『 雪迎え − (2) − 』
「 お早う! バゲットを買ってきたよ。 」
「 お早うございます。 わあ・・・ 良い香り・・・! 」
肩にいっぱい粉雪を乗せ 青年は息せききって帰ってきた。
冷たい空気と一緒に 焼きたてパンの香りがさっと部屋中に広がる。
「 あら、まだ降っているのね。 ・・・ 雪だらけよ。 」
少女はドアに飛んでゆくと 青年の肩を払った。
「 ノエラ! 起きて大丈夫なのかい。 」
「 もう平気。 昨夜温かくぐっすり眠れたから。 元気になりました。 どうもありがとう! 」
少女はぺこり、とアタマを下げた。
「 よかった・・・! あれ、君、そんなホウキなんか持って・・・ 」
「 ごめんなさい、ちょこっとだけお掃除してたの。 カフェ・オ・レ、淹れるわね。 」
「 ノエラ、そんなことしなくていいんだよ。 ゆっくり休んでおいで。 まだすこし熱いね? 」
がさり、とパンの包みを置くと 青年は彼女の肩に手を置いた。
暖房もろくにない部屋なのに細い身体はどことなく芯熱を漂わせている。
「 本当にもう平気なの。 ・・・・ あ ・・・? 」
一瞬、 彼女の足元が揺らめいた。
「 ほらほら・・・ まだ本調子じゃないんだ。 座って座って。 このクッション、背中に当てるといいよ。 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ ちょっと眩暈が ・・・ 」
「 ゆっくり座りなよ。 昨日一日ロクに食べていないんだもの、目も回るよ。
さあ、美味しい焼きたてのバゲットで朝御飯さ。 」
「 ・・・ いい香り ・・・ 」
「 これを食べればたちまち元気いっぱいになる。 すべてはそれから、さ。 」
「 ・・・ ありがとう ・・ ニコラ・・・ 」
「 僕こそ。 誰かと一緒に食事するなんて 本当に久し振りだよ。
さあさあ、スト−ブの側に座って座って 」
青年は彼女の肩を抱いて一緒にテ−ブルの前にすわった。
「 一日遅れだけど・・・ Joyeux Noel ! 」
「 Joyeux Noel ・・・ ニコラ。 神様の祝福がたくさんたくさん ありますように。 ・・・あなたに・・・ 」
「 ノエラにも、ね。 さあ、 熱々のパリパリを食べようよ。
あのパン屋のバゲットは絶品さ。 ああ、カフェオレのいい香りだ。 」
「 ええ。 いただきます。 」
「 ・・・ いただきます、か。 いい言葉だね。 」
質素な朝食を挟み 二人は微笑みを交わした。
雪は相変わらず降り続いている。 聖なる日が明けても空は灰色の雲で覆われたままだ。
静かな一日が 始まろうとしていた。
「 聞いてもいい。 」
「 どうぞ? 」
少女がソファから声をかけた。 毛布をかけてソファに横になっているが顔色はそんなに悪くはない。
テ−ブルで書き物をしていた青年は ペンを置き顔を上げた。
家具調度もほとんどない部屋にはラジオから低く音楽が流れてきている。
「 ・・・ ニコラは何をするひと? 」
「 僕? う〜ん ・・・・ 画家って言ったらデッサン力のないピカソだって言われそうだし・・・
音楽家って言ったら・・・ 世の中の人はみんなムッシュウ・モ−ツァルトになっちまうしなあ・・・ 」
「 音楽、好きそう。 さっきからラジオの音と一緒にあなたの身体が揺れているもの。 」
「 へえ、そうかい。 ちっとも気がつかなかったよ。 」
「 ふふふ・・・わたしの兄と似ているわ。 あ・・・ この曲懐かしい・・・ 」
「 ああ、 僕も好きだな。 」
少女はふんふん・・・と軽くメロディ−を口ずさむ。
「 ・・・ なんだかすごく温かい気持ち。 昔・・・ そうよ、ちっちゃな頃、やっぱりこうやって
この曲、聞きながらお兄さんの側にいたわ ・・・ 」
「 仲良し兄妹だったんだね。 すこし 思い出した? 」
こくん、と少女の亜麻色のアタマが揺れる。
「 ねえ 当ててみましょうか。 ニコラの <やっていること> 」
「 え、うん。 いいよ? ノエラには僕がなにをする人にみえる? 」
「 あのね。 天使。 」
「 ・・・ え。 」
「 て ・ ん ・ し。 聖夜にだけこの世に降りてきた、天使よ。 」
「 ・・・ ど、どうして ・・・? 」
「 だって アナタの背中に翼が見えるもの。 」
「 ・・・ え ・・・! 」
「 な〜んてウソ! ニコラがあんまりイイヒトだから ちょっとからかっただけ。 」
「 は ・・・ あは ・・・・。 な・・・んだ・・・ 」
「 ねえ、本当は全然わからないの。 ニコラは ・・・何をするひとなの。 」
「 ・・・ 僕もひとつ、聞いてもいいかな。 」
「 ええ、どうぞ。 ・・・ でもわたし・・ 思い出せないかも・・・ 」
「 ノエラは 今 シアワセかい。 」
「 ・・・ え? 」
「 僕の事。 ・・・ 昔話をしようか。
むかしむかし。 ず〜っとむかしの事です。 一人の青年が恋人と約束しました。
ずっと一緒に聖夜をすごしましょう、と。 どんなに年月を経ても一緒にいよう、と。
ところがある日。 青年は旅に出なければならなくなりました。 必ず帰ると誓ってでかけました。 」
「 まあ・・・・ 」
「 長い月日の後 彼が戻ってきた時には恋人はすでに亡くなっていました。
そして・・・ それからもいまもこれから先も彼はずっと約束を守っているのです。 」
「 ・・・ そうなの ・・・ そうなのね ・・・ 」
「 あは。 これはオトギバナシですよ? 」
「 え。 ・・・あら、酷いわ〜〜 本気にしたじゃない〜〜 」
「 君が天使、なんていうからさ。 ちょっと僕も創作してみただけ。 」
「 まあ! ・・・あ、わかった。 ニコラは 小説家、そうでしょう?? 」
「 さあねえ・・・? では質問、もう一度。 ノエラ 君は今、シアワセですか。 」
少女は顔をあげ、真っ直ぐに青年の瞳を見つめた。
そして かっきりとした声で応えた。
「 はい。 わたしは シアワセ です。 」
バサ・・・・! バサバサ・・・・・
雪がどこかの屋根から 音をたてて道路に落ちた。
「 ・・・ ここか!? 」
とっぷりと暮れた街、それも人通りのほとんどない路で雪明りだけが唯一の道しるべだった。
ジョ−はひたすら記憶に残っている <機械音のした方角> を目指してきた。
灯りのともらない部屋の多い地区をぬけると 目の前に鬱蒼とした闇があった。
・・・ なんだ?? 大きな木があるな。 空き地か?
