******* ご存知 ・ 島村さんちシリーズ でございます♪ ******
ん ・・・・ んん 〜〜〜
ふぁ 〜〜 ・・・ いい気持ち ・・・ ♪
フランソワーズは ぼ〜〜んやりと目を開けた。
見慣れた天井を まるで初めて見るかのようにしばしぼ〜〜〜っと眺めていた。
・・・ あ ・・・ 天井、 ねえ ・・・
ちょっとシミが浮いてる ・・・ 大掃除のとき、拭きわすれたか も ・・・
年末には ジョーに掃除してもらいましょ・・・
「 う〜〜ん ・・・・ 」
窓からの光を避けて ぱたん、と寝返りをうつ。 今日もいい天気になりそうだ。
いいわねえ・・・・ お洗濯もすぐに乾く わ ね ・・・
そうそう お蒲団も毛布も干しましょ♪
・・・ うふん ・・・ ああ いい気持ち ・・・
ふぁ 〜〜〜 ・・・・
なんてステキは 朝 ・・・ な の ・・・
とろとろと再び夢路をたどろうか、と長い睫毛が頬に落ちはじめ ―
「 おじいちゃま〜〜〜〜!!! おっはよ〜〜 もうすぐ あさごはん〜〜〜 」
窓の外から娘のきんきん声がとんできた。
― え ・・・ ? !!??? 〜〜〜〜!!!
瞬間、彼女は跳ね起き 同時に時計へちらり、と視線を投げ。 そのまま低く呟いた。
「 か! ・・・ 加速そぉ〜〜〜〜〜ち!!!! 」
バサ ・・・・! シュ ・・・ シュシュ ・・・ ゴソゴソ・・・ きゅッ!
ものの3分も経たないうちに、 ベッドサイドには 真っ白なエプロンをした一家の主婦が
きりっとした表情で立っていた。
「 ― ジョー? そろそろ起きて ・・・ 」
彼女はたった今、 自分がく〜く〜眠りこけていたベッドの隣に 優しく・温かく声をかけた。
「 ・・・・・・・・ 」
「 え? なあに。 え ・・・・ ああ わかったわ ・・・ 」
最上の笑みを浮かべると 彼女はすい・・・っと身を屈め ― ベッドで寝こけているオトコの頬に
キスを落とし ・・・ とたんにするり、と腕が伸びてきて引き倒された。
「 きゃ・・・ もう〜〜 」
セピアの瞳が優しく微笑みかけて そして ・・・
「 うふ ・・・ お は よ う ・・・ んん〜〜〜〜♪ 」
「 ・・・・ ん。 ジョー ・・・ ちょ ・・・だめ! だめ〜〜 こら!
もう〜〜〜 今朝はお寝坊しちゃったから ・・・だめ 」
― ぺし。 胸元へ忍び込んできた無礼な手を叩く。
「 ・・・ いて ・・・ 」
「 ワルイ子ね、お仕置きデス。 」
こそ・・・っと起き上がると 投げキスをひとつ。 そして ・・・
「 加速そ〜〜〜〜〜ち!!! 」 再び呟くと彼女は脱兎のごとく去っていった。
う〜〜〜 !! なんだって目覚まし、 鳴らないのよォ〜〜〜
忙しい そして 賑やかな一日の始まりだ。
崖っぷちに建つちょいと古びた洋館・ギルモア邸。
そこには白髭のご老人と若夫婦と双子の小学生のチビっこ達が仲良く・賑やかに暮している。
― バタン !! フランソワーズはキッチンに飛び込むや全速力で朝の支度を始めた。
ギルモア邸の朝は忙しいのだ。
ご当主の博士は 朝が早く、いつも一番に起きて新聞を取りこみ担当の庭掃除をする。
子供達は 小学生なのだが結構早くに家をでる。
この海ッ端の辺鄙な場所から小学校までかなりの距離があるからだ。
「 おじ〜〜いちゃま! おっはよ〜〜〜♪ 」
双子の姉娘 ・ すぴかは毎朝早起きだ。
博士が庭掃除をし始める頃に 起き出して一緒に掃除の手伝をしたりしている。
まあ・・・ お喋りにも熱中していて・・・ 手も口も忙しく動かしている、といったところだ。
「 でね〜〜 それでね〜〜〜 」
「 ほう? すぴかはなかなか面白い観察をしたのう。 」
「 そう?? かんさつ日記 に書くね〜〜 」
「 うむうむ それがいいな。 その時にはなあ こうやって ・・・ 」
博士は何気なくその博識を小さな孫娘に伝授し、 お転婆・すぴかも熱心に聞いていた。
「 ふう〜〜〜ん すご〜〜い ふう〜〜ん ・・・ 」
「 最初に見つけたのはすぴかじゃろう? ・・・さあ 家に入ろうか。 」
「 あ うん! もうすぐ朝ゴハンだもんね〜 」
こうして二人は一仕事済ませて、戻ってくるのだ。
バタバタバタ ・・・! コンコンコン ・・・・ ジュ ッ ・・・!
カチャカチャ ・・・ じゃ〜〜〜・・・・! きゅ ・・・
バタン ・・・ とくとくとく ・・・・ カチャリ。
キッチンでは この家の主婦が奮戦している。
・・・ っと。 はあ ・・・ なんとかオムレツ ・・・ 完了!
