『  カ−ニバル・ナイト  −(2)− 』

 

 

 

 

 

 

   − 地鳴りみたいだ・・・

 

ジョ−はずっと荒れ狂っている吹雪の音に首を竦めた。

日本での台風などとは比べ物にならなかった。

厚い城壁や固く閉ざされた堅牢な窓を通しても 雪嵐の咆哮が響いてくる。

地の底から天の彼方から。

彼が知っているはずの可憐な白い切片は 突如姿を変えて不気味な牙を剥き出し

地上にしがみついている哀れなニンゲンどもに襲いかった。

 

   − すごいな。 よくこんな場所に暮らしていられる・・・

 

辺鄙などという生易しいものではない、この地。

冬には間違いなく陸の孤島となる厳しい土地に 彼らは住んでいた。

 

兄と、彼とは少し歳の離れた姉妹。

彼らは先祖代々、この古城に住み着いているのだという。

 

 

カサリ・・・

閉め切った部屋の空気が微かに動いた。

ジョ−は急いで奥まった位置にあるベッドの側に戻った。

 

「 ・・・ ジョ ・・・ − ・・・? 」

「 フランソワ−ズ。 ・・・ どう? 水、欲しいかい。 」

「 ・・・ ううん。 ・・・ ここ  どこ ・・・ 」

「 山頂近くにね、古城があって・・・ そこに避難させてもらったんだ。 」

「 ・・・ そう ・・・ ごめんなさい 迷惑かけて 」

「 そんなコト、気にするなよ。 さ ・・・ ゆっくり眠って? 」

「 ・・・ ええ ・・・ ありがと ・・・ 」

長い睫毛がすぐに優しい瞳を隠してしまった。

 

・・・ よかった。 大分呼吸も楽になったみたいだ。

 

やっと赤味が戻ってきたフランソワ−ズの頬を ジョ−はそっとタオルで拭う。

先ほど感じた不気味な冷たさは もうどこにも残っていなかった。

 

これで明日、吹雪が止めば なんとか・・・。

ここには長居しない方がいい。

 

ジョ−はフランソワ−ズの額に縺れる髪をそっと掻きやった。

 

・・・ ごめん、フランソワ−ズ。 本当に ・・・ ごめんね。

 

 

 

 

「 断る。 」

「 え ・・・? 」

「 ・・・ なんだと? 」

 

ジョ−は一瞬、吹雪の音に邪魔されて聞き間違えたのかと思った。

アルベルトは無表情な顔をいっそう厳しく引き締めた。

 

高熱で意識を失ったフランソワ−ズを抱きかかえ、ジョ−とアルベルトは突然開いた城門の中に踏み込んだ。

高い城壁に護られた城の中庭は 外の荒天がウソのようだった。

 

中庭の真ん中で大きなド−ベルマンが吠え狂い、その首輪をがっしりとした体格の男が押さえている。

猛犬は主人の制止に 不満そうな唸り声を上げた。

 

スキ−に来たのだが、この荒天に足を阻まれた。

連れの一人が体調を崩してしまったので 少し休ませて欲しい。

・・・ そんなアルベルトの、いわば救難要請をその男は無愛想に突っぱねたのだ。

 

ジョ−達の外観はどう見ても単なるスキ−客だったし、病人がいるのだ、と訴えた上で

まさか拒否に遭うとは さすがのアルベルトも、勿論ジョ−も考えてもみなかった。

 

「 しばらく、 この雪嵐が止むまでだけでも避難させてくれないだろうか。 お願いする。 」

「 邪魔はしません。 病人だけでも屋根の下で休ませてください。 」

二人は口々にこの城の主とおぼしき男に頼み込んだ。

 

ミッションの時、もっと酷い状況の中にじっと潜んでいたことなど何回もあった。

生命の危機に脅かされつつも 極寒の地で灼熱の太陽の下で闘った。

しかし、今 彼らは防護服を着ていなかったし山頂に近い地の吹雪は常軌を逸していた。

そして。 なによりも ・・・

ジョ−は ぐ・・・・っと フランソワ−ズの身体を抱えなおした。

 

  − ・・・ まずいな ・・・

 

先ほどまで吹雪の中でさえ熱く感じられていた彼女の額が 

今、そっと触れたジョ−の掌に ひやり・・・ と不気味な冷たさを残す。

荒かった呼吸が 浅く弱くなってきている。

 

・・・・ そうだよ。 彼女はずっと・・・具合があまりよくなかったんだ・・・!