いや ・・・ なにか沢山の石??? いや 石碑がある・・・
ジョ−はフランソワ−ズほどではないが、常人を遥かに超えた視力を持っている。
降りかかる雪を透かし、彼はじっと目の前にぽかりと拡がった闇に目を凝らした。
「 ・・・ 十字架・・? あ! 墓地か・・・! 」
じゃあ、ここは・・・と振り返る彼の眼には 崩れかけた教会が映った。
「 ここに・・・ フランソワ−ズが? まさか・・・ ここは廃墟じゃないか。
・・・ でも ・・・ 多分、あのテラスみたいなところからは市街が見張らせる・・・? 」
ジョ−の足はいつのまにか建物にむかっていた。
「 ・・・ なにもないな、随分長いあいだ放置されているらしい。
墓地も荒れ放題だろうな。 今夜 ここのすみっこを貸してもらおうかな・・・ 」
聖堂内を一周し、ジョ−はふと廻廊に目を向けた。
「 こんなトコから 花火を見ていたのかなあ・・・ 」
廻廊は半ば雪で覆われ、さすがのジョ−も少々おっかなびっくり歩いていった。
カツン ・・・・ !
「 ・・・ あ・・? あれ・・・? 」
足元の暗闇に 一筋、違う色彩が見えた。 ジョ−は全神経を集中し、その色を追った。
「 ? ・・・ !! こ、これって ・・・・! 」
ジョ−は その赤いものを両手でそっと救い上げ しばらくその場に蹲っていた。
ポト ・・・ ポトポト ・・・・
凍て付いた石作りの廻廊に、吹き寄せられた雪の上に熱い涙の雫がこぼれ散る。
「 ・・・ フ ・・・ フランソ・・ワズ ・・・ ! ここに ここに 来たんだ・・・! 」
聖夜の花火を 雪空に上がる花火を 彼女はどんな思いで眺めていたのだろう。
・・・ たった一人で・・・。
・・・ ぼくが! ほくがなんとしても見つけだすから。
もうちょっとだけ 待っていて・・・・! フラン、 フランソワ−ズ・・・!
あんなに照れ臭くて、 面と向かっては口に出せなかったその名前が
今は すらすらと そして奔流のごとくにジョ−の口から迸りでる。
「 フランソワ−ズ! ・・・ 一緒に 帰るんだ。 」
ジョ−は両手に抱いていた赤いカチュ−シャをそっと防護服の内ポケットにしまった。
さあ、これで。 いつでも一緒だよ。
これを ぼくは直接、返す。 きみの瞳を見つめきみの髪にふれ、きみの・・・
・・・・ああ、 ぼくはここに誓うよ!
その夜、人々がそして街が穏やかに眠りに着いたころ、ジョ−は赤い服に身を固め
素早く市街に引き返していった。
街はまだ人通りは少なかった。
所謂歓楽街にも日頃の賑わいはなかった。
聖なる日を祝う休暇と降り続く雪が この街の人々を家の中に引きとめているらしい。
普段は遅くまで賑わう区画も 物好きな観光客がちらほら行き来するだけだ。
けばけばしいライトも ここ数日は淋しそうにすらみえる。
ジョ−はできるだけ建物の陰をひろって歩いていた。
この時間だし・・・と加速を解きひそかに街中を廻っていたのだ。
・・・ ただやみくもに歩き回っても仕方ないのだけど。
でも! じっとしていられないんだ・・・! フランソワ−ズ!どこにいるんだ・・・
きし・・・きしきし ・・・
ヒトがほとんど踏み込まない路地には ふんわりと白い絨毯が拡がっている。
天然の敷物は ジョ−の足元で微かな音をたてた。
「 ・・・ お兄さん 寒そうね ・・・ 」
「 ・・・・!? 」
不意に後ろから すこし呂律が怪しい声がからまってきた。
「 ふふふ〜〜 ココよ。 ココ。 」
「 ・・・ なんだ? 」
袋小路で加速を解いていたことに内心舌打ちし、 ジョ−はそろりと振り返った。
「 あはは・・・ な〜にその格好、一日遅れの Pere Noel ( サンタクロ−スのこと ) かい・・・ 」
「 ・・・ 君は? 」
「 あ〜ら アタシを知らないの。 へえ・・・ この界隈じゃけっこうカオのつもりなんだけど。
ああ・・・ 観光客かい ・・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
ぷん・・・とアルコ−ルの匂いが キツイ香水に混じって漂ってくる。
乏しい照明でも かなりの濃い化粧が見てとれた。
この季節、この時間に 胸元も大きく刳れた薄物を着ている。 この街の歓楽街で商売をしているらしい。
「 失礼 ・・・ 」
「 おや・・・ 随分じゃない? このマリ−姐さんから声をかけてやってるのにさ。
ねえ ボウヤ、ちょっと暖まってゆかない。 」
「 ・・・ 路、間違えました。 」
「 ふうん・・・ 素っ気ないんだね〜 それでもオトコかい・・・ ぁ ・・・ 」
するり、と脇を抜けようとしたジョ−は足を止めた。
声が途切れた、と思った次の瞬間、 その人物は雪の上に崩折れてしまった。