博士のオレンジと。 すぴかとすばるのトースト でしょ
ミルクでしょ、 サラダ ・・・っと。
・・・・ えっと。 ジョーはお味噌汁に卵焼き・・・ね。
きりりと白いエプロン姿がキッチン中を飛び回っている。
寒々としていたキッチンにはたちまち湯気とおいしそう〜〜な香りが満ちてきた。
はあ 〜〜〜〜 ・・・ ま 間に合った ・・・
あとは ・・・ ジョーのお弁当ね。
これは昨夜のオカズの残りと・・・
ふうう 〜〜〜 フランソワーズは特大の溜息をつき 思わずぺたん、とスツールに腰を降ろし〜
「 おか〜さん! おはよ〜〜〜〜 !! 」
― ばんっ!!! きんきん声と一緒に ちっこい亜麻色の頭が飛び込んできた。
「 はい おはよう、すぴかさん。 おじいちゃまのお手伝いは終った? 」
「 うん♪ かんさつ日記のおはなし、したの〜〜 」
「 まあ よかったわねえ〜 じゃ お手々洗ってきて? 朝ゴハンよ〜 」
「 ウン♪ あ ・・・ すばる、起こしてくるね〜 」
「 お願いね、すぴかさん。 あ 博士〜〜 お早うございます。 」
「 おお お早う、フランソワーズ。 いい天気じゃのう 」
駆け出してゆく娘と入れ違いに 博士が新聞を手にキッチンに入ってきた。
「 ほんとうに・・・これでお洗濯ものもすぐに乾きそうですわ。 」
「 そうじゃな。 ああ すまんが、 茶葉が切れたので足しておいてくれんかのう。 」
「 あ ・・・ ごめんなさい、博士。 気がつかなくて ・・・ 」
「 気にせんでよいよ。 ついでの時に頼む。 」
「 はい。 」
「 うん? すぴか姉さんが戻ってきたぞ。 」
ダンダン ダダダダ −−−−! バンッ!
階段とキッチンのドアが 大音響をたてている。
「 すぴかさん ・・・ もう少し静かにお願い・・・ お父さんはまだ寝ているのよ? 」
元気印な娘には 聞こえていなかったらしい。
「 お母さんッ ごはん!! 」
「 はいはい あら すばるは? 」
「 し〜らないったら し〜らない。 アタシ ちゃ〜〜んと起こしたもん。
< うふん ・・・ すばる〜〜 朝 よ? > って。
お母さんがお父さんを起こすときのまねっこして! 」
「 あ ・・・ は ・・・ そ そうなの? 」
「 うん! だ〜からもうすぐ起きてくるんでない? ね〜〜 アタシ、 ごはん〜 」
「 あ ごめん ごめん ・・・ はい。 オムレツ〜〜 」
― ことん。 テーブルの上にほかほかのオムレツとトマトとキュウリのサラダ。
そしてトーストにミルク が置かれた。
「 え・・っと。 ドレッシング、今もってくるわね。 」
「 わい♪ ・・・ あ アタシ、 おしょうゆ〜〜 サラダにもオムレツにも! 」
「 え。 オムレツにも? 」
「 うん! ・・・ ねえねえ お母さん〜〜 アタシ さあ〜〜 」
コドモ用のフォークを振り振り すぴかはちろり、とガス台の方をみた。
「 あの さあ〜〜 」
「 なあに。 」
「 ウン ・・・ あの さあ・・・ アタシ。 明日っから たまごやき がいいなあ〜〜〜
オムレツ じゃなくて。 」
「 ― え? 」
「 お父さんみたく〜〜 アタシも たまごやき がいい〜 」
「 オムレツ、 きらい? 」
「 ううん だいすき! けど たまごやき もだいすき ! 」
「 あ ・・・ そう。 わかったわ。 じゃ ・・・ 明日から ね。 」
「 うわ〜〜い♪♪ たまごやき〜〜♪ あ! おさとうはいれないでね! 」
「 ・・・ 了解。 」
すぴかは 超〜〜ご機嫌でオムレツを平らげてゆく。
・・・ たまごやき か。
ず〜〜っと美味しいオムレツを食べさせてきたのに・・・
本格的なフランスの味を教えてきたのに・・・
すぴかは きっとオムレツ派になる!と思ってたんだけど・・・
・・・ このコもやっぱり日本人 なのねえ・・・
自分と同じ色の髪と瞳を持つ娘を フランソワーズはこっそり溜息 で見詰めていた。
「 あ おか〜さ〜ん 体操服 さあ ・・・ ゼッケン、つけといてくれたア? 」
「 ・・・ ぜっけん?? 」
「 そ! アタシ、リレーのせんしゅだから。 今日かられんしゅう なんだ〜 」
「 りれー?? あ! 運動会の・・・? 」
「 うん♪ アタシ〜〜 一年生からず〜っとリレーのせんしゅじゃん? 」
「 あ ・・・ そ そうだったわね ・・・ ちょっと待ってて! 」
! そ そうだわ !
昨日 そんなこと、言ってたっけ ・・・
体操服に つけるから ・・・って。
四角い布を持ってきたのよね すなっぷつけて〜って!
う〜〜〜〜〜 ・・・・ わ 忘れてた〜〜
え〜〜と ・・・ アレは どこに置いたかしら〜〜〜
あ! 夜にやろうと思って ― リビングよ!
「 ごはん、食べててね! 」
「 うん♪ 」
フランソワーズは ダダダダダ ・・・・! っと駆け出した。
く〜〜〜 間に合うかしら!
で でも 四隅にスナップつけるだけ ・・・ だから ・・・
う 〜〜〜〜 ・・・・!
