『 木枯らしのエチュード ― (3) ― 』
「 こんなこと ウソだわ! 」
フランソワーズの悲鳴が一面の靄を切り裂いて響いた。
「 ふうん・・・そう思うのかなあ。 自分の欲望のままに生きるのは別に恥ずかしいことじゃないと思うけど?
そんなにムキになって否定することはないよ。 」
「 ・・・ 欲望 ですって? 」
<シャルル> はのんびりと喋っている。 カフェでただの世間話をしているみたいだ。
フランソワーズは お茶をしようよ? と誘われたことを思い出した。 しかし ・・・
― このヒト ・・・ 姿形は スタジオのシャルルとそっくりだと思ったけど・・・
中身は ・・・ ちがうわ。 全然別のヒト ・・・
フランソワーズはそっと < 眼 > を使った。 しかし なにも見えない。
シールド?? ・・・ 能力 ( ちから ) が ・・・ 効かない?
・・・ ここは ・・・ 特殊な空間なのかしら・・・
さり気なく周囲を見回したが 相変わらず靄の帳につつまれていて、なにも見えなかった。
フィルターがかかっているのか、あるいは全く別の空間なのか・・ それはわからない。
普通の空間ではないことだけは 確かだった。
「 そう ・・・ 幸せになりたい、 富を名声を愛を得たい・・・ 皆が望むことだよね。
君達なら < 普通の身体 > に戻りたい、ということかもしれないけど。 」
「 ・・・ ふ つうの身体 ・・・? 」
「 聞いたよ。 君達は本来ならあの時代にはいるはずのないタイプの戦士なんだってね?
そもそも存在しない者なのだから 違う人生を選んでも歴史への影響は少ないよ。
安心していいさ。 」
「 存在しないはず でも。 わたしたちはちゃんとこうして生きているのよ!
どうでもいい存在 じゃないわ。 」
「 ・・・ファン。 オレは ・・・ お前を助けることができるのなら・・・ 」
「 お兄ちゃん! バカなこと、言わないで! わたしは 誰かを犠牲にしてまで生きたくなんかないわ! 」
「 犠牲なんかじゃない、ファン。 それがオレの望みだとしたら 」
「 どの人生を選ぶかは 本人次第だよ。 誰にも強制はできないさ、そう未来人の僕らにもね。
違う人生を選んだとしても ・・・ それはその本人自身の責任なんだ。
ねえ そこのミスター? 貴方はどう思うのかな。
こんな人生は ― 如何。 」
<シャルル> がひょいと振り向くと そこにはグレートが立っていた。
「 グレート!! あなた、どうしてここまでやって来れたの? 」
「 マドモアゼル ・・・ 兄上とジョーと。 皆でマドモアゼルを追ってきた。
フランソワーズ、お主の許へ・・・と心を合わせて飛んできたのだよ。 」
「 ・・・ グレート・・・! 」
「 どうな・・・ここへの出入りは全員の心がひとつにならないといけないらしいのだ。 」
「 全員って・・・ あの・・・ジョーも? 」
「 ああ勿論 ジョーも一緒だぞ。それではマドモアゼル? 一緒に我らが世界に戻ろうではないか。 」
グレートはつかつかと歩みよってくると、フランソワーズの腕を取った。
「 やあ ミスター? 貴方は そのまま でいいのですか? 」
「 なんだって 坊や。 ははあ・・・ さっきからごちゃごちゃ余計なことを言っておったな
小生の仲間には 手だし無用だ。 」
「 ・・・ 余計なこと? ふうん・・・ミスターにはこれが 余計なこと なのかな。
貴方は どんな人生がいいかい。 もうひとつの、もしかしたら・・・こんな風に生きていたもしれない人生
そうだなあ ・・・たとえば。
アカデミー助演男優賞 とかはどう? それともロイヤル・シェイクスピア劇場で主演? 」
「 ・・・ なんだと? 」
「 ほら・・・ こんなのは如何ですか。 」
「 な なんだ あれは!? 」
「 う〜ん タイム・コリドーア ( 時の回廊 ) ・・・ まあ、別の人生ステージ・・・ってとこかな。 」
「 人生 ・・・ ステージ・・・だと? 」
グレートの眼の前の靄が すこし薄れてきた ― ゆらゆらと夜の街が見え始めた。
霧が漂うロンドンの下町 ・・・ すでに夜の帳は深く、街の喧騒もかなり鎮まってきている。
その下町のさらに片隅 ― 戸口と標識だけの小さなバーが並ぶ一角が浮かびあがってきた。
・・・ カラ −−− ン ・・・
ドア・ベルが鳴り 一人の客がそのバーに入ってきた。
ストールを深く被った女性が 入り口に立ったままおずおずと店内をみまわしている。
「 ・・・? 確か ・・ ここに ・・・ 」
店の主人も他の客たちも なんの注意も払ってはいない。
「 ・・・ だからなあ〜〜 もう一杯〜〜 このグラスを満たして欲しいのだァ〜〜 」
酔いどれのダミ声が 聞こえてきた。
「 冗談じゃないよ、 もう一滴だって入れてやるもんかね。
さあさあ もうお代が払えないのならさっさと出て行っておくれ! 」
「 つれないのう・・・ 我輩を追い出す とな・・・ おお〜〜 天よ地よ!
