『  空が 青い ― (1) ― 』

 

 

 

 

 

 

    ちゃぷん ・・・  捧げている器の中で水が揺れた。

 

「 わ ・・・っと ・・・ こぼれて・・・ ない?

 ああ よかった ・・・ 」

フランソワーズは 今までよりももっと慎重な足取りで

リビングに入ってきた。

「 ・・・ っと ・・・ ここでもいっか・・・

 この時間、誰も起きてなんか来ないし ・・・ ふう ・・・」 

そうっと そうっと ・・・ 小型の洗面器をソファの前まで

持ってきた。

「 ・・・ん〜〜 と?  あ 雑巾、おけば安心よね。

 ここに置いてっと 

器をフローリングの上におくと キッチンに引き返した。

 

「 ・・・ いった〜〜  ううう  もう〜〜 」

 

足指を上げているみたいな妙な歩き方なので あちこちにぶつかってしまう。

「 う ・・・ ああ サイボーグでよかった ・・・・

 普通なら 脚は痣だらけよぉ〜〜〜  

 

雑巾を持ってきて器に下に敷いた。

 ― そして。  ぽすん ・・・ ! ちゃぷ ・・・・

ソファに座り 洗面器に足を突っ込んだ。

 

「 ・・・ 〜〜〜〜〜 沁みるのか 冷たいのか よくわかんない けど

 あ ・・・ いい気持ち ・・・ はあ 〜〜〜〜 

 指が剥けたり 爪が剥がれたりは しないけど ・・・

 ・・・ う〜〜〜  やっぱり痛いのよねえ 〜〜〜 」

 

パジャマ姿で足先を洗面器に浸し フランソワーズは呻吟していた。

 

 

 

 

「 おはよ〜〜ございます ・・・ 」

更衣室のドアを こそ・・・っと開ける。

 

 おはようございま〜す    あら おはよ     おはよ〜さん

 

着替え中の先輩たちから 次々に声が返ってくるが・・・

フランソワーズは 身を縮めるみたいにして ささ・・・っと

中に滑り込む。

ここは都心にほど近いところにある中堅どころのバレエ団。

フランソワーズは 朝のレッスンに毎朝通う研究生なのだ。

 

「 フランソワーズ〜〜〜 」

「 あ ・・・ みちよさん 」

同じく隅っこから 丸顔の女性が手を振ってくれた。

「 おはよ♪  晴れたね〜 」

「 あ は はい。 」

「 あは ね〜〜 今日さ〜 帰りにちょこっとお茶 しない? 」

「 え ・・・ あ カフェ? 

「 そ♪ 美味しいカフェ・オ・レ あるの〜 」

「 え♪  いきたい〜〜 

「 じゃ いこ。 ね〜 おしゃべりしようよ〜〜  

「 はい  みちよさん。 

「 やっだ みちよ でいいってば。   あ 急ごうよ 」

「 そうね 

二人は そそくさ〜と着替え荷物を持ってスタジオに入る。

すみっこのバーに並んでタオルを置き 一緒に髪を結い始めた。

 

「 はあ〜〜 金髪ってキレイだね〜〜 いいなあ〜 」

「 え そう?  わたしは 黒い艶々の髪、大好きよ 

「 そっかなあ〜   今度 茶色にしたいんだけどぉ 

「 え そんなにキレイな髪なのに〜〜〜 もったいないわ〜

 黒い睫も素敵だわ。  目がくっきり見えるし。 」

「 そっかなあ ・・・ 金髪、憧れなんだよぉ〜 

 

ぼそぼそ・・・おしゃべりしつつも手は素早く動かし、

それぞれにストレッチを始めた。

 

 

 

 

    踊りたい・・・! もう一度 !

    わたし 踊りたいの ・・・

 

    もう一度 踊るために わたし

  

       生き延びてきたんだわ 

 

 

フランソワーズの全身全霊を込めた願いは ようやっと叶い ・・・

・・・ 今 こうして都心に近いバレエ団に参加できることになった。

 

「 ああ ・・・ 信じられない ・・・ !