 

空港で 汽車の中で。 ホテルのティ−ル−ムで。

そして ・・・ 昨晩、ジョ−の腕の中で。

細身だけれどしなやかにつよいその身体は ・・・ 熱かったのだ。

大丈夫よ ・・・ 。

彼女はいつもそう言って微笑んでいたけれど。

それが彼女の口癖であり、ぎりぎりまで我慢してしまう彼女の性格を

自分が一番良く知っていて ・・・ 一番身近にいるのに・・・!

 

ジョ−は自分自身を殴りつけたい気分だった。

 

「 ・・・事情はわかる。 だが他人をこの城には入れたくないのだ。

 悪く思わないでほしい。 」

「 ・・・ しかし・・! 」

 

「 お兄様 ・・・ ちょっとだけでも、ほら、回廊のところくらいなら。 」

「 お前は黙っていろ、リンダ。 」

男の後ろから 防寒具に身を固めた女性が顔をのぞかせた。

「 ・・・・・・・ 」

リンダと呼ばれた女性は口を噤み、夜の色を映す瞳を大きく広げジョ−達を見つめている。

「 気の毒には思うが。 出て行ってくれ。 」

 

「 ・・・! 」

ジョ−は隣で アルベルトが殺気を帯びるほど怒っているのが感じられた。

「 ・・・・・ あ ・・・ フラン? 」

ジョ−の腕の中でフランソワ−ズが微かに身じろぎをした。

亜麻色の髪が一筋、二筋・・・フ−ドから零れ出る。

 

「 その・・・ ご病人は女性なのか? 」

「 ・・・ そうです。 

「 お兄様 ・・・! 」

男の問いに なぜか高声でリンダは割って入った。

「 申し訳ないけど、中に入っていただくわけには行きませんわ。 

 兄も申しておりますが・・・どうぞお引取りください。 」

 

「 なあに? どうしたの。 リンダ姉さま? ・・・ 兄さまも。 」

 

「 ・・・? 」

突然別の澄んだ声が響いてきた。

ジョ−達もみんながその声の主を求め、城の入り口ホ−ルの上を振り仰いだ。

 

少女がひとり。

石造りの中二階に通じる回廊に立っていた。

けぶるプラチナ・ブロンドにうすい水色の瞳。

透き通る頬にはあまり生気はなかったが 表情は豊かで好奇心に満ちていた。

 

「 レナ ・・・ こんな寒い場所に来るんじゃない! 

 おい、リンダ、はやく寝所へ連れていけ。 」

「 はい、お兄さま。 」

リンダは素直に回廊に続く石段に足を掛けた。

 

「 あら、お客様なの? 私もお話したいわ。 」

 

少女は石造りの手すりから身を乗り出した。

その途端・・・

 

「 ・・・! 危ないっ! 」

 

 

 

 

「 ・・・はい? どうぞ? 」

ノックの音に、 ジョ−ははっと我に返った。

吹雪の音に紛れ、そしてフランソワ−ズの様子に気を取られていたので

すぐには気付かなかったのだ。

 

