『  古城の月  − (2)−  』

 

 

 

 

 

「 どうしたっ!? 」

三人の男達は重厚なドアを蹴破る勢いで居室に飛び込んだ。

「 ・・・ わ ・・・! 」

同時にざ・・・っと風が吹き抜け、彼らは一瞬戸口で立ちすくんだ。

 

「 フランソワ−ズ? どうした?  ・・・おい、フランソワ−ズ? 」

茶髪の青年がいち早く部屋に踏み込み、妻の名を呼びたてた。

廊下に面した居間にあたる部屋に人影はなく、窓際で緞子のカ−テンが風に煽られている。

中央のテ−ブルには茶器が二人分並んでいたがお茶はほとんど残っていなかった。

「 ・・・ おい・・? フランソワ−ズ・・・? 」

青年は奥の寝室へ飛んで行った。

 

「 ・・・ この窓・・・ ずっと開けっ放しだったんだね。 床がびっしょりだ。 」

黒人の青年は濡れた床を気にしつつ、窓に手をかけた。

「 ちょっと待て。 なにも見えないか? ・・・ その・・・下に。 」

「 え。 」

アルベルトの沈鬱な声に、彼ははっとして窓から首を突き出した。

「 ・・・わ。 凄い雨だね。 暗くて・・・ よくわからないけど、とりあえず下の回廊には

 誰も ・・・ いや、何も落ちてない。 」

「 そうか。 」

二人の間にほっとした空気が流れる。

 

「 どこにもいない。 寝室にもバス・ル−ムにも。 確かにここで待っている、と言ったのに。 」

戻ってきた青年はイライラと茶色の前髪を掻きやった。

「 あの・・・ 坊やは? それにあのご老体も、どこへ行ったのかな。 」

「 ここで ・・・ 君達夫妻の部屋で一緒にいる、と言っていたぞ。 」

アルベルトはテ−ブルに歩み寄りポットに手を触れた。

「 これは冷え切っている。 カップも使った形跡があるし、ご老体とこちらの奥さんは

 ここでお茶を飲んでいたわけだ。 」

「 一人では心配だったので、ぼくがご老体にお願いしたのです。

 ここで ・・・ フランソワ−ズと一緒にいて欲しい、と。 」

「 それで息子さんはどうしました? 寝室に・・・? 」

「 え? ・・・ああ、眠っていましたよ。 あれは良く寝る子でね。

 煩くないのが唯一の取り柄ですよ。 ぎゃあぎゃあ喚かれてはかなわない・・・ 」

黒人青年の問いに、若い父親や五月蝿そうに応えた。

「 一人にしておいて・・・ 大丈夫ですか。 」

「 大人しい子ですから平気ですよ。 多分ミルクはもらったと思うし。 」

聞き手は子供好きらしく不満顔だったが それ以上の口出しはさすがに控えた。

どうも、この父親は息子にあまり愛情がない・・・のかもしれない。

 

・・・ そういえば。 チラっとしか見てないけど彼にはあまり・・・似ていなかったよな。

 

黒人青年はふと、夫人の腕で無心に眠っていた赤ん坊の姿を思い出していた。

「 いったいどこへ・・・ こんな時間に外へ行くとは思えないし。 」

「 外って、この天候にまさか。 城の中のどこかに決まってますよ。 ・・・図書室とか 」

「 なぜ? それに、あのご老人はどうしたのかな・・・ 」

 

「 ・・・諸君 ・・・・ め、面目ない・・・ 」

 

「 ギルモアさんっ?! 」

3人の男たちは一斉に戸口を振り返った。

半開きのドアに縋り、白髪の老人があぶなっかしい足取りで入ってきた。

「 どうなさったんです? 大丈夫ですか? 」

黒人の青年が飛んで行って老人に手を貸した。

「 ・・・ いや ・・・ ワシにもなにがなんだか・・・ 」

「 こっちへ・・・。 今、熱いお茶を入れますよ。 」

「 や ・・・ す、すまんな。 ああ、大丈夫、なんとか ・・・ うむ ・・・ 」

老人はアルベルトと黒人青年に左右から支えられ、ぎくしゃくとソファに身を沈めた。

「 なにか、ブランデ−でもあるといいんだが。 君、この部屋に酒類はありますか。 」

「 いえ、なんにも。 ぼくもフランもアルコ−ル類は飲みませんから。

 ・・・ご老体、フランは、ぼくの妻はどうしたのです? ご一緒じゃなかったんですか。 」

ぐったりと座り込み、お茶のカップを抱え込んでいる老人に

茶髪青年はキツい調子で問いかけた。

 

