『 りんごの唄 ― (2) ― 』
にゃあ〜〜・・・ なあ〜〜お〜〜〜・・・・
三毛猫が金色の瞳で じっとフランソワーズを見上げている。
「 ・・・ あ ・・・ ごめん。 ふ ふふふ・・・ 可笑しいたわよね、わたし ・・・ 」
彼女は空から視線を足元にもどした。
そっと手を伸ばせば ふわり ・・・ 暖かい毛皮に触れてほっとして ―
ぱた ぱたぱたぱた ・・・・
俯いた途端に また・・・ 水玉が盛大に板敷きの上に散ってしまった。
「 ・・・ やだ・・・わたしったら・・・ ここ、キレイに磨いてあるのに・・・ 」
バッグの中からハンカチを取り出し、 彼女はあわてて足元を拭った。
「 ほい、お嬢さん。 お待たせしましたな・・・ 」
カタリ ・・・と 紙の引き戸が開いてコズミ博士が戻ってきた。
「 あついお茶と・・・アラレ煎餅じゃ。 ははは 日本のクッキーですがな。 」
塗りの盆を捧げ コズミ博士はおや・・・と彼女の顔を見た。
「 あ・・・ 博士・・・ ごめんなさい、勝手にこっちのお部屋に来てしまいました。 」
「 部屋? ・・・ ああ、 そこはな、縁側 というんじゃ。
まあ・・・廊下みたいなものじゃよ。 この季節には日向ぼっこに最適ですな。 」
「 ・・・ えんがわ ・・・?
そうですねえ・・・ とってもいい気持ち・・・・ 猫ちゃんと遊んでいましたわ。 」
そっと。 セーターの袖で涙をぬぐい フランソワーズは笑顔をみせた。
にゃあぉぅ〜〜〜 にゃぁ〜〜〜
「 なあに、猫ちゃん? 暖かいわね、いい気持ち・・・ ねえ 猫ちゃん ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
フランソワーズは三毛猫の側に座り込みつやつやした背中を撫でている。
ありがと・・・・ こうやっていれば・・・顔をみられないですむわ・・・
・・・ ね・・・ これからお友達になってね・・・
「 お嬢さんや・・・ 」
「 ・・・ はい? 」
「 どうぞ? 日本式ティー・タイムにしましょうな。 お口に合うとよいのじゃが・・・ 」
コズミ博士は盆をテーブルに置くと フランソワーズを手招きした。
「 あ ・・・ ありがとうございます。 あの・・・? 」
「 ああ どうぞこのクッションにお座りなさい。 脚を投げ出して・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
艶やかな絹でできた四角いクッションに フランソワーズはそう・・・っと腰をおろした。
「 ミケと仲良くしてくださってありがとう。 ジョー君もすぐに来ますよ。
お使い、ご苦労様でしたな。 」
「 え・・・いえ・・・・ 」
「 ― いろいろ・・・あると思うがなあ・・・ わしができることがあったら何でも言ってくだされ。
これからはご近所さんですからな。 」
「 はい・・・ ありがとうございます。 」
にゃお・・・・ 三毛猫がのそり・・と座敷にもどってきてコズミ博士の膝に這い寄った。
博士がくるり、とその背を撫でてやれば三毛猫はじっと博士を見上げている。
にゃお・・・ にゃ ・・・
咽喉の奥で三毛猫が低く鳴く。
「 おや ミケや。 なんじゃね ・・・ うん? そうか・・・ 」
「 ・・・・・・・・ 」
「 お嬢さん。 溜め込んでいいものは ― 元気だけ、じゃよ。 」
コズミ博士はじっとフランソワーズを見つめると 穏やかに笑った。
「 あ ・・・ 」
バタバタバタ ・・・・!
廊下に派手な足音が近づいてきた。
「 フランソワーズ! 来てたんだ!? あ・・ギルモア博士のお使い? 」
ジョーが 紙と木でできた引き戸を明け 飛び込んできた。
「 ・・・ ジョー。 ええそうなの。 博士の御用で・・・ お邪魔しています。 」
「 そっか。 ご苦労さま。 ありがとう! ・・・ あ ねえ・・・ きみ この後予定がある? 」
「 いいえ 今晩の材料を買いにぷらぷら買い物にはでるつもりだけど。
ジョーは ? こちらのご用事はもうおわったの? 」
「 うん それでいろいろ・・・・聞いて欲しいこともあって。 よかったら一緒に帰ろう。
あ 買い物にも付き合うよ! 荷物持ちは任せといて。 」
「 あら・・・ 今日は自転車、ないけれど大丈夫? 」
「 平気さ。 ま・・・この前みたいには沢山はもてないけど・・・・
あ そうだ〜 りんご! 林檎 買おうよ。 ちがう種類にしようか〜 りんご 食べたい! 」
「 ― え ・・? 」
フランソワーズは ぎく・・・っとして思わず ジョーの顔を見つめてしまった。
わたし・・・ なにか 言った?
