『   序章  ― 長い闘いの日々へ ―  (2)   』

 

 

 

 

 

 

 

    コンコン ・・・・  コンコン  ・・・・  コン ・・・

 

小さなノックが 一層音を忍ばせ ― しかし辛抱強く続いていた。

「 ・・・ ん?   あ・・・ ファン ! 」 

ジャンは大きな椅子に身体ごと沈ませていたが ぱっと飛びおきた。

「 ・・・ 今! 開けるから・・・! 

ドアに向かって声を張り上げると 彼は机の上いっぱいに広げてあった書類を片寄せた。

脇机のPCもスイッチを落とす。

チラ・・・っと全体に目を配ってから、 彼は大股にドアの前へ進んでいった。

  ― ドアの前で 妹が銀盆を捧げて立っていた。

「 ・・ごめん。 ちょっと集中してて・・・ 聞こえなかったんだ。 」

「 お兄様 ・・・ いいえ、わたしの方こそ。 お仕事中にごめんなさいね。 」

「 いや・・・ もう ・・・ 切り上げようと思っていたから。  」

「 そう? それじゃ・・・丁度よかったわ。  お茶をお持ちしたの。 ほら・・・」

「 お茶?  ・・・ ああ、それならさっきマルタン夫人が持ってきてくれたから・・・ 」

「 あのね。 これ・・・ カモミール・ティ、よ? ママンと同じ淹れ方にしたわ。 」

「 ・・・ ありがとう ・・・! 頂くよ。  ああ ・・・ 懐かしい香りだ・・・ 」

兄は目を閉じ、ふかく香りを味わう。

「 お兄様、このお茶、お好きでしょう?  ちっちゃい頃・・・風邪を引くと必ずこれを飲まされたわね。 

 わたしもご一緒していい? 」

「 勿論だよ。  ・・・ 一緒にママンの味を楽しもう。 持つよ。 」

ジャンは妹からティーセットのトレイを受け取った。

「 ありがとう、お兄様・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

兄妹は香たかいお茶を挟み しばし言葉もなく向き合っていた。

   ・・・ カチン ・・・

妹がスプーンを取り上げ、琥珀色のお茶をゆっくりとかき混ぜる。

「 この味と香りと知っているのも オレ達二人きりになっちまったな。 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

   カチン ・・・ カチン ・・・ カチ ・・・

妹はゆるやかにスプーンを回し続けている。

「 ファン ・・・? お袋に叱られるぞ。 お行儀がわるいって。 」

「 ・・・そうね。 レディのすることじゃありませんよ、ファン。 って・・・ 」

二人はほぼ同時にテーブルの上の写真に目を向けた。

温厚な初老の紳士に柔和な笑みを湛えた中年婦人が寄り添っている。

服装はごく地味で どこででも見かける中年の夫婦もの・・・ とても大財閥の当主夫妻にはみえない。

兄妹の両親はごく当たり前の普通の家庭を築き 我が子達に溢れるほどの愛を注いでくれた。

真の セレブ とはそういう人達のことなのだろう。

「 まだ ・・・ 信じられないの。 ここに帰ってくれば ・・・

 ファン、この前のコーナリングはなんだ?! って呆れた顔のパパがいて。

 黙っていても ママンがこのお茶とマドレーヌを持ってきてくれて・・・・ 」

「 ああ ・・・ そうだな。 」

「 ・・・ もう 二度と・・・ ない、なんて。 そんなの ・・・ウソよ、恐い夢よ・・・って思いたくて・・・ 

 あ ・・・ごめんなさい・・・ みっともないわね、わたし。 」

「 ・・・ファン ・・・ 」

兄は顔を背け、頬にそっとハンカチを当てる妹に穏やかに語りかける。

「 ファン。 ここは・・・この部屋は <家族>  だけだ。 

 隠さなくていい。 泣きたいときには 思いっきり泣け。 」

「 わたし。 事故だなんて・・・ 信じていないわ! だってアレは・・・! 」

「 それは警察が調べることだ。  オレ達は首を突っ込んではいけない。

 社の人々に危害が及ぶかもしれない。 ・・・ それだけは絶対に避けなければ! 」

「 ・・・ そう・・・ね  お兄ちゃん・・・ 」

「 ・・・ 懐かしいな。 ファンから お兄ちゃん って呼ばれるのは久し振りだ。 」

「 ふふふ・・・ わたし・・・ もう泣かないわ。 パパやママンに叱られるもの。 

 いつでも毅然としていなさいって・・・  ね? 」

「 ああ ・・・ そうだな。 そして笑みを。 」

兄と妹は同じ色の瞳で ふ・・・っと微笑み合った。

「 ・・・ファン、そういえば・・・ 次のレースは? 日本GPだろ。 

 ちゃんと調整に行っているのかい。 」

「 ううん ・・・ お葬式のごたごたもあったし。  ・・・ それに。 」

フランソワーズは すっと姿勢を正した。 真正面から兄をしっかりと見つめている。

「 お兄様。 正直におっしゃって。  会社は ― アルヌール・コンツェルンは どうなるの。 」

「 ファン。 いや、フランソワーズ。  綺麗事では許さないって目だな。 

 お前もアルヌール家の一員だものな。  はっきり言おう。

 全体的にかなりの規模縮小だ。 F1からは撤退せざるをえない。 」

「 そう・・・わかりました。 わたしができる事はなんですか。 

 カールと結婚してエッカーマン海運と提携すること? 」

「 おいおい・・・ 何を言ってるんだ。 相変わらずせっかちだなあ、ファン。 」

「 だって・・・ F1から手を引くって・・・  あれには莫大な資金がかかるってこと、

 わたしにだってよくわかっているわ。 わたし・・・ドライバーを辞めて働きます。

 わたしを雇ってくださる、お兄さま。 」

「 ははは・・・心配、ありがとう、ちっちゃなファン。 」

ジャンはくしゃり・・・と妹の髪を撫ぜた。

「 兄さま・・・ 」

「 あのな。 アルヌール・コンツェルンの屋台骨はビクともしないぞ。

 経済的な問題じゃないんだ。  ― ただ チーム・アルヌールはオヤジが育てたものだろ。

 オヤジはアドバイザーに退いてはいたが。 実質的な指導は続けていた。

 ・・・そのオヤジなしでは今後のドライバー育成とかメカニックの養成は難しい。 」

「 あ・・・・ そうね。  パパに代わる指導者は・・・いないわ。 」

「 ああ。 現場のお前の方がよくわかっているはずだ。

 所属している優秀なドライバーたちにも申し訳ないからな。 

 もっとよいチームに移籍してもらおうと思っている。 ファン、お前も同じだぞ? 」

「 ・・・ お兄さま・・・ 」

「 それで、チーム・アルヌールは 次の日本GPをラスト・ランにする。 」

「 そう。  ・・・わかったわ。 」

「 ごめん、ファン。 お前のために、チームを残したかったけれど・・・

 オヤジの業績に泥を塗りたくないんだ。 チーム・アルヌールは頂点で解散したい。 」

   ― カチャ ・・・!

