『 青い目の人形  −(3)− 』

 

 

 

 

「 ねえ、 ジョ−? 」

「 ?! 」

つんつんとハ−フ・コ−トの裾を引かれ、ジョ−ははっと我にかえった。

自分のすぐ脇で温かそうなファ−付きのフ−ドを被った少女がこちらを見上げている。

「 ・・・あ、ああ・・・ 君か・・・ 」

「 あなたの<お願い> ・・・ 本当に叶えていいのね? 」

「 願いって、あの。 ・・・ 短冊に書いた? 」

「 そうよ。 小さなあなたが毎年願って・・・ この夏にわざわざあの里を訪ねたでしょ。

 ねえ、いいの? 」

「 ・・・ うん。 ぼくもちゃんと真実と向き合わなくちゃいけないんだ。

 それが ・・・ どんな結末であろうとも。 」

「 そう。 ・・・ 勇気があるのね。 」

「 ある人が ・・・ ぼくに勇気をくれたから。 ぼくも彼女を見習わなくちゃ・・・って 」

「 ふうん。 ・・・ やっぱりね〜 恋人がいるんだ♪ 」

「 ・・・そ、そんなこと。 ぼく達は・・べつに ・・・ 」

「 も〜〜 ジョ−ったら。 ・・・ま、いいわ。 もうすぐ応援が来てよ? 」

「 応援 ・・・? ・・・あ ・・・? 」

再び少女の姿は消え、かすかにちいさな笑い声が中空から聞こえた・・・ような気がした。

ジョ−の前には また、あの母子が佇む公園の景色が広がった。

 

 

 

「 おやおや・・・可愛いお嬢ちゃんだこと。 お人形さんがお気に入りね。」

優しそうな老婦人が 通りすがりに声をかけた。

くり色の柔らかな髪に縁取られにこにこ笑っている赤ん坊をのぞきこみ、

そっとその髪を撫でてくれる。

「 ・・・え? ええ・・・。 これがあればご機嫌なんです。 」

「 まあま。 お母さんに似て、器量良しな娘さんになりますよ。 」

ありがとうございます、と母親はこみ上げる笑みを抑えてお辞儀をした。

寒くならないうちにお帰りなさいよ、と老婦人も微笑んで行過ぎていった。

「 ジョ−? 美人さんですって。 ふふふ・・・怒らないの。 

 ほら・・・ メリ−さん・・・ 」

手にしていた人形を翳せば 赤ん坊は小さな手を差し伸べきゅ・・っとつかむ。

「 そうなの?

 ジョ−、あなたはそんなにこの<メリ−さん>が好き? 

 そうね〜 あなたの一番初めのお友達ですものね。 仲良しさん♪ 」

母親は腕の中の息子に 飽くことなくやさしく語りかける。

「 ねえ、ジョ−。 パパが帰っていらしたら。

 3人で・・・あ、そのメリ−さんも一緒ね、みんなで楽しく暮らしましょうね・・・

 さあ、そろそろお家に帰りましょうか。 」

振り向いた拍子に ぐらり、と女性の身体が傾いだ。

 

 − あ・・・! 危ないっ・・・

 

ジョ−は思わず声を上げ、駆け寄ろうとしたが身体はまったく動かない。

ただ、ただまじまじと目を見開いていることしか できなかった。

かろうじて転倒をまぬがれた彼女は その場に蹲ってしまった。

 

母の様子を感じ取ったのだろう、赤ん坊の泣き声が上がる。

「 ・・・あ ・・・ ああ。 ごめん ・・・ごめんね、ジョ− ・・・ 」

血の気の失せた顔で それでも母は息子に微笑んで見せた。

ずり落ちそうなお包みを抱えなおし、彼女は胸を押さえ息を整えた。

「 ・・・ 平気・・よ。 大丈夫・・・ いつものことだもの。

 ・・・ さあ、帰りましょう ・・・ 」

ショ−ルの前をしっかりと掻き合わせ、母子はゆっくりと海を臨む地から立ち去った。

 

 

 − ・・・ ああ、そうか。 それで・・・

 

