『 木枯らしのエチュード ― (1) ― 』
― カサ ・・・ カリリ・・・
パイロット・ブーツの下で 乾いた音がした。
「 ・・・ん ?? 」
かすかな音が耳に残って 片脚を上げてみた。
滑走路の上に、黄色い紙みたいな切れ端が細々と落ちていた。
・・・・うん? ・・・ ああ これはマロニエの葉・・・か
そうか。 もうこんな季節だったんだなあ・・・
ジャンはちらり、と足元を眺め、頭を大きく振った。
「 ・・・ ふ〜〜〜 それにしても ・・・ ったくなあ・・・なにがなんだか・・・ 」
とんとん頭を叩き どうもあまりご機嫌麗しくない。
もう一回、愛機を振り返り損傷のないことをしっかりと確認すると 足早に格納庫に向かった。
「 ジャン? 午前中はこれで終わりか。 」
「 ピエール。 ああ ちょっと気になることがあってな。 続きは明日だな〜 」
「 気になること? おい、 整備に問題点でもあったか。 」
格納庫に戻ると 整備班のクルーが声をかけてきた。
ここはパリ郊外にある民間の遊覧飛行や自家用飛行機の運行などを取り扱う会社である。
ジャン・アルヌールは空軍退役後、パイロットとしての腕を買われ ずっとここに勤務している。
今日は 朝一番で新たに定期点検を終えたセスナ機の <足慣らし> にかかっていた。
「 いや、整備は万全さ。 お前の仕事にミスなんざあるわけねえだろ。 」
「 そうだろうともよ。 しかし お前の操縦にだって問題なぞあるわけねえぞ?
やっぱ最新の機種でねえと 不具合があるかなあ。 あのベテラン<お嬢さん>にはよ 」
彼はクイっと親指で滑走路の方向を示した。
「 いや ・・・ ウチの気難し屋の<お嬢さん>の問題じゃない。
・・・ ピエール。 お前 ・・・ 複葉機、見たか。 」
「 ああ??? 複葉機・・・って あの複葉機か? ずっとムカシの ・・・ 」
「 そうだ。 」
「 見たって そりゃ記録映画とかじゃ見たし・・・現物は航空博物館に展示されてるぜ? 」
「 ああ 知ってる。 いや オレが言ってるのは実際に飛んでいる複葉機のことさ。 」
「 へ??? だから ・・・ 映画とかでなら。 今現在 飛行可能な複葉機はないはずだぜ?
少なくともオレたちの <庭> にはな。
いや・・・イベントやロケ用に外見だけ扮装したやつなら別だが。 」
「 だよな ・・・ そうだよなあ・・・。 」
「 ジャン。 お前 ・・・ どうかしてるぜ? ここんとこずっと連続勤務で疲れているのと違うか。 」
「 ・・・ かもしれない。 午後、ちょいと外れてもいいかな。 」
「 ああ いいぜ。 ま、カワイイ妹の相手でもしてのんびりしてこいや。 」
「 ば〜か! 調モノがあるんだ! 」
ジャンが年齢 ( とし ) の離れた妹と二人暮らしなのは周知のことだ。
そして美少女な妹にこのベテラン・パイロットが滅茶苦茶甘いことも誰もが知っていた。
ありゃ・・・シスコンかね。 いや ロリじゃね?アブね〜 娘同様だな〜
周囲は姦しくいろいろ言ったが 本人は一向に気に留めてはいない。
やはりかなりイケメンな兄は 恋人も作らずに妹と静かな日々を送っていた。
「 ま、 なんでもいいさ、 たまには 空 から離れてみるのもいいかも知れんぜ。 」
「 ・・・ ん ・・・・ 」
ジャンはまたも頭をトントン叩きつつ、格納庫から裏の事務所ヘ脚を向けた。
「 あ・・・っと。 ピエール? 」
「 おう、 なんだ。 まだなにか あるのか。 」
「 ん ・・・ ウチの<お嬢さん>。 あのセスナな・・・ ちょいと左の主翼 ― 先端を見といてくれ。 」
「 いいけど ・・・なんだ、やはり不具合か。 」
「 いや。 ・・・ ちょいとぶつかった ・・・ かもしれんのでな。 その・・・複葉機と。 」
「 へえ? はあああ ??? 」
「 ・・・ じゃ な。 」
呆れ顔の整備士に ちょいと手を上げるとジャンはスタスタ滑走路から出ていった。
ふん ・・・! 一番呆れかえっているのは このオレさ。
ま いいさ。 次の休暇にでも航空博物館へ行ってみるか ・・・
・・・ と。 明日アイツが来るんだよなあ ・・・
アイツ が さ ・・・!
― ちぇっ !!
― バン!
ロッカーのドアを蹴っ飛ばし、ジャンはもやもや気分で帰路についた。
愛用のゴロワーズのパッケージはもう空にちかい、ジャンは忌々しげに最後の一本を取り出した。
久し振りに帰ってきたと思えば ― ふん ・・・
オトモダチが来るの・・・と来たぜ!
オトモダチ・・・なあ。 確かに違いないか・・・
しっかし!
・・・ 妹なんて持つもんじゃね〜な
心配のタネを抱え込んでいるようなもんだぜ・・・
くそ〜〜! ・・・しけってやがる ・・・!
