『   屋根より 高く ! ― (1) ― 

 

 

 

 

 

    ふ ふぇ ・・・ふぇ 〜〜〜〜〜〜〜〜 ん  〜〜〜〜  !!!

 

五月のとある朝、 海沿いの崖っぷちに建つ洋館に時ならぬ子供の泣き声が響き渡った。

「 ・・・  あらら・・・ オネショでもしたかな 〜〜  ウチの王子サマは・・・ 」

やれやれ・・・・と、母はキッチンで溜息をつき、読み止しの本を傍らに置いた。

 

もともと読書は好きだった。  母国でレッスンに明け暮れたいた時からいつも一冊は

本をバッグに入れていた。  

その後 ― とんでもない運命に翻弄され長い長い間 読書どころではない日々が続いた。

拘束の身で 一冊の雑誌でもいい、活字を読みたいと餓えにも似た思いだった・・・

 ― そして運命は再び二転三転し  ・・・

彼女は茶色の瞳の青年の妻となり極東の島国に住むこととなったのだ。

その地では思う存分 活字の大海に身を投じた。

初めは 母国語の本を読み漁っていたが、次第にこの国のものへと手を広げていった。

  そして 夢中になった。

 

「 この国は言葉が豊かだな。 現代物もいいが 俺は古典に魅かれる。 」

「 うむ。 オレもだ。  短い言葉の詞 ( うた ) 、 気に入った。 」

「 我輩はこのこっけいな短い詩がいい。 なかなかユーモアとウィットに富んでいるぞ? 」

仲間の読書家たちもそれぞれに <お気に入り> を見つけたらしい。

 

フランソワーズ自身は アルベルトが薦めてくれた遥か古の恋の詩を集めたものに最も魅かれた。

ジョーにも聞いてみたのだが・・・ 

「 え? これ?  ・・・・ 万葉集だろ。  内容? ・・・さあ〜ぼくは読んだことない・・・ 

 あ 教科書にちょこっと載っていたのくらい、かなあ? 何だっけか・・・忘れちゃったよ 」

・・・ あまり関心がないらしい。 仕方がないので和仏辞典をたよりに読み解いている。

言葉自体がよくわからない時もあるが 自分勝手に想像するのも楽しいものだ。

それに いつの時代もどこの国でも 恋する心に大差はない。

「 ・・・ 想いは いつだって同じなのよね・・・ 」

古の王女も 庶民の女も 恋する思いの丈を綿々と詩っている。 

あるときは声高らかに、そして あるときはひっそりと ・・・

「 ふうん ・・・ なんて鮮烈は女性たちなの。 この国の人たちがシャイだなんてウソだわね〜 」

恋の物語 恋の歌 のあふれる国からきた乙女は すっかりその歌集が気に入ってしまった。

そして次第にその背後にある古の世界にも興味が湧いた。

「 ―  長女の媛 ( ひめ ) には 一族を守る霊力がある  のか ・・・ 」

ふうん ・・・ と思っていた所に  ―  泣き声が響いてきたのだ。

 

   ふぇ  ふぇ 〜〜〜〜 ん  ふぇ 〜〜〜〜 ん ・・・

 

勿論、<目> や <耳> など使わなくても泣き声の主は彼女の愛するムスコのものだって

ことくらい 母親には理屈抜きに認識できる。

「 小学生になってもま〜だオネショ・・・ は困るわねえ・・

 ま・・・ この天気だったらお蒲団ごと丸洗いしちゃおっかな〜 ♪ 

 でもねえ・・・ なんだってあんなに大泣きなのかな・・・ 」

浪漫の世界から現実へと一気に引き戻されたが 彼女は溜息とは裏腹に 

けっこう軽い足取りで二階の子供部屋へと向かった。

「 どうしたのかな〜〜 ?   すばる ・・・? 」

 

   ― カチャリ 

 

子供部屋のドアをあけると ―  すっかりカーテンも開けて明るい部屋の真ん中で

フランソワーズの幼い息子が わんわん泣いていた。

突っ立ったまま、腕にはなぜかしっかりと金魚鉢を抱え ― 彼は大泣き なのだ。

 

    え。 オネショ・・・じゃないわね これは・・・

    ベッドから落ちた とかでもなさそうだし・・・

    ・・・ すぴかに泣かされた  のでもないわね、これは。

 

    あら?  なんで金魚鉢なんか持ってるの?