スプーンがソーサの上にそっと置かれた。

「 お兄様。 それではご希望に応じて。 わたし、日本GPを 取ります。 」

「 ファン。 ― ありがとう! 」

兄と妹は ― いや、チームのオーナーとトップ・レーサーは しっかりと見つめあった。

 

「 兄さま? お茶をもっといかが。 ほら マドレーヌも。 こっちはママンの味、は無理だったみたい。 」

「 ほう・・・? お前がマドレーヌをねえ。 季節ハズレの雪でも降るんじゃないかい。 」

ジャンは軽口をたたきつつ、早速焼き菓子に手をのばす。

「 まあ〜 お兄さまったら意地悪! ・・・ でもね、自信は ― お味、どう? 食べられる? 」

「 ・・・ゴホ!  おいおい・・・食べられる?はないだろう!? 」

一口頬張っていた兄は 大きく咳き込んでしまった。

「 ごめんなさ〜い・・・ふふふ・・・でも初挑戦にしては上手くいったでしょう? 」

「 ・・・ むむむ・・・ まあまあ、だな。 お袋の味には 程遠いが ― まあ、頑張ることだ。 」

「 あら、随分複雑な批評ねえ。  いいわ、精進あるのみ、ね。 」

「 ま、男を狙うならまず、料理修行から、さ。 腕の良い料理人は一生失業しないそうだぞ。

 ああ ・・・ そういえば・・・ 」

ジャンはゆっくりとカモミール・ティを飲み干した。

「 ファン。 お前・・・アイツとはどうなっているのかい。 」

「 ・・・ ジョー・・? ずっと会う時間がないの。 彼も公演があって忙しいでしょ。

 海外公演もあるそうなんですって。  でも・・・・ もう関係ないわ。 」

「 おい? ・・・別れるつもりか。 」

「 だって。 わたし ・・・ できるだけウチの会社に有益な結婚をしなければならないでしょう? 」

「 おいおい?  さっきも言った。 お前の兄貴を見縊るなよ?  

 妹の幸せを犠牲にするほど落ちぶれてはいないぞ。 ファン、お前の好きにしていいんだ。  」

「 でも。 わたしだって・・・ 」

「 アルヌール家の一員よ?だろ。 ははは・・・兄貴を助けるつもりなら。

 ファン自身が幸せになってくれることが一番だ。  

 あのな、知っているか。 お前のフラットにな。 毎日花が一輪づつ届いているそうだよ。 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 会ってやれよ。 ファン ・・・ アイツのこと、好きなんだろ。 」

「 ・・・・・・・ 」

フランソワーズは黙ってこっくりと頷いた。

「 だったらさ。 ・・・どんなことがあっても離すなよ。 

 周りからなんと言われようが・・・ 頑張りぬけ。 

 そして アイツの幸せ、もちゃんと考えるんだ。 ・・・オヤジの娘だろ。 」

「 ・・・ ジョーの ・・・幸せ・・? 」

「 ああ。  ドライバーは多くの人々に支えられているな? ようく判っているだろう。

 ・・・なんだって、どこでだって皆それと同じだ。 」

「 お兄ちゃん・・・! 」

「 さっき言ったろ? オレはお前が幸せなら、それがパワーの源なんだ。 」

「 お兄ちゃん!  ううん、 お兄さま。 

 わたし・・・ 突っ走って・・・いいのね。 

「 おう。 La flamme blanche の名に相応しく 華麗に突っ走れ。 」

「 ・・・ メルシ ・・・! 」

妹は兄の首ったまに飛びつき 頬に熱くキスをした。

「 行って来ます。 今日ね・・・ジョー、千秋楽なの。 今から行けばなんとか間に合うかもしれないわ! 

 兄さま・・・・ ありがとう・・・! 」

ひらり、と身を翻し、アルヌール家の令嬢は兄の書斎から駆け出していった。

「 ふふふ・・・う〜〜ん・・・ アイツにやってしまうのが惜しくなってきた・・・! 」

ジャンは冷えたカップに 最後の一杯を注ぎ足した。

「 ・・・オヤジ。 お袋。  これで・・・いいよな? ファンの幸せを見守ってください。 」

写真の中から両親は穏やかに微笑み返してくれた。

 

 

 

   ―  ハァ −−−−−!

 

背中に鳴り止まぬ拍手と感嘆のどよめきを聞きつつ、ジョーは大きく息を吐いた。

楽屋への通路は もうすでに一杯になっていた。

「 お疲れさま〜〜! よかったよ!! うん、腕を上げたな! 」

「 きゃあ〜〜ジョーってば。 どうしたの、もう〜〜 キレがあって最高〜 」

あちこちから賛辞が飛んでくる。

「 ・・・ はあ、ありがとうございます・・・ 」

「 あ、どうも・・・ いえ そんな ・・・ 」

もみくちゃになりつつ舞台上での表情のまま、彼は口の中で返事をし楽屋に滑り込んだ。

ドア一枚が辛うじて 彼を喧騒から守ってくれた。

 

   ― ふうう ・・・! 

 

「 ・・・ ああ ・・・ 終った・・・! 」

ばさ・・・!っと化粧前に座りこみアタマ飾りをもぎ取る。 

「 ふぅ ・・・・    あ・・・あれ? 」

放り投げた飾りのそばに小さな花束 ― いや、マーガレットが二本、細いリボンでメモが一緒に括ってある。

「 なんだ? ・・・ え。 このメモの字って・・・? 」

 

     千秋楽 おめでとうございます。

     ずっと・・・ お花、ありがとう! 今日はわたしから。

     よかったら ・・・ 楽屋口で待ってます。   

 

「 ・・・・!! 」

ガタン・・・!  ジョーは椅子をひっくり反す勢いで立ち上がり ― 猛然と着替え始めた。

 

 

  コツコツコツ ・・・・ コツコツ

  カタカタ ・・・ カツカツ ・・・

 

密やかな足音が あちこちから響いてくる。

近づき ― 追い越し。  離れたり駆け寄ったり・・・

時おり低い囁きやら忍び笑いが風に乗ってくるが 耳障りというほどでもない。

そこここの茂みの陰の恋人たちを 夜の帳は優しく包んでくれている。

 

