『  Le  Cygne  −  白鳥  −    (1)   』

 

 

 

                      *** はじめに ***

                            このSSは一応平ゼロ設定ですが 一部 MY設定を含んでいます。

                            フランソワ−ズは現在、都心のバレエ団に通ってレッスンをしています。

 

 

 

 

白い雲が 水平線からすこし顔をのぞかせてきた。

ついこの間まで 灰色に重く垂れ込めていた空は今日は朝から青くぴかぴかに輝いている。

釣られて海原の色も だんだんと明るくなってきたようだ。

 

 − ああ ・・・ 今年も 夏になるなぁ ・・・・

 

ギルモア博士は そんな景色に目をやり、うん・・・と背を伸ばした。

この邸の一番海側のテラスには 潮風にもつよい南国産の植木が所狭しと並んでいる。

博士はその一鉢一鉢に丹念に水を注いでゆく。

 

 − みんな大きくなったのぅ・・・ はぁ〜 この地に来て何回目の夏じゃ・・・?

   ・・・お? ・・・ああ、電話か・・・

 

しばらく呼び出し音を聞き流してから 博士は俄かに慌てだした。

 

 − そうじゃった! 今日は 誰もおらんのじゃった!

   フランソワ−ズは リハ−サルがある、とか言っとった・・・!

 

ガタンっ! バタバタバタ ・・・ ドン!

 

なんだか盛大な雑音を撒き散らし それでもなんとか博士は

電話のベルが鳴り続けているうちに 受話器を取り上げることができた。

 

「 ( ハアハアハア〜〜〜 ) あ〜 モシモシ? ギルモア研究所・・・ 」

電話ごと抱えソファにへたりこんだ博士は すぐにしゃきっと身体を起こした。

 

「 はい、ワシがギルモアですが。 ・・・ おお〜 フランソワ−ズの・・・バレエの・・・

 ・・・え? 転んだ?? はあ、はあ・・・・。 」

博士は受話器を耳に当てたまま、リビングをぐるりと見回した。

いつも誰かがいて、ごたごた雑然としているその空間は 今日はやけにガランとしている。

 

 − ジョ− ・・・・ は、そうそう取材とかで 関西じゃ。

  イワンは ああ、昨日 夜 になったばかりじゃったの・・・

 

「 ・・・ はあ、どうもお手数を・・・ はい、これからすぐに。 」

 

静かに電話を置くと、博士は大きく・大きく 深呼吸をした。

 

 − よし。 ワシが行く。 ・・・あとは 勇気だけ、じゃ!

 

10分後。

ギルモア邸のガレ−ジから一台の車が 門扉を揺らして飛び出していった・・・

 

 

 

「 どうも、その・・・ ご迷惑をおかけしましたなあ。 申し訳ない・・・ 」

「 いえいえ。 お嬢さんは大丈夫って仰るんですけど。

 なにぶん、頭を打ちましたでしょ。 それに御宅は遠くていらっしゃるから

 ひとりでお帰しするのは・・・と思いましてね。 」

「 いやぁ ・・・ お心遣い、恐れ入ります。 」

ギルモア博士は 初老の女性に案内されて広い廊下を歩いていった。

すっと背筋の伸びたその女性の 流暢なフランス語が耳に心地よい。

どこからか、微かにピアノ曲が流れてきている。

 

彼女は 奥まったドアの前で立ち止まった。

 

コンコン・・・

 

「 フランソワ−ズ? お家の方のお迎えよ・・・ 」

「 ・・・ はい、 マダム ・・・ いま ・・・ 」

 

くぐもった声が聞こえ、やがてドアが細目に開いた。

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・・ ありゃ 〜 」

博士は思わず 手放しでなんともいえない声を上げてしまった。

 

今朝もいつも通りに元気で家を出た彼女は ・・・ おでこに大きなガ−ゼを当てていた!