ぼんやりと母子を見送り、ジョ−はぼそりと呟いた。

あの歌。 あの人形。

母は 父から貰った青い目の人形を手元に置き、ジョ−に見せ、

くりかえし、繰り返しあの歌を口ずさんでいたのだろう。

それは 父との愛の思い出であり ・・・ 証であったのだ。

 

人影も疎らになった公園に 白いものが落ち始めた。

ふわふわと風花が 舞い踊る。

晩秋のこの地では 珍しいことだった。

 

 

 − ジョ− 

 

舞い散る小雪の中から 突然声が聞こえた。

・・・それは。

あの母が赤ん坊の自分に呼びかけてくれいていた声にも似て、

ジョ−は じっと白い切片でいっぱいの空間に目を凝らした。

 

彼の見開いた眼の前に ・・・ 

黄金 ( きん ) の髪を煌かせた乙女が現れた。

 

「 ジョ−ったら。 」

「 ・・・ 妖精 ・・・? 天使 ?  いや ・・・ 青い目の・・・人形だ・・・ 」

「 ジョ−! しっかりして。 ・・・ わたしよ? 」

雪の中から現れた人影は ジョ−のすぐ前に立った。

少し冷たい手が ジョ−のほほにそっと触れる。

 

その瞬間、ジョ−は今まで自分を縛っていたなにかから解き放たれた。

 

「 ・・・フランソワ−ズ!  どうして・・・? 」

「 わからないの。 ・・・イワンにミルクをあげていたら、急に・・・ 」

「 ・・・ そうか。 あの子が ・・・ <応援>を呼んでくれたんだ。 」

「 え? 応援 ? 」

「 いや・・・ ああ、寒くない? この時期にこんな雪って珍しいね。」

「 ええ。 ・・・ねえ、これは・・・ 夢 ?

 旅にでたはずのジョ−が こんな近くにいるなんて・・・ 」

「 わからない。 でも。 とにかく大人しく<観て>いなくちゃいけないらしいよ。 」

「 そうなの? ・・・ あら ・・・ 風景が ?? 」

 

 

 

 

「 仰っている意味が解りかねます。 時間ですので・・・ 」

「 ・・・ あ。 あの、・・・ 」

声を上げた女性の前で 窓口はぴしゃり、と閉じられてしまった。

帰国したら一番に連絡する、といった息子の父親。

心待ちにしている便りは いまだに届かない。

彼を疑う気持ちは少しもないけれど、湧き上がってくる不安はどうしようもない。

 

・・・いいえ。 絶対に帰ってくるって・・・誓ってくれたもの。

なにか、きっと・・・ 急なお仕事で連絡ができないだけよ。 そうよ・・・

 

ねえ、ジョ−? そうよね・・・?

元気で パパをお待ちしましょうね・・・

 

このごろどんどん表情が豊かになってきた息子に 語りかける母の顔は・・・

蒼白く 沈んでいた。

不安が心と身体を 押しつぶしてゆく。

 

その年最後の月も後半に入ったある日、彼女は意を決してその建物を訪ねた。

 

・・・ しかし。

 

子供の父が乗船していた艦の名を告げると、対応してくれていた制服姿の態度が一変した。

す・・・っと表情が固くなり、にべもなく母子を追い返してしまった。

 

 − ・・・ なに? なんなの? ・・・ なにか あったのね。

 

足元を冷気を乗せた木枯らしが 吹き抜けてゆく。

その寒さのせいだけではなく、彼女の身体は小刻みに震えていた。

 

 

「 なにかあったのね。 」

「 ・・・ うん。 」

ジョ−の腕を 細い指がぎゅっとつかんだ。

「 ・・・ね? 訊いても いい。 」

「 なにを・・・? 」

「 あの・・・ あの栗色の髪の赤ちゃんって ・・・ ジョ− ・・・? 」

青い瞳が まっすぐにジョ−を見つめる。

「 わからな・・・ いや。 ぼくだ・・・ そう、あれはぼくとぼくのお母さん

 ・・・ そう信じたい・・・ 」

「 ええ。 きっと。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ジョ−。 あなたは・・・ 愛されて生まれて来たのよ。

