『 雪迎え − (1) − 』
その年の冬は 寒かった。
緯度の高い地域の国々では待降節を迎えるころから霙や雪が降る日が多かった。
千年の都を持つその国でも 都付近は冷え込みの厳しい日々が続いた。
人々は一年で一番華やぐ時季に、厚いコ−トに身をつつみマフラ−に首を竦めて過していた。
しかし灰色の空のもと 明るいイルミネ−ションやら飾りつけで地上は逆に華やかさを増しているようだ。
「 雪、降るかしら・・・ 」
「 さあねえ。 でもこの様子なら多分。 」
「 ロマンチックだけど・・・ 足元がね。 」
「 いいじゃないか、出歩かずに家で過そうよ。 」
「 そうね。 え〜と・・・ プレゼントはあと ・・・ 」
「 マリ−はやっぱりお人形がいいのかなあ。 」
そんな会話が人波の中から 漏れ聞こえてくる。
午後には早々と街中に灯りがともり 飴色の光がやんわりと石畳の道に影をおとす。
皆・・・ 足早に、そして楽しげに行過ぎてゆく。
北にあるオシャレな都市は 雪曇の中でも華やかな顔を見せていた。
「 ・・・ 一人で本当に大丈夫かい? ぼくも あの、よかったら一緒にゆくよ? 」
「 ありがとう。 でも ・・・ いいの。 これはわたしが一人で行かなくちゃいけないの。
ううん ・・・ 一人にさせて・・・ 」
セ−ヌをかなり下ったところにある小さな波止場に人影があった。
この寒空に川辺に近寄るものもなく、小型のボ−パスが人目につくこともなかった。
がらん、とした船着場には少女がひとり、降り立っている。
白っぽいコ−トの肩に豊かな亜麻色の髪が流れ、立てた襟許からは白い頬が覗く。
会話の相手は船上にいるらしく、姿ははっきりとは見えない。
声の調子からみて、どうも少年のようだ。
「 わかった。 それじゃ・・・明日の今頃、ここにボ−パスで迎えに来ているからね。
あ・・・ もし、もし、何かあったら遠慮なく脳波通信で呼んでくれよな。 」
「 ん。 ・・・ ありがとう ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 ・・・・ 素敵な時間を過せるといいね。 えっと・・・ Bon Voyage っていうんだろ? 」
「 まあ・・・・ 」
クス・・・っと笑った少女の頬に ようやく赤味がすこし差してきた。
「 あ・・・ ちがった? ぼくの発音じゃわからないか・・・ 」
「 ううん、ううん。 そんなことないわ。 」
「 だって きみ、笑うんだもの。 」
「 ふふふ ・・・ ごめんなさい。 でもね、別にジョ−の言葉が可笑しいんじゃなくて
ほんの一日の外出に・・・ Bon Voyage って言うから。 」
「 え? そう言わない? 」
「 ・・・ いいわ、ありがと。 すてきな言葉、うれしいわ。
この街では聖夜にはね、花火が上がるの。 よく兄と高台まで見に行ったわ・・・ 古い教会があって。 」
「 へえ・・! 冬の花火か。 面白いね〜 」
「 とっても綺麗なのよ。 いつか ・・・ あの・・・ 一緒に行きたい・・・わ、 ジョ−と・・・ 」
「 うん、いいね〜 日本だと花火って夏が相場だけど。 クリスマスの花火なんて楽しいな。 」
ジョ−は無邪気にいっぱいの笑顔である。
・・・ あ。 <楽しい>だけなのね・・・
少女はすこしばかりがっかりしたけれど、そっと笑顔のしたに隠してしまった。
それほど ジョ−の笑みはなんの屈託もなかったのだ。
「 ・・・ じゃあね、ジョ−。 行ってきます。 」
少女は身を屈め、狭い甲板に立つ少年の頬にキスをした。
「 わ・・・! あ、あの〜〜 行ってらっしゃい、 003。 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
・・・ 003、か。 わたしはずっと ジョ− って呼んでいるのに。
あなたにとって わたしは 003 でしかないの・・・・
ふう・・・ 小さな溜息がもれた。
そして 彼女は背筋をぴんと伸ばして歩き始める。
逃げるため、じゃないわ。
・・・ そう、新しく始めるため、よ。 新しい一歩。
そのためにもどうしても・・・一度、 故郷を見ておきたいの。
コツコツコツ ・・・・
硬い靴音を残し、少女は川沿いの道に消えていった。
それと共に、停泊中の小型ボ−トが密やかに船着場を離れていった。
灰色の水面に小さな波がたちとろりとしていた水がゆるやかに上下していた。
・・・ ジョ−。 行ってきます。
明日、ここに戻るまでは ・・・ わたしはただの女の子・・・
耳の隅に遠ざかる船の音を残したまま 彼女は ぷつり、とスイッチを切った。
「 ・・・ 故郷で素敵なイブを過せるといいね。 」
ボ−パスの中でジョ−はぽつり、と呟いていた。
本当は そう言いたかったのに。
この街のどこへ行くのかい、 誰か知っているヒトがいるのかい、 どうして一人でゆくのかい・・・
ぼくが 一緒では ・・・ だめ?
