『 ショコラ ショコラ  ― (1) ― 』   

 

 

 

 

 

 

  コツ コツ  コツ     コツ コツ コツ♪   

 

石畳の道をブーツのヒールが陽気に駆けてゆく。

「 ふふふ ・・・  きっとよろこぶわ〜〜 だってコレ最近ちっとも見ないもの 〜 」

ふんふんふん 〜〜 ハナウタなんぞも口ずさみつつちらり、と手首をのぞいた。 

「 いっけな〜い・・・! のんびり買い物してたら遅くなっちゃったァ〜 」

彼女は一層脚を速めた。

 

  コツコツ コッ ・・・!

 

軽い靴音が 薄闇に覆われ始めた街の空にこだまする。

まだお昼を回っていくらも経っていないが  ・・・  この分ではそろそろ・・・ と 市民たちの指が

電燈のスイッチに伸びる。

この時期、 この街ではあっと言う間に昼は終わり、カフェやら店舗は早々に暖色の灯をともす。

人々は厚い外套とマフラーに頤を埋め 俯きがちに足を速めるのだ。

  でも そんな中で ―  亜麻色の髪の少女の足取りは軽い。

「 ・・・ さむ ・・・ ああ まだ舗道にこんなに雪が残っているわ・・・

 また降るのかしら・・・ 春はまだまだ ・・・ね ・・・ ヒヤシンスを見られるのはいつかしら。 」

ちょこっと溜息をついて。  それでも 自然と笑みが唇に浮かぶ。

「 ふふふ ・・・ でもいいわ。  今日は楽しくすごしたいわ。  晩御飯〜奢ってもらお♪

 素適なプレゼントも見つけたし。    ヴァレンタインの日ですものね♪ 」

ふんふん ・・・ 彼女のハナウタがまた 薄暗くなってきた巴里の道に流れていった。

 

 

「 ・・・え お兄さんに? 」

アンは 呆れた顔をした。

「 そうよ。 」

「 カレシとかじゃなくて? 」

シモ−ヌは ウソでしょう? と驚いた。

「 だっていないもの。 」

「 理想が高すぎるのよ〜〜 」

ニケは 肩を竦めてみせた。

「 そんなこと ・・・! お兄ちゃんみたいなヒトなら・・・ 」

「 ― 本気なの? 」

ルルが まじまじと顔をみつめた。

「 ええ 本気よ。  ヴァレンタインの日はお兄ちゃんと♪ 」

「 ねえ? もったいないよ〜〜 ファン。 」

「 ファンにゾッコン!って男子、多いんだよ〜〜 ほら、ピエールとかルイとかニコラとか ・・・

 そうそう上級生のジャックもよ? 」

「 いいわ 別に。  わたし、今の目標は早くプロのバレリーナになること! だし。 」

「 そりゃ皆同じだって!  アタシら バレエ学校の生徒だよ? 」

「 けどね、ファン。 それとコレとは別! ねえ 」

「 あ! いっけな〜い! お店にね、予約したプレゼント 取りにゆかなくちゃ。

 じゃあね〜〜 また明日〜〜  」

彼女はひらひら手を振り 亜麻色の髪を靡かせて小走りに行ってしまった。

「 ・・・ ダメだわ こりゃ ・・・ 」 とアン。

「 うん ・・・ 重症のブラコンだね。 」 と シモーヌ。

「 あのお兄さんじゃね〜 カッコいいのよ〜 」 とルル。

「「「  でも!  ヴァレンタインの日にアニキとデート♪ なんて信じらんない〜〜  」」」

赤毛の、金髪の、ブルネットの、 パリジェンヌたちは嘆息していた。

そんな外野の声など てんで気にすることもなく、当のご本人は特別上機嫌で帰宅した。

 

   トン トン トン 〜〜〜  トン トン ♪

 

アパルトマンの階段を登る足取りも軽く、ハナウタまで聞こえている。

「 ― フランソワーズかい?  おかえり ・・・ 」

途中で コンシェルジュのおばあちゃんが ドアからちょびっと顔をだした。

「 あら こんにちは〜  」

「 いつも元気でいいねえ・・・ 外は寒かっただろう? 」

「 ええ ・・・ また雪が降るかもしれないわ。  おばあちゃん、風邪の具合はいかが? 」

「 ああ ・・・ 昨日、アンタがくれたカリンのシロップ煮がねえ 咽喉に優しくて・・・

 少しは良くなったみたいだよ。 」

「 それはよかったわ♪  どうぞ気をつけてね。 」

「 ありがとうよ ・・・ ジャン兄さんは今日、帰ってくるんだろう? 」

「 ええ そうなの♪ ふふふ ・・・ わたしのお誕生日に帰国できなかったから・・・って。

 今日はねえ お兄ちゃんとお出掛けの予定。 」

「 そりゃ よかった ・・・   ああ フランソワーズ、なんだかねえ 最近物騒な話が多いから・・・

 気をおつけ。  16区の方で若い娘が誘拐されそうになったんだと。 」

「 まあ・・・ でも大丈夫よ おばあちゃん。  ヘンなヤツが来たら この脚で蹴っ飛ばしちゃう♪

 ダンサーの一蹴りは雄牛も殺すのよ? 」

「 ほほほ・・・ そりゃ頼もしいね。  まあ楽しんでおいで。 」

「 ええ メルシ、おばあちゃん♪ 」

 

  トン トン トン ・・・!   リズミカルな足音は天辺の部屋まで続いた。

 

「 ・・・ いつも元気でいい子だよ  ・・・ 神様のお恵みがありますように ・・・ 」

管理人のおばあさんは微笑みつつ十字を切った。

 

