『 季節風にのって ― (1) ― 』
「 あんたなんか! さ〜いてい! 」
「 ・・・ ・・・・・・・ 」
「 だいっきら〜い! イ 〜〜〜だ !! 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 ねえ! なんとか言いなさいよっ? ごめんなさい、は? あんた、ちゃんと言ったの? ねえっ! 」
「 ・・・ あんまし近寄ると うつるよ。 」
「 ふん! アタシのがいっとう先にかかったの、忘れたの?
アンタはいつだってのろまさんのビリっけつじゃん。 だからこんども最後なんだ〜 」
「 ・・・ お父さんがいるじゃん。 」
「 オトナは別! それよか ちゃんとごめんなさい、しなよ。
泣いてたよ? 本当に本気で泣いてたんだよ! 」
「 ・・・ ウン・・・・ 」
「 あんたさあ、 お母さん、泣かせると。 このウチではどうなるかわかってるよね? 」
「 ・・・ ウン ・・・ 」
「 それじゃ、お父さんが帰ってくる前に ごめんなさい だよ! 約束だからねっ! 」
― バタ −−−−−ン !!
子供部屋のドアが轟音を立てて閉まり、ついでに部屋中もびりびりと揺れた。
「 ・・・・ いってぇ〜〜〜 アタマ、いって・・・! すぴか〜〜! ああ・・・イテ〜 ! 」
すばるは熱に潤んだ瞳をぎゅっと瞑ってアタマを押させた。
カチャン ・・・!
出窓にちまちま飾ってあった電車の模型が一両、ぽろりと床に落ちた。
「 あ ・・・ 落ちた。 壊れちゃったかなあ・・・ まあ いいや・・・ 」
すばるはちら・・・っと床を眺めたけれど、そのまままたベッドに潜りこんでしまった。
幼稚園の頃から集めていた秘蔵のフィギュアには、もうあまり関心がないのか、
身体のだるさに負けているのか・・・
ふうう 〜 っとちいさな溜息が蒲団の中から漏れてきた。
「 あ〜ああ・・・ タイクツだなあ〜〜 ・・・ ゲーム・・・したいなあ・・・ 」
ちょいちょい、とオデコに貼った発熱用シートをずらし、保冷剤と氷でできた特製枕にアタマを乗せた。
「 ・・・ やっぱキモチいい♪ ・・・・ ふぁ〜〜 ・・・ 」
クマちゃん模様の青いパジャマの少年は父親譲りのセピアの瞳を
ぼ〜んやりと天井に向け、呟いていた。
流行性の風邪 ― なのだ。
その年の秋、全く新しい型の流行風邪が 全世界で暴れまわっていた。
東の端っこの島国、 そのまた海辺の崖っぷちに建つギルモア邸も例外ではなかった。
まず。 島村さんちでは先頭を切って元気なお転婆娘のすぴかがウィルスと仲良くしてしまった。
今朝、すぴかは突然熱が上がり、学校にゆく代わりに地元の診療所に直行し。
あっという間に 陽性反応を示して、めでたく 特効薬 を処方してもらい ・・・
― 一週間は大人しくしていること! と宣言されて帰ってきた。
たまたま遅出の日だったジョーが 全て引き受けてくれた。
「 病院の先生がさ、 すぴかちゃんはいつも元気いっぱいだからすぐに元気になるよ〜って。
そうそう、しばらくすばるは別の部屋に寝かさなくちゃ。 」
「 ありがとう、ジョー! ああ・・・ よかった・・・ すぴか・・・すぐに治るからね・・・ 」
フランソワーズは車に駆け寄り、娘を抱き上げようとした。
「 お母さん〜〜 大丈夫だってば。 アタシ、もう5年生だよ? 赤ちゃんじゃないもん。 」
「 え・・・ でも、お熱も高いし・・・ ほら、寒いでしょう? 毛布をかけなくちゃ・・・ 」
「 ううん。 な〜んかね、 ぽっぽするんだ〜 熱い〜〜 」
「 まあ大変! それじゃすぐに冷やさなくちゃ! ジョー? すぴかをベッドに連れていって!
今、氷を持ってくるわ。 ああ・・・ 保冷剤があったかしら・・・ 」
フランソワーズはぱたぱたとキッチンに駆けて行ってしまった。
「 ・・・ あ〜あ・・・ あ、お父さん、会社は? 」
「 ああ・・・ うん。 これから行くよ。 すぴか ・・・ お前、本当に平気なのかい。 」
「 うん。 あはは・・・な〜んかすこしふらふらするけど。 おもしろいね〜 」
普段から超〜〜元気なジョーの娘は 流行性の風邪 の発熱くらい、へっちゃらなのだ。
彼女はめったにない体験なので 少々ふらふらしていたが、興味津々な様子だ。
「 そうか。 じゃあ、ともかくちゃんとベッドに入って。 大人しくしておいで。
こりゃ・・・ お母さんの方が心配だな。 」
「 うん ・・・ なんかさ。 お母さん ・・・ 舞い上がってない? 張り切ってるねえ・・・」
「 ・・・ ああ。 ばりばりの戦闘モードだなあ。 」
へへへ ・・・ ははは ・・・ 父と娘は顔を見合わせてにんまり、と笑った。
「 おお・・・お帰り。 やはり新型のヤツじゃったか。 」
「 博士、ただいま戻りました。 はい、すぐに薬を処方してもらえました。 」
「 おじいちゃま〜〜 アタシ、ウチで一番にかかっちゃった〜〜 」
「 ははは・・・ ヤマダ医院なら診たてに間違いはあるまいて。 すぴかや、辛くないかな。 」
「 ぜ〜んぜん♪ ちょっと熱いけど、へっちゃら! 」
「 そうかそうか。 うん、これはあの風邪の熱じゃな。まあ、しばらく大人しく寝ておいで。 」
博士は玄関口で父娘を迎えて、すぴかのおでこに手を当て頷いた。
「 は〜い・・・ 学校、お休みするの、イヤだけど・・・ 」
「 博士、その・・・大丈夫ですよね? 」
やっぱり父親、 ジョーは心配そうに娘の頭を撫でる。
「 ああ。 すぴかは基礎疾患もないし、普段から丈夫だからの。
ちゃんと薬を飲んで大人しく休んでおれば なに、すぐに元気になるさ。 」
「 そうですか、よかった! あ! 博士〜〜 移ったら大変ですよ ! 」
「 平気じゃよ。 ・・・ どうやらこの風邪にワシら年寄りは嫌われているらしいのでな。 」
「 そうなんですか? でも ・・・ 」
「 ワシよりも坊主に移らんようにな。 おお そうじゃ、効果バツグンの
スーパー消毒剤 でもつくっておくか。 スプレー式なら便利じゃろう・・・ 」
「 お願いします。 すぴか・・・さ、おいで。 」
「 ウン。 ・・・ あ〜れ??? なんか おうちが揺れてる〜〜? 」
「 あ、あぶないぞ。 ・・・ うん、やっぱり この方が早いな。 」
ジョーは すっと彼の娘を抱き上げた。
「 ・・・うわァ・・・ えへへへ・・・ お父さん 力もちだね〜 」
「 ははは・・・すぴかは軽いよ。 羽根みたいだ・・・ 」
あ・・・ なんか久し振りにこの子を抱っこしたなあ・・・・
娘を抱っこできるなんて・・・ もう、今が最後かもな・・・・
最近 急に大人びてきた娘を抱っこして、 ジョーは胸の内が きゅん! としてしまう。
・・・このお転婆も・・・ いつかは嫁にいっちまうのかなあ・・・
どっかの野郎が お前を掻っ攫っていくのか・・・
その日 ・・・ 冷静でいられる自信は ・・・ ぼくには ないぞ・・!