 

「 ・・・ ころんじゃったんです。 」

「 あ、ああ・・・ そうか。 ・・・? 」

博士は言葉少なに モノ問いたげな視線でじっと彼女をみつめた。

白いガ−ゼの影から フランソワ−ズは微かに頷いた。

 

 − ええ。 大丈夫 ・・・ 眼 も 耳 も異常ありません。

 

「 また派手にぶつけたもんじゃな。 さあ・・・ 車で来たからの、ゆっくり帰ろう。 」

「 ・・・ はい。 」

「 ああ、やっぱりお迎えに来て頂いてよかったわね、フランソワ−ズ。

 ちゃんと病院に行くのよ? 頭は ・・・ 怖いから。 」

「 はい、マダム。 ご迷惑おかけして・・・ ごめんなさい。 」

「 気にしないで。 ・・・でも、アナタがあんなに派手に転ぶの、初めて見たわ。 」

「 ・・・・・・ 」

マダムはくすっと笑い フランソワ−ズの頭をくしゃり、と撫ぜた。

俯いているフランソワ−ズの頬が淡く染まる。

「 脚は大丈夫? 無理しないで。 張り切っているのはわかるけれどね。 

 怪我も自己管理の内なのよ。 明日は2幕・4幕のリハだから ・・・ 休みなさい。 」

「 え・・・ でも。 わたし・・・ 」

「 だめだめ。 ちゃんと治して、それから頑張りなさい。 」

「 ・・・ はい。 」

「 じゃあ・・・ 気をつけて。 お大事にね。 Monsieur, では・・・ 失礼いたします。 」

「 どうも ご迷惑をおかけしました、 Madame ・・・ 」

博士とマダムが自分の母国語で和やかに会話しているのを

フランソワ−ズは ぼんやりと聞き流していた。

 

自分の隣を歩くフランソワ−ズの足取りが どことなくぎこちない。

博士は そっと彼女の背に腕を回した。

 

 − こりゃ・・・ ジョ−が知ったら加速装置全開で飛び込んで来やせんか・・・

 

しゅ・・・っとあの独特の音が聞こえて来そうな気がして 博士はそっと首を竦めた。

 

 

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・? 辛かったら後ろで横になっておいで。 」

「 ・・・ いえ ・・・ 大丈夫です。 」

ギルモア博士は 助手席で眼を閉じているフランソワ−ズにそっと声をかけた。

車はゆっくりと都内を抜けてゆく。

「 そうか・・・? 無理せんでおくれ。 」

「 ・・・はい。 ・・・あ、博士。 次の信号を左ですよ。 」

「 お・・・? おっとっと・・・・ ありがとうよ。 」

「 博士、運転おできになったのですね。 ・・・ ちっとも知りませんでしたわ。 」

「 ワシじゃって一応のコトはな。 ・・・もっとも 久し振りなので

 ははは・・・ 結構緊張しておるんじゃ。  悪いが ナヴィをたのむ。 」

「 ええ、勿論 ・・・ 」

フランソワ−ズは 小さく笑い声を上げた。

 

 − ああ・・・ よかったの。 やっと笑ったわい・・・

 

のんびりと交通法規・遵守で。

傍目には父娘にもみえる二人を乗せて、ごとごとと車は海辺の邸に帰っていった。

 

 

「 こりゃ・・・ 本来なら盛大にコブができておるなぁ。 

 フランソワ−ズともあろうモノが・・・いったいどうして転んだのかね? 滑ったのかの。 」

無事ギルモア邸に辿りつき、博士はそのまま地下の研究室に

フランソワ−ズを連れていった。

「 ・・・ 滑った、とも違うかもしれないです。 バランスを崩して・・・

 グラン・フェッテで ダブルを入れよう・・・って勢いを付けたら途端にかくん・・って。

 脚が跳ね上がって・・・ それで前に転んじゃったんです。

 あ・・・ イタタ ・・・ 」

「 ごめんごめん ・・・  

 う〜む・・・ワシには技術的なことはよくわからんが・・・少し力み過ぎたのかもしれんぞ?

 まあ、機能的には問題ないと思うが。 

 一応簡易メンテナンスをしておこうか。 あのマダムも申されておったろうが。

 頭は ・・・ 大切じゃ。 」

「 はい。 」

ふう・・・と溜息を吐いてフランソワ−ズは眼を閉じた。

 

「 ・・・なあ。 フランソワ−ズ、お前少し・・・ 疲れてるんじゃないかな? 