「 ・・・ レナさん?! 」

ジョ−は細目に開けたドアからあらわれた顔に目を見張った。

あのレナという少女が 盆を手ににこにこと微笑んでいた。

「 ああ・・・ よかった。 もうお休みになってしまったのかと思いましたわ。 」

「 いや・・・ まだ起きていましたから。 

 どうぞ。 廊下は冷えるでしょう。 」

「 ごめんなさいね、こんな時間に・・・ ちょっとだけ。 」

レナはするりとジョ−の側をすり抜けると 手にしていた盆を部屋のテ-ブルに置いた。

「 これ・・・ ホットミルクなんですけど。 ご病人とジョ−さんにって兄が。

 もしお好みでしたら・・・と思ってウィスキ−も添えておきました。 」

「 あ・・・ どうも・・・すみません。 」

「 いいえ・・・ 私こそ、さっきは助けてくださって本当にありがとうございました。

 あのまま落ちていたら、と思うとゾッとしますわ。 」

「 いや・・・ ご無事でなによりです。 」

「 兄や姉が勝手なことを言って ごめんなさいね。

 こんな辺鄙な場所にずっと住んでいると 人間嫌いになってしまうみたい。 」

でも、自分は反対だけど・・・とレナは屈託なく笑った。

「 あの・・・ もしよかったら私も一緒にミルクを頂いてもいいですか?

 お客様って珍しいから ・・・ もっとお話、したいんです。 」

「 あ・・・ あ、ええ、どうぞ。 フラ・・・いえ、病人は今、眠っていますのでミルクは後で・・・ 」

ジョ−は慌てて、レナに椅子を進めた。

「 ありがとう・・・。 私、小さな頃から身体が弱くて・・・ほとんどこの城の中だけで過しているの。

 だから外からいらした方のお話が聞きたいのです。 」

「 それは ・・・ お気の毒ですね。 でもあなたの兄上も姉上もとてもあなたを大切して

 いらっしゃるようですし・・・ 」

「 ええ。 私は兄様たちとは腹違いの妹なのですけど、二人とも私の身体を心配して

 父の後を継いで兄は私のために医師の資格を取ってくれました。 」

「 そうなんですか。 良い兄上ですね。 」

「 はい、姉と一緒になんとか私が健康になるように心を砕いてくれています。

 ああ・・・! 早く元気になって外の世界に行きたいわ。 」

「 ・・・ レナさん。  ・・・あ・・・? ちょっと失礼。 ・・・ フランソワ−ズ? 」

 

   − ・・・・ジョ− ・・・?

 

奥のベッドから微かに声が聞こえた。

天蓋から下がる薄物の帳がふわり、と揺れた。

「 フランソワ−ズ・・・ だめだよ、まだ起きては。 」

「 ・・・ 大丈夫よ ・・・ どなたか ・・・ いらしているの? 」

「 ほら・・・ コレを羽織って・・・・ うん? ああ、この城のお嬢さんだ。 」

ベッドからジョ−に支えられ、フランソワ−ズは身を起こした。

 

 ・・・ ああ、随分熱が引いたな。 よかった・・・・

 

「 こんにちは。 お具合はどうですか? 私はレナ、この城の娘です。 」

「 ・・・ 初めまして ・・・ フランソワ−ズ、といいます。

 いきなりお邪魔して ・・・ ごめんなさい・・・ 」

「 気になさらないで。  あの、よかったら ・・・ 如何? ホットミルクなんですけど。 」

レナは盆にカップを乗せ、ベッド・サイドに持ってきた。

「 まあ ・・・ ありがとうございます。 」

「 頂くかい? じゃあ ・・・ ほら・・・ 」

ジョ−はカップを取り上げると、フランソワ−ズを支えたままそっと彼女の口元に持っていった。

「 あ ・・・ ありがとう ・・・・ ジョ− ・・・  ああ、美味しい。 」

「 よかった・・・・ 今晩ぐっすり眠ればきっと熱なんかすぐに下がるさ。 」

「 ・・・・ ええ。 そうね。 」

フランソワ−ズはジョ−の腕の中からほんのりと微笑み、彼を見つめた。

「 ・・・ 素敵 ・・・ あなたはジョ−さんの奥様ですか。 」

「 ・・・え! あ ・・・ あのぅ ・・・ 」

ベッド・サイドのレナに問われ ジョ−は思わずミルク・カップを取り落としそうになった。

「 いえ ・・・ あの。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ 」

ジョ−の腕の中で フランソワ−ズの蒼白な頬がぽっと染まった。

「 あら、違いました? ごめんなさい。 」

「 いえ。 」

ジョ−は ・・・ ぐっと腕に力を込めフランソワ−ズの肩を引き寄せた。 そして ・・・

 

「 まだ <奥さん> じゃないけど。 近いうちに、きっと。 ・・・彼女はぼくのフィアンセです。 」

 

