『 季節風にのって ― (2) ― 』
かちん ・・・
― あ・・・! いけね・・・!
すぴかは首を竦めて思わず目を瞑ってしまった。
そうっと そうっとドアを開けて そうっとそうっと忍び足でお盆を運んで ・・・・
息までつめて ベッドの横に置いたのに。
お盆の上で スプーンがお皿に当たって小さな音をたててしまった。
んん〜〜〜 もう!!
せっかく 最大級にそう〜〜っと歩いてきたのにぃ〜 !
お母さん ・・・ 起きちゃうよう・・・!
すぴかは もう一度息を止めて こそ・・・・っとベッドを覗きこんだ。
何しろすぴかのお母さんはとても 耳がいい。
ちっちゃい頃、 弟のすばるがちょっとでも泣くとすぐに飛んできてくれたし。
毎日 お家に帰ってくると顔を見なくても、声を聞かなくてもちゃんと誰だかわかるのだ。
「 お帰りなさい、すぴか。 コズミ先生からお煎餅を頂いたわよ? 」
「 すばる? お帰りなさい。 歩きながらご本を読んじゃだめ。 あぶなわ。 」
お母さんの声が キッチンから聞こえてくる ― まだ、ただいま〜を言う前でも。
― うわ・・・ どうしてわかるのかなあ・・・
すぴかはチビの頃からず〜っと不思議に思っていた。
「 え? どうして・・・って。 だってみんな足音が違うわ。
すぴかはいつでも跳ねてるみたいだし、 すばるはのんびりマイペイースなの。
おじいちゃまも ゆっくりだけど時々じ〜〜っと立ち止まって考え事が挟まるわ。 」
「 そう・・・・かも。 」
「 そうなのよ。 だからね、足音を聞いただけで・・・あ、今日はすぴかはご機嫌だな〜とか
あらら・・・すばるったらなにかイヤなコトがあったのかしら?
おじいちゃま、また何か難しいコトを考えていらっしゃるのかなあ・・・とか お母さんにはわかるのよ。 」
「 ふうん・・・ ねえ、ねえ〜 お父さんはァ〜 ? 」
「 え・・・ ジョ・・・いえ お父さん? ・・・ う〜ん・・・ なんなく、判るの。
あ。 今坂道の下まで帰ってきたなあ〜 とか ご門のところだわ、とかね。 」
「 ふうん ・・・ らぶらぶはやっぱ違うねえ! 」
「 すぴか・・・! もう〜〜 親をからかって・・・! 」
「 えへへへ・・・ いつまでもお熱いこって。 」
「 こらァ、 もう〜 ・・・ 」
ほっぺを真っ赤にして 笑っているお母さんはとっても綺麗だった。
「 ・・・ お母さん ・・・ 起きちゃた・・・かな・・・ 」
すぴかのベッドに寝ているお母さんは やっぱりほっぺが赤いけど、今日は笑顔なんかじゃない。
お顔の周りに巻き毛がからまっていて、ちょびっと鬱陶しそうだ。
オデコに貼った冷え冷え・シートも 乾いてしまったのか、端っこが捲れあがっている。
「 新しいのに変えてあげようかな。 でも ・・・ 起きちゃうよね・・・ どうしよう・・・ 」
すぴかは ベッドの脇でもじもじしていた。
― かさ ・・・
毛布が少し動いた。 すぴかはびく・・・っとして、ベッドからちょっぴり後退りしてしまった。
「 ・・・ すぴか? どうしたの・・・ 」
ちょっと掠れた声が聞こえてきた。
「 ? お母さん! ごめん! 起こしちゃった?? 」
「 ううん ・・・ 目は覚めていたの。 すぴかがお行儀よくお盆を運んでくるの、ちゃんとわかったわ。
さすがにお姉さんね ・・・ えらい、えらい・・・ 」
毛布の下から 白い手が伸びてきて、すぴかの手をふんわり握った。
「 えへへへ・・・ アタシ、 お茶、こぼさなかったよ。
あ! そうだ〜〜 御飯を持ってきたの。 お母さんの晩御飯。 起きれる、お母さん・・・ 」
「 ・・・ お茶、あるかしら。 お母さん、 今はお茶だけでいいわ・・・ 」
「 あ・・・ ほら〜 よいしょ・・・・ 」
すぴかはベッドに乗っかりそうになって お母さんが起き上がるのを助けてあげた。
「 ・・・ 大丈夫、一人で起きられるわ・・・ でもありがとう、すぴか。 」
「 あ! ねえ、ガウン、着て? 寒いとまたお熱、あがっちゃうよ? はい、御飯! お茶もあるよ。 」
ベッドの横に そ〜っとお盆が置かれた。
「 ああ・・・ ありがとう。 お茶 ・・・ああ 美味しいわ・・・ 」
「 お母さん。 ちゃんと御飯、食べなくちゃダメだよ。 早く良くならないよ! 」
「 え ええ・・・ そうなんだけど。 お母さん、 お咽喉が痛くて・・・ 」
「 だ〜から。 ほら これ〜〜 どうぞ! 」
「 ・・・え ・・・? あら。 まあ・・・ これ・・・ 」
「 えっへん♪ アタシがつくりました。 ホントはね、おじいちゃまがね〜 手伝ってくださったんだ・・・
お母さん、 好きでしょ? 」
「 ・・・ ええ。 ええ、ええ。 大好きよ。 ・・・ 頂きます。」
フランソワーズは額にかかる髪をかきあげ、お盆の上から素直にスプーンを取り上げた。
それは ― 多少 ダマダマになっていたけれど。
ほっこり温かい オート・ミール。 バターも程よく溶け込んでいい風味 ・・・・
「 ・・・ お母さん ・・・ あの・・・おいしい・・? 」
「 ええ。 とってもとっても美味しいわ。 お母さん、こんなに美味しいオート・ミールは初めて・・・ 」
「 ホント!? うわ・・・ やったァ〜〜♪
・・・ ねえ。 お母さんのママンの味と似てる? こんな味だった? 」
「 そうね ・・・ ゴホ・・・ こんな優しい味だったわ・・ コホン ・・・・! 」
「 あ! ごめ〜ん ・・・ お母さん、お咽喉、痛いんだよね。 お喋りはナシにしなくちゃ。
それでね、 はい! デザート。 」
「 ・・・ ごめんね、 もうお腹 いっぱいなのよ、お母さん・・・ 」
「 あの、さ。 これ ・・・ すばるとお父さんが作ったんだよ。 すりおろし・りんご! 」
「 え。 ジョ・・・いえ、 お父さんとすばるが? まあ ・・・ 」
「 はい。 あれ・・・ なんでこんな色になっちゃったんだろ? アタシ、なにかこぼしたかなあ・・・」
すぴかは目の前のカフェ・オ・レ・ボウルの中身を見てちょっとおろおろしている。
「 大丈夫よ。 ・・・ コホン・・・ おリンゴはねえ、剥いておくと赤くなるでしょ? あれと一緒。 」
「 なんだ〜・・・ よかった・・・ 食べれる? お母さん・・・ やっぱり後にする? 」
「 今、頂くわ。 お父さんとすばるの力作ですもの・・・ ああ、美味しいわ ・・・
・・・ お母さん、み〜〜んなからパワーを貰っちゃったから。 すぐに良くなるわ。
・・・ ありがとう・・・すぴか・・・ さすがに女の子ね、嬉しいわ お母さん・・・ 」
「 え・・・ えへへへ・・・ あ! お薬! これが一番大事、でしょ。
おじいちゃまが 忘れるなよって。 はい。 お水はこっち。 」
「 ・・・ ありがとう。 はい、ちゃんと飲みました。 」
「 合格で〜す♪ さ・・・ お母さん、きちんとベッドに入ってなくちゃダメだよ。
熱くでも 毛布、かけて・・・ あ! ヒーター、入れようか? 」
すぴかは自分のベッドの周りを飛び回り 母の蒲団を直したり枕の氷の具合を確かめたり・・・大忙しである。
「 ・・・ 大丈夫よ、すぴか・・・ ヒーターはいらないわ。
ねえ・・・学級閉鎖でも宿題はあるのでしょう? お勉強しなくちゃだめよ。 」
「 う・・・ん。 いちお〜 宿題はあるんだけどさァ・・・ でも!