林檎のこととか・・・ ジョーに話した覚えはないんだけど
「 りんご ・・・? ・・・どうして? 」
何気なく訊いたつもりだったけれど 語尾が震えてしまった。
「 え? フランも好きだろ〜 林檎。 今 いちばん美味しい時期だからさ、いっぱい買おうよ。 」
「 ほっほ・・・ ジョー君、 えらい勢いじゃなあ・・・・
お嬢さんや、こういう時にはう〜〜んと沢山荷物持ちをやってもらうことですな。 」
「 そうさ、どんどん言ってくれよ。 あの家はぼくの ・・・ううん、皆の家なんだからさ。 」
「 ・・・・ ありがとう、ジョー。 」
「 よし。 それじゃ コズミ先生、 ありがとうございました。 テキスト、拝借します。 」
「 うむ・・・ また明日な。 頑張りたまえ。 」
「 はい! 」
ジョーはなんだかとっても嬉しそうだ。
「 ・・・ お嬢さん? 」
ご挨拶をして二人して玄関を出、これも引き戸のドアを閉めようとした彼女に コズミ博士が声をかけた。
「 はい? あの・・・なにか・・・ 」
「 いや。 ミケが待ってますからな ・・・ いつでも遊びに来てやってくだされや。
遠慮せずに ・・・ な。 」
「 ・・・! ありがとうございます・・・ 」
さっきの涙を見つかってしまったか・・・ フランソワーズは俯いて こそ・・っと目尻を払った。
地元の商店街まで 今日はぶらぶら・・・連れ立って歩いてゆく。
昼前の明るい陽射し、風は冷たいけれど日向はかなり暖かい。
「 ・・・ 本当に・・・明るいのねえ・・・ ! 」
「 え? ああ ・・・ 天気、いいね〜 海もさ、 ほら・・・ほとんど波立ってない。 」
「 ほんとう ・・・ 」
冬の陽をいっぱいに集め きらきら輝く海は のたりのたりと緩やかに波打っているだけだ。
そういえば ― 四六時中聞こえている潮騒が いつのまにか気にならなくなっていた。
いや ・・・ 聞こえているのが当たり前になっている。
「 う〜〜ん・・・ いい日だよねえ〜 の〜んびりしてさ。 」
ジョーが空に向かって盛大に伸びをしている。
「 ・・・ そうね 本当に ・・・ そうね。 」
こんな穏やかな日が巡ってくるとは。 彼女はなんだか信じられない気持ちもする。
海は ・・・ 今はこんなに穏やかだけど。
すぐにまた大波が寄せるかもしれないわ。
・・・ 今の生活だって ・・・ いつ また ・・・・
穏やかでごく平凡な日々 ― それがまだ心から <当たり前> に思えない。
彼女はす・・・っと視線を飛ばし 脚を早めた。
・・・ あれ ・・・ なにかあったのかな・・・・
でもさ・・・へへへ・・・ 彼女と一緒に歩けるなんてな〜 やったネ♪
へへへ・・・カップルに見えるかな
姉弟・・じゃいやだな、 よし、やっぱりここは・・・カレシっぽく・・・
ジョーは ごほん!と空咳をするとフランソワーズと歩調を合わせた。
「 あの・・・あのさ ぼく、来週から学部の聴講生になれそうなんだ・・・! 」
「 聴講生? まあ・・・ よかったわねえ・・・ ジョーの夢への第一歩ね。 」
「 いやあ・・・まだまだだよ。 付いてゆけるかどうか判らないし。 でもぼくには夢みたいさ。 」
「 そうね。 あ それじゃ ・・・ ランチ つくるわね。 おべんとう、って言うのでしょ。 」
「 え・・?! い いいのかい? 」
「 ええ。 ― あの ・・・ お金、あんまり使えないでしょう? 」
「 ・・・そうなんだ。 博士はさ、小遣いに・・・って下さるんだけど。
使えないよ、そんな・・・。 だから バイトしようと思ってる。 」
「 そうよね。 わたしにもお家の切り盛り・・・任せてくださるし。
やりたいことがあったらいつでも言いなさいって仰るんだけど。
経済的な心配はいらないよ・・・ってはっきり・・・ でも・・・ そこまで甘えていいのかしら。 」
「 うん ・・・ わかるよ、きみの気持ち。
じゃ・・・弁当・・・頼んでもいいのかな。 すごく助かる・・・! 」
「 ええ 任せておいて。 あ ・・・ なにか希望はある? 」
「 え・・・なんだっていいよ〜 うん、晩御飯のおかず、ちょっと残しておいて それを詰めてくれれば 」
「 大丈夫。 ゴハン・・・がいいのでしょう? 」
「 うん、出来れば。 ゴハンに卵焼き、あとは昨夜の残りでいいんだ。 」
「 了解。 それじゃ・・・買い物、頑張りましょ。 今日の <とくばい> はなにかしら。 」
「 あは・・・ きみ、もうしっかり馴染んだね〜 荷物持ち、引き受けます! 」
「 それじゃ。 行動開始! 」
「 了解! 」
穏やかな冬の陽が優しく二人を照らしていた。
