『   はつこい   ― (1) ―  』

 

 

 

                                                        企画 : めぼうき ・ ばちるど

                                                        テキスト : ばちるど

 

 

 

崖っ淵に建つちょっと古びた洋館の朝はなかなか忙しい。

街外れ ・・・ 国道にあるバスの停留所からさらに急な坂道を登りきった場所にあるその家には

白髪のご老人とおそらく彼の娘夫婦と思われる若いカップルと双子の子供達が住んでいる。

若夫婦を始め皆この国の人間ではなさそうな外見なので おそらく外国ドラマに出てくるみたいな

絵に描いたような ・ 溜息がでるような ・ ヒトも羨む豪奢な日々を送っている  ・・・ 

と思われがちである    が。

 

 

「 ほらほら 早くなさい。 遅れますよ! 」

「 すばる〜余所見しない! こぼしますよ。  あ すぴか! ちょっとすばるを待ってて〜 」

「 忘れ物はない?  すばる〜〜 お帽子はッ!? ほらほら〜早く〜 」

「 はい、 行ってらっしゃい ・・・ 気をつけてね! 

 すぴか〜〜〜 寄道をしてはダメよ! すばる、ご本を読みながら歩くのはダメよ! 」

 

 ― キンキン声が響きほどなくして ランドセルを背負った女の子と男の子が坂を駆け下り行く

たいていは 女の子が男の子の手をひっぱり先に立ってずんずんと行く。

< いってきまァ〜〜〜す > の甲高い声を響かせて・・・

  

 そして それから。

 

「 ・・・ 起きて?  時間よ。 」

「 ねえ 起きてね。 遅刻するわ。 」

「 起きて頂戴。 」

「 ジョー。  起きなさい。 」

「 −−−−  起きろ 〜〜〜〜 !!! 」

ばさッ!と布団を剥ぎ取る音が続く。  ― ごとん。 ・・・落下。

  ・・・ で どうやらやっとご亭主はお目覚めになるらしい。

 

 そして その後は。

 

「 じゃあ 後はお願いね。 博士、お昼のサンドイッチは冷蔵庫ですから。

 ジョー! お弁当、忘れないでね!  」

「 ジョー じゃ ・・・ イッテキマス♪   んんん ・・・・・ 」

  ・・・ なにやら甘い雰囲気を纏いつつ若奥さんがお出掛けになる。

 

そのあと しばらくして時にはごくありふれた車が門から出ていったり、時には膨れたバッグを抱えた

茶髪に青年が 例の急坂を駆け下りていったり  する。

昼下がりには白髪白髭のご老人がのんびりテラスで読書にふけっている姿も見られる。

 

   ― つまり。 岬の洋館にはごく普通の家族が ごく普通に生活しているのだった。

 

近所の人々はもうとっくにそのことを知っているし、彼らともお馴染みなので

特別な関心を払うことはない。  

いや それどころか美人の奥さんと可愛い双子たちは地元商店街では人気者なのだ。

<岬のシマムラさんち>  皆がそう呼んでいる。

 

 

   さて そんな <ごく普通の> ある日のこと ・・・

 

岬の家の若奥さんは、 いや フランソワーズは。  

今朝も大きなバッグを担いで 急ぎ足で門を出てゆく。 

「 いっけない! 急がないといつものバスに遅れる〜〜う・・・! 」

ぐっと荷物を持ち直すと 彼女は猛烈な勢いで坂を走りおりてゆく。

「 ・・・  あ!  まって〜〜〜 乗ります〜〜〜ッ !!! 」

最後は飛ぶ勢い、 停留所に止まっていたバスに追いついた。

「 はい、待ってますよ。 岬の家の若奥さん 」

お馴染み地域循環バスの運転手が 笑って合図した。

「 あ ・・・ ありがとう ございますゥ 〜〜 ! 」

「 はい、お疲れさま。 発車しま〜す 」

これもお馴染みな乗客達の笑いも乗せてバスは駅に向かって走りだした。

フランソワーズは 隅っこで赤くなりつつもほっと一息入れるのだった。

 

     えっと・・・ 今晩のオカズは ポークの薄切りがフリーザーにあるわね。

     帰りに買ってくるものは・・・ ええと・・・・

     トマトにキュウリ ・・・ あ、お豆腐もね〜 

 

一応 今晩のメニュウを考え買い物の段取りをしておく。

一家の主婦はいつだっていろいろ忙しいのである。

「 ・・・んん よし、いいわ。   さあて・・・ 今日も レッスン頑張らなくちゃね♪ 」 

きゅ・・・っと大きなバッグを持ち直し、彼女はダンサーの顔になった。

  

 地元の駅から電車に乗り、さらにメトロを乗り継ぎ都心近くに出た。

地上に戻ると駅からまたまた彼女は駆け足になり  表通から二筋裏手にはいった建物に飛び込んだ。

「 あら、急がなくちゃ・・・!  ・・・・ あ お早うございま〜〜す 」

「 お早うございます、フランソワーズさん。 急がないと・・・ 」

「 は〜い、すみません〜〜 」

事務所の人に挨拶し  ― さらに ・・・ 走る!

  ― ばたんッ!!