 

 

 ― スワトウのテーブルクロスに 蜀台の灯がちらちら陰を落とす。

「 このお店 素適ね〜〜  ・・・でも大丈夫、お兄ちゃん・・・高いんじゃないの? 」

妹はテーブル越しにひそひそと話しかけた。

キャンドルの光に 亜麻色の髪が反射して最上のアクセサリーとなり彼女を飾っている。 

兄はちょっと肩を竦めたが すぐに、に・・っと笑った。

「 おい? フランス空軍の財政力を見縊るなよ 〜   ・・・ まあ そりゃ安くはないが。 」

シガレットを灰皿に捻ると 彼はポケットからごそごそ・・・小さな包みを取り出した。

「 誕生日、 帰国できなかったから  ・・・  これはその埋め合わせも兼ねて  だ。 」

「 わあ〜〜 ありがとう! お兄ちゃん〜〜〜♪ うれしいわ〜〜

 うふふふ ・・・ アタシからはねえ〜  えっと・・・ ほら  これ! 」

細長い包みがテーブルの上に現れた。

「 いつか話してたでしょ?  ウィスキーの逸品だ・・・って。 この前、見つけたのよ。 」

「 へえ?  開けていいか? 」

「 うん。  わたしも開けるね、 いい? 」

2人してガサガサ ・・・ 包みを開けた。

「 ・・・ わ♪  時計〜〜 こういうの、ずっと欲しかったの! ・・・ ステキ ・・・! 」

「 お。  ・・・ お前、よくこれ・・・みつけたなあ〜〜 」

「「  ありがとう〜〜〜  」」

兄妹は よく似た色の瞳を笑みで一杯にして見詰め合う。

「 ファン ・・・  お前なあ・・・ いい加減で他の誰かみつけろよ〜 

 ヴァレンタインにデートする相手もいないのか? 」  

「 あら。 お兄ちゃんこそ。  休暇を待ちわびている恋人はいないの?

 お兄ちゃんが身を固めるまで 心配で心配でわたし 〜〜 」

「 おいおい それは俺のセリフだって ・・・ 」

「 ・・・うふふ ・・・  お兄ちゃんみたいなヒト、見つけるからいいわ。 

「 は ・・・! そりゃ〜 至難の技だぞ? 地球の裏側まで探したって ― 無理かもなあ 」

「 あ〜〜ら たいした自信ですこと。 

妹はつん・・・としつつも プレゼントの時計の蓋をそっと撫でている。

「 開けてごらん? ・・・そう、そのぽっちを押して・・・ ほら ・・・ 」

「 ・・・あ わあ〜〜 名前が ・・・ 」

「 ふふふ ・・・ そのままじゃつまらんだろう?  ちょいと細工してもらった。 

 アンティークだけど、ちゃんと使えるぞ。 

「 メルシ 〜〜♪  うわあ〜〜 す  て  き ♪♪ 」

「 気に入ったか?  ふふん、 俺のセンスは最高にシックさ。 」

「 ふふ ・・・ ねえ そのウィスキー、何時飲むの? 」

「 そうだな〜〜 お前が結婚した夜にでも飲むか。  ウルサイ妹が出ていった祝いにな。 」

「 あ〜〜  ひど〜〜い〜〜〜 」

「 ははは ・・・ ジョークだって。  お前が一番幸せ・・・って日に飲むよ。 」

「 ・・・ お兄ちゃんってば ・・・ 」

優しい笑みと暖かい会話 ―  こんな日々はずっと ・・・ずっと続くと思っていた。

そう信じていた。  それが 当たり前だと思っていた。

来年の誕生日も  来年のヴァレンタインの日も  そして その次の年も ・・・  しかし。

 

 

 

   バタン ・・・   ドアを開け、ジャンは重い足取りで部屋に入った。

 

誰もいない冷え切った ― 乱雑な部屋。 

この一年、 滅茶苦茶な日々を送ってきた。  

目の前で拉致された妹 ・・・ 彼女の足取りを求めて出来得ることは全て − やった。

しかし。 ・・・ 周囲はすでにもう絶望と諦め、そして忘却へと流れている。

「 俺は!  俺は ・・・ 決して諦めない。 諦めないぞ! 」

ジャンは どさり、とソファに身を投げた。  アタマを垂れて絶望に呻いたりするものか!

彼は き・・・っと顔を上げ宙を睨む。  

その視線の先に ―  一本の酒瓶が映った。

立ち上がり そっと手をのばす。  ひんやり、すべすべしたガラスが心地好い。

ジャンの疲れた指が酒瓶にゆっくりと絡み ・・・ そして静かに元の場所の戻した。

 

    「 ―  ファン。  お前を取り戻すまで ・・・ この酒は飲まんぞ! 」

 

 

 

 

 

 わっせ わっせ ・・・・  う〜〜〜ん・・・!

ジョーはうん! と勢いをつけて自転車を押した。

ぐわん・・・と車輪は大きく回転し ― 前にも後ろにも荷物満載の自転車は無事に

急坂を登り終えた。

「 ふわ〜〜〜 ・・・・・  ちょっち・・・ 積み過ぎたかなあ・・・

 でもなあ〜 生活雑貨と食料〜って こんなに嵩張るんだったんだ 〜〜〜 」

ちょいと一休み。  ジョーは自転車を停めて道の真ん中で ぐ!っと伸びをした。

「 ・・・ あ・・・ きもちい〜〜〜 ・・・! 」

えっほと伸びたり縮んだり、 ついでにアキレス腱伸ばし・・・ なんぞをしていて

ふと  顔をあげれば ―   

「 ・・・ うわあ ・・・ すげ〜 ・・・・ ここからの景色 最高じゃん 」

そう、彼の目の前には相模湾からず〜〜〜・・・・っと  見事な眺望が開けていたのだ。

「 へええ・・・ こんなトコに住んでるんだね、ぼくって、 ふうん ・・・ 」

今ごろ気づくなんて・・・と自分自身の迂闊さにすこし呆れた気もした。

「 でもなあ ・・・ そんな余裕なかったもんな。  ふう ・・・ 」

久し振りに海をみた、と思った。

 ― いやそれどころか 今までイヤという程海を見詰めてきた。

ヤツラを見張るため  自分自身の身を護るため  ―  生き延びるために・・・!