「 ・・・ おはよう ジョー。 」
「 ・・・わ! きみ ・・・早いんだね・・・・ 」
ジョーが こそ・・・っとキッチンのドアを開けると 爽やかな声が返ってきた。
週明けの月曜日 ― 今日からジョーは聴講生として通学する。
そっと一人で起き出し、支度をしてでかけるつもりだった。
この地域の中心的な市に出てそこからまた私鉄を乗り継ぎすこし外れたキャンパスに通うのだ。
一限目に間に合うためには かなり早く岬の家をでなければならない。
「 朝御飯も お弁当もちゃんと出来てるわよ。 はい・・・ これ。 」
「 うわあ〜〜 ありがとう! 」
ぽん、と渡された包みはまだ暖かさも伝わってくる。
うわ〜〜・・・・ ! 手作りの弁当・・・! ぼくだけの弁当〜〜
食べちゃうの ・・・ 勿体無いな・・・
「 ジョー? ほら ・・・朝御飯、食べないと。 ヨコハマに出てそれからまた乗り換えるのでしょ? 」
「 あ ・・・ うん。 」
「 しっかり食べないとね。 朝はオムレツだけど・・・ いい? 」
「 勿論! きみのオムレツ〜〜 美味しいもんな〜 中身がトロトロで・・・
あ ・・・ コーヒーも・・・ いい匂い〜〜 」
「 パンも ・・・ 焼けたわ。 はい・・・サラダ。 あ オレンジも食べる? 」
「 あは ・・・そんなに沢山は いいよ。 あ・・・ぼく、片付けておくから。
きみ、もう一回寝てきたら? 」
「 ありがとう・・・でもわたしも 早起き生活に変えるの。 じゃ・・・お洗濯の用意してくるわ。 」
「 うん。 あ ・・・あの・・・ ありがとう、フラン ・・・ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
セピアの瞳がほわ・・・っと明るい笑みを浮かべている。
いいな ・・・ ジョー ・・・
夢に向かって 一直線、ね。
そうよね・・・ あなたはまだ ・・・とっても若い・・・
若いんですものね ・・・・
「 ・・・りんご。 りんごが食べたいな・・・ 」
フランソワーズは やっと陽が上ってきたキッチンで こそ・・・っと呟いていた。
「 ・・・え? 」
ジョーが振り向いたとき 彼女はランドリー・ルームに出ていった後だった。
「 ・・・ふう 〜〜〜 ・・・・ 」
建物から外に出ると ジョーは大きく溜息を吐いた。
聴講生としての初日が やっと半分終った。
学期途中のまったく非公式な参加なのだ、 座席指定の特急列車に途中から割り込んだようなものだ。
ジョーの頭の中は ・・・ ごちゃごちゃなオモチャ箱みたいだった・・・!
それでも 彼は張り切っていた。
うへ〜〜・・・・ すげ・・・・ ハード〜〜
・・・ でも ちゃんと知らなくちゃな。
実地体験からだけの技術じゃ いざって時に役にはたたないんだ。
きちんと体系立てた知識がなくちゃ・・・!
ジョーは彼なりに 彼ら自身の問題・将来を考えていた。
なによりも基礎知識を・・・! ジョーはまず自分自身の基礎固めから始めたのだ。
幸い ― と言ってよければ ・・・ 時間だけは十分にある。
「 あ〜〜・・・ 腹へったぁ〜〜 ふんふんふん♪ 弁当持ちだからな♪ 余裕だよ〜
えっと・・・ あ、あの辺のベンチで食べよッと。 」
キャンパスの日溜りには ベンチがいくつもあり学生達がおしゃべりしたりランチを食べてたりしている。
その一つに座ってぱんぱんのバッグから大事そう〜に包みを取り出す。
「 へへへ・・・ ずっしり重いや♪ っと・・・ いただきマス・・・ 」
子供の頃からの習慣で ジョーは軽く十字を切ってからこそ・・・っと包みを開いた。
「 ・・・ うわぁ〜〜〜・・・・ 」
彼はしばし目をまん丸にして弁当箱の中身を見つめていた。
「 ・・・ こ これ ・・・目玉焼き・・・! あ うん・・・ 確かに <たまごやき> だよなあ・・・ 」
古風に言えば < ドカ弁 >サイズの弁当箱の半分にぎっちり御飯が詰め込まれ、
その上にきっちり目玉焼きが乗っかっている。
その脇にはソーセージとハンバーグ ( これは昨夜の残り ) が肩を並べていて・・・
そして下にはグリーン・サラダ・・・らしきものが敷いてあった。
ジョーはそうっと箸でサラダらしきモノをひっぱりだした。
「 これ・・・レタス? ちがうぞ ・・・ う ・・? ほ ホウレン草だあ〜 ・・・・ 」
茹でたホウレン草の<葉>が 一枚一枚丁寧に重ねてハンバーグの下に敷かれていた。
「 ・・・あ は・・・ こんなの 初めてだ ・・・! 」
ジョーはホウレン草の葉っぱでソーセージを包み がぶり、と齧りついた。
「 ・・・ う〜ん ? ・・・ なかなか ・・ いや、美味しい!