アタシ! お母さんのかんびょう の方が大事だもん。 」
「 あ〜ら ほんとう? ・・・それじゃあね、 ここで・・・宿題、しちゃいなさい。 ね?
お母さん、 一緒に見てるから。 算数? 国語? 」
「 ほんと? ここでやっていい? ・・・ う〜ん 算数のドリルと 作文なんだ。 」
すぴかはお盆を退けると 自分の机の上からごそごそプリントやらノートを持ってきた。
「 作文さあ・・・ 何、書こうかなあ・・・ 」
「 ・・・ すぴかさんのお風邪のことはどう? こんなカンジでした・・・って。 コホン・・・コン・・・! 」
「 あ! お母さんってば。 もうおしゃべりはやめ。
アタシ、ここで書くから ・・・ お母さん、お目々つぶってて! 」
「 はいはい わかりました。 ねえ、すぴか。 作文、書けたら読んで聞かせてくれる? 」
「 え・・・ いいけど。 お母さんってば ちゃんと寝ていないとダメだよ? 」
「 はい。 美味しい御飯も沢山食べてお薬も飲んだから、お母さん、すぐに治るわ。
だから すぴかもちゃんと宿題、するのよ。 」
「 は〜い ・・・ えっと ・・・ 5年二組 しまむら すぴか ・・・っと。
題はァ ・・・ あ! 病気の日 にしようっと。 う・・・ん・・・・? え〜と・・
目が覚めたら、ぽっぽしました。わたしがこの前 かぜをひいた時です ・・・ 」
すぴかはぶつぶつ言いつつ・・・ベッドの端っこで作文を書き始めた。
時折聞こえる娘の声を子守唄代わりに フランソワーズはうつらうつらしていた。
・・・ こんな熱なんて ・・・ 久し振りだわねえ・・・
ミッションでの負傷や メンテナンス以外では ・・・ 初めてかもしれないわ・・・・
ふふふ ・・・ 忘れてたな ・・・ この感覚・・・
普段、見上げたこともない子供部屋の天井をぼんやり ながめる。
あら・・・ あそこの壁紙がちょっと浮いているわね・・・
今年の大掃除には ジョーに張り替えてもらおうかしら・・・・
博士処方の特効薬のお蔭か、高熱からくる悪寒はほとんどなくなってきていた。
これなら 案外早く治るかもしれない ・・・ 忙しい母は すこしほっとする。
「 ・・・? すぴか? 作文は書けそうかな。 ・・・・ あら? 」
気がつけば 娘のぶつぶつ言う声が聞こえない。
そうっと半身を起こしてみると ―
すぴかは 母の蒲団の端っこに突っ伏して くうくう眠っていた。
「 ・・・ あらら・・・ ふふふ・・・ 慣れないコトして くたびれちゃったのかな。
まさか ・・・ ぶり返してはいないでしょうねえ・・・ 」
フランソワーズはそっと娘のおでこに手を当ててみたが、彼女自身、まだ熱があるのでよく判らない。
「 う〜ん・・・?? 多分 ・・・平熱、だと思うのだけど・・・ あ、 そうだわ。 」
《 ・・・ ジョー? ちょっと子供部屋まで来てくださる。 》
《 フラン!? ど、どうしたのかい? 具合、悪いの? 》
《 ううん、大丈夫よ。 すぴかがねえ・・・沈没よ。 それと晩御飯のお盆を持っていって欲しいの。 》
《 え! アイツ、また熱が上がったのかい? だって 治癒証明まで出してもらったのに・・・ 》
《 ジョー? 落ち着いて・・・ あなたのお嬢さんはね、家事疲れのご様子よ? 》
《 ・・・ あ・・・ なんだ・・・ よかった。 オッケー、すぐに行く。 おっかない看護婦サンが
目を覚まさないうちに 部屋に入っちまおう。 》
《 ふふふ・・・ あ、ちゃんとマスクしてきてね! ・・・ 移るわよ! 》
《 ・・・ 了解! 》
・・・ジョーは加速装置を稼働させたのか? と疑いたくなる速さで 子供部屋に現れた。
「 ・・・ やあ、どう? ああ・・・随分顔色がよくなったな。 ん・・・どれ・・・・ 」
ジョーの大きな手が フランソワーズの額に当てられる。
「 微熱、くらいだね。 さすが・・・博士の薬はすごいなあ。 」
「 そうね、関節の痛みもね 随分和らいできたの。 ・・・ このお嬢さんの御飯のおかげよ。 」
フランソワーズは 突っ伏している娘の髪をそっと撫でる。
「 ゆっくり寝かせてやってね。 お食事・・・本当に美味しかったわ。 」
「 うん・・・ なんだかすごく張り切っていたからね、ウチのお転婆姫は・・・
きみ、さ。 なんか ・・・ 風邪ひいて・・・ 色っぽいねえ。 どきどきしてきた ・・・
その ・・・ 潤んだ瞳が なんとも・・・ あ あ ・・・ ちょっとだけ・・・ ! 」
額にあった手が 頬をなで首筋を辿り・・・・ 襟元にすべり込んでゆく。
ジョーは彼の細君の胸元を少し肌蹴ると 仄かに薔薇色がかった胸に唇を寄せた。
