『 序章 ― 長い闘いの日々へ ― （１） ― 』
******* ご注意 ⇒ この作品はパラレルです。 苦手な方、お戻りください。
ワ −−−−−− ！！！
大歓声が広い空に巻き上がり 澄んだ秋の大気がびりびりと震えた。
総立ちの観衆の前、 ついさきほどチェッカーズ・フラッグの下を疾走した車からドライバーが降り立った。
真っ白なレーシング・スーツに包まれたすらり、とした肢体 ― すんなり長い手脚が目立つ。
ワァ −−−−！！！
歓声は一層ボルテージをあげ、地をも揺るがす勢いだ。
ファサ ・・・
やはり白一色のヘルメットを脱ぐと、秋の陽射しに亜麻色の豊かな巻き毛が広がった。
優勝ドライバーは大観衆に 大きく手を振ると ― くるり、と踵をかえし足早にピットの中に戻っていった。
白皙のほほには微笑の欠片もなく、珊瑚いろの唇は一文字に引き結ばれていた。
ウワ −−−ン ・・・
どよめきとも吐息ともつかない声が またまた観覧席から巻き上がる。
― あ〜あ・・・冷たいねェ〜〜 相変わらずだぜ、姫君は・・・
― いや〜 あのクールさがたまんないよッ
― はぁ・・・ 素敵ねえ・・・女性から見ても溜息がでるわ・・・
観客たちは 男も女も、ただただ感嘆の眼差しで 今日のスーパー・ヒロインを追うのだった。
− La flamme
blanche 〜 白い炎 〜
彼女は今日も 冷たく燃えあがっていた・・・
「 お疲れ様！ あの・・・花束が山ほど。 あと プレゼントやら差し入れやらいろいろ届いてますが。 」
「 ・・・ そう？ 皆さんで分けて頂戴。 」
「 あ・・・ いつもすいませんね。 あの。でもこれは、どうぞ。 エッカーマン氏からですから。 」
メカニック・チームのキャップを被った男性が ばさり、と大仰は花束を持ち上げた。
＜白い炎＞ はちらり、と目を向けたがすぐに首を振った。
「 ・・・ 結構よ。 お好きな方がどうぞ。 」
「 え・・・ 折角フィアンセからなのに。 それにこれ、限定生産の花でしょう？
この前、ニュースでやってた・・・ 東洋のどこかの国が遺伝子操作で造ったって言ってました。
確かすごい値段のはずですよ。 幻の青いバラだって・・・ 」
「 そう？ でも・・・わたしはいいわ。 それじゃ。 お疲れさま・・・ 」
「 あ！ お嬢さん・・！ 」
男性の声を振り切り、彼女はピットの後ろにある部屋に入ってしまった。
・・・ そんな人工の花なんて。 高価であればいいと思っているのかしら・・・
わたしの好みなんて 知ろうともしないのね・・・
ヘルメットを置くと彼女はソファに身体を投げ出した。
暑苦しいレーシング・スーツのジッパーを下げる。
一切の企業ロゴを拒んだ純白のスーツの中から シルクのシャツに包まれた身体が現れた。
耐火素材のシャツはどうしてもいやだったのだ。
ああ・・・ なんでこんなに気持ちが重いの・・・
せっかく勝ったのに・・・ 全然楽しくもないわ ・・・
ふうう・・・ 長い吐息が小部屋に澱んでゆく。
地をも揺るがす大声援を浴びたのというのに 彼女の表情は暗く沈んでいた。
勝った・・・？ 本当に？ 本当の勝利なのかしら。
皆 手加減したのではなくって・・・？
― コンコン ・・・
「 ？ 誰も通さないで、と言っていあるのに。 ・・・ いません、誰もいませんよ・・・ 」
ノックの音に小さくつぶやくと、彼女はクッションに顔を埋めてしまった。
・・・ 放っておいて・・・！ お願いだから・・・
― コンコン ・・・ コン ・・・？
控えめだが、はっきりしたノックが続く。
煩いわね・・・！ もう・・・！ ジャマ、しないで！ ここには誰もいないの！
ドアに投げつけようと 片手でクッションを振上げたとき ―
「 ・・・ ファン？ いるんだろ。 ここを開けてくれ。 」
「 ？！ ジャン兄様・・・？ 」
クッションを投げ捨てると、彼女はソファから飛び降り、ドアに駆け寄った。
「 ・・・ お兄さま！！ お帰りなさい〜〜 ！ 」
彼女はドアの前に立つ青年に抱きついた。
「 おう、ただいま。 それよりも ・・・ また勝ったな。 おめでとう！ 」
「 お兄さま〜〜 フライトがあるから今日のレースには間に合わない・・・って言ってらしたでしょう？
わたし、がっかりしていたのよ。 もう・・・ＰＰじゃなくてもいいわって思ってた・・・ 」
「 あははは・・・ ＜白い炎＞ が何を言ってるんだ？
実はね、今朝のフライトでこっちについて。 大急ぎで業務を終らせてすっ飛んできた。 」
青年はおおらかに笑うと 彼の妹にほほにキスをした。
「 いやあ・・・ また腕を上げたな。 さすがオヤジの娘だ。 ma petite
Fan （ ちっちゃなファン ） 」
「 メルシ、お兄様 ・・・ ううん、パパにはまだまだ・・・ あんな天才的なハンドリングはとても・・・」
「 うん、まあな。 でもいい位置につけたじゃないか。 次はジャパン・ＧＰかな。 」
「 ・・・ 気が進まないわ。 東の果てまで行く気にはならないの。 」
「 おやおや・・・ La flamme blanche は東洋はお気に召さないのかい。
お前の信奉者がアジアにも広がるいいチャンスなのになあ。 」
「 信奉者だなんて そんな・・・ 」
「 あ、そうだ。 ごめん、あんまり慌てて・・・花屋に寄る時間もなくて。
これ・・・ さっきパドックの中で道端に咲いてるのを失敬してきた。 」
照れ笑いしつつ青年は ハンカチで根元を包んだ数本の花を差し出した。
「 まあ 可愛い！ これ・・・ マーガレット、かしら。
ありがとう、お兄さま・・・！！ 最高に嬉しい！ これ・・・お水に挿してあげないと・・・ 」