 また 踊れる なんて!  また ポアントが履ける なんて ! 」

 

すこしばかり涙をにじませつつ 彼女はレッスンに通いはじめた。

「 わたしだって 子供の頃からずっとレッスンしてきたんですもの。

 コンクールだって頑張ったわ。 ・・・ なんとか なる と思う。

 レッスンですもの ・・・ できる わ。

 ・・・ 脚の長さなら ・・・ 負けてない かも 」

彼女は 控えめな表情をしていたが 密かに自信を持っていた、ちょっとだけ。

 

「 おはよう。 はい 始めますよ〜  二番から〜 

 

主宰者のマダムの張りのある声と共にピアノが鳴り始め ― 朝のクラスが

始まった。

 

     うふ♪ ああ  この瞬間が好きよ♪

     ・・・ あら 素敵な音ね、 ピアニストさん

 

フランソワーズは うきうき気分でバー・レッスンを始めた。

 

     ・・・ 誰よりも 脚、高くあげる わ!

     ああ わたし また踊ってる♪

 

にこにこと自然に笑みがこぼれる・・・と思っていた ・・・ 

 

 

           ― が。

 

 

      ・・・ うっそ ・・・ !

 

バレエはインターナショナル、レッスンで困ることはほとんどなかった。

主宰者のマダムは フランス留学の経歴をもちフランス語に堪能だったし

団員の中にはパリ留学の経験者も何人もいた。

こっそり自動翻訳機を使う必要もなく、言葉の壁はほぼ なかった。

 

  だ け ど ―

 

      え??  今のステップ  なに ・・・?

 

      ・・・どうしてそんなに速く動けるの??

 

暗い色の瞳をした仲間たちは 信じられないほど強い脚と腰を持っていた。

アダージオでは びくともしないバランスで脚の高さをキープ。

ピルエットは誰もが 三回転くらい平気でぶんぶん回り

アレグロは ― 高速ビデオ を見ている気分だった ・・・ 

  そして クラスの最後 ・・

女子は全員が グラン・フェッテは 32回を軽々とクリアする。

男子も セゴン・ターンを 楽々と続けた。

 

「 ありがとうございました。 」

「 はい お疲れ様 〜〜〜 」

 

優雅なレヴェランス と 拍手で 朝のクラスは淡々を終わるのだ。

 

「 ・・・・・・ 」

フランソワーズは めちゃくちゃに落ち込み、泣く気力もなかった。

「 ・・・・・  」

彼女は ただ ただ タオルに顔を埋め スタジオの隅に立ち尽くしていた。

 

    とん とん。  誰かが軽く肩を叩いた。

 

「 ・・・・? 」

タオルの端っこから そっと目を上げた。

「 ね? 着替えよ? 」

「 ・・・ あ ・・・ は はい ・・・ 」

バーで隣あっていた、小柄な女性だ。

「 ・・・ ね〜〜 初日はさ〜〜 いろいろあるよ 

 アタシもさ ダメだあ〜〜 帰る・・・ って思ったもん 

「 え  そ そうなんですか? 」

「 そ。  皆 通った道。  ね〜〜 顔洗ってさ〜〜

 お茶でもしない?  ね〜〜 」

「 は はい・・・ あのう・・・? 」

「 あは アタシ やざわみちよ っていうの。 みちよ って呼んで〜 」

「 みちよさん・・・ あ わたし 」

「 ふらんそわーず・あるぬーるさん でしょ♪  フランソワーズって 

 呼んでいい? 」

「 はい 勿論!  ・・・ ありがとうございます ・・ 」

「 さ〜 シャワーしてさっぱりしよ〜〜 」

「 は はい  」

彼女に引っ張られるみたいな恰好になったけど フランソワーズは

なんとか涙をひっこめ、更衣室に戻れた ・・・

 

 ― この小柄な みちよさん とは 一番の仲良し となった。

 

フランソワーズ自身の ≪ 新たなる闘い ≫ だ。

彼女が ず〜〜っと願い続けたいた日々が こうして再び始まったのだ。

 

 

 

 

  カチャ ・・・  シンプルなカップが 静かにテーブルに置かれた。

 