世界で最も愛するヒトと よく似た細っこい身体を ジョーはそうっとそうっと・・・抱いていった。
きゅ・・・っと抱き締めたい気持ちと 娘にそんな手荒な真似はゆるさん! という気分がごっちゃになって
ジョーは じっとり冷や汗までかき、一人で赤くなったり青くなったりしていた。
「 ・・・ お父さん。 熱、あるの? 」
「 え!? ど、どうして?? 」
彼の愛妻生き写しの 碧い瞳が じ〜〜〜っとジョーを見つめている。
「 だって。 真っ赤な顔して・・・ なんか汗、掻いているよねえ?
あ! アタシの、移っちゃった?? うわ〜〜大変だよ〜〜 」
「 ち、ちがうよ! お父さんは ・・・ 移らないから、安心しなさい。 」
「 え〜〜 どうして?? オトナだから? 」
「 え・・・ あ、ああ。 まあ そんなトコかな。 さあ・・・ほら、ベッドに入りなさい。 」
「 ウン ・・・ あは やっぱりちょっと 熱くてふらふらする・・・かなあ・・・・ 」
「 ほら、熱くてもちゃんと毛布かけて。 お母さんが氷を持ってくるまでタオルを絞って・・・
おでこに乗せておくからな、・・・ ほら。 」
「 ・・・ あ ・・・いい気持ち。 ありがとう、お父さん。
ねえ、お父さん、会社! 遅刻しちゃうよ?? 」
「 う、うん・・・ じゃあ、ちょっと着替えてくるから。 フランソワーズが戻ってきたら・・・ 」
「 うん、ちゃんと言っておくからさ。 ほらほら・・・急がなくちゃ。 お仕事、大切でしょ? 」
見た目、母とそっくりな娘はこのごろでは口調まで 似てきている。
「 あ、そうだな。 うん・・・ じゃ、大人しくしてろよ。 そうだ、お土産、なにがいいかい。
帰りに駅の向こうのケーキ屋さんに寄ってこようか。 」
「 う〜ん・・・ アタシ、ケーキよかところてんが食べたい! 」
「 ところてん?? ・・・ う〜〜ん・・・ この季節にあるかなあ。 会社の近くのデパ地下で
捜してみるな。 」
「 うん♪ お父さん いってらっしゃ〜い! 」
「 おう、行って来る。 大人しくしていろよ〜 」
父は すぴかの亜麻色の髪をくしゃり、と撫ぜてから ひらひら手を振って出て行った。
・・・ お父さんって。 普通にしてると ほんと、かっこイイなあ・・・
お母さんって 超〜〜 ラッキーだよね・・・ やっぱ美人はいいなあ・・・
すぴかはぼんやり父親を見送っていた。
「 さあ〜〜 氷枕を持ってきたわ! これで少しはお熱が下がるといいのだけれど・・・
あら? ジョーは? 」
フランソワーズはキッチン・ボールに山盛りの氷と防水の氷枕を抱えている。
「 お父さん、 会社に行くって。 お着替えにいったよ・・・ 」
「 あら! そう? ああ、もうこんな時間なのね。
すぴか ・・・ ちょっとアタマ上げられる? ごめんね、頭痛いでしょう? 」
「 平気。 ・・・ ねえ、お母さん、 いいの? 」
「 ・・・え? なにが。 ・・・さあ、これでいいわ。 ほ〜ら・・・気持ちいいでしょう? 」
「 うわ〜・・・ ひんやり冷え冷えだねえ・・・ あ、あのさ。 お父さん、さ。
行ってらっしゃ〜い ちゅう〜〜ってやらなくて・・・いいの? 」
「 ま、すぴかったら・・・ いいのよ、今はすぴかが元気になる方が大事!
ほら ・・・ もっと真ん中にアタマを乗せて・・・? 」
「 えへ・・・ うん ・・・ あのさ。 お母さん・・・ 」
「 あ、冷たすぎる? でもちょっとガマンしてね。 え、なあに、すぴか。 」
「 ううん・・・平気だよ。 ・・・ なんでもなぁい。 」
「 あらまあ、可笑しなすぴかさんねえ。 」
お母さんは白い手で そうっとすぴかのほっぺをなで、くしゃくしゃの髪を梳いてくれた。
すぴかは久し振りに お母さん を独り占めできてちょぴっと嬉しかった。
なんだかお腹の底から じわ〜〜ん・・・といい気分になってきた・・・
そんな娘の気持ちも知らず、母はまだ半分泣きそうな顔をしている。
「 ・・・ すぴか・・・ 大丈夫? もっとアタマ冷やす? オデコも氷の方がいいのかしら。
あ! ほら、お水。 いっぱい飲んで? そうだわ! スポーツ・ドリンクにする?