「 すまん、君。 ・・・ ここで君の奥方と坊やと居ったのじゃが・・・

 愛用のパイプを取りに部屋へ戻ったら誰かが戸口に潜んでいて一発喰らってしまったのじゃ。 」

「 え・・・ 怪我は? 大丈夫なんですか?」

「 どうぞ、ここに横になってください。 」

「 ありがとう ・・・ いや〜 さいわいコブが出来ただけでなんとか・・・

 じゃが、ワシは気絶していたので ・・・ その、奥さんの事はなにもわからない。 」

「 地下の酒蔵からここまで そんなに時間はかからなかったよね。

 ほんの短時間に どこへ行ってしまったんだ。 城の中は不案内だろうに。 」

「 ・・・ 誰かと示し合わせたとしたら。 誰か・・・詳しい人間が手引きをすれば。

 貴方はここに来たことがあるんじゃないですかね。 」

「 ・・・ なにが言いたい? 」

アルベルトはまっすぐに茶髪青年に向き合った。

青年もたじろぐことなく、アルベルトを見返した。

「 これ。 貴方のじゃないですか。 」

「 ・・・・? 」

「 ベッドル−ムの、ドレッサ−の上にありましたどね。 フランはずっと・・・ ぼくと知り合った時から

 ずっとこれを後生大事に持っていました。 それこそ 肌身放さず、ね。 」

青年はポケットから取り出したものを、アルベルトの前に置いた。

 

ちりり・・・と大理石のテ−ブルでプラチナの指輪が小さな音をたてた。

 

「 さっき、酒蔵でちらっとみえたけど。 貴方が鎖で首からかけている指輪 ・・・ ソレとペアなんでしょ。 」

「 あンた、何が言いたい? 」

「 ま、まま・・・ ココはひとまずこの年寄りに免じて・・・ 

 とにかく今は 奥さんをみつけなければ、の。 」

老人はやっこらソファから腰をあげ、二人の間に割って入った。

「 ワシが油断したばっかりに・・・・ 申し訳ないですな、君。 」

「 ・・・ いや・・・ アナタのせいじゃありませんから。 」

「 君は、端ッからオレのことが気に喰わないらしいな。 いったい ・・・ 何を吹き込まれたんだ? 」 

「 別になにも。 ぼくが知りたいのは妻の居場所だけです。 」

胸倉をつかまんばかりのアルベルトの機嫌にも、青年は平然と応えた。

「 そ、そうだよ。 とにかく ・・・ こちらの奥さんを捜さなくちゃ。 」

黒人の青年も険悪な二人の仲をなんとか取り成そうとしている。

 

「 ・・・ 夕食はどうしますか。 」

 

例の巨躯の従僕が遠慮がちに夫妻の居室をノックした。

「 あ・・・ すっかり忘れていたね。 そもそもはあの料理人氏が・・・

 あれ、彼は? 」

「 ・・・ わからない。 どこにも居ない。 」

 

う・・・っと声にならない呻きが部屋中に満ちた。

また ・・・ 人が消えた。

 

 

豪奢な飾りつけをしたテ−ブルの上には ディナ−セットが人数分燦然と輝いていた。

料理人氏は正式のフランス料理の晩餐を準備していたらしい。

シャンデリア煌く広々としたダイニング・ル−ムを前に男たちは息を潜めた。

・・・ まるで なにか魔性のモノが隠れているかのように。

 

「 だって ・・・ そもそもは彼だよね? あの作家先生と赤毛クンがいないって

 言い出したのは。 」

「 ああ。 そうだった。 それで城中を捜し始めたんだ。 」

「 君は 彼と一緒にいたのではないのですか? 」

茶髪の青年は黙然と立っている従僕に尋ねた。

「 あのお二人が地下で見つかったあと・・・ ワシらはとにかく晩餐の仕上げに

 厨房に戻ったです。 ワシが ・・・ ワイン・セラ−に降りて行った時、

 張サンは前菜の準備を確認していました。 」

「 厨房からは 外に出られるのかな。 」

「 中二階の屋上と階段を降りれば中庭に。 あと地下の倉庫に行ける。」

「 案内してくれるかな。 ああ、ご老体はどうぞ部屋で休んでいてください。」

黒人の青年は一番後ろにいた老人を労わった。

「 ・・・ いや。 儂も行きます。 」

「 そうだな。 今は単独行動は避けたほうがいい。 」

アルベルトの声に全員がだまって頷いた。

「 じゃあ・・・ どうぞあまり無理をしないで。 」

「 ありがとうよ。 」

 