そんな言葉があふれ出しそうだった。
でも。
きみの笑顔。 泣いてるみたい、でも 泣いてなんかいない。
そんなきみの微笑みに ぼくはなんにも言えなかったんだ・・・!
「 ここで待っているから。 一緒に帰るんだ。 きみと一緒に・・・! 」
ジョ−は ぐっと手を握った。
そして 今度こそ。 ちゃんときみの名前を呼ぶ。
・・・ おかえり、 ぼくの フランソワ−ズ・・・ って!!
ひらり。 ・・・ ひらひらひら ・・・・
低く垂れ込めた鈍色 ( にびいろ ) の空から 白いものが零れ落ち始めた。
・・・・ ああ。 とうとう降ってきたんだなあ・・・
青年は重く垂れ込めていた空を見上げた。
この季節、この街の空はいつだってむっつりと黙り込んでいるけれど、
今日という日のために、すこしは機嫌を直してくれたのかもしれない。
ちらちら舞ってきた風花は 殺風景な空の唯一のオ−ナメントだった。
いいさ、これも ・・・ 想い出だ。
そう ・・・ こんな日にはいつだって一緒だったね・・・
どんな寒さも 二人で居ればなんともなかった・・・
ふう ・・・
青年は一息、冷たい空気を吸うと マフラ−をきつく巻き直し歩き始めた。
彼の淡い色の髪が ・・・ じきに白くかわっていった。
街行く人々もみな、肩に、アタマに 白いものを乗せていたが 皆気にかける様子はない。
うきうきした足取りは 石畳に落ちる雪など気にも留めずに蹴散らしていった。
「 ミモザ、ありますか。 」
表通りに出る前の角で 青年は足を止めた。
小さな花屋が降り始めた雪を気にして 道路に出していた花桶を引きこみ始めていた。
今日の日めあてか ほとんどが薔薇やポインセチアだったけれど
どの桶も半分以上からになっていた。
「 え? ああ、ちょっと待ってくださいね。 え〜と 確か・・・ 」
雨避けのシ−トを抱えていた少女がぱたぱたと店に駆け込んだ。
薔薇よりも君が好きな花がいいだろう?
・・・・ いつもこの季節にはミモザがお気に入りだったよね
青年は 店内に溢れるとりどりの色彩をぼんやりと眺めていた。
「 お待たせしました! あの・・・ これしかないのですけど・・・ 」
デニムのエプロンをした少女が一束の黄色い花を差し出す。
「 ああ、いいですよ。 これ、ください。 」
「 はい、ありがとうございます。 あ・・・ リボンとか、かけますか? 」
「 え・・・と・・・? 」
「 プレゼントでしょう? 恋人への・・・ だったらリボン、喜んでくれますよ〜、彼女。 」
「 あは・・・ そうかな。 それじゃ お願いします。 」
「 はい。 これは今日のサ−ビスですからね〜 」
少女ははしばみ色の瞳をくるり、と回して朗かに笑った。
「 ありがとうございました〜〜 Joyeux Noel ! 」
「 Merci, Joyeux Noel ・・・ 」
すこし明るい顔になり青年は店を後にした。
大通りをつっきり反対側の地区に入る。 裏道にはいるともう街燈が点き始めている。
細い道はすでに白っぽく色をかえてきていた。
「 雪か・・・ いいさ、君とのデ−トに空もプレゼントをくれたんだって思えば・・・
約束したよな、ずっと・・・ずっと一緒だって。 」
青年は花束をしっかりと胸に抱えると、すたすたと路地を辿り街を通りぬけていった。
ずっと続く階段を登りきり、まだごちゃごちゃと建ち並ぶ旧いアパルトマンの地区をぬけ・・・
行き交う人々はだんだん疎らになってきた。
家々の間に 鬱蒼とした木々が多くなり ・・・ やがてぽっかりと広い場所にでた。