秋の陽射しを受け紫煙を棚引かせ、ガシガシとジャンは家路を辿った。
・・・ ふ〜ん ・・・ ウチの前の道のマロニエも いい色になってる か ・・・・
毎日 通っているのに全然気がつかなかったな。
いつもより幾分速度を落として歩けば 通い慣れた道も新鮮に見えた。
露天の花屋や果物屋には鮮やかな色彩が溢れている。
季節の恵みがとても眩しい ・・・
「 お ・・・ いい色じゃないか。 これ 一山もらうよ! 」
「 ほい 毎度! これは美味いよ〜〜 」
馴染みの八百屋で林檎を買い、袋を抱えてのんびりと歩く。
一個、齧ろうとしたが思い直した。 ・・・なにも一人であわてて食べることはない・・・
古いアパートの5階までギシギシ階段を鳴らして登り ドアをノックする。
「 オレだ ― ただいま。 」
― ギシ ・・・!
クセのある固いはずのドアが するり、と開いた。
「 ― お帰り、 お兄ちゃん 」
満面の笑顔で 妹が迎えてくれた。
「 ・・・ へェ・・・ カレシでしょう? いつ来るの。 」
「 え ・・・ ち、違うわよ えっと・・・オトモダチ ・・・よ 一応明日の予定・・・ 」
「 ふふ〜ん ・・・ ま、そ〜ゆ〜ことにしとこうか? なんか〜嬉しそうだよ〜 フランソワーズ。 」
「 そ ・・・ そう? わかる? 」
「 あったりまえでショ ・・・ あ 睨まれちゃう・・・ 」
「 いっけない・・! 」
スタジオの後ろの方でまだ若いダンサーが二人、首を竦め、バレエ・マスターの方に注意を集中した。
「 〜〜で アチチュード・プロムナード ・・・ 最後にバランスしてパンシェ・・・はい、マーキングして! 」
パン ・・! 彼の合図でピアノの音が数小節流れた。
「 ん〜〜 オッケー、その音で頼むよ。 じゃあ そっちの隅から5人づつ! 」
たた・・っとダンサーがセンターに走り出る。
「 ― s'il vous plait ? ( どうぞ ) 」
優雅な音と一緒に 中央の5人がアダージオを踊り始めた。
スタジオ中に ぴん・・とした空気が流れる。
さっきまでこしょこしょ喋っていた二人も 真剣な表情で先輩たちを見つめ、振りを確認している。
ここは パリの下町にある古い稽古場 ―
朝のレッスンが始まり もう小一時間は過ぎたところだ。
「 ・・・ で エカルテ・デリエールから ・・・ そのままロン・デ・ジャンブ アン・レール・・・か
うわ ・・・ キツいわねえ・・・ 」
水色のレオタードの娘が ぶつぶつ言いつつ振りをなぞっている。
皆 ・・・ 上手いわね・・・
・・・ う〜ん・・・! ここで ・・・ あ〜ん!どうしてわたしの脚、落ちるの〜〜
やっぱり・・・ ブランクはなかなか埋まらないわね・・・
・・・ やっぱり 無理、なのかなあ・・・
そっと溜息がでたけれど。
「 ・・・ ううん! こうしてまた踊れるだけで 幸せなんだから!
ちょっとづつでいいから また・・・筋肉を戻してゆけばいいのよ・・・ 」
入れ代わり次の5人が64小節のアダージオを踊り終った。
次! ・・・ やるわ。
彼女は さ・・・っとセンターに走りでた。
パチン ・・!
さっきのおしゃべりの相手も 彼女の隣でプレパレーションして、こっそりウィンクを送ってきた。
がんばろ・・・! うん!
― 音が始まった。
フランソワーズがこの稽古場に通い始めて半年ほどになる。
兄の許にもどり、生まれた街でひっそりと暮らしていた。
当たり前の日々 ありふれた生活 ― それだけで充分幸せだ と思っていた。
でも・・・
「 ・・・ 踊りたい ・・・ もう一度 ・・・ 踊りたいの・・・! 」
一度履いてしまった <赤い靴> は やはり脱ぐことはできなかった。
悪夢よりももっと過酷な年月を経ても 踊ることへの情熱はちゃんと残っていたのだ。
「 ねえ お兄ちゃん ・・・ 」
「 ん〜 なんだ。 」
「 わたし ・・・ またバレエを始めようと思うの。 」
「 ・・・ え? 」
ひょっこり戻ってきた妹、あの頃と少しも変わらぬ姿の彼女に ジャンがようやっと慣れたころ・・・
彼女は 躊躇いつつも・・・頬を染めて兄に告げた。
「 バレエ ・・・って お前・・・ その・・・昔・・・いや、前の友達に出会ったりしたら・・・ 」
― 誰が信じるというのだ? ― 改造され 歳を取らなくなった・・・なんてさ !
口をつぐんだ兄の眼が 彼女と同じ色の瞳が全てを語っていた。
「 大丈夫、 普通の・・・いろんなヒトが出入りするオープン・クラス・スタジオをみつけたわ・・・
ああいうところなら かえって目立たないと思うの。 」
「 ふ ・・ん ・・・木を隠すなら森へってことか。 」
「 そうなの。 だから またやってみたい。 ・・・ ちょっとだけでいいわ。
レッスンに行っても いい? 」
「 ・・・ ダメって言ったって 行くんだろ? その眼は <決めた!>って眼だぞ。
強情っぱりな・ちっちゃなファン。 思いっ切り踊ってこい。 」
「 ・・・ ありがとう お兄ちゃん! 」
妹は子供の頃みたいに 兄の首っ玉にかじりついてキスをした。
「 ばァか・・・・ おい、そんなんじゃモテないぞ〜 」
「 いいもん、 お兄ちゃんがいれば・・・ 」
「 ファン ・・・ 」
きゅ・・・っと抱き締めた身体はしなやかで温かく 以前と少しも変わらない ― と思った。
・・・ 信じられない その ・・・ もう普通ではない、なんて な。
お前の微笑みは そして 軽い足取りはあの頃と少しも変わらないのに。
― そう さ。 変わらない んだ ・・・!
