『 朝刊 ― (2) ― 』
ザワザワザワ ・・・・ クスクスクス ・・・ ハハハ ・・・ フフフ ・・
都会の何処にでもあるカフェ・チェーン店、 その一角から押さえた笑い声が零れてくる。
男女三人連れで 皆大きなバッグを抱えている。
決して 超今風 な格好をしてるわけではないが、 雰囲気が周囲とはなんなく違っていて
自然と目を引いてしまうプチ・集団だ。
へえ ・・・ 三角関係?
え でも楽しそう ・・・っぽい?
おっされ〜〜じゃないけど ・・・ カッコイイ
あれ? あのコ外人じゃん?
あ〜 かっわい〜〜〜♪
聞くとも無しに聞こえてくる外野の声だが ― 彼らは全く意に介していなかった。
自分達のお喋りに熱中していたし、周囲の視線 は彼らにとって<風景>にすぎないのだ。
「 あっは・・・ すばるがねえ〜〜 ははは・・・ 」
タクヤは声を上げて本当に愉快そうに笑った。
「 笑ってる場合じゃ〜ないのよ〜 ほっんとうにね、もうのんびり屋で困っているの。 」
フランソワーズは 盛大に溜息をつく。
レッスン後、 タクヤとみちよは、落ち込み激しいフランソワーズを 半ば強引にお茶に誘った。
ご本人は 早く帰らないと ・・・と 躊躇していたが、友達に引っ張られていった。
チェーン店で ティー・タイムを始めてみれば 眉間の縦ジワも笑いジワに変わってゆく。
・・・ タクヤ ・・・ みちよ ・・・ ありがとう!!
わたし あのまま帰ったら ―
・・・ きっとまた すばるを叱り飛ばして すぴかとケンカして・・・
ごめんね ・・・ お母さんが悪いのに ・・・・
カチン カチン カチン ―
フランソワーズは子供たちの顔なんぞを思い浮かべつつコーヒーを混ぜていた。
「 あは ・・・ 笑ってごめん。 でもな〜 アイツ、のんびり・・・ってかマイペースなんだろ? 」
「 え。 だってね! 朝御飯のテーブルに着くまでにいったい何分掛かっていると〜〜
マイペース なんて範囲じゃないわよ。 」
「 あのねえ ウチの弟もチビのころそんな感じだったよ?いっつもいっつもギリギリ登校だったし。
今は 腹減ったァ〜〜って がっついてるから一番に食べにくるけどね。
男子なんてそんなモンじゃない? あれ フランソワーズは兄弟、いるんじゃなかったっけ? 」
「 あ ・・・え ええ ・・・ 兄 がいる けど。 でも ・・・ 少し歳が離れてるから・・・
わたしがチビの頃、朝はもう学校に行ってて・・・知らないのよ。 」
「 ふうん ・・・そうねえ アニキと弟、じゃあいろいろ違うわねえ〜 」
「 しっかし・・・ すばるらしいっちゃ すばるらしいなあ〜 なんかカワイイじゃん? 」
のんびりムスコのことを愚痴ったら 共に独身の友達には面白い話題、と映ったようだ。
「 チビの頃ってさ。 オトコってわりかしいつまでも幼稚なんだよな〜
俺、クラスの女子ってすげ〜年上に見えたもんな。 」
「 ほら〜〜 生き証人がいるよ〜 」
「 え あ ・・・ タクヤも その・・・? のんびりさん、だったの。 」
「 う〜ん ?? ウチは俺と弟だから 二人して似たようなモンであんまし気にならなかったな〜
お袋も俺らのマイペースには諦めてて ・・・ ガミガミ言わなかったんだ。 」
「 まあああ〜〜 ! すごいわ〜〜 素晴しいお母様ねえ〜〜 」
「 いや ・・・ もう面倒だったんだろ?
寝坊して遅刻しても 本人の責任だからね!って言われてたし。 」
「 あ〜 ・・・ そう ・・・ 」
「 だからさ、 フランも。 あんまし気にするなよ。
すばるだってすぐにでっかくなって 『 母さん、 なんか食うものない? めし まだァ? 』
とか 言うようになるんだ。 」
「 え ・・・ あのすばるが ねえ ・・・? 」
「 そうそう そうだよ〜〜 フランソワーズ。 ウチの弟だってそうだもん。 」
「 ・・・ う ・・・ うん ・・・・ 」
いつもにこにこ・すばる君。 父親よりちょびっと明るい茶髪は くりん・・・とクセッ毛がまじり、
父親と同じ赤茶の瞳はいつだって柔らかい光でいっぱい。
そんなムスコが ― のんびり過ぎて ついつい毎朝怒鳴ってしまうけれど ・・・ フランソワーズは
姿を思い浮かべるたびに きゅ・・・っと抱き締めたくなってしまう。
そうねえ ・・ < 好き > っていってもジョーとはちょっと違う感覚なの
なんていうのかしら ・・・ わたしの手脚よりも わたし に近いのね