「 まあ、いいですね〜 羨ましいな。 

 私も早く元気な身体になって・・・ 素敵なヒトと出会いたいわ。 」

「 ・・・レナさん あなた、お綺麗ですもの、きっと ・・・ ねえ、ジョ−? 」

「 う、うん。 そうだね。」

「 ありがとうございます。  ・・・ああ! 皆さんみたいに丈夫になって

 世界中を見にゆきたいわ。 兄も姉もとても私の健康に気を使ってくれています。

 さっき伺ったお話ですけど、サイボ−グって素晴しい身体なのね。 」

レナの無邪気な言葉に ジョ−は思わず声を固くして答えてしまった。

「 レナさん。 先ほどもお話しましたが・・・ この身体の中は機械が詰まっているのです。

 素晴しくなんか ありません。 」

「 あら・・・ だって強くて丈夫で、この城までだってスキ−で来られるなんて凄いわ。

  私、身体が弱いから本当に羨ましいですわ。 」

「 ・・・レナさん・・・ 僕らは。 半分・・・人間ではないのですよ。 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ なんてこと・・・ 」

フランソワ−ズの細い指がきゅっとジョ−の腕をつかむ。

「 ・・・ それは ・・・! 」

レナは初めて 表情を曇らせた。  

 

「 ごめんなさい ・・・ 私ったら ・・・ つい。 」

「 ・・・ いいんです。 でも、覚えていてください。 生身ほど素晴しいものはありません。 」

かさり、とジョ−の腕の中でフランソワ−ズが微かに身じろぎをした。

 

( ・・・ジョ−・・・! 誰かいるわ、ドアの外。 このドア・・・特殊なシ⊶ルドが・・・ )

( なに?! )

 

「 ちょっと・・・失礼。 」

「 え? どうしたのですか。 」

ジョ−はすっとベッドから立ち上がり、足音を潜めてドアに近寄った。

急に表情を変えた彼を レナは驚いて見上げた。

「 なにか・・・? あれは・・・吹雪の音でしょう? 」

「 ・・・ シッ ・・! 」

 

「  − 誰だっ!? 」

 

音を立てて開け放ったドアの向こうには寒々とした石造りの廊下が広がっているだけだった。

しかし、ジョ−の耳は走り去る足音を捕らえていた。

 

 − なんだ? わざわざドアにシ−ルドを貼るなんて・・・普通じゃない!

 

薄暗い灯りの廊下は幾重にも折れ曲がっていて

やがて・・・ ジョ−の耳から足音は消えていた。

 

・・・む・・・?

あの足音は ・・・ 女性のものだ。 姉のリンダか? 

それにしては 速いな。 ・・・ 速すぎる・・・ 生身にしては・・・。

一体、あの姉妹は、兄は・・・ 何者なんだ・・・?

 

ジョ−はしばし凍て付く回廊に佇んでいた。

 

( ジョ−? ちょっと来てくれ。 )

( ・・・ アルベルト? ああ・・・今、行く )

落ち着いたアルベルトの言葉がジョ−の頭の中に飛び込んできた。

ジョ−はぶるん・・・と頭を一振りして、アルベルトが泊まっている部屋に向かった。

 