「 おはよ〜〜ございます〜〜  ハァ ハァ ・・・ 」

「 フランソワーズ〜〜〜 もう始まるよ! 」

突進した更衣室にはすでに人影はなく、 小柄な乙女とドアの前で鉢合わせした。

「 え へへへ・・・ちょっと ね・・・ 」

「 あ〜 またあのカレシが起きなかったのでしょ〜 大変だね〜 」

「 もうねえ  チビたちより手がかかるの〜 」

「 お家も遠いのにさあ、頑張るよね〜 フランソワーズ、えらい! 」

「 みちよ・・・ アリガト♪ 」

「 さ〜〜 急げ! もうピアニストさんも来てるよ! 」

「 うん! 」

フランソワーズは大急ぎで着替え始めた。

 

    きゃ〜〜〜 急がなくちゃ・・・!  遅刻厳禁だもの〜〜

    

ばたんッ!!!  再びドアが閉って彼女が駆け出して行き、ほどなくしてピアノの音が響きだした。

   ― 朝のレッスンが始まった。

 

 

 

「 ・・・ いいわよねえ〜 もともとスタイルいいんだし? X脚だし ガイジンさんは得よねえ 」

「 仕事もしないでバレエだけって、羨ましいわあ   幸せな奥様はいいなあ 」

「 有閑マダムなのよね〜〜 」

「 なんかさ〜 いろいろ世の中不公平だよね〜 」

 

 

「 あ〜あ・・・ つっかれたァ ・・・ あれ? フランソワーズ? 」

「 みちよ・・・ し・・・」

「 え〜 ??? 」

レッスンが終わりしばらく自習してみちよが更衣室に戻ってくると入り口の前にフランソワーズが立っていた。

「 え・・・どうしたのさ。  中? 誰がいるのさ。 」

「 あの ・・ その ・・・今 ちょっと入らないほうが・・・ 」

「 ?? 」

みちよはちょこっと聞き耳を立てていたが フランソワーズを押しのけると ずい、と更衣室へ入った。

中にはまだ若い少女たちが2〜3人、鏡の前でおしゃべりしている。

「 お疲れ〜 

「 あ ・・・ お疲れ様です〜 みちよさん 」

「 ・・・ あのさ。  よく知らないでいろいろ言うもんじゃないよ? 」

「 はァ〜〜 ? 」

「 彼女 ― 忙しいんだよ? 旦那さんと双子がいて 」

「 みちよ ・・・  いいのよ、もう いいの。  ごめんね、皆 ・・・ 」

フランソワーズが慌てて入ってきて仲に割って入った。

「 べつにぃ〜 なんにも言ってないです〜 」

「 ・・ 帰ろ。 お疲れサマでしたァ〜 」

「 お疲れさま・・・ 」

少女たちは仏頂面で足早に更衣室から出て行った。

 

「 なに あれ〜〜〜 ? 」

「 なんでヒトのハナシに口、挟むわけ〜〜 」

「 ・・・ カンジわる〜〜 」

「 よ! お疲れ〜 お嬢さんズ〜 」

「 あ・・・ タクヤさん♪  お疲れ様でしたァ♪ 」

彼女たちの前に長身の青年がずい、と現れた。

少女らの声のトーンが急に高くなる。

「 お前らの声、デカすぎ。 廊下にも俺らの更衣室にも筒抜けだ。 」

「 ・・・ あ ・・・・ 」

「 ワルクチ言いたいなら場所変えるんだな。 

 いや ・・・ そんなことより踊りで追いつけよ。  いろいろ言うのはその後。 」

「  ― す すみません ! 」

「 謝るなら本人に言えば。 俺は関係ないぜ。 」

「 は はい・・・ 」

 

 

