『 大根・人参  セロリにトマト   ― (1) ―  』

 

 

 

 

********  初めに *******

このお話は 『 九月の雨 』 『 彼岸花 』に続く系列の

<もうひとつの島村さんち> 設定です。

 

 

 

 

 

「 え〜と ・・・ ジャガイモ、キャベツ。 白菜に大根、人参とセロリ・・・ 」

フランソワーズは玄関の前で メモを見たり宙を睨んだりしつつ ― ぶつぶつ言っている。

「 う〜ん・・・ あとは ・・・ あ! トイレット・ペーパーに そうそうキッチンの洗剤が切れそうよ。

 それから〜〜 シャンプーでしょ、リンスでしょ。 トリートメントでしょ・・・ え〜と・・・ 」

 

   ― ガラガラガラ ・・・・

 

かなり賑やかな音と一緒に彼女のご亭主がお勝手口から裏庭経由で現れた。

騒音のモトはカート、 いわゆるお買い物・カート というヤツを彼はのんびりと引き摺っている。

「 フラン〜〜 これで足りる? やっぱり車で行った方がいいんじゃないかなあ。 」

「 ああ、 カート ありがとう ジョー。  え ・・・ だって こんなにいいお天気なのよ? 

 冬のお日様って 本当に素敵だわ。 車に乗るなんて勿体ないじゃない。 」

フランソワーズはポーチにでて 頭上に手を翳すとうっとりと空を見上げている。

冬の日がきらきら・・・ 彼女の髪に光を集め ジョーは密かに見とれてしまうのだが・・・

「 ・・・ そうかなあ・・・ 冬ってさ、いつだってこんなカンジだよ?

 ここいら辺はねえ、 こう・・・乾燥した晴れの寒い日が続くんだ。 ほっんと、晴ればっかり。

 雪なんか全然降らなくてさ、つまらないよ。 」

だいたいこの近辺で育ったジョーには こんな日は珍しくもなんともないのである。

彼としては 愛妻を愛車に乗せ買い物ついでにちょいとドライブでもしたい気分なのだ。

いつかは一緒にスキーにでも行きたい・・・!   これは密かなジョーの野望だった。

彼女と華麗なシュプールをゲレンデに描けたら・・・ 

想像するだけで ジョーはドキドキするほど楽しくなってしまう。

「 ジョーには当たり前で慣れっこかもしれないけど。

 わたしは 冬ってず〜〜っと灰色の雲がびっちりでお昼を過ぎればもう電気を点けるって日々だったの。

 雪もイヤなるくらい降って。 汚れた雪が歩道の端っこでいつもガンガチに固まってた・・・

 だから・・・ う〜ん ・・・ !! こ〜んな素敵な晴れの日に閉じ篭っているなんて イヤ。 」

「 え あ  そ、そうかな。  うん、それじゃ 一緒に歩いて買い物、行こうよ。

 う〜ん そうだなあ、じゃあさ。 いつもの国道の先のショッピング・モールじゃなくて。

 海岸通をずっと行ってみようか。 」

「 わあ〜〜 素敵♪ あ・・・ でもあの辺りにお店ってあるかしら。 」

「 うん、所謂地元商店街 ってのがあるはずだよ。 八百屋とか魚屋とか。  ・・・ ね、 行こう。 」

「 ええ。 」

ジョーは片手にカートを引き、もう片方で ― しっかりと愛妻の白い手をにぎった。

 

   要するに二人は お手々繋いで仲睦まじく出かけていったのである。

 

 

 

数奇な いや 滅茶苦茶に近い運命の悪戯の果てに、ジョーは運命の女性 ( ひと ) と巡りあった。

彼はヒトとしての 当たり前のもの  を全て失ったがその代わりにかけがえのないヒトを得たのだ。

 それが  フランソワーズ・アルヌール嬢・・・ いや フランソワーズ・島村夫人 である。

今、彼女は島村ジョーにとって 何にも代え難い掌中の珠・・・まさしくタカラモノ だ。

去年の秋、二人はささやかな華燭の典を挙げ晴れて夫婦となり ― つまり 今は。

 

   べったべたの新婚さん なのだ。

 

ガラガラガラ ・・・・

寄せては返す波の音にも負けない大きな音が 二人の後からついてくる。

冬でも温暖な地域の穏やかな昼下がり ― 鄙びた海辺の風景には いささか不似合いな騒音だ。

  ― しかし

しっかり手を握り合い寄り添って歩く二人には買い物カートの雑音などてんで耳には入らないらしい。

「 う〜ん ・・・ ほっんとうにいいお天気ねえ・・・  うわ〜〜 海も綺麗・・・ 」

「 うん。 あ、風が冷たくない? 手袋、はめなくて平気かな。 」

「 ええ ・・・ 手袋より ジョーの手の方がず〜〜っと温かいもの。 」

きゅうう ・・・っと白い手がジョーの手を握る。

「 え あ  あは ・・・ははは そ、そうだね〜〜 うん、ぼくが暖めてあげるよ。 」

大きな掌が細い指をほんわりと包み込む。

「 うふふふ・・・ 本当。 あったか〜い・・・ やっぱりここは温暖な気候なのね。 」

「 そう かな。 うん ・・・ でもね、ぼくは さ。 

 今年の冬はね、 そのう 〜〜 今までで一番温かい冬、だと思うんだ。 」

「 あら、やっぱり地球温暖化の影響なの? 」

「 え・・・ あ。 あのう〜〜 ほら。 き きみと一緒だから・・・ 」

「 あ・・・ ふふふ ・・・ そうね、ジョーと一緒だから・・・ね。 

 うふふ ・・・ どうりでこの冬は夜にちっとも足が冷えないなあ〜って思ってたんだけど。

 寝る時に靴下もレッグ・ウォーマーもしていないの。

 そ れ は。  ジョーと一緒♪ だからよね。 」

「 う ・・・ うん。  ぼくも 一晩中・・・温かくて良い匂いでふわふわだよ。 」

「 羽毛布団、 要らないかも、ね。 」

「 うん。 羽毛布団よかきみの方がず〜っと ず〜〜〜〜っと ・・・ 」

「 ず〜〜っと ・・・ なに? 」

「 あ ・・・ あの。  ず〜〜っと  抱き心地がいい! 」

「 きゃあ ジョーったらぁ 〜  いや〜ん・・・ 」

 

