集中して。

 

「 ・・・ いじょう ?? しくおねがい ?? します。   はい、おしまい。 」

「 ・・はい、お終い・・・と。 ありがと、すばる。 」

「 お母さん、お返事書くんでしょ。 」

「 ・・・ うん ・・・ あの、ね・・・ また、<漢字変換>・・・  」

「 いいよ〜。 早く書いてね。 ゲ−ム、やってもいい? 」

「 ・・・ いいわ。 お母さん、大急ぎで書くから、まってて。 」

「 ゆっくりでいいよ。 お母さん 」

 

息子は ジョ−譲りのセピアの瞳をくりくりとさせて頷く。

 

 − ふふふ・・・・ この言い方。 彼にそっくり。

 

ほっこりと温かな笑みが唇に浮かんだ。

さて。 がんばらなくっちゃ。

すばるの朗読を聴いて取ったメモを横目に フランソワ−ズはさっと連絡帳を横にした。

 

・・・ 先生、ごめんなさい! わたしには縦書きは無理です・・・

 

それにしても、とフランソワ−ズはメモをたどって思った。

なんだかハナシがぼこぼこ途切れてたわね? 

まあ、だいたいのコトはわかったけど ・・・

 

すばるが読めない漢字をすっとばして音読していたとは ― さすがの003も気付いてはいなかった。

 

ふ〜ん ・・・ 遠足かあ。 え、お弁当とオヤツ、ね。

お弁当・・・ う〜ん・・・

 

フランソワ−ズは 連絡帳から顔をあげてゲ−ムをしている息子に尋ねた。

 

「 ねえ すばる。 遠足のお弁当、何かリクエストある? 」

「 う〜んとねぇ。  のり巻き! 太巻きがいいな♪ 」

「 え・・・ のり・・・まき? おにぎりとかじゃなくて? 」

「 うん♪ 玉子焼と〜ツナと〜かにかまと〜 ・・・ きゅうりも入れてもいいや。 」

「 ちょ、ちょっと。 ソレってどこで食べたの? 給食? 」

「 ううん〜 運動会の時、渡辺君のお弁当とかえっこしたの。 」

「 ・・・ そうなの・・・ 」

「 ね♪ お母さん、のり巻き! 僕、のり巻きがいい。 」

「 わかったわ。 ・・・ オヤツは500円まででしょう、一緒に買いに行こうね。 」

「 うん! 」

 

また難題が降ってきてしまった!

 

・・・ のりまき ・・・・。 

なに、それ。 <のり>ってあの、おにぎりを包んだアレ?

ジョ−がよく朝御飯に食べてるけど・・・ あれって美味しいのかしら???

なにを <まく> の?  玉子焼? きゅうり、ですって???

 

母の文章をながめ、一生懸命 ( 知っている字だけ ) 漢字に直している息子のまえで

フランソワ−ズは またまた眉間にふか〜く縦ジワを寄せていた。

 

 

 

 − もう! BGのデ−タって 全然役にたたないのねっ!

 

何回、こんな悪態をついたことだろう。

<島村さんの奥さん>になってから、いや、この島国に暮らすようになってから

気がついたコトなのだが。

補助脳に納められている膨大なデ−タバンクは ・・・ この国の生活習慣やら

家事・育児の分野では まるで役にたたなかった。

 

<該当ナシ> <検索不能> <NOT FOUND

 

そんな反応に何度も苛立ったのち、フランソワ−ズは諦めた。

仕方ない。 もう、ひとつ・ひとつ 自分で覚えてゆくしかない。

そうこころに決めたとき・・・ なにかふっと笑みが彼女の口元に浮かんだ。

 

ふふふ・・・。

当たり前、よねえ。

003として必要な情報が 普通の生活 に通用するはずないじゃない?

・・・ これで、いいのよ。 

 

す・・・っと一息。 こころの奥まで新しい空気でいっぱいにして

フランソワ−ズは 自分の生活を歩み始めた。

そう、ジョ−と一緒に。 ジョ−と肩を並べ今度は 人生の<戦友> として。

 

 

 

 

「 ただいまっ!  ねえねえ、お母さ〜ん、あのねぇ〜〜 」

ばたん、と乱暴にドアを閉じる音がして すぐに賑やかな足音とおしゃべりが聞こえてきた。

 

「 おかえり、すぴか。 手を洗って来て。 」

「 あのね、お母さん! お願いがあるの。 」

「 手を洗ってうがいが先よ。 あ・・・ねえ すぴか。 お稽古着、どうしたの?