多くの恋の行方を写し ― とろり、と凪いだ海は今宵も淡々と波を招いては返してゆく ・・・

 

そんな海にちかい公園を二人はゆっくりと歩いていた。

「 ごめんなさい・・・ずっと連絡もできなくて。  あ・・・舞台、始めから見られなくて残念だったわ・・・

 ジョーの コンラッド ( 注 : 『 海賊 』 の主役 ) ちゃんと見たかったのに・・・ 」

「 そんなこと! 来てくれてすごく・・・嬉しい! この花も・・・すごく嬉しい。 

 あ! あの・・・大変だったね。  ぼくこそ・・・なんの力にもなれなくて・・・ごめん。 」

ジョーは片方の手で後生大事にマーガレットを持っている。

「 これっぽっちで・・・ごめんなさい。 急いでいて・・・ 花束、忘れちゃって。

 ふふふ・・・道端の花壇のを摘んできたの! これ・・ 兄の真似なんだけど。 」

「 ええ? お兄さんの?  でも ・・・ 嬉しいな。 ぼくには薔薇の花束より嬉しい! 」

「 そ・・・そう? あらあら・・・萎れそうよ? ちょっと、貸して? 」

「 いいけど・・・ これ、貴重品なんだから。 大切に扱ってくれるかなあ。 」

「 はいはい。  ふふふ・・・ マーガレットさん? アナタが羨ましいわ。 ず〜っとジョーと一緒で。」

フランソワーズはハンカチを取り出すとくるり、と花の茎を巻き込んだ。

「 どこかにお水 ・・・ あればいいのだけど? 」

「 うん・・・公園だからどこかに水飲み場とか池とかあるんじゃないかな。  ・・・あ! ほらあっちに 」

「 どこ?  あら本当・・・ 可愛い噴水があるのね。 ちっとも知らなかったわ。 」

二人は小さな花を真ん中に寄り添って歩いてゆく。

「 あれ。 きみってこの街に ―  ずっとあのフラットに住んでいるんだろ? 

 この辺りには来たことがないのかい。 」

「 住んでいる・・・っていえるかしら。  あそこはここに帰ってきた時に寝泊りするだけの場所なの。 

 わたしの仕事ってね・・・世界中を転戦して回るの。 だからこの街にいるのは年に数ヶ月もないわ。

 ジョーこそ この街に住んでいるのでしょ。 」

「 う〜ん でもバレエ団の稽古場と劇場と アパルトマンの間を行ったり来たり、なんだ。

 こっちに来てやっと一年だし。 オフの日には一日中部屋で過したりしてたよ。

 その ・・・ きみと知り合うまでは。  」

「 そうなの。 ・・・・ ああ、これでいいわ。 マーガレットさん、お水をどうぞ。 」

フランソワーズは噴水の水にハンカチを浸して花を巻いた。

「 ・・・ きみってさ。 不思議なヒトだね。 大財閥のお嬢様なのにちっともそんな感じしないし。 

 ずっと思ってたのだけど、 普通の女の子なんだね。 」

「 ジョー・・・! 」

「 うわ!?? な、なんだい・・・ どうしたのかい? 」

ジョーはいきなり抱きついてきた彼女をあわてて抱きとめた。

「 ・・・ ジョー・・・! ジョーだけよ! わたしのこと・・・ ただの女の子って言ってくれたの・・・ 」

「 え? だって・・・ きみは。 そりゃ滅茶苦茶にキレイで素敵な 女の子、だろ。 」

「 メルシ♪ ジョーに言ってもらえるとすごく嬉しいわ。 

 今まではいつだって・・・ 皆わたしの外側だけにしか興味はないのねって思ってて・・・ 

 ウチのこととか ・・・仕事のこととか・・・ 」

「 そりゃ・・・そうだけど。 でも ぼくは。 裸足で走って追いかけてきてくれたきみが

 髪をくしゃくしゃにして駆けてきたきみが 好きなんだ。 」

「 ジョー・・・ やっぱりあなたは わたしが思ったとおりのヒトね。  

 わたし あなたが好き。 気紛れ遊びじゃないの、本気だわ。 

「 きみは ― ぼくが初めて心から愛したヒトだ。 

「 ・・・わたしも・・・ ただの女の子、としてわたしを愛してくれたのは・・・

 お兄さまと ジョーだけ。  ・・・ ありがとう・・・ 本当に嬉しかったわ・・・ 」

「 ・・・え? 」

フランソワーズは静かにジョーの腕を外した。

「 わたし。  どうしてもやらなければならないコトがあるの。 

 わたしの仕事、知っているでしょう?  ・・・・ 次のレースにはどうしても勝たなくちゃならない。 

 兄はわたしの幸せを第一に考えろっていってくれたわ。

 でも。 わたしはやっぱり 兄や ・・・ 父の育てたチームを放ってはおけないの。 」

フランソワーズはマーガレットをハンカチごと 噴水の池に浸した。

「 ごめんなさい、勝手なことばかり言って・・・ 」

「 そんなことないよ。 大切に思える家族や仲間がいるって ・・・羨ましいな。 」

「 ・・・ ジョー ? 」

「 ぼくは孤児だったから・・・。 普通の家庭って知らないで育ったよ。

 あ・・・ ごめん。 それで? フランソワーズ、きみは何が言いたいんだ? 」

セピアの瞳がじっと彼女に注がれた。

 

    ・・・・ ああ ・・・ この瞳が 好き・・・!

    ジョー ・・・ !  この温もりが この温かい心が 好き・・・!

 

フランソワーズは必死で目を見開き、彼の視線を受けている。

「 ジョー。 愛してるわ、こころから・・・ 愛してる・・・

 だから ― お別れしましょう。  ・・・ ありがとう、ジョー。 わたし 幸せだったわ。 」

「 フランソワーズ?? いきなり・・・どうしたんだ? 何を言っているのかい?! 