  ・・・ まったく頭上を飛ぶカモメも辟易しそうな あま〜〜いお喋りをしつつ

二人は海岸を巡る国道の辺りまでぷらぷらと降りてきた。

 

 

「 わあ ・・・ ちっちゃなお店が沢山並んでいるのね! 」

「 うん、こっちの道がね 昔の道 ― 街道だったらしいよ。 だから旧い店が多いんだって。 」

「 ふうん ・・・  あ、まずは〜〜。 ねえ、お米ってどこで売っているの。 八百屋さん? 」

「 ・・・ え??  米は ・・・ 米屋さんだよ。 」

「 ふうん ・・・ だってお米って野菜でしょう? それなのに八百屋さんでは売ってないの。 ふうん・・・ 」

「 あ・・・ そ、そう言われれば そう・・・かも?? でもね ともかく米は米屋さんさ。

 ずっと昔からそう決まってるみたいだよ。 それに多分ね〜 家まで配達してくれる。 」

「 まあ そうなの? 助かるわ。 いくらわたし達でもあんまり重いものを持って歩くのはイヤよね。 

 だいたい嵩張って歩き難いし。  じゃあまずはお米屋さんね。

 えっと それから・・・ 八百屋さんでしょ、魚屋さん。 あとは・・・お肉屋さん!  」

二人は米屋さんを皮切りに 昔ながらの商店街の中をあちこち探訪していった。

 

「 ・・・えっと。 あとは・・・ あ、セロリ! セロリもお願いね、ジョー。 」

「 うん、わかった。 それで全部かい。  」

「 ええ 多分。  あ、あのねえ、ちょっとわたし、化粧品を買ってくるから。 

 お野菜、カートに積んでおいてくださる? 」

「 うん、いいよ。 でも化粧品・・・ってどこで買うのかい。 そんな店、あったかなあ? 」

二人は商店街の八百屋の店先でぼしょぼしょ話あっている。

相変わらずの晴天な日曜の午後、昔ながらの地元商店街でもぶらぶら散歩がてらの買い物客が

三々五々行き交っている。

皆、家族連れやら愛犬と一緒で がらがらカートを引っ張っている姿も多い。

「 ドラッグ・ストアよ。 洗剤を買ったときに化粧品の棚を見つけたの。

 ちょっともう一度行ってくるわ。  ジョー、 ゆっくり先に行ってて。 すぐに追いつくわ。

 あのね、国道に出る角のところで待ちあわせしましょ。 」

「 了解。  じゃ ・・・な。  あ! ぼくのシャンプーも頼む・・・・ あ、もう行っちゃったか。

 うう 〜 ずっときみのシャンプー借りてるんだけど。 きみの髪の香はすご〜く気に入ってるんだけどさ。

 ・・・あの、オトコが髪から薔薇のかおり・・ってのもなあ。 」

ジョーはぶつぶつ言いつつ、カートの中身を点検していた。

「 ほい、お待ちどう!  これで全部だね、箱に詰めておいたよ。 」

八百屋の主人が 野菜を満載した大きな箱を担いで現れた。

「 わあ〜 すいません、助かります。  あ、 あの〜 セロリも追加してくれますか。 」

「 ほいほい・・・  あれ。 オクサンは?  」

「 あ・・・ ちょっと化粧品買いに・・・ え〜と・・・これで足りますか。 」

ジョーはもそもそ財布を引っ張り出し紙幣を差し出した。

ここいらでは ナントカ・カード なんて通用しない。  いつもにこにこ現金払い、が当たり前だ。

「 毎度〜〜 美人のオクサンで羨ましいねえ。  碧い眼なのに日本語、上手いし。 

 お兄さん達、最近引っ越してきたのかい。 」

「 あ、はい。 あのゥ〜〜 岬のさきっぽの洋館に 住んでます。 」

「 ・・・ ああ、ああ! あの・・・白髭の爺様のとこか! それじゃあの爺様はオクサンのおやっさんかい。 」

「 え ええ ・・・ まあ、そんなトコです。 」

「 ふうん ・・・ いやあ〜ここいらもさ、若いヒトが来てくれて嬉しいよ。  ・・・ 新婚サンだろ? 

 くゥ〜〜〜 羨ましいねェ〜〜〜   ほらよ、セロリ! そうそう このニンニクはおまけ。

 若ダンナ! いっぱい喰って頑張って。 はやくちびっちゃいのを連れてきなよ。 

 あんたらなら どっちに似ても可愛いチビっこだろうから さ! 」

「 あ ・・・ は はあ・・・ あ、ども。 」

「 おう〜〜 毎度あり〜〜 」

ばん!と八百屋の主人に背中を叩かれ、 ジョーはほうほうの態で店先から脱出した。

 

      ・・・ へへへ ・・・ やっぱ新婚って すぐにわかるのかなあ・・・

      えっへん♪ あの美人は このぼくの、島村ジョーのオクサンなので〜す

 

もし。  もしも。  

彼の改造に携わった科学者たちのひとりが この時の< 9番目の試作品 >を見たとしたら。

絶対に どこかの回路の接触不良 か 不具合 を確信しアタマを抱えたことだろう・・・!