う〜ん ・・・だから 余計に怒ってしまうこともあるんだけど・・・・
「 そっかァ〜〜 そうかも ・・・ ねえ ・・・ 」
「「 そうだよ ( よ ) 」」
外野が混声合唱で答えた。
「 だ〜からさ〜〜 フランもたまにはこうやって ・・・ 息抜き、しろよ〜〜 」
「 そ〜そ〜 ・・・ マダムじゃないけど オデコにシワが寄るよ? 」
「 ― ねえ ・・・ わたし。 オデコにシワ ・・・ ある?? 」
フランソワーズは真剣なマナザシだ。 そ〜っと人差し指で眉間を撫でている。
「 え?! あ ・・・ そ そんなコト ない・・・よ なあ みちよちゃん? 」
「 え ええ うん。 ほら〜〜 アレは比喩だよォ〜〜
いっつもくら〜〜いしかめっ面してたりすると ああいう風に言ったりするもの。 」
「 あ そ そうなの??? わたし ・・・ 真剣にオデコをさわっちゃったわ ・・・ 」
「 だ〜いじょうぶ! フランのオデコはつるつる・ぴかぴか さ 。 」
バチン、とタクヤがウィンクをする。
「 え ・・・ そ そう? やだ・・・ もう〜〜 」
「 だからさ〜 たまにはのんびりお茶 しよ? ここのカフェ・オ・レ、好きでしょ? 」
「 ええ。 ここのはミルクの割合が最高だわ♪ 」
「 あ〜〜 オレ 腹ペコ〜〜 なんとかムッシュ だっけ? アレ 食う〜〜 」
「 クロック・ムッシュゥ でしょ? 」
「 うん それそれ。 あ すいませ〜〜ん ? 」
タクヤとみちよの賑やかなおしゃべりと 美味しいカフェ・オ・レ で フランソワーズはたっぷり
<充電> できた気分だった。
フランス美女はにこやかさを取り戻し 帰っていった。
タクヤは 彼女の後姿をぼ〜〜っと見送っている。
「 ― タクヤ君? ツライねえ 〜 ・・・ 」
「 え ・・・? あ 〜 ・・・ ま〜なァ ・・・ 」
みちよのしみじみした声にタクヤはやっと我に帰り 冷え切ったカフェ・オ・レを飲み干した・・・
カタタ −−− ン カタタ −−− ン ・・・・
電車の音が単調に響いている。 午後の下り線は空席が目立つ。
フランソワーズはお気に入りの隅っこに座って ぼんやり景色を眺めていた。
「 ・・・ あ〜あ ・・・ なんかいい気分 ・・・ 友達ってステキだわ ・・・ 」
本当にしばらくぶりで のんびりお茶をした。
他愛も無い話題や踊りの世界の内輪話で笑い転げたり感心したり した。
時間を気にするほどでもない頃合に また明日ね、 と手を振ってきた。
「 そうよねえ ・・・ こんな時間、ず〜っと・・・忘れていたわ ・・・
パリじゃ よく友達とず〜〜っと夕方まで話し込んでいたりもしたけど ・・・ 」
夕闇迫る中 ぷらぷら・・・のんびり歩いて帰ったこともあった。
話込みすぎて 寒い季節にはあっと言う間に暗くなり 先に帰宅していた兄に渋い顔をされた。
そんな遠い遠い日が 昨日みたいに思い出された。
「 ・・・ あんな時間 ・・・ あったのよねえ ・・・ なつかしい ・・・かな。 」
ねえ フランソワーズ? あんた、あの頃に戻りたい?
・・・え? ・・・ そ それ は ・・・
きゅ・・・っと胸の奥が痛む。
運命の神が 人生のやり直し を 提案してくれたら ― 自分はどうするだろう。
故郷で バレエ・ダンサーとして 生きる ?
― ううん。 ジョーと すぴかとすばるの方が いい!
ええ 負け惜しみとか 強がり じゃないわ。
わたし。 今のわたし を選ぶわ。
これだけは迷いなく言い切れる、 と思った。
・・・ あ ・・・。 お兄ちゃん ・・・
不意に兄の顔が 最近はあまり思い出すこともなかった兄の顔が浮かんできた。
お兄ちゃん ・・・ お兄ちゃん ・・・!
わ わたし ・・・ でも お兄ちゃんには会いたい の
ハナの奥がツン・・・として 涙が滲んできてしまった。
「 次は 〜〜〜 〜〜〜 」
車内アナウンスがのんびりながれてきた。
「 あ・・っと ・・・ 乗換えなくちゃ ・・・ 痛 ・・・! 」
ツキン ― 爪先は痛んだけれど 彼女は大きなバッグを抱えて勢いよく立ち上がった。
「 え〜と ・・・ キュウリとトマトと・・・ホウレンソウ! 安いわ! 」
地元駅からまたバスに乗り。 海岸通り手前の商店街で買い物をしてゆく。
「 ここは本当にお野菜がいっぱい・・・ 皆新鮮だし〜〜 美味しいし ・・・
そうよ! 絶対にすばるには食べてもらいますからね!
お野菜は丈夫で健康な身体のモトです! ― あ。 」
チビの頃って どうだった?