「 ふ〜ん ・・・ 美味しい〜〜 

「 あは 本場フランス人も 気に入った? 」

「 ええ 美味しい〜〜〜♪  このお店の雰囲気も いいわね〜 」

「 でしょ? シンプルでさ〜〜 でも こう〜〜 なんていうのかなあ

 落ち着いた雰囲気で ・・・ 」

「 ええ ええ ほっとするわね  ああ 美味しい・・・ 」

「 ふふ 笑顔になったね〜 フランソワーズ 」

「 え・・・? 」

「 なんかさ〜 今日 最初から 顰めっ面してたから さ  」

「 ・・・ あ ・・・ 」

「 元気ないなあ〜 って  

「 みちよ ・・・ ありがとう〜〜

 あの ね。 わたし ・・・ 足 痛くて ・・・ 」

「 え 足??  筋とか ?  傷めたの 」

「 う〜〜ん よくわかならないけど ・・・ ポアント 潰れたかなあ 」

「 あ〜 どこの、履いてるの 」

「 わたし ずっと れぺっと なの。 」

「 あ〜 フランス製だもんねえ ・・・ でもさ マダムのクラスだと

 すぐに潰れちゃわない? 」

「 ええ ・・・ 」

「 クラスでは ぐりしこ とか長持ちするよ〜〜 」

「 ぐりしこ・・・? 」

「 そ。 ロシア製。 」

「 ま あ ・・・ ロシアの・・・? 」

「 それか〜〜 そんなに高くない靴を どんどん消費してるヒトもいるよ。

 日本製のなら 少しは安いし 

「 そう なんだ・・・ 」

「 うん。  あ 来週から M・・・で バーゲンだからさ

 いろいろ試してみれば 

「 ありがとう〜〜〜 みちよさん 

「 やだ みちよ だってば。  ねえ  ケーキ 食べない? 」

「 ・・・ 食べる!  太ったっていいわ! 」

 

  うふふふ  くすくすくす・・・  娘二人はころころ笑い合うのだった。

 

 

「 あ ・・・ つぅ〜〜〜 」

帰り 靴の中で爪先は倍に膨れ上がった・・・みたいな気がした。

 

おしゃべりして お茶を飲んで ― 楽しい時間をすごし

昼下がりの電車に乗った。

「 ・・・ ふう〜〜 空いてていいわあ〜〜

 朝はも〜 た〜いへんだけど ・・・ 帰りは天国 ♪  」

空いた座席に 大きなバッグを置き う〜〜〜ん と脚をのばす。

「 あは ・・・ やっぱ疲れたわあ ・・・緊張 解けると

 かえって疲れる気分・・・

 うふふ ― でも また 踊れるんだもの 夢みたい ・・・! 」 

向かいの座席もずら〜〜〜っと空いているので こそっと靴も脱いだ。

 

    あ ・・・っは

    兄さんにみつかったら 怒られそ〜〜

    はしたない ! ってね

 

    うふふ ・・・ 

 

こつん。 自分の靴に足が当たった。

「 ! ・・・いった〜〜〜〜 

あわててひっこめ そう〜〜っと眺め ― こっそり < 眼 > を

使ってみた。

「 ・・・ 目立った損傷は  ない わね。

 人工皮膚は ・・・ 壊れてはいない、 見たかぎりは。

 でも でも この痛みは ・・・ なに?? 」

昔、 そう 生身だったころ、足のトラブルはしょっちゅうだった。

これは女性ダンサー、特にクラシック・バレエでの宿命で 

誰もが足指の変形は当たり前だった。

「 昔みたいに 皮膚が剥けたり擦れたりは ・・・ していないわね〜

 爪も 無事。  でも 痛い〜〜〜〜〜 」

そうっと ・・・ 靴を掃いてみた。

「 ・・・ いった〜〜〜  やだ〜〜〜 さっきより

 足 大きくなったみたい・・・ まさかね? 」

 

  きゅ。  裸足で帰るわけにはゆかないから。  意を決して靴を履く。

 

「 うぐぐ・・・ いった ・・・・  え〜〜い  帰るのよっ 

 

  次の駅で降りて 駅前のスーパーで買い物をし。

  バスに乗って 帰らなくちゃならない。

 

「 ― がんばれ フランソワーズ!  003 なんだから! 」

 

 