 

      うん♪ 天気はいいし。 美味しそうなモノ、沢山仕入れたし。

      ぼくのオクサンは美人だし♪  あは♪ 夜まで待てるかなあ〜

 

 

  ― ガラガラガラ ・・・・ ガラガラ   ふんふん  ふんふんふん〜〜♪

盛大なカートの音に 微妙な節回しのハナウタが混じる。 

ハナの下を伸ばし気味な・このシアワセ小僧に道行く人々も 何気に道を空けてくれた。

ジョーは一人にこにこしつつ 満杯のカートを引っ張っていった。

 

 

 

国道に出る角で 彼の <美人のオクサン> が待っていた。

バス停のベンチに座って のんびりと裏手に広がる雑木林を眺めている。

「 ・・・ フラン?  お待たせ〜  あれ? 」

ジョーは カートの激しい騒音と一緒に駆け寄ったのだが ― 彼女は一向にこちらを見ない。

口元に淡く笑みを浮かべ 冬の陽射しを追う瞳もうっとりと座ったままだ。

「 ・・・ フラン?  おい? どうか ・・・ したのかい?? 

 !! ま、まさか・・・・ 催眠電波とか ・・・ 敵のテレパシーに操られているとか・・・!

 おい! フランソワーズ・・・ しっかりしろ! 」

ジョーはカートのハンドルを放り出し 彼女の肩をがば! と抱き締め ・・・ ようと

 

「 ? あら、 ジョー。  ご苦労さま。 」

 

「 え! あ  あああ あわわ・・・ふ フランソワーズ !? だ、 だいじょぶ ・・・か!? 」

「 え。 なにが。  あらァ・・・ カートを放しちゃだめよ。 ここは傾斜になってるから。 」

「 ・・・あ? ああ ・・・ うん。 」

ジョーは慌てて満杯の買い物カートをひっぱり寄せた。

「 すごい買い物になっちゃったわね〜 でも楽しかった♪ これからなるべくあの商店街を利用しましょ。 」

「 え・・・ あ う、うん。  ・・・ あれ、きみ・・・な〜んだ、それ、聴いてたのかァ。 」

ジョーは やっと。 彼女がイヤホンをしていることに気が付いた。

亜麻色の髪の間から 白いコードがぶら下がっている。

「 ああ これ? うん、MD聞いてたの。 バースデイにね、アルベルトが送ってくれの。 

 ちょっと古いけれどわたしの好きなピアニストさんの曲なのよ。 」

「 あ、 そっか。 だから か。 きみってばうっとり空を眺めているんだもの。

 なあ〜んだ、そっか、そっか。 心配して損しちゃったよ〜 」

「 なあに、可笑しなジョーねえ。  さあ 帰りましょうか。 」

「 うん ・・・ あ、そうだ。  ちょっとだけお茶でも飲んで行こうよ。 あ ちょっと待ってて・・・! 」

ジョーはフランソワーズにカートのハンドルを預けるとぱたぱた国道の方に走っていった。

「 あらら・・・ きっとカフェとか確かめにいったのね。

 うふふふ・・・ ジョーが誘ってくれるなんて珍しいわね! 嬉しいわあ〜 お買い物・デートよ♪ 」

フランソワーズは コンパクトを出しさささ・・・と髪を整えルージュを足した。

「 うん、完璧 完璧♪ 結婚してもトキメキは大事にしなくっちゃ〜   あ、あら? 

「 フラン〜〜 ! ごめん、待たせて。    はい、 お茶。 」

彼女のご亭主は息せき切って駆け戻ってくると ―  ころん、とお茶缶を手渡してくれた。

「 ・・・ あ・・・?  ど ・・・ どうも・・?? 」

「 いや〜〜 きみがさ、 お茶 なんて珍しいよねえ。  ァ、熱いよ、大丈夫?

 うん でもたまにはお茶もいいもんだよね〜〜 勿論カフェ・オ・レもいいけどさ、

 さあ、帰ろうか。  う〜ん・・・ ぽかぽかいい気持ちだね。 」

「 え ・・・あ  ええ、そ、そうねえ・・・・ 」

ジョーは よいしょ! とカートを引っ張り先に立った。

 

彼女の手には 熱々のお茶缶が ひとつ。  

・・・ あつッ ・・・・! と白い手は慌ててそれを掌に転がす。

茶、 の文字が黄緑の缶と一緒にぐるりん、と巡る。

 

    お茶に誘われて ・・・ 缶コーヒー・・・じゃなくて 

    お茶缶を奢ってもらったのって・・・ 生まれて初めて、かも。

 

フランソワーズは 大きな瞳をぱちぱちさせてしばらくお茶缶と前方を歩いてゆく茶髪を交互に眺めていた。

・・・ そう、 これが。  これが ・・・ ジョー。

島村ジョー。 彼女の夫なのだ。

 

「 ?? あれえ? フラン〜 ああ お茶、飲んでいるのかァ  待ってるからさあ〜 」

茶髪はくるり、と振り返ると笑顔全開で立ち止まった。

 

    ・・・ そうよ・・・!  この笑顔。 これがわたしのジョー なんだわ!

 

「 はあ〜い! 今、 行くわ〜〜 」

きゅ・・・っと熱いお茶缶を握り、フランソワーズは彼女の恋人の元へと駆け出した。

 

 

「 お茶、熱くて。  とっても気持ちがいいわ。 ありがと、ジョー。 」

「 うん 冬には熱いの、いいよね〜  

 ねえねえ・・・・ 今晩、 なに。 食料い〜っぱい買い込んだろ、何を作るのかな。 」

ジョーは軽々と満杯のカートを引いてゆく。

「 そうねえ・・・ 今から牛スネ肉を煮込んでおいたら いい味のシチュウになるかも・・・ 」

「 わ♪ いいねえ〜〜 マッシュルームも買ったし。 うわ〜楽しみ! 」

「 ああ、そうだわ。  明日のお弁当、何がいい? 」

「 え〜  弁当も作ってくれるの。 」

「 あの ・・・ イヤかしら。 オフィスの皆さんと一緒にランチに出る? 」

「 ううん ううん!!  編集部ってさ。 みんなそれぞれランチ・タイムもばらばらで・・・ 

 あんまり一緒になることってないんだ。 」

「 まあ、 そうなの。  今まで時々しか作れなかったけど・・・

 あの ・・・ もし、迷惑じゃなかったら出来るだけ毎日 作るわ。 持っていってくれる?