彼女はテーブルの上にあったカット・グラスにそっと兄からのプレゼントを活けた。
「 ・・・ 綺麗ねえ・・・ 自然の花って、生命力があってすごく・・・綺麗。 」
「 ファン？ どうかしたのかい。 」
「 え・・・？ ううん ・・・別に。 ただ・・・ ちょっと疲れちゃったかな・・・って思って。 」
「 そりゃそうだよなあ。 男でも過酷な現場だから・・・
ああ、そうだ。 気分転換にひとつパーティーにでも出てみないか。 」
「 パーティー？ どなたの。 」
「 うん。 まあ、ウチのコンツェルン主催なんだが・・・ちょっとばかり宣伝っぽい。
このサーキットやレース関係者とか ・・・ 王立バレエ団とかの連中も呼んだそうだ。 」
「 なんだか妙な取り合わせね？ 」
「 あはは・・・一応は チャリティが目的さ。 今回は親のない子供たちへの支援なんだが。
オレの代になったら、こういう方面にも力を入れたいからな 」
「 そう・・・ 少しでもお兄さまのお力になれるのなら・・・いいわ、出席します。 」
「 そうか！ 今をときめく ＜ 白い炎 ＞ が出席してくれれば効果倍増さ。
あ、 ドレスで頼むよ？ レーシング・スーツは ちょっと・・・な。
その姿も充分以上に魅惑的だけど。 オレ以外には見せたくないなあ。 」
「 まあ お兄さまったら・・・ 」
彼女は自分自身のシャツ姿には・・・っとして あわててレーシング・スーツを引っ張り上げた。
「 ははは・・・目の保養だった。 ドレス・アップも期待してるからな。 」
青年は妹の頬に またキスを落とした。
「 お兄さま・・・ あ、 パーティーにはお兄さまもお出になるのでしょう？ 」
「 ああ、主催者側だからなあ。 ちょっとだけでも顔を出すよ。 」
「 そう！ ・・・ ねえ、一曲。 踊ってくださる？わたし、少しは上達したわ。 」
「 ああ、いいとも。 久々にファンと踊るのもいいよなあ。 男どもの嫉妬の炎がおっかないな。 」
「 嫉妬、だなんて。 踊ってくださるのはお兄さまだけだわ。
皆 ・・・わたしのこと、女だと思ってないのじゃないかしら。 」
「 お前・・・本気でそう思っているのかい？ ・・・・ あのなあ・・・
お前が素晴しすぎて・・・誰も手をだす勇気がないんだ。 オレくらいなものだな。 」
兄は改めて目の前の妹の姿を 惚れ惚れと眺めた。
「 ・・・ お前もさ。 そろそろ 普通のレディに戻るか？
カールと一緒になってウチの事業を手伝ってくれたら・・・ パパもママンも喜ぶぞ。 」
「 ・・・ お兄さま。 わたし まだ・・・ 」
「 まあな、 Ｆ１レーサーとして頂点を極めたい、という気持ちもわかるが。
兄としては はやくファンの幸せな花嫁姿が見たいのさ。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 お。 もうこんな時間か！ それじゃ・・・ごめん、すぐにオフィスに戻らないとな。 」
「 お兄さま・・・ ねえ、しばらくはこちらにいらっしゃるのでしょう？ 」
「 う〜ん・・・ 一週間だけの休暇なんだ。 それでも御の字だ！ 」
「 まあ。 パイロットさんも楽じゃないわね。 」
「 ははは・・・ 全くだ！ 本当にヒト使いの荒い会社だぜ、 アルヌール・コンツェルンは。 」
コンツェルンの次期総帥は おおらかに笑う。
妹も釣られて 華やかな笑顔を見せた。
「 ・・・ それじゃ、デートしてくださる？ ねえ、 いいでしょう？ 」
「 おいおい・・・ それはカールの役目だろうが。
あ、そうだ。 パーティーのドレスな、サン・トノレ街のあのデザイナーの店がこっちにもあるから。
誂えに行ってごらん。 まあな、時間もないから オーダーメイドは無理だが。 」
「 ・・・わかったわ。 それじゃ パーティー、楽しみにしてるわね、ジャン兄さま 」
「 ああ、オレも。 じゃ・・・ 」
軽く妹を抱き締めると 青年は ― ジャン・アルヌール氏は再び急ぎ足で出ていった。
「 ・・・ あああ ・・・ お茶でも一緒に、って思ったのに。
ドレスねえ・・・まあ、いいわ・・・ 気晴らしになるし。ぶらぶら出かけてみましょう。 」
彼女は 今度こそレーシング・スーツをくるくると脱ぎ捨て、シルクの下着をも脱ぎつつ・・・
備え付けのシャワー室に飛び込んだ。
王宮前の賑やかな目抜き通りからさらに二筋はいったところに ―
周囲は大きな邸宅がほとんどなのだが ― 落ち着いた佇まいの店がある。
いや、知らないヒトには全く店舗だとは、見分けられはしないだろう。
懇意な客だけで結構。 いくら金はあっても一見さんはお断り ・・・ とお高く止まった店が
じっと目をこらすと 何軒か点在するのが見分けられた。
そんな通りを若い女性がすたすたと歩いてくる。
すっきりしなやかな身体に 薄手のカーフのコートを纏っている。
純白の絹スカーフが ゆらゆらと彼女のうしろで踊っていた。
ブロロロ −−−− ！
角からいきなり車が飛び出してくると そのまま・・・一気に走り去った。
すっと身をかわしたが 彼女は排ガスの臭気に眉を顰めた。
随分乱暴な運転ね・・・ そんなハンドリングではフェラーリが泣いていてよ？
ふ・・・っと吐息をはくと、彼女は目の前の門を潜った。
― クチュリエ ・ ミレー ―
金文字の小さなプレートが門の脇に見え隠れしていた。
「 まあ〜〜 フランソワーズお嬢様！ ようこそおいで下さいました！ 」
彼女がドア・ベルを押すと、中年の女性が転がり出てきてドアを開けた。
「 ボンジュール。 まあ、マダム・ミレー。 こちらのお店にいらしたの？