この将来の名優のために泣け・・・! 」
「 ふん、なにが名優かい! 駆け出しのヒヨっコが。
ツケで飲むなんて10年早いよ! ・・・しつこいとポリスを呼ぶよ! 」
バーのママはバーテンの一人に顎で合図をした。
「 この・・・ 酔っ払い貧乏神を放り出しちまいな! 」
「 へい。 」
「 ・・・ ママ、誰なんだい? 」
カウンターで眺めていた客の中年男が 冷笑しつつ聞いた。
「 駆け出し大部屋役者ですよ。 ふん、なにちょいと有名女優との共演が当たってね。
いい気になって遊び歩き ・・・ 挙句、年上女優に捨てられたってわけ。 」
「 ほう・・・? 」
「 ま、 実力もないのにでかい面するからだよ。 ・・・ 一昨日 来な! 」
バーテンの若者が立ち上がり 酔っ払いの青年の襟首に手をかけた。
その時 ・・・
バーの片隅で静かにグラスを傾けていた黒服の男が す・・・っと席を立った ― のだが。
「 ・・・ グレート! やっぱりここにいたのね。 さあ ・・・ 帰りましょう ! 」
店に入り口でおどおどしていた女性が た・・・っと駆け寄ってきた。
「 う ・・・ うう? ソ ソフィ・・・ !? 」
ぐだぐだになり床に座り込んでいた酔いどれ青年が驚いて顔をあげた。
「 捜したわ・・・ 彼女のフラットにも行ったのよ・・ アナタ行方わからなくて・・・ 」
「 ソフィ ・・・すまん ・・・ とっくにあの女に追い出されちまった・・・
ふん、ちょいと落ち目になれば 用はないってよ・・・! 」
「 仕方ないわ、オリビアは大スターなんですもの。 さあ ウチへ帰りましょう? 」
「 ・・・ ウチ ・・・って その・・・ 」
「 ええ。 あなたと私が暮らしていたアパートよ。 ・・・狭くて汚いけど・・・ 」
「 ソフィ・・・ す すまん ・・・! 」
酔っぱらいは よろよろしつつも立ち上がった。
バーのマダムは野次馬根性でじろじろ見ていたが 堪りかねて声をかけた。
「 アンタ・・・ こんな男に拘らない方がいいよ? 」
「 いえ ・・・ 私が連れて帰りますわ。
このヒトは このヒトの才能はホンモノです。 潰すわけにはゆきません。
あの ・・・ お勘定を。 」
「 ・・・・ ソフィ ・・・ か 金なんてどうして・・? 」
「 母の形見のネックレスを売っただけ。 さ 帰りましょう。 」
「 ソフィ ・・・ す、すまん・・・ 本当に すまん・・・! 」
「 ・・・・ ううん ・・・・ 」
二人は腕を組んで しっかりとした足取りで出ていった。
「 へええ・・・ こりゃ 驚いた! 」
「 ふうん・・・あの駆け出し役者、なかなかじゃないか。 性根を据え換えればいい俳優になるかもな。 」
「 へええ そんなもんですかね ・・・ 」
「 なんという役者かい? 」
「 ご大層な芸名なのよ。 ・・・ この国を背負って立つみたいな。 」
「 ほう・・? 」
ママの口から出た名前に その客も一緒に苦笑していた。
・・・ カタン ・・・
バーの片隅で 腰を浮かしかけていた黒服の男は静かに座りなおし・・・呟いた。
「 ・・・ 他を当たるか・・・ 」
ロンドンの霧は その夜、夜半になってようやっと晴れたらしい。
「 ふうん ・・・ ステキな彼女じゃないか? それで貴方は立ち直り真っ当な役者人生を生きる・・・
変身サイボーグ・・・なんかとは無縁のね。 とびきり上等な人生だよね。
いいハナシだなあ〜 感動的だよ。 」
「 ・・・ 小僧。 余計なお節介はやめてもらおう。 」
「 おっと ・・・ あれ、またもう一人 お仲間が来たねえ・・・ 」
「 え・・? あ! ジョー ・・・・!! 」
「 ・・・?? フランソワーズ!! ここにいたのか! 」
靄の中からセピアの髪の青年が飛び出してきた。
「 見つけた! 大丈夫かい、怪我は・・ 」
彼は フランソワーズに駆け寄るとしっかりと彼女を抱き締めた。
「 ・・・ ジョー ・・・・ 大丈夫、わたしは大丈夫よ・・・ 」
「 よかった・・・! さあ 僕たちの世界に戻ろう!
ああ ジャンさん! ・・・ よかった・・・はぐれてしまったかと心配していたんだ。 」
ジョーは彼女を抱いたまま きょろきょろ周囲を見回している。
「 ジョー!! 待ってたんだ、我輩もな。 」
「 グレート・・・! 無事なんだね、よかった。 ああ ジャンさん! 大丈夫ですか。 」
「 ああ 怪我はない。 ・・・ 妹を ・・・ 」
「 あ! す、すみません〜〜!! 」
ジョーは真っ赤になって フランソワーズを解放した。 ・・・唐突に放り出した・・・風に・・・
「 あ ・・・ジョー ・・・ 」
「 すみません、 すみません ジャンさん。 で でもでも あの・・・その〜〜 ヘンな意味じゃ・・・
べ ・・・ べつにその ・・・ぼくはそんな ・・・ ぼく達はそんなんじゃ・・・ 」
「 おい ジョー! お主〜〜 この期に及んで何をぬかす! 兄上はな 」
「 え? 」
「 やあ。 やっと全員が揃ったね。 」
<シャルル> がやっと口を挟んだ。
「 ?? キミは ・・・誰だ! フランを拉致したヤツか!? 」
ジョーはスーパーガンを油断なく構えフランソワーズを後ろ手に庇った。
「 おっと・・・ここでそんな物騒なものを振り回すのは止めてくれたまえ。
僕は君達には手出しはしない。 ― 決めるのは君たち、 君自身なんだ。 」
「 きめる? ・・・ なにを だ? 」
「 人生さ。 ジョー・・・と言ったね? ・・・ ああ あのヒトか、うん 聞いているよ。
ジョー、 君には ・・・ こんな人生はどうかな? 」
「 ・・・ 人生?? 」
「 人生じゃない、仮定にすぎん! 」
「 ジョー! 惑わされるな! 」
「 そうよ、 ジョー! これは ・・・ 現実じゃないのよ! 」
ジャンが グレートが フランソワーズが 一斉に声を張り上げた。
ジョーは何がなんだかわからずに眼を丸くしている。
「 ・・・?? 」
「 ギャラリーの諸君は黙っていたまえ。 それがマナーってもんだろう? え、英国紳士くん? 」
「 うぐ〜〜 ゴルフのギャラリーじゃねえぜ! 」
「 ともかく ・・・ ジョー。 君にはあんな道もあるみたいだよ? 」
「 あんな・・・道 ・・? 」
「 そう キミが生きるべき もうひとつの人生さ。 」
「 ・・・・・・ 」
前方の靄の向こうには ・・・ また夜景色が広がり始めた。
ただし 街中ではない。 家並みは疎らな郊外・・・海に近いのか、波の音が聞こえてきた。
「 ・・・?! こ ここは・・・! 」
「 そうさ。 君の <今の人生> が始まっちまった場所 ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
目の前に高い塀 ― 異様に高い塀で さらにその上には有刺鉄線が幾重にも貼ってある ― が
延々と続いている。 時折地面を強い光の帯が さ・・・っと通りすぎてゆく。
どうやら監視のサーチ・ライト ・・・らしかった。
「 ・・・ これは か 鑑別所 ・・・ あの夜の・・・!? 」
ワア −−−− !
