カタカタカタ ・・・ カタカタ ・・・ カタカタ・・・・

深夜の静寂 ( しじま ) の中に軽やかな音が響いている。

ここは・・・岬の先端にぽつんと建つ、少し古びた洋館・ギルモア邸。

どの窓も最早灯りは消え、大海原に押し寄せる波だけが単調な音色を奏でていた。

最前まで賑わっていた虫の音も この深更に及びほとんど聞こえなくなって来ている。

 

 ・・・・ カタ。

 

音が止まった。

モニタ−の前に背を丸めていた人物はがたり、と立ち上がり ・・・ 大きく伸びをひとつ。

そのままスリッパをつっかけテラスへの窓を大きく開け放った。

 

 − う 〜〜〜〜 ん ・・・ 潮騒も捨てがたいナ・・・・

 

海原の遥か中空には まだ満月までには間があるいびつな月が掛かっている。

その煌々たる輝きを自身のアタマでもしっかりと反射しているのを知ってか知らずか・・・

彼はじっと月を見上げたままである。

 

 − ・・・ よっしゃ。 ・・・ ソレで決まりだな。

 

低く呟き、指をぼきぼきと鳴らし ・・・ グレ−トは再びモニタ−前に背を丸めた。

彼の男性としては細くしなやかな指がキ−ボ−ドの上をすべる。

 

 カタカタカタ ・・・・ 

 

一行のタイトルがペ−ジのトップに書き加えられた ・・・・

 

 

 

 

 

                          『  古城の月   − (1) −   』

 

 

 

 

 

・・・もうかなり歩き続けているのに。

足の下でぱきぱきと音を立てる小枝の感触に アルベルトは既にうんざりしていた。

目の前はおろか周囲は見渡すかぎり濃い緑に覆われ息苦しさすら感じられる。

もうとっくにカレンダ−は秋の月に入ったというのに・・・この地の緑は一向に衰えていない。

 

・・・ ふん。 そうだったな。 ココは・・・

 

アルベルトはふっと薄い哂いを唇に浮かべた。

縁も所縁ものないはずの極東の島国で過す日々が増えるにつれて、

あの国の季節の巡りにいつの間にか親しんでしまったらしい。

仲間達とすごす岬の邸の裏山は 今頃ならもう様々な色彩に染まり始めているだろう。

 

しかし。 ここは。 緑深いババリア地方、南独逸の外れである。

たとえ季節が巡ってきてもこの地の緑は色を変えることはすくない。

幾重にも枝を交わし、光をも遮る緑の帳の中をアルベルトはぎしぎしと歩を進めていった。

 

いったい今時こんなところに住んでいるヤツの気がしれない。

 

さすがのサイボ−グも時には溜息もでてしまう。

辿っている道はようやくヒトの踏み分けた跡を確認できる程度でとてもとても車両は通れない。

無理に持ち込んでも下草にタイヤを捕られるか樹々に行く手を阻まれるだけだ。

 

アソコへは 馬か歩きだなぁ・・・

 

麓の雑貨店に立ち寄ったとき、オヤジがぼそりと教えてくれたとおりだった。

しかし なんだってこんな処に・・・

アルベルトは数え切れないほど吐いてきた悪態にも我ながらうんざりしていた。

 

小路が急なカ−ブを切った。

樹々の間にあるかなり大きな岩壁を迂回すると。

 

 

  目の前に突如 ・・・ 石造りの重厚な城が現れた。

 

 

・・・は。 やっと到着か。

鬱蒼たる緑が途切れるとあとは一転 天日に晒され、石ころだらけの路を城門にむかって

ひたすら昇ってゆくハメになった。

いったい ・・・ なんだってんだ???

 

 

 

「 ・・・・ いらっしゃいませ。 」

 

古風な鉄製のノッカ−に手を伸ばすまでもなく、重厚な樫のドアが音もなく開いた。

見かけは中世の城址だが内部は最新式の設備が整っているようだった。

おそらく ・・・ のそり、と進み出てきた従僕はセキュリティ−・システムを駆使し、

アルベルトがえっちらおっちら山道を辿ってくる一部始終を見ていたに違いなかった。

 

「 お荷物を・・・ アルベルト・ハインリヒ様 」

従僕の巨躯をみあげ、アルベルトは微かに眉を上げたが、素直にボストンバッグを差し出した。

「 どうぞ。 お部屋はこちらで・・・  皆様御揃いです。 」

 

吹き抜けの高い天井に石床を踏む二人の足音だけが高くひびく。

ふと・・・どこか遠くから赤ん坊の泣き声が 聞こえた。

 

 

 

 

 

トントン ・・・ トントントン・・・・!