ダイニング・ル−ムから廊下に出たとき、また落雷の音が聞こえた。

「 ・・・ すごいな。 この辺りの天候は激しいですね。

 ここも下手すれば雷で停電になるかもしれない・・・ 」

腹の底に響く音に黒人の青年は顔をしかめた。

「 いや、かなりの設備に改築してあるからその心配はないだろう。 」

「 ・・・ はやく行ってみましょう。 どこかにフランソワ−ズの手がかりがあるかもしれないし。 」

すたすたと先頭をゆく茶髪の青年はイライラした面持ちで振り返った。

 

 − コイツのアタマの中には細君のことしかないのか・・・

 

アルベルトは苦笑をそっとかみ殺した。

 

 

「 ・・・わ・・・ 凄い雨だね。 雨しぶきで、よく見えないや。 」

中庭への出口で一同は固まってしまった。

最新式の厨房をぬけると そこは全くの <中世の世界> が広がっていた。

ドア一枚へだてたその空間は 元のままおそらくほとんど手が加えられていないのだろう。

半分は石畳で覆われ手前には半ば崩れかけた井戸が見えた。

石組みの井戸の脇に 朽ちかけた木の桶が転がっている。

 

「 べつに 何にも ・・・ あ? なにか見えましたか? 」

一同を掻き分けアルベルトは豪雨の中、井戸に歩み寄り中を覗き込んだ。

 

 − ・・・・ !  やっぱり。

 

「 ライトと ・・・ あとロ−プを持ってきてくれ。 」

「 な? なにか ・・・? 」

井戸端から振り返ったアルベルトに 黒人青年も駆け寄ってきた。

「 イヤな予感が的中してしまった。 」

「 ・・・ ? 」

彼にかわって井戸端から覗き込み、黒人青年は息を呑み立ち尽くしてしまった。

 

まだたっぷりと地下水を湛えた井戸には。 

料理人のまるっこい身体が うつ伏せにぷかぷかと浮いていた。

 

 

 

 

「 君も一緒に ・・・ ここで食事をとりませんか。 」

「 ・・・ むう・・・ 」

黒人青年の提案に、黙々と給仕をしている従僕は微かに頭をふった。

「 ワシ、皆さんの晩餐を援ける。 これはワシの仕事、張さんの分もやる。 」

「 すまんのう ・・・ 」

老人は急に縮んでしまったような身体をますます竦めている。

「 ともかく食事を済ませてしまおう。 その後は大広間に移動しよう。」

「 ・・・ 仕切るのがお上手ですね。 」

「 ・・・ 何が言いたい? 」

俯いてフォ−クを口に運んでいたアルベルトは、無表情のまま顔をあげた。

蓮向かいの席からセピアの目がまっすぐに見つめている。

「 別になにも。 ただ思ったことを言っただけです。 」

「 料理人氏の折角の傑作ですよ、気持ちよく頂こうじゃありませんか。 」

「 さよう、さよう。 この野鴨のロ−ストは焼け具合といい、絶品ですな。

 ・・・ うん、ご当地のワインと良く合う・・・ 」

とりなした黒人青年に老人もグラスを上げて同調した。

「 確かに。 あの料理人氏の腕前は凄い。 」

アルベルトも素直に頷き、グラスを傾けた。

「 僕は妻のことが心配で 味なぞ少しもわかりませんけれどね。 」

無愛想にぷつり、と会話を切り茶髪の青年は一気にグラスを乾した。

再び ダイニング・ル−ムは重い沈黙に支配されていた。

また ・・・ 雷の音が戻ってきたようだった。

 

 

「 ・・・ あれ?  今の、聞こえました? 」

「 ・・・ ? 」

ようやっとコ−ヒ−が配られ始めた時、黒人青年がふと顔を上げ全員を見回した。

「 雨の音と雷が聞こえるだけじゃがのう・・・? 」

「 いや・・・ほら、また。 あれは ・・・! 」

青年はぱっと席をたち、つかつかと部屋を横切ると厚い緞子のカ−テンで覆われた窓を

大きく開け放った。

 