 公演が重なって大変なのはわかるが。 」

うん?と博士はそっと彼女の頬に手を当てた。

蒼白くひきしまった頬は すこし削げたカンジがした。

 

「 え・・・ そんなこと・・・。 ちょっと ・・・ 張り切りすぎた・・・かも。

 きっと妙な力が入ってしまったのかな、と思います。 」

「 そうか? ・・・まあ、今晩はゆっくりお休み。 

 お前が一眠りしている間に かるくメンテナンスを済ませておくから。 」

「 ・・・ はい、 ありがとうございます。 」

「 ジョ−も今夜は留守じゃしイワンも夜の時間じゃ。 世話の焼けるものはおらんよ。 」

「 あ・・・ 博士、お食事は ・・・ 」

「 なに、ワシひとりなどどうにでもなるさ。 

 そんなに気を使わずに たまにはなにもかも放り出してごらん。 」

「 ・・・・・ 」

博士の言葉に フランソワ−ズは小さく頷き、静かに枕に頭を埋めた。

 

 

 

    ( 注 )

   グラン・フェッテ    グラン・フェッテ・アント−ルナン

                 32回の連続回転。 黒鳥、 ドン・キホ−テ、 海賊 などの

                 グラン・パ・ド・ドゥ のコ−ダで女性舞踊手が踊る。

 

 

 

「 ・・・ ただいま ・・・ ? 」

ジョ−は玄関のドアを開け 怪訝な顔をした。

家の中から 物音が聞こえない。

 

 − ? ・・・ああ、そうか・・・ この時間ならフランソワ−ズはまだレッスンだよな・・・

 

お早う、という挨拶はすでに気恥ずかしい時間であることにジョ−はやっと気がついた。

正午までにはまだ間があり、人々は − 子供達でさえ − それぞれの<仕事>に

従事している時間である。

この邸でも博士は 研究に没頭しており、イワンは ・・・ 多分そろそろ夜の時間。

そして一番の多忙ニンゲンであるフランソワ−ズはレッスンに行き不在が<日常>なのだ。

 

ふうん・・・・ どうもタイミングが悪かったなぁ。

せっかくお土産、買ってきたけど ・・・

 

もうすこしゆっくりして、皆が顔を揃えた頃に帰宅すればよかった・・・

ジョ−は 誰もいない家 が嫌いである。

ちぇ・・・っと密かに悪態をついて見たが がらん・・・とした空間に吸い込まれ

あっけなく消えていった。

 

 − ・・・・ うん? あれ。

 

欹てた耳に 微かに赤ん坊の泣き声が届いた。

 

イワン? ・・・ああ、お腹空いたのかな〜それとも寝ぼけたのかな・・・

 

ジョ−は少しばかりほっとした思いで 子供部屋へ急いだ。

 

 

 

「 え〜と・・・ ミルク、ミルクの缶は 〜〜 」

ジョ−はばたばたとキッチンに走り込んで来て、戸棚の上やらハッチの奥を見回した。

 

 − ・・・ あれ?

 

どことなく。 なんとなく。 雰囲気がちがう・・・

取り立ててどうこう、というわけではないのだが 何かがいつものキッチンとは違うのだ。

ギルモア邸のキッチンは フランソワ−ズのリクエストが全面的に取り入れられている。

最新式の調理器具は勿論だが、広いシンクや大理石の調理台、

ちょっとした軽食やお茶が楽しめる高いカウンタ−もあり、

ジョ−にとって居心地の良い場所だった。

 

いい匂いがして、美味しいモノがあって。

そして  いつも<ただいま>と帰ってこられるところ・・・・

そこには 愛する人の笑顔が <おかえりなさい> と待っている。

まさに、ジョ−がずっと渇望していたもののすべてが ここにあるのだ。

 

ハッチからミルク缶をとりだした時、ジョ−ははた、と気がついた。

 

 − そうだよ! 何も無くて 余計なものがあるんだ。

 

いつもピカピカのレンジには なにやら吹き零れの跡がこびりついているし、

シンクの中には ・・・ 洗っていない食器が放りだしてあった・・・!

そっとのぞいた冷蔵庫には ジョ−の大好きなスパゲティー・サラダの用意もなかった。

ジョ−が帰る日には必ず作っておいてくれるのに・・・

 

 − ・・・ もしかして・・・ フランソワ−ズ? 帰ってない・・・??