 

ノックの音は大きくはなかったが 執拗に止むことはなかった。

 

 − ・・・ ちっ。

 

雨の夜、不意の訪問者は正直いって迷惑だった。

アルベルトは居留守を決め込み、物音をさせず部屋の奥に身を潜めていた。

酔っ払いの悪戯か間違いか ・・・ いずれにせよ、歓迎できる相手ではないだろう。

 

トントン ・・・ トントン ・・・・ トン?

 

ついに根負けし、一言怒鳴り飛ばそうか、と彼が腰を浮かしたとき。

 

「 ・・・ アルベルト? おらんのかね。 ワシじゃ・・・ 」

「 ・・・ 博士??! 」

聞き覚えのある声に仰天し、アルベルトはドアに大股で歩み寄りカギを開けた。

 

 

「 いったいどうしたんです? こんな時間に ・・・ 

 そうだ、学会でスイスにご滞在だとか ジョ−から言って来ましたが。 」

「 いや ・・・ じつにまったくそうなんじゃが。 」

老人は手渡された湯気の立つコ−ヒ−を 派手な音をたてて啜っている。

アルベルトは彼の濡れた上着をスト−ブの近くに吊るした。

 

「 こんな手紙が 届いての。 ・・・ ああ、キミのポストにも入っていたぞ? 」

「 ・・・ 手紙? 」

ほれ、と博士は上質紙の封筒を二通、アルベルトの前に差し出した。

「 招待状じゃ。 ・・・ キミからの、な。 」

「 ?! 俺からの?? 」

 

 

二人の前に拡げられた二通の手紙は − それは招待状、といったものらしかったが −

宛名を除けば まったく同一の文面であった。

一方は英語、他方は独逸語で認められている。

 

南独逸の片田舎にある古城を最新式の住居に改造した。

披露目かたがた 休暇に招待したい。

ご足労頂ければ 幸いである。

 

何度読み直してもそれ以上の意味は感じ取れない単調な文章だった。

 

「 コレが、博士の滞在先に? 」

「 そうじゃ。 」

なぜ、というアルベルトの言外の問いに博士は肩を竦めて答えた。

「 まあなあ。 学会の出席者はネットで簡単に調べられるでの。 

 ・・・ とりあえず、ワシはこの<ご招待> に応じてみるつもりじゃ。 」

ふん・・・! アルベルトは鼻をならしパシッ、とその手紙を弾いた。

「 なんで俺の名が 差出人なんですかね? ・・・気に喰わねぇな。 」

「 ふむ。 場所柄かの・・・ 他の諸君にも全員届いているそうだ。

 手を拱いていても始まらぬ、ワシは明日一番の便で現地にゆくことにしたよ。」

「 博士・・・! 」

「 それで ・・・ そのう・・・な。 キミにもいろいろと都合はあるじゃろうし・・・ 

 申し訳ないとは思うんじゃが。 あの・・・ 」

「 博士。 勿論ですよ、俺も行きます。 このままご一緒したいのですが・・・

 すまんです、明日の午後か夜の便になるかと。 ちょいと野暮用が入ってましてね。 」

「 おうおう・・・頼めるか! そうかそうか・・・ ありがとうよ、アルベルト。

 なに、半日くらいの遅れは一向にかまわん。  そうじゃ、まったくお互いに

 知らぬ顔をして出向く方がいいかもしれぬ。 」

「 そうですね。 最初からこちらの手の内を曝け出す必要はないでしょう。 」

「 うむ。 スイスで確認したのじゃが・・・ 他の諸君も応じるそうじゃ。

 現地集合というヤツだな。 」

「 ・・・ 了解しました。 」

「 本当にすまんのう。 それでは ・・・ 彼の地で、な。 」

「 はい。 博士、どうかお気をつけて・・・ 」

「 ありがとうよ。 」

 

