『 雨の降る日は  ― (1) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

しとしと ・・・ そめそめと静かに しかし 留まることなく

空から降りてくる ―  雨 が。

朝から いや 昨日から空はずっと灰色に 重苦しい。

重苦しいだけじゃなく、大気は水分をもう限界近くまで含んでいて

屋根の下にいても べたべたと纏わりつく。

 

「 ・・・ふうん ・・・ 雨ってこんな風にも降るのねえ 」

窓際に椅子を引っ張ってゆき、フランソワーズはずっと空を眺めている。

 

 

滅茶苦茶な逃避行の後 この島国に辿りついた。

その後もいろいろ・・・あったけれど 取りあえず、

今 ― 落ち着いた日々が流れる。

 

仲間達は それぞれ故郷に戻ったり この国で仕事を始めたり

自分の生きる道を歩きだした。

フランソワーズは  ・・・  この邸に いる。

 

    わたしは  ―  どうしよう ・・・

    パリに 戻る ・・・?

 

    でも。 あの街に わたしの居場所はなかったわ

 

    踊りたい。 本当は 今 すぐにでも・・・

 

    でも。 どこで? どうやって生きてゆく?

 

 

目的が決まらずに 呆然としていたら 救いの手が差し伸べられた。

「 この邸に一緒に暮らしてくれんかね 」

「 ・・ 博士 ? 」

「 あ 無理に、とは言わんが・・・ 君さえよければ・・・

 なにせ ジョーとイワンとワシの全くのオトコ所帯でのう 」

「 フラン〜〜 ぼく、ちゃんと家事やるよ!

 あの ・・・ もしよかったら ここにいてくれると 

 ・・・ めっちゃ嬉しいんだけど 」

一番最後にやってきた < 仲間 > は にこにこしている。

 

    あら。  こんな笑顔、してくれたこと、 ある?

 

    へえ ・・・ なんか弟みたい ・・・

    あ ひとつ、年下っていってたっけ。

    009って カワイイのね ・・・  

 

彼女は ふ・・・っと頬が緩む気がした。

 

    あ は ・・・

    こんな気分 久し振り ね?

 

    ・・・ なんか いいかも・・・

 

「 わたし ・・・ 行くところ、ないんです。

 こちらで暮らさせて頂ければ ・・・ すごく嬉しいです! 」

「 おお そうかい。 ありがとうよ 」

「 うわあ〜〜〜い♪  ねえ ヨコハマとか案内するよ!

 ショウナンもいいよ〜〜 うわあ 嬉しいなあ 」

「 あの・・・ いいんですか  ・・・

 わたし ここに住んでも 」

「 勿論、いや この家も華やかになる ワシも嬉しいよ。

 のんびり 楽しくくらして行こう 」

「 わ〜〜〜 わ〜〜〜〜  最高〜〜〜

 ねえ 買い物、行こうよ!  駅の向うに大きなショッピング・モールが 

 あるんだ〜  一緒に さ! 」

彼は完全に < 舞いあがって > いた。

 

    ・・・ あ ら。

    なんか あっけなく決まっちゃった ・・・

 

    うん。  決めたわ。

    わたし ここで ― 生きて行く。

  

    ここで 頑張るわ。

 

足元を決められない不安は たちまち消えて行った。

 

 

 ― そして。  この広い邸で春を過ごし そろそろ季節は

次のステージへ移ろうとしている。

青臭いまでの緑の繁茂に 驚いているうちに 

紺碧の空が すこしづつ曇る日が増えてきた。

 

 ・・・ 気がつけば 

 

「 あら・・・ また 雨?  昨日も雨 降ったわよねえ・・・

 細かい雨だけど しっかり濡れてしまいそうだわ 

「 フランソワーズ?  コズミ君に処に行ってくるよ 

博士は 案外気楽にあちこち出歩く。

「 はい。 あ  傘!  博士、降ってますよ? 」

「 んん?  あ〜 この位なら 

「 いえ。 傘、どうぞ。 この国の雨は しっかり降るみたいですから 」

「 そうかい ・・ では 傘を差して行こうかな 」

「 ええ。 あ タオルもお持ちになって ・・・

 コズミ先生のお宅まで バスをお使いなのでしょう? 」

「 う〜〜ん 歩こうと思っていたのだが ・・・ 」

「 雨ですから。 どうぞ バスで 」

「 わかったよ。 夕方までには戻るよ 」

「 はい 行ってらっしゃい。  あ コズミ先生にヨロシク 」

「 うむ じゃあ な。 」

ちょいと手を上げると 博士はずんずん・・・ 坂道を降りていった。

  