ふっと さっきのタクヤたちとのお喋りが思い出された。
「 ・・・ ちっちゃい頃 ・・・ そう ・・・ わたし、いつだってなんでも ビリ だったわ。
パパと兄さんはいつだって朝早くて ・・・ 一生懸命早起きしても二人とも出かけた後で。
朝食を食べ終るのはいつだって 最後・・・ ママンのオムレツ・・・ 美味しかったわ・・・ 」
朝、 どんなに早起きしてもキッチンに行けば 母はきりっと白いエプロンをつけ
熱々のカフェ・オ・レを淹れ ・・・ とろり蕩けるオムレツを作ってくれた。
「 ・・・ おはよう ・・・ ママン ・・・ 」
「 まあ ファン。 お早う〜〜 いい子ね、お顔を洗ってきましょうね。 」
「 はあい ・・・ お兄ちゃんは? 」
「 ジャン? あと五分もすれば起きてきますよ。 」
「 わあい♪ アタシの方がはやかったのね〜〜 」
「 ふふふ ・・・そうね、 だから先にお顔を洗っていらっしゃいな。 髪を結ってあげるわ。」
「 はあい。 あ ママン! 今日はね、白いリボン、つけてね。 」
「 ええ ええ ファンのお気に入りのレースのおリボンにしましょうか。 」
「 わぁ〜い♪ ママン? ねえ ママンのいい香りのするシャボン、つかってもいい? 」
「 ええ いいわよ。 」
「 メルシ〜〜 ママン♪ 」
トテトテ ・・・ バスルームに駆けてゆき お湯の栓を捻っていると ―
ダダダダ ・・・ バン。
「 お〜〜ファン。 ちょっとゴメンな〜〜 」
ずい、と大きな手で 横にどかされてしまった。
「 あ〜〜〜〜 お兄ちゃん〜〜 アタシがさき〜〜〜 」
「 わりぃ〜〜 遅刻しそうなんだ〜〜 お前はまだまだ時間あるだろ? 」
「 ・・・ あ〜〜〜 」
兄は 妹が使おうとしていたシャボンを取り上げお湯の栓を盛大に捻りばしゃばしゃ・・・顔を洗い
ゴシゴシ ・・・ 髪もついでにタオルで拭きつつ出ていってしまった。
「 ・・・ あ〜〜ん ・・・ アタシのシャボン、つかったァ〜〜〜 」
「 あ〜? こりゃママンのだろ。 お子チャマにはもったいねえよ。 ふんふんふ〜ん♪
いいオトコにはいい香り〜〜っと〜 」
ディオールのソープの香りを漂わせ 兄はガシガシとバスルームから出ていった。
「 ・・・ あ〜〜ん ・・・ くすん ・・・ お兄ちゃんなんかキライだあ〜〜 」
濡れた石鹸をもう一回手にとって 小さな妹は一生懸命に顔を洗った。
「 〜〜〜〜〜! ママン、 このバゲット、ウマイね〜〜 」
「 そう? いつものお店のよ、ジャン。 」
「 そっか? むぐむぐむぐ ・・・・ お いっけね〜〜 焦らんと〜〜 」
がばがばがば ・・・ 兄はカフェ・オ・レで頬張っていたバゲットを飲み下すと
ささささ・・・っと身だしなみを整え さっさと登校していった。
「 あ・・・ お兄ちゃん ・・・ファンもいっしょに 」
妹の言葉なんぞ、まるで耳に入らず ― 元気もりもりな青春真っ只中!は
自転車を飛ばしていってしまった。
「 ・・・ あ〜〜ん ・・・ 途中までのせてもらおうと思ってたのにい〜〜〜 」
「 まあ ファン ・・・それはちょっと無理ねえ 」
「 え どうして、ママン 」
「 あなたのお皿 ― まだカリフラワーが残っているもの。 」
「 ・・・・ う ・・・ ん ・・・ あとで食べる ・・・ 」
「 だめ。 今 お食べなさい。 」
「 ・・・ お昼にたべる 」
「 ランチにはトマトとレタスのサラダをランチ・ボックスにいれたわ。 」
「 じゃ じゃあ ・・・ 晩御飯! 」
「 だめです。 そのカリフラワーは ファンの朝御飯ですから、今たべなさい。 」
「 ・・・ ・・・・・・ 」
フランソワーズは じ〜〜っとお皿の上のカリフラワーを睨んだ。
かりふらわ〜 ・・・ きらい。
お口の中で つぶつぶになるし〜 ヘンなあじ ・・・
・・・ 家族で一番チビっこだからいつでも − 食事もいっつも ビリっこ だった。
いや 食事だけではなく、何をするにも常に一番最後に皆の後を走って付いてゆく・・・気分だった。
大好きな兄と一緒にいたいのに いつだって彼はさっさと行ってしまう。
まって まって お兄ちゃん ・・・! パパ ママン 〜〜 まってェ〜
ちっちゃなファンション は いつもいつもそんなコトを思っていた。
― コトン。 新らしいカフェ・オ・レ が 目の前に置かれた。
「 ママン? 」
「 さあ ファン ・・・ お砂糖をいっぱい入れたわ。 カリフラワーを食べたら
これを飲みましょう? 大好きな味でしょ。 」
「 ・・・ う うん ・・・! 」
えい! 彼女は目を瞑って苦手なカリフラワーを口に突っ込んだ。
「 お〜や ・・・ ファン、今朝はちゃんと全部食べられたのかな。 」
「 パパ! 」
アルヌール氏が 新聞の陰から娘に笑顔を見せる。
「 うん! ちゃんと食べたわ! 」
「 ほう えらいぞ。 ママンの朝御飯はいつでも最高に美味しいものなあ。
ファンションも皆大好きだろ? 」
「 う うん。 オムレツも ・・・ カ ・・・ カリフラワーも・・好き! 」
「 よし よし ・・・ おっと・・・そろそろ出かけんとな。 おい いってくるぞ。 」
「 あなた。 行ってらっしゃい・・・ 」
パパは相変わらずにこにこ笑って ・・・ 新聞を畳むとママンとキスをして
それから ―
「 おっと ・・・我が家のお姫様にも ・・・ イッテキマス 」