「 ・・・! あの ・・・ 大丈夫ですか?? 」
「 ・・・ う ・・・ うう ・・・ 」
「 困ったな ・・・ あのう ・・・ お店とかは家はどこですか? あの・・・もしもし? 」
「 ・・・・・ 」
抱き起こした件 ( くだん ) の女性は 濃い化粧の上からも顔色の悪さが見て取れた。
「 あ ・・・ こりゃ かなり熱があるなあ。 う〜ん・・・ この辺りで誰か?? 」
ジョ−は薄暗い路地できょろきょろ見回したが、人通りはなかった。
灯りの点いている窓も けばけばしい色彩で一目でそのテの部屋だと見て取れる。
「 困ったなあ ・・・ 表通りで誰かいないかな。 」
その婦人に肩を貸し、ジョ−はなんとか路地を抜けていった。
「 ・・・・ ん ・・・? あれ・・・・ ここ ・・・? あ!! 」
まっさらな光が いきなり目に飛び込んできた。
ジョ−は一瞬、あまりの明るさに目が眩んでしまったが がば!と飛び起きた。
「 そうだ! ぼくは昨夜、あの女性を ・・・ 」
起き上がったのは古びたソファの上、すぐ上に天窓がありきらきらと光が注いできている。
そこは。
天井は全体に斜めになっていて、窓の方へとかなりの角度で傾斜していた。
どうも屋根裏といわれる部屋らしい。
やけに明るいのは どうも他の屋根屋根につもった雪の反射のようだ。
ギシ・・・・
ジョ−の背中で ソファのスプリングが妙な音をたてた。
「 ・・・ 寝ちゃったんだ・・・ あれから・・・ あ、上着?? ああ、あった・・・ 」
跳ね起きたソファの背に防護服の上着とマフラ−がかけられていた。
ジョ−は慌てて着込み、ス−パ−ガンがちゃんとホルスタ−に収まり自分の腰に
あるのを確かめほっとした。
・・・ ヤバ・・・ こんなこと、アルベルトにでも知られたら大変だよ・・・
ふうう ・・・ と 思わず溜息が漏れてしまう。
結局、昨夜はあの マリ−と名乗る婦人をこの部屋まで送ってゆくハメになった。
表通に出て、ひっそりと灯りの灯ったバ−やら怪しい気な店に片っ端から聞き歩き、
やっと彼女の部屋を聞き出した。
最初は口を噤んでいた人々も ジョ−が当の本人を抱えているのをみて、
やっと教えてくれたのだった。
彼女は その地では古株の<ご婦人>で毎晩あの路地で客引きをしているという。
ジョ−は仕方なく彼女を抱えたまま、表通りを離れ教えられた裏道をのぼっていった。
かなり年季の入ったアパルトマン、さらにその最上階まで彼女を抱えてゆき・・・
そうだよ・・・ あのヒトを寝かせてタオルを濡らして額に当てて
ちょっとソファに座ったんだ・・・ そしたら・・・
もう一回、 ジョ−はふか〜い溜息を吐いた。
結局は見ず知らずの女性部屋に一晩 泊まってしまったのだ。
それに 多分彼女は ・・・・
このまま そっと姿を消すのが一番、とジョ−は足音をしのばせドアに近づいた。
「 あれ? 起きたのかい、お寝坊なボウヤ。 おはよう! 」
ドアノブに手をかけた途端に 後ろから大きな声が飛んできた。
振り返れば エプロン姿の中年女性がにこにこ笑っていた。
ぴっちりひっつめ髪の 化粧気もまるでない彼女は 昨夜の <マリ−姐さん> と
おなじ人物とは ・・・ ジョ−には信じ難かった。
「 ・・・ あ ・・・・ ど、どうも ・・・ オハヨウゴザイマス 」
「 ふうん ・・・ 明るいトコでみると、けっこうイイ男じゃないか。 いくつかい、坊や。 」
「 あ ・・・ あの ・・・ じゅ、18・・・ 」
「 へ〜え?? 15くらいかと思ったよ。 ああ、ごめんごめん・・・・
昨夜はアリガトウね。 わざわざこんなトコまで送ってくれてアリガト。 ・・・うれしかったよ・・・これ。 」
「 ・・・あ タオル・・・ 昨夜の 」
「 あはは・・・ これはね〜 テ−ブル拭きの雑巾なんだけどさ。 」
「 え・・・! す、すみません。 それしか見あたらなかったんで・・・ 」
「 いいっていいって。 看病してもらったなんてホントに何十年ぶりだろうねえ・・・
アリガトウよ、坊や。 」
「 い ・・・ いえ・・・・ あの、じゃ、ぼくはこれで・・・・ 」
ジョ−はそろそろとドアノブを回した。
「 あ〜ら ダメだよ! もうついでじゃないか、朝ゴハン食べて行きな。
アタシのせめてものお礼だよ。 ・・・ 一晩、足止めしちゃったんだからね。 」
「 あ・・・ いえ、 そ、そんな ・・・ 」
「 だめだめ。 コドモはオバサンの言う事を聞かなくちゃね。
それにオトコノコはちゃんと食べなくちゃいけないよ。 さ、こっちこっち! 」
<オバサン> はジョ−の手をつかむと ずんずん部屋の奥へ引っ張っていった。
・・・ あああ ・・・ どうなっちゃうんだ・・・??