「 あの  ありがとう!  みちよ ・・・ タクヤ! 」

フランソワーズは 少女たちの遠ざかってゆく靴音を聞きつつ二人にぺこり、と頭を下げた。

あれこれ言っていた彼女らは フランソワーズの前で謝ってくれた。

「 い〜ってばさ。 フランソワーズ、大人しすぎるよ〜〜  」

「 でも ・・・ わたし、遅刻やぎりぎりが多いものね・・・ 

 やっぱりだらしないわよね。 家が遠いのは始めからわかっていたことですものね。 」

「 フラン〜〜〜 それ言うな〜 近くに住んでて遅刻魔のオレはどうなる〜〜 」

「 うふふ・・・タクヤも気をつけましょう?  目覚まし、増やす? 」

「 ううう ・・・痛いトコ 突くな〜〜 」

「 あはは・・・ も〜〜アンタ達ってば可笑しすぎ! さ 帰ろうよ。 ね〜たまにはお茶してく? 」

「 みちよ ・・・ あの ごめん・・・ 今日ねえチビ達、早く帰ってくるの・・・」

「 あ〜 いいって いいって。  早くかえってあげなよ、お母さん。 

  じゃ さ。 今度絶対にお茶しようね♪ 」

「 わあ〜〜 オレもまぜてくれえ〜〜 」

「 ふふふ ・・・ わたしこそ、一緒にお茶したいの〜 みちる、 タクヤ〜〜

 ごめんね、 ありがとうね 本当に。  わたし、もう遅刻しないわ。 

じゃあ ・・・ また明日ね、と亜麻色の髪の美女はまたしても小走りに去っていった。

「 ・・・・・・・・ 」

タクヤは そんな彼女の後ろ姿をほれぼれと見つめている。

「 ・・・ 辛い恋だねえ 」

「 ・・・・・・・・ 

「 ? ちょっとォ〜〜〜 聞こえてますかァ〜〜 つんつん? タクヤく〜〜ん ? 」

みちよは つんつく彼の背中を突いているのだが。

ご本人は一向に気づかないまま おも〜〜い溜息を吐いている。

「 た く や くん!! 」

「 ・・・ え?  ああ  みちよちゃん ? なんだい。 」

「 なんだい、じゃないよ〜う  子持ちの人妻になんて目線? 」

「 ・・・ 子持ちだって旦那もちだって・・・ フランソワーズはフランソワーズだよ・・・ 」

「 は! ・・・じゃあ せいぜい彼女を庇ってあげてよね。

 さっきのコ達みたいに見てるヤツら、けっこう いるしさ。 」

「 まあな。  ま、言いたいヤツには言わせておけよ。

 彼女の踊りを見てれば 誰もあんなこと、言わないけどな。 」

「 そ〜そ〜・・・ 可愛いもんねえ ・・・彼女。 」

「 ああ。 オレ ・・・ パートナーとしてめっちゃ頑張っちゃうぜ〜〜 」

「 はいはい。  だから明日は遅刻 すんなよ? 」

「 ・・・だは・・・ 相変わらずキツいねえ みちよちゃん〜 」

「 ふん だ。 今度あんた達、 『 ドンキ 』 でしょ   頑張ってよね!? 」

「 お〜 任せとけって。 オレの セゴン・ターンは 」

「 じゃなくて。 サポートの方!  フランソワーズをう〜〜んと素敵に踊らせてあげて。 」

「 ・・・ へ〜い ・・・ 」

   二人はマジメな顔で見つめ合い・・・ぷっと吹き出した。

「 あはははは〜〜  了解〜〜〜  缶コーヒーくらい 奢るぜ? 」

「 だはははは・・・  いいねえ。 茶缶でもいいよォ  」

タクヤとみちよは大笑いしつつ バレエ団の門を出ていった。

 

 

 

「 えっと・・・ これで全部よね。  あ! プチ・トマト!  すぴかのリクエストだったわ! 」

若奥さんは店の出入り口で荷物の点検をしていたが またくるりと店内に戻った。

大急ぎで電車を乗り継いできて駅前のスーパーによった。

本当なら地元の商店街に行き、地元産の新鮮な野菜やら取れ取れの海の幸やらを

買いたいのであるが なにしろ時間がない。

「 ・・・ 皆 ・・ ごめんね。  お休みの日には美味しいお魚、お料理するわね。 」

フランソワーズはこころでわびつつスーパーの中を早足であるく。

 お目当てプチ・トマトと 思い出して安売りの苺を4パック買った。

潰れかけている実が多いがジャムにすればいい。  なによりお買い得価格だ。

「 博士のお茶用にいいわよね。  そうそう ヨーグルトに入れてもいいし♪ 」

さらに大荷物を抱え 海辺の洋館を切り盛りする主婦は急いで家路をたどった。

 

   「 ・・・ ただいま〜 っと 」

 

玄関に入れば 上り框にはまだちっちゃな運動靴は並んでいなかった。

「 やれやれ・・・ 間に合ったわね。  さ〜あて・・・ と。 」

子供達にはできるだけ <お帰りなさい> を言う!  

これはフランソワーズの <自分自身との約束> なのだ。

 ― 家族には 子供たちには 淋しい思いはさせない。 

そして これはジョーとフランソワーズの 親としての約束なのだ。

 

「 博士〜〜〜 ただいま帰りました〜〜 」

書斎に向かって声を張り上げ、荷物ごと彼女はキッチンへと急いだ。

 

 

買い物の始末をして 子供たちのオヤツの準備をしていると ―

 

「 たっだいま〜〜〜〜♪ 」

まず 姉娘の甲高い声が玄関に飛び込んでくる。

「 はァい、 おかえりなさい、すぴかさん。 」

「 ただいま〜〜 お母さ〜ん ねえねえ 」

  カタカタカタ ・・・・

すぴかがランドセルを背負ったまま、リビングを駆け抜けてきた。

今日はすぴかの < おけいこの日 >、学校の帰りにレッスンに行ってきたのだ。

「 お帰り、すぴかさん。  お稽古はどうだった? 」

「 おかあさん! あのね あのね〜〜 」

「 はいはい。 ほら・・・ランドセル、下ろして・・・ 」

「 ウン ・・・  ね! アタシ達のはっぴょう会ね〜〜 

 アタシ達も〜〜 『 ドンキ 』 やるの〜〜  おかあさんと一緒だね !」

「 まあ  そうなの? 凄いわ〜〜〜  すぴかの役はなあに。 」

「 えへへへ ・・・ あててみて、 おかあさん♪ 」

姉娘はちょっと気取った顔をして つん・・・と爪先だってみせた。

すぴかは小学三年生 ・・・ まだポアントを履かせてはもらえない。

でも学校の上履きでポアントの真似っこはいっつもやっている。

フランソワーズは どうしてもそんな娘の姿に自分の少女時代を重ねてしまう。

見た目はそっくりだが中身はてんで違う我が子なのだが・・・。

「 ・・・ あ わかった。  キューピッド でしょ? 」

「 あったり〜〜  おかあさん すご〜い♪ 」

「 うふふふ・・・ お母さんもね、ちっちゃい頃にキューピッド、踊ったことがあるの。 」

 

( いらない注 :  キューピッド とは 『 ドンキホーテ 』 夢の場 での踊り。

 キューピッドは若手やジュニアのトップが踊る。 キューピッド達 は子役の出番♪

 すぴかは勿論 <キューピッド達> )

 