そっか〜・・・ こんな食べ方だってあってもいいよなあ。 うん ・・・目玉焼き御飯もなかなか・・・
やあ ソースもちゃんと入ってる〜〜 フラン〜〜 感謝♪ 」
ジョーは箸を取り上げると 勇んだ食べ始めた。
ジョーを送り出し、博士の朝食を整え。 その間に洗濯物はきれいに洗いあがっていた。
日当たりのいい庭に洗濯物を干し、リビングに掃除機をかける。
― そうして。彼女自身も朝食を終えると フランソワーズはすることが無くなってしまった。
「 ・・・ 買い物 ・・・ はもう冷蔵庫はいっぱいね。 お庭の花壇にお水も上げたし・・・ 」
ぽつん・・・とリビングのソファに腰を降ろして。
わたし ・・・・。 なんにもすることが ない。
新聞を手にとってみたが。 日本語はまだ平仮名しか読めない。
TVをつけたが スポーツ中継に興味はなかった ドラマは途中からなので話がわからない。
「 ・・・ どうしよう・・・ まだ ランチの準備には早過ぎるし・・・
そうだわ ・・・ ミケちゃん・・・ 」
ふわり・・とした毛皮の感触が思いだされ < いつでも遊びに来なされや・・ >
コズミ博士の言葉が浮かんできた。
「 ・・・ ・・・ ミケちゃんと ・・ ミケちゃんと遊びたいな・・・ 」
フランソワーズはぱっと立ち上がりキッチンに駆け込んだ。
「 ・・・カンヅメ ・・・ え〜と・・・・ツナ缶、あったわよね、 アレをお土産に・・・! 」
数分後 亜麻色の頭はマフラーを巻いただけで玄関から出ていった。
― ひゅるり・・・・
今日もやっぱりきれいな青空だったけれど風が強い。
海から吹きあがってくる風に フランソワーズの亜麻色の髪がマフラーと一緒にふわり・・・と揺れた。
「 おや・・・ いらっしゃい お嬢さん 」
「 こんにちは ・・・ あのう・・・ あのう・・・ ミケちゃんと遊びに・・・ あの・・・ 」
「 ほうほう それはありがとう。 どうぞ どうぞ・・・ ミケは縁側におりますぞ。 」
「 あの・・・ お邪魔しても・・・? 」
「 はい、誰もおりませんからな。 どうぞご遠慮なく。
ワシはちと書き物があってな。 書斎に引っ込みますが・・・どうぞご自由にな。 」
「 ・・・ ありがとうございます。 」
フランソワーズは玄関のすみっこにブーツを脱いだ。
にゃお・・・・? なぁ〜お〜〜〜
縁側に出ると三毛猫は一瞬目を見張ったが すぐに寄ってきた。
「 ミケちゃん、 こんにちは。 遊びにきたの ・・・ 」
コズミ博士が出してくれた四角くて分厚いクッションを持って 彼女は < えんがわ > に座った。
・・・ にゃあおぅ〜〜〜
のんびりした声をあげ、三毛猫は彼女の膝に上がってきた。
「 あらあ〜・・・ ふふふ・・・・暖かいのね・・・ふふふ 」
三色に美しく染め分けられた毛皮を ゆっくりと撫でる。 猫の背中はとっても・・・・温かい・・・
「 ・・・ そう ミケちゃん ミケちゃんは ・・・暖かい ・・・ ね ・・・ 」
またまたじんわり 涙が滲んできてしまった。
いけない・・・! フランソワーズ? あんた、最近涙腺が緩過ぎない?
いちいち子供みたいに泣いたり騒いだりして・・・!
また 涙を撒き散らしたいの?
彼女はミケ猫を膝に抱きとり ・・・ 空を見上げた。
こんなに 青いのね。 キレイな・・・空 ・・・
・・・ どこかで見たかも・・・ こんな空 ・・・
ふっと目を閉じれば ― もうとっくに忘れた・つもり の光景がはっきりと浮かぶ。
青い空 遠く高く飛ぶ飛行機 ・・・ 大きく手を振って見送った
日溜りになったカフェでお喋り ・・・ 際限もなくどうでもいいコトを話し笑いあった
笑い声はアタマの上で弾け、青い空へと舞い上がっていった ・・・
いつもいつも忙しくて クタクタで 貧乏だった ・・・ でも夢だけはぴかぴかに輝いていた
そう ・・・ りんご みたいに。 あの懐かしい青いりんごみたいに・・
・・・ りんご ・・・ りんごが 食べたいな・・・
青い林檎 ・・・ あおいりんごが食べたの・・・!
みゃあ〜〜??? 気がつけば。 膝の上の三毛猫が伸び上がり彼女の胸に手をかけてきた。
「 ・・・ あ ・・・ あら、 ミケちゃん。 なあに・・・? 」
金色の瞳がじっと彼女をみつめている。
「 ・・・ どうして ・・・ どうしてミケちゃんにはなでもわかっちゃうの?
そう・・・わたし ・・・わたし ね。 わかっているのよ、ちゃんと・・・・
もう・・・ないんだ、って。 もう 戻れないんだ・・・って わかってるの。
だけど ・・・だけど ・・・勝手に涙が ・・・ 」
みゅう〜 みゅうう・・・・
ふわ・・・っとした毛皮の感触がほほに近づいてきて ・・・・ ぺろりとミケは彼女の頬をなめた。
「 あ・・・・ あら。 ふふふ・・・ざらざらしてるのね・・・
ごめん・・・ だらしないわね わたし。 」
片方の手で三毛猫をなでつつ 彼女は空いた手で涙を払う。
「 いやあねえ・・・わたしったら。 泣いたってしょうがないじゃない・・・ね?