    ・・・ああ ほら! 気をつけないと水がこぼれるでしょうに・・・

 

フランソワーズは素早く子供部屋中を見回し 異変がないことを確認した。

ベッドも勉強机も椅子も 前夜のままだ。 

大泣きに泣いているが ― ご本人に怪我はなさそうだし、体調が悪い・・・わけでもなさそうだ。

第一 具合が悪いのだったらこんな大泣きはできないだろう。

「 ・・・ う〜ん ・・・?   え〜と ・・・相棒は・・・っと? 」

泣きべそ坊やと同じ日に生まれた姉は 弟からちょっと離れて立っていた ― オデコにシワを寄せて!

 

   ふ ふぇ ふぇ えェ 〜〜〜〜〜 ふぇ 〜〜〜〜

 

すばるはまだ泣き止まない。  甘えん坊の彼は母の顔さえ見れば大抵は泣き止むのだが・・・

こりゃやっぱりただの甘え泣きじゃない、と母は判断した。 

「 ??  すばるクン ? どうしたのかな〜〜 」

 

   ・・・ふぇ ふぇ  ふぇ ぇ 〜〜〜〜 !!

 

母の声はちゃんと彼の耳にとどいている、その証拠に泣き声はいっぺんにぱわー・あっぷした!

「 あ ・・・あらら ・・・  ねえ・・・ すぴか。 すぴかさん・・・ 」

母は小声で姉娘を呼ぶ。  すぴかはすぐに飛んできた。

「 なに、おかあさん 」

「 え あの ね。  そのう・・・ なんであんなに泣いてるの?? 」

ちらっと泣き虫に視線を飛ばすと、さすがに女の子、すぴかは うん・・・と大きく頷いた。

「 あのさ ・・・・ おかあさん。  き〜すけ がさ。 」

「 き〜すけ?   ・・・ ああ すばるの金魚ね。 」

「 うん。  き〜すけ がさ 今朝 死んじゃったんだ。 」

「 え!  ・・・・そ そうなの?? 」

「 うん。 」

 

   ふぇ ぇ 〜〜〜〜    き  き〜〜すけぇ〜〜〜〜〜

 

息子の泣き声は また一段と高くなった。

 

 

金魚のき〜すけ。  それはすばるが幼稚園に入った年、縁日の金魚すくいで

彼が初めて、初めて独力でゲットした < おともだち >  だ。

姉はチビの割りにはすばしこく、すいすい何匹も掬い上げるのだが すばるはさんざんねばって

や〜〜〜っと ちっぽけな赤い金魚を一匹だけゲットできた。

( すぴか曰く ・・・ 「 あれはね〜 きんぎょが来てくれたんだよ〜 」 )

 以来、 すばるはソイツを  き〜すけ  と命名し大切に大切にお世話してきたのだ。

 

   「 だって き〜すけ  はおともだちだもん。 」

 

彼はいつもそう言ってそれはそれは熱心にちっぽけな金魚の世話をした。

珍しくおねだりをして 『 きんぎょのかいかた ( 小学生向け ) 』 を買ってもらい

熱心に読んだ。  これは 金魚などには初遭遇な母にも大層助けになった。

 

「 ねえ ねえ ジョー。 金魚って ・・・ なかなか大変なのねえ・・・ 」

「 ・・・ うん?  ああ  すばるの家来か。 」

ある夜、夫の遅い晩御飯につきあってお茶を飲みつつ フランソワーズは溜息と一緒に言った。

「 あ〜・・・美味かった・・・  筑前煮とか上手だね〜〜 フラン ・・・ 」

「 うふふ・・・ありがと♪  すぴかがね、 給食のとおんなじ位おいしい!って言ってくれたの。」

「 ほうほう・・・ アイツもなかなかの味覚の持ち主だな。

 このテの煮物はな 多量に煮れば煮るほど美味いんだ。 だから家庭用でもこの味が

 出せるってのは相当のウデだよ、フラン。 」

「 ありがとう、ジョー〜〜 お世辞でもうれしいわ。 ああ 苦心した甲斐がありました。 」

「 お世辞なんかじゃないぜ。 本当に美味かったよ。 

 それに ・・・ウチのお嬢さんはまだお世辞はいえないだろ? 」

「 ええ。 すぴかもね〜 お代わりまでしたわ。 

「 うん うん そうだろうなあ。  ・・・で 金魚がどうしたって? 」

「 え?   ・・・ああ そう、そうよ。 すばるの金魚! 

 あの子と一緒に 『 きんぎょのかいかた 』 を読んだのだけど・・・これがねえ 

 も とか さんそ とか。 みずを換える方法とか ・・・いろいろあるのよねえ 」

「 あ は ・・・ きみってもしかして 金魚って初体験? 