突然 塀の内側で人声がし ざわり、と空気が動いた。
― バサ・・・!
毛布が有刺鉄線に掛けられ 少年達が次々に姿を現し乗越えてゆく。
ウ 〜〜 ウ 〜〜 ウ 〜〜〜
ついに非常サイレンが鳴り始めた。
「 ・・・ち! もう手が回ったか! 」
「 おい、 どうする? 」
「 どうするもなにも ・・・ 走って逃げるっきゃねえぜ、ジョー! 」
「 あ ああ。 どっちに行く? 」
「 ふん、オレは町に紛れ込む・・・! 」
「 そ それじゃ・・・ オレは海岸の国道に逃げる! 」
「 おう。 あばよ、ジョー。 」
「 う うん ・・・ ヤス! 」
脱走した少年たちは四方八方へ散っていった。
「 ・・・ なんだってまたこの夜なんだ?? ぼくは ・・・ ! 」
「 キミはここでBGに拉致されたんだよね。 でも もし ・・・ ああ 警察が来たな。
脱走は失敗、 キミはまた鑑別所に逆戻りさ。
ま・・・多少刑期は延びるけど いずれは <人間> として出所・・・というわけだ。
よかったねえ〜 まっとうな人生の始まり・始まり〜〜 さ。 おめでとう。 」
「 ・・・ええ?? 」
ライトを点滅させ あっと言う間にパトカーが集まってきた。
「 ・・・! くそぅ〜〜 !! 」
少年は裸足のまま駆け出した。 ライトに茶色の髪がにぶく光る・・・
彼は巧みに逃げたが やがて崖っぷちに追い詰められてゆく。
「 止まれ ! もう逃げ道はないぞ! 」
「 ・・・ く そ・・・! 」
「 止まれ! ・・・ ああ? 」
パトカーが数台で少年を追い詰めた時 ― 彼はガード・レールに足をかけた。
「 こら! やめろ、 止めるんだ このバカ・・・! この高さじゃ 死ぬぞ! 」
「 ・・・・ !! 」
― ぅ わぁ 〜〜〜〜〜〜〜 !!!
少年は ガードレールを越え ― 宙に身をおどらせ ・・・・ 海中へと落ちていった。
・・・ どこか そんなに遠くない所でモーターボートが発進した・・・
「 あああ?? な、なんだ?? そんな ・・・ これじゃ結局はBGに拉致されてしまう・・・ 」
「 ・・・ そうか。 うん ・・・ やっぱりな・・・ 」
「 黙れ! よし それじゃ ・・・ こっちの道はどうかな。 ふふん・・・これならお気に召すかい。 」
「 ふん なんだ? 次から次へと・・・! 」
「 ジョー・・・! 惑わされないで・・・! 」
「 ・・・・・・・ 」
また ・・・ あの高い塀の続く景色が現れた。 ただし、今度は昼間、穏やかな日差しが見えてきた。
田舎道には通る人影もない。
― キィ ・・・・
高い塀の間にある鉄格子の門が開いた。
「 達者でな。 ・・・ もう戻ってなんか来るんじゃないぞ。 」
「 ・・・ ハイ・・・ 」
「 じゃあな。 ・・・島村。 」
「 お世話になりました ・・・ 」
― ガシャ ・・・・ン・・・・!
再び門は閉じ ・・・ 茶髪の少年は深々と頭を下げた。
そして彼は小さなバッグ一つをぶら下げ 誰もいない田舎道を歩きはじめた。
・・・ また ひとり か ・・・・
ふう〜・・・と空を仰げばぽかり、と浮かんだ雲だけが彼を見つめていた。
「 ・・・ 行くアテなんて ないんだ。 孤児院の先生に挨拶でもしてゆくか・・・ 」
彼はゆっくりと街中に戻って行った。
「 ― ほうら・・・ 穏やかな人生の始まりはじまり・・・さ。 」
「 これは・・・! ぼく ・・?? 」
「 そうさ、 違う道を歩んだキミの未来。 明るくていいねえ、前途ある青年よ! 」
「 ・・・・・ ・・・・・ 」
ジョーは食い入るように タイム・コリドーアでの光景を見入ってる。
その街は大して活気があるわけではない。
ただし大きな都会への交通の要所なので 車の行き来だけがとても激しい。
少年は 大通りの交差点で立ち止まった。
「 ・・・ なんか・・・眼が回りそうだな・・・ シャバのテンポを忘れちゃってるよ。 」
幅の広い道なので、 信号が変わるとすぐに歩行者は走り出す。 渡りきるのに時間がかかるのだ。
「 わ ・・・! ヤバ〜〜 もう点滅し始めてやがる・・! 」
彼も た・・・っと走りだし ― その時
「 きゃあ ! だめ!! ジュン 戻って〜 ! 」
悲鳴があがり 4歳くらいの幼女がだ・・・っと道路に飛び出した。
キキッキキ キキ −−−−−!!