ごめんね。 でも・・・ありがとう。 ミケちゃんが聞いてくれて嬉しいわ。 」
ふかふかの背を撫でれば 長い尻尾がくるり くるり、と揺れた。
― チリリ −−−ン ・・・
「 ― 失礼します コズミ先生? ・・・ 科学出版のものですが〜 」
玄関の引き戸が開いて 誰か訪ねてきたらしい。
「 あら・・・ お客さまかしら・・」
「 コズミ先生? コズミせんせ〜〜い?? ご在宅ですかぁ〜〜 」
何回も声が掛かるが ・・・ この家の主は一向に現れない。
「 ・・・ コズミ博士・・・ いらっしゃると思うけど・・・ ミケちゃん、ちょっと待っていてね。 」
三毛猫をひざから降ろすと、フランソワーズは玄関へ急いだ。
「 ― コズミせんせ〜〜い! ・・・・ああ? あの・・? 」
「 はい ・・・ あのう・・・ どちら様ですか。 」
「 え・・・うわ・・・あのう・・・ は はろ〜?? 」
いきなり奥から現れた金髪碧眼の美人に 訪問者はびっくり仰天している。
中年一歩手前くらいの男性が 目を丸くして固まっていた。
「 あ・・・ あの・・・? 」
「 すみません、 今 ・・・コズミ先生をお呼びしてきますが。 どちら様ですか。 」
「 ・・・ あ ・・・! は はい ・・・ 科学出版社のものですが・・・
あの 本日は先生の御本の打ち合わせに・・・ 」
「 まあ そうですか。 少々お待ちください。 」
フランソワーズはていねいに会釈すると 奥に引っ込んだ。
ギルモア博士のもとを訪れる業者もいるので、彼女は応対には慣れていた。
「 ・・・ えっと? コズミ博士の書斎は・・・ そうそう奥の二階だったわね。
勝手にお家の中に入ってごめんなさい・・・ 」
以前 ― この邸の離れにサイボーグ達全員で住まわせてもらっていたので、
彼女は母屋の間取りを覚えていた。
奥まった部屋のドアをそっとノックした。
「 ・・・ コズミ先生? あの・・・ お玄関にお客さまが・・・ コズミ先生? 」
「 ・・・ んん〜〜〜?? 」
「 開けますよ? 先生 ・・・ 」
「 おや お嬢さん? どうか ・・・しましたかな。 」
ドアを開けた彼女に コズミ博士は相変わらず暢気な顔で答えた。
その部屋は ― ギルモア博士の書斎同様、本だらけの散かり放題だった。
「 ・・・あの。 お客様がみえてますが。 出版社の方ですって。 」
「 ??? ・・・ あ! そうじゃった そうじゃった〜〜〜 すっかり忘れとった!
今日 ・・・ 出版社の編集さんが打ち合わせに見えるんじゃった! 」
「 まあ・・・ それじゃ・・・・ あの こちらにお通しします? 」
「 いや〜〜 この乱雑さじゃなあ。 うん、下の座敷に案内してくれますかな。
あの縁側がある部屋ですじゃ。 すまんな〜〜 お嬢さん、 あんただってお客さんなのに・・・ 」
「 あら いいえ。 わたしは ・・・ ミケちゃんの友達ですから。
はい わかりました。 あのお部屋ですね。 ・・・ あ ・・・お茶とかお出しします? 」
「 うわ〜〜 そうじゃなあ・・・ お願いしてもよいかな? 」
「 はい、では・・・ あ、 キッチンを使わせてくださいね。 」
「 おお おお 勿論じゃ! ありがとう〜〜 お嬢さん!
ああ〜〜 君が来ていてくれて・・・助かったですよ! いや〜〜ホントに・・・ 」
「 ふふふ・・・ お任せくださいな。 ギルモア博士のところにもお客様が見えること、ありますから。 」
「 すまんですなあ〜〜 いや・・・ 本当にたすかった〜〜
え〜〜 アレとコレと。 あっと・・・印刷、しておらんな〜 ・・・ 」
コズミ博士は ごちゃごちゃの書斎の中で大慌てで 資料をかき集めていた。
この家のキッチンは以前に使ったことがあった。
あまり使われた形跡はないが きちんと掃除はしてあるようだった。
フランソワーズはざっと見渡し 紅茶のカンとティー・セットを見つけた。
「 あ ・・・ よかった。 日本茶は・・・ちょっと難しいのよね。
レモンとかミルクは・・・あるのかしら。 ・・・ 失礼します・・・ 」
彼女は冷蔵庫を開け ― しっかりコズミ博士の <助手> の務めをしていた。
「 ・・・ どうぞ? コズミ先生はすぐ・・・・いらっしゃいますから・・・ 」
「 あ! ど どうも ・・・! 」
いい香りと共にお茶を運んできた女性に 客人はまたまた焦っている。
「 あのぅ〜〜 こちらの・・・方ですか。 」
「 え? ああ・・・いいえ。 コズミ先生にいろいろお世話になったものです。
先生にちょっとご用があって ・・・・ お邪魔しております。 」
「 あ そ・・・そうなんですか・・・ はあ ・・・ 」
「 あの どうぞ? 冷めないうちに ・・・ 」
「 は・・・! い いただきます・・・ いやあ〜〜〜 美味い! 」
「 もうすぐいらっしゃると思いますわ。 」
「 いやあ・・・ こちらでは延々待ちぼうけを喰うのはいつものことですから。
ははは ・・・慣れてますよ。 おや ミケ君? 」
な〜〜お・・・と三毛猫は一声鳴くと フランソワーズの脇に香箱を作った。
「 ミケ君に信頼されている方なら 安心です! コズミ先生の秘書さんとしてよろしく!