「 ふうん ・・・ アタシが踊ってみたいのはさあ お・・・  あ ううん あのさあおかあさん。

 お願いがあるんだ〜 」

「 あら なあに。  あ・・・ プチ・トマトならちゃんと買ってきたわよ? オヤツに食べる? 」

「 ちが〜うの。 あのね。 おかあさん達の お稽古、一緒にみてもいい?  」 

「 お稽古って・・・ お母さんたちのバレエ団の? 」

「 うん。 」

「 大人のクラスよ? すぴかと同じ年頃のコ達のジュニア・クラスは夕方なの。 」

「 ジュニア・クラスじゃなくて。  おかあさん達のおけいこがいいの。 

 あの さ。  タクヤお兄さん、いるよね? 」

「 ええ いますよ。 じゃあ ・・・ 今度の祝日に一緒に行く? 早起き、できるかな。 」

「 できる。 」

「 それじゃ 一緒に行きましょ。 でも・・・ずっと見学してるの、退屈じゃない? 」

「 へいき。 ちゃんと し〜〜〜・・・て見てる。 」

「 そう? それじゃ ・・・ 一緒に行きましょうね。 」

「 うわ〜〜〜い♪  お出掛けだあ〜〜 おかあさんと〜〜♪ 」

「 うふふふ・・・ お母さんもすぴかと一緒で嬉しいわ。   

 ・・・あら? すばるは?? 」 

「 ああ また図書館、寄ってくるって。  わたなべ君といっしょ。 」

姉は弟の<しんゆう> の名前を言った。

「 あら そうなの。  すぴかさん、じゃランドセルをお部屋に置いて。

 お稽古着やタオルをお洗濯籠に入れて − 」

「 手をあらってくるね! 」

「 はい、それからオヤツよ〜 」

「 うん♪ 」

   カタカタカタ ・・・・

再びランドセルを鳴らしてすぴかは二階に上がっていった。

 

「 ふうん・・・ キューピッドかあ・・・ 懐かしいわね・・・

 それにしてもレッスン見たい、なんて。 うふふふ・・・ すぴかもやっとヤルキになったのね。 」

小さい頃から活発なお転婆娘は 母の希望で地元のバレエ教室に通っているが

イマイチ・・・熱心とは言い難い。

跳んだりはねたりするのは好きなので なんとか休まずに通ってはいるが

 ・・・ どちらかと言えば 蝉取り の方がお気に入りのようだ。

   「 アタシ。  絶対に おーろら姫 踊るの。 」

本人は そう公言しているが ・・・  とてもじゃないが無理、と母は溜息をついていた。

 

     すぴかはバレエには ・・・ どうもあまり向いていない かな・・・

     アスリートとか新体操とか・・・の方がいいのかも・・・

     ・・・こればかりは仕方ないわねえ 

 

一年中 外で跳ね回りこんがり・トースト色の娘の顔を見て、母は諦めかけていたのだ。

 それが ♪  すぴか自身から レッスンを見学したい、と言ってきたのだ。

 

「 ふんふんふん♪  わたしもすぴかの負けないように頑張っちゃう♪

 すぴか〜〜 お母さんもキトリ ( 『 ドンキホーテ 』 の主役 ) 頑張るわ〜〜 」

フランソワーズはご機嫌ちゃんで夕食の用意を始めた。

キッチンでステップを踏み扇のつもりで菜箸を振っているのは ・・・ まあご愛嬌だろう。

 

「 おかあさん、 オヤツ〜〜 」

亜麻色のお下げをふりまわし、すぴかがキッチンに入ってきた。

「 ふんふんふん〜〜っと  ・・・  ああ はい、ちゃんとすぴかの好きなお煎餅よ〜 」

「 うわい♪    あ ・・・ ミルクティさあ 」

「 わかってるわよ、お砂糖は入れてません。  はい、どうぞ。 」

「 わ〜い ・・・・ ( ごっくん )  おいし〜〜 」

「 やだ、すぴかさん、ちゃんとお座りしてからよ。 」

「 は〜い  」

すぴかはお煎餅を齧りつつ 椅子を引いた。

「 ねえ おかァさん ・・・ タクヤお兄さん さ、 バジル ( 『 ドンキホーテ 』 の主役。

 キトリの恋人 ) でしょう? 」

「 そうよ。  すぴか達の発表会は 〇〇先生でしょう? 」

「 ウン。  ねえねえ おかあさん、ホントに今度のお休みの日、お稽古見にいってもいい? 」

「 いいわよ。  ・・・ あ。 でも・・・ほら、今度のお休みはお父さんとすばると約束があったのじゃない? 」

「 あ。 そだ・・・!  つり ・・・ 」

「 でしょ。  お父さん、 すぴかとすばると一緒に釣りに行くぞ〜って楽しみにしてらしたわよ。

 だからお稽古場の見学に行くのはその次のお休みにしたら? 」

「 う 〜〜 ん ・・・  アタシ! つり はいいや。 すばるが行くからいいよ。 

 アタシ、おかあさんといっしょにお稽古、見にゆきたい。 」

「 いいの? 

「 うん いい。 」

「 じゃあ すぴか、あなたが自分でお父さんに言うのよ? 」

「 う ・・・ ん   ・・・ おとうさん、がっかりするかなああ・・・ 」

 

「 なにががっかりするんだって? 」

 