「 きゃ ・・・ パパ♪ 」
温かいキスがほっぺに降ってきた。
パパはママンにコートを着せかけてもらい、帽子を被ると手を振って出かけていった。
アルヌール家の朝は忙しないけれど いつだって和やかだった。
― そう よ ・・・ ウチの朝は ・・・ 皆 笑っていたっけ・・・
ママン ・・・ どんな時でも 微笑んでいた わ ・・・
けど。 ウチの朝 は。 わたし は ・・・
今朝。 楽しくて美味しいはずの朝御飯なのに ガミガミ言ってばかり ・・・だった。
娘は膨れッ面をし、息子は涙目 ― 彼女自身は 眉間に縦ジワ。
思い出せる言葉は < はやく はやく > ばっかりなのだ。
「 ・・・ そう ね。 わたし、いっつも最後だったっけ。 一生懸命やってもビリだったわ ・・・
すばるだってわざとゆっくりしているわけじゃないのに ・・・ わたしったら ・・・ 」
・・・ すばるはあんまり美味しく朝御飯 食べられていない・・・かも。
ツキン ― 胸がちょっぴり痛む。
「 朝から涙目 ・・・ なんて ・・・ 誰だってイヤよねえ ・・・ 」
食事でキライなもの 苦手なもの も あった。
勿論 残すことは許してもらえなかったけれど 母はガミガミ言うことはなかった。
なんとか食べられるように メニュウを工夫してり気分を変えてたりしてくれた。
「 ― カリフラワー ! そうよ そうよ ・・・ どうしてもどうしても苦手だったのよね。
で 、ママンがクリーム・スープに入れてくれるとなんとか 食べられたんだわ。
・・・ う〜〜〜ん ・・・ すばるの野菜嫌いも ― どうしたらいいのかなあ・・・
給食でも苦戦してるらしいし ・・・ 」
気がつけば 八百屋さんの店先でフランソワーズはじ〜〜〜〜っと人参の山を見詰めていた。
「 お? すぴかちゃんのおか〜さん! 今晩の献立は決まったかい? 」
「 ・・・あ ・・・ 八百福さん ・・・ 」
八百屋のオヤジさんが 元気な声をかけてきた。
「 人参かい? これは柔らかくてウマイよ〜〜 」
「 ええ 美味しそう ・・・ でもねえ・・・すばるは人参が苦手で・・・ 」
「 あは コドモはそんなコトを言うコが多いねえ〜 」
「 ・・・ 毎朝、お野菜を食べさせるの、大変なんです。 どうしたらいいのかしら・・・ 」
「 あのね 奥さん。 コドモの好き嫌いなんて気分の問題ですからねえ
好物に混ぜればいいんですよ。 」
「 え ・・・ 好物 に ? 」
彼女の横で タマネギを選んでいた老婆が にこにこ・・・教えてくれた。
「 ええ ええ。 ウチの息子も子供のころ、人参やらピーマンがキライでしたけど・・・
細かくしてカレーなんかに混ぜてしまうと 知らずにぱくぱく食べてましたよ。 」
「 あ! それ・・・ いいですわね! カレーなら大好物ですし ・・・ 」
「 でしょ? そのうちにね、 腹減った〜〜 なんて何でも食べるようになりますよ。 」
「 まあ〜〜 ありがとうございます。 早速今晩やってみますね。
そうよねえ じゃあ 今夜はカレー♪ すぴかの大好きなタマネギを沢山いれてあげようっと 」
フランソワーズは笑顔でお礼を言って 人参やらタマネギやらピーマンやら・・・山ほど買って帰った。
「 ― ただいま 」
今日はまだ誰も帰ってきていない時間だけれど、玄関を開けたときには必ず口にする言葉。
ただいま おかえりなさい いってきます いってらっしゃい
なんてステキな挨拶なのだろう。
この国に暮すことになって 最初に教わってから、フランソワーズは日本人の何気ない挨拶言葉がとても
気にいっていた。
ジョーも習慣で ほぼ無意識に口にしていたので 玄関での挨拶 はギルモア邸では
皆が自然に言うようになっていた。
フランソワーズは誰も家にいなくても 声にだして挨拶を言った。
「 あの さ フランソワーズ? ぼくは昔の習慣でいつでも声にだすけど・・・
きみは誰もいなかったら言わなくてもいいと思うよ? 」
ジョーは 微笑しながらもやんわり言ってくれた。
「 え ・・・ うん でも言いたいの。 そうね お家に挨拶をしたいのよ。
わたしのお家に帰ってきましたよ〜〜〜って。 」
「 あ いいなあ〜〜 うん、ぼくも真似するよ。 」
「 ね? ちょっとステキじゃない? 」
以来、この家では皆が だ〜れもいなくても大きな声で ただいま! をするのだ。
「 ・・・よい しょ・・・っと。 子供達はまだ帰ってないし。 博士はお出掛けって言ってらっしゃったわ。
おっと洗濯ものを取り込んで・・・っと。 」
パタパタパタ ― キッチンに食材を運びこむと そのまま勝手口から庭にでた。
「 う〜〜ん ・・・ パリっと乾いてイイカンジ♪ ふんふんふ〜〜ん♪ 」
さらさら風に翻っていた洗濯物を取り込んで ― リビングまで戻ってきて ・・・
ソファの上に 星の模様がついたランドセルが放りなげてあるのを発見した。
「 あら? すぴかのランドセル・・・ あのコ、一回帰ってきたのかしら?
今日は帰りにレッスンに寄る日なのに ・・・ 」
持ち上げてみれば バサ ・・・っとすぴかのレッスン・バッグが一緒に落ちた。
「 やだ・・・! すぴかったら〜〜 レッスン、サボったのね?? 」
すぴかは幼稚園の年長さんの頃から 地元のバレエ教室に通っている。
もともとお転婆さんなので跳んだり跳ねたりは大好き♪ そして・・・
アタシもお母さんみたく おひめさま、おどる!