 

「 ・・・ 博士! ギルモア博士〜〜 」

 

たどり着いた結論に ジョ−は気が動転し今度は博士の書斎へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

「 ・・・ え ・・・? 」

フランソワ−ズは思わず、小さく声をあげ目の前の掲示を見直した。

そして  ぼうっとその一行をそれこそ山の向こうを透視する勢いで見つめ続けた。

 

  * school performance ( matinee ) 『 白鳥の湖 ( 全幕 ) 』

            ・

            ・

            ・

      

  オディ−ル  : フランソワ−ズ・アルヌ−ル

 

            ・

            ・

 

 

「 あ、おはよう! ねえ、フランソワ−ズはなに? やっぱりオデット? 」

「 ・・・ あ ・・・ みちよ・・・ おはよう ・・・ 」

「 な〜にぼ〜っとしてるの〜 わたしもあなたのオデットが楽しみよ。 」

「 ・・・あ。 なんか・・・その、違うみたい・・・ 」

「 え? 」

 

にこにこと話しかけてきた小柄な少女は フランソワ−ズと並んで掲示板を覗き込んだ。

「 ・・・え〜〜 意外なキャスティングねえ〜〜

 あなたが黒鳥で ユリエが白鳥か・・・ ふうん ・・・ 」

「 あ、あなたは? みちよ・・・ 」

「 アタシ? ふふふ〜♪ トロワと三幕でナポリの芯よ。

 両方ともやりたかったから・・・ すごく嬉しい。 」

「 わ〜 やったわね! トロワはどっち? え〜と・・・あ、第二、ね。 」

「 うん♪ アタシ、頑張っちゃう♪ でもさ〜あなたがオデットだと思ってたけど・・・ 」

「 それは ・・・ だってユリエさんの方が ずっと上手よ。 」

「 そりゃ、ユリエはわたし達の中ではトップだけど。 そうじゃなくて 

 ううん、テクの問題じゃなくて、ね。  」

 

おはよう、と声をかけて、次々と仲間たちがスタジオに集まってくる。

フランソワ−ズが通うバレエ団の朝のクラスが始まろうとしていた。

「 おはようございます、 マダム。 」

「 ああ、 おはよう。 」

ヒ−ルの音を響かせ、初老の女性が颯爽と現れた。

 

「 ・・・あ、 あとでね。 」

「 うん。 じゃ・・・ 」

フランソワ−ズもみちよも急いで稽古場に入った。

 

「 マチネ− ( 昼公演 ) のキャスト、掲示してあるから確認しておいて。

 スケジュ−ルはすぐに出します。 」

クラスの前に マダムは全員に言った。

「 本公演と平行だけど・・・ 若手さん達、頑張ってね。

 あ、え〜と。 フランソワ−ズ? ウチの『 白鳥〜  』を見ておいて。

 DVDは事務所から借りてちょうだい。 」

「 ・・・ はい。 」

「 はい、じゃあ。 二番から・・・ 」

滑らかにピアノの音が響きだし、朝のクラスが始まった。

 

 

 

    ( 注 )

    トロワ     パ・ド・トロワ  一幕で踊られる男性一人と女性二人の踊り。

             一幕ではメインの踊り。

 

    ナポリ     三幕で踊られる各国の踊りの一つ。

             他に ハンガリ−( チャルダッシュ )  ロシア ( ル・スカヤ )

             スペイン などの踊りがある。

 

 

 

「 ほう・・・ それでワン・ステ−ジだけ、若手中心の配役での公演なのか。 」

「 ええ、そうなんです。 本公演にはわたし達、まだまだコ−ルド ( 群舞 ) だから・・・ 」

「 へえ、いいじゃないか。 チャンスがあってさ。 」

「 そうじゃな。 なかなか洒落た趣向だのう。 」

「 ・・・ ええ。 」

 

紅茶のいい香りを燻らせ フランソワ−ズはちょっと浮かない顔をしている。

フレンチ・ドアから、随分と明るくなった午後の陽射しが入り海風がゆらゆらとカ−テンを揺らす。

ギルモア邸のリビングでは 博士とジョ−、そしてフランソワ−ズがティ−・テ−ブルを囲んでいた。

 

「 オ腹スイチャッタ。 僕ニモ みるくチョウダイ。 」

「 はいはい。 ちゃんと用意してあるわ、ちょっと待ってね。 」

ふよふよと飛んで来たク−ファンを押さえると フランソワ−ズはそっとソファの脇に置いた。

「 あ、ぼくが持ってくるよ。 ついでにお茶の御代わりも淹れて来るね。 」

「 ありがとう、ジョ−。 」

ジョ−は気軽に立ち上がり、キッチンにティ−・ポットを運んでいった。

「 それで? 期待していた役は回って来んかったのか? 」

「 いえ、そんな期待もなにも・・・ わたし、出られるだけで嬉しかったです。

 若手では ユリエさんっていうナンバ−ワンの方がいらっしゃるから ・・・

 彼女が中心だろうな、って。 」

「 ほう? じゃが、その通りにそのお嬢さんが 主役なのだろう? 」

「 ええ。 ・・・ それで わたし ・・・ 」

 