 

   ぴっちょん  ぴっちょん ・・・

 

テラスに撥ねる雨粒は 案外大きな音を立てる。

庭に降る雨は いつまでも見飽きることがない。

「 ふうん ・・・  どの木も花壇の花も 雨、平気なのねえ

 ううん それどころか ぐん・・・っと伸びたみたい 」

目をもっと遠くに凝らせば  ほんの少しだけれど

紺色の海原を望むこともできる。

 

     海に降る 雨 ・・・ か ・・・

     ・・・ なんか 音も聞こえそうね

 

003の < 耳 > を使う必要なぞ まったくない。

この地からは 海面にそめそめと降り注ぐ雨の その微かな音すら

聞こえてきそうなのだ。

 

     ・・・ こんなに静かで 穏やかな場所って

     初めて かもしれないわ。

 

     秘境や 廃墟とかとは違うのに。

     ほら あの向こうには ちゃんと人々が

     生活しているのに ね・・・

 

目を凝らせば 海岸の反対側にちらばる民家が見て取れる。

 

「 自然の音 って ・・・ 本当はどれも賑やかなのね。

 文明の音が無神経に大きすぎるのよ  きっと 」

 

ほう・・・ と 吐く息は  でも やはりどことなくアンニュイだ。

ヒトは やはりヒトの中に混じることへと関心を向ける。

それが 性 ( さが ) なのかもしれない。

 

「 ・・・トウキョウって どんなトコなのかしらね ・・・

 ここは本当に静かで 穏やかな土地だけど 

 ジョーが案内してくれた ヨコハマも結構賑やかだったけど

 ・・・ きっともっと ヒトも車も多いのね。

 パリの街と似てるのかなあ ・・・  」

  

   ガタン。  玄関のドアが開いて 閉まった。

 

「 ただいまあ〜〜 

 

     あら  ―  ジョー ・・・

     ・・・もっと遅くなると 思ってたけど

 

「 もう・・・ また降ってきたよぉ 

 ったく〜〜  濡れちゃったしィ〜 

あまり機嫌のよい声ではない。 彼にしては珍しい。

 

     え? 傘を持っていったはずなのに・・・

 

リビングのソファで フランソワーズはごく普通に耳を澄ませた。

 

「 うへえ・・・  もう〜〜 Gパンの裾がびしょびしょだよ

 そんなに降ってないと思ったんだけどなあ 」

ジョ―は ぶつぶつ言っている。

 

     ・・・ やだ〜〜〜 レイン・ブーツ とか

     履いてゆかなかったのかしら・・・

 

     もしかして いつものスニーカー・・・?

     ってことは  靴下、悲惨・・・

 

これは冗談じゃない、 と 彼女も声を張り上げた。

 

「 ジョー?  お帰りなさい ・・・

 上がる前に! 隅に置いてある雑巾で足、ちゃんと拭いてね! 

 

「 ただいま〜〜 フラン ・・・ え? ぞうきん? 

 ・・ ああ これかあ ・・・ へいへい・・ 」

 

ガサゴソ ゴシゴシ  音が聞こえてくる。

「 ・・・ うへ きったね〜〜〜 あ〜 門の前で

 水溜りに突っ込んじまったからなあ ・・・ 」

 

     ・・・ やだ〜〜〜〜

     玄関、 汚さないで ・・・!

 

     テラスから上がってって言えばよかったかしら・・・

   

「 ジョー! 靴下、脱いで!  ねえ ジーンズも濡れたの? 」

< 見る > ことは しない。 それは普通の生活には不要だから。

別に 特殊な能力を使わなくても 彼の様子は声からで 十分に推測できる。

 

「 へ〜〜い 靴下 脱いだよ  だ〜〜 Gパンも悲惨だ ・・・

 え ココで脱ぐの??   それは〜〜 ちょっとぉ 

「 ・・・ 裾 めくって! そのまま バス・ルームに行って

 洗濯機に入れてちょうだい! 」

「 ・・・ あとで自分でやるから ・・・ あ〜あ  

 

   どたん どたん どたん ・・・ 湿った足音が階段を上っていった。

 

「 ちぇ〜〜 ・・・ 裾だけ手洗い するかあ?