時折、思い出したように <帰って>くる妹 ― あれから何年たってもすこしも変わることがない。
今回も復活祭の頃にふらり、と戻ってきて そのまま居付いてしまった。
「 ・・・ おい。 その・・・ 帰らなくていいのか。 日本に さ・・・ 」
夏のバカンス・シーズンが終る頃に 兄は遠慮がちに訊いた。
「 わたしのウチは ここよ。 」
「 そりゃそうだが。 ・・・ あの・・・ 喧嘩でもしたのか。 その ・・・アイツと 」
「 ちがうわよ。 たまには離れて暮らすのもいいかなあ・・・って思っただけよ。 」
「 ・・・ そうか。 それなら連絡くらいしてやったらどうだ?
お前な、いいオトコを放っておくと 他のオンナにとられるぞ。 」
「 お兄ちゃん? ・・・ そんなにわたしを追い返したいの?
・・・わたし ここにいると邪魔? ・・・ そうだよね、 気味悪いよね・・・ 」
「 そんなわけ ないだろう!!
ただ ・・・ ちょっと気の毒になっただけ、さ。 アイツが・・・よ。 」
「 やあだ・・・ お兄ちゃんってば。 すっかりジョーの味方になって・・・
大丈夫よ〜 喧嘩したわけでも別れちゃったわけでもないわ。
彼ね、 仕事で忙しいの。 今ね、雑誌記者してて・・・取材に世界中を駆け回っているのよ。 」
「 へえ・・・ そりゃまた・・・ 」
「 なんか性に合っていたみたいでね・・・ 楽しそうよ? レーサーとかより遣り甲斐があるんですって。
ちゃんとメールとか送ってくれてるから ・・・ 安心して。 」
「 そ そうか ・・・ ふん ・・・ 」
妹のために喜ぶべきなのだろうが ジャンは少々フクザツな気分だった。
― もう 何年前のことだろうか ・・・
休暇に戻ってきたジャンの目の前で誘拐された妹 ・・・ 死に物狂いで追跡し・・・失敗した。
その後も八方手を尽くしたが何の手掛りも見つからなかった。
それでもどうしても諦めきれず、彼はずっと彼女を捜し続けていたのだが。
せめて消息だけでも せめて遺体だけでも ・・・ と思い始めた頃 ― 彼女はひょっこり帰ってきた。
妹は あの日のままの姿だった。
あの日のまま、少女の軽い足取りで輝く微笑でやわらかな頬としなやかな身体で ・・・帰ってきた。
そして ― 驚愕の事実を聞かされた。
「 ・・・ ごめんね、お兄ちゃん。 もう二度と帰らないつもりだったの ・・・ だって・・・
だって本当のわたしはもういないんだもの。 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 もう一回だけ お兄ちゃんに会いたかったの それで ありがとう、って言いたかったの。 」
「 ・・・ ありがとう? 」
「 うん。 ・・・ あの日から ずっとず〜〜っとわたしのこと・・・待っていてくれて。
わたしには帰れるところがあったんだ・・・って とっても嬉しかったわ。
だから ・・・ もういいの。 わたしのことは ・・・ わ ・・・忘れて・・・
もう 二度とお兄ちゃんの前には現れないから。
お兄ちゃんの妹は ・・・ フランソワーズ・アルヌールは 死んだの。 」
ひっそり微笑むと 彼女は立ち上がった。
「 ・・・ さようなら。 ・・・ ありがとう、お兄ちゃん ・・・・ し 幸せに なってね・・・ 」
「 ・・・ お前は死んでなんかいないよ! ちっちゃなファンション ・・・! 」
「 お兄ちゃん ・・・ 」
「 帰ってこい。 気が向いたら・・・ いつだってすぐに帰ってこい。 ここに居ろ。
ここは ― お前のウチだ。 」
「 ・・・・・・ !! 」
あの日以来、フランソワーズは時折 <帰ってくる>。
短い滞在のこともあったが 大抵は故郷の味を楽しみつつ2〜3ヶ月のんびりと過す。
さすがに 半年以上 ・・・というのは今回が初めてだった。
これもいつものことだが 彼女はなにも語らないし、ジャンもなにも聞かない。
兄妹の静かな生活が 淡々と続くだけだ。
「 ま・・・ 好きなだけ居ればいいさ。 」
「 ウン♪ そうするね。 あ ・・・ そういえばね、ジョーがね 来週にね・・・ 」
「 ・・・ なんだって? 」
妹は 頬を染めつつ遠慮がちに ジョーの来仏を打ちあけた。
「 ・・・ 仕事で来るのか。 」
「 ええ ・・・ そうなの。 あのね、それで・・・仕事の、雑誌の取材の <ついで> なんですって。
取材でスコットランドまでくるから・・・って。 パリに・・・ 」
「 は〜〜ん・・・? <ついで> なあ。 ほ〜う?
お前の恋人はお前に<ついでに> 会いにくるってわけか? ほ〜う??? 」
「 お兄ちゃん・・・! そんな意地悪な言い方、しなくてもいいじゃない!
ジョーだって早く会いたいって言ったけど仕事が忙しくて。
やっと休暇も兼ねてこれることになったのよ、わざわざパリにまで来てくれるのよ! 」
「 ・・・ へいへい。 申し訳ありませんね〜 」
「 そんな言い方、しないでってば・・・ ジョーは・・・一生懸命なのに・・・! 」
彼女は手を握り締め 涙すら滲ませている。
「 ああ ああ わかったよ
・・・ け! そういうこった・・・!