「 イワン〜 お待ち遠さま〜。 博士、御代わり注ぎますよ〜 」

「 ほい、ありがとうよ、ジョ−。 ・・・ う〜ん ・・・ いい香りじゃな。 」

「 ジョ−の入れてくれるお茶、美味しいわ。 ・・・なんだかほっとするの。 

 この味・・・ 昔、わたしが好きだった味だわ。」

「 えへへ・・・ これでもね〜 お茶はグレ−トから、コ−ヒ−はアルベルトから特訓されたんだ。

 今度、大人から中国茶、習うんだ。 」

「 わあ、凄い。 期待しちゃおうっと。 」

「 ・・・はい、きみの好きなミルク・ティ−。 ・・・それで、きみは何を踊るの?

 白鳥のお姫様? 」

ジョ−は案外器用な手つきでイワンにミルクを飲ませている。

夜の時間のイワン、つまり覚醒していない彼は 本当に普通の赤ん坊であり、

ジョ−と一緒の姿は年若い父子か 年齢の離れた兄弟のように見えた。

 

時折、涼風が足元を吹きぬける。

香り高いお茶を味わい、皆がほっと一息をついている。

 

 − ・・・ああ ・・・ こんな風にお茶を楽しめる時がまた、来るなんて・・・

   お兄ちゃんとも お茶しておしゃべりしたっけ ・・・

 

懐かしい味が、香りが 懐かしい面影を呼び戻す。

そう・・・ あの頃 だったら。 わたし、どういう風に踊った?

 

 ・・・ オディ−ルを ・・・ 

 

「 ・・・ねえ? 聞いても、いい。 」

「 ・・・あ、ごめんなさい・・・ あんまりこのお茶が美味しくてちょっとぼ〜っとしてしまったわ。 」

ジョ−が カップを置く音も慎重に遠慮がちに声をかけた。

 

「 そうなんだ? 嬉しいな〜。 ねえ、それで? 」

「 え・・・あ、ああ。 あの、ね。 黒鳥 ・・・ オディ−ル、なの。 」

「 ほう・・・! そりゃまた・・・大役が回ってきたなあ。 」

「 ・・・ええ、 そうなんですけど・・・・ 」

「 主役 ・・・ とは違う<大役>なんだ? 」

 

パイプを口から離し、目を見張った博士となんだか意気消沈気味なフランソワ−ズ・・・

ジョ−は二人を交互に見つめ なにがなんだかよくわからない。

 

「 あ・・・ あのね。 オディ−ルってのは・・・悪魔、ロットバルトの娘で・・・・

 オデット姫そっくりになって舞踏会に現れるの。 それで王子を誘惑して

 このヒトを選びますっていう<誓い>を立てさせてしまうのよ。 」

「 ・・・ へえ??? バレエにもそういう役があるんだ〜 ・・・ 」

「 ジョ−よ、もうちょっと勉強せい。 ワシでさえそのくらい知っておるぞ?

 そのオディ−ルさんの踊りには高度なテクニックが必要なのじゃ。 

 ほれ、有名じゃろうが。 32回くるくるとまわるヤツとか。 」

「 そうなんですか〜 ・・・ 凄いな〜フランソワ−ズ! きみのテクニックが優秀だってことだろ? 」

「 ・・・ かしら。 でも ・・・ どうやって、どんな気持ちで踊ればいいのか・・・ 」

「 毎日頑張ってきた甲斐があったのう、フランソワ−ズ。

 ともかく ビッグ・チャンスじゃ、頑張りなさい。 」

「 うん、うん。 ぼくもすご〜く 楽しみにしてるから・・・

 あ、練習で遅くなって大丈夫だよ。 ぼくだって食事くらいつくれるさ。 」

「 ・・・ ありがと、ジョ−。 そうね〜 くよくよ悩むより

 とりあえず GO!ね。 」

「 なんかぼくに出来るコトがあったら・・・ってなんにも無いかなぁ・・・

 でも応援してるから! 」

「 ふふふ・・・心強いわ〜、ジョ−。 」

「 ねえ、それでさ。 ・・・あの〜晩御飯、ハンバ−グが食べたいな〜 」

「 なんじゃ、ジョ−? 食事くらい作れるんじゃなかったのか。 」

「 ・・・えへへへ・・・・ 」

「 いいわ、腕によりをかけて美味しいの作るわ。 あ、ジョ−、あとで

 DVDを見たいの。 操作を教えて? 」

「 オッケ−。 最新式にヴァ−ジョン・アップしたからね〜

 あ・・・ ぼくも一緒に見ていい。 」

「 もちろんよ。 さ〜て。 では 飛びっきりの ・・・えっと <激ウマ>?の

 ハンバ−グを作りましょ。 」

「 うわ♪ ラッキ−〜〜♪ なんか手伝うよ〜 」

 