あ・・・ 私は科学出版社の ・・・ こういう者です・・ 」
男性は名刺をフランソワーズに差し出した。
「 あ ・・・ はい ・・・あの わたしは ・・・フランソワーズ・アルヌールといいます。 」
「 マドモアゼル・アルヌール! 貴女もコズミ先生門下の研究者さんですか。 」
「 あ・・・いえ・・・ あの ・・・ 」
「 いや・・・ お待たせして申し訳ない〜〜〜 」
フランソワーズが返事に詰まっているところにコズミ博士がばたばたとやって来た。
「 あ 先生! お邪魔してます。 イヤ〜〜素晴しい秘書さんですね〜〜 」
「 あ? ・・・ああ うん♪ いろいろ・・・助けてもらっておるよ、 なあ? 」
「 ・・・え ・・・ あ、お茶! 先生にもお持ちしますね。 」
フランソワーズはそそくさとキッチンに戻った。
― 結局。 夕方まで彼女はコズミ邸で 秘書 をすることとなった・・・
「 あ・・・ 資料をひとつ 忘れた! 」
「 ・・・ しまった〜〜 PDF化しておらんな〜〜 ありゃ・・・これは違うファイルじゃった・・・ 」
「 映像? 映像は・・・ はて どこに保存しておったかのう?? 」
要するに。 コズミ博士は所謂事務仕事には徹底的に不慣れなヒトだったのだ。
「 あの ・・・ 先生? よろしかったら・・・わたしが ・・・ 」
「 おう?! そ そうかね? 」
編集さんとコズミ博士の間で フランソワーズはあれこれ作業するハメになった。
「 ― それじゃ コズミ先生! ありがとうございました! 」
打ち合わせは大成功 ・・・ その上美人秘書のお茶を味わい編集さんは大満足でかえって行った。
「 ・・・ はあ・・・・ やれやれ・・・ なんとか・・・ 」
「 お疲れ様でした。 あ・・・紅茶、 美味しいの淹れなおしてきますわね。 」
フランソワーズも 一息つき、散かった座敷を片付け始めた。
「 ― お嬢さん。 いや ・・・フランソワーズさんや。 」
「 はい? 日本のお茶がよろしいですか? 」
「 いやいや・・・ お茶ではなく。 フランソワーズさん。
よかったら ― いや これはワシからのお願いなのじゃが。
ワシの秘書としていろいろ手伝ってくれませんかな。 」
「 ・・・ え ・・・? 」
にゃあ お〜〜〜う ・・・ にゃ〜〜〜〜ぁ〜〜!
夕焼けの光が差し込む座敷で 三毛猫が盛大に鳴いた。
「 コズミ先生 ・・・ 」
フランソワーズは 大きな瞳をさらにいっぱいに見開きコズミ博士を見つめていた。
「 ・・・ うん ・・・だまってみている あおい空・・・ そんな歌じゃったな・・・
あの嬢ちゃんの瞳には なにが映っておるのじゃろうなあ・・・ なあ ミケや・・・」
フランソワーズが辞去したあと、コズミ博士はのんびり愛猫に話かけていた。
「 ・・・ あ ・・・ ジョー ・・・ 」
フランソワーズが大慌てで帰宅し キッチンに飛び込むと ジョーがジャガイモを洗っていた。
「 あ〜 お帰り〜 コズミ博士のとこ、行ってたんだろ?
晩飯はぼくがやるよ。 ・・・ってもカレーっきゃできないけど さ。 」
「 ジョー ・・・ わたしがやるわ。 疲れているでしょう? 」
「 これくらい ・・・ あ! そうだ! 弁当〜〜 すっごく美味しかった!!
目玉焼き御飯って ファンになっちゃったよ〜〜 あの味、いいよ〜〜 」
「 ・・・え ・・・ あ ・・ やっぱりヘンだったのね・・・ 」
「 そ、そんなことないよ! マジ、すご〜〜く美味かった!