リビングのソファの隅には 娘の体操服とゼッケンがちゃ〜んと置いてあった。
「 ・・・ 加速そ〜〜ち!!! 」
またもや こっそり魔法の呪文みたく唱えて。 彼女はお針箱を開けた。
「 よ〜〜し ・・・! 行くわよ! 」
・・・ 003は本気な眼つきで。 真摯な雰囲気で。 スナップ付け を始めた。
・・・・ よォ〜〜し ・・・ いっこ 完了 ・・・
ポッポウ ! リビングの鳩時計が 一つだけ啼いた。
「 え もうこんな時間!? あ!! すばる!!! まだ起きてないのォ〜〜 !! 」
母は縫い物を放り出して 階段を駆け登る。
「 すばる〜〜〜!!! 起きなさいっ !! 遅刻するわよっ 」
バンっ !! 怒鳴りつつ子供部屋のドアを開け、ベッドに駆け寄れば。
「 すばるってば! ・・・ あら? 」
グリーンが基調のベッドに くうくう眠る彼女の息子の姿は − なく。
「 ?? あら? すばる?? もう起きたの?? トイレかしら・・・ すばる〜〜!! 」
― カラリ。 コドモ部屋のサッシが開いた。
「 あれえ ・・・ おかあさん おはよう〜〜〜 すごくいいお天気だね〜 」
フランソワーズの息子が 父親より少し明るい茶髪の、くりくりした赤茶の瞳の 少年が
にっこ〜り笑って立っていた ― ただし パジャマのまま。
「 す すばる ・・・ どこにいたの。 」
「 え〜 僕ぅ? うん、ベランダでねえ てんとうむしさんをさがしていたんだ〜 」
「 て ・・・てんとうむし?? 」
「 うん。 きのうね〜〜 帰り道でね〜 僕の帽子にね〜 てんとうむしさんがすわってたの。
だからね〜 ベランダにおいてあげたんだ〜 だからね〜 」
すばるはパジャマのまま、にこにこ・・・ 話に熱中している。
「 あ〜〜 そうなの? テントウムシさんのことはわかったから。
すばるクン、 早く着替えてゴハン食べなくちゃ! 遅刻 するわよ〜 」
「 うん。 それでね てんとうむしさんのゴハンってなにかなあ〜〜 ねえ おかあさん? 」
「 ゴハンよ、ゴハン! ほらほら はやく着替えてちょうだい。 」
「 うん。 てんとうむしさんもこれからゴハンかなあ? ねえ おかあさん? 」
「 そうよ だからすばるもゴハン〜〜 ほらほら はやく〜〜 」
「 うん。 それで ― 」
「 はやくしなさいっ ! 」
「 うん。 だからね〜 うわっぷ! 」
フランソワーズは ムスコのパジャマを剥ぎ取るみたくに脱がせると着替えを置いた。
「 ほら! ここにお洋服、置くから。 すぴかはもうごはん、終ってますよ! 」
「 うん。 あ〜〜 ちぇっくのしゃつだあ〜 お父さんとおそろい、だよね〜 」
ムスコは相変わらずにこにこ・・・ の〜んびりシャツを着始めた。
「 ほら〜〜 急いで! 」
「 うん。 え〜と ・・・ ・・・ あれ? ぼたんがいっこないよ? 」
「 え!? すばる、取っちゃったのじゃないの? 」
「 ううん。 僕 とってない。 ほら〜〜 あれ? 」
「 え!? 」
フランソワーズは息子の側の屈みこんで 彼のシャツを見直せば ―
「 ・・・ すばるクン。 止める相手をまちがえてます。 一番上からやりなおし! 」
「 え〜〜〜 あ そうかあ〜〜 あははは ・・・ おかし〜〜 」
「 !! おかしくないです! ほらほらほら〜〜 はやくしなさいっ ! 」
「 うん。 ちょっとまって〜〜 えっと〜〜 」
バタバタバタ ・・・! バンッ ! ― コドモ部屋のドアが勢いよく開いた。
「 あ〜〜 すばるったらまだお着換え、してな〜〜い〜〜
ねえねえ お母さん、アタシ〜〜 もう学校にゆくから〜〜 ねえたいそうふくは? 」
「 え。 すぴかさん、だってまだいつもの時間じゃないわよ? 」
「 あのねえ ゆみちゃんと〜 なわとび、するやくそくしたの〜〜 」
「 ちょ・・・ ちょっとまってて すぴか。 すばる、これからゴハンだし。 」
「 え〜〜〜 すばる、まっててやんない。 アタシ〜〜 なわとび、するのォ〜〜 」
「 ちょっとだけ待っててよ。 ・・・ あら お下げがあっちこっち向いてるわね ・・・
ほら 編みなおしてあげるから・・・いらっしゃいな。 ヘア・ブラシ、は? 」
「 え〜〜 ・・・ うん ・・・ あ これ。 」
すぴかはちょっと膨れっ面になったけど、素直にお母さんにブラシを渡した。
フランソワーズは娘のぎっちぎちに編んだお下げを解き、丁寧に梳かした。
「 すぴか・・・とっても綺麗な髪ね。 ねえ 今度可愛いカチューシャ、買ったげるわ。
ピンクがいいかな〜 それとも赤? 」
「 え〜〜 アタシ、カチューシャ、いらない。 あ おかあさん、もっとぎゅ!ってあんで。 」
「 え ・・・ でもね、ふわ・・って編んだほうが似合うわよ〜〜ステキよ〜〜 」
「 いい。 ぎゅ!ってしとけばジャマじゃないもん。 今日はりれーの練習もあるし。
あ おかあさん〜〜 たいそうふく は? 」
「 え ・・・ あ!? い 今 すぐ! ・・・ はい、お下げできあがり〜〜 」