・・・ ああ! お腹、空いたでしょう? 栄養のあるもので食べ易いものがいいわねえ・・・
お咽喉、痛いでしょう? そうだわ! 大きなプリンを作りましょう! 晩御飯にかわりに・・・ 」
いつも元気なお転婆娘のベッドの脇で 母はおろおろしていた。
オデコには冷えひえ・シートを貼り、たっぷりの氷が枕に詰まっている。
「 あああ・・・・ もう、ウィルスなんてどこから拾ってきてしまったのかしらねえ・・・
昨夜は全然元気だったのに・・・ 手洗いもウガイもしっかりやらせていたのに・・・
どうして・・・ ちゃんと温かいセーターだってマフラーだって着せているのに・・・ 」
「 お母さん・・・ 5年生はさあ、一組はもう学級閉鎖だもん。
二組もはやっているんだよ〜 アタシ、多分 二組では遅いほうだよ〜 」
「 そうなの?? ・・・ ああ、まだお熱、高いわねえ・・・ 可哀想に・・・
すぴか、アタマ痛くない? キモチわるくない? ・・・・あ、寒くない? 可哀想に・・・ 」
「 ・・・ お母さん〜〜 大丈夫だよォ。 ちゃんと病院のお薬、飲んだし〜 」
「 ええ、それは そうなのだけど・・・ 」
「 お母さんってば。 アタシ、ちゃんと大人しく寝てるからさ。 心配、しないでいいよ。
お稽古、行ったら? お休み、しない方がいいんでしょ? 」
「 え? まあ、そんな。 すぴかがこんなにお熱があるのにとんでもないわ!
病気の娘を置いて、出かけるなんてできません! 」
「 だ〜いじょうぶ だってば〜〜 おじいちゃまもいるし。
ね、お母さん、 リハーサルがあるって言ってたじゃん。 舞台、あるのでしょう? 」
「 ・・・ え ええ・・・ それは そうなんだけど・・・ 」
「 ほらほら〜 今からでも大急ぎで行けばリハーサルには間に合うよ〜
ムスメが 急に熱をだしたので〜って言えば おっけ〜だよ、きっと。 」
次に春には6年生になる娘は すっかり大人びた口をきく。
「 ・・・ すぴか。 本当に大丈夫なの? 」
「 ホント! ほんと〜〜にだいじょうぶ !! 」
「 そ、そう・・・? いえ!! ダメよ、絶対にダメだわ。 お母さんはすぴかのお熱が下がるまで
ずっとお家に居ます。 お母さんはね、すぴかやすばるの <お母さん> するのが一番大切なの。
そうだわ、お腹、空いてるわよね。 ちょっとガマンしてて・・・
ああ、ほら。 ちゃんと冷えひえ・シートをオデコにつけて・・・ ほら、毛布もかけなくちゃ・・・」
フランソワーズは娘の様子を気にしつつ、子供部屋を出ていった。
「 ・・・ あ〜あ ・・・ お母さんってば 大丈夫かなあ ・・・ 」
いたって元気なすぴかは 眼の下まで毛布に埋もれて、じ〜っと母親の後ろ姿を見ていた。
「 フランソワーズ? ジョーはもう出かけたかの。 」
「 あら博士。 ええ・・・多分。 すぴかがそんなこと言ってましたから。 」
娘に <特別朝御飯> を作っている最中に 博士がキッチンに顔を出した。
「 なにか御用でした? お急ぎなら連絡しますけど。 」
「 いやいや・・・ アイツにもこの 強力消毒スプレー を持たせようと思ったのでな。
ほれ、 これをキッチンやバス・ルームに置くといい。 」
博士は小振りのスプレーをいくつか差し出した。
「 わあ、ありがとうございます! とにかく すばるに移らないようにしなくちゃ。
博士もどうぞご用心なさってくださいね。 」
「 ああ、ありがとうよ。 お前も気をつけなさい、家庭内での親子感染も要注意じゃからな。 」
「 はい。 ・・・多分わたし達は平気ですわ。 きっと・・・ 」
「 いやいや。 油断は禁物じゃぞ。 特にお前は生身の部分が多いのだからな。
こっちは持ち歩くといい。 道中もバレエの稽古場でも気をおつけ。 」
「 はい、ありがとうございます。 本当に助かりますわ。 」
「 しかしまァ、なんと厄介な病じゃのう。 ん? お前は出かけんのか。 レッスンだろう? 」
「 ・・・ ええ。 でも今日はお休みします。 すぴかが心配ですもの。 」
「 ワシがおるから。 ちゃんと様子を見ているから安心して仕事にでなさい。 」
「 博士・・・ありがとうございます。 でも・・・やっぱり看病してやりたいんです。
わたし ・・・ お母さん ですから。 病気の時とかは特に側についていてあげたい・・・ 」
「 うん・・・ そうか。 それなら、今日は休むといい。 まあ、あの元気娘のことじゃ、
明日にはかなり熱もさがっておるじゃろうよ。 」
「 ええ ・・・そうだと嬉しいのですけど。 御飯、食べさせてきますね。 」
フランソワーズは大きなトレイにあれこれ並べた<あさごはん> を子供部屋に運んでいった。
「 ・・・ これ、なに。 お母さん おかゆ ・・・じゃないの? 」
すぴかは 目の前のボウルからひとさじ掬い口に入れてそのまま固まっている。
「 え? ああ・・これはね、オート・ミールよ。 はちみつとバターをたっぷりかけたわ。
甘くて美味しいでしょう? ああ、牛乳を足してもいいのよ? 」
「 ・・・ お〜とみ〜る? はちみつ ? 」
「 そうよ。 消化もいいし、栄養価も高いし。 お咽喉にもやさしいでしょ。
お母さんが小さいころ、お熱をだすと やっぱりこんな風にママンが作ってくれたのよ。 」
「 ・・・ アタシ。 普通の白いゴハンがいい。 うめぼしのっけて。 」
「 普通の・・って。 だって ごっくんするとお咽喉痛いでしょう? 」
「 う〜ん このくらい平気、 ねえねえ お母さん。 アタシ、 ウチの梅干とゴハンがいい! 」
「 ・・・ わかりましたよ。 それじゃね、 デザートはこれ。 ほら、ミルク・プディングよ。 」
「 ・・・ 甘い? 」
「 いいえ。 これはすぴかさん用のだから ほとんどお砂糖は入っていません。 」
「 わあ〜い♪ アタシ、 お母さんのミルク・プディング、だあ〜い好き♪
これにね〜〜 お醤油をちょろっと垂らすを超〜〜〜美味 なんだァ〜 」