「 フランソワ−ズ ・・・ 」

かすれた声で答えたきり、ジョ−はただじっとフランソワ−ズの手を握った。

ほんのりと温かい細い指が しっかりと握り返してきた。

・・・ 今の二人に それ以上のコトバはいらない。

 

 

 

「 ・・・あの? 」

「 ・・・・ はい? 」

震える身体で懸命に脚を踏みしめ、やっとはじめの角を曲がったとき、

うしろから 少年の声が追ってきた。

振り向いて見た顔は屈託なさげに笑っていたけれど、 やはり見覚えはない。

「 これ。 アソコの人に頼まれたんだ。 あんたに渡してくれって。」

「 え・・・ あ、ああ。 どうも・・・ありがとうございます。 」

「 ん〜 じゃな。 へぇ? 可愛いベイビ−だね。  バイっ 」

小さく折り畳んだレタ−ペパ−を彼女の手に押し付けると 

少年はスニ−カ−を鳴らして駆けていった。

 

路肩にそっと身を寄せ、毛糸のお包みをしっかりと抱えなおし

彼女は おそるおそる掌の中の紙片を開いた。

黙って目を落としている彼女の手が ぶるぶると震えてきた。

 

 

 

「 ・・・ 読んで ・・・ くれる? 」

「 いいの? 」

「 ・・・ うん。 」

じっと彼女に視線を当てたまま、ジョ−は低い声でフランソワ−ズに頼んだ。

フランソワ−ズは自分の手を握っている大きな掌が 

一瞬震えたのを感じた。

「 ・・・ じゃあ ・・・。 ごめんなさいね ・・・ 」

 

 

< アイツの乗った艦は正体不明の物体に当て逃げされ大破しました。

 乗組員は残念ながら全員絶望です。 ・・・ この事は内密に。

 このメモも読み終えたら焼却してください。 

アイツは・・・ とても貴女のことを 貴女と息子さんのことを愛していましたよ。 >

 

 

   − ・・・ おかあさん ・・・ ! 

 

 

震える指先でその紙片を丁寧に畳むと、母はしっかりと息子を抱きなおし

冷たい風に逆らって歩きはじめた。

覚束ない足元を 一陣の風が枯葉の残骸を巻き込んで吹き抜けて行った。

 

 

「 あの、ね。 」

「 ・・・( なに ) 」

ジョ−の唇だけがうごいて応えた。

「 あの・・・。 ごめんなさい、もしかして聞きたくないかもしれないけど。 

 わたし、何回か耳にしたことがあるの。

 ・・・・あの基地に ・・・ 閉じ込められていた頃。

 あそこの連中が帰還の際に他国の船や飛行機と接触したって。

 ええ、勿論それっきりよ。 BG側にはほとんど損傷はないし。

 まさに <当て逃げ> よ・・・ 」

「 ・・・ 当て逃げ、か。 」

「 ええ。 あそこでは・・・当然、みたいだったわ。 」

「 そうか・・・。 」

 

  − 正体不明の相手と衝突し大破

 

軍事大国を誇る国が そんな不名誉を公にするはずはない。

それでいて、<犯行声明>もでない相手の不気味さは 十分に感じていることだろう。

極秘裏に遺族には充分な補償があるだろうが、事件が公表されることはない。

まして。

 

・・・ 赤ん坊の父親は。 妻と息子の存在を明らかにする前だったのだ。

 

 

「 ・・・ジョ− ・・・・? ジョ−、しっかりして。 」

「 あ、ああ・・・。 ごめん、ちょっと・・・ ぼうっとしていた。 」

「 ・・・・ 」

細い腕が 無言でジョ−の腕に絡められた。

「 ・・・ ごめん。 ・・・ 大丈夫、ぼくは ・・・。 」

もどかしい思いを抱きながらも 二人はぴたりと寄り添ったまま小さくなってゆく

母子の後ろ姿に ただじっと視線を当てているばかりだった。

 