「 わい♪ じゃ〜 アタシ、 はみがきしてくる〜〜 」
「 はいはい。 」
「 おかあさん。 あのさあ てんとうむしさんさ〜〜 」
つんつん ・・・ 彼女の息子がスカートをひっぱっている。
「 !? まだ いたの!?? すばる〜〜 はやく朝御飯、たべてらっしゃい!! 」
「 うん。 てんとうむしさんもあさごはん、かなあ〜〜 」
すばるはもう一度 テラスに出ようとした。
「 ! すばるクンッ !!!! ごはんッ !!! 」
「 うん。 だから わっ!? 」
フランソワーズはついに 息子を抱えてコドモ部屋を飛び出したのだった。
「 ほらほら ・・・ はやく食べてちょうだい。 すぴかはもう学校、行くって! 」
「 うん。 あ〜〜 オムレツだあ〜〜♪ おかあさん〜〜 僕、けちゃっぷ〜〜〜 」
「 ・・・ はい。 これでいい? あ サラダには何がいいの。 なにをかけるのかな。 」
「 ― 僕 サラダ いらない。 」
「 だめ。 食べなさい。 」
「 きのう、たべたよ〜 」
「 今日はまだ食べてないでしょ。 マヨネーズ? ドレッシング? 」
「 ・・・ どっちも いい。 」
「 じゃあ なにもかけなくてもいいの? すぴかはお醤油、かけてたけど。 」
「 おしょうゆ じゃなくていい。 ・・・ 僕 やっぱり 」
「 食べなさい。 」
「 ・・・ きゅうしょくでたべる。 」
「 それはお昼ご飯でしょ。 これはすばる君の朝御飯です。 たべるの。
ほら オムレツと一緒に食べれば? 」
「 いい。 ・・・ 僕 とーすと、たべるから サラダ いらない。 」
「 だめ。 あ じゃあね、野菜サンドにしましょう? ほ〜らこうして・・・ 」
フランソワーズはトーストを半分にして トマトとキュウリをはさみ、マヨネーズをちょこっとかけた。
「 ほら〜〜サンドイッチよ? 」
「 ― やさいさんど ・・・いらない。 」
「 た べ な さ い。 」
「 ・・・・・・・・ 」
バンッ ! キッチンのドアが再び すごい勢いで開いた。
歯磨き終了して、ランドセルを背負って。 すぴかがぴかぴかのお顔で駆け込んできた。
「 すばる! アタシ〜〜先にゆくからね〜〜 ねえ おかあさん! たいそうふくは? 」
「 ! い 今 すぐ! すぴかさん〜〜 5分 待って。 すばるのことも 待っててやって!
すばる〜〜〜〜 はやく食べなさいっ !!! 」
「 あ〜〜〜すばるってば。 ま〜たサラダ のこしてる〜〜〜
ねえねえ おかあさん。 すばるってばね〜 給食もね〜 クラスでびりっこなんだよ〜 」
「 え ・・・ そうなの? 」
「 うん。 おひるやすみまで食べてることあるんだ〜 朝御飯もびりっこ〜〜 走るのもびりっこ〜
や〜〜い びりびりびりっこ〜〜 ♪ 」
「 ち ちがわい ! いま いま たべる〜〜〜 むぐっ 」
さんざんひねくっていた 野菜さんど を すばるは猛然と口に押し込んだ。
「 う ・・・ むむ むぐ〜〜 」
「 ほら ・・・ そんなに一度に全部詰め込まない・・・ ミルク、のんで ・・・」
「 おか〜さん! たいそうふく〜〜〜 」
「 あ ・・・ごめん、 今・・・ 」
「 はやく〜〜〜〜〜 」
キッチンの中は ぷち・修羅場っぽくなってきてしまった ― 皆がしかめっ面をしている。
「 すぴかや。 リレーの練習は朝、やるのかい。 」
のんびり響いてきた穏やかな声が空気を換えた。
「 あ ・・・ 博士 ・・・ 」
「 おじ〜ちゃまァ ・・・りれーのれんしゅうはねえ、 ほうかご。 」
「 おお そうか。 それじゃあ 体操服はワシが後から届けよう。 だからすぴかは先にお行き。
なにやら約束があるのじゃろう? 」
「 うん! ゆみちゃんとねえ〜 なわとびするの! アタシたち、 <はやぶさ> に挑戦してるんだ〜 」
「 おお そうか そうか。 すごいのう〜〜 ああ ほら すばるももう少しで食べ終わるから・・・
ちょっとだけ待ってておやり。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ すばる!? まだァ〜〜〜 ??? 」
「 う ・・・ む むぐむぐむぐ ・・・ 」
すばるは懸命に 野菜サンドを噛み砕いている。
「 博士〜〜〜 あの ・・・ 」
「 よいよい、散歩がてら届けにゆくよ。 今日はちょいと駅の方まで出たいしな。 」
「 す すみません〜〜 すばる!? 食べた?? そしたら歯磨き! 」
「 ・・・ う ・・・ うん ・・・・ 」
口元を拭いてもらって。 すばるはトテトテ・・・ バス・ルームに駆けていった。
「 ふうう ・・・ あ! ジョーのお弁当〜〜〜 !!! でも ゼッケンも 〜〜 」
「 これはぼくがやるよ。 」
突然、大きな手が彼女の手から娘の体操服をさ・・・っと受け取ってくれた。
「 !? ジョー ??? 」
びっくりして振り返れば ― ジョーがスウェット姿で立っていた。
「 ゼッケン付けだろ? ぼくがやる。 お〜い すぴか。 もうちょっとだけ、待っててくれよ〜 」
「 え〜〜〜〜 あ お父さん おはよ〜〜〜♪ 」