久々にがっちりと握手を交わし、ギルモア博士は再び雨の夜に出て行った。

 

 

 − ・・・ ふん。 気に喰わねぇな ・・・

 

 

署名は何回確かめても自分自身の名であり、筆跡もどこか似ている。

相変わらずの雨音を耳に、アルベルトは上質紙に流麗に綴られた

手書きの文字を じっと見つめていた。 

 

 

 

 

ギ ・・・・ 。

微かに音をたて、マホガニ−の扉が開いた。

 

「 ・・・ アルベルト・ハインリヒ様のご到着です。 」

 

従僕の野太い声に 室内の人間が一斉に此方に顔を向けた。

 

 − ・・・ へ。 大時代な装飾だ。

 

琥珀色の灯がかなりの広さの部屋を照らしだしている。

一見古風なシャンデリアだが ・・ その実はどうもハイテクで調整してある照明器具らしい。

この分では 壁をおおうゴブラン織りのタピストリ−も重厚なマホガニ−の家具類も

見かけの姿とはかなりかけ離れたシロモノなのだろう。

 

沈黙と絡みつく視線の中、アルベルトはゆっくりと部屋の中央に歩いていった。

暖炉を背にした肘掛け椅子に 白髪の老人。

豪奢な大理石のテ−ブルを挟んで 革張りのソファには夫婦者が座っていた。

年若い夫人の腕には赤ん坊が眠っている。

禿頭の男がサイドボ−ドの脇で グラスを手にしている。

さらに 窓辺の小机に肌の黒い青年が寄りかかっていた。

ひゅ・・・と音の掠れた口笛に視線を向ければ、扉のすぐ側に燃える赤毛が凭れている。

 

「 ・・・ 貴方が この招待状の送り主ですか。 」

ソファにいた青年が 立ち上がり乾いた声で聞いた。

栗色の髪からのぞく彼の容貌は整っているが どこか異邦の雰囲気が流れる。

「 ほう? お年に似合わず手の込んだコトがお好きなようですな。 」

禿頭がグラスを置き、にんまりと笑った。

 

「 ・・・・・ 」

あとは黙ったまま注がれる数本の視線を振り払い、アルベルトは軽く頭を振った。

「 ・・・ 残念ながら。 」

内ポケットから例の封筒をとりだすと、彼は先着組に彼宛の招待状を開示して見せた。

「 俺も 招待客、のようだ。 」

ほう・・・?と声にならないどよめきが広間中に満ちる。

「 ・・・ ぁ ・・・ オホン ・・・ 」

先ほどから居心地わるくもぞもぞと身体を揺らしていた老人が咳払いをし、

のろのろと立ち上がった。

「 あ・・・ 皆さん。 今回の<招待主>は このお人の名を語ったというわけですな。 」

「 貴方は ・・・ 貴方もご存知ないのですか。 その・・・<招待主>を。 」

栗色の髪の青年が老人に向き直った。

 

 − ・・・ なんだ ・・・?

 

ソファに掛けようとし、アルベルトは微かに眉根を寄せた。

ひとつの視線がずっと・・・ この部屋に入ったときからひた、と吸い付いて離れない。

アルベルトに投げられた警戒と好奇に満ちた無遠慮な他の視線とは まったく違うのだが・・・

それは執拗に絡みつき縋り付く。

 

 − ? ・・・ あの、夫人か・・・?

 

立ち上がっている青年のズボンの向こうに 亜麻色の髪が見え隠れしている。

鈍い灯を受け、その髪は時にきらり、と硬質な煌きを放った。

しかし 彼女自身は夫の陰にひっそりと座ってい、その容貌はアルベルトからは隠されていた。

 

「 ・・・あ ・・・ いや〜 その ・・・ 」

老人はおろおろと口篭る。

 

「 皆さん! お揃いアルね。 お茶タイムにしますアルよ〜〜 」

 

