『 Breeze − やさしい風 − < 2 > 』

 

 

「 お早う・・・おや、今朝はニッポンの朝ゴハンかね・・・ 」

「 おはようございます。 ええ、がんばってみました。 お口に合うかしら? 」

「 さ、それは地元国民クンにお伺いをたてねばなあ? 」

「 わあ、緊張しちゃいます・・・あ、ジョ−、おはよう。 ね、味はどうかしら・・・? 」

「 お早うございます・・・え、なにが。 」

相変わらずの寝ぼけマナコでジョ−が現れた。

「 あの、ね。 今朝は和食にしたの。お味見はしたんだけど・・・よくわからないのよ? 」

「 へえ・・・?わあ、すごいね!典型的な日本の朝食じゃない?卵焼きに、え、干物なんてよく焼けたね?」

「 ちょっと苦手っぽかったけどなんとか・・・」

はにかんで、でも頬を紅潮させている彼女の風情に 博士もジョ−も微笑をさそわれる。

「 では、いただくとするかの・・・」

「 えっと、じゃあ僕、 ご飯と味噌汁を持ってくるね。 」

「 あ、わたしやるわ。 ね、お味噌汁は特に心配なの!どんな味が美味しいのか分からないんですもの。 」

「 味見、味見〜と! 」

仲良くキッチンへむかう二人に 博士はことさら目をほそめていた。

 

「 ・・・うん、美味しいよ! 豆腐と葱か、上手だね〜 」

味見のお椀を口に運ぶジョ−を 心配げに見詰めていたフランソワ−ズはほっと表情を和らげた。

「 そう? 嬉しい!ほんとにドキドキだったの。 あ〜よかったわ! さあ、ご飯を・・・あらっ!!? 」

湯気の立つ炊飯器を覗き込み、フランソワ−ズは目を見張り固まっていた。

「 ・・・?どうしたの・・・? あれえ・・・お粥にしたんだ? 」

「 え・・・おかゆ・・・?べ、べつに・・・普通にマニュアル通りに・・・セットしたのに・・・」

「 ヘンだね? 炊飯器ってそんなに失敗しないよ、小学生でもできるし。 」

「 ・・・なんで、こんなリゾットみたくなっちゃったのかしら・・・どうしよう、今朝はパンの買い置きもないの、

 シリアルならあるかも・・・ 」

たった今迄とは一転、おろおろする彼女の肩をジョ−は笑って軽く叩いてた。

「 いいって、いいって。 大丈夫、中国式朝食だと思えば。 お粥もヘルシ−でいいさ、さあ博士が

 お待ちかねだし、ね? 」

「 ・・・ごめんなさい・・・ 」

「 やだなあ、あやまることなんかないって。 さあ、ご〜はんだ、ごはん〜だ♪ あ、ちりレンゲがいるな〜。 」

ジョ−は楽しそうにクスクス笑ってお盆を運んでゆく。

台布巾を手に彼の背を見ながら、フランソワ−ズは睫毛にひっかかった涙をそうっとぬぐった。

 

「 うん・・・まだまだ朝は冷えるからなあ、コレは身体が温まっていい・・・ 」

「 そうですよねえ。 あ〜味噌汁、美味しいなあ。なんか懐かしい味っていうか。 とても初挑戦とは

 思えない味だよ、フラン。 」

「 そう・・・? それなら・・嬉しい・・・ 」

博士とジョ−は、美味しそうに舌鼓を打ち次々に皿を空けてゆく。

そんな、食卓のいつもよりの賑やかさがフランソワ−ズには二人の自分への気使いに感じられる。

ごっくん。・・・隠したナミダと一緒に飲み込むゴハンは、にがい。

・・・カタカタ・・・カタ・・・カタ・・・

忘れていたはずのあの音が、急にまた耳についてきた。

 

「 やっぱり和食は苦手? あ、食べる方ってことだけど。 干物なんて無理だよね? 」

「 ・・・ううん、大丈夫・・・ ちゃんと食べられるわ・・・ 」

小首を傾げて尋ねたジョ−の問いにフランソワ−ズはあわてて箸を動かし始めた。

「 無理しないで・・・。 あ〜 わかったよ、どうしてお粥になったか。 」

「 え・・・? 」

「 ね、きみ、米をさ、すご〜く丁寧に何度もといだんじゃない? 」

「 ・・・とぐ? ああ、洗うことね。ええ、本にそう書いてあったから・・・水が白くなくなるまで洗ったわ。 」

「 それだよ、それ。お粥になった原因! 米はね2-3回、ざっととぐ程度でいいんだ。 」

「 そうなの・・・ ごめんなさい、わたし・・・なんにも出来ないのね・・・ 」

「 え、あ、そうゆう意味で言ったんじゃなくて・・・ 僕もさ、同じ経験があるんだ。小学生のころ、

 初めて朝食当番になった時、やっぱり張り切ってガシガシ米、といでぜ〜んぶお粥にしちゃってさ。

 ふふふ・・・でも、みんないつもと違ってオモシロイって喜んでたよ? 」

「 コレはこれで美味いぞ、フランソワ−ズ。 次から気を付ければいいことじゃ。 」

「 ・・・はい・・・ 」

何気無い二人の言葉が余計に身に沁みて。 

無理矢理 流し込んだ鯵の干物はますます塩辛く苦かった。

 