 そのほうが経済的でしょう?  栄養のバランスとかも・・・ 」

ジョーは結婚前から都心の出版社に勤めていた。

当初はほんのアルバイトのつもりだったらしいが 今ではすっかり腰を据え

編集者の一員として頑張っている。  彼は結婚して一本スジが通った。

  ・・・ 要するに島村ジョーも 一人前の社会人 としてデヴュウした、ということだ。

「 うわ〜〜 すご〜い! 超ラッキ〜だなあ。 

 うん、きみの弁当なら なんでもオッケーさ♪ ぼく、特に好き嫌いはないし。 」

「 そう? 嬉しいわ〜 わたし、頑張るわね。 

 おべんとう ・・・って。 なんだかステキなコトバね。  なににしようかな♪ 

 この国はお野菜が沢山あって楽しいわ。 じゃがいもだけでもいろんな種類があるし。 」

「 へえ?? そうなんだ? 知らなかったよ。 」

「 まあ・・・ そんなこと言うとアルベルトに叱られるわよ。 

 あ・・・ そうそうアルベルトっていえば。  来週 来日予定ですって。 ほら定期メンテナンス。 」

「 ああ もうそんな時期かあ。  また賑やかになって楽しいね。 」

「 そうね。  ジョー、客間のお掃除、手伝ってくださる。 

 そうそう ピアノも綺麗に磨いておきましょ。  調律はアルベルトが自分でするわね、きっと。 」

「 うん、そうだね〜  楽しそうだね、フラン。 」

「 え? だって・・・ 久し振りで仲間に会えるのは嬉しいわ。 ジョーだってそうでしょ? 」

「 そりゃ・・・ うん、 でも。  この唇はぼくのモノだからね・・・ 」

「 ??? あ きゃ・・・・ 」

ジョーはくい、と彼の細君を片手で引き寄せると 艶やかな唇にキスをした。

「 ・・・ ジョーったら。  こんなトコロで・・・ 」

「 だ〜れも見てないよ。  あ〜あ・・・! ほっんとうに気持ちのいいお日様だね! 」

ジョーは満面の笑みで 空を見上げた。

「 ふふふ ・・・ お日様にだけはしっかり見られちゃったわね。  さあ 帰りましょ。 」

「 うん。 」

 

   ガラガラガラ −−−−−

 

賑やかな音と一緒に 新婚カップルはまたまた仲良くお手々繋いで岬の洋館に戻っていった。

    

 

 

 

ギルモア邸はその街の中心となっている駅から またかなりの距離、バスに乗った先にある。

店舗の多くは駅周辺に集まっているので 住人たちにとって帰りがけの買い物は必須だ。

フランソワーズは今日もレッスン帰り、駅前ロータリーを足早に抜けていた。

「 ・・・ まだ バスの時間、大丈夫よね。 本屋さん、寄ってゆこう。 」

よいしょ・・・と大きなバッグを肩に掛けなおしてから、 彼女は駅に隣接したビルに入っていった。

ワン・フロア全てを占拠した大型書店には 結構人が立て込んでいる。

「 え〜と・・・ まずはお料理関係っと。 う〜ん・・・ 広すぎてよくわかんないわねえ・・・

 だいたい本屋さんがビルに中ってのも びっくりだったのだから・・・ 」

彼女はブツブツ言いつつ 書架を眺め歩いてゆく。

 

かつて 彼女が生きていた街で、本屋は  ―  街角のいたるところにあった。  

大抵 主人が奥で店番をしていて、欲しい本のタイトルや著者名、もしくはジャンルを告げれば

たちどころに 教えてくれたものだ。

「 ・・・ ああ。 それなら壁際の棚の下から三段目さ。 」

「 流行モノは そっち。 そこの平積みがなくなったら売り切れだ。 」

学校帰りによく寄った本屋には いつも分厚い眼鏡のオヤジさんが本の入れ替えをしていたっけ・・・

あの ・・・ 紙とインクに匂いは。  このビルの書店には漂ってはいなかった。

 

「 ・・・ そっか。 そうよね。 もう・・・半世紀ちかく経っているんだもの。 当たり前よねえ・・・ 」

自嘲気味な溜息がいつの間にか漏れてしまう。

「 いっけない。  もう過ぎたことよね。 ・・・今は21世紀で。 わたしはこの時代に生きてるのよ。

 え〜と・・・ それで料理コーナーは ・・・ あの〜すみませんが・・・ 」

「 はぁ〜?  ・・・ ひえ!? 」

雑誌を並べていたアルバイトの兄ちゃんは ― 金髪碧眼美人に突如声を掛けられ固まってしまった。

「 あのう、お弁当の作り方とかの本、あります? 」

「 お〜べんとう ?  ふぅわっと? 」

「 ですから・・・ お弁当。  ランチ・ボックスに入れて持ってゆくでしょう? 」

「 らんち? お〜 いえ〜す いえ〜す。  くっきんぐ・こーなー !! 

だからそれはどこ? と聞きたいのだが。 彼女はそっと溜息をつきこっそり <眼> を使った。

「  ・・・ あ、あそこだわ〜   ありがとうございます。 」

「 あ あ ・・・ ゆ  ゆ〜あ〜うぇる かめ ・・・ ! 」

赤面兄ちゃんに笑顔で礼を言って やっとフランソワーズは目的のコーナーに辿り着いた。

「 うわ・・・ 沢山あるわね〜〜  えっと おべんとう っと。

 あ! これよね、 これ!  ・・・ うわ〜〜〜 こ、こういうの・・・作れるかしら、わたし・・・ 」

フランソワーズは色とりどり・写真満載のレシピ本を熱心に読み始めた。

 

    ・・・ ちょっとズルだけど。  補助脳に インプット!だわ。

    全部は買えないし。  レシピは多いほうがいいし ・・・ ようし・・・!