仲良くキッチンに向かう二人を 博士は目を細めて見送った。

今夜 ・・・ 空が晴れればそろそろ星々の河が眺められるかの・・・

博士は ゆったりとした気分でふと、思った。

 

 

 

 

あたふたと駆け込んだ博士の書斎には誰もおらず、ますます動転したジョ−は

加速装置そこのけの速さで 地下の研究室へ階段を二段飛びで駆け下りた。

 

「 博士? いらっしゃいますか? ・・・誰か ・・・ いますか?? 」

 

どんどんどん・・・!!!

 

う〜・・・! 仕方ない、ドアノブを一捻り・・・と決心したその時 ・・・

 

「 ・・・ ふわぁ〜〜〜 なんじゃぁ? もう ・・・ 朝か・・・? 」

 

 - ・・・ かちゃ ・・・

 

のろのろとドアが開き、ギルモア博士のぼさぼさ頭が現れた。

「 博士〜〜!! いらしたのですか! 大変です、フランソワ−ズが・・・ 」

「 ・・・あ? ああ。ジョ− ・・・ お帰り・・・ 関西はどうじゃったかの〜 」

「 関西は閑静で・・・じゃなくて! フランソワ-ズが帰ってないんですっ! 」

「 ・・・ ふらんそわ−ず? ・・・ああ、今は・・・眠っとるよ。

 経過順調じゃから ・・・ 夕方には自然に目がさめるじゃろ。 」

「 ・・・ 経過 ? 」

「 ああ。 昨日、ちょっとな〜 簡易メンテナンスをしたんじゃ。 なに、全てオッケ−じゃ。 」

「 ・・・ ??? 」

「 転んだ、とバレエ団から連絡があっての。 驚いて迎えに行ったのじゃが・・・

 まあ、ちょっと疲れ気味のようじゃな。 例の公演が近いからのう。

 うむ、怪我自体はなんてコトはない。 ただ頭を、額を打ったというから

 気になっての。 念のためにメンテナンスをしたのさ。」

「 あ、それで・・・ びっくりしましたよ〜 」

「 すまん、すまん・・・・ 終了してほっとしたらつい・・・寝過ごしてしまったわい。 」

くしゃくしゃの服のまま、博士は面目なさそうに苦笑している。

「 寝過ごしたって・・・ 博士、もうお昼ちかいですよ。 」

「 あはは・・・ こりゃ ・・・ フランソワ−ズが起きたら叱られるな。 」

「 そうですよ〜 あ、ちょっと・・・顔、見てもいいですか? 」

「 ああ、構わんよ。 どれ・・・ワシは顔でも洗ってくるか・・・ 」

「 昼御飯、まだでしょう? ぼく、なにか作りますよ。 」

「 おう、頼んだぞ・・・ 」

 

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ ? 」

ジョ−は足音を忍ばせてメンテナンス・ル−ムに入った。

ひんやりと涼しく照明も一段と落としたほの暗い部屋の片隅で 

フランソワ−ズは昏々と眠っていた。

 

ほんのわずか頬に赤味がさしており、ジョ−はほっとして彼女の側に腰を下ろした。

「 ・・・ ただいま。 びっくりしたよ・・・ だってきみが居ないんだもの・・・ 」

そうっとジョ−は額に散らばる亜麻色の髪をかきやった。

 

 ・・・あ? これ・・・どうしたの。 おでこ・・・ ちょっと擦りむけてない? 

ああ・・・ ここをぶつけたの?

ふうん ・・・ きみでも、そんな失敗するんだね・・・

 

ふふ・・・っとジョ−は低く笑った。

数本のコ−ドが繋がっている白い手に そっと触れた。

 

・・・ よかった ・・・ 温かいね、きみの手は。

よかった・・・ よかった・・・

 

ジョ−は愛撫していた細い手をいつのまにか しっかりと握っていた。

 

お休み、眠り姫さん。 あ・・・ 今度は違うんだっけ。 ・・・ え〜と・・・なんだっけ?