室内の空気がぐらり、と揺れ湿気った風にシャンデリアがちろちろと音をたてた。

 

「 ぼくにも雨音と雷しか聞こえませんが。 」

「 ・・・ いや。 待て・・・ ああ! 女性の声・・・これは歌声じゃないか?」

「 そうですよね? ・・・ああ、ほら・・・ ずっと遠くから、雨音に途切れがちだけど・・・ 」

「 ・・・ フラン?! フランソワ−ズの声だ! あれは ・・・ 彼女の好きな、えっと・・・ 」

「 <アニ−ロ−リ−>だ。 いったいどこから・・・ 」

アルベルトも茶髪の青年も窓辺へ駆け寄った。

雨脚は一向に衰えず、時折また闇夜に稲妻が光だした。 雷が戻ってきたようだ。

しかしその自然の騒音を衝いて 紛れもなく女性の歌声が聞こえてくる。

 

 

  愛しい女性 ( ひと ) のためなら

  

  私の生命を捧げよう 死ぬことすら厭わない

 

 

「 どこだ ・・・ どこからかな? 」

「 フラン〜! フランソワ−ズっ!! どこに居るんだ? 」

「 あ・・・ 今 ・・・ ああ、確かに。 あそこだ! 」

男達はてんでに闇に目をこらしていたが アルベルトがいきなり宙の一点を指差した。

 

「 え ?? ・・・ 空??? 」

「 ・・・ いや、塔だ。 中二階の屋上に建っている塔の上からだ。 」

「 塔だって? 」

「 あ! なにか ・・・ 雨でよく見えないけど ・・・ 白いモノが。 カ−テンかな? 」

窓枠に乗り半身を出して黒人青年も一身に見つめている。

「 フランは白いワンピ−スを着ていた・・・ ふん、アニ−ロ−リか。 なるほどね。 」

「 とにかく! 行って見よう。 屋上から階段でもあるかも・・・  」

「 急ごう。 」

アルベルトはぐい、と黒人青年の腕を取って窓から降ろした。

 

 

音を立てて落ちてくる雨のなか、男達は中二階の屋上に飛び出した。

出入り口の常夜灯が心細い光をなげかけているが、今はそれが唯一の灯だった。

老人も一緒になって目の前にそびえる塔を見上げた。

「 あの塔へは昇れないですな。 ああ、その、内側からは・・・ 」

「 え?? ご老体、それは本当ですか? 」

「 最後の避難場所用じゃ、出入りはほら・・・途中に窓のような口がありますな、

 あそこに梯子をかけて行うのですわ。 」

「 この雨の中・・・ フランは ・・・ 」

「 梯子をさがしてくる。 ともかく君の奥さんがあそこに昇ったんだもの、どこかに

 なにか・・・ 昇る手段に使ったものがあるはずだよ。 」

「 そうだな。 ご老体、どうぞ屋根の下にいてください。 ここは ・・・ 危険すぎる。 」

渋る老人を無理矢理居館の出入り口に押し戻し、3人は屋上中を捜した。

 

「 ここは ・・・ ああ、鐘楼に昇れるんだな。 あれ? 鐘が落ちてる・・・?なに・・・か・・・? 」

 

 − ・・・ パシャ−−−−−−ン!!

 

あまり遠くないところに雷が落ちた。

閃光が一瞬、あたりを青白く照らし出す。

「 ・・・ あっ!!! 」

鐘楼に昇りかけていた黒人青年は息を呑み・・・棒立ちになった。

 

 

「 ・・・だめだ。 もうとっくに・・・ 」

「 これじゃ、いくら彼でも・・・。 ほとんど即死だったんじゃないですか。 」

「 だれかが 呼び出したのかもしれないよ。 彼はかなり用心深かったのに。 」

「 ・・・ もう ・・・ もう、沢山じゃ・・・ ! 」

 

黒人青年の悲鳴に近い呼び声で全員が鐘楼に駆けつけた。

時と告げる大きな鐘が ・・・ 楼の上から落ちていた。

そして。  ・・・ その下に従僕が巨躯を押しつぶされ事切れていたのだった。

 