 ・・・ 雪が 降ってきた。

 

 

「 ・・・寒くないのかしら。 ねえ?なんとか・・・ どうにかすることはできないの?」

フランソワ−ズがもどかしげにジョ−の腕をゆする。

「 ・・・ ダメだ。 ぼく達は<傍観者>なんだ。

 それに・・・ どうにかしたら、未来が変ってしまう。

 これは もう<起こってしまった>コト、過去なんだ・・・・ 」

「 それは・・・ そうだけど。  でも・・・・! 」

つう・・・っと一筋、瑠璃の滴がフランソワ−ズのほほを伝った。

「 ・・・ ありがとう。 」

ジョ−は指で受け止め、寄り添っている身体を抱きしめた。

「 え ? 」

「 この涙を ・・・ そして ぼくがここまで追ってくるための勇気を

 ぼくはきみにもらった・・・ 」

「 わたしに ? 」

青い瞳が じっとジョ−に見つめる。

 

 − ああ・・・! そうなんだ、この眼だ。 この・・・瞳なんだ・・・!

 

・・・そう。

この瞳に 自分は見覚えがあったのだ。

いつも自分の側にいた、あの・・・瞳。 

それは優しい母の温もりと一緒になって たまらなくジョ−には懐かしい。

すっかり忘れてた・・・いや、覚えていない、と思い込んでいた 母の記憶が

ジョ−の皮膚感覚のなかで ゆっくりと蘇りはじめた。

 

そして。

それは・・・いま、側に居てくれる女性 ( ひと )への思慕の礎ともなっていた。

 

 

「 そう、きみに。  きみは・・・あの時、ちゃんと故郷を確かめて来ただろう?

 今の自分自身を向き合うことを きみは懼れてはいなかった。 」

「 そんな偉そうなコトじゃないわ。 わたしは ・・・ 決着をつけたかっただけよ。 」

「 決着? 何に。 」

「 わたしの・・・過去、いえ、むかしの自分への未練、かしら。

 <もしかしたら>っていう、出来ない望みを引き摺ってゆくのはイヤだったの。 」

「 ・・・ きみは本当に勇気があるな。 

 だから、ぼくも。 どんなことであれ、しっかりと見届けなくては ・・・ 」

「 ・・・ ジョ−。 あなたは ・・・ やっぱり・・・素敵だわ・・・! 」

ぽろぽろと涙が流れ落ち温かくジョ−の手をぬらした。

ジョ−は腕の中の身体を引き寄せ、ひくく呟いた。

「 ・・・ ぼくには 勇気しかないんだ。 」

「 ・・・・・・ 」

するり、と細い腕がジョ−の首に絡められ・・・ 

やがて桜いろのくちびるが ジョ−の唇を覆った。

 

 

ぼくが ・・・ この温もりを得るための・・・ コレは避けられない道程だったのか・・・?

・・・ おかあさん !

あなたの・・・運命を ぼくは。 

ぼくは ・・・・

 

抱き合って立ち尽くす二人に 雪が、ただ雪だけが静かに舞い落ちる。

 

 

 

 

きし・・・ 

粗末なドアが 冷え込む大気のなかでかすかに鳴った。

真冬の一番冷え込むこの時間、空はまだ完全に夜に支配されている。

アタマの上で星々が放つ光は 凄絶なまでに冷たい。

車の行き来する音が遠く潮騒のように 響いてきた。

 

もう一度しっかりと腕の中に眠る息子を抱きなおすと、母は一歩踏み出した。

冷え切った身体に これ以上の寒さは感じなかった。

 

 − 坊や・・・。 ママは どうしたらいいかわからない・・・

 

呆然と見上げた空に ひときわ強い光が瞬いた・・・ように思えた。

そのまま 赤ん坊を抱いた女性は憑かれたように歩き始めた。

 

 − ・・・ねえ? あのひとが ・・・ 呼んでる ・・・?