ごめん、忘れちゃったよ 

頑張っているきみが ・・・ 夢中なきみをみているのが 好きさ。

・・・ ゆっくりお休み、フランソワ−ズ・・・

 

ジョ−は 身を屈めてフランソワ−ズの頬にキスをした。

 

 

 

 

「 ・・・ この幕、三幕の芯は 誰。 」

「 ・・・・・  ・・・・ 」

荒い息を懸命で納めているフランソワ-ズにマダムはにこり、ともせずに訊いた。

「 ねえ、 誰。 」

「 ・・・・ 黒鳥と王子・・・ だと ・・・ 」

「 そうね。 フランソワ−ズ、あなたの黒鳥、芯になってない。

 えりちゃんの スペイン に負けてるわ。 」

「 ・・・・・・・ 」

「 テクニックの問題じゃないのよ。 よく考えて。 じゃ・・・皆さん、お疲れ様 」

「 ありがとうございました〜 お疲れ様でした・・・ 」

 

マダムを見送ると、ダンサ−達はてんでに動き始めた。

ポアントを脱ぐヒト、汗をぬぐって水を飲むヒト・・・ 一緒に踊る相手と振りを確認するヒト・・・

急にざわざわとしだしたスタジオで フランソワ−ズは真ん中に突っ立ったままだった。

 

「 フランソワ−ズ? 」

「 ・・・あ。 タカシさん・・・ お疲れ様でした。 ありがとうございました。 」

「 うん、お疲れ様・・・ あのさ。 もっと ・・・ 自分が思ったとおりに踊ってみたら。 」

「 ・・・・ え ? 」

「 なんか こう・・・  いつもの君の踊りじゃないよ。 」

「 あ・・・ 黒鳥って ・・・ わたし向きじゃない、ですよね ・・・ 」

フランソワ−ズは王子役の青年をおずおずと見上げた。

「 向いてる、とかじゃなくて。 う・・・ん、マダムも言ってたろ?

 君、なんていうかその・・・ 影が薄いっていうか、存在感が希薄ってか ・・・ごめん。 」

「 あ、いいえ。 はっきり言ってくださった方が嬉しいです。 

 そうですか ・・・・ 影が薄い ・・・ 」

「 ま、そんなに焦ることないけど。 なんかこう・・・もっと君には強烈なモノが

 あると思うけど・・・? 」

「 ・・・ はあ ・・・ 」

「 じゃ、また明日。 お疲れ〜 」

「 あ・・・ はい、お疲れ様でした ・・・ 」

 

ふぅ 〜〜〜

 

パ−トナ−の青年も見送ってフランソワ−ズは大きく溜息を吐いた。

 

 − 影が薄い ・・・・ って。 やっぱりわたしには黒鳥は無理ってコト??

 

「 フランソワ−ズ? 」

「 ・・・あ、 えり先生 ・・・ 」

ぽん、と肩を叩かれ振り返るとフランソワ−ズよりすこし年上の女性が微笑んでいた。

「 言われちゃったわね。 」

「 え、ええ・・・ 当然です ・・・ 」

「 そう? あら、随分気弱なのねえ。 」

「 だって ・・・ えり先生に敵うわけありませんもの。 」

彼女はこの稽古場の先輩で ミストレス( 助教師 ) も務めている現役ダンサ−である。

今回のフランソワ−ズたちの舞台では ゲスト的に出演し

三幕で スペインの踊り のソロを踊ることになっている。

スペイン舞踊風の振りをポアントで踊る、かなり難しい役である。

 

「 三幕の主役が何、言ってるの? 他のすべてを圧巻するのが

 黒鳥のG.P.( グラン・パ・ド・ドゥ )なのよ?