「 ・・・ ここに梯子があるよ。 塔に登ってみる。 」

「 俺がゆく。 君はここで待機していていくれ。」

「 いや。 これは身の軽いものの仕事だよ。 君は梯子を押さえていて下さい。

 この雨では ・・・ かなり揺れそうだ。 」

黒人青年はすでに濡れそぼっていた上着を脱ぎ捨てた。

 

 

「 おい! 気をつけろ! 」

「 大丈夫! 君の手袋を借りたからね。 」

「 いや ・・・ 雷が近い。 落雷に充分注意しろよ。 」

「 了解! 」

 

雨に打たれつつ、アルベルトは全体重をかけて梯子を支えていた。

稲光と雷の轟音の間隔がかなり狭まってきている。

 

 − ・・・ あぶねぇな。 はやいとこ、あの<窓>に入りこめればいいのだが。 

 

「 ・・・わっ! 」

「 どうしたっ!? 」

「 いや・・・横殴りの雨で、梯子の上の方が横ぶれしてるんだ。 ・・・こりゃ酔いそうだよ? 」

「 バカヤロ! 冗談なんか言ってないで早くとびこめ〜〜! 」

「 はは・・・ゴメン。 よし、あとすこ・・・ わっ! 」

 

 − カッ!!  バリバリバリ ----- ド−−−−−−−ン!!!

 

一瞬。

古城は冷たい光にその全容を浮かびあがらせ同時に大気に金物が焦げる異様な臭いが漂った。

梯子が激しくゆれ、握っていたアルベルトも弾き飛ばされそうになった。

 

 − わ ぁ 〜〜〜〜 -------  !!!

 

悲鳴はすぐに雨音にかき消され ・・・ やがて遥か下方でなにか水音がした。

 

 − ・・・ なんてこった ・・・ !

 

中二階の屋上から下は切り立った城壁になっており、下には満々と水を湛えた堀がめぐっている。

アルベルトは低く呻き、塔の壁に寄りかかった。

「 !! お〜い ・・・ お〜い!! ・・・ダメだ、全然見えない・・・ 」

屋上の縁に身を投げ出して叫んでいた茶髪の青年も がっくりと項垂れた。

 

 

  彼女はわたしに 真実の愛をくれた

 

  この愛を忘れることはできない ・・・

 

 

絶えることのない雨音の合間から澄んだ声が聞こえてきた。

塔の上から白い布が風に弄られているのが はっきりと見える。

「 ・・・ フラン ・・・ 今、行くから ・・・ ぼくのフランソワ−ズ・・・! 」

「 おい?! しっかりしろ! 梯子もなくてどうやって昇る気だ? 」

ふらふらとやって来た茶髪の青年は塔の城壁にしがみついた。

「 ぼくが行かなちゃ・・・ 愛しているんだ・・・ きみが居なくなったらぼくは・・・ 」

「 ・・・! 」

バン!とアルベルトの平手が青年の頬に飛んだ。

 

「 ・・・ ハインリヒさん ・・・ 」

「 気を確かに持て。 」

屋上の床にシリモチをつき青年はやっと我に返ったようだ。

「 何とか別の方法を ・・・ 」

 

 − きゃあ -------

 

「 な、なんだ? どうしたんだ?? 」

「 フランソワ−ズっ??  あ?! ・・・ひ、火が・・・・!!! 」

突然に悲鳴に慌てて塔の上を凝視した二人の目に映ったのは 途中の窓から噴出した

紅蓮の炎だった。 

闇夜と篠突く雨を不気味に照らし、炎は上へ上へと伸び上がってゆく。

 

「 フランっ! 」

「 ・・・ おい?! 聞こえるか---! 飛び降りろ! 」

「 なにを・・・? この高さだぞ?? 」

「 はやく! 受け止めてやるから! 絶対に受け止めるから。 飛び降りろ----! 」

 

塔の天辺の窓に白い裳裾を翻した姿が現れた。

下の炎に焙られ煽られ夫人の髪が きらきらと煌く。

 

「  −−−−−− ! 」

 

誰の名を呼んだのか・・・一声、悲鳴に近い叫び声とともに 白い鳥が一羽塔か舞い落ちてきた。

 

シュ・・・・っと一瞬赤い風が アルベルトの頬を弄った。

彼のはるか後方で老人が息を呑む音が微かに聞こえた。

・・・爺さん! 出るなよ、出てくるなよ・・・。

 

 − ・・・ ふん。 やっとシッポを出したか。

 