 

フランソワーズは ― いや、 003は 出来る限りの情報を収集し始めた。

恐ろしい速さでページを捲ってゆく美女の周囲からは次第に立ち読み客は 引いて いった・・・

 

 

その日。

岬の洋館の若奥さんは 両手にエコ・バッグいっぱいの買い物をぶら下げ意気揚々と帰宅した。

 

「 ねえ ジョー。  あの、明日、ね・・・ 」

「 うん? なんだい。  ねえ、このポテト・サラダ すご〜く美味しいんだけど。 

 いつものと違う? あ、いつもだって美味しいけど・・・ 」

残業続きのジョーは 今日も遅い晩御飯を食べている。

「 あ ・・・ あのね。 ちょびっとだけカレー味、にしてみたの。 ジョー、カレー好きでしょ。 」

「 あ、そっか〜〜! カレー味、かあ。 そうだよね、うん・・・ ああ 美味い♪ 」

ジョーはお皿の模様まで食べてしまいそうな勢いで 熱心に箸を動かしている。

「 気に入った?  よかったわ。  あのね、明日から お弁当 作るから。

 あの ・・・ 邪魔じゃなかったら持っていってくれる? 」

「 え・・・ うわ〜〜 感激だなあ・・・ わくわくして今晩眠れないかもしれないよ、ぼく。 」

ジョーは茶色の目をぱちぱちさせ 頬まで染めている。

「 やだ・・・ そんなに大袈裟に思わないで。 さささ・・・っと、ね。 作りますから。 

 あ、サンドイッチじゃないわ、ちゃんとね <お弁当> ですからね。 」

「 う ・・・わ。  ぼく どうしていいか ・・・わからない・・・ 」

「 ふふふ・・・ まあ、明日をお楽しみに♪ 」

「 了解〜〜 って。 ふふふ・・・実は今夜も お楽しみ したいのですが、奥さん。 」

「 ・・・え。  あら・・・だって残業続きで疲れているでしょう? もう遅いし・・・ 」

「 それじゃ 大急ぎでコレ・・・全部食べちゃうから。

 あ、後片付けは任せとけ。 きみはね・・・ おめかし してていいから、さ。

 ほら ・・・ あのネグリジェ、着て欲しいなあ。 」

「 え・・・ あの ・・・ 短いの? レースがいっぱいついてて・・・スケスケのやつ? 」

「 そ。 ぜ〜ったいよく似合うと思うんだ♪ あれ 着てくれよ。 」

「 ・・・ だってそんな。  わたし、もう結婚したオンナなんですもの。 妻なんですもの。

 あんな ・・・ 派手、なもの、着れません。  はしたないわ。 」

「 え、いいじゃないか。 ぼくが見たいんだもの。 ねえ・・・だめ? 」

「 ・・・だって ・・・ 恥ずかしい・・わ。 」

「 ぼくだけだよ、見るの。 ね! お ね が い ! 」

「 ・・・ ん ・・・ それじゃ ・・・ 今晩だけ、よ。 」

「 うわ〜お♪ やったぁ! よぉ〜し・・・♪ 」

ジョーはたちまちお皿の上を綺麗にし、食器をキッチンに運び ・・・ かちゃかちゃ片付け始めた。

 

    ・・・ まあ。  このヒトって。

    日常でも 加速装置、使えるのねえ・・・

 

フランソワーズは火照る頬を押さえ、チラチラ彼の姿を追っていた。

 

   ― その夜。  島村氏は細君の艶姿をほんの束の間楽しみ

   その後 恋人の輝ける肢体を存分に堪能したのであった。

 

 

 

 

  きんこ〜ん ・・・ きんこ〜ん・・・

間延びしたチャイムが フロアに響きわたった。

しかし その音を気に留めたものはほとんどいなかった。

時計の針が真上に重なる時刻をすぎても編集部では半分に近い部員が熱心にPCを睨んでいた。

紙媒体を広げているものも同様だ。

一応一区切りをつけたらしい人々が ぱらぱらと席を立ってゆく。

昼休み! という開放感はあまりなく、とりあえず食料調達に出かける雰囲気だった。

 

ジョーもモニターを落とさずにそっと引き出しの紙袋から 青と白のチェックの布の包みを取り出した。

綺麗に片付けた机の上に 包みをゆっくりと置く。 

結び目を丁寧に解き広げた布の上に弁当箱を静かに並べた。

彼の口元からは 笑みが零れ辺りに散乱しそうな勢いだ。

おっと・・・忘れていたよ ・・・ 彼はこそ・・・・っと目立たぬように十字を切った。

 

   ・・・ 神様! めっちゃ感謝です!! 

 

   へへへ・・・ 弁当だ! ぼくの、ぼくだけの、ぼくのための弁当なんだ・・・!

   すげ〜なあ・・・ オカズと御飯の二段がまえだぞ。 うわ〜〜・・・

   よ・・・し。  開ける・・・ぞ! 

 

ごくり・・・と咽喉が鳴ったのは 決して空腹の故ではない。 彼は震える指先を弁当箱のふたに掛けた。

「 ・・・う ・・・うわ・・・・! 」

ジョーは弁当箱を前に 思わず固まってしまった ・・・ !

「 ん? 島ちゃん どうしたの?  あら お弁当・・・ ああ お箸でも忘れた? 」

「 え・・・ あ・・・い いえ  ・・・ そ そんなんじゃ ・・・ 」

「 ?? そんなんじゃ?   ・・・  う  わあ〜〜 す  ご  い  ・・・! 」

通りがかった編集部のチーフが ずい、とジョーの弁当箱を覗き込み ― 絶句した。

「 チーフ〜〜 ちょっと ここの柱なんですけど〜 これでいいですかぁ   え。  

 うわ・・・!  これって・・・ うるとらまん ですか!?!?? 」

指示を受けにきたバイト嬢が 頓狂な声と上げ ― 絶句した。

 

「 う ・・・ うん。  そう みたい ・・・ 」 

「 すご・・・ キャラ弁 ですね! あ ・・・ もしかしてお子さんとお揃いなんですかぁ〜 」

「 え!? ぼ、ぼくたちは別にそんな ・・・じゃなくて! 