「 あれ、うれしいねえ。 きれいに全部食べてくれちゃってさ。 」
「 あ・・・ あ、ドモ。 すみません・・・ 美味しかったです、オムレツ・・・・ 」
「 本当かい、口に合ってよかったよ。 ふふ・・・他人にオムレツを褒められるのも 本当に久々だ。 」
「 すみません・・・ 朝食まで御馳走になって。 」
ジョ−はカラの皿を前に、 ぺこりとアタマを下げた。
「 いいってことよ。 ・・・ アンタ、外国人かい。 その風体でてっきりこの国の坊やかと
思ったけど。 ちょっと違うねえ。 」
「 そ、そうですか・・・ 」
「 ま、そんなコトどうでもいいさ。 ・・・ ありがと。 」
「 ・・・ へ? 」
「 昨夜の事と・・・ こうして一緒に食卓を囲んでくれてさ。
誰かと朝食を一緒に食べるなんて・・・ あは。 息子が死んで以来かねえ・・・ 」
「 ・・・ 息子 サン ・・・ 亡くなった・・・のですか・・・ 」
「 ああ。 もう何年も前のことよ。 一応は行方不明ってことなんだけど。
父なし子を産んで女手ひとつで育ててさ。 ・・・ あの子も親に苦労をかけまいと思って
軍隊に入って。 それで 」
ぽつん、と言葉が途切れた。
「 あ・・・ すみません、立ち入ったコトを聞いて。 あの、 もう言わないでください。 」
「 ・・・・・ 」
「 すみませんでした。 ぼくは母の顔も覚えていないから・・・ すみません!
これで ・・・ 失礼します。 」
ジョ−はあわてて席を立った。
「 ・・・ 坊や。 ママンを知らないのかい。 」
「 え? え、ええ。 母はぼくを教会の前に置いて死んでいたそうです。 」
「 ・・・ そうかい ・・・ そうなのかい ・・・ 」
「 ・・・ え〜 ・・・ あの! お邪魔しました。 あの、お世辞じゃなくてオムレツ、美味しかったです。
ぼくの そのゥ・・・・ 友達、がつくるオムレツと同じ味でした。 」
「 彼女、だろ。 ふうん、パリジェンヌなのか。
坊や、しっかり・・・ その娘( こ ) を捉まえるんだよ! フランス女ってのはオトコに尽くすんだ。
いい奥さんになるよ。 」
「 え・・・あ・・・・ ども・・・ あ、それじゃ これで。 」
ジョ−はじりじり後退りし 玄関のドアに近寄っていった。
<マリ−姐さん>はそんな彼をじっと見つめていたが 静かな口調で語りかけてきた。
「 坊や。 ひとつだけ。 アタシの願いを聞いてくれないかい。 」
「 は? あの ・・・ ぼく、お金あまり・・・ 」
「 そんなんじゃない。 ・・・ 坊やを抱かせてちょうだい。 」
「 え!? ええええ??? 」
ガタンとジョ−のブ−ツが椅子の脚に当たった。
「 やだね、このコは。 ヘンな意味じゃないよ。
ただ ・・・ 黙ってアタシの腕の中にさ、ほんのちょっとの間、居て欲しいのさ。 」
「 あ・・・ は、はあ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
彼女はゆっくりとジョ−の側に歩みよると、静かに彼の身体に両腕を回した。
ふわり、とオムレツの匂いが 石鹸の香りがジョ−を包んだ。
・・・ あ ・・・・ あたたかい ・・・ なあ ・・・
「 ・・・ 坊や ・・・ アタシの ・・・ 坊や ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
「 坊や。 お前は今、シアワセかい。 ・・・ ママンに教えて・・・ 」
ぽつり、とジョ−のうなじに涙が落ちてきた。
「 ・・・ はい。 ぼくはシアワセです。 ・・・・ お母さん! 」
最後に思わず 日本語が口を突いて出てしまった。
オカアサン おかあさん お母さん ・・・!
長い間 焦がれて焦がれて焦がれ続け ついには封印してしまった言葉が
今、ごく自然にジョ−の口から漏れた。
「 一日遅れのクリスマス・プレゼントを ありがとう。 さあ・・・ 坊や、お帰り。
もうあんなトコ、うろうろしてはだめだよ。 」
「 ありがとうございました。 」
ぺこり、とアタマを下げると ジョ−は静かにドアを開けた。
雪は止んでいた。
しかし 朝とはいえまだ雪雲が重苦しくひろがり、街は白い羽根布団にくるまり
ぬくぬくと冬の休暇を楽しんでいた。
キシキシキシ ・・・
ジョ−のブ−ツの下で 水気の少ない雪がちいさく鳴った。
旧いアパルトマンを背に ジョ−はずんずんと歩いてゆく ・・・・ そう、一度も振り返らずに。
でも
ジョ−には わかっていた。
あの天辺の。 あの狭い屋根裏部屋の窓辺には。 優しい影があることを。
・・・ キュ ッ
音をたて、ジョ−は大通りへの角を曲がった。
ぼくも ありがとう・・・! クリスマス・プレゼント、ありがとう・・・・ オカアサン ・・・
聖夜の翌日も街の空は灰色の雲で覆われていた。
「 ノエラ、ノエラ・・・・! そんなにはしゃいだら、また熱が上がるよ? 」
「 平気! ああ・・・とってもいい気持ち♪ 雪の日は空気がまろやかだわ。 」
少女の軽い足取りが きしきしと新雪を踏んでゆく。
肩にはねる亜麻色の髪が 雪曇の空にいっそう華やかに映る。
青年はしばらく見とれていたが 微笑んで足を速めた。
「 ようし・・・ 追い駆けるぞ〜〜 」
「 あら。 きゃ 〜〜〜 」
人通りのない街に 細い笑い声が華やかに響いていった。
「 え! その・・・ 恋人に <逢いに> 来ていたの? あのイヴの日に・・・ 」