「 きゃ・・・! ジョーったら・・・ ダメだってば。 移るわよ! それに すぴかが・・・ 」
「 ・・・ んん ・・・ これはね、 予約済み、のシルシさ。 うわ〜 そそられるゥ・・・ 」
彼の熱い唇が 茱萸の実みたいな頂点の脇に押し付けられる。
「 ・・・ あ! あん ・・・ だめ、ダメよ すぴかが 起きる・・・ 」
「 ・・・ んんん ・・・・ ぐっすり寝てるよ・・・ 」
「 あ ! お父さんってば ズルイ〜〜 ! お母さ〜〜ん! 」
部屋の入り口で甘ったれ声がして ― すばるが立っていた。
「 わ!? ・・・ あ、 ああ。 すばる・・・ 」
「 きゃ! 《 ジョー! か、隠して〜〜 》 すばる? もう・・・ 寝るの? 」
「 ・・・ う・・・・う〜ん・・・あれ、アタシ ・・・? 」
「 あ、あら。 すぴか ・・・ 目が覚めた? 」
「 お母さん〜〜 もう大丈夫? 」
「 ・・・ あ すばる・・・ 」
「 あ!! すばる、だめ〜〜 お父さんも?? ダメだってばあ〜 ! 」
すぴかの大声もなんのその、すばるは父親の脇をくぐって母のベッドに ぽん、と座り込んだ。
「 ・・・ お母さん〜 お母さ〜ん・・・! 」
5年生にもなって 島村すばる君はお母さんの首ったまに齧り付いたのだ。
「 ・・・あらあら・・・ すばる? どうしたの。 え? 」
「 お母さん 〜〜 すぴかってば ・・・ お父さんってば。 ズルイ〜〜 」
「 ええ? まあ・・・ あのね、すぴかはお母さんの看病をしてくれてるんだし、
お父さんは お母さんがお願いしてきてもらったのよ。 すばる? ほら、 泣かないの。
ね、 お風邪がうつるから・・・ コン コホン ・・・ あっちのお部屋に コホン ・・・! 」
「 お母さん! 大丈夫? ・・・ ほら、 お水・・・ 」
「 ほらほら・・・ お母さんを休ませてあげなくちゃ。 皆 出てなさい。 」
「 ・・・ コン・・・ コホン・・・ ごめんね、 お母さん、すぐに治るから・・・ 」
「 騒いでごめん。 ゆっくり休むんだぞ? さあ ・・・ すぴかもだよ。 」
ジョーは晩御飯のトレイを持ち、涙目の息子の背中を押している。
「 え。 アタシは今晩、ここで寝るよ。 お母さんについていてあげなくちゃ。 」
「 すぴか・・・ お母さん、もう大丈夫だから・・・ ちゃんとベッドでお休みなさい。
それで 明日、作文を聞かせてちょうだい。 」
「 ・・・ う・・・ん。 それじゃ・・・ お休みなさい〜
あ。 お母さんってば。 ネグリジェの前ぼたんが開いてるよ?
だめだよ〜 熱くてもちゃんと着ていないと ・・・ ほら。 」
「 ・・・ え。 《 ・・・ ジョー 〜〜〜 !!! 》 あ・・・アリガト・・・ 」
「 《 あは・・・ごめん、ごめん・・ 》 さあ、 行くよ? 」
ジョーは子供たちをつれて 妻の側から引き上げていった。
「 お〜い すばる。 ちゃんと 歯、磨いたか。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 よし。 お前のクラスは学級閉鎖、もう終ったんだろ? 」
「 ・・・ うん。 」
「 なんだあ? ご機嫌、斜めだなあ。 お〜い すぴか。 すぴか? 」
「 ここ! おじいちゃまにね、 お母さんはちゃんとお薬、飲みましたって報告してきた。 」
「 お、さすが。 サンキュ♪ 」
「 えへへへ ・・・ アタシ〜〜 お姉さんだもん。 」
「 そうだよなあ、頼もしいアネキってとこだな。
なあ? 二人とも。 お父さんから ちょっと・・・相談 があるんだけど。 」
「「 相談? 」」
「 ああ ― あのな、今晩・・・・ 」
― そして この夜。
島村さんち では。
「 さあ〜〜 おいで♪ 皆で一緒に寝よう! 」
ジョーは夫婦の寝室に 子供たちを招き入れた。
「 え。 お父さん ・・・ いいの。 」
「 いいさあ。 お母さんにはね 一人でゆ〜っくり休んでもらって。
たまには三人で 川の字、 やろうよ。 すばる? 枕、もっておいで。 」
「 うん! 」
すばるはさっきまでの仏頂面はどこへやら、大にこにこ・・・・で 枕を取りに駆けていった。
「 さ〜て・・・ 毛布と蒲団と。 三人なら温かいから これでいいな。 」
ジョーは毛布を引っ張ったり枕を並べたり・・・ そうそう、と目覚ましをセットしたり大わらわである。
「 え〜と ・・・ これでいいか。 うん? なんだい、すぴか。 」
つんつん ・・・ すぴかがジョーのパジャマを引っ張っている。
「 お父さん! ちゃんと ウガイ、した? 手もよ〜〜く洗った?