正直言って 一瞬びっくりしたけど、でも本当に美味しいよ〜 」
「 ・・・ そう ・・・ 」
「 あ あの ・・・ コズミ先生とこで なにかあったの? 」
「 あ あの ・・・ね。 」
二人でジャガイモを剥きつつ フランソワーズは今日の顛末をジョー話した。
「 ・・・ うわ〜お! すごいね、よかったね! さすがフランソワーズだよなあ〜 」
ジョーは案の定、心底感心した様子で手放しで賞賛し 喜んでくれた。
「 ・・・よかった・・・・本当によかったね!! きみ・・・仕事、したかったんだろ? 」
「 ええ ・・・ わかった? 」
「 うん。 ぼくも同じだもの。 なにもかもギルモア博士に頼ることはできないよ。 」
「 そうよね。 ・・・ はい、こっちは全部剥けたわ。 」
「 お サンキュ。 でもさ〜 さすがだよね。 」
「 ・・・ なにが 」
「 仕事のことさ。 秘書って普通でも大変だよね。 コズミ博士の秘書なら専門知識も必要だろ?
やっぱさ、フランみたくしっかりした女性じゃないと務まらないよね。 」
「 そんなこと・・・ ないわ・・・ 」
「 そんなこと、大有りだよ〜 カッコいいなあ、さすがフランソワーズだよね〜
うん、フランはいつだってしっかり前みてて・・・強いもんなあ・・・ うん。 」
「 ・・・・・・・ 」
フランソワーズはだまってジャガイモを切ると タマネギを剥きはじめた。
「 あ・・・それじゃぼく、人参 切るね。 う〜ん 羨ましいな〜
ぼく、見習わなくちゃダメだよね。
ギルモア博士もきっと感心して・・・喜んでくれるよ。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーが喜んでくれたのはとても嬉しかったのだけれど。
コチン ・・・と小さな棘が 彼女の心を刺した。
フランみたく しっかりした女性じゃないと・・・
しっかりした・ 女性 しっかりした・・・ し っ か り し た !!
コトン ・・・ 彼女の手から剥きかけのタマネギが落ちた。
「 あれ・・・ あ〜 目、沁みたかい? 」
「 ・・・ち がう ちがう わ・・・! そんなじゃ ないわ、 ちがうの! 」
「 え? なにが。 」
包丁を持ったまま ジョーはあれ?・・・と彼女の顔を覗き込んだ。
ぽと・・・ぽと ぽと ぽと・・・・
大粒の涙が まな板の上に落ちた。
「 ・・・ フランソワーズ・・・ どうしたんだい・・・ 」
「 わ・・・わたし。 しっかり なんかしてないわ。 強く なんかない・・・!
わたし わたし ・・・ そんなんじゃないの・・・! 」
わあ 〜〜〜・・・ ― 彼女は声を上げて泣き出した。
「 フラン フランソワーズ? ねえ どうしたんだい?
あ ・・・ ぼく なにか・・・気に触ること・・・言ったかい? 」
ジョーはタマネギを掴んだまま おろおろしている。
「 ・・・ わたし。 なんにも出来ない泣き虫よ。
・・・ りんご ・・・りんごが たべたいの! 」
「 ・・・ ??? りんご??? あの ・・・ これ・・・剥こうか・・・? 」
ジョーはおずおずと野菜室から真っ赤なりんごを取り出した。
「 りんごくらい すぐに剥いてあげるよ ・・・ ね? 」
「 ちがうの! ちがうのよ・・・ !! 」
「 え・・・ ちがうって・・・? 」
「 だから ― りんご。 赤いのじゃなくて。 青いりんごが食べたい・・・! 」
「 青い ・・・ りんご?? 違う種類なのかなあ・・・ 」
「 ちがうの あの・・・あのね・・・・ 小さいけどカシ・・っと歯応えがあって。
この国にりんごみたく甘くないけど・・・ 果汁がいっぱいでとっても美味しいの
・・・ あのりんご ・・・ あの青いりんごが 食べたい・・・!
あれじゃなくちゃ ・・・ りんごじゃないわ ! 」
「 フランソワーズ・・・・ ねえ、 その林檎ってどこで売っているのかな。
この前行ったショッピング・モールではみかけなかったよね。 」
「 ・・・どこにでもあったわ ・・・ パリで・・・ わたしの育った街で! 」
「 え ・・・ 」
「 ・・・ お兄ちゃんと齧りながら帰ったわ ママンがパイを焼いてくれたわ
病気の時 パパがジュースにしてくれたわ りんご ・・・ あのりんごが食べたいの・・・! 」
わ・・・っと彼女は両手で顔を覆うとしゃがみ込んでしまった。
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
ジョーが となりにしゃがみ、こそ・・・っと背を撫でてくれた。
「 ね? 泣くなよ・・・ 泣かないでくれよ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
スン・・・とハナを鳴らし 彼女は布巾で涙を拭った。
「 フラン ・・・ ごめん。 あの・・・ぼくが余計なこと、言ったからいけないんだ。
でもな、ぼく・・・本当にきみのこと。 尊敬しているよ!
ずっと・・だよ、そうさ・・・ あの島で出会った時から。 」
「 ジョー ・・・ 」
「 きみはいつだって しゃん、と顔をあげてまっすぐ前を見つめてる。
なんて・・・ なんて強いヒトなんだろうってね。 ぼく ― 」
「 ― だって! そうしなくちゃ・・・ 生きていられなかったんですもの!