「 ・・・ どうしたんだい。 こんな時間に。 」

「 お前こそ。 部屋の外に居たんじゃないのか。 」

アルベルトはドアを開けるなり 眉を顰めた。

「 うん・・・ 実はさ。 あ、なにかあったの? 」

「 ああ・・・ 何かってほどでもないがな。 さっきまであの姉娘・・・リンダが来ててな。 」

「 リンダ? この部屋にかい。 」

「 ふふん・・・ 最近の若い娘 ( こ ) ってのは えらく積極的なんだな。

 サイボ−グについてもっと知りたい・・・と言っていたが。 」

「 え。  リンダもかい。 」

「 どういう事だ? ・・・ まさかお前の部屋に あの・・・ 」

うん、とジョ−は大きく頷き、アルベルトの居る部屋をみまわした。

ベッドの近くにあるナイト・テ−ブルには ウィスキ−のグラスが二つ、乗っている。

「 あれ・・・ リンダが? 」

「 ああ。 近頃はオンナの方から誘いに来るらしい・・・

 ふん、もっとも押し売りはゴメンだが。 」

「 アルベルト ・・・ 僕のところにもレナが来たよ。 

 フランソワ−ズにも・・・ってホット・ミルクを持ってさ。 」

「 ・・・ どういう事だ・・・? 」

「 ココから出た後、リンダは僕の部屋の外で立ち聞きをしていたらしいんだ。 」

「 らしい? 」

「 ・・・うん。 フランソワ−ズがね、あのドアはシ−ルド加工がしてあって

 はっきりと気配はわからなかった。 彼女にも透視できなかったんだ。 」

「 ではなぜリンダは <立ち聞き> できるんだ? 」

「 ・・・ わからない。 でも・・・ 」

 

  − ・・・あ ?

  − なんだ ・・・?

 

二人の耳は同時に カップの砕ける音を捕らえた。

「 僕たちの部屋だ・・・! 」

「 急げ。 」

「 うん! 」

ジョ−とアルベルトは凍て付く廊下を駆け出した。

 

「 レナさんっ! どうしました?! 」

急いで戻ったジョ−達を迎えたのは  − 空っぽの部屋だった。

「 レナさん? ・・・ フランソワ−ズ、レナさんは・・・? 」

 

  − ・・・うっ! フランソワ−ズ?? どこへ行った!

 

奥のベッド、天蓋から垂れる薄絹の向こうに臥せっていたはずの身体は

どこにも見当たらず ・・・ ベッド・サイドにミルク・カップが転がっていた。

アルベルトは慎重にそれを拾い上げた。

 

「 フランソワ−ズ! どこだっ!? レナ・・・! 」

「 ・・・ やっぱりな。 ジョ−・・・ このミルクには何か薬物が入っていたな。 」

「 え?!」

「 俺の部屋へ持ってきたウィスキ−と同じさ。  

 お前 ・・・ まさかコレを? 」

「 ああ! レナも少し飲んでいたから・・・ フランソワ−ズに飲ませてしまった・・・! 」

「 ・・・む ・・・ しかし、まあ、彼女もまるっきりの生身ではないし・・・ 」

「 でも! あの熱なんだ、身体が弱っているんだよ? 

 ・・・ああ! ぼくは・・・なんて迂闊なことを・・・! 」

ジョ−は頭を抱え呻いた。

「 ジョ−、お前は階下へゆけ。 先ほどあの兄妹達と話していた居間を捜すんだ。

 俺は彼らの私室を探してみる。 」

「 了解! 」

二人は再び 足音を鳴らして回廊に飛び出した。

 

石壁の外では 再びびょうびょうと雪嵐が吼え狂い始めていた。

・・・ こんな夜、 雪の吸血魔女が襲いにくる・・・・

聖なる夜を目前に、山間に住む村人達は じっと息を潜めて家々に引き篭もっていた。

 

 

 

ツーーーン ツーーーーン

 

規則正しい機械音が 医療機器が立ち並ぶその部屋にひびく。

無影燈の元に 二つのベッドが並びそれぞれに年若い女性が横たわっていた。

シュ・・・っと圧縮空気の音がしてドアが開いた。

手術衣に身を包んだ男が現れ、中央のオペ台に歩み寄る。

無機質なまでに白一色のそこには プラチナ・ブロンドの少女が眠っていた。

 

「 ・・・ レナ。 これでお前はやっと 完全な健康体になれる。 」

男はそっと少女の頬をなでた。

「 お前は ・・・ お前の母親そっくりになってきたね。 あの美しい女性 ( ひと ) と

 そっくりに・・・。 私の少年時代の想い人に。 」

ほう・・・とマスクの陰から男の吐息がもれる。

「 さあ。 この娘からの心臓移植が最後だ。

 私とリンダの一部・・・ そして 村人達の<身体>でなんとかお前はここまで

 生き延びてきたね。 だが ・・・どうしてもどうしても適合する心臓を見つけられなかった・・・ 」

独り言なのか眠っている妹に話かけているのか・・・

男はぶつぶつと呟きつつ、隣のオペ台に視線を向けた。

「 この娘も改造人間だというから・・・ 彼女の人工心臓ならレナ、お前の身体にも適合する。

 ・・・ よかった・・・! これでお前も健康な身体になれる。 」

マスクに隠れた顔を一層無表情にし、男は薬品を注射器に吸い上げた。

 

