『  片恋  − (3)−  つづき 』

 

 

 

 

 

 − チャリリ・・・・

 

靴の下で なにかガラスの破片が砕ける音がした。

昨夜の嵐は夢としか思えない夏の空から 華やかな朝日がその土地を照らしている。

ジョ−はまだ朝露にぬれている草をふみわけ、用心して歩を進める。

顔には痣やら擦り傷が残っていたが、彼はしっかりとフランソワ−ズの手を引いていた。

 

 

「 本当に ここ? 」

「 ええ。 道順は確かよ。 あの ・・・ 門、見覚えがあるもの。

 でも あんなに錆びてはいなかったのに。 」

「 随分長い間空家、というか廃屋だった様子だけどなあ。 」

「 そんな ・・・ だって・・・ つい、昨日、わたしはここでお茶をご馳走になったのよ? 」

「 ・・・ふむ? ・・・あ、 すみません・・・? 」

崩れ落ちた塀ごしに、ジョ−は通りすがりの人に声をかけた。

 

 

 ああ、ココですか。 もう・・・随分昔、いつかしら・・・

 ワタシが子供の時分にはもう空家だったですね。

 

犬を連れた中年の婦人は自身、首を差し伸べて覗き込んだ。

 

 いえね、昨日落雷があってねえ・・・ 火事になるところだったのよ。

 まあ、燃えても何にもないけどね。

 

わん! わわんっ!!

婦人の足元で元気な鳴き声がする。

 

 はいはい・・・ 今行きますよ。 ええ、持ち主の家系は途絶えたとか聞いてますけど。

 最後に男の子が一人残されていたとか・・・ まあ、昔話ですよ。

 

どうも・・・とジョ−はお辞儀をして婦人と犬を見送った。

 

 

 

「 ・・・ それって。 」

フランソワ−ズは身を屈め足元に半ば埋もれていたガラスの破片を拾い上げた。

「 ええ。 これ・・・ サンル−ムの窓ガラスだわ。 」

「 昨夜、落雷があったそうだよ。 」

「 そうね・・・わたし、怖かったのよ・・・とっても。 」

フランソワ−ズの手の中で何かがガラスと触れ合ってかちり、と鳴った。

「 そのピアス・・・・ あの少年が? 」

「 ええ。 お母様の形見だって・・・ 頂いたのだけど。 

 昨夜、あれから博士が丁寧に調べてくださったわ。 」

 

 

 

「 簡単なものだが一種のコントロ−ル装置じゃ。 」

フランソワ−ズからピアスを受け取るとギルモア博士はすぐに分析を始めた。

ジョ−の損傷は見かけの派手さほど深刻なモノではなかったようだ。

彼の応急手当てはフランソワ−ズに任せ、博士はすぐに研究室に閉じこもったが

ほどなくして 現れた。

「 耳から脳神経に通じて まず、身体の自由を支配しやがては精神にも及ぶ・・・

 洗脳装置、かもしれんな。

 その少年が 使命 と言ったそうだが・・・ どうもかなり用意周到な話じゃな。

 完全にフランソワ−ズをタ−ゲットにしていたのじゃろう。 」

「 では ・・・ やはりN.B.G.の? 」

少年との経緯を聞いた博士は 眉根を寄せた。

「 うむ ・・・ そうとも言い切れんが どこかで絡みはあるじゃろうな。 」

「 そうですか・・・・ 」

「 ジョ−への攻撃は多分ある種の精神波だろう。 サイコキネシスとは少々違うような気がする。

 その廃屋にとどまっていた少年の強烈な残留思念を利用して・・・ 仮の肉体を与えたのじゃろうよ。 

 目的のためには手段なぞ選ばんのはヤツらの常じゃが  ・・・ 惨いことじゃ。 」

「 ・・・ では、あの少年は ・・・ すでに? 」

「 多分、な。 ・・・随分長い間の廃屋だったそうじゃないか。 」

博士は沈鬱な面持ちで低く答えた。

 

「 ・・・ ひとりで 行ってしまいましたわ。 」

 

フランソワ−ズがぽつり、と呟いた。

「 フランソワ−ズ・・・ 」 

ジョ−は傍らのフランソワ−ズの手を握り締めたまま放そうとはしない。

「 まあ・・・早目に除去してよかった。 これはもう・・・ ただの普通のピアスじゃ。 」

「 ・・・ ください。 」

「 フラン? 」

ジョ−の咎める視線を感じたが、フランソワ−ズは空いている手にそっとピアスの乗せてもらった。

 