「 ええ。 昔 兄がね、熱帯魚を飼っていたことがあったけど、わたしは触らせて

 もらえませんでした。 」

「 あはは ・・・そうだろうなあ〜  おまえは触るな!見るだけだぞ! とか言われて

 泣いたんだろう? 」

「 ・・・ 泣かないわよ。 母に言いつけたけど・・・・ 」

「 へえ? それでお母さんは なんて? 」

「 お兄ちゃんの好きなようにさせておきなさいって。 で わたしは遠くから眺めるだけだったの。」

「 あははは ・・・ そりゃいいや・・・ 」

ジョーはお腹を抱えて笑っている。

「 そんなに笑わなくたっていいでしょ。  くやしかったんだから、わたし。

 だからね、その・・・ キンギョ も初めてなのよ。  ジョーは? 」

「 あ〜 あるよ。やっぱり夜店で掬ってさ・・・ 

 日本の子供達はさ、 大抵 金魚とかヒヨコとか・・・夜店で買うんだ。 」

「 ふうん ・・・ 皆飼育で大変なのね。  」

「 まあ な。 ぼくは自分でやってたけど ・・・大抵はお母さんとかに押し付けちゃうらしいよ。 」

「 そうなの???  それじゃ・・・すばるは偉いわねえ。 」

「 ああ なかなか感心だな。 いや ・・・ 彼にとって初めての <家来> だからな。 」

「 けらい? 」

「 うん。 部下 ・・・というか弟分だな。  すばるは初めてアニキになったのさ。

 アイツ・・・ウチではず〜〜〜っと末っ子のミソっかすっぽいだろ。 」

「 ・・・まあ ね。 」

フランソワーズはちょいと眉間にシワを寄せ頷いた。

ジョーとフランソワーズの子供たち、すぴかとすばるは一応 <双子>。

同じ日に少しの時間差で生まれてきて 姉  と 弟 ということになった。

そして 生まれたその時から  ( もしかしたらお母さんのお腹の中でも )

すぴかは姉として弟に君臨・支配した。 その上外敵からは雄々しく?守ってやっていた。

すばるは ・・・ 従順な弟としていつでもにこにこ・・・姉の後をとことこ着いて歩いた。

 

   ・・・ 仲が良いのは結構なんだけど ・・・

   

フランソワーズは時々こっそり溜息をつく。 そんな彼女にジョーは・・・

「 ま いいさ。 すぴかはウチの長男だ♪ 」

娘に甘い、のはどこの父親も同じなのかもしれない。

「 ・・・ まあ  年頃になればなんとか・・・なってほしいわ! 」

「 心配いらないよ。 時がくればそのうちに 〜らしく なるさ。 」

ジョーは気楽に笑っているのだが。  

 

そんなすばるが熱心の金魚の面倒をみているのは なかなか嬉しいことだった。

「 弟分か。 そうね〜  あの子ってばね、き〜すけ に ちゃんとゴハンたべなさい とか

 言ってるの。 可笑しいでしょ。 」

「 アイツもさ、そうやって兄貴ぶりたいんだろ。  ・・・なあ? 弟か妹がいてもいいかも ・・・ 」

「 ・・・・・ 」

ジョーはちらり、と細君へ視線を流したが フランソワーズは気づかないフリをした。

 

   ! 冗談じゃないわよ。  今だっててんてこ舞いなのに ・・・

   この上 もう一人 ・・・ なんて とんでもないわ。

 