どんなに大切に育ててやってもいずれはヨソのヤロウの許へいっちまう・・・
― けど。
ファンは。 ・・・ ファンにとってそんな人並な幸せを得られるってことは・・・
なによりも喜んでやらなくちゃいけないんだ。 ・・・ ファンの場合には。
ジャンは握り締めたこぶしを そっと・・・ 広げる。
ジョー。 ジョー ・ シマムラ ― ヤツとは 2〜3回 会ったことがある。
あの眼 ・・・・ 姿形 ( なり ) はまだ少年の面影が残っていたが あの眼だけは
おどろくほどしん・・・冷たく澄んでいた。
初めて出会った時、 ジャンは彼の眼差しに驚愕した・・・
・・・ この眼で真正面から見つめられたら。
う〜ん ・・・ なんでこんなに 醒めた眼をしているんだ・・・!
オレよりずっと年下 ・・・のはずなのに・・・
ジャンはぞくり、と背筋に冷たいものを感じていた。
実際に口をきけば どこにでもいそうな普通の青年だった。
口数は少ないけれど無愛想とか不機嫌とかではなく、ちゃんと受け答えをした。
ふうん ・・・ 要するに 口が重いってタイプなんだな・・・
まあ な。 ぺらぺらしゃべりまくるヤツってのも気に喰わんが。
そのセピアの瞳は妹に向けられるとき、限りなく優しく温かい光でいっぱいになる。
穏やかな話し方は かえって頼もしい感じさえする。
そんな < ジョー > に ジャンの妹は蕩けそうな笑みを向けるのだ・・・!
くそ〜〜〜 なんてこった・・・!
・・・ 悪いヤツ、 じゃない、それはようくわかった
しっかし! フランソワーズ! なんなんだ〜〜 その笑顔は・・・!
幸せいっぱいの妹の笑みにほっとしつつも 同時に滅茶苦茶に腹立たしい。
ジャンは 平静を保つのに最大限の忍耐力と演技力を動員していた。
その頃から 妹の会話の中に < ジョー > は、頻繁に登場するようになった。
兄ははじめはいちいち突っかかっていたが そのうちに ― 黙認するようになっていった。
「 それでね。 ウチに泊まってもらってもいい? 二泊くらいなんだけど。 」
「 それは構わんが。 でも休暇で来るんだろう? 二泊・・?? たったの?
あ、そのあと旅行でもする予定なのかい。 」
「 ううん、ジョーのお休みは取材以外では3日だけなの。
ええ ・・・ 日本の会社ってものすご〜〜く忙しいのよ。 信じられないくらい・・・
取材でこっちまで来て、休暇を取れるだけでも運がいいの。 」
「 ふうん ・・・ そんなモンかね。 なんだか軍みたいなんだな。
ま・・・オトコは仕事にかけなくちゃ ウソだけどな。 」
「 ジョーは ・・・ いつだって一生懸命よ。
あ、それでねえ、もう一人、仲間が一緒なの。 イギリス人なんだけど・・・
演劇人だから いろいろ面白い話をしてくれるわ。 」
「 ふん? ソイツは駆けだしの俳優とかなのかい。 」
「 ええ あのね 」
「 ・・・ え ・・・??? 」
妹の口から出た名に ジャンは驚愕してしまった。
その <演劇人> は 知るヒトぞ知る名優で、パリでもなかなか人気がある。
派手ではないがその燻し銀のような魅力は ワカモノにはとても太刀打ちできるものではない。
彼の芝居は中年以上や見識のある人々の間に確実にファン層を広げていた。
特に 昨シーズンからの衣裳もメイクも変えないが変幻自在な 一人芝居 は
ひそかなブームになっていた。
「 ・・・って ほんとにあの彼なのか・・? 」
「 ええ そうよ。 お兄ちゃん 知ってるの。 」
「 知ってるもなにも・・・オレたちくらいから上の年齢層にはかなりウケてるんだぞ。 」
「 あら そうのなの? よかったわ〜〜 彼もやっと本業に打ち込めるのですもの。 」
「 ・・・ え。 それじゃ ・・・ 彼も ・・・ お前たちの その・・・仲間なのか? 」
「 そうよ、 ジョーよりも古い仲間なの。 」
「 ・・・ そ そうなのか ・・・・! 」
「 それでね、 ふふふ・・・グレートってばね、本当に趣味は ネッシー なのよ。 」
「 ・・・ は? 」
「 ネッシー。 ネス湖のネッシーよ。 」
「 ・・・って あの・・・幻の・・・恐竜?? 」
「 ええ。 グレート曰く、ネッシーは絶対にいる!って。 イギリス人は皆信じているのですって。
それでね、 ジョーの取材に便乗してネス湖に行ってるのよ。 」
「 はあ・・・ なんか ・・・ 名優・グレート・ブリテンのイメージ、狂うなあ・・・ 」
「 そう? でもそこが彼の凄いところなんじゃないかしら・・・ 」
「 ふうん ・・・ まあ こんなボロ・アパルトマンでよければ歓迎さ。
その ・・・アイツもな。 」
「 メルシ♪ お兄ちゃん! ・・・ あ。 それで あの。 ジョーがね・・・
お兄ちゃんに話がある・・・って。 だからその・・・ 」
ピクリ ・・・
ジャンの煙草を持つ手が揺れた。
「 ・・・ ほう? 泊まらせてやるお礼かね。 ふ〜ん、なかなか律儀なヤツだな。 」
「 え ・・・ さ さあ〜 そういうことじゃない・・・と・・・思う ・・・ けど 」
「 ま ともかく歓迎するよ、お前の大切な仲間たちだからな。 」
「 ありがとう、お兄ちゃん・・・! 」
「 客用寝室のマットレス、 明日にでもひっくり返しておくから・・・掃除しとけよ。 」
「 うん。 ふふふ・・・なにを御馳走しようかなあ? 」
「 ふん ・・・ 」
満面笑顔の妹が 眩しくてジャンは何気なく視線を逸らせた。
ふん ・・・ 話がある、 だって?