・・・ 予約していないのだけど、いいかしら。 」
「 はい、勿論。 いえ もうちゃんとお兄様からお電話、頂戴しました。
あら。 お嬢様、 今日はお車は？ 」
「 いえ。 歩いてきたの。 普段はあまり車に乗りたくないのね、わたし。 」
「 ああ・・・ お仕事がお仕事ですからねえ。
あ！ ドレスですわね？ はい、幾つかご用意しておきましたわ。 」
「 ・・・ ああ メルシ、 マダム・ミレー。 ええ、会社主催のパーティー用なの。
なにか・・・適当に選んでくださらない。 」
「 はい、喜んで！ もう〜〜 フランソワーズ様のドレスって本当に選び甲斐がありますわ。
ええと・・・ お色は？ 今回、ラインはどうなさいます。 」
「 そうね ・・・ 色は ・・・ ああ、青にしようかしら。 あと・・・シンプルな形ならなんでも。 」
「 かしこまりました。 どうぞ、こちらへ・・・ すぐにお目にかけますわ。 」
マダム・ミレーは彼女を奥のソファに案内すると パン・・・と手を打った。
部屋に低くながれる音楽とともに 奥のカーテンが開いて、マヌカンたちがゆっくりと現れた。
「 ・・・ いかがでございます？ ああ・・・お茶を換えさせましょう・・・ 」
小さなファッション・ショーが 終ると、マダム・ミレーはマイセンの茶器に手を伸ばした。
「 あら これで結構よ。 え・・・っと。 ドレスは３番と・・・９番。 コートは・・・７番かしら。 」
「 左様ですね、もう毛皮の方がお宜しいかと・・・ 」
「 それじゃ ７番。 あと手袋もお願い。 サイズは７。 」
「 かしこまりました。 ・・・ ああ、お嬢様がお召しなったところを是非拝見したいですわ！ 」
「 あら。 きっとがっかりなさってよ。 本当はパーティーなんて気が進まないの。
でも・・・ マダムのドレスは大好きだから・・・ 」
「 ありがとうございます。 お嬢さまのようにずっとご贔屓にして下さる方々に
お気に入りをお誂えするのが 私どもの悦びですわ。 」
「 マダムのドレスは一点ものばかりだから・・・ 手に入れるのは難しいわ。 」
「 まあまあ何をおっしゃいますやら。
でも・・・最近はいろいろな方が見えるようになりましてね。 」
「 いろいろな方？ 」
「 はい、わたくし共は一見さんはお断り、ですが。 ご紹介状をお持ちの方には
ご利用いただいております。 俳優さんとか舞台関係の方とか。 」
「 まあ、そうですか。 」
「 確か ・・・ 明日、お嬢様の会社のパーティーにご出席なさる方も何人かお見えです。 」
「 あら、そうなの？ 」
「 ええ。 このお国の王立バレエ団の ・・・ ほら、昨今人気のダンサーさんとか。 」
「 ・・・わたし、 よく知らないのよ。 」
「 まあ、それは失礼いたしました。 その方、最近プリンシパルに・・・ 」
「 ・・・ あら？ さっきの車が戻ってきたわ。 」
「 はあ？ 」
・・・ リン ゴ −−−ン −−
話の途中で マダムが首をかしげた途端に表ドアのチャイムが鳴った。
「 ？ おかしいわね？ この時間は どなたの予約もお受けしていないのに・・・
お嬢さま ちょっと失礼いたします。 」
「 あら、結構よ。 わたし、もう用は済みましたから。 帰ります。 」
フランソワーズはバッグを持つと 立ち上がった。
「 まあ、そんな・・・ 」
「 ― すみませんッ ！ 」
パン、とドアが開き、茶髪の青年が飛び込んできた。
「 あの！ さっき忘れ物をして・・・！ 」
「 まあ・・・ ムッシュウ・シマムラ。 どうなさいました？ 」
「 あ・・・・お客さんでしたか。 すみません、いきなり・・・ あの、忘れ物・・・ 」
青年はかなり慌てている様子だった。
ツイードのジャケットを着て、すらりと均整のとれた身体つきだったが・・・ 長めの前髪が
くしゃくしゃと額を半ば覆っていた。
「 お忘れ物ですか？ ・・・ なんでしょう、貴重品ですか。 」
「 いえ！ あ・・・ぼくにとっては大切なものですが、他のヒトには何の役にも立ちません。
多分 さっきここでディナー・ジャケットを選んでいるときにソファの脇に置いてそのまま・・・ 」
青年はきょろきょろと当たりを見回している。
どうも彼にとってはかなり大切なものらしく、真剣な眼差で今にも床にしゃがみこむ勢いだ。
あらあら・・・ カフス・ボタン か タイピンでも落としたのかしら。
・・・ ずいぶんと引き締まった身体のヒトね・・・
スポーツ選手・・・とはちょっと違った雰囲気だけど。
フランソワーズはちらり、と彼に視線を走らせてから マダムに会釈をした。
「 それじゃ・・・ わたしのフラットに届けてください。 宜しく、マダム。 」
「 はい、 お嬢さま。 確かに承りました。 」
マダム・ミレーは膝を折って丁寧にお辞儀をした。
「 ・・・ お先に、ムッシュウ。 あ。 あのね。 もっと可愛がっておあげなさいな。 」
「 ・・・ は？ 」
青年は探し物でうろうろしていたところに声をかけられ驚いて顔を上げた。
「 ・・・ なんですか？ 」
彼のセピアの瞳が ますます大きく見開かれ ひた・・・・と彼女の惹き付けられてゆく。
「 ふふふ・・・・あなたの車。 フェラーリが可哀想だわ。 ・・・それじゃ。 失礼・・・ 」
「 え・・・？？ あ・・・ 」
白い妖精は あっという間に青年の視界から消えてしまった。
「 ・・・ あの ・・・ 今の・・・ヒトは・・・？ 」
「 え？ ・・・ まああ〜〜 ムッシュウ。
今をときめく La flamme blanche 白い炎 をご存知ないのですか？ 」
「 ・・・ 白い ・・・ 炎？ 彼女の名前ですか。 彼女・・・ダンサーですか。 」