雨に濡れた白い鳥は 途中から緩やかな動きにかわり地上に降りた。

アルベルトの目の前にしっかりと夫人を抱き締めた青年の姿が忽然と現れた。

 

「 フラン・・・? フランソワ−ズ・・・ しっかりしろ。 もう・・・大丈夫だよ・・・ 」

「 ・・・・ あなた ・・・・ 」

夫の腕の中にいながら夫人の目の焦点はあらぬ虚空を見つめている。

「 あなたが ・・・ 待っているって ・・・ 教えてくれたから・・・わたし。 あそこへ ・・・ 」

「 え? ・・・誰に? フラン、誰がそんなことを?? 」

「 ・・・ああ。 助けてくれて ・・・ ありがとう ・・・

 ああ・・・ 愛しているわ・・・ 今も・・・いつも ・・・ ずっと ・・・

 わた・・・し の ・・・・ 」

「 ・・・おい? フラン・・・? フランソワ−ズ?! 」

夫人の華奢な身体ががっくりと夫君の腕の中に沈んだ。

 

「 ・・・ ダメだ・・・ 」

「 そんな ・・・・? ・・・ショック死、か・・・? 」

「 ・・・ ふふふ ・・・  アンタの思惑通りにはゆかなかったね。 

 アンタ達は <アニ−ロ−リ−>の歌そのものだったんだ。 

ずっと恋人同士で・・・ 引き裂かれた。 今回、ココでぼくを始末する気だったんだろう?」

「 ・・・ なにを言っているんだ? 」

「 はははは・・・ そうだよね? ココなら死骸がいっぱいだもの、誰も怪しまないさ。

 嵐が去った後で 何食わぬ顔して君の子を連れて親子仲良くココを出るつもりだったんだろう?? 」

「 おい? 自分が何を言っているか ・・・ わかっているのか? 」

「 おっと〜。 それ以上近づくな。 残念ながらぼくは正気でね。 ほら、狙いに狂いはないよ? 」

「 ・・・・! 」

バシ・・・っとアルベルトの背後で城壁のレンガが吹っ飛んだ。

「 ココを生きてでるのは ・・・ ぼくだ。 」

青年の手には何時の間にか夜目にも光る銀色の銃が握られていた。

ジャリ・・・・。

アルベルトの足元で崩れた城壁が音をたてた。

「 動くなよっ!  ・・・あっ! 」

「 どうもアンタは気が散漫らしいな。 それじゃまともに銃は撃てんよ。 」

アルベルトはゆっくりと自分の目の前にはやり銀色の銃を構えた。

「 ふん・・・ やっと本気になったね。 」

「 俺はずっと本気だ。 ずっと、ね。 」

「 ・・・ こいっ! 」

 

瞬間。 

二筋のレ−ザ−は反転し 背後から襲い掛かってきた機体の胸板を貫いた。

 

 

  − ガァ −−−− !!!

 

 

やがて。

・・・ガシャン ・・・と鈍い音をたて、その機体は石床の上に転がった。

「 ・・・ やったね。 アルベルト。 」

「 ああ。 ふん、絶妙のタイミングだったぞ、ジョ−。 」

二人は足元で次第にその機能を停止してゆく機械のカタマリを見下ろしていた。

そう。

ギルモアという名を語った老人の姿をしていたロボットを。

 

「 すごいわ〜〜 二人とも。 わたし、もうハラハラ・ドキドキだったのよ。 」

「 お。 奥さん? 位置確認、ダンケ。 しかし ・・・ あの<落ち>はすごかったぞ? 」

「 まあ、イヤァねえ、アルベルトったら。 ふふふ・・・ ジョ−は絶対に受け止めてくれるもの。 」

「 ぼくの命に替えても きみを護るよ。 」

びしょびしょのドレスの裾を絞り、フランソワ−ズがジョ−とにっこり目を見合わせる。

「 お〜お・・・! ご馳走さん。 

  さあ〜て。 いちゃいちゃするのは後だ! 死体どもを起こしに行かにゃならんぞ。 」

 

ふと気がつけば 雨音はだんだんと静かになって来ていた。

カッ ・・・・

名残の稲光が中空に爆ぜたが その光は随分と弱いものだった。

 

 

 