母の舞台を見て彼女はそう宣言した ― のであるが。
最近はどうも あまり熱心ではない。
母に言われてなんとか通っているが 学校の友達 ( 男子! ) と外で遊ぶ方が好きらしい。
「 ったく〜〜〜! ちゃんとレッスンする!って約束で 新しいレオタードも買ったのに〜
どこに逃亡したのかしら! 」
フランソワーズはぷりぷりしつつ娘のランドセルをリビングの隅っこに置いた。
「 もう ・・・! オヤツは抜き! だわね。
すばるは ・・・ ああ そうね、今日は<しんゆう>君とそろばんの日だったわ。 」
― ぼすん! 彼女はソファに座るとさっさか洗濯物を畳みはじめた。
「 だって ・・・ 虫とりにいく約束、したから。 」
夕方、ご機嫌ちゃんで帰ってきた娘は 母の前でそう申し開きをした。
「 すぴかさん。 今日はレッスンの日でしょう? そんなこと、もうず〜っとわかっているでしょ。
どうして虫捕りの約束、したの。 」
「 だって ・・・ ハヤテ君がさそってくれたんだもん。 」
「 誘ってくれても。 レッスンの方が先に決まっていることでしょ。
黙ってお休みしたら 先生は心配するわよ? 」
「 だって ・・・ すぴか ・・・むしとり、したかったんだもん。 」
「 すぴかさん。 虫捕りがしたかったら学校もお休みするんですか? してもいいの? 」
「 ・・・ いくない ・・・ 」
「 お稽古も同じでしょ。 あとで先生に ごめんなさい ってお電話しましょう。
来週は絶対にお休みしてはダメよ。 練習しないと上手に踊れるようになりませんよ。 」
「 ・・・ すぴか ・・・ じょうずじゃないんだもん。 」
「 だからレッスン、するのでしょう? お休みしたらもっと上手になれないわ。 」
「 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・・ 」
すぴかは黙ってお下げの先を弄くっている。
「 レッスン行くのがイヤなら バレエ やめますか? 」
「 やだ。 やめない。 」
「 それならちゃんとレッスンにゆくの。 黙ってお休みしちゃ ダメです。 」
「 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 」
「 わかりましたか、 すぴかさん。 」
「 ・・・ ワカリマシタ 。 」
「 そう、じゃあ ・・・ランドセルとお稽古バッグをちゃんとお部屋に置いていらっしゃい。
宿題は? 明日の用意もちゃんとするのよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ おかあさん、 オヤツ。 」
「 宿題、してから。 できたらノート、持っていらっしゃい。 」
「 ・・・ ワカリマシタ。 」
すぴかはランドセルとバッグをもって のろのろ・・・階段を登っていった。
「 もう〜〜〜 ・・・ 」
母は特大の溜息を吐く。 いつも元気ではきはきお話をし、にぎやかな娘なのだが ・・・
「 ・・・ すぴか ・・・ バレエはあんまり好きじゃないのかしら ・・・ 」
そろそろ 本当に好き、でレッスンする子と なんとなく通っている子 に差が出始める時期かもしれない。
本気な子はどんどん上手になってゆくので なんとなく・・・派はやる気も失せ やめてゆく。
「 始めた頃は 大好き! って言っていたのに ・・・ オヒメサマ、踊る! って言ってたのに。
すぴかが発表会でソロを踊るの、見たいのに〜〜 」
・・・ ふうう ・・・ なんだかどっと疲れてしまった。
「 ・・・ でもねえ ・・・ 無理強いしても ねえ ・・・ こればっかりは ねえ ・・・
あ!? すばる ・・・ そろばん教室はもう終った時間よねえ ・・・・? 」
壁の鳩時計を見て フランソワーズはまた別の心配にアタマを悩ませるのだった。
「 ただいまあ〜〜 おかあさん〜〜〜 」
結局 のんびり息子は1時間も遅れて帰ってきた。
「 すばる〜〜 どこに行ってたの?? そろばん教室はいつもと同じ時間に終ったって
先生はおっしゃったわよ? 」
「 あ〜 おかあさん。 僕ね わたなべ君とね としょかん にいってね、
そろばんの本 みてきたんだ〜〜 あとね、 JRのしゃしんしゅう もみた! 」
息子は大にこにこ ・・・ 母の眉間にはまたまた縦ジワが刻まれてしまった。
「 すばる〜〜 お教室が終ったら真っ直ぐ帰っていらっしゃい!
ああ わたなべ君のお家にもお電話しておかなくちゃ ・・・ 」
「 あ〜 わたなべ君もねえ しゃしんしゅう、いいね〜〜ってみてたんだ〜 」
「 だから〜〜 寄道はだめ。 」
「 よりみちじゃないよ〜 僕、としょかん いったんだもん。 あそんでたんじゃないよ? 」
「 図書館でも。 帰りに行くのならちゃんと朝、お母さんに言って。
お母さん ず〜〜〜っと心配していたのよ? すぴかもすばるも 〜〜〜 」
「 としょかん、いってきた。 これでいい? 」
「 ・・・ いいけど ・・・ 朝、言わないとだめ。 わかりましたか、すばるクン? 」
「 はあ〜い。 ねえねえ おかあさん、オヤツ、なあに。 」
「 宿題、あるのでしょう? 終ってから よ。 ノート、持っていらっしゃい。 」
「 ・・ オヤツ〜〜〜 」
「 ちゃんと用意してあります。 宿題の後 ね。 」
「 僕ぅ〜〜〜 おなかすいたァ〜〜 」
「 あ そうだわ。 今晩ねえ カレーなの。 誰かじゃがいも剥き、手伝ってくれないかなあ〜 」
「 僕!!! 僕 やる!!! 宿題 〜〜 やってくるから!
まってて〜〜〜〜 おかあさん! 」
ダダダダダ −−−−・・・!!! すばるは全力疾走で階段を登っていった。
「 ・・・ へェ ・・・ あのコも 加速そ〜ち! なのねえ ・・・ふうん ・・・?