キィィィ ・・・・
青年は入り口の低い鉄柵の門を開けた。
軋みつつ開いた門は凝った模様を描いているが びっしりと赤錆で覆われている。
青年は迷いもなく踏み込み、すたすたと小路をたどってゆく。
すでに日はほとんど没しかけ 辺りは薄墨色の空気の中 ちらちらと白いものが舞い続ける。
そこは
その地に広がるものは。
朽ちかけた石碑やら 片翼が落ちた天使像 そして 苔むした十字架。
訪れる人もほとんどいない、打ち捨てられた墓地だった。
「 やあ。 また・・・来たよ。 聖夜は一緒にすごす約束だろう? 」
青年は 一つの十字架の前で立ち止まった。
明るい声で挨拶をし、上着の下にして抱えてきた花束を取り出した。
色彩のない世界が ぱあ〜〜っと明るくなった。
黄金色の小花たちが あたりを優しく照らし出す。
「 ほら、プレゼント。 ・・・ 気に入ってくれる・・・かな。 」
彼は十字架に近寄り 花束をそっと立てかけた。
「 ああ・・・ よく似会うよ。 そうだ、君のあの白いドレスにぴったりだよ・・・
ねえ、今度あれを着て新年を迎えるダンス・パ−ティ−に行かないかい。 」
ひゅう・・・・ ・・・・
雪まじりの風が 廃園になった墓地を吹きぬけてゆく。
「 おっと・・・ 倒れちゃったね。 押さえておいたほうがいいかな。 え〜と・・・? 」
彼は身を屈めて花束を拾い上げると 周囲を見回した。
広い墓地の端には やはり朽ちかけた教会が残っている。
大きなステンド・グラスも破れ 壁をめぐる廻廊もところどころ落ちているが、
少なくとも吹きさらしの墓地よりはマシだろう。
「 ちょっと・・・ あそこに寄せてもらおうか。
うん、そうすれば君と一緒に ・・・ ずっと一晩中でもおしゃべりしていられるね
・・・ いこうか。 」
青年は花束を片手に、そして空いた腕を 墓標に差し出した。
「 つかまったね? じゃあ ・・・ ゆこうか。 」
とっぷりと暮れた空からは どんどん冷気とともに雪が落ちてきている。
墓所も一面、真っ白になり始めていた。
「 雪の夜のデ−トも ・・・ いいもんだろ。
あ・・・ 夜明かしなんかしたら叱られるかい。 ・・・ いいよね、教会にいるんだもの。 」
満面の笑顔で話しかけ、青年は足取りも軽く 壊れかけた建物に入っていった。
・・・ カツーーーーン ・・・・ カツン ・・・・
高い天井の聖堂内に 足音がひびく。
青年は最早十字架すらない祭壇に向かい十字を切って軽くアタマを下げた。
「 さあ・・・ ここに ・・・ あれ? 」
雪明りを通してさっと窓の外を横切る影があった。
かなり高い位置だから 廻廊を渡っているのかもしれない。
「 あ・・・ 誰かいるのかな。 あの廻廊は危ないんだ、一部崩れているし・・・
ここで待っていてくれる? 」
彼は ミモザの花束をそっと祭壇の隅に置くと、お聖堂 ( おみどう ) を抜け外にまわった。
「 ・・・ 誰かいるのか? ここは 危ないぞ! 」
声を限りに張り上げたけれど、ヒトが現れる気配はなかった。
「 お〜い ・・・ 誰もいないのかい。 ・・・ 気のせいだったのかな。
でも ・・・ ちょっとだけ見回っておこうか。 」
壁にしっかりと身をよせ、青年はゆっくりと外廻廊を辿りだした。
二つ目の角を曲がったとき。
ちらり、と赤い色が目に入った。 廻廊の床にちかい位置だ。
彼は慎重に歩を進めた。
「 ? ・・・・ あ !!! 」
雪に半ば覆われた石床に 少女が倒れていた。
亜麻色の髪が雪の上に散り拡がり、 赤いモノがやけにはっきりと目だっていた。