陽気な声とともに ドアが開きワゴンを押した男が先ほどの従僕を従え入ってきた。

「 さささ・・・ 皆さん、遠路はるばるお疲れ様アルね。 

 まずは、お腹を拵えて旅の疲れを癒しなはれ。 ワテが腕を揮いましたよって。 」

金襴の中国服にドジョウ髭をふりふり、小柄な中国人は全員に愛想よくお辞儀をした。

従僕とともに手際よくテ−ブルの上にお茶の支度を始めた。

 

「 ・・・ あなたは ・・・ ここの料理人なのですか。 」

窓辺から黒人の青年がゆっくりと近づいてきてさり気なく聞いた。

「 ワテですかいな。 いや ・・・ ワテも皆さんと同じですがな。 ・・・ ほれ。 」

中国人は給仕の手を止め、懐から封書をとりだした。 

「 この・・・ 招待主サンから皆さんの食事の接待を頼まれましてん。

 ほ? 一緒に手紙が入ってたアルね。 ああ、この ・・・ 従僕はんも同じアルよ。 」

「 ・・・ ワシも この招待主に依頼された。 彼に逢ったことはない。 」

従僕は巨躯を屈め、食器を並べつつぼそりと呟いた。

 

「 なるほど。 全員が招待客ってェ訳ですな。 ま・・・ ここはひとまず・・・

 この魅惑的なご馳走を囲もうではありませんか。 」

禿頭の紳士はにんまりとグラスを掲げ ・・・ 残っていた液体を一気に咽喉に放り込んだ。

「 へっ。 腹が減ってはなんとやらってな。 」

赤毛ががしがしと大股でソファに寄って来た。

「 ・・・ あンた ・・・ 本当に ・・・? 」

「 ・・・ なにか? 」

「 イヤ。 なんでもねェ。 気にしないでくれ。 」

赤毛はチラ、と一瞬キツイ視線をアルベルトによこしたが、すぐにぷいと横を向いてしまった。

「 ほうほう・・・ こりゃ 美味しそうじゃ。 みなさん、まあ、この老人に免じて・・・

 ここはひとまず、お茶の時間としませんか。 

 ああ・・・ 奥さん、坊やのご機嫌はいかがかの。 」

白髪の老人がとりなし顔で一同にぐるりと視線をめぐらせた。

 

「 あ・・・ ええ、ありがとうございます。 今 ・・・ 眠っていますから。 」

 

澄んだ声がソファの反対側から聞こえた。

 

 − ・・・ ナンだ? この夫人は何かに怯えている・・・?

 

飲茶の点心を皿に受け取り、アルベルトは彼女とは丁度逆の端に腰を下ろした。

 

「 ・・・ それじゃ。 頂くことにしましょうか。 ああ・・・ 僕は島村といいます。

 これは妻のフランソワ−ズと息子です。 」

茶髪の青年は 今はごく普通の口調で自己紹介をした。

「 おお・・・ 東洋の方、かの。 ワシはギルモアと言って ・・・ この城主の

 先代とすこし親交がありましたのじゃ。 もっとも・・・随分と昔のことですがな。 」

「 ほう・・・ それではココにも以前いらした? 」

「 いや。 ベルリンで少々。 この城はワシも初めてですワ。 」

「 そうすか。 我輩はブリテンと申す物書きです。 以前、城跡の資料の件で

 数回ここの先代さんと遣り取りをしました。 もっともメ−ルだけで面識はありませんな。 」

禿頭の男は相変わらずグラスを離さない。

「 僕はピュンマといいます。 大学院で城史を専門に研究しています。

 主任教授の紹介でやはりメ−ルの遣り取りをしたことがありますが ・・・ 」

黒人の青年はワケがわからない、といった風に首を振り溜息をついた。

「 ・・・・ こんなお遊びに付き合うヒマはないのです・・・  いったい・・・ 」

「 オレはリンク。 実は招待主からボディ・ガ−ドも依頼されていた。 」

「 ボディ・ガ−ド? 彼の、ですかな。 」

「 そうだ。 面識は全然ないが仕事だからな。 だが ・・・ 肝心のご本尊がいねェ。 」

赤毛は老人とは逆側の肘掛椅子にもたれ、ふん、と鼻を鳴らした。

「 ・・・ それで・・・・ ? 」

 

老人が控え目にアルベルトに目を向けた。

一斉に全員の視線が 彼に集まる。

 