 無限に続くかと思われた朝食がやっと終わり お茶を淹れると彼女はそそくさと席をたった。

キッチンに食器を下げて また、溜め息がもれる。

・・・カタカタ・・・カタ・・カタ・・・

あの音を聞きたくなくて洗い物の音がいつもより大きくなった。

「 どうか、したの。 気分でも悪いの?  朝ごはん、ほんとに美味しかったよ。 」

不意に 後ろからジョ−の遠慮がちな声がした。

「 ・・・な・・んでも・・ない・・・わ・・・ べつ・・に・・・・ 」

笑顔を作ったつもりで振り向いたとたん 、ぽろぽろぽろ・・・

突然ナミダが止め処もなく零れ落ちはじめ 彼女のスカ−トに水玉模様を描いた。

「 え・・・ごめん、なにか気に障るコト言った・・・? ねえ、どうしたの、急に・・・」

ジョ−はおどろいて彼女の脇に立ち そっと顔をのぞき見た。

 

上手くつくりたかったのに・・・!! 朝食ひとつ、満足につくれない・・・

わたしって何をやっても、うまくできないわ・・・!

ちゃんと この家の中のことやりたいの。 でもみんな中途半端にしか出来てない。

みんなのことも・・・よくわからない、ジョ−はわたしがいると気詰まりなの・・・?

わたし・・・どうすればいいの、なにをすれば・・・いいの?

 

イワンのことだって。いくら普通より手がかからないっていっても、赤ちゃんの世話なんて初めてだし・・・

わからないコトばっかり・・・!! 出来ないコトばっかり・・・

なんで わたしここにいるの・・・どうすればいいの・・・!

 

 突然 堰を切ったように泣きながら話し出した彼女に ジョ−ははじめびっくりした様子だったが

それでもなにも言わずにそのまま 聞いていた。

「 ・・・ほら。 」

やがて どうにか彼女のナミダが止まりかけるとそっとタオルを差し出した。

「 顔、洗って・・・。 ね、ちょっと、出かけないかい? 」

「 ・・・こ・・んな顔で・・・出かけられないわ・・・ それに・・・後片付けや、お掃除もしなきゃ・・ 」

「 いいよ、そんなの。 そこまでだから。コ−トとマフラ−持ってくるから、玄関で待ってて。 」

 

 マフラ−で顔を隠すようにしてやっと戻って来たフランソワ−ズを、ジョ−は黙ってガレ−ジまで

引っ張って行った。

「 ちょっとドライブしようよ。 この近くにナイス・スポットを見つけたんだ。 」

僕のヒミツの場所なんだけど、とジョ−は車を出しながら楽しそうに笑った。

 

 

「 ほら・・・。 ここなんだ。 」

「 ・・・わあ・・・・ ちっとも気が付かなかったわ・・・ 近くにこんなところがあるなんて。 」

研究所に程遠からぬ空き地で 二人は車から降り立った。

「 ちょっと引っ込んでるカンジだから。 あんまり海風もこないし、だから草とかも茂るんだろうね。 」

春まだ浅い日のこと、その地にはまだ緑は現れていなかった。 

二人ならんで 枯れ草の上に腰を下ろすと、ジョ−は仰向けにひっくり返った。

風が遮られているせいか やんわりとした陽のひかりがそこかしこに満ちている。

身じろぎする度にかさかさと音をたてる枯れ草から ほんのり焦げたような香りがただよう。

「 ・・・ふう・・・ 」

つられた様に、フランソワ−ズも後ろ手をつき ゆっくりと深呼吸をした。

ゆるゆるとした沈黙が日溜りに溶け込んでゆく・・・ 

( ・・・ああ・・・ なんか・・・胸につまっていたモノが 溶けてゆく、みたい・・・ )

ひと息、ひと息、陽の輝きが身体の中にも満ちてくる、と彼女は思った。

 