 う〜〜〜 めんど〜〜〜  洗濯機に放り込む か・・・

 これ 気に入りなんだけどなあ〜 」

ぶつぶつボヤキが足音と一緒に 二階へ消えた。

 

「 やだ・・・ そのまま上がっちゃったのぉ??

 ・・・後で階段と廊下、拭いてもらわないと・・・ 

 オトコノコって どうしてああ無頓着なのかしら ! 」

 

やれやれ ・・・ なんだってこんな天気なのに出かけたのか

彼女には さっぱり理解ができない。

 

「 洗うっていうけど あ〜 ・・・ このお天気にジーンズ、乾くかしらね?

 あ 乾燥機、使えばいいのね  

 ・・・ でも わたし、 出来ればお日様に乾したいなあ

 乾燥機も便利だけど ・・・ あまり好きじゃないのよ

 やっぱりお日様の香り には勝てません。 」

 

    ほう ・・・ 

 

小さなため息を吐き フランソワーズは首筋に纏わりつく髪を払った。

雨の音は 雨の降る光景は 素敵だけど

この湿気は やはりあまり歓迎できない、と思う。

 

「 ドライ を掛けようかしら ・・・ 

 でも この湿気がニホンジンのきめ細やかな肌をつくる・・・って

 聞いたこと あるけど ・・・本当かしら。  」

 

思わず、むき出しの二の腕を眺めてしまう。

 

「 日焼け・・・したくないのよねえ・・・

 日焼け止め 塗らなくちゃ。 あ・・・美白系の化粧品って

 本当に効くのかなあ 

 

   バサ ・・・

 

最近 ハマっている化粧品のカタログに手が伸びる。

 

「 ふうん ・・・ パリに居た頃はあんまり気にしなかったけど・・・

 そうよねえ 夏のバカンスにはわざわざお日様に当たってたし 

 

 

    パパ〜〜 ママン〜〜〜  お兄ちゃあ〜〜ん

 

 声を限りに叫びつつ 畑の間を駆けまわった。

 夏になれば 一家で田舎のコテージで暮らした。

 特別裕福な家庭ではなかったけれど 

 休暇をとり 誰もが夏には都会から脱出していた。

 

    とまと いっぱい〜〜 もてない〜〜

 

    ははは フラン、帽子に入れろよ

 

 兄と一緒に トマトやらズッキーニやらバジルを収穫した。

 

    まあ ファン、たくさんねえ〜

    ランチのパスタに使いましょうね

 

    おう いいな。 

    パパがパスタを茹でよう。

 

    わあ〜〜〜い♪ 

 

 

「 ・・・ そんな夏が ・・・ あったんだわ ・・・ 」

ついこの間のこと のはずなのに ― もう何十年も前の出来事なのだ。

 

「 ・・・ 思い出があるから ・・・ 平気 ・・・

 雨の多いこの国でも ・・ 生きてゆける わ ・・・ 」

 

    

       サア −−−−−−−−−

 

小さな雨粒は 次第に集まって細い雨になってきた。

 

「 あらら ・・・本格的な 雨降りの日 になっちゃった ・・ 」

彼女は窓辺から離れることができない。

窓辺に寄せた椅子に靠れ ずっと雨に目を奪われている。

 

     ふうん・・・  キレイねえ 雨粒って

     ようく眺めてると 雨って不思議・・・

 

 

故郷の街で 雨は冬によく降った。

雪混じりのことも多く いつも震えていた。

春や夏にも もちろん雨は降ったけれど 傘ナシでもなんとかなった。

ジャケットをかぶり 走ってカフェに逃げ込めば 

あとは晴れるまで のんびり、オ・レを啜っていたものだ。

 

 ― だから

軽快な服装の時期にしっかりと傘を差すのは なにか不思議な気分だ。

この家に住み始めた頃は 面倒な気分もあってあまり傘を使わなかった。

 

     ・・・ めっちゃめちゃに濡れるのね。

     しっかり 滲みとおっちゃう。

     傘ナシで ぱ〜〜っと走ってカフェに入って

     さささ・・っと払えばおっけ〜〜 

 

     ・・・ なんて雨 じゃあないのよ。

     おっきな雨粒がしっかり落ちてくるのね

 

     ・・・ この国で暮らすには 

     しっかりした傘 必須だわ

 