それは アレかよ。
・・・・ ふん ・・・! くそ〜〜! 一発 お見舞いされたいのか!
妹の幸せを心底願いつつ・・・ 反面 ど〜も面白くない。 これはも理屈なんかじゃないのだ。
・・・ オヤジ ・・・ オヤジの不機嫌が 今 ・・・わかったぜ
お袋の言うとおりだったなあ・・・
ジャンは遠い日々を思い出し、新聞を畳む音に溜息を隠した。
「 ねえねえ〜〜 それで? 」
「 え・・・ なんのこと? 」
「 だ〜から ご機嫌ちゃんの理由、よ♪ ・・・カレシが来るのね〜 いいね〜 」
「 あ・・・ だから お友達だって言ったでしょう、 シルヴィ。 」
「 ま〜たまた・・・ フランソワーズってオトボケさんなんだからァ〜 」
クラスの終ったスタジオで、ダンサー達はてんでにクール・ダウンしたり自習したりしている。
フランソワーズも 苦手な部分を繰り返していたのだが・・・・
「 そんな・・・ でもね、久し振りに会うから とっても楽しみなのよ。
だからね ちょっぴりウキウキしているの。 兄も歓迎してくれるそうだし・・・ 」
「 あ、あの素適なお兄さん! いいなあ〜 シブくて。 歳の離れている兄弟って魅惑的よね〜 」
「 あら そう? 煩いわよ〜〜 パパみたい。 」
「 あはは・・・そりゃ アナタのこと、心配で心配で・・・ってことよ。
ま、フランソワーズのカレシは大変だよ、あのお兄さんと対決しなくちゃならないんだからさ。 」
「 対決、だなんて ・・・ だから ただの ・・・ 」
「 はいはい、 オトモダチ なのね。 わかった わかった・・・
ふ〜ん・・・でもさ、がっかりするヤツラ、けっこういるよ? フランソワーズ、人気あるもん。 」
「 そんな ・・・ わたしが最近 来たからでしょ。 ものめずらしいだけよ。
・・・う〜ん ・・・ どうしてここで落ちるかなあ・・・ 」
フランソワーズは さっきからアダージオの振りを繰り返している。
「 は・・・ 本気でそう思っているわけ? ・・・まあ ね、そこがアナタのイイトコだもんねえ・・・
あ 自習してゆくひと? 」
「 ええ ・・・ ちっとも上手くできないんですもの・・・ ! 」
「 そんなこと、ないと思うけどね・・・ あ、ごめ〜ん、邪魔してるね、私。 じゃ ・・また明日♪ 」
「 あら 邪魔だなんて・・・ おしゃべりできて嬉しいわ。 また 明日ね シルヴィ。 」
「 ウン お疲れ様〜〜 お先に〜〜 」
「 お疲れさま〜〜 」
ひらひら手を振って 金髪の彼女はスタジオから出ていった。
ふふふ・・・ やっぱり いいなあ・・・・
クラスして 友達となんでもないこと、おしゃべりして。
・・・ こんな雰囲気、 もうずっと・・・忘れてたわ・・・
彼女に手を振り、タオルで汗と拭うとフランソワーズはまた自習に戻った。
今朝のクラスで ― 細かい取りこぼしも多かったし、 なによりも・・・!
「 はい、それじゃ。 ラスト〜〜 女子、グラン・フェッテ。 男子、セゴン・ターン
え〜と・・・ 5人づつだな。 」
クラスの最後、 華やかな音と共にダンサー達が踊り出す。
女子も男子も 見せ場 をもりあげるテクニックだから集中して取り組んでいる。
「 よ〜し。 ・・・ はい 次の5人! 」
・・・ やるわ!
フランソワーズもプレパレーションのダブル・ピルエットで勢いをつけ グラン・フェッテを始めた。
1 ・・・ 2 ・・・ 3 ・・・・ うん ・・・ いい感じかも・・・
ポアントが きゅ・・・っと鳴り、ロン・デ・ジャンブが綺麗にまとまる。
このテクニックはタイミングが一番の要で、自分で自分自身の身体をまとめあげてゆく。
シュ ・・・ シュ ・・・
5人が ほぼ同じタイミングで回転しゆく・・・
「 いいぞ ・・・ 首の返しを忘れない! 16までいったらまた1から始めるつもりで! 」
バレエ・マスターの声が耳に入るのだが・・・ 踊っている本人たちにはよくわからない。
え ・・・ なに ?? だめ、聞こえない ・・・ 21 ・・・ 22 ・・・
・・・ ああ・・???
クラリ・・・とバランスが崩れた。 取り戻そうと慌てるほどにブレが大きくなる。
く・・・! いっけない! ・・・ わわ ・・・ず、ずれるぅ〜〜
フランソワーズは左端で回り始めたのだが軸脚がズレはじめ どんどんセンターに移動してゆく。
あ ・・・ だめェ〜〜〜 きゃあ・・・!
ズッテ −−−−−ン ・・・!
「 お? 大丈夫か? 」
「 ・・・ は はい・・・! 」
慌てて起き上がり まだ最後まで頑張っている者の邪魔にならないようにさっと下がった。
「 ・・・ 大丈夫? あとちょっとだったのに・・・ 」
「 あ はい。 大丈夫です ・・・ 」
本当は 転んだオシリがとっても痛かったのだが・・・ 恥ずかしさが勝って彼女はタオルに顔をつっこんだ。
・・・ いた・・・ア ・・・・ !!