お母さんの側にいたでしょう? 風邪、 移るよ! 」
「 あ・・・ ( ・・・ 見られて・・・ ないよな? ) うん。 ごめんな。
ちゃんとウガイしたよ。 すばると一緒に おじいちゃまの消毒スプレー使ってちゃんと手も洗った。 」
「 うん、それなら・・・いいや。 あ、お母さんね〜 晩御飯 と〜〜っても美味しかったって。 」
「 お そうか? よかったなあ。 それじゃ じきに治るな。 」
「 そうだね・・・ アタシ・・・移しちゃった・・・・からさ。 」
「 いいんだ、いいんだ。 すぴかのせいじゃないさ。 さ、今晩は 川の字 だ。 」
「 うん♪ うわ〜〜い・・・ す〜ばる〜〜〜 早く おいでってば! 」
「 ・・・ いま 行く! わ〜〜 僕、こっち側がいい〜〜 」
「 どっちだって同じじゃん。 アンタって・・・チビの頃とちっともかわんないんだね。 」
「 こらこら・・・喧嘩するなって。 さ・・・ お父さんも滑り込み〜っと。
・・・ すぴか? ちゃんと蒲団、かけてるか? すばる、枕は? ああ・・・これか。 」
「「 うわ〜〜〜い♪ お父さん ・・・ お父さ〜ん♪ 」」
ジョーの両側から 子供たちがくっついてきた。
うわ・・・ コイツら。 でかくなったなあ・・・・
ついこの間まで 二人いっぺんに抱いても平気だったのに。
・・・・ははは ・・・ もうさすがのぼくでも ・・・ 無理かもなあ・・・
「 ・・・ お父さん 」
「 うん? なんだ、すばる。 」
「 ・・・ うん。 あのさ。 お母さん、さ・・・ すぐに治るよね。 」
「 ああ、すぐに治るよ。 だから ちゃんと宿題もして心配させちゃダメだぞ。 」
「 ・・・ あ うん ・・・ 」
「 いいな、すばる? オトコはな、女の子を泣かせちゃ いけない。 絶対に、だ。
これだけは絶対に守れ。 お父さんとの、いや、オトコ同士の約束だ。 」
「 ・・・ うん、わかった。 」
ジョーは 息子と ガシっと拳骨を合わせた。
「 ふ〜んだ。 アンタの方が先に泣くんじゃないのォ〜 」
反対側から すぴかがお口を尖がらせている。
「 あははは・・・ すぴかもだよ。 お母さんを泣かせるな。 これはお父さんとすぴかの約束さ。 」
「 アタシ! そんなこと、しないもん。 アタシ、皆を守るんだ、正義の味方よ! 」
「 うんうん・・・ お父さん、強い女の子、大好きだよ。 」
「 ふうん? だからお母さんと結婚したの? 」
「 ・・・え??? 」
「 僕 ・・・ お母さんみたいなヒトがいいな。 」
「 な、なんだって?? 」
「 あ〜ああ・・・ 眠い〜 ・・・ すばる! あんたは明日も学校でしょ? 早く寝ないと起きらんないよ! 」
「 わかってるってば。 すぴか、早く寝ないとまた熱、でるよ! 」
「 アタシはもう治りました! ちゃ〜んと < なおりました >証明書、もらったもん。
あんたこそ 移るよ〜〜 お母さんにひっついてさあ。 あ〜まえんぼ〜 」
「 すぴかだって! お母さんと一緒に寝てたじゃないか〜 すぴかのあまったれ〜 」
「 ちがうもんッ! お母さんはねッ! ず〜っとアタシのベッドの横でね〜 」
「 ・・・・ はい、そこでお終い。 二人とももう口、閉じる。 本当に明日、起きれないよ? 」
「「 は〜い ・・・ 」」
ジョーは自分の両側で口喧嘩を始めた娘と息子の頭を 軽く引き寄せた。
「 寝坊して遅刻するとお母さんが心配するだろう? そしたら・・・治るのが遅くなる。 」
「 ・・・ お休みなさいッ! アタシはもう寝ました。 」
「 お休みなさい。 ぐ〜〜 」
ジョーの一言に 姉と弟は口を閉じ 慌てて目をぎゅ・・・っとつぶった。
「 うん ・・・ お休み。 あ〜ああ・・・ お父さんも 疲れたよ・・・ 」
両側に 何にも代え難い子供たちの温かさを感じ、ジョーは身も心も芯から暖まっていた。
・・・ ああ ・・・ これが 家族、なんだ・・・・
この温かさのモトは 半分がきみで半分がぼく、なんだもんな・・・
ああ ・・・ ああ ・・・ あたたかい ・・・
《 ・・・ ジョー? どうしてる? 》
《 ? ・・・フラン。 ははは・・・ こっちは ひさびさに 川の字 だ 》
《 ・・・? ・・・ ああ! 一緒に寝てるのね? 》
《 当たり。 もう両側は くうくう寝息、だけどな。 》
《 そう・・・ よかった。 ジョー、晩御飯、ちゃんと食べたの? 》
《 ああ、<ジョーのインスタント料理> も満更捨てたものじゃないぜ?
博士もすばるも ぺろり、さ。 あ・・・もちろん きみの御飯には勝てないけどね 》
《 まあ・・・ 今度また 作ってくださる? 》
《 おっけー。 さあ・・・もう きみも寝ろよ? 寒くないかい。 》
《 ええ 大丈夫 ・・・ ジョー? 》
《 うん? なんだい、フランソワーズ 》
《 わたしね ・・・ シアワセだわ。 風邪引いてて・・・ヘンだけど。 》
《 ああ ・・・ ぼくもシアワセだ。 家族って ・・・いいな。 》
《 ええ そうね ・・・ 》
《 さ・・・本当にも眠れよ。 お休み・・・ フラン 》
《 お休みなさい ジョー ・・・ 愛してるわ・・・ ♪♪ 》
《 ・・・ うわ・・・ 》
口付けの感覚が脳内にダイレクトに伝わり ジョーの心臓はどきん!と跳ね上がってしまった。
「 ・・・ うわ・・・ もう・・・フランったら・・・ ふゥ 〜〜 」
ジョーは両脇に娘と息子を引き寄せつつ ― 一人で真っ赤になっていた。
「 チュ・・・って♪ ・・・ 愛してる、くらい言ってよね。 もう〜 」
口ではぶつぶつ言いつつも フランソワーズの頬にも笑みが浮かぶ。
すこし微熱の残る身体は 不思議と不快ではなかった。
彼女もまた、お腹の底からじんわり・・・と暖まっていたのだ。
シアワセ・・・か。 うん、シアワセです。
・・・ そうよね。 オーロラ姫だって こんなシアワセは知らないかも。
自然と < ローズ > の音が唇から漏れた。
「 ・・・ ああ、そうか。 わたしにはわたしのシアワセがあるのよね。
< わたしのシアワセ > 気分で ・・・ 踊れば いいのかもしれないわ・・・ 」
う〜ん・・・ 蒲団の中で思いっ切り手脚を伸ばしてみる。
関節の痛みや軋みは もうほとんど消えていた。
「 ・・ あ ・・・あ! すっきりしたわ。 さすがに博士のお薬ねえ・・・凄いわ。
明日か明後日には クラスにゆけるかしら。
あ! それよりもすばるに移さないようにしなくっちゃ・・・ 」
ほわ〜〜ん ・・・ 自然なアクビが湧き上がり、フランソワーズの瞼も直に下がってきたようだ。
「 あら、フランソワーズさん。 え?? 治癒証明書? ・・・別に必要ないけれど・・・
ああ、それじゃマダムに直接渡してくださいな。 ええ お部屋よ。 」
「 え。 わたし・・・入ってもいいのですか。 」
「 ええ、 どうぞ。 場所は知っているでしょう。 一番突き当たり。 」
事務所の人は事も無げに言った。
「 は・・・ はい・・・・ 」
なんとか朝のレッスンに復帰できた日、クラスの後でフランソワーズは主宰者の私室を訪ねた。
カンパニー内にあるが、ダンサー達はほとんど訪れることはない。
― トントン ・・・
なんでもない普通のドアなのに、 ノックするのにもちょっと緊張してしまった。
「 ・・・ はい? 」
「 あの! フランソワーズです。 入ってもいいですか? 」
「 ・・・ ああ、どうぞ。 」
「 はい。 」
フランソワーズはそう・・・っとドアをあけ、隙間から中に滑り込んだ。
「 失礼します ・・・ あ ・・・わあ ・・・ 」
ぺこり、と日本風にアタマを下げ・・・そろそろ顔を上げたのだが ―
思わず小さな声が漏れてしまった。
ごく普通の部屋 ・・・ のはずなのだが。 そこはまったく違った空間になっていた。
毛足の長い絨毯が敷かれ、磨きこまれた猫脚の家具があり。
壁際のチェストの上には 沢山の写真立てが並んでいた。
正面にある机には 大きな花瓶に溢れるほどのミモザが活けてある。
日本人の部屋とは思えない飾りつけだ。
・・・ なんだか・・・懐かしい雰囲気・・・?