わたし! 本当は強くなんかない・・・ 本当は ・・・ ほら こんな泣き虫なの! 」
「 フランソワーズ ・・・・! 」
彼女が大声で人の話を遮るなんて ・・・ 初めてだった。
ジョーは 今 ― 初めて フランソワーズ・アルヌール という女性 ( ひと ) をはっきり見た と思った。
いつでもしゃんと顔を上げている女性。 何があっても前向きなひと。
凄惨な戦いの中でも現実から目を背けない強い心をもった仲間。 しっかりした女性。
・・・ それは全て ジョーが勝手に決めた <フランソワーズ像> なのだ・・・!
真実の彼女は ―
「 わたし ・・・ ただの ・・・ 泣き虫な女の子よ ・・・ 」
「 ・・・ごめん ・・・ ぼく は 、 なにを見てたんだ・・・ 」
ジョーはおずおずと手を伸ばし彼女の肩を引き寄せた。
すとん・・・とあっけなく、彼女はジョーの腕の中に収まった。
この女性は こんな細い身体で ずっと一人で 耐えてきた、 たった19の女の子 なのだ
。
震えている身体に腕をまわし ジョーは彼自身の心が痛い。 心が寒い ・・・
そう
彼女はいつだってこんな寒さを 痛みを きりっと唇を引き結び 時に淡く微笑み ―
懸命に耐えてきたのだ … !
ぼくは
― なにを見てたんだ!
ジョーはすこしだけ フランソワーズの身体を離した。
恥ずかしかったけど 彼女の顔を真正面からしっかりと見つめた。
「 ・・・・・・? 」
「 ぼく! りんご、探してくる・・・! 」
「 え・・・? 」
「 りんご、さ。 きみが好きな きみの故郷にあった 青くて固い、でもジューシーなりんご!
探してくるから。 待ってて! 」
「 ・・・探すって・・・ あ ・・・ ! 」
す・・・・っと。 彼女のさくらんぼの唇にキスをして ― ジョーの姿は消えた。
シュ ッ − ・・・・
戦場で聞き慣れた音と 少々の焦げ臭さだけがキッチンに漂っていた。
― ジョーはその日の夕食には帰ってこなかった。
彼が戻ったのは 深夜に近かった。
「 ・・・ あ ・・・これ。 ごめん ・・・ やっぱり赤いのしか なくてさ。 」
「 え? 」
「 青いのが食べたいって言ってただろ。 ・・・ はい。 」
ジョーは防護服の内ポケットから取り出したものを 彼女の手に押し付けた。
「 ??? ・・・まあ ・・・! 」
それは。 小振りな真っ赤な りんご が一つ。
「 ごめん。 この国のはこんなカンジなのしかなくて。 甘いだけじゃない、林檎って ・・・ 」
「 ジョー ・・・ これ・・・探してたの・・? 」
うん・・・と 長いマフラーをはずしつつ 彼はちょっと笑った。
「 ずっと・・・ 北の方まで行ってみたんだけど・・・ 今は甘くて大きなのばっかりでさ・・・
あ! これね、 紅玉っていうんだ。 」
「 こうぎょく ? 」
「 うん 紅い玉って書くのさ。 これ ・・・ キレイだよね。 」
「 ・・・ ジョー ・・・・ 」
フランソワーズは手の中の紅い玉をじっと見つめた。
甘酸っぱくて カシ・・・っと固い青いりんご ― 大好きだったあの林檎は ・・・ ここには ない。
いや 故郷の街角でも もう売っていないかもしれない。
でも。 それでも 今。 自分の手の上には ― 真っ赤な林檎が ある。
「 ・・・ きれい ・・・! 」
フランソワーズはそっと・・・その滑らかな果皮に唇を寄せる。
「 ― き きれいだ ・・・・! 」
「 え? なあに、 ジョー。 」
「 あ! え・・・う、ううん ううん! あの・・・ なんでも・・・・
あ あのあの ・・・うん、 その林檎!! そのりんご・・・ キレイだなあ・・・って。
その・・・ あの ・・・ 」
ジョーは林檎よりも赤くなって ぱたぱたと手を振っている。
― このヒトってば・・・・!
ああ ああ・・・ わたし ジョーが 好きなんだわ・・・!
フランソワーズは心から ほんとうに心の底から にっこりと、極上の微笑みを浮かべた。
・・・ 目の前にいる青年が ますます林檎どころか熟れすぎトマト・・・みたいになるのを眺めつつ。
***************************** Fin.
****************************
Last
updated : 12,21,2010.
back
/
index
****** 同じシチュエーション ― 林檎 金髪美女な恋人 彼女は故郷喪失者
なのですが ・・・ ヒーローの性格がほぼ180度違うと・・・??
こんなオハナシになりました♪ ⇒ 別世界へどうぞ
( 注 : ただし 他所様宅の別ジャンルです、よろしければ・・ <(_
_)> )
*********** ひと言 ***********
いやあ〜〜 同じ題材で違うジャンルの話を書く・・・って
自分には か〜〜なり大変でした ( 楽しかったですが ・・・・ )
ま ・・・ このど〜にももどかしいのが ジョー君の魅力???
平ゼロ設定で や〜〜〜っと肩を抱き寄せ こそ・・・っとキスできるように
なった頃の二人♪ ・・・・ 青い林檎、美味しいですよ〜 ああ 食べたい!