「 お〜い! アルベルト〜 ちょっと頼むよ。 このワイン・・・栓が抜けない〜 」

「 チッ。 もうブキッチョだなあ、お前ら。 」

窓辺にいたアルベルトは苦笑しつつテ−ブルにもどった。

つい先刻陰気な晩餐を供していたダイニングのテ−ブルには いま、ところ狭しと料理が並び、

グラスに酒瓶が林立している。

 

「 ま〜ったくさ。 ジョ−の大根には呆れたぜ。 

 お前さんは<怒る>ってことしかできんのだから。 」

「 だって・・・ ぼく、そんな<嫉妬に狂う夫>なんて・・・ 」

もぞもぞと言い訳をするジョ−の背を グレ−トがどん、と叩いた。

「 我輩はひやひやしてたんだぞ? あの<ニセ博士>の前でお前さんがトチったらどうしようってな。 」

「 ぼくは ・・・ その ・・・。

 だって初めっから言ってたよ? ぼくは芝居なんか出来ないって〜〜〜 」

わ・・・っと笑いが巻き起こる。

「 そ〜れにしてもなァ。 ジョ−よォ? オレ様から見てもひでェ大根ぶりだったぜ?  

みんな迫真の名演技で <死んだ> のによ。 」

「僕なんか、凝りに凝ってたろ? 落雷を受けて墜落、仕上げはお堀にぼちゃん、さ♪ 」

「 ピュンマって意外と派手好きなんだね? ぼくは本気でビビったよ。

 君ってスタント・マンの素質、あるかも・・・・ 」

「 わたしの不倫人妻も頑張ったのよ。 <ニセ博士>って結構単純に引っかかったわね。

 まさか、塔の上で彼が待っている、なんて言い出すとは思わなかったけど。 」

「 そう! アレにはちょっと驚いたよ〜。 

 まさかあんな所にきみがいるなんて・・・ 本気で心配したよ、ぼく。 」

「 ・・・ なあ、マドモアゼル? まさかその痣・・・ 本気でジョ−のヤツ・・・ 」

グレ−トが遠慮がちに自分の頬と手首を指差した。

「 え? あ! いっけない。 落とすの忘れてたわ。  これって<落ちない口紅>なのよ〜

 ちょっと前、青い口紅って流行ったでしょ。 あれを薄く塗ったの。 」

「 ああ・・・さすが女性のアイディアだな〜 」

「 でもよ、アイツ、あのニセモノもなかなかヤルよな。 実際かなり巧く僕らを誘ったじゃないか。

 ロボットにしちゃ、上出来だぜ。  」

「 うん、そうだね。 なんか ・・・ 時々どこまで芝居なのか混乱しそうだったよ。」

ピュンマの感想に皆がうんうん・・・と頷いた。

「 さあさあ! 皆〜〜 どんどん食べるアルよ。 ここには上等の食材がたっぷりあるさかい、

 ワテは存分に腕を揮うアルね。 」

大人がワゴン一杯に料理を乗せてやってきた。

「 皆さん、ご苦労サン。 そやけど、アルベルトはん、いったい何時から・・・アレは

 偽者って見破ってたのアルか? 」

「 ああ。 あれさ。 」

アルベルトはテ−ブルの隅に転がっていたパイプを指差した。

「 パイプ? 博士は実際にパイプがお気に入りだよね。 」

ジョ−が怪訝な顔をした。

「 そうだ。 だが、イワンがいるところでは<ホンモノ>は決して吸わない。

 もちろん、ホンモノは日本に居るってわかっていたが・・・ アレは決定的だったな。

 そもそも俺の家にアレが訪ねて来たすぐ後で ホンモノと電話をしたがね。 」

「 そうだったのか。 」

「 実際 ・・・ 全員でよく検討するヒマもなかったし、行き当たりばったりの作戦だったが

 ・・・ なんとか巧くいったかな。 背後で糸を引く輩を知りたくてアチラさんの

 誘いに乗ってみたのだが。 」

「 おほん。 そりゃ我輩の<台本>が秀悦だったからだろナ。 ・・・ うん? イワン、なにかね。 」

ク−ファンがふよふよと浮かんできて宴会の仲間入りをした。

「 あら、イワン、起きていたの? ねえ? 今回はちっとも協力してくれなかったわね? 」

フランソワ−ズが小さな仲間を彼の寝床から抱き上げ、ちょっと睨む真似をした。

< ゴメン。 ダッテ僕・・・ じょ-ノ下手クソブリガ可笑シクテサ。

  笑イダサナイヨウニスルノデ精一杯ダッタンダヨ ! >

 