膨れっ面の娘は 父親をみつけてたちまち笑顔満開になった。
「 ウン いいよ〜〜 アタシ、 ダッシュ!するから〜 わあ〜〜 お父さんおさいほうできるの?」
「 できるさァ〜〜 これでもな、家庭科は5だったんだからな〜 」
「 え〜〜〜〜 ほんとう?? 」
「 ホント! えっと? これは ・・・ ああ、 スナップ付ければいいだろ? 」
ジョーはソファで さっさか糸針を使っている。
「 うん! お父さん、 どうして知ってるの? 」
「 あはは ・・・ リレーの選手のゼッケンはね、 こうやって・・・スナップでつける・・・って
お父さんの頃から決まっていたんだよ。 」
「 ふ〜〜ん ・・・ あ でもね〜 一年生とか下級生は ぜっけん、着るんだよ。 」
「 きる? ああ ・・・ こうやって被るんだろ。 」
「 そ! でもアタシ達からは みんなスナップなの。 えへへ・・・ かっこいい でしょ♪ 」
「 うん そうだね。 あと いっこ・・・っと。 」
すぴかはジョーの側にへばりついている。 トテトテ・・・バスルームから戻ってきた息子は
口の端に歯磨きをちょろっと付けたまま、ととと・・・っと父親の側に寄っていった。
「 おとうさん ・・・ おかあさんみたい〜〜〜 すごい〜〜 」
「 おっと・・・ ほら すばるや。 ちょいとこっちをお向き。 姉さんも待っててくれておるからな 」
博士が やんわり・・・ すばるのお顔を拭いてくれた。
「 う うん ・・・ 僕 ・・・ ゼッケン ・・・ 」
「 え!? すばる! アナタもゼッケン、つけるの?? も〜〜〜なんでもっと早く言わないの!? 」
フランソワーズの眉毛が ぴりりり・・・!っと釣り上がった。
「 ・・・あ あの 僕 その ・・・ 」
「 ほらほらほら〜〜〜 早く出しなさいッ!! もう〜〜〜 」
「 あの ・・・ 」
「 ? おか〜さん。 すばるはぜっけん、いらないよ? すばるはリレーのせんしゅじゃないもん。」
すぴかがきっぱりと言った。
「 あ ・・・ あら そうなの? じゃあ ゼッケンって ・・・ 」
「 僕 ・・・ 僕ぅ・・・ぜっけん、 したいなあ〜っておもったの。 」
「 なあんだ ・・・ もう〜〜! ほらほらほら 早く用意して! ランドセルは?
ほら お帽子と防犯ブザーも ! 」
「 う ・・・ うん ・・・ 」
すばるはなんとなく涙目で おハナをぐずぐずいわせているが構っていてはクセになる。
「 はい それじゃ出かけましょ! 」
「 ほら〜〜 できたぞ! 」
ジョーは 小さな体操服に ぷちん ぷちん ぷちん ・・・とゼッケンを止めてみせた。
「 うわあ〜〜〜〜 お父さん、すごい〜〜〜〜♪ すご〜〜い〜〜〜♪ 」
お父さんっ子のすぴかは 超〜〜〜ご機嫌ちゃんである。
「 すばる〜〜〜 行くよ〜〜〜 !!! 」
「 う うん ・・・ 」
「 おじ〜〜ちゃま〜〜〜 イッテキマス! おと〜さん おか〜さん いってきますぅ〜〜 」
「 はい、 行ってらっしゃい。 ?? すばる? ほらほら すぴかに置いてゆかれますよっ 」
「 う うん ・・・ よい しょ ・・・ イッテキマス 。 」
のんびりムスコはや〜〜っと姉の後を追って かたかた駆け出した が。
「 あ。 」 玄関口で彼は キキ!っと立ち止まった。
「 どうしたの すばる。 」
「 うん。 あのね〜〜 てんとうむしさん と き〜すけ にいってきます、言ってない ・・・ 」
「 ! お母さんが替わりに言っておきます。 ほらほらほら〜〜 早くっ 」
「 うん。 でも 僕ぅ ・・・ 」
「 ほい、門までワシと一緒に姉さんを追いかけよう ? ほれ すばる ・・・ 」
「 あ おじいちゃま〜〜 う うん ・・・! 」
博士が そっとのんびり少年の背を押してくれた。
「 おか〜さん イッテキマス ・・・・ 」
すばるはようやっとぷっくりした足でトテテテ ・・・玄関から駆け出していった。
ふうう 〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・・ !
ああ やっと台風第一陣が 出発したわ〜
フランソワーズは門まで送りほっと ― するわけには行かない!
「 ! ・・・っけない! ジョーのお弁当〜〜〜 ああ もうこんな時間〜〜 」
カタタタタ −−−!! 岬の家の若奥さんは ダッシュでキッチンにもどった。
「 えっと ・・・ 卵焼きは焼いたから ・・・ あら? 」
キッチンに駆け込むと コーヒーのいい香りが漂っていた。
「 きみもどう? カフェ・オ・レにするよ? 」
ジョーがにこにこ ・・・ コーヒー・メーカーを操作している。
「 あ ・・・ お願いできる? うれしいわ〜 」
「 おっけ〜〜 っと。 」
「 朝のカフェ・オ・レで元気がでるわ。 お弁当、もうすぐできるから・・・ 」
「 お。 サンキュ〜〜 コンビニで買ってもいいんだけどさ。 やっぱきみの弁当が一番さ。 」
「 はいはい ・・・ ふふふ あ すぴかのゼッケン、ありがとう!