「 ・・・ 君?? しっかりしろ!! おい! 大丈夫か・・・! 」
「 ・・・ う ・・・ ん ・・・・ 」
冷え切った頬を ぴたぴた叩き、コ−トの上から身体を擦った。
少女は低い呻き声を洩らしただけで 蒼白な頬に落ちた睫毛はゆらぎもしない。
「 君・・・ どうしてこんなトコロにいるんだい? 」
青年は屈みこみ半ば彼女を抱きかかえていたが、気がつけば雪まみれになっていた。
廻廊のそこからは おそらく晴れた日には遠くの街を見晴らせるのだろう。
しかし 今夜はただ粉雪が舞い散っているだけだ。
「 ・・・ おい! ああ、ここじゃ身体が冷えるばかりだ・・・ よし。 」
彼は その少女をゆっくりと抱き上げた。
「 ちょっと遠いけど。 僕の部屋へ ・・・ おいで。 」
青年の足跡に たちまち新しい雪が積もる。
再び動くモノのなくなった廻廊に ぽつん、とひとつ華やかな色彩が落ちていた。
やがて ・・・ 赤いカチュ−シャは いつの間にか粉雪に埋もれてしまった。
「 今、何時だ。 」
「 ・・・ もう11時をまわったよ。 」
溜息と一緒にピュンマの声が返ってきた。
「 ・・・ ふん・・・! 」
不機嫌のカタマリ、といった表情でアルベルトはどさり、とシ−トに腰を落とした。
「 今晩中に戻るよって言ってたからさ・・・ 」
ピュンマが申し訳みたいに取り成したが、こちらも溜息交じりである。
「 ふん、 シンデレラ姫は舞踏会の最中ですってのか。 今夜にはここを発つ予定なんだぞ。
迷惑ばかりかけやがって 」
「 まだ あと一時間あるよ、<今晩> はさ。 」
「 ・・・・ ふん 時間が来たら予定通り出航だ。 夜遊びの少年・少女には付き合わん! 」
バン! とシ−トを叩くと、アルベルトは立ち上がり コクピットのドアにむかった。
「 アルベルト? 」
「 ・・・ 仮眠してくる! 予定通り出航だぞ! 」
盛大な足音を残し、アルベルトはキャビンへと出ていった。
「 ・・・ ふふふ・・・・ 本当は一番心配しているのは彼なんじゃないかな。 」
「 ははは・・・ ピュンマ、お主にもわかったか。 アイツがイライラしているのは
マドモアゼルが心配だからさ。 ま、ジョ−のことも ・・・ちょっとは気に掛かっているだろうが。 」
「 そういうこと。 ・・・ でも やっぱり遅いよね。 」
「 うむ。 何事もなければよいがね。 」
シュン ・・・!
「 よ〜お! あンのやろ、まだ帰ってないんだって? 」
ドアの音とともに長身赤毛が にぎやかに現れた。
大股でコクピットを横切ると パイロットシ−トにどっかり座り込んだ。
「 いい加減、夜遊び、してんでね〜の? 二人でメリ−・クリスマス〜〜 ちゅ♪ とかよ。 」
「 いや。 ジョ−はフランソワ−ズと落ち合ったらまず連絡を入れる手筈なんだ。 」
「 はん? そんで。 」
「 夕方、ボ−パスで出ていったきり。 ジョ−からも連絡、 なし。 」
「 んならよ〜〜 がんがん脳波通信でよびかけたらいいじゃん。 ジョ−のヤツにも・・・
フランソワ−ズにだってもよ。 」
「 いや ・・・ 大都会だとね、どこで誰に偶然傍受されるか解らないからね。
むやみと脳波通信を使うのは あぶないよ。 」
「 ふうん ・・・ そんならよ、オレがひとッ飛びして探してくるわ。 」
ジェットはバ・・・っとシートから身を起こした。
「 いっちょ、行ってくら ! 」
「 あ、待てよ! 待てったら! いくら雪空だってこの服では目立ちまくりだよ?