「 うん。 ・・・・ でもあんまり雪が酷くなったのですこし休もうかなって・・・あの教会に入ったんだ。 」
「 ・・・ そう・・・・ 」
雪は聖夜の翌日の、そろそろ街燈が点りだすころにようやっと止んだ。
青年が あの日、恋人の墓所を訪ねに行ったのだ、と聞くなり少女は立ち上がっていた。
「 ・・・ ノエラ? 」
「 行きましょう! ・・・ 行かなくちゃ。 そして 彼女の謝らなくちゃ・・・! 」
「 謝る? なぜ。 」
「 だって! 折角の日にあなたに迷惑かけて・・・彼女とのデ−トが滅茶苦茶よ? 」
「 ノエラ、迷惑じゃないって。 それに彼女はわかってくれてるよ。
うん、彼女だって僕と同じことをしたと思う。 」
「 ううん、だめだめ。 ニコラ、あなた全然わかってないわ。 」
「 わかってないって、なにが。 」
「 気持ち、がよ。 心かしら。 ニコラは本当に天使みたいにいい人だけど
女の子の気持ち、 全然わかってない! 」
「 そ・・・ そうかな ・・・ 」
「 そうよ! そりゃ ・・・ 彼女は いいわ、って言ってくれるでしょ。 でもね! 」
少女はぱたぱたと部屋を横切ると 二人のコ−トとマフラ−を持ってきた。
「 気持ちは、心は違うの。 わかっていても、違うのよ。
彼女、きっと楽しみに待っていたはずよ? ・・・ 約束、したのでしょう? 」
「 ・・・ うん。 」
「 だったら! はやく行ってあげなくちゃ。 そしてね、わたしがちゃんと謝りたいの。
さ、出かけましょう、すっかり暮れないうちに。 」
「 ・・・・わかったよ、 それならちゃんと着て。ほら・・・ 」
青年は自分のマフラ−を少女の肩に掛けた。
「 ありがとう。 ああ・・・ 温かいわ・・・ 」
「 ん。 じゃ、行こう。 ああ、やっと雪が止んだねえ。 」
二人はどちらからともなく手を取り合って 暮れなずむ街に出ていった。
「 ・・・? 誰か 来る。 」
ジョ−は静かに立ち上がるとドアの脇に身を潜めた。
あの婦人の部屋を出てから ジョ−はしばらく加速して街中を廻っていた。
しかし 特に当てがあるわけでもないのでフランソワ−ズの足取りは勿論、
彼女らしい人物に関わる情報は一片も見つけることはできなかった。
彼は諦め、午後の早い街に街燈が灯る前にあの旧い教会跡に戻ってきていた。
なかば雪に埋もれた墓地跡は ますます荒涼とした佇まいを見せている。
誰もいない安心感で ジョ−は加速を解き、墓地跡を抜けて行った。
昨晩は気がつかなかった墓碑が 献辞が目にはいる。
ほとんどが崩れかけ、欠損しまともなものはなかった。
ふうん ・・・? ここは随分と旧い墓地なんだな・・・ 1890年?? うへ・・・
それに何もない区画も多いなあ。
どうやら完全に打ち捨てられ、身寄りの者もわからない墓碑が残っているのだろう。
教会の建築様式も一時代以上前のものなのはすぐに見て取れる。
・・・ ゆくところのない人々が 眠っているのか
フランソワ−ズ・・・! どんな気持ちでココに来たんだい?
それで ・・・ あの雪の夜 ・・・ 淋しかったろうに・・!
ジョ−は唇を噛み締め 建物の中に入った。
石造りの廃墟の中は 雪の外よりも冷たく重い空気でいっぱいだった。
崩れかけた祭壇の隅から 小悪魔が覗いている ・・ 気分さえしてしまう。
バカな。 ただの ・・・ 廃墟さ。
夜まで ちょっと休もう。 今晩こそ徹夜をしてでも彼女の足取りを追うぞ!
ジョ−は柱の陰に身を寄せるとひっそりと仮眠をとり始めた。
そして。 何時間経ったであろうか・・・・
「 ・・・! 誰か ・・・ 来る・・・ ! 」
静かな空に 人声が微かに響いてきた。
ジョ−はス−パ−ガンを手にそろり、と移動し始めた。
「 ノエラ。 きみ、どうして道を知っているのかい。 」
どんどん先にたって歩いてゆく少女に青年は不思議そうに声をかけた。
「 ・・・ え? あ・・・・ どうしてかしら。 足が勝手に進んでゆくの。
いつか ・・・そうずっと以前にやっぱりこうやって誰かの先に立ってこの道を行ったのよ・・・ 」
「 誰と ? 」
「 ・・・・ やっぱり後ろから呼びかける声がするの。 でも ・・・ ノエラ じゃないの ・・・
あれは ・・・ あれは・・・・ お兄さん・・・ お兄ちゃんだわ! 」
「 そうか。 ひとつ、思い出したね。 」
「 ・・・ でも ・・・ 名前が ・・・! ああ、お兄ちゃんが呼んでいるのよ ・・・
でも わたし ・・・ わたし ・・・ 誰なの・・・!? 」
少女は脚を止め じっと目を凝らしたまま・・・ 立ちすくんでいる。
青年は そんな彼女の肩を優しく撫でた。
「 大丈夫、きっと名前とかなにもかも思い出すことができるよ。 」
「 ええ ・・・ でも ・・・ わたし。 あの ・・・ ノエラ でいいの。 ニコラと一緒に・・・ 」
「 え? 」
「 ・・・ なんでもない。 あら? ねえ、誰か いる・・? 」
「 え。 まさか。 ここはもうずっと使われていないよ。」
「 ううん、 今ちらっと人影が映ったの。 」
少女はずんずん墓地をぬけ教会だった建物に近づいてゆく。
ギ ・・・・ ィ ・・・・
古い扉が、雪にしけって耳障りな音を立てる。
「 ほら 誰もいないよ。 」
「 ここじゃないわ。 上よ、あの ・・・ 回廊・・・ 」
「 ノエラ・・・ 足元、気をつけて! 」
「 ・・・・・・ 」
少女は雪明りのもと、崩れかけた回廊に駆け上がった。
カツ・・・・・ン ・・・・!