キッチンの入り口に ジョーが立っていた。

「 あ〜〜〜 おとうさ〜〜ん♪ お帰りなさ〜い! 」

「 あら ジョー。  お帰りなさい、 ごめんなさい 気がつかなくて・・・

 でも どうしたの、今日は早いのね。 」

「 ああ 取材がひとつキャンセルになってね。 直帰 オッケーが出たからさ。

 こんな時間に帰れるなんてすごいラッキーだよね。 」

「 そうなの。 嬉しいわ〜〜 うふ♪  お帰りなさい ジョー・・・ 」

「 ただいま フランソワーズ ・・・ 」

二人はキッチンで あつ〜〜〜いキスを交わし。

娘はそんな両親に慣れっこなので大して気にも留めずに熱心にお煎餅を齧っていた。

「 お。 美味そうなお煎餅だな〜 すぴか。  お父さんにも一口おくれ。 」

「 うん いいよ。  はい。 あ〜んして、 お父さん。 」

「 あ〜ん。   ・・・   うん 美味しい♪  それで・・・ なにががっかりなんだい。 」

「 うん ・・・ あのねえ お父さん。 今度の つり なんだけどォ 

 すぴか さあ。 あのゥ お母さんとこのおけいこ、見にゆきたいの。 」

「 お母さんの?  ふうん、すぴか、バレエ頑張るんだな? 」

「 ウン。 アタシ ・・・ やりたい役があるの。 まだまだおどれないけど。 いつか さ。 」

「 そうか。 頑張れよ。  うん、それじゃ釣りは別の日にしよう。 」

「 え〜〜 ダメだよ、おとうさん。 すばるがすご〜く楽しみにしているからさ 」

「 へえ そうなんだ?  じゃあ 釣りにはお父さんとすばるで行こう。 」

「 うん、そうして。  すばる、喜ぶよ〜〜 」

「 そうだねえ。  ・・・ すぴか、いつかさあ お父さんと デート しような。 」

「 え〜〜〜〜  あははは・・・・ お父さん おかし〜〜〜 

 デートはおかあさんとするんでしょ。  あ〜お煎餅、美味しかったあ〜〜♪ 

 ひろみちゃんと遊ぶ約束したから〜 いってきます〜 」

すぴかは御馳走さま、をすると椅子から飛び降りさっさと遊びに飛び出してしまった。

 

「 ・・・ ジョー? お煎餅 もっと食べる? 」

「 ・・・・・・・ 」

ジョーはぼんやりすぴかが出掛けた後をながめていた。

フランソワーズはちょんちょん・・・と彼の肩を突いてみた。

「 ジョーォ? 」

「 え ・・・?  ああ ごめん・・・ 」

「 どうしたの、ぼんやりして。   あ 娘に振られてショックなの? 」

「 え ・・・ うん・・・ まあ そんなとこかなあ・・・ あ〜あ・・・すぴかと一緒に行きたかったのになあ。 」

「 あら・・・ごめんなさいね。 実はねえ 」

すぴかとの経緯を話し、フランソワーズはなんだか申し訳ないみたいな気がしてしまった。

「 謝ることじゃないだろ?  ウチのお嬢さんのご希望なんだから。 」

「 ええ・・・ どこまで本気なのかわからないけど。 自分から言い出したのね。

 だから せっかくのチャンスを逃したくないの。 」

「 うんうん ・・・ アイツもやっと本気になったんだよ。  きみの後を継ぐかな。 」

「 う〜ん・・・どうかしら?  あのコにはちょっと無理かも・・・

 まあでもともかく お姫様のお願いをかなえてあげようと思うの。 」

「 うん、宜しく頼むな。 」

「 ええ。  なんかねえ、やたらとタクヤに拘っていたから・・・ 

 うふふふ・・・ あのコ、タクヤがお気に入りなのかも♪ 」

「 ・・・・え!  す  すぴか・・・!  あのヤロー〜〜!!  」

「 いやだ、ジョーったら。  すぴかはまだ子供よ? タクヤの方で相手になんかしないわよ。 」

「 う ・・・ そ ・・・それは ・・・ 」

 

     それは それで・・・腹が立つ・・・ンダ!

     ぼくの可愛い娘の想いをソデにする???  許せない! 

       ・・・ けど・・・

     くそ〜〜 あのヤロウ〜〜 

     ・・・ フランだけじゃなくてすぴかのハートも〜〜!!!

 

  ― 要するにジョーはまたしても自分自身の妄想に自分で腹を立てているのだ。

 

「 すぴかは まだまだ日焼けしてそこいらを跳ね回って・・・ご機嫌なのよ。

 それより すばるにしっか〜〜りボートの漕ぎ方とか教えてやってね。

 本当にあのコってばいつまでたったも赤ちゃんなんですもん。

 すぴかの後にくっついてばっかり ・・・」

「 あは ・・・ アイツ、甘ったれだからな。  よし、ちょいと男同士で渇を入れてやるか。 」

「 頼むわ〜 わたしじゃどうしても迫力がなくて。 」

「 ・・・ へええ ?? そんなはずないと思うけどなあ。

「 ― なあに。 」

「 い いや ・・・ なんでもないデス。 」

細君にじろっと睨まれて ジョーは首を竦めた。

「 ま それじゃ今度の休みは別行動するか。 後で報告会、させようよ。 」

「 そうね、わたしもジョー達の釣りの様子、知りたいわ。 」

「 ぼくもさ。  ・・・ アイツ〜〜 すぴかに手ェだしたら〜〜 」

「 いやだ、まだ言ってる。 ねえ 今晩はジョーの好きなポーク・ジンジャーにするから。

 機嫌 直して・・・ ね? 」

ちゅ・・・っと小さなキスがジョーの頬に飛んできた。

「 機嫌って ・・・ぼくは別にそんな・・・ ふうん ポーク・ジンジャーか♪いいね♪ 」

「 苺も買ってきたのよ。 ちょっと押せているから煮てシロップにしようかな、と思ったけど

 ジョー、あなた苺ミルクにする? 」

「 うわお♪ うん、 するする〜〜 ふんふんふん♪ 早く帰れてラッキ〜〜♪

 あれ、 すばるは? 」

「 図書館、寄ってくるって・・・  あら、でも遅いわねえ・・・ 」

「 ちょっと見て来る。  帰りになにか買い物、あるかい。 」

「 え〜と・・・・ あ! ミルク! 明日の朝のミルクがないのよ、おねがい〜〜 」

「 おっけ〜 おっけ〜♪  じゃ いってくるね。 」

「 お願いします。 」

ふんふんふん・・・・♪ ハナウタ混じりにジョーはキッチンから出ていった。

「 やれやれ・・・ まったくウチには子供が3人いるのかしらね〜  」

ぶつぶつ言いつつも フランソワーズも自然に口元を綻ばせついにはハナウタ交じりに夕食の準備を始めた。

 