ジョーってば凄い器用なのねえ。 」
「 ああ あれ? ふふふ チビの頃、さんざんやったから さ。
ぼくはほら、施設育ちだろ? 自分のことは自分で・・・っていう方針だったし。 」
「 あ・・・ そ そうね ・・・ ごめんなさい。 」
「 別にいいよ、気にしてないし。 すぴかにすご〜く尊敬のマナザシをもらったし。 」
「 うふふ ・・・ もう目がハートだったわよ? お父さんすご〜〜い を連発していたわ。
・・・っといけない! お喋りしているヒマないわ。 お弁当〜〜〜っと ・・・
あ 朝御飯ね、 はい卵焼きとサラダと。 御飯は炊飯器。 」
「 サンキュ。 きみの卵焼きは最高さ〜〜 ねえ? 」
「 え なあに? ・・・ あ ・・・ 」
ジョーはちょい、と細君の腕を引いて抱き寄せると 唇を奪った。
「 ・・・ んん〜〜〜 ♪ お早うのキスがまだでした♪ 」
「 ・・・ うふふ ・・・ もう〜〜 ジョーってば ・・・ 」
二人は朝っぱらから熱い視線を絡ませてる。
ガチャ ・・・ 遠慮がちに キッチンのドアが開いた。
「 すまんな ・・・ 玄関にコレが落ちておってな。 コレはすばるのじゃろう? 」
ギルモア博士が顔を覗かせた。 手にはなにやら小さな布を持っている。
「 !? まあ〜〜 すばるの赤白帽〜〜 」
「 あは ・・・ アイツ、忘れていったのかな。 」
「 学校で使うのじゃな? 」
「 ええ 体育の授業で ・・・ あと運動会の練習があれば 」
「 ほう ・・・ それじゃ 散歩がてら届けることにしよう。 ちょいと駅まで出たいのでな。 」
「 まあ 博士〜〜 だって遠回りですわ。 」
「 かまわんよ。 それよりも フランソワーズ、お前 そろそろバスの時間じゃないのかい。 」
「 え? あ !!! いっけない〜〜〜 」
フランソワーズは時計を見て飛び上がり またしてもそっと呟いた。
か 加速そ〜〜〜ち!!!!
そして。 あっと言う間にジョーのお弁当を詰め、博士のランチ用のお弁当も詰め
ジョーが淹れてくれたカフェ・オ・レをイッキ飲みすると 二階に駆け上がっていった。
「 ・・・ 元気じゃなあ・・・ お前さんの奥方は ・・・ 」
「 はあ ・・・ 」
男性陣は のんびりとコーヒーを啜りつつ亜麻色の旋風を見送った。
「 ぼくなんかよりもよほどパワフルですよ〜 女性ってすごいな〜 ・・・ 」
「 ははは ・・・ そりゃお前の女性に対する認識の浅さ だな。
本来持久力や耐久力、そして免疫力では彼女らの方が格段に上なのさ。
オトコには瞬発力はあるかもしれんが ― それきり、だ。 」
「 はあ ・・・ たしかに ・・・ 」
バン!! キッチンのドアが開いた。
「 博士! ジョー! イッテキマス!!
博士〜〜 すばるの赤白帽・・・すみません、お願いします〜〜 」
「 ああ まかせておおき。 」
「 フラン、 気をつけて ・・・ 」
「 はい! ジョー! 忘れ物、しないでねっ 」
「 わかったよ。 いってらっしゃい。 」
「 いってきます!!! 加速そ〜〜〜ち!! 」
本気でひと声叫ぶと ― フランソワーズは大きなバッグを抱えて駆け出した。
「 ― 博士。 ひとつ、聞いてもいいですか。 」
「 あ〜 なんだね? 」
「 あのう。 ・・・ 加速装置、 ホントは003にも搭載したんじゃ? 」
「 ・・・ あ ああ ・・・ ワシも今 同じことを考えておった ・・・
ワシはもしかして無意識のうちに施術しておったのかもしれん ・・・ 」
「 ・・・ やっぱり。 どうもぼくのものよりも優秀らしいですね。 」
「 うむ。 連続使用しても限界に達することもないからなあ・・ 」
ふうう ・・・・ 老若二人の男性はぼ〜〜・・っと朝の珈琲を啜っていた。
「 あ! まって〜〜〜 乗りますぅ〜〜〜〜 ! 」
パパパパ 〜〜〜〜 ・・・!
循環バスは わかったよ、という風に大きく警笛を鳴らしてスピードを落とした。
「 ・・・・は・・・・ああ まにあったァ〜〜 お早うございます! 」
「 はい お早うございます〜 どうぞゆっくり乗ってください〜 」
「 ありがとう〜〜! 」
もう顔馴染みになったローカル・バスの運転手さんは にこにこ笑ってドアを開けてくれた。
なんせ辺鄙な場所を巡る、少ない本数の循環バス ・・・ 乗客も皆 なんとなく顔見知りになる。
「 すみません〜〜 お騒がせして ・・・ 」
「 いえいえ ・・・ 」
「 お早うございます 」
フランソワーズがぺこり、とアタマを下げれば 誰もが微笑で受け止めてくれた。
「 ・・・ はあ 〜〜〜 ・・・・ 」
空いていた隅の席に座って ― 彼女は大きく息をついた。
はあああ ・・・ なんとか ・・・バス、 乗れた わ・・・
・・・ううう ・・・わたしって朝からず〜〜〜っと走ってない??
ともかく間に合ってよかった・・・! 駅までの道中、彼女は こっくり こっくり ・・・ 束の間の
休息を取っていた。
タタタタ ・・・・ !
またまた走っている。 亜麻色の髪を靡かせ 大きなバッグを抱えて ― 彼女は走る。
都会の瀟洒なタイル風な舗道を イッキに駆け抜けてゆく。
表通から2本、裏道に入り さらにアイアン・レースの門を開けて 階段降りて!