あは ・・・ 後ろ姿〜〜 ジョーそっくり ♪ 」
フランソワーズは 含み笑いで小さな息子の後姿を見送った。
トントントン ・・・・ じゃ〜〜〜 きゅっ。
キッチンは賑やかな音でいっぱいになってきた。
「 すばる? どう・・・ じゃがいも、もうすぐ剥き終わる? 」
「 ・・・ あと ちょっと! もうちょっと〜〜 !! 」
フランソワーズの足元には すばるが座り込んでジャガイモの皮剥きをしている。
彼はぷっくりした指で器用に包丁を使い 手元からはするする皮が伸びている。
「 ふうん ・・・ ホント 上手ねえ すばる ・・・ 」
「 えへへへ ・・・ こうやってね こうやってね ・・・ ほうら〜〜 皮、つながったァ〜 」
「 すごい ・・・! お父さんに教わったの? 」
「 ううん 僕がかんがえたの〜〜 」
のんびり・息子は 小さな頃からキッチンが好きで 今では包丁も危なげなく扱える。
「 おか〜さ〜〜ん!!! まだごりごりやるのオ? 」
すぴかが ボウルと下し金と人参と ・・・格闘している。
「 あ え〜と ?? うん そのくらいでいいわ。 いっぱいごりごりやってくれてありがとう、すぴか。 」
「 えへへへ ・・・ ね〜 これ ・・・ ジュースにするの? 」
「 い〜え。 ちょっとヒミツ。 じゃあ ・・・ 残りの人参はねえ、細長く切ってくださいな。 」
「 うん! ・・・ あ〜 これおいしそう〜〜 ねえ ねえ お母さん、 たべてもいい。 」
「 え・・・ 人参を? 」
「 ウン。 アタシ、 にんじん とか だいこん とか きゅうり とかかじるの、すき〜〜 」
「 いいけど ・・・ あ なにかかける? 」
「 う〜ん・・・? あ お醤油♪ 」
「 ・・・ はい どうぞ。 」
「 〜〜〜〜 ん 〜〜 おいし〜〜〜〜 」
すぴかは人参にさっと醤油をかけてぽりぽり・・・齧っている。
「 おいし〜〜 すばる、にんじんって生の方がおいしいよ〜〜 」
「 ・・・ 僕、 いい。 すぴか、僕の分、食べていいよ〜 」
「 わい♪ 」
「 お〜〜っと それはダメです。 すばるはすばるの分をちゃんと食べるの。
すぴかさん、もっと欲しければ切ってあげるけど ・・・でもカレーの中にも入れるわよ?
晩御飯でいっぱい食べない? 」
「 うん! あ たまねぎも〜〜たくさん入れてね〜〜 」
「 はいはい ・・・ あら? 二人ともお手伝いをしてくれるのは嬉しいけれど
宿題は? ちゃんと終ったのかしら。 」
「「 うん! 」」
「 そう? それじゃ・・・御飯のあとでノートを見せてちょうだい。 」
「「 は〜〜い 」」
なんとも良いお返事なのだが ― なんだか怪しいわね? 母のカンが囁いていた。
晩御飯は ― チキンと野菜のカレー ― 大賑わいだった。
ジョーは相変わらず帰りが遅いのだが ちょうど帰宅した博士も交え楽しく食卓を囲んだ。
すぴかもすばるも びっくりするくらい食べた。
「 おいし〜〜ね〜〜 おかあさん〜〜 おいし〜ね〜 」
すばるは何回も 何回も繰り返し、 自分の剥いたじゃがいもを満足そう〜〜に齧り、
いつもは残す人参も食べることができた。
「 まあ 〜 すばる、きれいに食べたわねえ〜 」
「 ウン。 僕 ・・・ にんじんも2コ たべた〜 」
「 そうね 偉いぞ〜 」
「 えへ♪ 」
実は今晩のカレーには摩り下ろした人参が多量に入っていて ・・・ 結果的には
すばるはいつもより沢山 野菜を食べたことになる。
「 にんじんもたまねぎも〜〜いっぱいで おいしかった〜〜〜♪ 」
すぴかも満足そうだ。
「 よかったわ。 二人ともトマト・サラダもちゃんと食べたし。 じゃあね、デザート♪ 」
「「 うわ〜〜い♪♪ 」」
母が運んできた オレンジとバナナ入りのゼリーに子供たちは歓声をあげた。
「 うむ ・・・ 美味しかったぞ、フランソワーズ。 この甘味は ・・・ 人参かね? 」
博士も満足そうにスプーンを置いた。
「 まあ さすが ・・・ はい そうなんです。 すばる、いっつも人参を残しますでしょ。
だから形を残したものは少しにして あとは摩り下ろしてルーに混ぜました。
すぴかががんばってごりごり摩り下ろしてくれました。 」
「 ほうほう ・・・ それでコクのある味になったのだな。 」
「 ええ。 実は ・・・ 八百屋さんの店先で教わったんです。
好物に混ぜれば子供は食べてしまうよ・・って。 」
「 あ〜 なるほど なあ・・・ 」
「 あ 博士、大人用のデザートには リキュール入りのゼリーですのよ。 」
「 ほう ・・・ それは楽しみじゃな。 」
「 今 お持ちしますね。 」
子供たちはごちそうさま、をしてリビングでTVを見ている。
「 すぴか すばる? 宿題のノート、見せてちょうだい。 約束でしょう? 」
フランソワーズは二人に声をかけると キッチンに入っていった。
コトン。 デザートのお皿がテーブルに置かれた。
「 さあ どうぞ。 ミント風味のリキュールを入れてみましたわ。 」
「 フランソワーズ? 足を ・・・ どうかしたのかね? 」
「 え? ・・・ あ ええ ・・・ ちょっとレッスンで ・・・ 爪先が ・・・ 」
「 みせてごらん? 妙な歩き方をしているなあと思ったのだが。 」
「 お食事の後で ・・・ 」