「 いいえェ！ レーサーですのよ。 Ｆ１の有名なチームのトップ・ドライバーさんですわ。 」
「 ！？ ・・・ え・・・Ｆ１って ・・・あの？カーレースの、ですよね？
だって じょ、女性が？？ 」
「 ええ、ええ。 そうなんですの。 あの方は天才レーサー、今、若手で彼女に優るレーサーはいません。
お父上様もお若い頃は有名なレーサーでした。 事故で負傷されて引退なさったのですが・・・
もう〜〜 わたくし、お父上もあの方もず〜〜っとファンなのですよ。 」
「 へえ・・・ すごい女性ですねえ・・・とてもそんな男勝りには見えなかった・・・
この界隈に多いどこかのセレブのお嬢さんだと思いましたよ。 」
「 ええ、 正真正銘の お嬢様 ですわよ。 フランスの名門・アルヌール家のお嬢様で。
アルヌール・コンツェルン、ご存知でしょ、あの巨大企業の大株主さんですの。 」
「 ・・・ へえ・・・ アルヌール・コンツェルンってば・・・王立バレエ団のスポンサーですよね。
劇場もいくつか持ってるはずだし・・・ 」
「 そうですわ。 それにこの国のサーキット場も、あのお嬢様の所属のＦ１チームも
すべてアルヌール・コンツェルンが所有していますの。 」
「 は・・・そうですか。 それじゃ・・・大金持ちのお嬢さんのお遊び、ですかね。 」
「 まああ〜〜 ムッシュウ・シマムラ。 お言葉を返すようですが。
あのお嬢様は ホンモノ ですわ。 今度 レースをご覧なさいませな。 」
「 へえ・・・ そんなものですかね。 Ｆ１ねえ・・・あの美少女がねえ ふうん・・・ 」
青年は彼女の面影を思い浮かべ ちょっとばかり肩をすくめた。
「 あちら様の御家は大層捌けていらっしゃいましてね。
フランソワーズお嬢様の兄上、 この方は御曹司なのですが・・・
やはり配下の 航空会社でパイロットとしてお仕事をしていらっしゃいますわ。 」
「 ・・・ へえ？？？ お金持ちの考えることはよくわからないですね。 へえ・・・ 」
ふうん・・・・ と 青年は苦笑し、これ以上の興味はない、といった風情になった。
「 あの。 ムッシュ・シマムラ？ あの・・・お探しモノは これ、でしょうか。 」
マダム・ミレーは なにか布製の袋の端を指先でつまみ上げている。
小振りの袋だが 生地はかなりくたびれていてお世辞にも キレイ・・・とは言いがたい。
「 ああ！！ そ、それです〜〜 ！ どこにありましたか。 」
青年は大慌てでその袋を取り戻した。
「 あの ・・・ そのう・・・ 不要のものかと思いまして。
ウチの店員が片付けておりましたの。 ・・・ あの・・・ なんですの？ 」
「 え？ あ あの。 シューズです、バレエ・シューズ。 やっと見つけたお気に入りで・・・
これじゃないとどうも舞台も・・・ だからこんなにボロボロになっちゃったけど・・・ 」
「 あ・・・そ、そうですか。 ・・・ 捨てなくてよかったですわ・・・ 」
「 ありがとうございます！ こっちに来る前からの大切な相棒なんです。 」
「 そうですか・・・ ああ、この国にも有名なバレエ・ショップは沢山ございますよ。
そこで新しいものをお誂えになってはいかが？ 」
「 誂えるって そんな。 オーダー・メイドは高いでしょう？ 」
「 まあ・・・ 今人気の王立バレエ団のプリンシパルがなにをおっしゃいます。
経費は全部スポンサーもち、と伺っていますよ。 」
「 そうなんですが・・・ ははは・・・ 貧乏性はちっとやそっとでは治らないですよ。
ぼくはこちらに来て やっと生活を考えずにバレエに没頭する環境になれました。 」
「 まあ・・・ そうですの ・・・ 」
「 だから ・・・ 公演以外での ＜お付き合い＞ は 苦手なんだ・・ 」
それじゃ・・・と 青年はセピアの瞳に少しだけ笑みを浮かべ、店を出ていった。
カチリ、とキィを回すと 青年は一気に愛車を発進させた。
― もっと 可愛がっておあげなさいな・・・
不意にあの女性の声が甦った。
「 ふん ・・・ なんなんだ？ 知った風なことを・・・
うん？ 確か・・・アルヌール・コンツェルン って言ってたよな・・・どっかで聞いたような・・・？
あ ・・・ ヤバ・・・！ 明日のパーティーの主催者側じゃないか・・・！ 」
キュルキュル −−−！
派手にタイヤを軋ませて 青のフェラーリは路肩に止まった。
道行く人々が なにごとか・・・と振り返る。
後続車がないのが 幸いだったかもしれない。
「 ・・・ ま。 いいか。 あの美少女をもう一度 とっくりと拝むとするか。
ふん ・・・ 所詮 オレとは住む世界が違うことだからな・・・ 」
ブロロロロ −−−−！
青い高級車はまたまた派手は音をたてて急発進していった。
「 なあに、あれ。 随分乱暴な運転ねえ・・・ 」
「 ああ。 車の使い方を知らないヤツだな。 ・・・いい車が勿体ない。 」
眉を顰め、人々は走り去る名車を見送っていた。
「 ・・・ ようこそいらっしゃいました。 どうぞ・・・ 」
「 ボンソワール ・・・ 相変わらずお美しい・・・ 」
「 いらっしゃいませ。 お待ちしておりました・・・ 」
穏やかな声と微笑、そして握手に慇懃な会釈の応酬・・・合間に貴金属や宝石が煌く。
地元地中海に浮かぶ豪華なクルーザーを借り切ってパーティー会場は設えてあった。
一頻り人波が途切れた処に 彼女が現れた。
「 ボンソワール。 ・・・ 遅刻ではないわね？ 」
「 おお！ フランソワーズお嬢様。 お出まし、ありがとうございます。 」
入り口で采配をふるっていた年配の男性が ぱっと進みでた。