「 お おはよ〜〜ございます〜〜〜 あ ・・・ ま 間に合ったァ〜〜〜 」
「 うふふ・・・フランソワーズさん、お早うございます。 マダムはまだお部屋よ。 」
事務所の人が笑って迎えてくれた。
「 あ ・・・ はい〜 よかったァ〜 」
フランソワーズはどうやらこうやらギリチョンで稽古場に到着した。
もう一度踊りたいの !
この東の果てに国にやっと落ち着いた時、 彼女は長年の密かな望みを打ち明けた。
「 踊る・・・って バレエのこと? 」
「 ええ。 わたし ・・・ ずっとバレエ・ダンサーになることを目指していたの。
今更それは無理・・・ってわかってるわ。 でも ・・・ 踊ることだけなら ! 」
それまで自分自身のことはあまり話さない彼女が とても熱心に言い切った。
「 そ うなんだ? じゃあさ、ネットとかで検索してみようよ? 」
「 ネット? ・・・ ああ インターネット ね? でも日本語 ・・・ 」
「 ぼくが読むから さ。 え〜と ・・・ 」
この国出身、という茶髪の青年 ― 009は 気軽に手を貸してくれた。
そして ― 多少 回り道もしたけれど、 都心近くにある中堅どころのバレエ団に
研究生として毎朝レッスンに通うことになった。
彼女は近くはない道程を 毎朝熱心に通った。 時に突然の < お休み > を挟みつつも
フランソワーズは踊ることを諦めなかった。
彼女の情熱は件の茶髪の青年と結婚しやがて双子を授かった後もずっと続いている。
「 応援するから。 がんばれよ! 」
「 ありがとう ・・・ ジョー! 」
「 あ おはよ〜〜 フランソワーズ〜〜 」
「 あ みちよ〜〜 おはよう〜〜〜 ふう〜〜〜 」
飛び込んだ更衣室は人影は少ない。 もう皆スタジオに入っている時間なのだ。
仲良しのみちよが やはり大慌てでわたわた・・・髪を結っていた。
「 急いだ方がいいよ〜〜 ? 」
「 う うん ・・・ えっと〜〜 」
「 先、ゆくね? 」
「 うん ・・・ 」
フランソワーズは大きなバッグを開けて 稽古着やらタイツを出して着替え始めた。
髪もざざざ・・・っと結ってスタジオに滑り込む。
「 ひえ〜〜〜 ・・・・ ま 間に合ったァ〜〜 」
「 ははは ・・・ ピアニストさんと同時、だね。 」
「 えへ ・・・ もう〜〜ねェ ・・・ すばるったら〜〜 ほっんと〜にのんびりさんだし!
すぴかは朝になって縫い物をもってくるし〜〜 あっと靴、履かなくちゃ・・・ 」
思わず愚痴が飛び出しそうになったが 手を動かす方が先だ。
「 え〜と・・・ あ! ・・・ トウ・パッドの袋〜〜 忘れたァ〜〜 」
「 え・・・ あ〜 余分に持ってるよ〜 使う? 」
隣からみちよが声をかけてくれた。
「 ほら・・・これで よければ。 あ 合わなかったらやめてね。 」
「 あ ・・・ありがとう! ・・・ ごめん、ちょっとダメみたい ・・・ 」
フランソワーズは すまなさそうな顔でパッドを返した。
ポアントの中につめるトウ・パッドは ヒトによって様々なのだ。
( いらぬ注 : ポアント ( トウシューズ ) を履く時には必ず爪先の部分にトウパッドを
いれます。 ポアントは布と若干の革でできた靴ですが、爪先部分はかちんかちんに固めて
あるので トウパッドを入れなければ長時間は痛くて踊れません〜〜 )
「 どうするの〜 」
「 う・・・ ・・・え〜い! コレでゆくわ! 」
彼女は履いてきたパンストをバッグの中から取り出すと ちょきちょき切り刻み始めた。
「 あ・・・ な〜るほど〜〜 アタマいいね〜〜 フランソワーズ 〜 」
「 でも ・・・ 痛いだろうなあ〜〜 ううう ・・・ 忘れた自分が悪いんだけど ・・・ 」
パンストの破片を押し込んで トントン・・・とポアントを慣らす。
「 う〜〜 スタジオの床ってこんなに固かった? ・・・ でも ないより マシ! 」
「 ですね〜 あ 始まるよ〜 」
「 え うん! 」
フランソワーズは大急ぎでポアントのリボンを結び ささささ・・・っと足馴らしをした。
「 おはよう ・・・ ! 」
スタジオの入り口から 初老の女性が入ってきた。
「 はい それじゃ。 二番から。 」
ピアノが鳴り出し 朝のレッスンが始まった。
・・・ 痛くない 痛くな〜い・・・っと。 忘れるのよ、フランソワーズ・・・
フランソワーズはず〜っとぶつぶつと懸命に自分自身に言い聞かせていた。
忘れるのよ、と言っても 爪先はすでに 痛い という感覚を通り越していた。
やっぱ パンストじゃあ ダメなのかなあ ・・・
ぅ・・・ なんで忘れてきちゃったのかしら ?
いつもポアントと一緒にバッグにいれたのに・・・
・・・・ あ。 そうだわ、今朝のすぴかのゼッケン騒ぎで
スナップを探してて ・・・ あの袋の中身も見たんだったっけ。
それで ― そのままにしちゃった ・・・ のね ・・・ あ〜あ・・・
自分が悪いんだから・・・と懸命に自己納得させよう! と努力していた。
「 ・・・ つぅ〜〜〜 いたたた こりゃ足の爪、はがれたかも なあ〜〜 」
足先に心臓が引っ越してきたみたいだった。
ううう ・・・ こら〜〜わたしの足さん!