急ブレーキの音があちこちから響く。
「 あ! 危な い ・・・・!!! 」
彼は身を翻し駆け戻り幼女を抱き上げたが 次の瞬間、激しい衝撃を受け彼の身体は宙に跳ねとんだ。
きゃあ −−−−− !!! うわああ〜〜〜・・・・・!!
四方八方から悲鳴が上がった。
少年は道路に打ち付けられ、ボロ人形のように横たわっている。
「 誰か ・・・ 誰かこのヒトを助けて !! 」
母親の悲鳴に 群集の中から黒服のオトコたちがす・・・っと出てきた。
「 お子さんは無事ですね。 この少年は私達が病院に運びましょう! 」
「 え ・・・ お お願いできますか! ああ ああ 君! ・・・ありがとう・・・! 」
「 任せてください。 では。 」
黒服のオトコは縋りつく母親らしき女性を引き離し 車に乗り込んだ。
バウ ・・・・ !!
黒塗りのその車が 視界から消えた頃、やっと救急車のサイレンが聞こえてきた・・・・
「 !! な、 ・・・ なんでなんだ??? 」
<シャルル> は タイム・コリドーアの前に呆然と立ち尽くしている。
「 そんな バカな。 もうひとつの人生 ではキミはBGには拉致されないはずなのに!
ジョー・シマムラ は普通の人間として生きてゆくはず・・・
なぜ・・・ オマエには もう一つの人生 が存在しないのだ?? 」
「 ・・・ ジョー ・・・・ あなた、どうして・・・ 」
ジョーはゆっくりと振り向いた。
「 ・・・フランソワーズ。 ぼくは。 別の人生 なんて望んでいないもの。 」
「 ・・・え・・・? 」
「 ぼくは、今の人生がいい。 ・・・サイボーグに改造され ヒトとしての全てを失っても
大切なヒトと − きみと巡り会えた ・・・ この人生がいいんだ。 これ以外考えられない。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ あなた ・・・! 」
「 ようし! よく言った、ボーイ! 」
「 君は ・・・ それほどまでにファンのことを・・・ 」
「 そんな バカな・・・! そんな風に考えるのか? そんなことってありえない! 」
<シャルル> はがっくりと片膝を突いてしまった。
「 ― 帰ろう。 ぼくたちの世界へ! 」
「 待て! 絶対にそんなはずない! 本心を言えよ! ・・・ もう少し先まで見るんだ! さあ!
そうすれば ・・・ 人間とし生きる幸せを見れば気持ちも変わるよ!? 」
「 そんな訳ないわ。 だって ・・・・ あら? 」
ゆらゆらと景色が見えてきた。 今度は室内 ・・・ 高級アパルトマンの一室 らしい。
女性が一人 窓辺でぼんやりと外を眺めている。
豪奢な室内だけれど、 あまり生活感がない。 凝ったレースのベッド・カバーがかかったダブル・ベッドは
使われている形跡はなかった。
「 ・・・・ もう ・・・朝 なの ね・・・ 」
溜息がうっすらと 窓ガラスを曇らせてゆく。
「 ・・・ また 昨夜も また ・・・ 帰ってこなかった・・・ シャルル ・・・ 」
カタン ― ドアが開いた。
ジャケットを手にした男性が 入ってきた。 彼はちらり・・・と窓辺の妻に視線を送ったが
そのまま寝室の片隅にあるクローゼットを開けた。
「 ・・・ あら。 ・・・今度はなにか忘れものなの。 お久し振りね・・・ 」
「 ふん ・・・ はっきり聞いたらどうなんだい、 え? どこからの帰りなのかってさ。 」
「 ・・・・! 今月、あなたは何回ここに帰って来たの。 あなたの家はどこ? 」
「 もうわかっているんだろ。 」
「 ・・・ ミレーヌ? マリー? ・・・ 次の公演の相手の カトリーヌ?
シャルル! ・・・ あなたがこんなヒトだなんて・・・! 」
「 恋多き人生 ・・・ それが僕の踊りへの情熱の源さ。 わかっていたんだろう? 」
「 わかってなんかいないわ。 わたし ・・・ あなただけを思っているのに。
こんなことなら ・・・どうして結婚なんかしたの? ・・・ ひどいわ・・・ 」
「 へえ・・・ 君がそんなこと、言うんだ? 」
「 ・・・え なんですって? 」
「 ふうん? 君が 今でも想っているのは アイツ じゃないか! 」
「 ・・・ え ・・・? 」
「 僕が気がついていないとでも思っているのかい?
君の心に住んでいるのは ― ずっと住み続けているのはアイツ、 ジョー・シマムラだけだ。 」
「 ・・・・・・・・・・ 」
「 別れよう。 ・・・これ以上 僕にはもう耐えられない・・・・! 」
「 シャルル ・・・! 」
― バタン ・・・!