「 えっと。 それでね・・・ あら 何の話をしていたんだっけ・・? 」

「 すばるの金魚のはなし。 」

「 あ そうそう。  そうなのよ〜〜 それでね、金魚ってどのくらい生きるの? 」

「 う〜〜ん ・・・ そりゃ個体差があるだろうよ。 10年も生きたってのも聞いたことあるし。

 ま アイツが大事に <お世話> してれば1〜2年は大丈夫だろ? 」

「 あら それならいいけど ・・・ 」

「 それでね、日本の子供たちは金魚やヒヨコで身近な <死> に初めて遭遇するのさ。 」

「 ― え ・・・ 」

「 それも大切な勉強さ。 まあ長生きしてくれればその方がいいけど。 」

「 そうねえ ・・・ わたしもちょこちょこ見ておくわ。 」

「 ああ。  ぼくも今度の休みにはすばるに金魚のこと、聞いてみるよ。 」

「 ふふふ 大自慢で話してくれるんじゃないの? 」

「 聞いてやるよ。   ・・・ってことで <デザート> 欲しいです。 」

「 あら ごめんなさい。  あ〜っと・・・オレンジでいい? それなら冷えているわ。

 ウチの庭の苺は子供たちが全部食べちゃったのよ。」

「 ・・・・ きみ。 」

「 え? なに? 新しい柑橘類? 」

「 ちが〜〜う!  ・・・ぼくは きみ が食べたいので〜す   む〜〜〜 」

ジョーはぱっと彼女を引き寄せると あっという間に唇を奪った。

「 きゃ ・・・・  んんん ・・・・ もう ・・・ ジョーったら ・・・ 」

「 ふふふん ・・・ いいだろ? 」

「 ・・・ バカ ・・・ 」

「 じゃ♪  片付けちゃおうぜ〜〜〜 ふんふんふん♪ 加速装置〜〜 なんちゃって〜〜 」

つるり、と細君の形のいいオシリを撫でると ジョーは食器をシンクに運んでいった。

「 ・・・ もう〜〜 ・・・・ ジョーの ・・・バカ♪ 」

 ―  二人には熱くて甘ァ〜い夜が待っている・・・

 

 

 

「 それで ・・・ ほんとうに昇天しちまったのかい。 」

土曜の朝、ジョーは朝食の席で すこしばかり眉を顰め細君に尋ねた。

朝食 ・・・というよりブランチに近い時間で 家族はもうとっくに済ませていた。

すばるの一騒動は 今はなんとかおさまっている ― らしい。

まだ彼は涙でいっぱいの目でリビングの隅っこに縮こまり金魚鉢を見つめている。

泣き止んだだけマシだということだ。

「 ええ 多分ね。 わたしもちら・・・っと見ただけなの。 でも ・・・ アレじゃ 」

「 腹を上にしてぷか〜・・・っかい。 」

「 そ。 ・・・ 今日が土曜日でよかったわ・・・・ 平日だったら学校、行けるかどうか・・ 」

「 ふ〜ん ・・・ ま、ともかく朝食を済ませよう。  すぴかと博士は? 」

「 あ〜ら 二人とももうとっくに朝御飯は終ってますよ? 何時だと思っています〜?

 すぴかはね、下のタバコ屋さんまで博士のお供をしているの。 」

「 あ ・・・ そっか。  で 坊主は? 」

ジョーはリビングの隅の方へ視線をとばす。

「 ・・・ ゴハンどころじゃないみたい。  なんとか着替えて顔は洗わせたけど・・・

 あれじゃ何回顔を洗っても無駄かもね〜 」

「 オトコなんだからな〜〜  メソメソはいい加減にしないと・・・ 」

「 ― お父さん。 お願いします。 」

「 ・・・ はいはい。 」

ジョーはコーヒーを飲み干すと やれやれ・・・と立ち上がった。

 

   まあ なあ ・・・ あんなに可愛がっていたからな・・・

   こりゃショックだわな。

 

死んでしまった金魚やヒヨコ、 ハムスターを抱えて泣きじゃくった記憶が蘇る。

あの頃は ―  唯一の友達を失い、世界が真っ暗に思えたものだ・・・

 

 

「 ただいま〜〜〜 !! 」

「 やれ ・・・ただいま 

( お。 ぐっどタイミング〜〜♪ )

ジョーが食卓から重い腰を上げたときに 玄関のドアが開いた。

下のタバコ屋まで行っていた博士とすぴかが帰ってきた。

「 あら ・・・・ お帰りなさい〜〜 」

フランソワーズがぱたぱたと玄関に小走りに出ていった。

 

   とたたたたたた ・・・・・!

 

小さな足音が母の後をすごい勢いで追っていった。

「 あら すばる ・・・ 」

「 おじいちゃま!  き〜すけ をいきかえらせて!! おねがい〜〜 」

両親や姉が説明をする前に すばるは博士に懇願した。

玄関まで走ってきて、そのまま博士に抱きついた。

「 ??? おお おお すばる・・・ なんじゃな なにがどうしたって? 」

目を白黒させてている博士にかじりつき、 すばるは再び泣き声をあげる。

「 おねがい〜〜〜 おじいちゃまの けんきゅう で〜〜〜 き〜すけ ・・・ き〜すけ ! 」

「 なあ すばるや。 ちゃんと話しておくれ。 き〜すけ・・・とはあの金魚じゃな? 」

「 ・・・ うん。 ぼくのおともだち。 」

「 あの赤い友人君か。 その彼がどうしたって? 」

「 ・・・ き〜すけ を ・・・ い いきかえらせて! 