 ひょこり ひょこり。 ヘンな歩き方になってしまう。

「 いった 〜〜〜 ・・・ う〜〜 」

でも ちゃんと晩御飯の買い物をして スーパーを出た。

「 ふう ・・・ えっと バス ・・・ 次のは〜〜っと? 」

バス停まで よれよれしつつ歩いてゆく。

「 どうか座れますように ・・・   え? 」

 

   ふわん。  突然 持っていた買い物袋が軽くなった。

 

「 ??  あ〜〜 ジョー 〜〜 」

振り向けば 茶色の瞳が笑っていた。

「 えへへ 持つよ〜〜 お帰り フラン 

「 わあ ジョー〜〜〜  ありがとう。  ジョーも今かえりなの? 」

「 ウン。  博士のお使いでヨコハマを周ってきたからね〜〜 」

「 そうなんだ? 」

「 ほら そっちのも持つよ。  うわ 重いね ? 」

「 ウン ・・・ 美味しそうな葡萄があったの。

 あと・・・ ジャガイモでしょう、玉ねぎでしょう あ 人参も 」

「 そっか〜〜  うん ぼくに任せて。 」

「 ありがと♪  」

「 ど〜いたしまして。  ・・・ ねえ 足 どうか した? 

「 ・・・ え ? 」

「 なんか 歩き方、ちょっと違ったよ?  」

「 ・・・ わかった? 」

「 うん。  かなり遠くからでも目立ってた・・・ 靴が壊れたとか? 」

「 ・・・ ううん  壊れたのは 足 のほう 」

「 え???  なんで???  

 だって きみ・・・ レッスンしてきただけだろう? 」

「 レッスンだけ でもね 足 壊れることもあるのよ〜〜

 ああ ・・・ 神様は ニンゲンを爪先で立って踊るようには

 お作りにはならなかったらしいわ ・・・・ 」

「 ???  」

「 あ バス 来たわ〜〜 座れるわね♪ 

「 あ ・・・ うん ・・・ 」

二人は ガラガラのバスに乗り込んだ。

   

   ガッタン  ゴ −−−−−

 

一応 国道なのだが ・・・ かなり揺れる道のりだ。

「 ジョー  バイト どうした?  おっと〜〜 

「 うわ・・・ 揺れるね〜〜  あ 大丈夫? 」

「 平気ですってば。 座ってるのよ?   それに わたしだって 」

「 はいはい わかってます。  003さん・・・

 足 ・・・ 痛いって言ってたから 」

「 ・・・ ごめんなさい。  ありがと、ジョー

 うん 足が痛いのには慣れてるから ・・・ 安心して 」

「 そう ? 」

「 ええ。 それより ジョーのバイトは? うまく行きそう? 」

「 ウン。  ってか 今はまだいろいろ覚えなくちゃなんないから

 アタマ ぱんぱん だけどね〜〜 

「 うふふ・・・ 編集部ってどんなところ? 面白そう〜〜 」

「 う〜〜ん まだよくわかんないな〜〜 ただ すっごいよ

 やっば〜〜い って感じ 」

「 ? なにが すっごい の 」

「 あ あのね ・・・ ごっちゃごちゃなんだ 

「 なにが? 

「 なにもかも!  机の周りにさ いろいろ積み上がってて・・・

 皆 なんとか PCの前だけ空けてるって感じ  

「 そうなんだ〜〜 」

「 ウン。 部長さんがさ 話してくれたけど、彼が若い頃は

 もっと雑然としていたんだって。  みんな 机の周りにこう〜〜

 壁みたくいろいろ資料とか積み上げてたって 

「 へえ ・・・ ジョーも ? 」

「 あは ぼくはバイトだもん  片づけとか 郵便物の開封とかが

 仕事なんだ。 」

「 ふうん  なんか面白そうねえ  

「 えへへ ・・・ 実はね〜〜 いろいろ興味深々な資料とかも

 あってさ・・・ あと 写真も 

「 あ ジョーってば カメラ、好きよねえ 

「 ウン ・・・ カメラマンさんもいるから 時々教えてもらってる。

 小さな編集部でけど 皆 楽しいし親切なんだ 」

「 ふふふ・・・ 楽しそうね? 」

「 うん。 なんか毎日、楽しみ〜〜 

「 一緒ね♪  わたしも毎日が楽しみなの 」

「 ・・・  えへ ・・・ 」

「 うふふ ・・・ 」

バスの中で こそ・・・っと二人は手を繋ぎ合うのだった。

 

 

 

帰宅して 玄関に上がると、フランソワーズはすぐに靴下を脱ぎ捨てた。

 

   ぺた ぺた ぺたん   素足で床を踏む

 

「 ・・ あ  ん〜〜〜  ひんやりいい気持ち 」

「 フラン〜〜  ね! かき氷 つくろ! 