 きみの仕事と ・・・ ぼく達が別れることと何の関係がある? 」

「 次の ― わたしのレーサーとしての最後の仕事は 日本GPよ。

 勝つわ! 死に物狂いで頑張る。  そのためにも早めに日本で調整しないと・・・

 側に居られない彼女なんて ・・・ 恋人失格でしょう? 」

「 そんなこと、ない! きみはきみの仕事に専念すればいい。 ぼくはきみを束縛したいなんて・・・ 」

「 わたしも、同じなの。  ジョーには自由に踊っていて欲しい・・・

 舞台ですきなだけ、思いっきり・・・ 思うとおりに生きて欲しいの。 」

「 ・・・ きみを待つ、というのはダメなのか。 」

「 レーサーの仕事を終えたら。 兄を助けて行きたいの。

 兄は好きにしていいって言ってくれたけど、でも・・天職だっていってたパイロットを辞めた兄さん・・・

 わたしひとり幸せには・・・なれないもの。   

 それに どうしてもやりたい事があって ・・・ パパとママンの事故の ・・・」

「 それに? ご両親の? 」

「 あ ・・・ ううん、なんでもないわ。 とにかくわたしの好き勝手はできないわ・・・ 

 ジョー。 ジョーは自由に生きてね。 」

「 フランソワーズ ・・・  」

「 ねえ? ほら・・・ この花も本当は道の端っこでずっと咲いていたかったでしょうに。 ごめんね・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」

フランソワーズはマーガレットを池に浮かべた。

「 ジョー。 ありがとう。 短い間だったけど、幸せだったわ。

 どこにいても何をしていても ・・・ ジョーの活躍を祈っているわ。 幸せに・・・ 」

「 ・・・ フランソワーズ 」

「 踊っているジョーが ・・・ 好きよ。 一番 好き。 」

「 ・・・ フランソワーズ・・・! 」

「 ― さようなら ・・・ 

淡い笑みを浮かべ ― そのまま 彼女はくるり、と踵を返した。

キスのひとつも残さずに 彼女の姿は夜の闇に溶け込んでゆく・・・・

 

   コツ コツ コツ  ・・・・ コツ コツ ・・・ コツ・・・

 

かっきりとした靴音がだんだんと小さくなって行った。

ジョーは手に残ったハンカチをじっと見つめていたが ― きゅ・・っとそれを握り締め そして。

  

  ― カッ !

 

彼のしなやかな脚が地を蹴った。

「 ・・・ 待って!  待ってくれッ!!!  フランソワーズ ・・・・! 」

 

 

 

 

「 本当に  ― いいのかい。  いつも一流ホテルに滞在しているんだろう? 」

「 あ・・・ そっちの袋、持つわ。  え? なんですって? 」

「 あの。 本当に ・・・ ぼくのマンションでいいのか、って言ったんだ。 

 あ・・・鍵、開けてくれるかな。 ぼくのポケットに入っているよ。 」

「 え・・・どこ? あの・・・手を突っ込んでもいいの。 

「 ふふふ・・・どうぞ、奥さん。 ほら こっち・・・ 」

「 はい。 あら ・・・ まあ、すてき。  こういうホンモノのキィっていいわねえ・・・ 」

「 へえ? ああいつもオートロックのところだったんだね。 きみのフラットだって広かったよな。

 あの・・・ きっとさ、狭くて不便で ・・・びっくり、いや がっかりしちゃうだろうなあ・・・ 」

都内の、ありふれた中古マンション ― そのエレベーター・ホールに若いカップルがいた。

二人とも両手いっぱいの荷物を持ち、 茶髪の青年は均整の取れた身体、長めの前髪の間から

端正なマスクがみえ隠れしている。

従う女性は ― 豊かな亜麻色の髪に白皙の頬 ・・・ いや、なにより目を惹くには

彼女の幸せに輝く優しい微笑みだった。

「 ジョーと一緒なら いいの。 狭いだのなんだのそんな贅沢、いえないわ。

 だって・・・ ジョーのお部屋に転がり込むのよ、わたし。 」

「 へえ? きみの国では奥さんはダンナさんのとこに <転がり込む> のかい。 」

「 え・・・ そ、そんなこと・・・ないけど・・・ 」

彼女はぱ・・・っと頬を染め、真新しい指輪にそっと手を当てた。

「 ぼくこそ きみと一緒なら。 きみを守るためなら なんだってやる! 

 さあ ・・・ どうぞ? とりあえずここが ― ぼく達のホーム、さ。 」

ジョーは荷物を置くと 彼女の手を取ってドアの中に滑り込んだ。

 

この国に来る前に 二人はひっそりと教会で愛の誓いを交わした。

親族も一人の友も呼ばず、それは神の御前での報告、そして二人だけの誓い、 だったけれど、

ジョーもフランソワーズもそれで充分だった。

新しい出発のために用意したのは 指輪だけ。  それもごくありふれたペア・リングだ。

こうして二人は 新しい生活を始めた。

 

「 ・・・ごめん、とりあえず・・・今はここで我慢してくれるかな。 」

ジョーは新妻と部屋に入り荷物を置いた。

「 ここ、前にジョーが住んでいたお部屋でしょう? ・・・ なんにもないのね。 」

「 あ ・・・ うん。 ここも帰ってきて寝るだけのところだったんだ。

 ぼくは施設育ちだろ。 だから ホーム って ・・・ きみとが初めてなんだ。 」

「 そうなの。 じゃ・・・うんと温かくて素敵なお部屋にしましょ。 

 わたし、現地調整が始まるまでしっかりオクサンして・・・ 家事、がんばるわ! 」

「 え・・・ いいのかなあ。 これから大切な<仕事>があるのに・・・ 」

「 あら・・・ わたし達、 ハネムーン中なのよ? 仕事のことはちょっと忘れたいわ。 

 ジョーだって・・・いくら <休業中> でもレッスンはしなくちゃ。 ダンサーもドライバーも同じでしょ。 」

「 うん、それはそうなんだけど・・・ 」

「 さ。 それじゃ ― 買い物とか始末するわね。 冷蔵庫とフライパン・・・くらいはある? 」

「 そのくらいは。  ・・・ あと洗濯機とレンジ。 」

「 まあ、それだけあれば充分よ。  今夜のお食事は なににしようかしら・・・ 」

新妻はがさがさとレジ袋から 食材を取り出しはじめた。

「 えっと ・・・ パンとたまご。 バターでしょ・・・ ハム ・・・ あ! ミルク、忘れちゃった! 

 ねえ ジョー? 申し訳ないけど、あとでミルク買ってきてくださる?」

「 ・・・ ミルクなんか ・・・ いらないよ! 