「 ムッシュ・ラトレル？ ご苦労様。 あの・・・ お兄様はどちらに？ 」
「 お嬢様。 それが・・・ 社の方で少々トラブルがありまして・・・到着が遅くなられます。」
「 トラブル？ なにか事故でもあったのかしら。 」
「 いえ・・・ 取引先と事業内容のことで・・・ お嬢様がご心配なさることはありません。
どうぞ ・・・ パーティーをお楽しみください。 」
「 でも・・・ なにかわたしにできる事はない？ わたしだってアルヌール家の一員だわ。 」
「 はい、それはもう。 お嬢様はその笑顔でお客様方を魅了なさってくだされば・・・
それが一番の ＜お手伝い＞ でございます。 」
どうぞ、と彼は会場の広間を示し 慇懃にアタマを下げた。
わたしが必要とされているのは ・・・ この容姿だけなの？
・・・わたし。 人寄せパンダではないわ！
一瞬 きゅ・・・っと唇を噛み、表情を曇らせたが 彼女はすぐにぱあ・・・っと微笑みを広げた。
「 よろしくてよ。 こんな姿がお役に立つのなら。 ・・・ 失礼。 」
「 は・・・ お願いいたします。 」
さっと裳裾を翻し会場に入ってゆく姿に ラトレル氏はもう一度丁寧に会釈をした。
彼には お嬢様 の皮肉を籠めた返答は通じなかったらしい。
「 ボンソワール マドモアゼル！ 」
「 やあ、 白い炎 の登場ですかな。 先日のレースはすばらしかった・・・！ 」
「 マドモアゼル・フランソワーズ！ ああ、なんとお美しい！ 」
「 レーシング・スーツも ドレス姿も ・・・ 完璧な美だ・・・！ 」
会場に足を踏み入れると あちこちから声がかかり彼女はそのたびに脚を止めた。
「 ようこそ おいでくださいました。 」
「 ありがとうございます。 」
「 ご期待に沿えるよう・・・頑張ります。 」
「 御機嫌よう・・・ 」
一見にこやかに微笑みつつ ― アルヌール・コンツェルンの令嬢・フランソワーズとして
同じ返答を機械的に繰り返していた。
・・・ どうせ誰も 本気でわたし自身を見てはいないわ。
＜ わたし ＞ ではなく この外見とアルヌール家の娘、ということだけに関心があるのよね・・・
万遍なく 同じ笑顔を振りまくと、彼女は少しづつ会場の隅の方へ カーテンの帳の方へ移動していった。
帳の奥にはちょっとしたスペースがあり、内輪の話をしたい場合や一息いれたい時などに使われた。
一通りの挨拶をして、顔を見せてしまえば ― 人々の関心は他へと軽く移ってゆく。
兄のジャンはまだ姿を現さないが 社の側近たちが上手に座を取りしきり、
チャリティ目的のパーティーはなかなか盛況に展開していた。
会場の一角から 低く弦楽曲が流れてきた。
あら？ ダンスが始まるのね・・・
それじゃ ・・・ ちょっと陰で休んでいてもいいわよね・・・
フランソワーズはそっと隅の緞子の帳の後ろに回った。
「 ・・・ やあ。 きみもエスケープかい。 」
「 ！？ 」
誰もいない、と思っていた空間からいきなり声が響いてきた。
俯いていた彼女が おどろいて見上げた先には ― 見覚えのあるセピアの瞳が笑っていた。
「 ま・・・ あ、あら。 失礼しました。 こんなところ、どなたもいらっしゃらないと思っていたので・・
お邪魔しました。 失礼・・・ 」
「 あ・・・ どうぞ、そんな遠慮しないで。 ここは・・・二人いても充分に広いです。 」
「 え・・ええ。 でも ・・・ 」
「 こんなヤツと一緒はお気に召しませんか。 マドモアゼル ・・・ え・・と・・・？ 」
セピア色の髪がふわり、とゆれ赤味がかった瞳が 彼女に微笑みかけた。
・・・ あらまあ。 この人はわたしのこと・・・覚えていないのかしら。
そうねえ ・・・ マダム・ミレーのお店ですれ違っただけ、ですものねえ・・・
ふ・・・っとフランソワーズの唇に笑みが浮かんだ。
「 ・・ フランソワーズ。 フランソワーズ・アルヌール、といいます。 ムッシュウ・シマムラ。 」
にこやかに微笑むと 彼女はまっすぐに彼に向き合った。
「え！？ な、なんだってぼくの名を知っているのですか？
・・・ フランソワーズ・アルヌール？ ええ？？ ってことはアルヌール家の・・・？ 」
青年は帳の陰で煩わしい社交からのんびりエスケープしていたのだろう。
彼は少々だらしなく脚を投げ出し、おまけに靴を脱いでいて、妙な布靴を履いていた。
・・・ あら。 パーティーに部屋履き持参？
タキシードはぴったり決まっているのに・・・ 可笑しなヒト・・・
くす・・・っとフランソワーズは笑みを洩らしてしまった。
しかし 彼はぴょこり！と立ち上がったまま、目をまん丸にしている。
「 ・・・ あ！ そ、そうだ！ この前・・・ あの洋服屋で・・・！ 」
「 ええ、 ちょっとだけ、お目にかかりましたわね。 」
彼の ＜ 洋服屋 ＞ という言葉にフランソワーズはクスクス笑い出してしまった。
ふふふ・・・ 高級クチュリエなのに・・・
マダム・ミレーが聞いたら 目をひん剥いて怒るかも・・・
「 ちっとも・・・わからなかった！ 全然印象が違うんだもの・・・！
ああ、でも。 そうですね！ この ・・・ 青い瞳だ！ 確かに・・・覚えています！
印象的だったもの・・・！ あの時のヒトですね。 ああ、あの綺麗な青い目だ。 」
「 ありがとうございます。 青が・・・お好き？ 」
「 好きです、一番好きな色です。 あ！ ぼくは ジョー、 ジョー・シマムラといいます。
あ・・・ ご存知でしたね。 」
「 ええ、でもお名前だけ。 洋服屋 のマダムがそう呼んでいたから。 」
「 あ・・・ そ、そうですか。 そのドレス ・・・ あなたの瞳の色とよく合っていますね。 」