男性は ドアを手荒く閉め出て行った。
「 ・・・ シャルル ・・・ ああ ・・・・ わたし ・・・ 」
女性は 再び窓際に座り込み膝を抱えて蹲った。
・・・・ トン ・・・トントン ・・・
窓を叩く音がした。
「 ・・・ ?! 」
「 ・・・開けてくれるかい。 」
「 ジョー・・・! どうしてここが・・? 」
女性は大急ぎで窓をあけると 茶髪の青年が入ってきた。
「 きみのバレエ団の仲間に聞いたんだ。 ・・・ 泣いているね。 」
「 え ・・・ あの これは・・・ 」
「 ごめん。 聞こえてしまった。 それにきみ達夫婦のこと・・・調べさせてもらったよ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 幸せになった、と思っていたのに・・・! 人間として幸せな人生を生きていると信じていたのに・・・
そう願って・・・ きみの手を離したのに・・・! あんなヤツだったなんて! 」
「 ジョー ・・・ わ わたしが 悪いの。
シャルルの言う通りよ ・・・ わたし ・・・あなたのことを 忘れることができないの。 」
「 フランソワーズ・・・・ ! 」
「 彼の浮気も ・・・ わたしのこの気持ちに気がついているからなのよ・・・
もう・・・彼とは踊れない ・・・ 皆わたしのせいなんだわ。
だから ・・・ わたしには彼を責める資格なんてないの。 」
女性は また膝に顔を伏せ低く嗚咽し始めた。
青年はそっと彼女の肩に手をかけた。
「 ・・・ フラン ・・・ 」
「 ・・・ ふふふ ・・・フランって呼ばれるの、本当に久し振り・・・ 」
「 フラン ・・・ ぼくがあの時 勇気がなかったばっかりに。 きみをこんな不幸に陥れてしまった・・・
今 言うよ、 フラン。 ぼくはきみを 」
「 ジョー ・・・ それを言ってはダメ。 」
女性はそっと青年の唇に指を当てた。
「 ・・・ あ ・・・! 」
彼は素早くその白い指を握りしめ熱く口付けをする。
「 ・・・ぼくと ここを出よう。 ぼくはなんと言われても謗られてもいい、きみと一緒にいられるなら!
きみさえ幸せならば! ・・・ ぼくはもう選ぶ道を間違えない。 」
「 ・・・ ジョー・・・! 」
― バン ッ !
寝室のドアが勢いよく撥ね開けられた。
「 おい! 僕の妻をどうする気だ?! 」
「 シャルル! ・・・・ あなた・・? 」
出ていったはずの夫が ドアの前に立っていた ― 手に銃を持っている。
「 ふん・・・! とうとう現れたな。 この ・・・ 間男が! 」
「 シャルル! なんてことを・・・! 銃をしまって頂戴。 」
「 ああ いいよ。 ただしコイツを追い出してからだ! 住居侵入で警察に突き出すぞ! 」
「 失礼ですが。 ぼくは彼女を連れてゆきます。 」
「 なんだと!! ヒトの女房をどうする気だ!? このコソ泥ヤロウめッ !! 」
「 ぼくはなんと言われてもいい。 彼女を 自由にしろ。 」
「 この野郎〜〜! ふざけやがって〜〜 出てゆかないと撃つぞ! 」
「 危ないな、そんな、慣れないものを振りますな。 よこせ。 怪我するだけだ。」
「 クソ〜〜 バカにしやがって!! このォ〜〜 !! 」
「 ― やめて −−−−!! 」
オトコ二人が揉み合っている中に 白い姿が飛び込んだ。
「 危ないッ!! フラン ! 」
「 ・・・ あ ・・フランソワーズ・・・!? 」
― パシュ ・・・!
なにか篭った音がして ・・・ 次の瞬間、女性の身体がくたくたと床に崩れ落ちた。
「 ・・・ あ ・・・・ 」
「 フランソワーズ!! 」
「 フラン ・・・!!! 」
青年は女性を抱き上げ すぐに傷口を押さえたがみるみるうちに服も床も真っ赤に染まってゆく。
「 しっかりしろ! すぐに・・・すぐに手当てを! 」
「 ・・・ ごめん ・・・ な ・・さい ・・・ 」
女性は そっと青年の頬に手を当て淡く微笑んだ。
「 ・・・ あ ・・・ い して ・・・ い たわ ・・・ 」
カクン ・・・ と 彼女の手は滑り落ち、青い瞳は永遠に閉ざされてしまった。
「 ?! フ フランソワーズ ・・・・!! ウソだ ・・・そんな・・・
なあ た 頼む! なんとか彼女を生き返らせてくれ・・・!! 」
「 ・・・ 本当にそう望みますか。 」
「 ああ ・・・ ああ! 彼女が生きてさえいてくれれば・・・それだけでいい・・・
・・・オレだって本当は愛している! 愛しているんだ ・・・フランソワーズ・・・! 」
「 わかりました。 ・・・ちょっと待ってください。 なんとか彼女を <生き返らせる >手段を
相談してみますから。 」
「 ・・・ た 頼む ・・・ 」
「 な・・・なんだ??? どうしてこんなことに ? 」
<シャルル> は明らかに狼狽し取り乱している。
「 ・・・ ほ ほう?? コレが <幸せな結婚> の将来図かね?
また随分とドラマチックじゃないか ・・・ ええ? 」
グレートが皮肉たっぷりな口調で 口を挟んだ。
「 しかしまあ どこのヘボ脚本かい? ・・・ こりゃもう使い古されてカビが生えてる展開だぞ。 」
「 ・・・ く ・・・そ ・・・ なんで こうなるんだ?? 」
<シャルル> は苛立たしげに立ち上がると床を蹴飛ばした。
「 幸せにそのまま・・・人生を終るはずなんだ。 ムカシの仲間と人生は交差しないはず・・・ 」
「 あは〜ん ・・・ オマエさん。 ・・・わかっちゃいないな? 」
「 !? な、 なにがだ? 」
「 ふうん ・・・ まあ いいさ。 おや・・・? また別のドラマが始まったみたいだぜ?