 うちにはコドモ、 いません ・・・ その・・・まだ。 」

「 あはは・・・あのね、島ちゃんトコはまだほわほわ湯気の立つ新婚さんなのよ〜

 ねえねえ このお弁当、あの仏蘭西美女の手作り? 」

「 え  あ  は はあ。  そうなんですけど・・・ 」

「 ふうん ・・・うわ・・・このプチ・トマト〜〜 全部、目と口が付いてる!

 うわあ〜〜 このミニ・オムレツって ハート型ですよねえ〜〜 きゃあ〜〜 さっすが新婚さん♪ 

 奥さん、お料理上手なんですねえ〜〜 」

「 え ・・・ えへへへ・・・ 」

両側からお弁当箱を覗きこまれ、 すごい  すごい の歓声にジョーは得意満面である。

「 島ちゃ〜ん・・・ ホント、凄いよ、これ。

 これ・・・ソボロ御飯の上にウルトラマンはゆで卵の白身のフレークでしょ。 

 あ、それで目が黄身なんだ! うわ〜〜 ・・・芸術品だわねえ・・・ 」

「 うわ〜〜  らっぶらぶですね〜〜 愛されてますね〜〜 シマムラさ〜ん 」

「 へへへ・・・ まあ、 こんなモンです。 」

ジョーは羨望の眼差しを一身に浴び もごもごと照れ臭そうに でも 得意さもちらちら混ぜて

箸を取り上げたのだった。  

世の男性諸氏は 御飯に胡麻でハート・マークが描いてあっても恥ずかしいそうだが。

島村 ジョー氏は 心底嬉しかったのである。

 

    へ へへへへ・・・・ ぼく、だけ、だからな。

    この弁当は ぼくだけのもので。 ぼくだけの奥さんが作ってくれたのさ。

 

  ― この日から。 某編集部では <キャラ弁さん> がジョーの隠れたアダナになった。

 

 

 

 

 ふんふんふん ・・・♪

今日もご機嫌なハナウタと一緒にジョーは車をガレージに入れた。

冬の日はとっくに暮れて夜風は冷え切っていたが 彼の足取りはほわほわ軽い。

 

    う〜ん・・・! 今日の晩飯はなにかなあ・・・・ 

    毎日 ウチに帰るのがもう楽しみで 楽しみで ・・・

 

ふんふんふん・・・ 陽気なハナウタは玄関を開けてもまだ続いていた。

「 ただいま〜〜 ・・・フラン? 今 帰ったよ。 」

ジョーはちょっとばかり声を張り上げる。

いつも玄関に駆け出してきてくれる姿が  ない。

「 ・・・?  もう寝ちゃったのかな? いや ・・・ 今日はそんなに遅くないはず・・・

 あ ・・・ そうか。 アルベルト、来てるんだ。 」

玄関の上がり框に見慣れない靴が一足 寄せてあった。

しっかりとした作り、質実剛健な靴を見てジョーはすぐにピンと来たらしい。

 

    なあ〜んだ ・・・ フランったら。 

    いつもみたく 迎えに出てくれるかな〜って楽しみにしてたのに・・・

    ま・・・ しょうがない、か。  アルベルト だもんなあ・・・

 

えっへん・・・!  ジョーは咳払いをひとつして。  きゅ・・・っと頬をひっぱり笑顔をつくり。

「 ただいま。  やあ いらっしゃい アルベルト ! 」

にこやかな声と共に リビングのドアを開けたのである。

 

 

ギルモア邸に出入りする人々はジョー以外 全員がこの国の人間ではない。

したがってこの家は当初は全くの西洋風な邸だった。

サイボーグ達も博士も靴のまま出入りし、バス・ルームは西洋風な浴槽を備えていた。

 

しかし ・・・ 何回目かにこの崖地に堅牢な洋館を建て替えた時、大方日本風な設計になった。

つまり、玄関では靴を脱ぎスリッパに履き替え、一階の奥と二階の東側には和室があり。

バス・ルーム  は  風呂場 となり、日本風の大きな檜の風呂桶が設置された。

この洋館に定住する人々は 所謂日本風は生活様式に馴染み、それを快適と感じている。

 

ジョーがぺたぺたスリッパを引き摺ってリビングに入ってきた。

よお・・・ とアルベルトはソファに寛いだまま片手を挙げる。

「 いらっしゃい。  ごめんね 遅くなって・・・ ただいま戻りました、博士。 」

「 おうよ。 仕事だろ、遅くまで頑張っているそうじゃないか。 ご苦労さん。 」

相変わらずのシニカルな口調だが 口元はしっかりねじ上がっている。

「 おお ジョー。 お帰り。 遅くまで大変じゃな。 」

「 え ・・・ えへへ・・・ まあ、ね。 」

ジョーも久し振りに仲間に会えてうれしかった。

「 ジョー、お帰りなさい。 ご苦労様。  今日はね、ジョーの大好きなスコッチ・エッグよ。

 もうすぐ温まるわ。  さあさあ・・・テーブルに着いて? 」

フランソワーズが笑顔いっぱいで ジョーに抱きついてきた。

 

    う・・わ・・・ 嬉しいケド ・・・ うひゃ・・・アルベルトがいるんだよ・・・

    ・・・ う〜ん ・・・やっぱり良い匂い・・・

 

ジョーはどぎまぎしつつ しなやかな身体を抱き締めちゃんとキスをした。

ちら・・・っと目の端で リビングの様子を窺ってみたが・・・

博士もアルベルトも 熱心にテレビを見ていて別段、ジョー達のことに気を止めている様子はない。

あ ・・・ よかった ・・・ 

ジョーはもう一度 じ〜〜っくりと彼の愛妻の唇を味わった。

 

「 ・・・? ジョー? どうか した? 」

「 え? い いいや・・・ うん、 きみがあんまり可愛いから・・・つい つい♪ 」

「 まあ・・・ うふふ・・・でもステキ♪ ジョーってば本当はすご〜く情熱的なヒトだったのね。 」

「 え・・・あ ・・・ああ まあね。 」

まさかヤキモチとも言えず ジョーはわざとらしい咳払いなんぞをしつつテーブルの前に座った。

 