「 俺は。 ハインリヒ。 この・・・ <招待主>と同姓同名なだけだ。

 この城に関してはなにも知らない。 コレが舞い込んだワケも皆目不明だ。 」

アルベルトは手にした招待状をぽい、とテーブルの上に放った。

 

「 では ・・・ みなさんは誰もこの招待主の <アルベルト・ハインリヒ> なる人物を

 ご存知ないのですな。 」

 

老人の問い賭けに全員が頷いた。

 

「 ・・・ とりあえず、食べまひょ。 皆さん、お腹を満たしておくんなはれ。

 それから今後の事を相談、というコトで・・・ まずは ・・・ お茶を。 」

中国人は太った腹を揺すり、茶器を配り始めた。

豪奢に飾りつけられた大広間で なんとも奇妙で陰気なティ−タイムが始まった。

 

 

 

 

「 待っていたの。 良かった・・・! あなたと会えて。

 お部屋はどこ。 出来たら今夜・・・行くわ。 ああ・・・ でもジョ−が疑っているの。 」

「 ・・・・ ? 」

 

大広間を辞去し旧式を模した最新式のエレベ−タ−を降りると 目の前に亜麻色の髪の女性が立っていた。

「 なにか ・・・ お間違えでは・・・ 」

アルベルトは思わず一歩退いたが 彼女はそのまま身体を預けてきた。

「 ・・・ な ・・・・? 」

「 大丈夫よ。 ココにはセキュリティ−・システムはないわ。

 会いたかった・・・! ずっとずっとよ。 わたし、本当にあなたが ・・・ 」

「 マダム? 失礼、お人違いではありませんか? 」

「 ・・・・ アルベルト ・・・ 」

やわらかく押し戻した身体の持ち主は ぼろぼろと涙をこぼしている。

 

 − ・・・ どういうコトだ? 彼女はオレを知っている?

 

そっと目尻を拭う夫人の手首にはレ−スの袖口から青痣が見え隠れする。

 

「 ・・・ これは ・・・? 」

「 あ・・・! な、なんでもないの。 ちょっと・・・ぶつけただけよ。 」

「 打撲でこんな痣になりますか? 」

アルベルトは夫人の袖口をすこし捲り上げた。

「 なにを ・・・! 」

肘にかけて点々と皮膚の色が変っていた。

「 あなたの頬にも 薄くはなっているが痣がありますね。 ・・・DVですか。 」

「 いえ ・・・ そんなコト・・・ これは、転んで・・・」

 

  − フランソワ−ズ?? おい、どこだ? どこに居る?!

 

廊下の曲がり先から苛立った声が彼女を呼んでいる。

 

「 ジョ−だわ! 行かなくちゃ・・・。 ね、あとで・・・! 」

「 あなたは ・・・ 誰だ・・・? 」

背伸びをし、さっとアルベルトの頬に唇を掠めると夫人は身を翻し足早に去った。

 

「 あ〜 ・・・ オッホン・・・ 」

「 ?! ・・・ 博士。 」

「 いや、その・・・ すまんのう、偶然行き合わせて・・・ 立ち聞きするつもりはなかったんじゃが 」

「 ・・・ いえ。 」

夫人が去ったのと反対側の廊下から 老人がもじもじと進み出てきた。

「 立ち入ったコトを聞いてすまんが。 キミはあの ・・・ 女性と面識がるのかね。 」

「 いえ。 彼女とも、彼女の夫君とも初対面です。 」

「 ・・・ ほう。 なにか ・・・ カン違いしておるのかの、あのミセスは。 」

「 さあ ・・・ 」

「 いや・・・ どうもすまんな。 ところであの赤ん坊は全然親父さんに似ておらんな。 」

「 ・・・ え ・・・ 」

「 いや、失敬。 老人の戯言じゃ・・・ 聞き流してくれ。 」

それじゃ・・・・と老人は軽く足を引き摺り立ち去った。

 

 − 赤ん坊 ・・・? ああ・・・ そういえば彼女が抱いていたな。

 

アルベルトは夫人の腕で無心に眠っていた銀髪の赤ん坊の姿を

ぼんやりと思い出していた。

 

 

 