フランソワーズは思わずきょろきょろと見回してしまった。
「 あなた、例の風邪だったんですって?? おチビちゃんからもらっちゃったの? 」
「 は、はい。 あの・・・これ。 もうすっかり治りましたので。 」
「 ・・・・? 治癒証明書 ・・・ あらまあ、わざわざありがとう。
どうなの、今朝のクラスはちょっと辛そうだったけれど・・・ 明日のリハは延期しましょうか? 」
「 いえ! 大丈夫です。 あ・・・自習、ほとんど出来てないから・・・延期したほうが・・・ 」
「 あなたさえよければ やりましょ。 どう? 」
「 ・・・ はい。 お願いします! 」
「 いいわ。 あなたなりの ローズ をね、期待してますよ。
ふふふ・・・16歳のころを思い出した? 」
「 え・・・ あ・・・は、はい。 」
「 ねえ? 幾つになっても思い出は色褪せないわ。
トキメキの想いは一生のタカラモノでしょ? この思い出たちも・・・ 」
マダムはチェストの上の写真たちに目を向けた。
「 ふふふ・・・ あなたみたいに若い人からみたら年寄りの趣味で ・・・ 可笑しいでしょう?
でもみんな 私の宝物、私を支えてくれるパワーの源なの。 」
「 あの・・・ なんか懐かしいなって思って。 こういうお部屋の雰囲気・・・ 」
「 あらそう? やっぱりフランス人なのねえ。
あなたのお家もこんな感じなのかしら。 」
「 ウチのリビングにも ・・・ あ、娘時代ですけど。 沢山写真とか飾っていましたから。 」
「 そうねえ、あなたのお母さま いえ お祖母様の頃の趣味かな?
私もね、 あなたを見ていると・・・ ちょっと懐かしいわ。 」
「 ・・・ え? ・・・ 」
「 ああ ごめんなさいね、年寄りの話はくどくて。 じゃ、 リハーサルでね。 」
「 あ・・・ は、はい。 」
フランソワーズは慌てて ぴょこん、とアタマをさげ私室から出ていった。
ホウ ・・・・
廊下に出ると緊張が解けたのか 大きく溜息が出てしまった。
「 ・・・ いっけない。 ぼんやりしてないで、自習しとかなくちゃ。
でも ・・・ トキメキは宝物、か・・・ 」
あの部屋は ― 一瞬、 以前のアパルトマンの部屋に戻ったみたいな感覚だった。
勿論 あんなに上等な家具調度ではなかったけれど、
漂う雰囲気は 確かに ・・・ あの頃のあの街のもの・・・とよく似ていたのだ。
「 なんか・・・すごく嬉しい気分。 うふふふ・・・皆にパワーを貰っちゃったかも。
頑張るわ。 そうよ、わたし。 ・・・ どきどき・の16歳、 夢見るオトメ・・・のお姫様よ。
ええ、わたしの < お姫様 > を 踊ってみるわ・・・ 」
フランソワーズはバッグを持ち直すと、元気にカンパニーの廊下を歩いていった。
うらうらと秋の日が海原に揺れている。
夏の華やかさはないけれど、 しっとりとした艶のある輝きだ。
・・・ 綺麗ねえ・・・ 海ってほんとうに毎日みていても飽きないわ・・・
フランソワーズはいつもの坂道をのぼりつつお気に入りの景色に目を留める。
病み上がりのレッスンで、さすがに少し疲れたけれど身体はかえって軽くなった。
なにより 風邪引き気分 がすっかり消えて、爽やかだ。
「 ・・・ただいまもどりました。 」
玄関のドアを閉め、買いもの袋を足元に置いた途端に ―
「 ・・・ ああ 母さんや。 ぼうずがなあ。 ・・・熱じゃよ。 」
博士が せかせかと玄関に現れた。
「 え? すばるが・・・・ ああ・・・やっぱり。 移っちゃいましたか・・・ 」
「 そうなんじゃ。 昼前に学校から連絡があってのう。 案の定、真っ赤な顔でなあ。
そのまま ヤマダ医院に直行したよ。 」
「 まあ?? それじゃ・・・博士がお迎えに? すみません〜〜 」
「 いやいや。 お前達が留守の間はワシがちびさん達の保護者だからの。
安心しなさい、薬も効いてきたらしく坊主はぐっすりじゃ。 」
「 ありがとうございます! ああ、また氷と冷えひえ・シートの出番ですわね。 」
フランソワーズは大急ぎで荷物をキッチンに放り込むと子供部屋へ駆け出した。
はふ ・・・
いつもより少しだけ熱い溜息が ぽう・・・っと天井にむかって立ち昇る。
ごそごそ蒲団が揺れて セピアのアタマが起き上がった。
「 ・・・ あ〜ああ・・・ 退屈だなあ〜〜 ・・・ 」
すばるはぼわぼわアクビをし オデコの冷えひえ・シートをちょいちょい・・と弄った。
学級閉鎖が終った途端にお休みするハメになり、すばるは退屈しきっていた。
初めの日こそ、熱に浮され少々辛い思いもしたけれど一晩寝れば普段とあまり変わりはない。
お母さんを独り占めできて、甘ったれな少年はご機嫌ちゃんだったのだが・・・
本の虫な少年は 読むもの がな〜んにも無くなって退屈しきっていたのだ。
「 図書館から借りたのは 全部読んじゃったし。 ・・・ゲーム ・・・ したいなあ・・・ 」
すばるは再び ちらり・・・と机の上を見た。
ゲーム ・・・ やったら ・・・ダメ、だよなあ・・・
約束だもん。 でも・・・ 風邪の時は 別 だよね。
ご他聞に漏れず、すばるもこの時代の子、ゲームは大好きだ。
その手の玩具にあまりいい顔をしない両親にお願いにお願いをしてクリスマスにやっと買ってもらった。
でも <約束> がきちんとあって、ゲームをしてもいい日 は決められているのだ。
「 お休みの前の日ね。 あとはお父さんかお母さんが オッケー っていったら。
ベッドの中に持ち込むのは 絶対に禁止。 いい? 約束を守れますか、すばる君。 」