「 ・・・ それでは。 年に一度の・・・そして最後の<儀式>を始めるぞ。 」

 

 

「 やめろっ!! 」

「 フランソワ−ズとレナから 離れるんだっ!! 」

外側は一見古びた木製にみえるドアが めりめりと音をたて裂けた。

男が振り向いた瞬間に 飛び込んだアルベルトはその手から注射器を叩き落とした。

怯みながらも男は並んでいたメスを取り上げたが これも簡単にもぎ取られてしまった。

 

「 ・・・ フランソワ−ズ! しっかりするんだっ! おい! 」

ジョ−はオペ台に駆け寄り、フランソワ−ズを抱き起こした。

「 フラン!  フランソワ−ズ・・・ 目を開けてくれ・・・! 」

ジョ−の腕の中で 亜麻色の髪が白い肢体が力なく揺れていたが・・・

 

「 ・・・ う・・・あ? ジョ ・・・ − ・・・? 」

「 フランソワ−ズ! 」

 

ゆっくりと濃い睫毛が瞬き ・・・ やがて青い瞳がジョ−を捉えた。

「 ああ・・・ よかった! 」

「 わたし ・・・ そうだわ、お部屋に女のヒトが急に入ってきて・・・凄い力で首筋を打たれて

 口を封じられてしまったの。 それで ・・・ 」

「 リンダだな、それは。 」

「 アルベルト? 」

「 ふん。 口ほどにもないヤツだ。 飛び道具がなければ何もできんらしい。 

 ・・・ おい? ご城主さまよ、何を企んだ? 自分の妹を、俺たちの仲間を

 どうするつもりなんだ。 」

アルベルトは足元に這い蹲っている男を睨み据えた。

「 ・・・・・・・ 」

「 ぼくのフランソワ−ズを ・・・ どうしようというのだ? 」

「 ・・・ う ・・・ぐ・・・ 」

ジョ−は片腕でフランソワ−ズを抱き締めたまま、もう片方の手で男の襟首を締め上げた。

「 場合によっては このまま息の根を止めやる・・・! 」

普段のジョ−とはまったく違った 低く抑揚のない声が響く。

「 ・・・ ひ ・・・! 」

ジョ−に見据えられ 男は微かに悲鳴を上げる。

 

  − ・・・ これがジョ−か・・・? 恐ろしいヤツだ・・・

 

歴戦の戦士、アルベルトも心の中で舌を巻いた。

「 ・・・おい、いい加減にしておけ。 」

「 ・・・ ああ。 」

「 何とか言え。 それとも恐怖で腰が抜けたか。 」

アルベルトはジョ−の手から男を解き放った。

 

「 ・・・ 私はレナを助けたかっただけだ。 妹は生まれつき死の病に取り付かれていた・・・

 私の父は彼女を助けるために ・・・ 私の臓器の一部を移植して<取り替えた>のだ。 」

「 なんだって? 」

「 それでも一部しか適合せず ・・・ 養女として引き取ったリンダの臓器を

 父亡き後には 私が移植手術をした・・・ だが ・・・どうしても心臓だけが・・・ 」

「 ・・・ なんという事を! 」

「 それで ・・・ 移植した臓器の替わりに機械を入れた、というわけか・・・ 」

「 私はなんとしてもレナを生かしたかったのだ。 

 レナを愛している ・・・ 彼女は私自身でもあるから ・・・ 」

男は呻くように言うと がくりと項垂れた。

 

「 それは愛じゃなわ。 」

 