「 ・・・ お醤油?!? 」
「 ウン。 あ・・・ 梅干と一緒にお醤油、持ってきて・・・ お母さん。 」
「 はいはい・・・わかりました・・・ 」
フランソワーズは溜息をついて、辛党娘のゴハンを整えにキッチンに戻った。
― 白いゴハンと梅干と。 甘くないミルク・プディングをお腹いっぱい食べて
すぴかは じきにぐっすりと眠ってしまった。
処方してもらった薬の効き目かもしれない。
「 ・・・ あらあら・・・ こんなに汗、かいて・・・ 」
フランソワーズは娘の頬をタオルで拭う。 ついでにオデコの冷え冷えシートも取り替えた。
元気モノのすぴかは病気で寝ついたことなどほとんどない。
母は久し振りで じっと娘の寝顔を眺めていた。
ふふふ ・・・ オマセさんだけど。 まだまだ子供ねえ・・・
わたしのちっちゃな・すぴか ・・・ アナタにはどんな未来が待っているのかしら・・・
この娘くらいの頃、フランソワーズの夢は バレリーナになること! だった。
それ以外考えられなかったし、 一生懸命努力すればきっと叶う・・・と信じていた。
見つめているのは一点だけ。 でもちっとも辛くなんかなかった・・
「 ・・・ そうねえ。 あの夢は叶わなかったわ。 ううん・・・それどころか・・・
でも ・・・ わたしは ジョーに巡り会えたもの。 わたし・・・ 」
今から 運命の糸を元に戻してやる、と言われたら ― どうするだろう。
ふう ・・・ 軽い溜息と一緒にフランソワーズの口元には自然に笑みが浮かんできた。
「 ・・・ わたし。 やっぱり ・・・ ジョーの奥さん で すぴかとすばるのお母さん の運命を
選ぶ・・・わ。 ええ ・・・ この身になっても! 」
フランソワーズはいつまでも白く瑞々しい自分の手を見つめた。
それはツクリモノだけど、ジョーと一緒に家庭をつくり子供たちを育てている、手だ。
「 ・・・ う ・・・ う〜ん ・・・? 」
ベッドで 彼女の娘がむにゃむにゃ言って寝返りをうつ。
「 あらら・・・ ほら、お手々が出てますよ。 はやく元気になってちょうだい・・・
愛してるわ、わたしの可愛い天使 ・・・ 」
フランソワーズは そうっと娘のほっぺにキスをした。
「 〜〜でしょ? それでね、そこに一拍いれろっていうのよ。 」
「 へえ〜〜 ?? それってヘンじゃない? 」
「 でしょ?? あの振り付けって どうもねえ? 」
「 終ったの? 最後までいった? 」
「 ううん、ま〜だ。 やっと二楽章が半分かなあ。 」
「 ・・・ 間に合うの? 」
「 知らないよォ〜〜 ! 」
ボソボソボソ ・・・・
朝のクラス前、 スタジオではダンサー達がそれぞれストレッチをしつつ、低い声で話している。
床に寝転がったり 座り込んだり・・・ スタジオ内の空気はまだ動き始めてはいない。
「 ・・・ お早うございます〜〜 」
「 あ、フランソワーズ! おはよ! 昨日どうしたのォ〜 」
「 お早う、みちよ! ああ・・・間に合った・・! 」
「 具合、悪かったの? 携帯、聞いておけばよかった・・・ 」
「 ごめんなさい! あの ・・・わたしじゃなくて・・・娘がねえ。 例の風邪なのよ。 」
「 へええ?? えっと・・・すぴかちゃん、だっけ?
ふうん ・・・ チビっこ達に流行っているって本当なんだねえ。 」
「 そうよ〜 もう学級閉鎖でね、すごいの。 」
「 もういいの? 一週間くらい、かかるって聞いたけど。 」
「 大分熱は下がって・・・ 父がね、見ていてやるからって言ってくれたの。
娘も お母さん、レッスン行ったら? って・・・・ 」
「 おお〜〜 理解ある家族じゃん。 それじゃ ローズ、 頑張ってね〜 」
「 う・・・ 問題はソレなのよ〜〜〜 」
フランソワーズは ポアントを履きつつ 天井に向かって大きな溜息をついた。
「 はい、始めますよ。 二番から ・・・ 」
ぴん・・・・! と響く一声に ダンサー達は素早くバーに付き ― 朝のクラスが始まった。
ローズ・・・かあ。 ・・・ なんでわたしに回って来たんだろ?
テクニック的にも難しいし。 たいだい、わたし・・・二人の子持ちのおばちゃんよ?
レッスンの間ずっと フランソワーズは心のすみっこでそんな呟きを抱えていた。
彼女が通うカンパニーは都内でも中堅どころ、なかなか実績も人気もある。
定期的に公演もあり、団員たちは結構忙しいのだ。
フランソワーズは 双子たちが生まれる前から通っていて、ポジションも少しづつ上がってきていた。
もっとも子育て真っ最中ゆえ、活動は控えめにしていたのだが・・・
― 次の定期公演の <小品集> で ローズ・アダージオ を振られた。
「 ・・・うそ・・・・ ! ローズなんて・・・ 」
「 うへェ〜〜 カトル かあ。 それも タリオーニ? うわぁ・・・やられた!
ねえねえ フランソワーズは? 」
「 わたし ・・・ ローズだって。 どうしよう・・・ みちよは? 」
「 私、 カトル ( 注: 『 パ ・ ド ・ カトル 』 のこと ) なんだ。
タリオーニ だよ〜〜 ( 注: カトル での役名 ) え、フランソワーズは ローズ?? 」
「 そ・・・ なんだか ・・・苦手なモノをわざわざ振られたみたい・・・ 」
「 ウン。 完全に・・・ 」
仲良しの二人は 配役表の前で大きな・大きな溜息をついていた。
「 ・・・ ともかく、 やらなくちゃ・・・ね? 」
「 うん ・・・ やるっきゃない・・・よ。 」
その日から フランソワーズは寸暇を惜しんで自習をしていた ― のだが。
**** 注 : ローズ・アダージオ とは
『 眠りの森も美女 』 の一幕で踊られる オーロラ姫と4人の王子の踊り。
16歳の姫に 4人の王子がプロポーズ♪
片脚で立ちもう一方の脚を後ろに曲げてあげたまま( これが アチチュード )
の姫を4人の王子が次々と手を取ってご挨拶するのが 見せ場!