ゆっくりと拝見しようじゃないか。 」
「 ・・・くそ ・・・! 」
完全にグレートが優位にたっている。ジョーは素知らぬ顔でフランソワーズの側へとじりじりと移動し始めた。
霧・・・ 今度は白く爽やかな朝霧が流れ ― その中から乙女が一人、現れた。
「 ボンジュール ! 守衛さん、いいお天気ですわね。 」
「 おお フランソワーズさん・・・ ボンジュール。 朝早くから大変ですな・・・ 」
「 あら ちっとも。 早起きって気持ちいいですもの。
あ ・・・ ボンジュール! ナースの皆様、いつも兄がお世話になってます。 」
「 ボンジュール、フランソワーズさん。 今朝も元気ね。 」
「 はい、ナースさん達も 」
亜麻色の髪を朝の風に揺らし 乙女が通用口から病棟に入ってきた。
大きなバスケットを抱え 吹き始めた木枯らしに頬を赤くしている。
「 やあ、 今朝もお兄さんの世話かい? 偉いなあ ・・・ 君は・・・ 」
「 ドクター。 お早うございます。 今朝はちょっと冷えますね。 」
医局から医師が一人、顔をだした。 おそらく夜勤明け、これから仮眠でも取るつもりなのだろう。
ぼさぼさ頭に寝不足の目が充血している。
「 食事ならナースさん達に任せてくれていいんだよ? 病院の仕事だからね。
・・・ 毎朝大変だろうに ・・・ 」
「 あらあ 全然。 朝御飯、兄と一緒に食べたいのですもの。
一人で食べても美味しくないし。 ・・・ ここにいると安心できます。 」
「 ・・・ そうか ・・・ そうだろうなあ・・・
うん?? ああ ・・・いい匂いだ〜 バゲット、あの店のかい? 」
「 ええ! さすがですね、ドクター。 お店のおかみさんがね、特別に朝一番に焼いてくださるの。
あとはオムレツとサラダ・・・ふふふ・・・いつも変わり映えしませんけど・・・ 」
「 いや・・・ 毎朝 若い子が・・・立派だよ。 お兄さんは幸せものだね。 」
「 ドクター 。 だって・・・わたし。
兄が助けてくれなかったら ・・・ 今頃どうなっていたか・・・。
生きていなかったかも・・・しれませんもの。 」
「 ・・・ ああ ・・・ そうだったね。 ごめん ・・・
うん、お兄さん・・・必ず回復するさ。 君の温かい心と看病が何よりも一番の薬だよ。 」
「 ありがとうございます。 あ ・・・ これ。 お休み前にどうぞ? 」
彼女はバスケットの中から 小さな包みを取り出した。
「 昨夜 ・・・ちょちょっと焼きましたの。 マドレーヌなんですけど・・・ 」
「 うわあ〜〜 ありがとう! ・・・ふんふん・・・・いい匂いだ♪ 君はいい奥さんになるよ!」
「 まあ ありがとうございます。 あ・・・いけない! 兄が待ってますから・・・ 」
「 あ ・・・ ごめんごめん・・・ 」
軽く会釈をすると彼女は また軽い足取りで病室の方へ歩いていった。
「 ・・・ 気の毒になあ・・・ あの兄貴はとても回復は無理なんだ ・・・ 」
医師は彼女を見送りつつ 深く重い吐息を漏らしていた。
突然 正体不明のオトコたちに拉致されそうになり ― 寸でのところで兄が救ってくれた。
しかし その兄は彼女を庇って重傷を負い未だに入院生活を送っている。
意識はあるがほとんど身体を動かすことができない。
でも。 お兄ちゃんが生きていてくれるだけで 幸せだわ!
亜麻色の髪をした妹はずっと兄に付き添う日々を送っていた。
「 お早う・・・ お兄ちゃん。 お目覚めかしら? 」
「 ・・・ フ ・・・ファン ・・・ション ・・・ 」
「 あら 今朝はとっても顔色がいいわよ? ねえ、外、ちょっと寒いけどとても気持ちがいいの。
窓を開けるわね? 」
「 ・・・ む ・・・ 」
「 ・・・ほうら ・・・ ああ いい風。 さあ 朝御飯にしましょう。 」
「 ・・・ あ ああ ・・・ 」
妹は兄のベッド・サイドに椅子を引き寄せると バスケットを開いた。
細々したものが丁寧に包まれ入っている。 そのひとつひとつを彼女は楽しげに並べてゆく。
「 ・・・ どう? 美味しいかな〜 このオムレツはママンの味よ? 」
「 ・・ う・・・まい ・・・よ ・・・ファン ・・・ 」
兄はベッドの中で ほんの少しだけ顔の向きを変え微笑んだ。
「 うわあ・・・嬉しいな。 じゃ・・・サラダはどう? 」
「 う ・・・ ファン ・・・ れ ・・・っす ん ・・・は? 」
「 お兄ちゃん ・・・ お兄ちゃんが元気になるのが先よ。 大丈夫、すぐに元気になるわ。
ああ そうだわ、マドレーヌも焼いてきたの。 」
「 ファン ・・・ あり が・・・と ・・・ 」
「 いや〜だ ママンの味にはまだまだだな・・・でしょ? 」
「 ・・・ファン ・・・ ば ・・・か ・・・ 」
「 うふふ・・・出たわね〜 お兄ちゃんの ばぁか・・・が♪
え〜とね あとは・・・カフェ・オ・レ ・・・ あら はい? なんでしょう? 」
ドアがノックされて ナースの一人が顔をだした。
「 あの・・・アルヌールさん? お食事中にごめんなさいね。
あの ・・・是非会いたいって方がいらして。 ええ なんか東洋からいらしたのですって。 」
「 え? ・・・ あの わたしに? 」
「 ええ。 フランソワーズ・アルヌールさんに・・・って。 ムッシュ・シマムラ とおっしゃるの。 」
「 シマムラ・・・? 知らない方だけど・・・ いいわ、今ゆきます。
お兄ちゃん ちょっと待っていてね。 」
「 ファン ・・・! あ ・・・ぶな・・・い・・ぞ。 」
「 あら 大丈夫よ〜 ここは病院の中ですもの。 すぐに戻りますから。 」
妹は身軽に席を立ち病室から出ていった。
その青年は 茶色の髪に大地に似た温かい色の瞳を持っていた。
・・・ 東洋人・・?? そんな風には見えないけど・・・
温かい瞳ね ・・・ 綺麗なセピア・・・
「 あの・・・ムッシュ・シマムラ? わたし・・・フランソワーズ・アルヌールです。 」
「 ああ マドモアゼル・アルヌール! いきなりこんなところまで押しかけて すみません。
ちょっとお話をきかせてください。 」
「 ・・・ は あ・・・? 」
「 あなたは ・・・ 拉致されそうになった、と伺いましたが。 」
「 ・・・ え・・・!? ・・・ はい、そうです。 」
「 ご不快でしょうけれど・・・その時の状況を教えて頂けませんか。 」
「 え・・・ あなたに・・・? 」
「 はい。 ぼくも ・・・ 同じ被害者です。 」
「 まあ ・・・ そうなんですか・・・ 」
「 はい。 それで あなたはいつ? 」
「 ・・・ 兄を・・・休暇で戻ってくる兄を迎にゆく途中に 車が ― 」
二度と思い出したくもない事だったが なぜかこの青年にはすらすらと話せた。
優しい・・・ヒト ・・・ね。
なんだか お兄ちゃんとよく似てるわ・・・ 温かい・・・
妹は次第に頬が染まってくるのも忘れ 熱心に話し続けていた・・・
「 な・・・なんだ?? あの兄貴は死んで・・・ オマエは一人で生きてゆくはずなのに・・・!