澄んだ声が・・・それは小さな声だったが、はっきりと響いた。

「 ・・・ フランソワ−ズ・・・ 」

何時の間にか ジョ−の腕から身を離し、彼女はすっと背筋を伸ばして

男をまっすぐに見つめている。

「 あなたは自分を愛しているだけ。 それは真実の愛じゃない。

 他人を、他人の全てを受け入れるから ・・・ 愛は尊いのだと思うわ。 」

「 ・・・ お前は ・・・ この半機械人間を ・・ 愛している、というのか・・・ 」

蹲っていた男は 辛うじて顔をあげた。

 

「わたし。 ジョ−を愛しているわ。 彼のほとんどが機械でも、その機械ごと愛しているの。 」

 

「 ・・・・・ 」

ジョ−はだまって しっかりと彼女の手を握った。

細い指が彼の大きな掌を力強く握り返す。

 

  − ・・・ ああ! ぼくは こうしてこの女性 ( ひと ) から愛と勇気を

    貰ってきたんだ・・・!

 

「 レナさんは お兄さんを尊敬していますわ。

 あなたのやった事を一番悲しむのはきっと彼女自身・・・ 」

 

「 ・・・ そうよ。 わたしが 一番罪深いのだわ。 」

 

「 レナ? 」

背後から聞こえた細い嘆声に 皆が振り返った。

「 ・・・ おお・・・ レナ・・・ お前、睡眠薬が効いてはいなかったのか・・・・ 」

プラチナ・ブロンドの少女が − レナが オペ台に起き上がっていた。

 

「 ・・・ お兄さま。 本当なの。 この身体には・・・ 本当に

 沢山のひとから奪ったものが ・・・? 」

「 ・・・レナ ・・・ 許してくれ。 私はどうしてもお前に生きていてほしかったのだ・・・ 」

「 ・・・ なんという・・・こと ・・・ 」

 

  ガ ----- ッ !!

 

突然音をたてて何かがアルベルトに襲いかかってきた。

「 ・・・・・?! 」

アルベルトは軽くかわし、逆に相手をつかむと投げつけた。

 

 ガ・・チャン ・・・!

 

硬い音をたて、機械体が − いや女性がひとり、床に転がった。

 

「 なんだ? ・・・・ リンダ!? 」

「 ・・・ ギギ ・・・ギ ・・・・・ギ ・・・ 」

姉娘のリンダは しばらく無機質な音を上げていたが ・・・ やがてひっそりと動かなくなった。

 

「 ・・・ 彼女は ・・・サイボ−グだったのか? しかし・・・ 」

「 お前・・・ リンダに何をしたのだ? レナだけでなく彼女にも・・・? 」

アルベルトは再び男の襟首を締め上げた。

 

「 ・・・・ウ ・・・・ 違う・・・。 レナに移植した臓器の替わりに機械を・・・ 」

「 なんだって? そんな ・・・ 」

「 多分、中途半端で不完全な機械移植がリンダの理性を破滅に追いやったのだろう。

 そして・・・ そんな彼女を使って村人を襲わせたんだ。

 彼女を <雪の吸血魔女> に仕立ててしまった・・・  」

「 ・・・・・・ 」

 

 パン ・・・! 

 

「 ・・・む ・・・ む・・・ぅ ・・・ 」

鋭い音が 彼らの沈黙を破り、同時にアルベルトの足元にいた男が呻き声を上げた。

「 ? ・・・レナ! 」

 

「 許して ・・・ せめて私がこの手で ・・・ この罪を始末するわ。 」

 

レナが銃を手にジョ−達の後ろに立っていた。

「 レナ! 銃を捨てるんだ! 」

「 ・・・ ごめんなさい。  お兄さま ・・・ リンダ姉さま ・・・

 そして ・・・ 罪もない村の人々 ・・・ 私のために・・・ 今、私も。 」

レナは自分の胸に銃を向けた。

「 やめろ! レナ・・・・! 」

ジョ−が咄嗟に加速装置を稼動させようとした、その瞬間・・・ 

 

「 だめよ、死んではダメ! 」

 

フランソワ−ズの鋭い声が レナの手を静止させた。

「 どんなカタチでも生かされた命を大切にして! ・・・ それがあなたの義務だわ。

 そうよ、神様だって そうお望みよ。 」

「 ・・・ フランソワ−ズさん ・・・ 」

 