そして今  やっとその必要はなくなったのだ。

やっと ・・・ ただのんびりと、海を眺めることができるようになった。

ジョーは海から 空へと視線を移してゆく。

「 ・・・ どこから空になってるのかなあ ・・・ よくわかんないけど ・・・ いいなあ ・・・ 

茫洋とした風景は 心の中までのんびりとした空気を送り込んでくれた。

「 ・・・ふう ・・・ !  さァ あと一息! 食事当番もラクじゃない〜〜っと・・・ 」

彼は再び よいしょ・・・!っと自転車を押し始めた。

 

 

とんでもない運命の翻弄にぐちゃぐちゃにされて 彼自身、洗濯機に放り込まれたが如くの

日々を突破した後 ・・・ そこには静かに流れる時間が あった。

岬の突端に建てた洋館。  ジョーはそこに <家族> と住むようになった。

老人と赤ん坊 そして とびきりの美人の異国の少女と。  ジョーは一つ屋根の下で暮している。

他の仲間たちはてんでに帰国したりこの地に留まり商売を始めたり、それぞれの生き方を選んだ。

 

「 ただいま〜〜〜 」

ジョーはゆっくり自転車を押して門を通り玄関を開けた。

「 買い物〜〜完了だよ〜 

「 ・・・ おお ジョーかい? お帰り。   ご苦労さんだったね。 」

奥から声が聞こえ ・・・ 白髪のご老人がぱたぱたと玄関まで出迎えてくれた。

「 博士〜 ただいま戻りました。  あれ?  フランソワーズは? 」

「 ああ 例のほれ ・・・ オーディションで落ちたバレエ・カンパニーな、あそこにレッスンに

 行ったよ。 

 

  ( いらぬ注 :  この辺りの経緯は拙作  『 また明日! 』 をどうぞ♪ )

 

「 あ そうか〜 今日からって言ってましたよねえ・・・ あ 一人で大丈夫かなあ。 」

ジョーは うんしょ・・!と荷物を持ち上げて玄関に上がった。

「 ふむ、 行きはな、ワシが送っていったよ。 」

「 へえ?? 博士が?  ・・・ フランってば ・・・ 言ってくれればぼくが送っていったのに・・・ 」

「 いやあ  ワシがな、  <保護者> として付き添うと言ったんじゃよ。

 あのコは一人で大丈夫、と言ったがのう・・・・ 心配で心配で一緒に行ってきた。 」

「 博士 ・・・ ありがとうございます。 」

「 なに、 先方の主宰のご婦人がフランス語が堪能でなあ。  一安心、というところじゃ。 」

「 そうですか ・・・ よかった。  彼女、好きなだけ踊れるといいなあ ・・・ 」

「 うむ うむ ・・・ とてつもない回り道をさせてしまったでのう ・・・ せめてもの罪滅ぼしじゃ

 ワシはできる限りあの子の応援をしたいんじゃよ。 」

「 ・・・・・・ 」

「 お。 ジョー、その荷物、大丈夫か? こりゃまあえらく沢山買い込んできたのう。  」

「 あは 食料だけじゃなくて ― その、生活雑貨とかも買ってきたんですよ。

 風呂の洗面器とか手桶とか石鹸とか。  あと・・・キッチン用品なんかは

 フランソワーズのリクエストが ほとんどなんですけど ・・・ 」

「 ほ〜〜お・・・? そうか そうか。 風呂の、ねえ・・・

 うん、ワシも日本式のバスは大層気に入ったぞ。 あれはいいのう・・・ 身体が楽になる・・・ 」

「 でしょ?  ぼく、他はたいていのこと、オッケーだけど。 風呂はやっぱ日本式がいいな。

 シャワーは便利ですけどね〜 冬とかはやっぱ暖まりたいし。  」

これ、置いてきます〜 ・・・ と 彼は荷物をぶら下げてまずはキッチンに向かった。

「 お前たちの望む道を歩んでおくれ。  ワシは出来る限り応援させてもらうよ。 」

それがせめてもの ・・・ と博士は重い重い溜息を吐いた。

「 博士〜〜  ちょっとオヤツタイムにしませんか〜 お茶、いれますよ〜 」

キッチンからジョーの声が飛んできた。

「 お おお  それはいいなあ ・・・ うん、頼むよ。 」

博士も 笑みを取り戻し朗かに返事をした。

「 ・・・ふむ? あの坊やの希望は何なのかのう。 とりあえず学部の聴講生になったはいいが・・ 

その後はなにを目標にしておるのか・・・  あまり自分自身のことを言わんので

 ようわからんが ・・・  気のいい子じゃが なにかに遠慮しておるのかな。 」

 

   ひゅるる −−− ん ・・・   カタカタ ・・・ カタ ・・・・

 

窓ガラスが微かに音をたてる。 温暖なこの地でもまだまだ北風が主役のようだ。

 

 