足元から細かい石が雪と混じって飛び散った。
・・・・ カターーーン ・・・・
回廊の奥から 凍った雪が転げでてきた。
「 ・・・・・ だれ?!」
雪明りがぼんやりと回廊を照らしだす。
角の石壁の陰から ゆっくりと人影が現れた。
「 ・・・・ ! 」
少女は息を呑み 咄嗟に石壁にぴたりと身を寄せた。
・・・? なに・・・? なにか ・・・ 固いモノがコ−トのポケットに??
石壁に押され、腿に近い場所に硬質のものが当たっている。
そっとポケットを探った手が 触れたのは。
え ・・・? これ ・・・ なに。 もしかして・・・ 銃 ・・・?
少女の指はなぜかごく自然にその 硬質のモノ を掴みあげぴたり、と掌に収めた。
カツン ・・・
前方の人影が 一歩近づいてきた。
「 ・・・ 003 ? 」
「 だれ?! そこにいるのは・・・誰なの?! 」
「 やっぱり! 003、 ぼくだよ、009だ・・! 」
回廊の角から 赤い服をまとった人影が完全にあらわれた。
雪明りにセピア色の髪が わずかに見て取れる。 まだ年若い男のようだ。
「 ・・・ ゼロゼロ ・・・ なに? あなたは ・・・ だれ。 」
「 わからないのかい?!ぼくだよ ・・ ジョ−だ・・・・ フランソワ−ズ!! 」
「 フ・・・ランソ ・・・ワズ ・・・? 」
「 そうだよ、きみの名前だ ・・・ !」
「 いいえ、 わたしは ・・・ わたしは ノエラよ! 」
「 違う ! きみは フランソワ−ズ。 フランソワ−ズ・アルヌ−ルだ! 」
「 いいえ いいえ! ・・・ わたしは ・・・ でも 懐かしいわ、フランソ ワ−ズ ・・・
ああ・・・ わからない! わたしは・・・ 誰なの? 」
がくり、と少女は雪の上にひざを付いてしまった。
「 ! 大丈夫かい?! ね、これ。 きみのだよね、ちょうどこの辺りに落ちていたんだ。 ほら。 」
「 ・・・・? 」
少女の手の上に赤いカチュ−シャが乗せられた。
「 ・・・これ ・・・ 」
「 きみの、だろう? お気に入りでどんな時でも身に着けていたよね。 よく似合ってた・・・
ねえ、 髪にはめてごらんよ? 」
「 え ・・・ これ・・・? わたしの お気に入り なの? 」
少女はそっとカチュ−シャを取り上げた。
「 ねえ、お願いだ、ぼくを見て! ・・・ フランソワ−ズ!」
ザ・・ッと雪を蹴散らし、 赤い服の男はさらに近寄ってきた。
「 寄らないで・・・! 」
「 フランソワ−ズ、 お願いだから・・・! 」
「 だめ! ・・・ 来ないで!! 」
自然に手が動いてしまった。
ポケットから出した手には 雪明りに鈍く光るものが握られていた。
「 ・・・ フランソワ−ズ・・・? 」
「 来ないで! それ以上わたしに近づかないで・・・ 来たら・・・ 」
少女は両手で 銃をささえ目の前の男に向けている。
「 やめろ、ス−パ−ガン ・・・いや、 その手に持っているモノを下ろして! 」
「 ・・・・・ ! 」
凍える指が きゅ・・・っとトリガ−に掛かる。
「 だめだ。 撃ってはいけない・・! 」
背後から静かな声が響いた。
「 ・・・ ニコラ? 」
振り向いた少女の前には ・・・ 回廊に吹き寄せられた雪があるだけだった。
「 フラン・・・ やめるんだ、危ないよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ ! 」
赤い服の男は 素手で彼女の手も一緒に銃を包み込んだ。
セピア色瞳がじっと彼女を覗き込んでいる。
「 あなた 誰? 」
「 ・・・・・・・ 」
赤い服の男は つ・・・と腕を伸ばすと少女を引き寄せ 彼の胸にしっかりと抱いた。
・・・ このぬくもりを このにおいを わたしは ・・・ 知っているわ ・・・?
「 ・・・ ごめん。 ちょっとだけ・・・! 」
「 あ・・・ きゃ・・・な、なにを・・・・ あ ・・・ 」
冷え切った唇が 少女の口を覆った。 それは でも内に滾る熱さを秘めていた。
フラン・・・! フランソワ−ズ・・・ 思い出してくれ! お願いだ!