カツン ・・・・

音を立て、銃がレナの手から滑り落ちた。

 

「 ・・・そう、 私には・・・ 自ら命を絶つことは許されないわね。

 神様の下で 裁きを受けなくては・・・ 」

「 レナさん。 とにかく・・・ ココから一緒に村に下りましょう。 」

「 そうだな。 ・・・・さあ、俺たちと行こう。 」

「 ・・・ みなさん ・・・ ありがとう・・・ でも・・・! 」

「 あ! どこへ・・・! 」

 

レナは兄と姉の屍から離れ、部屋の奥に走りこんだ。

そして ・・・ さらに奥まった場所にあったスイッチを押した。

 

   ・・・・ ド ---------- ンン  ----- !!

 

遠くで雷にも似た音が炸裂した。

 

「 お逃げなさい。 これはいざという時のために城のすぐ上に設置しておいた爆破装置です。

 この雪です、すぐに雪崩が襲ってきますわ。 逃げてください・・・ 早く! 」

「 レナ、君も行くんだっ! 」

 

「 ・・・・・ 」

 

少女は首を振り・・・静かに微笑んだ。

そして

自分を愛し生かしてくれた兄と義姉の遺骸をしっかりと抱き締めた。

 

 

「 ・・・ レナ-----! 」

 

 

 

ジョ−とアルベルトがフランソワ−ズを庇いつつ、城から逃れた出たのとほぼ同時に

大雪崩が古城を襲った。

 

 

「 ・・・ あの兄妹らは ・・・ それでも愛しあっていたのかもしれないな。 」

「 ・・・ そうね ・・・ 」

「 ・・・・・・ 」

ジョ−は。 ただ黙ってフランソワ−ズの身体を抱き締めた。

 

 

狂乱の夜が、カーニバルの一夜が 明ける。  

太陽は全てを呑み込み覆いつくした純白の雪の上に その新しい光を投げかけていた。

 

 

 

 

「 とんだスキ−・ツア−だったな。 」

「 うん・・・ でも、また来るよ。 」

「 ああ。 今度こそ思いっきり滑ろう。 」

「 わたしも風邪なんか引かないわ。 」

たのむよ・・・と、ジョ−が笑う。

大事にしてやれよ、とアルベルトがジョ−の背を、どん・・・と叩く。

 

北ドイツのロ−カルな空港で 三人は別れを惜しんでいた。

空は相変わらず灰色一色だ。

 

「 今度 ここに来る時は。  ちゃんと・・・ ぼくの奥さん だからね。 」

ジョ−が ちょっと照れ臭そうに言う。

「 なんだ? 俺に黙って、か? 」

「 勿論、結婚式には出てくれるだろう? <義兄さん>。 」

「 ・・・ こいつ! 」

「 あ、搭乗のアナウンスだよ? じゃあ・・・また。 」

「 ち! 運のいいヤツめ。 」

笑ってアルベルトも手を揚げた。

ジョ−とフランソワ−ズは屋外に出た。 搭乗する機まで歩きなのだ。

 

二人の繋いだ手に また・・・ 粉雪が落ち始めた。

 

  − 彼女の お別れの挨拶かもしれないわ・・・

 

フランソワ−ズはふ・・・と鈍色の雲の彼方に視線を飛ばす。

 

「 ・・・ 行こう。 」

「 ええ。 」

 

これまでも。 そして これからも。 二人で共に生きて行く。

ジョ−とフランソワ−ズは 微笑を交わし歩きはじめた。

 

 

*******  Fin.  *******

 

Last updated : 12,26,2006.                       back     /     index

 

 

***  ひと言 ***

はあ・・・ やっと終りました〜〜〜

できるだけ陰惨な話にはしたくなかったのですが・・・

それと♪ ど〜しても・ど〜しても 甘々〜な93♪ が書きたかったのであります(^_^;)

え・・・ 北ドイツ云々については 嘘八百〜〜 どうぞお目こぼしくださいませ。

あ、分かり難い部分は 原作をどうぞご再読くださいませ〜〜〜 <(_ _)>

拙作は 私的補填版??に過ぎませんので・・・