取り合えず ・・・ あと一時間、待とう。 」
「 ふん ・・・ ほんじゃオレはココで仮眠するぜ。 」
ジェットはもう一度シ−トに引っくり返ると くるり、壁の方を向いてしまった。
「 あ〜あ・・・ もう〜〜 ! ・・・あ!? ジョ−かい? 」
ピュンマは顔を輝かせ、頭の中の <声> に応え始めた。
< ・・・ ウン ・・・・ ずっ・・・ 〇〇の船着場 ・・・ 来ない・・・ ずっと待って・・・ >
なぜか酷いノイズ入りで ジョ−から通信が飛んできた。
< お〜〜い!ジョ−? 君は無事だろうね? >
< ぼ ・・・ なんともな ・・・・ うん、居ないんだ ・・・! >
< なんだかノイズがすごいよ? それで、どうするつもりかい、出航まであと一時間と少しだよ。 >
< ぼく ・・・ 残って 003 ・・・さがすよ! 街に 出て・・・ >
< おいジョ−! しっかり聞けよ。 その服でどうするんだよ? いくら夜でも・・・
一度ドルフィンに戻って・・・ それから出直せ。 >
< ・・・ でも ・・・ どうして ・・・ 心配 ・・・ ! >
< だったら加速してでも戻って来いよ。 いいな! >
< 12時 ・・・ 待ってから ・・・ もど ・・・ ! >
< ああ、はいはい・・・ >
ピュンマは少々鼻白んだ気分で脳波通信を切った。
・・・ なんだよ! やけに熱が入るじゃないか〜〜
「 ・・・ でもなあ。 フランソワ−ズはどこへ行ったんだ? 」
ピュンマは潜航中の窓から 冬の海中をぼんやりと眺めていた。
「 ずっと打ち合わせの場所で待っていたんだけど。 もう11時過ぎても帰ってこないから
ぼくも上陸したんだ。 」
「 え・・・ ジョ−、君その防護服でかい? 」
「 仕方ないじゃいか。 あの辺りは人通りもあまりないから・・・でも目立たないように
加速装置で移動したよ。 」
出航予定時刻ぎりぎりに ボ−パスはフル・スピ−ドで飛び込んできた。
セピアの髪から水を滴らせ ジョ−は重い足取りでドルフィン号のコクピットに現れた。
・・・ ひとりきりで。
「 ジョ−。 お前、地理の見当はついていたのか。
彼女がどこへ行くつもりか聞いていたのか。 」
「 ううん・・・ 聞いたんだけど、教えてくれなかった。 」
「 それじゃ ・・・ 君はやみくもに歩き回ってきたわけかい。 」
「 ・・・ それしか ぼくに出来ることはなかったんだ・・・
脳波通信で何回も何十回も ・・・ ず〜っと呼びかけていたけど 返事はなかった。
途中で空からなにか・・・機械音が聞こえたけど、厚い雪雲でぼくの <眼> では
なにも発見できなかった・・・ 」
ジョ−はがくり、と自分のシ−トに座りこんだ。
「 そうか。 ・・・ それなら 出航だ。 」
「 !? アルベルト!? 彼女を・・・ 003を置き去りにするのかい?!
なにかのトラブルで ・・・ BGの追っ手とか ・・・ 捕まっているかもしれないじゃないか! 」
珍しくジョ−はアルベルトに喰ってかかった。
そんな彼を軽くいなし、この<司令官>の声音は少しも変わらない。
ジョ−はガバっと椅子から立ち上がったが 突っ立ったままだ。。
「 彼女から連絡して来ない以上、やたらと動き回るのは無駄だ。
とりあえず、一旦大陸を離れちゃんと上陸の準備をしてから捜索だ、いいな。 」
「 ・・・ 了解。 」
アルベルトの明解な指令に ジョ−は一言だけ応え口を噤んでしまった。
街の人々が 陽気に挨拶を交わし、何発もの花火がその都会の空を飾ったあと、
潜航中だった艇は静かに その街を離れていった・・・・
・・・・ どうしてこんなに身体が ・・・ 重いの・・・・ ああ・・・アタマが痛い・・・!
身じろぎするたびに全身の関節がきしきしと悲鳴を上げる。
起き上がろうとすれば 激しい頭痛にたちまち眩暈をおこしてしまった。
無理矢理に薄く開いた目に映ったのは まったく見知らぬ天井・・・
ここ ・・・ どこ ?