「 どこへ行ってたんだ?! 」

「 ちょっと ・・・ さっきの部屋にハンカチを忘れたから・・・ 取りに行っただけよ。 」

「 ふうん・・・ 本当かな。 」

「 当たり前じゃない。 ほら ・・・これ。 あなたが下さったハンカチよ? 」

「 ・・・ ふん。 ・・・あの男に会いにいったんじゃないのか。 」

「 ・・・ ジョ−。 バカなこと、言わないで。 どうして? ・・・ 初対面のヒトに。 」

夫人はソファに寝かせた小さな息子の側に歩み寄った。

「 ぼくを誤魔化せると思うなよ。 」

「 ジョ−。 なにを言ってるの? あなた、本当にすこしヘンだわ。 」

「 ヘンでもいいさ。 おい。 」

ぐい、と手首をつかみ青年は夫人を引き寄せた。

「 乱暴はやめて ・・・ ! 」

「 どうして・・・ ぼくを見ない? ぼくはきみだけを見つめているのに・・・

 なぜぼくにこころを開いてくれないんだ? どうして? 」

「 ジョ− ・・・ やめて ・・・ あなた、わたしを自分のモノにしておきたいだけでしょう?

 奪って縛り付けて・・・ それで満足なんだわ。 」

「 欲しいから奪ったんだ! きみをぼくのものにしたと思ったのに・・・

 きみは きみのこころは ・・・ それに この子は少しもぼくに似ていない。 」

「 ジョ− ・・・ 何が言いたいの。 」

「 こっちを向けよ! きみはぼくの妻だっ 」

「 やめ ・・・ て ・・・!  ・・・ あっ ! 」

 

がたんっと 音をたてて夫婦の居室の窓が風に煽られ閉じた。

夫婦の諍いはぷつり、と聞こえなくなった。

 

 − いったい・・・ どうなっているんだ?

 

アルベルトはひとり、眉を顰めた。

風に乗ってもれ聞こえてしまった夫婦の会話は あまり穏やかなモノではなかった。

 

あの実直そうな青年が ・・・ ?

夫人の手や頬の痣が ありありと目前に浮かんだ。

・・・ いや。 夫婦の問題には立ち入るべきじゃない。

ぶん、と頭をふりアルベルトも居室の窓を閉じた。

 

バタン・・・ ばん ・・・

風に煽られたのか、窓の閉じる音が方々から聞こえた。

 

城の周囲を吹く風向きが変った。

空は次第に雲に覆われ始め、湿り気を帯びた風が吹き込みだした。

 

 

 

 

「 ほう・・・ 新大陸のご出身とな。 」

「 へ、こりゃまた大時代な言い回しだな、作家のセンセイよ?

 まさに。 オレは新大陸の最新都市の 掃き溜め出身さ。 」

「 掃き溜めに 乾杯! 」

禿頭の男は赤毛にむかってグラスを持ち上げた。

二人の英語国民は ティ−タイムのまま大広間に居残って飲み続けている。

 

少々足元がふらつかせ、禿頭はキャビネットを覗き込んだ。

「 さすが ・・・ いい酒が多いな。  ・・・ うん、スコッチの逸品がないのが残念。 」

「 へっ。 こんな上等な酒は初めてだけどよ。

 やっぱ オレはバ−ボンがいいなぁ 」

ずっとほとんどストレ−トでグラスを呷っていた赤毛は 氷を一欠片放り込む。

 

「 ・・・ や、 楽しんでおられますな。 」

白髪の老人が再び現れ、酒瓶の合間の二人を見て相好を崩した。

「 さきほど ・・・ 愛用のパイプを忘れましてな。 ・・・ああ、あったあった。 

 ほう・・・ なかなかの逸品ぞろいですな。 」

老人はテ−ブルに並ぶボトルの銘柄を読んだ。 

「 いかがですかな? ご老体、一献・・・ 」

「 いやいや・・・ 年寄りは止めておきましょう。 時に ・・・ お国のスコッチが

 見当たりませんな。 」

「 そうなのです。 こちら、お若い方のお国のバ−ボンも、ね。 」

「 ふむ ・・・? 」

老人は腕組みをし、しばらく宙を見つめていた。

「 まだ あると思いますがな。 この城の地下にはかなりの酒蔵がありました。

 多分 ・・・ そこになら・・・ 」

「 ほう? 掘り出し物がありますかな。 」

「 ワシはあまり詳しくありませんが ・・・ 多分。 」

「 よっしゃ。 案内してくれよ。 足元が危ないならオレが担いでやるって。 」

赤毛がソファから勢い良くたちあがった。

 