 お稽古バッグ、持ってゆかなかったでしょう? 」

「 あ ・・・ うん。 ほら〜これ♪ 玲ちゃんにもらったの、コレにいれてったんだ〜。

 ねえねえ、お母さん。 あのね・・・ プリティ・プリンセス のバッグ、買って。」

「 え? なんですって ・・・ ? 」

 

膨らんだ紙袋を両手で抱いて突っ立ったまま、すぴかは勢い込んで話し続ける。

普段から賑やかな娘なのだが 今日は頬を紅潮させ目もきらきらと輝いている。

 

「 プリティ・プリンセスのバッグ! ほら、これと同じ絵のがいいの。 ね、お母さん〜 」

「 ・・・ プリティ・・・なんですって? 」

 

すぴかが持ち上げた紙袋には・・・

 

蛍光色を、・・・全体が蛍光ピンク・ベ−スだったが・・・主に描かれた女の子がお澄まししていた。

アニメかなにかのキャラクタ−なのだろう、顔の半分以上が目で占められ 

盛大にはねあがった睫毛に縁取られた瞳の中は星だらけだ。

 

「 TVでやってるし・・・ ねえ、みんな持ってるの〜 すぴかもプリ・プリのおけいこバッグが

 欲しいの〜〜 お母さ〜ん、お願い! 」

「 ・・・ おけいこバッグって。 今までのがちゃんと使えるでしょう? 」

「 う・・ん・・・ でもでも・・・・ ゆみちゃんも玲ちゃんもみ〜んな持ってるんだもの。」

「 二つもいらないでしょ。 お友達はお友達。 すぴかはすぴかよ。 」

「 え〜〜〜 でもでも〜〜〜 」

「 あなたにはお母さんが作ったおけいこバッグがあるでしょう。 紙袋は破けたりするから・・・

 はい ・・・ キッチンの床に落ちていたわ。 」

 

ほっぺたを膨らませている娘に フランソワ−ズはお手製のバッグを差し出した。

 

「 こんなの・・・イヤなんだもん。 ゆみちゃんが ママのみたいねって言うし。

 全然ぴかぴかしてないし。 誰もこんなの持ってないし・・・ 」

「 いいじゃないの。 これはすぴかだけのバッグなのよ? 」

「 ・・・・ いらない。 すぴか・・・ こんなの・・・いらないもん! 」

 

母が渡そうとしたバッグを すぴかはぱ・・・・っと払い退けた。

軽い布製のバッグは 簡単に宙に舞ってキッチンのドアの方へ飛んでいった。

 

「 ・・・すぴか! 」

フランソワ−ズは思わず我を忘れて声を上げてしまった。

 

 

「 ・・・ ただいま。 どうした、随分賑やかだね。 」

 

かたり、とドアが開き、ジョ−が入って来た。

 

「 ・・・あ! お父さ〜〜ん! お帰りなさい!! 」

母と姉の様子を固まって見つめていたすばるが 歓声を上げた。

「 僕、おとうさんの車の音が聞こえなかった〜 」

お父さん子のすばるは ジョ−の側に走り寄った。

 

「 あ・・・ お帰りなさい、ジョ−。 ごめんなさい・・・気がつかなかったわ・・・ 」

フランソワ−ズは毎日必ず、玄関にジョ−を迎えに出る習慣なのだが、

今日は聞きなれたはずの彼の車の音すら耳に入らなかった。

 

「 ただいま、フランソワ−ズ・・・ 」

「 ジョ−、お帰りなさい。 」

ジョ−は普段どおりに彼の細君を引き寄せてただいまのキスをした。

何事にも優先する、この<ただいまのキス>に 島村家の子供たちは慣れっこだったので、

すばるはまだ父の上着のすそにへばりついていたし、

すぴかはふくれっ面のままだった。

 

・・・ああ。 なんだか ・・・ ほっとしたわ ・・・

 

ジョ−の腕の中で フランソワ−ズはじ・・・んと身体が、そしてこころが

あったかくなってくるのを感じていた。

 

フランソワ−ズの身体から腕をほどくと、ジョ−は屈んで

足元にあったすぴかのバッグを ゆっくりと拾った。

 

「 これは、すぴかの大事なバッグだろう? ・・・ はい。 」

 

「 ・・・ いらない。 」

紙袋を両手で抱えたまま、すぴかはそっぽを向いた。

「 すぴか! なんです、お父さんにお帰りなさい、も言わないで。 」

フランソワ−ズの声が上ずっている。

「 ・・・・・ 」

小さな肩がちょっと 震えている・・・ように見えた。

そんな娘をじっと見て、ジョ−はいつもと変わらず穏やかに言った。

 

「 そうか。 すぴかがいらないのなら・・・ お父さんがもらう。

 明日からお父さんがお弁当を入れてお仕事に持って行くよ。 」

「 ・・・ ちょっと、ジョ− ・・・? 」

「 いいね? フラン、ぼくのランチはコレに入れてくれ。 」

「 ・・・え、ええ。 わかったわ・・・ 」

 