 

 

「 おかァさん〜〜 はやく はやく〜〜 バス、来ちゃうよッ !」

玄関で娘がきんきん声を張り上げている。

今日は休日、 普通のお宅なら家族全員まだゆっくりお布団の中 ・・・ といった時間なのだが。

島村さんちは 平常営業、 いや いつもより家族全員が早起きをしていた。

「 はいはい ・・・ ちょっと待ってよ、すぴかさん。 えっと ・・・ 今日は不燃ゴミの 」

大きなバッグを抱えフランソワーズはぱたぱた小走りに出てきた、

「 フランソワーズ、あとはワシが片付けておくから。  ほらお嬢さんがお待ちだぞ。

「 博士〜〜〜 」

博士も彼女を追って玄関にきた。

「 このカーディガンはお前のだろう?  リビングに置いてあったぞ。 」

「 あ! ありがとうございます!  あの ジョー達は多分お昼過ぎに戻ると思いますわ。 」

「 うむ、 まあ成果があれば、だけどな。 」

「 ええ そうですわねえ。  ― どうだか怪しいですけど。 」

「 そうじゃなあ。 あいつの釣りで獲物を持ち帰ったことは ・・・あるかな? 」

「 おかあさんッ !! 」

「 あ ・・・ 行かなくちゃ。  行ってきます、博士。 」

「 行っておいで、 気をつけてな。 」

「 はい。  すぴかさ〜ん  今 行くわよ。 」

「 おじ〜〜ちゃま〜〜〜 いってきまァ〜〜す!! 」

玄関の外から 甲高い声が聞こえてきた。

「 おう! いっておいで、すぴか。 」

母と娘は並んで 家の前の坂を小走りに駆け下りていった。

 

「 ふふふ 後姿はよう似ておるのう。  ジョー達も同じじゃったなあ・・・ 」

博士は目を細め 可愛い子供と孫を見送った。

 

今朝早く まだすっかり明るくなる前に ジョーはすばるを連れて車ででかけた。

「 おとうさ〜ん 僕〜〜 まえにすわっていいの?! 」

すばるが目をきらきらさせ声を張り上げる。

「 し・・・・ すばる。 まだ皆寝てるからね。 静かに・・・静かに・・・ 」

「 あ!  ごめんなさ〜い 」

「 お弁当と水筒、ちゃんとリュックに入れたか? 」

「 うん!  いれた。 たおると〜 おかあさんが ぱんつ も入れてたよ。 」

「 あは・・・ そうだなあ。  じゃ 車に乗って。 

 うん、 今日は助手席 おっけーだぞ。 お父さんの助手をたのむ。 」

「 うわ〜〜〜〜!! うわ〜〜〜い! 」

「 こら、すばる・・・・ し〜〜〜 だろ。 」

「  あ ・・・ ごめんなさい ・・・ 」

二人は車に乗り、ジョーはゆっくり邸の門を出た。

「 ― 二人とも、 行ってらっしゃい。 」

「 ・・・ フランソワーズ!? 」

「 あ おかあさ〜〜ん 」

ガウンを羽織ったフランソワーズが門も前に立っていた。

「 きみ、こんな時間に ・・・ まだ早いだろ。 」

「 ふふふ 大丈夫、もう一回寝るから。  やっぱり二人の顔を見たいもの。 

 すばる、行ってらっしゃい。 お父さんの助手、お願いね。 」

「 うん!!! おかあさ〜ん♪ 」

ほっぺにキスを貰い すばるは大にこにこ、ジョーは勿論 <行ってらっしゃい>のキスでご機嫌だ。

るんるん気分の男性陣を乗せ 車は静かに夜明けの道を下りていった。

二人は海岸線に出て 小さな船着場に回り海釣りに行くのだ。

海釣り、といっても穏やかな湾内だけで まあ遊覧船に毛が生えたようなものだが・・・

おとうさんと つり にゆくんだ〜〜  ― すばるは滅茶苦茶にはしゃいでいた。

 

 

 

「 お早うございます。 」

「 おはようございま〜す  あら フランソワーズさん、早いのね。 」

事務所のお姉さんは ちょっとびっくりしたみたいだった。

 

すぴかはお母さんのお供をして都心近くのバレエ団までやってきた。

今朝はお休みの日なので 電車もメトロもがらがら・・・二人はずっと座ってこられた。

「 すぴか。 眠いでしょ、寝ていいのよ?

「 へいき、アタシ ねむくないもん。  おかあさんは? 」

「 う〜ん ちょっと眠いかな。  じゃあ すぴかさん、起こしてくれる? 」

「 うん! まかして。 」

「 じゃ・・・ お願いします。 」

「 おっけ〜〜〜 」

すぴかは大張り切りでお母さんの隣で大きなお目々をかっきり開いていたが ―

 

   ゆら ゆら ・・・  ゆら ・・・ かっくん ・・・!