わたし ・・・ どうしてここにいるの。
ぱさり、と毛布がリネンに擦れる音がした。
一緒にドアが開き 軽い足音が近づいてきた。
「 あ・・・ 気がついたかい。 お早う・・・じゃないね、今朝は Joyeux Noel ! 」
「 ・・・・? 」
穏やかな声が聞こえ 次に視界にはしばみ色の瞳が入ってきた。
ベッドサイドに 明るい色の髪をした青年が心配そうな顔で身を屈めている。
柔らかい微笑みを浮かべた その顔に見覚えはまったくなかった。
「 ・・・ 誰・・・・ あなた、だれ。 ここは ・・・? 」
「 ここはね、僕の部屋さ。 君・・・ 教会の廻廊に倒れていたんだ。 覚えてる? 」
「 ・・・ 教会? ・・・ いいえ、全然 ・・・ あ・・・痛 ッ! 」
少女は顔を顰めこめかみにそっと手を当てた。
「 大丈夫かい。 熱は ・・・ ああ、もう大分下がったね。
うん、今日一日ゆっくり休んでいればすぐに治るよ。 あ、水、飲むかい。 」
「 ・・・ ええ・・・ お願い ・・・ 」
ちょっと待って、と青年は急いで部屋を出ていった。
少女はそろそろと身を起こした。
毛布がずり落ち、彼女は初めて服のままベッドにいることに気がついた。
・・・ 教会? 廻廊・・・ ?? ・・・ 全然覚えていないわ・・・
え ・・・? わたし・・・ わたし ・・・・ だれ・・・・ なの・・・・??
ひやり、と不気味は感覚が背筋を這い上がってくる。
覚えて ・・・ いない。 なにもかも。
自分は ・・・ 自分の名前は ・・・ ああ、わからない・・・!!
わたし。 ・・・ だれ。
少女は再び ベッドに突っ伏してしまった。
「 お待たせ、水ってのもちょっとな〜って思って。 ホット・ミルク、入れてきたよ。 」
青年がマグカップを手にして 部屋にもどってきた。
「 ・・・・・・・・ 」
「 あれ、どうしたの。 またアタマ、痛いのかい? 」
「 ・・・ わたし。 わからない、わたしが 誰なのか・・・ どこから来たのか・・・ !
わからない、わからないの・・・! どうしよう ・・・ どう ・・・ 」
少女の冬の海よりも深い青の瞳から ぽろぽろと涙が零れ散る。
「 ・・・ ほら、ちゃんとベッドに入って? 」
青年は湯気のたつカップをサイドの小机に置くと、そっと毛布をかけなおした。
「 ごめん、この部屋寒いよね。 もし起きれるのなら居間にこないかい。
居間っていっても狭いけど・・・ ともかくスト−ブがあるし・・・ ね? 」
「 ・・・・ あなたは どなた? どうしてわたしを助けてくださったの。 」
「 ・・・ 目の前で雪に半分埋まって倒れている女の子を放っておけると思うかい?
ね、毛布に包まってくれないかな、向こうの部屋まで抱いてゆくから・・・ 」
「 ・・・ ん。 ・・・ ありがとう ・・・ えっと・・・? 」
「 ニコラ、さ。 」
「 ・・・ ニコラ。 わたし ・・・ わたしは・・・ 」
「 う〜ん ・・・ ノエラ。 ノエルの日に出会ったから。 」
「 ・・・ ノエラ・・・・ 」
「 あっちの部屋で何か食べなよ。 お腹が温まると ・・・ シアワセな気分になれる。 」
クス・・・っと少女の小さな笑声が漏れた。
「 ああ、やっと笑ったね。 そうそう、その調子。 ノエルには笑顔がなくちゃ。 」
「 ・・・ ニコラ。 ・・・・ ありがとう・・・ 」
「 あの ・・・ わたし ・・・ いいのかしら、あなたのお部屋に・・・ 」
「 気ままな一人暮らしさ。 安心して、べつに下心はないよ。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
少女の頬に また笑みがひろがった。
「 せっかくの日だけど、カフェオレとバゲットくらいしかないんだ・・・ でも 一緒に
食べる人がいてくれれば 僕には御馳走さ。 」
「 ・・・・・・・ 」