「 ― そうねえ。 テクニックもまだまだだけど。 それよりも・・・
あのね、 この踊りにはもうちょっと。 そう、初々しさが欲しいの。 」
「 ・・・ は・・・ はい。 」
リハーサルの初日、 なんとか踊り終えた <オーロラ姫>に 主宰者のマダムは遠慮なく言った。
緊張の極致で強張った顔のまま・・・フランソワーズは荒い息を懸命に収めている。
「 一生懸命なのはよく判るわ、でもねえ。 これ・・・16歳の乙女なのよ?
もうウキウキして人生は薔薇色・・・ 4人の王子サマを前にどきどき胸をときめかせているの。 」
「 はい ・・・ 」
「 その気持ちが踊りにもなくちゃね?
ちょっと・・・あのアチチュード・プロムナードのとこ、やってごらん。 ああ、ジュン、持ってやって。」
「 はい。 ここからでいいかな? 」
「 ・・ はい。 お願いします。 」
4人の王子 の代わりの青年が手を差し伸べてくれた。
フランソワーズはす・・っと一息大きく吸って・・・ ポーズを決めた。
「 ・・・ ほら、そこよ! ねえ? 相手はだあれ。 一点をじ〜っと睨んでいたらだめ。
これはね、 お見合い、なのよ? 」
「 ・・・ は ・・・ はい・・・ 」
「 お見合いってわかるなあ。 ねえ、 僕を見て? こっちだよ、目線・・・ 」
「 あ・・・は、はい・・・ きゃ・・・ 」
視線を移した途端に ぐらり、とバランスが崩れ、フランソワーズは脚をおろしてしまった。
「 考えて? ただチカラ任せにバランス!じゃないわ。 脚だけで立っているからですよ! 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 ねえ? ぴかぴかの16歳よ? あなただって覚えがあるでしょう。 16歳のころ。
・・・フランソワーズ、あの素敵な旦那サマと出逢った頃を思い出してみて? 」
「 え!? あ・・・は・・・はい・・・ 」
クスクスクス ・・・・ ハハハハ ・・・・
真っ赤になっている <オーロラ姫> の周りではピアニストさんや王子役の青年も
笑い声を立てている。
フランソワーズの < かっこいい・茶髪の旦那さん> は カンパニーでもう皆知っていた。
「 16歳だから 16歳の役が踊れる のじゃないわ。
幾つでも 16歳の役 は踊れるの。 それが本当の踊りでしょ。 」
「 ・・・ は、はい・・・ 」
「 40歳を過ぎても 『 海賊 』 を素晴しく踊っていたイギリスのダンサーもいるわ。
この国にも 60歳近くになっても 可愛いクララと金平糖を踊っている踊り手もるでしょう? 」
「 ・・・ はい・・・ 」
「 次、期待しているわ。 それじゃ・・・お疲れ様。 ああ、ジュン、ありがとう。 」
「 あ! ありがとうございました・・・! 」
フランソワーズは慌てて・・・ マダムの後姿に頭をさげた。
「 そんなに緊張しないで。 ・・・ きみ カチコチだ。 」
「 ジュンさん・・・ でも ・・・ ずっとアチチュードを保つのには・・・どうしても・・・ 」
「 う〜ん マダムが言ってたろ。 もっと こう、ウキウキ軽い感じで・・・
それこそさ、初デートの緊張とどきどき、ときめき感、かなあ。 」
「 初 デート・・・・ 」
「 うん。 なんかいつもの君のふんわりしたいいカンジが全然消えちゃってる。
まあ 初回で緊張したのかな。 こういうお姫役、得意かなあって思ってたんだけど。 」
「 え ・・・いえ、もう・・・ 難しくて。 バランス取っているだけで精一杯・・・ 」
「 ほらほら ? そんな顔、しないでさ。 16歳の乙女だろ。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 時間が合えばいつでも自習、付き合うから。 遠慮なく言って・・・ 」
「 はい、ありがとうございます! 」
「 ところで 16歳の乙女サン? 帰りにお茶でもしてゆかないかな。
僕、 ず〜っと君と組んでみたいなあ、って思ってて。
一回もチャンスがなかったから。 今回 けっこうわくわくしているんだ。 」
「 まあ・・・ ジュンさんったら。
あの・・・ごめんなさい。 あの・・・娘がね、熱出して寝てるの。 だから早く帰らないと・・・ 」
「 え・・・あ、そうなのか。 う〜ん 残念! 」
「 また 次に誘ってください。 ・・・ 踊りはちゃんと自習しておきます! 」
「 あ ほらほら・・・そんなにリキいれない。 わくわく・どきどき♪な16歳だからね。 」
「 あ・・・・ はあい。 それじゃ ・・・お先に失礼します。 」
「 うん、お疲れサマ 〜〜 」
フランソワーズはぱっとお辞儀をすると、タオルやらニットを纏めてスタジオから出ていった。
「 ・・・ふうん ・・・ 16歳そのもの、だよなあ・・・彼女。
双子のハハ・・ なんて 信じられないよなあ ・・・・ ちぇ、惜しい〜〜! 」
ほっそりした後ろ姿を見送って 青年はほれぼれと溜息をついていた。
ガタタン ・・・ ガタン ガタン ・・・ ! ガタン ・・・!