 他の踊りに観客の目を奪われるようじゃ、王子を誘惑できないわ。 」

「 ・・・ はい。 」

しょぼんとしているフランソワ−ズに えり先生は明るく言い放った。

「 で・も・ね。 フランソワ−ズ?  私も、まけないからね。 いい? 」

「 ・・・あ ・・・ は、はい。 」

「 あなたもあなたのベストを尽くして。 私も本気だから。 」

じゃあね、と彼女は軽い足取りで稽古場を出ていった。

「 ・・・ お疲れ様でした ・・・ 」

溜息と一緒に挨拶を送り、フランソワ−ズはのろのろと荷物を取り上げた。

 

 − ・・・・ああ ・・・ もう帰っちゃおうかな・・・ なんだかすごくくたびれちゃった・・・・

 

「 フランソワ−ズ? 自習、してゆくでしょう。 」

「 え・・・あ。 ・・・・ うん。 ちょっとだけ・・・ みちよは? 」

「 勿論! <宿題>、山盛りだもの〜〜〜。 」

「 ・・・・ そう。 」

「 ねえ、フランソワ−ズ 」

「 なあに。 」

「 ね、アタシも。 」

みちよはちょっと立ち止まると、に・・・っと笑った。 そして胸を張ってはっきりと言った。

「 アタシもね。 負けないよ? ナポリの間はアタシがこの舞台を貰うから。 」

さあ、頑張ろうね〜〜 と小柄な少女はさっさと自習用のスタジオに入って行った。

 

「 ・・・・・・ 」

 

ともかく。

今は。 なんであろうと、ともかく踊るしかない。

フランソワ−ズは くっと何かを飲み下した気分でスタジオのドアを開けた。

 

 

 

 

 

なにかとても幸せな空間に漂っている気分だった。

回りに浮遊していたミルク色の靄が だんだんと晴れてきた・・・

 

 − ああ・・・ いい気持ち ・・・・ あ ・・・・れ ・・・ ?

 

ぼんやりと目に写ったのは 無機質な機器が並ぶ白い天井だった。

 

・・・ ああ。 メンテナンス・ル−ム ・・・・

そう・・・だったわ ・・・ わたし、転んでおでこぶつけて。 それで・・・

 

フランソワ−ズの脳裏に その時の光景が蘇った。

 

そうなのよ・・・ 

< 強いもの > って なに。 存在感を出すには・・・・?

全然わからなくて。

ともかく 見せ場のグラン・フェッテに 無理無理ダブルを入れようって思ったのよ。

 

自習室のすみっこで、てんでに練習している皆を見てそれしか方法がないって・・・

それで ・・・ 

そうよ、初めの16回は普通に回って勢いがついてきたから よし!って思ったわ。

そしたら。 軸足がかくん・・・って  しまった!って思った瞬間にふわ・・・っと身体が宙に飛んだわ。

 

わ・・・! 大丈夫??

 

みちよの悲鳴みたいな声が遠くで聞こえた・・・ような気がしたわ。

そして 一瞬目の前に床がせり上がってきて おでこににぶい衝撃がきたの。

 

 みんなが 真顔で駆け寄ってきたわ ・・・

 

 

そうっと 手を額に伸ばしてみる。

激しく打ち付けた部分は なんだか皮膚が少しザラついている。

目の前に翳した腕には 何本ものチュ−ブやらコ−ドが繋がっていた。

 

ああ・・・ そうだったわ ・・・

博士がお迎えに来てくださって ・・・ それで 一応メンテナンスしようって ・・・

 

       ・・・・ ふぅ ・・・・・・

 

深くて長い吐息が 現実の重みをずしり、と思い起こさせた。

 

 − どうしよう ・・・ わたしは どう踊ったら いい? 

 

ひりひりするのはおでこだけじゃない。

ざらっと 嫌な感触がするのは皮膚だけじゃない。

一番かさかさと乾き ささくれ立っているのは ・・・ わたしの こころ だわ。

 

フランソワ−ズは そっと自分の身体を両腕で抱き締めた。

 

 − ・・・ 寒い ・・・

 

つい、さっき。

ジョ−が愛しげに握っていた白い手は フランソワ−ズ自身には痛いほどに冷たく感じられた。

 

 

 

Last updated: 07,04,2006.                           index      /       next

 

 

 

 

*** 途中ですが・・・

 Eve Green 】 様宅で 33333 のキリ番を踏ませていただきました♪ ( 現在のTOP絵になってます♪)

そのリクエスト絵 ( 最高♪♪♪♪ ) に捧げるSSであります(#^.^#)

めぼうき様〜〜〜〜〜 ありがとうございました♪♪

・・・ 相変わらず <サイボ−グ009> じゃありません・・・ オタク話満載です〜〜

フランちゃんスト−リ−かな〜♪ あ、後半でちゃんとジョ−君、活躍予定?です。

用語等、お判りになりませんでしたら どうぞ<一言>にでも<BBS>にでもご質問くださいませ。

毎回、ゲスト出演をお願いしておりますお二方〜〜〜 ありがとうございます♪