ジョーが キッチンで呼んでいる。

「 なあに?  あ  買い物・・・ 」

「 もう全部 冷蔵庫と冷凍庫に入れたよ〜〜〜

 ね オヤツにさあ  かき氷!  いちごシロップと練乳でさ〜 

「 ??  なにを作るの?? 」

「 いいからさ〜〜 きて きて〜〜 」

「 はい はい  」

 

   ぺた ぺた ぺた   素足のまま キッチンへ走っていった。

 

解放された足は 床の冷たさで 幾分か痛みが和らいだ。

< かき氷 > 作りで わいわいと騒いでいるうちに

彼女は 足の問題 をすっかり忘れてしまっていた。

 

 そして 夜になりベッドに転がって本でも読もうかな〜〜〜 という頃

 

「 ・・・ いった ・・・ 足 ・・ 

 

一旦 忘れていた痛みが うわ〜〜〜〜っとまた襲ってきた。

昼間はなんとか我慢もできていたはずだったが ―  

「 う〜〜〜  なんで〜〜 足の指に心臓があるみたい ・・・ 」

つくづくと観察してみたが 少し赤くなっているだけに見える。

「 ・・・ こんなこと、昔だってなかったわ??  う〜〜  」

冷やしたらいいかも、と 彼女は素足のままキッチンへと降りていった。

 

 

  そして 今。  洗面器の氷水に足を漬け うなっているのだ。

 

 ちゃぷん。  冷水の中ではほんの少し 痛みが柔らぐ気もする。

 

「 ・・・ う〜〜 あ〜 氷、溶けたらまた痛くなるのかなあ ・・・

 今晩 ここで寝ようかしら 」

ふう 〜〜〜  パジャマの裾をもう一度たくし上げた。

「 サイボーグだから もう足の指が剥ける なんてこと、ないと

 思ってたのに 〜〜〜 なんでこんなに痛いのぉ〜〜

 ミッションの時だって こんなこと、なかったのに〜〜〜  

 

      「  足を どうかしたのかね ? 

 

え・・??  振り向くと、博士がキッチンの入口に立っていた。

「 あ ・・・  あのぉ〜〜 」

「 ジョーが言っておったよ。  フランソワーズが なんか足が

 痛いみたいです って。 

 夕食の時 ずっと見ていたが たいしたことはないらしい、と

 安心してはいたのじゃが ・・・ どうしたね。 」

「 ・・・ あの ・・・ 痛くて 」

「 なぜ痛い?  まさかぶつけたとか ドアに挟んだ とかではあるまい? 」

「 はい ・・・ あの ・・・ ポアントが当たって・・・ 」

「 ポアント?  ・・・ ああ トウ・シューズ だろ?

 レッスンで傷めたのかい  」

「 あの ・・・ そのう〜〜〜  普通は指が剥けたりするんです・・・

 絆創膏を貼ったりはするんですけど  

「 ふむ? 

「 今は ・・・ 剥けたりはしないけど ・・・ 痛くて 」

「 その靴を、今 履いている靴を見せてくれるかい 」

「 はい。  取ってきます ・・・  いった〜〜〜 」

洗面器から 足を出し、床についたとたん、 悲鳴をあげた。

「 お・・・ 大丈夫かい?  よかったらワシが取ってこよう。

 部屋に入ってもいいかい 」

「 もちろんです あの ベッドの上にブルーの袋が置いてあって・・・

 その中に入ってます。  すみません・・・ 」

「 気にするな。  しっかり冷やしておいで。 」

「 はい ・・・ 」

フランソワーズは滲んできた涙を拭い ―  ほっとしていた。

 