どうしてあそこで あんなにズレちゃったのかなあ・・・
後ろの隅っこに退き そっとオシリを撫ぜる。 どうも明日はアオタンになりそうだ。
ほとんどのダンサー達はそれなりに指定回数を回り終え クラスはおわった。
「 ・・・ やっぱりどうしても・・・! やるわ! 」
スタジオは残る者もまばらになってきた。
フランソワーズはタオルをバッグに放り投げると センターに進みでた。
「 ちゃんとやらなくちゃ。 グラン・フェッテで転ぶなんて・・・! チビの頃じゃないんだから! 」
きゅ・・・っと唇を一文字に引き締め自分でカウントを取る ―
5 6 7 8 っで 行くわよ!
シュ・・・っと空気を切りさき 彼女は回転を始めた。
14 ・・・ 15 ・・・ 16 ・・・ よし、半分来たわね ・・・
えっと・・・ 17 ・・・じゃなくて 1 ? あ・・・あれれれれ・・・?
かっくん・・・とまた軸脚がズレ始めた。
「 ・・・う〜〜 なんで〜〜 ・・・あっ あ〜〜 ! 」
― また 転ぶ・・・!
次の衝撃を覚悟して 一瞬目を瞑ってしまい ・・・
「 ・・・ 危ないよっ・・! 」
「 ・・・ え??? あ・・・・ 」
きゅ・・・っと力強い手が ウエストをがっちりと押さえている。
「 え ・・? あ ・・??? あなたは ・・・ シャルル?? 」
「 大丈夫かい? フランソワーズ・・・ 」
青い眼が心配そうに覗き込んでいる。
同じクラスの青年が 駆け寄ってきて支えてくれたのだ。
「 あ・・・ありがとう・・・! 」
「 ・・・ごめん、僕こそ・・・余計なことしたかな・・・ でもさっきも同じ転び方、してたから・・・ 」
「 ヤダ、恥ずかしい・・・ ダメね、こんなんじゃ。 わたし・・・ヘタクソで・・・ 」
ほっとした途端に なぜか汗と一緒に涙が滲みでてきた。
フランソワーズは慌ててタオルを顔に当てた。
「 別にさ、タイミングもバランスも崩れていないよ? 」
「 ・・・ そう? でもね ・・・途中で がくん、と狂うのよ・・・ 」
「 ふうん ・・・ それは多分 君の筋肉が充分に対応できてないだけだと思うな。 」
「 え ・・・ 筋肉って・・・ あ 脚の? 」
「 う〜ん 脚も、だけど。 腹筋とか背筋とか ・・・全て、さ。 まだ不十分なんだ。
あ ごめん ・・・ はっきり言って・・・ 」
シャルルは はっとした顔で謝った。
「 ・・・ううん ううん! 本当のことですもの。 ありがとう! ちゃんと言ってくれて・・・ 」
「 ごめん ・・・ 僕だってまだまだなのに偉そうに・・・ごめんな。
でも さ。 フランソワーズ・・・もしかして ブランクとか・・・あったのかい。 」
「 え ? ・・・ ええ そうなの。 ちょっと事情があって ・・・・ しばらくバレエから遠ざかっていたの。」
「 やっぱりな〜 うん、でもそれならこれからまた練習すればいいさ。
すぐに取り戻せるさ。 あの・・・ 歳、聞いてもいい? 」
「 え ・・・ええ。 じゅ ・・・ 19よ。 」
「 な〜んだ、それならまだまだ余裕でリベンジだよ。 」
「 ・・・ そ そう ・・・? 」
「 うん。 ・・・ あの。 また ・・・ 一緒に自習とかしても いいかな。 」
「 あら 勿論。 わたしもアドバイスしてくれるヒトがいて 嬉しいわ。 」
「 アドバイス・・・なんて出来そうもないよ。 でも第三者の目も必要だろ? 」
「 ほんと! いくら自習しても自分だけじゃわからないコトって沢山あるわよね。
あ・・・ わたしも気がついたこと、言うわね。 」
「 ありがとう! うん、女子の意見も必要だよ。 テクニックだけじゃなくてマイムとかさ。 」
「 そうね、 一緒にがんばりましょ♪ 」
「 うん! あ あの・・・ ちょっときいても・・・いいかなあ。 」
「 ええ なあに? 」
「 ・・・あのう 君って そのう・・・ 彼氏と住んでるってきいたけど。 本当かい。 」
「 ええ?? ・・・やだ、それはね、兄よ。 兄と二人暮らしなの。 」
「 あ・・・ お お兄さんかあ! そっか! うん、それなら・・・ あの。 付き合ってくれる? 」
「 ・・・ え ・・・・? 」
「 ずっと見てたんだ。 君がここに来てから・・・ なんて熱心なんだろう・・・って。
なんて・・・ キレイなんだろうって ・・・ 憧れちゃうよ。 」
「 いやだわ、憧れ、だなんて ・・・ わたし、ヘタなのに・・・ 」
「 あの すぐに返事しなくていいよ。 でも・・・返事、待ってる。 」
「 ・・・ シャルル・・・ 」
「 あ よかったら。 ちょこっとお茶 してかないか。 いいカフェ、知ってるんだ。 」
「 う〜〜ん ・・・ごめんなさい! 今日ね、兄がランチに戻るから・・・帰らないと・・・ 」
「 そっか・・・残念! それじゃ・・・また今度。 きっと、な。 」
シャルルはちょっとがっかりしていたが 笑顔さ・・・っと 手を差し出した。
「 ええ。 ・・・ 今日はありがとう、シャルル。 」
フランソワーズも元気よく手を伸ばしことさら大袈裟に握手した。
シャルル ・・・ いいヒトね・・・
カサ ・・・・ カサ ・・ カサ ・・・
さっきからずっと足元から小さな音がきこえてくる。
お気に入りの編み上げブーツの下で 秋がお喋りをしているみたいだった。
「 ・・・ いい 気持ち ・・・ 」
フランソワーズは両手で抱えた紙袋を持ち直そうと、ちょっとだけ立ち止まった。
ヒュル ・・・ ルルル ・・・・
もう大分葉を落としてしまった木々の間を 晩秋の風が吹きぬける。
木枯らし・・・ そんな風になるのも、もうすぐだろう。
お日様は中天より低い位置にぼんやりと顔を見せているが その熱はほとんど感じない。
「 ふうう ・・・ そうね、忘れてたわ、こんな秋・・・
しばらく真っ青な空と明るいお日様の秋 に慣れてたから・・・
そうだわ・・・研究所の裏庭の柿・・・ もう色づいたかもしれないわね。 」
ちょっただけ目を閉じれば ― 懐かしい秋の風景が見えてくる。
海辺の崖っぷちにあるあの邸 ・・・ 秋には裏山が鮮やかな色に染まった。
「 ジョーと紅葉狩りにも行ったわ ・・・ あそこのお日様は秋でもぽかぽか温かいのよ・・・
・・・ ジョー ・・・ あなたの笑顔が見たいわ ・・・ セピアの眼で笑ってよ・・・ 」
ヒュルルル ・・・・ ・・・・!