 

 

「 ジョ−・・・ 」

フランソワ−ズが涙声で ジョ−の手をきつく握る。

まるで現実と同じように目の前に広がる光景なのに、自分たちは何もできない。

リアルすぎる夢 ・ 鮮明すぎる過去 ・・・

立ち尽くしている自分でさえ、這い上がってくる冷気に震えが起きる。

手を拱いているしかない、自分に歯噛みをする。

「 ・・・ 見なくちゃ・・・見届けなくちゃ・・・ならない。 」

「 ・・・・・ 」

ぽつり、と答えジョ−がじっと手を握り返してきた。

 

晴れ上がった分、名残の夜空はますます気温をさげてゆく。

ぴん・・・と張り詰めた空気が 音をたて凍て付いてきた。

 

 

 

 − 坊や・・・ ママはどうしたらいいの。

 − あなたのパパが あのヒトが ・・・ いない

 − どうやって ・・・ 生きてゆけば いいの

 − ・・・ああ  呼んでる ・・・? あなた? あなた・・・なの ・・・

 

 

お包みの、赤ん坊の脇から人形がこぼれ落ちた。

かさり、と道端に転がったそれに 彼女は全然気をまわすことができない。

ただ ただ 腕の中の温もりを抱きしめ脚を機械的に前に出していた。

繁華街をよけ、住宅地を抜けてゆく。

 

 

「 ・・・ ! ここは ・・・! 」

いきなり目の前に開けた風景に ジョ−が低い叫びを上げた。

「 知っているの、ジョ− ? 」

「 ・・・ うん。 」

フランソワ−ズの手を覆う大きな掌に 震えが走る。

「 ・・・ 知ってる・・・ ココは。 ぼくが ・・・ 」

「 もしかして・・・ あの焼け落ちた教会 ? 」

「 うん。 間違いない。 」

「 ああ・・・ほら、ジョ−。 お日様が・・・空が白んできたわ。 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

薄墨いろをしていた空は 東の一角から徐々にその色をとりもどし始めていた。

 

・・・ 夜があける。 

 

もう記憶の中にしかないはずの懐かしい建物を背に、

地域の目印にもなっていた大きなマリア像の下で 二人はただじっと佇む。

そして。

・・・ 待っていた。 あの・・・ 母と子、を。

 

 

「 ・・・ あ ・・・ 」

「 ・・・ ジョ− 」

ほとんど同時に二人は声を上げた。

しらじらと明け初めた大気のなか、ちいさな人影が現れた。

ゆっくり・・・覚束ない足取りで、でも確実にこちらへ向かってきている。

 

母親は 教会の前の石段に足を掛けた途端にくたくたと崩折れてしまった。

かろうじて赤ん坊を投げ出さずにすんだが、起き上がることができない。

 

 - おかあさん・・・!

 

震える両腕で彼女は懸命に上半身を支え・・・ 懸命に顔を上げた。

一筋の朝日が マリア像に当たる。

白い立像は その瞬間、光にふちどられ黄金色( きんいろ )に燃え立った。

聖なる母は 倒れ伏した彼女に微笑みかける。

 

 − 待っていましたよ。 御覧なさい。 

 

聖母の足元には 二人の男女が立ち尽くしている。

 

母親の瞳は驚きに、喜びに満ちかっきりと見開かれた。

黒い艶やかな瞳は微笑みでいっぱいとなり、やがて熱い雫となってあふれ出る。

 

 

「 ・・・ああ ・・・ ジョー・・・なの? 」

  − ・・・ はい

「 まあ・・・立派になって・・・  よく・・・似てる・・・ 」

  − ・・・ え?

「 ・・・ よかった・・・あなた、見つけたのね・・・

 あなただけの ・・・ ひと・・・・を。 あなたの 青い目のお人形さん を・・・ 」

  − ・・・ うん

「 よかったこと・・・ ほんとうに ・・・ よか・・・った ・・・ 」

  − !  しっかりして ・・・!

「 ・・・ あなた・・・?   ああ、そこに・・・・ 」

 

母親は 宙に両腕を差し伸べると 艶やかに微笑んだ。

 

「 待っていたわ、あなた。 信じてた・・・・ さあ・・・ 今度こそ 一緒に 」

  − どうしたんですか、しっかりして ・・・!