電車は最後のカーブで 大きく揺れた。
「 ・・・ !? あ・・・ いけない! すっかり居眠りしちゃった・・・
え・・・ ここ・・・どこ?? 」
フランソワーズは はっと顔をあげた。
運よく座れた帰りの電車、大きなバッグを抱えたまま・・・いい気持ちで眠ってしまった。
「 えっと・・・? ああ・・・よかった! 乗り過ごしてないわね・・・ 」
きょろきょろ外の景色を眺めてから 彼女はほっとしていた。
「 あ〜ん・・・今晩の献立とか考えようと思っていたのに・・・
でも ・・・ いい気持ちだったわあ。 昨夜もずっとすぴかの側でうつらうつらしてだけだったから・・・ 」
― ふわァ 〜〜〜
大きなアクビが またひとつ、出てしまった。
「 いっけない・・・ すぴか・・・・ もうお熱、下がったかしら。 今朝は随分元気だったけど。
今晩なににしようかな・・・ やっぱり柔らかくて消化の良いものがいいわよねえ・・・
あ。 お魚の煮付け、とか・・・がんばってみようかしら。 ジョーも好きだし・・・ 」
駅名を告げるアナウンスが流れ、見慣れた景色が多くなってきた。
「 さあて、と。 お母さん・モード に切り替えなくっちゃね。 」
よいしょ・・・とバッグを抱え、 彼女は電車を降りた。
16歳の乙女 ・・・かあ・・・
お母さん・モード になったはずなのに、ふと口をついて出てしまった。
< あの素敵な旦那サマと出逢った頃を思い出してみて? > ・・・ マダムの声が耳の奥から甦る。
「 ・・・ ジョーと・・・出逢ったころ・・・?
ふふふ ・・・ あんな最低な出会いだった、なんて。 だ〜れも世界中の誰ひとり、思わないでしょうね・・
ジョーは 目をぱちくりしているだけだったし。 わたし、しっかり睨んじゃったし・・・ 」
本当に冗談ではない<出会い>だったのだが ・・・
フランソワーズの唇には ほんのり・ちょっとだけ。 笑みが浮かんでしまう。
「 ・・・ 信じられないのは本人がいちばん、よね。
でも ・・・ でも。 あんな時だったけど。 ・・・ わたし。 どき・・・っとしたのよね・・・ 」
出来れば思い出したくはない <思い出>、いや < 記憶 > のはずだが、
その中に潜む 微かな甘酸っぱさが 今となっては懐かしい。
― あの日。 世界の果てのあの島で ・・・ 二人はお互いに運命の相手と巡り逢ったのだ。
「 あら? そういえば。 ジョーに聞いたこと、ないけど。
あの時。 ジョーはどう思っていたのかしら・・・ね? これは〜ちょっと確かめなくっちゃ! 」
うんうん・・・と一人で彼女は頷き・・・ずんずんと駅前のロータリーを抜けていった。
「 ! いっけな〜い! 駅の向こうのスーパー、寄ってゆかなくちゃ。
あのチーズよ! トマトの焼きチーズかけ! 熱のある時には一番ってママンがよく作ってくれたわ・・
それから・・・え〜と? お魚はウチの方で買えばいいわね・・・ 」
今度こそ、フランソワーズは <島村さんちの奥さん> モードに切り替えたようだった。
「 お〜い・・・ただいま。 すぴか・・具合はどうかな。 」
「 あ、お父さん!! お帰りなさい〜〜 」
このごろずっと遅い父が にこにこ子供部屋の戸口に立っていた。
すぴかは ベッドからぴょこん!と飛び起きた。
「 わあ〜〜 早かったんだね! お父さ〜〜ん! 」
お転婆娘は 亜麻色のお下げを振り回して父親の側に駆け寄ってきた。
「 あ、おい!だめだよ。 ちゃんと大人しく寝ていなくちゃ・・・ ほら・・・ 」
ジョーはあわてて子供部屋に入ると、くしゃくしゃになっていた娘の毛布をひっぱりシーツをなおし
元気に父親の腕にくっ付いている娘を ベッドに押し込んだ。
「 アタシ、もうお熱、さがったもん。 ふらふらもしないし・・・ ねえ、起きちゃだめ? 」
「 だめ。 一週間は大人しくしていなさい、って先生にいわれただろ?
もう一回病院に行って 先生のオッケーがでるまでは このお部屋にいなくちゃ。 」
「 う〜〜ん・・・!! 退屈だよ〜う・・・! 」
「 なあ、お土産があるんだ。 約束したろ? ちょっと遅くなったけど。 」
「 お土産? あ! ところてん?! あったの〜 」
すぴかはまたまたぱっと起き上がってしまった。
「 こらこら・・・そんなに暴れるなって。 いや〜〜 ところてん はね、やっぱりなかったんだ。
ごめんな、アレは夏のものだからなあ。 」
「 そっか・・・ 氷いちご と同じだね。 」
「 まあ、そんなもんだろうな。 でもね、そしたら会社のヒトがこれが似てませんか・・・って。 」
ジョーは持っていた袋から なにやらパック状のものを取り出した。
「 ・・・ なに〜〜 お父さん。 」
「 新鮮さが一番と思って、海岸通りの商店街で買ってきたんだ。 ほら・・・ 」
「 ??? プリン? じゃないよね、たまご豆腐・・? ちがうよね? 」
「 これはね、 もずく さ。 これも海藻だし、つるつるっとしてて酸っぱい味で食べるんだよ。 」
「 わあ〜〜〜 そうなんだ♪ ありがとう〜お父さん! 」
「 さあさあ ・・・ すぴかさん、ゴハンですよ。 お父さんのお土産、よかったわねえ。 」
「 あ、お母さん。 も ず く、だって。 」
「 お母さんも初めてなの。 どんな味かしら?
今日はね。 お母さん、頑張って・・・ ほら、カレイの煮付けとお豆腐とネギのお味噌汁よ。 」
「 わお♪ こりゃいいなあ〜〜 早く帰ってきてよかった! 」
「 あらら・・・ お父さんの方が喜んでいるわねえ。
ジョー、ちゃんと手を洗ってウガイして。 着替えてからよ。 すばるが待ってるわ。 」
「 あ、そうだね。 すぴか、それじゃこれ。 もずく、な。 後で感想を聞かせてくれ。 」
「 うん ・・・ 」
ジョーはくるりん・・・と娘のアタマを撫で、子供部屋を出ていった。
「 さあ、すぴかさん。 もずく から頂く? 」
母が 夕食のお盆をベッドの上にセットしてくれた。
すぴかは お箸を取るコトモせずにじ〜〜っと お盆の上を見つめている。
「 ・・・ アタシ ・・・ 」
「 なあに? なにか他に欲しいものがあるの? 」
「 ・・・ ううん ・・・ 」
ぽろり ― 大粒の涙が母と同じ色の瞳から零れ落ちた。
ケンカしても転んでも あまり泣いたことのない娘の涙に フランソワーズの方が慌ててしまった。
「 ? どうしたの? ・・・気持ち悪い? あ! またお熱が上がってきたのかしら? 」
母はさっと顔色を変え すぴかのおでこに手を当てた。
「 ・・・ちがうもん。 アタシ・・・ 皆と一緒に ごはん ・・・食べたい ・・・ 」
「 あ ・・・ら・・・。 まあまあ・・・ そんなことで泣かないの。
もうちょっとのガマンでしょ。 大丈夫、 お母さんがちゃんとここにいるから。 ね? 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 ほら。 お父さんのお土産よ、 も ず く 、食べてみましょうよ?