「 え・・・ あ・・・?! きゃ・・・ 」

ジョーは突然 彼女を抱き締めた。

「 ・・・ きみが欲しい。 きみが ・・・いればそれでいいんだ・・・! 」

「 ジョー・・・だめよ、こんなところで・・・ それに・・・まだ明るいのよ。 」

「 ・・・ふん それなら ・・・ 夜にすればいいさ。 さあおいで、ぼくの花嫁さん。 」

彼は花嫁をそのまま抱き上げると奥の部屋に入っていった。

そこにはベッドとチェストが置いてあるだけで、ジョーは彼女をそっとベッドに下ろすと片手でカーテンを引いた。

「 さあ。 これで夜になったよ・・・   フランソワーズ・・・! 」

「 ・・・ ジョー ・・・・! 」

ベッド・パッドだけの固い新床だったけれど、愛し合う二人にはまったく気にならなかった。

 

  ― こうして ジョーとフランソワーズの新しい生活がはじまった。

 

 

 

「 ジョー〜〜〜!? どうしましょう?! パン屋さんがね・・・まだ開いてないの! 」

「 ・・・ お早う・・・6時?・・・ もう起きたんだ・・?  パン屋・・・って買置き、なかったかい 」

「 え?! 朝御飯のバゲットは焼き立てじゃなくちゃ! あのパン屋さん、今日はお休みなのかしら!? 」

 

 

「 きゃあ・・・ どうしてこんなに塩辛いの? チンジャオロースーが・・・頑張ったのに・・・  

 これ・・・ オイスター・ソース でしょう?? 」

「 なんだ、なんだ?  ・・・ あ、これはね しょう油 だよ。 ソイ・ソースさ。 」

「 しょうゆ・・?? そういえば・・・匂が違うわね。ごめんなさい・・ジョー、好きなメニュウなのに・・ 」

 

 

「 ああ・・・いい気持ち♪ バス・ルーム、お先に。 待たせてごめんなさいね。 」

「 いや・・・ ふふふ・・・ ほっぺがピンクで可愛いなあ。 」

「 ふふふ・・・ 待ってるわ、ジョー・・・ 」

「 うん ・・・ 大急ぎで入ってくる。 ちょっと・・・待ってて。 」

「 この国のバス・タブって。 どうしてもっと細長くないのかしらね? お湯は気持ちよかったけど・・・ 

 ・・・あら? ジョー・・・どうしたの? あ、着替え? 」

「 ううん。 ・・・ きみ、どうしてお湯を抜いてしまったのかい。  沸かしなおすけど・・・ 」

「 ??? だって・・・・ 当たり前でしょう? 

「 ・・・ あ。 ・・・ぼくが 説明していなかったんだね・・・ あの、さ。 日本のお風呂ってね・・・・ 」

 

 

「 あ。 いっけない・・・ 洗濯機、もうとっくに終っていたのよね。 」

「 ・・・ うん? そうだっけ? 」

「 ジョ〜〜〜 なんか・・・洗濯モノが 皆シワシワで固まってる〜〜 」

「 あ!! ごめん、それって乾燥機は着いてないんだ ・・・! 」

 

 

「 ・・・ ジョー。 これは ・・・なあに。 」

「 これはね、炊飯器。 日本人専用のライス煮専門鍋かな。 

「 ライスを・・・煮るの??  ふうん・・・ポリッジ ( オートミールのこと )みたいなもの? 」

「 ああ、そうだね、ちょっと似てるかな。  使ってみる? 簡単だよ。 」

「 ええ 是非!  今晩はライス煮ね♪ 」

  ・・・ その夜 

「 わあ〜〜 御飯だ♪ いただきます! 」

「 すごく簡単だったわ。  ほかほかで美味しそうね・・・ 」

「 ・・・ フラン ・・・ これ。 あの。 甘いんだけど・・・? 」

「 ええ、ポリッジだから。 お砂糖とミルクを入れたの。 どうかしら、お味? 」

 

 

「 あれ!? フラン〜〜 どうしたの、目にゴミでも入ったのかい?? 」

「 ・・・ ううん ・・・ このセロリ、切ってたら涙がぽろぽろ・・・ 

 ねえ、これって傷んでいるのかしら?? セロリって普通、こんな刺激臭、しないわよね・・・ 」

「 ・・・ これ。 長ネギだよ、フラン ・・・ 」

「 ながねぎ・・・?  日本のセロリは葉っぱのカタチや匂が違うの? 」

 

   ― こうして ・・・ 大騒ぎの、でも穏やかな日々が流れてゆく・・・

 

 

「 ・・・ フラン? どうしたんだい。 」

「 ・・・ ジョー・・・わたし・・・ 」

その夜、新妻はしょんぼりとベッドの端に腰をかけていた。

「 疲れちゃったかい。 慣れないことばっかりで大変だろ。 ごめん・・・ぼくもやるから。 」

ジョーはそっと彼女の腰に腕を回し抱き寄せた。

「 <仕事>前で大変なのに・・・ ありがとう・・・すごく、嬉しい・・・ 」

「 ・・・ほんとう? わたし ・・・ 失敗ばっかり。 ジョーに迷惑かけてるだけだわ・・・

 一人で騒いで・・・恥ずかしい・・・ 」

「 そんなこと、ないよ!  今日もね、マンションの管理人さんが

 素敵な奥さんですね・・・って。 買い物とか掃除とか、慣れないのに偉いですねって褒めてたよ。 」

「 ほんとう・・・? 」

「 ホントさ! ぼくこそ、ごめん。 セレブのお嬢さんに洗濯までさせて・・・

 きみのお兄さんが知ったら、一発・・ いや、 五発くらい殴られそうだよ。 」

「 ・・・ お嬢さん、なんて言わないで。 ジョーは・・・ただの フランソワーズ を選んでくれたのでしょう?

 でも それなのに、わたし・・・ 何ひとつ満足にできないのね・・・ 」

ぽろん・・・ 大粒の涙がジョーの腕に落ちた。

「 あ、泣くなよ・・・ ばっかだなあ、初めっからなんでも出来るヒトなんかいないだろ?

 ここは君の知らない国なんだし。  きみの手作りの料理が三度三度食べれるなんて夢みたいだ! 」

「 ・・・ ジョー・・・ 」

「 きみが いてくれれば、それでいい。 ぼくは全力でフランを守るから。

 きみは きみの進むべき道を行けよ。 」

「 ジョー・・・ でも、 ジョーは? 」

「 言ったろ? きみがいればいい、って。 きみの幸せがぼくの幸せ、さ。 」

「 ・・・ ジョー・・・! ジョー・・・!  」

新妻は両腕をひろげて 夫に縋りついた。

「 フラン・・・ ああ、なんて ・・・可愛 ・・・ 」

二人は縺れ合ってベッドに倒れこみ ― すぐに言葉など不要な世界へと昂りつめて行った。

 

 

  トクン トクン トクン −−−−−

 