「 いや。 気になるよ、見せてごらん。 」
「 ― はい ・・・ 」
フランソワーズは スリッパを脱ぎ足を出した。
博士は屈みこんで 彼女の爪先にそっと触れた。
「 ・・・ いたッ ! 」
「 ・・・ これは ・・・ どうしたのかね。 ひどく爪先に負荷がかかっておるじゃないか。 」
「 あ〜〜 あの ・・・ 」
フランソワーズは今朝の顛末を話した。
「 ― ふむ ・・・ これは痛むじゃろう。 保護用のシートを持ってくるよ。 」
「 あ ・・・ すみません ・・・ 」
「 フランソワーズ。 」
博士は立ち上がってから じっと彼女の顔を見た。
「 ― はい? 」
「 ワシももっと早く気がつくべきじゃったが ― 自分のことを後回しにしてはだめだぞ。
特に身体の怪我や痛みには な。 」
「 ・・・ あ は はい ・・・ 」
「 おか〜さ〜ん うーろん茶がのみたい〜〜 あれ どうしたの?? 」
すぴかが食堂に飛び込んできて 目を丸くしている。
「 おかあさん! あし ・・・ どうかしたの?? ねえ どうしたの?? 」
「 あ ・・・ 大丈夫よ、なんともないわ。 」
「 え ・・・ でもぉ〜〜 こんなに赤くなってる! ねえねえ 痛いの? 氷 もってくる? 」
すぴかは母の足の側にぺたん、と座り込んでしまった。
「 大丈夫 ・・・ あのね、お母さん、 今朝トウパッドを忘れてちゃって ・・・
ず〜っとポアント履いてるでしょ、 やっぱりちょっと痛い かな 」
「 え〜〜〜〜 あ! おじいちゃまにお薬〜〜 」
「 ほい 持ってきたぞ。 おお すぴかや ・・・ 大丈夫、 おかあさんの足はな
ちょこっと冷しておけば治るさ。 」
「 え ほんとう?? おじいちゃま 」
「 ああ ホントさ。 これはな、ワシが作った特製・湿布薬さ。 これを貼っておけば・・・ 」
「 博士 ・・・ 」
よいしょ・・っと博士は彼女の前に座りこみ、爪先を保護シート様なもので覆ってくれた。
「 ・・・それ なに ・・・ おじいちゃま ・・・ 」
「 うん? ほら〜〜 お前が転んだりぶつけたりしたとき 、ぺたん、と貼っておくひんやりする
モノがあるだろう? アレを同じさ。 」
「 ふうん ・・・ おかあさん、 もう大丈夫? 痛くない? 」
「 え まだちょっと痛いけど。 おじいちゃまからお薬頂いたから すぐに治るわ。 」
「 よかったあ〜〜 おかあさん、 すごいね〜 」
「 え? なにが 」
「 だって〜 ず〜っと足、痛かったのに ・・・ おかいものしてごはん、つくったのでしょ? 」
「 ・・・ お母さんのお仕事だもの。 」
「 え〜〜 でも〜〜 すぴか、足 痛かったらなんにもできないもん。 」
「 ははは それじゃう〜んとお母さんに感謝するんじゃな。
さあ 今晩はずっとコレを貼っておきなさい。 明日の朝にはかなりマシになっているはずじゃ。
う〜ん ・・・ あんまり損傷が激しいのであれば ― 」
「 ・・・ 換える ? 」
「 それしかあるまい? 足先のバランスが狂うと全身にも害が及ぶ。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 本来、 人間は爪先立って踊るふうにはできていない ・・・ということじゃなあ。 」
「 ・・・ そうかもしれませんわねえ ・・・ 」
「 ちがうよ! おじいちゃま ちがうの! 」
突然 すぴかが話に割り込んできた。
「 まあ なあに、 すぴか。 おじいちゃまとお話しているのよ? 」
「 あ ・・・ ごめんなさい ・・・ でも でも〜〜〜
ぽあんとでね おどるのってとって〜〜〜もきれいなの! アタシも絶対にぽあんと、はくの! 」
「 すぴか ・・・ 」
「 ほう〜 そうか。 それでは レッスン、頑張らないといかんなあ? すぴか。 」
「 う ・・・ うん! アタシ ・・・ ちゃんとお稽古、ゆくね! 」
「 偉いぞ〜〜 なに、お母さんの足は明日には治っているさ。 」
「 そう? そうだといいね お母さん! 」
「 ええ ええ。 すぴかの決心、聞いてお母さん、足の痛いの、忘れちゃったわ〜 」
「 えへへ・・・ あ おかあさん! アタシ、おてつだい、する! お茶碗、あらうよ〜〜 」
「 ありがとう、すぴか。 でもね その前に宿題のノート みせて。 」
「 え。 」
「 約束でしょう? すばるにも言って持っていらっしゃい。 」
「 う ・・・ ん ・・・ すばる〜〜〜ゥ ・・・ 」
すぴかはなんとな〜く気が進みません・・・という雰囲気で弟を呼びにいった。
バサ ・・・ パラパラ 〜 バサ。 パラパラ ・・・・
双子たちの前で ノートのぺージがひらひら 〜〜 舞っている。
美味しい晩御飯とデザートを食べてから 子供たちはやっとこさ宿題のノートを持ってきた。
漢字ノート も 算数ドリル も 今日のできごと も。 皆ちゃんと埋まっていた が。
「 ― こ〜れは 誰の宿題なの? 」
「「 アタシ ・ 僕 の! 」」
「 で ― やったのは誰? 」
「「 アタシ ・ 僕 ! 」」
「 ― ど〜して半分コするの!? 宿題は〜〜ちゃんと一人で全部 」
「 アタシたち〜〜 双子だもん。 ね〜〜 すばる? 」
「 ね〜〜 すぴか♪ 」