「 うん! 」
「 そう? それじゃ・・・ お母さんはすばるを信用してますからね。 いい? 」
「 うん! 」
すばるはもう嬉しくて仕方が無くて お母さんの言葉は耳を素通り、だった。
「 ・・・ すばる? わかったのかい。 」
ばさり、と新聞をたたみ、父がすばるをじっと見つめた。
「 え? あ・・・ う、うん! 約束、守れます。 」
「 そうか。 それじゃ・・・ お母さんとの約束を破るんじゃないぞ。」
「 はい。 」
・・・・ そんな遣り取りがチラ・・・っとアタマを掠めたのだが・・・ 誘惑には勝てなかった。
「 ・・・ 病気の時は とくべつ、だよな。 大人しくしてなさい、ってヤマダ先生も言ったし。
ゲームやって大人しくしてれば ・・・ いいよね。 」
すばるはそう〜〜〜っとベッドを抜け出すと机の上からゲーム機を取り上げた。
「 ・・・あら? どうしたのかしら。 すばる、お顔が赤いわねえ・・・ まさかお熱が・・・ 」
「 う・・・ うん・・? そうかなあ・・・ 」
母はお昼御飯のお盆を置くと 慌ててすばるのおでこに手を当てた。
「 あら・・・ 熱いわ。 今朝はお熱、下がっていたのに。 さっきお茶を持ってきた時も普通だったのに。
すばる、気持ち悪くない? どこか 痛いところとか・・・ 」
「 ううん・・・ 別に ・・・平気だよ。 」
「 おかしいわねえ・・・ すぴかもお母さんも お薬ですぐに熱はさがったのよ?
もう一回 病院に行った方がいいかしら・・・ 」
氷枕の具合を調べ、オデコに冷えひえ・シートを張りなおしフランソワーズは眉間に縦ジワだ。
「 おじいちゃまにご相談してみるわ。 ああ・・・すばる、何か食べられる?
お昼・・・持ってきたのだけど。 」
「 うん、食べる! わあ〜〜い、 お母さんのミルク・プディングだあ♪
ねえねえ・・・ハチミツ、沢山はいってる? シロップもかけて〜〜 」
「 いいけど・・・ ねえ、すばる。 ご本を読んでいたの? まだあんまり集中しない方がいいのに。
まさか ― ゲームなんか してないでしょうね。 」
「 え? う、うん ・・ ぼく、ず〜っとちゃんと寝てたよ。 わあ〜 いっただきまァす♪ 」
「 ・・・ 食欲があるなら ・・・少しは安心だけど。 ・・やっぱりお熱、あるわねえ・・・
どうしたのかしら。 わたしやすぴかと同じ風邪じゃないのかしら・・・ それとも・・・ 」
母は眉を顰め、息子の肩にガウンを掛け心配そうに見守っている。
「 お父さんが帰ったらご相談して ・・・ いえ! だめだわ。 もし手遅れになんかなったら・・・!
おじいちゃまにちょこっと診て頂きましょう。 」
「 え〜 僕、平気だよ。 ふらふらもしないし〜〜 」
「 いいえ、ダメよ。 ああ、心配しなくていいの。 すばるはいい子だもの、すぐに治るわ。
ああ・・・ずっと側に居ればよかった・・・ お母さん、油断していたわ・・・
ごめんね・・・ お母さんのせいね。 すばる・・・ごめんね・・・ 」
母はエプロンに端っこで こそっと涙を拭っていた。
「 ・・・ あ ・・・ あの ・・・ 」
「 え? あ・・・ なあに? 」
「 う・・・ ううん ・・・ なんでもない・・・ 」
すばるはお蒲団の中に引っ張り込んだゲーム機をぎゅ・・・っと握っていた。
「 そう? もっと何か・・・食べたい? ちょっと待っててね、 おじいちゃまをお呼びしてくるわ。 」
「 あ・・・ う ・・・うん・・・ 」
大急ぎで食器を片付けると フランソワーズは小走りに博士を呼びにいった。
「 ・・・ あの ・・・ お母さん ・・・ 」
「 フランソワーズ? さあさあ ・・・ そんなに泣かんで・・・ なあ? 」
「 はい・・・すみません、取り乱して・・・ でも・・・情けなくて・・・ 」
「 う〜ん ・・・ すばるや。 お前が退屈だったのはわかる。 机に上にゲームがあれば
ついつい手が伸びてしまうのも、まあ理解できなくもない。 」
「 ・・・ おじいちゃま・・・ 」
「 だがな。 ウソや隠し事はいかんぞ。 お母さんを心配させて・・・
ちゃんと謝りなさい。 いいな。 」
「 博士・・・ すみません。 わたしの躾が悪いのですわね。 わたし・・・ 母親失格です・・・ 」
「 まあまあ そんなに思い詰めるでないよ。 子供のことじゃ・・・ 」
「 ・・・・ でも・・・ 」
すばるの < 発熱 > 騒動は 博士に一目で看破され。 ついでに蒲団の中の隠匿ブツも
コードがうにうに伸びていて、 文字通りシッポを出してしまった。
「 ・・・ ゲーム、してないって・・・言ったのに・・・ ! 」
「 あ・・・ え〜と。 ちょっとだけ、だよ。 ほんのちょこっと・・・ ヨソの子は皆やってるし〜 」
「 ほんのちょっとでお熱が上がりますか? 」
「 ・・・ え ・・・ あ。 」
「 あなたは ヨソの子、なの。 すばる・・・ 」
「 ・・・ う ・・・ 」
母はじ〜〜っと息子を見つめ。
何も言わずにほろほろ涙を零し始め ・・・ 本気で泣きじゃくってしまった。
「 ただいま! お母さ〜ん、すばるは元気になったァ? 」
ドアに体当たり・・・の勢いで すぴかが飛び込んできた。
ランドセルも背負ったまま、マフラーもそのままだ。
「 ・・・?? お母さん ・・・? どうしたの。 なんで ・・・泣いてるの?? 」
「 おお、お帰り、 すぴか。 いや ・・・ ちょっとな、すばるがオイタをしてなあ・・・ 」