規則正しい音が頬につたわってくる。

ぼう・・・っとしていた視界がだんだんとクリアになってきて ―  篭った熱がゆっくりと退いてゆく。

  ― カサリ ・・・

フランソワーズは手を伸ばし毛布を引っ張り上げた。

「 ・・・ 寒いかい。 」

「 ・・・ あ  え ・・・ ううん。 こうやって ジョーの胸にくっ付いていれば ぽかぽかよ。 」

「 ぼくも さ。  ・・・ なあ。 やっぱり レースのこととか・・・ 気になるんだろ。

 そろそろチームと合流した方がいいのじゃないかい。 」

「 え・・・ どうして。 」

「 うん・・・ きみ、このごろ寝言でさ・・・わたしが!  とか かならず・・・!とか言ってる。

 プレッシャーって凄いだろうなって ぼくにもそのくらいは判るし。 」

「 ・・・ ジョー。  ちがうの。 

「 え? なにが。 」

フランソワーズは毛布の中で向き直ると まっすぐにジョーをみつめた。

「 あの・・・ ずっと誰にも言わなかったけれど。 わたし・・・ 」

「 フラン?  言ってごらん。 」

ジョーもしっかりと彼女を抱き寄せる。

「 わたしの両親のこと、あの事故 ・・・  知っているでしょ。 」

「 うん・・・痛ましい事故だったね。 」

「  ― あれは 事故じゃないわ。  パパが運転ミス、するわけないもの。

 パパとママンの乗った車は 爆破されたのよ。 」

「 え・・!? 」

「 これは兄と私だけの絶対の秘密で 警察も極秘裏に捜査しているわ。 」

「 ・・・ だってどうして。  きみのご両親は立派な方達だった。 世間でも評判、よかったぜ。 」

「 取引絡みでね・・・ 軍事用の ― 武器とか兵器らしいのだけど、その取引を

 強引に押し付けてきた相手がいたらしいの。 巨利を得られるって宣伝して・・・ 」

「 軍事? その・・・銃とか戦闘機とか、のことかい。 」

「 よく・・・わからないの。 全く新しいタイプの兵器、とかいう振れ込みだったらしいわ。

 勿論 父は断固、断ったそうよ。 人間として絶対に許せないからって。 」

「 立派な方だね、お父上は。 」

「 ・・・ その すぐ後なの・・・あの <事故> ・・・ 

 巧妙な手口で単なる事故に見えたわ。 でも ・・・ ちがう。 あれは・・殺人よ。 

 なにか秘密を知った父の口封じか ・・・ 見せしめ。 」

「 フランソワーズ! 」

「 兄はあの <事故> のことは封印したわ。 社の人々に危害が及んだら大変だから・・・

 でも・・・! 」

ジョーは 腕の中のしなやかな肢体が か・・・!っと熱くなったのを肌で感じた。

「 ?? フラン・・? 」

「 わたしが・・・! わたしがパパとママンを殺した犯人を見つけるわ! 」

「 フラン ・・・ 」

「 ・・・ごめんなさい、ジョー・・・ 忘れて・・・。 」

「 フラン。 ぼく達・・・神の御前で誓った夫婦だろ。  きみの問題はぼくの問題だ。

 うん ・・・ ちょっと調べてみる。 」

「 ジョー・・・ でも・・・アナタに危険が ・・・ 」

「 大丈夫さ。  それに、第三国にいる方が情報が手に入り易いってこともあるんだ。

 知り合いに報道関係者がいるから・・・ちょっと当たってみる。  」

ジョーは 彼の恋人を優しく抱き締めた。

「 きみは、 レースに専念しろ。 あとは ・・・ ぼくに任せとけ。 」

「 ジョー・・・! すごいわ。 でも あなただってお仕事があるでしょう? 」

「 全力できみをサポートするって言っただろう。 それが今のぼくの仕事さ。 」

「 ・・・わたし・・・ 」

  ― ぽろん ・・・ と一粒、ジョーの胸に涙が落ちる。

「 あれ・・・ あれれ・・・ ぼ、ぼく、なにか気に触ること、言ったかい? 」

「 ううん ・・・ ううん! し、幸せで・・・幸せすぎて。 涙が・・・ 」

「 あは ・・・ なんて可愛いんだ・・・ 白い炎 はじつは泣き虫だったんだね。 」

ジョーは白い頬に唇を寄せ、こぼれおちる雫を吸い取った。

「 前にもちらっと話したけど。 ぼくは施設育ちの孤児だったのさ。

 たまたま運動神経がよくて・・・ 目をかけてくれたヒトのバック・アップでコンクールに出られた。

 そこでスカラシップを貰って。

 その後は ― この外見でかなり得もしてさ、あの国の王立バレエ団に入れたんだ。 」

「 きっと、ジョーは踊るために生まれて来たヒト、なのよ。 」

「 う〜ん・・・? よくわからない。  でも もっとなにか・・・自分に向いていることがあるかもしれない。 」

「 わたしは 踊っているジョーが好き。 あ、勿論・・・ 愛してくれるジョーが一番好きだけど・・・ 」

「 ふふふ・・・メルシ♪  ぼくもさ、そりゃバレエも好きだけど。

 今、一番 <やりたいこと> は きみを守ること、なんだ。  

 あ。  ちがった・・・ 」

「 え??? な ・・・なんなの?? 」

「 ・・・今 一番やりたいコトはね。 」

「 ええ・・・? 」

「 きみを もう一回愛したい・・・! 」

「 ・・・ ジョ ・・・・ − ・・・!   あ ・・・ あぁぁぁ   ・・・ 」

 

新婚夫婦の熱い夜は 尽きることのない炎で燃え上がっていった。

 

 

 

「 うんうん・・・もうちょっとセンターに寄れるかな。  オーライ・・・ どうぞ。」

舞台監督は最初にほんの少し注意をしただけで マイクを置いてしまった。

勇壮な音楽に乗って メドゥーラ姫と海賊の首領・コンラッドが踊る。

優雅なアダージオから それぞれのテクニックを駆使するヴァリエーション・・・ 

そして 華やかなコーダへ。

『 海賊 』 の グラン・パ・ド・ドゥ はいま佳境を迎えていた。

  ―  シュ・・・!

空を切る音がして コンラッドのア・ラ・セゴンド・ターンの連続が決まる。

「 ふう〜〜ん・・・ ジョーのヤツ、リハだってのに凄い張り切っているじゃないか・・・ 

 アイツ、変わったなあ。  冷たい目が・・・消えたよ。 」

舞台監督はぶつぶつ言いつつも 舞台に目が釘付けだ。

  ・・・ !!!

ラストのポーズもぴたり、と決まった。

「 ・・・ オッケー!  ジョー君、腕を上げたな。 本番もその調子で頼むよ〜 」

「 はい〜〜 」  「 よろしく ・・・ 」

舞台から荒い息のダンサー達が 笑顔で応えた。

「 よろしくお願いします、 美香さん。 ・・・ あれ・・・? 」

「 え? なあに?  ・・・あら? なにか落ちてきた・・・?  これ、埃じゃない? 」

「 うん・・・でも どうして・・・  あッ !! 」

 

    ガシャ −−−− ン ッ !!!!!