小さいけれど、しっとりと冷たい・・・円やかな重み。

 

彼は、あの少年は ・・・ では初めから自分を狙っていたのだろうか。

偶然を装い、接触し 巧みに引き寄せたのだろうか。

掌の装飾品は その元の持ち主の温もりを今も湛えているように思えた。

 

 ・・・ ユウ ・・・・

 あなたは ・・・・

 

でも、 とフラソンワ−ズはそっと唇を噛む。

 

 あなたの あの微笑、あの想いは 真実 ( ほんとう ) だったわ。

 わたし ・・・ あなたに 惹かれたわ。

 わたし ・・・ あなたの 想いを忘れない。

 

 わたし ・・・ あなたが 好き

 

 − 日々は逝き 我は残る ・・・

    昔の恋も ・・・ 二度とはかえってこない

 

古いシャンソンを彼女はそっと口ずさむ。

どこかで少年の細い声が唱和している、と彼女は思った

 

 ユウ ・・・ わたしも 置いてゆかれたのよ。

 

博士もジョ−も。

密やかに流れる歌声に そっと耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

「 こっちに絵が ・・・ 肖像画があってね。 」

フランソワ−ズは朝露に濡れる夏草を踏み拉いてゆく。

崩れかけた廃屋はそれでも一部分は強固な屋根が残っていた。

「 ・・・ 随分と立派なサンル−ムだったようだね。

 明治時代の洋館風だな。 ヨ−ロッパの陶器とかあっただろう? 」

「 ええ。 沢山・・・。 ・・・ あ? 」

カツ・・・ン・・・とフランソワ−ズの靴が何かに当たった。

「 あ・・・ これ ・・・ 額縁だわ。 ・・・ ああ! ・・・ 」

煤暈け、半ば朽ちかけた絵が そこにあった。

 

 ・・・・ ユウ ・・・・!

 

それは描いてあるものはほとんど判らなかった。

輪郭から人物画らしい、と辛うじて推測できる程度の有様だ。

 

でも。

フランソワ−ズには。 彼女の目裏にはありありと浮かぶ。

そう、あの輝ける少年の微笑。

 

 ユウ・・・ 

 あなたの魂は ・・・ いま ・・・?

 残された想いは ・・・ どこへ行くのかしら

 ええ。 わたし あなたが好きだったわ。

 あなたの気持ちは 行き場がないものなんかじゃない。

 わたしも ひとり がさみしくて。 片恋が 哀しくて。

 こころは 魂は 誰かを求めていたの。

 ユウと 同じなのよ・・・

 

 

「 フランソワ−ズ? 」

「 ・・・ なあに、ジョ−。 」

ジョ−は彼女の肩越しに煤暈けた肖像画に視線を落とす。

 

 

あの・・・ごめん。 その・・・さ。

仕事の事とか余計なこと、黙っているのは・・・きみに心配をかけたくなくて。

ミッション以外で きみを厄介ごとに巻き込むのはイヤなんだ。

 

ジョ−。

巻き込んでくれていいのよ。 

ミッションだけじゃなくて、今までずっと二人で乗り越えてきたでしょう・・・

 

あは。 そうだね。 こんな偉そうなコト言っても

いつも結果的にきみを引きずり込んでいたりしたね。

 

・・・ わたしが 飛び込んでいったのかも、よ。

ね? わたしの口癖、知ってるでしょう?

 

・・・ え〜と ・・・ ?

 

嫌ねぇ・・。 ちゃんと覚えていてちょうだい。

あ ・ の ・ ね。  < わたしだって003なのよ? >

 

あは。 そうだね、そうだったね・・・!

 

笑い声を上げ、ジョ−はそっととフランソワ−ズの身体に腕を回した。

馴染んだ香りがふんわりと彼女を取り囲む。

そのままことん、とジョ−はお気に入りの彼女の髪に顔を埋めた。

 

きみが ・・・ いてくれてよかった・・・

 

ジョ−のひくい呟きが 辛うじて聴こえてきた。

 

「 そうだわ! ねえ、あのう・・・ ジョ−はあのビスケット、嫌い?

 あんな古臭い味って ・・・ 今は流行らないのかしら。 」

「 え? 」

彼の腕中で、フランソワ−ズはぱっと身を捩り、尋ねた。

「 ・・・ ビスケット? 」

「 そうよ。 ・・・ だって。 ジョ−・・・ 残してたでしょ。 」

「 あ、あれ。 そうだよ〜! どうして捨てちゃったの?