「 ・・・ だ〜から〜〜 宿題は〜〜 」
お母さんの声が キンッ! とオクターブ高くなり ―
「 ふうん、それじゃ。 明日から御飯もオヤツも半分コ だね〜 二人とも。 」
ゆったりした声が皆の上から降ってきた。
「「 え〜〜〜〜〜〜 !?? あ おとうさん〜〜〜〜 」
「 ?? ジョー ・・・!? 」
ジョーがにこにこして その後ろでは博士が笑いを堪えて震えていた ・・・
「 「「 おかえりなさ〜〜〜い♪ 」」」
「 ただいま。 」
「 ごめんなさい、ジョー。 気がつかなくて・・・ 」
「 いや いいよ。 で さ。 お母さん、明日っからすぴかとすばるは御飯、半分こするって。
オヤツもデザートも半分コするそうだよ? 」
「 まあ〜〜 そうなの? そうよねえ 二人は双子なんですものね。
明日のデザートはアイスクリームなんだけど、二人で一つ、でいいのね。 」
「「 やだ〜〜〜〜〜!! 」」
「 おや? だって 双子なんだろ? ね〜〜 すぴか? ね〜〜すばる? 」
「 ・・・ 宿題 ・・・ ちゃんと一人でやる ! 」
「 きょうのできごと ・・・ ぜんぶ一人でかく ・・・ 」
「「 だから〜〜〜 オヤツ〜〜〜 」」
「 わかったわ。 ほら・・・ ここで書き直して? ね? 」
「「 う うん ・・・ 」」
子供たちは リビングのテーブルで、宿題のやり直しを始めた。
両親と博士は くすくす笑いつつ ― ジョーは遅い晩御飯となった。
「 ・・・・ あ〜〜〜 ・・・・ 美味しかったァ〜〜 御馳走さま。 」
ジョーは満足の溜息で お茶の茶碗を持ち上げた。
「 うふふ ・・・ 今晩のカレーはすぴかとすばるの力作です♪ 」
「 そうなんだ? うん、 本当に美味かった〜 」
「 ねえ ・・・ わたし ・・・ ダメなお母さんよねえ ・・・ 」
「 ??? なんだい、いきなり ・・・ 」
「 今朝 ・・・ 自分が寝坊して焦ってて・・・ その分すばるにガミガミ言っちゃったのかも・・・
ごめんね ・・・ すばる ・・・ なんか毎朝怒ってばっかり ・・・ 」
「 まあ なあ 〜 アイツののんびり具合もちょいと問題だよ。 」
「 それは そうだけど ・・・ 」
「 あ じゃあさ ぼくが朝 すばるさそってジョギングしようか? 早起きになるし・・・ 」
「 ― ジョー。 12時過ぎに帰ってきて 6時前に起きるの? いくらサイボーグだってね
それは無理。 毎日やったりしたらいつか不具合を起こす原因よ? 」
「 う〜〜〜 ・・・ ん ・・・? 」
「 なんかね、 すぴかは毎朝博士といろいろ・・・ お話していていい感じなの。
あのコ ・・・ 思ってること、素直に言えないところがあるけど 博士とならおしゃべりできるのね。」
「 ああ そんなトコあるねえ ・・・ 」
「 う〜ん ・・・ そうだわ! 朝御飯の支度! すばるに手伝ってもらおうかしら。
キュウリやトマトを切る、とか 」
「 あ それいいかもな〜 アイツ、料理好きだものなあ。 」
「 ね? 野菜だって触っていれば少しは好きになる ・・・ かも? 」
「 まあ ・・・ いずれ、腹ペコ時代になってなんだってばりばり食うようになるさ。 」
「 そう だといいけど ・・・ 」
「 なるよ〜 必ず。 ― ぼくも反省! 」
「 え?? なあに。 」
「 あの さ。 ぼくはず〜〜っと 普通の家の朝 って憧れてたんだ。
あのな、ふる〜い歌なんだけど。 朝刊 って歌があってさ。
ちょっとドジで可愛いオクサンとのんびり旦那の朝 ・・・ってカンジで
そんな朝に憧れてたんだ。 ずっとずっと ・・・・。 なのにいっつも寝坊してるよね、 ぼく ・・・ 」
「 あ ・・・ でも ジョーは仕事で帰り、遅いし ・・・ 」
「 けど。 朝御飯 は一日に一回だけ! だもんな。 うん、ちゃんと一緒に食べるよ。
参加しなくちゃ ・・・ < 家庭生活 > じゃないよね。 」
「 ジョー ・・・ あなた ・・・ 」
「 それにさあ きみもガミガミ言わなくてよくなるぜ? 」
「 え ? 」
「 だってぼくもガミガミ言うから。 アイツらを怒るのも半分づつになるだろ? 」
「 ・・・うふふ・・・ そうねえ ・・・ 」
「 じゃあ ― チビ共のことを考えるのはここでオシマイ。 あとは〜〜 ♪♪ 」
「 ? ・・・ きゃ ・・・ 」
ジョーは長い腕を伸ばしてフランソワーズを抱き寄せた。
「 あとは ― オトナの時間です☆ んんん 〜〜〜 」
「 ・・・ んんん 〜〜〜 もう〜〜 ・・・ うふふ ・・・ 大人タイム、大歓迎〜 」
― 島村さんち は いつだってほわほわ・モード でいっぱい ・・・ ♪
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Fin. *************************************
Last updated
: 06,04,2013. back / index
*************** ひと言 ************
朝タイムはどこでも こんなもん??
例によってな〜〜〜んにも起こりません、 でもね
ジョー君は こんな生活に憧れていたのでしょうね・・・
・・・ヴェネチアでも こんな風に暮していたり・・・して♪