こっちのお魚も お母さん、頑張ったのよ〜〜 お味見 してちょうだい。 」
「 うん ・・・ あ もずく オイシイ! お魚も〜〜 おいし〜〜
・・・ お母さんさ ・・・お料理のウデ、上げたね。 」
「 まあ、この子ったら。 あら、美味しい? お母さん、嬉しいわァ〜
ねえねえ? お父さんも気に入ってくれると思う? 」
「 お母さん。 お父さんはさ〜 お母さんが作るモノなら な〜〜んだって オイシイ! って言うよ。」
「 あ・・・あら。 そうかしら・・・ うふふふ・・・これは楽しみだわぁ♪ 」
「 ・・・ 仲のよろしいこって。 」
「 え? なあに? なんか言った? 」
「 ううん! なんでもな〜いっと。 ねえ、すばるさあ、このお魚、一人で食べれるかなあ。 」
「 う〜ん ? お父さんに骨をよけてもらっているかもね。 」
「 甘ったれ〜〜 ! こんどアタシが叱っておくね、お母さん。 」
「 はいはい。 すばるのことは お姉さんのすぴかにお任せするわね。 」
「 うん! まかしといて! ・・・ あ〜 おいしいかったぁ〜 ごちそうさまでした。 」
「 まあ、きれいに食べてくれてお母さん、嬉しいわ。 それじゃ・・・ほら、お薬のんで。 」
「 うん・・・ ねえ お母さ〜ん、 アタシ、もう寝てるのあきた〜〜
お熱はさがったしさあ・・・ 明日は学校、行っていい? 」
「 まだだめ。 ヤマダ医師 ( せんせい ) がおっけ〜っていうまで、だめよ。 」
「 ・・・つま〜んないなぁ・・・・ アタシ、もうこんなに元気なのに。 」
「 お風邪の時くらい大人しくしていてちょうだい。 」
「 はぁ〜い・・・ 」
すぴかはしぶしぶ お蒲団にもぐりこんだ。
・・・ 口ではぶつぶつ言っていたけれど。
その夜も すぴかが眠っちゃうまでお母さんはずっとすぴかのベッドの横にいてくれた。
えへへ・・・・ なんかさ。 風邪ひいて 得しちゃったなぁ・・・
瞼がとろ〜ん・・・と下がってくる中で すぴかはとってもとっても嬉しかった。
― カチャ ・・・・
そうっと寝室のドアがあいて、フランソワーズが戻ってきた。
ジョーはベッドの中から もぞもぞ起き上がった。
「 どう ・・・ ウチの風邪っぴき姫は? 」
「 ええ、もうぐっすり。 相変わらずの寝相でお蒲団から片手片脚がはみ出していたわ。 」
フランソワーズはくすくす笑って ベッドに腰かける。
「 あはは・・ ほっんとうに元気だよなあ、アイツ。
せっかく取り付いたウィルスもがっかりしているのじゃないかな。 」
「 まあ、ジョーったら・・・ 軽くて済んで感謝しなくちゃ。 やっぱり恐い病気ですもの。 」
「 そうだね・・・ごめん。 なあ、そんな恰好で寒くないのかい。 」
ジョーは彼の細君の肩を引きよせた。
フランソワーズはネグリジェに薄手のカーディガンを羽織っているだけだった。
「 ・・・ あん ・・・ ! え 大丈夫よ。 ちゃんとお風呂に入ったし、家の中は温かいもの。 」
「 夜はもう冷えるからね。 もう冬だもの。 おい・・・こっちこいよ。 」
「 ・・・ ウン ・・・ ねえ。 このネグリジェ ・・・ ジョー、好きでしょ。 」
「 え? う〜ん 残念だなあ〜 すぐに退場してもらうから あんまりよく見る時間がないや。 」
「 ま・・・ きゃ・・・もう〜〜 せっかちさんねえ・・・ ハックシュン ・・・・! 」
「 ほうら? やっぱり。 ・・・ おいで、しっかり暖めてやる。 」
「 ・・・ ええ ・・・ う〜んと・・・暖めて・・・ 熱くして ・・・ 」
「 よおし ・・・ それでは リクエストにお応えして・・・っと♪ 」
「 ・・・ ジョ ・・・ − ・・・・! 」
夫婦の寝室はたちまち 恋人達の熱い巣に変わっていった。
ゆら ・・・ ゆら。 ゆらり ・・・・
目の裏で爆ぜた金色の火花が ゆっくりと舞い落ちてゆく・・・
目映い白金の世界は 次第にその色を取り戻してきて ・・・ 目の前に愛しいヒトの広い胸がある。
・・・ あ ・・・・ ああ ・・・
満ち足りた、溜息が 身体の奥から湧き上がり零れでる。
フランソワーズは まだときどきぴくり、と揺れる身体をそっと彼女の夫に預けた。
「 ・・・ ねえ ジョー・・・? 」
「 ・・・ うん ・・・? 」
「 あなた ・・・ 覚えているかしら・・・ どう思っていたの。 」
「 ・・・ なにを。 」
「 ええ ・・・あの。 あの時、よ。 あの・・・あなたとわたしが初めて 出会ったとき。 」
「 えええ? なんだって?? 」
「 だから。 あの。 あそこで ― 初めて逢ったとき、よ。 」
寄り添っている細い身体に腕を回し ― とろとろしかけていた島村氏は ぱっちり目が開いてしまった。
「 あそこって。 あの・・・ 島でってことかい? 」
「 ・・・ そうよ。 」
「 あの時って。 あの・・・ ぼくがやっと海から上がって皆の前に来たとき? 」
「 そう! あの時! ジョーってば じ〜〜〜っとわたしのこと、見てたでしょ。
あの時 ・・・ どう思ったの。 その・・・わたし、のこと。 」
「 えええ?? き、きみのこと? 」
「 そうよ。 」
「 どうって・・・・ 」
「 ねえ? 16歳のどきどきなトキメキ を感じた? 」
「 ??? ぼ・・・ぼくは16歳じゃなかったよ? 」
「 え・・・っと。 それはまあ〜〜喩えってこと。 ・・・ねえ、 どきどき・・・した? 」
「 う ・・・ う〜〜ん??? よく覚えてないよ・・・ 」
「 まあ! わたし達の出会い、だったのに? 初めて・・・二人が見つめあった時なのに??