「 え〜と ・・・ 博士は紅茶、でしたよね〜 

「 おお ありがとう。  」

博士がリビングのソファに腰を降ろした。

  ふわり  ―  円やかな香りが 流れ出してきた。  

目の前では ジョーが危なっかしい手つきで紅茶を注いでいる。

「 ・・・ いい香りじゃな。  グレートのロンドン土産かい。 」

「 はい。  あ! そうだ〜 博士、苺ジャムありますから。  紅茶に入れますよね? 」

ジョーはポットを置いて あわてて立ち上がった。

「 いっけね・・・ フランソワーズから言われてたのに・・・ 」

「 ああ よいよ、 よいよ。  今日はこのまま、ジョーが淹れてくれたまま 頂くよ。 」

博士は慌てて彼を止めた。

「 そ ・・・ そうですか?  あ  ・・・ じゃ ミルクと砂糖はここです。

 えっと ・・・ これがフランソワーズが焼いたオーツ・ビスケット です。 」

ジョーは ワゴンの上からビスケットを山盛りにした皿を 取り上げた。

「 ありがとう。  ふふふ ・・・ 今日はなあ ワシからも土産があるんじゃよ。 」

「 え? 博士から ? 」

「 うむ。 フランソワーズをカンパニーまで送っての、その後駅までの道をぷらぷらしてみたんじゃ。

 いやあ ・・・ なかなか洒落た店が多かったよ。 」

「 ああ ・・・ アノ辺りはねえ〜 東京でも有名なオシャレ通りですから。 」

「 そうなのかい?  で なぜかチョコレートの店がひどく賑わっておってなあ・・・

 若い娘さんたちが群がっておったよ。 」

「 あは ・・・ その時期ですからね〜 」

「 ??   で ワシもチラリ・・・と覗いてみたら なかなか美味しそうじゃったので 

 買ってきたよ。   ―  ほれ・・・ 包装紙も洒落れておるなあ。 」

博士はゴソゴソ・・・ 金色にラッピングされた小箱を広げた。

「 わあ ・・・  博士・・・ ヴァレンタイン軍団に混じったんですか〜〜 」

「 ??? なに? なんじゃって?? 」

「 ヴァレンタイン軍団。  あのですね〜 日本は 2月14日はチョコの日、なんです。 」

「 ― チョコの日 ?? 」

「 え〜 まあ ・・・ 」

ジョーは博士に コノ国での<チョコレート協奏曲@ヴァレンタイン・デー > について説明した。

「 ・・・ ほう ・・・・  そりゃ 仕掛けたチョコレート・メーカーの勝利ってとこだな。 」

博士はジョーの説明に耳を傾けつつ呆れたり面白がったりしていた。

「 そうですかねえ・・・ まあ ともかく。  女子達は命を懸けちゃうみたいです。 」

「 ははは ・・・ そんなもんだろうよ。  で お前の前にはチョコの山、かい。 」

「 え!?  あ ・・・ そ そんなコト ありませんよ。

 あの ・・・ コレには <お返し> が必要なんですけど ― ぼく、お返しできないからって・・・

 あの ぼく、施設育ちだったから・・・ でも一回そう言って断れば 次の年からは ・・・ 」

「 そんなものかね ・・・  チョコレートねえ ・・・ それで か。 」

「 ええ。  ほら、外国だってそうでしょう? ヴァレンタインさんの日。 」

「 ?? いやあ・・・?  そんな騒ぎはなかったぞ?

 ・・・ ああ カップルや仲の良い友人同士とか ・・・ 家族で花や軽くプレゼントを贈りあったり

 はしておったが。  一方的に女子から、ということじゃなかったと思うが ・・・ 」

「 へえええ???   そうなんですか・・・ へえ〜〜 日本だけなのか〜〜 

「 うむ  じゃから勿論、男性から女性に花束とか ・・・ おっほん! ワシもな、

 若い頃には贈ったものじゃ。 」

「 へえええ〜〜〜〜〜〜 ??? 」

「 ・・・ おい ジョー?  ワシは結構モテたんだぞ。 」

「 は  はあ〜〜   あ!! 」

「 な なんじゃ? 」

ジョーはひと声、叫ぶと すっく! と立ち上がった。

「 あ・・・ すいません ・・・ でも!  ・・・ってコトは。  ぼくから贈っても ・・・ いいんだ!?」

「 ??  なにを かね。 」

「 え ・・・あ ・・・で ですから その〜〜〜 ヴァレンタインの日に ・・・ 」

「 あ? ああ ・・・ 相手が欧米人なら喜ぶじゃろうな。 」

「 そっか。  ・・・ よし!!! 」

いつも穏やかな彼なのだが ―  き!っと鋭いマナザシで宙を睨んでいる。

「 ・・・ や やるぞ!  そんでもって ―  好感度イッキにうp!! 」

「 ・・・ なにを言っておるのかね?? 」

「 あ ア  す  すみません ・・・ ちょっと決意表明を ・・・ 」

「 決意表明?? 」

ますます訳がわからないわい・・・と博士は首を捻っている。

「 あ ・・・ あのぅ 〜〜  」

 

     ピンポーン ・・・    ただいまもどりました〜〜

 

インターフォンから明るい声が聞こえてきた。

「 あ!  フランソワーズだ!  は〜〜い !! 今、 開けるよ〜〜 」

ジョーはイッキに満面の笑顔になると 玄関に跳んでいってしまった。

「 ―  あ〜 ・・・ ふふふ そういうコトか。  ふむふむ・・・まあ頑張りたまえ。

 どれ ・・・ 熱々のお茶を入れ替えてくるかな 」

博士は一人 に〜んまり ・・・すると、 よいしょ・・・とキッチンに立った。

 

 

 