「 その友人君が 死んでしまった、というのかい。 」

「 ウン・・・ 僕 僕ぅ〜〜 いっしょうけんめいお世話 したのに・・・ お水もちゃんとかえて

 ごはんもちゃんと上げてたのに・・・! お家もおそうじ、してたのに〜〜 」

すばるは泣きながら 博士に金魚鉢をみせた。

「 ・・・ ふ〜む・・・?  こりゃ・・・まあ寿命ってとこだな。 」

「 じゅみょう? 」

「 ああ。 神様が決められた命の長さ、のことじゃ。 」

「 いのちの長さ? 」

「 そうじゃよ。 生きとし生けるものには全てに寿命があるのじゃ。

 赤い友人君も 空を飛ぶ鳥も ・・・ 人間も、な。 」

「 え。  に にんげんも???  

「 そうじゃよ。  ワシにも すばる、お前にも。 決められた命の長さがある。 」

「 ・・・ふうん ・・・   じゃ き〜すけは・・・ 」

「 すばる。 き〜すけは死んだの。  おはか、つくってあげよ! 」

すぴかがぐい、と二人の間に割り込んできた。

「 す すぴかァ〜〜〜 ・・・・   でも でもォ〜〜 」

「 おじいちゃまだっていきかえらせるのは むり。 おはか、つくってあげようよ。 」

「 ・・・ う  ・・・ うん ・・・ 」

すばるはようやっとすがり付いていた博士のブルゾンを離した。

「 そうじゃな、すぴかの言うとおりだなあ・・・ 二人で上等の墓を作っておやり。 」

「 はい、おじいちゃま。  さ いこ、すばる! 」

「 う うん ・・・ あ 〜 あ すぴ かァ〜 」

すぴかは弟の手をむんず!と掴むと ずんずん庭へと引っ張っていった。

「 ・・・ いやあ〜・・・ なんだな、いつもすぴかはしっかりしておるのう ・・・ 」

「 ・・・ でもねえ・・・ 女の子なんですからもうちょっとお淑やかにしてほしいですわ。 」

フランソワーズは溜息つきつき跳ね散らしてあるすぴかのスニーカーを揃えた。

「 ははは ・・・ 心配いらんよ、フランソワーズ。  年頃になればちゃんとレディになるさ。 」

「 ・・・だと いいのですけど・・・  あ 博士、お茶を淹れますね。 」

「 おお ありがとうよ。  いい陽気だな、五月とは思えんよ。 」

「 ほんとうに ・・・   あ! 」

「 な なんだね?? どうした・・・ 」

突然 フランソワーズは玄関で棒立ちになり固まっている。

「 五月 五月なんですよ!  大変〜〜 準備しなくちゃ! 」

「 ・・・ 準備? 」

「 ええ。  ほら こどもの日 のアレですわ〜〜  ジョーに言って庭に作らなくちゃ! 」

「 庭に?? 」

「 そうですわ。  去年のは物置に仕舞ったはず・・・ 見てきますね! 」

    だ・・・・!   今度は二児の母が駆け出していった。

「 はん??? ・・・・ あれまあ・・・ ふふふ ・・・後姿はすぴかとそっくりじゃな。

 あ ・・・ いや すぴかが母さんとそっくり、なのか。 」

博士は訳がわからなかったが なんだか可笑しくて仕方なかった。

「 博士〜 おかえりなさい。   あれ? すぴかとフランは・・・・ 」

ジョーがのんびり奥から出てきた。

「 おお ただいま。  うん? お前の奥方は裏の物置へ 娘は弟を引っ張って庭に出たぞ。 」

「 え。 ・・・ あの ・・・例の金魚は・・・ 」

「 ああ ソレも息子が後生大事に抱えていったぞ。 」

「 そうですか・・・・ 」

「 墓をつくるそうじゃよ。  いやあ〜 すぴかはしっかりしておるなあ。 」

「 ですかね・・・ ちょっと見てきます、あいつら <墓> なんて知らないでしょうしね。 

 お〜〜い すぴか〜〜 すばるっ ! 」

  ・・・・ どたどた どた ・・・・

最後に一家の長が走って行ったが ―

「 ・・・うん?  ふ ふふふ・・・ なんじゃ あの恰好は ・・・

 こっちはすばるにそっくりじゃな。  う〜ん・・・ジョーのヤツ、本来は不器用なのかのお・・・ 」

どれ 一服するか・・・ と博士はのんびりとリビングに入っていった。

 

 

 