 

探してみれば 傘はもう・・・ 数知れないほどの色 模様 大きさ

そして タイプがあり それに合わせて 雨の日グッズは

本当に山ほどあった。

 

「 ふうん ・・・ レイン・ブーツを履いて ちょっと

 散歩してこようかしら。  

 うふふ〜〜  この前 買ったおにゅ〜のレイン・ぶ〜つ、

 デビュウしよっかな〜〜〜 

 うっふっふ☆ 雨の日っていつもと違う世界みたい 」

 

最初は驚いていたけれど 彼女は 雨の日の楽しみ方 を

見つけ始めた。

「 ふんふ〜〜ん♪  雨のカーテンの中で景色まで

 ちがって見えるわ。 」

 

     雨の匂いのする街 ・・・ そんな言葉が浮かんだ。

 

「 あら そういうタイトルの本、あったかも ・・・・

 あれはなんだったかしら ね ? 」

 

そめそめ落ちる水滴を眺めつつ 本棚の背表紙を思い巡らせてみた。

「 う〜〜ん・・・?  漫画だったかしら ・・・

 タイトルしか覚えていないわ ・・・

 そうだ、 駅の向うの大型ショッピング・モールにある本屋さん!

 行ってこようかなあ ・・・ 

 

    どた どた どた。  ばたん。

 

リビングのドアが開いた。

 

「 ふぇ〜〜〜  ああ さっぱりしたあ〜〜〜 」

ジョーが タオルを首にひっかけて入ってきた。

ふんわり と 石鹸の匂い も一緒だ。

「 ・・・ あら。 シャワー浴びてきたの? 」

「 あ  うん。 なんかさ〜〜〜 濡れてクサクサして ね

 うん、 復活〜〜〜〜♪  」

「 まあ・・・ 」

「 ふふふ〜〜ん♪  あ ねえ フラン?

 ぼく 腹ペコなんですけど〜〜〜〜  もうお昼だよね? 」

「 ・・・ え  あら  もうそんな時間 ? 」

彼女は ゆっくりとリビングの鳩時計を振り仰ぐ。

「 そんな時間 です!  ねえ ねえ 昼なんだけど

 あれ つくろうよ あれ! 」

「 ? あれ じゃわかりません。 

「 あ〜〜〜  アレだよぉ〜〜 えっと ・・・

 くろっく・むっしゅう〜〜 ! 」

「 ・・・ クロック・ムッシュウ?  いいけど・・・・

 ベーコン、ないわ。  ハムでいい 」

「 いい いい!  ねえ 一緒に作らない? 」

「 作るって・・・ すぐに出来ちゃうわよ? 」

「 あ〜〜  ・・・ あ そだ!

 ねえ ねえ ほっと・ぷれーと あったよねえ 」

「 あるけど ・・・ 」

「 あれでさあ 作ろうよ、 くろっく・むっしゅう! 

 あの上で じゅわ〜〜〜〜っと さ 」

「 あら  楽しそうね!  それじゃ ホット・プレートを 」

「 あ ぼく、出すよ。 フラン、 材料、だしてくれる? 」

「 ええ いいわ。 パンに卵、ミルクにお砂糖。

 後は ハムとチーズ ・・・ 」

「 トマトとか ある? 」

「 あるわよ。 パプリカもあるから入れましょうか 」

「 ・・・ ピーマン じゃないよね? 」

「 赤いパプリカ よ 」

「 なら 歓迎〜〜〜  あれなら好きさ。 」

「 あら ピーマン 好きじゃないの? 」

「 ・・・ 苦手デス。 」

「 やだあ〜〜 コドモみたいよ? 

「 苦手なものは苦手デスってば。  でもね パプリカは好きだよ 」

「 はいはい わかりました。 

 じゃ いろいろプラス、で クロック・ムッシュウ、作りましょ 

「 うわ〜〜〜ぃ ♪ 」

 

     ふふふ  ご機嫌、治ったわね?

     彼って ・・・ コドモみたいなとこ あるけど

 

     ・・・ 可愛いわ 

 

 

 よいしょ よいしょ・・・ ジョーが ホット・プレートを

運んできた。

 「 キッチンでやる〜〜? 