ジョーったら ジョーったら・・・! よく覚えてない、 なの??? 」
「 ちょ・・・ おい、なにをそんなに興奮しているんだよ?
あんな状況で 冷静に対処できるわけ、ないだろ? 特にぼくはもう、混乱の極み、だったんだし。 」
「 ・・・ あ ・・・・ それも そうねえ・・・ 」
「 だろ? きみはどうなのさ。 あの時 ・・・ず〜〜っとぼくのこと、<見て> たんだろ? 」
「 え ・・・ ええ。 」
「 それじゃ・・・ どきどきなトキメキ♪ だったのかい。 」
「 ・・・ セピアの髪しか見えなかったもの。 」
「 ほうら・・・ おあいこさ。 ま、出だしはどうあれ・・・今は ・・・ ♪ 」
「 きゃ・・・! ちょ、ちょっと!? ジョーってば・・・もう ・・・ や・・・ 」
「 ふふふ・・・ 風邪っ気を完全燃焼させよう・・・・ な・・・? もう一回 いいだろ。 ・・・・んんん 」
「 あ ・・ もう ・・・・ あああ そこ ・・・ヤ ・・・! 」
「 ・・・ フラン ・・・ 今日は・・・ハァ すごい・・・ 」
「 ・・・ ジョ ・・・ー ・・・ ! 」
いつもは陶器みたいに白く澄んだ彼女の肢体は 今宵薄薔薇色に染まっていた。
・・・ く ・・・ゥ ・・・!
すご ・・・ 蕩けるよ ・・・ 煮え滾っている ・・・みたいだ・・・!
ジョーは 彼女の熱帯の海で彼自身を存分に熱く昂ぶらせ ・・・・ 爆ぜた。
とんでもない出会い をした カップルは10年以上たっても熱い熱い夜を過していた のであるが。
「 ・・・ だ、大丈夫よ・・・ 起きられるわ・・・ 」
「 ダメだよ! 九度三分もあって! ほら、ちゃんと寝てろよ。 」
「 だって・・・ 朝御飯に あなたのお弁当・・・作らなくちゃ・・・ 」
「 そんなの、いいから! 博士を呼んでくる! とりあえずこれで冷やして。 」
ジョーは恐い顔で 細君の額に娘の余りの冷えひえシートを貼り付けた。
「 ・・・ あ ・・・ いい気持ち ・・・ 」
「 ほうら。 ともかく大人しく寝てろ、いいな・・・! 」
「 ・・・ はい。 」
翌朝。
お転婆娘の熱はすっかり下がり、元気百倍〜!になり。
ヤマダ医院でめでたく < なおりまた > のお墨付きを頂戴したのだけれど。
入れ違いに 母がダウンした。
博士はすぐに飛んで来て診察してくれた。
「 ・・・ やはり <新型>じゃな。 なに、心配はいらんよ。
お前達用の特効薬を ちゃんと開発しておいたからの。 」
「 本当に流行風邪ですか? ぼく達でも 罹るのですか??? 」
「 そりゃあ・・・ジョーよ? お前たちはロボットじゃない。 ちゃんと生身の部分を持つ人間じゃよ。 」
「 それは そうですけれど。 」
「 フランソワーズは特に生身の部分が多いからな。 チビさんから貰ったのじゃろ。
・・・お前も用心しろよ、ジョー。 」
「 あ でも ぼくは・・・ 彼女ほど・・・ 生身の部分は・・・ 」
「 いや。 油断は禁物じゃ。 脳組織は勿論だが。
そのう ・・・ チビさん達の 素 を製造する箇所が風邪を引いたら・・・ 困るだろう? 」
「 ??? あ ・・・! え、ええ・・・まあ・・・ それは。 」
ジョーは一瞬 ― 固まった・・・!
― そうだ。 それは ・・・ とっても とっても 困るのだ・・・!
「 じゃろ? フランソワーズはしばらく 子供部屋に隔離じゃな。 」
「 ・・・ はあ。 」
ジョーがマスクをして 細君を子供部屋に抱いてゆき、娘のベッドにそうっと寝かせると ―
「 お父さん! すばるも。 ここに入っちゃだめ。 」
「 すぴか・・・ 」
「 移るよ! お母さんの看病は アタシがするから! 」
すぴかは 高らかに宣言すると 父親をぐいぐい押し出した。
「 だって お前、学校に行くじゃないか。 看病はお父さんがするよ。 」
「 ぶ〜〜〜★ アタシは治ったけど。 今、 5年二組は学級閉鎖 で〜す♪
だから。 アタシがごはん、作ってお母さんのかんびょう をする! 」
「 え・・・ 大丈夫かなあ・・・ 」
「 ・・・ お母さん ・・・ お母さ〜ん ・・・大丈夫・・? 」
父の後ろから すばるが半ベソの顔を覗かせている。
「 だ、大丈夫・・・! さ、お父さんもすばるも。 立ち入りきんし〜 」
バタン ・・・!
すぴかは子供部屋のドアをきっちり閉めてしまった。
「 ・・・ お父さん ・・・ 」
「 うん? ・・・ なんか 男性チームは仲間はずれ にされちゃったなあ・・・ 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ジョーは息子と肩を組んで ぼ〜っと子供部屋の前に立っていた。
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updated : 11,10,2009.
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******* 途中ですが
すみません〜〜〜 またもや・またもや 終りませんでした・・・ (;O;)
冒頭にどうして すぴかちゃんが激怒していたか?? は後半に判明します〜
今回はまさに時事ネタ?? 何年か経って読み返したら
なんのこっちゃ?? かもしれませんね。
もし、<真っ最中> の方がいらっしゃいましたら・・・ どうぞどうぞお大事に。
今回もしっかり めぼうき様 からのネタでございます。
お宜しければあと一回お付き合いくださいませ。
ご感想の一言でも頂戴できましたら幸いでございます <(_
_)>