「 ・・・ それじゃ ・・・ ワシは一足先に休むとするよ。 」

よっこらしょ・・・と博士はソファから立ち上がった。

「 ジョー、 戸締りは頼んだよ。 」

「 はい、博士。  お休みなさい。 」

「 おやすみなさい ・・・  博士、今日はありがとうございました。 」

ジョーに続いて フランソワーズはにこやかに礼を述べた。

「 いやいや ・・・ なかなか良さそうなカンパニーじゃったが・・・ 上手くやってゆけそうかい 」

「 はい、皆さん、親切でしたわ。 」

「 おお それは よかったよかった・・・ 」

「 はい。 わたし ・・・ 頑張ります。 」

「 うむ うむ ・・・ しかし毎朝のレッスンは大変じゃないか? ここからは遠いし・・・ 」

「 あら 大丈夫ですわ。  ・・・ 踊ることができるのなら わたし・・・それだけでシアワセです。 」

「 ・・・ ・・・ そうか ・・・  じゃあ   」

博士は少し目をしょぼしょぼさせて寝室に引き上げていった。

「 ・・・・・・・・ 」

「 ・・・ あ  あの ・・・ 後はぼくが片付けるから。  きみももう休んだら? 」

「 あ ・・・ ううん、大丈夫。 後片付けはわたし、やるわ。 

 だって・・・晩御飯、ほとんどジョーに作ってもらっちゃったし・・ 買出しも ・・・ 」

「 あは いいよう〜 今日はきみのスタートの日 だったんだもの。

 それにね、ぼくはまだヒマだし。  ・・・ 晩御飯ってもレンジでチン! がほとんどで さ 」

「 あら。  おみそしる とか 美味しかったわよ。 わたし、和食って好きだわ。 」

「 え 本当?  わ〜〜 よかったあ〜〜  ぼくの唯一得意な料理が 豆腐と油揚げの味噌汁

 なんだ〜 へへへ ・・・ 昔 学校の家庭科で習ったんだけど ・・・ 」

「 ね 今度教えてね。   ―  ねえ ジョーは どうするの? 」

「 ?? なにが。 」

「 あの ・・・だから これからのこと。 今 聴講生で大学に通っているでしょう? 」

「 ・・・ ああ   うん・・・。 工学系の大学にちゃんと入学できればなあ・・・って思ってる。 

 ぼく もっと勉強したいんだ。 なにもかも中途半端だからね。 」

「 まあ それはいいわね!  博士も喜ばれるのじゃない? 」

「 まだ ・・・ 相談してないんだけど ・・・ 出来るかな、ぼくに。 」

「 ― わたしを見て?  こんな おばあちゃんでもチャレンジしてるわ。 」

「 ・・・ フラン。  その言い方、 やめようよ。 」

「 だって本当のことだもの。 」

「 そうかもしれないけど。 きみは ― 19歳のオンナノコだよ。 そ その・・・ぼくにとって さ 」

「 ・・・ ジョー ・・・ 」

「 だから ―  うん、そうだね。 ぼくも ・・・ やってみる! 」

「 頑張って・・・じゃなくて。  頑張りましょ、ジョー。 」

 す・・・っと白い手が ジョーの前に差し出された。

 

    う ・・・わ ・・・・ ♪ 

 

ぎくしゃく。  彼はそうっと ・・・ その小さな手に自分の手を置いた。

「 握手!   うふふ ・・・ ねえ? わたし達、ちゃんと握手したのって 初めてじゃない?

 助けてもらってしがみ付いたり 引っ張り上げてもらったことはあったけど。 」

きゅっきゅ・・・と フランソワーズは明るく笑う。

ジョーは耳の付け根まで真っ赤になってしまった。

「 え ・・・ あ  う うん ・・・ そ そうかな〜〜 」

「 そうよ〜  ね。 改めてヨロシク。 わたし達 <家族> なんですもの。 

「 え! ・・・あ  ああ そうだよねえ   うん ぼくもヨロシクお願いします。 」

ジョーは彼女の手を握ったまま ぺこり、とお辞儀をした。

「 ・・・あら ・・・ ああ 日本式のレヴェランス ( お辞儀 ) ね。 」

 

   うふふ ・・・ ジョーって ・・・ 可愛い〜〜

 

「 う ウン。  あ  じゃあ  お休みなさい! 」

「 ええ  おやすみなさい。  あ  ジョー? 」

「 は!? はい?? 

「 あの ね。 手を ― 離してくださる? 」

「 あ!!!  ご ごめん〜〜〜 すいません〜〜  」

ジョーは ず〜〜〜っと握っていた白い手を慌てて離した。

「 ご ごめん ・・・ 」

「 あら いいのよ 別に。  また明日〜  学校の件、上手くゆくといいわね! 」

「 ウン。   ・・・・  へ ・・?? 

彼女は す・・・っと顔を近寄せると  ―   ちゅ♪   掠めるみたいなキスを彼の頬に残した。

 

     う  わ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・・・・!!!