 

2〜3駅もすぎないうちに母に寄りかかってぐっすり寝入ってしまった。

「 ・・・ふふふ・・・ まだまだ赤ちゃんねえ・・・ 」

母はにこにこしつつ娘のもつれた前髪を掻き分け そっと肩を抱き寄せた。

 ― 電車も駅も空いていていつもよりずっと早い時間にバレエ団に到着した。

 

 

「 ふふふ・・・これからギリギリはやめます〜 

 あの ・・・ 今日はね、コブ付きなんです。 大人しくさせますから見学させてやってください。 」

「 まあ〜〜 えっと・・・ すぴかちゃん! でしたね? 」

受付のお姉さんは ちゃんとすぴかのことを覚えていてくれた。

「 うん、アタシ すぴか。  あ、 おはよ〜ございます〜 」

すぴかはおかあさんの横で ぴょこん!とお辞儀をした。

「 はい、どうぞ。 すぴかちゃん、しっかり見学していってね。 」

「 はい。 」

「 ありがとうございます。 じゃ ・・・ すぴか、大人しく見ているのよ。 」

「 アタシ、 もう3年生だよ〜〜ちゃんとできるもん! 

 ね・・・ タクヤお兄さん、 来るよね? 

「 ええ 来ますよ。 ・・・多分ギリギリだけどね。 」

「 そっか〜〜〜 」

すぴかはに・・・・っと笑ってお母さんと一緒に更衣室に向かった。

 

 

「 ・・・ うわ〜〜〜〜 ・・・ うわ ・・・・ 」

レッスンの間中、 すぴかは廊下側の窓に張り付きっぱなしだった。

お母さんのお稽古場には 前にも来たことがあるし、その時も見学した。

 あの時は ・・・ ― 

お姉さん達はピルエットは3回くらい平気で回るし、 お兄さん達のジャンプは天井にくっつく?? 

とびっくりするくらい高いし。

すぴかの知らないパも沢山あって びっくりして見てた。

やっぱオトナだもんね〜って思ってた。

 

   ― けど。  今日のすぴかの目はタクヤお兄さん一人に釘付けだ。

 

    すご〜〜〜い・・・!  そっか〜〜〜 ふ〜〜ん・・・

 

すぴかはオデコをガラスにくっつけてすご〜く真剣な顔をしている。

 

「 ・・・ ねえ?  見て・・・ 可愛い 」

「 え?  あ・・・ぷっ・・・ 」

「 フランソワーズさんのチビちゃんでしょ・・・ 可愛いわねえ〜 」

レッスン中のダンサー達はちらちら振り返り 窓辺の少女に微笑していた。

 

「 えっと・・・ じゃんぷの前には ・・・ 」

すぴかは背負ってきたリュックの中から小さなノートをだすとこしょこしょメモを取り始めた。

「 ふうん ・・・ そっか そっか・・・ 」

カシカシカシ・・・ すぴかはクラスが終るまでずっとず〜〜〜っとタクヤお兄さんを見つめては

一生懸命にメモをしていた。

 

 

「 おかあさん、 りは〜さる、なんでしょ。 アタシ・・・見学してもいい。 」

クラスが終ると、 すぴかはスタジオから出てきたおかあさんのところに飛んでいった。

「 あら・・・ すぴか〜〜偉いわね、大人しくしてたわね。 」

「 うん! しっかりみてた!  ・・・ アタシもあんなふうにおどれるようになりたいなあ〜 」

「 そうねえ もっともっと練習しなくちゃね。 」

「 う〜ん・・・そっか〜  おかあさん、りは〜さる、見学していい。 」

「 いいけど  ・・・ 」

「 おしゃべりナシ、でしょ。 し〜〜〜 でしょ。 アタシ、おっけ〜だもん。」

すぴかは指でマルをつくり、真剣なお顔で うんうん・・・と頷いた。

「 まあ・・・ ふふふ それなら <おっけ〜>よ。 

 あら? でもね、お母さんたちのリハーサルは キューピッド じゃないのよ? 」

「 うん、 ぐらん・ぱ・ど・どぅ でしょ。 」

「 そうよ、それでもいいの。 」

「 いい。 すぴか タクヤお兄さん、見たいんだもん。 」

「 うお〜〜〜〜 感激だなあ〜〜 すぴかちゃん。 」

すぴかの頭の上からにこにこ声が降ってきた。

「 ?  うわ〜〜〜タクヤお兄さん! 」

「 すぴかちゃん、サンキュ♪ すぴかちゃんはオレのファン第一号だあ〜 」

「 えへへへ・・・ あのね、 タクヤお兄さん、すぴか お願いがあるんだ〜 」

「 うん なんだい。 」

タクヤはも〜笑顔満載で すぴかの目の高さに屈んでくれた。

「 なにかな〜〜 すぴかちゃんのリクエストは? 」

 

     うへへへ・・・ オレのサインがほしいとか? 

     いやあ〜〜 この笑顔・・・フランとそっくりじゃないか♪ うん♪

 

「 うん あのね ・・・・ 」

「 ・・・うん? 」

すぴかは爪先立ちしてタクヤお兄さんの耳元に こしょこしょこしょ・・・内緒でリクエストをした。

「 ・・・ え?  ・・・・ ええ??  お ・・・ ?  ・・・ いいけど・・・ 」

「 ほんとう??  うわ〜〜うれしいなあ〜〜  」

「 だけど さ・・・ ?  すぴかちゃんは 」

「 アタシのゆめなの、おねがい〜〜 タクヤお兄さん〜〜 」

「 ・・・ よ よし!  じゃ リハの後でな。 」

「 わ〜〜ありがとう〜〜  アタシ、りは〜さる、しっかり見てるね!」

「 あ ああ・・・ オレも頑張るよ。 

「 うん がんばってね〜〜  あ おか〜さん、なあに〜〜 」

すぴかはひらひら手を振ると 母親のところに駆けて行った。

 

     あ・・・ は ・・・・

     なんか さすがっていうか ― 確かにフランの娘だなあ・・・

 

     ・・・ オレ。 先負けかよ ・・・ はァ・・・

 

ぼすん・・・!  タクヤはタオルを放り投げ一発! 喰らわせた。

「 ちぇ。  い いや! ここでガツン!とかっこいいとこ、 見せておかなくちゃな!