「 ・・・ でもってね〜 ここにおみず、かけるんだ。 」

「 おみず?  」

「 そ。  じょうろでもってきて、すばる。 」

「 う  うん ・・・・ き〜すけ ・・・ まっててね・・・ 」

花壇のすみっこに小さな姿がふたつ、屈みこんでいた。

 

   あちゃ・・・・ あそこに金魚の墓か ・・・

   ・・・ ま  いずれは花のコヤシになるからいいか・・・

 

ジョーは庭用のサンダルをつっかけて 子供たちの側へ駆けてゆく。

「 おお〜い ・・・ すぴか すばる! 」

「 あ!  おとうさん〜〜〜 」

すぴかがぱっと立ち上がった。

「 すぴか〜〜  金魚のおはか、作ったんだって? 」

「 うん!  すばるのき〜すけ。  けささ〜 死んじゃったんだ〜 」

「 そっか・・・  お墓 ・・・ ちゃんとできたかい。 」

「 うん。  おりがみではこつくって ・・・ うめてあげた。 」

すぴかはものすご〜〜〜く真剣な顔で父親を見つめている。

「 えら〜い! よく知っていたねえ・・・ 」

「 ・・・ ようちえんでさ  ・・・ こおろぎ が死んじゃったとき、お墓つくったもん。

 あとね〜 おみずをかけてできあがり。 」

「 水を掛ける??  それはちょっと違うと思うな。

 お水をお供えするかもしれないけど・・・ 」

「 え。 だって土のなかにうめたらおみず、かけるよ? あさがおもひまわりのたねも・・・」

「 あ〜 タネはそうだけどね。  お墓はちょっと違うんだ。

 お水はなあ ・・・ なにか別の容器に入れて お供えしよう。 」

「 ・・・ お おみず〜〜〜 すぴか! 」

すばるが大きな如雨露を うんうん言いつつ引き摺ってきた。

「 すばる〜 ありがとう!  じゃあな この水を貰って ・・・ すぴか、そのトレイ、貸してくれ。 」

「 うん ・・・ はい、おとうさん。 」

「 ありがとう ・・・ じゃ これにお水を入れてっと。 

 ああ そうだ。 すぴか すばる。 お花を摘んできくれ。 お水とお花、き〜すけにあげよう。 」

「 ・・・ おとうさん。 き〜すけ・・・お花はすき かな・・・ 」

「 すばるがくれるものなら ありがとうって言うよ。 」

「 そ そっかな〜 ・・・ 」

「 そうだよ。  ず〜っと おともだち だったんだろ? 」

「 うん。 ず〜っと ・・・ もっとず〜っとおもともだち、だと思ってたのに・・・ 」

たちまち彼の目に涙がもりあがってくる。

「 う ・・・ ううう ・・・ き〜すけ ・・・ き〜すけェ〜〜〜 」

「 こらこら ・・・ そんなにいつまでも泣いてるとな、き〜すけが心配するよ。 」

「 え・・ き〜すけが・・・ 」

「 そうさ。 き〜すけはね、これからず〜〜っと天国で暮す。 とっても幸せに、ね。

 それでもっていつだってちゃ〜んとすばるのことを見ているさ。 」

「 僕のこと・・・? 」

「 ああ。 お世話してくれてありがとう・・ってさ。 すばる兄ちゃん、元気でがんばれ〜って。 」

「 ・・・ き〜すけ が・・・ す すばる兄ちゃん・・・って? 」

「 そうだよ。 だから もう泣きやんで・・・顔洗いなおしてから朝ゴハンだ。 」

「 ・・・ う ・・・ き〜すけ ・・・ 」

「 すばる〜〜 ほら、 アタシ、 お花とってきたよ、これ・・・あげようよ。」

すぴかがハルジョオンとたんぽぽを差し出した。

「 すぴか ・・・   う うん ・・・  き〜すけ・・・ お花だよ・・・ 」

すばるは神妙な顔で庭の花とお水を 金魚のお墓に供えた。

「 よし ・・・ それじゃ、今度はすばるがゴハンを食べる番だよ。 

 顔と手を洗いにゆこうな。 」

「 ・・・ ウン ・・・ き〜すけ ・・・ 」

「 あれ すぴか? 」

庭に立ってるままの娘にジョーは声をかけた。

「 アタシ  もうゴハン食べちゃったもん。 じょうろ、かたづけるね。 」

「 あ〜〜 ありがとう すぴか!  偉いなあ〜〜 さすがお姉さんだ。  」

「 え えへへへへ・・・  ものおきのとこに置いておくね。 おとうさん。 」

「 おう 頼む。   ほら すばる〜〜 靴下もどろどろだなあ・・・ よし。 」

えいや、とジョーは息子を持ち上げると そのまま家に入っていった。

「 ・・・・・・・・・ 」

すぴかはそんな父の姿をしばらく見ていたが やがてぱっと駆け出した。

「 ・・・ ち〜〜ち〜〜?? ちゅん ちゅんちゅん〜〜  ち〜? ゴハンだよ〜〜 」

裏庭に向かって駆け出しつつ、 すぴかは空へ呼びかけていた。

 