「 オイタ? ・・・ すばるっ! あんた、何やったのよ?! 」
すぴかは弟のベッドの前に仁王立ちになり 睨みつけている。
「 すぴか・・・ もう・・・いいの。 お母さんが悪いんだから。 もう・・・いいのよ。
ごめんなさいね、泣いたりして・・・ 」
「 あ・・・ お母さん? まって・・・ 」
ぱっと子供部屋から駆け出した母を追って すぴかも飛び出していった。
「 ・・・ あ ・・・ 」
すばるは じ〜〜っと・・・ベッドの中で固まっている。
「 すばるや。 ・・・ もう起きられるな? さあ・・・ セーターを着なさい。
ワシと一緒に お母さんに謝りに行こう。 いいな、ちゃんと ごめんなさい、を言うんじゃぞ。 」
「 ・・・ はい。 おじいちゃま・・・ 」
すばるは素直にセーターに手を伸ばした。
だだだだ −−− !
すごい足音が子供部屋めがけて跳んできた。
「 すばる −−−! あんたなんか だ〜〜いっきらい!! 」
― おっかない姉貴が真っ赤な顔で駆け戻ってきたのだ・・・!
その晩。 せっかくお父さんが早く帰ってきて皆で晩御飯のテーブルを囲んだのだが ・・・
最悪の雰囲気になってしまった。
誰も おしゃべりをしない。 誰も 笑わないし お代わり!の声も聞こえない。
みんなお行儀よく、 黙々と御飯を食べ静かにお箸を置いた。
「 ゴチソウサマ。 」
そう・・・っと椅子を引き すぴかもすばるも立ち上がった。
「 ・・・ お休みなさい。 」
「 お休みなさい。 お薬は飲んだの? 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
コトン ・・・ ジョーが お茶の湯呑みをテーブルに置いた。
「 すばる。 」
「 ・・・ うん? ・・・ なに。 お父さん。 」
すばるは ぎく・・・っとして立ち止まった。
「 すばる。 お前・・・ 好きな女の子は お母さん なんだよな。 」
「 え・・・ う、うん。 」
ジョーは座ったまま、ぴたりと息子に視線を当てている。
「 お父さん ・・・ いや、オレもな、好きな女の子は フランソワーズって子なんだ。 」
「 ・・・ うん ・・・ 知ってる・・・ 」
「 そうか。 この前、 約束したな? オトコは女の子を泣かせるな、って。
オトコとオトコの約束、だったよな。 」
「 ・・・ う ・・・ん ・・・ 」
すばるは一歩も動けず 泣くこともできず突っ立ったまま こくこく頷くだけだ。
「 好きな女の子を泣かすようなヤツに オレはオレの大切なフランソワーズを渡せない。
明日、いや 今から オレに返せ。 お前の <お母さん> は もうやめ、だ。 」
「 ・・・お・・・お父さん〜〜〜 」
「 オトコ同士の約束を守れないヤツに お父さん なんて呼ばれたくないな、 オレは。 」
「 ・・・ う ・・・ うう 〜〜 」
搾り出すみたく すばるは唸り声と上げると ― うわ〜〜〜〜っと泣き出した。
「 ・・・ すばる・・・ ねえ、ジョー・・・いえ、お父さん。
すばるも反省してるから・・・ ね? もう ・・・いいでしょう? 」
母がそうっと口を挟む。 すぴかは こっそり弟の側に寄った。
「 だめだ・・・って言いたいトコだけど。
すばる? もう二度と 女の子を ― お母さんを泣かせないって約束できるか? 」
「 う 〜〜 うううう・・・くゥ〜 き〜〜 る ゥ〜〜 」
「 ・・・ すばる! ちゃんとお返事、しなよ! 」
すぴかが ぐいぐい肘で弟を押している。
「 ・・・うっく・・・! や・・・やくそく ・・・できマス。 」
「 じゃあ ここで、皆の前でお母さんにも一度、 ごめんなさい、をしなさい。 」
― その晩
すばる君は 久し振りでた〜〜っぷりとお母さんに抱きついて。 わあわあ泣いたのだった。
お蔭で、 流行風邪はすっかりどこかへ飛んでいってしまった。
クリスマスを控えての定期公演は華やかに幕を閉じた。
恒例の 『 くるみ割り人形 』 を 子供も大人も楽しみ、ウキウキした雰囲気と笑顔がいっぱいだった。
目の肥えた観客は 第一部の小品集におおいに賛辞を捧げ、終演後のロビーは賑やいだ。
楽屋も ・・・ ダンサー達の昂揚した気分が満ちている。
「 ・・・ よ! ジュン先輩〜〜 元気っすか? 」
男性楽屋のドアから 長身の青年が顔を見せた。
「 ? お〜〜 タクヤ〜! お前、いつ帰ってきたんだ? ヴァケーションか。 」
「 いんや、シーズン中だからトンボ帰りですよ〜 俺、 < ローズ > 見にきたんだもの。 」
「 お。 そうか〜 そうだよな、 姫はお前の <パートナー>だもんなあ。 」
「 そういうこってす。 で・・・どうでした? <4人の王子>さんは? 」
タクヤはくすくす笑って 化粧前の椅子にどっかり座り込んだ。
「 ・・・ いやァ・・・ もう、参ったよ・・・もうさ、オレ・・・くらくらして。 やべ!ってマジで思ったし。
< ローズ > で あんなに情熱的に見つめられたのって初めてだ・・! 」
「 ふふふ・・・ でもちゃんとサポート、決まってたじゃないっすか。 」
「 ああ・・・ もう必死さ。 彼女・・・やるよなあ・・・
いや〜〜 しかし お前・・・よく彼女と グラン ( グラン・パ・ド・ドゥ ) なんか踊ってたよ〜〜 」
「 ふっふっふ〜〜 フランソワーズ・アルヌールの パートナーは。
この山内タクヤだけだ・・・ってことです。 」
「 うん・・・ 納得だよ。 いやァ・・・ 参ったァ〜〜 」