そ・・・それに どうしてこんなところで二人は出会うんだ?? 」
「 ほう? なかなか心温まるいい展開じゃないか。 なあ マドモアゼル? 」
「 ・・・ ええ ・・・わたし。 わたし達、ちゃんと巡り逢うのね・・・ジョー! 」
「 フランソワーズ・・・! 」
「 有り得ない・・・! なぜ ・・・なぜなんだ??
どうして ・・・ なぜ?? 何回やり直してもオマエ達はめぐり合ってしまうのだ?? 」
<シャルル> は完全に狼狽し、 あの不敵な笑みも忘れている。
フランソワーズはゆっくりと彼に向き直った。
「 ・・・ なんだ。 」
「 そうよ。 どんな回り道をしても。 何回やりなおしても、ジョーとわたしはめぐり逢うの。
だって それが運命だから。 誰も邪魔できないわ! 」
「 ・・・ なんだと・・・? ・・・役者のお前、お前は別の人生を選ぶよな?! 」
「 待ってもらおうか。 」
今度はグレートが ずい、と前にでた。
彼には 今 ・・・ 長い人生を経てきた男としての貫禄があった。
「 な ・・・なん ・・・だ 貴様・・・ 」
<シャルル>は完全に呑まれてしまい じりじりと後退りしている。
「我輩は最低な男さ。 せっかく助けてくれた女性、こころから愛してくれた女性の真摯な真心をも踏みにじった。
だから な。 その償いのために ・・・我輩は千の仮面を持つ男となり千の人生を演じるのさ。
・・・我輩の本来の人生は 彼女とともに終ったんだ。 」
「 な ・・・なんだと・・? ふ ・・・ ふん! そんな戯言に騙されると思っているのか!
お前は 成功する人生を選びたいのさ、選ぶに決まっている。 そうだろう?! 」
「 ・・・ は! 何様か知らんが。 お若いの、アンタはなんにもわかっていないようだな。
人生にな、 〜たら や 〜れば は実現せんのだよ。
どんな人生も 一回こっきりだからこそ価値があるのさ。 本当の芝居も一期一会・・・
我輩は この人生を生きる。 ああ 変身サイボーグ、おおいに結構。
我輩の進む道はただ一本 ― 神の御許に行くまで、な。 」
「 グレート・・・ ステキ・・・♪ 」
「 フ・・・フランソワーズ! 」
フランソワーズは思わず拍手をしてしまい、 ジョーに嗜められた。
「 忝い、マドモアゼル。 それでは ― 皆で我々の世界に戻ろうではないか。 」
「 ええ! さあ 行きましょう。 ああ ・・・わたしも防護服を着てくればよかった!
あ お兄ちゃん ・・・大丈夫? 」
「 ・・・ファン ・・・ 」
ジャンは彼らとは少し離れて立っていた。
グレートが貸してくれたマフラーを握り、じっと妹をみつめている。
「 お兄ちゃん ・・・? どうか したの。 」
「 ― ファン。 オレは ・・・ 間に合わなかった ・・・ お前をみすみす眼の前で浚われちまった・・・!
オレの失態のせいでお前は・・・こんな身体にされちまったんだ。
だから ・・・ だから。 さっきの <もうひとつの人生> とやらを 選べば。
少なくともお前は 普通の人間として生きられる・・・・! 」
「 お兄ちゃん ・・・ 」
妹は 兄の側に行くとぴったり兄に身体を寄せた。
「 お兄ちゃん。 いいの いいのよ。 あの日、わたしを見失っても。
お兄ちゃんのせいじゃない。 これだけははっきり言えるの。
わたし ・・・ この身体、サイボーグでいい。 だって ジョーと出会えるんだもの・・・! 」
「 ファンション・・・・! 」
「 ごめんね、お兄ちゃん。 お兄ちゃんの気持ち、ものすごく嬉しいわ。
でも。 わたしは ・・・ この身体になりたい。 なって ジョーに巡り合いたいの。
許して お兄ちゃん・・・! 」
「 ファン ・・・ ちっちゃな・泣き虫ファンが 可愛いオレの妹が ・・・
そんなことを言えるようになったのか・・ 」
「 うふふ・・・ もう ちっちゃなファン じゃないもん! 」
兄と妹は 涙のうちに微笑みを交わしている。
「 おい! ちょっと待てよ、 やっぱり本心が出たじゃないか。
お兄サン? あんたは 逆戻りして <もう一つの道> を選びたいんだろ?