 

 

   ガタ ・・・・!  ゴトン ゴトン ・・・・ 

 

「 ・・・うわ!? なに これ〜〜  ・・・ああ 夏の簾ね・・・ よいしょ・・・ 」

裏の物置の中ではフランソワーズが奮戦していた。

「 え〜〜と・・・? どこに仕舞ったのかしらねえ ・・・ なんもかんも一緒くたになってて・・・

 ここはどうしてもジョーに片付けてもらわなくっちゃね・・・ あ あったあ〜〜! 」

一番奥の隅っこに手を伸ばした途端 ―   ごん・・・!

「 ・・・ きゃ〜〜〜 」

   

   ガタガタ ・・・ッ !  ガターーンン ・・・・!

 

「 うわ?? も ものおきに  な  なんか  いる??  ・・・ だ  だれッ?? 」

物置の外から きんきん声が響いてきた。

「 ・・・ふう〜〜〜  痛ったァ〜〜〜 思いっ切りぶつかってくるんだもの・・・

 ( ・・・サイボーグでよかったわ・・・ )  うん? 外に ・・・ すぴかね・・・ 」

「 だ だれっ??  お おとうさんに言うよ!? 」

ドアの陰から 怖々・・・ 覗いて、でもしっかり怒鳴るのがさすがすぴか、というか・・・

「 あ〜 すぴかさん?  ちょっと・・・手伝ってくれる〜〜 」

フランソワーズは落っこちてきたガラクタを押しのけつつ 入り口に向かって声をかけた。

「 ? お おかあさん???  」

「 そうよ〜〜  必要なモノがあってね〜〜 出しにきたの。 

 すぴか、 入ってきて〜〜 これを持って行って・・・ 」

「 う うん ・・・ でも どこにいるの、おかあさん ・・・ 」

「 一番奥〜  あ  気をつけて ・・・ 」

「 うん ・・・ アタシ、もぐっちゃうからへいきだよ〜〜 」

 

   ガサガサガサ ・・・・ ゴソゴソ ・・・・  ガラクタの間から金色の頭がにゅ、っと現れた。

 

「 おか〜さん ・・・! 」

「 ああ すぴか・・・・ 大丈夫? 」

「 ウン こんなのへっちゃら〜〜  ねえ なにしてるの おかあさん 」

「 ふふふ・・・あのね  これを出そうと思ってね。  ほら・・・! 」

  ― ガサリ ・・・!  嵩張る包みが すぴかの目の前にでてきた。

「 ・・・・?  これ ・・・? 

「 ふふふ もうすぐ空を泳ぎます〜〜  ほら! 」

「 あ〜〜〜   わかったァ   このぼり  !! 」

「 あたり〜〜!  後でお父さんに支柱を立ててもらいましょ。 」

「 うわ〜〜〜い!!  これ・・・ くろいこいのぼり、だね〜〜 」

「 下に赤いのも ・・・ ほら ひらひらしたのも入ってりうはずよ。 」

「 ふ き な が し。  だよ、おかあさん !   アタシ、 もってくよ〜 」

「 いい? 大丈夫?  お母さん、 手を離すわよ? 」

「 ・・・ う  ん   だいじょうぶ ・・・うわ ・・・ 」

「 平気?  もてる?  」

「 だ だいじょうぶ!  うんしょ・・・ うんしょ・・・!」

すぴかは顔を紅潮させ 嵩張る包みを持ちだした ・・・ 半分引き摺っていたけど・・・

 

   あらら ・・・ でも ま いっか。

   後は 〜〜 すみっこにあった支柱だけど ・・・ アレはジョーの担当よね〜

 

フランソワーズは娘に続いてゴソゴソと物置の奥から這い出してきた。

 

  こいのぼり ・・・!   そう 島村さんち の庭には毎年五月になるとおっきな鯉が泳ぐのだ。

 