「 さ。 そろそろ晩御飯の支度だろう? すばる、お母さんのお手伝いしなさい。

 すぴかもだ、お稽古の道具を片付けたらお手伝いだ。 いいね。 」

「 は〜い。 お母さん、今晩はなに? じゃがいも、使う? 僕に剥かせてっ 」

「 ・・・・・ 」

お料理好きのすばるは さっそく冷蔵庫を開け始めた。

そんな弟をちらり、と眺めると すぴかはぶすっとしたままキッチンを出て行った。

 

 

 

 

「  ・・・ねえ、ジョ−。 本気で あの・・・すぴかのバッグ、仕事に持ってゆくの? 」

バスタオルで髪を拭きつつ バスル−ムから出てきたジョ−にフランソワ−ズは声をかけた。

 

「 うん。 いけないかな。 」

なんだか嬉しそうに、ジョ−はドレッサ−の前に腰掛けているフランソワ−ズの側に立った。

シャンプ−のいい香りがふわり、とフランソワ−ズを包む。

フランソワ−ズはブラッシングの手を休め、鏡越しにジョ−に微笑みかけた。

 

「 ううん、そうじゃないけど。 でも・・・ オンナノコの、よ? ロ−ズ・ピンクよ? 」

「 別にいいさ。 ・・・ 実はさ。 ずっとあの子達がうらやましかったんだ。 」

「 羨ましい ・・・ ? 」

 

ジョ−も鏡越しにちょっと照れくさそうに笑った。

長い彼の腕が しずかにフランソワ−ズの身体に絡んできた。

 

「 ・・・ うん。 お母さんの手作りで、他の誰も<同じもの>を持ってない、なんて・・・

 子供の頃から、・・・ もう ・・・ 憧れだったな。 一番欲しいものだった・・・ 」

独り言みたいに言うと ジョ−はフランソワ−ズの首にキスをひとつ、落とした。

「 ・・・すぴかは そう思ってはいないようよ? 」

「 あはは・・・ なんだか言ってたね。 みんな持ってるもん、って。

 きみは子供の頃、どうだった? やっぱり・・・ <みんなと同じ>モノ、欲しかったかい? 」

ジョ−の長い指が 静かに彼女の頬を、首筋を 辿り、 ゆっくりと胸元に差し込まれたきた。

「 え・・・ あら・・・ 忘れちゃったわ ・・・・ あ ・・」

「 ・・・ そう? 」

「 ・・・ あ ・・・ん。 ジョ− ・・・ や ・・・ そこ ・・・・ 」

 

 

 

ジョ−の穏やかな寝息が聞こえる。

フランソワ−ズは身体の火照りをそのままに こそっとジョ−の胸に頬を寄せた。

 

 − きみは子供の頃、どうだった?

 

何気ないジョ−のコトバが さっきからずっとこころの中にひっかかっている。

 

子供の頃・・・・。

 

そう、現在に比べれば驚くほど何でも不便だったし 

食べるものも着るものも ・・・ こんなに贅沢に満ち溢れてはいなかった。

 

でも、とフランソワ−ズは小さな息をはく。

 

それを不自由だとか、不満だとかは ・・・ 思わなかったわ。

特別に裕福な家庭ではなかったけれど、パパとママンと。 お兄さん・・・

時にはケンカもしたけど、仲良く幸せに暮らしてた・・・

・・・ そう、あの日 まで。

 

父の革のバッグを譲って貰って大喜びだった兄。

「 これはママンのママンから頂いたの。 大きくなったらファンにあげるわね。 」

祖母の、母の温もりを思い出させるアクセサリ−たち。

みんな 大切なものだった。 古い、なんて思ってもみなかった。

 

 ・・・ あれは どうしたのかしら。

 

兄の子供たちへ渡ったか・・・ 

そうね、わたしの・・・お墓、に納められているかも・・・。

なにもないんじゃ、淋しい過ぎるからって・・・

 

 − 今時のお母さんたちは 縫い物なんかできないから。

 

昼間のえり先生の言葉が 思い出された。

 

そうなのね。 ・・・ 今は手作りのモノなんて価値がないのね、きっと。

お店にゆけば 綺麗で便利なものが沢山あるもの・・・

 

・・・ やっぱり わたしは・・・・。

ここに 居るヒトじゃないんだわ。

こんな お母さんじゃ、子供たちは ・・・ イヤよね。

こんな 奥さんじゃ  ジョ−は ・・・ ジョ−は・・・・

 

こんなこと。 ジョ−には言えない・・・ 

 

たった今、二人は一つになって同じ悦びに上り詰めたはずなのに。

その余韻は まだまだこの身体中で波打っているというのに。

 

フランソワ−ズは ひとり、こっそりと涙を拭った。

 

 

Last updated : 10,04,2005.                      index     /     next

 

*****  もうちょっと ・・・ 続きます〜