 

「 ・・・・・  あ ? 」

気がつくと ジョーはたった一人でリビングの真ん中に突っ立っていた。

「 ・・・ あ  は ・・・  彼女、もう寝室に行っちゃたんだ ・・・ ははは  」

そうっと頬に手を持ってゆくと ― なだかまだ 熱い。

「 へ へへへ ・・・ 女の子の唇って。 あんなに柔らかいんだ〜〜

 なんだかと〜〜ってもいい匂いがしたよなあ ・・・ 」

ふんふんふ〜〜ん♪  彼の脚はちょこっと宙に浮いているのかも ・・ しれない。

「 さあ〜て・・・ ちゃちゃちゃ〜〜っと片付けるぞ!  うわっほ〜〜い! 」

彼は勇気百倍? でキッチンに行った。

 

 

 

「 ・・・ ふう ・・・ 」

ドレッサーの前で髪を梳く手がとまった。

「 ・・・ あ あ ・・・  なんだか 身体中がぎしぎし言っているみたい ・・・

 ちゃんとしたバレエのレッスンなんて ・・・ 何十年ぶり?  」

溜息をついているけれど ―  なんだかウキウキしている。

疲れて切っているはずだけど ― 心が軽い。

フランソワーズは立ち上がりベッドにぽすん、と腰を降ろしそのまま後ろに寝転ぶ。

「 ・・・  ちゃんと ・・・ ちゃんと覚えてた ・・・ この身体になっても。

 わたしの脚は 腕は ・・・ ちゃんと覚えていたわ 」

す ・・・っと宙に両腕を差し伸べ ―  彼女はまた溜息をつく。

「 ―  踊れる なんて ・・・ 夢みたい ・・・! 」

白い手がひらひらと宙に舞う。  

「 うふ ・・・ それに ―  ジョー ・・・♪  」

踊っていた手を そっと胸に引き寄せ ― 当てた。

「 ステキ ・・・   ちょっとだけお兄ちゃんに似てる ・・・かしら?  」

 

      こんな風に 想う心もちゃんと ・・・ 生きていたのね

 

枕元に手をのばして 金の懐中時計をつまみ上げた。

「 ・・・ ねえ?  わたし ・・・ まだ女の子の心を持ってたの。

 お兄ちゃんにもらった時計さん ・・・ 可笑しいでしょ? こんなおばあちゃんなのにね?

 ・・・ ああ あなたが動いてくれたらなあ ・・・ 」

 

              そんな言い方 やめようよ。

 

不意に彼の言葉が耳の奥に蘇った。

そう ― あの茶髪の少年は本気で怒ったみたいな顔で 言ったのだ。

「 ・・・ ジョー ・・・  わたしの手、握って ・・・ 真っ赤になってたっけ ・・・ 」

ふふ ふふふ ・・・  暖かい笑みが身体の奥から湧き上がってきた。

「 ・・・ 明日が楽しみ ・・・ 」

彼女は右手を胸に抱いたまま ― あっという間に眠りに落ちてしまった。

 

 

「 戸締り完了〜  セキュリティ・システム稼働確認。  火の元 おっけ〜〜っと。 」

ジョーはそこまで唱えると  ぽん・・・っとベッドに飛び込んだ。

「 うっわ〜〜〜お♪  」

ふかふかの蒲団は お日様のにおいがした。

「 へへへ やっぱ干しておいてよかったなあ〜〜   ああ〜〜き〜もちい〜〜  」

ぱふん、と仰向きになれば ―  目の前にあの白い手と白い頬が浮かぶ。

「 ・・・すっげ〜〜 今でも信じらんない〜〜 ・・・  あの手、握って ・・・

 あの唇が ぼくのほっぺたに触れた なんて〜〜  うわぉ〜〜 」

握ってもらった手を 空いた手でにぎり ジョーはうっとりと目を閉じた。

「 ・・・ がんばる! ぼく ヤルよ!  あの手 ・・・ あの唇に誓って!

 そんでもって ― ヴァレンタインには手作りちょこ! 贈るんだ〜〜 」

 

      え へへへ ・・・ サイボーグになって ・・・ 得した かも〜〜

 

  ―   パタン    両手を握り合わせたまま茶髪ボーイはたちまち寝てしまった。

 

 

 

「 ふぇ〜〜〜 ・・・・ あ シャワー〜〜最後のヒト? 」

「 はい 私〜〜 」

「 じゃ 次〜〜 お願いしますぅ〜〜 」

「 お待たせ〜〜 ちゃんとお湯になったよ〜〜 」

「 ひえ ・・・・ 足、剥けたよ〜〜う・・・ 」

朝のクラスが終わって ダンサー達が次々に更衣室に飛び込んでくる。

フランソワーズは最後に戻ってきて 自分の服を抱えて隅っこでもじもじしていた。

「 ・・・ えっと ・・・ 」

「 あ シャワーね、使うんだったら  < 最後のひと? > って声をかければいいのよ〜 」

隣にいた小柄な女性が にっこり教えてくれた。

「 あ  ・・・ ありがとうございます。  え〜と ・・・ さ 最後のひと? 」

「 はい、アタシ。 」

その彼女が目をくりくりさせて 笑って応えた。

「 あ あら ・・・ あの じゃ つぎお願いします〜〜 」

「 はあ〜い。  ふふふ ・・・ 」

「 ふ ふふふ 」

「 ね? フランソワーズさん だっけ? バー、お隣さんだったわよね〜  どこから来たの? 」

「 あ あの ・・・ パリです。  あの〜〜  <さん> いりません、フランソワーズです。 」

「 わあ〜〜〜 パリィ?? すごいなあ ・・・ あ アタシ みちよ。 そう呼んで? 