こくん、と頷いた少女の亜麻色の髪が豊かに薄い肩から零れ落ちた。
青年は少女を毛布にしっかりと包み表の部屋に運んでいった。
その日、クリスマスの日は終日雪が降り続き 花の都はすっぽりと白いロ−ブに身を包んだ。
人々は家に引き篭もり家族や恋人とともに穏やかな時間を過していた。
「 ・・・ ジョ−です。 だめだ、どこにも・・・ それらしい女の子を見たひともいないよ。
え? ・・・・ うん、うん。 了解。 それじゃ もう少しだけ ・・・ うん・・・ じゃ。 」
ジョ−はカフェの片隅で古めかしい電話をカチリ、と切った。
人影もすくないカフェの中をのろのろと歩き片隅の席に戻った。
結局ジョ−は 半ば強引に一人だけ引き返してきたのだ。
クリスマスの日、 すっかり雪模様になった街には出歩く人の姿はまばらだった。
物好きな観光客が 時々足を滑らせ大騒ぎし、たまに子供達がはしゃいでかけ抜けてゆく。
午後の早い時間から 街には夕闇が漂いはじめ街燈は積もった雪に黄金色の光を映しだしている。
観光客相手のカフェも どんどん店を閉め始めた。
「 ラスト・オ−ダ−ですが。 」
ウェイタ−が遠慮がちに声をかけてき。
「 ・・・え?! あ、ああ・・・・ もうそんな時間なのかな。 それじゃ ・・・ クロック・ムッシュウを 」
「 はい。 お客さん、今日は特別早仕舞いですよ、この雪だし・・・クリスマスですからね。 」
「 ・・・ クリスマス・・・・ そうか。 あ、すみません、あのう・・ 昨日の午後、
亜麻色の髪に碧い瞳の女の子、19くらいの女の子、来ませんでしたか。 」
「 来ましたよ。 ・・・ 沢山。 」
「 え?! ・・・ え・・・? 沢山 ・・? 」
「 お客さん? この街の女の子の半分以上は 淡い色の髪に青い瞳ですよ? 」
「 あ ・・・ あ、ああ・・・ すみません、どうも・・・ 」
ジョ−は顔を赤らめ ・・・ またひっそりと椅子に腰をおろした。
波止場から市内までゆっくりと道を辿ってきた。
雪の降るクリスマスの日、開いているカフェを探すのも一苦労だった。
・・・ どこをどう・・・探したらいいのかな。
パリでの昔の住所を聞いておけばよかった・・・!
ジョ−は溜息と一緒に唇を噛む。
でも あの時は聞いてはいけない気持ちだった。 彼女の世界に踏み込んではならない、と・・・
花火のハナシなんかして、明るく振る舞っていたけど、本当はとても緊張しているのがよく判った。
ジョ−としては <気がつかないフリ> をするのが精一杯のことに思えたのだけれど・・・
カチン ・・・ カップにスプ−ンが当たり澄んだ音を響かせた。
ごく小さな音なのだが、人もほとんどいないカフェでは随分と大きく聞こえた。
あれ? ・・・ ああ、なんだ、スプ−ンか・・・
こんなに静かだとほんと、ピンが落ちる音も聞こえるッてヤツだよな
・・・ 音 ・・・・? ああ、あの時確かになにか、空から何回も機械音が聞こえたけど
あれって・・・ なんだったのかな・・・
出航時間が迫っても戻ってこないフランソワ−ズを探し、 ジョ−はこっそりと市内に紛れこんだのだ。
相変わらず雪は降り続いており、上空にはびっしりと厚い雪雲で覆われていた。
聖夜に出歩いているのは観光客ばかりで ジョ−は加速装置の on と off を繰り返し、
市内を移動していた。
・・・ん? なんだ? なにか・・・音がするぞ。 飛行機か? いや少し違うな・・
ジョ−は一心に空を見つめたが 垂れ込めた雪雲は低い位置にあり何も見つけることはできなかった。
機械音はそれでもしばらく上空から聞こえていたが やがて ふ・・っと消えてしまった。
「 そうだ、あの音がしたのは ・・・ 市街でも高台の上空だった・・・よな。 」
聖夜にはね、花火が上がるの。 よく兄と高台の教会まで見に行ったわ・・・
不意に彼女の言葉が蘇った。
フランソワ−ズはそれまで頬を強張らせていたが、ほんの少し微笑んでいた・・・!