また小さなつむじ風が亜麻色の髪を揺らせてゆく。
つう〜〜んと冷えた空気が レッスン後の火照った身体には心地好い。
カサリ ・・・ と 腕の中の紙袋もゆれ、 香ばしい匂いが沸きあがってきた。
― シャルルと別れた後 遠回りして評判のパン屋で バゲットを買った。
ランチ用に焼いた最後の回だった。 兄はそこのバゲットが好物なのだ。
「 よかった ・・・ 急がなくちゃ! お兄ちゃんより先に帰るのよ。 」
張り切って歩き始めたのだが ・・・ 彼女の歩みはだんだんとゆっくりになっていった。
すぐに取り戻せるさ! な〜んだ、それなら余裕でリベンジだよ・・・
シャルルの声がふ・・・っと甦る。
そう ・・・ 19歳の若者なら <出来ないこと> なんて ない。
たとえ今はダメでも レッスンを積んでゆけば筋肉はどんどんしなやかになり強くなる。
今日、できないことも 明日か明後日か ・・・ 少し先の日には悠々とクリアできるのだ。
― 19歳ならば。 本当の 19歳 ならば・・・
「 ・・・わかってたのよね、自分でも ・・・ 」
自分の身体のことは自分自身が一番よくわかっている。
見た目、瑞々しい乙女、19歳の若者 ― だけど。
すべすべした艶やかな肌の下にあるのは 筋組織に似せたツクリモノだ。
通常の女子の筋肉をはるかに越えるパワーを出すことはできるが それっきり。
鍛えれば鍛えるほど 融通無碍に変化してゆけることなど ない。
「 わかってる、わかってたのよ・・・
わたしが転んだのは。 人工筋肉が想定外の動きに長時間対応できなかったから・・・!
どんなに練習をしても どんなに ・・・練習をしても ・・・ 」
子供の頃 ― やっとバレエ・シューズに馴染んだころ。
新しいパを習うのが嬉しかった。 レッスンが辛いなんて思ったこと、なかった。
練習するとどんどん高く跳べるようになるのが 沢山回れるようになるのが・・・楽しかった。
あの喜びを味わうことは ・・・ もう できないのか・・・
「 ・・・ やっぱり ・・・ 踊るのは無理 なのかしら・・・ 」
ほう ・・・っ吐息が冷たい空気に流されてゆく・・・
わたしの居場所は ・・・ ここにも ないの・・・?
カサリ ・・・ 紙袋が音を立てた。
「 ・・・ いっけない・・・ せっかくのバゲットが。 急がなくちゃ。
ふふ ・・・ ともかく今は <かえるところ> があるんですものね・・・ 」
カサ カサ ・・・ カサリ ・・・
再び落ち葉の散り敷く道を 彼女は歩き始めた。
「 近道、しちゃお。 公園を抜けてゆけば少しだけど早いもの・・・ 」
大通りから横道に折れ、階段を降りる。 石畳の道が続く公園は穏やかな秋の日が差していた。
「 ・・・ わあ ・・・ きれい ・・・ 」
舞い散る落ち葉に目を止めつつ フランソワーズは先を急いだ。
行き交うヒトもほとんどいないので 道の真ん中を突っ切ってゆく。
コツ コツコツ コツ ・・・ コツ ・・・
公園を半分ほど抜けたとき、 前からくる人影があった。
「 ・・・ 杖、ついてる・・・ おじいちゃんのお散歩かな・・・ 」
心持ち道の端に寄ったが 彼女はそのままの歩調で歩いてゆく。
― 君は ジョーに 殺される ・・・!
「 ・・・えええ?? 」
すれ違い様、老人が ぼそり・・・と呟いた。
ただの独り言・・・のはずが 意外なほどはっきりとフランソワーズの耳に届いた。
「 ・・・ だれ? あなたは・・・だれなの? 」
向き直った瞬間 ―
ザザザ ・・・・!