 お母さん〜 タクヤお兄さんって素敵〜〜 とか言えば さ・・・ 」

タクヤの目の前には <理想の風景> が見えてきた。

 

 

「 お母さん ! ねえねえ タクヤお兄さんって・・・素敵ねえ・・・ 」

すぴかが ソファでぼう〜〜っとしてる。

「 まあまあ・・・すぴかったらすっかりタクヤにおネツなのねえ。 」

「 だってかっこいいもん。 今日のバジルなんて もう・・・ 」

「 そうでしょ? お母さんもすごく素敵な男の子だと思うわ。 」

「 すぴか ・・・ お嫁さんになりたい・・・! 」

「 ええ? だってタクヤはすぴかよりずっと年上でしょう? 」

「 そんなこと関係ないもん。 すぴか ・・・ タクヤお兄さんが・・・ 」

 

「 ・・・ なんてな〜〜〜 くう〜〜〜 あのおっきな眼で見られたらさ・・・

 フランと同じ色のきれいな瞳なんだよな〜〜  くそぅ〜〜♪ 」

タクヤはぽん・・・と 脱いだレッグ・ウォーマーを放り上げた。

「 そうだよな。 フランの娘なんだもの、性格だってそっくりなんだ、きっと。

 ちょっとお転婆だけど、優しくて淑やかで・・・でも芯が強くて。 

 そ ・・・ そうだよな!  オレ ・・・ ああいうコが いいかも・・・! 」

「 タクヤ! なにニヤニヤしてんだよ?  リハだろ〜 」

「 お。  任せてとけって。 」

すれ違った仲間にガッツ・ポーズをしてみせ、タクヤも張り切って更衣室に行った。

容姿 ( みため ) はそっくりでも 性格 ( なかみ ) はてんでちがう・・・などと思うはずものなく。

<フランの娘> は彼の妄想の中で 理想の美少女になっていた・・・

 

 

すぴかはスタジオの隅っこで体育座りをして。 全身を目にしている。

鏡の前には <せんせい> がにこり、ともしないで椅子に座っている。

「 音 出します〜 」

MDプレイヤーの側にいるお姉さんが言うと ・・・

華やかな音楽が始まって お母さんとタクヤお兄さんが小粋にステップを踏み始めた。

お母さんはくるくるピルエットしてタクヤお兄さんは軽々とお母さんをリフトする。

 

   すごい ・・・・ あんな風に持ち上げちゃうんだ〜〜〜 

   すご〜〜い  ア・ラ・セゴンド・ターン・・・!  うわあ〜〜

 

   お母さん すごい!! どうしてそんなにいっぱい回るのォ〜 

   すぴか ・・・ダブルもできないよ?

 

すぴかの目はどんどん どんどん タクヤお兄さんに引きつけられてゆく。

二人一緒に踊りがおわり ―  勇ましい音楽と一緒に タクヤお兄さんがでて来た!!

 

       ―  アタシ。 アタシもいつか踊りたいんだ   

       タクヤお兄さんみたくな  ― 王子サマ が・・・! 

 

 

   ・・・  え ??

 

 

 

 

船着き場にはちっぽけな漁船が待っていた。

「 すばる、 ほら あれだよ。  あの船にのるんだ。 」

「 うわ〜〜〜・・・ ボートよかおっきいね!! 」

すばるはお父さんの手をぎゅ・・・っと握った。

    こんなおっきなお船に乗るのは初めてだった!

テレビや写真で見たことはあるし、ウチの前の崖っぷちに立てばとお〜〜〜くを通るちっぽけな船は

見えたけど ・・・  

「 あははは ・・・ そうだねえ。 すばるは公園のボートしか乗ったこと、ないもんな。 」

「 うん。 わ〜〜〜 お父さん、 運転するの? 」

「 船はね、操舵、っていうのさ。 いやちゃんと専門の漁師さんがいるよ。

 これはレジャー用の釣り船だからね。 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

すばるはなんだかよくわからなかったけど、熱心にお父さんのいう事を聞いていた。

「 え〜と・・・?  あ、 お早うございます〜〜 レジャー釣りの船はこちらですか? 」

「 お〜 お早うさん。  えっと ・・・ シマムラさんかね。 」

船の中からオジサンが出てきて 手を振ってくれた。

「 はい、シマムラです〜 宜しくお願いします! 」

「 おう〜〜 さ、 乗って 乗って ! 」

「 はい。  すばる、行くぞ。 」

「 ・・・う   うん ・・・ 」

すばるは ものすご〜〜〜く緊張して、お父さんのパーカーの裾をぎっちり掴んで歩きだした。

こうして ジョーとすばるは <つり> に出発した。

 

 

     だっだっだっだっ −−−−−− !

 

ちっぽけな漁船は軽快に海を掻き分けて進む。

お父さんはず〜〜〜〜っと船の一番前にかっこよく立って 海を見ている。

すばるはさんざんモジモジしたあげく お父さんのシャツをつんつん引っ張り ― コクハクした!

 

     「 ・・・ おとうさん。   〜〜〜 おしっこ ・・・ 」

 

 

 

Last updated : 05,17,2011.                index         /        next

 

 

*******  続きます!!!