「 まあ、ありがとう。 これも あの洋服屋 の作品です。 」
洋服屋 という言葉を繰り返すフランソワーズに青年も 笑い始めた。
「 あは・・・ぼく達は縁がるのかな。 え〜と・・・？ 」
「 フランソワーズ、です。 」
「 いや・・・ちがうな、 えっと・・・ そうだ、 ＜ 白い炎 ＞！ そうでしょう？ 」
青年は パン、と手をうちますます嬉しそうに笑う。
「 ・・・ ええ、そうですけど。 でも今は ただのフランソワーズ・アルヌールですわ。 」
「 ただの、ねえ？ パーティーの主催者側の方がこんなとこに隠れていていいのかな。 」
「 え・・・ わたしの役目は終わりましたもの。 人寄せパンダの出番はおしまいなの。 」
ふっと自嘲めいた口調が 彼女の笑みを曇らせる。
「 ？？ ぼくはこういう・・・社交が苦手だから隠れていたのだけど。
皆はあなたのこと、もっと見たいのじゃないですか。 こんなに綺麗なのに・・・ 」
「 あなたまでそんなこと、仰るのですか。 ・・・皆 同じね。
わたし ・・・ わたし として見て、話をしてくれる人なんてどこにもいないのよ。 」
「 きみがなんで塞いでいるのかぼくにはよくわからないけど・・・
あ？ ・・・ねえ、踊りませんか。 このワルツなら簡単でしょう？ 」
青年は 会場の奥から響いてくる音に耳をすませている。
今日は少人数だが演奏家達を呼び、会場には生の音楽が流れているのだ。
「 あなた、踊れるの？ 」
「 ・・・ さあ？ ジャンルはちょっと違うけど。 まあ、やってみましょう。
あ・・・ごめん、今・・・ちゃんと靴を履きますから。 ・・・よし。
えっと。 Shall we dance ？ 」
青年はすっと立ち上がると かるく会釈をし、彼女に手を差し出した。
「 ・・・まあ。 はい、 よろこんで。 」
白い手が青年の手に預けられ ― 二人はするすると広間の方へ進みでていった。
― ほう ・・・・・
少々 ざわついていた会場は す ・・・っと静まってゆき。 やがて感嘆の吐息が漏れてきた。
カタチだけのんびりと踊っていた人々は 足を止めてしまった。
広いホールの真ん中で 一組のペアが滑らかに三拍子を踊っていた。
ぴたりとしたタキシードに身を固めた青年は実に巧みにパートナーをリードし、
ペイル・ブルーのドレスの乙女は 裳裾を優雅に翻し軽々とステップを踏んでゆく。
誰もが おしゃべりをやめ グラスを手に持ったまま・・・二人を見つめていた。
ヴィオラの奏でる華麗なる三拍子に青年と乙女は身を任せ ゆるゆると大きな弧をえがき踊る
色違いの瞳は ひた・・・と見つめ合い。 お互いの姿しか見てはいない。
「 ・・・ 遅くなって！ ・・・うん？ どうかしたのか？ 」
「 これは若様。 ・・・あちらの件は？ 」
会場に一人の青年紳士が飛び込んできた。
彼は入り口に詰めていた年配の紳士にそっと耳打ちをしている。
「 なんとか・・・治めた。 今のところは、な。 オヤジが押し切った。
先方の脅迫まがいの要求を歯牙にもかけずに突っぱねたよ。 」
「 そうですか！ さすが・・・旦那様です。 」
「 ああ、まだまだオヤジにはかなわないよ。 なあ、なにかあったのかい？ 」
青年は広間の方を覗き込んだ。
「 あ・・・いえ。 お嬢さまがダンスを。 あまりに素晴しいので皆様 見ほれているのですよ。 」
「 へえ？？ ファンションが ・・・ ヨソの男とダンスなんかしてるのか？ 」
「 もう、素晴しいウィンナ・ワルツを踊っていらっしゃいますよ。 いや・・・本当に素晴しいです。
若様、どうぞご覧くださいませ。 」
「 ほう・・・ 相手は誰かなあ。 カールじゃなさそうだし。 知らない顔だ・・・ 」
「 はい、 あの方は 王立バレエ団の 今人気のプリンシパル・ダンサーですよ。 」
「 王立バレエ団の？ ・・・ ああ、それじゃ彼も今日の招待客だな。 」
「 はい。 あの方 お目当ての出席者のご婦人も多いと・・・ 」
「 ・・・ へえ？ ファンションもなかなかやるじゃないか。 ふうん・・・ やっぱり本職は上手いな。 」
ジャン・アルヌールはタキシードの襟元を直しつつ 踊るカップルを見つめていた。
無意識に手袋をはめなおしたり・・・彼は少々ご機嫌ナナメな様子だ。
わ・・・・！！！
華やかなワルツが終わると 会場にいた人々が一斉に拍手をした。
フランソワーズは一瞬とまどった顔をしたが、パートナーが巧みにリードしカップルは優雅にレヴェランスをした。
まだぱらぱら拍手の残る中、二人は頬をそめテーブル席の方に退いた。
「 いやあ・・・ ファン、お前あんなに上手かったのか。 」
「 お兄様！ ・・・お仕事の方は・・・ もうお宜しいの？ 」
にこやかに声をかけてきた兄に 妹は言葉を選び何気なく、訊ねた。
しかし その眼差しは真剣で兄への気遣いと心配でいっぱいだ。
・・・ 大丈夫だよ、ファン。 オヤジはあんなことで、引きはしない。
本当？ お兄さま、隠し事はイヤよ？ ご無理、なさらないで・・・
ファン？ 兄さんは今までファンにウソをついたこと、あったかい。
いいえ。 ・・・ そう ・・・ 皆さん、丸く収まったのね・・・
ほんの短い間 兄と妹は見つめ合い、目と目で会話をすませた。
「 ああ、遅れてすまなかったね。 ・・・ う〜ん、残念！ お前のダンスを全部見たかった ！
ファンはあんなにダンスが上手かったのか〜〜 隠していたな？ 」
「 兄さま・・・ わたし、じゃなくて。 パートナーが素晴しくお上手なの！
わたし、自分でもびっくり。 まるで 足に羽が生えたみたいに軽く踊れたのですもの。