彼の腕の中でこちこちに固めていた身体が ふ・・・・っと緩んだ。
あわせた唇が ほんのすこし開く。 そして。
「 ・・・ ジョ− ・・・? 」
青い瞳が ゆっくりとそのオトコ、いやジョ−の顔を捉えた。
「 ああ! ・・・・ ああ、そうだよ、ジョ−だよ・・・・! 」
ジョ−は胸の奥からこみ上げる熱いかたまりに それ以上の言葉を発することができずに、
ただ 彼自身の名前だけを何回も繰り返した。
「 ・・・ わたし ・・・ 夢、をみていたのかしら・・・ あ・・・? 」
「 ん ・・・? どうかした? 」
ジョ−の胸から身を捩り 彼女は周囲を見回した。
「 ほら・・・呼んでる・・・ 聞こえるでしょう? ほら・・・ 」
「 どこから?? いったい誰がきみを呼んでいるのかい。 」
「 ・・・ 彼が ・・・ ほら。 さっきあなたにス−パ−ガンを向けたとき だめだよって後ろから
声をかけてくれたわ。 呼んでる・・・ 彼が呼んでいる! 」
「 え?? さっききみは ・・・ 」
「 ああ、墓地に行ったのかしら。 」
フランソワ−ズは ぱっと身を話すと回廊の縁に駆け寄った。
「 危ない! そこは崩れかけているよ! 」
「 大丈夫 ・・・ ああ、ほら あそこ! ・・・ ここよ〜〜!」
大きく身を乗り出し、 フランソワ−ズは下に拡がる墓地に向かって両手を振った。
「 ニコラ −−−− ! 」
雪の積もった墓碑の前に 青年が佇んでいる。
「 ノエラ。 ・・・ シアワセに! シアワセに ・・・・・!! 」
一面、白と灰色 そして 闇の色しかない空間にほう・・・っと鮮やかな黄金色が浮かびあがった。
青年はその黄金色を そっと墓碑に捧げた。
「 ニコラ! 今、 行くわ ! あなたの大切な方にお詫びしなくちゃ。 」
「 あ! フランソワ−ズ ・・・・ どこへ行くんだ? 」
「 墓地よ! ニコラがいるの。 」
フランソワ−ズはぱっと回廊を駆け出した。
「 ・・・ あ! ちょ、ちょっと待てったら。 危ないよ、フランソワ−ズ・・・!」
ジョ−は大慌てで彼女の後を追った。
「 ニコラ! ・・・・ あら ・・・ ? 」
凍った雪を蹴散らし降り立った墓地は。
― 白と灰色 そして 闇の色 ・・・ だけの音のない空間だった。
カツ −−−− ン ・・・・
凍て付いた空からは雪すらも落ちて来ず、動くものはなにもない。
フランソワ−ズの靴音だけが響き すぐに闇に吸い込まれてゆく。
「 ・・・ だって。 そこにいたわ。 さっき ついさっき、上から見たもの・・・ 」
「 フランソワ−ズ ・・・! 」
「 ジョー ・・・ ねえ、 いないの。 」
「 ・・・え ? 」
追いついてきたジョ−は 彼女の肩をしっかりと抱き寄せた。
「 おい、しっかりしろよ。 いきなり駆け出すから ・・・ どうしたんだい、なにが? 」
「 だってジョ−・・・ あなたもさっき、見たでしょう? 回廊から見えたわ。
あの・・・墓碑のところで手を振っていたでしょ? わたしを呼ぶ声が聞こえたでしょう? 」
「 フランソワ−ズ? ねえ、ぼくの目を見て。
きみは一人でこの廃墟に来たよ。 ずっとぼくは回廊から見ていたもの。 」
「 ・・・ ええ?? そんな ・・・ 」
「 声がした。 女性の声だってわかって、でもきみだとは思わなかったから回廊の陰から
見張っていたんだ。 そしたら 門が開いてきみが入ってきた。 」
「 ニコラと! わたしと似た髪の男の人と一緒だったでしょう?
そうよ、ベ−ジュのコ−トに白いマフラ−をしていたわ。 」
「 きみは一人だったよ、フランソワ−ズ。 」
フランソワ−ズは激しく頭を振った。
「 ううん、ううん! 違うわ! そうだわ、ここに ニコラの大事な方の墓碑があるはずよ。
そうよ、さっきそこに立って・・・ お花を・・・ 」
「 どこ? 一緒に探そう。 」
「 こっちよ、一列中に入ったところだったわ ・・・ えっと 天使の像がある列 ・・・ 」
「 ・・・ ここかい。 」
「 ・・・・・・・・ 」
ひゅ ・・・ッと鋭く息を呑む音が聞こえた。
フランソワ−ズの脚は 雪の中に突っ込んだきり止まってしまった。
目の前にあるのは ありふれた墓碑がひとつ。
角が崩れ全体の形も 歪んでしまっている。 ただ その前に鮮やかな黄金色があった。
「 ・・・ まだ新しいね。 誰か供えたのかな。 」
「 さっき ・・・ ニコラが。 ええ、ミモザは彼女の大好きな花だったって・・・ 」
「 マリアンヌ ・・・ 女性のお墓だね。 1925 〜 1949年か。 」
「 え・・・? そ ・・・ そんな ・・・・ 」
「 あ! 危ない・・・ 大丈夫かい?! 」
ふらり、と彼女の身体が大きくゆれ、その墓碑の前に膝を突いてしまった。
「 ・・・ ずっと待っていた って。 ずっと一緒にいる約束をしたって ・・・ 」
「 フランソワ−ズ ・・・ ? 立てるかい。 さあ ぼくに寄りかかって。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ ニコラは ・・・ ニコラは ・・・ 」
「 ああ、こんなに身体が冷えてしまって ・・・ とにかく建物の中に入ろう。 ね? 」
「 ・・・・・・・ 」
ぽと ぽとぽと ぽとぽとぽと ・・・・
フランソワ−ズのコ−トに涙が音をたて、流れおちる。
「 きみを助けてくれた人かい? いい人に逢えてよかったね・・・天使みたいだ。 」
「 ・・・え。 」
ジョ−は彼女の身体に腕を回すと ほとんど抱きかかえゆっくり歩き始めた。
「 よかった。 きみが無事で。 無事でこうしてぼくの ・・・ あのゥ う、腕の中に戻ってきてくれて・・・
ぼくは ・・・ すごく、すごく 嬉しいんだ! 」
「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」
「 さあ、もうちょっと頑張って。 雪が止んだね、よかった・・・・ ああ、雲も切れてきた。 」
「 ・・・ ほんとうね ・・・ 」
ニコラ・・・! あなたは ・・・・ 本当に 天使 だったの?
ノエルに雪と一緒に この地上に降りてきた ・・・ 天使だったの・・・・?