 友達になろ?  フランソワーズ ・・・でいいのね? 」

「 うふふ ・・・ はい。 < みちよ > 」

に・・・っと笑いあえば そこは同じ年頃、たちまちお喋りの花が咲く。

「 そっか〜〜〜 パリから来たのかあ〜〜 いいなあ〜〜 」

「 え  ・・・ そ そうですか ?? 」

「 そうだよ〜〜 ああ 行きたいなあ ・・・ 」

「 そ そう・・・? 」

「 うん!!! で 家族でこっちに来たの? 」

「 え ええ  ・・・ 父の仕事の関係で日本に来たの。 」

「 ふうん ・・・ それでウチの次の公演のオーディション、受けたの? 」

「 ええ。  でも ・・・ 落っこちて。 落ち込んでたら、マダムがね、ここで勉強したら?って

 誘ってくださったの。 」

「 ふうん 〜〜 フランソワーズ、上手なのに落ちたの? 」

「 わたし、上手じゃないわ。  それにね、ずっとその・・・事情があって踊ることから遠ざかって

 いたの。  ロクにレッスンしてなかったんだもの、落ちて当然です。 」

「 そうなんだ〜 ・・・ ま 一緒に頑張ろうよ〜 アタシも研究生ヨ。  」

「 そうなの〜〜 うふふ 嬉しい〜〜♪ いろいろ教えてね。 」

「 任せて〜〜って   あ ねえねえ この近くにね、ステキなチョコ・ショップがあるの。 

 帰りに行ってみない? 」

「 ・・ ちょこ・しょっぷ?? 」

「 ウン♪  ほら〜〜 ヴァレンタインが近いじゃない? ちょっと覗いてみよっかな〜〜って。

 ・・・ フランソワーズ、 カレシ いるの? 」

「 え??? ヴァレンタイン??   カレシ??  ・・・ う ううん ・・・ いないわ。 」

「 そおお???  うわ〜〜〜 ウチの男子どもが大騒ぎするよ〜 」

「 え ・・・ でも 」

「 ともかく行こうよ〜 ついでにこの辺 案内するよ。 」

「 そうね、 行こうかな〜〜 連れていって? 」

「 任せて〜〜 ♪ 」

2人は手早く着替えると大きなバッグを抱えてカンパニーの門を出た。

「 メトロの駅からここまでの道はわかったけど ・・・ 他は全然 ・・・ 」

「 あ〜 なんでも聞いて?  この辺りはねえ 洒落た店が多いから < 見るだけ > なら

 楽しいよ〜  えへへ〜〜 アタシ、貧乏なのよ。 」

「 うふふ ・・・ わたしもよ。 じゃあ < 見るだけ > 

「 うん ♪ 」

並んでおしゃべりしつつ寒風吹きさらしの大通りに出た。

 

    うふ・・・ なんか懐かしいな・・・

    あの頃も こんな風におしゃべりして帰ったわ 

 

「 え〜とねえ ・・・ ほら! あそこ。 手作りチョコの店なのよ。 」

「 まあ 手作り?   ―  あら。  ここは ・・・ インテリアのお店? 」

「 え??  ちがうよ〜〜 そこはね、和菓子屋さん。 」

「 わがし? 」

「 そ。 え〜とねえ・・・ ジャパニーズ・スウィーツよ。 日本の昔からのお菓子だよ あれ。 」

「 え うそ!  これ・・・スウィーツなの?? すご〜〜〜い・・・ お部屋に飾りたいわ・・・ 」

フランソワーズは和菓子屋さんのショーウィンドウに張り付いてしまった。

「 は ははは・・・ 食べ物だってばさ。  アタシも好きだけど ・・・ こ〜いう凝ったのはね

 やっぱ高いんだ。 」

「 ・・・でしょうねえ ・・・ でもステキ・・・! このピンクのお花なんて凄いわ・・・ 

 あら! こっちはイチゴ???  これもスウィーツなの?? 」

「 そ〜れは イチゴ大福。  ジャパニーズ・スウィーツの中にイチゴが丸ごと入ってるの。 」

「 え ・・・ ウソ ・・・ 」

「 ねえ チョコ〜〜〜 見るだけだけど〜 行こうよう〜〜 」

「 あ ごめんなさい   なんだか目がチカチカしてきたわ ・・・ 」

「 ふふふ こっちこっち 〜 」

フランソワーズはあっちこっちの店のショーウィンドウに引っ掛かり ― やっとどうにか

有名・チョコレート・ショップに行き着いた。

 

「 ・・・ すごいね〜  ねえ パリのチョコ売り場ってあんなカンジなの? 」

「 ううん!  わたしも初めて見たわ。  ヴァレンタインの日って その ・・・ チョコだけじゃなくて

 家族とか仲良し同志でもちょこっとプレゼントとか贈りあうの。 」

「 あ〜 聞いたこと あるわ。 女の子がチョコで大騒ぎするのは日本だけだって 」

「 そう みたい ・・・ でも 好きなヒトへプレゼントするのはドキドキよね。」

「 うふふ〜〜?  やっぱカレシ、いるのでしょう? 

「 え ・・・ いないわよ  ・・・ <カレシ> なんて言えないもの ・・・ 」

「 え なに〜 ? 」

「 あ ううん ううん 、なんでもないわ。 ねえ もっとチョコレートとか見たいわ〜〜 

 ・・・ あの、わたしでも買えるのとかがいいなあ ・・・ 」

「 あはは そうだよねえ〜〜 じゃあねえ こっち〜〜 」

「 きゃ♪  どこどこ〜〜 」

ひらひらお店を見て歩きおしゃべりをして ― 久し振りに女の子同士の時間を過した。

「 ― あ。  ここ ・・・ 時計屋さん・・・よね。 」

地味な引き戸の店の前で、フランソワーズは足を止めた。  ショーウィンドウも狭くて暗い。

「 え〜 ・・・?  ああ そうみたい。 古いお店だね、老舗かなあ。 」

「 ・・・ね ちょっとだけ ・・・ 寄ってもいい? 」

「 いいけど ・・・ 時計 買うなら家電量販店とかの方がず〜っと安いよ? 」

「 あ 買うのじゃなくて ・・・ 修理できるか聞きたいの。 

 あの ・・・ 言葉わかんなかったら 助けてくれる? 」

「 もっちろ〜〜ん☆  でもさ、 フランソワーズ、全然平気よ? 日本人とあんまし変わらない。 」

「 え  そう?    ・・・ あのぅ 〜〜  コンニチワ 

フランソワーズは おずおずと少し暗い店舗の中に入っていった。

 