 一緒に食べようと思って ・・・ 帰ってからのお楽しみって思ってとっておいたのに・・・

 きみ、どこかへしまったの? 本当のコトいって、ぼくはかなりがっかりしたんだぜ。 」

「 ヤダ。 ジョ−ったら。 子供みたい・・・ 」

ジョ−は本気になって口を尖らしている。

フランソワ−ズはとうとう、くすくすと笑いだしてしまった。

「 また焼いてくれる? あれって・・・ オ−トミ−ルだろ? 」

「 まあ、ジョ−、わかったの? あの ・・・ オ−トミ−ル、食べたことある? 」

「 あるさ。 教会に居たころ、よく朝御飯に出たよ。 

 ・・・へへへ あんまり好きじゃなかったけど・・・ ビスケットになると凄く美味しかった。 」

「 いいわ。 また ・・・ 焼きましょう、一緒に、ね。」

 

ふふふ ・・・ 

ジョ−はまた低く笑うと フランソワ−ズを抱き寄せた。

そのままの格好で彼はごそごそとジャケットの内ポケットをさぐる。

やがてかなりひしゃげた封筒を取り出した。

 

これ。

気に入ってくれる・・・かな。

 

ジョ−はおずおずとその折り目がぐしゃぐしゃの封筒をそのままフランソワ−ズに渡した。

 

・・・ なあに。

 

うん・・・ あ〜 包みとか箱とか邪魔だから封筒に入れたんだけど。

本当ならきみの誕生日に プレゼントしたかったのさ。

なかなか気に入ったのがなくて。 こんなに遅くなってしまった・・・

このまえ、やっと届いたんだ。  きみも包みを見ただろう?

 

ジョ−宛に 綺麗な小包が来てたけど・・・

あら、お誕生日には絹のスカ−フをくれたじゃない?

あれ大好きよ。 

・・・ ぇ ・・・ これって ・・・ !

 

ありふれた封筒の中から フランソワ−ズの掌にぽろり、と落ちたのは・・・

 

   − プラチナにガ−ネットを乗せた指輪。

 

ピアスのかわりに ・・・ 填めて欲しいんだ。

その ・・・ あ ・・・ 一生・・・・

 

・・・ ジョ− ・・・

 

 

ジョ−は照れ臭いのか、また視線を古い肖像画に戻してしまった。

 

「 ねえ、フラン・・・

 ぼくも 置き去りにされた子供だったんだ ・・・

 母も 神父様も 友達も ・・・ みんなぼくを置いていってしまった。

 でも ぼくはきみに巡り会ったよ! ぼくを待ち、ぼくが待つヒトを見つけた。 」

「 ええ、そうね。 そう ・・・ わたしも ジョ−と会えたんだわ。 」

フランソワ−ズは掌の指輪に そっと唇を寄せる。

「 きみの過してきた時間を ぼくは知ることができない。

 でも

 これからは。 これからの時間は。  − 分かち合える。

 きみは ・・・ ひとりじゃない。

 ぼくが いる。 

 ぼくは ずっときみの想いを、きみへのぼくの想いと一緒に抱いているよ。

 ・・・ その ・・・たとえ きみが逝ってしまっても・・・ 」

「 ・・・ ジョ− ・・・ そんなの・・・あなた辛すぎるわ。 」

「 永遠の片恋、もいいかもしれないなって思うよ。 」

「 ジョ−ったら・・・ 」

恋人達は 瞳を見つめあい、微笑みあって。

それはすぐに 熱い口付けでかき消されてしまった。

 

 

朝日の中 フランソワ−ズはふとユウの眼差しを感じた。

しっとりとした 茶色のベルベットの瞳・・・

 

・・・ ユウ。 

 

フランソワ−ズ ・・・ しあわせに ・・・

 

 

ジョ−の手が きゅ・・・っと彼女の手を握った。

 

 

******    Fin.    ******

 

Last updated: 08,15,2006.                        back      /      index

 

 

 

 

****  ひと言  ****

・・・あは★ やっと終りました〜〜〜 

原作『 眼と耳 』 編、 平ゼロの マダム・0012の<人喰い屋敷>の話を

足して <そうだったらいいのにな♪> 風味に味付けしてみました。

・・・ 本当はさ ・・・ ユウ君にフランちゃん、あげてもいっかな〜〜なんても

思ったんだぞ? >>> ジョ−君 !!

長々とお付き合いくださいまして、ありがとうございました。