「 また・・・こんな日々が来るなんて・・・思わなかった・・・ 」

ぼんやり空を見上げていたジョ−が ぽつりと口を開いた。

「 ・・・え・・・ 」

「 こんな風にぼけっと空を眺めてられる時が来るなんて。 それだけで僕はなんとなくシアワセだな・・・ 」

こうしてると今迄のこと、本当に悪夢だったのかもしれないって思うこともあるよ。 

ジョ−のことさら低い呟きが フランソワ−ズの耳をうつ。

「 それは・・・わたしも・・・ 」

「 あは、でもね。 夢だったらこうしてココにはいないだろうし、きみとも巡り遭えなかったワケだよね。 」

カサ・・・ ちょっと笑ってジョ−は静かに身を起こし膝を抱えた。 

 

「 気にさわったら ほんとにごめん。 」

枯れ草を1本弄びながら、ジョ−は海へ視線をむけた。

 

僕はさ、あんな育ちだから。 自分のことは自分でって、子供のころから言われ続けてたし。

実際、人の手は期待できない状況が多かったしね・・・

だから、つい。 きみがやってくれるのはすごくうれしいんだけど・・・なんか、申し訳なくて・・・

 

 すうっと大きく息を吸ってジョ−はまた空を仰いだ。

「 僕だけのために 誰かがなにかをしてくれるなんて生まれて初めてなんだ・・・

 なんか・・・どうしていいかわからなくて。 ありがとう、なんていうコトバだけじゃいけない気が

 して。 まるごと受け取ってもいいのかなあ、僕にそんな資格、あるのかなあって・・・ 」

中天の陽に 彼は眩しそうに目を細めた。

そんなジョ−の頬がほんのり染まっているのは 陽の反射だけでなさそうだ。

 

それに。 きみって なんか・・・無理に忙しそうにしてるみたいでさ・・・

家の事、ぜんぶやってくれて、なんか悪くて。 

だって。そんなコトだけのために ここにいるんじゃないもの、きみは。

 

きみって いつも一番最後にしちゃうだろ、自分自身のこと。

あんな状況の時だけじゃなくて、ふつうの時も、いつもいつも。

 

ぽ〜んと彼は 手にしていた枯れ草を放った。

 

「 こんなこと言ったら怒る・・・? さっききみが急に泣き出しただろ、びっくりしたけどなんか・・・

 ちょっと嬉しかったな。 ああ、きみもいろいろ迷ってたんだって。 」

なんか、親近感がわいたよ、とジョ−はくすっと小さく笑った。

「 きみはさ。 ずっと、なんていうかな、しっかりしてて、何でもきちんとこなせるヒトで。

 不器用な僕には、その。 近寄りがたいっていうか・・・ ちょっと、おっかないって、あ、ごめん・・・」

あわてて言い足す彼の様子が、なにか嬉しくてフランソワ−ズは自然に口元が綻んだ。

そんなきみでも 失敗したりして泣いたりするんだなって・・・ごめん、なんか ほっとした。

 

ごめん、とまた少し楽しそう言うジョ−の口調がだんだんと自分にも沁み込んで来るようで、

「 ・・・ジョ−・・・ 」

ならんで同じ空を見上げたまま、フランソワ−ズはじんわりマブタの奥が熱くなってきた。

 

ねえ・・・ぼ〜〜っと空を見て・・・ のんびりと・・・

ふふ・・・僕は。学生のころよくエスケ−プしてぼけ〜っと屋上なんかで空、眺めてたなあ・・・

あのころは、なんにも考えてなかったけど、ね。 あは、今だっておんなじ、かも・・・

 

ゆっくり・・・のんびり・・・・

 

そんなコトバとは ほんとうに久しく無縁だった。考える暇もなかった。

ずっと。 あれから、ずっと。

こんな日々、こんな時間があるということすら、忘れていた。

 

かちんこちんに固まって胸を塞いでいたものが すうっと消えてゆく・・・

「 ・・・わたし・・・ 」

わたし、なにを焦っていたのだろう。 

 

 ふうう・・・・・

 

大きく深呼吸。 あ・・・・やさしい風が吹いてくる・・・

 

突風のような春一番のあと、すこうしずつ やわらかい季節がやってくる

そうね・・・そうだわ・・・ちいさいころ、よくこんな風に兄さんと雲をみてたっけ・・・

からっぽになった胸の中に こんどは何をしまってゆこうかしら・・

ちょっとわくわくした想いでフランソワ−ズはかたわらの栗毛の青年にこっそり目をあてた。 

 

−ワタシ、コノヒトヲ スキ ニナルカモシレナイ・・・

 

ふわり、と彼女の亜麻色の髪が風になびく。

そのゆたかな煌きに青年は思わず 目を奪われた。

 

そんな 二人のささやかな・おだやかな 始まりをやさしい風が告げてる。

 

 

   **** FIN. ****

 

 後書き by  ばちるど

時間的には平ゼロ17話の後くらいですが、イメ−ジは新ゼロのあのEDです。

あれ、好きなんですよね〜。 季節的に少し逆行しましたが、のんびりゆきましょう、というところ。

 

Last  update : 4,3,2003

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