アナタたちだってサイボーグなんでしょう??
なんでこんなコトくらいで痛いのよ〜〜う ・・・・
う ・・・★ ったく〜〜 BGはナニをやっていたわけ??
とんでもない所にまで ふつふつと湧き上がってきたやり場のない怒りをぶつけ・・・
「 ・・・ く ・・・ そ ・・・! 」
勿論、そんな彼女の事情には全く無関係にクラスは進んでゆく。
「 〜〜 〜〜 で シェネ〜〜 で 最後にアンディオールいれて。
・・・ じゃ 3人ずつ。 はい お願いします。 」
回転物の多い振りを 仲間達は少人数にわかれて踊ってゆく。
痛くな〜い 痛くない〜〜・・・っと
あ ・・ 次ね ・・・
ピ ピルエットは 〜〜 得意〜〜 な はず!
フランソワーズもなんとか 課題はクリア・・・と思った。
全員が終ると 主宰者のマダムは、笑いながら言った。
「 ねえ? フランソワーズ? 若奥様〜〜〜 」
「 ・・・ は はい? 」
「 あのねえ。 にこにこ笑え・・・とは言わないわ。 せめて眉間に縦ジワ、はやめて。 」
「 は? 」
「 クラスでもね、にこやかに。 しかめっ面をしていたらオデコにシワの跡がついてしまいますよ。
素適な旦那様に嫌われちゃうわよ〜〜 」
「 あ ・・・ は はい ・・・ 」
「 皆さんも にこやかに ! ・・・で 今のところ〜〜 」
テクニック上のアドバイスが続いたけれど フランソワーズは真っ赤になったまま・・・
あまり耳には入っていなかったようだ。
・・・ やだ 〜〜〜 もう ・・・・
笑ってるつもり、 だったのに ぃ 〜〜〜
ミッション中に瀕死の重傷を負ったこともある。 怪我の痛みで失神しかけたことだって何回もあった。
けど ・・・ ! と フランソワーズは にっこ〜り営業用笑顔 を浮かべつつ思う。
戦闘中は 笑っていなくていいもの!
痛ければ泣き顔だってできたわ。
ううう〜〜〜 顔、 引き攣りそう・・・
「 音! ほらほら ちゃんと聞いて! 遅い〜〜 フランソワーズ 遅い! 」
「 もっと跳ぶ! どうしたの、手を抜かない! 」
「 ・・・ そこ、クッペいれて。 そう指示しましたよ? 聞いてましたか? フランソワーズ! 」
「 フランソワーズ。 あなた、今日はどうかしてますよ? 」
「 ・・・ はい ・・・ すみません ・・・ 」
― もうクラスは散々だった。
「 ありがとうございました。 」
「 はい お疲れ様 ・・・ 」
優雅にレヴェランスして 朝のクラスは終った。
「 はあ〜〜〜〜 ・・・・・ 」
フランソワーズはそのまま ぺたん・・・と床に座り込んだ。
「 ちょ・・・大丈夫? 足 ・・・ 剥けた? 」
みちよが心配そうにのぞきこむ。
「 わかんない。 ・・・・ 靴、脱ぐ勇気がないわ・・・・ 」
「 氷、もらってこようか? 」
「 あ ありがとう、でもいいわ。 なんとか ・・・ する ・・・ 」
フランソワーズは よいしょ! と立ち上がった。
「 いった ・・・・ ! 」
「 今日 ・・・ 教えとかあるの? リハはないよね〜 」
「 うん 次の公演、わたし、出ないし。 教えもない日。 」
「 それじゃ ちょっと休んで帰りなよ。 お茶 してこうか 」
「 あ ・・・ う〜〜〜 でも早く帰って洗濯物、取り込んで ・・・ 」
そう・・・っとポアントを脱ぎつつ くら〜い声で応えた。
「 でも さあ〜 ・・・ 」
「 ありがとう〜〜 みちよ。 でも ・・・ 」
「 今日は雨、降んないぜ。 洗濯物は大丈夫さ。 」
不意に 朗かな声が降ってきた。
「 え? あら タクヤ ・・・ 」
「 な。 ちょっと気分転換しようぜ〜 みちよちゃん、俺もお茶にまぜて〜〜 」
「 あは いいよ〜 ねえねえ フランソワーズ! お茶してこう、お茶♪ 」
「 え ・・・え ええ ・・・ 」
「 お〜〜し 決まり決まり〜〜♪ そんじゃ 早くその足・・・なんとかしなよ。
俺 待ってるから さ。 」
「 あ ・・・ごめんね ・・・ みちよもありがとう・・・ 」
「 いいって いいって♪ 」
山内タクヤは ばち!っとウィンクをすると、 バン・・・!
かっこよく トゥール ・ ザンレール を決め、フランソワーズの前に片膝を付いた。
「 姫君〜〜 お待ちしております。 」
「 きゃははは・・・・ フロリモンド? ジークフリート? アルブレヒト?
( いらぬ注 : 順に 眠り〜 の 白鳥〜 の ジゼル の 王子サマ )
まあ いいや。 さあ 行こうよ〜〜 フランソワーズ♪ 」
「 え ええ ありがとう〜〜〜 タクヤ〜〜 みちよ〜〜 」
タオルで汗と一緒に 滲んできた涙も拭いて。 フランソワーズは更衣室に飛び込んだ。
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: 05,28,2013. index / next
******* 途中ですが
え〜 タイトルは さだまさし のふる〜〜〜い曲から。
コレ、本当は ジョー君お誕生日おめでとう! に書くつもりでした・・・
・・・ 本番の日にトウ・パッド忘れて パンスト切り裂いたのは ワタクシです★