 

「 きゃあ〜〜〜 」

「 な、なんだ なんだ?? どうしたんだ? なにが 起こった??? 」

たった今、リハーサルが終了したばかりの舞台上は大騒ぎになった。

「 なにか ・・・ 落ちたのよ! 」

「 ・・・ ガラスの破片・・・あ、ライトだ! ライトが天井から落ちたんだ! 」

「 ライト?? 今時 あんな旧いやつ、使ってないぞ。 どうして?? 」

「 おい!! 美香とジョー?? 無事か!? 」

明日の本番を前に 劇場は騒然となってしまった。

 

「 ・・・ふうん・・・ なるほど、ね。 」

ジョーはタオルで腕を縛って 天井を見上げている。

「 ジョーさん?! 大丈夫??  美香はなんともないわ。 ああ!? 腕を?? 」

「 あ・・・ちょっと破片で切っただけですから。

 ふふん・・・ やっぱりな。 手を退けってコトか・・・ ご親切な忠告かい。 」

ジョーは じっと暗がりに目を凝らしていた。

 

 

 

 

  ゴウ ーーーー!   

木枯らしが 散り遅れた葉をもぎ取って吹き抜けてゆく。

 

  ・・・ この風。  明日は止んでくれるといいのだけれど。

 

<白い炎>の異名をとるドライバーは 真っ青に晴れ上がった空を見つめていた。

頬を弄る風が 思いの他つめたい。

彼女は白いレーシング・スーツの ジッパーをしっかりと襟元まで上げた。

 

   ふふふ・・・可笑しいわね? いつもは暑くて仕方がないのに・・・

   この地方って。  こんなに気温が下がるのかしら。

 

少しはこの東の果ての国の気候に慣れたつもりだったのだが・・・

レース会場の空は 彼女が暮らしていた<ホーム>のある地域とはかなり違っていた。

「 ふう ・・・・ 」

フリー走行が終わり彼女は大きく溜息を吐いて、ピットの中に戻ってきた。

「 お疲れ様 ・・・  レコード、こっちです。 」

「 ありがとう。  ・・・ ジョーは? 

「 アイツなら もうとっくにマシンにへばりついていますよ。 あ、すいません・・・! 

 島村サンは タイヤ点検を手伝ってます。 」

「 ふふふ・・・アイツ、で結構よ。  ここではただの臨時のアシスタントなんですもの。 

 なんでもやらせて。  それが彼の仕事だから。 」

「 はあ・・・すんません・・・ でも、彼・・・メカニック、目指しているんですか?

 なんか ・・・ すげえ熱心で作業も丁寧なんですけど・・・ 」

「 あ ・・・ そう? う〜ん? どうかしらね? 」

全くの畑違いな世界には <王立バレエ団の人気プリンシパル・ダンサー> を知るヒトはいない。

それがかえって幸いし、 ジョーは <ただのアルバイト> で <白い炎のコイビト> として

チーム・アルヌールに 目立つことなく出入りしていた。

・・・・ もっとも。 メカニック達は 彼のメカに対する才能 に目を付け始めてはいたけれど・・・

フランソワーズは コートを羽織るとマシンの方に戻っていった。

「 どうです、調子は。  コイツは上々だと思うけど。 」

メカニックに一人が そっとマシンを撫でている。 彼らにとって、いや チームの全員にとって

マシンは大切な仲間なのだ。

「 ええ。 ご機嫌、よかったわよ。  この風がね・・・ 明日はどうなるかしら。 」

「 う〜ん・・・ ここでは名物らしいですけどね。 」

「 雨降りよりはマシだけど・・・ 」

「 ふうん? 白い炎  は午後の予選なんか目じゃないってか。 

「 あら。 当然でしょ。 目的は GP だもの。 」

「 コイツ〜〜 さっすが! オヤジさんの娘だな・・・ 」

メカニックのチーフが ばち!っとウィンクをしてよこす。

チーム内に広がる笑顔たちに 極上の笑みをみせつつ・・・彼女はマシンの反対側へ回った。

「 ・・・ ジョー? あの・・・大丈夫? 」

タイヤの脇に屈み込み、掃除をしている <ただのアルバイト> に声をかけた。

フランソワーズはそうっと 彼のツナギの袖に手を触れる。

「 やあ。  うん・・・平気さ。 ただ切っただけだからね。 」

「 でも・・・ 無理はしないでね。  ああ、脚じゃなくてよかったわ・・・ 」

「 ふふふ。 でもコレもちゃんと証拠になる。 」

ジョーはメカニック・チームのツナギの上に添えてくれた彼女の手をそっと握った。

「 証拠?? ・・・ あの ・・・ 父と母の事故の? 」

「 ああ。 あの事故の調査をマスコミにいる友人に依頼したり ぼく自身がちょろちょろ首をつっこみ

 始めたから さ。  ヤツらは警告したんだ。 ちょっかい出すなってな。 」

「 え・・・ それで 舞台のライトが落ちたの? 」

「 おそらく。 絶対に証拠は残してないだろうね、でも <無いコト> が証拠なのさ。 」

ジョーはある劇場の舞台でリハーサル中に ライトが落ちてきたのだ。

彼はパートナーを庇いつつ 飛び退き、ライトの破片で腕を負傷していた。

「  ― そう。 それなら。 わたし ・・・ 必ず 勝つわ。 」

フランソワーズはきっぱりと言い切ると ほんのりと微笑んだ。

 

   ・・・ あ。  これが ―  La flamme blanche  白い炎  なんだ・・・!

 

ジョーは彼女の内に燃え上がる情熱を 目の当たりにし息を呑んだ。

そして  ― ほれぼれと彼の恋人を見つめていた。

 

 

「 お嬢さん! 」

ピットを出たところで、 後ろから野太い声がかかった。

「 まあ・・・ ムッシュ・パットン。 」

「 調子はどうだ? 」

シルバーグレイのレーシング・スーツの男性が精悍な笑顔で立っていた。

「 さあ? どうかしら。  ・・・もう不安でドキドキなの・・・って泣き顔がお望み? 」

「 ぷ・・・! アンタの 泣き顔 なんて・・・見たことないからなあ。 

 ・・・ アルヌールのオヤジさん・・・ 笑ってるぜ。 」

「 そう・・・ね。 あ、お葬式の時いろいろありがとう。 父も喜んでいると思うわ。 」

「 うん。  なあ ― アルヌール先生にしごかれた弟子として。 

 明日は 先生の追悼のために 走る! 」

「 ありがとう。 」

「 そして お嬢さん。  オレは絶対に負けない。 いいな! 」

「 お〜っと。 お前ばっかにかっこつけさせはしないぜ! 