「 ・・・ あ ! 」
一陣の風が 落ち葉を舞い上げ視界を塞いだ。
「 ・・・ あ ・・・・ あら? 」
風が止んだとき ・・・ フランソワーズの周り人影はなかった。
「 そんな ・・・ だってたった今 ・・・
でも あれは・・・老人?? いえ チラっと振り向いた顔は・・・少年みたいにも見えたけど ・・・ 」
午後のにぶい陽射しが晩秋の公園に注いでいるだけ だった。
カツカツカツ ・・・ ギシギシ ・・・・
「 ・・・ あ、お兄ちゃんだわ! 」
聞き慣れた足音が アパルトマンの階段から響いてきた。
フランソワーズはほっとして、玄関に飛んでいった。
帰り道で気味の悪い老人とすれ違った。 妙なことを聞き ・・・ 走って帰ってきた。
・・・また なにか。 起きるのだろうか・・・
ランチの準備をしつつも、彼女はすう〜〜っと心が冷えてくるのを感じていた。
・・・ もうちょっとだけ ・・・ この幸せを味わわせて・・・
ジョーが来るわ、お兄ちゃんもいるわ・・・
・・・ おねがい、もうちょっとだけ・・・
「 オレだ ― ただいま 」
「 ・・・ お兄ちゃん! お帰り〜〜! 」
兄の声、兄の顔にほっと心が和む。
兄もなにやら浮かぬ顔をしていたが 彼女には笑顔を向けた。
そして ―
「 あの ・・・ なァ ・・・ 」
「 お兄ちゃん わたし、今日ね・・・ 」
「「 不思議なことに出合ったんだ ( の ) 」」
え・・・?? 兄妹は親譲りの青い瞳を見合わせ絶句した。
「 ・・・と。 それじゃ明日。 こちらはかなり冷えるよ。 ジョー・・・ と。
これでよし・・・ うん。 送信、と。 」
ジョーは エンター・キイを押すとほっと一息ついた。
「 おい my boy ? コーヒーでもどうかな。 」
「 グレート ・・・ tea でなくていいのかい。 」
「 うむ・・・ この地のお茶はどうもいまひとつ口に合わぬ。 やはり大英帝国でないとな。
コーヒーの方がマシだ。 」
グレートは湯気のたつカップをジョーに差し出した。
「 スコットランド も今晩でオサラバか。 ふふふ・・・明日はマドモアゼルとらんでぶ〜だな♪
久し振りの逢瀬か・・・ 安心せよ、我輩は気を利かせて退場してやるから。 」
「 逢瀬・・・って。 そんなんじゃ・・・ないんだ。 」
ジョーはどさ・・・っとソファに腰を沈めた。
「 おい! 今更なにを言うか、このォ〜〜 」
ぐりぐり・・・ グレートの拳がジョーのわき腹をおそった。
「 うわ・・・ ははは くすぐったいよ〜 止めてくれってば・・・
そんなじゃなくて。 ― 真剣勝負なんだ。 彼女の お兄さんと。 」
「 おおおう?? ・・・ ってことはきちんとプロポーズするのか! それはめでたい〜〜♪ 」
「 え !?? ぷ、ぷろぽーずって・・・ そ、そそそ そんなんじゃ・・・・
オツキアイさせてくださいって ・・・ 挨拶するんだ。 」
「 ・・・ おお 〜 ボーイ ・・・ まだ 始めの一歩 かね・・・ 」
「 ・・・うん ・・・ それで コレ ・・・ ぷ、プレゼントなんだけど・・・
こういうの、女の子は好き・・・だよねえ? 」
「 うん? 」
ジョーはごそごそ・・・ パーカーのポケットからなにやら小箱を取り出した。
「 ・・・ ほう? 貴金属か・・・ しかし なんだな、もうちょっとキレイに包め。
これじゃラッピングがくしゃくしゃじゃないか。 」
「 え・・・・そ、そうかな? ぼく、失くしたら困るから・・・ずっとポケットに入れておいたんだけど・・・ 」
「 ・・・ ボーイ・・・ ホントにお主は 始めの一歩 なんだなあ・・・
まあ いいさ。 何事も初めが肝心 ・・・ で ソレは指輪かい。 」
「 ・・・ ううん ・・・ あの ・・・ 指輪ってサイズがあるんだってね。
ぼく、知らなくて。 それで替わりにコレ。 お店のヒトに選んでもらったんだけど・・・ 」
彼はおそるおそる小箱を開いてみせた。
「 ほう・・・ プチ・ジュエリーのチョーカーか。 うん、なかなかいいぞ。
・・・? だが これは この石は・・・ ? 」
「 あのさ、 お誕生日はいつですか? って聞かれて はい、5月です、って言ったら
これ、選んでくれたよ。 キレイだよねえ ・・・ 葉っぱみたいでさ。 」
「 ・・・ ははは ・・・ ま、いいさいいさ。 マドモアゼルは笑って受け取ってくれるよ。
それに 古来より魔除けになるからな ・・・ エメラルドは。 」
「 ・・・??? 」
ジョーはにこにこしつつも ちょっとだけ首をひねっていた。
ともかく ― 明日は パリ。 花の都、は今落ち葉に埋もれるシーズン・・・!
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updated : 10,19,2010.
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******** 途中ですが・・・
・・・別にショパンを気取ったわけじゃ〜ありませんヨ >> タイトル♪
あのお話@原作設定〜〜 なのですが・・・・
改めてよ〜〜く読み返してみましたら、
あのお話はいつも落ち葉が舞っていましたので ・・・・
ジャン兄さまにもちゃんと参加していただきたく・・・
例によって捏造でございます <(_ _)>
お宜しければあと一回 お付き合いくださいませ。
あ グラン・フェッテ って、例のあの32回転のことです〜〜