テレビ前のソファでは相変わらず博士とアルベルトがテレビを見ている。

「 熱心だね。  あ、もう皆とっくに晩御飯 終っちゃったのか。  う〜ん 残念! 」

「 ごめんなさいね、先に頂きました。  ほら ・・・ 熱々よ〜〜 どうぞ♪ 」

「 うわ・・・ 最高〜〜 」

ジョーの前に湯気に立つ皿 小鉢 が幾つも並んだ。

「 まだ夜は冷えるでしょ、だからジョーには特別にあつ〜いお味噌汁つきよ。  いかが。 」

「 ・・・ うん ・・・ 美味い!  こう ・・・じ〜〜ん・・・と身体の芯から温まるってか・・・ 

 スコッチ・エッグか♪ ひゃあ ・・・ じゅわ〜っと肉汁がひろがって・・・うま〜い・・・! 」

「 ふふふ・・・そんなに感激してもらうと なんだかちょっと恥ずかしい気分・・・

 アルベルトにね ドイツ風なロースト・ポテトの味付けを教わったの。 どうかしら。 」

「 そうなんだ? ・・・ うん、これも美味い!  あれ、二人とも熱心だねえ・・・? 」

ジョーはふっと箸を止め、 テレビの前の二人に視線を向けた。

「 なに? 映画か・・・ドキュメンタリーもの、かい。 」

「 え ・・・ あ ちがうの。 あの有名なピアノ・コンクール。 本選までの録画番組なの。 」

「 ピアノ・コンクール?  ・・・ ふうん それでアルベルトは熱心なのか。 

 へえ・・・博士も お好きなんだ? それは知らなかったなあ。 」

ジョーは熱々の料理を口に運びつつ、耳を清ませばピアノの旋律が豊かに聞こえてくる。

「 あのね。 すごく有名なコンクールで・・・ 

 その名前にもなっているピアニストって 衝撃的なデビュウをしたの。 

 その・・・昔に、ね。  まだ冷戦というコトバが現実だったころ・・・ 」

「 ・・・ 昔?  あ ・・・ そ、そうなんだ? 

「 ええ・・・ あのコンクールはあの時代の人間には忘れられないわ。 

 わたしも彼の音、覚えていたの。 ずっと心の奥の奥に とってあったのね。 」

「 ・・・ ふうん。  あ、きみも聞きたいだろ? ソファの方で見たら。

 ぼくに付き合ってなくていいからさ。 」

「 え ・・・ だって・・・だめよ。  遅くまでお仕事してた旦那様を放ってはおけません。

 そんなコトしたら ママンに叱られます。  そんなの奥さん失格よ、って。 」

ぶんぶん首を振っているけれど、彼女の気持ちはジョーにでもよく判る。

本当は聞きたくて 聞きたくて。 うずうずしている はずだ。

 

   あは・・・ 一生懸命 ガマンしてるのか。 ・・・ 可愛いなあ〜フランって・・・

 

ジョーはまたしても頬が自然と緩んでしまう。

「 いいよ、いいよ。  あ それならさ、ぼくもあっちで食べようかな。 

 一緒にテレビ 見てもいいかなあ。  」

「 それは構わないでしょうけど。  でも ジョー、ゆっくりお食事したいでしょう? 」

「 きみと一緒ならどこでだってオッケーさ。  ねえ お盆を貸してくれる・・・うん、あとは・・・

 そうそう 醤油とペッパー・ミルと ・・・うん、これでオッケー。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ アリガト ・・・ 」

フランソワーズが擦り寄ってきて  こそ・・・っと耳元で囁いた。

 

     あ ・・・・ 判っちゃったかな。 へへへ・・・でも なんだか嬉しいなあ。

     ちゃんとぼくのキモチ、察してくれて。 

     なんか ぐっと彼女が身近になった気分だな。 うん ・・・

 

     ・・・ ジョーって。 気が利かなくて ぼ〜っとしてる、なんてウソね。

     このヒト ・・・ いつでもぴりぴり神経がむき出しみたいになってる・・・

     本当はものすごく ものすごく繊細なヒトなのかもしれない・・・

     彼は あの笑顔で 繊細さを護っているのかしら

 

お互いの笑顔の奥にもう一歩づつ踏み込めた ・・・ 二人はそんな気分だった。

身体だけじゃない、ちゃんと心も夫婦として結ばれつつあることが嬉しかった。

 

 

「 ・・・ うん?  なんだ、ジョー。 ここで食事か。 」

「 え あ うん。 邪魔しないからさ。 」

「 あのね、 ジョーも聞きたいのですって。 」

へえ・・・ と大した興味も示さずアルベルトも博士も 画面に集中している。

ジョーはロー・テーブルの隅に夕食のトレイを置いた。

 

「 ・・・ あれ。 ドキュメンタリーなの? 随分古い映像だね・・・・ 」

画面には モノクロのフィルムが映っていた。

細身で長身の青年が オーケストラを従え情熱的にピアノを奏でていた。

てっきり現代の音楽番組か、と思っていたので ジョーは目を見張った。

 

   1958年  チャイコフスキ−国際音楽コンクール ピアノ部門で優勝

 

そんなテロップが流れ 万雷の拍手に応える青年の姿を映している。

「 ・・・ああ。 あの時の衝撃は忘れられんな。

 西側の若者の音は ・・・ 純粋にきらきらと・・・自由だった。 」

アルベルトが半ば独り言めいて呟く。

「 懐かしいのぉ。  ワシもな、LPを買ったなあ。 また聴いてみたいものじゃ・・・ 」

博士もパイプを握ったまま感慨深い面持ちだ。

「 俺達は ・・・ 音楽学校の仲間達だが、アイツの音の豊かさに圧倒されたよ。

 こんな音が こんな感動が 10本の指から生み出されるのか・・・とな。 

 そして  ― 壁の向こうは こんなにも光に溢れているのか ・・・ と ・・・ 」

「 ・・・ わたしはまだ子供だったけど。 父がね、レコード収集が趣味だったし。 

 よく聴かされたわ。 もちろん 彼のその後のコンサートとかよくラジオで聴いたわ。 」

3人の声はほとんど呟きにちかく、お互いに聞いているわけでもなく 相槌をうつ風でもない。

でも。 それは同時代を生きてきた者たちの共通の声 だった。

同じ空気を吸っていた者たちの共有できる呟き だった。

 