 

「 ふ〜〜む ・・・ この靴かあ ・・・ これを履いて 

 爪先で立って踊るのか ・・・ すごいことだな 」

博士は ピンクの布で覆われた靴を つくづくと眺めた。

「 あ・・・ 最近はすごく履きやすくなってきてるんです ・・・ 」

「 直接、履くのかい 」

「 いいえ 中にいろいろ・・・・ パッドとか緩衝材をいれます。

 昔はストッキングを切ったりしてたけど 今は専用のパッドが

 いろいろ・・・ わたしはこんなの、使ってます。 」

「 ふ〜〜む〜〜〜 」

博士は トウ・パッドとシューズ、 そして 彼女の足をじっと

観察している。

「 まずは その足の痛みを治す。 それから この靴と パッドを

 改良してみるか ・・・ 」

「 あ あのう〜〜 ポアントは消耗品で ・・・ 一週間で

 一足 いえ それ以上 履き潰したりします ・・・ 」

「 ほう ・・・ 普通の靴とは違うからなあ ・・・

 ぅ〜〜む ― これは研究する価値があるぞ。  ふむ・・・ 」

足を診せてごらん、と 博士は彼女の足に触れた。

 

「 ・・・ 見た目の損傷は ないな 

「 はい。 あの・・・ 自分で < 視て > みたんですけど

 どこも壊れてない です・・・ 」

「 ふむ・・・ ああ すこし薬品で鎮静させておこう。

 シップだと思っておくれ  」

「 はい  あの ・・・ こんな時間にごめんなさい ・・・ 」

「 気にするな。 うむ うむ ワシは久々に燃えてきたぞ?

 これは ワシの重大な課題だ。  おっと 研究室から薬を取ってくる。

 今晩 しっかり湿布しておけば 明日の朝には痛みは消えておるよ。 」

「 はい ありがとうございます  」

「 そして 明日のレッスンは ― うむ 研究室にある素材で

 君専用のパッドを 今夜中に作ってみる。 それを使いなさい。 」

「 え  今夜中に・・? 」

「 うむ。 お〜〜 こりゃ 燃えてきたぞぉ〜〜 」

「 博士・・ あの あまりご無理 なさらないで・・・ 」

「 フランソワーズ?  年寄扱いしないでくれ。 

 今 ワシは燃えておるのだ〜〜〜  うむ これはいい研究課題じゃ。 」

「 ・・・ あ ・・・ あのぉ  」

「 おっと 今すぐに湿布薬を持ってくるからな。

 ふふふ ・・・ 003専用じゃよ。 

博士は 上機嫌で身軽にリビングから出ていった。

 

「 ・・・ だ 大丈夫 かしら ・・・ 」

「 ぼくがサポートするよ。」

ひょい、とジョーがリビングの入口から顔をだした。

「 ジョー ・・・ !?  寝てると思ったわ 」

「 きみの足音で 目が覚めたのさ。  ・・・ 痛い? 」

「 冷やしたから 少しはマシかなあ 」

「 博士、 張り切ってたね〜〜 」

「 そうなのよ ・・・ ねえ ジョー、お願い。 

 博士があまり無理をなさらないように ・・・ 

「 了解〜〜  あ きみは早く休むこと。 いい? 」

「 あら ジョーだって・・・明日もバイトでしょう? 」

「 ふふ〜〜ん 009はねえ ちょっとくらい睡眠不足でも

 全然平気なのさ。 知ってるだろ? 」

「 あは そうでした。  あ それじゃね 

 アイス・コーヒー と 冷たいオレンジを用意しておくから

 ・・・ お願いします。 」

「 任せてくれ。  じゃ お休み 

「 お休みなさい ジョー。 

 冷蔵庫に コーヒーとオレンジ、 用意しておくわ 」

「 めるし〜〜〜 フラン♪ 」

 

  ぺたん ぺったん ・・・  彼女は素足でキッチンに向かった。

 

Last updated : 07,30,2019.                 index     /     next

 

 

*************  途中ですが

足の変形は  もう宿命?です、足指も爪も★

フランちゃ〜〜ん がんばれ〜〜〜

博士、 新発明を期待しています〜〜