 

 

 

「 ・・・あ! いましたよ! ココだッ 」

「 どこだ?  ・・・ わ・・・ こんなところに酒蔵が ・・・ 」

茶髪の青年の叫びにアルベルトは急な石段を飛び降り、その室( むろ ) に飛び込んだ。

 

夕食時を迎えたのに、例の料理人の招集に二人の英語国民が応じない。

彼らの居室はほとんど使用された形跡がなかった。

夫人と老人を大広間に残して全員で城中を捜しまわっていたのだ。

すでに夕闇はとっぷりとした夜の帳に変っている。

 

 

「 ・・・ これは・・・! ダメだ、息がない。 」

「 ここで飲んでいたのか? ああ、あっちにも空のボトルが・・・ 」

突っ伏した禿頭と 目を剥いたまま仰向いている赤毛の脇には

酒瓶が何本か転がっていた。

「 バ−ボンと ・・・ こっちはスコッチだ。 」

「 これに ・・・ なにか、入って? 」

茶髪の青年は ポケットからハンカチをだしそっとグラスを持ち上げた。

精緻なカットグラスの底にはまだ琥珀色の液体が残っている。

「 どうだかね。 たとえ、劇薬を盛られたとしてももうソコには残っていないだろうね。」

黒人の青年は薄い嗤いを浮かべている。

「 そんな シロウトじゃないと思うな。 」

 

 

 −  ・・・・・ パシャ−−−−−−ン !!!

 

「 ・・・な! なんだ ? 」

「 雷だ! 」

城壁に向かって穿ってある窓から 青白い光がさっと酒蔵を照らした。

天井から鈍い光を投げていた明かりが すぅ・・・っと暗くなったり元に戻ったりしている。

 

 − ・・・ カッ !!! ・・・ ド−−−−−−ン!!!

 

稲妻が黒暗暗の夜空を 中空から地平線まで縦に切り裂く。

「 ・・・ 壮観だな。 」

「 ええ。 凄まじいですね・・・ 不気味だ・・・ え? 」

ギ・・・っと酒蔵の戸を軋らせ 黒人の青年が戻ってきた。

「 ここの反対側にも部屋があるね。 ・・・ どうも誰か ・・・ なにかいるような

 気配がするんだけれど。 」

黒人の青年は 肩越しに振り返った。

「 捕らわれの佳人かナゾの鉄仮面か? よせよせ ・・・ 小説の読みすぎだぞ? 」

「 いや、そんなんじゃなくて・・・ なにかあまりいい雰囲気じゃない。 」

 

 

 − ザァ −−−−−−−

 

 

突如、雨の落ちる音が響き渡った。

これは ・・・ 驟雨か・・・? 

三人は口を閉ざし、小さな明り取りの窓の方を窺った。

 

豪雨でないといいのだが。 この城は荒天になると動きがとれなくなる・・・

食べ物やら生活用品のストックは十二分にあるが ただ、ここから出ることができない。

古城は完全に孤立してしまうのだ。

 

完全に明かりの落ちてしまった酒蔵を 稲光だけが照らし出す。

ド−−−−ン ・・・・

どこか はるか城の下の森で落雷があったようだ。

 

 −  ・・・ きゃ - ・・・!

 

どこかの居室から女性の悲鳴がかすかに雨音に混じって響いてきた。

 

「 ・・・ フランソワ−ズ ?! 」

 

 

Last updated: 09,12,2006.                              index     /      next

 

 

 

****  途中ですが ・・・

あのお話の <そうだったらいいのにな♪>編?でございます(^_^;)

主人公は今月生まれの方・・・じゃないのですよ〜 だってココは93ランド♪

やっぱり最後は らぶらぶ93〜♪ ・・・ になるかな???

ま、 <以下 次号!> ってコトであります(^_-)-