ほらほら・・・後悔するのはもうやめようよ・・・ 」
― バン !
ジャンが大きく足を踏み鳴らした。
「 あのな。 知ってるか、お前。
飛行機乗りはな、 決して後ろは振り返らない! 前だけを見て ― 飛ぶんだ!
それがどんなに過酷な空でも・・・! 」
「 お兄ちゃん・・・ 」
「 オレはもう振り返らない。 どんな重荷でもそれを背負って、前だけ見て 行くさ。 」
「 お兄ちゃんがいてくれたから。 わたし 帰ってこれたのよ! 生きてこれたのよ!」
「 ・・・ファン ・・・ 」
ジョーが兄妹の前に立った。
「 ぼくは ― 何百回 <やりなおし> をさせられたとしても。 この身体を選ぶよ。
なにもかもなくしたけど、 ぼくは最高の愛を得たんだ。 ぼくも前だけを見て生きてゆく。 」
グレートも側でうんうん・・・とさかんに頷いている。
4人の男女は寄り合い <シャルル> をみつめた。
「 さあ 帰ろう 」
「 ま・・・待て! おい その娘! もう一回だけチャンスをやる。
なあ・・・ あの日、ほんの10分早く起きればいい。
出掛ける途中でコンシェルジュのばあさんとちょっとおしゃべりしてもいい。
いや ・・・ 近道をせず、人通りの多い道をゆけば ・・・ 拉致されることもなかった・・・!
さあ! ほんのちょっと変えるだけでいいんだ。 もう一回だけ。 やりなおせる ・・・・ぞ? 」
<シャルル>は ・・・ いや未来の住人は必死の形相だ。
ジョーとフランソワーズは 見つめあって微笑む。
「 ・・・どんな境遇に落ちようとも。 わたしは ・・・ この人生を選ぶわ、
わたしは ジョーに会ってジョーを愛する人生を選ぶの。 」
「 ぼくは。 きっとね 生まれる前から ・・・ 決まっていたのさ。
いつかある日に 亜麻色の髪の乙女と恋に落ちるって。 」
「 ・・・・ く ・・・そ ・・・ 」
がくり、と <シャルル>はその場に崩れ落ちた。
「 ・・・ ふん ・・・負けたよ。
オマエ達の生き方は オマエたち自身で決めればいいさ
ふん・・・! その結果どうなっても 知らんから ・・・な! 」
― ゆらゆら・・・ <シャルル>の姿が揺れ始めた。
どんどん輪郭が薄れゆく。
・・・ 今 を生きるパワーは なによりも強い ・・・な ・・・
低い呟きを残し 彼の姿は靄の中に溶け込んでしまった。
「 ・・・ あ ・・・ シャルル ・・・ 」
「 いや、 マドモアゼル。 彼は お主の友人の形代 ( かたしろ ) を借りただけだろうよ。 」
「 さあ! 皆で帰ろう! ― パリへ、 あの晩秋の公園へ! 」
― ヒュルルルル −−−−−− ・・・・!
風が黒い枝ばかりになった植え込みを吹きぬけてゆく。
「 ・・・あ ・・? 」
「 ・・・ 戻ってきた!! 」
気がつくと 4人は ついさっき・・・出会ったばかりの道に立っていた。
ほんの一瞬 うらうらと薄日が差していたがすぐに雲に覆われてしまった。
「 ・・・さあ! 皆さん! 冷え切ってしまいますよ、我が家へどうぞ! 」
ジャンが 明るく客人たちを誘う。
「 ミスター? いいワインと・・・あと秘蔵のコニャックがあります! 」
「 おお〜〜〜 これは忝い! 寒い日には最高ですな。 」
「 お兄ちゃん ・・・ あのセスナ機って・・・ それにジョーに殺されるって・・・? 」
「 ファン。 有り得ないよ。 わかっているだろう?
オレはもうムカシをふりかえらないし、 オマエも前だけを見つめて生きるんだ。
だから 過去の遺物を呼んだり 別の人生を見たりすることは起きない。 そうだろ。 」
「 うん! そうね ・・・ そうよね! 」
フランソワーズは兄の首ったまにきゅっとしがみついた。
「 ・・・ う ・・・うう ・・・ちゃ、ちゃんと言うぞ・・・言うんだ!
ジャンさん ・・・ い、 妹さんを く くだだださい・・・って! 言うんだ 言うぞ・・・! 」
ジョーは 一人離れてずっとぶつぶつ言っている。
あ ・・・ やだ、 ジョーってば・・・
「 あ ・・・ あの。 ・・・ジョー? 帰りましょう・・? 」
フランソワーズは兄とジョーの双方をちらちら見つつ 困った顔をしていた。
「 ・・・・・・・・・ 」
ジャンはだまって妹を離し 茶髪の青年に真正面から向き直った。
「 妹を ― オマエの最後のオンナ にしろ! 誓えるか!? 」
「 は はい!!! 」
「 よ〜〜し。 さあ ! 皆でウチに帰ろう ! 」
ひゅう −−−− ・・・・ !
木枯らしが初冬のエチュードを奏で始めた。
************************ Fin. **********************
Last updated
: 11,02,2010. back / index
*********** ひと言 ***********
やっと終わりました・・・・
タイトルは 単なるイメージ、 またはジャン兄の心情? とでも思ってください。
ショパンをBGMにお読み頂ければ嬉しいかも??
あのお話自体というより 93の出会いヴァリエーションが書きたかったのかも・・・
あ このグレートは平ゼロ・グレート ですねえ (^_^;)
それにしても あのお話のアルヌール兄妹 好きなんですう〜〜〜♪♪
最後までお付き合いくださった方がいらっしゃいましたら ありがとうございました<(_
_)>