「 ― この時計はお客様のものですか? 」

時計屋の主人は ほ ・・・っと息を吐いて、フランソワーズが見せた時計をショー・ケースの上に置いた。

「 ・・・ は  はい ・・・ 誕生日に もらったものです。 」

「 ・・・ フ ランソワーズ ・・・さん?  お客様のお名前ですか? 」

主人は蓋の裏の文字を辿る。

「 はい、 そうです。   アンティークだけど少し細工をさせた・・って・・・ 」

「 これはとても貴重な時計ですよ。  よく持っていらっしゃいましたね。 」

「 あ ・・・ その ・・・ でも動かないんです。  壊れてしまったのかしら。 」

「 お客様が手にされた時も すでに動かない状態でしたか? 」

「 いいえ。  ちゃんと動いていました。 わたし、普通に使っていましたから ・・・

 その ・・・ 半年 くらいでしたけれど。  その後 ・・・ ずっと 使うことができなくて・・・ 」

「 そうですか。 」

「 ・・・ あの ・・・もう修理できませんか? 」

「 いえいえ 部品が一つ、錆び付いてしまっているだけですよ。 全体にクリーニングすれば

 まだまだ十分使えます。 」

「 まあ ・・・ 本当ですか!? 」

「 ええ 保証します。 これはフランス製の逸品ですよ。 」

「 ・・・大切な思い出の時計なんです・・・ これ一つきり ・・・ どうぞ修理してください。 」

「 はい。 責任を持ってお預かりさせて頂きます。  お客様の大切な思い出を・・・ 」

「 ありがとうございます ・・・! 

フランソワーズは何回も時計を掌で撫でてから 時計屋の主人の重厚な手に渡した。

 

「 ・・・ ねえ カレシからのプレゼント? 」

店を出てから みちよが遠慮がちに聞いた。

「 え・・・ あ ううん。  あのね、兄から貰ったの。 」

「 え〜〜〜 お兄さん??  うわ・・・ステキなお兄さんねえ〜〜 」

「 え ええ ・・・ でもね、あの。 もう ・・・ 会えないの。 」

「 あ ・・・ごめん。 余計なコト、訊いちゃった・・・ 」

「 ううん ううん 気にしないで。  時計屋さん、みつかってよかったわ。 」

「 早く直るといいね。 」

「 うん。  みちよ ・・・ ありがとう! 」

「 え。 なんにもしてないよ、アタシ。 」

「 だって一緒にお店に入ってくれたでしょ。 わたし一人だったら・・・ 勇気なかったわ。 」

「 そう?  ・・・ ねえ〜 今度は一緒にお茶しましょ? 」

「 ええ ぜひぜひ〜〜 うわ〜〜 レッスンより楽しみになっちゃった♪ 」

「 アタシもよ〜〜 」

2人はきゃらきゃら笑いつつ 大通りを抜けて行った。

「 じゃあね〜〜 また明日・・・ 」

「 ばいばい〜〜 フランソワーズ〜〜 」

メトロの駅でみちよと別れ、 足取りも軽く電車を乗換えた。

「 ・・・ ヴァレンタイン・デー  か ・・・ 

  ― ちくん、と胸が痛む。  

パリで過した最後のヴァレンタイン・デーが どうしても心に浮かんでしまう。

 

   ・・・ お兄ちゃん ・・・ お兄ちゃん ・・・

   

ふわふわしていた気分がしゅん・・・と縮んでしまった。

「 ・・・ 泣いたってどうにもならないのよ フランソワーズ ・・・  」

目尻を拭い 自分で自分に言い聞かせる。

「 お兄ちゃん ・・・ ヴァレンタインの日よ。  あの時計、生き返りそう・・・ 

 でも ・・・今年はデートしてくれるヒトもいないの。

 え? ・・・ 好きな ひと? ・・・ いない ・・・こともない けど ・・・ 

口の中でちょっとだけ、呟いてみた。

 

   あ ・・・ でも わたし。  気になるヒト、いるわ 

 

   ― チョコ、贈ろう。 

   ほんめい じゃなくても 贈るってみちよが言ってたもの。

   

   ― そうよ!  

   彼 ・・・  お兄ちゃんにちょっと似てるもの ・・・

   あのお家に来てから ・・・ ううん  あの島でもよ?

   ず〜〜っと ・・・ 側にいてくれた ・・・ あったかい瞳で ・・・

 

   わたし。  ―  キライじゃないわ   

 

          ジョー のこと・・・

 

 

なぜか ぽ・・・っと耳が熱い。 

「 ・・・ へ ヘンなの ・・・わたし。  

 でも 決めたわ!  チョコレート ・・・ 簡単でもいいわ、手作りしたい! 

 彼はどんなの、好きなのかしら。  甘いモノとかキライじゃないっぽいし? 」

 

    タタン ・・・ タタン ・・・・

 

電車は単調な音とリズムで走ってゆく。

行きには長いなあ、と感じていた道程が もう全然気にならない。

午後の少し空いた車両のすみっこで フランソワーズはチョコレート作戦に没頭していた。

 

 

 

Last updated : 02,12,2013.                     index       /      next

 

 

 

********   途中ですが

え〜〜  甘々なヴァレンタイン話 であります。

拙宅では   フランソワーズはクラシック・ダンサー  が<お約束>

後半はお相手君のちょこれーと作戦?