カツ カツ カツ ・・・
コツ コツン コツン ・・・
二つの足音だけが 静まりかえった墓所に響いていった。
「 ジョ−。 どうして この場所がわかったの。 わたし、あなたに話した? 」
廃墟になった教会の中に戻り、二人はぴたりと寄り添って座っていた。
フランソワ−ズは ぽつりぽつりと話始めた。
ジョ−は 彼女の手をしっかりと握ってだまって彼女の言葉に耳を傾けていた。
不気味な空間だった場所も二人なら なんともない。
ジョ−はマフラ−を外すと フランソワ−ズの肩に掛けた。
「 ほら・・・ 寒いだろ。 いや、きみが言ったのは高台でお兄さんと花火を見たってだけ。 でもね 」
「 ? 」
「 ・・・ うん・・・ あの、笑ってもいいんだけど。 この方角でこの上空辺りでね、音が聞こえたんだ。
それも 何回も。 雪雲で遮れられてなにも見えなかったけど 確かに何かの機械音が聞こえた。
飛行機かな ・・・ でもそれにしては高度が低すぎるし音もちょっと普通のとは違ってた。 」
「 機械音 ? ・・・ 飛行機 ・・・? 」
「 きみの能力 ( ちから ) だったらはっきり判っただろうけど、ぼくには無理だった。
でも ・・・ なぜか呼んでいるみたいな気がしてさ。 ヘンだろ? 」
「 ちっともヘンじゃないわ。 ・・・ そうね ・・・ きっと ・・・ 」
「 きっと? 」
「 ・・・ ううん、なんでもないわ。 ねえ、ジョ−、お願いがあるの。 」
「 え、なんだい。 」
「 あの、ね ・・・ 」
フランソワ−ズはジョ−と向き合い かっきりと彼のセピアの瞳を見つめる。
「 ね? もう一度キスして? 」
「 え・・! あ う、 うん
」
ジョ−はぎこちなく彼女の肩を引き寄せ おずおずと唇を寄せて来た、 そして。
・・・
ニコラ ありがとう
わたしはまた 愛しい人の腕の中に戻ることができたわ !
・・・ お兄ちゃん ・・・ ! ありがとう・・・・
お兄ちゃんが 合図してくれていたのね!
瞼の裏でくらくらと虹色の火花が飛び散るのを感じつつ フランソワ−ズはこころで呟く。
ようやっと二人の身体が離れたとき、二人とも息を弾ませていた。
「 ・・・ は ・・・ ご、ごめん 」
「 ・・・ ううん。 いいの。 ・・・ありがとう、ジョ−。 」
「 なあ・・・ あの、さ。 今度 ・・・ 花火、行かないかい。 」
「 ・・・花火? 」
「 うん。 夏に・・・ その・・・一緒に、さ。 」
「 ・・・ ほんとう・・・?! ジョ−。 嬉しいわ・・・・!」
フランソワ−ズは伸び上がり、もう一度ジョ−の唇に軽くキスをした。
あの彼は ・・・ 本当に天使だったのかしら ・・・
照れるジョ−の笑顔をみつつフランソワ−ズはこころの隅で ひっそりと思った。
そう、きっと。 ・・・ クリスマスの休暇にやってきた天使にちがいない。
でも、誰にもいわない、ジョ−にもいわない。
・・・ ニコラ。 ありがとう、わたしの 天使様 ・・・!
「 一日遅れたけど ・・・ メリ−・クリスマス・・・ 」
「 ・・・ メリ−・クリスマス ・・・ ジョ− 」
「 ・・・ さあ、帰ろう。 ウチに。 ぼく達の家に ・・・ ぼくのフランソワ−ズ! 」
「 ! ええ ・・・ ええ・・・! ジョ− ・・・! 」
ジョ−の差し出した手に フランソワ−ズはしっかりと白い手を重ねた。
もう ・・・ 離れない。 離さない・・・ !
崩れかけた教会で それは二人だけの愛の誓いだった。
誰も見ていなくてもいい。 誰にも知られなくてもいい。
見つめあう瞳に映るのは 愛しい人の姿だけなのだ。
夜のうちに、と二人はそっと街を抜けて行った。
一時晴れていた夜空から また ひとひら ひとひら 白いものが落ちてきた。
・・・ この雪が ぼくを迎えてくれたのかな ・・・ フランソワ−ズの許に・・・
再び静寂に覆われた雪空を見上げ、 ジョ−は低く呟いていた。
************* Fin. ****************
Last
updated : 07,08,2008.
***** ひと言 ******
えっと。
↓ は最後の最後まで ラストに付け足そうかど〜しようか 迷いまくっていた一節です。
どうぞ、お好みで付け加えるもよし、スル−するもよしってことにしてくださいませ。<(_
_)>
ざくざく ・・・ ざく
こびり付き凍った雪を蹴散らして 数人の男達がやってきた。
「 ああ、これだな? は〜ん
えらく年季が入っているなあ 」
「 空き家になって長いんだろ ま、新年前に片してしまおうぜ。 」
「 おうよ!
」
作業着姿の男逹ははりきってその古ぼけたアパルトマンを取り壊しにかかった。
何年も前に閉め切られ長い間立ち入り禁止になっていた建物は あっというまに解体されていった。
ぽっかりと空いた土地は やがて空が白い絨毯を敷き詰めるのだった。
あああ・・・ や〜〜〜っと終わりました★
ぐだぐだ言い訳は申しません、たったひとつだけ!
防護服の上着を脱がすには ホルスタ−の付いたベルトを外さなければなりませんね。
ジョ−君の あ・・・ 寝ちゃったのか! の シ−ン、ちょいと矛盾しますが、
まあ・・・絵になる?と思って 目を瞑ってくださいませ。
どうぞ お願いいたします。 <(_ _)>
ニコラ君は 本当に天使だったのかって? さあ・・・
それは アナタ様の as you like ・・・ ( お気に召すまま ・・・ )
しかし! 梅雨明け間近の蒸し暑い日に 真冬の景色を書くなんざ
狂喜の沙汰でありましたわ★
あ! もういっこ! < デッサン力のないピカソ 云々 >の表現は だ〜い好きな漫画から
拝借しました、すみません〜〜 ( ぺこり )