画面は変わり、現在のコンクールの模様が映っていた。  

選ばれ・勝ち抜いてきた若者たちが 全身全霊をかけて演奏している。

「 変わらないな。  いつの世も人々を感動させる音の煌きは ・・・ 」

「 ・・・ そう ・・・ そうね。  ああ ・・・わたし、涙が ・・・ 」

「 ・・・ 本当のモノはその本質は いつまでも変わらんよ。 うん ・・・ 」

 

   ― ほう ・・・・

 

やがて番組が終ると 3人の深い深い吐息が リビングに広まっていった。

「 ・・・ 聴けて よかった。  この巡り合せに感謝だな。 」

「 わたしもよ。   あら? ジョー・・・ お食事、まだ途中なの? 」

「 ・・・ え  あ。  あ そうだね・・・ 」

「 あら。 もう冷えてしまったのでなくて? 暖めなおしてくるわよ。 」

「 あ、 いいよ。  大丈夫さ、冷えても美味しいから。 」

「 ・・・そう?  ああ、それじゃあ熱いお茶でも淹れましょう。 

 玄米茶の美味しいの、頂いたの。  博士、アルベルトも いかが。 」

「 おお それはいいな。 頂くとしようか。 」

「 オレもだ。 この国の茶はなかなか奥が深いな。 」

「 じゃあ ちょっと待っていてね。 」

「 ・・・・・・ 」

ジョーは黙々と冷え切ったオカズを口に運んだ。

勿論 どれも決して不味くはなかったけれど、今彼には味が ― 感じられなかった。

自分が芸術方面には疎いことは充分に承知している。

音楽は嫌いではないし、ジョーも現代の若者だから常に 音 を携帯していたりもする。

 

   だけど さ。  ああいうのには馴染みがないし ・・・

 

それは仕方のないことだ、とも思っている。

でも。 それだけ じゃない。 そんなことは大した問題ではないのだ。

 

   この三人とは ぼくは違う時代の人間なんだ・・・・

   ぼくは・・・ 同じ思い出も持ってなければ 同じ感覚もないんだ ・・・

 

   フランソワーズは。  ぼくとは別の世界のヒト・・・なんだ ・・・!

 

そっと垣間見れば 三人は寛いでソファに座り続く番組のピアノの調べを楽しんでいる。

年老いた父と。  娘とその夫 ― ごく自然に そんな風に見える。

 

  あの爺様は奥さんのおやっさんかい ・・・

 

商店街のオヤジはそう言ったけれど。 今 もしも彼がこの光景を見たとしたら。

 ・・・  ああ! アンタの姉さん夫婦だね〜 お似合いだよッ  

なんて言うに違いない。

    ごっくん ・・・!

ついさっき あんなに美味しかったのに。 舌の上で蕩けるみたいだったのに。

ジョーは  最高に楽しみなはずの晩御飯を無理矢理に飲み込んだ。

ごろごろごろ  ―  大きな塊が彼のお腹の中と・・・心の底に落ちていった。

 

 

 

 

「 ・・・ ジョ − ・・・ ね ・・・? どう  した の・・・? 」

「 ・・・・・・・ 」

その夜 やっと彼の腕から離れたとき フランソワーズは肩で息をするのが精一杯だった。

切れ切れの息の下から訊ねたコトバに 彼はそのままくるり、と身体の向きを変えてしまった。

「 ・・・・ ね ・・・? なにか ・・・ あった の ・・・ 」

「 なにも。  ・・・ 気にしなくていいよ  オヤスミ・・・ 」

「 ・・・ お休みなさい ・・・ 」

いつもは フランソワーズのお喋りをにこにこ聞いていたり 彼自身もぼそぼそその日の出来事を

話たりするのだが。 

 

    ・・・ 疲れているのかしら。  

    こんな  こんな 乱暴な愛し方するジョーって・・・ 初めてかも・・・

    

フランソワーズはまだひりひりと熱い胸元に そっと手を当てた。

寄り添った広い胸は いつもと変わらず温かかったけれど。 

 

    ジョー ・・・?  なにか抱え込んでいるのなら ・・・ 教えて・・・

 

ほんの数分前まで 彼女の中で熱く存在し爆ぜた彼はすでに深い眠りに淵に沈んでいた。

オトコには勿体ないみたいに長い睫毛は ぴたりと頬に落ち そより、とも揺らがない。

 

    わたし達 ・・・ 夫婦でしょ? 

    誰にも言えないコト も  言いたくないコトも  わけっこ、しましょ・・・

    ・・・ ねえ、 ジョー ・・・ 明日 で いいから ・・・ ね・・・?

 

額に乱れる栗色の髪に フランソワーズは静かに唇を寄せた。

 

 

 

Last updated : 02,23,2010.                  index         /         next

 

 

 

*******  途中ですが

すみませ〜ん 長くなるので二回に別けました  <(_ _)>

冒頭にも記しましたが このオハナシは 平ゼロ設定の <もうひとつの島村さんち>。

双子ちゃんのいない 大甘々かっぷるの物語です♪ 

そして ♪ これは キリリク作品でもありま〜〜す♪

【 333939 】  を踏んでくださった 花林様 への捧げものであります<(_ _)>

 

へへへ・・・ピアノ・コンクールとか モロ趣味に走ってます〜〜

( お気付きと思いますが。 アルベルト達が見ていたのはヴァンクライバーン・コンクールです♪ )

 

お宜しければもう一回 お付あいくださいませ <(_ _)>

ご感想の一言でも頂戴できましたら〜〜〜 感涙!!