わ・・・・っと全員の笑いが弾けた。

 

「 それにしても。 僕らのコトをよく調べていたね。 <個人情報>は筒抜けだったみたいだ。」

ピュンマがちょっとほろ苦い顔をしている。

「 なあに・・・。 我輩達のトップ・シ−クレットってか大原則は知られちゃいなかったぞ。 」

なあ?とグレ−トがアルベルトにグラスを向けた。

「 ふん・・・。 ヤツらにはナ 00ナンバ−サイボ−グの根本的な知識が欠けていたのさ。

 おれ達に分裂なんぞはあり得ないって大原則がね。 」

 

再び 穏やかな笑みが9人のサイボ−グ戦士たちの間で交わされた。

 

 

 

 

「 ねえ。 本当に ・・・ 疑った? 」

くぐもった声がジョ−の腕の中から響いてきた。

「 ・・・なに? ・・・ 」

「 だから ・・・ これ。 」

フランソワ−ズはジョ−の胸から少し身体をずらすと彼の目の前に白い手を翳した。

<大根芝居>で ジョ−が言い立てていた指輪が彼女の細い指に煌いている。

「 ・・・ ずっと ・・・ 填めてるの、知ってるでしょ。 」

「 きみの ・・・ お気に入り、なだけだろ。 」

ジョ−は半身を起こすとその手と一緒にフランソワ−ズを抱き寄せた。

「 お気に入り、は確かだけど・・・この指輪 ・・・ ホンモノよ? 」

「 ・・・え?! 」

「 ええ、ホンモノよ。 わたしのタカラモノ。 ・・・もとはね、兄の時計の鎖なの。 」

ぽつ・・・っと一粒。 ジョ−の頬に涙が落ちた。

「 大事に持っていなよ。 ぼくにはきみがいる。 きみが一番のタカラモノさ。

 

 ジョ− ・・・

 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 

 

豪華な寝室の窓から細く淡い光が差し込んできた。

ようよう晴れた夜空の真ん中には 水っぽい月が昇っている。

淡いその光は恋人達の臥所をやんわりと静かに包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 カタカタカタ ・・・ カタカタ ・・・ カタ。

 

「 ・・・う〜ん ・・・・ 」

グレ−トはモニタ−の前で伸吟している。

「 感動のラスト・・・なあ。 ふん ・・・ 夫人は実は銀髪の独逸人とヨリを戻す・・・

 ってのが受けるかなァ・・・ 」

ふうう・・・と溜息をまたひとつ。 もう部屋は溜息ではち切れそうである。

「 いやいや・・・ やはりココは熱愛路線で行きますかな。 」

それでは、とグレ−トはさっと座りなおすと一気にキ−ボ−ドを叩き上げた。

 

 

嵐は去り、居城の上に大きな月が姿を現した。

カ−テンが絞られた居室からは次々と灯が漏れている。

一番端の窓辺には 寄り添うふたつの影が浮かび上がった。

 

古城の月は 変らぬ愛の姿を穏やかに ・・・ 優しく照らしているのだった。

 古城の月 』  完・

 

 

「 ・・・よっしゃァ〜〜 ! コレで ミステリー大賞 は我輩が頂きだっ! 」

 

 

 

********  Fin.  *******

Last updated: 09,19,2006.                    index    /      back

 

 

 

****  ひと言  ****

え〜今回の<そうだったらいいのにな♪>は・・・『 機々械々 』 編がモチ−フであります(>_<) 

もっと93に焦点を置きたかったのですが・・・ジョ−君ってば〜〜

あんまりにも大根なんだもの〜〜( ゴメン・・・ ) なんか中途半端になってしまいました・・・(;_;)

アニ−ロ−リ−』 は 小学校の<下校の時間です〜>によく掛かるお馴染みの曲♪

( ミレド−ド ド−シシーラ〜♪ のアレです。歌詞は・・・管理人の意訳〜(^_^;) 

 でも引き裂かれた恋人同士の歌詞なのです。 )皆様ご存知のはずですよ〜。

この駄話、もともとは某絵師さまの素敵オエビ絵に妄想したのですが・・・

全然ちがう展開になってしまったのでした。 某様〜〜ごめんなさい〜〜

秋の夜長の暇つぶし・・・どうぞお読み捨てくださいませ。<(_ _)>