すぴかとすばるの初節句に 珍しいモノ好きなオジサン達が贈ってくれた。

桃の節句の雛人形 は これは母親のものをリビングに飾ったので新調はしなかった。

「 ふむ ・・・ こういうものは代々受け継いでゆくのだろうな。 」

「 左様 ・・・ 母のものを娘が貰いうける。 うん、伝統とはそういうものだ。 」

欧州組は <代々伝えてゆくもの> をとても尊重するので 雛人形のプレゼントはなかった。

その代わりに すぴかの好きな動物に縫い包みがわんさと届いた・・・

  で。 鯉幟なのだが ―  この勇壮なオサカナは皆が気に入ったらしい。

今のご時世、 これは特注品じゃないか・・・と思うほどの特大のモノが届いてしまった。

「 ―  ジョー ・・・・ これ。   なに。 」

「 え ・・・ あ〜〜  あの うん、まあ そのぅ〜〜 幸せのシンボルみたいなもんさ。 」

「 この ・・・巨大なオサカナとぴらぴら が? 」

「 そ そう・・・! ご 五月五日の子供の日 にね 庭に飾るんだ 」

「 へえ ・・・・ 」

箱を開けて 一瞬絶句した細君にジョーもしどろもどろの応対だ。

幸い ・・・ 海っ端の崖の上、 空は広いし風も十分 ・・・ 隣近所から文句を言われることもなく

毎年 島村家の庭には巨大鯉幟がへんぽんと大空に漂うのである。

 

「 た〜かく お〜よぐ〜や・・・♪ か ・・・ふふふ 楽しみ〜〜 

 あのでっかい魚がばふばふ泳いでいるの、見てると気分がすっきりするのよね〜〜 

ふんふんふん・・・・♪  フランソワーズは最初こそ目を白黒させていたが ・・・

今では大の鯉幟党になっている。

「 え〜と・・・ お昼からジョーに穴掘りしてもらいましょ。 

 そうだわ! 写真撮ってみんなに送ってあげようかしら。 日本の初夏を忘れないでって・・・ 」

穴掘りに必要なシャベルを引き摺って 彼女が前庭まで周ってくると ―  

双子の片割れが 空を見上げて立ちんぼだ。

「 あら。 どうしたの、すぴか。 」

「 !   あ !  え 〜〜〜  あ あの ・・・ 」

珍しくすぴかが もじもじしている。  手にはパンの端っこを持っている。

「 ??  あら。  こんなところでパンを食べていたの? 」

「 え?  ・・・ あ  あ 〜〜 う うん そうなの。 」

「 ・・・ それ、給食のパンじゃないの?  すぴか。 お残し、したの? 」

「 ウン。  ・・・ あの ・・・これ・・・  ち〜  のゴハンなの。 」

「 ―  ち〜 ??? 」

「 そ。 アタシのおともだち。  ・・・ ほら! あそこにいる! 」

すぴかは 庭の松の樹を指すと ぽ〜〜んとパンの欠片を放った。

ぱあ〜〜・・・っと茶色の小鳥が飛び立って 巧みにパンをゲットした。

「 ??   あ。  もしかして。  すずめさんのこと? 」

「   ウン  ・・・  ねえねえ〜〜〜 おかあさん! 

 ち〜 ね。 すぴかのおともだちなの〜〜〜  ねえ もっとパン、あげてもいい。 」

「 う〜ん ・・・あ! そうだわ、固くなった残りがあるから・・・アレならいいわよ。 」

「 うわぁ〜〜〜い♪  ち〜? ちょっとだけ まってて〜〜 」

すぴかは大喜びで お勝手口へと駆け出そうとしたが・・・

 

    カア 〜 ・・・・ 

 

突然 真っ黒なヤツが ― カラスが飛来して樹の上をバサバサ飛んでいる。

「 ! あ!!   あっち いけ〜〜〜 !! 」

  ひゅん ひゅん ・・・!   すぴかは足元の小石を投げてはじめた。

「 まあ ・・・ すごい ・・・わね・・・ 」

フランソワーズは ただただびっくりして娘を眺めていた   ・・・ しかし。

「 すぴか。 おかあさんにやらせて? 

「 え? ・・・ いいの? 」

「 ええ。  お母さんはすずめさんの、 そして すぴかの味方! 」

 

   ―  ビュ ・・・・ッ !!

 

ついに母の手から石礫が高速で宙を引き裂き ―  飛んだ ・・ !

 

 

 

Last updated : 05,15,2012.                      index         /         next

 

 

 

 

*******  途中ですが・・・

すみません〜〜 続きます ・・・

例によって な〜〜んにも起きません、 平凡な日々のお話・・・