ねえ、 ・・・ ムッシュウ・シマムラ？ 」
フランソワーズは後ろに控えていた青年の腕を引いて兄にひき会わせた。
「 ムッシュウ？ わたしの兄の・・・ ジャン・アルヌールです。
兄さま・・・こちら ムッシュウ・ジョー・シマムラ・・・ あの・・？ 」
彼女の言葉を補うがごとく、すい・・・っと茶髪の青年は会釈をした。
「 ムッシュ・アルヌール。 初めまして。
ジョー・シマムラ といいます。 王立バレエ団に所属しています。
今宵は ・・・ お招きに預かりましてありがとうございます。 そして・・・
この素晴しい女神と踊ることができまして・・・大変光栄です。 」
青年はジャンを見つめたまま、優雅に礼を述べた。
「 ほう・・・ 君ですか、今人気のプリンシパル・ダンサーさんは。
いや、妹の相手をしてくれてありがとうございます。
彼女があんなに踊れるなんて・・・ いつだって僕は足を踏んずけられていましたから。 」
「 いえ・・・こちらこそ。 勝手にお誘いして失礼しました。 では ・・・ これで。 」
青年はもう一度 丁寧に会釈をすると兄妹のテーブルから離れようとした。
「 あ・・・ あの！ 」
「 ・・・？ はい、なにか。 」
「 あの。 また・・・会え ・・・いえ。 こ、公演を拝見したいんです！ 教えてください！ 」
「 はい、喜んで。 それではバレエ団の事務所からお知らせをお送りしましょう。 会社宛でいいですか。 」
「 ありがとうございます！ あ・・・ もうお帰りになるの？ お送りしますわ。
お兄様、 ちょっと・・・お見送りしてきます。 」
フランソワーズは兄の返事を待たずに 立ち上がった。
「 やあ、どうも。 遅くなって申し訳ない。 いや車が混んで・・・
おお、わが姫君。 いつもお美しい。 」
大きな声で挨拶をしつつ ずかずかとまた別の青年が入ってきた。
「 やあ、カール。 わざわざありがとう。 」
「 ジャン。 これはわが姫君に。 ローズ・ガーデンに特注したんだ。 ・・・ うん？ あ、おい？ 」
カールと呼ばれた青年は大仰な箱入りの花を持ち上げてみせた。
「 ありがとう。 ちょっと失礼・・・ そうよ、彼は多分 アレを。 」
フランソワーズは生真面目に礼を述べるとそのまま奥の帳に陰に抜け、そのまま足早にパーティ会場を出ていった。
「 ・・・ ムッシュウ・シマムラ！ ・・・ま、待って！
ああ〜〜 もう！ こんなヒールの高い靴を履いているからだわ！ ・・・ これでいいわ！ 」
フランソワーズは途中でパーティ用の靴を脱ぐとそのまま走っていった。
大型クルーザーから桟橋に降り 左右を見渡すとパーキングエリアの方に人影があった。
「 あ！ あそこに・・・！ 待って〜〜 ！ 」
ペイル・ブルーのドレスの裾を靡かせ 亜麻色の髪をくしゃくしゃにし。 彼女は走る。
「 あ・・・ 窮屈だなあ、この服。 ははは・・・やっぱこんな服には縁がないってことさ。 」
ジョーは途中でタキシードの上着を脱ぐと肩に担ぎ ぷらぷら歩いていた。
夜風が すこしばかり酔った頬に気持ちがいい。
「 う〜ん・・・さすがにワインとかシャンパン・・・美味かったな。
・・・あ〜 イテテ・・・ こんな靴で踊るもんじゃないな。 」
青年はおろしたてと思われるぴかぴかの靴を脱ぎ捨て両手にぶら下げて歩いていた。
「 ・・・ 彼女 ・・・ うん、軽くて足捌きも上手かった。 運動神経、すごいな。
Ｆ１レーサーって・・・ 本当なんだ。 でもなあ・・・ なんだってあんな暗い目をしてるのかな。 」
パーキングの入り口に近づき、 ジョーはカードを取り出そうと立ち止まった。
「 え〜と・・・どこに入れたか・・・ うん？ 誰だ・・・ぼくを呼んでる？ ・・・え？！ 」
彼は 今歩いてきた道を振り返り ― 思わず絶句してしまった。
街燈がぼんやりした灯りを投げる夜道、 それも岸壁沿いの道を一人の乙女が駆けてくる。
薄青いドレスの裳裾がはたはたを後ろにたなびき、煌く髪が夜目にも鮮やかな炎みたいだ。
「 ・・・ 待って！ 待ってください −−−！ 」
「 あ・・・ マドモアゼル・フランソワーズ！ ど、どうなさったのですか！ 」
「 ハァ・・・・ハァ ・・・ ああ・・・ やっと ハァ・・・追いついた・・・ 」
「 え。 ずっと走ってきたのですか？ この道を・・・そのドレスで？ 」
「 ハァ ・・・ ええ・・・ だって・・・ ムッシュウ・シマムラ、 お見送りしますって言ったのに・・・ 」
「 ・・・ 見送りのために？ わざわざ・・？ 」
「 ええ・・・ ハァ・・・ それに、チケット！ こ、公演のチケット・・・！ 」
「 ああ。 ちゃんとご招待席をお送りしますよ。 あの・・・大丈夫ですか。 」
「 いえ！ 買います！ ちゃんと買いますから。 それであの。 わたしのフラットに送ってください。」
「 え。 いいのですか。 お兄さんに叱られそうだ・・・ 」
「 あら！ そんなこと、ないです。 わたし、 ムッシュウ・シマムラの舞台・・・拝見したいです！
あ！ それと・・・ これ！ お忘れでしょう？ 」
彼女はしっかり握り締めてきた布袋を差し出した。
「 あ・・・っ！！ これ・・・！ ありがとう！！ うわ〜〜なんてラッキーなんだ！
これ、実はね、この前もあの洋服屋に忘れて。 危うく捨てられるところだったんだ。 」
「 やっぱりムッシュウのでしたわね。 あそこで履き換えていらしたから。
あのう・・・ルーム・シューズですの？ 」
「 え？ あ・・・いやァ。 これはね、バレエ・シューズです。
ぼく達 ダンサーの商売道具。 もっとも・・・これはもう引退に近いけど。 ぼくには大切なものなんだ。 」