ばさ・・・っとジュンは化粧前に突っ伏していた。
「 あは。 ・・・ 今ごろ あの茶髪ダンナ・・・ 大変だろうなあ〜〜 」
くくくく・・・・ タクヤは気持ちよさそうに ― ちょこっと意地悪っぽく ― 笑っていた。
島村さんちの車は 大きくカーブを切って 海沿いに道に出た。
「 ジョーォ? ねえねえ・・・・ 疲れちゃった? 」
「 ・・・いや。 なぜ。 」
「 そう? だって ず〜〜っとムスっとして・・・全然返事、してくれないじゃない。 」
終演後、 フランソワーズはジョーの お迎え の車に納まり、あれこれお喋りをしていたのが。
ジョーは うん ・・・ しか言わないのだ。
もう車はとっくに都心を抜け、海に近い地域まで戻ってきていた。
慣れた道だし、対向車も少なく運転にはさほど集中する必要もない ・・・ はずなのだ。
それなのに、彼はひどく生真面目な顔でず〜っと前だけを見つめている。
あら・・・ これは随分ご機嫌ナナメねえ・・・
ふふふ・・・すばるそっくり。 おっと、笑ったりしたら大変だわね・・・
フランソワーズは澄ました顔で彼に話かける。
「 ねえ・・・ なにが気に食わないの? 『 くるみ・・・ 』 は長くないし面白いでしょう? 」
「 ・・・ きみ、さ。 」
「 え。 わたし・・・? 」
「 きみ・・・随分 情熱的に踊ってたじゃないか! あの・・・ 4人の野郎どもと、さ。 」
「 ・・・ え。 < ローズ・アダージオ >のこと? 」
「 そうさ! なんか・・・ じ〜〜〜〜っと見つめ合っちゃってさ。
あのタクヤのヤロウと二人で踊る時だって ・・・ あんな顔、してなかったぞ? 」
「 え・・・ あら。 あのね・・・ ふふふ・・・・ 」
「 ・・・ なにが可笑しいんだよ。 」
「 ふふふ・・・ あの4人の王子サマ達ね。 み〜んな ジョーだと思ったの。 」
「 えええ?? 」
「 このヒトも あのヒトも。 ジョーなんだって。
知り合ったころのジョー。 初めて二人だけでお出掛けした時のジョー。
キスした時のジョー ・・・・ おはよう・・・って初めてベッドで言ったときのジョー。
あの子達が生まれた朝のジョー・・・ いろんな時のジョーなんだ・・・って・・・
そう思って アチチュード して・・・ 見つめていたの。 」
「 それでも。 ・・・ 気に入らない! ああ、大いに気に入らないな! 」
「 ジョー・・・ってば。 焼餅ヤキさんねえ・・・ 」
ちょん・・・と白い手がジョーの頬に触れた。
「 ??? あら? ・・・ ねえ。 なんで・・・そんなに汗、かいてるの? 熱いの? 」
「 え? ・・・ ああ ・・・ そういえば。 うん・・・なんかず〜っと ぽっぽするんだ・・・ 」
「 えええ??? ― ジョー。 移っちゃったの??? 」
― その夜から 夫婦の寝室は <病室> になり、フランソワーズは詰めっきり。
寝ずの看病が始まった ・・・ のだが。
「 ・・・ 氷、もっとないかなあ。 アタマ・・・いた〜い 」
「 咽喉が痛いんだ。 ・・・ミルク・プディングがいいな。 ハチミツ入りにしてくれる?
あ、めーぷる・シロップもかけて・・・ 」
「 熱いなあ・・・ 汗・・・拭いてほしい・・・ 背中も・・・ 」
「 咽喉、渇いた! ミルク・ティーが欲しいなあ・・・ お砂糖、たっぷり入れて。 」
「 お粥がいいや。 咽喉が痛いから・・・ あ、卵かけ御飯にして・・・・ 」
島村さんちで一番最後の病人は 一番長い間ベッドに潜りこんでいた。
「 もう〜〜 ジョーが一番手のかかる病人だわ! 」
お母さんは何回もそんなことを言っていたけれど。
すぴかとすばるはちゃ〜〜んと 知っている。 双子の姉弟はちゃ〜〜んと見ていた。
「 ・・・ お母さんさ。 ・・・なんか、嬉しそうだね? 」
「 ウン! ・・・ お父さんって。 ・・・ ホントは甘えん坊〜〜〜 」
「「 ・・・ ね?! 」」
季節風にのって いろいろなものが飛んでくる
それは みんなのこころにちょこっと波風をたてるけれど
新しい季節をつれてくる 前触れ・・・
季節風にのって 嵐がやってきて 冬が飛んでくる
そして ・・・ 皆はちょこっとづつ 前に進んでゆく
でも いつだって。 どんな時だって ― 島村さんち は今日もぽかぽか
************************* Fin.
***************************
Last
updated: 11,17,2009.
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************* ひと言 *************
ははは・・・ やっと終りました〜〜 風邪っぴき話。
一家全員、免疫ができたみたいですよ?
相変わらず ぜ〜んぜん 009 じゃなくてすみません 〜〜 <(_
_)>
・・・ でも、ジョー君って。 フランちゃんに対してはものすご〜〜〜〜く
焼餅妬きで甘ったれ・・・だと思うのです(^.^)
あ、 最後にちょこっと顔をだす タクヤ君 は フランソワーズと以前何回か
組んで踊ったダンサー。 島村さんち のレギュラー・メンバーさんです♪
( この時は 海外のカンパニーで活躍中♪な設定 )
二週にわたりお付き合い、ありがとうございました <(_ _)>
ご感想の一言でも頂戴できれば 最高〜〜〜〜に幸せです〜〜 ( ぺこり )
末尾になりましたが、 風邪っぴきネタ を振ってくださった めぼうき様 に 大感謝♪♪