「 なんの根拠もないけど ・・・ なにか手がかりがあるかもしれない! 」
音を立てて椅子をひき、ジョ−はギャルソンを呼んだ。
「 ・・・ 火って ・・・ 炎って いいわね。 」
古ぼけたスト−ブの前で 少女がうっとりと呟いた。
燃える炎の照り返りか 蒼白い頬がほんのり桜色に染まってみえる。
毛布に包まったまま、彼女はじっと炎を見つめていた。
「 うん? もっと石炭をくべようか。 」
「 ううん ・・・ これで充分よ。 すごく気持ちがいいの。 でも ・・・ なんだかこうやって
炎を眺めるのって ものすごく久し振りな気がするわ ・・・ 」
「 そうかい。 rive gauche ( セ−ヌ左岸 高級住宅街 ) ではスチ−ム暖房らしいけど。
ああ カ−テン閉め忘れてた・・・ 」
青年は窓際に立ち、レ−スのカ−テンを引いた。
「 でも ・・・ ずっと前 ・・・ ちっちゃい頃、寒い日にやっぱりこうやって・・・ 炎を眺めていた
気がするの。 隣に 誰かオトコのヒトがいたわ・・・ 」
「 君のパパかな。 」
「 ・・・ 大人じゃなかった・・・ わたしと似た色の髪と瞳が隣にいたの。 」
「 お兄さんだね、きっと。 」
「 そう ・・・ かもしれないわ。 そのヒトがわたしを呼ぶの。 でも ・・・ ああ ・・・
なんて言っているのか 聞こえない! 聞こえないの・・・! 」
ポトリ・・・ 少女の足元に涙が落ちる。
「 大丈夫 そのうち ふ・・・っと思い出すさ。 それまでは ノエラ でいいだろ。 」
「 ・・・ ありがとう ニコラ。 」
青年はポン、と大きな手を少女の亜麻色の髪に乗せた。
「 な、お腹空かないかい。 聖夜の御馳走はないけど・・・温かいもの、食べたほうがいい。 」
「 ・・・ ニコラもよ? 寒くないの。 」
「 僕は慣れているもの。 ああ、着換えね、僕のでよかったら・・・ これ。
新品じゃないけどちゃんと洗濯してあるからさ。 」
「 いいの。 」
「 どうぞ。 ・・・ ああ、まだ少しだけ熱いね。 なにか食べて ・・・ この部屋で休んだらいい。
ゆっくり眠ればすぐに元気になるよ。 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」
「 なにが。 」
「 だって ・・・ せっかくの聖夜に ・・・ 一緒に過す方がいらっしゃるのでしょう? 」
「 うん。 でも 大丈夫。 彼女も わかってくれてるから。 」
「 ・・・ そうなの? 」
「 うん。 ノエラ、余計な心配、しなくていいから。 じゃ、ちょっと待っててくれ。
ああ、これ・・・ 僕のマフラ−だけどショ−ルの替わりになるだろ 」
青年は少女の肩にマフラ−を掛けると、部屋を出て行った。
・・・ あたたかい ・・・・
少女は肩に置かれたマフラ−にそっと頬を寄せた。
つう・・・っと涙がころげおち 彼女は慌てて指先で拭った。
「 さあ、これを食べて。 ちょっと自信作なんだけど。 」
青年はトレイを捧げ 肩でドアを開けた。
スト−ブは景気のよい音をたて、居間はほんのりと暖まっていた。
「 そっちへ持ってゆこうか。 ・・・ ノエラ? 」
スト−ブの前では亜麻色の髪がマフラ−の間からのぞいて見える。
「 ほら・・・ 食事。 ノエラ ・・・ あれ? 」
近づけば すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。
「 なあんだ・・・ 眠っちゃったのかい。 それじゃ・・・ 」
青年はトレイをテ−ブルに置くと少女をそっと毛布ごと抱き上げた。
テ−ブルの脇に古ぼけたソファがある。
「 ちょっと窮屈かな、でもあっちの部屋より温かいし・・・僕も君の寝顔を見ていたいよ・・・
お休み、 ノエラ。 Joyeux Noel ・・・! 」
ゴウ ・・・・
静かな静かな部屋の中に スト−ブの音だけが響いていた。
外は 雪。 巴里の聖夜は白い帳に覆われ始めていた。
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updated : 07,01,2008.
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******* 途中ですが ・・・
すみません〜〜〜 またまた終りませんでした ( 泣 )
本当なら今回はコレで、次回はタイムリ−に ☆祭小話 かな〜〜なんて目論で
いたのですが・・・ どうも書きたいコトがあとから・あとから・・・ えらい長さになっても終らない・・・
およろしければ あと一回お付き合いくださいませ。
え〜〜 またまた 酷く季節外れなハナシで申し訳ありません〜〜〜<(_ _)>
はい、平ゼロの あのお話の < そうだったらいいのにな〜>版でございます。
<一言メッセ−ジ>で フランちゃんの記憶喪失話を〜〜って書き込みを頂戴し
お♪ それなら〜〜 と乗ってみました。
あはは・・・ず〜っと前に書いた長編とちこっと似てるかな??
でも 今回は 93ラブ♪ ですからね〜〜 ご安心ください♪