「 そうね いろいろ・・・材料 使いたいから ・・・

 キッチンのテーブルで ランチにしましょ 」

「 おっけ〜 あ 飲み物! なににする? 」

「 オ・レ でいいわ。 」

「 おっけ〜〜  じゃあ ぼくも。 あのさ 商店街にある店で

 も〜も〜ミルク っての、買ったんだ。 これ ウマイよ〜 」

「 そうなの? クロック・ムッシュウ にも使ってみるわ 」

「 うん!  あ 温室から トマトと採ってくる! 」

「 お願いね〜  えっと 卵とハム・・・ チーズに 」

フランソワーズは 冷蔵庫から材料を取りだし始めた。

 

 

   じゅわわわ〜〜〜〜〜〜〜  食欲をそそる音がした。

 

ジョーは どでん、と厚切りパンをプレートに乗せた。

「 パン・・・随分厚く切ったのね? 」

「 ふっふっふ〜〜〜 まあ 見ててよ・・・

 えっと まずは〜〜〜 パンの両面をキツネ色に焼きまあす 」

「 ?? 上のハムとか乗せないの? 」

「 ん〜〜  ちょっと待ってて ・・・ 焼けたかな〜〜 

 で〜は こうして切れ目、いれます 」

薄いキツネ色になったパンの表面に 彼はミミの内側にナイフを入れた。

「 で  ・・・ 押す。 」

「 ・・・ わ!? 

 

  くしゃ。  パンは四方のミミが壁になった入れ物 になった。

 

「 で さ。 ここに〜〜  具材 入れてくれる? 」

「 ! わかったわ♪ すっご〜〜い ジョーってば〜〜 」

「 えへ  そう? 」

「 うん! 中身たっぷり な クロック・ムッシュウ だわ〜〜 

 えっと じゃあ まず 卵をさささ〜〜っと内側にぬって ・・・ 」

「 うひゃあ ウマそう〜〜〜 」

フランソワーズは つぎつぎに具材を置き、最後にとろける・チーズ を

 のせた。

「 じゃあ これでね 上に蓋、するわ 」

「 わおう♪ 」

 

   じゅ〜〜〜〜   

 

いい香が いろんな香が 蓋の間から溢れでてきた。

 

   ごっくん。 二人とも咽喉が鳴ってしまった。

 

「 もういいかしら うふふ・・・ 蓋、取ってみるわね? 」

「 うん!  どきどき〜〜 

「 いい? ・・・ いっせ〜〜の ・・・ 」

「「 せっ!!!  」」

 

    ぱか。  

 

蓋の下からはこんがり焦げたチーズがこぼれ落ちそうな パン が

現れた。

 

「 うっわ〜〜〜 ウマそう〜〜 」

「 すっごい豪華なクロック・ムッシュウ ができちゃった♪ 」

「 な なんか 食べていいのかな ・・・ 」

「 ふふふ〜〜 ねえ  こっち もう焼けたわ ジョー どうぞ? 」

「 え 一緒にさ〜 」

「 熱々 とろ〜〜り が最高なのよ 焼けた方から食べて 」

「 じゃ さ。 これ 半分コしようぜ 

「 あら いいわね! じゃあ 包丁持ってきて切るわ 」

「 あ このフライ返しで切っちゃう。  ・・・ よいせっ 」

ジョーは 案外器用に熱々のクロック・ムッシュウを半分にした。

 

「 さ 食べよっ 

「 ええ きゃ〜〜〜 美味しそう〜〜 」

「 ね! それじゃ 」

 

   いただきま〜〜す。  二人で手を合わせてから かぶり付いた!

 

「 ・・・ ん ま〜〜〜〜〜〜 !!! 」

「 お いし〜〜〜!!! 」

クロック・ムッシュウ というより、パン・ケース入りピザ みたいだったけど

できたて熱々を 二人はあっと言う間に平らげた。

 

「 おいし〜〜〜 わたし、こんな美味しいクロック・ムッシュウ

 初めて食べたわあ 」

「 ぼくも!  んは〜〜 ウマ〜〜 」

ジョーはぱりぱりパンのミミを齧っている。

「 ジョーってば お料理の天才じゃない?

 いつもこんな風にして 食べてたの? 」

「 あ ・・・ 実はさ、ぼくも初めてなんだ 

「 え?? 」

「 あの ・・・ 普通のピザ・トーストとか食べてて 

 もっと具がいっぱい乗ってたらなあ〜〜 って思うじゃん? 