「 ・・・ ジョ− ・・・ 幸せに ・・・ ええ、あなた。 今 ・・・ 」

 

細い腕がくたり、と力を失い 同時に彼女はゆっくりと地に倒れ伏した。

 

  − ・・・! お・・・かあさん・・・ おかあさん! ぼくの ・・・ お母さん!!

 

ジョ−の声にならない叫びを遮るかのように 赤ん坊の泣き声が響きだす。

投げ出された母の腕のすぐ前に、お包みの中でひとりの赤ん坊が泣いていた。

 

 

「 ・・・ ホラ? 聞こえませんか? 赤ちゃんの声! 」

「 本当だ! ああ・・・誰か倒れてるっ 」

駆けつけてくる人々の足音とともに、ジョ−とフランソワ−ズの目の前から

早朝の冬景色がゆっくりと消えていった。

 

 

 

「 ・・・ ジョ− 」

「 ・・・ あ? ああ・・・ 」

ふ・・・と気がつくと次の瞬間、明るい晩秋の光が二人を包んでいた。

目の前に広がる光景は先ほどと同じが まだ温かい空気と穏やかな風がそよぐ。

さっきまで背にしいたマリア像は 変らずに慈愛の笑みを浮かべていたが、

その先に建物はなく ・・・ 足元の階段にも人影はなかった。

透明な日差しのもと、鮮やかに色づいた葉がそこここに吹き寄せられていた。

 

「 戻ってきたのかしら・・・ わたし達。 」

「 うん・・・ そうらしいね。 ここは あの教会の跡だ。 」

「 ・・・ あれは ・・・ ほんとうにあったこと、ね。 」

「 ・・・ うん。 」

「 ジョ− ? 」

フランソワ−ズがくるり、と向き直って ジョ−の瞳をのぞきこむ。

 

 − ・・・ああ。 青い目。 ぼくの・・・ぼくだけの、この瞳。

 

「 ジョ−のお父様は ちゃんとお母様を迎えにいらしたのね。 」

青い瞳が そのまままっすぐに空を仰ぐ。

ジョ−もその視線をたどり、高く広がる大空へ − その瞳と同じ色のもとへ 

じっと目を凝らした。

 

 − おかあさん。

 

あなたは 青い目の人形に幸せだった日々の思い出を結んでいたんだね。

ぼくは・・・

あなたが 導いてくれた青い目の乙女とこれからの日々を紡いでゆくよ。

 

 

・・・ おとうさん、おかあさん  

ぼくを生んでくれて・・・ ありがとう。

 

ぼくの 生命を ・・・ありがとう。

 

 

 

ほんのりとした温もりが ジョ−の手をつつむ。

そうだ。 そうなのだ・・・

この温かさが この優しさが 自分を支え勇気づけてくれたのだ。

 

 − ・・・ フランソワ−ズ 

 

ジョ−は 透明な朝の空気を大きく吸い込んだ。

そして 向き合って立つ女性( ひと )の手をしっかりと握った。

 

 

 なかよく あそんで やっとくれ・・・

 

 

ふいに中空から細い歌声が 聞こえた・・・ような気がした。

母なのか、 あの不思議な少女なのか

ジョ−には どちらも同じに思えた。

そう、それから。

ジョ−は静かに口を開いた。

 

 

「 一生、側にいるから。 ぼくと 一緒になってくれますか。 」

 

 

どこまでも高く・広く・深く。

ひろがる大空を写し取った瞳から 透明な雫がほろほろと零れ落ちていった。

 

 

 

*****   Fin.   *****

 

Last updated: 11,08,2005.                          back     /     index

 

 

 

***  言い訳   by   管理人  ***

<負の要素>ばかり背負っている我らがヒ−ロ−ですが。

せめて その生の出発点は幸せであって欲しい・・・

そんな妄想の結果です。 ジョ−・ママとジョ−・パパについての

設定については どうぞ寛容にお目こぼしくださいませ。