 俺が 勝つ。 絶対に、だ。 それが アルヌール先生への御礼さ。 」

「 まあ・・・ ムッシュ・ビルムブ! 」

かつてフランソワーズの父に教えを受けた<弟子>達 ― 今は超一流のドライバー達が

不敵な笑顔を見せている。

 

「 ありがとう・・・!  でも勝つのは わたし よ。 」

 

白い炎は 嫣然と微笑み、きっぱりと言い切った。

決勝は ― 目前に迫っていた。

 

 

 

今にも泣き出しそうな空は 決勝が始まってからついにぽつぽつと水玉を落とし始めていた。

「 おい? シマムラ。 心配するなって。

 彼女はこのくらいの雨なんざ なんでもないさ。 湿気があってよかったわ、なんてな。 」

「 あ・・・そ、そうですか・・・ 」

ピットの中で モニターを見たり中継を聴いたり うろうろ、うろうろし通しの青年に

中年のメカニック・メンバーが声をかけた。

「 そんなこっちゃ・・・ 俺らの 白い炎 を渡せんな。 どん!と肝ッ玉、据えとけ。 」

「 は・・・あ。 」

 

   ・・・ こりゃ 本番前より緊張するよな。 

   しかも 自分が動くわけじゃないだから・・・余計に始末が悪いや。

 

ジョーはピットに隅に引っ込み、汗をぬぐっていた。

 

   フラン・・・! ぼくは どうやらやりたいコトをみつけたようだ。

   ・・・ きみをヘルプできるように 勉強するよ!

 

やっと馴染んできたオイルだらけの手袋を ジョーはきっちりと填め直した。

 

 

 

  ワア −−−−−−!!!  ワア −−−−!

 

大歓声はさらにボルテージを上げ、エンジンの爆音すら飲み込むほどになった。

その真っ只中を マシン達は華麗な軌跡を描き疾走してゆく。

最終コーナー、デッド・ヒートの末、 一筋の 白い炎 が先頭を切って走り抜けた。

 

     ワア −−−−− !!

 

群集の興奮は頂点に 達し ―  次の瞬間 

広いサーキット場が 一瞬 ・・・ ほんの一瞬 沈黙した。 

 

   バ −−−− ンン!!!   キュルキュル −−− ドカーーーン !!

 

先頭の白いマシンが突如、制御を失いクラッシュした。

コース壁面に激しく突っ込んだ。

 

「 な! なんだ!!! どうしたってんだ?? 」

「 ・・・ フラン・・・!! 」

棒立ちになっている人々の間を 青年が駆け抜けていった。

「 あ・・・ お、おい!! お前〜〜〜 やめろ! 馬鹿なことはやめるんだッ !! 」

「 わあ〜  止せ!!  」

怒声や喚き声など一顧だにせず、彼はセピアの髪を靡かせ燃え上がるマシンに飛び込んだ。

 

  バァ −−− ンン !!! 

 

その一瞬あと  ― 白い華麗な車体は紅蓮の炎に包まれた・・・

 

 

悲鳴と怒号と。 蜂の巣をつついたような観戦席の片隅で ― 一人のごく平凡なオトコがサングラスの陰で

笑っていた。

ほんの少しまえ、一瞬 ― 火を吹いた銃口は 当たり前の腕に戻っていた。

 

  くっくっく ・・・・

  丁度いい。 我々の要求を蹴ったヤツの娘だ・・・ 

  ・・・ 我々の <一員> として存分に働いてもらうおう! 

  プロトタイプの被験体にぴったりだ。 オマケもいるしな。

  くくくく ・・・・  最高の報復だ  クククク・・・

 

オトコはそっと群集の中から抜け出し、ほどなくしてサーキットの片隅から黒い車が恐ろしく静かに発進した。

惨劇の後始末の中にその車が乗り入れられても正体を疑うものはいなかった。

白い炎 と その恋人は 愛車とともに完全に燃え尽きてしまった・・・

誰もがそう信じた。  誰もが ・・・ 伝説のレーサーに涙した。

 

兄は遠く離れた国で妹とその恋人の訃報を聞いた。

「 ・・・ そんな  ― ウソだ・・!!

 ファンは ・・・ ジョーと一緒に、寄り添って・・・今も微笑んでいるさ。 ああ・・・あの空の上で・・・ 」

 

 

 

 

   ザザザ −−−−

 

波が 少し大きくなった。  潮が満ちてきたのかもしれない。

ジョーは 呆然と海岸に 突っ立ち、 目の前に繰り広げらた情景を見つめている。

「 ・・・ ここは。 一体どこなんだ?? それに ぼくはどうして・・? あのヒト達は・・・? 」

 

「 あなたも一緒に いらっしゃい。 」

 

崖の中央から赤い服の人物が 手を差し出した。

たった今、 浜辺にいる白衣の集団へ高らかに宣戦布告をした人物だ。

「 ・・・・??  だ・・・れだ?   ・・・ あ・・・!! 」

驚いて見上げるジョーの前に 

 

   亜麻色の髪を靡かせ後ろに男どもを従え ― 白い炎 が立っていた。

 

「 ・・・ ! 」

ジョーはじっと彼女を見つめると歩き始めた  ―  新しい運命に 彼女に 向かって・・・

そう、サイボーグ戦士、009 として。

 

 

 

************************     Fin.    **********************

 

Last updated: 12,01,2009.                      back          /          index

 

 

 

****************  ひと言  **************

・・・・ これじゃ  サイボーグ 003  だよ〜〜 っていいですってば♪

カッコイイ・フランちゃんが書きたかったんです〜〜(^_^;)

ああ、すっきり♪  でもね! ジョー君ってば! てんでダンサーしてくれないのですよ〜〜

「 え・・・ あ。 ぼくはちょっと その・・・ 」 とか言ってさ★

どうしても 王子サマの白タイツ は嫌だ、といいますので 上半身裸の 『 海賊 』 を

踊ってもらったのでした♪

はい・・・そうして <原作> の冒頭?につながり・・・

もうひとつの サイボーグ009 が始まるのでした(^_^;)

二週にわたりお付きあい、ありがとうございました <(_ _)>

一言なりとでもご感想を頂けますれば もうもう狂喜乱舞〜〜〜 どうぞ宜しくお願いいたします。

 

再三 申し上げますが。 フランちゃんのお仕事 に付きましての数々のデタラメぶりには

どうかどうかどうか〜〜〜 寛大にも目を瞑ってくださいませ 〜〜〜 ( 平伏!! )