「 そう・・・！ よかった。 あ・・・ ごめんなさい。 勝手に ・・・ は・・・ハックション・・・！ 」
「 ああ、ほら。 そんな薄着で・・・ さあ、これ、どうぞ？ あ・・・イヤかもしれないけど。
でも 風邪引くよりマシでしょう？ 」
青年は肩に引っ掛けていたタキシードの上着を彼女に羽織らせた。
「 まあ・・・ ありがとうございます。 でも・・・ムッシュウ・シマムラは？ 」
「 あは。 ぼくはちょっと暑いな〜って・・・ふふふ・・・貴女とのワルツに酔ったのかもしれない。 」
「 ・・・ え・・・ ヤダ・・・そんな。 あら！ わたしったら・・・こんなものを持ったままだわ。 」
「 え？ ああ・・・ぼくも。 ほら・・・ 」
「 まあ・・・！ ・・・ふふふ ・・・ 」
「 ・・ ははは ・・・・ 」
二人はともに 手にしていた靴を見つめ合い ― やがて声を上げて笑いだした。
「 ・・・ こんなこと、言ってもいいのかな。 マドモアゼル・フランソワーズ・・・
そんな風に汗を浮かべている貴女は とても素敵だ・・・ 」
「 ― フランソワーズ よ？ ムッシュウ・シマムラ。 」
「 それなら。 ジョー さ。 」
「 ・・・ ジョー。 なんだかお兄さまと似てるわ。 ええ、名前だけじゃなくて ・・・ 雰囲気も。」
「 え。 そうかな・・・ う〜ん？
あ、ともかく。 今夜はちゃんと送ってゆきます、御宅まで。 どうぞ・・・ぼくの車へ。
その恰好じゃコートもナシで・・・寒いし、そのう・・・マズいだろ。 」
「 あ・・・そ、そうね。 それじゃ ・・・ お願いします。 」
「 オッケー。 あ、ちゃんと丁寧に運転しますから。 」
「 ええ。 あの車、もっと可愛がって・・・大切にしてあげてくださいな。 」
「 わかった。 ・・・ 大切にするよ。 きみの次に・・・ フランソワーズ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
やがて 青いフェラーリがパーキングから滑らかに市内へと走り去っていった。
翌日から大手新聞の所謂社交欄には 連日二つ名前が見受けられることとなった。
所謂写真週刊誌紙上でもちょいちょいツーショットが見られた。
星の数が多いレストランで オペラの初日のロビーで
そして 王立バレエ団の公演の日には いつも彼女の姿があった。
「 ・・・ おい、ファン。 これは本当かい。 」
「 お兄様・・・・ 」
フライトから帰国した兄が ぽん、と薄手の雑誌を放って寄こした。
白い炎は 恋に燃えている？？
大財閥令嬢 と 日本人ダンサー カップル！
派手な見出しの下に 二人が中睦まじく寄り添っている姿が盗み撮りしてあった。
「 こいつ、 いつかパーティーで お前と踊ったヤツだろ。 」
「 お兄様。 彼は ― ジョー・シマムラは、 誠実な男性 （ ひと ） よ。 」
「 ・・・誠実、ねえ。 悪いヤツではないと思うがな。 お前 ・・・ 彼を？ 」
「 ええ。 わたし、ジョーを愛しています。 」
「 ふうん・・・ まあ、ようく考えるんだな。 」
「 お兄様・・・！ 反対なの？ わたしが彼と ― 」
「 ストップ。 ようく考えろ、と言っただろ。
ゆっくり話し合おう。 パパやママンにもちゃんと報告して、な。 」
「 ・・・ わかったわ。 でも、 わたしの気持ちに変わりはないわ。 」
「 この・・・ガンコものめ・・・ 」
兄は苦笑すると 妹の頬にキスをした。
「 来週！ オレが次のフライトから帰ったら家族会議だ！ いいな！？ それまで ・・・ 早まるなよ？ 」
「 メルシ・・・ 兄さま。 」
「 はん！ お前には 昔っから勝てないもんなあ・・・ 」
「 ふふふ・・・ 行ってらっしゃい、お兄様。 気をつけて・・・ 」
呆れ笑いを残し、兄は慌しく部屋を出ていった。
pirurururu ・・・・・ pirurururu ・・・・
密やかな呼び出し音が寝室に流れている。
「 ・・・ うん ・・・・？ なに・・・お兄さま・・？ 」
寝ぼけた手が枕元の携帯に伸びた。
「 なに・・・まだこんな時間 ・・・ ジョーが起きちゃうでしょう・・・」
彼女は片手で亜麻色の髪をかきやり、そっと・・・横に眠る彼の顔を見つめた。
「 ・・・ アロー？ ファンよ、 兄さま・・・ なあに？ 」
「 ・・・ え ！？ 」
むき出しの白い肢体が 大きく震えた。
「 ・・・う・・・・ん？ フランソワーズ・・・？ どうか したのかい・・・ 」
「 ！！！ パパと・・・ママンが乗っていた車が ・・ 爆破されたって・・・！ 」
「 ・・・ええ？？ なんだって？？ 」
広々とした部屋の豪華なベッドの中、恋人たちは一瞬にして凍り付いてしまった。
Last
updated: 11,24,2009.
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****** 途中ですが
え〜〜 またしても・またしても ＜続く＞であります〜〜（ 大汗 ）
えっと 何回も何回も念を押していますが。
原作設定のパラレル・・・ってか もう一つの ００９？？？
うはははは・・・もう滅茶苦茶ですわな (^_^;)
パラレル・パロディとでも思って 寛大にお目を瞑ってくださいませ。
あ・・・ ジョー君のダンサー姿に笑っちゃ嫌ですよ〜〜
そうだな〜 某Ｎ氏あたりを想像してくださいませ <(_ _)>
そして、例によって フランちゃんのお仕事 に関する出鱈目には
どうぞどうぞ お目こぼしくださいませ。
一言なりとも ご感想を頂戴できましたら幸せでございます<(_
_)>