「 そうねえ 」

「 上に乗っけるのは限界あるし ・・・ じゃあ 厚切りパンを

 入れ物にすればなあ〜 って思ってたんだ 」

「 あら やってみなかったの? 」

「 うん。 施設で暮らしてたし あんまし勝手なこと、出来なかったんだ。

 ああやったら こうしたらな〜 って思ってただけで 」

「 ふうん ・・・ で やってみたら。

 ほら こ〜〜〜んなに 美味しかったわ? 」

「 ふふふ そだね〜〜 」

「 メルシ、ジョー。 レパートリーが広がったわ。

 ねえ これからこのウチの クロック・ムッシュウ は これ! 」

「 わっはは〜〜 やた〜〜 」

「 ねえ ・・・ このパン・ケースにシチュウとか入れても

 美味しいかも ・・・ 」

「 うん。 あ! リクエスト〜〜。 今度 カレー いれてみて 」

「 あ いいかも♪ カレー・トースト ね 」

「 ひゃあ〜〜〜 楽しみ!  あ ・・・ いっけね、飲み物!

 カフェ・オ・レ だったよね 」

「 ああ わたしも忘れてたわ。 今 淹れるわ 」

「 ぼくがやるってば。 」

「 わたし お砂糖 いらないから。 ジョーは 三杯 でしょ 」

「 えへへへ・・・ 」

 

    カチン カチン ・・・・

 

今度は コーヒーの香がキッチンを占有した。

「 ん〜〜〜〜  美味しい・・・  

 ジョー、 淹れ方、上手ねえ 」

「 あ は ・・・ 実はさ。 コズミ先生に特訓された 」

「 え〜〜 そうなの?? 」

「 そ。  島村クン。 珈琲を上手に淹れるのは助手の義務じゃよ ってさ 」

ジョーは コズミ邸のハウス・キーパー 兼 助手 をやっている。

一週間の半分くらい、 コズミ邸に通う日々だ。

「 美味しいわ ・・・ 丁度いいミルクの量よ 」

「 めるし〜〜〜♪  フランスのヒトに褒められちゃったよ〜〜ん 」

「 ふふふ ・・・ 」

 

  ほわ〜〜〜ん ・・・ 二人ともお腹も気持ちも温まってきた。

 

「 雨の日なのに いい気持ち ・・・

 あ ねえ ジョー。  トウキョウはどうだった?  」

「 ? 行ってないけど ・・・? 」

「 え そうなの??  出掛けて来る っていうから・・・

 ヨコハマかトウキョウに出てきたのかと思ってたわ。 」

「 あは 駅の向こうにね ちょっと行ってみたんだ。 

「 へえ ・・・?  」

 

   雨の中を・・・?  駅の向うって なにかあったかしら?

 

フランソワーズは 少し不思議に思ったが あまり根問いするのは

憚られた。

一つ屋根の下に暮らす < 仲間 > だけれど 

お互いの行動をあれこれ詮索したくは なかった。

 

   ・・・ 何もなければ  それでいいんじゃない?

 

彼女は さり気なく話題を変えた。

 

「 このお家って 不思議ね 」

「 え?? なにが 

「 よくわからないけど・・・ 広いけど 誰もいないトコが多いでしょう? 

 昼間でも し〜〜〜んとしている場所がたくさん。 」

「 あ ああ まあ ね   普段は・・・ 」

「 別に怖いとかじゃないんだけど  ちょっと不思議だわ 」

「 なにが。 」

「 誰もいない でしょ。 静かなの、当たり前よね?

 ・・・でもね 雨の日って。 ちょっと不思議な音が聞こえるの 」

「 ・・・ 音? ・・・ オバケ・・・?  

「 わからないわ  雨の音が聞こえる日って 

 時々なんだけど 賑やかな音がするの。 」

「 ???  賑やかな ・・・ 音? 」

「 そうなの。 誰もいないウチの中をね

 トテトテトテ ・・・ タタタタって ・・・

 駆けまわる小さな足音が聞こえことがあるの。 それも ふたつ。 」

「 え ・・・ それって ?? 」

「 だから このお家は不思議だなあ〜 って思うのよ 」

 

 

Last updated : 07,21,2020.            index       /       next

 

 

**********   途中ですが

なんだか いつまでも 梅雨が明けないので

こんなハナシになりました。

こちらのジョー君は 梅雨だからって

イライラしたり 街でケンカしたりは しませんです。